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エンバーミングの手順とは? 専門的な処置について解説
エンバーミングの手順とは? 専門的な処置について解説
コラム
2025年11月18日
2025年11月18日

エンバーミングの手順とは? 専門的な処置について解説

エンバーミングには、大きく分けると「防腐」「消毒」「修復・化粧」の3つの目的があります。今回は、これらの目的のために、実際にどのような処置が行われているのか、現役のエンバーマーである牛渡一帆氏に解説していただきます。 エンバーミングの手順 エンバーミングは、体内・体外、両方からのアプローチによってご遺体の状態を安定させ、感染症に対する安全な環境をつくり、お姿を整える処置です。エンバーマーは、こうした処置を通じて、ご遺族が安心して最後のお別れに向き合うことができるよう支援しています。 エンバーミングは、大まかにまとめると次のような手順で行われます。 1. ご遺体の施設への受け入れ、必要書類やお預かり品の確認2. ご遺体体表の汚れの洗浄・消毒および状態確認3. 薬液の調合4. 表情の整え5. 血管の剖出6. 薬液の注入・排血7. 胸水や腹水、体腔内残渣物などの吸引8. 体腔内への薬液充填9. 各所切開部の縫合10. 全身の洗浄・洗髪11. 治療痕や点滴痕などの処置12. 着せ替え13. 表情の再調整・メイク14. ヘアセット15. 布団への安置または納棺 通常、処置に要する時間はおおよそ3時間ですが、ご遺族の要望や故人の体格、身体の状態によっては時間が前後したり、処置内容が追加されたりする場合もあります。広範囲にわたる損壊や欠損などがある場合では、丸一日お預かりすることもあります。 次に、エンバーミングの専門的な処置について詳しく解説していきます。 ご遺体に対する専門的な処置の実際 薬液の注入・排血 通常、生体では体内に取り込まれた酸素や栄養、水分は、動脈血によって全身の組織に運ばれ、各臓器で代謝や処理が行われます。そして、その過程で生じる二酸化炭素や老廃物、余分な水分は静脈血によって回収され、最終的に呼気や便、尿として体外へ排出されます。エンバーミングでは、この脈管の機能を利用し、動脈からの薬液注入と静脈からの血液排出(排血)を行います。 動脈を流れる薬液は、組織に作用し、防腐や消毒、血色をよくするといった効果を与え、静脈に入ると、残留している血液とともに老廃物や余分な水分など、腐敗の元になるものと混ざり合って流れていきます。 しかし、生体と違い代謝機能が失われているご遺体は、自力で不要な物質を体外へ排出することができません。したがって、静脈の一部を開放し、直接体外へ排血する必要があります。 薬液の注入に使用する動脈には、基本的に頸部や上腕、大腿にある血管を選択し、左右いずれか一側、または複数の箇所を切開します。排血には右内頸静脈を使用することが多いです。ただし、血流が滞るような障害(動脈硬化や血栓など)がみられる場合は、該当箇所に皮下注射で薬液を直接注入したり、皮膚に塗布して浸透させたりする方法をとることもあります。 血管の剖出と切開部の縫合 上記で述べた動脈と静脈を取り出すために、血管を覆っている疎性結合組織や脂肪組織を取り除く必要があります。この作業は解剖で行う「剖出」と同じです。該当箇所に2~3cmほどの切開を行い、血管を剖出します。薬液の注入と排血が完了した後は、最終的に切開部を縫合し、テープや修復用ワックスなどで目立たないように隠します。 胸水や腹水、体腔内残渣物などの吸引と薬液充填 さらに、脈管からでは対応しきれない部位にある胸水や腹水、胃の内容物、尿、便などを吸引します。腹部に1cm程度の穴を開けて、体腔内に残った腐敗要因となる物質を除去します。吸引後は、同じ場所から直接薬液を体腔内に充填します。 なお、エンバーミングで使用する薬液には、特殊なケースにも対応できるよう、さまざまな種類があります。状況に応じて、最適な薬液をそのつど選択しています。  組織の保湿や水分補給効果がある薬液 脱水や乾燥を促す薬液 やつれてしまった部位に組織の代わりとして充填する薬液 欠損箇所を補うためのワックス など 最後に、全身を洗浄します。 ここまでの処置は、あくまで「ご遺体の保全」を目的とした、エンバーミングならではの内容ですが、エンバーマーの仕事はそれだけではありません。 着せ替えや表情の再調整、ヘアセット われわれエンバーマーが、ご遺族と接することができる時間はあまり長くはありませんが、その中でできる限り、ご遺族の要望や故人への想い、エンバーミングに期待していることなどを教えていただきます。その情報に基づいて、故人の表情や髪型を整えたり、衣装の着付け、ひげや爪の手入れ、化粧を施したりします。 そのため、エンバーミングのご依頼時には、故人についての具体的な情報のご提供をお願いしています。 エンバーミングの依頼に必要なもの エンバーミングを依頼する際は、「死亡診断書(検案書)のコピー」と「エンバーミング依頼書」(以下、依頼書)の2点が必要です。また、故人に着せたい衣装や生前の写真、場合によっては入れ歯やウィッグ、アクセサリーなどをお預かりすることもあります。 依頼書には、ご遺族の要望を記入する欄があり、表情の整え方、ひげ剃りの要・不要、髪型、服の着せ方、メイクの希望などをご記入いただきます。内容によっては、高度な修復が必要になることもあります。 なお、依頼書には、2親等以内のご遺族による署名が求められます。 ご家族が立ち会えないからこそ依頼書が必要 エンバーミングでは、先述したような外科的な処置に加えて、ホルマリンを始めとする医薬用外劇物の使用を伴います。また、死亡診断書に記載された死因だけでは分からない、何かしらの感染症に故人が罹患している可能性もあります。こういったことを考慮し、エンバーミングは曝露対策や感染防御、故人のプライバシーに最大限配慮された「エンバーミングセンター」という専門の施設で行われます。 またエンバーミングは「日本遺体衛生保全協会」の認定資格を持つ専門のエンバーマーが実施するものであり、原則としてご遺族を含む第三者が立ち会うことはできません。 このような事情から、故人のお姿をご遺族の希望に近づけるためにも、依頼書の質問にお答えいただくようにお願いしています。 最後に エンバーミングの依頼は、特別な場合に限られたものではありません。最近では、「できるだけゆっくりと故人と過ごす時間をとりたい」「冷たくて重たそうなドライアイスをあの人の身体に乗せるのはかわいそう」「病気でやつれた顔を元気な頃のようにきれいにしたい」といった想いから、エンバーミングに価値を感じて依頼されるケースも増えています。 エンバーミングの一番の目的は、故人のお身体の状態を安定させることによって、ご遺族が安心して最後のお別れに向き合えるように時間を確保することだと考えています。そして、「大切な人の死」という現実を受け入れ、気持ちの整理をするための時間と場を提供するグリーフサポートの一環であると考えます。 担当するエンバーマーは、責任をもって、書類や写真を参考にしながら、目の前のお身体に向き合います。最後の時間に、ご家族が「大切な人にどのような姿でいてほしいか」「故人はご家族とどのようなお姿でお別れしたいか」を想像しながら、エンバーミングの処置を行っているのです。  執筆:牛渡 一帆(うしわた かずほ)株式会社ジーエスアイ エンバーミングセンター長一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA) 認定エンバーマー、スーパーバイザー一般社団法人グリーフサポート研究所認定 グリーフサポートバディ2011年にIFSAのエンバーマーに認定。2012年に株式会社ジーエスアイに入社。2020年、厚生労働行政推進調査事業費補助金新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「遺体における新型コロナウイルスの感染性に関する評価研究」に参加。エンバーミングの普及に努める。編集:株式会社照林社

一人じゃない訪問看護——「関わりの深さ」が私を変えた~ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚・粟田さんにインタビュー~
一人じゃない訪問看護——「関わりの深さ」が私を変えた~ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚・粟田さんにインタビュー~
インタビュー
2025年11月18日
2025年11月18日

一人じゃない訪問看護——「関わりの深さ」が私を変えた~ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚・粟田さんにインタビュー~

病棟勤務で理想の看護とのギャップに悩んだ粟田さんは、「もっと関わりたい」という想いから訪問看護の道へ。 未経験からの挑戦に不安を抱えながらも、「ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚」のチームに支えられ、安心して成長を重ねました。 生活に深く寄り添うケアを通して、看護観が「治療」から「暮らしの支援」へと変化。 今はこの場所で、自分らしい看護の形を見つけながら、訪問看護の魅力を実感しています。 【※本記事はNsPace Careerが事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はNsPace Careerが担当しました。】 「人と向き合いたい」と看護師を志すも、理想と現実に揺れた病棟時代 「もっと患者さまと関わりたいのに、時間が足りない」。 粟田さんが看護師としてキャリアをスタートしたのは、急性期病棟でした。常に時間に追われる日々。申し送りや点滴、処置といった業務が立て込み、患者さんと一対一でじっくり向き合う余裕がなかったといいます。 「“その人らしく生きることを支えたい”と思って看護師になったのに、現場ではその思いを叶えられない。理想と現実のギャップに、少しずつ気持ちが追いつかなくなっていました」 そうしたなかで芽生えたのが、「もっと深く関われるケアはないか」という想い。そんな折に出会ったのが訪問看護という選択肢でした。 訪問看護との出会い——“怖さ”を超えて踏み出した一歩 「ひとりで判断しなきゃいけない——」。 訪問看護と聞いたとき、まず浮かんだのはその不安でした。一人で現場に向かい、状況判断を任されるというプレッシャーは、病棟勤務とはまったく違う世界のように思えたといいます。 「正直、最初はすごく怖かったです。でも、ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚に入ってみると、そのイメージはすぐに覆されました」 困ったときはすぐに周囲に連絡が取れる体制、施設内の訪問看護だから声かけや相談の気軽さ、そして何より、同行訪問やカンファレンスを通じた“誰かとつながっている”感覚。 「誰かが必ず見守ってくれている——その安心感があったから、少しずつ不安は薄れていきました」 未経験からの挑戦だった訪問看護。けれど、“ひとりじゃない”という支えが、粟田さんの新たなキャリアを力強く後押ししました。 穏やかに話す姿が印象的な訪問看護師の粟田さん 利用者様と「生活」を共にするなかで変わった看護観 無機質になりがちな病室とは異なり、訪問先の利用者様の部屋には、その人ならではの風景が広がっている。部屋の家具や趣味の品、ご家族との距離感——それらすべてが、利用者様の「生活そのもの」でした。 「こんなに“その人のこと”が見えるんだと、衝撃を受けました」 生活の中に入っていくからこそ見える、体調の変化や心理的な動き。病院とは違い、“その日、その場所”で判断しながらケアを組み立てていく面白さもありました。 「体調を見ながら、外気浴のためにお散歩したり、鑑賞会やイベントでは普段見ることができない表情を発見できたりします。ヘルパーやリハビリのスタッフ共に、利用者様の好きな音楽、仕事のこと、家族の話を共有できるのもやりがいのひとつです」 医療行為だけでなく、“その人らしい時間”を支える。訪問看護に携わるなかで、粟田さんの看護観は「暮らしのパートナー」へと、大きく変わっていきました。 今、粟田さんが大切にすること——“チーム”と“自分らしさ”の両立 理学療法士でもある施設長の才さんは「ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚」を、「三方良しを追求する」という理念を掲げ、利用者様(ご家族様)・地域・職員の良しを追求する職場であると話します。 「精神的にも経済的にも充実度を大事にしたいと思っています。やりがいも大事で、食事支援はこだわっていて。“最期まで自分らしく生きる”をテーマにしています。ありふれた言葉ですが、人生完了の瞬間と考えています。人生を全うできたと思えるように、多職種での強みを集めて願望をかなえるようにしていきたいのです」 看護師、介護士、理学療法士、言語聴覚士といった多職種の協力体制も整っており、それぞれが専門性を活かしてチームで支える仕組みが機能しています。 特にパティシエの経験があり、現在は言語聴覚士として勤務している職員が作る、嚥下に配慮したスイーツは好評だそう。毎月メニューを変えて利用者様に楽しんでいただいている。夏には施設内で“居酒屋”を提供し、季節感や日々の刺激になるようなイベントも計画されているそうです。 「少しでも好きなものを召し上がっていただけるよう、スタッフみんなで連携しています」 多彩な役割が集まって作るチームは、ケアの可能性を無限大にできる。 「カンファレンスで共有しておくと、誰かが急に行けなくても他の誰かがカバーできる。“私じゃなきゃ分からない”ではなく、“誰でも対応できる”ように整えることができる。それってすごいことですね」 また、育児との両立を支える柔軟な文化も、粟田さんにとって大切なポイント。 「子どもの行事があるときなど、チームで協力し合える雰囲気があるのがありがたい。“お互いさま”の文化ですね」 訪問看護を始めて、2年目を迎えた今——。 「不安もあったけど、すぐに相談できるスタッフとの距離の近さが魅力で。毎日、先輩の知識や技術が勉強になるし、成長を実感できるのが嬉しい。訪問看護を迷っている方がいたら、まずは見に来てみてほしい」 そう穏やかに語る粟田さんの表情には、「看護師としての原点を取り戻せた」確かな充実感がにじんでいました。 「やりがいをもって成長したい」という方とぜひ働きたい!と話す施設長の才さん インタビュアーより 粟田さんの語り口には、誠実さと温かさが滲んでいました。 「怖い」と感じていた訪問看護が、今では「最も自分らしくいられる場所」になった——その変化は、これから訪問看護を検討する多くの看護師の方々に、安心と希望を届けてくれるはずです。 利用者様の日常に静かに寄り添い、時には家族のように、またある時は人生の伴走者として関わっていく。そんな訪問看護の姿勢に、私たちも深く心を動かされました。 「ひとりで訪問する」という言葉の印象とは裏腹に、実際には常に誰かとつながりながら働いているという実感がある——その現場の温度感が、粟田さんの表情や言葉の端々から伝わってきました。 訪問看護の魅力は、現場で働く人自身の声を通じてこそ、よりリアルに、そして説得力をもって伝わります。このインタビュー記事が、「訪問看護って、いいかも」と感じるきっかけになればと願っています。 事業所概要 事業所名: ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚 所在地: 〒665-0033 兵庫県宝塚市伊孑志1-8-45 アクセス:阪急今津線「逆瀬川駅」徒歩3分 訪問エリア:自社施設内のみ 運営方針:ナーシングステーションナッセケアベイス宝塚は、パーキンソン病をはじめとする神経難病やがん末期の方々に対し、専門的な看護・介護を提供する施設です。 私たちが最も大切にしているのは、「最期まで自分らしく生きる」こと。その人がその人らしく、尊厳を持って暮らせるよう、医療・介護・リハビリが一体となったケアを実践しています。 施設には看護師・介護士が24時間365日常駐し、夜間も安心して過ごせる医療体制を整えています。また、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士といったリハビリ職との連携により、週5日の個別・集団リハビリを提供。身体機能の維持と生活の質の向上をサポートしています。 さらに、パーキンソン病やターミナルケアに精通した専門医との密な連携により、高度な医療的ニーズにも対応。スタッフ一人ひとりが専門性を高められる教育体制を整え、安心・安全で温かみのあるケアを追求しています。 通勤アクセスにも優れた立地にあり、働きやすさと専門性の両立を目指す看護師の方にとって、やりがいと成長を実感できる職場です。 事業所紹介ページ: https://ns-pace-career.com/facilities/16679 NsPace Career 記事提供:NsPace Careerナビ編集部 NsPace Careerナビでは、今回の記事のほかにも多数の事業所情報や役立つコンテンツを掲載しています。ご興味のある方はぜひこちらもご覧ください。 サイト: https://ns-pace-career.com/media/

開催間近!学術集会長 藤野泰平氏 特別インタビュー【第15回日本在宅看護学会学術集会 11/29&30開催】
開催間近!学術集会長 藤野泰平氏 特別インタビュー【第15回日本在宅看護学会学術集会 11/29&30開催】
インタビュー
2025年11月11日
2025年11月11日

開催間近!学術集会長 藤野泰平氏 特別インタビュー【第15回日本在宅看護学会学術集会 11/29&30開催】

2025年11月29日(土)・30日(日)に、ウインクあいち(愛知県/JR名古屋駅より徒歩5分)にて「第15回日本在宅看護学会学術集会」が開催されます。テーマは、「訪問看護と社会インフラ~医療・ケアを地域の当たり前に~」。開催が目前に迫る中、学術集会長の藤野 泰平さんに、地域での暮らしを支え続ける訪問看護の意義や、社会インフラとしての可能性についてお話をうかがいました。 >>関連記事11月29日&30日開催!第15回日本在宅看護学会学術集会 見どころ紹介見どころやシンポジウムの紹介もされています。 藤野 泰平さん第15回日本在宅看護学会学術集会 学術集会長 名古屋市立大学看護学部卒業後、聖路加国際病院に入職。訪問診療クリニック、訪問看護ステーションの勤務を経て、2014年11月に株式会社デザインケア・みんなのかかりつけ訪問看護ステーションを設立。日本看護管理学会 看護の適正評価に関する検討委員会副委員長、一般社団法人日本男性看護師会 共同代表、オマハシステムジャパン理事、東京大学、慶應義塾大学非常勤講師などを歴任。 訪問看護を「社会インフラ」として考える ―前回の記事で、瀬戸内海の島で生まれたことがきっかけで訪問看護を「社会インフラ」と表現するようになったと教えていただきました。経緯について、もう少し詳しく教えてください。 はい。私が生まれ育った島では、「住みたい場所で暮らしたい」という願いが病気をきっかけに叶わなくなったり、緊急対応が間に合わず命に関わる事態になったりすることがありました。私自身も、家族として大きな無力感を覚えた経験があります。訪問看護や救急医療が十分でない地域では、日常生活や生き方にさまざまな制約が生じやすいことを実感したんです。 電気・ガス・水道と同じように、医療やケアが当たり前に届く社会をつくりたい――。この想いが、私の原点です。そして、「家族やペット、友人などと年を重ね、住み慣れた場所で日々穏やかに過ごしたい」という多くの人の願いに、医療や福祉がきちんと応えられる社会を実現したいと思っています。 ―そのために、訪問看護ができることは何でしょうか。 医療や介護は、当事者にならなければ実感しづらいものですよね。 例えば、私はこれまで「娘に迷惑をかけたくない」と施設に入った方が「娘に会いたい」と涙を流す姿や、亡くなった後にご家族が「母は幸せだったのでしょうか」「私は親孝行できたのでしょうか」と悔やむ姿などを何度も見てきました。「本当にこれでよかったのか」という後悔は、心に深く残るものです。 訪問看護の出発点は、利用者さんの「どう生きたいか」「どんな暮らしを望むのか」という声に丁寧に耳を傾け、受け止めることだと私は考えています。 そして、訪問看護師は日々多くの「最期」に立ち会います。その経験を通して得た声や気づきを地域で生きる人たちに伝えながら、「どうすればより良い最期を迎えられるか」「どう生きていけるか」という未来を描いていく。そうやって、まちの中で人と人との思いをつなぐことこそが、訪問看護という仕事の大切な一面なのだと、私は考えています。 ―藤野さんは、どのように「伝える」活動をされているのでしょうか。 例えば、書籍の執筆やホームページでのケア症例事例集の公開などを行っています。医療やケア、「生きる」ことに関する情報を、市民の方々へ還元していきたいと思っています。 人生の歩みや病気との向き合い方など、その方の「物語」がみえるケア症例事例集。(みんなのかかりつけ訪問看護ステーションHPより) 社会のしくみをより良くしていくために ―藤野さんは、幅広くご活動をされていますが、具体的な活動内容や、その背景にある想いについて教えてください。 まずは、なんといっても訪問看護事業です。世界的には、地域でのプライマリ・ケアを基盤に、生活に根ざした支援を重視する国が多い一方、日本では病院中心の体制が長く続いており、看護職の多くが病院に勤務しています。しかし、人が実際に生活するのは病院ではなく自宅です。生活の場で支える存在がもっと必要だと考えて訪問看護を始めました。スタッフが長く安心して働ける環境を整えることが、地域支援の持続可能性を保つことにもつながると考え、教育のオンライン化やオンコール専用コールセンターの設置などにも取り組んでいます。 また、学会活動にも力を入れています。今回は日本在宅看護学会の学術集会長を担当していますが、日本看護管理学会や日本在宅連合学会などでも委員会に参加し、さまざまな職種の方と協働して、社会のしくみをよりよく動かすための議論や提案を行っています。 医療や介護の現場は、「診療報酬」「介護報酬」という制度のもとで成り立っています。制度をどの方向に動かすのが望ましいのかを考える上で、学会は非常に有効なチャネルです。職種の枠を超え、仲間たちとともに、「社会にとってより良い形とは何か」について、議論を重ねながら社会をリードしていく。そんな役割を担えたらと考えています。 そのほか、ケアの質を見える化する「オマハシステム」や、看護職の多様なキャリアを支援する「日本男性看護師会」など、いくつかの団体や企業活動を通じて、看護のしくみづくりや社会的な基盤づくりにも携わっています。データやDXを活用して、社会全体を少しでも早く、より良い方向へと変えていけるよう、仲間と力を合わせて活動を続けています。 未来をつくるために意識したいこと ―今回の学術集会の運営にあたり、特に意識されたポイントについて教えていただけますか。 意識したのは、「未来をどうつくっていくか」ということです。今回の学術集会では、主に以下の3つを柱に据えました。 人づくり:未来を担う世代を育てる 社会を支えていくためには、「人づくり」がとても大切だと感じています。これは、法人の中で人材を育成するという狭い話ではありません。病院も在宅も大学も含めて、どのように人を育てていくかを考える。そこにこそ、学会が果たせる役割があると思うんです。生産性:力を発揮できる環境づくり 日本の一人あたり労働生産性は、主要国と比べて十分に高くはありません。裏を返せば「伸びしろが大きい」ということでもあります。人口減少が進む中でも、働く環境の整備やDXの推進によって、より多くの人が力を発揮できるようになれば、医療や福祉を含む社会全体の活力を高めていけると考えています。想像力:多様な人々の暮らしを想像する 社会の未来を考える上で、想像する力は欠かせません。医療者にとっても重要な力だと思っています。例えば、子どもを亡くした親の気持ち、仕事に失敗して家にこもる人の孤独、災害に遭った方々の日々などをどれだけ想像できるかが、行動を起こす上での鍵になります。遠く離れた国の子どもたちの現実を自分ごととして捉えるのは難しいのは、無関心なのではなく、単に経験の差や情報の届き方が影響している側面もあると思います。利用者さんの心に触れる経験を通じて、「自分たちの未来はどうあってほしいのか」「どんな社会にしていきたいのか」を想像する。その想像力をもとに、当事者意識を持って未来を考えていく。この学術集会が、そのきっかけになれば嬉しいと思っています。 視野を広げ、つながりを知り、自分を主語に語る ―若手看護師をはじめ、あまり学術集会に参加したことがない方へのアドバイスやメッセージがあれば教えてください。 臨床で働く中では、どうしても自分にできないことや職場の空気に意識が向きがちです。しかし、実際には世界はもっと広がっています。自分が大切にしている価値観やこだわりが認められなくても、別の場所では評価されることがある。広い視野を持つことは、一歩を踏み出す勇気につながることを、私自身も実感しています。 また、「自分たちの仕事がどこで、どのように、つながっているのか」を知ることも大切です。多種多様な立場の人の試行錯誤を知ることは、大きな学びになります。現場で一生懸命取り組むことが、退院後の患者さんの人生に影響を与えることもあります。その影響が、やがて家族や地域へと広がっていくことだってあるでしょう。こうしたつながりを実感できるのが、看護の醍醐味だと思っています。 そして、学術集会の場などで誰かと話すときは、「自分を主語に語ること」です。「『私は』こう思った」「『私は』困った」と、自分の言葉で表現すると良いと思います。明確な正解はありませんし、同じ出来事でも、背景や経験によって受け取り方は違います。自分を主語にすることで、「それいいね」という共感や、「こう考えてみたら?」という助言が生まれ、次の一歩につながるのです。皆さんには、さまざまな人の話を聞きながら、「自分にとっての意味」を感じ取ってほしいと思います。 ―最後に、学術集会の具体的なまわり方に関して、アドバイスをお願いします。 学会やセッションでは、ぜひ自分が興味を持ったテーマの場に足を運んでください。今の自分が求めていることは、きっとその中にあります。また、少し勇気がいるかもしれませんが、終わった後に登壇者等に「少しお話ししてもいいですか?」と声をかけてみてください。それだけで人生が大きく変わることもあります。自分の仕事に誇りを持てるきっかけになるかもしれません。 そして、11月29日(土)17時からの懇親会も、肩の力を抜いて語り合える貴重な時間だと思っています。第14回学術集会の懇親会も多くの若い方が参加してくださり、「あの話に共感しました」「こんな苦労がありました」といった会話が自然に生まれました。そんな何気ない交流が、自分を磨くきっかけになります。ぜひ積極的に参加して、声をかけてください。私もその場にいますので、話しかけてもらえれば、どんな質問にもできる限りお答えします。 そうした「有機的な出会い」の中で、一緒に未来をより良くしていく仲間として、互いに成長していけたらと思います。 2025年11月29日(土)、30日(日)開催の「第15回日本在宅看護学会学術集会」にご参加希望の方は、学術集会ウェブサイトよりご登録ください。また、学術集会の1日目終了後(17時~)には、懇親会も開催されます。ぜひあわせてご参加ください。・学術集会への登録はこちら第15回日本在宅看護学会学術集会 ウェブサイト・懇親会の情報はこちら 11/29・30開催「第15回日本在宅看護学会学術集会」に協賛!懇親会も開催 編集:NsPace編集部 【参考】〇プライマリ・ケア連合学会「プライマリ・ケアとは」https://www.primarycare-japan.com/about.htm2025/11/5閲覧〇厚生労働行政推進調査事業.筑波大学附属病院 総合診療・プライマリ・ケア推進事業報告書「わが国の総合診療はどうあるべきか 第4部 総合診療に関する国際比較」https://soshin.pcmed-tsukuba.jp/education/report/pdf/04_001.pdf2025/11/5閲覧〇厚生労働省「看護師等(看護職員)の確保を巡る状況に関する 参考資料」(令和5年5月29日)https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001101182.pdf2025/11/5閲覧〇厚生労働省「令和6年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/24/dl/gaikyo.pdf2025/11/5閲覧〇公益財団法人日本生産性本部「労働生産性の国際比較2024」https://www.jpc-net.jp/research/list/comparison.html?utm_source=chatgpt.com2025/11/5閲覧

皮膚トラブルのアセスメント 疥癬の見極めと対応【セミナーレポート後編】
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2025年11月11日
2025年11月11日

皮膚トラブルのアセスメント 疥癬の見極めと対応【セミナーレポート後編】

2025年7月25日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「写真で解説!皮膚トラブルのアセスメント」を開催。皮膚科専門医である袋 秀平先生を講師にお招きし、訪問看護の現場で役立つ皮膚トラブルのアセスメントについて学びました。 セミナーレポート後編では、疥癬の基礎知識や対応方法をメインにご紹介します。 ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】>>袋先生の連載記事はこちら【多数の症例写真で解説】皮膚症状シリーズ記事一覧 【講師】袋 秀平 先生日本皮膚科学会 専門医/ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学 医学部を卒業。1999 年にふくろ皮膚科クリニックを開業して以降、長らく在宅医療に取り組む。日本褥瘡学会監事(前在宅担当理事)、日本フットケア・足病医学会 在宅医療委員長、神奈川県皮膚科医会 副会長など、さまざまな学会で主要な役職に就き、知識の共有や医療の発展に尽力している。 ステロイド外用薬の基礎知識 ステロイド外用薬(塗り薬)は、抗炎症作用の強さによって5段階に分類されます。 strongest(I群)クロベタゾールプロピオン酸は別格に強い薬なので、やむを得ない場合にだけ使うと考えてください。very strong(II群)ややひどい湿疹によく使われます。顔にはおすすめしません。strong(III群)一般に使われている薬です。薬局で売られている薬の多くはstrongに該当します。moderate(IV群)、weak(V群)通常の湿疹に処方されることが多い薬です。 ステロイド外用薬の副作用として皮膚の菲薄化(皮膚が薄くなること)があるので、長期使用には注意が必要です。 >>関連記事ステロイド外用薬について症例とともに詳しく解説しております。湿疹皮膚炎とは? 種類や症状、改善方法が分かる【多数の症例写真で解説】 疥癬とは 疥癬は、ヒゼンダニが皮膚に寄生することによって発症します。症状の特徴は激しい痒みで、利用者さんが「夜も眠れないくらい痒い」と訴えたら、疥癬を疑う必要があります。なお、痒みの原因はダニに噛まれることではなく、その死骸や卵、糞などにアレルギー反応を起こすことです。 皮膚症状としては、首から下に結節や「疥癬トンネル(以下トンネル)」が見られます。結節にも表面にトンネルがあることが多く、肉眼で観察できるケースも珍しくありません。 >>関連記事疥癬とは? 特徴や症状、感染予防策を正しく知ろう【多数の症例写真で解説】 診断 血液では診断できないので、虫や卵の存在を証明することが必要です。在宅では、病変部の組織を眼科用のハサミをはじめとした器具で採取し、持ち帰って顕微鏡で検査する方法が一般的。また最近では、ダーモスコピーという機材を使って証明するのも有効な手段とされています。 写真(左):結節にみられた疥癬トンネル(ダーモスコピーにて撮影)写真(右):このトンネルから検出したヒゼンダニの虫体と虫卵ふくろ皮膚科クリニック症例 上の写真は、ダーモスコピーでトンネルを見つけ、その部分を顕微鏡で見た様子です。産みたての卵は無構造に見えますが、時間が経ったものは中に虫の姿が見えます。 治療 かつて、疥癬の治療にはγ-BHCやイオウの入浴剤が使われてきました。しかし、γ-BHC は毒性の強さから2010年の法律改正で人体への使用は禁止に。イオウ入浴剤も現在は発売中止となっています。またクロタミトンも、かぶれのリスクがあることから、最近は以前ほど使われなくなりました。 そんな中、2006年には内服薬「イベルメクチン」が、2014年には外用薬「フェノトリン」が使えるようになり、疥癬の治療は格段に進歩しています。 イベルメクチン1日1回、体重に合わせた量を空腹時に内服します。1週間後に2回目の内服を行いますが、それだけでは再発例が非常に多いので、最低でも3回の内服がおすすめです。フェノトリンフェノトリンはイベルメクチンを投与できない生後2ヵ月未満の乳児や妊婦、授乳婦にも使用できるので、困ったときは選択するとよいでしょう。ただし、イベルメクチンとフェノトリンの併用は、角化型疥癬にのみに許されている地域もあります。保険適用の可否と併せて確認が必要です。 角化型疥癬とは 角化型疥癬とは重症型の疥癬で、名前のとおり角化が特徴です。通常疥癬との違いは、寄生された宿主人間の免疫力に影響を受ける点。同じヒゼンダニによる感染ですが、免疫力が低いと重症化します。 角化型疥癬になると、手や足などの摩擦が生じやすい箇所に、灰白色や黄白色の厚い鱗屑が付着します。通常疥癬は首から下にのみ発症するのに対し、角化型疥癬は頭や耳にも見られます。爪に入ると、爪が肥厚、混濁して崩壊する場合もあり、爪白癬との鑑別が必要です。 ふくろ皮膚科クリニック症例 上記のa)とb)は同じ方で、内科疾患による免疫低下が見られます。顔や頭、耳もガサガサしている状態です。c)の方は湿疹と誤診をされ、ステロイド外用が長期間行われていました。 ふくろ皮膚科クリニック症例 上の写真は、c)の方の手のひらの角化した部分を取り顕微鏡で見た様子。1つの顕微鏡の視野にこれほど多くの虫や卵が見つかるのは、重症型だけです。 なお角化型疥癬では、全身性疾患や誤ったステロイド外用の継続によって免疫力の低下が起きているため、虫が爆発的に増加します。一方で、免疫低下によってアレルギーが起きにくくなり、痒みを感じにくい場合もあります。早期発見に努めたい疾患です。 現場で実践したい対策 ヒゼンダニは、人の皮膚から離れると2〜3時間で死滅し、室温でも48時間を超えて生存できないとされています。50℃では10分で完全に死滅するため、洗濯に熱湯を用いる必要はありません。 こうした性質をふまえ、疥癬の感染予防には、日本皮膚科学会が示すガイドラインに沿った対応が推奨されています。介護する家族や介護スタッフが疥癬を発症し、本人が気づかないまま感染源となるケースもあるため、周囲も含めた感染リスクに注意し、適切な対策を行う必要があります。 角化型疥癬の場合は厳重な対応が求められますが、ガイドラインにおいて通常疥癬では以下3点の対策が基本とされています。 1. 手洗いを励行する2. 診察室や検査室ではディスポーザブルシーツを使用し、患者ごとに必ず交換する3. 洗濯物を運ぶ際は落屑が飛び散らないようポリ袋などに入れる 雑魚寝状態であれば、同居者や友人などの予防治療を検討しますが、個室隔離や殺虫剤散布は不要です。 疥癬が発生した際に慌てることのないよう、以上の内容をふまえ、施設であらかじめ対策マニュアルを作成しておくことをおすすめします。 * * * 今回ご紹介した内容は、NsPace(ナースペース)に掲載されている私の連載記事でも触れています。併せてご覧いただき、日々のアセスメントにお役立ていただければ幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇日本皮膚科学会.疥癬診療ガイドライン策定委員会:疥癬診療ガイドライン(第3版),日皮会誌,125(11), 2023-2048, 2015 

皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】
皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年11月4日
2025年11月4日

皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】

2025年7月25日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナーのテーマは、皮膚トラブルのアセスメント。25年以上にわたり在宅医療に取り組む皮膚科専門医である袋 秀平先生に、訪問看護師が知っておきたい皮膚トラブルのアセスメントに必要な知識を教えていただきました。 セミナーレポート前編では、皮膚症状の見方や真菌症(白癬)の情報をまとめます。 ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】袋 秀平 先生日本皮膚科学会 専門医/ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学 医学部を卒業。1999年にふくろ皮膚科クリニックを開業して以降、長らく在宅医療に取り組む。日本褥瘡学会 監事(前在宅担当理事)、日本フットケア・足病医学会 在宅医療委員長、神奈川県皮膚科医会 副会長など、さまざまな学会で主要な役職に就き、知識の共有や医療の発展に尽力している。 皮膚症状を「みる」 「スナップ・ダイアグノーシス(一発診断、一瞥診断)」という言葉がありますが、皮膚科においては「目でみる」こと、特に「形態(皮膚科においては発疹)覚」と「色覚」がとても重要です。 今回は、実践で役立てやすいようわかりやすさを重視し、 「皮膚面にあるもの」「皮膚面より隆起しているもの」「皮膚面より陥凹しているもの」「発疹の上に乗っているもの」の順に分類して、発疹と色の判別方法を見ていきます。 >>関連記事皮膚症状の見方や医師への報告のしかたについては、以下の記事もご覧ください。訪問看護で皮疹を発見 もう迷わない医師への皮膚症状の伝え方【多数の症例写真で解説】 (1)皮膚面にあるもの 皮膚面にあるものとは、色の変化を指します。代表的なものとして 血管拡張 紅斑 紫斑 白斑 色素斑 などがあります。病変部の色を正しく識別することで、どのような病態を反映しているかを判断し、適切な対処方法を明確にしていきます。色の変化で重要なのは、「紅斑」と「紫斑」でしょう。 写真(左)紅斑:圧迫にて色が消退する 写真(右)紫斑:圧迫しても色が消退しないふくろ皮膚科クリニック症例 ガラスやアクリルなどの透明な板で病変部を圧迫し、色が消える、または薄くなれば紅斑。変化しなければ紫斑です。紅斑は真皮浅層で血管が拡張したり、充血したりしているので、圧迫すると一時的に血管から血液が圧排されて色が消退します。 一方の紫斑は、真皮または皮下組織に出血しているため、圧迫しても色は消えません。紫斑であれば血管の障害や血液に問題があることが推測されます。皮疹を区別することで、病態も想像できることになります。 (2)皮膚面より隆起しているもの 皮膚面より隆起しているものとしては以下のようなものが挙げられます。 丘疹 結節 水疱 膿疱 嚢疱 膨疹 写真(左):丘疹 写真(右):結節ふくろ皮膚科クリニック症例 炎症をはじめとしたトラブルによって細胞や液性成分が増加し、体積が増えて皮膚が盛り上がったものは「丘疹」です。直径1センチを超える丘疹は「結節」、さらに大きいものは「腫瘤」と呼ばれ、腫瘤の多くは腫瘍性です。 写真(左・中央):水疱 写真(右):膿疱ふくろ皮膚科クリニック症例 内部に液体成分が貯留しているものは「水疱」か「膿疱」です。写真左は単純ヘルペスで、中央は水疱性類天疱瘡(すいほうせいるいてんぽうそう)。右のように、内容液に好中球が集まってきたものは膿疱で、細菌がいない無菌性膿疱の場合もあります。 こちらの写真は、患者さんが「水疱ができました」と言って見せてくれたものです。しかし実際には水が溜まっておらず、この場合は水疱ではなく結節と判断することができます。 膨疹(ぼうしん)ふくろ皮膚科クリニック症例 次に、皮膚が盛り上がりとして見られるのが「膨疹」です。主に真皮に見られる一過性の浮腫であり、患者さんが「水疱」と表現することも少なくありません。ただし患者さんは皮疹の種類を区別できないため、訴えをそのまま鵜呑みにせず、観察によって正しく判断することが重要です。膨疹は多くの場合、蕁麻疹の際に認められる症状です。 (3)皮膚面より陥凹しているもの 皮膚面より陥凹しているものとしては、 萎縮 びらん 潰瘍 亀裂 などが挙げられます。 ふくろ皮膚科クリニック症例 このうち「びらん(写真左)」は表皮が欠損している状態を指し、欠損がさらに真皮まで及ぶ場合を「潰瘍(写真右)」と呼びます。 (4)発疹の上に乗っているもの 次に発疹の上に乗っているものです。主に 鱗屑(りんせつ) 痂皮(かひ) 浸軟 が挙げられます。 ふくろ皮膚科クリニック症例 鱗屑とは、角化あるいは不全角化した角層が皮膚表面に付着している状態を指します。これが皮膚から離れ、剥がれ落ちたものを「落屑(らくせつ)」と呼びます。 一般に「フケ」といわれるのは、頭部の鱗屑や落屑にあたります。また「垢」は、落屑に皮脂などの分泌物が混じったものと定義されています。これらは区別して理解する必要があります。 ふくろ皮膚科クリニック症例 痂皮(写真左)は、一般に「かさぶた」と呼ばれるものです。分泌物が乾燥し、角質とともに皮膚表面に付着している状態を指します。つまり、痂皮が形成されているということは、皮膚表面が障害され、滲出液や出血が生じていることを意味します。なお、写真右のように血液が固まって形成されたものは「血痂(けっか)」といいます。 ふくろ皮膚科クリニック症例 表皮と角質の水分量が増加してふやけて見える状態は「浸軟」といいます。左の写真は、鱗屑の解説で紹介した白癬の患者さんのもので、中央部が浸軟しています。 また、中央の写真のように、褥瘡の潰瘍部の周囲が浸軟することもよくあり、これは TIME コンセプトの Mで問題となります。滲出液の状態が適切でなく、過湿潤の状態にあると判断されます。 右の写真は、足底のウイルス性疣贅(いわゆるイボ)にサリチル酸ワセリンを貼った後の状態です。 真菌症(白癬)とは 真菌症は、文字どおり真菌(カビ)が原因で起きる疾患です。真皮までの炎症にとどまる「浅在性真菌症」と、より深い部分に達する「深在性真菌症」とがありますが、今回は白癬による浅在性真菌症についてお話しします。 >>関連記事真菌症とは? フットケアにも活かせる知識【多数の症例写真で解説】 診断と治療 真菌症の診断は、まず視診で疑い、ついで病変部に真菌の存在を証明することが重要です。 これによって初めて真菌症と確定診断されます。 治療には抗真菌薬を用いますが、診断確定前に使用するのは避けていただきたいです。抗真菌薬で改善しなかった場合に、「そもそも真菌がいなかったのか」「薬が中途半端に効いているのか」などの判断が困難になるためです。 過去には、褥瘡の表面に白い膜が出現し、真菌を検査することなく「真菌が原因だろう」と考え抗真菌薬を外用した例が報告されています。しかし、これは正しい診断・治療のアプローチとはいえません。 >>関連記事「診断を確定してから抗真菌薬を使用する」という考え方は、失禁関連皮膚炎(IAD)の対応にも共通しています。治療指針を示したアルゴリズムは以下の記事で確認できますので併せてご覧ください。IAD(失禁関連皮膚炎)とは? 鑑別が必要な疾患も紹介【多数の症例写真で解説】 部位別の特徴や治療法 【足白癬】 ふくろ皮膚科クリニック症例 上の写真は、足白癬の典型例です。指の間の「趾間型」、水疱が目立つ「水疱型」、角化がメインとなる「角化型」に分類できます。 検査では、病変部の組織を顕微鏡で確認します。写真の赤丸で囲われた箇所を採取すると、真菌が検出されやすいです。 治療では、病変部だけでなく両足全体に外用を行うのが原則。外用薬の量は、世界標準の「フィンガー・ティップ・ユニット(FTU)」(大人の手のひら2枚分の面積に対し人差し指の末節分の長さをチューブから押し出した外用薬(0.5グラムに相当)を使用)に基づいて調整してください。なお、FTUの概念は、ステロイドをはじめとした他の外用薬にも適用できます。 【体部白癬】 体部白癬は境界鮮明・堤防状隆起・中心治癒傾向という特徴を持つふくろ皮膚科クリニック症例 足(足白癬)、頭(頭部白癬)、手(手白癬)、鼡径部(股部白癬)にできる白癬はそれぞれ固有の名前がありますが、それ以外にできた場合は一般に体部白癬としてまとめてしまいます。体部白癬では、白癬菌は周囲に向かって皮膚を侵していきます。 写真にあるとおり、辺縁部の炎症が強く、堤防状に隆起しており、その境界は明瞭。中心部は治ったように見えます。そのため、「境界鮮明」「堤防状隆起」「中心治癒傾向」という3つの言葉で特徴を表現します。 【爪白癬】 足爪白癬のさまざまな症状「混濁・肥厚・崩壊」ふくろ皮膚科クリニック症例 爪白癬には、爪が濁る「混濁」、厚くなる「肥厚」、ボロボロになる「崩壊」という特徴があります。これら3つの所見がそろっていれば、爪白癬の可能性が高いといえるでしょう。 エフィナコナゾール外用による足爪白癬の治療経過(70代男性)ふくろ皮膚科クリニック症例 治療には外用薬と内服薬が用いられます。上の写真は、外用薬(エフィナコナゾール)で爪白癬を治療した例です。根元から新しい爪に生え変わり、この方の場合は5ヵ月ぐらいでかなり良くなりました。しかし、外用薬の完全治癒率は20%以下で、継続できる状況であれば1年を目安に使うことになっています。 内服薬は外用薬に比べて治癒率は高いですが、肝機能や腎機能の数値に異常が出たり、併用薬に制限があったりします。そのため、使用の際は血液検査を定期的に行わなければならず、在宅ではハードルが高いかもしれません。しかし、爪白癬の放置は感染の原因になるだけでなく、転倒リスクも高まることが証明されており、治せるうちに治しておきたい疾患です。 次回はステロイド外用薬の基礎知識や疥癬の治療法・対処法について解説します。 >>後編はこちら皮膚トラブルのアセスメント 疥癬の見極めと対応【セミナーレポート後編】>>袋先生の連載記事はこちら【多数の症例写真で解説】皮膚症状シリーズ記事一覧 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考文献】〇一般社団法人 日本老年医学会. 公益社団法人 全国老人保健施設協会:介護施設内での転倒に関するステートメント(発行日2021年6月11日)

チームで支え合いながら、地域とつながる~エール訪問看護リハビリステーション谷島さん・久保さんにインタビュー~
チームで支え合いながら、地域とつながる~エール訪問看護リハビリステーション谷島さん・久保さんにインタビュー~
インタビュー
2025年11月4日
2025年11月4日

チームで支え合いながら、地域とつながる~エール訪問看護リハビリステーション谷島さん・久保さんにインタビュー~

【※本記事はNsPace Careerが事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はNsPace Careerが担当しました。】 30年の病棟経験を経て選んだ「その後の暮らし」への看護 「訪問看護を始めたのは、患者さんが退院した“その後”の暮らしがどうなっているのか、気になったのがきっかけでした」 落ち着いた語り口で、そう話すのは「エール訪問看護リハビリステーション」管理者・谷島薫さん。看護師として30年以上、内科・外科・整形外科・混合病棟・緩和ケアなど、実に幅広い領域を経験してきています。 その中で谷島さんが強く感じたのが、「病院を出た後」の患者さんの姿を知りたいという思いでした。 「病院では、入院中のケアや急性期の対応が中心になります。でも、本当にその方らしく生きていけるのは、自宅に戻ってからの時間なんですよね。『その人の生活にどう関われるのか』という問いが、訪問看護に進むきっかけになったと思います」 エール訪問看護リハビリステーションに入職した当初、谷島さんは現場の看護師として日々の訪問にあたっていました。ですが、その実直な姿勢と確かな経験が買われ、やがて管理者に就任することになります。 「私にとって“管理者”とは、何よりスタッフの健康と安心を守る存在であることが第一です。利用者さんに寄り添ったケアを届けるためには、まずスタッフ自身が心身ともに健やかでなければなりませんから」 その言葉通り、エールではスタッフのスケジュール調整や健康管理にきめ細やかな配慮がなされています。緊急当番で夜間に対応が発生した際は、翌日の午後から勤務にする、もしくは午後は在宅勤務で記録業務に専念する——。そんな柔軟な体制を整えていると言います。 「看護の現場では“その日そのとき”に100%のパフォーマンスを求められます。エールのスタッフは、一人一人がプロとして120%、時には200%のパフォーマンスで利用者様に接しています。だからこそ、疲労や不安を溜め込まないように、できる限りの支援はしたいと考えています」 谷島さんの語る言葉の端々には、看護師という職業への深い理解と、仲間への信頼がにじみます。 支え合い、成長し合う——“誰も一人にしない”チームの力 訪問看護と聞くと、「一人で現場に出て孤独そう」「困ったときに相談できる相手がいないのでは」といった不安を感じる方も多いかもしれません。しかし、エール訪問看護リハビリステーションはその“孤立”とは無縁のチーム体制を築いています。 「確かに、訪問中は基本的に一人。でも、ステーションに戻れば、必ず誰かがいて話せる。『それで合っていたよ』『次はこうしたらいいかもね』と、自然と会話が生まれる場所なんです」 そうした文化を支えているのが、毎日の朝夕の申し送りと月2回の症例カンファレンス。看護師とリハビリスタッフが一体となり、情報共有と対話を通じてチーム全体でのケアの質を高めています。 「〇〇さんといえば、この対応だよね、と全員がわかる状態が理想。利用者さんの情報を“誰かだけ”が知っているということがないようにしています」 また、新人教育においても、チームの“支え合い文化”は徹底されている。プリセプター制度のもと、入職初期には経験者が同行訪問を行いながら実践的な学びをサポート。さらに、管理者・代表との定期面談によって不安や疑問を拾い上げ、フォローにつなげる仕組みがあります。 「訪問看護が初めての方も多いので、“できて当たり前”という前提では接しません。“玄関では靴を揃えてから入室しましょう”という在宅ならではの接遇から、丁寧に教えています」 新人の1日の訪問件数は最大でも4件までに設定されており、利用者との信頼関係を築くことと、記録業務にゆとりを持って取り組むことの両立を大切にしています。 「教える側も、自分が初めて訪問に出たときの緊張感や不安をちゃんと覚えています。だからこそ、“大丈夫だよ、みんなそうだったよ”と言ってあげられる人が多いんです」 エールのスタッフが互いを思いやりながら日々を過ごしている理由——それは単なる職場のルールではなく、“支え合う空気”がごく自然に根づいているからなのです。 和やかな雰囲気で申し送りをするスタッフの皆さん 地域とつながる訪問看護——寸劇も、顔の見える連携も 「ケアマネ役で舞台に立ちましたよ。セリフが長くて、練習も大変だったけど、楽しかったですね」 そう語る谷島さんの顔には、思わず笑みがこぼれていました。 これは、豊島区の東部医療介護事業所学習交流会における出来事。地域住民や他事業所との連携を目的としたイベントで、エール訪問看護は、訪問歯科のチームと一緒に寸劇を行ったそうです。 「“ああ、こういうシーンあるよね”って、見ていた方々が笑ってくださったんです。医療や介護をちょっと身近に感じていただけたら、それだけで十分価値があると思っています」 この寸劇への参加は単なる余興ではない。エールが大切にする「地域との顔の見える関係づくり」を、まさに体現した活動です。 谷島さんによると、医師会・訪問介護・ケアマネ・訪問入浴など、多職種との横のつながりは、地域包括支援センターを起点に日常的に行われています。 「例えば、Aさんに関する情報を、ケアマネ・リハ・ヘルパーと共有して、“何か変化あった?”って聞き合える関係性があるだけで、支援の精度がぐんと上がるんですよね」 そのために重要なのが、電話やメールだけに頼らない「顔を合わせたコミュニケーション」。エールでは可能な限り現地での会議や同行訪問を通じて、相手と直接話す機会を大切にしています。 そうした取り組みにより、地域の方々からの信頼が厚くなり、「最近では、新規の利用者さんからのご依頼も増えているんです」と実績に繋がっていることを話してくださいました。 また、こうした連携を支えているのが、現場スタッフだけでなく、代表取締役・久保愛子さんの存在。久保さんは代表取締役でありながら、スタッフと一緒に訪問を行い、何より現場の理解を重要視。医療者として何ができるかを経営の立場で考えています。 「私も学習交流会に顔を出して、地域の皆さんとの繋がりを大切にしているんです。谷島さんが長いセリフを頑張って演じてくださって大盛況でした。新人教育の定期面談も入るようにし、スタッフの生の声をしっかりと聞きたいと考えています。」 久保さんのその言葉には、経営者としての目線と、現場を支える“応援者”としての気持ちが重なっていました。 利用者さんのお宅へ向かう谷島さん 『無理なく、楽しく働ける場所』を目指して 谷島さんに「訪問看護のいちばんの魅力は何ですか?」と聞くと、少し考えてから、こう答えてくれた。 「“自分の看護”ができること、ですかね。利用者さんと30分なり1時間なり、途切れずに向き合えるんです。『ちょっと待っててくださいね』がない。あれって実は、すごく大きな違いなんですよ」 病棟では次々に来るコール、処置、時間との戦い——。それらがない空間で、自分のペースで、その人の暮らしや想いを汲みながら看護を組み立てる自由さと責任。その両方が訪問看護の醍醐味なのだと話されます。 とはいえ、「自由」は孤独を伴いやすい。だからこそ、エールでは「一人で悩ませない」体制が何よりも重視されています。 「“訪問先で、これでよかったのかな?”と感じたとき、ステーションに戻ってすぐに誰かに聞ける。『それで合ってたよ、大丈夫』って言ってもらえる。それだけで、すごく安心できるんですよね」 そして、エールが目指しているのは、「誰もが無理なく、楽しく働ける場所」であること。 「うちは、無理してがんばる人を増やすのではなく、その人らしく働ける形を一緒に探していくステーションです。職種の垣根もなくて、リハさんとも自然に相談し合えるんです」 “この職場でなら、長く働けそう”——  そう感じてもらえるような環境づくりを、スタッフ全員で少しずつ積み上げてきたのだそうです。 今後について尋ねると、谷島さんは「個々の看護師が自分の“武器”を持って、地域医療に貢献できるようになれたら」と語られました。 「得意なこと、関心のあることを深めて、それぞれの強みを活かす。そうして“この町の看護、すごくいいね”って言われるようになれたら嬉しいですね」 そして最後に、求職者の方へのメッセージをお願いすると、谷島さんは、少し照れながらこう語ってくれました。 「“訪問看護って、一人で全部こなさないといけないんじゃないか”って不安に思われる方もいるかもしれません。でも、うちには『一人じゃない』と実感できるチームがあります。ステーションに戻れば、誰かが『おかえり』って言ってくれる。そんな場所です」 すると、ここで久保代表が明るい声でひとこと—— 「ほんと、それがエールのいいところです!ツーショット写真、絶対載せてくださいね(笑)」 この職場には、経験の豊かさだけでなく、人と人との間にあるやさしい信頼が根づいていた。 インタビュアーより インタビュー中、谷島さんは一貫して穏やかで落ち着いた口調でした。しかし、ステーションの話、スタッフの話になると、言葉が自然と熱を帯びていくのが印象的でした。 「その後の生活に寄り添う」という訪問看護の本質に、30年の経験を経て真摯に向き合っておられる谷島さん。理念を「言葉」で語るだけでなく、「仕組み」や「日常のふるまい」として体現している姿が印象に残っています。 また、インタビューの途中から随所でコメントしてくださった久保代表の存在も大きく、ステーション全体に漂う温かい空気感の背景には、現場と経営がフラットに関わる関係性があるのだと感じました。 “自分が幸せであることが、良い看護につながる”——  この理念を、一過性のスローガンではなく、日々の行動に落とし込んでいる現場でした。 事業所概要 事業所名:エール訪問看護リハビリステーション 所在地:東京都豊島区南大塚2‐29‐9サンレックス203 運営法人:株式会社ダイシン 事業所紹介ページ: https://ns-pace-career.com/facilities/16374 NsPace Career 記事提供:NsPace Careerナビ編集部 NsPace Careerナビでは、今回の記事のほかにも多数の事業所情報や役立つコンテンツを掲載しています。ご興味のある方はぜひこちらもご覧ください。サイト: https://ns-pace-career.com/media/

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
特集 会員限定
2025年10月28日
2025年10月28日

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)をテーマに、訪問看護師としての取り組みをご紹介します。ALSは突然発症し、残酷な内容の告知をされ「どうしたらよいのか分からない」状況のまま、急な意思決定を迫られることが少なくありません。そのような状況の療養者に訪問看護師としてどのようにかかわればよいのか、日々悩まれている方も多いのではないでしょうか。 本記事では、初回訪問時からの難病看護師の専門的な視点やアセスメント、本人やご家族への具体的な対応についてご紹介します。訪問看護の現場で役立てていただければ幸いです。 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは ALSは、運動ニューロンが障害を受け、手足や舌などがうまく動かせなくなり、筋肉が痩せていく病気です。個人差はありますが、徐々に症状が進行し、ADL(activities of daily living:日常生活動作)の低下や嚥下困難などの症状が顕著になっていきます。 そうなると、今までの日常生活が困難となり、諦めや選択を迫られます。また、症状の進行に伴い、情動制止困難な症状が出現することがあり、介護者やかかわる多職種は精神的に追い詰められ、サービスの継続が困難になる場合もあります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) 主介護者は妻で、中学生の息子との3人家族です。Aさんは、就労中の電話対応で呂律が回っていないことを指摘され、医療機関を受診しALSと診断されました。セカンドオピニオンを受けているうちに症状が進行し、経口摂取が困難となり、脱水症状で緊急搬送されました。その後、胃瘻を造設され、退院時に訪問看護を紹介されました。以下は、初回訪問時の状況です。Aさんご夫婦は、当初、訪問看護の利用には消極的でした。  【初回訪問時の状況】Aさん(椅子に座り筆談):「喉は開けるつもりはないので、訪問看護はいらないです」妻(落ち着いた様子):「主人もいらないと言っていますし、まだ大丈夫です」「なんとか工夫して食べていますし」「最近、座ってでないと眠りにくいようですけど」訪問看護師:「そうなんですね」「あまり睡眠がとれていないですかね。頭痛など大丈夫でしょうか」「胃瘻も気になりますし、2週間に1回だけでもお顔を見せていただけませんか」「少し飲み込みづらさがあると思いますので、リハビリをしてみるのはいかがでしょうか」「次回の病院受診時にご一緒させていただいてよろしいでしょうか。お願いします」「何か困ったことがあればいつでもご連絡くださいね」Aさん・妻:「まあ……そこまで言うなら。そのくらいなら、いいかな」 初回訪問:難病看護師としての視点 (1)身体面・精神面のアセスメント 【身体面】球麻痺が進行し、唾液が流れるため、タオルを常に噛んでいる状態でした。誤嚥のリスクが非常に高いと考え、誤嚥による肺副雑音の出現、SpO2の低下を確認します。夜間も座位でないと睡眠がとれないことから、呼吸筋麻痺の進行が想定され、CO2ナルコーシスの症状も確認します。 【精神面】診断されて間もない時期であり、詳しく状況を理解されておらず、病気の進行に対する理解や気持ちが追いついていないと考えられます。ご夫婦に危機感はないように見られましたが、初回訪問であり、装っておられる可能性もあります。 (2)訪問体制のアセスメント 最初は少ない訪問回数の提案でつながりを確保し、徐々に訪問サービスに慣れていただきます。また、初期は特に症状の改善に期待を持たれているため、訪問リハビリテーション(以下、リハビリ)のほうが受け入れもよく、スムーズに開始できる場合が多いです。その場合はリハビリから開始し、スタッフと情報共有しながら進行状況に応じ看護師の訪問を開始します。 初回のアセスメントで「リスクが高い状態である」と考えられる場合は、必ず緊急体制の必要性を説明し、早期に契約します。また、緊急訪問時に重要となる吸引器はすぐに準備し、自治体が行う日常生活用具給付等事業の利用申請を促します。吸引器は、制度の申請から実際に手元に届くまでに数ヵ月かかる場合が多いです。そのため、まずは訪問看護ステーションの吸引器を持参するか、レンタルするなどして緊急時に備えておきます。 (3)意思決定支援のためのアセスメント Aさんが、医師からの説明内容や自身で検索された情報から、どの程度の知識があり、どのように理解されているのか、また何を大切にされており、何が自尊心の維持につながるのかを情報収集します。 早い段階から保健師やケアマネジャーらと多職種カンファレンスを行い、本人と妻の「今の」意思を共有します。意思は変化しますので、意思確認に必要な情報を継続的に共有することも大切です。また、同じ疾患の方の情報も伝え、今後起こり得る状況を想定できるように、精神状況に配慮しながら意思決定支援につなげていきます。  ワンポイントアドバイス●意思決定支援はていねいに進めるAさんのように進行が早く、気持ちの準備ができていない場合は、タイミングを見て、ていねいに時間をかけた意思決定支援を進めることが大切です。●焦ってリスクを伝えない関係性ができていない状態で、看護師が焦ってリスクを伝えようとすると、受け入れができずに怒りを表出される可能性があります。その結果、訪問を拒否されてしまうこともあるため、注意が必要です。●初期段階の連携が重要診断後の初期には、大学病院や総合病院の主治医から訪問看護指示書を受けるケースが多く、連携が取りにくいことがあります。その場合には、FAXで状態報告を行うのもよいですが、可能な限り受診に同行することをおすすめします。病院との連携がスムーズになるだけでなく、診察を待つ間に本人や介護者とゆっくり話すことができるので、信頼関係の構築にもつながります。 家族(介護者)への支援 Aさんは呼吸状態が悪化し、緊急入院となりました。そして、ご家族で相談され、気管切開・気管食道分離術を受けました。その後、妻から「病院の先生に施設をすすめられましたが、私は自宅で介護をしたいです。どうしたらよいでしょうか」と泣きながら連絡がありました。 妻には、自宅での介護生活をイメージできるように24時間必要なケアについて、「利用できるサービスや制度」「機器を利用することにより負担が軽減できるケア」「妻が行う必要があるケア」の3つに分けて具体的に説明しました(表1)。サービスを利用していない時間は、基本的に介護者がケアを行います。訪問看護師は24時間体制で支えますが、「介護者は覚えることが多く、負担が大きくなる可能性がある」ことを伝え、事前に介護者の意思を確認しておくことも重要です。 希望があれば実際にご自宅で介護されているお宅に一緒にうかがいます。また、病院には、妻の意思を伝え、退院前の指導項目やカンファレンスに参加すべきサービス事業所を提案します。 表1 妻に伝えた24時間必要なケアの内容 利用できるサービスや制度・ 訪問看護・訪問リハビリ・ 訪問診療・ 訪問介護(介護ヘルパー・重度障害ヘルパー)・ 訪問入浴・ 療養通所介護(人工呼吸器装着状態でも利用可能なデイサービス)・ 日常生活用具給付事業(吸引器、パルスオキシメータなどの支給を受けることができる)機器を利用することにより負担が軽減できるケア・ 福祉用具のレンタルや購入:移動や体位変換、排泄、入浴時などの介護負担を軽減させる→福祉用具:介護ベッド、マットレス、クッション、ポータブルトイレ、手すり、車椅子、シャワーチェアー、バスボードなど在宅人工呼吸療法関連機器[強力な助っ人]の一例●唾液吸引チューブ(メラ唾液持続吸引チューブ:泉工医科工業)●喀痰吸引器(アモレSU1:トクソー技研株式会社)●気道粘液除去装置(カフアシストE70:株式会社フィリップス・ジャパン)妻が行う必要があるケア・ 呼吸器管理(画面表示内容の理解、アラーム対応、回路・加湿器対応など)・ 気管カニューレの管理(吸引)・ 胃瘻管理(注入)・ 体位変換・ 療養者のメンタルケア など 本人が抱える苦痛への対応 Aさんは、症状の進行に伴う喪失体験を繰り返すたびに、妻に厳しく当たるようになりました。「妻だから、介護はおまえの仕事」と介護サービスを拒否し、妻を頻回に呼び出します。妻は、どのように夫にかかわればよいか悩み、息子と過ごす時間もとれなくなったことで精神的に追い込まれていきました。 妻には1人で悩まないように伝え、Aさんには「望まれる在宅生活を続けていくなら、奥様の協力が必要ですが、このままでは奥様は体調を壊してしまいます。ご協力をお願いします」と伝えました。Aさんは怒りを表出し、拒否されました。 情動制止困難への対応 ALSでは「情動静止困難」と呼ばれる、こだわりが強くなる、怒りが強く継続する、思いやりや気遣いができなくなる、といった自身の元来の性格では考えられないような症状を認めることがあります。 情動制止困難の症状が出現すると、主介護者のご家族はもちろん、多職種のチームメンバーが精神的に追い込まれ、在宅生活が継続できなくなる可能性があります。そのため、難病看護師は、症状が出現するとチームの中心となり、症状の説明やかかわり方を検討し、伝えていく役割を担います。以下は、かかわり方の具体的な例です。  (1)身体面のアセスメントを行い、さまざまな症状への対応を工夫し、苦痛の除去を検討する【さまざまな症状と対応例】● 四肢と腰部に疼痛がある:体位の工夫(クッションやマットレスなどの福祉用具の利用)、リハビリテーション、マッサージ、鎮痛薬の開始● 全身掻痒感がある:訪問入浴の導入、清拭の強化(ハッカ水を利用)、軟膏・アレルギー薬の開始● 不眠、不安が見られる:例えば、車椅子に移乗し外を見る、といったような気分転換を取り入れる、会話・傾聴の時間をつくる、パソコンによる動画視聴、抗うつ薬や睡眠導入薬の開始(2)本人に「なぜそのように感じたのか」、「なぜそのような態度をとったのか」を問う(3)本人の身体状況や精神状況のタイミングを見て、現状を説明する(説明中に本人の怒りが表現された場合も冷静に説明する。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)(4)本人の希望を実現するための手段を提案し、本人と一緒に考え選択する(できること、できないことを分かりやすく伝える。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)このほかに、看護師や介護ヘルパーが精神的苦を受けないように、事業所ができる対応もあります。例えば、1人で訪問せずに2人体制にしたり(複数名訪問看護:看護補助者や介護ヘルパーが同行する)、特定のスタッフをターゲットとして攻撃するような場合は、そのスタッフは無理をせず訪問を控えるといった方法があります。 妻に対しては、時間をかけて思いを何度も傾聴し、いつでも相談できる体制をつくりました。追い込まれて精神的に耐えられないときには、外出し距離を置くことを提案し、サービスの調整を行いました。レスパイト入院や通所サービスは、Aさんの拒否が特に強かったので、制度を利用することで訪問看護や訪問リハビリテーションの回数を増やし、何とか妻のレスパイトができるようになりました。 ワンポイントアドバイス●レスパイト:地域の資源を知り、組み合わせて利用する・地域の病院を利用したレスパイト入院・在宅人工呼吸器使用患者支援事業 ・1週間に5回、年間260回を限度に利用できる ・1日に複数の訪問看護ステーションを利用できる など・重症障害者医療的ケア支援事業 ・各市町村が独自に行う支援で、医療的ケアを行う看護師を派遣するもの ・月4時間を限度とし、自己負担分は支援に要する費用の1割(原則)・療養通所介護・ショートステイ地域には、上記以外にもさまざまな制度やサービスが整備されています。ご家族(介護者)の状況に応じてレスパイトを利用し、長期にわたる療養を支え続けられるようサポートできるとよいでしょう。 本人・介護者と向き合い解決策を探し続ける 自尊心の維持につながるケア 本人やご家族が表出した感情を受け止め、それに向き合うことが大切です。問題に対して「何かできることはないか」をあきらめずに探し続ける姿勢が求められます。訪問看護師は、本人やご家族の精神的苦痛やスピリチュアルペインを一番身近に感じ、理解し、共感できる存在だと感じています。 Aさんは、その後、長い在宅療養生活を経て症状が進行し、意思疎通が困難になりました。しかし、これまでの経験から、本人の機嫌や好みなどをある程度想像することができました。脈の速度や顔色、呼吸回数などを手がかりに、妻と「今、笑っているね」「機嫌が悪そうですね」とAさんの気持ちを読み取りながらケアを行うことで、妻のメンタルケアにもつながりました。 徐々に妻は、花見に出かけたり、喫茶店で過ごしたり、ケアグッズを工夫したりと、生活の中に楽しみを取り入れる余裕ができました。そんななか、難病看護師から妻に、これまでの介護経験を活かせる資格の取得を提案しました。 こうしたかかわりを続けていくなかで、妻は「主人がリビングで寝ている。この生活がうちの家族の形です」「自分のことはあきらめていましたが、今は介護の仕事が気分転換になっています」と笑顔で話されるようになりました。 介護者の精神面・社会面の支援も必要 進行期における精神的に不安定で過酷な状況をご家族とともに乗り越えてきた経験が、信頼関係の構築につながると考えます。本人の希望に寄り添い、毎日のケアに工夫を取り入れ、「楽しみながら」支援することで、つらいなかでも笑顔のあふれる在宅療養生活が継続できます。 長時間介護する妻が、介護から離れて社会参加できる環境を整えることは、妻自身が人生を歩むための大切な時間をつくり、生きがいにつながっていると考えます。療養者への支援はもちろん重要ですが、療養者を支える介護者の支援も大切です。制度を最大限に利用し、療養者の負担を軽減すると同時に、介護者にも自分自身の時間や場を提供する支援が求められます。 また、悩み試行錯誤しながらの「難病ケア」は訪問看護師やリハビリスタッフの「やりがい」「自信」にもつながっていると感じています。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:西尾 まり子地域ケアステーション・八千代 訪問看護ステーション 管理者近畿大学病院 難病患者在宅医療支援センター所属日本難病看護学会認定・難病看護師、在宅ケア認定看護師訪問看護師として神経難病療養者の在宅支援に携わりながら、相談・指導を行う。在宅医療現場での特定行為実践にも力を入れている。編集:株式会社照林社 【参考文献】○ 荻野美恵子,小林庸子,早乙女貴子,他編:神経疾患の緩和ケア.南山堂,東京,2019.○ 髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著:神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる.照林社,東京,2024.

“みんなで育ち、みんなで看る”ステーション~知識をつなぎ、質を高める場所~訪問看護ステーションはまゆう 重岡さん・神谷さんにインタビュー~
“みんなで育ち、みんなで看る”ステーション~知識をつなぎ、質を高める場所~訪問看護ステーションはまゆう 重岡さん・神谷さんにインタビュー~
インタビュー
2025年10月28日
2025年10月28日

“みんなで育ち、みんなで看る”ステーション~知識をつなぎ、質を高める場所~訪問看護ステーションはまゆう 重岡さん・神谷さんにインタビュー~

【※本記事はNsPace Careerが事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はNsPace Careerが担当しました。】 管理者ふたりのヒストリー 現場を導く看護師としての軌跡 訪問看護ステーションはまゆう管理者の重岡めぐみさんと、訪問看護ステーションはまゆう空桜音(あおと)の神谷裕美さん。ふたりは、それぞれ異なる経歴を経て、現在の訪問看護の現場を支えています。 重岡さんは18歳から病院での勤務をスタート。地域の中小病院やクリニックを経験した後、子育てと両立しながら内科、外科、産婦人科…と様々な領域で経験を積まれました。34歳のとき、友人の紹介で訪問看護の世界に足を踏み入れます。最初はパート勤務からのスタートでしたが、「一人ひとりにしっかり向き合える」そのやりがいに惹かれ、43歳で常勤に転向。現在は訪問看護ステーションはまゆうの管理者として、温かくも芯のあるマネジメントを実践しています。 「訪問看護って、利用者さんとの距離が本当に近いんですよね。『こんにちは』って玄関を開けたときから、その人の生活が見える。病院では得られなかった感覚でした」と重岡さん。 一方、神谷さんは、急性期から回復期、精神科病棟まで幅広い病院経験を持ちます。子育てと両立し、保育園看護師も経験しました。もともと在宅看護への興味があり、「どんな世界か分からなかったですが、魅力を感じていました。」との思いから在宅看護へ転身。現在は訪問看護ステーションはまゆう空桜音の管理者として、スタッフ育成や連携強化に力を注いでいます。 「病院で勤めているときに『忙しいがやりがいになっているな、この先が見えないな』と実感しました。病院と家では、看護のアプローチもまったく違うんですよね」と神谷さん。 異なるルートからたどり着いたふたりが共通して大切にしているのは、「利用者さん一人一人の生活を大事に、看護の質を高める」こと。 「研修や講義の内容が、訪問看護に活かせて、利用者さんの役に立てたと感じるときが何よりのやりがいですね。研修の内容をみんなに共有するので、みんなの知識になるんです。そういう体制があるから、安心して現場に出られるんです」(重岡さん) そんな姿勢が、はまゆうのチームケアの土台になっています。 子育てと両立、そして管理者へ。「無理なく働ける」チームづくり 「子どもが小さい頃は、やっぱり急な発熱や行事も多いですよね。そういう時に、理解し合える仲間がいる職場って、本当に大きいです」 重岡さんが管理者として大切にしているのは、「誰も無理をしすぎずに働ける」環境です。スタッフには20代から50代までの幅広い年代がそろい、互いのライフステージを尊重しながら支え合っています。 「『ごめん、明日保育園の発表会で…』って言える空気って、すごく大事ですよね。そんな時、誰かが『いいよ、代わるよ』って言ってくれる。うちはそういうやり取りが自然にあるんです」 「昔みたいに、“お局さん”が幅をきかせるような雰囲気は全然ないですよ」と笑う重岡さん。働く人の多様性を受け入れる懐の深さがにじみ出ていました。 神谷さんもこう付け加えます。「年齢とか経験とか関係なく、お互いに尊重し合う雰囲気がありますね。新人さんが『こうしてみたら?』って言っても、みんなで『それいいね』って受け入れる柔らかさがあるんです」 家庭を優先しながらも、責任ある役割にチャレンジできる風土。それが、「ここならずっと働けるかもしれない」と感じさせてくれる理由のひとつです。 “担当制を採らない”理由。みんなで看るからこそ見えるもの はまゆうの訪問看護では、あえて「担当制」を採っていません。 「担当制って、信頼関係が築きやすい一方で、どうしてもその人に依存しちゃう部分が出てくるんです。それに、視点が偏ることで、小さな変化を見落とすリスクもあります」 誰か一人ではなく、チーム全員で一人の利用者さんを支える。そのスタイルこそが、看護の質を高めると、重岡さんたちは考えています。 たとえば、複数のスタッフが入るからこそ、「この間の声かけ、良かったね」「ちょっと違う声かけに変えてみようか」と、互いにフィードバックし合えるのです。 「命に関わることはもちろん、日々のちょっとした導線や声かけまで、いろんな視点で見られるのは大きな強みです」 「誰かが気づいたことを、みんなで活かせる。それってすごく安心感につながりますし、看護の質にも直結しますよね」(神谷さん) 利用者さんだけでなく、看護師自身のメンタルも守るチーム体制。困ったときに頼れる、相談できる仲間がいることは、訪問看護を続ける上で欠かせない安心材料です。 情報共有とスキルアップの文化が、「看護の質」を高め続ける 「うちは“朝・昼・夕”と、まるで自然と会話が始まるようなタイミングで情報共有があるんです」 朝のミーティングでは、その日の訪問先と予定されているケア内容を一人ひとりが声に出して共有します。それによって、前回の訪問者が「そういえばあの薬のこと、気をつけて」など、必要な補足をすぐに伝えることができるのです。 「『あの方、最近ご家族の表情がちょっと曇ってたよ』とか、そういう小さな気づきもすぐ共有できます。そういうのって、案外大事なんです」と重岡さん。 また、月1回のリハミーティングや全体ミーティングでは、新規の利用者さんの情報共有や課題の整理なども行い、チーム全体でケアの質を維持・向上させています。 研修制度も充実しており、会社から年間1万円の補助が出るほか、スタッフ同士が協力して平日研修にも参加できる体制を整備。受けた研修は伝達講習という形で仲間にシェアする文化が根づいています。 「自分だけじゃなくて、みんなで知識をアップデートしていくっていう雰囲気があるんです。だから、学びが自然に日常にある感じがしますね」(神谷さん) 情報の共有が、気づきや成長を生み、成長がまた看護の質を高めていく──そんな“循環”が、この職場にはあります。 明るい雰囲気で情報共有をする訪問看護ステーションはまゆうのみなさん これからの訪問看護を担う人へ。「あなたも、仲間になってほしい」 「訪問看護って、“一人でやる仕事”って思われがちですけど、うちは違います」 「みんなで知恵を出し合いながら、悩みながら、支え合いながらやっていく。そのチーム感が魅力ですね」 20代から50代までのスタッフがバランスよく在籍するはまゆうでは、若手の育成にも力を入れています。試用期間中の3ヶ月間は、しっかり同行訪問を行い、4ヶ月目からの独り立ちを目指します。 「誰でも初めから独りでやるのは大変です。緊張もしていますし、利用者さんとコミュニケーションをとって、その看護師さんらしさを発揮するまでに時間もかかります。じっくり時間をかけて、その人のペースでできるようにサポートしています」 経験が浅くても、ブランクがあっても、誰かがしっかりと見守ってくれる環境があります。だからこそ、挑戦したいと思ったその気持ちを、安心して大切にしてほしいと重岡さんは語ります。 「『一緒にやってみようよ』って言える空気があるんです。だから、ぜひ一歩踏み出してみてほしいですね」 看護の質を守りながら、地域の暮らしに寄り添い続けるはまゆう。ここには、「誰か一人に任せない」訪問看護のかたちがあります。 インタビュアーより 「訪問看護は孤独な仕事」そんなイメージを、見事に覆してくれたのが、今回の取材でした。 重岡さんや神谷さんの言葉からは、一人で抱え込まず、互いに頼り合いながら看護の質をあげていく姿勢が伝わってきました。だからこそ、利用者さんも安心できる。そんな「チームで看る」訪問看護が、もっと多くの方に知られていくことを願っています。 事業所概要 事業所名: 訪問看護ステーションはまゆう、訪問看護ステーションはまゆう空桜音(あおと) 管理者: 重岡めぐみさん、神谷裕美さん スタッフ構成: 看護師(20〜50代)、リハビリ職、他 特徴: 担当制を採らないチーム型、情報共有の徹底、研修支援制度あり、子育てと両立しやすい雰囲気 事業所紹介ページ: https://ns-pace-career.com/facilities/16542 NsPaceCareer 記事提供:NsPace Careerナビ編集部 NsPace Careerナビでは、今回の記事のほかにも多数の事業所情報や役立つコンテンツを掲載しています。ご興味のある方はぜひこちらもご覧ください。サイト: https://ns-pace-career.com/media/

腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは
腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは
特集
2025年10月21日
2025年10月21日

腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは

腎代替療法の1つである腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)は、在宅で治療を続けられる利点がありますが、適切な管理が必要です。患者さんが安全なPD療法を継続するためには、特に訪問看護師の支援が不可欠です。今回は、PDの基礎知識を概観した上で、病院および在宅における看護師の役割と、患者さんの支援に必要なケアの基本スキルについて解説します。 腹膜透析(PD)の基礎知識 腹膜透析(PD)は、患者さんの腹腔内に留置したカテーテルを通じて透析液を注入し、腹膜を透析膜として利用する治療法です(図1)。体液過剰や老廃物・電解質異常を補正するため、透析液の注液と排液を1日数回、毎日繰り返す必要があります。 図1 PDのしくみ 腹腔内に透析液を注入し、一定時間ためておくと、腹膜の毛細血管を介して老廃物や過剰な水分が透析液へ移動する。十分移動した時点で、透析液を体外に排出することで、血液がきれいになる。 PDには患者さん自身や介助者が注液と排液の操作を行う連続携行式腹膜透析(ContInuous Ambulatory Peritoneal Dialysis:CAPD)と、主に就寝中に機器によって自動的に注液と排液を行う自動腹膜透析(Automated Peritoneal Dialysis:APD)があります。患者さんの希望や生活リズムに合わせ、高い自由度で治療を計画できるのもPD療法の特徴です。いずれの治療法もカテーテル管理や体液異常、感染症(特に腹膜炎や出口部感染、皮下トンネル感染)の予防および早期発見が重要で、継続的な観察と異常の早期対応が求められます。 これらを的確に行うためには、看護師による継続的な関わりが欠かせません。ここからは、病院看護師と訪問看護師、それぞれの役割についてみていきましょう。 病院看護師の役割 病院看護師は、PD療法を選択した患者さんに、治療の導入前から計画的に、手技指導のみならず、自宅環境や在宅療養に必要な社会資源を含めた支援の必要性を聞き取っていきます。カテーテル挿入後は、カテーテルケアや入浴時の注意点など、日常生活の指導を継続するとともに、頻度が高く緊急性の高い合併症を早期に発見できるよう多岐にわたる指導を行います。導入期に特に重要な支援は以下のとおりです。  自己管理支援患者さんが手技を安全に行えるまで、無菌的操作や透析液の取り扱い、記録方法を繰り返し指導します。感染予防教育腹膜炎(排液混濁、腹痛など)や出口部感染、皮下トンネル感染(出口部や皮下トンネル部の発赤、腫脹、圧痛、膿性浸出液など)の早期発見のため観察と指導を行います。多職種連携医師や栄養士、薬剤師、訪問看護師、ソーシャルワーカーなど多職種と連携し、患者さんの生活全体を見据えた支援体制を構築します。 訪問看護師の役割 在宅でPD療養を開始した後、訪問看護師が担う役割はより実践的かつ包括的になります。 日常療養支援生活環境を確認し、PD療法に適した清潔な環境が確保されているか、出口部ケアがなされているか、注排液の量・時間に問題がないか、体重や血圧が安定しているかなどを評価します。異常の早期発見排液混濁(腹膜炎)、出口部や皮下トンネル部の発赤、腫脹、圧痛、膿性浸出液(出口部感染、皮下トンネル感染)など感染症の兆候、さらに体重や血圧の変化から体液過剰の兆候を早期に発見します。再教育・モチベーション維持長期にわたるPD療法において、患者さんの不安や手技の質の低下を予防するため、継続的な情報共有や手技指導のために声かけを行うことも必要です。病院看護師・医師との連携異常発生の際に速やかに情報を共有し対応することで、病状の悪化を未然に防ぎ、入院を回避することができます。 ケアの基本スキルと意識すべき視点 病院看護師・訪問看護師ともに、基本スキルは共通しています。 無菌的操作の徹底無菌状態でチューブの接合や切り離しができる装置も普及してきました。しかし、停電や災害時など器具が使えない状況でのPD療法を想定すると、安全なPDのためのバッグ交換時の無菌的操作は基本スキルといえます。日々の観察・アセスメント能力体液管理では、体重や浮腫、血圧などの経過を観察・評価して、体液過剰を早期に発見します。カテーテル出口部や皮下トンネル部の観察では発赤、腫脹、圧痛や膿性浸出液など感染症の早期発見に努めます。排液は白濁や血性腹水といった腹膜炎の兆候を見逃さないことが重要です。患者さんとの信頼関係の構築在宅治療の質の向上のため、患者さんがPD療法に対し日々感じていることを率直に語ってもらう必要があります。互いに何でも相談できる信頼関係を早期に構築することも基本スキルの1つといえます。説明力異常を早期発見した際に、何が起こっているかを患者さんに説明し、その状況を主治医に報告するための説明力も重要です。ただし、近年では言葉やテキストによる情報共有以外に、画像共有が可能な連携アプリケーションを利用したスムーズな情報共有も可能となっています。教育スキル在宅で手技指導や食事指導を繰り返すことで、患者さんの清潔操作や食事管理が改善し、PD療法が安定しやすくなります。 両者に共通する意識すべき視点は、「患者さんが安定した生活やPD療法を継続できること」を最大の目標にすることです。ケアの場面では常に“患者さん中心”の視点を最優先にしてください。PD患者さんの治療の質のみならず生活の質の向上のために、単なる技術的支援にとどまらず、心理的・社会的支援も含めた包括的な支援を心がけるようにしましょう。 おわりに PDは、患者さんの生活の質を保ちながら実施できる優れた透析治療である一方で、継続には一定の在宅管理と専門的支援が必要です。訪問看護師は専門性を発揮しつつ、在宅治療であるPD療法を行う患者さんに最も身近なところで寄り添うことができる数少ない存在です。 さらに進行する高齢化時代に、在宅で専門的知識を持ち、生活者としてのPD患者さんに伴走できる訪問看護師の役割はますます重要になります。患者さんと訪問看護師、そして病院スタッフの円滑な情報共有にて、患者さん一人ひとりに合わせた支援を実践することで、素晴らしいPD療養生活がかなうと思います。 本記事では、PD療法の支援に活用できる「訪問看護師用チェックリスト」をご用意しました。各チェック項目に基づいて、評価や対応内容を記録できるようになっています。日々のケアにぜひお役立てください。>>訪問看護師用チェックリスト ~在宅腹膜透析の安定継続のために~  執筆:上村 太朗松山赤十字病院 腎臓内科 部長2001年 愛媛大学医学部卒業関西圏の市中基幹病院で研修2005年 松山赤十字病院入職2016年 松山赤十字病院腎臓内科部長前任部長・原田篤実より受け継いだラストマンシップを診療の軸に、地域と連携し、すべての腎臓病患者さんが困らない医療を心がけています。編集:株式会社照林社 【参考文献】○日本透析医学会学術委員会腹膜透析ガイドライン改訂ワーキンググループ 編:腹膜透析ガイドライン2019.医学図書出版,東京,2019.

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!
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コラム
2025年10月14日
2025年10月14日

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの重要なポイントである「4大陰性徴候」について取り上げます。症状が進行する中でも最後まで残る機能に注目し、それを日常生活でどのように活用していくかについて、実際に取り組まれている先生の工夫や実践例とともに解説していただきます。 4大陰性徴候とは何か ALSは全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく病気です。教科書やインターネットなどでALSについて調べてみても、この「全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく」というメインの症状に焦点が当てられており、「ALSに出にくい症状」にはあまり触れられていません。しかし、ALS当事者にとっては、こうした出にくい症状を理解し、将来を⾒据えて⽇常⽣活にうまく取り⼊れていくことがとても⼤切なのです! ALSには、出にくい症状が4つほどあり、これを「4大陰性徴候」といいます。このコラムの2回目(>>「分かりやすい! ALSの病態と症状」)でもお伝えしましたが、非常に重要なポイントですので、ここであらためて紹介します。 (1)目は最後まで動かせる! 手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。 (2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。 (3)感覚障害が起こりにくい! 見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。 (4)「褥瘡」、いわゆる「床ずれ」ができにくい! 徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 今回は、4大陰性徴候のうち(1)~(3)について、日常生活でどう活用しているか、私の実践を交えながら紹介していきます。 最後まで動く目を早めに活用しよう 「目は最後まで動かせること」が4⼤陰性徴候の中でも⼀番重要な症状になってきます。 コミュニケーションを取るとき、声が出せるうちは、がんばって声で会話をするでしょう。⼿が動かせるうちは、タブレットやパソコンの操作も、がんばって⼿を使って⾏うでしょう。しかし、それらもいずれできなくなっていきます……。 ここでとても⼤事なポイントは、「完全にできなくなる前に、目を使った⽅法も取り⼊れて、併⽤しながらやっていったほうがいい!!」ということです。完全にできなくなってからでは、絶望感と虚無感に襲われ、そこから目を使った⽅法に切り替えるのが難しくなります。 目を使った⽅法は「アナログな⽅法」と「デジタルな⽅法」の2つに分けて考えることができ、どちらも⽇常⽣活の中でとても重要な役割を果たします。それぞれの方法について説明していきたいと思います。 アナログな方法:⽂字盤を使って会話しよう! 声が出せなくなったら、いずれ「⽂字盤」を使った会話⽅法に切り替えていく必要があります。⽂字盤については第1弾コラムの10回目(>>「⽂字盤を使わない⽂字盤!?〜エアーフリック式⽂字盤〜」)に詳しく書いていますのでご参照ください。ここからは上記のコラムを読んでいただいたことを前提として書いていきます。●エアーフリック式文字盤私が使っているエアーフリック式⽂字盤について、「ALS当事者は文字の配置を覚えられるのですが、介助者が覚えて使いこなすのが⼤変です」との声を何件かいただきました。そこで、文字盤を使っていく上でのポイントを紹介します。また、実際に私が会話している解説動画を作りましたのでこちらも参考にしてください。 ▼ALS_エアーフリック式文字盤https://youtu.be/-qwhvTesF4I?si=CwubuZ04OB6rcylV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 動画について:分かりやすいように目の動きをスローモーションにして編集しています。実際にはもっと速く動きます。(「さくらクリニック練馬」が動画編集に協力してくれました) ALS当事者は、毎⽇繰り返し使っていきますし、⾃分のQOLを上げることにもつながるため、わりと皆さん文字盤を覚えられます。⼤事なポイントは、「介助者は無理して⽂字盤を覚える必要はありません!」ということです。 図1は実際の私の部屋を撮影した写真です。私の後ろの壁には、介助者⽤の⽂字盤が常に貼ってありますので、介助者は文字の配置を覚えていなくても、それを⾒ながら読み取ることができます。 図1 介助用文字盤の配置 さらに余裕が出てきたら、各行の頭文字が並ぶ9マスの位置だけでも覚えることで、会話のスピードが格段に上がります。ぜひチャレンジしてみてください。参考までに、私の介助者の中には、右の列を「あたま(頭)」、左の列を「さはら(サハラ砂漠)」と覚えている⼈も多くいます。 デジタルな方法:目の動きでタブレットを操作しよう! ⼿を使ってタブレットやパソコンなどが操作できなくなったら、⼀番スムーズに動かせる目の動きを活⽤することが多くあります。 視線⼊⼒を使った⽅法については、第1弾コラムの13回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢②コミュニケーションツール~」)をご覧ください。 ここからは、上記のコラムを読んでいただいていることを前提に書いていきます。なお、そのコラムを執筆したのは2022年ですが、それ以降、画期的な出来事が起こりました! なんと、2024年に視線⼊⼒を使った操作が「iPad Pro」に標準機能として搭載されたのです!!▼Apple、視線トラッキング、ミュージックの触覚、ボーカルショートカットなどの新しいアクセシビリティ機能を発表(プレスリリース 2024年5月15日)https://www.apple.com/jp/newsroom/2024/05/apple-announces-new-accessibility-features-including-eye-tracking ほとんどの⽅はピンとこないと思いますが、これまでALS患者やその関係者は、「なんとか視線を使ってタブレットやパソコンを動かせないか」と試⾏錯誤を繰り返してきました。そして、パソコンについては外部装置を接続することで操作を可能にしてきましたが、純正の機械ではないため、機能を最⼤限に活⽤するには難しい面がありました。 そのような中、Appleが⾝体障害者のために、「iPad Pro」に視線⼊⼒装置を標準搭載してくれたことで、その機能を⼗分に活⽤できるようになりました。これによりタブレットも視線の動きで操作できるようになり、利便性が大きく向上し、⾝体障害者の社会的活動の可能性が広がりました。 一番⾃由に動かせる目を活⽤することは、最初の「とっかかり」としてはスムーズかと思います。ただし、目は⽂字盤をはじめさまざまなことに使いますので、酷使するとどうしても疲労が溜まりやすくなります。 また、いくら「目は最後まで動かせる」といっても、私のように10年⽣きていると、徐々に目も動かしづらくなってくることもあります。(もちろん10年経っても変わらず目を⾃由に動かせる⽅もいらっしゃいますので、ALS当事者の⽅は必要以上に不安にならないでください。) このような理由からも、目を使った⽅法以外にもタブレットを操作できる手段を知っておいてほしいと思います。 ちなみに私は、疲労を分散させるために、用途に応じて操作方法を使い分けていました。例えば、⼤学で講義をする時は、目を使ってパソコンを操作し資料を作成し、医師として診療を⾏う時には、歯の噛む⼒を使って空圧センサーを押し、タブレットを操作していました(空圧センサーについても第1弾コラムの13回目に詳しく書いています)。 私は現在、目が⾃由に動かしにくくなってきたため、空圧センサーのみを使用しています。以下にセンサーに接続するセンサーチューブの作り方と、吸引カテーテル(口腔内の唾液を低圧持続吸引してくれるカテーテル)との連結方法をまとめたのでご覧ください。>>センサーチューブの作成方法と吸引カテーテルとの連結方法はこちらから ※リンク先は「さくらクリニック練馬」のWebサイト(外部サイト)となります。 この⽅法は、口周りに障害物が何もないことが前提となるため、NPPV※を装着している方には使用できません。一方、気管切開をしている⽅で、わずかでも噛む⼒が残っている⽅にとっては、⼝腔内の唾液を吸引しながらタブレットを操作できる、とてもよい⽅法だと思います。ぜひ参考にしてみてください。 ※NPPV:非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着用するだけの人工呼吸器。 ちなみに、私がNPPVをやめて気管切開を決断した理由の1つには、目と⻭以外に⾃由に動かせる場所がなくなり、早くこの⽅法を試してみたかったということもあります。 実際に私が⻭の動きでiPadを操作している動画も載せておきます。よく⾒ないと分からないですが、2mmくらい⻭が動かせれば操作できます。 ▼ALS_空圧スイッチを使ったiPadの操作方法https://youtu.be/EgM5bV9HIxs?si=BErItzSlxNqOKwfV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 この動画の撮影と編集は、私の息⼦が⼿伝ってくれました。息⼦よ、いつもありがとう!! 衣類を工夫し尿器で排泄:がまんできる力を活かす 四肢や体幹が動かせなくなると、「ベッド上でおむつで排泄しないといけない」と思っている⼈も多いかもしれませんが、ALSでは膀胱直腸障害は起こりにくいため、排泄をがまんすることができます(もちろん⼀般論であり、個⼈差があります)。⼯夫次第ではポータブルトイレや尿器を使って排泄できます。 ポータブルトイレでの排泄⽅法は、第1弾コラムの 18回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~下肢(2)ベッド上生活~」)に詳しく書いてますので、ご参照ください。 尿器を使用したベッド上での排尿の工夫として、これは男性の場合に限りますが、ズボンの前面を切り、スナップボタンを取り付けることで、ズボンを脱がずに陰茎を出して尿器をセットする方法があります。 ちなみに私は、尿器をセットしやすくするために下着は履かず、加工したズボンを直接履き、毎⽇⼊浴後に着替えています(⼊浴⽅法についても、18回目のコラムをご参照ください)。 実際に加⼯した私のズボンは図2をご覧ください。図2 加工したズボン(男性用) 「感じる力」を大切に:感覚が残ることを活かす ⾒たり聴いたり、味覚を感じたり……五感をフルに活⽤して、⽇々の⽣活をより豊かにしていきましょう! 上述した⽅法でタブレットを⾃分で操作できるようになれば、世界は格段に広がります。自分の好きなタイミングで読書をしたり、ドラマや映画を観たり、好きな⾳楽を聴いたりすることができます。 また、気管切開をして⼈⼯呼吸器を装着していても、誤嚥防⽌術さえ行っていれば、⼯夫次第で⽐較的⻑い期間、飲⾷を楽しむこともできます(もちろん個⼈差はあります)。誤嚥防止術の詳細については第1弾コラムの16回目(>>「「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!」)を参照してください。 * * * このように「できなくなっていくこと」ではなく、「何が最後までできるのか」に焦点を当ててALSという病気と向き合ってみると、⾒えてくる世界がまったく違ってきます。ALSという病気は、⼈間の可能性についてあらためて考えさせられる病気だなぁと、つくづく思う次第です。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

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