もしかしてネグレクト? 訪問看護師は虐待疑いにどう対応すべきか
この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは利用者さんが虐待を受けているのではないかと思われる状況での対応についてご説明します。
目次
事例
夫と二人暮らしのご利用者Gさん(80代女性、要介護度3)。息子夫婦が近所に、娘夫婦が遠方に住んでいます。 がんばって在宅生活を続けてきましたが、最近夫が外出先で転倒・骨折してしまい、一気に在宅生活の継続が困難になってしまいました。結局、介護施設を探すことになり、当面の間は近所に住む長男の妻が食事を定期的に運ぶようになりました。 ただ、長男の妻はあまり義父母の介護には関わりたくないらしく、介護サービスの契約の立ち合いや施設探しには積極的に協力してくれないようです。 ある日、訪問看護師のHさんは、Gさんからこのような相談を受けました。 「別居の娘が食事を運んでくるけれど、最近食べ物がどれも腐っているの。変な味がするから捨てていて…。そのせいで食べるものがないのよ。」 「『別居の娘』さん? 近所に住んでいる長男の妻では?」と違和感を持ったHさんがもう少し詳しく話を聞いてみると、どうやらGさんは長男の妻と自分の娘を間違えているようです。「認知症が始まってしまったのかも」と思いましたが、実際に長男の妻が差し入れたタッパーを開けさせてもらうと、腐ったような酸っぱい臭いがします。 「この煮物は、確かに悪くなっているようですね。お腹を壊すといけないから食べないほうがよいでしょう。何日前のものですか?」とGさんに尋ねると、「今朝、娘が持ってきた」と答えます。臭いの原因を長男の妻に尋ねたのかと聞くと、「関係がよくないから黙って置いていくのよ。もうずっと顔も合わせていないわ」とのこと。 Gさんの体調には大きな変化はなく、ほかに変わった様子はありません。このような状況で、訪問看護師のHさんは、どのような対応をとることが望ましいでしょうか。今回はいつもと趣向を変えて、クイズ形式でみなさんに質問します。以下の3つの選択肢の中から適切な対応を選んでください。 A:自分は訪問看護師として関わっているに過ぎないので、Gさんの体調に問題がなければ何もしなくてよい。 B:虐待(ネグレクト)に当たる可能性があるので、直ちに行政へ通報する。 C:担当のケアマネジャーに報告し、問題意識を伝える。 いかがでしょうか。 本シリーズをここまでお読みいただいた読者は、Aを選ぶことはないかと思いますので、BとCのどちらかを選ぶことになるでしょう。 「わざと腐ったものを出したのだから、虐待では?」と思った人や、逆に「この程度のことで虐待にはならないでしょう。Gさんは認知症で何か誤解しているのかもしれないし」と思った人もいるかもしれません。 Bでも間違いとはいい切れないのですが、ここでの正解はCとしたいと思います。これからその理由を解説します。今回は、「虐待」について適切に対応できるよう基礎知識を確認していきましょう。 |
まず押さえる虐待防止法と虐待の5つの定義
高齢者虐待防止法(正式名称:高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)という法律があります。これは、自らの身を守り、SOSの声を上げることができない高齢者を虐待から守るための法律です。
当たり前ですが、まずは「こういう法律があるのだ」ということを押さえてください。ほかにも障害者虐待防止法、児童虐待防止法があり、「虐待」は法律で明確に定められており、「法律を踏まえて対応する必要がある」と理解することが重要なポイントです。
高齢者虐待防止法では、虐待を5つに分類し、それぞれ以下のとおり定義しています。この法律を理解するためには、この定義の理解が非常に重要です。
身体的虐待
高齢者の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること
心理的虐待
高齢者に対する著しい暴言または著しく拒絶的な対応、そのほかの高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと
性的虐待
高齢者にわいせつな行為をすること、または高齢者にわいせつな行為をさせること
ネグレクト
高齢者を衰弱させるような著しい減食、または長時間の放置、養護を著しく怠ること
経済的虐待
高齢者の財産を不当に処分すること、そのほか高齢者から不当に財産上の利益を得ること
訪問看護師にも通報義務がある
高齢者虐待防止法は「虐待を受けたと思われる利用者を発見した場合は、速やかにその事実を市町村に通報しなければならない」と定めています。この義務は、訪問看護をする看護師にも当然課せられています。
通報を受けた市町村や地域包括支援センターは、調査を行い、虐待を認定した場合、行政権限で利用者を措置処分により隔離することができます。緊急ショートステイや特別養護老人ホームへの入所を速やかに行うことで利用者を虐待者から引き離すのです。
「どの虐待に当たるか?」から出発する
先ほど「法律を踏まえて対応する」と書きました。現場の訪問看護師が具体的にすべきことは、虐待ではないかと思われたときに5つの虐待のどれに当てはまるかを考えることから始めます。
今回のGさんの事例では、「高齢者を衰弱させるような著しい減食、または長時間の放置、養護を著しく怠ること」、すなわちネグレクトが成立する可能性があります。そして、法律では「虐待を受けたと思われる利用者を発見した場合」に通報すべきとしているわけですから、ネグレクトの可能性がある以上通報をしなければならない、つまりBを選択する考えも十分成り立ちます。
しかし、現段階で直ちに通報することは時期尚早のような気もします。なぜなら、虐待容疑をかけられている長男の妻からは聞き取りをしていないからです。「なぜ、差し入れた食べ物が腐っていたのか」と聞けば、夏場で腐りやすかったり、Gさんが冷蔵庫に入れなかったりしたことが原因だったと分かるかもしれません。
一方、高齢者の権利擁護の観点からは、「そんな悠長なことをしていては、いつエスカレートするかわからない。腐っていたことは事実であり、認知症であれば食べてしまう危険もある。緊急性は高いのだから、行政に速やかに通報すべきだ」といった意見も考えられるところです。
もちろん暴力を受けていることが明らかであれば悩まず通報すればよいのですが、虐待の内容によっては突き詰めて考えていくと、結局何をすればよいかがわからなくなるという難しいケースが実は多いといえます。この点、虐待防止法は具体的にどこまで調査をした上で通報に踏み切るべき、ということまで定めてはいません。そのため、現場ではケースごとに判断せざるを得ないのです。
他職種と連携し必要な対応を検討する
こうしたことを踏まえた上で、今回は正解をCとしました。その主な理由は、暴力や暴言といった緊急性を認めがたく、Gさんには認知症の疑いがあり何らかの誤解が生じている可能性が考えられるからです。
そもそも、日々の食事については宅配弁当といった別の方法も考えられ、身内に頼らなければならないものでもありません。また、長男の妻に介護負担がかかっていることが推測されます。ケアマネジャーに、そもそもこの状況を把握しているかをさっそく確認し、情報共有することが無難でしょう。訪問看護師が自分で直接長男の妻にヒアリングすることもできますが、その後どのようなケアプランを組み立てるかはケアマネジャーの管轄です。連携先としては、ケアマネジャーが適任といえます。
虐待の疑いありとして、直ちに市町村や地域包括支援センターに通報することも間違いではありませんが、ケアマネジャーに報告したとしても、利用者の安全確認や事実確認、情報収集などが行われることになります。ですから、まずはケアマネジャーに託す選択肢も十分考えられるのです。
もし、ケアマネジャーがまったく対処せず、状況が改善しないようであれば、そのときは迷わず通報をすればよいでしょう。
さて、最後に今回の回答例を示しますが、これはあくまで一例です。利用者さん本人に「あなたは虐待されている可能性があります」と言うこともできますが、現実的とはいいがたいです。どのような対応がベストか、ぜひ職場のみなさんで話し合ってみてください。
回答例
「食べ物がないと困りますね。ただ、息子さんの奥様もわざと腐ったものを出しているわけではないかもしれませんので、さっそく担当のケアマネジャーにこのことを伝えてみますね。」 |
執筆 外岡 潤 介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール 弁護士、ホームヘルパー2級 介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。 介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。 著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。 https://www.youtube.com/user/sotooka 編集:株式会社照林社 |