知っておきたい生活保護の基礎知識ー「生活保護を受けたい」と相談されたら?
この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは「生活保護」です。
目次
事例
独居の利用者Eさん(70代男性)。タクシーの運転手を自営業で細々と営んできましたが、引退後は貯金を切り崩して生活してきました。年金は、納付期間が短かったため、月4万円程度しか受給できていません。 ある日、訪問した看護師のFさんは、思い詰めた表情のEさんからこう打ち明けられました。 「お恥ずかしい話だが、もうお金がありません。ついては、生活保護を受給したいのだが、ここに現金で10万円ある。これだけは私の葬儀代として別にとっておきたい。でも、所持金が完全にゼロにならないと生活保護は受けられないのですか。もしそうなら、あなたに預かってもらって、私が死んだら葬儀代に充ててほしい。」 Eさんは目立った浪費癖もなく、堅実に生活しているかに見えましたが、よくよく話を聞いてみると、昔ギャンブルにはまっていたそうです。そのころに作った借金の支払いにずっと追われており、返済は今でも100万円ほど残っていると言います。 相談を受けたFさんとしては、「役所へどうぞ」と言えば済みそうですが、それだけではさすがに冷たい対応と言われてしまいそうです。10万円を預かる話も断るべきことはわかりますが、どのような言い方をすればよいのでしょうか。 |
回答例
「生活保護を受給されたいのですね。その場合、福祉事務所にご相談いただく必要があります。生活保護は、国が定めた「最低生活費」に満たない収入しか得られない人を保護するための制度です。ご自身の経済状況を正直に申告することが大前提となりますし、そもそも看護職員は利用者様の金銭をお預かりできる立場にはなく、お金をお預かりすることはできません。生活保護にはいくつか種類があり、葬儀の補助もあるそうですので、葬儀代のことはそれほどご心配なさる必要はないかと思います。そうしたことも含めて、福祉事務所の生活保護担当の方にご相談されてみてはいかがでしょうか。」 |
今回は、利用者さんが生活保護を受給する場合の支援機関へのつなげ方はもちろん、生活保護の受給条件や申請の流れ、扶助の内容なども確認していきましょう。制度について知っておくことで、適切な対応につながると思います。
生活保護とはどんな制度か
生活保護とは、病気で働けない、失業で収入がないといった理由で生活費が足りない方に、その不足の程度に応じて、最低限の生活保護費(以下、保護費)を国から支給される制度です。日本国憲法第25条ではすべての国民に生存権を認めており、1項には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定められています。この権利を実現するための施策が生活保護です。
なお、生活保護の申請件数は年々増加傾向にあります。特に新型コロナ以降は急増しました。2022年10月時点の調査結果では、生活保護を受給する世帯は約164万世帯あり、そのうちの約半数が単身の高齢者世帯となっています1)。
生活保護を受けるための要件
厚生労働省は、生活保護を受けるための要件を「生活保護は世帯単位で行い、世帯員全員が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが前提であり、また、扶養義務者の扶養は、生活保護法による保護に優先します。」と説明しています2)。
つまり、生活保護を申請する前に以下のことが求められているのです。
・預貯金や土地、生命保険、自動車といった資産があれば、それらを売却して生活費に充てる
・世帯の中で働くことが可能な人がいれば、その能力に応じて働く
・年金や雇用保険、健康保険、児童扶養手当など、他の制度で給付を受けることができる場合は、まずはそれらを生活費に充てる
・配偶者や両親、祖父母、きょうだいといった3親等以内の親族から援助が受けられる場合は援助を受ける
その上でもなお毎月の世帯収入が「最低生活費」に満たない場合、生活保護を受けることができます。
支給される保護費は「最低生活費―世帯収入」で決まる
最低生活費とは「生活扶助」と「住宅扶助」の合計金額のこと。生活扶助と住宅扶助の金額は、居住する地域や家族構成、生活態様などによって大きく異なります。世帯収入がこの額に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた額が保護費として支給されます。
例えば、Eさんの居住地を東京都八王子市と仮定した場合、70代の単身世帯の生活扶助は74,220円、住宅扶助は53,700円です。これを合計すると最低生活費は127,920円です。Eさんの収入は、毎月支払われる年金が相当しますので、あくまで概算ですが「127,920円-40,000円=87,920円」程度の保護費を受けられることになります。
生活保護には8種類の扶助がある
一口に生活保護といっても、実は8種類に分類されます。表1に種類と内容をまとめましたので、ご覧ください。
表1 生活保護の種類と内容
これらの中から申請者の生活に必要な扶助が、福祉事務所の審議に基づき、単体で、あるいは組み合わせて支給されます。Eさんの場合、生活扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、葬祭扶助の5つが受けられそうです。
なお、生活保護を受給している場合も訪問看護の利用は可能です。Eさんのケースであれば、事前に福祉事務所に介護扶助、あるいは医療扶助の申請を行い、福祉事務所の指示に従い必要な手続きをします。
生活保護受給までの流れ
相談・申請
まずは、居住する市町村の福祉事務所の生活保護相談窓口に行きます。そして、ケースワーカーと呼ばれる生活保護担当者に、制度や申請について詳しい説明を聞きます。
その際、先ほどご説明したように、生活保護以外の方法を活用できないか確認されます。もしあれば指示に従いますが、それでも生活保護が必要であれば申請の手続きを行います。
持参する物
収入を申告する書類や資産状況を示す通帳や生命保険の証書、本人確認書類として健康保険証や運転免許証などを用意します。初回の相談で完璧にそろえる必要はないので、ケースワーカーに聞いて準備すれば十分です。
結果通知
申請後2週間から1ヵ月の間に自宅に「保護決定通知書」が届きます。生活保護が却下された場合、却下理由に不服があれば、行政不服審査法に基づく再審請求を行うことが可能です。
生活保護受給後は制限や義務があることも知っておく
生活保護のメリットは、言うまでもなく、働けない状態でも最低限の生活費を受給できる点です。Eさんのように訪問看護を利用しているのであれば、介護費や医療費が現物支給されるのは大きなメリットでしょう。他に、住民税、国民年金保険料なども免除されます。
ただし、さまざまな制限や義務が生じることも知っておきたいポイントです。
特に確認したいのは、申請時点で所有ができる財産が制限されることです。基本的に、車や高級腕時計といった贅沢品の所有は認められません。ローンやクレジットカードも利用できません。ただし、預貯金は最低生活費の半額以下であれば、所有が認められます。Eさんの場合、10万円の所持金がありましたから、ゼロにする必要はないですが、3~4万円は使ってからでないと認められない可能性が高いでしょう。
そのほか、年に2~3回程度、ケースワーカーによる家庭訪問を受けることが義務づけられます。また、福祉事務所に毎月収入状況を申告しなければなりません。
受給後の生活において、収入の申告は非常に重要です。申請時よりも収入や財産が増えた場合、必ず報告しなければなりません。報告せずに保護費を受給し続けると、不正受給とみなされ、返還しなければならなくなります。悪質と判断されて逮捕に至る場合もあるので、収入を得たらすぐに報告します。
扶養照会の運用は大幅に見直された
従来、生活保護申請者にとって大きな心理的負担となっていた親族への扶養照会は、2021年に出された厚生労働省の通知により運用が改められました。DVや虐待がある場合、一定期間音信不通が続いている(例えば10年程度)、相続をめぐり対立している、といった事情がある場合は、扶養照会を行わなくてよくなりました。
また同年、福祉事務所職員の実務マニュアルも改正されました。生活保護の申請者が扶養照会を拒んだ場合、その理由を丁寧に聞き取り、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針が新たに示されました。加えて、扶養義務の履行が期待できる者に限る、という点も明確になりました。
もし、利用者さんが「家族に知られたくない」と思い、申請に踏み切れないケースがあれば、この点を伝えてあげることで安心されるかもしれません。
ワンポイントメモ
借金があっても生活保護の申請はできるの?
事例のEさんのように借金がある場合でも生活保護の申請は可能です。ただし、受給後に、支払い督促に応じて弁済してしまうと不正受給と見なさるので注意が必要です。なぜなら、保護費は借金返済のために支給されるものではないからです。
では、どうすればよいかというと、債務整理が有効です。裁判所を介する「自己破産」の制度が別にあるので検討するとよいでしょう。まずは、経済的にお困りの方が無料で弁護士に相談できる「法テラス」といった機関を利用し、相談してみてはどうか、というアドバイスが可能と思います。
▼「法テラス」ホームページ
ttps://www.houterasu.or.jp/
執筆 外岡 潤 介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール 弁護士、ホームヘルパー2級 介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。 介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。 著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。 https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 |
【引用】
1)厚生労働省「被保護者調査(令和4年10月分概数)」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2022/dl/10-01.pdf
2023/1/16閲覧
2)厚生労働省「生活保護制度」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html
2023/1/16閲覧