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悪性腹水の原因と対応【がん身体症状の緩和ケア】

緩和ケア がん身体症状

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)。痛みも落ち着き、倦怠感も以前ほどではなくなりました。しばらくは症状がうまくコントロールでき安定していましたが、最近、腹部の膨満感が出現するようになりました。在宅主治医によると、膵臓がんが腹膜に播種したがん性腹膜炎による腹水であろうとのこと。今回はがんの影響によって生じる腹水の緩和ケアについて解説していきます。

悪性腹水のメカニズムと緩和ケア

悪性腹水は進行がん患者においてしばしば見られる症状です。たまった腹水が少量であれば自覚症状はあまりありませんが、大量にたまると外観の変化やさまざまな自覚症状が出現します。主な症状は腹部膨満感や腹痛、胸やけ、悪心・嘔吐、食欲不振などです。

腹水がたまる原因には、滲出性と漏出性の2つがあるといわれています。例えば、がん性腹膜炎で腹水がたまるのは滲出性によるものです。腹膜上にがん細胞が拡散すると、それぞれのがん細胞の周囲で、がん細胞と戦うため炎症が起こります。この炎症の結果、滲出液と呼ばれる液体が出てきて腹腔内に蓄積されていきます。

漏出性の代表例は肝硬変やネフローゼです。腹膜自体に異常はなく、血液中のタンパク質濃度が低下することによって浸透圧が低下し、血管から水分が漏れ出し、腹腔内にたまってしまう状態です。この場合、利尿薬を使用して水分貯留を改善させることが少なくありません。

しかし、がん緩和ケアの現場では、どちらか一方のみが原因というよりは、これら2つが重なりあって腹水が生じるといわれています。どちらの原因が主体なのかはケース・バイ・ケースです。抗炎症薬としてのステロイドで症状が軽快するケースもあれば、利尿薬が有効なケースもあり、両者を組み合わせることもあります。

さて、訪問看護師であるあなたは、今日は在宅主治医に同行し、Aさんのご自宅に訪問しています。在宅主治医はAさんの腹部の状態を確認し、悪性腹水であることを確信したようです。

在宅主治医: 触診でも波動を感じますので、ほぼ腹水で間違いないと思います。次回は携帯型の腹部エコーを持参して詳しく検査してみましょう。

Aさん: 腹水ですか……。次から次へとおかしなことが起こるので不安です。どのようにすればよいのでしょうか?

あなた: 確かに次から次に嫌なことが起こりますよね。それでもAさんはこれまで一つひとつ、乗り越えてこられたと思います。Aさんのつらさが少しでも楽になるように私たちが協力しますので、つらいときは遠慮なく教えてください。

Aさん: はい、ありがとうございます。 

症状に応じて利尿薬の投与、腹腔穿刺を行う

在宅主治医: Aさん、まずはお腹に水がたまりにくくなるように利尿薬を使用しましょう。それでも水がたまり、苦痛が強いようであれば、お腹に針を刺して水を抜く治療もあります。腹部膨満感がすみやかに解消されるので、楽になる方は多いですよ。(利尿薬の使用については【ワンポイントメモ】「利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?」参照)

Aさん: そうなんですね。少し安心しました。今はそれほどつらくはないのですが、悪化したときにどうなるのかが不安でした。

あなた: 利尿薬が開始されるとトイレに行く回数が増えると思います。Aさん、トイレに行くのは大変ではないですか?

Aさん: 自分で歩いて行けるのですがよろけることがあるので、トイレにも手すりがあればいいのにと思うことはあります。

あなた: 確かにそうですね。ケアマネジャーさんに連絡して、手すりの設置を相談しましょう。ベッドの近くにトイレを置くこともできますが、それはいかがでしょうか?

Aさん: 手すりはお願いしたいのですが、ベッド脇のトイレはまだ必要ないと思います。

あなた: わかりました。

Aさんの自覚症状の程度や環境整備への要望を確認したところで、あなたと在宅主治医はAさんのお宅を後にしました。帰り道の途中で、あなたは気になっていた腹腔穿刺について医師にたずねました。

あなた: 先生、腹腔穿刺は在宅でも可能なのですか?

在宅主治医: もちろん可能です。腹部エコーで腹水がたまっている場所を確認してから、局所麻酔を行い、血管留置用のプラスチック留置針を用いて穿刺します。量が多いときには2Lほど抜けることもあります。

あなた: 処置のとき、私たちがお手伝いできることはありますか?

在宅主治医: 通常、腹腔穿刺は1時間程度かけて行います。最初の30分くらいは私たちも患者さんを観察していますが、それ以上の時間になるとほかの訪問診療があるので、ずっと付き添うことは厳しいのです。急激な腹腔穿刺中に血圧が下がることもありますので、患者さんの苦痛の確認とバイタルサインのチェックを行っていただくと助かります。訪問看護ステーションによっては、排液がなくなったことを確認し、留置針を抜いて消毒し、創処置をしてくれます。

あなた: 私たちも管理者と相談して、お手伝いしたいと思います。先生、もう1つ教えてください。抜いた腹水を処理して、体内に戻す治療があると聞いたことがあるのですが……。

CARTや腹腔静脈シャントについても知っておこう

在宅主治医: CART(cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)、腹水濾過濃縮再静注法のことですね。腹水を抜けるだけ抜いて、がん細胞や細菌などを取り除き、タンパク質(アルブミンやグロブリンなど)の有用成分を濃縮して体内に戻す治療です。一般には在宅ではできないので、通常は病院で1泊から2泊入院して行います。点滴をしながら腹水をできるだけたくさん抜きます。腹水のたまるスピードが速く、何回も穿刺が必要になるならAさんと相談してもよいかもしれませんね。

あなた: CARTはすべての病院が対応してくれるわけではありませんよね?

在宅主治医: それぞれの病院ごとに異なるのが実情ですが、一生懸命情熱を持ってCARTに取り組んでいる先生もいらっしゃいます。そんなドクターのことを知っておくことも大事かもしれませんね。

あなた: はい、わかりました。先生、いろいろと教えていただきありがとうございました。お引き止めして申し訳ありませんでした。

あなたはステーションに帰り、がん看護専門看護師の先輩Bさんにもう1つ気になる治療法があったので質問してみました。

あなた: 先輩、最近Aさんに腹水がたまるようになってきたのです。以前、何かの本で読んだことがあるのですが、お腹にカテーテルを埋め込んで静脈に戻すポンプのようなものがあるようなのです。この治療法について何かご存知ですか?

Bさん: それは腹腔静脈シャント、別名「Denver(デンバー)シャント」のことね。手術を行って、腹腔内と鎖骨下静脈を直接つなぐ特殊なカテーテルを埋め込むの。そのカテーテルには逆流防止弁が付いていて、腹水が静脈内へ流れるようになっているのよ。腹壁に固定した小さな風船状のポンプがあって、それを患者さん自身が何回も押し込むことで腹水がくみ上げられて静脈の中に押し込まれるの。

あなた: 大きな手術が必要になるのですね。

Bさん: そうなの。Aさんの今の状態では手術を行うことは難しいかもしれないわね。症例数も少ないから、がん性腹膜炎に対してこの治療を行うことに対してまだ評価が定まっていないのよ。がん細胞も静脈の中に入る可能性があるし、心臓にも負担がかかるかもしれない。

あなた: そう簡単にはできないことがよくわかりました。

苦痛症状の緩和には看護ケアの力を

Bさん: そうね。でもあなたがAさんに寄り添い、彼を支援することはまだまだできるはずよ。徐々に症状が進んできて、Aさんは不安を感じているはず。なるべく腹部膨満感が強くならないような食支援を行ったり、腹部が張っていても安楽に過ごせるような環境を整えたり、Aさんが少しでも安心して過ごせるように私たちにできることはたくさんあるわ。おそらくご家族もすごく不安を感じているのではないかしら。ご家族のケアをしっかりやっていくこともとても大切よ。

あなた: そうですね。Bさん、ありがとうございます。まだまだやれることがありますよね。もっとAさんとご家族に寄り添って1日1日が生活しやすいように援助していきます。

その後、Aさんは腹腔穿刺を数回行いました。全身の衰弱が進み、約1ヵ月後にご自宅で旅立たれました。オピオイド投与もうまくいき、大きな苦痛を感じることなく過ごされたことが、ご家族にとっての救いになっていたように思われました。担当訪問看護師であるあなたにとってもよい仕事ができ、大きな学びがあったケースとなりました。

【ワンポイントメモ】

利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?
確かに少し脱水気味になります。だからといって大量の輸液を行うと、逆に腹水が増えてしまうとの報告があります。また、がん緩和期では患者さんが乾いた状態(ドライサイド)で管理したほうが、より苦痛が少なくなるといわれています。ほかに胸水や気道分泌物が多い場合も輸液が多いと悪化すると指摘されています。その意味からも輸液を最小限にして、ドライサイドにしたほうが苦痛の軽減につながると考えられているのです。強い脱水や電解質異常で患者さんが苦しまないように、採血を行い、その程度を評価し、投薬量や投薬内容を調整します。


執筆:鈴木 央
鈴木内科医院 院長
 
●プロフィール
1987年 昭和大学医学部卒業
1999年 鈴木内科医院 副院長
2015年 鈴木内科医院 院長
 
鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。
 
編集:株式会社照林社

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