インタビュー
入院中心から地域生活支援への転換
東京の池袋と練馬にある、精神科に特化した訪問看護ステーションKAZOC(カゾック)。「カゾック」とは「家族」のことで、「新しい家族の形になれるように」という願いを込め、さまざまなプロジェクトを展開しています。代表である渡邊乾さんに、日本の精神科医療の課題解消を目指すKAZOCの活動についてお伺いします。
労働組合を通して精神科の世界を知る
―精神科訪問看護ステーションを立ち上げるまでの経緯をお聞かせください。
渡邊:
両親が二人とも精神科病院で作業療法をしていたのですが、楽な仕事だと思って作業療法士になりました。社会人としての心構えがないまま親のツテで精神科病院に就職したので、まったく適合できず、諸先輩方からの指導がかなり厳しかったことを覚えています。
これはパワハラだと思ってすぐに辞めようと思って転職活動をしていて、その中で労働組合の集まりにたまたま行きあたって勧誘をされました。世間知らずだったのでパワハラと闘おうと思って、病院で一人で労働組合を作ったんです。
そしたらすぐに、今考えると当たり前なんですが窓際族になっちゃって、それから5年間くらい仕事が無くなって外来の患者さんとぷらぷらして過ごしていました。
そしたらすぐに、今考えると当たり前なんですが窓際族になっちゃって、それから5年間くらい仕事が無くなって外来の患者さんとぷらぷらして過ごしていました。
一方で、組合活動の世界ではあれよあれよと出世して、精神科病院の労働組合全国組織の副代表にまでなりました。
労働組合界隈には出世をして有名になった医療関係者がいろいろいて、日本の精神科医療について教えてもらいました。国際的な潮流を見ると、だいぶ前から病院中心から地域で生活を支援する取り組みにチェンジしていて、権利擁護という次のステージにいる。僕は自分の病院がダメなんだとずっと思っていましたが、そうではなく日本の精神医療全体が国際社会から大きく遅れていることがわかってきたんです。
労働組合界隈には出世をして有名になった医療関係者がいろいろいて、日本の精神科医療について教えてもらいました。国際的な潮流を見ると、だいぶ前から病院中心から地域で生活を支援する取り組みにチェンジしていて、権利擁護という次のステージにいる。僕は自分の病院がダメなんだとずっと思っていましたが、そうではなく日本の精神医療全体が国際社会から大きく遅れていることがわかってきたんです。
それで、いろいろ計らってもらって、日本でも先進的な取り組みをしていた「浦河べてるの家」や、世界ではじめて精神科病院の全廃に成功したイタリアのトリエステに行ったり…。こうしたものを実際に見ることで、病院の中をどうこうしようではなく、日本の課題である地域資源を増やしたほうがいいと思い始めました。
また2011年に東日本大震災があって、福島の障がい者支援団体に寄付金を届けにいくこともやっていました。原発から20km範囲内の精神科病院が全部なくなり、病院を復活させようという人たちと、地域で支援しようという人たちの二つに分裂するなか、僕は地域支援のほうに参加させてもらって現地の復興していく様を間近で見ていました。
そうした背景もあって2012年に法人を作り、実際に動き出すことになりました。
そうした背景もあって2012年に法人を作り、実際に動き出すことになりました。
管理をしない、変容を求めないというコンセプト
渡邊:
当時、付き合いのあった精神科医の森川すいめいさんと、地域資源を作ろうと考えていました。それで、一番いいのはアウトリーチだろうと。僕は作業療法士で訪問看護もできるので、一緒にやってくれる看護師を集めて2013年にKAZOCを開設しました。
日本の精神科医療の課題を解決するものにしたかったので、精神科病院の本質って何なのかと考えたときに、まず「管理」だと思いました。社会から切り離す目的、管理目的で入院させることが多く、入院すると向精神薬が投与される…。これが本人の考えや行動を「変容」させることになります。管理と変容の考え方が地域の中で始まったとき、本人が反発するとその溝がどんどん広がり、問題が複雑化していく。その行きつく先が精神科病院の長期入院なのではないかと仮説を立てて、その手段を僕らは一切放棄しようと決めました。
管理をしない、変容を求めないというコンセプトはそこから生まれました。
ただ、そうすると管理や変容以外の手段をとる必要があり、モデルを探すことになりました。そこで最初に目を付けたのが、「浦河べてるの家」やホームレス支援の「ハウジングファースト」です。
べてるは当事者主体の活動で仲間の原理。コミュニティーとかボリュームにピントを合わせていて、それが訪問看護で単独介入ではなく、チームで複数名訪問のスタイルをとることに繋がっています。また、ハウジングファーストの在宅維持率という物差しは、地域移行や長期入院の解消に転用できるのではないかと考えたんです。
オープンダイアローグはステーションを立ち上げた後、2013年の夏頃に日本に入ってきました。
この3つをモデルに掲げて、べてるで言えばコミュニティー・人間関係、ハウジングファーストでは在宅維持率、オープンダイアローグでは対話と、それぞれの要素を取り込みながら、管理でも変容でもない別の手段を模索してきました。
―他のステーションではやっていないような、特徴などはありますか。
渡邊:
あえて余剰人員を置いているのが、一つ特徴だと思います。僕らの基本的な考え方として、一対一よりも複数名で関わる構造にしたほうが、より治療効果が高いと考えているので。
特定の人が一人訪問するのと、チーム二人で同時に行くのでは、持ち込まれる量も質も変わってくるし、価値観も多様になりますよね。同じ話をしていても捉え方、考え方が違ってくる。そこが対人援助の支援では大事だと思っています。
特定の人が一人訪問するのと、チーム二人で同時に行くのでは、持ち込まれる量も質も変わってくるし、価値観も多様になりますよね。同じ話をしていても捉え方、考え方が違ってくる。そこが対人援助の支援では大事だと思っています。
制度としては、リスクやケア度が高い場合、主治医からの指示で二人で訪問できる加算がありますが、それとは意味が違うし、余剰人員を確保してまでやっている所はあまりないと思います。
また、密な人間関係を作りたいというよりは、多様な価値観の方を重視しているので、固定の担当制ではなく、一人の利用者に3~4人のチームでローテーションするようにしています。そこはこだわっているところですね。
経営的に採算は落ちます。もっと収益性の高い経営もやろうと思えばできますが、立ち上げのコンセプトに従って運営しているので、そこは中身重視で質と量のバランスを僕が調整しています。
それと朝30分、終業前に30分、毎日ルーチンで申し送りをしています(コロナ禍以前は)。事業所によっては直行直帰などで話す時間は限定的になってしまうかもしれませんが、一日のうち一時間くらいは顔を合わせて情報共有、話し合いの時間を作ることを大事にしています。何か起きたときにすぐに話ができる環境を確保するのが目的です。
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株式会社Neighborhood Project 代表取締役
訪問看護ステーションKAZOC 作業療法士・精神保健福祉士
渡邊 乾
訪問看護ステーションKAZOC 作業療法士・精神保健福祉士
渡邊 乾
都内の精神科病院に就職し、日本の精神科医療の現実を知る。その後、浦河べてるの家、イタリア・トリエステの活動を視て地域支援を志す。2013年に精神科訪問看護ステーションKAZOC(かぞっく)を開設。当事者研究、ハウジングファースト、オープンダイアローグなどの先進的な手法を取り入れ、精神疾患を持った人たちの在宅生活を支援している。