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ケアマネと管理者、二つの視点で紡ぐ訪問看護〜衣病訪問看護ステーション 安田さんにインタビュー〜
ケアマネと管理者、二つの視点で紡ぐ訪問看護〜衣病訪問看護ステーション 安田さんにインタビュー〜
インタビュー
2026年3月10日
2026年3月10日

ケアマネと管理者、二つの視点で紡ぐ訪問看護〜衣病訪問看護ステーション 安田さんにインタビュー〜

ケアマネージャーと管理者の二つの役割を担いながら、日々利用者に寄り添う安田真琴さん。子育ても両立しつつ、仲間と「楽しい看護」をつくりあげてきました。その背景には、安田さん自身の経験から生まれた視点と、仲間と築いたチームの力がありました。 【※本記事はNsPace Career が事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はNsPace Career が担当しました。】 安田さんのキャリアと訪問看護との出会い 安田さんが看護師として歩み始めたのは、内科外来のクリニックでした。その後、外科と整形外科の混合病棟、内科病棟、外来や手術室など、さまざまな領域での経験を重ねてこられました。 そんな折、ある患者さんとの出会いが安田さんの心に深く残ります。 「病院では食事がなかなか食べられず、主治医と一緒にさまざまな工夫をしていた患者さんがいました。その方が『妻と一緒にいたい』と退院され、訪問看護で様子を見に行ったら…驚くほどモリモリ食べていたんです。環境がこんなにも人に影響するのかと、強く感じた瞬間でした」 「あの笑顔がまた見たい」と、訪問看護師への想いが強まった安田さん。 訪問看護を始めるにあたり「ケアマネージャーの資格が役に立つ」とアドバイスを受けた安田さんは、在宅分野への移動を見据えて資格を取得。こうして訪問看護の世界に足を踏み入れました。 爽やかな笑顔で訪問にむかう安田さん 子育てと両立しながら、変化する働き方 訪問看護師として常勤勤務を始めて間もなく第一子を出産。夜間オンコールが難しいため非常勤へ切り替えました。 「ありがたかったのは、非常勤でも産休・育休が取れたことです。子育て中も無理せず働き続けられる環境でした」 第二子出産後はしばらくケアマネ業務に専念。ライフステージに応じて柔軟に働き方を選べる職場の風土が、安田さんを長く支え続けています。 そしてコロナ禍による看護師不足をきっかけに、再び訪問看護の現場へ。現場への想いとこれまでの経験を買われ、管理者の役割を任されることになりました。 「訪問看護ステーションだけの視点ではなく、“誰に相談すれば利用者さんにとって最適か”を常に考えられるようになりました」 ケアマネージャーとして培った俯瞰力が、管理者としての判断や多職種連携にも大きく活きています。 コロナ禍で見えた、チームで守る連携体制 安田さんが管理者として働き始めたころは、コロナ禍による人手不足や利用者さんへのサービス提供の制限が続く厳しい時期でした。 「コロナ禍は本当に大変だったんですけど、その時からいてくれるメンバーも新しく入ったメンバーも、みんな頑張ってくれました」 こうした経験が、チームとしての結束力をあげているそうです。また、安田さんはステーションで働くスタッフの良さをこう語ります。 「うちは“利用者さんのために納得できるまで”を大切にしています。便秘ひとつでも根本から考えようとするスタッフばかりです」 毎朝のカンファレンスで疑問や不安を共有し、議論が長引けば夕方に再度集まることもあります。 「利用者さんのことを考えて、“あれがいいんじゃない”“いや、こっちの方がいいんじゃない”と熱く話し合える方が看護の質を高める上でおもしろいんじゃないかなと思うんで」と、スタッフの成長やモチベーションの高さを温かく見守る安田さんの姿があります。 また、訪問中に感じたことや悩みも、素直に吐き出せる風通しの良さもあります。 「愚痴でも感想でも、何でも話せる環境だからこそ、長く続けられると思います」 辛いこともある中で、安田さんは「楽しい看護ができる職場にしていきたい」と話します。 利用者さんについて熱心に話し合うステーションの皆さん 新人看護師への教育とキャリアアップ体制 新しく加わった看護師には、まず1週間の同行見学期間を設け、その後も3回程度の同行訪問で徐々に慣れてもらいます。独り立ち後もプリセプターが付き、成長に合わせて支援します。 「訪問中に少しでも不安があれば、すぐ電話してほしいと伝えています」 実際に訪問の際に慌てて連絡してきたスタッフにも、丁寧に対応しているそうです。 「例えば、訪問中に『この排泄量は利用者さんにとって問題ないことなのかな』と不安になったスタッフが、電話をかけてきたことがありました。利用者さんに長く訪問している先輩看護師であれば、誰でも答えられるようにしています。」 法人全体としても、看護師の成長支援に力を入れており、クリニカルラダーを導入し、段階的にスキルアップを図る体制が整っています。 「認定看護師や専門看護師、特定行為研修に関しても、学費の補助制度があります。学びたい気持ちを応援してくれる仕組みがあるのも、心強いですよね」 利用者・地域とつながる日常の積み重ね 衣病訪問看護ステーションでは、利用者さんのために多職種を巻き込んだカンファレンスが日常的に行われています。 「必要があれば、病院や訪問診療の先生、ケアマネにも声をかけて、カンファレンスで丁寧に整えていくんです」 こうした場を実現できるのは、多職種それぞれが「利用者さんのためなら必要な時間」と理解しているからこそ。 「衣笠病院の先生も、ケアマネージャーも、訪問診療の先生も、みんな“巻き込まれてくれる”ので、本当にありがたい環境だなと思っています」 また、地域とのつながりづくりにも積極的です。町内会を巻き込んだ会議や地域連携会議への参加、横須賀の拠点ブロックで行われる看護師同士のグループ研修など、顔の見える関係を大切にしています。 「“ひと”が相手の仕事だからこそ、関係性を大事に。職場の内外を問わず、自然につながり続けていけたらと思っています」 こうした姿勢が、利用者や地域の人々に「ここに相談すれば安心」と思ってもらえる信頼の土台となっています。 インタビュアーより 穏やかな語り口で、時に笑いも交えてお話しくださった安田さん。利用者にもスタッフにも誠実に向き合い、笑顔で働ける職場を目指す姿が印象的でした。ケアマネージャーと管理者、二つの視点を持つ安田さんだからこそ描ける訪問看護の形が、ここにはあります。 事業所概要 事業所名:衣病訪問看護ステーション 開設:1996年10月1日 法人名:社会福祉法人日本医療伝道会(衣笠病院グループ) 所在地:神奈川県横須賀市小矢部2-23-1(衣笠病院内) 管理者:安田 真琴 最寄駅:JR横須賀線「衣笠駅」徒歩5分 電話:046-852-1471 FAX:046-852-1485 メール:health@kinugasa.or.jp / soumuka@kinugasa.or.jp Webサイト:http://www.kinugasa.or.jp 介護保険事業所番号:1461990043 事業所紹介ページ:https://ns-pace-career.com/facilities/16744  ステーション紹介:地域密着の衣笠病院グループが運営する訪問看護ステーション。自宅での療養生活を支えるため、ご利用者のQOLを大切にした看護を提供。教育体制や福利厚生も充実し、子育て中の方や訪問看護未経験者も安心して働ける環境です。 この記事を読んで「訪問看護、自分にもできるかも」と感じた方へ 「もっと患者さんと関わりたい」「自分らしい看護を実現したい」そう感じている看護師の方は少なくありません。 NsPace Careerナビでは、訪問看護の現場で働く看護師のリアルな声を多数掲載しています。 精神科訪問看護で活躍する看護師の声 未経験から訪問看護を始めた体験談 育児と両立しながら働く現場の実例 各ステーションの教育体制・チーム文化 さらに、キャリアの悩みやモチベーション維持のコツなど看護師として働くうえで役立つ記事も充実。 「自分に合う訪問看護の職場って、どんなところだろう?」そのヒントが、きっと見つかります。 ▶ 他の訪問看護師インタビューを読むhttps://ns-pace-career.com/media/ 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

悩んだ&困ったエピソード【つたえたい訪問看護の話】
悩んだ&困ったエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年3月3日
2026年3月3日

悩んだ&困ったエピソード【つたえたい訪問看護の話】

多職種で連携を行う在宅医療ではたくさんの人と関わるため、時折「聞いていた話と違う!」という困った出来事や、「どうやって支援環境を整えればいいの?」という困難な問題に遭遇することがあります。「みんなの訪問看護アワード2023」に投稿されたエピソードから、訪問看護をしていて困ったエピソードを3例ご紹介します。 「孫はSNSで発信を続ける売れないミュージシャン」 利用者さんの環境を整えるのも訪問看護師の大事な仕事ですが、利用者さんのご家族に悩むケースも少なくありません。 患者さんは78歳のご高齢。公営の団地に住まわれていました。息子さんは 子どもが産まれてすぐに離婚され子どもを引き取られました。息子さんは毎日仕事に忙しくされ家のことは何もされないので、この患者さんがお孫さんを育てあげた感じです。蜂窩織炎で毎日の処置が必要とのことで訪問看護が入りました。狭い団地にお孫さんの物らしき荷物がびっしりと詰め込まれ患者さんの寝る場所すらなく、患者さんは炊事場の前の小さなスペースに椅子に座って眠るという生活だったようです。そんなお孫さんはひと部屋の中にベッドを入れ、壁を背に配信のスペースを設け SNSに歌の配信を行っていました。しかし仕事はせずに患者の年金を当てに生活され、ほぼネグレクトな状態でした。こちらが挨拶をすれば挨拶を返してくれるような程度のコミュニケーションしか取れません。患者さんの生活基準も低くそこからの対応が必要な状態でした。結局、座ってしか眠れない状態では傷も良くならないということで患者さんは入院になりました。入院中に家の環境を整える話は出ていましたがその孫が連絡を取り合わないので話は進まない状態です。 2023年2月投稿 「退院カンファで『歩ける』って聞いたのに」 退院して在宅へ戻る際、医療機関の担当者と情報の共有を行いますが、評価の判断や言葉の認識が同じではないことを考えさせられる事例です。 コロナよりも数年前。回復期病棟から退院予定の60代の女性。もっと動けるようになりたいと、訪問看護とリハビリを希望。退院カンファでPTより「装具と杖で歩行は自立」と言われる。初訪問で家族から一言「歩けません!」。よくよく聞くと「装具をつけていない」ことが発覚。装具をつけて解決かと思ったら、本人も家族も、装着の方法も必要性も分かっていなかった。「普通家では靴もこんなの(装具)もつけないでしょ」と本人。必要性を伝え、着脱練習を何度か繰り返した後、スタッフ不在でも歩行可能となる。退院直前まで、機能の底上げに偏りすぎてはいけない、歩く動作の周辺を含めた、生活を意識したリハビリを病院でも意識してもらうことの大切さを感じました。 2023年2月投稿 「訪問サービスが本当に必要な場所とは」 目の前の利用者さんとの支援だけではなく、社会的な視点での問題に困ることもあります。 私は1ヵ月前に今の事業所へ転職した、まだまだ未熟者の新人訪問看護師です。私の事業所は、1年ほど前より、離島への訪問を行っています。離島での訪問看護に必要性を感じた社長が、自ら村長と話をし、島民への訪問看護・リハビリが始まりました。ご存知の通り、離島などのへき地は、若い方は少なく、高齢者が多いため、老老介護や家族介護がほとんどです。施設や病院もなく、診療所に医師と看護師が1人ずつ。離島医療がテーマの某ドラマを生で見ているようでした。都合上月にたった2回の訪問ですが、利用者のADLが以前と比べ明らかに変化してきていると聞き、さらなる可能性を感じます。また、倒れていても、周りに人がいない等の理由で、発見や対応が遅れてしまうことも多々あるとのことでした。現在、昔と比べ、訪問看護ステーションの数はかなり増えてきてますが、本当に必要な場所へはまだまだ普及していないのが現実です。 2023年1月投稿 事業所内の「報・連・相」もしっかりと 今回は3例の実体験を通じ、異なる困りごとをご紹介しました。支援環境を整えられないという社会的・物理的な問題から、対人的な問題まで日々さまざまな困りごとが発生します。訪問看護は原則1名で訪問しているため、こうした困りごとも1人で抱え込みがちです。「三人寄れば文殊の知恵」という言葉もある通り、管理者や先輩などと共有することで解決を図れることも多いでしょう。まずは社内のコミュニケーションを円滑にしていきたいですね。 編集: 合同会社ヘルメース イラスト: 藤井 昌子 

温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法
温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法
特集
2026年3月3日
2026年3月3日

温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法

温活は、体を温めることで自律神経のバランスを整えたり、血流を促進することで体の不調を緩和したりする効果が期待できるシンプルな健康習慣です。日常生活の中で簡単に取り入れられるため、訪問看護の現場でも活用しやすく、利用者さんの健康維持や生活の質向上につながります。 本記事では、温活の基本からメリット、実践方法まで解説します。ご自身の健康管理はもちろん、利用者さんやご家族への健康アドバイスの際にも役立ててください。 温活とは 温活は、体温の低下に伴うさまざまな不調を改善する取り組みです。体温が低下すると血流が滞り、免疫力の低下や代謝の悪化を招きます。特に現代人は冷暖房の影響やストレス、偏った食生活などによって体が冷えやすいため、意識的に温活を行うとよいでしょう。 温活では、体を外側と内側の両方から温めます。また、一時的に行うものではなく、日々の生活に根付かせる必要があります。 温活のメリット 温活には、次のメリットがあります。 自律神経が整うことでストレスが軽減する 温活を行うことで自律神経のバランスが整い、ストレスの軽減につながります。自律神経には、活動時に優位になる交感神経と、リラックス時に働く副交感神経があります。 冷えによって交感神経が過剰に働くと、体は常に緊張状態になり、ストレスを感じやすくなります。反対に、体を温めることで副交感神経が優位になり、心身ともにリラックスできるため、不安やイライラを軽減する効果が期待できます。 女性の健康維持に役立つ 女性は男性に比べて筋肉量が少なく、ホルモンバランスの変化によって冷えやすい体質の方が多く見られます。冷えが原因で生理痛や月経不順が悪化することもあります。 温活によって血行が促進されると、女性ホルモンバランスが整い、月経痛の緩和やホルモンバランスの乱れによる冷えの緩和が期待できます。 血行促進による冷え性・むくみの改善 体が冷えて血流が滞ると、手足の先まで十分な酸素や栄養が行き渡らず、冷え性やむくみを引き起こします。特に長時間同じ姿勢を続けると、下半身の血流が悪くなりやすく、足がむくみやすくなるでしょう。体を温めることで血管が広がり、血液の流れがスムーズになるため、冷え性やむくみの改善に役立ちます。 基礎代謝アップで、脂肪が蓄積しにくい体に 冷えは、体の基礎代謝を低下させ、エネルギー消費量が低下するため、余ったエネルギーが脂肪として蓄積されやすくなります。体を温めて血流が良くなると、基礎代謝が上がり、脂肪がエネルギーとして消費されやすくなります。 肌のターンオーバー促進による美肌効果 冷えによって血流が悪くなると、肌のターンオーバー(新陳代謝)が滞り、老廃物が排出されにくくなります。その結果、肌がくすんだり、ニキビや肌荒れの原因となったりすることがあります。 温活により、自律神経のバランスが整うと、新陳代謝が良くなり、肌トラブルの緩和が期待できます。 温活の方法 温活は、日常生活の中で簡単に取り入れることができる健康習慣です。運動や食事、生活環境の工夫などは、高齢者でも無理なく続けることができます。温活の方法について詳しく見ていきましょう。 運動で筋肉量を増やして体温を上げる 筋肉は、体内の熱を生み出す役割を担っています。高齢者は加齢により筋肉量が減少しやすく、基礎代謝が低下することで冷えを感じやすくなります。そのため、日常生活の中で適度な運動を取り入れ、筋肉を維持・増強することが大切です。 激しい運動をする必要はなく、散歩や階段の上り下り、簡単なストレッチなど、無理なく続けられるものを選ぶとよいでしょう。 食生活を見直す 食べ物によって体を温める効果が期待できるものと、逆に冷やしてしまうものがあります。温活を意識するなら、体を温める食材を積極的に取り入れることが大切です。 たとえば、加熱した生姜やニンニク、根菜類などは体の内側から温める作用があります。一方で、夏野菜や南国の果物、冷たい飲み物は体を冷やすため、食べすぎに注意が必要です。 基本は、1日3食、規則正しく栄養バランスに優れた食事をとることです。一汁三菜を基本とし、炭水化物やビタミン、ミネラル、食物繊維などをバランスよくとりましょう。 エアコンの使い方を工夫する 現代の住環境では、エアコンが欠かせません。しかし、冷房の使い方によっては体を冷やしすぎてしまうことがあります。特に夏場の冷房は、室温と外気温の差が大きいと自律神経が乱れ、冷えやだるさの原因になります。 また、風が直接当たることも冷やしすぎや温めすぎにつながるため、スイングで風が体に当たらないようにしましょう。 冷えない衣服選び 衣服の選び方によっても、体の温まり方は変わります。特に「首」「手首」「足首」の3つの首を温めることで、血流をスムーズにし、全身を温める効果が期待できます。 締め付けが強すぎる衣類は、血流を悪化させるため避けるのがポイントです。また、就寝時も靴下や腹巻きを活用することで、寝冷えを防ぎ、快適な睡眠につながります。ただし、足の裏に熱がこもると良質な睡眠を妨げてしまうため、就寝時に靴下を着用する際は、着脱が楽なゆるめのものがおすすめです。 良質な睡眠をとる 就寝前にぬるめのお湯(38~40℃)に浸かることで体全体が温まり血行が促進されるだけでなく、寝つきが良くなり、深い眠りにつながるとされています。これは、入浴によって手足の末梢血管からの放熱が進み、深部体温が低下することで、自然な眠気が訪れるためです。また、上述したように副交感神経が優位になることで、心身の緊張がほぐれリラックスしやすくなります。こうした体の変化により、主観的な睡眠の質が向上し、より快適な睡眠が得られると考えられています。 * * * 訪問看護の現場では、利用者さんの生活環境や体調に合わせた温活のアドバイスを行い、適切なケアを提供することが求められます。食事や運動、衣類の工夫など、無理なく続けられる温活についてアドバイスし、利用者さんとご家族の健康をサポートしましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】〇厚労省.健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会.「健康づくりのための睡眠ガイド 2023」(令和6年2月)https://www.dietitian.or.jp/trends/upload/data/342_Guide.pdf2026/2/24閲覧

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
特集
2026年2月24日
2026年2月24日

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

最近では、高齢者に限らず、精神科領域に特化した訪問看護ステーションが増えてきています。訪問看護ステーションを運営するなかで、精神科訪問看護の訪問可否についての問い合わせも多くなってきているのではないでしょうか。今回は、精神科訪問看護の制度と自立支援医療制度の精神通院医療について解説します。 ※本記事は、2025年5月時点の情報をもとに構成しています。 精神科訪問看護とは 精神科訪問看護とは、精神疾患のある方に対して、医師の指示のもと自宅や施設を訪問し、精神症状の安定や身体症状の予防、服薬管理や生活支援などを通じて再発予防と生活の維持を図るサービスです。地域における精神医療の一環として提供されます。 精神科訪問看護を行うための要件 精神科訪問看護を行うと「精神科訪問看護基本療養費」を算定できます。この算定には厚生局への届出が必要であり、届出には、以下のいずれかに該当する保健師、看護師、准看護師または作業療法士が在籍していることが要件となります1)。 (1) 精神科を標榜する保険医療機関において、精神病棟又は精神科外来に勤務した経験を1年以上有する者(2) 精神疾患を有する者に対する訪問看護の経験を1年以上有する者(3) 精神保健福祉センター又は保健所等における精神保健に関する業務の経験を1年以上有する者(4) 国、都道府県又は医療関係団体等が主催する精神科訪問看護に関する知識・技術の習得を目的とした20時間以上を要し、修了証が交付される研修を修了している者 多くの場合、(4)の研修を修了した上で届出を行い、訪問看護を実施しているのではないでしょうか。 なお、精神科訪問看護は、精神科の医師が発行する「精神科訪問看護指示書」と「精神科訪問看護計画書」にもとづいて実施します。 精神通院医療(公費番号:52)における医療費助成 精神科訪問看護における医療費助成は、自立支援医療制度における「精神通院医療」に規定されています。対象は、精神疾患のため通院による継続的な医療が必要な方で、医療費の自己負担分の一部が公費で負担されます。 この制度で注意すべき点は精神通院医療の範囲です。「病院または診療所に入院しないで行われる医療」、すなわち通院医療で、「精神障害および当該精神障害に起因して生じた病態」が対象となっていることです。 医療費助成のしくみは図1を参照してください。高額療養費を控除した後、所得区分に応じた自己負担上限額までが自治体負担により助成されます。 図1 精神通院医療の医療費助成のしくみ 自己負担上限額は、表1に示したとおり、所得区分に応じた上限額か、1割を支払います。所得区分は、生活保護世帯から市町村民税課税世帯(所得割235,000円以上)までの6段階と、自己負担0円から自立支援医療対象外までに分かれています。また、「重度かつ継続」の該当の有無により、負担額が分かれます。 表1 精神通院医療の自己負担上限月額 ※1については、2027年3月31日以降は対象となりません。 なお、「重度かつ継続」の対象者は、以下のとおりです2)。次のいずれかに該当する方:●医療保険の「多数回該当」の方(直近の12ヵ月以内に、国民健康保険などの公的医療保険の「高額療養費」の支給を3回以上受けた方)●1~5の精神疾患の方(カッコ内はICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)による分類)1 症状性を含む器質性精神障害(F0) (例)高次脳機能障害、認知症 など2 精神作用物質使用による精神および行動の障害(F1) (例)アルコール依存症、薬物依存症 など3 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害(F2)4 気分障害(F3) (例)うつ病、躁うつ病 など5 てんかん(G40)●3年以上精神医療を経験している医師から「情動および行動の障害」または「不安および不穏状態」を示すことから入院によらない計画的かつ集中的な精神医療(状態の維持、悪化予防のための医療を含む)が続けて必要であると判断された方 受給者証と自己負担上限額管理票の取り扱い 精神通院医療の認定を受けると、患者さんには「受給者証」と「自己負担上限額管理票」が交付されます。受給者証は指定医療機関で使用できます。訪問看護ステーションが対象となるには、自立支援医療の「指定自立支援医療機関」としての届け出が必要です。 自己負担上限額管理票の運用については、訪問看護ではレセプト処理後に金額が確定するため、管理が複雑になる場合があります。 * * * 自立支援医療の精神通院医療は、更生医療や育成医療とは所得区分の扱いが異なるため、分かりにくい部分があるかもしれません。制度の概要を理解した上で、利用者さんの受給者証を確認し、レセプト返戻が発生しないよう適切に管理することが大切です。   執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省:訪問看護ステーションの基準に係る届出に関する手続きの取扱いについて(保医発0305第7号 令和6年3月5日).2)厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)について.https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000146932.pdf2025/5/28閲覧 【参考文献】○厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)の概要.https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsu/seishin.html2025/5/28閲覧

インタビュー
2026年2月24日
2026年2月24日

子育ても、学び直しも、今の自分を大切にできる職場~訪問看護ピアステーション 坂倉さんにインタビュー~

「学校に行きづらかった過去」「不登校の娘との時間」――代表・坂倉幸さんが精神科に特化した訪問看護事業を立ち上げた背景には、ご自身の体験に根ざした深い想いがありました。医療や福祉の枠組みを超え、「安心安全な家から社会とつながる第一歩を」と願いを込めて運営される『訪問看護ピアステーション』。未経験でも安心してスタートできる教育体制や、働く人の「今の暮らし」に寄り添う柔軟な働き方について、お話を伺いました。 【※本記事はNsPace Career が事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はNsPace Career が担当しました。】 「誰もが社会とつながれる場を」――訪問看護を始めた理由 -ご経歴について教えていただけますか? もともとはフリーランスのカウンセラーやコーチとして活動していたという坂倉さん。私立中学・高校などの教育現場で教職員の研修を任される中で、福祉事業所からも研修依頼が相次ぐようになったそうです。 「研修を通して、福祉って本当に素晴らしい分野だと感じたんです」 そう語る坂倉さんには、ご自身や娘さんが学校に行きづらかったという体験がありました。教育へのアクセスが経済格差や制度のはざまで制限される現状に直面し、支援の手が届きにくい家庭が多いことに気づいたといいます。 「中には親子で引きこもりになってしまう家庭もあります。何か公的な仕組みを使って、社会とつながる第一歩をつくれないかと考えて調べた結果、訪問看護にたどり着きました」 家にいながら安心して関わることができ、医療保険で費用負担も抑えられる訪問看護は、まさに社会への扉。その仕組みを活かすことで、「誰も取り残されない支援」が実現できるのでは――そんな想いから、『訪問看護ピアステーション』は生まれました。 寄り添う力を育む、“聴く”訪問看護 -ピアステーションが大切にしている支援のスタンスについて教えてください。 「支援者からアドバイスするのではなく、利用者さんのお話をじっくり聴くことを一番大切にしています」 そう語る坂倉さんの表情には、強い信念とともに、やわらかなまなざしが感じられました。 訪問看護ピアステーションは精神科訪問看護を得意としており、利用者の多くは、医療的な処置よりも心理的なサポートを求めている方々。だからこそ、支援者には“聴く力”が求められるのです。 「30分間しっかりと向き合い、アドバイスではなく質問を通して、その方自身のニーズを一緒に探っていきます。上からでも下からでもなく、伴走者として」 この「伴走」の姿勢は、スタッフ一人ひとりにも丁寧に伝えられています。 未経験でも安心――実践に根ざした教育体制 -未経験者の教育体制についても教えてください。 「精神科訪問看護が未経験の方には、精神科訪問看護研修会を受講してもらっています」 ピアステーションでは、利用者さんを“患者”ではなく、あくまでも“主役”として支援するスタンスを学ぶことから始めます。そのための講座や研修を整備しているそうです。 また、坂倉さん自身のカウンセリングやコーチングの経験を活かした実践的な研修も随時提供されており、希望者には支援資格の取得支援も行っています。 「もちろん強制ではなく、希望される方に提供する形です。でも、学びたいという気持ちはどんどん応援したいですね」 “教えて育てる”ではなく、“共に育つ”ことを大切にする――その言葉どおり、ピアステーションには優しさと主体性が共存する教育文化があります。 働き方は自分で選ぶ――ママナースにもやさしい環境 -働き方における工夫や柔軟性についてはいかがですか? 「基本的に直行直帰OKですし、パートさんはスポットでの訪問も大歓迎です」 ピアステーションでは、オンコールや緊急対応もなく、事前の相談があればお子さんの行事に合わせてお休みも可能とのこと。 「私自身がシングルマザーで子育てをしてきた経験があるので、お母さんにもお子さんにも無理のない環境をつくりたいんです」 勤務形態も柔軟で、ライフスタイルに合わせた働き方ができます。残業も少なく、ワークライフバランスを重視したい方にとっても、安心して長く働ける職場です。 「共に育つ」仲間を待っています -求職者の方へのメッセージをお願いします。 「例えば“こういう学びを深めたい”“こういう研修を受けてみたい”という思いがある方は、ぜひ共有してほしいです。一緒に成長できたらうれしいですね」 一方で、「キャリアアップよりも、今の自分らしく働ければいい」という方も大歓迎とのこと。 「若い看護師さんなら、子どもの利用者さんと一緒に遊ぶことができたり、子育て中の方なら、その経験がそのまま力になると思います。看護師さん自身の“得意”や“経験”を活かせる場所にしたいんです」 法人全体としても、訪問看護だけでなくさまざまな福祉事業を展開しており、「ピア=仲間」として共に育ち合える人材を歓迎しています。 インタビュアーより 精神科の訪問看護と聞くと、「特別な経験やスキルがないと難しそう」と感じる方もいるかもしれません。でも、坂倉さんのお話を伺いながら、その印象はゆっくりとほぐれていきました。 ピアステーションには、「できること」ではなく「ありのままの経験や想い」を大切にしながら、自分らしく働く人たちが集まっていました。そこには、“教える人”と“教わる人”という上下ではなく、共に育つ「仲間」という関係性が、自然に息づいているように思えます。 子育てと両立したい方、精神科訪問看護に初めて挑戦する方、そして「ちょっと自信がないけれど、誰かの力になりたい」と思っている方。そんな方にこそ、ぜひ一度、ピアステーションの扉をノックしてみてほしい――そんな気持ちを込めて、このインタビューをお届けします。 事業所概要 事業所名:訪問看護ピアステーション 住所:〒604-8413 京都府京都市中京区西ノ京勧学院町27-17 事業所紹介ページ:https://ns-pace-career.com/facilities/17001 この記事を読んで「訪問看護、自分にもできるかも」と感じた方へ 「もっと患者さんと関わりたい」「自分らしい看護を実現したい」そう感じている看護師の方は少なくありません。 NsPace Careerナビでは、訪問看護の現場で働く看護師のリアルな声を多数掲載しています。 精神科訪問看護で活躍する看護師の声 未経験から訪問看護を始めた体験談 育児と両立しながら働く現場の実例 各ステーションの教育体制・チーム文化 さらに、キャリアの悩みやモチベーション維持のコツなど看護師として働くうえで役立つ記事も充実。 「自分に合う訪問看護の職場って、どんなところだろう?」そのヒントが、きっと見つかります。 ▶ 他の訪問看護師インタビューを読むhttps://ns-pace-career.com/media/ 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
特集
2026年2月17日
2026年2月17日

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、非がん疾患における緩和ケアの現状、予後予測、苦痛に対する評価法やアプローチの特徴について分かりやすく解説いただきます。 非がん疾患における緩和ケアの現状 緩和ケアは、がんから非がん疾患を含むあらゆる疾患へ、小児から高齢者まで対象が広がっています。そして、緩和ケア病棟だけでなく、在宅・地域を中心として急性期病院や施設など、あらゆるセッティングで提供される、より基本的で包括的なケアへと広がりをみせています。 欧米では、1990年代に非がん疾患患者の終末期に緩和ケアの光が当たっていないことが明らかになり、今世紀に入ってからは非がん疾患の緩和ケアがそれぞれの国の方法で推進されてきました。一方、わが国においては、2010年頃からようやく注目されるようになり、最近になり各領域で非がん疾患の緩和ケアに関する実践・教育・研究で進展がみられるようになってきています。 わが国における緩和ケアの対象 わが国の在宅医療において非がん疾患の緩和ケアの対象として多い疾患は、主に後期高齢者にみられ、以下のとおりです。 臓器不全(非がん性呼吸器疾患〔NMRD〕、心不全、末期腎不全、肝不全) 認知症や脳卒中後遺症 パーキンソン病やパーキンソン関連疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病 頻度は少ないですが、以下のような対象もあります。 重症の医療的ケア児 トラジション(成人した障害児者) など また、世界に目を向けてみると、アフリカや開発途上国ではHIVや感染症なども緩和ケアの対象となっています。 わが国の非がん疾患の緩和ケアには、がんの緩和ケアとは異なるいくつかの特徴があります。 緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であること 病の軌跡に影響する因子が多様で複雑であるため、がんに比べて予後の予測が困難であること 自律が損なわれたり、同意能力が疑われたりする高齢者や認知症の人が少なくないため、意思決定において困難を伴う場合が少なくないこと 「病の軌跡」とは Lynnらは終末期の疾患軌道を、「がん等のモデル」、「心肺疾患などの臓器不全モデル」、「認知症・老衰モデル」の3つに分類しました(図1)1)。 図1 疾患群別軌道モデル 文献1)より筆者訳 がんの軌道の最大の特徴は、最期の1、2ヵ月で急速に全般的機能が低下することです。臓器不全、特に心不全や非がん性呼吸器疾患などは急性増悪を繰り返し、最後の急性増悪で比較的急な経過で死亡に至ります。認知症・老衰群では、緩やかにスロープを降りるように機能が低下し、やがて死に至ります。高齢者では、この認知症・老衰群が半数近くを占めるといわれています。 このような病の軌跡の違いを反映して、ADL依存となるリスクは、がんで一般の人の約1.5倍、臓器不全群で約3倍、認知症・老衰群では8倍と報告されています。 さて、このような病の軌跡はあくまでも基本であって、疾患や年齢によって異なる特徴があります。例えば、高齢がん患者の場合は、約半数が数ヵ月前より徐々に機能が低下することが分かっています。また、臓器不全群でも透析しない選択(保存的腎臓療法:CKM)をした末期腎不全患者(ESKD)の病の軌跡は、末期がんと類似しており、最後の1、2ヵ月で急速に機能が低下することが明らかになりました。 がんと非がん疾患、予後予測における違い がんの予後予測が比較的可能な理由 病の軌跡の特性は、予後予測の困難さに影響しています。がんは、原発巣や癌種が違っても、症状や臨床経過において一定の共通性・法則性が認められます。そして、その共通性・法則性は、終末期になるほど顕在化するという特徴があります。 これは、がんの基本病態が「自律増殖」と「浸潤・転移」であることに起因します。進行したがんは侵害受容器や神経に浸潤するため、比較的早期から疼痛が出現し、疼痛は増強しながら長期に持続します。そして、原発巣や転移臓器でのがんの増殖により呼吸不全、麻痺、肝不全といった臓器の機能不全を引き起こします。最期には異常な内分泌・代謝状態(悪液質)を来たし、だるさや食思不振、痩せなど、すべてのがんに共通した全身症状が現れます。 このようながんの特性に着目すれば、ある程度の信頼性のある予後予測ツールの開発が可能となるのです。 非がん疾患における予後予測の難しさ 一方、非がん疾患にはもともとの疾患の軌道に共通性がなく、以下に示すように多種多様です。 脳卒中のように突然発症するもの 腎不全や肝不全のように潜在的に進行するもの 心疾患や呼吸器疾患のように急性増悪を繰り返すもの アルツハイマー型認知症のように緩やかに機能が低下するもの ALSのように比較的早く呼吸や嚥下機能が低下し、生命の危機が訪れるもの このように、非がん疾患では、疾患や個人によって機能が低下する部位や臓器、進行の仕方やスピードがさまざまであることに加え、標準治療の実施の有無や本人の治療選択など、病態以外の因子が病の軌跡に大きく影響します。その結果、非がん疾患では月単位、週単位の予後予測は困難で、信頼性の高い予後予測ツールは開発できていません。 また、緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であり、ほとんどがmultimorbidity(多疾患併存状態)であるため、予後に関係する疾患が複数あり、経過の中で主病名が入れ替わることも珍しくはありません。multimorbidityの高齢者のエンドオブライフ(EOL)期では、疾患ごとの予後予測指標はあてにならないことが多いのです。 そのため近年では、正確な予後予測を求めるのではなく、緩和ケアが必要と考えられる対象者を疾患にかかわらず、適切なタイミングで同定することに主眼が置かれるようになってきました。この目的のために、「GSF-PIG」や「SPICT」のようなさまざまなツールが開発されています。 苦痛の客観的評価法の有用性 非がん疾患では、緩和すべき苦痛ががんとは異なる場合があります。がんでは疼痛が最大の課題であるのに対して、多くの非がん疾患では「呼吸困難」や「摂食・嚥下障害」が最大の課題と考えられています。 高齢で認知症を合併することが多い非がん疾患患者の苦痛の評価においては、がんで用いられる「NRS」(痛みのスケール)といった主観的評価法や、「IPOS」などの複雑な総合評価は、実用的ではないことが少なくありません。 認知症高齢者など、自ら苦痛をはっきり訴えられない非がん疾患患者に対しては、苦痛の客観的評価法が有用です。欧米ではこうした評価法が実際の臨床現場で広く用いられていますが、わが国においてはその普及は十分でありません。 痛みの客観的評価法 海外では、痛みの客観的評価法として30以上のスケールが開発されていますが、日常使いができる程度の項目数(数項目程度)であり、日本語版が開発されているものとなると、以下のものに絞られます。 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 呼吸困難の客観的評価法 呼吸困難の客観的評価法は、痛みの客観的評価法ほど多くは開発されていません。その中でゴールドスタンダードとされるのは8項目からなる「RDOS」で、日本語版も開発されています。近年、RDOSよりも簡便な呼吸困難の客観的評価法としてmodRDOS-4が開発され、筆者がその日本語版である「日本語版modRDOS-4」を開発しています。 このような、客観的評価法を積極的に使用することで、高齢者や認知症の人の苦痛に早期に気付くことが可能となります。 症状緩和に対する薬剤的アプローチの特徴 症状緩和の考え方や方法については、がんと非がん疾患では共通点もありますが、異なる点も多くあります。 非がん疾患、とりわけ心不全などの臓器不全群では、症状緩和のためにも標準的な疾患の治療とケアを最期まで継続することが重要になります。 オピオイドの使用について 症状緩和のための薬剤的アプローチにおいても、がんと非がんにはさまざまな違いがあります。例えば疼痛に対するオピオイド使用量は、がんでは痛みに応じて上限なく増量していくわけですが、非がん疾患の投与量はモルヒネ換算で最大60mg、多くても90mgまでとします。また、がんの場合と異なり、ケミカルコーピング防止の観点から疼痛に対するレスキューの使用は推奨されません。 一方、非がん疾患の呼吸困難に対するオピオイドの使用は、基本的には疾患に対する治療を最大限行っても緩和されない場合に考慮され、多くはモルヒネ換算1日10mgまでの少量で呼吸困難緩和の効果が期待できます。 緩和ケアの対象となるESKDではモルヒネの投与は、透析をしていない場合はほぼ禁忌と考えられます。腎機能の影響が少ないオキシコドンや、影響がほとんどないブプレノルフィン、フェンタニルが選択されます。心不全に腎不全を合併した状態(心腎症候群)や、肝不全に腎不全を合併した状態(肝腎症候群)などでも同様に、基本的にモルヒネ以外の薬剤の選択が必要になります。 そのほかの薬剤的アプローチについて オピオイド以外の鎮痛薬では、腎不全や心不全ではNSAIDsは基本的に避けるべきで、アセトアミノフェンの使用が推奨されます。 末期がんでは終末期の食思不振やだるさに対してステロイドを使用する場合がありますが、心不全などの非がん疾患ではステロイドは水分貯留に働く可能性があるため、基本的には使用しません。 非がん疾患の緩和ケアの今後 非がん疾患の苦痛に対する薬剤的アプローチは、緩和ケアのごく一部です。非がん疾患の中でも心不全、NMRD、ESKDなどの臓器不全群では緩和のための薬剤選択は比較的重要です。しかし、認知症や神経難病などの緩和ケアにおいては、日々の看護やケア、リハビリテーションの質そのものが、そのまま緩和ケアの質につながると考えます。 非がん疾患の緩和ケアはこの数年、研究面では一定の進歩がありました。しかし、がんと比べて全体的に教育・実践のレベルや制度においてはまだまだ課題があるといえるでしょう。 これから始まるこのシリーズでは、主要な非がん疾患の緩和ケアについて学んでいければと思います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non-malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)ALS:amyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)HIV:human immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウィルス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)ESKD:end stage kidney disease(末期腎不全患者)EOL:end of life(エンドオブライフ)GSF-PIG:GSF-prognostic indicator guidanceSPICT:supportive and palliative care indicator toolNRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)IPOS:integrated palliative care outcome scalePAINAD:pain assessment in advanced dementia scaleRDOS:respiratory distress observation scaleNSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター 1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1) Lynn J:Perspectives on care at the close of life. Serving patients who may die soon and their families.The role of hospice and other services.JAMA 2001;285(7):925-932.

エンバーミングとご家族のケア―最後の時間を穏やかに過ごすために
エンバーミングとご家族のケア―最後の時間を穏やかに過ごすために
コラム
2026年2月17日
2026年2月17日

エンバーミングとご家族のケア―最後の時間を穏やかに過ごすために

エンバーミングは、ご遺体の状態を保つための技術であると同時に、大切な人の死を受け止め、お別れの準備ができるよう時間と環境を整えるための支援でもあります。今回は、エンバーミングによる心理的な影響や、著者が代表取締役を務める株式会社ジーエスアイで取り組んでいる施術後のご家族との関わりについて教えていただきます。 はじめに ACP(アドバンス・ケア・プランニング)をはじめ、患者本人の医療行為に関する意思を尊重する取り組みが広がりつつあります。それと同時に、さまざまな民間団体が「終活」という枠組みの中で、亡くなる前にご家族の負担を軽減するための活動を積極的に展開しています。 「最後にどのように送られたいか」「どのように送りたいか」を本人とご家族、それぞれの希望を生前に共有し、準備しておくことで、いざという時に心の余裕が生まれ、その人らしい最後を迎えられるのだと思います。 アメリカから帰国後に、終末期医療や訪問医療に携わる医療従事者と、エンバーミングについて意見交換をしたことがあります。ご家族にとってエンバーミングは「安らかできれいな姿でお見送りができる」「葬儀の日程が先になった場合でも、保冷庫の中に預けたままではなく、そばにいてあげられる」といった点から、選択肢の1つになり得ると肯定的な意見があった一方で、次のような疑問も投げかけられました。 「その変わらない姿を見ることで、長く一緒に過ごすうちに、かえって死を受け入れられなくなるのではないでしょうか」 こうした疑問を受け、今回は「エンバーミング」と「死を受け入れること」について、現在もエンバーミングと並行して取り組んでいる「グリーフ(悲嘆)」の視点から考察していきたいと思います。 「きれいな姿」が死の受容を妨げる? また別の機会に、葬儀社の方々とエンバーミングについて意見交換をした際にも、似たような話がよく聞かれました。 例えば、 亡くなって体温が下がり、さらにドライアイスなどで冷やされた身体に触れることで、死の現実を実感できる。変化しなければお別れの決心がつきにくい 儀式が滞りなく進むことで、死を受け入れることができる。エンバーミングを行い、日程を延ばせば、お別れができなくなる といった内容が代表的なものでした。 依頼を断るケースもある 起業した20年ほど前、まだエンバーミングを知る人も少なかった頃、あるご遺族からエンバーミングのご相談がありました。その方がエンバーミングを希望する理由を含め、長時間お話をお聴きする中で、その言動から故人との間に極度の依存関係があり、精神的にも執着している可能性が高いと感じられました。 また、日本遺体衛生保全協会(IFSA)が定める自主基準(表1)のうち、海外搬送の場合を除き、死亡後50日を超えてのご遺体の保存処置を行わないというルールにも同意いただけませんでした。そのため、依頼を受けてしまうと大きな問題へと発展する恐れがあると判断し、やむなくお断りしたケースでした。 表1 IFSAの自主基準 1.本人またはご家族の署名による同意に基づいて行うこと2.IFSAに認定され、登録されている高度な技術能力を持った技術者によってのみ行われること3.処置に必要な血管の確保および体腔の防腐のために最小限の切開を行い、処置後に縫合・修復すること4.海外移送をする場合を除いて、死亡と判定された日から50日を超えて保全しない 日本遺体衛生保全協会:エンバーミングの法的解釈.https://www.embalming.jp/embalming/interpretation/(2025/8/26閲覧)より許諾を得て転載 しかし、これはあくまでも例外的なケースであり、基本的に私たちは、IFSAの自主基準に同意していただければ、処置依頼を受けるようにしています。 その上で強調しておきたいのは、「お別れができないから」という理由で葬儀や火葬を取りやめた事例は、これまで一度もないということです。私たちはご遺族が大切な方と最後のお別れをきちんとできるように、できる限りの支援をしています。 実際、アメリカにおいてもエンバーミングを説明する際には、故人の面影やその人らしい表情を取り戻すための大切なプロセスとして「Preparation(準備)」という言葉がよく使われます。エンバーミングは、お別れの時間を整えるための行為であり、私たちの姿勢もそこに重なります。 処置後も関わり「死を受け入れる」手助けに エンバーミングを行っても、ご遺体が安置される環境によっては、状態が変化することがあります。それは皮膚の乾燥です。心臓の停止により血流が止まり、体内の水分供給が断たれるため、時間とともに水分が蒸発し、特に外気に触れる部分や皮膚の薄い部分が乾燥しやすくなります。 このため、処置後も表皮の保湿を続けなければ、どうしても乾燥は進んでしまいます。ご安置が1週間を超える場合には、定期的にご自宅を訪問してお身体の状態を確認し、保湿や化粧直しなどを行います。お見送りやお別れの日まで、よりよい状態を保つために故人と関わり続ける必要があるのです。これを、当社は「様子見」と呼び、大切な取り組みとして位置づけています。 また、この機会を利用して「死を受け入れる」プロセスを進めるための働きかけも行っています。 エンバーミングの処置依頼を受ける時点では、さまざまな事情から葬儀の日程が決まっていないこともあります。そのような場合には、ご遺族が納得した上でお別れの場に臨めるように、様子見の際にお話を伺いながら、後悔の念や罪悪感を抱えていることがあれば、その解消に向けた支援ができるよう意識しています。もう少し理解していただきやすくするために、当社が実際に行っている支援の工夫をお伝えしましょう。 少しずつ変化をつける ご遺体の安置時には、安らかに眠っているかのように見えるよう、パジャマや浴衣をお着せします。納棺の日には、その人らしさを象徴するようなお見送りのための服装への着替えをご提案することもあります。納棺を通じて、旅立ちの準備が進んでいることを自覚できるように変化をつけ、徐々に死を受け入れる流れを作っています。 罪悪感や後悔の解消をサポート 闘病中は病気の治療が最優先となり、それ以外のことが後回しにされることがよくあります。「おしゃれがしたい」「きれいにメイクをしたい」「爪をかわいくしたい」といった願いも、「元気になったらね」と先送りされることが多く、結果的に叶わなかったということが少なくありません。亡くなった後に、「生前にもう少し好きにさせてあげればよかった」と後悔されるご遺族が少なくないのです。 多くの企業では、エンバーミングとお化粧をエンバーミングセンター内で完結させます。しかし、先述したように、当社ではご希望があればご自宅でメイクはもちろん、マニキュアを塗るなど、生前にできなかったことを最後に叶えて差し上げることもあります。 生前にご本人がしたいとお話しされていたことや、ご家族の希望を細かくお伺いし、元気だった頃のお写真を参考にしながら、できる限りそのお姿に近づけていきます。最後にご家族と一緒に仕上げていく時間を設けることで、最後の思い出作りができるよう工夫をしています。 「おかえり」と迎える時間の大切さ ご遺族は、表情が戻った故人を見て、「おかえりなさい」「お家に帰ってきたよ」と声をかけられます。故人が病院で亡くなり家に帰ってきた時には、「死体」になってしまったという感覚が拭えないのか、遠巻きに見ているご遺族も中にはいらっしゃるのですが、エンバーミング後は、その感覚はなくなるそうです。大切な人との思い出がよみがえり、周囲の人に「ぜひ顔を見ていって」「あの人に会っていって」と声をかけられる方が本当に多いです。 エンバーミングを施しただけでも、ご遺体の状態が安定し、ご遺族の不安は解消されることでしょう。それだけでなく、ご遺体の前で、ご遺族が感じていることを話す機会を作ることで、最後のお別れまでの時間が、ゆっくりと「大切な人の死」を受け入れる時間になっていくのだと思います。  執筆:橋爪 謙一郎株式会社ジーエスアイ 代表取締役一般社団法人グリーフサポート研究所 代表理事米国で葬祭科学とエンバーミング、グリーフサポートを学び、帰国後(有)ジーエスアイと(一社)研究所を設立。現在は東大大学院で脳科学的視点からグリーフの研究を行う。編集:株式会社照林社

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
特集
2026年2月10日
2026年2月10日

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題

「指定難病のなかで訪問看護を必要とする疾患は?」と聞かれると、多くの人はパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経系難病を思い浮かべるかもしれません。一方で、希少難病を抱える方々も訪問看護を必要としており、病状によっては毎日の訪問看護が欠かせない場合もあります。それにもかかわらず、現在の制度ではこうしたニーズに十分応えられていないのが実情です。今回は、希少難病の1つである「表皮水疱症(epidermolysis bullosa:EB)」を例に、この課題について考えてみたいと思います。 表皮水疱症(EB)とは EBは遺伝性疾患であり、表皮と真皮を接続させるタンパク質の遺伝子に異常があります。そのため、皮膚そのものが非常に脆弱で、軽微な外力で全身の皮膚や口腔粘膜などに水疱やびらんが生涯にわたって生じます。特に足趾や手指など日常的に外力の加わる部位は、深い潰瘍を形成し、癒着することもあります。さらに、びらんした全身の皮膚からは常に血液や滲出液が漏れ出るため、慢性的な貧血や低栄養を伴うことに加えて、合併症による皮膚がんで生命を脅かされることも少なくありません1)。日本における患者数は、約500~1,000名と報告されていますが、難病法における医療費助成受給者証を取得されているのは約300名です2)。 EBの治療/対症療法について 筆者によるこれまでの研究では、EB専門医は非常に少なく、診断後の病状に応じたケアや合併症予防のための積極的な介入はあまり行われていません。主に皮膚ケアに必要となる「ガーゼや創傷被覆材などの処方」が中心となっていました。 現状、病状管理について相談しやすい医療環境とはいえず、家族は在宅生活のなかで日々絶え間なく生じる皮膚病状と対峙し、ケア方法を手探りで模索し続けています。ご存じのとおり、皮膚は身体最大の臓器であり、病状が全身に及ぶ場合、1日の多くの時間がケアに費やされます。皮膚ケアだけでなく、入浴や食事、病状を悪化させないための衣類や寝具の工夫、移動の介助など、EBケアは生活全般にわたるのです。これらの膨大なケアは、今もなお家族の孤軍奮闘によって支えられています。 事例:Kさん(高校生)の皮膚ケアの実際 では、EB患者さんの皮膚ケアとはいったいどのようなものなのでしょうか。高校生のKさんの事例をもとに実際を紹介します。Kさんは全身の皮膚や口腔粘膜などに病状があり、指趾の癒着もあるため、皮膚ケアのみならず日常生活すべてに支援が必要です。 現在、入浴を含めた全身の皮膚ケアは、週3回行われています。このケアには、Kさんの母親、祖父母のどちらか、さらに訪問看護師が参加し、計3人で実施しています。ケアには1日4時間以上かかりますが、訪問看護師が参加できるのは利用時間の1時間半のみです。 以下の語りは、皮膚ケアを担っておられるKさんの母親のものです。 「(訪問看護師が入る)1時間半の後ね、右足だけやりはって、包帯巻くとこまでいかないの。その1時間でやっとできるのが、血を抑えるのと薬塗んのんと水疱を潰すっていうところ、しかも右足だけ。右足と右手か。右半分を彼女たち(訪問看護師)に任して、左半分を私がして。おばあちゃんは(水疱の中の水を)抜いたりはできない。だからそれこそ、おばあちゃんが、なんか、よく見てるし、そのもう1人の人のこともよく知ってるから、そろそろテープ要るなとか、あと4枚ガーゼが足らんなとか分かるみたいで、うん、で、先々にやってくれてすごい助かるんやけど」2)。 皮膚ケアには多くの時間・人手が必要 皮膚ケアは、Kさんの身体の左右に分かれて、母親と訪問看護師によって同時進行で進められていきます。祖父母たちはケアの進行具合に応じて、テープをカットしたり、ガーゼを準備したりしています。 当然、病状は日々変化します。そのため、全身の皮膚病状に応じて軟膏やガーゼ、創傷被覆材の種類を変える必要があります。また、ガーゼや創傷被覆材は体の動きに追従するよう固定を工夫しなくてはなりません。出血や滲出液があるため、入浴日だけでなく、毎日ガーゼや創傷被覆材の交換が必要です。このように、Kさんの皮膚ケアには時間も人手も多くが求められます2)。 生命予後の改善と医療・福祉サービスの役割 これまで、病状が重いEB患者さんは、びらんした皮膚からの感染症や、皮膚がんの発症によって短命となるケースが多くみられました。そのため、EB患者さんを対象とした看護学研究は、まずは生命を維持し、在宅での生活が継続できるよう家族の存在を前提としたものでした3),4),5)。 しかし近年では、家族による献身的なケアに加えて、病状に応じたさまざまな創傷被覆材の使用や、合併症の早期治療が進められるようになり、生命予後の改善が図られるようになっています。その結果、重度でも成人期を迎えるEB患者さんが増えてきたのです。それは今後、EB患者さんが自立した生活を送るためには、これまで家族が担ってきた役割を、医療や福祉サービスなどが引き受ける必要があることを意味しています。 Kさんの皮膚ケアからも分かるように、EB患者さんの皮膚ケアには訪問看護師による専門的な支援が求められます。しかし、冒頭で述べたように、EB患者さんが訪問看護を毎日利用することは難しい状況にあります。 訪問看護制度における課題 ご存じのとおり、訪問看護を利用する場合、医療保険であれば週3日までです。しかし、以下の条件に該当する場合には、訪問看護の利用日数や回数が大幅に拡大されます6)。  「特掲診療科・別表第7 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第7) 「特掲診療科・別表第8 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第8) 「特別訪問看護指示書」が交付された場合 別表第7について 別表第7では、主に病名が指定されており、神経系難病が多く対象となっています。しかし、そのなかに希少難病であるEBは含まれていません。 別表第8について 別表第8では、医療的ケアが必要な状態にある者が指定されています。そのなかの1つに「真皮を超える褥瘡の状態にある者」があります。EB患者さんたちも病状によっては、全身のさまざまな部位に真皮を超える皮膚病状が存在しているため、この条件に該当するかと思われます。 しかし、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という表現には、いかようにも解釈が可能な曖昧さが含まれています。例えば、「EBの病状はそもそも褥瘡ではないため条件に該当しない」と判断される場合もあれば、「EBの病状も真皮を超えていれば褥瘡の状態と同一であるため該当する」とされる場合もあります。つまり、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という制度的な位置づけは、医療者の解釈によって判断が異なってしまうという現状があるのです。 特別訪問看護指示書について 特別訪問看護指示書は、一時的に病状が悪化した場合に主治医が交付する書類です。重度のEB患者さんの場合、常に真皮を超える皮膚病状が存在していることから、「一時的に」病状が悪化しているわけではないため、その目的から外れるのです2)。 希少難病の共通課題と支援体制 今回、お話しした状況はEB患者さんに限らず、他の希少難病を抱える患者さんたちにも当てはまる可能性が高いと考えられます。希少難病という特性上、患者数が少ないため、これらの問題をまとまった声として社会に伝えることができないかもしれません。今後、希少難病を抱える患者さんの生命やQOL(生活の質)、そして家族との生活が、安定的かつ持続的に維持できる体制の整備が喫緊に求められているのです。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:戸田 真里京都光華女子大学 看護福祉リハビリテーション学部看護学科在宅看護学、立命館大学生存学研究所 客員研究員日本難病看護学会認定・難病看護師として、病院や在宅支援機関、難病相談支援センターでの勤務を経て、現職。主な著書に『からだがやぶれるー希少難病 表皮水疱症』(生活書院、2024年刊)がある。編集:株式会社照林社 【引用文献】1) 山本明美他編:稀少難治性皮膚疾患に関する診療の手引き.稀少難治性皮膚疾患に関する調査研究班事務局,2011.2) 戸田真里:からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症.生活書院,東京,2024.3) 上嶋仁美:先天性表皮水疱症を有する児の看護.Neonatal Care 1997;10:224-229.4) 中村久美:表皮水疱症児の両親への日常生活指導と訪問看護との連携.日創傷オストミー失禁管理会誌 2014:18(4);354-357.5) 和田実里,中込さと子:栄養障害型表皮水疱症学童の発育過程と皮膚症状ならびに親によるケアに関する記述研究.日遺伝看会誌 2014;12(2):2-17.6) 厚生労働省:訪問看護(改定の方向性).令和5年11月6日.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001164130.pdf2025/3/31閲覧

利用者の日常と希望を支える看護を~スタッフの働きやすさを追求~訪問看護ステーションちるな 石高さんにインタビュー
利用者の日常と希望を支える看護を~スタッフの働きやすさを追求~訪問看護ステーションちるな 石高さんにインタビュー
インタビュー
2026年2月10日
2026年2月10日

利用者の日常と希望を支える看護を~スタッフの働きやすさを追求~訪問看護ステーションちるな 石高さんにインタビュー

訪問看護ステーションちるなの管理者である石高様は、多忙な医療現場や、患者様の「家に帰りたい」という願いに触れるなかで、予防医療と看護師の働き方改革の必要性を痛感されたそうです。そんな石高様に、訪問看護ステーション設立のきっかけや思い、そして今後のビジョンについてうかがいました。 【※本記事はNsPace Career が事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はNsPace Careerが担当しました。】 自身のやりたい看護を追い求めて。訪問看護ステーション設立への道のり 私は2010年に看護師の免許を取得し、地元である北海道の急性期病院に勤めました。その後、救急医療を学ぶために上京し、大学病院の救命センターやICUで働き、経験を積みました。緩和ケアや退院支援を行う病棟に異動した際には、患者さんとの関わりを大切にした看護ができるようになりました。 しかし、ICUなどクリティカル領域へ再び異動することになり、自分のやりたい看護とのギャップに悩みを感じるようになりました。 そのなかで、新人看護師の離職の多さや、医療者と一般の人々との知識の格差といった看護業界の課題に気づき「なんとかできないか」と考えるようになりました。 ちょうどコロナ禍の時期でもあり、個人事業主としてSNSやYouTubeで看護業界の課題に関する情報発信を開始。 1年ほど活動を続けるなかで、訪問看護に出会いました。「入院や急変の前段階で関わり、適切なアセスメントを行うことで不必要な入院が減り、結果として患者さんも医療者も救われる社会を作れるのではないか?」という思いが芽生え、訪問看護事業を通して看護業界の課題解決ができるのではないかと思いました。 訪問看護の経験はなかったものの、北海道の知人のステーションで研修を受け、その後「訪問看護ステーションちるな」を設立しました。SNSでの発信を通じて、思いに共感してくれた看護師さんたちに声をかけ、初期メンバーとして集まってくれたんです。 「『看護師が働きやすい場所』を作ることを目指している」とお話しされる石高さん 働きがいを追求するために。評価制度や柔軟に働ける体制を整える 現在、ステーションは設立から4年目を迎え、おかげさまで経営も順調です。私が目指しているのは『看護師が働きやすい場所』を作ることなので、スタッフと対話を重ね、どんな環境なら安心して働けるかを一緒に考えながら制度を整えています。 今年度から、スタッフの声を取り入れた新しい評価制度を導入しました。『グッジョブカード』は利用者さんからの声やちるな文化に沿った行動をスタッフ同士で評価し合い、『グッドケア』は良いケアの事例を共有し、ポイント制で賞与に反映する仕組みです。日々の良い実践を可視化し、正しく評価されることでモチベーション向上につながっているとの声があがっています。 また、柔軟で公平な働き方も導入しており、小さなお子さんがいるスタッフには、月に8時間までの急な休みをカウントしない制度を設けています。また、独身のスタッフにはフレックス制度を導入し、お互いが助け合える仕組みを試行錯誤しています。オンコール対応のためのタクシー利用も認めており、スタッフが長く楽しく働いてくれるような環境を、少しずつ整えています。 訪問看護未経験も安心のサポート体制 在籍する看護師の多くは病院勤務の経験者であり、訪問看護は未経験というケースがほとんどです。急変を未然に防ぎ、異常の早期発見を行うためには病院での経験や知識が必要不可欠なため、訪問看護が未経験でも病院経験者を積極的に採用しています。朝のカンファレンスで全員が集まり、看護計画やケア内容を話し合う時間を設けています。日常の情報共有にはチャットツールを使い、困ったことがあればすぐに相談できる体制を整えているので「リモート同行」しているような感覚でサポートし合っています。オンコール対応に不安を感じているスタッフもいるので、私自身も連絡がつくようにしていますよ。 訪問看護では、病院とは異なり医師のカルテを見ることができないのが一般的ですが、弊社では、連携しているクリニックの医師のカルテや検査結果、指示書をリアルタイムに確認できる電子カルテシステムを導入しています。これにより、医療者間の連携がスムーズになり、質の高いアセスメントやケアが可能になり、業務効率化にも繋がっています。 教育面では、外部研修の費用は会社が負担。社内ではリーダー層や管理者層が勉強会や症例検討会を企画・実施し、その活動も評価制度に反映されています。リハビリスタッフからは、看護師向けにリハビリの知識や認知機能に合わせた脳トレを共有してもらっているんですよ。 「訪問看護ステーションちるな」のスタッフさん。とても明るい雰囲気です。 訪問看護で実現する“予防的ケア”と地域との連携 私にとって訪問看護の魅力は、「利用者さんに何かが起こる前に関われる」ことです。救急搬送される前に自宅での生活を支え、異常に気付き、適切なタイミングで介入することで、不必要な入院や急変を防ぐ。この視点は、救命のひとつだと考えています。 また、入院中の患者さんが「お家に帰りたい」という最大の希望を叶えるサポートができるのは、本当に素敵なことです。 今後は、医師やケアマネジャーとの連携を強化し、地域全体で在宅医療の理解を深めるため、定期的な勉強会を開催予定です。特に「この状態ではお家は無理」と判断されがちなケースでも、実は在宅で過ごせる利用者さんが多くいます。そうした誤解を解消し、より多くの方の「お家に帰りたい」という希望を叶えるとともに、急性期病院の負担軽減に繋がる活動をしていきたいと考えています。 訪問看護師の新しい働き方への挑戦 そして、株式会社chillnaとしての長期的なビジョンとしては、看護師の新しい働き方を作ることです。現場のみではなく、リモートワークと現場を組み合わせた「ハイブリッド型」の働き方を構築したいと考えています。たとえば、書類作成を含めた事務作業をリモートで行うことで、体力的に厳しい時期でも年収を落とさずに働き続けられるような環境を作りたいという思いがあります。これは5年から10年かけて取り組む長期的なプロジェクトですが、必ず実現したい夢です。 スタッフとともに挑戦したい。求職者へのメッセージ スタッフ採用にあたり、まずは私たちのミッションやビジョン、行動指針に共感してくれることを重視しています。現場では不要なルールは作らず、ある程度の自由を尊重したいと思っています。 当ステーションには、病院での働き方に疑問を感じながらも「もっと患者さんのために頑張りたい」と、熱意と向上心を持った素直な看護師が多いのが自慢です。とても風通しが良く、楽しい雰囲気の職場だと感じています。 私の目指す『看護師の働き方を変える』というビジョンや、病院で看てきた患者さんたちの『日常』を支える訪問看護の魅力に共感し「病院ではできなかったことを叶えたい」「一緒に未来を創っていきたい」と思ってくれる方がいれば、ぜひ私たちの仲間になってほしいです。私たちは、訪問看護未経験の方でも安心して働けるよう、教育やフォロー体制を整えています。皆さんと一緒に、この新しい挑戦ができることを楽しみにしています。 インタビュアーより 利用者様の生活を支えることはもちろん、看護師の働きやすさを追求し、さまざまな取り組みをされている石高様。スタッフ全体が利用者様への看護を熱心に考え、エネルギッシュな雰囲気が魅力的なステーション様です。訪問看護に興味のある方、看護師の新しい働き方に挑戦してみたい方は、ぜひお問い合わせください! 事業所概要 訪問看護ステーションちるな 住所:東京都台東区松が谷3-6-8 maison momo 2階  理念・文化:医療者を守り、医療が継続される社会の創造  運営方針:医療者の働き方改革を行い、医療者が笑顔でケアを提供できる環境を整えます。そして、利用者さんが安心して「生活の場」を選択できる世の中を目指します。 事業所紹介ページ: https://ns-pace-career.com/facilities/15599 この記事を読んで「訪問看護、自分にもできるかも」と感じた方へ 「もっと患者さんと関わりたい」「自分らしい看護を実現したい」そう感じている看護師の方は少なくありません。 NsPace Careerナビでは、訪問看護の現場で働く看護師のリアルな声を多数掲載しています。 精神科訪問看護で活躍する看護師の声 未経験から訪問看護を始めた体験談 育児と両立しながら働く現場の実例 各ステーションの教育体制・チーム文化 さらに、キャリアの悩みやモチベーション維持のコツなど看護師として働くうえで役立つ記事も充実。 「自分に合う訪問看護の職場って、どんなところだろう?」そのヒントが、きっと見つかります。 ▶ 他の訪問看護師インタビューを読むhttps://ns-pace-career.com/media/ 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
特集
2026年2月3日
2026年2月3日

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間

皆さんは「多発性硬化症」について、どのようなイメージをもっていますか?「何となく聞いたことはあるが、どのような病気なのかよく分からない」「ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病と同じような難病というイメージ」など、訪問看護師にたずねるとよくこのような答えが返ってきます。今回は多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)を取り上げ、対話を通じた支援により、制度の狭間に陥りやすい対象者が孤立しないようにかかわった事例を紹介します。 多発性硬化症(MS)とは はじめに、多発性硬化症について簡単に説明します。正式名は「multiple sclerosis」といい、その頭文字をとって「MS」と呼んでいます。 症状が多彩で再発・寛解を繰り返す MSは、自己免疫機序の関与によって、視神経・脳・脊髄の中枢神経系に慢性的な炎症を引き起こす神経難病です。視力障害・構音障害・運動障害・感覚障害・歩行障害など症状は多彩で、再発と寛解を繰り返すのが特徴。また、自己管理による再発の予防・制御が難しく、症状の不確かさが顕著なこともMSの特性です。 ライフイベントにも影響 特に20~40代に発症しやすいことから、就労、結婚、妊娠、出産、子育てなど、人生のライフイベントの時期と重なるケースも多く見られます。さらに、MSの症状は外観からは分かりにくく、周囲から理解されにくいことから、ライフイベントやQOL(quality of life:生活の質)に大きく影響を及ぼすことがあるのも大きな特徴の1つです。 治療の進歩により地域での療養が可能に 近年、MSの治療が急速に進歩していることから、それまで入院を余儀なくされていたMSの方も、外来で治療を受けながら、地域で在宅療養や社会生活を送れるようになってきました。退院後、症状が軽い方は外来通院のみとなるため、看護師と出会う機会はほぼなくなります。一方、症状や障害が重く、医療的ケアが必要な方は、訪問看護や訪問リハビリテーション(以下、訪問リハビリ)を利用している方もいらっしゃいます。 * * * 今回は、難病看護師でもある筆者が「お話をうかがう」ことを通してかかわらせていただいている事例を紹介します。なお、本事例については、本人の承諾のもと、一部加工して掲載しています。 事例紹介:A氏(40代、男性) Aさんは、高齢の両親と同居しています。以前は妻・子どもと暮らしていましたが、MS発症後に別居生活となりました。 20代後半のときに手足の感覚に違和感を覚え、急に階段が降りられなくなるなどの症状が出現。近医の整形外科を何度も受診し、MRI検査も行いましたが「原因が分からない」と言われ続けました。そんななか、たまたま脳に関する記事を読んで「もしかしたら」と思い、別の病院を紹介してほしいと依頼し、B病院の神経内科を受診しました。そこでも「今の段階ではよく分からない」と言われ、C大学病院の脳神経内科の紹介を受け、受診した結果、30代でMSの確定診断を受けました。 診断後、しばらくは内服治療を行っていましたが、点滴治療に変更となり、現在は4~6週間に1回通院しています。本人は、「薬が効いている実感がない」と話します。MSの身体障害度を示すEDSS*は7.5、右半身麻痺があり、排尿困難があります。終日電動車椅子を使用し、自力での移乗は不可という状況です。 *EDSS(expanded disability status scale:総合障害度スケール):MSの身体障害度を評価するスケール。障害度は0から10で、0.5ずつ20段階で評価、スコア0は神経機能正常、6以上になると歩行に杖や装具などの補助が必要と評価されます。 Aさんは、30代後半から徐々に症状が悪化し、通勤ができなくなりましたが、在宅ワークに切り替えて仕事は継続できています。歩行ができなくなったため、外出の機会は激減しました。生活や身体介護は、すべて両親が行っています。膀胱留置カテーテル交換のため、医療保険による訪問看護を月約1回の頻度で利用しています。 Aさんが語るさまざまな思い 初回の対話 初めての対話の際は、確定診断を受けたときの気持ちや家族への思いが語られました。「まさか自分がMSになるとは思わなかった。確定したのはいいんだけど、だからといって病気が治るわけでもないので、不安でしかなかった。この病気はとてもつらい病気なので」「こんな病気になってしまって、家族に申し訳ないという思いと、迷惑もかけたくないし、どんどん悪くなる自分の姿を子どもにも見せたくないって、そういう思いしかなかった。結局、この歳で高齢の両親に迷惑や負担をかけることになっちゃったんですけどね。でも、そうするしかないと思って自分で決めたので」 2回目の対話 2回目の対話では、仕事のことや今の「やり場がない」思いが語られました。「何よりも自分の体が動かないってことが一番ストレスなんでね。迷惑をかけて生きるっていうのが一番嫌なので。死ねるなら、ほんと死にたいなって思いもあるし。人間で生きていられること、自分で動けるってことが生きてるってことだと思うので。今はもう自分1人では何もできないし、どこにも行けないし、自分がやりたいって思ったことができないんで。正直、生きてるっていう意味では半分くらいじゃないかなって思う。なので、生きる権利を保障するためにも“安楽死”の制度があったらいいなと思う」「ちょうど社会的にも、こういう障害をもった人を雇いなさいっていうタイミングがあったじゃないですか。会社に義務も課せられて。それもうまく重なって、在宅ワークに移ることができたって感じだと思う。ただ怖いのは、人間、本音と建前があるじゃないですか。だから、鵜呑みにはせず、なるべく会社の役に立つようにと思って、最初は週1~2日くらい顔を出してたんですけど、途中から症状がどんどん悪くなってしまい、最近は会社に行くこともできなくなってしまった」 3回目の対話 訪問看護師のことや今後についての思いが語られました。「それでも、まだね、特に両親のおかげで一日一日過ごすことができている。正直言うと、ここまで自分の意思がしっかりしてると自分でも想像していなくて、20××年頃には、もう寝たきりになっているんじゃないかなって思ってたので。でも、将来への不安はずっとあるし消えることはない」「訪問看護師には話していない。というか、話せる雰囲気ではない。MSのこともよく知らない感じだし。毎回『体調はどうですか』って聞かれるけど、大丈夫なはずがない。自分の思うように体が動かないとか、それって自由がないってことだと思うんですよね。だから、時々言い方もきつくなったりして。申し訳ないなと思うんですけど」 寄り添い理解し最善をともに考える 私が行っている支援は、本人の気持ちに真摯に向き合い寄り添い、思いを受け止め、常に一緒に考える姿勢をもち続けることです。また、病状進行に伴う生活のしづらさ、本人の価値観や考え、希望を理解し、ともに「最善」を考えていくことです。 この方の場合、障害者総合支援法が活用できますが、利用への葛藤があり、導入に至っていません。むしろ、今一番望んでいることは「MSの症状とこの体で日常生活を送るための個別に応じた具体的指導や助言(食事・栄養面、入浴方法、睡眠、生活動作、随伴症状を和らげる工夫など日々の細々したこと)」「じっくりと話を聞いてくれる専門職」なのです。 MSは生涯にわたり付き合っていく疾患であり、病気の経過は一様ではありませんが、難病看護は決して特別なものではありません。しかし、このようなケースは支援の狭間に陥りやすくなるため孤立させないよう本人の憂慮する思いに対話を通して支援を行っています。 本事例を通して、MSの方の看護・支援について考えていただき、皆さんの今後の難病看護や訪問支援活動の一助となってもらえれば幸いです。   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:牧 千亜紀湘南鎌倉医療大学看護学部 看護学科 教授日本難病看護学会認定・難病看護師行政保健師として難病保健事業や支援活動を担当したことが契機となり、現在は「地域における難病支援」をテーマに調査研究活動を行う。編集:株式会社照林社

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