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2022年10月25日
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【セミナーレポート】vol.3 上手な活用のポイント/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」を開催。田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。セミナーレポート最終回となる今回は、ICTをより有効活用するために意識したいポイントをご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ 【ポイント1】職種ならではの言葉を理解しようとする意識をもつ ・多職種連携を成功させるには『三方よし』の精神が必要▶ 【ポイント2】災害時にこそ、多職種でICTの積極的な活用を▶ 【ポイント3】ICTでの連絡頻度は、患者さんの状態によって判断 ・ICTでの連絡で訪問看護に期待されること▶ 【ポイント4】ICTを有効活用できるかどうかは関係性が左右する --> ▶︎ 【ポイント1】職種ならではの言葉を理解しようとする意識をもつ 多職種がICTを利用する体制を構築できると、『その職種ならではの言葉』を理解しやすくなります。たとえば、看護師さんからはよく「随伴症状」という言葉を聞きますが、介護職の方には伝わりづらいかもしれません。そんなふうにどの職種にもよく使われる専門用語があって、これがICT上で文字のコミュニケーションを重ねることで、徐々に理解できるようになる。すると、職種間の連携のハードルがどんどん下がっていきます。 また、ICTでこまめにやりとりをすることで、他職種の人の考え方やクセへの理解も深まるでしょう。個人的には、「文字化されることでお互いを理解しやすくなる構造」は、多職種連携を推進するための重要なポイントだと考えています。 多職種連携を成功させるには『三方よし』の精神が必要 近江商人の有名な理念に『三方よし』というものがあります。売り手と買い手だけでなく、世間にもいい影響を与える商売をしようという、私も大好きな考え方です。 この精神は、多職種連携にも通じるものです。具体的には、みなさんが売り手としてサービスを提供するとき、買い手である患者さんやご家族を満足させるだけでなく、他職種の人たちのことも意識してほしいという思いがあります。薬剤師やリハビリ職、ヘルパーなど、ケアに携わる全員がいいと思える形をつくることが、多職種連携を成功させるためには必要なんです。もちろん、ケアは常に利用者さん本意であるべきですが、職種間できちんと目線を合わせることも同じくらい重要なポイントだと思います。そしてそのためには、ICTを活用するなどして、ほかの職種が大事にしていることや背景を理解することが有効でしょう。 ▶︎ 【ポイント2】災害時にこそ、多職種でICTの積極的な活用を ICTを活用するなら、ぜひ災害時の備えになることも意識しておきたいですね。まず、電話以外に情報の入手・発信ができる手段があるという点だけでも大きな価値があります。そして、ICTを多職種で活用することで、お互いにほかの職種がもっている情報を入手できます。災害時は情報が勝負になるので、幅広い情報をタイムリーに入手できることはとても有益です。また、最近はBCPも業界で注目のテーマとなっていますが、その観点でもICTは活躍してくれます。利用者さんの情報を共有することで、より確実に、効率的に安否確認ができるでしょう。 ▶︎ 【ポイント3】ICTでの連絡頻度は、患者さんの状態によって判断 「ICTでの連絡はどれくらいの頻度でするのがいいですか?」という質問をよくいただきますが、そこは患者さんの状態に応じて判断するといいでしょう。病状が不安定な方や、介入してからまだ日が浅い方の場合は、比較的まめに情報を共有するべきです。一方で、生活が落ち着いている方の場合は、たまにでいいと思います。 頻回共有が必要なケースとしては、やはり終末期が挙げられます。お看取りの直前は、強い疼痛や不眠などが頻繁に見られる事例があり、その際はレスキュー、眠剤の使用も多くなりがち。少なくとも終末期の患者さんにはICTでやりとりができる訪問看護ステーションと連携できるとありがたいと思っています。すでに東京都では、医師に合わせてICTを導入している訪問看護ステーションが増えている状況なので、この動きがさまざまな地域にもぜひ広がってほしいですね。 ICTでの連絡で訪問看護に期待されること 訪問看護師のみなさんにまずお願いしたいこととしては、ご家族の発言や不安、臨時対応についての情報共有です。こちらは先にお伝えした連絡頻度の目安にかかわらず、ぜひ連絡してください。 また、ほかの職種より高頻度で訪問されている訪問看護師さんだからこそできる提案も積極的にしてほしいですね。例えば末期がんの患者さんなら、麻薬のベースアップや排便コントロールなど。それから、今後は独居の高齢者の見守りも増えていくと思うので、そうした情報も多職種に連携していただくことを期待しています。 ▶︎ 【ポイント4】ICTを有効活用できるかどうかは関係性が左右する ICTを効果的に活用するためには、メンバーの関係性が重要になります。「こんなこと聞いていいのかな」と思わない・思わせない関係がないと、ICTを導入したものの、情報がまったく共有されないという結果になってしまいます。つまり、『ICTが入るとチームの連携がよくなる』のではなく『日々コミュニケーションがとれている関係の中で、ICTがよりよく活きる』と考えるべきなんです。 また、ICTを導入した後も、それだけに頼ることはおすすめしません。ずっと文字だけでやりとりをしていると、どうしてもニュアンスがずれるなどの課題が生まれてしまいます。電話や対面でのコミュニケーションもしっかりとりながら、ICTを併用してもらえるといいと思います。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年10月25日
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[4]訪問看護における優先業務・重要業務について考えてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。今回は、BCP策定において悩むことの多い、優先業務・重要業務の選定について具体的に教えていただきます。 【ここがポイント】・優先業務・重要業務は、手順を踏んで検討することで選定が可能です。・その手順とは、平常業務をリストアップし、業務トリアージ(被災時の「継続」「縮小」「中断」)を行います。そして、業務トリアージで「継続」となった業務を優先業務・重要業務と考えます。 第4回は「優先業務・重要業務の選定」を中心に学んでいきたいと思います。全国訪問看護事業協会が作成した「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」の「1.総論」にある「優先業務の選定」の部分です。 ひな形の例では、「優先業務は、訪問看護ステーションの存続に関わる最も重要性・緊急性の高い事業のことで、訪問看護ステーションの場合は、訪問看護業務になる。訪問看護業務の再開の判断基準の検討、訪問看護利用者の中で優先する順位の検討、目標復旧時間を検討しておく」1)と記されています。 このひな形の例は、2021年度末に、私が所属しているBCP研究会メンバーが作成したものですが、現在はもっと具体的、かつわかりやすく示せるようになりました。当時は、訪問看護事業所の業務を「訪問看護業務」とだけ記載していましたが、そのほかにも重要な業務があります。現在は、ワークシートを使って、平常業務や業務の内容、リソースの把握、対応を検討することで、すべての業務から継続すべき業務(優先業務・重要業務)を選定する方法をBCP研究会では提案できるようになりました。では、その方法を以下でご紹介いたします。 優先業務・重要業務の選定の手順 ①平常業務をリストアップする まず、表1のワークシートを用いて平常業務をリストアップしましょう。このワークシートにはBCP研究会メンバーのケアプロ株式会社の例を示していますので、参考になさるとよいと思います。 具体的には「訪問看護業務」「記録業務」「請求業務」「スタッフ管理業務」「労務関連業務」「会議・委員会等業務」「物品管理業務」「地域活動業務」「経理管理業務」「その他」とあります。業務名や種類は自由に変更させてよいので、自施設の平常業務を『見える化』します。 ②業務内容を記載する 次に、それぞれの業務の具体的な内容を記します。例えば、「訪問看護業務」であれば、医療ニーズの高い療養者への訪問看護や内服管理を目的とした利用者への訪問看護といった具合です。よくわからない場合は、平時に行っている具体的な業務を表に当てはめてみてください。必要時、後で見直しましょう。 ③業務トリアージを行う そして、ハザードリスクの高い災害などを想定し、発災後にこれらの業務を継続するか(継続)、縮小して継続するか(縮小)、中断するか(中断)という業務の振り分け(業務トリアージ)をします。その際、「72時間以内」「72時間~1ヵ月以内」「1ヵ月以降」の時間軸で検討し、表に「継続」「縮小」「中断」の文字を記載してください。 トリアージとはフランス語で「振り分ける」という意味です。BCP研究会では、業務の振り分けを「業務トリアージ」と呼んでいます。業務トリアージでは、発災後の大変な状況でも継続し続けないとならない業務か、縮小しながらも継続しなければならない業務なのか、一旦中断をしてもよい業務なのかを振り分けます。 発災後に振り分けることは困難ですし、事前に振り分けておくと、安心して優先業務・重要業務を後回しにせずに対応することができるようになります。また、縮小した業務や中断した業務について、3日、1週間、10日間、1ヵ月、2ヵ月といった時間軸のどこで再スタートするかなど、決めていく必要があります。これらは、「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」の「2.平常時」「3.緊急~復旧における事業継続にむけた対応」に係る内容になってきますので、この連載の第5回以降で説明をしていきたいと思います。 ④優先業務・重要業務の選定 ③で「継続」と選定した業務を、「優先業務・重要業務」と考えます。 表1 優先業務・重要業務の選定(ワークシート) 復旧目標の考え方 この連載の第2回で復旧目標を1ヵ月単位で考えることを推奨していますと説明したように、大規模な自然災害を想定していても、被災状況を完全に想定することは困難です。また、リソースの中でも「カネ」や「ヒト」に関する問題が1ヵ月単位で変化することがわかっていることから、今回用いている表でも、1ヵ月を目途に作成しています。みなさんの復旧目標の考え方によって、時間軸を変えてもよいと思います。 * 前回から実践的な内容となってきましたので、自施設に照らし合わせて作成をしながら読み進めてはいかがでしょうか? この連載が終了するころには、BCP策定を一度終えることができるだけでなく、研修や見直し(BCM)についても検討できるようになっているかもしれません。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】 1)全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」,2020,p.12.

コラム
2022年10月25日
2022年10月25日

ALS患者最大の選択肢。気管切開するか? しないか?

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、気管切開をするかしないかの葛藤を経て、ALS患者さんや支える人に伝えたい梶浦さんのメッセージです。 ALS患者が通る大きな決断 ALS患者は、その診断名を告げられてから、つらい選択肢をいくつも乗り越えていかなければなりません。仕事をやめるタイミングや、自分で食べることを諦めて人に食べさせてもらうタイミング、歩くことを諦めて車いすで移動するタイミングなど、さまざまなことを決断しないといけません。 そのなかでも大きな決断は、「胃瘻を作る手術をするか?」「気管切開をして侵襲的人工呼吸療法(TPPV)を行うか?」だと思います。 「胃瘻を作る手術をするか?」に関しては、第7回でも書きましたが、早期に行うことを強くおすすめします。ALSでは栄養療法がとても重要ですし、嚥下が困難になったときの栄養や薬剤の投与経路を確保する点でも、とても大切です。 「気管切開をするか?」に関しては、多くの患者さんがいちばん悩むところでしょう。 気管切開をするか? しないか? 気管切開をするほうがよいのか・しないほうがよいのかについては、簡単に答えが出せる問題ではありません。患者さん自身を取り巻く環境や、人生観によって大きく左右されることになります。 最終的には本人が決めていくことになるのですが、本当は生きたいのに、家族に負担をかけたくないという思いから気管切開を諦める人もいます。体も動かせず、声も出せない状態になることが想像できず、生きていける自信がないという理由から気管切開を決断できないでいる人もいます。また、残念ながら医療者側の無知により、気管切開をする選択肢を奪われてしまう人もいます。 そのような理由から、日本のALS患者で気管切開を行う人はわずか20~30%にとどまります。この数字を見た人の多くは、やはり気管切開をして生きていくことはハードルが高く、過酷な選択であると感じるでしょう。 しかし、本連載の第4回でも書きましたが、欧米では気管切開を行う人は数%~10%強ですので、世界からみたら日本は飛びぬけて気管切開を行う人が多い国ととらえられています。その理由はさまざまだと思いますが、大きな理由として上げられるのは、日本は非常に医療福祉に厚い国であることでしょう。 公助を上手に使いましょう 重度の肢体不自由者などの要件を満たす患者さんであれば、障害者自立支援法の重度訪問介護制度の対象です。重度訪問介護を使えば、介護保険とは別にヘルパーによる訪問介護サービスを受けることができます。一人ひとりの身体状況や同居家族の状況などをふまえて各市町村がサービス時間を決定するのですが、最大で一日24時間365日のサービスを受けている人もいます。(市町村ごとに独自の決定権があるため、市町村によってバラつきがあるのが難点ですが…。患者・家族が粘り強くサービスの必要性を訴えていかないといけません。) この重度訪問介護による訪問介護サービスと、介護保険による訪問介護サービスはそれぞれ独立した制度ですので、これらをうまく組み合わせれば、多くの時間を家族以外の人に支援してもらえるようになり、家族の負担を軽減できるようになります。 介護の基本は「自助→共助→公助」ですが、ALS患者は自助や共助ではどうしようもできない段階が来ます。なので公助をうまく使い、生きやすい環境を整えてください。 諸外国と比べても、こんなに手厚いサービスを受けられる国などなかなかないので、日本人に生まれてきて本当によかったなぁとつくづく思います。日本という国は気管切開して人工呼吸器をつけて生きていくには、とても恵まれた環境にあると思います。 気管切開をするか、しないか、悩んでいるALS患者さんへ さまざまな心の葛藤があるかと思います。しかし、「生きたい」という気持ちがあるのであれば、どうぞそのお気持ちを大切になさってください。私は大学病院で医師をしていたころ、生きたいと思っていても、生きられなかった患者さんを何人も見てきました。生きたい気持ちがあり、生きられる選択肢がある自分はまだ幸せなのだなぁと思ったりもします。気管切開をして、この先どうなっていくのかは私自身もわかりません。つらいこともあると思います。でも私は気管切開を行うことで呼吸苦から解放されて、たくさんの幸せな時間を過ごすことができています。そのことを考えたら、この先どんな状況になっても、気管切開をしたことを後悔はしないだろうなと思っています。 この文章は、気管切開をするかどうか悩んでいたALS患者さんから相談を受けたときに、私が送ったメールの一部です。その人からは、先の見えない不安や恐怖と闘いながらも、心の底にある「生きたい」という気持ちが伝わってきました。今は無事に気管切開を終えられています。 これはあくまでも私個人の考えかたです。気管切開をしないという考えかたを否定するものではありません。気管切開をしないという決断も立派な選択肢の一つだと思います。 ただ、この記事が、同じ心の葛藤を抱えたALS患者さんの「生きたい」という気持ちに少しでも寄り添い、心の支えになれたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.

特集 会員限定
2022年10月18日
2022年10月18日

【セミナーレポート】vol.2 ICT活用の成功事例/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」を開催。田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。全3回に分けてお届けしているセミナーレポートのうち、第2回となる今回は、田中先生が実際に見てきたICT活用の事例と分析をご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ 【事例1】時間外対応の細かな内容把握が可能に ・緊急連絡にICTは基本的にNG。チーム内でルール確認を▶ 【事例2】終末期の情報共有における負担を軽減▶ 【事例3】独居見守りにおける、多職種での情報交換が迅速に▶ 【事例4】地域とのつながりが明らかになり、より行き届いたケアを実現 --> ▶︎ 【事例1】時間外対応の細かな内容把握が可能に 訪問看護ステーションで22時過ぎに患者さんから電話相談を受けた。相談内容について、看護師による回答を含めた詳細と、その後は患者さんからとくに連絡がなかった旨を、看護師がICTで報告。医師は翌日の朝に内容を確認。時間外対応の情報を無理なく報告することが可能になり、医師もこれまで把握できなかった情報を得られるようになった。 この事例からわかるのは、ICTを活用すれば、夜間や土日などの時間外対応の情報を関係者が無理なく把握できるということです。勤務時間外の患者さんの状況について、担当者以外はなかなか把握しにくい状態にありますよね。もちろん、緊急性が高いケースでは、電話で情報共有がされているでしょう。しかし、「電話をかけるほどではない」と判断された情報は、ほかの事業所に伝達されないケースも多いのではないでしょうか。ICTは、電話と違って受け手が無理のないタイミングで情報を確認できるため、緊急性が低い内容も報告しやすくなります。そうして多くの情報が入ってくることで、患者さんの状態の理解や今後の予測がしやすくなるのです。 緊急連絡にICTは基本的にNG。チーム内でルール確認を ただし、緊急対応にICTが適さないことは、チーム全員が理解しておく必要があります。「土日に書き込んだ情報を相手が見るのは、週明け月曜日になる可能性がある」という前提で使わないと、トラブルを招きかねません。ICTを導入する際は、最初にチーム内で『目線合わせ』をきちんと行うことが重要です。 ▶︎ 【事例2】終末期の情報共有における負担を軽減 終末期の患者さんのケアを行う際、訪問看護師が容態(意識レベルや排尿量、血圧、脈拍、SpO2など)やご家族の様子をICTにて都度報告。看取りの際は、医師が死亡診断と死亡時刻、およびその場の状況などをICTに報告。関係者の疲弊を防ぎながらスムーズなお看取りにつながった。 一日でダイナミックに状態が変わることも多い、つまり連絡頻度が極めて高くなる終末期の情報共有は、ICTが最も活躍するといっても過言ではない場面です。すべての報告を電話で行っていると、関係者はかなり疲弊してしまいますからね。電話で細かなニュアンスの確認をする機会はもちろん必要ですが、とくにお看取りが近いタイミングの報告には、ぜひともICTを活用したいところです。私の場合は、終末期の患者さんのケアには、ほぼすべてのケースで訪問看護師さんにICTを使っていただいています。私もお看取りの際には、ICTで死亡診断と死亡時刻などを必ず報告します。これをやっておくと、ターミナルケア加算の算定にも便利です。 ▶︎ 【事例3】独居見守りにおける、多職種での情報交換が迅速に 独居の方への訪問時、軽度の症状や日々のケアの中で気になったことなど、細かなことをICTで共有。服薬管理がうまくいっていないなどの課題を報告することで、多職種で迅速に改善方法を模索することも可能に。 こちらは、ICTの可能性を別の角度からお伝えするための事例です。独居の方のケアでは、職種間の連携が課題になるケースが多く見られます。たとえば服薬管理なら、看護師さんは「患者さんがうまく服薬できていないので、もっと工夫してほしい」と望んでいるものの、薬剤師側は「訪問回数などの兼ね合いで責任をもちきれない」と考えるなどといった具合ですね。 このような状況では、まず関係者全員が情報をこまめに把握できる状態をつくることが望まれます。ご自宅に連絡帳を置いて情報共有する方法もありますが、連絡帳を確認するには、現場に行かなければならないため、課題をタイムリーに認識することが難しい。場合によっては、一週間以上経って情報が伝わることもあるでしょう。しかしICTなら、訪問しなくても情報をキャッチすることが可能。質の高いケアを目指しやすくなるでしょう。 ▶︎ 【事例4】地域とのつながりが明らかになり、より行き届いたケアを実現 医師が訪問時、同じタイミングで地域の民生委員の方が訪問。患者さんがその方から生活のサポートを受けていることを把握。また、民生委員の方から「ゴミ出しがうまくできていない」「新聞を複数契約してしまっている」などといった情報を入手し、併せてICTで関係者に共有。情報を受け、ケアマネージャーが積極的に介入するようになった。 この事例から伝えたいのは、幅広い情報を共有しやすくなるというICTのメリットに加えて、『実は私たち専門職が見えている範囲は狭いかもしれない』ということです。みなさんの中には、患者さんだけでなく、そのご家族まで見ている方も多いでしょう。しかし、患者さんが独居や二人暮らしの場合は、地域の方々が深く関わっていることもある。そんなケースでは、家族以外との関係にも目を向けられるのがベストです。まさにこの事例では、民生委員さんとの連携が生まれ、日常生活の困りごとを専門職間で共有できたことで、よりケアの質が高まりました。 すべてのケースにおいて地域の方との関係を意識する必要はありませんが、「地域包括支援センターからケアマネージャーさんにサポートが切り替わると、地域とのつながりが途切れてしまうケースもある」という話は耳にするので、紹介しました。これから独居高齢者を支えていくためには、地域資源の存在を意識することがより必要になっていくのではないでしょうか。 次回は、「vol.3 ICTの上手な活用のために知っておきたいポイント」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年10月18日
2022年10月18日

[3]訪問看護BCPをリソース中心に考えてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。第3回からいよいよ実践的な内容に入っていきます。今回は、全国訪問看護事業協会が作成したBCPのひな形を参照しつつ、リソース(資源)を中心に考えるBCP策定について教えていただきます。 【ここがポイント】・BCPにおけるリソース(資源)は、事業継続に必要な「ヒト・モノ・カネ・情報」の4つに分けて考えることができます。・事業者にとっての災害は「事業継続のためのリソースが足りなくなること」であり、リソースの確保と、それを活用するための手立てを整えておくことがリソース中心のBCPといえます。 今回は、全国訪問看護事業協会が作成した「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」のうち、「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」を参考に進めていきたいと思います。 このガイドラインの「1.総論」にまとめられている「基本方針」「推進体制(災害時の対応体制)」「事業所周辺のリスクと被害想定」について具体的に学んだのちに、「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」の要となるリソース(資源)に注目したBCP策定の考え方をご紹介します。 基本方針 BCPのひな形の最初に記すべき事柄が「基本方針」です。事業所の基本方針、または災害対策における基本方針を記載します。BCP策定における基本方針となりますので、概ねの方針だけでも記しておくと一貫性のあるBCPをつくることができると思います。 また「基本方針」は、被災後の「想定外」な出来事への対応の判断基準ともなり得ます。BCPで災害発生後に起こり得る事象を時間軸に応じて想定し、あらかじめ対策を検討しておいても「想定外」な出来事が起こりますので、被災後で混乱している状況下での適切な判断・行動の指針としても「基本方針」が大切なのです。 「基本方針」の記載例1には、「災害時には、事業所職員の命と安全を第一に守り、担当している利用者の安否確認、安全確保に尽力し、早期の事業の復旧、継続を目指す」1)とあります。この事業所の例では、看護職の職務を全うする以前に、「職員の命と安全を第一に守る」とされている点がポイントとなります。BCP策定においても、「想定外」の出来事が起きた場合でも、「職員の命と安全を守る」という方針に基づいて検討することになります。 推進体制(災害時の対応体制) 推進体制として「主な役割」「部署・役職」「氏名」「補足」ほかを示します。責任者・災害対策本部長、スタッフ情報管理担当、利用者・家族情報管理担当、労務管理担当、設備インフラ担当などの「主な役割」に対して事前に役割を決めておきます。その際、それぞれの役割担当者に対して、リーダーやサブリーダーを配置できるとよりよいです。災害対策や災害マニュアルで取り決めてきた体制を記載するか、BCPの視点で役割を検討して示します。ヒト(スタッフ)・ヒト(利用者/家族)・モノ・カネ・情報に関して網羅されているか、確認をしてください。 事業所周辺のリスクと被害想定 ハザードマップを活用 自然災害のリスクは、市区町村のホームページなどで公開されている「ハザードマップ」で調べましょう。 「ハザード(hazard)」とは日本語で、災害などの危険・危機や、その原因となるものであり、具体的には、地震・洪水・津波・火山、病原菌・ウィルスなどを指します。ハザードマップは、河川や津波による水害、台風や地震による土砂災害など、ハザードの種類毎に危険度が示されたマップ(地図)です。ハザードマップを確認することで、災害の種類ごとに異なる事業所周辺のリスクを適切に把握することができます。 余談ですが、「災害」と「ハザード」は同意語ではありません。災害は、ハザードに人や社会の脆弱性が重なったときに起こるものです。通常地震が起こりにくい国ですと、震度5強の震災で多数の家が倒壊し、多数の死傷者を伴う災害として報道されることがありますが、日本の建築基準法に基づいた家屋であれば倒壊しないことも多く、さらにほかに被害がない場合、「災害」にはならないのです。地震などのハザードを防ぐことはできませんが、地震による災害はある程度の予防ができるのです。 交通やライフラインに関する被害を想定 被害想定としては、市区町村全体でどのようなハザードがあるのか、ハザードにより交通やライフラインに関する被害の想定をするとよいです。例えば、「A町では、〇〇地震が30年以内に70%の確率で起こり、最大で震度6が想定されている。また、毎年のように台風の被害があり、河川の氾濫により事業所が水没する可能性がある」などです。 次に、ハザードマップで最も危険度が高く示されている事象を選択し、想定された被害について具体的にシミュレーションしてみましょう。「震度6の場合、△△線の不通と▲▲通りの閉鎖が想定され、電車や車での訪問は困難になる」「ライフライン(電力・ガス・水道など)」は、「事業所の電力の停電でPCの使用不可・充電不能、固定電話の使用不能、ガスの使用不可、水道の不通により飲料水・手洗いの使用不可」などです。自施設で影響を受ける想定と同時に、それらがいつまで続くのかを想定しておきます。(▶参照ひとくちメモ「ライフラインの応急復旧のめど、どう立てるの?」) 被災から10日程度の自施設を中心とした事象について、より具体的に想定ができるようになると、災害直後から10日程度の対策も十分に検討することができます。もしも、被災状況の時系列での変化が想定できない方は、 BCP を策定したのちに、改めて過去の震災や自然災害の記事をみなさんで読んだり調べたりするような研修も計画されるとよいと思います。まずは、一度、粗くてもよいので、BCP策定を進めていくことをおすすめします。第3回の内容を概ね検討できましたら、第4回の「優先業務・重要業務の選定」に進んでください。 なお、「1.総論」には「研修・訓練の実施」「BCPの検証・見直し」など、事業継続マネジメント(BCM;Business Continuity Management、以下BCMとする)を記す項目が残されていますが、BCMについては第8回で説明をいたします。 リソースに注目したBCP策定の考え方 「1.総論」の推進体制でも責任者・災害対策本部長という災害時の体制のほか、ヒトや情報(スタッフ情報管理担当、利用者・家族情報管理担当)、モノ(設備インフラ担当)・カネ(労務管理担当)というように、ヒト・モノ・カネ・情報といったリソース(資源)の視点で確認をしてきました。事業継続に必要なものも同様に、リソース(ヒト・モノ・カネ・情報)で表すことが可能です。それは、リソースの視点から災害を再定義することができるからです。 先ほど、災害とハザードの関係を説明しましたが、事業所にとっての災害とは、「災害現象によって事業の継続に支障が出る、あるいは事業が継続できなくなること」と言い換えることができます。また、事業継続ができなくなる理由もリソース不足によるものであることから、「事業継続のためのリソースが足りなくなること」が事業者にとっての災害であると再定義できます。このようにリソースの観点から災害を再定義しますと、地震などのハザードが生じても、事業継続のためのスタッフ、カネ、医療資器材などのリソースが潤沢であれば、事業継続は可能であり、事業者にとっては災害にはならないのです2)。 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」の「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」がリソースに注目したつくりになっているのは、リソース中心のBCP、すなわち「リソース不足が起こることを想定したリソースの確保と、それを活用するための手立てを整えておくこと」2)が、ハザードを災害にしないための重要なポイントとなるためです。 * 次回は、「1.総論」の中でも策定でつまずくことの多い「優先業務・重要業務の選定」を中心に学んでいきたいと思います。「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」では重要業務・優先業務のリソースについて検討していきますので、とても大切な部分になります。 ひとくちメモ ライフラインの応急復旧のめど、どう立てるの?電気・ガス・水道が大規模地震で使用できなくなった場合、できなくなった理由にもよりますが、過去の震災ではガスよりも電気の復旧が最も早いことが知られています。 東京都防災会議によりますと、電気の応急復旧は、23区部で7日、多摩で7日。上水道は23区部で31日、多摩で13日、下水道は区部で16日、多摩で4日。ガスは57日、電話は区部で14日、多摩は8日で応急復旧がなされることが想定されています3)。 各都道府県の防災会議などで被害想定やライフラインの応急復旧想定がなされていますので、一度確認されるとよいです。それらの情報は、「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」のひな形「1.総論 5)災害情報の把握」に災害情報収集先とURLなどを記す欄がありますので、記載しておくとよいでしょう。 施設の場合では、ライフラインの復旧は業務継続にとってより重要な要件となります。訪問看護事業所では、業務継続に施設ほどの直接的な影響はないのですが、間接的な影響を与えます。電気が通らないことによるPCやスマートフォンの充電、固定電話の使用ができないなどの情報に関わる問題や、呼吸器を装着している利用者への対応などです。 特に呼吸器装着者などの利用者にとっては、命にかかわる重要な問題が関係していますので、いずれにしても、災害時のライフラインについての想定は必要です。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」,2020,p.10.2)菅野太郎著.「リソース中心のBCPの考え方」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022、p.30-31. 3)東京都防災会議.「東京都における直下地震の被害想定に関する調査報告書」,1997.

インタビュー
2022年10月18日
2022年10月18日

入院によるサルコペニアがフレイルを招く

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第6回は、高齢者の入院後・治療後に寝たきりにさせないため、早期の栄養介入やリハビリが必要と訴える若林先生。フレイル、サルコペニア予防について在宅医療関係者にもぜひ知ってほしい。(内容は2019年1月当時のものです。) ゲスト:若林秀隆1995年横浜市立大学医学部卒業。2016年東京慈恵会医科大学大学院医学研究科臨床疫学研究部卒業。専門はリハビリテーション栄養、サルコペニア、摂食嚥下障害。対談当時は横浜市立大学附属市民総合医療センター所属。 長生きをすれば誰でもフレイルになる? 川越●今日はフレイル、サルコペニアについて教えていただこうと思います。在宅を支える専門職のなかには、この二つの厳密な違いを理解していない人が多い印象です。 若林●定義でいうと、サルコペニアは「筋肉が減って筋力が落ちている状態」です。若い人でも筋力は落ちるので、定義では「加齢」が外され、「進行性、全身性の骨格筋疾患」とされていますが、長生きをすれば誰だってなりえます。 川越●身体機能も含めると、フレイルとかなり近いですね。 若林●フレイルは、要介護の前段階というとわかりやすいと思います。フレイルの主な原因は、サルコペニア、低栄養、ポリファーマーシー(多剤服用)といわれていますが、ほかにも活動量不足、疾患や認知症の影響などがあります。 身体的な面だけでなく、精神的フレイル、社会的フレイル、オーラルフレイルとさまざまあって、実はややこしいんです。 在宅療養者は肺炎になっても入院させない 川越●よく「高齢者が肺炎で入院すると2週間後には寝たきりになっている」といわれますが、絶対安静、禁食となったら、当然でしょうね。 若林●サルコペニアは急性期病院でつくられる場合が多くて、栄養サポートとリハを行えば改善する可能性もあります。でも肺炎などで入院すると、ほとんどの場合サルコペニアは進んでしまいます。なぜかというと、肺炎だと体内で炎症が起こっていて、炎症があるときは、自分の筋肉を分解してエネルギーをつくるからです。 川越●私のところでは肺炎になっても9割がたは入院させません。高齢者の場合、入院すると必ずせん妄が起きるし、せん妄が起きたら間違いなく縛られます。家にいたらせん妄は起きにくいし、少なくともトイレは自力で行くし、抑制もしない。食べられるうちは食事もするから禁食もしません。 若林●それが正解です。入院させないのが一番なんです。嚥下に関しても、病院ではリスク管理的に禁食にしがちなので、基本的には在宅でやったほうがいい。環境因子的には、在宅のほうが嚥下機能・認知機能に良い影響を与えていて、病院のほうが悪いんですね。 ベストは入院しないこと。入院しても、一日も早く退院することです。 川越●環境因子の影響を知っているかどうかは重要ですね。 若林●私も在宅リハを10年以上やっていますが、在宅での評価は入院中とは違うことに気づいている医療者は少ないと思います。 低栄養改善にはたんぱく質が重要 川越●低栄養と身体機能の関係についてはどうでしょう。 若林●低栄養の原因は三つあります。一つはエネルギー不足・たんぱく質不足で、拒食症や、入院中に禁食で不適切な点滴だけ、といった人などです。二つめは侵襲です。骨折や手術、誤嚥性肺炎の急性期などで炎症が強い場合、人の体は一日に1kg自分の筋肉を分解することもあります。三つめは悪液質です。がん、慢性心不全、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などで認めることが多いです。 川越●どのようにすれば栄養改善できるんでしょうか。 若林●エネルギーとたんぱく質を多めにとることです。しかし、その攻めの栄養管理が今の栄養サポートではできていないことが多いです。 川越●在宅の場合、そもそも何キロカロリーとれているかも難しいものです。 若林●細かく把握しなくても、むくみ以外で体重が増えていて、ざっくりエネルギー量とたんぱく質がとれていればよいと判断します。たくさん食べられない人が太るためには、こまめに間食や夜食をとることをおすすめしています。 栄養と運動はセットで 川越●リハが大事なことは介護職も含めてみんなわかっていますが、本当は運動と栄養とセットでやらないと効果がない。でも栄養の知識は、医療者も介護者も不足しています。 若林●なぜサルコペニアになるのかを考えたときに、運動は頑張っているけど力が出ないという人が多いんです。つまり食べていない。 筋トレで一度筋肉を分解した後、たんぱく質やエネルギーがあって初めて筋肉をより合成できるので、運動だけして栄養をとらないと、結局筋肉はつくどころか落ちていきます。 川越●なのに在宅高齢者には三食炭水化物という人が実際にいて、たんぱく質が圧倒的に不足しています。訪問リハが入っていれば、それだけで運動できていると思っているのも深刻です。「歯科衛生士が週1回口腔ケアに行けば歯磨きしなくていい」とは誰も思わないのに、リハはリハ職が訪問したときだけでいいと、みんな誤解しています。 若林●リハの定義が正しく理解されていないからでしょうね。セラピストが行うのは機能訓練などですが、その人の生活機能を高めることすべてがリハビリです。サルコペニアから寝たきりになるのは、活動量減少、栄養不足、疾患などが原因で、全員が改善するのは難しいですが、改善可能性のある人も確実にいます。在宅でも質の高いセラピストや管理栄養士が介入することで、改善できるものは改善させないといけません。 川越●たいへん勉強になりました。 ー第7回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2019年1月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

特集
2022年10月18日
2022年10月18日

安心感をどう作るか⑤ 感染症版BCPの作成

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。第6回は、第4回・第5回に続き、岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山の野崎加世子さんです。 お話野崎加世子岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山 管理者 BCP(業務継続計画)の作成が、診療報酬・介護報酬上でも、強く求められるようになりました。今回は、そのうちの感染症版BCPについての話ですが、感染症版BCPについては、厚生労働省のHPで「新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」が発行されており、私たちの訪問看護ステーションでも、それを参考にBCPを策定しました。そのプロセスで最も重視したのは、「自分たちのこととしてBCPを作成する」という強い姿勢です。 自分たちのBCP 私たちの訪問看護ステーションでの感染症版BCPは、「感染対策委員会」と「BCP委員会」の共同で策定しました。これは、同BCPの策定は、「感染症対応マニュアル」の刷新と切り離せないという考えかたによります。 その過程で重視したのは、管理職などの委員会のメンバーだけではなく、すべてのスタッフが、「自分のこと」「自分の課題」として積極的に策定に参画するということでした。「自分が感染したらどうするか?」「自分が濃厚接触者になったらどうするか?」「そのとき、自分の家族はどうするか?」「自分が担当している利用者への訪問はどうするか?」「自分のチームのメンバーが訪問に行けなくなったらどうするのか?」そのようにスタッフに問いかけていきます。 事業の継続を個人目線でみれば、「今の仕事が続けられるかどうか」です。それは、「いかにして、自らの生活と利用者の健康を守るか」という真剣な問いであり、感染症版BCPの策定に参画することで、「他人事ではない」といった当事者意識が芽生えます。 しかし、そうした問いに関する回答は容易ではありません。スタッフの考えかたと事業所の方針とを合わせながら、具体的な回答を見つけ出すプロセスで、当事者であるスタッフは、「安心」を手にします。 具体的なシミュレーション もしも○○となった場合にはどうするか?──感染症BCPの策定プロセスは、具体的なシミュレーションの積み重ねです。たとえば、このように決めていきます。 チーム5人で訪問看護を行なっていたとします。うち1人が濃厚接触者になって訪問から離脱した場合は、チーム内で補い合い、現行のサービスを維持します。 2人が濃厚接触者になった場合は、ほかのチームから応援し、現行のサービス量を何とか保ちます。 3人が濃厚接触者になり、チーム内の戦力が2人になった場合には、現行のサービス量の維持は困難になるものと考えます。そこで、訪問の回数を調整したり、ご家族でできるところをお願いしたりします。ふだんから、もしものときにご家族の協力をどこまで得られるか、セルフケア能力をアセスメントしておくことが重要となります。また、かかりつけの診療所などにも協力を求め、訪問診療時に家族ケアを行なってもらうなど、あらゆる可能性を視野に入れた計画を立てます。 法人としての対応 感染または濃厚接触者になった場合の休業の扱いについても、法人として確定しておく必要があります。私たちの事業所では、「業務命令」として自宅待機してもらう観点から、感染したり、濃厚接触者になったりした場合には、「特別休暇」扱いとして給与を支給します。 スタッフは、それを知ることで、安心して働くことができます。 自然災害版BCPとの違い 自然災害版と感染症版のBCPは、共通点が少なくありませんが、明らかな違いもあります。その一つは「予防」の視点です。 自然災害に対して、私たちはきわめて非力です。ところが感染症の場合は、感染予防を行うことで感染拡大を未然に食い止めることができます。この点が、感染症対応マニュアルとセットで考えることが求められる理由です。 地域連携の内容も自然災害版BCPとは異なります。自然災害では、地域がまるごと被害を受けることが想定されます。一方、感染症の場合は、いわゆる「無傷」の事業所が数多く温存されていることが想定できます。そうした認識に立ち、感染拡大時の事業所連携の内容を平時から詰めておくことが重要です。 実際、私たちの地域でも、ほかの訪問看護ステーションが新規の受け入れを休止した際に、私たちの事業所が新規受け入れを代替したことがありました。また、訪問看護ステーションどうしはもとより、介護系サービスとの連携も考慮しておく必要もあるでしょう。 BCPの策定では、国からいわれたからではなく、「自分たちと利用者の安心のために作る」という積極的な姿勢が、もしものときの有効性を担保します。「事業所をつぶさないために作ろうよ」。それが私たちの合い言葉です。 ―第7回に続く 記事編集:株式会社メディカ出版

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2022年10月11日
2022年10月11日

【セミナーレポート】vol.1 現場で感じる3つのメリット/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)に行ったNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」では、田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。その内容を3回に分けてレポート。第1回の今回は、ICTの基礎知識やもたらすメリットをご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ チャットツール感覚で便利に使える「ICT」 ・杉並区では「バイタルリンク」を導入▶ コロナ禍で多職種連携の質が低下 ・杉並区における多職種連携の継続、強化への取り組み▶ 【導入メリット1】職種間で目線を合わせやすくなる ・薬局や訪問入浴とのICT連携も視野に入れたい▶︎ 【導入メリット2】写真による状況把握ができる▶︎ 【導入メリット3】休みの間の状況を細かに把握できる --> ▶︎ チャットツール感覚で便利に使える「ICT」 ICTとは、「 Information and Communication Technology 」の略称で、日本語では情報通信技術と訳されます。要するに、インターネットを利用したコミュニケーションのことですね。具体的には、「チャットツール」をイメージしてもらえるといいと思います。コミュニケーションという観点では、形式こそ異なるものの、メールなどと変わりません。ただし、メールはアドレスを知らないと連絡できませんが、ICTならアカウントがあればアドレスを知らない人同士でも情報を共有できます。 そんなICTの位置づけは、「対面」と「電話・FAX」の中間と考えてください。対面でのやりとりでは、細かな情報を共有しやすいですよね。ICTも対面には及びませんが、電話やFAXよりも気軽に「緊急で報告するほどではないけれど伝えておきたい情報」を共有できます。とはいえ、電話もやはり必要です。ICTでは、相手が情報を確認するのが数時間後や翌日になってしまうこともあるので、緊急性が高い場合は電話がベストでしょう。 杉並区では「バイタルリンク」を導入 私のクリニックがある杉並区では、帝人ファーマ株式会社の医療・介護多職種連携情報共有システム「バイタルリンク」を使用しています。ICT導入にあたっては、やはりセキュリティの問題が気になるかと思いますが、「バイタルリンク」は厚生労働省がガイドラインで定めるセキュリティ基準をクリアしています。また、オンライン会議を簡単に開始できる機能(参加用のURLを共有する機能)が備わっているのも魅力。退院時カンファレンスや担当者会議などにも、もっと活用していくべきだと考えています。 ▶︎ コロナ禍で多職種連携の質が低下 近年、医療現場において多職種連携の強化は大きな課題です。しかし、新型コロナウイルスの流行により、その機会が減っているという危機的状況にあります。杉並区でもこの2〜3年は地域の連携会が非常に少なくなっていますし、おそらくどの市区町村でも同じ状況でしょう。 今や現場での連絡方法のメインは電話・FAXになり、対面のやりとりは激減しています。他職種の方との連携においても、緊急度が高いときや「ニュアンス」を確認するときにしか電話は使わず、FAXにいたっては、サインをもらうなどの用途がほとんど……という方も多いはず。つまり今、「対面」「電話・FAX」のコミュニケーション手段しか持っていない場合、多職種連携の質はコロナ前よりも低下している可能性が高いのです。 杉並区における多職種連携の継続、強化への取り組み 杉並区では、コロナ禍で多職種連携の質が低下するリスクを受け、昨年から地域福祉部委員会内にICT小委員会を設置。ICT普及に向けた取り組みを推し進め、連携の維持、強化を目指しています。また、多職種が参加するオンライン会議を実施し、感染状況が落ち着いたタイミングでは対面での会合開催も検討しています。なお、困難事例については、綿密に話し合いを行わないと職種ごとに目線がずれてしまいがち。オンライン会議を積極的に行ったり、短時間に収めるなど気をつけながら対面で打ち合わせをしたりといった工夫をしないと、連携の質が低下してしまう実感があります。 ▶ 【導入メリット1】職種間で目線を合わせやすくなる ICTの特徴は、職種を問わず、利用者さん全員に情報を一網打尽に流せること。これにより「情報を知らない人」をつくりにくくできます。この「情報を知らない人」には医師も含まれます。医師が2週間に1回しか訪問しないケースでは、前回の訪問時の最新情報がすでに古くなっていることもざらにあるので、訪問看護師さんにはぜひICTに最新情報を書き込んでほしいですね。 というのも、訪問看護師さんとご家族とで話し合った情報を医師が把握していないと、医療判断が「押しつけ」になってしまうケースが少なくありません。事情をよく知っている看護師さんが患者さんのご家族に「先生が来たら●●を伝えると良いですよ、▲▲してほしいと言ってくださいね」などとアドバイスをし、看護師さんから聞いたことをご家族が医師に伝える……という、『ご家族を通じての医師への情報伝達』を試みた経験がある方も多いかと思うのですが、これではニュアンスまで伝わらないことがほとんど。結果的に医師が、ご家族や担当看護師さんの思いに反する判断をしてしまうリスクがとても高いんです。今後はICTを活用して、クリニックと訪問看護が直接コミュニケーションを図るのが望ましいと考えます。また、訪問看護師さんからさまざまな情報が共有されることで、生活をベースにした医療提案を実現しやすくするというメリットもありますね。 訪問看護師さん側も、自分たちだけで抱えていていいものか迷う情報をICTに流し、そこに医師から「いいね」がつけば、自分たちだけが責任を負う状態ではないという安心感を得られるでしょう。 薬局や訪問入浴とのICT連携も視野に入れたい 薬局が最新の薬の処方状況や管理方法などの情報をICTに書き込んでくれれば、より連携の質が向上するはず。現段階ではこうした対応をしてくれる薬局はまだ少ないですが、引き続き薬局業界への啓発を行い、よりよい連携の形をつくっていければと思います。それから、訪問入浴やヘルパーの方々も、ぜひICTに入ってほしいところ。利用者さんの最新の状況を受け、医師や訪問看護師さんが「入浴は控えて清拭にしてください」などの指示を出せれば、関係者の負担を軽減できます。 ▶︎ 【導入メリット2】写真による状況把握ができる 訪問看護におけるICTのメリットとして、「写真による情報伝達」が挙げられます。ICTに写真や書類を添付すれば、情報共有の量、質ともに向上できます。例えば、私のようにクラウドカルテを利用していれば、その情報をコピーアンドペーストもしくはスクリーンショットすれば、迅速にデータを共有することが可能です。また、逆に訪問看護師さんからの写真報告を受けて、医師がフィジカルアセスメントをすることもできます。触診はできなくても「百聞は一見にしかず」で、遠隔での診断の質は確実に向上するでしょう。それから、利用者さんの居住環境の把握にも役立ちますね。「連絡帳はここ、薬はここに保管する」などといったルールも、ICTで写真を共有すれば確実に認識できます。これがFAXだと、「黒く塗りつぶされてしまって見えない」ということが起こりかねません。 ▶︎ 【導入メリット3】休みの間の状況を細かに把握できる 土日や夜間など、休みの間の利用者さんの状況を無理なく把握できることも、大きなメリットのひとつ。訪問看護ステーション内での情報共有に役立つのはもちろん、医師にとっても有益です。たとえば、訪問看護師さんから「(休みの間に)緊急で対応しましたが、様子を見ても問題ないと判断して退出しました。ご報告まで」などとICTに記録があれば、医師は「次回出勤時にフォローアップしておこう」と判断できます。自分が休んでいる間の利用者さんの状況はぜひとも知りたいですが、やはり電話は緊急のときのみにしてほしいもの。こういうシーンでも、ICT活用のメリットを実感しますね。 次回は、「vol.2 ICT活用の成功事例」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年10月11日
2022年10月11日

[2]既存の資料からからBCPを読み解いてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。今回は、既存のBCPに関する資料を参考にしつつ、訪問看護事業所のBCPに必要な内容について教えていただきます。 【ここがポイント】・従来の災害対策とBCPの共通点は、災害時に組織的な活動ができるよう体制を整えるために策定することです。・BCPは、重要業務の遂行を継続・復旧させるための計画であり、想定する期間は数ヵ月先にも及びます。ゆえに、相違点は、復旧の具体性と想定する期間です。 第2回は、従来の自然災害対策とBCPの共通点や相違点を明らかにした上で、厚生労働省老健局の「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」や全国訪問看護事業協会のBCPのひな形など、既存の自然災害に関わる資料を紐解き、BCPに入れるべき内容について学んでいきましょう。 自施設における災害対策とBCPの共通点 はじめに、視点を国から自施設に下ろして(鳥の目から虫の目に近づけて)、自施設における従来の災害対策とBCPにおける共通点を見ていきましょう。 災害対策もBCPも事前に自施設のある地域で起こり得る災害リスクを想定し事前に対策を講じます。ハザードマップを用いて自施設の地域のハザードを把握しておきます。 被災直後は、大規模地震災害の原則であるCSCATTT(図1)に基づき対応します。CSCAが医療マネジメントで、TTTは医療的支援です。広域災害の現場で、初めて出会う人びとが即時に組織を構築し、同じ方向性を持って活動を行うための共通の方針ですが、病院や施設、訪問看護事業所においてもCSCAは重要です。 そのほか、図2と図3を見ても、発災直後を想定した方針や危機管理体制、スタッフの参集基準や連絡網の設定、発災後の活動については共通点といえます。 図1 大規模地震災害の原則 従来の災害対策とBCPとの相違点 BCPとは「重要な事業(または業務)を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」です1)。従来の災害対策マニュアルなどになくてBCPには記されている事柄を、定義や図1を用いて端的に見てみますと、「優先業務(重要業務)の選定」「BCP発動基準」「復旧目標」「復旧させるための方針・体制・手順」といった言葉が目に留まると思います。 BCPは、優先業務・重要業務の継続や一時中断しても復旧させるための計画なので、自施設における優先業務・重要業務は何か? を選定した後に、優先業務・重要業務が具体的にどのようなリソースによって成り立ち、そのリソースは災害時にどのようなリスクにさらされるのか? リスクに対してどのようにリソースを再獲得したり代替したりするのか? 想定外のリスクが生じた場合、どのような方針に基づいてその都度判断するのか? などを想定し検討しておきます。 優先業務・重要業務の遂行を継続・復旧させるために、より具体的なリスク想定とその対応を検討して備えておく点が、BCPを策定する本質的な意図となります。その結果、数ヵ月先の復旧に関わる想定までをBCPでは検討しますが、従来の災害対策では発災直後から1週間程度を想定してつくられていますので、具体性と想定する期間が異なるといえます。 「BCP発動基準」と「復旧目標」 ところが、BCPを遂行する際に必要な「BCP発動基準」や「復旧目標」については、唯一の基準や目安が存在するわけではありません。モノづくりの企業と訪問看護事業所とでは、優先業務・重要業務や連携する職種や機関などが異なりますし、病院や介護施設とも異なります。 特に「優先業務・重要業務の選定」では、訪問看護の対象者・家族の疾患や生活によって優先度・重要度を考えた場合、呼吸器疾患の独居の利用者は、介護力の高い家族のいるリハビリテーションで利用している利用者よりも優先度・重要度は高いのですが、優先度・重要度の低い利用者・家族への訪問看護であっても、レセプトなどのほかの業務に比べると優先度・重要度は明らかに高い業務といえます。 そのため、「復旧目標」の決め方も一筋縄ではいきません。「BCP発動基準」は、例えば震度5弱以上で発動させるといった設定は可能ですが、同じ震度で被災しても実際の被災状況までは事前に想定しきれませんので、「復旧目標」の時期を決めることはきわめて困難であると考えます。 事前にわかっていることは、リソースの中でも「カネ」や「ヒト」に関わる基準です。被災後2ヵ月のスタッフの給与支払いに問題が生じないことや、1ヵ月程度でスタッフの心と身体に積極的ケアが必要になるという経験知を活かし、私が所属しているBCP研究会では「復旧目標」を1ヵ月単位で設定することを推奨しています。 厚生労働省老健局 業務継続計画ガイドライン 図2は、厚生労働省老健局が作成した「介護施設・事業所における自然災害発生時における業務継続計画ガイドライン」で示されている「自然災害BCPのフローチャート」2)です。 1~5章で構成されており、「1章 総論」「4章 他施設との連携」「5章 地域との連携」が参考になると思います。2章と3章は、施設用の内容となっています。 図2 自然災害(地震・水害など)BCPのフローチャート 厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」,2020,p.8より引用.https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf 2022/7/11閲覧 訪問看護事業協会 自然災害発生時における業務継続計画(BCP) 図3は、全国訪問看護事業協会が作成した「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」3)の目次(抜粋)です。 厚生労働省老健局のフローチャートに基づき、訪問看護事業所が使えるように、2と3の項目がつくり替えられています。訪問看護事業所では、訪問看護などの優先業務・重要業務を考えますと、電気・ガス・水道などのライフライン以上に、スタッフなどの人的資源、衛生資材などの物理的資源など、資源(リソース)に注目することが有効なためです。 リソースに注目することで、具体的にBCP策定の検討が進みやすくなりますし、自施設内で対応しきれない場合に地域・他組織とどのように連携するとよいかという検討もしやすくなります。 図3 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)」の目次(「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」の項目を抜粋) 全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)―訪問看護ステーション向け―」,2020,p.2-3.より引用.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/r2-1-3.docx2022/7/11閲覧 BCP策定はまだまだ間に合う! 今回は、従来の災害対策とBCPの共通点と相違点を中心に学びました。BCP策定をする際に多くの人が迷う「復旧目標」の考え方や、厚生労働省および全国訪問看護事業協会のBCPひな形についても言及させていただきました。 令和2年度に実施された「訪問看護事業所の災害時における事業継続計画(BCP)の実態調査」によると、2020(令和2)年4月時点で、BCPを「策定済だった」「策定中だった」「策定を検討していた」事業所は、合わせて34.1%であり、その内容には偏りがあったとされています4)。BCPを策定している/検討をしている事業所であっても、内容までは十分に検討されていなかったことがわかります。 まだ何も手をつけていないけれど、2024(令和6)年3月までに策定できるのだろうか? つくってみたけれど、これでよいのだろうか? など、不安な気持ちを抱いている方が多いと思いますが、まだまだ間に合います。でもせっかくつくるのなら、実効性の高いBCPがよいと思いますので、次回はリソース(資源)に注目して、具体的なBCP策定の考え方をご紹介していきます。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」,2013.2)厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における自然災害発生時における業務継続計画ガイドライン」,2020.https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf2022/7/11閲覧3)全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」,2020.4)全国訪問看護事業協会.「令和2年度 一般社団法人全国訪問看護事業協会研究助成(一般)報告書」,2022.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/researchgrant2020.pdf 2022/7/11閲覧

特集
2022年10月11日
2022年10月11日

CASE1スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき_その3:どのように面談を行うか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第3回は、CASE1「スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき」の議論のまとめです。 はじめに 前回は、終末期の利用者に過度な感情移入をしているように見える佐藤さんを支援するために、具体的にどのような介入が必要か、A・B・C・Dさんそれぞれの考えを出しあいました。今回は、佐藤さんとの面談を行う際の注意点について話しあいます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE1 スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき スタッフナースの佐藤さんについて、「担当利用者に感情移入しすぎなのではないか?」と別のスタッフナースから相談があった。どうやら寝ても覚めても利用者のことを考えているらしい。佐藤さんは、在宅看取りの看護に携わることを希望して、病院から訪問看護に転職してきた背景がある。終末期の利用者を担当するのは2回目、今回は主担当として任されている。そのためか思いが強くなりすぎているように見える佐藤さんに対して、管理者としてどのような支援ができるだろうか? 設問あなたがこの管理者であれば、佐藤さんのようなスタッフへの支援はどのようにすべきと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 面談の目的を佐藤さんの育成にフォーカスする 講師ここまでのみなさんの意見から、面談の目的を「佐藤さんの育成」と設定したいと思います。そうすると、面談はどのように進めるべきだと考えますか? Aさん注2まずは佐藤さんに話をしてもらわないといけないので、利用者の状況を聞いて、その時に佐藤さん自身はどういう気持ちになったのかを話してもらいます。いろいろ聞きたいのはグッとこらえます。 Bさん話してもらうことは大切ですけど、やはり、確認すべきことや言うべきことはちゃんとしたいです。なかなか言いにくいこともあったりするのですが、管理者としてステーション全体のことも考える必要があると思います。 Cさん言うべきことはちゃんと言ったうえで、佐藤さんとしてはこれからどうしたいか? 管理者からどういう支援があれば助かるか?を話したいです。 Dさんそうなんですよね、佐藤さんの状況や気持ちを確認して、その上で、「次の訪問はどうしようか」という話ができるのがいちばんよいと思います。 講師Aさんから「グッとこらえる」と発言がありましたが、表情を見ると、ほかのみなさんも同意されているようです。一方みなさんの言われるように、スタッフにとって耳に痛いことも管理者としてしっかり言わないといけない。スタッフの振る舞いは、ステーション全体の評判につながります。そして、面談の終わりには、「今後に向けてどうするのか」が必ず確認したいことですね。 訪問看護師を育成する手法「1on1」 講師では、これまでの議論を受けて、CASE1のまとめです。 今回は、「終末期の利用者に対して過度な感情移入をしているように見える佐藤さん」のケースを通して、管理者がスタッフを育成する手法としての1on1について考えました。 スタッフの置かれている状況や、スタッフの持つスキルなどによって、支援の内容は変わりますが、基本的に1on1の目的は、スタッフの抱える問題を解決することです。今回のケースでいえば、決して佐藤さんを評価することではありません。1on1は、スタッフの抱える問題解決と、それに向けたスタッフの成長のために行うものです。これを念頭に置き、経営者・管理者の方は、次の3つのステップを毎回行うことを意識してください。 信頼関係を構築する → 学びを深化させる → 次の行動の決定をうながす 佐藤さんが自身の問題を解決することは、そのステーションの問題を解決することでもあります。「1on1はスタッフのための時間」を意識してください。これが難しいんですけどね。あれこれ言いたくなってしまいますよね(笑)。 Aさん面談って、あれこれ問い詰めてしまったり、「こうしなさい」と指導してしまったりすることが多くて。「育成を目的とした1on1はスタッフのための時間」と意識するといいんですね。 講師そうですね、「スタッフである訪問看護師の成長のプロセスを支援する」という立場に管理者が立つことが大切です。ある企業のマネジャーさんは、1on1ではストップウォッチを持って「今日はまず5分間は話を聞くぞ」とされているそうです。1on1の原則である、3つのステップを意識して、いろいろ工夫しながら進めてみてください。 * 次回は、CASE2「利用者からのハラスメントにどう対応するか?」を考えます。 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇本間浩輔.『ヤフーの1on1:部下を成長させるコミュニケーションの技法』東京,ダイヤモンド社,2017,244p.〇松尾睦.『職場が生きる 人が育つ 「経験学習」入門』東京,ダイヤモンド社,2011,224p.〇松尾睦.『「経験学習」ケーススタディ』東京,ダイヤモンド社,2015,200p.

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