インタビュー

在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現/福永興壱先生インタビュー

在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現

呼吸器内科の最前線でご活躍されると同時に、コロナ制圧タスクフォースの研究統括責任者も務める慶應義塾大学 福永興壱先生に特別インタビューを実施。今回は、呼吸器内科医をめざされたきっかけや在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法を受ける患者さんとの思い出深いお話をうかがいました。

慶應義塾大学医学部 呼吸器内科 教授
福永 興壱(ふくなが こういち)先生

福永 興壱(ふくなが こういち)先生1
1994年に慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学大学病院研修医(内科学教室)、東京大学大学院生化学分子細胞生物学講座研究員、慶應義塾大学病院専修医(内科学教室)、独立行政法人国立病院機構南横浜病院医員、米国ハーバード大学医学部Brigham Women’s Hospital博士研究員、埼玉社会保険病院(現:埼玉メディカルセンター)内科医長、慶應義塾大学医学部呼吸器内科助教、専任講師、准教授を歴任。2019年6月に教授に就任し、2021年9月より同大学病院副病院長を兼任。2023年現在、日本で結成されたコロナ制圧タスクフォースの第二代研究統括責任者を務める。

呼吸器内科のエキスパートとして臨床・研究に邁進

―まずは、先生が呼吸器内科に進まれたきっかけを教えてください。

元々は地域に根ざした医療を志して進んだ医学部でしたが、初期研修が始まり、最初に配属されたのが呼吸器内科でした。その際、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺がん、肺炎など幅広い疾患を経験でき、急性期から慢性期まで診られることにやりがいを感じたんです。また、当時は医局員の数も少なく、小規模ゆえにチームとしての一体感がありました。熱意ある先輩医師たちが、1人の患者さんに対して一生懸命ケアする姿を見て、呼吸器内科に進もうと決意しました。

―東京大学やハーバード大学の研究室ではどのような研究をされていたのですか。

喘息をはじめとする炎症性肺疾患の病態解明や、新しい治療法の確立につながるようなテーマに取り組んでいました。

人間の体内では常に炎症が起こっていますが、生体内の恒常性の維持(ホメオスタシス)によって、炎症を起こした後、正常な状態に戻ります。炎症がそのまま継続すれば恒常性が破綻し、病気になってしまいます。ハーバード大学では、この恒常性を維持するしくみに関する研究に携わりました。人間は体内で「炎症を起こす物質」と「炎症を抑える物質」の両方をつくることができ、それらが生体内の恒常性のバランス保持に貢献していることが分かったのです。これはハーバード大学で得られた大きな成果だと思っています。

福永 興壱(ふくなが こういち)先生2

―福永先生は、現在副院長として病院経営にも携わっていらっしゃいますが、最新のお取り組みについて教えてください。

病診連携の一環として、退院調整をいかにスムーズに行うか、というところに課題があります。最近では、IT化を検討し、株式会社3Sunny(スリーサニー)が提供するオンライン上で入退院の調整業務ができる「CAREBOOK」というシステムを導入しました。また、医師の働き方改善も急ピッチで進めていかねばなりません。私は院内の「医師の働き方改革プロジェクト」を担当しているのですが、医療・介護機関向けのマネジメントシステム事業を展開する株式会社エピグノとともに、現在医師シフト管理システムの共同開発を行っているところです。

HOT導入で患者さんの療養生活の変化を実感

―先生はさまざまな呼吸器疾患の患者さんを診てこられたと思います。これまでの患者さんへの治療で印象に残っているケースを教えてください。

私がまだ指導医だったころの話です。間質性肺炎が重症化し、どんどん酸素の流量が上がってしまった患者さん(60代、男性)がいました。その方が「家に戻りたい」と希望され、私たちも何とかご自宅に帰れるようにサポートすべく、在宅酸素療法(HOT)を導入することに。この患者さんの場合、酸素機器1台では酸素流量が足りないという課題があり、最終的には2台接続して流量を上げ、ご自宅に戻っていただくことができたという思い出があります。

HOTが普及する前は、病院の中央配管から酸素を供給されている患者さんは「家に帰れないのが当たり前」と考えられていました。それが、HOTという治療法を導入すればご自宅に帰すことができる。患者さんのご家族にも喜んでいただき、病院ではなくご自宅で最期を過ごしてもらえたというのは、当時の私にとってHOTの意義を痛感した出来事でした。「自宅に帰りたい」と強く希望される患者さんにHOTは大きなメリットになると感じました。

現在はネーザルハイフローという高流量の酸素投与システムがあるので、今ならそちらを使用しますね。でも、高流量の酸素が必要な方でも在宅に切り替えることができたのは、当時としては画期的でした。

訪問診療や訪問看護の存在も大きいですね。患者さんのご要望を踏まえて「自宅に帰す」という選択肢を考えても、病状の急変を懸念して迷うこともあります。在宅医や訪問看護師さんたちがしっかりと患者さんをみてくれるという安心感があったからこそ、はじめて「自宅に帰す」という選択肢が生まれたと思います。

また、結核病棟のある国立病院で働いていたときには、当時登場したばかりのNPPVの効果に驚かされたこともあります。肺結核後遺症で二酸化炭素(CO₂)が体内に蓄積し、危険な状態に陥った患者さんにNPPVを導入したところ、CO₂の値がよくなり、一度はご自宅に戻っていただくことができました。その患者さんは気管挿管をしない方針だったので悩んだのですが、NPPVという新しい治療法の効果を目の当たりにして、人工呼吸療法の発展を実感しました。

HOT患者さんが地域で支援されていることを実感

―昨今、地域包括ケアシステムの推進により、在宅医療の充実が図られていますが、先生が大学病院で診療を行う中で感じている変化を教えてください。

そうですね、大学病院で診るHOT患者さんの数が減っているのではないかと感じています。感覚的にですが、以前はかなり多くの患者さんが酸素を持って通院されている印象がありました。だからと言って在宅酸素療法を受けている患者さんの数が減っているわけでなく、実際は漸増傾向にあります。

その背景には、地域連携の基盤づくりが大きく進んだことがあるのではないでしょうか。わざわざ大学病院に行かなくても、在宅医の先生が月に一度訪問診療を行い、訪問看護師の皆さんが援助や指導をしっかり行っている実態があると考えています。まさに在宅医療の充実ですね。在宅酸素を管理する軸が、これまでは大学病院や基幹病院だったのが、患者さんの家の近くにある診療所やクリニックへとシフトしてきた。それを支えているのは現場の在宅医、訪問看護師さんたちの働きであり、その積み重ねで少しずつ患者さんの療養生活を地域で支えるシステムが構築されてきたのではないでしょうか。このことは、在宅酸素の40年近くの歴史における大きな成果であると実感しています。

―ありがとうございました。次回は災害時において訪問看護師さんに期待することについてうかがいます。

>>後編はこちら
災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待/福永興壱先生インタビュー


取材・執筆・編集:株式会社照林社

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