2023年11月21日
高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】
2023年8月25日、9月8日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「超高齢社会における栄養ケアマネジメント~通所施設や在宅における低栄養への挑戦~」。ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーとの共催でお届けしました。登壇してくださったのは、高齢者の栄養管理を専門とする医師の吉田 貞夫先生。訪問看護師が知っておきたい利用者さんの食事、栄養摂取に関する知識を紹介いただきました。
今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、低栄養が高齢者に与える影響や栄養管理の考え方、ノウハウをまとめます。
※約45分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。
【講師】吉田 貞夫先生ちゅうざん病院 副院長/沖縄大学 客員教授、金城大学 客員教授高齢者医療、高齢者の栄養管理、認知症ケアなどを専門とする医師・医学博士。日本静脈経腸栄養学会 認定医、日本病態栄養学会 専門医、日本臨床栄養学会 指導医をはじめ、数多くの資格を取得。栄養経営実践協会の理事も務める。医師として患者の診療にあたるかたわら、全国で年間80件以上の講演も行っている。
サルコペニア、フレイルと低栄養の関係性
超高齢社会を迎えた今、低栄養と高齢者のサルコペニア、フレイルとの関係がますます注目されています。最初に、サルコペニアとフレイルについて簡単にご説明しましょう。
サルコペニア筋力が落ち、筋肉量も減少して、日常生活に必要なさまざまな身体機能が低下した状態のことをいいます。「筋力の低下」「骨格筋量の減少」「身体機能の低下」という3つの要素があると覚えてください。サルコペニアになると、転倒や骨折、ADL低下、肺炎のリスクが高まります。フレイル運動能力が低下した虚弱な状態。転倒や骨折、ひいては入院、死亡リスクも高まります。
低栄養は、こうしたサルコペニア、フレイルにつながる可能性があり、早期発見することが重要です。しかし、筋肉量を測らずに低栄養の判定をすると、検出率が半分ほどに減ってしまうことがわかっています。
近年、GLIM(低栄養診断国際基準)でも、サルコペニアの判定をする上で、骨格筋量の評価がより重要視されています。そこで、血液検査の値(血清クレアチニンとシスタチンC)を使って骨格筋量を計算し、サルコペニアや低栄養をもっと簡単に測定*できるよう研究開発しました。
ただ、専用の機械がない訪問看護の現場で筋肉量を測るのはなかなか難しいもの。そんなときは、人間の体の中で最も筋肉の割合が多い部位である「ふくらはぎ」の周囲長を測ってみてください。周囲長が減っている場合は、全身の筋肉量が減っていると判断できます。この方法は、サルコペニアの可能性の有無を判断する場面でも活用できます。
ふくらはぎ測定基準
男性 女性 ふくらはぎ周囲長(cm)<33 <32
※BMIが25~30(kg/m2)の場合は測定値から3㎝を引く。BMIが30(kg/m2)以上の場合は測定値から7㎝を引く。*参照元:Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients, Clinical Nutrition ESPENhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35331529/
事例で考える栄養管理の方法
ここで具体的な事例を挙げて、栄養管理のアプローチについて考えてみましょう。60代後半の男性、Aさんの事例です。
モデルケース:Aさん脳梗塞を発症した60代後半の男性。現在の体重は52kg。リハビリテーションに取り組み、自宅に帰りたいと考えている。
Aさんに必要なエネルギー量
Aさんの1日に必要なエネルギー量は、1日安静にしていたとしても1,300kcalに上ります。リハビリテーションに取り組んだ場合はプラス250kcal、点滴で栄養を摂取していた期間に減ってしまった体重を戻そうとする場合はさらにプラス500kcalをとらなければなりません。つまり、1日あたり合計2,050kcalを摂取する必要があります。
Aさんが抱える栄養摂取の課題
しかし、Aさんはおかゆをはじめとした嚥下調整食を食べています。嚥下調整食は水分が多いため、その分容積が大きくなり、頑張って食べても1日に1,200kcalをとるのが限界です。このような低栄養の状態が続くと、サルコペニアが進行し、ADLは低下。嚥下機能もさらに悪化し、誤飲性肺炎を起こしたり、食事をとれなくなったりといったリスクも高まってしまいます。
Aさんへの栄養管理のアプローチ
そこで、まずは2,050kcalから体重を戻す分のエネルギー量を引いた1,550kcalを最低でもとることを目指します。そのための方法としては、訓練をして食形態を上げること。食事の水分量が減れば、食べられる量が増えます。それから、ゼリーやドリンクなどの補助食品を使うのも効果的です。
食べる目的に応じて内容を変えて
栄養管理の内容は、その利用者さんの「食べる目的」をふまえて検討します。体調の改善を目指す方、現状を維持したい方、看取りフェーズに入っている方。食べる目的が異なれば、食事内容やリハビリテーションの実施の有無が変わってきます。
改善を目指す方先ほど挙げた事例のAさんのように、今より元気になりたい方は「摂取量>必要量」のバランスになるようエネルギーをとる必要があります。食形態を変えるリハビリテーションを継続し、栄養補助食品、MCT(中鎖脂肪酸)や粉末たんぱく質を併用しましょう。現状を維持したい方現在の体の状態をキープしたい方は、「摂取量≒必要量」になるようにエネルギーをとれれば問題ありません。ただし、体重が減少していないかこまめに観察してください。栄養補助食品を使うこともありますが、長く継続できるかどうか考えて提案しなければなりません。看取りフェーズの方エネルギー摂取の目標は「摂取量≒必要量」ですが、最も優先すべきは利用者さん、ご家族のご希望です。ニーズを見極め、また継続可能な栄養管理の方法を模索して提案します。
なお、栄養管理にぜひ活用してほしいのが、「中鎖脂肪酸」や上記でも触れている「栄養補助食品」です。
食欲改善効果が期待できる中鎖脂肪酸
中鎖脂肪酸は、近年人気が高まっているココナッツオイルの主成分で、低栄養の方にぜひ摂取してほしい成分です。理由は、食欲を亢進させる消化管ホルモン「グレリン」は中鎖脂肪酸と結合することで活性型になるため。つまり、中鎖脂肪酸をとれば、食欲を改善させられるかもしれません。
栄養補助食品を使う場合、1ヵ月は継続を
低栄養の方の栄養管理によく使われる栄養補助食品は、摂取期間に注意してください。「認知症患者の栄養に関するESPENガイドライン」によると、栄養補助食品の使用を開始したら、栄養状態に改善傾向が見られても1ヵ月間は続けたほうがよいとされています。「栄養状態が悪くなる前」の状態にまでしっかりと戻してから使用をストップしましょう。
ICTを活用した栄養指導
栄養指導は、管理栄養士が行うのが理想的です。しかし、管理栄養士が在籍していない訪問看護ステーションはまだまだ多く、専門家による栄養指導を受けられないケースは珍しくありません。そこで活躍するのが、「ICTを活用した遠隔栄養指導」です。私も、遠隔診療が始まる以前の2013年頃、沖縄県栄養士会が共同で「遠隔栄養指導のモデル事業」を実施しました。今後、全国で遠隔栄養指導のしくみがどんどん構築されていくことを願っています。
>>後編はこちら高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~【セミナーレポート後編】
執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア
【参考】〇Sadao Yoshida , Yuki Nakayama , Juri Nakayama , Nobumasa Chijiiwa & Takahiro Ogawa .(2022). Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients. Clin Nutr ESPEN , 48:456-463. DOI: 10.1016/j.clnesp.2021.12.027〇Dorothee Volkert , Michael Chourdakis , Gerd Faxen-Irving , Thomas Frühwald , Francesco Landi , Merja H Suominen 6,…&Stéphane M Schneider. (2015). ESPEN guidelines on nutrition in dementia. Practice Guideline, Clin Nutr. 2015 Dec;34(6):1052-73. DOI: 10.1016/j.clnu.2015.09.004