[5]優先業務・重要業務の継続に必要なリソースについて考えてみよう
この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。今回は、被災後の優先業務・重要業務の継続に必要なリソース(資源)について具体的に考えていきます。
【ここがポイント】 ・優先業務・重要業務を継続するために必要なリソースをヒト、モノ、カネ、情報に分けて検討し、すべてを『見える化』することが大切です。 ・利用者・家族は「リソース:ヒト」として考えません。 |
今回の第5回、そして次回の第6回は、リソース中心のBCPのキモともいえる回です。全国訪問看護事業協会の「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」では「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP)考え方と記載例」の「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」の内容にあたります(図1)。
図1 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)」の目次(「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」の項目を抜粋)
全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)―訪問看護ステーション向け―」,2020,p.2-3.より引用.
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2022/8/25閲覧
第5回では、被災後に優先業務・重要業務を継続させるために必要なリソースは何かを考えていきます。
もし、今回から読み始めた方がいらっしゃいましたら、この連載の第3回のリソースに注目したBCP策定の考え方と、第4回の優先業務・重要業務の選定を確認してから読み進めてください。いっそう理解が深まると思います。
「優先業務・重要業務」の実際
ここからは、あらためて訪問看護BCP研究会メンバーのケアプロ株式会社の例1)を参考にして進めたいと思います。
ケアプロ株式会社では、平常時の訪問看護業務を「訪問看護サービス(医療処置関連など)」「訪問看護サービス(健康生活状況観察)」「訪問看護サービス(内服管理など)」「訪問看護サービス(リハビリテーション)」「サービス担当者会議・退院カンファレンスなど他職種カンファレンス」の5つに分けてBCPを策定しています。
このうち「訪問看護サービス(医療処置関連など)」は72時間以内に「縮小」「中断」することができない、すなわち「継続」すべき業務であることから「優先業務・重要業務」としています。
COVID-19によるパンデミックの初期には、感染予防の観点から全国の医院などで受診を控える高齢者が多く見受けられました。そして、訪問看護の現場でも利用者や家族がサービス提供者からの感染リスクを恐れ、数ヵ月程度、訪問サービスを断わる事例が都内で起こりました。BCP研究会メンバーによりますと、その多くはリハビリテーションを主目的とした利用者・家族だったようです。
この現象をリソース(資源:ヒト、モノ、カネ、情報)で解釈すると、パンデミック初期に顧客が減ることは、リソース(カネ)に問題が生じたことになります。言い換えると、限られたスタッフ(リソース:ヒト)を、リハビリテーションを主目的とする利用者に優先的に配置する必要がないということを意味しています。
そのため、ケアプロ株式会社でも「訪問看護サービス(リハビリテーション)」業務は、72時間以内は「中断」し、1ヵ月以内・1ヵ月以降も「縮小」する業務としています。
優先業務・重要業務に必要なリソース(ヒト、モノ、カネ、情報)の検討
優先業務・重要業務を継続する上で必要なリソースは、図2のワークシートを使って検討するとよいでしょう。第4回で洗い出した優先業務・重要業務を図2のAの部分に記載します。そして、優先業務・重要業務ごとに基本的に必要なリソースをヒト、モノ、カネ、情報に分けて記載します。
例えば「訪問看護サービス(医療処置関連など)」の業務継続に必要なリソースであれば、「ヒト:対応可能なスタッフ3割程度」「モノ:移動手段としての自転車、持参する衛生材料、スタッフの生活のための備蓄や休憩場所」「情報:利用者情報や連携情報」といった具合です。優先業務・重要業務がどのようなリソースによって成り立つのかという観点から考えるとよいです。
さて、第4回で行った優先業務・重要業務の選定では、誰もが「訪問看護業務」を優先業務・重要業務に選ばれたと思います。このほかに、どのような利用者の訪問看護を「優先業務・重要業務」と選定されましたか?
ケアプロ株式会社では、そのほかの優先業務・重要業務として「訪問看護記録の作成」「労務管理(出退勤状況、休暇状況、残業状況などの勤怠管理)」などを挙げており、それらに必要なリソースとして「ヒト:メンタルサポートができるスキルを持つ人材」「ヒト:労務管理担当者」「モノ:勤怠管理・残業管理シート」「情報:スタッフ情報」などを挙げています。
これらをすべて挙げた後、ヒト、モノ、カネ、情報をリソースごとで取りまとめると、優先業務・重要業務の継続に必要なリソースすべてを『見える化』することができます。
図2 優先業務・重要業務に必要なリソースを考えるワークシート
「リソース:ヒト」と利用者・家族の関係
BCP策定でわかりにくいのは「リソース:ヒト」の範囲です。訪問看護ステーションのBCPにおいて、利用者や家族はどのように捉えるとよいのでしょうか?
このことは、モノづくりをしている中小企業のBCPにおける「リソース:ヒト」を例に考えると少しイメージが付きやすくなるかもしれません。モノづくりの会社でモノを購入してくださる顧客と同様に、利用者は訪問看護サービスを購入してくださる顧客といえます。一方で、モノづくりの重要な対象はモノの素材などですが、利用者もサービス提供にかかわる重要な対象です。
つまり、訪問看護ステーションにおけるBCPを考える際には、利用者は「顧客」であるとともに「重要な業務の対象」でもあることを認識する必要があるのです。そのため、利用者・家族への平常時の教育などの重要性も検討することになりますが、利用者や家族は「リソース:ヒト」には含まれません(あえて入れるとすると、BCPの視点では「リソース:カネ」に含まれます)。ここではひとまずこのことを押さえておいてください。
具体的には、「リソース:ヒト」に関する災害時のリスクを考え、平常時の備えについて十分に検討することが大切です。平常時の備えが十分であれば、利用者や家族の幸せを守ることができ、限りある「リソース:ヒト」の活動の範囲を絞って有効に活用でき、事業継続も可能になるからです。
次回の第6回では、リソースや利用者の災害時のリスクを想定し、それらにどのような対策・対応を講じていくとよいかを検討していきたいと思います。
執筆 石田 千絵 日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール 1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。 ▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 |
【引用文献】
1)金坂宇将・岡田理沙著.「都市型大規模ステーションにおけるリソース中心の作成手順に沿ったBCP-ケアプロ訪問看護ステーション東京-」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.66-81.