文字盤を使わない文字盤!? 〜エアーフリック式文字盤〜
ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、梶浦さんのコミュニケーション方法をご紹介します。
文字盤でのコミュニケーション
今回は私の使っている、珍しいコミュニケーション方法をお伝えしたいと思います。
皆さんは、声が出せない人のコミュニケーション方法といえば、まず手話を思い浮かべるのではないでしょうか。では、声も出せず、手も動かすことができない人は、どうやってコミュニケーションをとると思いますか?
多くの人は、文字盤という、透明なアクリル板に「あいうえお表」が書かれたものを使ってコミュニケーションをとります。
これは、アクリル板ごしに、会話する相手と文字の上で目を合わせて、伝えたい文字を決定する方法であり、昔から広く使われています。ただ、「あいうえお表」をすべて一枚のアクリル板に書いているので、一文字が小さく、目を合わせにくいという欠点があります。
フリック入力方式の文字盤
スマートフォンが普及してフリック式の文字入力方法が出てきてからは、文字盤でも応用されるようになってきました。
「あかさたな……」の行が、文字盤に大きく書いてあります。まず、行に視線を合わせてどの行かを決めてから、視線を上下左右に動かして、行のなかのどの文字かを決定する方法です。
この方法のほうが、従来の「あいうえお表」の文字盤よりも、目を合わせやすくなりました。ですが、そもそも文字盤自体がないとコミュニケーションがとれない点は変わりません。
文字盤を使わない文字盤
そこでさらに応用されたのが「エアーフリック式文字盤」です(これは私が考えたのではなく、私がお世話になっている理学療法士さんに聞いた方法を、私なりに解釈した方法です。なのでオリジナルとは少し違うかもしれません)。
この文字盤の最大の特徴は、「や行」と「わ行」を合体させることで、「あかさたな……」の行を9マスに収めている点です。9マスに収めることで、文字盤がなくても空中にこのエアーフリック式文字盤があると仮定して、上下左右斜め方向に視線を動かすだけで文字を表現することができます。
私はこの文字盤を暗記しているので何も見ません。介助者は、文字の配置を覚えるまでは、介助者用の文字盤を確認しながら私の視線を読み取ります。介助者も覚えてしまえば、何も使わずにスムーズに会話ができます。
エアーフリック式文字盤を用いた私のコミュニケーション方法
まず大前提として、「YES」は軽いまばたき2回(たまに1回になってしまいます)、「NO」は目をギュッとつぶります。
1.目を合わせたら、会話を開始する合図です。
2.一回目の視線の動きで、行を示します。
(1)一回目で、「あ」〜「ら」の行がある、上下左右斜め方向に視線を動かします(真ん中にある「な」行の場合は、正面を見てまばたきを1回します)。
介助者は、どの行かを読み取ってください。「な行」は、正面を見てまばたきを1回するだけですので、わかりにくいので意識しながら読んでください。
(2)どの行かを読み取ったら、「あ行」「か行」など声に出して伝えてください。合っていれば、3に進みます。間違っていたら目をギュッとつぶるので、やりなおしてください。
3.ニ回目の視線の動きで、行の中のどの字かを示します。
視線を上下左右に動かしてそれぞれの「行」の文字の方向を注視します。真ん中の文字は、正面を見てまばたき1回です。
このように、一文字を表現するのに、視線を2回動かします。
慣れないうちは、「あ行のい」「さ行のす」など2段階で読んでいってください。慣れてくれば目を2回連続で動かすことで1段階で一文字を表現することができます。
「を」の文字はないので、「お」で代用します。小さい文字や濁音は、2回まばたきをします(「つ」の文字でまばたきを2回したときは、「っ」になります。「づ」は「ず」で代用します)。半濁音(「ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ」)は、まばたきを3回します。
以上が私のコミュニケーション方法になります。
何も使わないで会話ができるメリット
このコミュニケーション方法の最大のメリットは、何も使わずにどこでも会話ができることです。何も必要ないので自然に会話することができますし、慣れてくればかなり速く会話することができます。
介助者も文字盤を持つ必要がないので、たとえば食事介助や入浴介助をしているときなど、介助者の手がふさがっていても会話ができます。口腔内吸引のときも、「奥」「右」など、吸引してもらいながら、どこを吸引してほしいかを伝えることができます。
また長い文章を話すときも、両手が空いているため、介助者が、紙とペンを持って書きとめることができます。私は長い文章を話すときは「メモ」と言って合図します。
文字盤を覚えていたほうが、このコミュニケーション方法の良さを最大限発揮できますが、覚えていなくても、通常の透明文字盤としても、シンプルでとても使いやすい方法です。覚えるまではお互いに文字盤を見ながら、ゆっくりとやればよいと思います。
コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版 |