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事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】

事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】

本記事では、事例をもとにがんの終末期にある患者さんが訴える内容から、スピリチュアルペインのアセスメントを行います。身体的・心理的・社会的な訴えとともに表出されるスピリチュアルペインに対して、適切なケアにつなげるためのアセスメントの理論的枠組みを紹介します。

スピリチュアルペインのアセスメント

前回、スピリチュアルペインを「時間存在」「関係存在」「自律存在」の3つの次元で分類する村田理論1)を紹介しました(<<終末期にある患者さんのスピリチュアルペインを知る【スピリチュアルケア】を参照)。それぞれの内容を再度確認しておきましょう。

人間にとっての「死」を主題としてとらえると、時間存在のスピリチュアルペインとは、将来を失うことにより現在の無意味を生む苦悩です。関係存在のスピリチュアルペインとは、他者との関係を失うことにより孤独・空虚の無意味を生む苦悩です。自律存在のスピリチュアルペインとは、自立と生産性を失うことにより無価値・無意味・負担・迷惑という苦しみを生む苦悩です。

それぞれの観点から苦痛を分析すると、スピリチュアルペインには表1に示す14項目が挙げられます。14項目それぞれのスピリチュアルペインの定義については、表3に示しています。

表1 スピリチュアルペインの14項目

スピリチュアルペインの14項目

がん終末期にある患者さんの事例

ここで病状進行のため自分のことができなくなってきたがん終末期にあるAさんの事例を示します。患者さんの訴えにどういったスピリチュアルペインが含まれているのか、一緒に考えていきましょう。

Aさんは、60代男性、膀胱がん終末期で在宅療養中。

肺・骨転移により、徐々にADLが低下しており、身の回りのことを自分1人で行うことは困難になりつつある。肺転移による症状は特になく、骨転移による痛みは鎮痛薬の調整で現在落ち着いている。家族は妻と高校生の長女との3人で、妻は訪問看護のサポートを受けながらパート勤務を継続。予後は1ヵ月程度の見通しであり、本人・家族ともに説明を受けている。

Aさんは、最近は特に何をすることもなく、黙ってベッドに臥床していることが多くなっていた。ある日、訪問看護師が排便調整のための処置を行い、Aさんの身の回りを整えていると、Aさんが「自分1人では何もできなくなってしまって…。家族にも、看護師さんたちにも迷惑かけるばかりで。こうやって横になって過ごすことしかできなくて、情けない。生きていても意味がない…。もう早く終わりにしたい」とうなだれながら語った。

訴えに内包されたスピリチュアルペイン

Aさんは、看護師に手を借りながら生活することを余儀なくされ、病状の進行に伴い日ごとに動けなくなっていく自身の状況を目の当たりにする中、非常につらい思いをされていることが分かります。そして、ご家族や看護師に迷惑をかけるだけでしかない自分には存在価値がなく、生きている意味が見出せない状況にあると推察されます。

すなわち、Aさんの苦悩は、自分で自分のことが思うようにできなくなっていく自己を無価値な存在として認識していることです。同時に、家族や看護師に迷惑をかけるだけの自分の生には意味がないと感じることによって現れる、自律性のスピリチュアルペインが生じていると考えられます。

また、Aさんは、負担でしかない自分の存在を日々支えてくれる妻や長女の愛情を感じていると思われる一方で、自分の現状を知り病状の悪化を自覚されています。そうした状況から、死をより間近に意識し、家族との別れが迫ってきていることも実感していると推測されます。Aさんの「情けない」との言葉からも、夫として、父親としての役割が果たせない虚無感や、申し訳なさ、孤独感によって現れる、関係性のスピリチュアルペインが生じていると考えられます。

そして、トイレにさえ1人で歩いていくことのできない自分の現実を目の当たりにする中で、死が迫っていることや、家族との別れが近づいていることを実感し、生きることへの無意味、無目的として感じています。Aさんの「生きていても意味がない…」との言葉は、それらのことによって現れる、時間性のスピリチュアルペインとして捉えることができます。

回復する見込みがなく、先の見えない状況に置かれているAさんは、このように究極の孤独の中にあることがわかります。今、生きていることの意味が見出せず、家族へ負担をかけないためにも、「いっそのこと早く終わりにしたい、早く死んでしまいたい」との苦悩としての叫びであると考えます。

体系化されたアセスメントで苦悩を捉える

スピリチュアルペインを把握し、ケアにつなげていくアセスメントの方法として、村田 久行氏による三次元の苦悩の内容を軸に、田村 恵子氏らが作成したスピリチュアルペインアセスメントシート(spiritual pain assessment sheet:SpiPas/スピパス)1)の質問があります(表2)。

事例に示されるような患者さんからの明らかな表出がなくとも、終末期にある患者さんと関わり始める初期の段階から、SpiPasのような体系立てたアセスメントを行います。それにより患者さんのニーズをタイムリーに把握し、ニーズを踏まえたケアを早期から提供することが可能となります。ただし、SpiPasは個々の患者さんの反応に合わせて展開していくものですので、用い方については十分に学んでから活用する必要があります。

表3にSpiPasによる特定の次元におけるスピリチュアルペインのアセスメントのための質問例と表現例を示します。

表2 SpiPasによるスクリーニングのための質問

SpiPasによるスクリーニングのための質問
文献2)より許諾を得て転載

表3 特定の次元のスピリチュアルペインをアセスメントするための医療者の質問例と患者さんの表現例

特定の次元のスピリチュアルペインをアセスメントするための医療者の質問例と患者さんの表現例
文献2)より許諾を得て転載


執筆:前滝 栄子
京都大学医学部附属病院 緩和ケアセンター
がん看護専門看護師
 
編集:株式会社照林社

【引用文献】
1)村田久行.末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア:アセスメントとケアのための概念的枠組みの構築.緩和医療学.2003,5,p.157-165.
2)田村恵子,森田達也,河正子編.『看護に活かすスピリチュアルケアの手引き』第2版,青海社,2017,p.145-146.

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