震災時に医療機関や訪問看護の現場はどうなった?事例から知る必要な備え
地震や津波、火事、台風などの災害が起こると、訪問看護ステーションを含む医療機関に著しい影響が出る可能性があります。阪神・淡路大震災や東日本大震災といった大規模な災害時には、病院や訪問看護ステーションはどのような影響を受けたのでしょうか。
本記事では、震災時に医療現場で起きたこと、必要な備えなどについて実際の事例を踏まえて詳しく解説します。
目次
被災時の医療関連の対応事例
震災時に医療機関が受けた影響や現場の状況については、官公庁が事例を公表しています。事例を参考にご紹介します。
多くの医療機関で医療機能が大きく低下した
1995年に起きた阪神・淡路大震災では、多くの医療機関の建物が被害を受けました。建物の被害を免れても、医療機器が壊れたりライフラインが寸断されたりしたことで医療機能が大きく低下したとのことです。内閣府の防災情報ページの資料から、某病院の事例を紹介します。
入院患者に被害はありませんでしたが、透析に必要な水を確保できない事態に陥りました。49人の透析患者を抱えており、透析には1日5~6トンの水が、日常の診療には30トンもの水が必要です。そこで、20kgポリ容器を持って車で約7km離れた水源地を往復し、その翌日には濃度調節に課題を残しつつも31人への透析を行いました。 同日の午後には支援物資の500kg容器による運搬に切り替え、近隣の市区町村や自衛隊などから水の供給を受けました。 |
この事例では、診療に必要な物資が不足することで病院機能が低下。機材そのものが破損しなくとも、機材や治療に必要な物資の供給が絶たれることで結果的に病院機能が低下する場合があります。
東日本大震災ではすべてのライフラインが停止
東日本大震災(2022年)で被災した回復期リハ病棟がある某病院の事例を紹介します。
建物の3分の2が使用できなくなった上にすべてのライフラインが停止し、入院診療の継続が不可能となりました。その段階で状態が安定している退院が可能な患者は退院しましたが、周辺地域の津波の被害が大きいこともあり、帰宅困難者および重症患者が病院内に多く残りました。 リハ医が受け入れ先探しに奔走しましたが、全患者の転院には1週間以上を要しました。転院が完了するまでは、一部の病室や廊下などにマットレスを敷き、雑魚寝を余儀なくされました。 リハスタッフは患者の生活支援や身体機能の維持に努め、看護師は全身管理を行うなど、役割分担の上で対応にあたりました。 |
この事例では、ライフラインが停止したことで医療機関の機能が完全に停止し、全患者が転院を余儀なくされました。このように、部分的ではなく全機能が停止せざるを得なくなるケースもあることを想定しておきましょう。
震災時の訪問看護の事例
訪問看護においては、医療的ケアが必要な利用者への対応に苦慮した事例があります。
痰の吸引には電動の吸引器を使用しますが、電気の供給が停止していたため救急車を呼んで手動式の吸引器を借りて使用しました。 経管栄養の利用者は、1日3食のところ2食にしていましたが、経腸栄養剤が不足しないよう1日1缶で何とかつないでいたそうです。 薬は2週間ほど多めに持っている方が多かったため、大きな問題は起こりませんでした。震災後の復興が進まないうちは、往診に行くための車とガソリンがないため、場所によってはほかの事業者の車に同乗して対応したとのことです。 |
このように、電力の停止によって十分な医療的ケアを行えなくなるリスクがあります。また、経管栄養が必要な方や持病がある方は、食事をとれないことによる栄養失調や持病悪化のリスクが高いと言えるでしょう。
震災に備えて用意すべきもの
震災時に、少しでも平常時に近い対応ができるように、次のものを用意しておくことが大切です。
疾患別に用意すべきもの
利用者の持病別に、必要なものをリストアップしましょう。一例を紹介します。
疾患・現在の状態 | 喘息 | ストーマを使用している | 人工呼吸器を使用している | 胃瘻 |
必要なもの | ・喘息発作時の薬剤 ・長期管理薬(吸入薬・内服薬を1週間分) ・使い捨てマスク ・防ダニシート(交換用も) ・スペーサー ・ピークフローメーター ・ぜん息日記 | ・1ヵ月分のストーマ用品の備蓄 ・カットした面板 ・水に流せるペーパー ・水が不要な洗浄剤 ・破棄用の不透明なビニール袋 ・メモ(ストーマ種類 や使用している装具・購入先の店名や電話番号など) | ・人工呼吸器 ・蘇生バッグ ・予備呼吸器回路 ・予備気管カニューレ ・加温加湿器 ・吸引器 ・非電源式吸引器 ・唾液を持続的に吸引するポンプ ・電源(発電機やバッテリーも) ・衛生材料 ・嚥下補助食品 ・経管栄養の注入セット (必要に応じて) | ・経管栄養剤 ・イルリガートル ・栄養チューブ ・接続チューブ ・注入器 ・滅菌精製水 |
一度に大量のものを持ち出すことができなかったり、保管場所に入らない状況になったりする可能性があるため、市区町村で備蓄できる場合は頼んでおくか、一部を親戚や友人宅に預けておきましょう。
そのほかに用意しておくとよいもの
災害復旧には最低3日はかかります。その間の生活になるべく困らないように備蓄してくことが大切です。災害時に備えて用意しておきたいものを「持ち出すもの」と「備蓄しておくもの」に分けてご紹介します。
持ち出すもの
食料関連 | 医療ケア関連 | 生活関連 |
・非常用食品 ・缶詰(缶切りも) ・紙コップ ・ミネラルウォーター ・離乳食 | ・常備薬 ・風邪薬 ・包帯 | ・携帯ラジオ ・電池 ・現金 ・預金通帳 ・免許証 ・懐中電灯 ・衣類 ・生理用品 ・ウェットティッシュ ・レインコート(カッパ) ・ライター ・携帯電話の充電器 |
備蓄しておくもの
・ミネラルウォーター ・米 ・缶詰 ・レトルト食品 ・調味料 ・ドライフーズ ・卓上コンロ ・ガスボンベ ・固形燃料 ・毛布 ・シャンプーや石けんなど ・バケツ ・アウトドア用品 |
震災時に避難する・しないの判断のポイント
震災の被害状況によっては、訪問看護先に行くのではなく全スタッフの避難が必要です。また、訪問看護先で震災が起きた際にも、避難すべきかどうか判断しなければなりません。震災時に避難すべきかどうかの判断のポイントは次のとおりです。
避難が必要 | 避難は不要 |
・建物が大きく損壊した ・余震で大きく倒壊する恐れがある ・火災や土砂災害などの危険がある ・避難勧告や避難指示が発令された | ・建物の損壊が少ない ・余震で建物が倒壊する危険がない ・火災や土砂災害などの危険がない ・生活に大きな支障がない |
安全に避難するためのポイント
前述した避難する・しないの判断ポイントを確認した結果、避難が必要と判断したときは、入念に準備したうえで適切に避難行動を取りましょう。慌てて避難すると、道中で災害に巻き込まれ大きな被害を受けるリスクが高まります。避難前にガスの元栓を閉めて電気のブレーカーを切り、外出中の家族に向けて避難先情報を記したメモを事前に決めておいた場所に残しましょう。
避難する際は、次のポイントに注意してください。
・狭い道やブロック塀、自動販売機、川べり、ガラスや看板などの横はなるべく通らない
・荷物は最小限にする
・軍手か革手袋を使用する
・長袖、長ズボンを着用する
・なるべく燃えにくい木綿素材の衣類を着用する
・ヘルメットや防災頭巾をかぶる
・赤ちゃんは抱っこひもで固定する
・子どもを歩かせる場合は、子ども用の非常時用品を入れたリュックサックを背負わせる
・子どもを抱っこやおんぶで運ぶときも靴をはかせる
・底が厚くはき慣れた靴をはく
・必要に応じてマスクを着用する(粉じん対策)
9月1日は防災の日です。防災の日はもちろん、それ以外のタイミングでも定期的に避難時に持ち出すものやストックをチェックして、万全の体制を整えておきましょう。
執筆・編集:加藤 良大 監修:筋野 恵介(すじの・けいすけ) のぞみクリニック 院長 医学博士 埼玉医科大学卒業後、同大学病院の感染症・ER科で研鑽を積み、2018年にのぞみクリニック院長に就任。 地域住民の乳幼児から100歳近い高齢の方々を日々診療し、 「患者さんの負担を最小限に抑え、あらゆる疾患を責任をもって最後まで見守っていく」をモットーに、患者さまに寄り添う診療を心がけている。 Tactical Physician 戦術医(米国認定)、日本救急医学会会員、日本感染症学会会員、日本化療学会会員、日本内科学会会員、日本救急医学会認定医、日本医師会認定産業医、エイズ学会認定医、ボトックス治療指定医、JMAT(災害医療チーム)隊員、認知症かかりつけ医。 |
【参考】
〇内閣府「防災情報のページ 阪神・淡路大震災教訓情報資料集【01】 救出・救助」
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/hanshin_awaji/data/detail/1-4-1.html
2023/6/25/閲覧
〇独立行政法人環境再生保全機構「知って安心! いざという時のために 災害対策」
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/sukoyaka/55/feature/
2023/6/25/閲覧
〇内閣府「医療的ケアが必要な人と家族のための災害時対応ガイドブック支援者版」
https://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/jikkoukaigi/18/pdf/shiryo2-2.pdf
2023/6/25/閲覧