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2021年9月14日
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第3回 計画的な人材採用と育成/[その1]ほしい人材が集まる魅力的な「求人情報のつくり方」 

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第3回目では[その1]~[その4]にわたり訪問看護ステーションにおける人材採用と育成について解説していきます。今回のテーマは“求人情報の作成”です。「求人を出したけれど、応募がまったく来ない……」。このような悩みを抱える事業所は多いのではないでしょうか。今回は少しでも多くの応募につながる求人情報作成のポイントを具体的にご紹介します。 ●ここがポイント!・求人情報の作成では、事業所が必要とする人物像を定めて、その人物に事業所の魅力と働くメリットを伝えることが大切。・さらに、求職者が事業所を選ぶ際に重視するポイントを意識し、求職者の視点に立って情報を整理することも重要。・求人情報を作成したら、自分以外の視点で最終チェックする。 訪問看護ステーションの職員確保はまさに“争奪戦”! 日本看護協会が公表した「2019年度ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人・就職に関する分析」によると、ナース全体の求人倍率が2.34倍を示すなか、訪問看護ステーションは3.10倍で、施設種類別で最も高い倍率でした(図1)。具体的には求人数15,367人(1事業所あたり4.5人の求人)に対して、訪問看護ステーションを希望する求職者の数は4,962人にとどまっており、需給ギャップの大きさが伺えます。つまり、訪問看護ステーションにとっての採用活動はまさに“人材争奪戦”ともいえる状況なのです。 図1 施設種類別の求人倍率、求人数、求職者数 日本看護協会広報部: ニュースリリース 2019年度「ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果, p.3. より引用https://www.nurse.or.jp/up_pdf/20210217131441_f.pdf(2021/8/10アクセス) 訪問看護ステーションの求人倍率は、2016年度以降高水準を示しており、2016年度は3.69倍、2017年度は3.78倍、2018年度は2.91倍、2019年度は先述のとおり3.10倍でした(図2)。この数字からも訪問看護ステーションにおける人手不足が大きな課題の1つであることがわかります。 訪問看護ステーションの人材採用を阻む需給ギャップ。これを乗り越えるために、求める人材に興味をもってもらえる求人情報を作成したいところです。 図2 訪問看護ステーションの求人数、求人施設数、求職者数の推移 日本看護協会広報部: ニュースリリース 2019年度「ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果, p.4. より引用https://www.nurse.or.jp/up_pdf/20210217131441_f.pdf(2021/8/10アクセス) 求人情報の作成には緻密な準備が必要! 採用活動において求職者を採用するのは意中の人を口説くのと同じです。例えばラブレターであれば、意中の人を決めて、その人に向けて自分のアピールポイントをしっかり伝えますよね。求人情報も事業所が必要とする人物像を定めて、その人物に事業所の魅力と働くメリットを伝えることがとても大切なのです。 応募が期待できるよい求人情報を作成するために、以下の内容を整理しておきましょう。 求める人物像を設定する どんな人と一緒に働きたいのか、まずは採用側の「求める人物像」を設定します。どんな仕事をしてほしいのか、その仕事をするうえで必要となるスキル・資格・経験、適性のある性格・特性を決めていきます。 自分たちのアピールポイント(魅力)を整理する 求人情報では、労働条件や待遇、仕事内容などを整理し、求職者が実際の働き方をイメージしやすいように具体的かつ詳細に示します。また、職場の理念や雰囲気など、自分たちがアピールできるポイントも整理します。求職者に「一緒に働きたい!」と思わせる、魅力的に感じる内容をリストアップしていきます。 求職者の視点に立って情報を整理する 求人情報を作成するうえで注意したい点についてもご紹介します。 以下の項目は、求職者が事業所を選ぶ際に重視するポイントです。書き方によっては、応募を避ける要因になってしまうこともあるので注意しましょう。①現在の利用者人数と看護師の人数②1日および月あたりの平均的な残業時間③オンコール体制④利用者の傾向(多い疾患、年齢層など)⑤教育・研修制度 残業の少なさや休暇の確実な取得、ワークライフバランスなどを重視する求職者であれば、①や②は特に気をつけたいと思う項目です。訪問看護師の人数と比べて利用者が多すぎると、残業や休日出勤などをしている可能性が非常に高いと判断されます。そのため、職員2人1組で利用者を受け持つペアリング体制方式を取り入れているなど、訪問看護の安全性・効率性・機能性を高める体制づくりを整理しておきます。 ③のオンコール体制は、求職者が事業所を選ぶときに必ず確認しておきたいポイントではないでしょうか。“あり”の場合は、月にどのくらいオンコールを担当するのか、希望の日にちのみ担当するという働き方が可能か、手当てはあるのか、オンコール対応で出勤した場合の労働時間の考え方などを整理しておきます。 利用者の病態ごとに提供する看護ケアは異なります。そのため、自分の経験を活かせるように、④の利用者の傾向を知りたいと考える求職者もいます。終末期ケアに特化している、医療ケア児が多いなど、自分の事業所の特色をふまえて整理します。 ⑤は、特に訪問看護未経験のナースにとっては重要なポイントです。事業所で実施しているプログラムがある場合は、積極的にアピールしてください。 最後に、自分以外の視点でチェック! 求人情報を書き終えたら、以下の3点を見直し、内容の正確性と信頼性、アピール度を高めます。・誤字・脱字がなく、文書のつながりに違和感がない・コンパクトにまとまり、誰が読んでも内容が理解できる・信頼できる事業所であるというイメージ、親しみやすさを伝えられているこれらが確認できたら、最後にもう一度、自分以外の人にチェックしてもらいます。誤りがないことはもちろんですが、客観的な視点で魅力が十分にアピールされているか確かめてから求人広告を出しましょう。 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社    

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2021年9月14日
2021年9月14日

パーキンソン病

難病を知る 発症しても手厚いケアがあれば在宅生活が可能なパーキンソン病。高齢者の100人に1人の割合で発症する、決して珍しい疾患ではありませんが、いまだ根治療法が解明されていない難病の一つです。 病態 中脳の黒質には、神経伝達物質のドパミンを作る神経細胞があります。パーキンソン病は、この神経細胞の減少によりドパミンが不足し、さまざまな症状が起こる難病です。 ドパミンの働きは、運動機能に関与する線条体にあるドパミン受容体に結合し、その興奮を抑えます。一方、ドパミンと拮抗する働きをするアセチルコリンは、ドパミン受容体で神経を興奮させる役割を担っています。ドパミンとアセチルコリンは、互いにバランスを取り合うため、ドパミンが減少すると、アセチルコリンの作用が過剰になってしまいます。パーキンソン病の治療で、抗コリン薬が使用されるのはそのためです。 なお、「パーキンソン症候群」は、進行性核上性麻痺や多系統萎縮症、薬剤性など、パーキンソン病と似た症状を示す、異なる疾患を指します。 疫学 パーキンソン病は50歳以上で発症することがほとんどで、加齢とともに発症頻度は上がります。40歳以下での発症は非常に少なく、「若年性パーキンソン病」と呼ばれます。有病率は10万人あたり100~150人と推定されていますが、60歳以上になると100人に1人とその割合が増加します。パーキンソン病の大半は遺伝性ではありませんが、遺伝性のものも5~10%ほどみられます。 症状 パーキンソン病は、運動症状として、振戦や筋強剛、無動、姿勢反射障害が知られています。 ●振戦静止時に、手が細かく震える症状が特徴的です。初発の症状として最も多くみられます。●筋強剛筋肉が緊張してこわばり、他動的に関節を動かすときに抵抗が増強します。●無動細かい動作がしにくい症状を指します。表情が乏しくなる(仮面様顔貌)、書字が小さくなる、すくみ足などが、無動の症状です。●姿勢反射障害全身のバランスを保ちにくく転倒しやすくなります。前傾姿勢になりやすく、小刻み歩行・突進歩行など歩行障害として現れる場合もあります。 これらが代表的な運動症状です。 一方、非運動症状として、 ●睡眠障害(昼間の過眠、むずむず脚症候群など)●便秘●頻尿、排尿困難●起立性低血圧●発汗異常●嗅覚の低下●痛み●うつ といった、自律神経障害や精神障害もみられることがあります。 パーキンソン病のうち難病指定の対象は、H・ヤール分類で3~5度、かつ、生活機能障害度が2~3度の患者に限定されます。 パーキンソン病は進行性ですが、そのスピードは個人差があります。治療を適切に行えば、発症後10年程度は通常の生活を送れます。平均余命もほぼ変わりません。 治療法 根治療法ではありませんが、薬物療法と手術療法があります。薬物療法は、ドパミンの補充が基本です。ドパミン前駆体であるL-ドパ、ドパミン受容体刺激薬などが用いられます。L-ドパの長期間投与を継続している経過において、薬の効く時間が短くなり、突然動けなくなるなど症状の日内変動が起こる(ウェアリング・オフ現象)場合があるので、薬の調節が課題になります。そのほか、不足したドパミンとのバランスをとるために、アセチルコリンの作用を抑える抗コリン薬も用いられます。 手術療法は、薬を使っても症状のコントロールが難しい場合などに選択されます。脳内に電極を埋め、電気刺激により神経細胞の興奮を抑える手術が主流です。 リハビリのポイント ●リハビリにより、症状の改善やQOLの向上が期待できるほか、患者本人が参加できるという意味で意欲を引き出すことにもつながる●ストレッチングや関節可動域の訓練、歩行訓練、立位・バランス訓練、筋力訓練、ホームエクササイズなどの運動療法は、身体機能やバランス、歩行速度などの改善に有効●言語訓練や嚥下訓練では、発声や嚥下の改善効果が期待できる 看護の観察ポイント ●症状やその程度に変化はないか●症状の日内変動が出ていないか●適切に服薬ができているか●薬の副作用が出ていないか●転倒していないか●家庭環境に転倒のリスクがないか●日常生活やセルフケアに支障をきたしていないか●体を動かしたり、ベッドから起き上がったりする時間は取れているか●構音障害によりコミュニケーションに問題が生じていないか●排尿障害が出ていないか●嚥下障害や誤嚥がないか●家族の介護力は十分か●患者、家族が不安やストレスを抱えていないか 次回は進行性核上性麻痺について解説します。  ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】・難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け) パーキンソン病(指定難病6)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/169・「パーキンソン病診療ガイドライン」作成委員会編(2018)『パーキンソン病診療ガイドライン2018』医学書院.・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程+病態関連図』第3版、医学書院.

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2021年9月7日
2021年9月7日

第2回 理念作成と事業計画/[その4]進捗管理―大事なことを“見える化”する

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。[その4]のテーマは“進捗管理”です。事業運営をしっかりバックアップするしくみが進捗管理です。ここでは進捗管理の重要性と効果的な進め方、具体的な進捗管理方法についてご紹介します。 ●ここがポイント!・進捗管理とは事業の進み具合を把握し、計画とのズレを修正することである。・事業所として成功するためには、効果的な「進捗管理」を行うしくみをもつべきである。・事業計画で設定した目標を細分化し、小目標をタスク化して進捗管理することが大切である。 進捗管理とは 「進捗管理」とは事業計画という目標設定に対し、どのくらい事業が進んでいるのかを把握し、計画とのズレを修正することです。 せっかくすばらしい事業計画を立てても、進捗管理を行わなければ、目標に対する達成率や計画の進み具合が不透明になってしまいます。また、進捗管理を行うしくみがなければ、事業所の生産性が大きく下がってしまいます。 さらに個々の職員にも深刻な影響があります。職員の目標をめざす意識が低くなるため、目標達成に必要となる現状分析、問題や課題の発見、解決能力といったスキルの向上が期待できなくなります。職員のレベルアップや事業所として成功するためには、効果的な「進捗管理」を行うしくみをつくることが不可欠です。 進捗管理を効果的に進めるポイント 進捗管理を効果的に進めるポイントは4つあります。順に説明していきます。 ①目標の細分化 進捗管理を効果的に進めるには、事業計画の工程を細分化し、最終的に達成する大きな目標(大目標)に向けて、小目標を設定することが大切です。大目標達成に必要なルートを作成し、中間地点にいくつかの小目標を立てるイメージです。 ②タスクの管理 目標を細分化し小目標を立てたら、次に小目標の達成に向けた行動目標と作業をひとまとめ、つまりタスク化して管理します。そして、タスクが完了したら、小目標が達成されたかを検証します(図1)。 検証の結果、小目標が達成されていれば次の小目標の達成に向けて進めていきます。未達成であればタスクを見直し、新たな行動目標と作業を設定し行動します。なお、タスクの変更は、担当者が勝手に変更するのではなく、職場内で協議をしたうえで変更するといったルールを設ける必要があります。 図1 タスクの管理方法 ③担当者の設定 ときにタスクの担当者が曖昧になることがあります。当然のことですが、担当者が不在では、タスクは完了しません。タスクごとに担当者を設定し、責任の所在を明確にすれば、進捗管理も容易になるでしょう。 ④タスクやスケジュールの共有 タスクやスケジュールの進捗状況を“見える化”し、職員全員で共有することも必要です。1つのタスクの遅れが後に続く小目標に影響することがわかれば、安易にスケジュールを遅らせることもなくなり、計画どおりに進む可能性が高まるでしょう。 1日15分! 進捗管理の手法 進捗管理にはいくつかの手法があります。ここでは付箋を活用する方法をご紹介します。この方法は、次の3つのステップに沿って1週間サイクルで行います。 Step1 週はじめに週次計画を“見える化”する 週はじめに各職員のタスクに対する1週間の週次計画を貼りだします。タスクは半日から2時間程度に分解して計画し、付箋に書き出し、タスクボードに貼り付けます(図2)。 週次計画のタスクを明確にする目的は次の2つです。 ・各自の作業の細分化 ・負荷を考慮した担当・段取りの検討 図2 タスクボードの例 タスクボードには、その週の予定タスクを貼る「To-Do」欄、本日実施するタスクを貼る「Doing」欄、完了したタスクを貼る「Done」欄を設定する。タスクボードの目的は、メンバーの状況を開示すること、そしてタスク進捗の共有を超えた“見える化”である。 Step2 タスクボードをもとに短時間ミーティングを行う 次にタスクボードをもとに作業タスクの確認・共有をするために、毎朝15分程度の短い時間でミーティングを行います(図3)。 短時間ミーティングの目的は以下の2つです。 ・前日のタスクの進捗報告 ・当日のタスクの実施宣言 各職員のタスクを毎日のミーティングで共有することで、マルチタスクも含め、職場内のタスクの状況を把握し、必要なサポートを適切なタイミングで提供できるようになります。 図3 短時間ミーティングで効率よく進捗管理を行う Step3 週末に振り返る 週末にタスクの状況や問題点・課題を職場内で共有します。振り返りの目的は、メンバーの知恵を借りて以下を行うことにあります。 ・問題、課題の発見 ・タイムリーな対策案の検討 付箋を活用した進捗管理では、タスクごとの進行具合が一目で確認することができ、タスクの割り振りや不必要なタスクの削除といった、計画の調整が可能です。この方法によって「職場内でのタスクの見える化と共有の習慣化」が得られます。ぜひ実践してみてください。 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社   

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2021年9月7日
2021年9月7日

亜急性硬化性全脳炎

難病を知る 亜急性硬化性全脳炎は、麻疹に感染後、長い潜伏期間を経て発症する難病です。幼児~学童期に発症する予後不良の病ですが、麻疹ワクチンの接種が進み、患者数は減少しています。 病態 亜急性硬化性全脳炎(あきゅうせいこうかせいぜんのうえん:SSPE)は、変異した麻疹ウイルスによる遅発性の感染症です。麻疹にかかってから、数年から十数年の潜伏期間を経て発症します。 麻疹にかかり治癒した後、脳内に持続感染した麻疹ウイルスの変異株(SSPEウイルスとも呼ばれる)が脳炎を引き起こします。発症後は、数か月から数年で神経症状が進行していき、予後は不良です。 好発年齢は5~14歳です。2歳未満の子どもや免疫機能が低下している人が、麻疹ウイルスに感染した場合に、発症するリスクが高いとされています。(※1)なお、SSPEが人にうつることはありません。遺伝性もありません。 疫学 現在、国内の患者数は150人程度と推測されています。国内のデータでは麻疹罹患者約8,000人に1人の発症だったとの調査がありますが、近年はもっと多いという報告もあります。(※1)SSPEの受給者証所持者数は、2019年末時点で73人、年代別にみると20~30歳代が中心です。(※2)ワクチンの接種率の向上に伴って麻疹の罹患が減り、今後は新規の発症はかなり少ないと見込まれます。 症状・予後 発症後の経過は比較的定型的で、4期に分類されています(Jabbourの分類)。ただし、経過は必ずしも一様ではなく、急激に症状が進む劇症型や、10年以上の経過をとる緩徐進行型、少数ながら歩行可能な状態に改善する例もあります。病期が進むにつれ、経口摂取困難や自律神経障害、胃食道逆流、呼吸障害などの合併症が現れるため、重症度に応じた対応が求められます。 Ⅰ期 比較的軽度の精神面・行動面の変化がⅠ期に分類されます。具体的には、成績低下や記銘力の低下、落ち着きがなくなる、ささいなことで不機嫌になる(易刺激性)、挑戦的な行動をとるなどの性格の変化、周囲に無関心になるなどの症状があり、緩やかに進行します。けいれん発作や、立てない・歩けないなど、運動面の変化がみられることもあります。 Ⅱ期 けいれん発作や運動機能低下、不随意運動などが出てきます。周期的なミオクローヌス(体の一部がピクッと動く)が、頭部から始まり体幹や四肢にまで起こるようになるのが特徴的です。筋緊張亢進、全身のけいれんや失立、振戦などの不随意運動も出現します。 Ⅲ期 不随意運動や筋緊張亢進が増し、運動機能低下がさらに進み、座位をとることも困難になります。臥床状態で、後弓反張(手足が伸び体が弓なりに反る)が多くなります。自律神経の異常も進行します。顔面紅潮や蒼白、チアノーゼを伴う異常な発汗や、不規則な発熱など自律神経症状が出現します。加えて、摂食・嚥下が困難になってくるため、経管栄養法の導入も検討されます。意識障害が進み、徐々に昏睡に至ります。 Ⅳ期 ミオクローヌスや筋緊張亢進は目立たなくなり、眼球が不規則に動く、病的な笑い・泣きなどの反応、音への驚愕反応などがみられます。覚醒時には目をあけますが、昏睡状態にあり自発的に言葉を発しません(無言症)。筋強直や呼吸異常のために、人工呼吸管理が必要になります。 治療法 根治的な治療法はまだありませんが、免疫賦活薬と抗ウイルス薬の併用療法が用いられます。またほかに、研究段階の治療も試みられています。治療に加えて、病期や重症度に応じて対症療法が必要になります。 リハビリのポイント 関節可動域や運動機能を評価し、必要に応じて筋緊張を緩和させる理学療法を行う歩行や座位保持などが難しくなっていくため、残存機能を生かした動作、福祉用具などの活用を提案する 看護の観察ポイント 症状の変化を経時的に観察する現在~近く予測される症状に応じて、医師やケアマネジャーと連携し、タイムリーに必要な介助につなげる誤嚥や食事後の胃食道逆流などに留意し、食事中~後の状態を確認する排尿・排便状況を確認する息苦しさなど呼吸症状を確認する家族の状況(介護疲労の有無など)を確認する ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】※1 プリオン病及び遅発性ウイルス感染症に関する調査研究班『亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis:SSPE)診療ガイドライン2020』http://prion.umin.jp/guideline/pdf/guideline_SSPE2020.pdf※2 厚生労働省『難病・小児慢性特定疾病 令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450027&tstat=000001031469&cycle=8&tclass1=000001148807&tclass2=000001148808&tclass3=000001148810&stat_infid=000032045204&tclass4val=0・難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)亜急性硬化性全脳炎(SSPE)(指定難病24)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/42

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2021年8月31日
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第2回 理念作成と事業計画/[その3]事業計画―夢を実現するストーリー

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。[その3]のテーマは“事業計画”です。事業計画には人に理解してもらい、納得してもらえるストーリー性が求められます。めざすべき方向性や将来像を明確にし、相手に伝わる、共感してもらえる事業計画に仕上げていくことが大切です。 ●ここがポイント!・事業計画とは事業所の存在意義と進むべき方向性を示すもの。・理念達成のための中間目標や基本方針が明確になっていると、事業計画は立てやすくなる。・事業計画を立てたあとはもう一度見直すことが大切である。 理念と基本方針だけでうまくいくの? 理念や基本方針は概念的、抽象的であるため、定めることによる成果が見えにくいかもしれません。事業者の中には「理念や基本方針を作成することでいくら儲かるの? どんな効果があるの?」とダイレクトに訊ねる方もいらっしゃいます。 理念と基本方針は、事業所と職員の一体感を醸成しブランド構築に寄与しますが、即効性のあるものではなく、時間をかけて育んでいくものです。しかし、事業者としてはいち早く収入が安定し、資金や職員確保の心配から解放されたいのが心情でしょう。そこで必要となるのが「事業計画」です。 事業計画とは 事業計画とは、事業所の存在意義と進むべき方向性を示すものです。いわば、理念を実現するためのストーリーを表現したものといえるでしょう。相手が理解でき、納得できるような話の流れをつくる必要があります。 ここで、私の体験をお話ししたいと思います。コロナ禍の前、私は仕事に追われ、忙しくて休みが取れない状況が数年続いていました。 そんなある日、ひょんなことから社員旅行として4泊6日のハワイ(オワフ島)旅行に行くことが決まりました。会社の行事とはいえ、初日のウェルカムパーティー以外は団体行動の必要がなく、2日目以降は完全自由行動です。 今回の社員旅行では日中は1人で過ごし、夜は気心の知れた仲間と食事をしたいと考え、以下のような計画を立てました。 ●初日チェックイン後ワイキキでおいしいスイーツを食べる。その後はワイキキやアラモアナでショッピングをして、夜はウェルカムパーティー。●2~3日目日中は、スキューバダイビングのライセンスを取得できる講習を受けて、夜はステーキ、ロコモコがおいしい店に行く。●4日目日帰りでハワイ島に移動し、火山観光をする。 そして、さっそくお店のリサーチです。ワイキキで楽しむスイーツは、世界一おいしい朝食が食べられると評判のレストランのパンケーキに決めました。ステーキはホテルからも近く、港の夜景が臨めるレストランで、ロコモコはハワイフード・ロコモコ部門で第1位に選ばれたことのあるレストランに決定です! 夕食を共にしたい同僚に声をかけ、ダイビング、ハワイ島ツアーの予約もして、準備万全の計画を立てることができました。 果たして、旅行では素晴らしい体験や思い出がたくさんできました。想定外のトラブルもありましたが、それも含めてよい旅行になりました。 さて、ここまでに私がお話しした体験を、理念や基本方針、事業計画に置き換えてみると、このようになります。 ●私の夢(=理念) 1人でのびのびと過ごしたい●旅行中の過ごし方(=基本方針) 日中は1人で思い出になることをする 夜は気心の知れた仲間と食事をする●旅程(=事業計画) 初日はスイーツとショッピング、ウェルカムパーティー、2~3日目の日中はダイビングライセンス講習と、夜は仲間と夕食、4日目は火山ツアー 「1人でのびのびと過ごす」ために、それを実現する方針とその方針に沿った計画を立て、実行することで満足度の高い旅行になったというわけです。 事業計画には目標が必要 「将来ありたい姿」を理念として描き、それを達成するための道程に中間的・段階的な目標(中間目標)を設定します。基本方針は、中間目標を達成するための考え方や方向性を示したものです。理念達成のための中間目標や基本方針が明確になっていると、事業計画は立てやすくなります。 事業計画が具体的になると、ワクワクしてきます。なぜならその段階になれば、目標の実現が確定するからです。そのワクワクは人に伝わりやすく、共感してくれる人も表れ、協力してくれる人もでてきます。計画はより具体的になればなるほど相手に伝わるものです。「いつまでに」、「どこで」、「何を」、「誰と」、「どのように」、「どのくらいの予算が必要か」の視点で計画を立てるとよいでしょう。 最後に、計画を立てたら「なぜそれをするのか?」という視点で、もう一度見直してみることが大切です。本当に必要な計画か、ワクワクする計画かなど、自問自答してみましょう。もし腑に落ちない部分があれば、もう一度、理念や基本方針に立ち戻って考え直します。そこにきっとモヤモヤの答えがあるはずです。 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社  

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2021年8月31日
2021年8月31日

脊髄性筋萎縮症

脊髄性筋萎縮症/難病を知る 今回は、発症する年齢によってさまざまなタイプに分類され、予後も異なる脊髄性筋萎縮症について解説します。ALSとの違いを理解する必要があります。 病態 脊髄性筋萎縮症(せきずいせいきんいしゅくしょう:SMA)は、進行性で筋力低下や筋萎縮が起こる運動ニューロンの疾患です。 運動ニューロンのうち、上位運動ニューロンは、脳の大脳皮質運動野から出た指令を、脳幹や脊髄に伝えます。下位運動ニューロンは、脳幹や脊髄に伝わった指令を、末端の筋肉に伝達します。SMAは、脊髄の細胞の変性により、下位運動ニューロンが障害される疾患です。 よく知られる筋萎縮性側索硬化症(ALS)も、運動ニューロンの障害が原因です。ALSは、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの、両方が障害される疾患です。 幼児期に発症するSMAの多くは、遺伝性の要因が主です。それに対して、成人期の発症例では遺伝子変異がない例が多く、複数の要因がかかわっていると考えられています。 疫学 SMAはI~Ⅳ型に分類されます。Ⅲ・Ⅳ型では生命予後は良好です。それぞれの特徴は以下のとおりです(個人差があります)。 I型(重症型、ウェルドニッヒ・ホフマン病) ●出生直後から生後6か月ごろまでに発症●急激に運動機能の低下が進行する●筋緊張の著明な低下●支えなしに座位をとれない●奇異呼吸(吸気時に胸部がへこみ呼気時に膨らむ)●舌の線維束性収縮(舌の細かい震え)●嚥下障害(経管栄養療法が必要)●呼吸筋の筋力低下(人工呼吸器が必要) Ⅱ型(中間型、デュボビッツ病) ●1歳6か月ごろまでに発症●座位は保てるが、支えなしに起立や歩行ができない●舌の線維束性収縮、手指の振戦●成長にしたがって関節拘縮と側彎が生じる Ⅲ型(軽症型、クーゲルベルグ・ウェランダー病) ●1歳6か月以降に発症●よく転ぶ、歩けない、立てない●小児期以前に発症した場合、側彎がみられる Ⅳ型(成人期以降発症) ●成人期から老年期にかけて発症●軽度の筋力低下●発症年齢が遅いほど進行は緩やか●認知機能低下や呼吸器の症状はみられない 治療・管理など 症状に合わせた対症療法を行います。Ⅰ・Ⅱ型では嚥下障害がみられるため、経管栄養療法が選択されることがあります。呼吸不全には、マスクによる非侵襲的陽圧換気(NPPV)も有効ですが、Ⅰ型ではほぼ全例で気管切開下陽圧換気(TPPV)が必要になります。 以前は上記のような対症療法のみでしたが、最近ではSMAの病因となる遺伝子の作用発現を抑制する遺伝子治療薬も登場しています。 Ⅰ~Ⅳのどの型であっても、筋力低下や関節拘縮に対するリハビリテーションが有効です。また、必要に応じ、装具導入を検討する必要があります。 リハビリのポイント ●筋力低下や関節拘縮を評価し、理学療法を計画する。必要ならば装具の導入も検討する●呼吸障害に対してNPPVやTPPVが選択される●嚥下障害では嚥下の補助も検討する●車いすを選択するときは上肢の筋力も評価する。小児では上肢の筋力が弱いため、電動車いすが適していることがある●側彎がある場合は手術が選択されることもある 看護のポイント ●患者により症状・重症度はさまざまなので、それぞれに合わせた対症療法を行う●座位保持、起立、歩行の状態や転びやすさなど、運動機能を観察する●栄養状態、嚥下困難や哺乳困難がないか、観察する●呼吸状態の変化を観察する●寝たきりの場合は、褥瘡の有無等、皮膚状態を確認する など 次回は亜急性硬化性全脳炎について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】※1 厚生労働省『令和元年度衛生行政報告例 統計表 年度報 難病・小児慢性特定疾病』2021-03-01https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450027&tstat=000001031469&cycle=8&tclass1=000001148807&tclass2=000001148808&tclass3=000001148810&stat_infid=000032045204&tclass4val=0・難病情報センター『脊髄性筋萎縮症(指定難病3) 病気の解説(一般利用者向け)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/135・国立精神・神経医療研究センター『脊髄性筋萎縮症』https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease28.html

特集
2021年8月13日
2021年8月13日

在宅医療でヒヤッとしたこと4選

仕事中、いくら注意していても誰もがヒヤッとした経験が1度はあるのではないでしょうか。関わる対象が人だからこそ、他の職業に比べてヒヤッとする度合いが大きいかもしれません。そして在宅では、病院では起こらないようなことが起こりヒヤッとすることがあります。 今回は訪問入浴介護勤務の看護師が経験した、在宅ならではのヒヤッとしたことをご紹介したいと思います。 目次 ◆訪問したら利用者様が不在だった ◆入浴中、カテーテルが自然抜去 ◆利用者様のベッド上に忘れ物 ◆お布団の中にペットや虫 ◆まとめ   ◆訪問したら利用者様が不在だった 今回のケースの利用者様は、軽度の認知症がありましたが一人で暮らしていました。ふらつきが時々あるけれど歩行ができる方でした。ある日訪問すると、家の中のどこにもいません。ふらつきがあるのでどこかで転んで動けなくなっているのではないか、何か事故に巻き込まれたのではないかと一緒に訪問したスタッフと家の周囲を必死に探しました。 しばらくすると、私たちの心配をよそに「どうしたの?何かあった?」と利用者様が帰ってきました。利用者様にはあらかじめ訪問時間を伝えていますが、忘れて買い物に出かけてしまったそうです。利用者様の顔を見たときは、ホッとして一気に力が抜けました。 このことはケアマネジャーに伝え、その後は私たちが訪問する前にサービスに入るヘルパーさんからも、再度訪問時間を伝えてもらうようにしました。 ◆入浴中、カテーテルが自然抜去 訪問入浴介護の利用者様で、膀胱留置カテーテルを挿入している方は多いです。そのためスタッフ皆で抜去しないように気を付けて介助しているのですが、自然抜去してしまった経験があります。入浴中いつも通り介助をしていたのですが、湯船の中にぷかぷか浮かぶカテーテルを発見しました。手早く入浴を済ませ、すぐに訪問看護師に連絡しました。全身状態を伝えると、すぐに向かうので退室していいとのことでした。 後で伺うと、原因は膀胱留置カテーテルを交換したばかりだったのですが、固定液の量が少なかったために自然抜去したのではないかとのことでした。湯船に浮かぶカテーテルを見たときはスタッフと一緒に青ざめましたが、自分たちが原因ではなくてホッとしました。 ◆利用者様のベッド上に忘れ物 在宅の仕事では、たくさんの荷物を持って利用者様のお宅に伺うと思います。訪問入浴介護も同じです。多くの物品を持ち歩くため、利用者様のお宅に忘れ物をすることも少なくありません。私は体温計を利用者様の枕元に忘れてしまうことが何度かありました。 次の利用者様のお宅に行って使おうとしたときに気付くのですが、本当にヒヤッとします。サービスを中断してしまうことで利用者様に迷惑をかけてしまいます。そしてもし忘れた場所が利用者様のベッドで、寝返りなどをしたときに体の下敷きにしてしまったら怪我をするかもしれません。それがはさみなど鋭利なものだったら本当に危険です。 私はなるべく利用者様のお宅を出る前か、車に戻ったらすぐにナースバックの中身を確認するように心がけ、忘れ物をなくすようにしました。 ◆ お布団の中にペットや虫 これは今では笑い話ですが、その時は本当にヒヤッとしたことです。入浴の準備が整ったため、利用者様に「お洋服を脱ぎましょうね」と声をかけました。そして布団をめくると、なんとペットの猫がいて「ニャー!」という鳴き声と共にものすごい勢いで飛び出してきました。びっくりして、私も思わず声をあげてしまいました。利用者様のお部屋は昔ながらの造りでとても寒かったので、猫もお布団の中でぬくぬくしていたのでしょう。 他には虫がいたことも何回かあります。整った環境で暮らしている利用者様ばかりではありません。 病気のため体の自由がきかず、そのうえ一人暮らしという方も多くいらっしゃいます。訪問入浴介護の仕事を始めて、色んなお宅があるということを学びました。 ◆まとめ 重大な事故につながるものから珍事件までご紹介しましたがいかがでしたでしょうか。命に関わる仕事だからこそ、ヒヤッとすることは極力少なくしたいですね。 その為には事前の準備や、ヒヤッとした原因を認識ことが大切だと思います。実際にヒヤッとした事例を共有して、対策を立てることに役立てていただけたら嬉しいです。 ** 記事提供:株式会社3Sunny(スリーサニー)  

特集
2021年8月10日
2021年8月10日

重症筋無力症(MG)

「難病を知る」シリーズ、第2回は、近年、有病率が増えている重症筋無力症(MG)です。 病態 重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう:MG)は、筋力の低下を主な症状とする自己免疫疾患です。遺伝性ではありません。 骨格筋の収縮は、アセチルコリン(ACh)の働きが関与しています。神経と筋とのつなぎ目の部分で、AChが神経終末から放出され、筋肉側にあるACh受容体にAChが結合することで、筋収縮が起こります。 MGでは、ACh受容体などを攻撃する異常な自己抗体が生じます。その抗体がAChの結合などを阻害し、筋収縮が妨げられる結果、筋力低下につながります。 なぜ、そのような自己抗体が作られるのか、原因はよくわかっていません。ACh受容体抗体のある人では胸腺腫などの合併も多く、胸腺のかかわりも疑われています。 疫学  2018年の全国疫学調査では患者数は約2.9万人で、人口10万人あたりの有病率は23.1人でした。2006年の調査結果と比べると、有病率は約2倍に増えています(難病情報センター調べ)。 男性よりも女性に多い疾患です(男女比1:1.7)。好発年齢は5歳未満と、女性では30~50歳代、男性では50~60歳代です。近年は高齢での発症(後期発症)が増加しています。 症状・予後 運動の継続ですぐに力が入らなくなり(易疲労性)、休息することで回復するのが特徴です。症状は日内変動し、夕方に症状が悪化しがちです。 初期には、まぶたが下がる(眼瞼下垂)、ものが二重に見える(複視)といった、眼症状の出現がよくみられます。 力が入らず持ったものをよく落とす、階段を上るときに脚がだるい、頸が前に下がるなど四肢や頸部の筋力低下、発語の障害(構音障害)や嚥下障害、咀嚼障害、また顔面筋力の低下や呼吸困難などがみられることもあります。 症状の出かたにより、眼瞼下垂や複視など眼症状のみが現れるタイプ(眼筋型)と、四肢の筋力にも症状が及ぶ(全身型)に分類されることがあります。重症度を示す指標であるMGFA分類では、眼筋型はⅠ、全身型はⅡ~Ⅴです。眼筋型から全身型に移行することもあります。 全身型では、急激な呼吸状態の悪化(クリーゼ)に注意が必要です。クリーゼの誘因は、感染症や手術、薬物、疲労などです。重篤な場合は人工呼吸器が必要になりますが、生命予後には影響はありません。 MGの長期予後は、免疫療法の普及により大きく改善しました。寛解率は2割未満ですが、生活や仕事に支障がない程度まで改善する例が5割以上に達しています。その一方で、あまり改善がみられないケースも1割ほどあります。 治療法 MGは自己免疫疾患なので、ステロイドや免疫抑制薬を用いた免疫療法が基本です。特に全身型の治療では免疫療法が中心となります。ただ、免疫療法でステロイド剤の長期投与は副作用がQOLを悪化させるため、早期からの免疫療法で生活に支障をきたす症状は短期間で改善させ、維持量を少量に抑えることが目指されます。 そのほか対症療法として、神経筋接合部のAChの濃度を高めることで神経から筋肉の信号量を増やす、コリンエステラーゼ阻害薬が補助的に用いられます。胸腺腫の合併のある人などでは、手術で胸腺を摘出することもあります。全身型で、これらの治療法で効果がみられない場合は、抗体製剤が用いられることもあります。 一方、症状が重篤な場合や、急激な増悪時は、自己抗体を除去する血液浄化療法や、免疫グロブリンを大量に投与する方法なども用いられます。 看護の観察ポイント ●筋力低下や眼症状など症状の変化 ●日常生活やセルフケアの実施に支障をきたしていないか ●転倒していないか ●構音障害によりコミュニケーションに問題が生じていないか ●嚥下障害や食事動作による筋疲労で、食事内容・量に影響が出ていないか ●適切に服薬ができているか ●口から唾があふれる、頭を支えられず首が垂れる、呼吸時に分泌物でごろごろと音がするなどの症状がないか ●患者さん、家族が不安やストレスを抱えていないか 次回は脊髄性筋萎縮症について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ・難病情報センター『重症筋無力症(指定難病11) 病気の解説(一般利用者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/120 ・日本神経学会『重症筋無力症診療2014』 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/mg.html ・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程 第3版』,医学書院

特集
2021年8月10日
2021年8月10日

第2回 理念作成と事業計画/[その2]基本方針―やりたいことを表現する

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。[その2]のテーマは“基本方針”です。基本方針は事業所の理念を実現するために明確に示すことが大切です。基本方針の役割やつくり方をご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。 ●ここがポイント!・基本方針とは理念を達成するための事業所の基本的な姿勢や考え方を示すものである。・基本方針を明確にすることで、事業所のめざすべき方向性が明らかになる。・基本方針の作成は、3つの顧客の視点で考え、理念と結びつけることが必要。 基本方針とは 「基本方針」とは、理念([その1]参照)を達成するための事業所の基本的な姿勢や考え方を示すものです。皆さんがやりたいことや実現したいことに対して、どういう考え方や方向性で達成するのかを基本方針によって明確にします。 事業を運営していくうえで必要となる基本方針は、利用者(療養者)の視点だけでなく、訪問看護サービスを提供する自施設の職員、事業所の活動を支える医療機関やほかの事業所、地域とのかかわりなど多様な視点から考えていくことが求められます。 基本方針の役割 基本方針の大きな役割は、理念を達成することです。よって、基本方針は理念がなければつくることができません。また基本方針は事業所の活動指針となるものです。つまり、基本方針を定めることで、理念達成に向けた具体的な計画を打ち出すことが可能になります。このように基本方針は非常に重要な役割を担っています(図1) 図1 基本方針の役割 基本方針があると、理念に向かっていく方向が明確になる。一方、基本方針がないと向かっていく方向が曖昧になり迷ってしまう。 基本方針の作成ステップ 基本方針を作成するために必要なのは次の2つのステップです。順に説明していきます。  Step1 顧客の視点で考えるStep2 理念と基本方針をつなげる Step1 顧客の視点で考える   “経営学の父”と呼ばれるピーター・F・ドラッカーは、その著書『マネジメント』の中で顧客についてこのように述べています。「企業の目的とミッションを定義するとき、そのような焦点となるものは一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。」(上田惇生訳:マネジメント【上】-課題、責任、実践.ダイヤモンド社,2008:99.より引用) ここで言う「顧客」には、大きく3つの視点があると考えられます。第1の視点は、訪問看護サービスの利用者(療養者)。つまり、訪問看護サービス事業の「活動対象」としての顧客です。第2の視点は、職員、開業医、ケアマネジャー、委託先など「パートナー」としての顧客です。第3の視点は、業界や地域社会など事業を取り巻く「環境」としての顧客です。 基本方針を「理念を実現するための事業所の基本姿勢・考え方」と捉え、これら3つの顧客のそれぞれの視点で「事業所の基本姿勢・考え方」を明確にしましょう。 Step2 理念と基本方針をつなげる 次に3つの顧客の視点から整理した基本方針をつなげて1つのストーリーにします。そうるすと、次のような表現が考えられます。 理念と基本方針の例   <理 念>地域医療の向上と在宅療養の生活の質向上を図ることで、療養者様と地域に愛され、全職員の幸せを実現する。   <基本方針>療養者が可能な限り自立し、安心して日常生活を営むことができるよう【活動対象の視点】、地域の医療機関、主治医、各事業所との連携を密にし【パートナーの視点】、療養者の在宅療養に必要なネットワークサービスが提供できるよう支援します。地域で必要とされ、なくてはならない事業所【環境の視点】をめざしながら、全職員の成長と夢を実現する事業所にします【パートナーの視点】。   このように3つの顧客の視点を含むことで、理念の実現に結びつく具体的な方法が基本方針に示されます(図2)。 理念や基本方針は、事業所の運営を考えるうえでなくてはならないものです。理念や基本方針が明示され徹底されれば、職員たちの働く姿勢(仕事に対する考え方やかかわり方)がそろいます。めざすベクトルが1つになることで、事業所の風土、職員の意識は飛躍的にレベルアップしていくことでしょう。 図2 3つの顧客の視点を組み込み基本方針をより強固なものにする 1本の矢では折れやすいが、3本にまとまると・・・・・ また、理念や基本方針を正しく理解した職員の行動は、事業所のブランド構築にも貢献します。ブランド構築とは、利用者とその家族や地域の住民などが事業所に対して抱くイメージを、事業所が認識してほしいイメージに近づける活動をいいます。 図3に示すように、ブランド構築は、事業所の理念と基本方針に沿った従業員の行動や態度、そして事業所が作成するパンフレットやウェブサイトなどのコミュニケーションツールによって構成されます。事業所のブランド構築には、理念や基本方針に対する従業員の理解がとても重要なのです。まずは理念と基本方針をしっかりと整え、職員たちに事業所の基本姿勢や考え方を示していきましょう。 図3 ブランド・ビルディング(ブランド構築)の考え方 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社

特集
2021年8月3日
2021年8月3日

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

在宅で暮らす指定難病の方の支援は、訪問看護の重要な使命の一つです。今回から、訪問看護が必要とされることの多い難病について、最低限知っておきたい病態・疫学と、看護のポイントを解説します。第1回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)です。 病態 筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう:ALS)は、運動ニューロンが障害されることで起こる、進行性の疾患です。随意筋への指令伝達が障害されるため、全身の筋肉(上肢・下肢、舌、のど、呼吸筋など)が徐々にやせ、筋力が衰えていきます。 運動ニューロンのうち、上位運動ニューロンは、大脳皮質運動野から出た指令を脳幹や脊髄に伝えます。下位運動ニューロンは、脳幹や脊髄に伝わった指令を、末端の筋肉に伝達します。 ALSでは、上位と下位、両方の運動ニューロンが変性・消失し、指令が伝わらなくなることで、筋力低下や筋萎縮が進みます。原因はまだ解明されていません。 疫学 2019年度末時点でのALSの受給者証所持者数は1万人弱です。中年以降で発症が増加し、60〜70歳代が最多です(※1)。男性に多く、女性の1.3~1.4倍の有病率です。 ALSは多くの場合は遺伝しません。ただし、全体の5~10%で家族内での発症があります(家族性ALS)。 症状・予後 手足の筋力低下や、筋萎縮、球麻痺による言語障害・嚥下障害、呼吸筋麻痺による呼吸障害などが、進行性で現れます。 初期症状では手指を動かしにくい、腕の力が弱くなる、足がつっぱる、転倒しやすくなるといった四肢の症状が主体で、そこから全身に広がっていくパターンが典型的です。しかし、最初に進行性球麻痺(構音障害や嚥下障害など)がみられる例や、呼吸障害が出る例、認知症を伴う例などもあり、発症パターンはさまざまです。 全身の筋肉に比較的速く症状が広がり、最終的には呼吸筋麻痺が生じ、人工呼吸器を使わない場合の生命予後は発症後2~5年です。一方、人工呼吸器を用いない状態で発症から10年以上の生存例もあり、経過も個人差の大きい疾患です。 なお、病状が進んでも、視力や聴力、体の感覚などは比較的保たれる傾向があります。眼球運動は残りやすいため、眼球の動きを通じたコミュニケーション方法が活用できることも多いです。 治療・管理など ALSに対しては、神経細胞の障害を抑制し、進行を遅らせる薬が用いられますが、根本的な治療法はありません。そのため、対症療法が主体となります。 対症療法では、機能維持や障害を補う動作訓練などリハビリテーションと、リハビリテーションを実施できる栄養状態を評価する「リハビリテーション栄養」の考えかたに基づく介入が推奨されます。 栄養状態は、代謝亢進が目立つ初期には体重減少をできるだけ抑え、エネルギー消費が減少していく進行期にはエネルギー過剰とならないよう計画します。嚥下機能などに伴い、食形態の見直しや栄養療法の導入なども必要になります。 どんな病態でも同様ですが、消化管瘻や人工呼吸器の導入に際しては、基本的には本人の意思が優先されます。早期から多職種がかかわり、意思決定を支援する必要があります。 嚥下障害 残存機能を生かすリハビリや摂食方法、食形態の工夫などを行います。病態の進行をよく観察し、状況により、経管栄養法(消化管瘻や経鼻栄養など)が検討される場合があります。 呼吸障害 呼吸筋の訓練や排痰法の指導などを行うことがあります。呼吸障害が進んだ場合、人工呼吸療法による呼吸管理を検討します。人工呼吸療法には、マスクを用いる非侵襲的陽圧換気(NPPV)と、気管切開下陽圧換気(TPPV)があります。 コミュニケーション障害 発声や構音などが障害されると、コミュニケーションも阻害されます。とくに、コミュニケーションの阻害は、意思決定に際して困難を生じることが予想されるので、早い時点から検討と具体化を進める必要があります。残された機能を生かし、筆談や指文字、文字盤のほか、自分で動かせる部位を利用した意思伝達装置が用いられます。 リハビリのポイント ●早期からの関節拘縮や筋萎縮などによる痛みの予防・改善などに、ストレッチや、関節可動域を維持するリハビリが有効 ●軽度~中等度の筋力低下では、筋疲労をきたさない適度の負荷量で、筋力増強訓練も可能(月単位・週単位で筋力が低下していく病態を適切にとらえながら継続実行していくことは容易ではなく、とても重要なポイント) ●病状の進行に伴い、体位変換や、車いすでの座位保持など、生活の支援内容やその方法を随時変更・検討する ●福祉用具や補助具の導入などでは、本人の状態や生活への希望をふまえることはもちろん、刻々と変わる状態に合わせ、タイムリーな選定を支援する ●嚥下障害や呼吸障害、構音障害に対するリハビリ、動作のアドバイスを行う など 看護の観察ポイント 訪問時の「現在」で観察すべきこと、週〜月単位で把握すべきことがあることに留意しましょう。今の状態だけでなく、変化の有無とその様子を継続してみていけることは、訪問看護の強みといえます。 ●日常生活に支障をきたしていないか ●転倒しやすくなっていないか ●目立った体重減少がないか ●食事や水分が十分摂取できているか ●排便コントロールができているか ●むせや飲み込みにくさなど嚥下障害を疑わせる症状が出ていないか ●構音や発声などでコミュニケーションが阻害されていないか ●ふさぎ込む、不安を訴えるなど精神状態に変化がないか ●不眠の症状が出ていないか ●家族の身体的・精神的負担の程度 など 次回は重症筋無力症について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 厚生労働省『令和元年度衛生行政報告例 統計表 年度報 難病・小児慢性特定疾病』2021-03-01 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450027&tstat=000001031469&cycle=8&tclass1=000001148807&tclass2=000001148808&tclass3=000001148810&stat_infid=000032045204&tclass4val=0 ・日本神経学会『筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013』 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/als2013_index.html ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 病気の解説(一般利用者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/52 ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 診断・治療指針(医療従事者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/214 ・一般社団法人日本ALS協会『治療の進め方』 http://alsjapan.org/how_to_cure-summary/ ・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程 第3版』,医学書院

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