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政府も推進する「社会的処方」 定義&具体例 リンクワーカーは何をする?

「社会的処方」 定義&具体例

「社会的処方」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? この言葉は、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」(「骨太方針」)でも使用され、学会や論文でも目にする機会が増えました。孤独・孤立対策推進法も成立し、今後ますます医療や介護の場、さらに市民活動の現場においても耳にする機会は増えていくでしょう。注目されている「社会的処方」について、定義や具体例・課題をご紹介します。

社会的処方の定義

社会的処方(social prescribing)とは

「処方」と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは薬の処方だと思われますが、社会的処方は医療的な処置ではありません。患者や相談者を地域社会の活動・人物などにつなげることで生活を支援し、健康増進や生活の質(QOL)・ウェルビーイングの向上を目指す取り組みを「社会的処方」といいます。従来は主に医療者が行うものとされてきましたが、最新の定義では医療者以外の市民同士が社会資源とのつながりを利用して人を元気にする取り組みも社会的処方と呼ぶようになってきています。

昨今、心身の健康は生物学的要因以外でも健康の社会的決定要因(SDH=Social Determinants Of Health)、例えば貧困や住環境、友人・家族関係、そして孤立によって影響を受けるという考え方が広まってきています。

孤立に対応する社会的処方に関連する活動は、日本においても民間団体や自治体レベルで行われてきましたが、政策に組み込まれ始めたのは「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太方針2020)のころです。骨太方針2020では、社会的処方について以下のように定義されています。

かかりつけ医等が患者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組81についてモデル事業を実施する。
81 いわゆる「社会的処方」と呼ばれる取組。

内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf)より抜粋

社会的処方 発祥の地はイギリス

社会的処方の発祥はイギリスです。1980年代から自主的な活動としてスタートしていましたが、2006年にはイギリス保健省もその活動を紹介。国全体に関心が広がっていきました。社会的処方が外来診察・入院等を減らしたという調査報告もあり、2018年には補助金も準備され、孤独対応の政策のひとつとなったのです。

その結果、イギリス国内では社会的処方のネットワークが構築されており、GP(一般医・家庭医)が必要だと判断したら、専門の研修を受けた「リンクワーカー」と呼ばれる職種につなぎます。そしてリンクワーカーが、患者や相談者を地域の人やコミュニティにつながる役割を担っているのです。

日本における社会的処方の取り組み

近年、少子高齢化、核家族化や晩婚化、インターネットの普及など、さまざまな原因で人と人とのつながりが希薄になっています。家族や地域のコミュニティとの接触がない「社会的孤立」状態の人は増えており、社会問題になっています。「地域包括ケアシステム」「地域共生社会」の達成を目指す日本政府は、健康づくりや疾病の重症化予防に効果がみられるイギリスの社会的処方に注目しました。

そして、新型コロナウイルス感染症の蔓延をきっかけに、2021年には内閣官房に「孤独・孤立担当大臣」および「孤独・孤立対策担当室」が設置され、いくつかの都道府県において社会的処方のモデル事業を開始。政策の一環として社会的処方の運用が始まりました。2023年6月には「孤独・孤立対策推進法」が成立しています。

社会的処方の具体例とその特徴について

社会的処方の具体例

では、社会的処方とはどのような取り組みなのでしょうか。イメージするために具体例をみてみましょう。

例:

あなたは、「気力が湧かなくてつらい」と言っている50代女性Aさんに出会った。
夫婦二人暮らしで、夫以外の他者と関わる機会は月に数回という状況である。

この事例の場合、「つらいようだったら精神科の受診を」というアドバイスのみで終わるケースが多いかもしれませんが、社会的処方でのアプローチを考えてみます。

イギリスで社会的処方を推進しているSocial Prescribing Networkは、社会的処方の基本理念に以下の3つを挙げています。

  • 「人間中心性」:その人に合ったつなぎ先をみつけること
  • 「エンパワメント」:その人の持つ力を引き出すこと
  • 「共創」:その方に合う社会資源が地域コミュニティになくても、一緒に創っていこうという考えで動くこと

まったく症状や原因が同じ場合、医療の現場であれば処置や薬の処方箋は同じになるかもしれませんが、「人間中心性」「エンパワメント」を考慮すると、対象者に応じて社会的処方は変わってきます。その人の持つ力はなんなのかを知るためにも、押しつけがましいつなぎ方をしないためにも、すぐに解決策を示すのではなく、掘り下げてお話を聴いていきます。

以下のようなお話を聴けたとしましょう。

原因・状況を深掘りする
Aさんは、子どもが全員巣立ったことをきっかけに、喪失感や空虚感を抱くようになっていた。
子どもの成長とともに保護者同士の付き合いは減っており、ご近所付き合いは元々希薄。 子どもの教育費を稼ぐためにパートに出ていたが、更年期障害の症状が重かったことをきっかけに辞めている。
教育費の負担が減ったため経済的には困窮しておらず、就労の希望はない。
精神科を受診することに対しては抵抗感を持っており、「そこまでではない」と思っている。

その人の好きなこと・興味のあることを知る
「私には何のとりえもない」とAさんは言っていたが、自宅には猫の写真が飾ってあり、猫の小物がいくつか置かれていた。
「猫、お好きなんですか?」と聞くと、過去に猫を飼っていたこと、かわいかった様子を話してくれた。
今も猫は好きだが、夫の反対もあり再び飼うことは難しいとのこと。

次に、地域につなげられないかを考えていきます。「つなぎ先」は、人物、企業、行政、地域コミュニティなどさまざまで、現状は行われていない活動を提案するのもよいでしょう。この例では、「猫が好き」という点にピンときたあなたは、以下のような対応を取りました。

近所に保護猫カフェがあり、店番や猫のお世話をするボランティア募集の貼り紙があったことを思い出した。
Aさんにそれとなくそのことを伝えてみると、興味がある様子。
そのお店のオーナーに連絡をとり、Aさんを紹介。
Aさんは無理なく週に1回からボランティアを始めた。楽しくやりがいある活動や人・動物との出会いを通じて、生き生きした様子になった。

* * *

地域で孤立する人が増えている中、訪問看護師が利用者さんやそのご家族から、疾患・ケア以外の部分で相談に乗る場面も多いでしょう。社会的処方の取り組みは、ぜひチェックしておきたいところです。次回は、リンクワーカーを誰が担うか?といった課題をはじめ、日本に社会的処方のしくみを導入する際の問題点をみていきます。

>>次回の記事はこちら
社会的処方の課題&重要性 誰がリンクワーカーを担うか

監修: 西 智弘(にし・ともひろ)
西 智弘(にし・ともひろ)
医師/一般社団法人プラスケア代表理事/川崎市立井田病院腫瘍内科 部長(化学療法センター、内科兼務)
2005年北海道大学卒。2012年から中原区在住。日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医。川崎市立井田病院で「早期からの緩和ケア外来」を立ち上げ。2017年、神奈川県川崎市に「医療者と市民とが気軽につながることができる場所」をつくりたいとの思いのもと、「一般社団法人プラスケア」を設立。『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』など著書多数
 
一般社団法人プラスケア
神奈川県川崎市での「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を行っている。「社会的処方研究所オンラインコミュニティ」では、国内外の情報をシェアするほか、イベント・講演を実施。
URL:https://www.kosugipluscare.com/
 
執筆・編集: NsPace編集部

【参考】
西 智弘編著 『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(2020、学芸出版社)
〇澤 憲明他 「英国における社会的処方 社会疫学に関連した取り組み・研究と総合診療」
https://www.orangecross.or.jp/project/socialprescribing/pdf/socialprescribing_1st_02.pdf
2023/11/24閲覧
〇内閣官房「孤独・孤立対策の重点計画」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/juten_keikaku/r03/index.html
2023/11/24閲覧
〇内閣官房「孤独・孤立対策推進法」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/suisinhou/suisinhou.html
2023/11/24閲覧
〇内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf
2023/11/24閲覧
〇内閣府「経済財政運営と改革の基本方針 2021 日本の未来を拓く4つの原動力~グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策~」
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2021/2021_basicpolicies_ja.pdf
2023/11/24閲覧

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