仕事だけが生きがいの人生にならないために
長年、訪問看護の世界をリードしてきた宮崎和加子さんは、60歳を機に、山梨県に一般社団法人だんだん会を設立しました。その背景にはある気づきがありました。
多くの看護師に慕われた宮崎さんから、ベテラン看護師に贈る言葉とは。
頑張りの限界を自覚することも大切
訪問看護の分野はベテランが担うケースが多く、管理者が50歳以上、看護師の平均年齢は40歳を超えている事業所もあります。小規模なステーションでは、ICT化に積極的に取り組んでこなかったことから、いまだにタブレット端末が使えず、手書きで記録をしているところもあると聞いています。
現在、それが解消されているかというと、そうでもないようで、やはり訪問看護の分野はどうしてもICTの導入は遅れていると私は見ています。でも、その人たちには、重度の人をチームで支えるために必須の、ナースとしての力量があります。何より、現在の訪問看護の手本になっている人たちです。
でも私はあえてその方々に言いたいことがあります。それは、「自分ができないことをできると思い込んでいないか」ということです。
私自身、訪問看護は自分の生きがいだと思ってやってきましたが、客観的に見たら、65歳の高齢者です。以前は平気だったのに、夜10時まで仕事をしていて、やっと床に就こうとした深夜1時に電話が鳴ったり、夜遅くに雨が降っていたりすると、「訪問するのが嫌だな」と思う自分がいるわけです。それはもう、「今までできたことができなくなっている」ということなんです。
ベテランの訪問看護師の皆さんが、仕事に誇りを持っておられることは素晴らしいし、ぜひ続けていっていただきたい。けれども、どこかで「これまでできていたことができなくなっている自分」がいないか、無理していないかを、一度立ち止まって確認してください。自覚がないまま続けると、そのうち利用者やスタッフに迷惑をかけてしまうことになりかねません。
もちろん若いスタッフは、迷惑だなあと思っても、管理者やベテラン看護師に面と向かって伝えたりはできないことが多いです。自分で気づくしかないのです。
私の友人の訪問看護師は、「私がこれだけ働いていると、周りのみんなが少しは休みなさいとか、ちゃんと食事もしないと倒れる、もう少し休んだほうがいいって言うんだけど、よけいなお世話よね」と言うのです。そして、自分の望みは死ぬまで仕事をしていたいと。
それはそれで素晴らしい生きかただと思います。でも、ちょっと立ち止まって「それでいいのかな」と考えてみることが必要かもしれません。
入居者から学ぶ自らの引き際
だんだん会が運営するシェアハウス「わがままハウス山吹」に最近入所された人がいます。奥様を10年前に亡くされてから、96歳まで東京で独り暮らしをしていました。しかし、失禁なども始まって一人で生活することが難しくなったため、娘さんが住むこの地に引っ越して、入居されました。明らかに独り暮らしは限界で、手助けがないと暮らせない状態でした。
ですが、ご本人はいまだに「僕はまだ独り暮らしができる。東京に帰ります」と、住み慣れた自宅を離れたことに納得していない。以前はできたことが、もうできなくなっている自覚がないんですね。
私がその人から学んだのは、私自身が「まだできる」と思っていないかということです。以前なら平気で徹夜で原稿を書いたり、夜中の急変にも対応したりできていた。それが自分の使命だと思ってやってきたけれど、客観的に見たら、もう無理ができない年齢です。
責任の重い仕事をするなら、なおさら、今までできたことができなくなっている自覚を持ち、「できない」と引く勇気も必要なんです。
訪問看護黎明期にステーションを立ち上げたベテランの方々は、最後まで現役でいたいと思っている人たちがたくさんいらっしゃいます。仕事に生きがいを感じ、大きな使命感を持って働いていらっしゃるから、なおさらです。でも、どこかでできなくなっている自分がいないかを確認しないと、周囲に迷惑をかけてしまうことに、気づいてほしい。私自身がそう感じています。
現在、働きかた改革が進み、訪問看護の世界でも、世代間の考えかたに距離を感じることがあります。今の20~30代が看護学校で学んだ看護教育や環境と、私たちの世代が受けた教育とは、かなりの開きがあるように思います。
そこを理解せず、これまでのやりかたで統一しようとしても、若い人たちは納得できないでしょう。これからの管理者は、世代間の考えかたの違いを自覚したうえで、どう組織をまとめあげるかを考えていく必要があると思います。
最近は、医療ニーズが高くても、在宅で暮らす割合が高まってきました。先日も、食道がん末期で入院中の人が「コロナ禍で家族と面会もできないなら、最期の時間を病院ではなく家で過ごしたい」と退院され、だんだん会の訪問介護事業所がかかわらせていただくことになりました。新型コロナの関係で病床が逼迫しているので、病棟並みの管理が必要な重度の人が家に戻るケースもあるようです。
そのような人たちを支えるには、看護師の力だけでなく、相当のチーム力が必要です。年齢の壁、考えの違いを十分理解し、若い人たちの声にも耳を傾け、自らをも振り返ることで、よりよいチームとなっていくと考えています。
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宮崎和加子
一般社団法人だんだん会理事長
記事編集:株式会社メディカ出版