人材採用難に立ち向かうために~訪問看護と病院看護の決定的な違いとは~
エキスパート三者が訪問看護業界での人材戦略を考える特別トークセッションを、今回から4回シリーズでお届けします。第1回の論点は、厳しい状況が続く早期離職・人材採用難に、訪問看護管理者はいかに立ち向かえるのか。解決への手がかりを探ります。
落合実
ウィル訪問看護ステーション相談支援チーム、2016年緩和ケア認定看護師教育課程修了。ウィル株式会社を有志と共同設立。現在はウィル株式会社の取締役とあわせ、同社のフランチャイズ事業所の経営者でもある。
乾文良
株式会社エピグノ代表取締役CEO。医療介護分野に特化した人材マネジメントシステムを、開発・販売・運用している。MBA。
中原淳
立教大学経営学部教授。専門は人材開および組織開発。立教大学大学院経営学研究科経営学専攻リーダーシップ開発コース主査。立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長。
目次
訪問看護業界は人員確保が大きな課題
─ 訪問看護ステーションの休廃止数は2020年で781事業所1)。休廃止の理由として過去の調査2)では、利用者獲得に関する要因に次いで、従業者確保や管理者不足といった人的要因が上位にあがっています。また、5人以下の小規模事業所が62.9%3)と、規模がきわめて小さい事業所が大半を占めることも訪問看護業界の特徴です。
乾さんは、医療・介護といったヘルスケア領域に向けて、エンゲージメント評価のシステムを提供されていますね。訪問看護の世界はどのように見えていますか。
乾: エピグノは、病院や在宅医療、訪問看護、介護の領域で支援を提供していますが、ヘルスケア領域のなかでもそれぞれ業界の特徴があります。訪問看護師さんは、心理的な安全性が担保されにくい職場環境なのかなと感じます。病院や介護施設と比べても、訪問看護はたとえば退職率の高さがかなり深刻です。
退職と採用のループは組織を疲弊させる
中原: 採用しては辞めて……が続くと、組織がどんどん傷んで、疲弊してしまう。そんな状況になってくると、「採用してはすぐ辞める」のループで、採用費だけが膨らんでいきますね。
─ そうですね。1人の採用費を回収するのに1年かかるのに、早期退職が続いてしまう。そんなことを繰り返されている事業所さんも多いのかなと思いますが、落合さん、いかがですか?
落合: そのとおりだと思います。実はもっと深刻な状況も多くて、だんだんと辞めていくのではなく、1人辞めると「もう危ない」と、一斉退職が起こる。
中原: 退職は「伝染」します。一斉退職、どこの世界でも、あるあるですね。
訪問看護の職場環境は早期離職につながりやすい側面がある
乾: 私たちは、個々人のエンゲージメントやモチベーションの状態を細部にわたって測定していまして、訪問看護業界は特に「自信の高さ」が低い傾向があります。
訪問看護師さんは、病院で研鑽を積まれてから訪問看護に移られるのが一般的ですから、病院と訪問看護とのギャップが大きな要因ではないかと思っています。病院であれば他職種ふくめて周りに多くの同僚がいるけれど、訪問看護師さんはひとりで利用者さんのもとに行く。さらに、訪問看護は小規模事業所が大半で、教育の余裕もなく、入ったらほぼすぐに「ひとりで行ってこい」になる。
訪問看護に飛び込んだ人は、病院とは当然違う環境で、ひとりで利用者さんに対峙しなくてはいけません。そんななかで「本当にこのやりかたでいいんだっけ」「この意思決定でいいんだっけ」という悩みや不安感が、訪問看護師さんには多いなと感じます。
中原: ひとりで仕事をする環境では、フィードバックが働かないし、顧客との関係が悪化すればブラックボックス化する。見える化してうまくマネジメントでケアしないと、あっという間に早期離職にもなりえますね。
営業から人事までを担う、管理者にかかる負荷の大きさ
落合: 訪問看護事業所は、常勤換算で2.5人を満たせないと休止しないといけない。経営者が2.5人を集めることに必死になりがちな構造です。そうなると、定着どころではない。「採用費をどーんと使って3人にしたけれど、3人とも辞めることが決まっている」とか、「いついつには1人辞めてしまって2人になるから何が何でも人を入れないといけない」とか、ずっとそんな状況に追い立てられている印象がすごくあります。
中原: ここまで聞いて真っ先に思ったんですが、これは外の世界からみたら「無理ゲー(クリアが無理なゲーム)」に見えると思いますよ。いわゆる採用―育成―職場改善―離職防止を、経営者や管理者がひとりで実践するのは「無理ゲー」じゃないですか? いや、皆さんとても頑張っておられるのだと思いますが、外の世界からみたら、不思議です。なぜ、ひとりで取り組む「しくみ」になっているのか。分担するしくみや仕掛けはつくられないのか、と。
やるべきことが、本当に、たくさんありますね。採用でプール(将来の採用候補者をためておく)を増やすことと、育成のしくみを整えること。それと、ブラックボックスになりやすい職場・働きかたを、見える化していきながら、エンゲージメントがど低くならないように何とかマネジメントすることかな。……とは思いましたけど、そもそもの枠組みがすごく厳しいですね。
1.顧客(利用者)開拓
2.顧客(利用者)へのサービス提供
3.従業員採用
4.離職防止(育成)
を管理者が全部やる。そしておそらく、管理者はプレイヤーのひとりとして訪問もやっているんですよね。
─ はい、そのとおりです。管理者はマネージングプレイヤーの典型例といえると思います。
中原: これはかなりビジネス的に厳しい状況ですね。一つでも落とすと危うくて、二つ落とせば確実に詰む。
厳しいなかでも、まずはどういうところが最も深刻な障壁になっているのか。そこから解決の道が見えるかもしれませんね。「こうなると事業が回らなくなる、人が回らなくなる」の典型的なパターンがありそうに思えますが、落合さんどうですか。
訪問看護と病院看護とは根幹のルールが大きく異なっている
落合: 病院看護と訪問看護とでは、売上に対して看護師がどう貢献するかが完全に異なるんです。にもかかわらず、そのようにルールが変わっていることを、マネジャーが説明できているかというと、やや怪しい。
少し語弊があるかもしれませんが、病院での看護師は、おもに直接の売上を上げる職種ではない、いわゆる間接部門なんです。売上に直接関与できるのは医師であって、医師の働きで病院にお金が入り、看護師は医師の稼ぎを支えるという収益構造です。ですから病院だと、経営面でみれば、看護師は若いほうがいい。人件費が安いからです。
一方、訪問看護での収益構造では、看護師の働きがそのまま売上です。目的は治療ではなく療養であるところも違いますが、どうやって報酬を得るかの点でも、病院看護の延長線上には訪問看護はない。
大きくゲームチェンジが起こっているんですが、病院から訪問看護にやってきた人に、そんなルール変更の説明もせず(できず)、目の前のOJTだけに終止しているように見えます。それが失敗の原因なんではないかなと。
中原: なるほど、興味深いですね。病院看護をやってきて訪問看護に来る人が多いから、そのキャリア上の連続性と、仕事の連続性を同一視してしまうのが、つまずきの大元。その間には断絶があり、もう完全に違う仕事をやる覚悟を持てるぐらいのアンラーニング注1が必要だということですね。
注1:通用しなくなった知識や常識を捨てて、新たに学び直すこと
「訪問看護は未開の地」は、事実と一致しない神話である
落合: それに加えて、かなり誤解もあると思っています。
乾さんのはじめの言葉は間違いではなくて、訪問看護はひとりで訪問する。でも、病棟看護もひとりなんです。ベッドサイドに行くのはひとりで、何かあったら相談する。エマージェンシーが起こったら応援を呼ぶ。病院でも在宅でも、ベッドサイドにいるのはひとりであって、それは一緒なんですよ。
もっと言うと、在宅には家に帰っていい人か、家で亡くなる覚悟を持った人しかいないんです。なのになぜか、高度医療を24時間365日支えている大学病院の看護師は、新卒も多くて年齢は若い。家に帰っていい人か、家に帰ると覚悟を決めた人しかいない在宅看護は、新卒には務まらなくて40歳代のベテランじゃないと支えられないと思われている。これも結構な勘違いだと。
中原: うん、なるほど。
落合: 病院看護がすごく完成された場所で、訪問看護は未開の地のような、事実ではない価値観もあるなと思います。
中原: おそらく長い間かけて作られてきた「神話」みたいなものですね。そう伝えられてきて、多くの人が信じてしまっているけれど、今のリアルと必ずしも一致しない。そういったものは解除する必要がありますね。
>>次回「学び直しの機会を提供することが重要」はこちら
落合実 18歳から有床診療所、大学病院、訪問看護ステーションと、働く場所を移しつつ一貫して臨床看護に携わる。現在は、福岡にUターン移住し、ウィル訪問看護ステーション福岡の経営と現場を継続しながら、医療法人や社会福祉法人、ヘルステック系企業のコンサルティングも提供。ウィル株式会社は、訪問看護ステーション事業とフランチャイズ展開のほか、記録システムの開発・販売、採用支援、eラーニング開発・支援などを手掛けている。「スイミー」で小さな魚が集まって苦境を乗り越えられたように、皆で集まることでナレッジシェアができる組織を目指している。 乾文良 大手ITシステム会社、商社勤務を経て、2016年に株式会社エピグノを共同創業。エピグノで開発・販売している人材マネジメントシステムは、医療・介護領域に特化している日本初の製品であり、モチベーションやエンゲージメントを測定することが特長。エンゲージメントやモチベーション状態が具体的な指標にもとづいて測定され、その見える化を通し、組織と経営両面の健全化を図ることができる。 中原淳 「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発、組織開発について研究している。著書に、「職場学習論」「経営学習論」「人材開発研究大全」(東京大学出版会)、「組織開発の探究」(中村和彦氏との共著、ダイヤモンド社)、「研修開発入門」「『研修評価』の教科書」(ダイヤモンド社)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)、「残業学」(パーソル総合研究所との共著、光文社新書)、「フィードバック入門」「サーベイ・フィードバック入門」「話し合いの作法」(以上、PHP研究所)など多数。 記事編集:株式会社メディカ出版 |
【参考】
1)全国訪問看護事業協会訪問看護ステーション数調査
2)全国訪問看護事業協会.「訪問看護ステーションのサービス提供の在り方に関する調査研究事業」2004.
3)「第13回8次医療計画等に関する検討会」資料2.厚生労働省,2022.
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000979702.pdf
2022/12/15閲覧