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訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2023年11月7日
2023年11月7日

訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】

2023年8月18日に開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護の夜間緊急対応~頭が痛い!待てる?待てない?~」。訪問看護の現場で活躍する診療看護師の坂本未希さんを講師に迎え、頭痛を訴える利用者さんのトリアージに必要な知識を、ケーススタディを交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、訪問看護におけるトリアージの考え方や、頭痛の種類とその見分け方などをまとめました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】坂本 未希さん看護師、保健師/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所属宮城大学 看護学部看護学科を卒業後、長崎県の病院での勤務を経て、訪問看護に携わるべくウィル訪問看護ステーション江戸川に入職する。訪問看護師として勤務する傍ら、国際医療福祉大学大学院に進学し、2019年3月には修士課程を修了。診療看護師の資格を取得した。 訪問看護におけるトリアージとは トリアージとは、疾患の重症度や緊急度に基づいて治療の優先度を決定し、選別を行うことです。もう少し噛み砕いて説明すると、「患者さんに必要な医療を提供できる臨床スタッフに繋ぐ」ことを指します。 救急の現場では重症度や緊急度に応じて優先順位をつけることが重視されますが、訪問看護現場におけるトリアージでは、「ご家族で対応可能か」「自分たち看護師で対応可能か」「診療所や病院に対応してもらうべきか」を見極めることが大切です。 今回は、頭痛を訴える利用者さんのトリアージについて考えていきましょう。 頭痛の種類 利用者さんから頭痛を訴える連絡が入ったときは、まず「一次性頭痛」か「二次性頭痛」かを判断します。 一次性頭痛頭痛の原因となる疾患がないもので、具体的には片頭痛や緊張性頭痛、群発頭痛の3つがあります。二次性頭痛に比べて緊急性は低いです。 二次性頭痛何らかの疾患があり、その結果として起こる頭痛です。原因となる疾患はさまざまで、代表例としてはくも膜下出血や髄膜炎、急性緑内障が挙げられます。 続いて、上記2種類の頭痛の特徴についてより詳しくご紹介します。 二次性頭痛の特徴と見分け方 まず、緊急性の高い二次性頭痛からお伝えします。危険な疾患の症状として現れる二次性頭痛は、特に見逃せません。先に代表例として挙げたくも膜下出血や髄膜炎は、診断・治療の遅れが命に関わるため、早期発見・治療が必須。緑内障は死には至らないものの、失明する可能性があり、機能的予後が重篤な疾患です。 これらの頭痛は、いずれも「圧」がキーになります。くも膜下出血と髄膜炎は急激な頭蓋内圧の亢進が、緑内障では眼圧の亢進が痛みを引き起こすのが特徴です。 くも膜下出血、髄膜炎の判断基準 くも膜下出血と髄膜炎では、多くの場合「髄膜刺激徴候」が見られます。代表的なのが項部硬直で、首を支えて頭部を持ち上げようとしても、硬直しているため頭部を前屈させられません。硬直が強い場合は、頭を持ち上げると肩まで一緒に浮いてしまいます。 また「ケルニッヒ(kernig)徴候」といって、下肢を股関節で90度に曲げた状態で膝を130度以上伸ばそうとすると、抵抗や痛みが生じます。これらの身体所見を確認できた場合は、くも膜下出血や髄膜炎を強く疑いましょう。 そのほか、くも膜下出血は発症後すぐに頭痛のピークに達すること、髄膜炎は発熱や吐き気があり、必ずしも髄膜刺激徴候があるわけではないことも覚えておきたいポイントです。 緑内障の判断基準 緑内障の判断にはペンライト法が有効です。眼球の横からペンライトの光を当てると、正常な場合は虹彩全体が照らされます。しかし、緑内障を発症している場合は光が抜けず、反対側に影ができます。これは、眼圧が上がることで「虹彩」がせり出してくるためです。 二次性頭痛の判断に役立つ「SNNOOP10(スヌープテン)」 二次性頭痛の代表例としてくも膜下出血、髄膜炎、緑内障を挙げましたが、頭痛を主訴とする疾患はほかにもたくさんあります。「頭痛」というひとつの所見だけで危険度は判断できないので、随伴症状や経過、環境など、さまざまな角度からレッドフラッグがないかを調べて判断することが大切です。 そうした二次性頭痛のレッドフラッグをまとめた「SNNOOP10」というリストがあるので、ぜひ一度チェックしてください。 【SNNOOP10】・発熱を含む全身症状 S:Systemic symptoms including fever・新生物の既往 N:Neoplasm in history・神経脱落症状または機能不全 N:Neurologic deficit or dysfunction (including decreased consciousness)・急または突然に発症する頭痛 O:Onset of headache is sudden or abrupt・高齢(50歳以上) O:Older age (after 50 years)・頭痛パターンの変化または最近発症した新しい頭痛 P:Pattern change or recent onset of headache・姿勢によって変化する頭痛 P:Positional headache・くしゃみ、咳、または運動により誘発される頭痛 P:Precipitated by sneezing, coughing, or exercise・乳頭浮腫 P:Papilledema・進行性の頭痛、非典型的な頭痛 P:Progressive headache and atypical presentations・妊娠中または産褥期 P:Pregnancy or puerperium・自律神経症状を伴う頭痛 P:Painful eye with autonomic features・外傷後に発症した頭痛 P:Posttraumatic onset of headache・HIVをはじめとした免疫系病態を有する患者 P:Pathology of the immune system such as HIV・鎮痛剤使用過多もしくは薬剤新規使用に伴う頭痛 P:Painkiller overuse or new drug at onset of headache 上記すべての項目を暗記する必要はなく、一読して大体を頭に入れておくだけでも、トリアージを行う際に役立つはずです。 また、上記の「SNNOOP10」には含まれていませんが、利用者さんだけでなく同居人の方にも頭痛があったり、ガス器具の炎の色がオレンジだったり、換気すると頭痛が改善するといった場合、一酸化炭素中毒の疑いがあります。特に古い住居ではその可能性が高まると考えてください。 一次性頭痛の特徴と治療方法 次に、頭痛を訴えるケースで多い一次性頭痛についてお伝えします。判別において知っておきたいそれぞれの特徴としては以下が挙げられます。 片頭痛頭痛が起こる前、光に過敏になる、目がチカチカするといった前兆が見られます。緊張性頭痛随伴症状はありませんが、長時間同じ姿勢をとることが誘発因子となるため、仕事や生活スタイルに影響を受けている可能性が高いです。群発頭痛上記の2つよりも強い痛みが生じることが特徴で、くも膜下出血との判別が難しいケースがあります。頭痛が生じている箇所と同側の目の充血、涙が止まらないなどの随伴症状が判断のポイントになります。また、女性よりも男性に起こることが多いです。 なお、群発頭痛の有病率は0.1〜0.4%と低く、あまり見かけません。そのため、先にご紹介した二次性頭痛の可能性を除外できた際に「では、これはどんな頭痛か」と考えるにあたって、片頭痛と緊張生頭痛の可能性を念頭に置くといいでしょう。 一次性頭痛の治療 軽症の片頭痛と緊張性頭痛は、アセトアミノフェン含有の鎮痛剤を服用すると大体はよくなります。そのほか、片頭痛にはNSAIDsも効果的です。緊張性頭痛であれば、首をマッサージしたり、温めたりすると痛みが緩和することもあるでしょう。なお、鎮痛剤が効かない場合は、医師にほかの治療薬を検討してもらう必要があります。 群発頭痛の治療には酸素投与が有効と考えられているので、痛みがひどい場合は医師に連絡し、搬送すべきか指示を仰いでください。 >>後編はこちら訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ノーリフティングケア インタビュー
ノーリフティングケア インタビュー
インタビュー
2023年11月7日
2023年11月7日

知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も

看護や介護の現場では、人力で寝たきりの要介護者を移動させるため、腰痛発生率が高まり、離職率の増加につながっています。それを防ぐのが、欧州では主流の「ノーリフティングケア」です。リフトを活用して要介護者を動かすことで看護師や介護士の腰痛予防になるほか、リフトの活用そのものがリハビリとなり、利用者の拘縮緩和も期待できます。そこで、「ノーリフティングケア」の普及活動に奔走する理学療法士の下元 佳子さんに、国内外の現状やリフトを活用するメリットについて伺いました。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 オーストラリアでは看護師がリフト活用を推進 ―リフトの存在は知っていても活用していなかったり、「ノーリフティングケア」のメリットをきちんと理解していなかったりする看護や介護の現場がほとんどだと思います。ノーリフティングケアの状況やメリット、そして、医療・介護業界に広める活動をされている理由を教えてください。 下元: 「ノーリフティング」という言葉は、看護・介護・福祉の現場から職業病としての腰痛を予防する取り組みを指します。海外に視線を向けると、欧州では1980年代からリフトを使って看護や介護することが日常になっています。 オーストラリアでは看護師の身体疲労による腰痛訴え率が上がったため、1998年に国が腰痛予防策の義務化をし、積極的に取り組んできたのです。歴史は浅いですが、人力のみの移乗を禁止して福祉用具を活用しようと、看護や介護、福祉現場での常識が変わってきています。 現地で率先して活用を広めているのが、看護師です。私は2008年にオーストラリアの看護や介護現場を見学しましたが、「なぜ看護師がリフトの活用を広めているの?」と看護師に質問すると、「患者さんをサポートする役目の私たちが、自分の体を痛めて治療費を払うなんて、話にならないわよね」と答えてくれました。質の高い仕事をするために、ムダなことはしたくないと話していたことにも、プロ意識を感じました。 ―日本とは大きく状況が異なるのですね。なぜ、日本ではノーリフティングケアの導入がなかなか進まないのでしょうか。 日本では1970年代に「重量物取り扱いルール」が制定されましたが、建設業・輸送業など「物」を対象とする業界で実践されてきました。そのため、人に対しては何の対策も取られず、介護や看護に携わる人たちの腰痛が増え続けてしまったのです。2013年に国が「職場における腰痛予防対策指針」を出しましたが、現場が実際に変わるほどの効果はなかったように思います。昨年、厚生労働省による労働災害の防止の取り組み「従業員の幸せのSAFEコンソーシアム」や、今年の「第14次労働災害防止計画」の中に、「介護はノーリフティングケアでやりなさい」という内容が、ようやく明記され始めたのが現状です。 国をあげての問題になった今、看護師や介護士、そして長時間一緒に過ごされるご家族の体を守るために、私はノーリフティングケアの普及活動に力を入れています。 看護や介護職の人たちは、「自分が要介護者の手足を動かしてケアすること」こそ、本人やご家族に喜ばれると考え、それが目標や自身への評価にしがちです。しかし、大事なのは、ご家族を含めた介護するチーム全員が自分の体をしっかり守りながら、ケアを継続すること。看護・介護のプロとしても、腰痛予防のための「ノーリフティングケア」を取り入れるべきだと思います。 日本の要介護者が屈曲状態で拘縮する理由 ―下元さんは30年以上前にカナダの医療や介護の現場へ「ノーリフティングケア」の視察に行かれ、どこに行っても拘縮(関節が固まってしまう状態)の要介護者がいない事実に驚かれたとのこと。日本ではなぜ拘縮の人が多いのでしょうか。 下元: 私が理学療法士を目指して勉強していたころは、「寝たきりなどで体を動かさないから拘縮が起こる」と習いました。でも、実際に臨床現場で働くと、寝たきりなら関節が伸展した状態で拘縮するはずなのに、なぜか上肢は肘で大きく曲がり胸にくっつき、指も握ったまま、下肢も大きく曲がり踵がお尻にくっつきそうな人が多く、不思議に思いました。 セラピーの時間に手足を動かして「少し筋肉が緩んだかな?」と思っても、看護師さんに患者さんを病棟のベッドに移してもらった途端、セラピー前の固さに戻っていることもありました。吸引して拘縮が強くなっていることもあり、もしかしたら、筋肉が緊張する状態が続くと拘縮になるのではないかと思いました。 強い刺激や速い刺激を与えると、筋肉の緊張度合は上がります。例えば、横向きに寝るように体を動かし、股関節を開くといったおむつ交換の作業でも、乱暴に動かすと筋肉は緊張します。時間が経って緊張が少し緩んでも、また次の介護ケアで筋肉が緊張してしまう。私たちのようにふーっと息を吐くなど、要介護者は筋肉の緊張を緩めるようなコントロールができません。つまり、介護ケアの連続が、筋肉の緊張状態を継続させていたのです。これは、人によって「つくられた拘縮」ともいえます。 28歳で地域の高齢者病院に転職したときに驚いたのが、拘縮で手足が屈曲し固まっている患者さんが病室にたくさんいたことです。医師からは山のように「拘縮改善」のオーダーがありました。でも1日数十分体を動かすだけでは、固くなった体を改善することはできません。カナダのバングーバーの施設を視察したのはそのころ。もう30年前の話ですが、拘縮している要介護者はいませんでした。その後に行ったデンマークやオーストラリアでも、生活習慣による円背はあっても、日本でたくさん見るような拘縮した人はいなかった。つまり「ノーリフティングケア」を実践している国では、拘縮している要介護者がほとんどいないのです。 ―リフトの活用が拘縮を防ぐということでしょうか。逆に、筋肉が緊張しそうなイメージもあります。 下元: 吊り上げるときは、大腿後部と背中全体をシートで支えます。広い範囲でしっかり体重を支えながらゆっくり動かせば緊張するどころか、逆に緊張を緩めてくれるのです。だから我々は、「要介護者を抱え上げられないからリフトを使おう」ではなく、「筋肉の緊張を緩めるためにリフトを使いましょう」と在宅介護や医療現場で提案します。拘縮を改善する道具として使えることを、ぜひ多くの看護・介護・福祉の現場で働く人々に知っていただきたいです。 嬉しそうにリフトを利用している利用者さんの様子 ベッドからの移動にリフトを活用(左)。利用者さんのお母様の負担が軽減した。また、体幹トレーニング(中央)や、リラクゼーション(右)にもリフトが活用されている 私が活動する高知県では、全国に先駆けて「ノーリフティングケア」に取り組み、2015年からモデル施設をつくっています。8年経ちますが、拘縮の方が本当に減りました。県外から視察されに来た方を施設にお連れすると、ホールに座っている高齢者を見て、「高知県は特養介護度が低いのですか?」と皆さん同じことをおっしゃいます。日本には拘縮している高齢者が多いので、「自分で自由に動けない介護度が高い人=拘縮している」というイメージなのでしょうが、「ここにいる皆さんは要介護度5ですよ」と伝えると必ず驚かれます。 リハビリもやらなければと思う看護師たち ―先生は、訪問看護師を養成する県のプログラムで講師もされていると伺っています。受講される看護師は「ノーリフティングケア」についてどのようなイメージを持っているのでしょうか。 下元: 年2回、「在宅リハビリテーション」というテーマで1日研修の講師を担当しています。最初に「在宅リハビリテーションに、どんなイメージありますか?」と質問すると、「ベッド上の要介護者の手足を動かす」と看護師さんたちは答えます。私は「リハビリテーションとは、そういうことではない」ということから講義を始めるんです。 理学療法士や作業療法士が不在の介護現場では、「自分がリハビリの仕事をしなければ」と考える看護師さんが多いようです。「リハビリのやり方を教えてください」と看護師さんからよくお願いされますが、「要介護者の手足を動かすことが理学療法士や作業療法士の仕事ではない。週に一度や二度それを実施しても拘縮は予防できません。ケアを変える提案をする方が大事であり、成果が出ます」と伝えます。そして、「リフトで吊り上げてゆらゆら動かすと体の緊張が緩んできます。ベッドの上で要介護者の手足を動かすよりも拘縮予防になります」と説明すると看護師さんたちは驚かれ、「リフトを活用したい!」とおっしゃるのです。 ―リフトを実際に使っている方やそのご家族の様子を教えてください。 下元: リフト利用者やそのご家族は、活動的になる傾向があります。 玄関リフトや電動車いすなどを活用してお出かけをする利用者さん。「人に相談する」「福祉用具を使ってゆとりを作る」ことで、お母様の負担を減らしながら活動量を増やし、暮らしが豊かになった リフトは自費でレンタルできるので、ホテルに設置してもらって1泊2日で国内旅行に行く方もいます。私の勤務先のリフト利用者も、海外旅行を楽しんでいました。リフトの活用が進んでいる海外のほうが手配しやすいとも思います。その方は70代の男性で、難病が進行し、昨年、人工呼吸器を装着されました。在宅介護は厳しいかもと思いましたが、家に戻って来られたんです。「帰ってきたんですね」と言うと、「いやいや息ができなくなっただけでしょ?」とおっしゃる。病気の進行に合わせて補助器具を導入する生活を送り、リフトさえあれば在宅介護ができるんじゃないかという前向きな考えに至ったのだと思います。奥様もリフトとヘルパーさんの力を借りることで、仕事を辞めることなく在宅介護ができると判断されたようです。 リフトを活用している筋ジストロフィーのお子さんは、体が動かないので床に置かれるだけで大泣きする状態でしたが、今は移乗に使うだけでなく、吊り具を使って立ち上がり、1時間ぐらい遊んでいます。干している洗濯物を落として喜ぶなど、ちゃんといたずらができることも発達の表れです。 体調を崩して入院すると、「帰る、帰る」と言うそうです。「帰って何をするの?」と聞くと、ブランコに乗るようなしぐさをして「家でリフトに乗りたい」と主張する。動ける自由に楽しさを感じているのでしょう。 リフトを使えば起きたいときに起きられるし、ラクに車いすに乗れて移動できるようになるので、要介護者とご家族のQOLは確実に上がります。利用者の奥様に、「リフトはどんな存在ですか?」と尋ねたら、「相棒」とおっしゃっていました。「子どもたちに夫の移動を頼むと嫌がられるけれど、リフトは1回も嫌って言ったことがないのよ」と話されていたことも印象的でした。 >>後編はこちら在宅に「ノーリフティングケア」の導入が難しい…は誤解? ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

在宅の褥瘡・スキンケア (浸軟)
在宅の褥瘡・スキンケア (浸軟)
特集 会員限定
2023年11月7日
2023年11月7日

浸軟の基礎知識 予防的スキンケア&療養生活環境アセスメント

浸軟は、皮膚が水に浸漬することで角層の水分が増加し、一過性に体積が増えふやけることで生じる変化です。失禁関連皮膚炎(IAD)や褥瘡発生を防ぐためには、浸軟を予防すること、さらにはその前段階である湿潤を起こさないためのスキンケアが重要です。 今回は、皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表の岡部美保さんに、「浸軟」の基礎知識やスキンケア、アセスメントについて解説していただきます。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 皮膚の浸軟とは 皮膚は、長時間の入浴などで一時的に一定の水分保持能力を超えると、体内に水分が吸収されることにより膨潤し、見た目としては白くなります。この状態が一般的に「ふやけ」といわれる、浸軟です。 左:浸軟した皮膚 右:健常な皮膚 一時的な水分の浸漬によって皮膚が膨潤しても、時間の経過とともに角層に吸収されて元の状態に戻ります。角層には、水分を保つ能力(保水能)があり、適度に水分を含んだ角層は、柔らかく滑らかです。角層の持つ水分の保湿に関係するものは、天然保湿因子、皮脂膜、細胞間脂質で、水分保持能力は加齢に伴い変化をします。 健康な皮膚の場合、バリア機能が発揮されるため、細菌や化学物質などは、簡単に体内に入ることはできません。浸軟による角層の過剰な水分の存在は、角質細胞間脂質の流出や細胞同時をつなぐ分子の破綻、細胞間隔の拡大を招きます。それにより、体内の水分の喪失が増え、本来の健康な皮膚が持つバリア機能が障害されるのです。 失禁状態で常に排泄物が皮膚に付着している人、おむつを使用しており、おむつ内部が高温多湿な環境にある人、発汗量の多い人などは、皮膚が湿潤しやすい状況にあります。皮膚の湿潤が持続すると、皮膚のバリア機能が低下して浸軟をきたし、スキントラブルが起こりやすくなります。 浸軟を予防する毎日のスキンケア 洗浄方法&洗浄剤選びのポイント・注意点 洗浄の際は、皮膚の浸軟状態をよく観察しこれまでのスキンケアの評価を行います。浸軟の原因となる汗や排泄物などの汚れを取り除く際、皮膚を擦らないように注意しましょう。 失禁などで皮膚に浸軟を生じている場合、洗浄剤を用いた頻回な洗浄は、皮脂を過剰に取り除いてしまいます。さらに皮膚を擦るという機械的な刺激が加わることで皮膚の表面を損傷し、バリア機能がさらに低下。そこに排泄物の刺激が加わると、スキントラブルを起こす可能性がさらに高くなります。 IAD:臀裂部潰瘍周囲皮膚の浸軟 失禁状態の療養者のスキンケアは、おむつの交換毎に洗浄剤を用いた洗浄を行う必要はありません。洗浄剤の使用は1日1回として、皮膚を守る洗浄のスキンケアを行いましょう。洗浄剤をよく泡立ててから、泡で皮膚を覆い優しく撫でるように洗浄します。洗浄剤の成分を皮膚に残さないように、微温湯で十分に洗い流しましょう。この時も、擦らずに洗い流すことが大切です。洗浄剤は、低刺激性のもの、弱酸性のものを選びます。さらに脆弱な皮膚には、セラミド含有皮膚保護成分配合の洗浄剤を選択しましょう。また、便失禁による排泄物の拭き取りには肛門用清拭剤を用いて、ふき取り時に生じる皮膚への摩擦を軽減します。 保護のスキンケアのポイント&タイミング 浸軟の予防には、保湿剤を使用した保湿のスキンケアに加え、皮膚皮膜剤、撥水性保護クリームを用いた保護のスキンケアが大切です。排泄物による汚染が予測される部位には、あらかじめ撥水性保護クリームなどを用いて、排泄物の付着から皮膚を保護します。皮膚が脆弱で摩擦による皮膚の損傷の恐れがある場合、スプレータイプの皮膚皮膜剤を使用するとよいでしょう。 保護のスキンケアは、おむつ交換で排泄物を拭き取ったタイミングで行うと効果的です。撥水性保護クリームは皮膚に撥水性の皮膜を作るため、排泄物から皮膚を守り、摩擦を軽減することができます。 皮膚が密着している部位は、毎日意識的に観察を行いましょう。特に、皮膚と皮膚が密着している腋窩や臀裂部などは、常に皮膚が湿潤しやすい状態にあります。また、関節拘縮のある方は、身体同士の密着部の領域が増加し、前前腕部と前上腕部の密着面、後上腕部と前胸部の密着面や、麻痺側手指の拘縮による手掌部に、湿潤や浸軟を生じやすくなります。麻痺側手指にハンドロールを使用する場合は、通気性がよく硬すぎない材質のものを利用しましょう。 浸軟を生じる療養生活環境をアセスメント 室温・湿度 高温多湿な療養環境はじめとした、発汗に影響を及ぼす生活環境があるのかを確認しましょう。冬季の暖房器具(エアコン)調節下の室内では、こまめな換気や室温湿度の調整が行われず、療養者の発汗量が増加していることもあります。また、電気毛布や電気あんかを使用している場合、設定温度が発汗に影響していないか、定期的に評価を行い調節することが必要です。 寝衣・寝具 発汗により皮膚が湿潤する場合、皮膚のバリア機能が低下します。肌着や寝具などで汗を吸収し、熱放散により皮膚の浸潤を予防することが大切です。着用する肌着は、木綿素材で汗を吸収する柔らかいものがおすすめです。肌着や寝衣の重ね着、寝具の掛けすぎなどに留意し、室温、湿度にあった寝床環境を調整しましょう。 体圧分散マットレスやベッド上に防水シーツなどを使用している場合、吸水性のない製品は蒸れや発汗の原因になります。さらに、背部にバスタオルを敷いていると、温度が上昇して皮膚の湿潤の原因になりますので、吸湿性のあるシーツを使用することをおすすめします。体圧分散マットレスを使用している場合、身体はマットレスに沈み込むと熱がこもり、汗をかきやすくなります。特に、自力で寝返りができない、可動性や活動性が低下している方には、マイクロクライメット管理のできる体圧分散マットレスもあります。 医療用テープの使用 透湿性の低い医療用テープは皮膚への刺激が強く、浸軟が生じやすくなります。透湿性の高い低刺激性の医療用テープを用いることをおすすめします。 おむつの使用 おむつの交換頻度、使用しているおむつの種類や枚数、おむつ交換時のスキンケア方法を確認しましょう。尿漏れを予防しようと、何枚ものおむつを重ね付けしている場面を見かけます。おむつや尿取りパッドは、それぞれ機能や吸収量が異なります。療養者の排泄状況にあったおむつを使用しているのか、アセスメントを行うことが重要です。 おむつは、体格や排泄状態にあったおむつを選択しましょう。おむつの使用サイズは、テープタイプはヒップサイズ(最大腰回り)、パンツタイプはウエストサイズ(臍回り)が基本となります。大きめのサイズを使用すると隙間が生じ、尿が漏れやすくなります。一方、小さいサイズを使用すると皮膚への圧迫が強くなり、発赤や掻痒感、スキントラブルの要因になります。 また、おむつの重ね付けには、注意が必要です。おむつとパッドの重ね使いは、原則的にアウター(おむつ)1枚とインナー(パッド)1枚までです。インナーの外側は防水フィルムで覆われているため、下のパッドに尿は吸収されず複数枚重ねても吸収量は増えません。さらに、インナーを重ねることで、アウターの立体ギャザーの高さが低くなるため、尿が漏れる原因になります。おむつは、適切な使用方法によって、蒸れや漏れを予防することができるのです。 失禁のある療養者の場合、経済的な問題によって、おむつ交換間隔が長くなり、皮膚に浸軟を生じる場合もあります。各自治体には、さまざまなサービス(おむつ給付サービスや特殊尿器の福祉用具貸与など)があります。また、おむつ代の医療費控除をはじめとした助成制度(税金の控除)もあります。各家庭の経済力を把握し、地域の社会資源の活用を検討しましょう。 医師との連携 皮膚の浸軟が続くと真菌性疾患、失禁関連皮膚炎、褥瘡などを発症するリスクが高くなります。浸軟の原因を取り除き、正しいスキンケアを継続しても皮膚症状が改善しない、もしくは悪化をする場合は、速やかにかかりつけ医や皮膚科専門医へ報告、相談をしましょう。 執筆: 岡部 美保皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表1995年より訪問看護ステーションに勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマ、排泄に関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。編集: NsPace編集部 【参考】〇岡部美保(編)『在宅療養者のスキンケア 健やかな皮膚を維持するために』日本看護協会出版会.2022.

新卒訪問看護師カフェ イベントレポート まちのかたすみ。サムネイル
新卒訪問看護師カフェ イベントレポート まちのかたすみ。サムネイル
インタビュー
2023年11月7日
2023年11月7日

まちのかたすみ。「新卒訪問看護師カフェ」イベントレポート【8/26&9/9開催】

2023年8月26日(土)に岐阜、9月9日(土)に東京で「新卒訪問看護師カフェ」(「まちのかたすみ。」主催)が開催されました。「まちのかたすみ。」は新卒で訪問看護師になった河村詩穂さん、関口優樹さんを中心に運営されています。前回の記事に引き続き、今回は岐阜および東京で行われたイベントの様子を写真とともにお伝えします。 >>前編はこちらまちで働く若手看護師への想い 【「まちのかたすみ。」代表 特別インタビュー】 〇「まちのかたすみ。」について2020年1月に河村詩穂さん、関口優樹さんたちが立ち上げたコミュニティ(2024年7月に現名称に変更)。コミュニティ名には『人と人がふらっと出会い、ゆるく語り合うことで繋がっていく。まるで「まちのかたすみ。」のような場にしていきたい。』という想いが込められています。オフラインやオンラインでさまざまなテーマのイベントを行い、これまでには「デイサービスを語る会」や「新卒訪問看護カフェ」などを実施しており、自分の想いや悩みを話せる場、地域で活動する方々と繋がれる場になっています。 新卒訪問看護師カフェ@岐阜 まずは、8月26日に実施された「新卒訪問看護師カフェ@岐阜」の様子についてご紹介します。 医療法人かがやきの見学 岐阜で行われた新卒訪問看護師カフェは、代表の関口さんが現在働いている医療法人かがやき総合在宅医療クリニックで実施されました。イベントに先立ち、かがやきの見学会も行われました。 かがやきでは訪問看護・訪問診療が行われているほか、重症心身障害児・医療的ケア児のための医療型短期入所や肢体不自由者向けフィットネスを実施できる「かがやきキャンプ」もあります。イベント参加者は、天井の模様を部屋ごとに変える工夫や子どもがドアに指を挟まないための工夫などに興味を持たれていました。 医療法人かがやきクリニック(左)と上を向いていることが多い医療的ケア児が自分の場所を把握するために部屋ごとに天井の模様を変えるかがやきキャンプ(右) 訪問看護の楽しさや実務の悩みを共有 新卒訪問看護師カフェには12名の参加者が集まり、「最近の私と訪問看護」というテーマで3グループに分かれて語り合いました。参加者の中には、新卒で訪問看護師になった方はもちろん、訪問看護に興味を持つ看護学生や保健師の方などもいらっしゃり、多様な視点から訪問看護に対する思いを話されました。 「ほかのステーションの教育体制が気になる」「どのように就職先を探したか」という新卒訪問看護ならではの疑問や、「利用者さんの生活がみられたり、趣味の話を聞けたりすると楽しい」といった訪問看護ならではの魅力が話題にあがり、時間内ではおさまらないほど盛り上がりました。また、グループで話し合った内容は参加者全体にも共有され、共感や気づきの声が上がっていました。 ■新卒訪問看護師カフェ@岐阜に参加した参加者の感想(抜粋) ・「新卒訪問看護師として働いていますが、ずっと抱えていた不安を実際に口に出すことで解消することができました。看護学生の方もいたので、自分の経験を提供できたのも良かったです。今後もこのような良い循環を繰り返し、良い環境を作っていきたいと思いました。」   ・「訪問看護師だけでなく、訪問診療の看護師とも情報共有ができ、勉強になりました。自施設内にも訪問診療はありますが、違う職場だからこそ素直に思っていることや考えていることを共有し合うことができたので良かったです。」   ・「グループワークの内容を共有するときに、どのグループでも同じ話題が出ていたのが印象的でした。訪問看護師として考えていることや不安になっていることが似ていて、安心することができました。」 新卒訪問看護師カフェ@岐阜の集合写真 新卒訪問看護師カフェ@東京 続いて、9月9日に実施された「新卒訪問看護師カフェ@東京」の様子についてご紹介します。 職場を離れ、本音や悩みを打ち明けられる場 新卒訪問看護師カフェ@東京は、帝人株式会社の東京本社で実施され、11名の参加者が集まりました。話し合いのテーマは、「私と訪問看護」&「もっと聞きたい・話したい」。3グループに分かれ、思いを語り合いました。岐阜でのイベント同様、看護学生や病棟から訪問看護に転職する看護師など、さまざまな立場の方が参加されました。 話題は、「病院よりも多くの職種の人と関わることができる」といった訪問看護の魅力や「仕事とプライベートとの切り替え方が難しい」といった悩み、オンコールを一人で待つ不安まで、多岐に渡ります。職場が違うからこそ、初対面だからこそ本音を打ち明けられる空気感もありました。懇親会にも多くの方が参加され、グループワークでは話しきれなかった思いを存分に語り合いました。 ■新卒訪問看護師カフェ@東京に参加した参加者の感想(抜粋) ・「イベントに来る前は何を話せばいいかわからず、参加すること自体、少し不安でした。でも、話しやすい雰囲気で、訪問看護についてだけでここまで多くを話せたことは今までなく、とても新鮮でした。」 ・「参加するまでは言葉にできない悩みがいろいろありました。でも、同じ境遇の人に話すことで、自分が思っていることや悩んでいることを言語化できました。『自分だけの悩みじゃない』と気づけて、気持ちが楽になりました。」 ・私はまだ学生で訪問看護師としては働いていませんが、先輩方の話を聞き、働く具体的なイメージを持つことができました。訪問看護の魅力や楽しさを聞けて、働くことが楽しみになりました。 新卒訪問看護師カフェ@東京の集合写真 新卒訪問看護師カフェを終えて イベントを主催した「まちのかたすみ。」の河村さん、関口さんに、「新卒訪問看護師カフェ」を終えての感想を伺いました。 「まちのかたすみ。」代表 河村詩穂さん 今回対面のイベントで、わざわざ遠くから足を運んでくださった方もいらっしゃり嬉しく思います。私が訪問看護ステーションで働いていたころは、ほかのステーションの状況を伺う機会がほとんどなかったので、同じ目線で訪問看護のことを話せる場を提供できたのは良かったです。話し合うことで自分の思いや悩みを言語化できたという参加者や、ほかのステーションの話から気づきを得ている参加者もいらっしゃり、非常に有意義な時間になったと思います。また、私自身も非常に楽しかったですし、思った以上に喋ってしまいました。参加者の皆さんからパワーをもらい、来週からまた頑張ろうという気持ちになりました。 「まちのかたすみ。」代表 関口優樹さん 今回のイベントは新卒訪問看護師さんや訪問看護師志望の学生さんの不安や困りごとを解消できたら、という思いで開催しました。新卒訪問看護師カフェは何回かやっていますが、対面でやるのは久しぶりだったので非常に楽しみでした。実際にイベントでは多くの方に集まっていただき、表情や声のトーンをリアルで感じながら語り合えたのは本当に良かったです。最終的には連絡先を交換している人もいて、開催してよかったと思いました。ただ、語り合うことで悩みや不安が緩和しても、「解消」までにはなかなか至らないので、今後も参加してくださった方と継続的に接点を持っていきたいと思います。また、参加者の皆さんの訪問看護への思いを聞き、私自身も訪問看護が好きで始めて、好きでやっているんだと改めて初心を思い出すことできました。私にとってもとても貴重な時間になりました。 * * * 「新卒訪問看護師カフェ」は大盛況のうちに終わりました。訪問看護に興味のある方や、地域で活動する方たちとつながりたいという方は、「まちのかたすみ。」の今後の活動に注目してみてはいかがでしょうか。 ・「まちのかたすみ。」 Instagramhttps://www.instagram.com/machi.no.katasumi・「まちのかたすみ。」 X(旧Twitter)https://x.com/machinokatasumi 執筆・編集: NsPace編集部

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年11月7日
2023年11月7日

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】

末期の肺がんを患う鈴木さん。自宅での療養を開始したものの、同居する娘さんから距離を置かれているように感じ、さみしさや自分を責める気持ちに苦しんでいます。それが呼吸困難の症状にも影響しているようです。訪問看護師として何ができるのか、今回も最善の策を考えていきます。 >>前編はこちら呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】 精神的なつらさが関係することも 訪問看護師のあなたの働きかけで、娘さんに主治医から病状説明してもらうことになりました。これから娘さんをどのようにサポートできるかも含め、話し合いを行います。 主治医: 本日はお忙しい中、時間をつくっていただきありがとうございます。主治医です。本日はお母様の病状についてお話しさせていただきたいと思います。よろしいでしょうか。 娘さん: お願いします。 主治医: お母様は肺がんで療養され、これ以上抗がん剤が効かないと判断されました。緩和ケア病棟に行く選択肢もありましたが、お母様の希望でご自宅に戻ることになりました。 主治医がさらに続けます。 主治医: お母様の両方の肺にはたくさんの転移がみられます。また、右肺には胸水と呼ばれる水もたまっているので、呼吸が苦しくなりやすい状態です。このため、お母様には鼻から酸素を吸っていただいています。こうしていただくことで、現在のところは十分な酸素を供給できています。 娘さん: でも父からときどき息苦しさの訴えがあると聞いています。それはなぜでしょうか? 主治医: 今は十分な深呼吸をしても、以前のようには酸素を体内に取り込めません。その少しの苦しさが増大してしまうと苦しくなってしまうのかもしれません。息が苦しいと感じることは「すぐに命がなくなってしまうかもしれない」という恐怖にもつながります。中にはパニックになってしまう方や過呼吸になってしまう方もいます。精神的なつらさが呼吸の苦しさにつながる方は多いです。 娘さん: 母もそのような精神的なつらさを抱えているということですね。 あなた: お母様にとって家は生きる場所です。それをご家族の皆さんに、そして娘さんに認めてもらえることで、安心してご自宅で生き抜くことができるのではないでしょうか。 娘さん: …わかりました。忙しさを理由に母を避けていたのかもしれません。きっと母を失うことを認めたくなかったのかもしれません。うまくできるかどうかわかりませんが、今日母と話してみます。ここにいてもいいんだよって…。 あなた: うまく話せなくてもよいのではないですか。娘さんの気持ちが伝われば…。きっと伝わりますよ。 娘さん: そうですね。いろいろと話してみます。 酸素療法中に配療すること 娘さんがご自宅に帰られた後、あなたはよい機会なので、今後の対応について主治医に聞いてみることにしました。 あなた: 先生ありがとうございました。また途中で出しゃばってすみません。 主治医: いえいえ、大丈夫ですよ。 あなた: ところで、今後、鈴木さんが呼吸困難を訴えた場合はどう対応すればよいでしょうか。 主治医: まず環境の整備ですね。気流や不快な匂いへの対処、一人にしないことなどでしょう。それでも息苦しさが改善しない場合、モルヒネ10mg/日を内服することにしましょう。さらに呼吸が苦しいときには酸素を3L/分まで増量するようにしてください。 CO2ナルコーシスのリスクを理解しておく あなた: 鈴木さんはそれほどひどい呼吸不全を起こしているわけではないですよね。酸素を増やすことに意味があるのでしょうか。CO2ナルコーシスの心配もあるのではないですか? 主治医: よく勉強されていますね。鈴木さんの場合、換気量がさほど減っているわけではないので、二酸化炭素が体内に著明にたまってしまう状態であるCO2ナルコーシスは起こしづらいと考えています。それでもCO2ナルコーシスを起こさないように、状態観察は必要ですね。もしCO2ナルコーシスを疑ったときには遠慮なく呼んでください。できるだけ早く往診します。 あなた: わかりました。ありがとうございます。先生、CO2ナルコーシスを起こすということは、呼吸不全が進行していることかと思います。その場合は看取りも近いと考えてよいのでしょうか。 主治医: そうなる可能性もあります。CO2ナルコーシスで意識が低下し、回復が困難と考える場合は看取りに備えた対応をするかもしれません。一方で回復可能と考える場合は、胸腔穿刺を行って胸水を排液し換気量を増やす、または高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula oxygen:HFNC)という加温・加湿された高流量の酸素を投与する方法もありますね。そのときの状況次第だと思います。 呼吸不全にはⅠ型とⅡ型がある あなた: 呼吸が苦しいとの訴えがあったとき、呼吸不全があるかどうかは、酸素飽和度や呼吸数などで判断してよいのでしょうか。 主治医: 呼吸不全は、動脈血中の酸素分圧(PaO2)が60mmHg以下のことです。酸素飽和度が90%未満の状態と考えればよいでしょう。それに加えて、動脈血中の二酸化炭素分圧(PaCO2)が45mmHg以下の場合(Ⅰ型呼吸不全)と、46mmHg以上の場合(Ⅱ型呼吸不全)に分けられます。CO2ナルコーシスは二酸化炭素がたまることで起こるので、Ⅱ型に相当します。 あなた: 二酸化炭素分圧を調べるには動脈血を採血して、血液ガス分析を行うしかないですよね。 主治医: そうですね。ただ、調べる機械を持っていない診療所も多いので、調べられるうちにどこかで一度調べておくとよいかもしれません。Ⅱ型ならCO2ナルコーシスに十分注意する必要があるというわけです。入院中の血液ガス分析結果では鈴木さんはⅠ型に相当しますので、ややナルコーシスになるリスクは少ないですが、意識レベルが低下していると感じたら連絡をお願いしますね。 あなた: わかりました。 呼吸困難が緩和され穏やかな最期に 娘さんが鈴木さんとお話しされてから、鈴木さんは不思議なほど呼吸困難を訴えることが少なくなりました。呼吸の状態(酸素飽和度)は徐々に悪くなっていきましたが、息苦しさを訴えることはありませんでした。娘さんは2週間ほど介護休暇をとり、ご主人よりもベッドサイドにいる時間が増えたそうです。さらにそこから2週間、鈴木さんは穏やかに過ごしておられましたが、ある日、状態が大きく変化しました。 朝から鈴木さんが強い息苦しさを訴えているとの連絡が入り、あなたは急いで鈴木さんのご自宅に駆けつけました。 鈴木さんは呼吸が浅く、呼吸数も頻回です。酸素飽和度78%、脈拍120回/分、呼吸数25回/分、血圧90/62mmHg。呼びかけると少しうなずきますが、意識レベルも低下しているようです。 あなたは酸素を3L/分に増量し、主治医に連絡しました。到着した主治医はまずモルヒネ10mgを皮下注射しました。その後、0.05mL/時(0.5mg/時)で持続皮下注射を開始しました。開始10分ほどで呼吸数は18回/分まで減ってきました。 あなたは鈴木さんに呼びかけます。 あなた: 鈴木さん、苦しくないですか? 鈴木さん: 少し楽になったわ…。 しかし、鈴木さんのお顔は真っ青です。 主治医: 酸素を増量しても、酸素飽和度が78%から上がらないですね。血圧も70mmHg台まで下がってきました。強い呼吸不全の状態です。このままの状態では長くは頑張れないので、ご家族にしっかりお別れをしてもらいましょう。 あなた: わかりました。 主治医は、呼吸の苦しさは可能な限り緩和していること、肺に酸素が入らない状態のため、長くは頑張れないことをご主人と娘さんに伝えました。あなた は鈴木さんの足をさすりながら、ご主人と娘さんに鈴木さんに付き添い話しかけてもらうようにしました。聴力は最後まで保たれることが多いためです。 2時間ほどそのままの状態で付き添ったところ、下顎呼吸が始まりました。ご主人と娘さんに最後の呼吸が始まっており、苦痛はすでにないことを伝え、手を握って話しかけるようにお願いしました。やがて呼吸が停止し、いったん診療所に戻っていた主治医に連絡し、死亡確認をしてもらいました。あなたはエンゼルケアを行い、鈴木さんにお別れを告げました。 エンゼルケアを終えた鈴木さんの表情は少し微笑んでいるように見えました。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

漫画「みんなの訪問看護アワード」ご紹介
漫画「みんなの訪問看護アワード」ご紹介
特集
2023年11月2日
2023年11月2日

漫画「みんなの訪問看護アワード」ご紹介/広田奈都美先生

NsPace(ナースペース)では、訪問看護に携わる皆さまからエピソードを募集し、表彰やエピソードの漫画化などを行う「みんなの訪問看護アワード」というイベントを開催しています。昨年度に開催した第1回に引き続き、第2回も開催が決定! 現在エピソードを絶賛募集中です。 そして今回は、「みんなの訪問看護アワードって何?」という方のために、昨年度に受賞エピソードの漫画化を担当してくださった広田奈都美先生(漫画家/訪問看護ステーション管理者)が描いてくださった「みんなの訪問看護アワード」の紹介漫画を公開します! 漫画「みんなの訪問看護アワード ご紹介」 第2回「みんなの訪問看護アワード」エピソードの募集は終了いたしました。たくさんのご応募ありがとうございました。>>イベント詳細はこちらから第2回「みんなの訪問看護アワード つたえたい訪問看護の話」 特設ページ 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。 >>広田奈都美先生による第1回「みんなの訪問看護アワード」受賞エピソードの漫画はこちら大賞エピソード漫画化!「七夕の奇跡」【つたえたい訪問看護の話】受賞作品漫画「そうだ、訪看がある<前編>」【つたえたい訪問看護の話】受賞作品漫画「新任訪問看護師からの学び<前編>」【つたえたい訪問看護の話】受賞作品漫画「104歳の日常<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 >>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)

訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定前に
訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定前に
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に~

今回は、2024年度のトリプル改定(診療報酬改定、介護報酬改定、障害福祉サービス等報酬の同時改定)に向けた準備として、すでに導入が決定・実施されている「医療DX」のしくみについて取り上げます。新たなシステム導入が必要なケースもあるため、早期の準備が求められます。 医療DX(ディーエックス)とは 今回取り上げる改定事項の前提として、改革の大枠となる「医療DX」について簡単に説明しておきましょう。DXとは、「Digital Transformation*(デジタルトランスフォーメーション)」の略称で、デジタル技術によって社会や生活のしくみを変えることです。これを医療に適用する「医療DX」とは、保健、医療、介護などで発生するデータをデジタル化し、クラウド活用によって現場の業務効率化や医療の質の向上に向けた情報の利活用を進めていくというビジョンです。 *「Transformation」の「Trans」は「X」に省略され「X-formation」と表記されることもある。そのため「Digital Transformation」の略称は「DX」と表記される。 対応の義務化や稼働予定のシステムについて この医療DXに向け、2024年度の実施が決まっているのが、以下の2項目です。 (1)訪問看護レセプト(医療保険分)のオンライン請求の義務化(2024年5月から)(2)利用者情報のオンライン資格確認の開始(2024年4月から) また、すでにスタートしているしくみとして、以下があげられます。 (3)介護保険事業所の指定申請等にかかる電子申請・届出システム(2022年11月から順次実施)(4)介護保険におけるケアプランデータ連携システムの稼働(2023年4月から) いずれもオンライン対応のための端末やソフトが必要になるという点で、事業所としてシステム整備が必要です。中でも(1)は義務化が迫っており、事業所の対応は急務。そこで、まずはこの「オンライン請求の義務化」について取り上げます。 義務化される医科レセプトのオンライン請求 「医科レセプトのオンライン請求」は、2023年4月から原則義務化されていますが、訪問看護については義務化が先延ばしとなり、先に述べたように2024年5月(2024年4月診療分)から実施されます。ただし、介護保険分については、すでに2018年4月からオンライン請求が原則義務化(一定の要件を満たす場合には届出によって紙請求は可能)されています。 すでに介護保険分のオンライン請求を行っていれば、システム整備の土台はできていると思われますが、もう一度確認しましょう。 まずオンライン請求のシステム整備に必要なものは以下のとおりです。 【1】レセプト作成用の端末・ソフト【2】オンライン請求用の端末とネットワーク回線【3】電子証明書 導入に向けての作業としては、セキュリティ対策の実施、運用に向けたフロー・ルールの確認などが必要です。なお、【1】~【3】の準備の後は、システムベンダ(レセプトコンピュータシステム、医事会計システムの開発・導入事業者)が対応します。ベンダには、以下の「技術解説書」を示してください。 厚生労働省保険局「訪問看護レセプト(医療保険請求分)のオンライン請求開始に係るシステムベンダ向け技術解説書技術解説書案(最新)」(令和5年10月)https://shinryohoshu.mhlw.go.jp/shinryohoshu/file/spec/R04_insurance_claims_v1.7_231026.pdf 事業者側の準備で戸惑いがちなのは、【2】のネットワーク回線でしょう。これについては、介護保険請求の場合と異なるので注意してください。ネットワーク回線への接続には、「IP-VAN接続(閉域の環境を確保して接続する方法)」か「IPsec+IKEサービスの利用」が必要です。いずれも、高いセキュリティが確保できる方法です。基本的には、どのインターネットサービス・プロバイダでも接続可能ですが、念のため以下の接続可能事業者一覧を参照してください。 社会保険診療報酬支払基金「オンライン請求及びオンライン資格確認等システム接続可能回線・事業者一覧表」(2023年5月1日現在) https://www.ssk.or.jp/seikyushiharai/online/online_04.files/claimsys35.pdf オンライン資格確認への対応も同時に 医療レセプトのオンライン請求と同時期(2024年4月)にスタートするのが、「オンライン資格確認」です。これは、利用者の保険資格の情報や薬剤情報等をオンラインで確認できるしくみ。審査支払機関のシステムに接続することで、その場で利用者の保険資格が確認でき、資格過誤によるレセプトの返戻が減り、業務負担の軽減が図れます。 オンライン資格確認は、保険医療機関・薬局等は2023年4月から原則義務化(やむを得ない事情がある場合の経過措置あり)となりました。ただし、訪問看護は対象外で、2024年4月からのスタートも「活用の義務化」ではなく、あくまで「利用可能」になるというものです。 とはいえ、訪問看護でも「オンライン請求」と「オンライン資格確認」をセットで考えておきたい事情があります。 例えば、「オンライン請求」と「オンライン資格確認」は端末の兼用が可能です。また、端末をオンライン資格確認用として、あるいはオンライン請求とオンライン資格確認を同時に開始できるよう準備した場合に、前者で「端末の導入費用」、後者で「ネットワーク回線の敷設費用」などの補助に向けた調整が国で進められています。 オンライン請求の準備で、導入・設置に向けたコスト負担をどうするか悩んでいる場合、オンライン資格確認への対応も同時に進めることで、補助金による費用捻出が可能になるかもしれません。 ▼訪問看護レセプトの電子化に関する最新情報は下記サイトをご参照ください。厚生労働省Webサイト「訪問看護レセプト(医療保険請求分)の電子化」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190624_00002.html(2023/9/15閲覧) 介護関連の届出・申請のオンライン化 次に、すでにスタートしているしくみへの対応です。 まずは、「介護保険事業所の指定申請等にかかる電子申請・届出システム」です。これは、介護サービスの指定や加算にかかる申請届出について、介護サービス情報公表制度の機能拡張により、オンライン上で行うことができるしくみです。 2022年11月から自治体ごとに順次スタートしていて、厚労省による2023年5月12日時点の調査では「2023年度の上半期までの実施意向」を示した都道府県および市町村は126にのぼります1)。現行で事業所に電子申請等が義務づけられてはいませんが、国としては活用を強く推奨しています。 まずは、各種届出先となる自治体がシステムに対応しているかどうかを各自治体HPで確認しましょう。その上で、電子申請・届出の手順としては、介護サービス情報公表制度にログインし、メニュー選択を行った上で申請届出内容を入力します。 システムの画面イメージは以下のとおりです。厚生労働省「別添2_1 本システムの画面イメージ(事業者側)」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000908038.pdf その他Q&Aを含む総合資料は、以下のサイトを参照してください。 ▼厚生労働省「介護事業所の指定申請等のウェブ入力・電子申請の導入、文書標準化」https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-shinsei.html(2023/9/15閲覧) ケアプランデータ連携システムはすでに稼動 介護保険の訪問看護を提供する事業所として注目したいのが、2023年4月から運用がスタートしている、「ケアプランデータ連携システム」です。これは、居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成する居宅サービス計画書(以下、ケアプラン)を、居宅サービス事業所(訪問看護事業所や訪問介護事業所、通所介護事業所など)とデジタルデータ(CSVファイル等)によってクラウド上で共有するしくみです。 これにより、ケアプラン1・2票の共有が図りやすくなるだけでなく、ケアプラン6・7票の提供票データをそのまま各事業所の介護ソフトに取り込むことが可能になります。居宅介護支援事業所にとっては、提供票の「実績」の転記が不要となるため、例えば転記ミスによる報酬請求の返戻を防ぐことができます。 同システムの詳細については、以下を参照してください。国民健康保険中央会「ケアプランデータ連携システムについて」(令和4年10月 Ver.2)https://www.kokuho.or.jp/system/care/careplan/lib/221125_5113_setumei.pdf ※本記事は、2023年9月15時点の情報をもとに記載しています。 執筆: 田中 元(介護福祉ジャーナリスト)編集協力: 株式会社照林社 【参考】1)厚生労働省「電子申請・届出システム 利用開始時期意向調査回答状況等について」(2023年5月12日時点)https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001099529.pdf (2023/9/15閲覧)

若手看護師への想い まちのかたすみ。サムネイル
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インタビュー
2023年10月31日
2023年10月31日

まちで働く若手看護師への想い【「まちのかたすみ。」共同代表 特別インタビュー】

全国の就業している看護師が約128万人いるのに対し、訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師は約6.2万人と、看護師全体の5%程度しかいません*。近年その数は増加傾向ではあるものの、特に若手看護師や看護学生からは「訪問看護師になるハードルの高さを感じる」という声も聞かれます。新卒で訪問看護師になり、コミュニティ「まちのかたすみ。」を運営している河村詩穂さん、関口優樹さんにお話を伺いました。*厚生労働省「令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」より 〇「まちのかたすみ。」について2020年1月に河村詩穂さん、関口優樹さんたちが立ち上げたコミュニティ(2024年7月に現名称に変更)。コミュニティ名には『人と人がふらっと出会い、ゆるく語り合うことで繋がっていく。まるで「まちのかたすみ。」のような場にしていきたい。』という想いが込められています。オフラインやオンラインでさまざまなテーマのイベントを行い、これまでには「デイサービスを語る会」や「新卒訪問看護カフェ」などを実施しており、自分の想いや悩みを話せる場、地域で活動する方々と繋がれる場になっています。 〇「まちのかたすみ。」代表 プロフィール河村 詩穂(かわむら しほ)さん看護師。2015年に慶應義塾大学看護医療学部を卒業。新卒でケアプロ訪問看護ステーションに就職し、訪問看護師として勤務。2023年に慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科公衆衛生学専攻を修了。2023年4月からは株式会社でぃぐいてぃに勤務。 関口 優樹(せきぐち ゆうき)さん看護師。2018年に東京医療保健大学看護学部を卒業。新卒でウィル訪問看護ステーションに就職し、訪問看護師として3年勤務。現在は岐阜県の医療法人かがやき総合在宅医療クリニックで訪問診療および訪問看護を行う。 ※文中敬称略 実習やNPO法人での経験から新卒で訪問看護へ ―お二方とも新卒で訪問看護師になられたそうですが、訪問看護師の道を選んだきっかけや、訪問看護にまつわる思い出深いエピソードを教えてください。 私が訪問看護師になったきっかけは、大学での実習です。精神看護の実習で訪問看護ステーションに行く機会があり、1日だけの同行実習でしたが、自宅に訪問することで見える「利用者さんの生活」をとらえることに面白さを感じ、訪問看護への就職を決めました。訪問看護師として働く中でさまざまな経験をしましたが、一番印象に残っているのは初めてのお看取りです。先輩に同行してもらいながら、がん末期の利用者さんを担当させていただきました。利用者さんご自身の「ゴルフがしたい」というご希望や、息子さんの「父が死ぬまで仕事を休み続けると、まるで死ぬのを待っているみたいで嫌だ」といった葛藤を伺う中で、ご本人・ご家族が納得のいく落とし所を見つける難しさを感じました。 いよいよ最期を迎えるとき、私はオンコールの担当ではなかったのですが、「万が一のときは連絡してください」と担当者にお願いしておき、ご家族と一緒にお看取りをさせていただきました。利用者さんの奥様が泣いて私に抱きついてこられたため、私も思わず泣いてしまいました。ご家族と一緒に利用者さんを見送り、エンゼルケアもさせていただいたこの日のことは、強く印象に残っていますし、「これこそが訪問看護の魅力なんだ」と思いました。先輩に「がんばったね」とジュースをおごってもらい、また泣いてしまったことを今でも覚えています。 私が新卒で訪問看護師になろうと思ったのは、学生時代に参加したNPO法人がきっかけでした。そのNPOは「社会的マイノリティの可能性に焦点をあてる」という理念で活動するメディアで、そこでの人や価値観との出会いが私の根底になっている気がします。学生時代の経験から「治らない病気や障害がある中で、どのように折り合いをつけながら幸せに生きることができるか、その伴走をしたい」と思うようになりました。その中で、訪問看護という選択肢が自分のやりたいことに近いと思い、志しました。最近の訪問看護で心に残っている方は、老衰の過程でご家族と相談しながら点滴等を行い、自宅で最期まで過ごされた利用者さんです。認知症の影響もあり清潔ケアや排便ケアを嫌がることも多々ありました。しかし、丁寧に声掛けや関わりをしていく中で穏やかな様子もみられるようになり、帰りにはいつも「ありがとうね」と手を握ってくれました。その利用者さんは、偶然私がオンコール担当の際にお看取りをすることとなりました。親戚の方々が大勢集まり、みんなで利用者さんの思い出を語りながら涙あり、笑いありの和やかな時間が流れていて、とても愛されていた利用者さんの「人柄」が垣間見えた時間でした。帰り際にご家族の方から「関口さんがきてくれて、いい最期をむかえることができました」とおっしゃっていただき、一看護師としてだけでなく、一個人としても関われたのかなと嬉しく思い、印象に残っています。 地域で活躍する若手看護師とつながりたい ―コミュニティ運営を始めたきっかけと想いについて教えてください。 もともと新卒で訪問看護師になる時に、「新卒訪問看護師の会」というコミュニティに参加していました。大学には1学年100人ほど看護学生がいましたが、訪問看護師に興味を持つ人や新卒で訪問看護師を目指す人がおらず、外のコミュニティに参加していたんです。そこで全国に散らばる訪問看護師の同期と知り合うことができました。しかし、次第に訪問看護師だけでなく、「地域でその土地に根差して活躍する若手看護師と、幅広いつながりを作りたい」と思うようになり、2020年にコミュニティを立ち上げたという経緯があります。 ―これまでの活動の中で、一番思い出深い活動について教えてください。 立ち上げて初めて行った第1回座談会キックオフ会が印象に残っています。初めてのイベントということもあり、人が集まるかは不安がありました。しかし、最終的にはデイケアやマッサージサロン、看護小規模多機能型居宅介護(かんたき)など、地域のさまざまな場で働く看護師の皆さんが集まってくださいました。私たちがコミュニティを立ち上げた当初から抱いていた想いに沿ったイベントができて、感慨深かったですね。 さまざまな場で働く看護師さんたちとイベントを開催していますが、「新卒訪問看護カフェ」が一番印象的です。最近、新卒訪問看護師の採用は増えつつあるものの、私たちが訪問看護師になった時と困りごとはそこまで変わっていません。自分自身も教育のことやキャリアのことなど悩みが多かったので、少しでも同じような想いを持つ人の力になれればと思っています。「新卒訪問看護カフェ」は今年から始めて5回ほど実施しており、ニーズも感じているので引き続きやっていきたいと思います。 共感も、異なる視点からの気づきもある ―コミュニティ活動から得られたことについて教えてください。 コミュニティ自体を自分たちのプラットフォームとして利用でき、職場以外の人の意見を伺えることは非常にありがたいです。異なる職場や地域の方の話を伺い、共感できる話もあればまったく異なる視点で新しいことに気付ける話もあり、毎回勉強になります。実際に自分が知りたい内容で「デイサービスを語る会」や「島の看護師さんに聞く会」、「遺体感染管理士から学ぶ看取りケア」などを企画しましたが、どれも非常に有意義なイベントとなりました。自分の興味あることを企画できるので、楽しくやっています。 ―これからの活動について教えてください。 やっぱり継続することが大事だと思います。運営側も仕事をしながら行っているため、こういった活動はなかなか続けていくことが難しく、実際不定期にもなってしまっています。しかし、実際にイベントをすると周りの話から気づきや癒やしを得ることができ、明日からの仕事を頑張ろうと思えることが多いです。参加してくださる皆さんのためにも、少しずつでも活動を継続したいと思っています。 自分にフィットする仕事を見つけてほしい ―看護学生や若手看護師に対して、メッセージをください。 看護師は命を預かる責任があり、自分を制御しなければいけない時が多いかと思います。その中で自分の好きなことややりたいことに蓋をしすぎずに、自分の感覚とフィットする仕事と出会える人が増えるといいなと思っています。「まちのかたすみ。」でいろんな企画をゆるりとしているので、自分が「いいな」と思える働き方や生き方と出会えるお手伝いが少しでも出来ると嬉しいです。 >>後編はこちらまちのかたすみ。「新卒訪問看護師カフェ」イベントレポート【8/26&9/9開催】 執筆・編集: NsPace編集部

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】

呼吸困難とは呼吸時の不快な感覚のことをいいます。ご本人が「息苦しい」と感じる主観的な症状であるため、呼吸不全の病態と一致しないことも少なくありません。今回は末期の肺がんを患う鈴木さんのケースを通して、呼吸困難への対応を見ていきましょう。 在宅療養を始めたばかりの鈴木さん 鈴木さんは62歳の肺がん末期の利用者さんです。専業主婦として過ごしてこられましたが、2年前に肺がんが判明。抗がん剤治療を行っていましたが、効果がなくなり、自宅で過ごすことを選択されました。鈴木さんは両肺に多発転移、右胸に胸水貯留があるという状態です。 訪問看護師であるあなたと初めて会ったとき、鈴木さんは笑顔でした。1L/分で酸素が流れている経鼻酸素カニューレを手放せない状態ではありましたが、特に痛みもなく、息苦しさもないとのこと。酸素飽和度95%と呼吸状態もある程度保たれていました。 鈴木さんはご主人と娘さんの三人暮らしで、家事はすべてご主人がやってくれています。居間に置かれた介護用ベッドで療養されており、ときどきさみしそうな表情を浮かべることがあり、あなたはそれが少し気になっていました。 呼吸困難の訴えがあり夜間に訪問 退院翌日の夜10時、あなたが持っていたステーションの緊急用携帯電話が鳴りました。鈴木さんのご主人からです。 ご主人: 妻が1時間ほど前から息が苦しいと言っています。酸素の量を3L/分まで上げてもいいと言われていたので、酸素を増やして、背中をさすっていたのですがよくなりません。このまま息が止まってしまうのではないかと不安になり、電話をしました。 あなたはすぐに訪問する旨を伝えて、自転車で鈴木さんのご自宅に向かいました。訪問に向かう間、あなたはいろいろなことを考えていました。酸素飽和度が極端に低下していたら…、酸素を増やしても苦しいのだから主治医にすぐ連絡するべきなのだろうか…、そんなときに自分は何ができるのだろうか…。薄曇りの初夏の夜のことでした。 訪問してみると、居間のベッドで鈴木さんが座り込んでいました。起座呼吸の言葉が頭をよぎります。かなり状態がよくないのではないかと思い、鈴木さんに声をかけて、症状を聞きながら酸素飽和度と血圧を測定しました。鈴木さんの息はかなりハアハアしています。 鈴木さん: 胸の奥が何か締め付けられるような感じで、空気がうまく入っていかないの。このままだともっと苦しくなるような気がして…。 鈴木さんの酸素飽和度は98%(酸素投与量 3L/分)、血圧120/68mmHg、脈拍98回/分、呼吸数22回/分と大きな異常はありません。 リラックスを促し症状を緩和 まずあなたは、窓を開けて居間に風を呼び込むことにしました。窓を開けると幸いさわやかな風が吹き込んできました。次にベッドを45度程度にギャッジアップしました。クッションを集め、つらくない姿勢をとりました。右を下にしたほうが、少し楽になるようでした。 鈴木さんのように胸水が片側にたまっている患者さんの場合、側臥位をとると楽になったり、呼吸状態がよくなったりします。どちらの向きにするかは、胸水や酸素の状態によって違ってきますので、患者さんご本人の反応やSpO2などをみて調整するとよいでしょう。よくいわれているのは胸水がたまっているほうを上にすることですが、胸水の量が多いと健側の肺が胸水によって圧排され、かえって呼吸困難が強まることもあるので注意が必要です。 ベッドの脇には友人からの退院祝いである百合の花が置かれていました。匂いがきついと感じたあなたは、その花を隣室に移し、匂いがこもらないようにしました。 10分ほど背中をさすっていると「だいぶ楽になってきたわ」と鈴木さんが話されました。呼吸数も13回/分ほどまで改善している様子です。さらに30分ほど背中をさすり、当面状態が悪化する可能性は少ないことをご主人と鈴木さんに説明し、鈴木さんのお宅を後にしました。 薬物療法ではモルヒネや抗不安薬を使用 翌日、申し送りでそのことをスタッフに説明すると、ベテラン訪問看護師の西水さんから声をかけられました。 西水さん: よく対応したわね。私でもあなたと同じように対応したと思うわよ。特にあなたが窓を開けて空気の流れをつくったことはすごくいい工夫だと思ったわ。海外では携帯用のファンを持たせるように患者に指示して、苦しくなったら口元にファンで風を送り込むように指示している先生もいるそうよ。 あなた: そうなんですか。百合の花の匂いが少しきついなと思ったので風を送るようにしたのですが…。何とか楽になってくれてよかったです。でも、夜中にまた呼ばれたらどうしようとあまり寝られませんでした。 西水さん: そうね、先生たちはこんなときのため頓服の薬を出してくれているから、それを服用させるのも一つの手よね。たいてい抗不安薬であることが多いわ。でも緩和ケアの先生たちはモルヒネやヒドロモルフォンの速放性製剤を出してくれることが多いのよ。 あなた: 患者さんにとって呼吸が苦しいというのは、不安というか、恐怖だと思います。なので、抗不安薬が処方されるのは分かるのですが、医療用麻薬が処方されるはなぜですか? 西水さん: 医療用麻薬のうちモルヒネとヒドロモルフォンは呼吸困難を改善させる効果があるとされているの。その機序ははっきりと分かっていない部分もあるのだけど、呼吸中枢に働いて呼吸数を減らすといわれているわ。呼吸数が減るとずいぶん楽になるのよ。 あなた: そうなんですね。勉強になりました。ところで、西水さん、実は鈴木さんのことで気になることがあるのです。初回訪問の時、鈴木さんが少しさみしそうな表情をされているように思ったんです。鈴木さんの娘さんが同居されているのですが、昨日、今日とお会いしなかったことも少し気がかりで…。 西水さん: あなたがそう思うなら、お二人に聞いてみるのはどうかしら。 あなた: わかりました、聞いてみます。 どこかさみしそうだった本当の理由 翌日の定期訪問では、鈴木さんは息苦しさも改善して穏やかに過ごされていました。体のチェックでも胸水はさほど増えていないと思われ、酸素の投与量を医師の指示で1L/分に減らしても、酸素飽和度は95%と大きな問題はなさそうです。 ご主人もいらっしゃったので、あなたは思い切って鈴木さんご夫婦に切り出しました。 あなた: 素敵なご夫婦ですね。これだけご主人がかいがいしくお世話をされるご夫婦はそう多くはありませんよ。 鈴木さん: ありがとう。でもそんなによくはないのよ。 あなた: 確か娘さんもご一緒でしたよね。あまりお見かけしないなと思って…。 鈴木さん: 娘は…。 そう言いかけて、鈴木さんは途中でだまってしまいました。 あなた: 話したくないことでしたら、無理にお答えいただかなくても結構ですよ。 鈴木さん: そんなことはないの。でも、少し娘のことを考えると申し訳なくて…。 あなた: よかったら聞かせていただけませんか。 鈴木さん: 娘は会社でプロジェクトのリーダーを任されているのよ。毎日遅くまで仕事して、疲れ果てて帰ってくるの。この1年ほどは食事もほとんど一緒にとっていないわ。そんな生活だから、私が退院するとき、娘はそのまま緩和ケア病棟に入るように強くすすめてきたの。家に帰ってこられても、自分には私を世話できないって。それは無理のないことだとも思ったわ。でも、私はどうしても家に帰りたかった。味気ない病院の天井を見ているのはもう限界だとも思ったの。幸い主人が帰ってもいいよと言ってくれたので、こうして帰ることができたのだけど。娘は気分が悪いらしく、帰ってもほとんど会ってくれないの。夜遅く帰った後に夫が声をかけても「疲れたから寝る」と言って、ほとんど口も聞いていないのよ。娘にとって私は迷惑なのかもしれないわね。きっと主人にとっても迷惑なのよね。この前のようなことがまたあれば、緩和ケア病棟に入ったほうがいいかもしれないわね。 あなた: そうだったんですか。でも、鈴木さんは家で過ごしたいんですよね。 鈴木さん: できればだけど…。 娘さんに手紙を書いてみることに あなたはその日はそのままステーションに帰りました。ステーションに帰ると管理者の望月さんと先輩の西水さんに相談しました。また、主治医の先生にも報告し、まずは訪問看護のほうから娘さんにアプローチすることにしました。 あなたはまず娘さんに手紙を書いてみることにしました。書き出しは悩みましたが、鈴木さんが娘さんに引け目を感じていること、不安やさみしい気持ちがあるように見えること、つらい症状は精神的な要因から生じている可能性があることを記載しました。そして、最後にステーションに電話をもらえるようにお願いをしてみました。 手紙を渡した翌日の午後、娘さんから電話がありました。 娘さん: お手紙、ありがとうございました。母のこと気遣っていただき、感謝しています。正直なところ仕事も忙しく、母が自宅に戻ってきたことで私に何ができるのか、すごくモヤモヤしていたのです。私は緩和ケア病棟に行くように強くすすめたのですが、今の両親を見ていると、自宅に戻るのも悪くないかなって思うようになって…。でも、あれだけ自宅に戻ることを反対した手前、母の前に行きづらくて。ほとんど話すことも見つからないのです。上司は事情を知っていて、私にしばらく介護休暇を取るようにすすめてくれるのですが、この仕事を放り出すわけにも行かず、悩んでいました。 あなた: そうだったんですね。娘さんもつらい思いをされていたのですね。もしよかったら、忙しいとは思うのですが、一度、主治医から鈴木さんの病状について説明を受けていただくお時間をつくっていただけないでしょうか。私たちも同席し、娘さんをどのように応援できるのか相談させていただければと思うのです。 娘さん: ありがとうございます。分かりました、時間をつくってみます。 あなたは、主治医と管理者に娘さんと話した内容を伝え、彼女と相談する時間をつくってもらうようお願いしました。そしてご主人にはきちんとこのことを伝えておくようにしました。 >>後編はこちら呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

失禁関連皮膚炎(IAD)のアセスメントと予防
失禁関連皮膚炎(IAD)のアセスメントと予防
特集 会員限定
2023年10月24日
2023年10月24日

スキンケアのポイントは?失禁関連皮膚炎(IAD)のアセスメントと予防

おむつで覆われている皮膚は、高温多湿な環境にあり、排泄物の付着により浸軟しやすく感染リスクも高くなります。特に脆弱な皮膚の高齢者や乳幼児には注意が必要です。療養者は、局所にスキントラブルを生じた場合、排泄物の付着による不快感や掻痒感、疼痛などの苦痛を伴います。同時に、頻回な局所の観察や治療が必要になると、療養者にはさらに精神的な苦痛を強いることになりQOLにも影響を及ぼすといえるでしょう。 療養者の自尊心や羞恥心に配慮した排泄ケア・看護を行うとともに、失禁関連皮膚炎(IAD:incontinence associated dermatitis 以下「IAD」)を理解した上で、予防的なスキンケアを実践し継続することが求められます。今回は、皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表の岡部美保さんに、失禁関連皮膚炎(IAD)の予防的スキンケアを中心に解説いただきます。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 IADのアセスメント IADは、おむつに覆われた皮膚(角質層)が湿気により浸軟して、バリア機能が破綻した状態になっているところに、排泄に含まれる消化酵素や細菌が、皮膚(真皮)組織の内部に入ることで生じる皮膚組織の障害です。 排泄物が付着する部位は、排泄物の性状や量、おむつの材質や当て方などにより、場合によっては大腿部にもみられます。個々の排泄状況やケア状況を確認することが必要となり、注意深く観察することが大切です。 アセスメントのポイント 【皮膚をみる】 部位(どこに)、時期(いつから)、程度(どのように)発症の経緯皮膚の状態(たるみ・浸軟・紅斑・びらん・潰瘍)掻痒感の有無痛みの有無・程度局所ケアの方法使用している外用薬IAD-setを用いた評価 【全身状態をみる】 年齢、性別、基礎疾患失禁の状態、排泄物の性状・量ドライスキンの有無浮腫の有無糖尿病(血糖コントロール不良)放射線治療の既往・継続中(骨盤内照射)薬剤の使用(下剤、止痢剤、免疫抑制剤、抗がん剤、ステロイド剤、抗菌剤)膀胱直腸瘻、直腸膣瘻バイタルサイン関節拘縮の有無、関節可動域食事摂取量、水分摂取量栄養摂取経路(方法)、経腸栄養投与速度・量栄養状態尿・便以外の刺激物の接触(帯下、下血) 【生活環境をみる】 失禁が生活に及ぼす影響日常生活動作(ADL)・好みの体位・1日の多くを過ごす姿勢頭側挙上の有無・時間、座位の有無・時間おむつの使用(交換頻度、使用しているおむつの種類・枚数、おむつ交換時のスキンケア方法)寝具の種類介護者の介護力・介護方法経済状況 【人・ライフスタイル・価値観をみる】 清潔習慣、入浴の頻度・入浴時の湯温度・入浴時間スキンケアの方法(洗浄剤・保湿剤の種類、具体的なケア方法、頻度)ケアの拒否・困難さ家庭にあるスキンケア用品本人の思い・希望家族の思い・希望 アセスメントには、おむつに覆われた皮膚の状態と療養環境を観察することが大切です。 尿失禁や便失禁の原因、行われている治療やケアのアセスメントも欠かせません。下痢のアセスメントには、栄養管理の情報も必要になります。特に下痢には、経腸栄養剤の種類や投与方法、投与時間の確認などが大切になりますが、下剤の使いすぎということも少なくありません。また、下剤の使用量やタイミングによって便秘と下痢を繰り返し、スキントラブルが改善しないということもあります。 介護する家族によっては、臀部を消毒用アルコールで清拭をしている方、おむつ交換ごとに石鹸を用いた洗浄を行なっている方などさまざまです。個々の生活習慣や価値観によって、さらにはそれぞれの家庭ごとに排泄に関するケアが異なります。排泄に影響を及ぼすさまざまな要因を、広い視点でみることが必要です。 IADのアセスメントには、「IAD重症度評価スケール:IAD-set」があります。IAD-setは、日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術教育委員会によって開発されたIADのアセスメントができるツールです。IAD-setは、排泄物が皮膚に付着する状況にある場合に使用します。評価は、【Ⅰ皮膚の状態】と【Ⅱ付着する排泄物のタイプ】の2つを行います。評点が大きいほど重症と判断し、点数が減少することで改善と判断することができます。 IAD重症度評価スケール:IAD-set IADの予防的スキンケア IADの標準的なスキンケアは「清拭・洗浄・保湿」です。加えて、排泄物が皮膚に付着することを予防するために、保護のスキンケアを行うことも大切です。 便失禁のスキンケア ■清拭排泄を確認したら、その都度清拭を行いましょう。市販のおしりふきやトイレットペーパーに皮膚清拭剤などを使用すると、拭き取りの際の滑りがよく、皮膚への機械的刺激の軽減が期待できます。また、清拭の際は、皮膚を強く擦らないことが大切です。使用するタオルは、皮膚への機械的刺激が少ない、柔らかくふんわりしたものを選びましょう。 ■洗浄のスキンケア洗浄剤を用いて1日1回、皮膚に付着した排泄物や汚れを洗い流します。排泄物が付着していると洗浄剤を用いた洗浄を行いたくなるものです。しかし、皮膚洗浄剤を用いた頻回な洗浄は、皮膚への化学的刺激が大きくなります。そのため、排便回数が多い場合でも洗浄剤の使用は1日1回としましょう。弱酸性洗浄剤を選択し皮膚への化学的刺激を最小限にとどめます。 ■保湿のスキンケア1日1回以上、保湿剤を塗布しましょう。洗浄により皮脂は洗い流されるため、入浴や洗浄後に、保湿剤を塗布するということを習慣化できると良いです。保湿剤は、排泄物が付着している部位や、排泄物が付着する可能性があるすべての部位に塗布しましょう。 ■保護のスキンケア排泄物が皮膚へ付着することを予防するために白色ワセリンやジメチコン(シリコーンオイル)などが配合されている撥水性皮膚保護剤(撥水性皮膚保護クリームや保護オイル)を塗布します。 撥水性皮膚保護剤は、製品の皮膚保護力により使用する頻度や撥水の程度が異なります。保湿成分含有の製品もあります。使用する製品の特徴を理解した上で、皮膚の状態やケア環境にも考慮し、使う人にあった製品を選びましょう。 尿失禁のスキンケア 便失禁のスキンケアと同様の清拭・洗浄・保湿を行い、おむつなどを用いて尿の収集を行います。 ■おむつ選びについて便失禁・尿失禁のある療養者のおむつ選びは、日常生活自立度、身体のサイズ、失禁のタイミングや回数・量などを考慮して選択します。排泄物を吸収したパッドやおむつは、皮膚pHに影響を与えるため、排泄後は速やかに交換を行いましょう。尿取りパッドを選択する際は、逆戻りがない、通気性の良い高性能、吸収体の面積が小さく尿の接触面積を縮小できるものがおすすめです。なお、男性には、男性用の尿取りパッドがあります。 ■療養生活への配慮水様便に対応する軟便専用のパッドがあります。軟便専用パッドは、尿取りパッドに比べ便の収集率が高く、水様便の流れ出しが軽減できます。便の収集率や吸収に優れているとはいえ、軟便専用のパッドを、長時間使用し続けることは避けましょう。便の付着を完全に防ぐ製品ではありませんので、水様便が排泄されたら、速やかにパッド交換を行うという意識を持つことが大切です。製品によって、吸収量やパッド内部の構造が異なりますので、便の性状や量、皮膚の状態に合った製品を選びましょう。 夜間、頻回な尿取りパッドの交換により、療養者や介護者の安眠が妨げられる場合や、尿取りパッドでは対応が困難な場合、男性にコンドーム型収尿器を紹介することもあります。コンドーム型収尿器は、装着に技術を要する場合もありますので、皮膚・排泄ケア認定看護師の技術支援が得られる方法を検討することも必要です。便の性状に経腸栄養剤が影響している可能性がある場合は、かかりつけ医や管理栄養士に相談をして、経腸栄養剤の種類や投与方法について検討しましょう。緩下剤を使用している場合は、かかりつけ医に相談をして便性状の調整を検討することも大切です。 在宅WOCナースがおすすめするIADのケア びらん・潰瘍部:スキンケアのポイント 洗浄のスキンケアの際、洗浄に痛みを伴う場合は、温めた生理食塩水を使用すると疼痛が軽減できます。びらんを生じている場合、局所にストーマ用品の粉状皮膚保護剤を散布した後、びらん部に粉が密着した上に皮膚被膜剤を塗布します。 粉状皮膚保護材を使用 失禁の頻度や機械的刺激によって粉状皮膚保護剤が剥がれてしまう場合は、皮膚・排泄ケア認定看護師などへ相談し、粉状皮膚保護剤と亜鉛華単軟膏を混ぜたものを塗布することを検討しましょう。亜鉛華単軟膏に粉状皮膚保護剤を合わせることで緩衝作用に優れ、皮膚の保護においても効果を発揮します。 亜鉛華軟膏を使用 なお、この方法は、カンジダ症の疑いがある場合は、症状を悪化させる可能性があるので注意が必要です。 ハイドロコロイドドレッシング材やストーマ用の板状皮膚保護剤を使用する場合は、適当な大きさにカットしモザイク状に局所へ貼付します。排泄物で汚染した部分や溶解・膨潤した部分など、一部のみを交換することができます。さらに、モザイク状に貼付した隙間には粉状皮膚保護剤を充填することにより、露出した皮膚を保護することができます。 ポリエステル繊維綿によるケア ポリエステル繊維綿で、肛門周囲から会陰部にかけての皮膚と、おむつの間の隙間を埋める製品もあります。水様便が臀部皮膚に拡散せずパッド内へ吸収されることにより、皮膚への付着を軽減できます。ポリエステル繊維綿はパッドと一緒に、排便ごとに交換します。 装着型肛門様装具や単品系ストーマ装具によるケア 水様便が持続する場合(非感染性の下痢)、装着型肛門様装具や単品系ストーマ装具などで便を回収することもできます。ただし、装具の装着には技術が必要で、療養者は装着中の違和感を伴うことも。装具の購入費用もかかります。療養者・家族と相談の上で使用を検討しましょう。また、装具装着の際は、皮膚・排泄ケア認定看護師の技術支援が得られる方法を検討することも必要です。 医師との連携 皮膚科医によりIADと診断された潰瘍の治療方法については、皮膚科医が指示する外用薬を使用しましょう。皮膚カンジダ症をはじめとした感染徴候が確認されたら、かかりつけ医もしくは皮膚科医へ相談し、感染の有無の確認をすることが大切です。感染が確定したら、医師の指示のもと治療を行います。 執筆: 岡部 美保皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表1995年より訪問看護ステーションに勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマ、排泄に関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。 【参考】〇岡部美保(編)『在宅療養者のスキンケア 健やかな皮膚を維持するために』日本看護協会出版会.2022.〇一般社団法人日本創傷・オストミー・失禁管理学会編. 『IADベストプラクティス IAD-setに基づくIADの予防と管理』照林社,2015.

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