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コラム
2021年3月9日
2021年3月9日

コミュニケーションスキル(訪問看護指示書)とマネジメントスキル

第2回では、「医師・多職種とコミュニケーションを取るスキル」について解説しました。今回は他職種とコミュニケーションを取るスキルの訪問看護指示書についてとマネジメントスキルについてお話します。 訪問看護師に必要な8つのスキル・知識 ①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル ②本人・家族の平時の生活を想像するスキル ③他職種とコミュニケーションを取るスキル ④マネジメントスキル ⑤医師のいない場で医療的判断を行うスキル ⑥在宅療養利用者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力) ⑦医療制度・介護制度などに関しての知識 ⑧礼節・礼儀などを実践できる素養 医師とコミュニケーションを取るスキル【対医師・訪問看護指示書について】 前回の続きとして、コミュニケーションの中では、実地寄りの話になりますが、訪問看護指示書のやり取りについて、お話をしたいと思います。なお、ここでは、前回と同様に同一法人所属ではない医師とのやり取りを想定しています。 訪問看護指示書について、困った経験を持つ看護師さんは非常に多いと思います。私のところにも、訪問看護師さんから「円滑に指示書を記載してもらうには、どうすればよいでしょうか?」という相談があります。その相談の種類はおよそ2つに分けられます。 【代表的な訪問看護指示書に関しての相談】 ・訪問看護指示書を中々記載してくれない(期限) ・記載して欲しい内容が指示書内に書いていない(内容) これらの相談に対して、前回お話した「俯瞰的に物事をみること」に基づいてお答えします。なお、ここでは仮に医師側にその原因がある場合でも、訪問看護師さんが主体となって解決するための方法という視点で考えていきます。訪問看護指示書依頼のコツは4つあります。 【訪問看護指示書依頼のコツ】 1.依頼のタイミングを工夫する 2.依頼の方法を工夫する 3.依頼の必要性を明確にする 4.指示してほしい内容を明確にする それぞれについて、説明していきます。 1.依頼のタイミングを工夫する まず、ほとんどの訪問看護ステーションが実施していると思いますが、出来れば1か月程度前を目途に指示書の記載依頼を出しましょう。その際に、「俯瞰的に物事をみること」に則り、いわゆる一人在支診(医師一人で運営している在支診)のように、事務員がいない診療所に対しては、依頼を出す時間帯を工夫しましょう。 医師側は多忙なため、その依頼事項を失認してしまうことが多いです。少なくとも医師が繁忙な時間を避けて依頼することが良いでしょう。一般的には、お昼の時間帯や16時以降がおすすめです。逆に週初めや週終わりは往診発生率が高くなるため、なるべく依頼は避けるようにしましょう。 2.依頼の方法を工夫する 例えばFAXやメール、ICT等で依頼を出す場合、メールタイトルなどに明確に「訪問看護指示書依頼」といった文言を記載しましょう。さらに可能であれば、「なぜ指示書がすぐに必要なのか」の記載があると、医師側も後工程を意識するため、記載への意識が少し高まることがあります。例えば、メール内容に「次の訪問看護指示期間における訪問予定を立てる必要があるため、指示書が必要」と記載するなどです。 電話等での依頼では中々対応してくれず、直接医療機関に訪問して指示書の記載をお願いしている訪問看護ステーションもあると思いますが、これは業務負荷が高くなってしまいます。 患者側の病態背景的に問題がない場合であれば、最長指示期間(6か月間)で指示書を記載してもらうのもひとつの手でしょう。また、退院時に病院主治医から6か月間の指示期間で訪問看護指示書の記載を依頼することも、同様に有効だと思います。 3.依頼の必要性を明確にする 特別訪問看護指示書の依頼に苦労されている訪問看護ステーションが多い一方で、医師側からは、「○○訪問看護ステーションは、すぐに理由も言わずに特別訪看指示書を求めてくる」という声が上がることがあります。 私自身も何度も特別訪問看護指示書の記載依頼をいただいたことがありますが、やはり指示を出す側としてもその責任を負うため、指示書の必要性をきちんと説明してもらえた方が、対応がしやすいと感じます。これは特に信頼関係の構築が未達の医療機関相手の場合に当てはまります。 つまり、「○○さん(患者)は現在、こういった状況なので、こういった処置やこういった観察のために、訪問看護の頻度を上げたいと考えていますが、いかがでしょうか?」、「ご家族の負担が大きくなっているため、訪問看護の頻度を増やした方が良いと考えますが、いかがでしょうか?」といった形で指示を仰いでもらうと、医師側も特別訪問看護指示に対しての納得が得やすくなります。 ここでもこれまでのコラムでお話した俯瞰力やSBARがその力を発揮してくることになります。仮にこれでも特別訪問看護指示が出なかった場合は、ケアマネージャーに相談し、その必要性を説明しつつ、介護保険での訪問看護回数を増やせないかの相談する流れとなると思います。 4.指示してほしい内容を明確にする 最近は電子カルテ上で訪問看護指示書を作成することが多くなってきているため、どうしても前回指示のコピー&ペーストで作成することが多くなります。そのため、肯定できることではないですが、直近の患者さんの病態が反映されていなかったり、病態変化に伴った指示内容が漏れたりするケースが多くあります。 それらに対しては、訪問看護ステーション側で指示書の下書き、もしくは付箋をつけて、記載して欲しい内容を明確にすることで解決できることが増えると思います。もちろん、下書きを嫌がる医師も多いため、事前に見極めが必要となりますが、少なくとも訪問看護ステーション側が欲しい指示を明確にされることに対して、抵抗を感じる医師は少ないと思います。 マネジメントスキル ここで述べるマネジメントはケアマネジメントではなく、患者さんのために動く多職種で構成されたチームに対してのマネジメントの話が主となります。在宅医療介護現場においては、チームマネジメントが重要ですが、病院等の医療機関内と比較すると、各職種の所属組織が変わるため、やや難度は上がります。しかし、基本的な考え方は在宅医療介護現場も入院等の現場も同じです。 すでにみなさんが実践されていることも多いと思いますが、ここではマネジメントを少し構造化して述べたいと思います。 マネジメントとは何か? 様々な定義がありますが、ここでは「組織(チーム)として、ミッションを達成するための仕組み」として考えます。その上で、在宅医療介護の現場におけるミッションを「いかに患者利益を上げるか」、仕組みを「各職種の働き」と捉えることとします。「患者さんの利益を最大化するために各職種がどう働くか」がマネジメントであり、それを促進させるのがマネージャーです。 ただし、医療介護現場においては一般的な企業と違いマネージャーが明確でないことが多く、裏を返せば、チームメンバー全員が自身の業務範囲の中で、患者利益を追求するマネージャーになり得るし、ならないといけないと考えています。 そう考えると、訪問看護師に必要なマネジメントも見えてきます。つまり、患者利益を最大化するために、自身がアクションするとともに、医師やケアマネージャー、介護職等の他職種にどのようにアクションしてもらうかを考え、それを実行してもらう必要があるのです。 では、どのように具体的にどのようにマネジメントしていけばよいのでしょうか?一般的な流れをご説明します。 【在宅医療介護現場におけるマネジメントの流れ】 1.患者利益を最大化する目標の設定(大項目と小項目の設定) 2. チーム全体で目標大項目の共有、関連職種で目標小項目の共有 3. 目標に基づいた他職種へのアプローチ 1~3を、病態変化や環境変化に応じて再確認/再設定しながら、繰り返す 1.患者利益を最大化する目標の設定 マネジメントにおいて最初にすべきことは、目標設定です。目標設定とは「何が患者利益を最大化するか、明確にする」ことです。ここで必要になるのが第1回のコラムでお話した「本人の思いを吸い上げるスキル」です。本人の思いなくして、利益の最大化は絶対にありません。本人の思いを吸い上げることで、患者利益の最大化が見え、マネジメント目標となるのです。 また目標の具体性については、少しACPの考え方と近くなる部分もありますが、大項目と小項目の設定が必要です。大項目は患者さんがどういった形で日常を過ごしたいか、最期を迎えたいかといったすべての職種と共有すべき目標です。小項目は大項目をもとに作成する、主に自身の業務範囲を中心とした特定の職種と共有すべき目標です。例えば内服の種類が減らしたいという患者さんの思いを訪問看護師さんが吸い上げた場合、それを主に医師や訪問薬剤師とともに、可能な限り内服薬の整理を目指します。 ここで注意してほしいのが、マネジメント目標は患者さんの病態変化、ADL変化、家庭環境の変化等で変わるということです。状況が変わった際には、再度患者さんの思いを吸い上げ、その変化に気付いた場合は、目標を再設定するステップを繰り返しましょう。 2.チーム全体で目標大項目の共有、関連職種で目標小項目の共有 マネジメント目標が定まったら、その共有をしていきます。共有はすでにされている方が多いと思いますが、重要なのが大項目の共有です。患者さんの病態が変化した際に、チームのベクトルを合わせることが出来るか否かで、マネジメントの成否が決まるといっても過言ではありません。 共有の方法は、電話・メール・ICT等、様々なツールがありますが、訪問看護師さんの立場では、可能であれば少なくとも医師やケアマネージャーとは対面や電話等の口頭で伝えるやり方が、最もお互いにその目標を理解しあえると考えています。特に訪問看護師さんならではの目線で設定された目標は医師が気づいていないことがあるため、ぜひしっかり共有していただきたいと思います。 3.目標に基づいた他職種へのアプローチ 共有ができたら、次はマネージャー的な動きとして、いかに目標達成のために他職種に動いてもらうかを考えます。これには多くの方が苦労をされていると思います。絶対的な対策はありませんが、マネジメント目標がしっかり共有できていれば、他職種のアクションにつながることも増えるため、まずは目標の共有を意識しましょう。 しかし、それでも円滑にアクションに繋がらないことも多いと思います。その場合、ここでも「俯瞰的にものごとを見ること」が重要になります。相手がどういった考えを持っているか、どういった行動原理があるかを見極めることができれば、相手に合わせて自身がやり方を変えることができます。結果として、相手に行動を促すこともマネジメントのひとつの方法なのです。 相手の行動原理にある程度あわせて、自身を変えることになりますが、あなたの行動がチームとして患者さんの利益を最大化することにつながります。 例えば、ケアマネージャーが看護師資格保有しているなど医療のことも含めて、マネジメントシップを取れると判断できる場合には、そのケアマネージャーと密に連絡を取りましょう。反対に、もしケアマネージャーが医療については、進んでマネジメントシップを取りたがらないと判断できる場合は、訪問看護師さんが医療についてはハブ機能を担いましょう。 このように相手の考え方やスキルの応じたて判断や適応をすることで、円滑な他職種へアプローチを実践しましょう。訪問看護師さはチームの要となることが非常に多いため、マネジメントスキルを磨くことで、患者利益の最大化をぜひ、目指していただきたいと思います。 本コラム第3回目として、訪問看護指示書に関してのコミュニケーションのコツやマネジメントについて述べさせていただきました。次回は、医師のいない場での医療的判断などについてお話します。 医療法人プラタナス 松原アーバンクリニック 訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士 久富護 東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。

コラム
2021年3月2日
2021年3月2日

漫画『ナースのチカラ 〜私たちにできること 訪問看護物語〜』に学ぶ、訪問看護という職業の魅力

『ナースのチカラ 〜私たちにできること 訪問看護物語〜』という漫画をご存知だろうか? 2020年4月に単行本第1巻が発売されたこの作品は、義母の介護をキッカケに50歳で新人訪問看護師となった主人公と、彼女を支える訪問看護ステーションの同僚たち、そして利用者や家族の奮闘を描いた物語だ。この漫画を通して、訪問看護という職業の魅力を紐解いていきたいと思う。 コラム執筆者: 株式会社メディヴァ/コンサルタント 内野宗治 事例集のような作品 この漫画は一話読み切りのエピソードで毎回、様々な病状や家庭環境、価値観を有する利用者や家族が登場し、訪問看護師たちが「どうサポートすべきか」と頭を悩ませる。 「自宅で最期を迎えたい」利用者や家族の希望を叶えるため、あの手この手でサポートする訪問看護師たちの姿には胸を打たれるが、美しい話ばかりではない。 80歳代の母親と50歳代の引きこもり息子が暮らす「ゴミ屋敷」をスリッパ持参で訪問したり、末期の乳がんを患う女性の夫が妻の介護に疲れてうっかり他の女性と浮気してしまったり、といった妙にリアリティあるエピソードも読み応えがある。 この漫画の作者、広田奈都美さんは、自身が病棟、訪問のいずれも経験している看護師であり、前作に当たる『おうちで死にたい 自然で穏やかな最後の日々』もやはり訪問看護を題材にした作品だ。 訪問看護に関する制度やお金についての専門的な話や、在宅療養において重要なACP(アドバンス・ケア・プランニング)の話などもあり、ストーリーを楽しみながらも訪問看護について多角的に学べる、よくできた事例集のような作品になっている。 「利用者や家族の「生活」や「人生」に寄り添うのが在宅」 これらの作品を通じて描かれているのは、訪問看護という仕事が単に患者の「病気」を見るのではなく、利用者や家族の「生活」や「人生」に寄り添い、支えるものであるということ。そして、利用者の数だけ異なるサポートの形があるということだ。 たとえば、末期癌を患った男性の妻が、夫の病状を心配する余裕もないほど、お金の不安で頭が一杯になってしまうというエピソードがある。 夫の治療費、子供たちの進学費用、微々たる貯金とパートタイムの仕事で得る給料・・・助成金や保険金をもらえるならもらいたいが、何がどうなっているのかよくわからない。そんな彼女を見かねた訪問看護師が、家にある「お金に関する書類」を全て集めるよう提言し、役所や保険会社にひとつひとつ問い合わせていく。その結果、「これだけ稼げば、何とかやっていける」という目処が立ち、ひと安心したところで女性は初めて涙を流す。 現実には、訪問看護師がここまで介入するケースは多くないかもしれないが、在宅療養者にとって比較的身近な存在である訪問看護師は、利用者や家族にとっての「相談窓口」的存在になることも多いだろう。いわゆる「看護」業務の枠を超えて、利用者や家族を多面的にサポートする仕事が多くなりやすいことは、訪問看護という仕事の大変さであり、同時に醍醐味であることが伺える。 「家族固有の問題」ではなく「社会全体の課題」 「在宅の基本は家族です。あくまで家族がお世話するのをお手伝いするのが在宅なんですよ」 このセリフは、作中に登場する訪問看護師が発するものだ。 もちろん、家族がいない独居者や、訳あって家族の支援を受けられない人もいるので、必ずしも「家族がお世話するのをお手伝いする」ことが訪問看護師に求められるわけではない。だが、病院の入院患者と比べ、在宅患者は家族と過ごす時間が長く、家族のサポートが必要となるケースが多いこともまた事実だ。 現状は、家族が主体でケアをしていることが多いので、その本人と家族のケアのやり方を尊重するのが大切だと、このセリフは教えてくれる。 介護保険制度が創設されるまで、介護を主に担ってきたのは家庭・家族だった。その後、「家庭・家族が担ってきた介護を社会共通の課題として認識し、実際の介護(ケア)を担う社会資源を、税と保険料を中心に拠出された財源によって社会全体が担っていくもの」という考えに基づく介護保険サービスが導入されたことによって、在宅医療を「家族固有の問題」ではなく「社会全体の課題」として捉え、社会全体で支える「介護の社会化」が進んだ。 このような背景から、在宅の主役は「在宅療養者・家族」であり、主役を支えサポートすることが訪問看護師や在宅療養に関わる専門職の役割なのだと言える。 『アンサング・シンデレラ』の次は訪問看護師? 訪問看護師の不足は、日本の訪問看護業界における主要な課題のひとつだ。 厚生労働省が2019年に推計(※1)したところによると、2025年に日本全国の看護職員は6〜27万人不足する見込みで、特に訪問看護師の不足が懸念されている。また、日本看護協会の発表(※2)によると、2018年における訪問看護ステーションの求人倍率は2.91倍で、病院や介護老人福祉施設(特養)を抑えて、最も求人倍率の高い(求人数に対して求職者が少ない)施設となっている。 訪問看護師の数を増やすには、適切な制度や教育、キャリアパスの設計に加えて、訪問看護師という職業の魅力が世の中で広く認知され、「訪問看護師になりたい」という人が増えていくことが重要だろう。もしかすると、『ナースのチカラ』や『おうちで死にたい』を読んで訪問看護師を目指す人も、今後出てくるかもしれない。 病院薬剤師が主人公の漫画『アンサング・シンデレラ』は今年、石原さとみの主演でテレビドラマ化されたが、訪問看護師が主役のドラマは生まれるだろうか? 株式会社メディヴァ コンサルタント 内野宗治東京都出身。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。IT系コンサルティング会社勤務、ニュースサイト編集者、スポーツライター、通信社記者(マレーシア支局)等を経て現職。メディヴァでは、ヘルスケア関連企業の新規ビジネス開発や先進医療の普及・実用化に向けた戦略策定支援、自治体の地域医療拡充サポート、中央省庁の調査案件等に携わる。 【参考】 ※1:医療従事者の需給に関する検討会 看護職員需給分科会 中間とりまとめ(概要) ※2:2018年度 「ナースセンター登録データに基づく 看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果

コラム
2021年2月24日
2021年2月24日

コロナ禍でも7割の訪問看護ステーションが収支悪化せず?訪問看護業界の現況

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、世界各地の経済、ビジネスに大打撃を与えている。医療業界も、多くの病院やクリニックで外来患者が激減し、経営難に陥っている医療機関も少なくない。そんな中、「家」でサービスを提供する訪問看護業界は比較的、昨今のコロナ禍、「ステイホーム」の世の中でも好調と言えそうだ。 コラム執筆者: 株式会社メディヴァ/コンサルタント 内野宗治   7割以上はコロナで収支変化なしまたは増加 公益財団法人日本訪問看護財団が2020年10月19日に発表した「第3弾 新型コロナウイルス感染症に関するアンケート(※1)」によると、アンケートに回答した訪問看護ステーションの74.5%が2020年8月の収支状況について、前年同月(2019年8月)と比べて「変化はほとんどない」「1 割以上増加」と回答した。 アンケートに回答したステーションは計149施設と、限られたサンプル数ではあるものの、7割以上のステーションが「ウィズコロナ」の現在でも収支状況が悪化していないという事実は、訪問看護のニーズが根強いことを示唆している。 ちなみに日本全国が緊急事態宣言下にあった5月の収支状況についても、68.5%のステーションが前年同月と比べて「変化はほとんどない」「1 割以上増加」と回答。6月は74.5%、7月は75.2%と、いずれも75%前後の水準を維持している。病院の約8割がコロナ禍で経営悪化したとも報じられている(※2)のとは対照的だ。 訪問看護利用者は増え続けている 日本の訪問看護業界は、在宅療養の普及に伴い、ここ20年ほど右肩上がりの成長を続けている。厚生労働省の公開資料(※3)によると、2017年の日本における訪問看護の利用者数は、介護保険適用者が約46万人、医療保険適用者が約23万人となっている。 2001年の利用者数と比べると、介護保険適用者は2.5倍、医療保険適用者は4.7倍に増えた。ニーズの増加に伴う形で、訪問看護ステーションの数も増えている。全国訪問看護事業協会の調査(※4)によると、日本全国にある稼働中の訪問看護ステーション数は2010年時点で5,731件だったが、2020年4月時点で11,931件と、直近10年間で倍増以上となった。 課題は人手不足 業界全体が伸び盛りである一方、急成長中の業界だからこその問題もある。ひとつは「人手不足」だ。厚生労働省が2019年に推計(※5)したところによると、2025年に日本の看護職員は6〜27万人不足する見込みで、中でも訪問看護師の不足が懸念されている。 また、日本看護協会の発表(※6)によると、2018年における訪問看護ステーションの求人倍率は2.91倍で、病院や介護老人福祉施設(特養)を抑えて、最も求人倍率の高い(人手を必要としている)施設となっている。訪問看護師の絶対数こそ増えてはいるものの、「急増するニーズに追いついていない」というのが実態のようだ。 訪問看護が複雑化し、リハビリ中心に 在宅療養患者が小児から末期がん患者まで多様化する中で、単に看護師の数が足りないというだけでなく、訪問看護師に求められる知識や能力が複雑化していることも伺える。 訪問看護師が不足している状況もあり、実際には看護師ではなくリハビリ職員による訪問看護が主となっているステーションもある。前出の厚生労働省発表資料によると、訪問看護ステーション従事者に看護師が占める割合は、2001年には91%だったが2017年には71%まで低下。 代わりに理学療法士等(作業療法士、言語聴覚士を含む)の割合が5%から22%へと増加している。 診療報酬改定の見直し対象に 厚生労働省によると、リハビリ職員の割合が多いステーションは「24時間対応体制加算」の届出が少ないといった特徴がある。この問題は、2018年の介護報酬改定、及び2018年と2020年の診療報酬改定において見直しの対象となり、理学療法士等による訪問看護の単位数引き下げや、看護職員とリハビリ職員の連携を要件化するといった対応が取られた。2021年の介護報酬改定に向けた議論でも、リハビリ職員による訪問看護の扱いは主要な論点のひとつとなっている。 看護職員の割合に応じた報酬体系への変更 2020年10月22日に行われた厚生労働省の社会保障審議会(介護給付費分科会)(※7)では、次期介護報酬改定に向けて「看護職員の割合や看護職員による訪問割合に応じた報酬体系への変更」などを提案する声が上がった。また、8月3日の介護給付費分科会における事業者ヒアリングでも、日本訪問看護事業協会から「看護体制強化加算について、看護職の人員基準を設け、看護職が全体の60%以上とする要件の追加」という要望もあった。その他、2021年介護報酬改定における、訪問看護を巡る主な論点としては「退院当日の訪問看護費算定」や「在宅療養を支える訪問看護提供体制の強化(看護体制強化加算)」などがある。 さいごに これらの要望が実際の改定にどこまで反映されるかは未知だが、訪問看護について「看護職員による、手厚い訪問看護の実施を評価していこう」という大きな流れがあることは確かだろう。この流れを追い風に、業界全体が今後さらに発展していくことが期待される。 株式会社メディヴァ コンサルタント 内野宗治 東京都出身。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。IT系コンサルティング会社勤務、ニュースサイト編集者、スポーツライター、通信社記者(マレーシア支局)等を経て現職。メディヴァでは、ヘルスケア関連企業の新規ビジネス開発や先進医療の普及・実用化に向けた戦略策定支援、自治体の地域医療拡充サポート、中央省庁の調査案件等に携わる。 【参考】 ※1:第3弾 新型コロナウイルス感染症に関するアンケート~感染症発生状況と経営に及ぼす影響~ ※2:(NHK WEB)約8割の病院で経営悪化 新型コロナで外来や入院の患者数減少 ※3:訪問看護䛾利用状況等について ※4:訪問看護ステーション数調査 ※5:医療従事者の需給に関する検討会 看護職員需給分科会 中間とりまとめ(概要) ※6:2018年度 「ナースセンター登録データに基づく 看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果 ※7:訪問看護の報酬・基準について(検討の方向性)

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

2020年、医療現場のオンライン化で訪問看護はどう変わる?徹底解説

コロナによる大幅な規制緩和 2020年はコロナ一色の1年となりましたが、医療現場のオンライン化をめぐる状況も大いに変化した年となりました。2020年は、2018年のオンライン診療保険収載後初の改定ということで、3月に告示された改定概要は注目されましたが、適応要件の若干の緩和(※1)があるのみで、オンライン診療をめぐる制度の大幅な変更はありませんでした。 むしろ現場に大きな影響を与えたのは、政府の緊急事態宣言発出直後の4月10日に通知された厚労省の事務連絡です。 非対面の診療行為が初診から可能に この通知による時限措置で、これまでさまざまな要件で縛られていた情報通信機器を用いた非対面の診療行為は、医師の判断により「初診から可能」となり、対象疾患の範囲も制限が事実上なくなりました(※2)。 この緩和は服薬指導の領域にも及び、本来9月の改正薬機法の施行をもってスタートするはずだったオンライン服薬指導は、薬機法の規定よりも大幅に緩和された形で、半年先だって事実上の解禁となりました。 この状況は時限的なものですが、菅総理も今回の緩和の枠組みの恒久化に意欲を見せており、厚労省も時限措置の延長決定を続けています。 厚労省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」(以下、ガイドライン検討会)の資料からも、2021年の夏~秋を目指して、時限緩和を踏まえた新たな恒久制度のとりまとめとガイドライン改定の検討が進んでいくものと思われます。(※3) オンライン化の実態は? 当然この通知直後は、オンライン診療システム「YaDoc」の開発を行っているインテグリティ・ヘルスケにも、混乱する現場から多くの問い合わせが寄せられ、実際にYaDocの導入件数も大きく伸びました。 一方で、前述のガイドライン検討会で報告された通り(※4)、2020年10月末時点で、当該時限措置を踏まえ電話や情報通信機器を用いた診療を実施可とした医療機関は、全体の15%にとどまっており、増加の伸びは第1波が終息した6月以降は停滞しています。 さらに増加した非対面診察の多くが電話での診察であり、またアプリを用いたオンライン診察の多くは小児科(若い世代の親がスマホなどを使って自宅の子供と遠隔の小児科医を繋ぐ形式)で、60歳以上世代での慢性疾患管理のオンライン化は依然進んでいない実態も明らかになりました。 電話よりも多くの情報をやり取りできるオンライン診療システムが、コロナ重症化ハイリスク層である慢性疾患を持つ高齢者に対し提供できる価値は大きいと考えます。しかし同時に、高齢者のITリテラシーという大きなハードルの存在を、2020年を通じ改めて認識されられました。 インテグリティ・ヘルスケアの感覚値としても、コロナ第2波、第3波では、第1波のような混乱と熱気はなく、医療機関も極めて冷静に、自院患者のニーズに応じたオンライン診療システム導入可否の判断を行っているようです。 むしろ秋以降、第1波でトライアルを回した大規模な病院が、満を持して予約や決済などの病院全体のオペレーションに適合したオンライン診療システムを改めて公募~正式採用、という事例が増えているように感じています。2021年に向けて国側で恒久制度のとりまとめが進むのと並行して、多くの大規模な病院で組織的なオンライン化が進んでいくものと思われます。 訪問看護領域への影響 このオンライン化の波が、訪問看護の領域にどのように影響を与えていくのでしょうか。 まず細かい点でいえば、2020年改定での退院時共同指導料の算定におけるオンライン活用要件の緩和(これまで退院時カンファは原則対面&やむを得ない場合にのみオンライン可だったが、今回から必要な場合はオンラインOKとなった)が挙げられます。 D to P with N しかし本質的な影響として重要なのは、「D to P with N」の普及と制度化だと思います。「D to P with N」とは、在宅の患者へのオンライン診療時、患者宅に看護師が同席し、デバイス操作を補助したり、医師による追加的な検査指示への対応をその場で行うモデルで、慢性疾患の増悪の早期発見などに役立つと期待されています。 厚労省のガイドライン検討会では、2019年7月にガイドラインのオンライン診療の定義内に「D to P with N」モデルを加筆しました。最近の検討会の議論の中でも、現状まだ過疎地や希少疾患などに限られている「D to P with N」の運用を、より一般的な疾患管理にも拡大し、有効な活用事例を収集・紹介するなどの推進策を検討してはどうか、といったやり取りがなされています。(※5) 今後、医療職へのワクチン接種などが進み、高齢患者宅への訪問看護のリスクが現状よりもさらに下がった暁には、オンライン化の大きなハードルである高齢者ITリテラシー問題を、「D to P with N」モデルが解消してくれる可能性が大いにあると期待しており、恒久制度にどのように盛り込まれるか、注視していきたいと思っています。 株式会社インテグリティ・ヘルスケア デジタルセラピー事業 増崎孝弘 2011年、株式会社メディヴァ(医療コンサル)にて、在宅医療・地域包括ケア関連のコンサルティング業務を担当、2017年よりインテグリティ・ヘルスケアに参画。福岡市でのオンライン診療の実証事業の現地事務局を担ったのち、現在は疾患管理システムYaDocを基盤に、製薬・医療機器メーカー向けのアプリケーションの開発やそれらを用いた臨床研究のプロジェクトマネジメントを担当中。 【参考】 ※1 事前の対面診察機関の6か月から3か月への短縮、慢性頭痛や在宅自己注射等の対象疾患の見直し等。令和2年度診療報酬改定の概要(全体版) ※2 0410対応における(株)インテグリティ・ヘルスケアの見解 ※3 第13回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会 資料1今後の検討のスケジュールについて ※4 第10回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会 資料2 令和2年4月~6月の電話診療・オンライン診療の実績の検証について、第11回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会 資料2-2 令和2年7月~9月の電話診療・オンライン診療の実績の検証の結果 ※5 2020-11-2 第11回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会  介護報酬、診療報酬改定についてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

今日からできるプチ災害準備

高齢者のための災害準備チェックポイント 高齢者の災害準備において気を付けなくてはいけないことにはどのようなものがあるでしょうか?高齢者特有の準備の特徴から考えてみたいと思います。 期限が切れている ・非常用の食事の消費期限が切れている ・懐中電灯やラジオの電池が切れている 高齢者のご家庭にお伺いして準備の状況をおたずねすると、「あ、そういうの、ちゃんとありますよ!」と言って見せてくださいます。 災害準備のための物資(非常食や懐中電灯、ラジオなど)は、多くの方のお宅にきちんと常備されていることが多いのです。ところが、中に入っているものを一つ一つ確認していくと、今、災害が起きてしまったらすぐに役に立たない物があることも見受けられます。 情報が古い ・通院中の病院や服用している薬の名前が書かれたノートの情報がアップデートされていない ・家族や親戚の連絡先が過去のものになっている 高齢の方は定期的に病院に通っていたり、薬を飲んでいらっしゃることが多いため、避難先に持っていけるように病院や薬の名前を記したノートを作ることが推奨されます。また、いざという時に助けを求められる家族・親戚の連絡先をメモしておくことも必要です。 しかしそれらの情報が古く、情報がアップデートされていないことも多々あります。 実際の避難を想定出来ていない ・避難用の非常袋が持ち出せない ・自分に必要な物資が入っていない 避難用の非常袋には2リットルの重さのお水などが詰め込まれていて、「これを実際に背負って逃げられますか?」とお尋ねすると、「ちょっと、重たすぎるねぇ」などという答えが返ってくることがあります。高齢の方の災害準備には、避難用物資の準備をする際は自分で運べる重さか、すぐ持ち出せる場所にあるかなど実際を想定した準備が必要です。 また、日頃の生活で必要なものというのは高齢者、お一人お一人で異なります。誰もが使うようなものは、災害が起きてもすぐに提供されるようになりますが、特有のニーズへの対応は、往々にして後手になりがちです。 メガネが必要な方、入れ歯が必要な方、薬が必要な方、補聴器が必要な方、またそのための充電ケーブルや電池等、どうしても無くては困るものをリストアップして、自分なりの準備品を考えておくことが大切です。 避難することの危険性を考慮していない ・自分の地域で起こりえる災害を把握していない ・とにかく避難所へ行かなければと思っている 防災というと多くの方が想像される「避難」については、避難場所をきちんと把握していらっしゃる方も多いのですが、高齢者には「避難によるリスク」というのが常に伴うことを知っておかなくてはなりません。 いつもなら何でもないような散歩道も、雨が降って視界が悪かったり、非常用の荷物を抱えて避難を急いでいる際には、いつものように冷静に歩くことができず、足元をとられて転ぶということもあり得ます。 避難を必要とする災害が起こりうるのか、もし避難をしないという選択をする場合にはご自宅は避難に耐えうるのか等を知っておくことが重要になります。 高齢者の方に「あなたのお住いのエリアではどのような災害が起こりうるかご存じですか?」とお尋ねすると、起こりうる災害を想定した災害準備をしている方は少なく、「とにかく避難所へ」とお考えの方も多いようです。リスクを減らすためにも、土砂崩れや川の氾濫など、避難をした方がよい災害が来る可能性があるのか、自宅にとどまった方がよい災害が起こりうるかを知っておくことは重要です。 ニーズに合わせた準備を 何より、高齢者と一言でいっても、身体機能や認知機能、必要な支援ニーズが極めて多様であるため、災害準備に必要なものは、それぞれに大きく異なる、ということが高齢者の特徴だと言えます。これがあれば大丈夫!という準備はなく、それぞれのニーズにあわせて災害準備を考え、それを定期的に確認することが重要です。 そうはいっても、いつ来るかわからない災害のために、日ごろからきちんと準備をしておくことは難しいのが実際です。また何もかも購入しようと思うと、お金がかかってしまいそうで、準備をする気も起きなくなってしまいます。そこで、あまり気負わず、日頃からちょっとした工夫で高齢者の災害準備を進めていただくポイントを考えてみましょう。 今日からできる「プチ災害準備」 起こりうる災害をチェック まず、お住いのエリアで起こりうる災害を調べてみましょう。これには市区町村の防災の手引きやホームページなどが役に立ちます。また、災害時ご自身の避難は想定されない場合でも、避難所を知っておくことは大切です。実際に災害が起こった際に、物資や情報が提供される場所になりうるからです。 3日間の物資を準備 次に、自宅で3日間、援助を待つことができるための物資を準備します。物資の準備のために、防災グッズを新たに買う必要はありません。 例えば、食べ物であれば、「今日から3日間、電気やガスが使えず、自宅から全く外出しなくても生活できるかしら?」という視点で、プラス3日分の食料品を準備するようにしておけば、非常食の賞味期限を気にする必要はありません。また、日頃食べ慣れたものであれば、口に合わないということもないでしょう。 また災害がおさまっても、その後に停電が一定時間来るということも、しばしばあります。夜間の停電の中、部屋を移動することなどは高齢者にとってとても危険です。 懐中電灯を各部屋に準備しておいたり、持ち出し品を就寝中は寝室に置いておくことや、暗闇の中割れたガラスなどを踏むことの無いように、スリッパや室内履きを持ち出し品に入れておくことなども、ちょっとした工夫の一つです。 防災プチ訓練 なお、高齢者の災害準備にありがちな、防災グッズの確認忘れを防止し、既往歴や連絡先などの情報を定期的にアップデートするために、防災プチ訓練をお勧めしています。台風が来ると予報が出た際や、小さな地震が来た際に「被害がなくてよかった!」で終わらせるのではなく、備品や食料の確認をしたり、避難場所までの経路を確認してみるなどの機会を定期的に持つようにしていただくといいでしょう。 まだ来ぬ災害への準備を一から始めようと思うと大変ですが、ちょっとした工夫と定期的な習慣として進めることで、災害準備は格段に進みます。高齢者の特徴でもある多様なニーズに合わせるためにも、自ら準備をすること、定期的に確認することを念頭に、高齢者の災害準備を考えてみましょう! 東京都健康長寿医療センター研究所 研究員・博士(保健学)・学士(工学) 涌井智子 専門は家族介護、老年社会学、公衆衛生。介護を支える社会の仕組みについて、個人、家族、社会構造といった視点で研究を実施。特に家族介護者の負担感軽減のための支援策の検討や、介護分野におけるテクノロジー導入の課題、要介護高齢者の家族のための災害準備等について日本と米国で研究を実施中。2013年10月より現職。   【参考】 これまでの研究調査を基に、高齢者の方の災害準備に必要な内容を簡単にまとめた「災害準備ノート」を掲載しています。災害準備されていますか?―要介護高齢者の災害準備を考える― 災害対応についてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

異なる支援ニーズへの対応と地域コミュニティ

情報提供の必要性 アメリカの疾病対策予防センター 日本の防災の手引きには、これまであまり状況や対象特有のニーズに合わせた情報提供がなされてきませんでした。 米国の疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)では、災害準備向けの情報発信を積極的に行っています。 北米はエリアによって、起こりうる自然災害が多岐にわたりますので、その災害タイプ別(地震、雷、火事、水害、津波等)に、個人で行える災害準備のポイントを解説しています。何より重要なこととして、災害発生時には手助けが来るまでに時間がかかることから、災害発生時に耐えうる自らの災害準備が重要であることがわかりやすく解説されています。 また興味深いのは、準備においてもその支援ニーズが異なることから、特に支援が必要な人やその家族向けに、例えば、高齢者向け、障がいのある人向け、妊婦や出産を予定しているご夫婦向け、医療ニーズのある子供とその家族向けなど、対象別に情報提供をしていることです。 このような情報提供は、支援ニーズが多岐にわたる高齢者にとっては非常に有用ですので、ぜひとも各自治体の防災の手引き等の情報提供に反映されることが望まれます。 異なる支援ニーズ また、高齢者と一言で言っても、生活の上で介護が必要な方、そうでない方、家族と住んでいる方、住んでいない方等様々ですので、その方の状況をまずはしっかり把握したうえで、災害準備の計画を立てる必要があります。 特に要介護高齢者の方の災害準備を進める上では、「ご本人が必要とする生活上の必需品」、「ご本人の身体機能や認知機能の程度」、「ご本人が得られる支援」という軸で必要な災害準備の内容を整理し、災害準備計画につなげることをおすすめします。 また「ご本人が得られる支援」は時間帯によっても異なります。就寝時、介護保険サービスの利用時、家族と家で過ごしている時、家族が不在の時等、災害は24時間起こりえることを理解し、その時々の状況について計画を検討する必要があります。 なお、災害時個別支援計画を作成している訪問看護ステーションの例もありますので、参考にしてみてください。 地域コミュニティの役割 身体機能が低下しつつある高齢の方にとっての災害準備には、地域のつながりも重要になってきます。 というのも、災害はいつ発生するかわかりません。いつもなら頼れる家族がそばにいても、災害発生時に仕事や買い物などで、近くにいないということも考えられます。 また災害の起こりうる状況は地域によって異なりますので、地域別の情報を共有しておくことはとても重要になってきます。 第1回コラムで紹介した調査結果においても、地域住民とのネットワークの状況が、介護が必要な高齢者の災害準備を進める鍵であることが示唆されています。 地域住民とのネットワークが密であるほど、つまり、地域においてネットワークがない人や日常会話程度のネットワークのみの人に比べて、ある程度介護のことを話したり、情報を共有するネットワークを持つ人の方が、災害準備が進んでいる状況が明らかになっており、災害準備において地域での情報共有が重要であることを示しています。 これは、介護が必要な高齢者の身体・認知機能を少しでも共有しておくことで、いざという時に声をかけてもらえたり、避難所や支援、災害準備に関する情報の共有が、日頃から自然と進められているためであると考えられます。 東京都健康長寿医療センター研究所 研究員・博士(保健学)・学士(工学) 涌井智子 専門は家族介護、老年社会学、公衆衛生。介護を支える社会の仕組みについて、個人、家族、社会構造といった視点で研究を実施。特に家族介護者の負担感軽減のための支援策の検討や、介護分野におけるテクノロジー導入の課題、要介護高齢者の家族のための災害準備等について日本と米国で研究を実施中。2013年10月より現職。  

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

高齢者にとっての災害対策

9月1日の「防災の日」が制定されている日本では、小中学校などで定期的に避難訓練が行われるなど、防災への意識が高いといえるでしょう。しかし、毎年起こる災害では、どうしても高齢者の被災が多くなってしまっており、改めて高齢者の防災への取り組みが注目されます。 高齢者にとっては、特に「災害準備」が大切になりますので、高齢者の多様な支援課題や防災における特徴を広く知っていただきながら、高齢者お一人お一人の防災について考えてみたいと思います。 なぜ、高齢者にとっての災害準備が重要なのか 初動期と展開期 災害は、大きく「準備期」「初動期」「展開期」に分類されます。 準備期とは災害発生以前を指し、「初動期」は災害が起こってからの約72時間を、そして「展開期」は災害発生から72時間経過後を指します。 高齢者は、これらのどのタイミングにおいても脆弱であると言われていますが、例えば、初動期においては体力的・精神的な理由で、避難するのが遅れてしまうことがあったり、生活環境の変化(避難所での生活)に対処しきれず、急激に身体機能が低下したり、認知症状が進行するなどの状況に陥ることが報告されています。 また、展開期においても同様で、長期にわたる避難所での生活や、生活再建のための疲れの蓄積によって身体的・精神的消耗が激しく、若い人に比べて命を落とすことも多く(災害関連死等とも言われます)、この時期の支援の重要性が言われています。 準備期 準備期においては、高齢者が災害のための準備ができていないことや避難訓練の参加率が低いこと等が報告されています。 初動期や展開期における高齢者への対策を強化することは容易なことではありませんが、時間のある準備期の対策を充実させることで、高齢者自らが、災害が発生した場合に生き残る可能性を広げることにつながります。 災害のための物資の準備をしておくことや、起こりうる災害を想定しておくこと、災害発生時に助かる可能性を広げるためのネットワークづくりをしておくことは、災害が起きた時に落ち着いて行動することを可能にし、また、高齢者自らが行うことができる最も基本の対策となります。 高齢者の災害準備が進まない理由 私の専門は介護が必要な高齢者の生活支援と、介護が必要な高齢者を支えるご家族の負担や健康を支えることです。そのため、災害準備においても、特に介護が必要な方とそのご家族の方、特に在宅で生活をされている方の災害準備ポイントを常々考えております。 といいますのも、施設入居の方の場合には、施設でマニュアル等が検討されますが、在宅の場合にはご家庭でそれぞれの災害対策を考えなくてはなりません。 災害のプロでもなく、介護のプロでもない高齢者やご家族にとって、災害に向けて準備を進めることは簡単なことではありません。 まず、どのような準備をしておく必要があるのか、何の災害に備えておかなければならないのかといった情報を集めるところからが難しいのです。 アンケート調査 実際、過去に行った調査(回答してくれた方は、在宅で介護を担う家族介護者1101名)から明らかになったのは、要介護の方のご自宅において避難計画をお持ちの方は24%、全般的に「災害の準備ができている」と回答した方は8%に過ぎませんでした。 中でも、認知症の方を介護するご自宅、経済状況が苦しいご自宅、介護者が若い場合等に、災害準備が進んでいない状況が明らかになっています。(この結果は、ロジスティック回帰分析や順序回帰分析という統計手法を用いて、性別や介護の程度といった他の変数を調整しても、統計的に有意な結果であることが示されています) これは、認知症の方を介護しているご家族にとっては何を準備しておいたらよいのかわからないということや、認知症の方の介護に手いっぱいで、災害準備を行うまでの経済的、精神的な余裕がないということが反映されています。 実際ご家族の方は、災害準備に関する情報支援が必要だと感じていますが、どこで情報を得られるかわからない方もいることや、避難が必要な場合には避難場所への移動を助けてもらえるような対策の必要性、地域住民との連携の必要性が課題として挙げられています。 東京都健康長寿医療センター研究所 研究員・博士(保健学)・学士(工学) 涌井智子 専門は家族介護、老年社会学、公衆衛生。介護を支える社会の仕組みについて、個人、家族、社会構造といった視点で研究を実施。特に家族介護者の負担感軽減のための支援策の検討や、介護分野におけるテクノロジー導入の課題、要介護高齢者の家族のための災害準備等について日本と米国で研究を実施中。2013年10月より現職。 災害対応についてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

医師・他職種とのコミュニケーションスキル

第1回では、「本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル」と「本人・家族の平時の生活を想像するスキル」について解説しました。今回は「医師・多職種とコミュニケーションを取るスキル」について解説します。 訪問看護師に必要な8つのスキル・知識 ①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル ②本人・家族の平時の生活を想像するスキル ③他職種とコミュニケーションを取るスキル ④マネジメントスキル ⑤医師のいない場で医療的判断を行うスキル ⑥在宅療養利用者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力) ⑦医療制度・介護制度などに関しての知識 ⑧礼節・礼儀などを実践できる素養 ③他職種とコミュニケーションを取るスキル(全般) 多くの専門職種とコミュニケーションを取ることは、在宅医療、介護領域において、利用者さんやそのご家族のQOL向上のために、重要となります。 そういった中で、訪問看護を経験したことのない病院勤務の看護師さんとコミュニケーションの話をすると、「ほかの職種とコミュニケーションを取ることは病院でもやっているので、特に難しいことはないと思います」という回答が返ってくることがあります。 もちろんそれ自体を否定するものではないですが、在宅医療・介護領域における他職種とのコミュニケーションは正確に言うと、多くの場合「物理的に距離のある別法人の他職種とのコミュニケーション」となります。(病院の場合は「物理的に距離が近い同一法人内の他職種とのコミュニケーション」) 俯瞰的に物事を考える力 つまり経営方針や、時には治療方針が異なる別法人所属の、すぐに会って話をすることが困難な他職種とうまくコミュニケーションを取ることが求められるのです。 そのために在宅医療介護領域において、良好なコミュニケーションを取るための考え方の基盤として、「俯瞰的に物事を考える力」が必要だと感じます。 俯瞰的に物事を考える力 ・相手の専門性を考えること ・相手の業務を考えること ・相手の法人内・事業所内での立場を考えること 事例 ここで私自身の失敗談を共有させていただきます。 私が訪問診療を開始した直後の話ですが、ある株式会社の介護施設で入居者向けの訪問診療を担当していました。 主治医交代で担当したばかりの私は、入居者の内服薬の種類の多さに非常に驚きました。そこで私はポリファーマシーの観点からも、それらの薬剤の整理を始めたのですが、その方針で施設看護師さんと大きな軋轢が生まれてしまい、結果としてその施設の担当を離れることになってしまいました。 当時の私は、軋轢が生じた理由がよく分からず「利用者さんのためにやっているのに、なぜこうなるのだろう・・・」と自身の診療スタイルに対して、自信を無くしていました。 しかしその後、当時の自院スタッフと議論を重ね、また別の施設担当看護師さんと話をしたことで見えてきたことがありました。 それは、私が施設看護師さんの業務や立場を俯瞰して考えられていなかったということです。 施設看護師さんが薬剤変更時にその都度、利用者のご家族に変更理由を電話で説明していたとことを知らなった私は、度重なる変更をしながら理由をご家族に説明しやすい形で施設看護師さんに伝えていませんでした。 また施設看護師さんが利用者のご家族は入居金などの支払者という意識を持ち、対顧客としてご家族との関係性構築に非常に気を遣っていることにも、株式会社所属という意識もなかった私は気づいていませんでした。 この時、私は大きな反省をしました。私は、少なくとも「相手の業務を考えること」、「相手の法人内・事業所内での立場を考えること」ができていなかったのです。 ここで得た反省から、薬剤変更を含めた医療的判断をする際は、ご利用者家族に説明しやすいように、その判断理由を他職種に伝えるように心がけるようになりました。 この事例からの示唆は、利用者さんのQOLを上げるための医療介護を実践するのは当たり前だとしても、「連携する他職種の立場も踏まえて、皆が実践できる方法を考える」ことであると言えます。 すべての職種にあてはまる ここでは医師の視点からの事例を述べましたが、これはもちろんどの職種でも当てはまることです。例えば、訪問看護師さんが医師やケアマネージャーに「○○をお願いしたが、中々が動いてくれない」といった時に、相手が動いてくれないからしょうがない、と結論付けるのは簡単です。 しかしここでぜひ、俯瞰的に相手の立場を見て、もし自身がサポートできることがあれば実践し、相手とベクトル合わせをしていただきたいと思います。 ③他職種とコミュニケーションを取るスキル(対医師) 前項では他職種とコミュニケーションを取るための考え方の基盤を述べましたが、ここではフォーカスを絞り、訪問看護師のみなさんが訪問診療医とコミュニケーションをうまく取るための方法(正確には業務を円滑に進めるための方法)を述べたいと思います。なお、ここではコミュニケーションを取る相手は同一法人でない在宅診療所の医師を想定しています。 医師との連携において、訪問看護師さんからよく聞く困りごとはいくつかあります。その中でも、コールの報告内容、頻度、訪問看護指示書に関しての事柄が多くあります。(訪問看護指示書については、次回のコラムに記載させていただきます) コールに関しては、 ・報告すると医師の機嫌が悪くなる ・詳しく報告しているのに医師の反応があまり良くない ・「私(医師)にどうしてほしいの?」と言われる などの声が訪問看護師さんからよく聞かれます。 一方医師側は ・報告だけなら連絡しなくてよいのに ・話が長くて、重要なことがわからない・・・ ・アセスメントがない といった声が多いです。 訪問看護師側としては、 ・医師に利用者さんの報告をするは当然 ・報告しないと不安 ・利用者さんの背景から現在の病態を詳細に説明したい ・端的に医師からの指示を仰ぎたい という気持ちがあるかと思います。こういった思いを持ちながら、医師とうまくコミュニケーションするにはどうすれば良いでしょうか。 ここであらためて重要なのは、SBARに則った行動ができているかです。こちらの訪問看護師と訪問診療医の連絡に対してのコメント対比させた表を元にご説明します。 SBAR 状況(Situation)、背景(Background)、アセスメント(Assessment)、提案(Recommendation)の頭文字を取った言葉。この順番で報告をすると相手に伝わりやすいというものであり、コミュニケーションにおいて非常に重要なフレームになる。 <訪問看護師と訪問診療医の連絡に対してのコメント対比> ➀報告必要性の検討 「報告すると医師の機嫌が悪くなる」については、SBARの前段である医師への報告必要性の検討でクリアできることが多いです。もちろん報告を求める医師もいるため、事前にどういった時に報告が必要か、医師と調整するのが良いでしょう。 ここで一点気を付けていただきたいのが、訪問看護師からの報告に対して、診療報酬上の電話等再診算定が発生する場合があることです。(算定は医療機関) 算定するか否かは医師の判断によることが多いですが、例えば22時以降の電話等再診の場合、約500点/回(ご利用者負担1割の場合、約500円/回)となり、これはもちろん利用者さんの経済的負担になります。 そのため医師に連絡をする場合は、必要性と共に経済的負担が発生する可能性を検討した上で、実施いただきたいと思います。 ②SとBの逆転有無確認 「詳しく報告しているのに医師の反応があまり良くない」については、SBARの状況(S)と背景(B)が逆転しているのが原因であり、SBARの順に伝えることでクリアできることが多いです。 背景(B)として、利用者さんの病態の背景や家族背景などの説明は重要ですが、ここに多くの時間をかけて説明してしまうと、医師は「何が一番伝えたいことなのかわからない」という状態となってしまいます。 まずは「今起きていること」と「判断を仰ぎたいこと」を伝えた上で、必要に応じて背景を説明すると良いでしょう。 ③AとRの有無確認 「『私(医師)にどうしてほしいの?』と言われる」については、SBARのアセスメント(A)と提案(R)が足りていないことが原因であり、これらをきちんと実施することでクリアできることが多いです。 逆に医師から「△△訪看ステーションはアセスメントや提案がしっかりしていて、非常にありがたい」というコメントがあると、医師と訪問看護ステーションが良好な関係性が築けているのだと感じます。 アセスメント(A)と提案(R)が足りていないとは、バイタルや状況を伝え、それで終了してしまうパターンです。 もちろん、各々の状況に対して臨床的判断することは医師の役割ですが、医師も少なからず判断に負担を感じていることがあります。ですから、看護側からのアセスメントや提案は非常にありがたく、臨床的判断をしやすくなるだけでなく、負担感も軽減にもつながります。 ただし、アセスメントと提案には、しっかりしたフィジカルアセスメント技術が必要です。訪問看護師さんはフィジカルアセスメントに長けている方が多いと感じていますが、今一度その重要さを振り返り、より良いアセスメントと提案につなげていただけると良いと思います。 医療法人プラタナス 松原アーバンクリニック 訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士 久富護 東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

思いを吸い上げるスキル・想像するスキル

利用者さんご本人やご家族と接する時間が長く、より生活視点での看護的観察やアセスメントが必要なのが訪問看護です。本コラムでは、特に訪問看護師に必要なスキル・知識について、これまでの訪問診療医としての経験や、訪問看護師さんとのコミュニケーションから得た気づきを、私なりにまとめました。   訪問看護師に必要な8つのスキル・知識 ①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル②本人・家族の平時の生活を想像するスキル③他職種とコミュニケーションを取るスキル④マネジメントスキル⑤医師のいない場で医療的判断を行うスキル⑥在宅療養利用者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)⑦医療制度・介護制度などに関しての知識⑧礼節・礼儀などを実践できる素養 さまざまな意見があると思いますが、これまで私自身が大学病院、市中病院、外来/在宅診療所などで勤務した経験から、訪問看護については最もその看護スキルを発揮できる場と私は捉えています。   ①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル 利用者さん本人の医療、介護に対しての思いや考え方を吸い上げることは、最も重要なことと考えられます。なぜなら、医療介護は我々医療従事者の満足のために行われるものではなく、利用者さんご本人のために行われるものだからです。そのため、その思いや考え方の吸い上げなくして、医療介護方針の立案はないと考えています。ただし、意思の表出が難しい方や、本人や家族が我々(特に医師)への気遣いで考え方を述べることを躊躇され、その意向の吸い上げが難しくなることがしばしばあります。そういった時の意向の確認で、最も適している職種が訪問看護師であると考えています。 必要なことは何かを考えるスキル 私も連携している訪問看護師から、ご本人やご家族の思いや考え方を伺い、方針決定の参考にさせていただき、さらに方針変更をしたこともあります。その時に求められるのが、その方が希望する生活を継続するために、必要なことは何か考えるスキルです。さらに、その希望も時期によって変わるため、利用者さんにとって必要なことは何かを「考え続ける」こととなります。なお、意向の吸い上げは以下の項目について利用者さん側が理解した上で、初めてできると考えます。 利用者さんに必要な理解・医療に対しての理解・今後、起こりうることとその対処方法についての理解・医療介護サービス提供方法や頻度についての理解・必要な費用についての理解 前者2つは医療的な側面のため、説明が漏れることが少ないようです。一方、後者2つは制度面に紐づけられるため、特に訪問看護をはじめて間もない看護師さんは、病院や外来診療所ではこういった話をすることがほとんどなく、知識面から説明が不足することが多くなる傾向にあります。しかし、非常に重要な事項であるため、ぜひ知識を身に着けていただきたいと感じています。特に経済的側面と医療介護に対しての意向については、それが良いことか悪いことかの議論はあると思いますが、大いに相関すると感じています。それでも意思疎通ができる方の中において、意向や考えの表出が少ない利用者さんもおられるでしょう。ただ、考えのない方は絶対におらず、その場合、ちょっとした表情の変化や言動の変化などをもとにその考えを推測することとなり、場合によりそれをもとに、こちら側からの問いかけなどで、意向をより明確なものにしましょう。 思いを吸い上げるスキル さらにご本人が自身の考え方に気づいていないこともあるため、その際もこういったアプローチを繰り返すことで、ご本人に自身の考えを気づいていただくことが重要になります。利用者さんの思いを知ることにより、良いケアができた事例をひとつ紹介します。 ある高齢の乳癌ターミナルの女性の話です。その方は常に疼痛を訴え、自宅で布団をかぶり、うずくまっている状態でした。もちろん疼痛コントロールを目的として、麻薬などを内服していましたが、内服量を増やしても、その疼痛の訴えは一向に減らず、その方の活動性は向上しませんでした。ある時、訪問看護師が「何か不安や困っていることがあるのではないか?」という仮説のもと、その方と多くの時間を使い、色々と話す時間を設けました。話は1回ではなく、数回におよびましたが、結果として、その方は乳癌という病気についてのこと、そして今後、どういった病態になるのか、また疼痛が強くなるのではないか・・という不安と常に戦っていることがわかりました。それらに対して、その訪問看護師は病気のこと、内服によって多くの場合、疼痛は抑えられることなどを非常に丁寧に説明しました。その説明により、その方は不安が取れ、疼痛の訴えは急激に減少し、一時的にではありますが、内服による疼痛コントロールは必要ない状態になり、散歩もするようになりました。その数か月後にその方は亡くなりましたが、その方が与えてくれた強烈な示唆は、やはり本人の思いの吸い上げは何よりも重要だということです。私たちは常時それを念頭におき、治療に臨まないといけないと思います。   ②利用者さんの平時の生活を想像するスキル このスキルは、利用者さんの病態などの変化を感じるために必要なスキルです。利用者さんやご家族は我々が訪問診療や訪問看護でご自宅にうかがう時、部屋の整理整頓や掃除をして頂いていることが多いです。それ自体は決して問題ではないのですが、それにより日常の生活が見えなくなることがあります。 探偵力 例えば、日常から部屋を掃除されている方が、さまざまな要因から掃除の頻度が下がり、訪問診療や訪問看護の前だけ実施する場合などがあります。訪問者である我々から見ると、部屋は綺麗になっているため、掃除の頻度が低下していることに気付きにくくなり、その要因の発見が遅くなります。同様に、トイレに行っているかどうかなどについても、ご本人は事実と異なることを言われることがあります。これらに対して、我々は疑いの目というより、変化を感じる視線が必要となります。平常時を推察するために、特に独居の方などは、訪問した際に部屋の隅などを見て、その清潔感などの変化をみます。あるいは、トイレであれば、トイレットペーパーの端を折り曲げたり、トイレのスリッパなどを揃えて帰り、次回訪問時に、それらを確認し、トイレを実際に使っているかどうかを推察したりすることができます。また家屋や本人の臭いの変化などももちろん重要となります。要は利用者さんの日常の変化に気付く「探偵力」が必要となるのです。やはり我々がベンチマークとするべきは、利用者さんの日常です。これらのちょっとした生活環境の変化などに気付くことで、本人の病態や考え方の変化、家族を含めた介護力の変化を推測し、サービス提供方法の検討に生かすことが重要です。   医療法人プラタナス 松原アーバンクリニック 訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士久富護東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

管理者は組織に勇気をもって関わろう(対話の場)

職場の人間関係がスタッフの離職率の高さに影響していると感じることはありませんか? 訪問看護ステーションのスタッフは、その一人ひとりの専門性が高く、かつさまざまなバックグラウンドを持ち、働き方も異なります。今回は、管理者としてスタッフ同士の関係性をどのようにみるべきかを解説し、組織の関係の質を高める「対話の場」のつくり方をお伝えしていきます。 目に見えない上下関係 はじめに注目していただきたいのが、「職場内で心理的安全性が保たれているかどうか」です。 あなたのステーション内で、スタッフ同士の関係性にさまざまな「目に見えない上下関係」が発生してはいないでしょうか。 「目に見えない上下関係」とは、各々が仕事に誇りを持つがゆえに、他の人との価値観や看護観の違いを理解できない、あるいは、理解しようとしないということが原因でできあがってしまう人間関係のことです。 例えば、働き方が異なる同僚を下に見る、スタッフ内で派閥ができてしまう、事務スタッフへの上から目線な対応、ベテランスタッフが面倒臭がって新人を育てない。これらにはすべて「目に見えない上下関係」が存在します。 第2回のコラムで触れたように、管理者として個々のスタッフと関係を深めたとしても、上述のような「目に見えない上下関係」が職場内にあると、それぞれのスタッフの言い分が異なるため、個々にいくら対応しようとしても溝が埋まらないという経験もあるのではないでしょうか。 この軋轢が大きくなればなるほど、解決は難しくなっていきます。そこで軋轢が大きくならないうちにやっていただきたいのが、普段の業務管理、進捗管理とは異なる目的で、スタッフ同士を集めてミーティングを開くことです。 スタッフ一人ひとりに向き合う場を「1on1」と呼ぶのに対し、スタッフ同士が向き合うこのミーティングをここでは「対話の場」と呼びます。 「対話の場」開催のポイント この対話の場は、業務の話をする場ではありません。さらに飲み会とも別で行うことをおすすめします。飲み会はつい話が流れてしまいがちになり、また人によって集中力に違いが出やすくなるためです。 上述のような上下関係が生まれるのは、大概「相手が本当は何者かわからない怖さ」から来ます。管理者として、その「怖さ」がなるべく小さいうちにお互いを「相手が本当はどんな人か」理解し合える場を作ることが大切です。 最初は話しやすい話から始め、徐々にもっとその人がわかるような深いテーマにしていくといいでしょう。下記に開催時のポイントをいくつか具体的に挙げます。 ①話しやすいテーマからスタートする 対話の場は一度で終わらせる必要はなく、何度も開催するものだと思ってください。なので、最初はとにかく話しやすいテーマからスタートさせるといいでしょう。 その際に注意していただきたいのが、相手の許可なしに興味本位で話を掘り下げないようにすることです。各自「話せる範囲」を前提とし、互いに尊重して話を聴き合うことが大事です。 【テーマ例】過去のキャリアや背景、なぜこの仕事についたか、大変だったこと、充実していたこと、乗り越えたことなど ②対話の場のルールを明確にする この場で話したことは絶対に他の場では話さない、相手の話を遮らずちゃんと最後まで聴く、などお互いのことを少しでも安心安全に話せる場を前提とするためにルールを明確にしておくとよいでしょう。 【ルール例】守秘義務、相互サポート、評価判断はしない、尊重し合う、など ③時間を区切る(ダラダラ話さない) 対話の場の開催をはじめた当初は、業務以外の事を話すことに価値を見出してくれるスタッフはそう多くないでしょう。 やっていくうちに徐々に「自分の話もできる」「相手を知ることがそう悪くない」という気持ちになるので、時間としてはあくまで業務を邪魔しない程度の時間(30分〜1時間くらい)でお互いの事を話し合えるよう、配慮する必要があります。これは何度目の開催でも同様です。 そのためには1人が話す時間もせいぜい10分以内。もし、事前準備が必要ならそのように伝えておきましょう。人数が多いなら、数回に分けて同じテーマを話すのもいいかもしれません。 管理者のあり方を見せることが関係性を創る 管理者としては、各々のスタッフのプロ意識や仕事ぶりに信頼を置いている人が多いことでしょう。 管理者自身とスタッフ個人の関係性ができていれば、仕事自体は回るかもしれません。ですが、組織は人の集まりである以上、やはり職場全体のやりづらさ、働きづらさについても、少し注意しながら観察する必要があります。 そして関係性について気づいたことがあったらそれがなるべく小さな火種の時に何かしら関わることが必要です。組織のあり方を信じつつも、そこに勇気を持って関わっていくこと。 管理者がオープンで正直であり、フラットな気持ちで組織の関係性に関与していることが、その組織のあり方に反映されていくのです。 対話の場を設けたとしたら、ぜひ管理者自身が自分の話もしていきましょう。管理者のリアルな話が「その話をしてもいいんだ」という安心感を場にもたらすきっかけになるかもしれません。 組織のメンバーが互いに理解しあい、関係性についてもお互い気を使うことができれば、組織としてもっとやりたい看護を地域に提供することも可能です。ひとりの力ではできないことを、組織で取り組むことが可能だからです。 人をマネジメントするということは、その業務の管理だけではなく、人を育て、組織を育てることに管理者として心を砕いていくことです。そのことを通じて、個人としての成長のみならず、組織としての成長をも促すことができるでしょう。 OfficeItself 代表 コーチ・ファシリテーター 山縣いつ子 2008年から企業や医療従事者向けにコーチングや研修を提供。クライアントは中間管理層を始め、女性管理者も多く、ベンチャーの執行役員、医療従事者、NPO組織の代表など幅広く担当している。 【コラムご意見番】 ~訪問看護ステーション管理者 ぴあの目~ 訪問看護ステーションは開設当初は十分に話し合いができる人数でスタートすることが多いですが、利用者が増え、スタッフの人数も増えるにつれて出勤しても他のスタッフと顔を合わせないことも増えていきます。 その様な状況になると、コラムにもあるように先輩看護師と若い看護師の間に目に見えない上下関係が生じることや、相談したいことを話せず悩んでしまうスタッフが出てくると感じます。 対話の場の一つとして、現場で最も馴染みがあるのは「カンファレンス」かと思います。 これは、看護師の人数が少ないうちは活発な意見交換を行う場として適していますが、組織が大きくなってくると、意見を発することができないスタッフも出て来てしまいます。 例えば私が働いていたステーションでは、どうしてもベテランのスタッフの意見に対して、若手のスタッフが意見を出しにくいという問題がありました。 そこであるカンファレンス時に、スタッフをランダムに組み合わせて話し合ったところ、一人一人が意見を出してくれるようになりました。 またこの時のカンファレンスの議題が「ステーション内のルールを決める」という、スタッフ一人ひとりが自分自身に関係のある身近に感じられるテーマだったのですが、そこでスタッフの業務だけではわからない新たな一面を知ることができました。 このカンファレンスを振り返ってみると、対話の場の「話しやすいテーマからスタートする」というポイントをクリアした話し合いになっていたからこそ、以前のカンファレンスより有意義なものに感じたのかもしれないと思いました。 私自身、管理業務を行なっていると、業務に追われスタッフが話しかけにくい雰囲気を醸し出してしまうことがありました。 今回のコラムを読んで、「1on1」の面談だけではなく、「対話の場」を通してスタッフの新たな一面を知り、私の一面を知ってもらうことで、小さな軋轢が生まれそうになっても、思いやりを持ってお互いの関係性を構築していけるようになるといいなと思いました。

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