2023年12月12日
【医師に聞く】地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療を~
埼玉県上尾市の中核病院である、上尾中央総合病院で循環器内科医として働く小橋啓一先生。先生のお父様が開業するクリニックもあり、上尾は幼いころから縁のある土地です。現在は地域医療ネットワークの担当として循環器内科の訪問診療を行っており、訪問看護師ともかかわっています。今回は、小橋先生の地域医療への想いとともに、上尾中央総合病院の取り組みについてもお話をうかがいました。
小橋 啓一(こはし・けいいち)先生上尾中央総合病院 循環器内科 副科長上尾市立平方北小学校を卒業。2004年日本医科大学卒業、同大付属病院にて初期研修を修了後、同大第一内科入局。同愛記念病院循環器内科、静岡医療センター循環器内科、日本医科大学多摩永山病院内科・循環器内科を経て2018年5月より現職。専門は虚血性心疾患。日本循環器学会循環器専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本内科学会総合内科専門医。
上尾の患者さんに寄り添った医療を
ーまずは先生がご担当されている業務について教えてください。
36年前、私が10歳のときに父が上尾市でクリニックを開業しました。そのクリニックをいずれ継ぐことを視野に、現在は上尾中央総合病院で循環器内科の副科長と兼任して、循環器の地域医療ネットワークの担当をしています。プレホスピタル12誘導心電図伝送システム(詳しくは後述)の普及活動と、循環器の訪問診療を行っています。
上尾中央総合病院
ー循環器専門医としてこの地域で医療を提供されていることに関して、先生の想いを聞かせていただけますか?
専門医だからといって、特別なことをしているという認識はありません。ここは私自身の地元ですし、父も現役で働いているとはいえ高齢ですから、実家のほうから救急車が来ると他人事とは思えないんです。地域で暮らしている方を、自然と自分の家族のように感じることができる。これが、救急医療においても訪問診療においても非常にプラスになっていると思います。
手術中の小橋先生(右)
患者さんの小さな変化に看護師さんが気づく
ー訪問診療ではどのようなことを意識されていますか?
訪問診療でできることは採血と身体所見を取ること、簡易の心臓エコーなどに限られます。それでも、毎回患者さんを診て、訴えを聞いて、薬を飲んでもらって……という、医師が昔からやっていたことをきちんと行うことを意識しています。これができれば、慢性疾患である心不全の予後はある程度コントロールできるのだと実感しています。
基幹病院のような大きなところで働いていると、最新の検査機器や新しい薬などに目が行きがちですが、そういった特別なものがなくても、できることはたくさんあると思っています。
ー訪問看護師とのかかわりについても教えてください。
訪問診療と訪問看護は交代で患者さんのところに伺っており、交換日記のようなコミュニケーションが多いため、私が普段直接会話をする機会はあまり多くありません。でも、訪問看護師さんたちに支えられていることは日々実感しています。
当院の場合、実施しているのは定期的な訪問診療のみで、急な往診には対応していないため、患者さんに何かあったら、まず訪問看護ステーションに連絡が入ります。訪問看護師さんたちが普段から患者さんの様子を把握し、小さな変化にも気づいて適切なアドバイスをくれるおかげで、状態が悪くなる前に微調整でき、結果的に入院を避けられているんです。当院でも訪問看護師さんとの連絡窓口には専属の看護師を配置しており、患者さんと信頼関係を築いていますので、円滑に連携できていると思います。
地域の医療機関との連携で環境が改善
ー上尾市や近隣自治体の医療機関とはどのように連携していますか?
上尾中央総合病院では2020年9月から循環器内科の訪問診療を始めました。当初は、我々が訪問することで入院期間を短縮できたり、患者さんが自宅で過ごせたりするケースを増やしたいと思っていました。でも、最近は地域の先生方との連携もスムーズに行えるようになり、往診対応もできる地域の医療機関に患者さんを紹介するケースが増えています。
訪問診療に切り替える目的は、必ずしも寿命を延ばすことではありません。患者さんが苦しくないようにしたり、最期の時間をご家族と過ごせるようにしたりすることも大切な目的です。また、もちろん訪問診療から外来通院に戻すこともできます。地域の先生方ともより連携を密にしていき、患者さんやご家族が安心できる環境を整えたいと思っています。
モービルCCUの導入で地域の医療が向上
ー上尾中央総合病院で導入しているモービルCCUについて詳しく教えてください。
当院では2018年から心臓病専用救急車「モービルCCU」を1台導入しており、専属の運転手と医師・看護師・臨床工学技士の4人で地域のクリニックに患者さんを迎えに行っています。
開業医の先生としては、診療時間中に救急車を呼ぶと、医師の同乗が必要となる場合があるため外来が止まるという負担があります。そのため、「細かい診療情報は後からでいいので、開業医の先生が急患だと判断したら私たちが迎えに行きます」というスタンスでやっています。稼働は日中の時間帯に限られていますが、ニーズの8割くらいはカバーできているのではないでしょうか。地域の先生方にも喜んでいただいているようです。
ー先生が現在力を入れていらっしゃるプレホスピタル12誘導心電図伝送システムについても教えていただけますでしょうか。
救急車内で救急隊員さんが心電図を取ってクラウド上にアップし、患者さんが病院に着く前に医師が心電図の波形を直接読影して診断するというのがプレホスピタル12誘導心電図伝送システムです。当院では2017年からスタートして、2023年6月に、累計1,000件になりました。
このシステムを導入したことで、当院における急性心筋梗塞の患者さんの30日死亡率が減少したというデータが得られ、論文として発表することができました。現状は近隣自治体の消防本部(上尾・伊奈・県央広域(桶川・北本・鴻巣))の救急車8台だけにこのシステムが入っているので、もっと広く普及できればと思っています。
送ってもらった心電図は全例フィードバックしているので、救急隊員さんにも喜んでいただいています。救急隊の皆さんは心電図読影に対して情熱を持って臨んでくださっており、読影力も上がっているんです。そういった経緯もあり、上尾市消防本部からは救急車全台に搭載したいと要望をいただいています。当院をきっかけにして、上尾市だけではなく、埼玉県や全国まで、公的なシステムを変えられたら嬉しいですね。
「患者さんが自分の家族だったら」と考えて
ー最後に、訪問看護師さんに向けて、メッセージをお願いいたします。
私たち医師は本当に訪問看護師さんたちに助けてもらっていて、地域で訪問診療をしている先生方も口をそろえて「訪問看護師さんがいないと成り立たない」とおっしゃいます。
訪問看護ではカバーする疾患の範囲が広いので、基本的な勉強は必要ですが、結局は「この患者さんが自分の家族だったらどうするか」と考えて対応するしか正解はないと思っています。これは私も普段から心掛けていることです。ただ、疑問に思ったことはそのままにせず、私たち医師を有効に使っていただきたいです。それが私たちのためにもなりますし、何より患者さんのためになります。
訪問看護師さんが患者さんを一番知っているわけですから、そこは自信を持って患者さんと向き合っていただきたいですね。それが結果として最善の医療になるのだと思っています。
※本記事は、2023年10月の取材時点の情報をもとに構成しています。
取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア