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特集
2022年10月4日
2022年10月4日

[1]そもそもBCPって何だろう?

訪問看護事業所にも策定が義務づけられたBCP。みなさんはもう準備をはじめていますか? この連載では、訪問看護事業所ならではのBCPについて「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に全8回にわたって解説していただきます。第1回の今回はBCPへの理解を深めるため、国の災害対策を振り返りつつBCPが必要になってきた背景を教えていただきます。 【ここがポイント】・訪問看護事業所においても災害時や感染症への対応強化を図る目的で、「業務」と「事業」を継続させるBCPの策定が義務づけられました。・訪問看護事業所では2024(令和6)年3月31日までにBCP策定に取り組む必要があります。 BCP策定の義務化 近年の度重なる自然災害に加え、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)などで人々の健康危機が続くなか、訪問看護事業所などに関わる皆様におかれましては、日々ご活躍のことと思います。 これからの時代、自然災害やパンデミックを引き起こす感染症が発生した場合であっても、訪問看護事業所などは、必要なサービスを継続的にご利用者様に提供できる体制を構築することが大切です。すべての事業所が業務継続をすることで利用者への継続訪問を可能にし、事業継続できることで地域医療に貢献できるからです。そこで、国は、すべての訪問看護事業所などを対象に、事業継続に向けた計画などの策定、研修の実施、訓練の実施などを、2024(令和6)年3月31日までに取り組むよう義務づけました1)2)。いわゆる、BCP策定の義務化です。 BCPの定義 BCPは、Business Continuity Plan(業務/事業継続計画)の略です。内閣府によると、「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画のこと」と定義されています3)。 なお、Businessは、「業務」や「事業」の双方の意味合いで用いられ、訪問看護事業所における重要な「業務」である訪問看護などを継続させるだけでなく、訪問看護事業所の「事業」を継続させる意味を含みます。 わが国の災害対策 では、なぜBCP策定が注目されることになったのでしょうか? わが国における近年の災害対策と併せて説明していきたいと思います。 日本列島は、「地震、津波、暴風、竜巻、豪雨、地滑り、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、火山噴火、豪雪など極めて多種の自然災害が発生しやすい自然条件下に位置する」4)と防災基本計画に記載されています。歴史的にも大規模な自然災害が多くありましたが、戦後、大きな震災がないまま経過し、1995(平成7)年1月に阪神・淡路大震災が起きました。さらに、同年3月にわが国で初めてのテロ事件である、地下鉄サリン事件が起きました。大規模な都市型自然災害と未曽有のテロ事件が起きたため、平成7年を災害元年として、国が主導して危機管理に力が注がれていきました。 大規模自然災害では、災害時要配慮者に災害関連死が多いという事実が注目され、「避けられた災害死」への対策として、災害拠点病院(災害時における初期救急医療体制の充実強化を図るための医療機関)、DMAT(Disaster Medical Assistance Team、災害派遣医療チーム)、EMIS(Emergency Medical Information System、広域災害救急医療情報システム)などのしくみがつくられました。また、「災害対策基本法」や「災害救助法」など、従来からある法律の改定では対応しきれないニーズ、すなわち、被災者の生活の立ち上がりを迅速、かつ確実に支援するために、「被災者生活再建支援法」が1998(平成10)年に制定されるなど、必要に応じて法の改定や策定もなされてきました。 2011(平成23)年3月11日の東日本大震災では「避けられた災害死」(近年は「防ぎえた死」を使用します)だけでなく、「二次健康被害の最小化」が注目されました。災害時保健医療対策の3本柱(①医療救護(救急)体制の構築、②保健予防活動、③生活環境衛生対策)の遂行のためにも、ニーズとリソースの調整や支援と受援の調整を行う都道府県の本庁や保健所の指揮命令部署を支援するチームとして、DHEAT(Disaster Health Emergency Assistance Team、災害時健康危機管理支援チーム)が必要とされました。2016(平成28)年の熊本地震では、はじめてDPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team、災害派遣精神医療チーム)が出動し、2018(平成30)年の西日本豪雨で、はじめてDHEATが派遣されました。 このように、保健医療に関わるしくみは必要に応じて策定され、実働してきました。 災害拠点病院におけるBCP策定義務化 さて、改めてBCPの流れを見ていきましょう。話は2011(平成23)年にさかのぼります。東日本大震災における課題と対応について、「災害医療等のあり方に関する検討会」で検討された結果、「医療機関が自ら被災することを想定して防災マニュアルを作成することが有用。さらに、医療機関は、業務継続計画を作成することが望ましい。」と報告されました5)。 この結果を受けて、2012(平成24)年3月の医政局長通知で、医療機関におけるBCP策定が努力義務とされ、2017(平成29)年3月の通知では、災害拠点病院指定要件が一部改正され、被災後、早期に診療機能を回復させるためのBCP策定、研修および訓練の実施、地域医療関連機関・団体などとの訓練の実施を、2019(平成31)年3月までに整備・実施するよう義務付けられました6)。 なお、2018(平成30)年の調査でBCP策定をしていなかった災害拠点病院は28.8%だったのですが、2019(平成31)年の調査結果では、(指定を返上した1病院を除く)すべての災害拠点病院が、BCP策定を行っていました7)。 COVID-19と訪問看護事業所におけるBCP策定義務化 自然災害が毎年のように起こるなかで、COVID-19によるパンデミックが起き、介護施設や訪問看護事業所などによるサービスの継続的な実施が一部危機状態に陥ったことなどの影響もあり、介護報酬および診療報酬における法律が見直され、すべての訪問看護事業所においてBCP策定が義務づけられたのです。 * 次回は、訪問看護事業所におけるBCP策定の実態や厚生労働省のBCPひな形など、既存の資料から、災害対策とBCPの違いやBCPで作成すべき内容について、説明していきたいと思います。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら※記録様式のダウンロードも可能です。記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省.「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準の一部を改正する省令」,2021.2)厚生労働省.「指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準の一部を改正する省令」,2022.3)内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」,2013.4)内閣府.「防災基本計画」,2022.https://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/pdf/kihon_basicplan.pdf2022/7/11閲覧5)厚生労働省:災害医療等のあり方に関する検討会 報告書(平成23年10月)https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001tf5g-att/2r9852000001tf6x.pdf2022/7/11閲覧6)第14回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会.「病院の業務継続計画(BCP)の策定状況について」,2019.https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000511797.pdf2022/7/11閲覧7)厚生労働省.「病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査の結果」,2019.

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

難聴で拒食のある人の関わり方

前回に引き続き、コミュニケーションが困難だった人への対応事例を紹介します。最終回は、難聴と拒食を伴った事例です。 事例 Mさん、85歳男性、要介護3。難聴、拒食症、軽度認知症の疑い。無歯顎、上下総義歯を装着したままで数週間をベッド上で過ごす。会話や食欲もなく、ときどき妻が差し出すプリンを口にする程度だったため、低栄養と摂食嚥下障害を心配した内科医からの紹介で、歯科医師とともに訪問。 Mさんは、妻と二人暮らしで近所に長男と長女がそれぞれ暮らしていますが、心配する妻や娘に、暴力的な行動もみられたとのことでした。食事拒否の原因は、図のようなことが考えられますが、Mさんの場合は、家族との会話が困難になるくらいの強い難聴に由来する「孤独感」の存在も否めませんでした。 介入開始時の状況 嚥下評価は、軽度のオーラルフレイル程度のレベルでした。 最初に、ホットタオルで顔面や唾液腺のマッサージを行い、数週間ぶりに義歯を外すことができました。 義歯内面の汚れがあり、広範囲に口腔粘膜はカンジタ性口内炎を発症していました。また、食が細くなって痩せたため、義歯が合わなくなり、義歯の内面調整も必要でした。 聴覚障害者用アプリで意思疎通 ご家族は、ホワイトボードに字を書いては消しを繰り返して、コミュニケーションをとっていました。「入れ歯を外してください」「うがいをしましょう」などのカードを提案し、口腔ケアがその方法で可能になりました。 しかし、義歯の内面調整となると、義歯の内側に内面調整剤を塗った後、しばらく口腔内で数分保持する必要があります。本人の協力を得る度合いが増えるので、カードでも困難と考え、スマホの聴覚障害者用アプリを利用することにしました。 「お薬のにおいがしますが、すぐ終わりますので、しばらく入れ歯をかんでいてください」「お薬が固まりましたので入れ歯を外しますよ」などと、スマホのアプリに向かって話すと1秒後には文字として表示されます。Mさんにも理解でき、義歯調整の同意が得られました。 こうして義歯装着が可能になると、妻からMさんが家の中を夜間にフラついて大変だったと聞きましたが、その後は近所のタバコ屋にタバコを買いに出て、数ヵ月ぶりの外出も可能となりました。 EAT-10注1が0点となったため、居宅療養管理指導は4回/月から2回/月へと変更になりました。Mさんはトンカツが大好きだったので、口腔ケアに関しての長期目標は、「トンカツを食べる」に設定しました。 コーチング(第9回参照)は、本人だけでなく、介護する家族にも有用なことがあります。日々不安を抱えている妻に、リフレイン(対象者の言葉を繰り返す)やチャンクダウン(問題の具体化)で対応しました。 「何かあれば何でも歯科衛生士に相談してください」と寄り添い、共感するスタイルを通して、ラポール(信頼関係)が構築され、本人(妻)のゴールが近づきました。 機能的口腔ケアで笑顔を取り戻す 歯科の短期目標として、義歯の清掃、唾液腺マッサージ、プッシングエクササイズ(声帯の強化)、口腔周囲筋のストレッチを指導すると、食事量が増えると同時に笑顔もみられるようになりました。 介入約3ヵ月後 家の中を歩く、座位で摂食する時間も増えて、介入から約3ヵ月が経過し、長期目標である「とんかつ」はカツ丼やカツ煮で食べることができました。 おわりに 全10回に及ぶ本連載を通して、訪問看護師をはじめとするチーム医療連携での歯科衛生士の業務について知っていただける機会となったと思います。口腔ケアや歯科診療だけでなく、摂食嚥下リハビリテーションから終末期の口腔ケアまで、口腔の衛生面・機能面の両面から要介護者をサポートする歯科衛生士を、今後ともよろしくお願いいたします。 * 注1 EAT-1010項目からなる軽度の嚥下障害のための質問票で、0~4点で各項目を評価する。合計が3点以上で嚥下障害の可能性がある。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

安心感をどう作るか④ 地域の関係機関との連携

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。第5回は、前回に続き、岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山の野崎加世子さんです。 お話野崎加世子岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山 管理者 非常事態になってから「連携しましょう」と慌てても、うまくいくはずはありません。今回のコロナ禍において、それがよくわかりました。紆余曲折はありましたが、非常時における関係機関との連携は、日ごろからの関係が生きてきます。 コロナ禍以前の連携 私たちの訪問看護ステーションは、今から30年近く前の1994年に開設されました。行政の保健婦(当時)が、訪問指導に家々を回っていた時代で、一人で100人の患者さんを担当する人もいました。そんな保健婦たちが、「私たちだけでは手が回らない。これからは、地域の看護婦(当時)の手で、質の高い訪問看護を提供する必要がある」と声を挙げ開設に至りました。そんな経緯もあり、行政との連携は当初から良好でした。 やがて、介護保険制度が始まり、ケアマネジャーや介護サービスの事業者たちの連携が欠かせなくなりました。連携なしには訪問看護ステーションは営めません。そう感じていた私たちは、医療職だけではなく、介護職の人たちとの連携を大切に育ててきました。ところが、感染拡大が足元にひたひたと迫るにつれ、状況は変わります。 情報の枯渇や分断 私たちの地域では、施設感染から火がつきました。デイサービスなどは、次々に休止となります。感染者や濃厚接触者が出たことの情報連絡が遅れて入ってくることもありました。「感染対策をしっかり行なっていたのか?」「早くに連絡が欲しい」という陰口も聞こえます。まさに、お互いの信頼が薄れた状況にみえました。 情報の枯渇や分断は、偏見につながるばかりか、感染対策上もマイナスです。感染者が出た施設を、事実を知らされないままに利用していたら、その利用者さんが使っているほかのサービスに感染が及ぶ恐れがあります。このような状況を行政に伝えるとともに、現場から連携を取り戻していくことにしました。 一緒に訪問して、温度差を解消する たとえば、ヘルパーさんと看護師が訪問すると、感染対策に対する意識や方法にかなりの温度差があることがわかりました。「そんなに防護しなければならないんですか!」と驚いたヘルパーさんもいました。利用者さんにとっても、家に来る専門職の防護服に違いがあるのは不安です。そこで、ヘルパーさんと一緒に訪問し、利用者さんごとに感染対策の方法を揃えることから始めました。 利用者さんが発熱した場合、ヘルパーさんは訪問を控え、訪問看護師は完全防護で訪問するなどの差はあるものの、それぞれの事業所が、自分たちの感染対策のありかたを真剣に考えはじめたのは、大きな成果だと考えています。それを足がかりに、平常から重視してきた「連携」を回復していきました。 本気で「共通言語」を重視する コロナ禍において、右往左往しながらも連携を回復できたのは、何といっても、平常からの関係づくりが重要です。そのなかで、私たちが最も力を入れてきたのは、「共通言語」による情報交換です。 「介護職との共通言語づくりの大切さ」とは、よく耳にする言葉ですが、私たちは、「誰もがわかる言葉」で、「ゆっくりと丁寧」に、「具体的に話す」ことにこだわりました。 尿量が減少した利用者さんの情報をヘルパーさんから入手しようと思ったとします。「少なめになったら知らせてください」では曖昧すぎます。おむつを使用している利用者さんであれば、「濡れている面積がいつもの半分以下なら連絡してください」などと具体的にお願いします。 リスペクトと「感謝」が連携の秘訣 言葉遣いを丁寧にするのは、いうまでもありませんが、「多くのヘルパーさんは、自分たちよりも長い時間利用者さんにかかわっているのだ」とリスペクトすることが、連携の秘訣だと考えています。 そして、リスペクトの延長線上にあるのが「感謝」です。「ヘルパーさんがいち早く教えてくださったので、入院せずにすみました。ありがとうございます」などと感謝を必ず返します。 スタッフへの浸透と「正直」であること 重要なのは、そうした関係づくりをすべてのスタッフが体で覚えることです。私たちのステーションでは、新人教育を3ヵ月、その後はチーム内でのOJTで、連携の大切さと連携の相手に対する姿勢を徹底的に教えます。現場で実際に痛い目に遭うことで、「どうすればよかったか」を自分の体に染み込ませることができます。 もう一つ大事にしているのは、「正直に開示すること」です。スタッフレベルでいえば、「訪問の車両をこすった場合には正直に報告する」といったレベルから始まります。 正直さは、事業所運営でも同様です。スタッフや利用者さんに感染者や濃厚接触者が出た場合には、包み隠さず情報を開示します。そうした誠実さが事業所間の信頼につながり、信頼に基づく「強い連携」へと成長します。そして、お互いに信頼できる関係性は、過度に感染を恐れずに、スタッフが安心して働ける環境にもつながります。 ―第6回に続く 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年10月4日
2022年10月4日

引きこもる大人にどう手をさしのべるべきか

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第5回は、全国に100万人以上いるといわれる「大人の引きこもり」、いわゆる8050問題を追いつづけるジャーナリストと、問題解決の方法などについて話し合った。(内容は2019年11月当時のものです。) ゲスト:池上正樹フリージャーナリスト。ひきこもり問題、東日本大震災などのテーマを追う。NPO法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事、日本文藝家協会会員。おもな著書に「ルポ「8050問題」~高齢親子“ひきこもり死”の現場から」(河出書房新社)、「ルポひきこもり未満」(集英社新書)などがある。 世間に隠された引きこもりという存在 川越●最近、高齢の親と引きこもりの子という8050問題がクローズアップされています。池上さんは引きこもりに関する著書も多く、実際に家族会の運営などにもかかわっていますね。 池上●社会保障的な支援の対象から外れる、中高年の引きこもる人が100万人以上いることがわかりました。行政は支援したくても、どこにどうつなげていいのかわからないため、まず引きこもりについて勉強したいということで、講演の要望が多くなっています。 川越●在宅医療で伺うと、やはりそういう人に出会うことがありますが、何か事件が起こったりすると急に注目を浴びるわけです。 池上●引きこもる人の多くは、本当は真面目で優しくて、頼まれたことを断れなかったり、助けを求められなかったりする人たちです。職場でさんざん傷つけられて、誰も自分の話を聞いてくれない、受け止めてもらえないと絶望した結果、引きこもりに至っている状況です。 病気や障害ではないという思いから医療機関は受診しておらず、何十年も引きこもっている子どもの存在を、高齢になった親は世間に対して隠している。それでますます身動きが取れず、一種の精神的虐待を受けているようになっています。 川越●そもそも存在が把握できていない、診断も受けていないということで放置されてしまうんですかね。 学校での体験が就職後の引きこもりの原因に 池上●以前、ある県の社会福祉協議会で高齢者の居場所づくりのための調査をしたところ、「私のことより子どもを何とかしてほしい」という高齢者が多かったことがわかりました。地方には、都会で働いて傷ついて帰ってきたり、親の介護のために戻ったりした人が、看取り後に仕事に戻ろうとしても、持っているスキルが時代遅れになっていて職場に復帰できない。そこで社会福祉協議会が引きこもりの人の居場所をつくって、資格の勉強会をしたり仕事自体を創出したりすることで、引きこもる人が激減したと話していました。 川越●ご本人がチャンスだと思って出ていったのなら、いいことですね。 池上●ほかの例では、引きこもっている子どものためにお金を残さないといけないからと、介護サービスを拒否する人もいました。親とのつながりが唯一なので、親が亡くなると、お金があっても手をつけずに後を追うように亡くなる例もありました。お金も大事ですが、それぞれ本人が生きたいと思える意思や希望が大事だと思うんです。 川越●子どもの引きこもりはどうでしょう。本来なら学校で把握しているはずですよね。 池上●不登校でなくても、学生時代のいじめの後遺症やトラウマで、社会に出てから引きこもる人が結構います。 学校に行きたくなくても、親を悲しませないために通いつづけてしまうから、引きこもりに至る背景までは学校も想像できない。むしろ、学校や教師が組織防衛のため加害者側についてしまうと致命的になる。何とか卒業できても、社会に出てから、たまたま同じようなシチュエーションに遭うと、トラウマがよみがえって会社に行けなくなることもある。 また、発達障害の人は頭のいい方が多いので、学生時代は気づかずに大学を卒業し、社会に出てから集団生活の人間関係でつまずいて引きこもりになる人も多いですね。 世間に迷惑をかけたくないという日本的価値観 川越●独居の引きこもりでは、生活インフラも止まったような、ごみ屋敷に住んでいる人もいますね。 池上●周囲からみると「ごみ」でも、楽しかったころの大事な思い出だったり、生きていくための安心材料になっていたりすることもあります。片付けられない特性もあるのかもしれません。歩けるし買い物もできるけれど、社会と接点を持っていないので、周囲からも問題視されてしまうんです。 川越●どうして相談しないのと聞いても、そういう方法を知らないし、お役所は敷居が高いと思っているのかもしれません。 池上●相談しない人や引きこもりの子どもを隠す人たちには、国や世間に迷惑をかけられないとか、他人に頼らずに自力で何とかしなければという日本人特有の腹切り文化の遺伝子がいまだに脈々と受け継がれているような気がします。 川越●生活保護を申請したがらない人も、お上に申し訳ないからといった理由が多いように思います。税の滞納、保険料滞納、家賃や給食費滞納などは実はSOSで、行政がつながるチャンスなんですけどね。 ただそこにいていいと思える居場所づくりを 川越●親の高齢化に伴う問題も、これから深刻化してくるでしょうね。 池上●私がかかわった案件でも、母親が認知症になり、父親が亡くなったけれど相続の手続きもしていない。口座も母親が管理しているのでわからない、というケースがありました。引きこもり問題は複数の部署が連携しないと支援できないので、縦割り行政に横串を入れないと難しいと思います。 川越●私が最近経験した例では、両親と娘の三人暮らしで、お父さんが肺がん末期で診療を依頼され訪問したものの、いるはずのお母さんの姿が見えない。やがてお父さんが亡くなり、包括が訪問してもお母さんに会わせてもらえない。最後は警察や消防のレスキュー隊と突入したら、お母さんはごみの中で足が壊死して動けない状態でした。もともとはお母さんが引きこもりはじめたのが始まりのようです。 池上●そういう場合は、先生のところに連絡すると対処してもらえるんですか? 川越●松戸市は医師会の医師が地域包括や行政職員と一緒に訪問できるしくみを作っているのですが、介護保険ではすべての市町村の義務として、認知症の疑いがある人のところへは認知症初期集中支援チームを派遣することができます。受診していなくても「疑い」さえあれば可能です。 池上さんがかかわっている「居場所づくり」では、どのような活動をしていますか。 池上●当事者たちに「居場所には何があったらいい?」と聞くと、「何もないのがいい」と言うんです。支援者はどうしてもメニューをつくってしまいがちですが、何もやらされないのがいいんです。 川越●ただそこにいていい、ということですね。 池上●社会が怖くて家にいる人たちなので、就労支援を急いだりせず、生きていくための支援を必要としている人には誰でもサポートが受けられるような、引きこもり支援法のような法整備も考えてもらいたいですね。 ー第6回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2019年11月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

特集 会員限定
2022年9月27日
2022年9月27日

【セミナーレポート】vol.3 具体的なBCP策定手順 後編/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~

2022年6月24日(金)に実施したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~」では、WyL株式会社 代表取締役で現役看護師の岩本大希さんを講師に迎え、2024年から義務化される訪問看護ステーションのBCP策定について考えました。セミナーレポート最終回となる今回は、その中で紹介された全8STEPのBCPの策定手順のうち、STEP4〜8(BCP発動~地域連携、運用訓練まで)をまとめます。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】岩本 大希さんWyL株式会社 代表取締役/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長/看護師・保健師・在宅看護専門看護師2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営(2020年12月現在)。訪問看護現場におけるBCPの重要性にいち早く着目し、2021年には厚生労働省が推進する研究事業(厚生労働科学特別研究事業)「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」に参画。 目次▶ 【STEP 4】業務の評価と分析 ・業務の洗い出しと評価 ・優先業務のリスクの分析▶ 【STEP 5】エスカレーションの整理▶ 【STEP 6】計画のまとめと運用ルールの確認▶ 【STEP 7】「連携型BCP」「地域包括BCP」の策定▶ 【STEP 8】演習、トレーニングの実施 --> ▶ 【STEP 4】業務の評価と分析 STEP4では、既存の業務の整理を行います。以下の2つの段階を踏んで見直していきましょう。 業務の洗い出しと評価 まずは平時の業務を洗い出してリスト化し、それぞれ以下の3つの優先度に分類していきましょう。 ①優先業務:災害時にも継続する必要がある業務②縮小業務:優先度は中程度。縮小または変更することが可能な業務③一時休止業務:優先度が低く、一時的に休止が可能な業務 例えば地震が起こった際はどうなるでしょうか? 看護がないと生活できない利用者さんはたくさんいるので、頻度を減らす可能性こそありますが、おそらく訪問は行かなければならないですよね。しかし、他の機関との連携や調整は縮小してもいいのではないか。同行訪問してのOJTや座学の教育は状況が落ち着くまで休止することにしよう。そういった形で、業務の優先順位を決めていきます。 優先業務のリスクの分析 継続しなければならない優先業務が明確になったら、その業務のリスク分析をしていきましょう。具体的には、どんな要因(ボトルネック)で業務を続けられなくなるのか、継続が困難になった際の代替手段はあるのかを考えます。これもSTEP2でご紹介したシナリオの想定と同じように、「ヒト」「モノ」「カネ」「ライフライン」「情報」という5つの観点で整理をしていきます。 このように業務の評価と分析をきちんと行うことで、事業継続の可能性を確実に高める計画を立てられます。 ▶ 【STEP 5】エスカレーションの整理 続くSTEP5では、「エスカレーション」という考え方に基づいて、特定の条件下でどんな対応をしていくかをまとめます。エスカレーションとは、端的にいうと危険度に応じて適切な対応をとること。危険度は被害のレベルとほぼ同じ意味と考えてもらえるとわかりやすいかと思います。被害をこうむる立場の視点で危険度を4つの段階に分類し、それぞれのステージで起こすべきアクションを決めて、シートにまとめていきましょう。各ステージの大まかなイメージは以下のとおりです。 ステージ1:災害対応マニュアルなどを活用し、リスク発生から一週間ほどで業務を復旧できるレベル。 ステージ2:業務復旧に時間がかかり、一部の業務を縮小あるいは休止し、優先度の高い業務だけに絞って続けていくレベル。BCPを発動する段階。 ステージ3:事業所単位では業務の復旧ができないレベル。近隣の訪問看護ステーションに人員を融通してもらったり、一部の利用者さんの訪問を任せたり、連携型BCPを発動してサバイブしていく段階。 ステージ4:すべての業務を中断し、避難しなければならないレベル。場合によっては事業所をクローズすることも。東日本大震災などはこのステージ4にあたる。 ▶ 【STEP 6】計画のまとめと運用ルールの確認 STEP1〜5までの検討内容をひとつの文書にまとめます。シートや冊子など、形式は各事業所で使いやすい形を自由に選んでください。このSTEP6までのアクションで、事業所単位でのBCP策定は完了となります。しかし、BCPはつくることがゴールではなく、完成後はきちんと運用し、リスク発生時に確実に対応できる状態を維持することが必要です。そのためには、定期的に内容を見直す担当者は誰か、発動者は誰か、改めて整理しましょう。また、完成した文書がスタッフ一人ひとりに行き渡るようにする方法も考え、実践してくださいね。 ▶ 【STEP 7】「連携型BCP」「地域包括BCP」の策定 事業所のBCPが完成したら、自分の事業所だけでは対応できない事態になった場合の協力体制の検討、つまり「連携型BCP」や「地域包括BCP」づくりにも取り組んでみましょう。このとき、近隣の訪問看護ステーションに協力依頼をした際の診療報酬の請求ルールについても考え、協定や事前契約を結んでおくと安心です。 ▶ 【STEP 8】演習、トレーニングの実施 演習を行ってBCPで決めた行動をとれるか確認したり、方針や自分がやるべきことを覚えるトレーニングをしたりすることも重要なステップです。実際に動く中で、足りないことを発見できる可能性もあるでしょう。よりよい計画にアップデートするためにも、ぜひ時間をつくって取り組んでください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年9月27日
2022年9月27日

[4]教員との密な連携で、スタッフも学生も『やってよかった』と思える実習を!

この連載では、大変そう…と思われがちな訪問看護実習の受け入れについて意外とそうじゃないかも、と思ってもらえるようなあれこれをご紹介します。最終回の今回は、実習の実施にあたって順調に進める秘訣をご紹介します。 実習中の連絡方法を事前に取り決めておくことが重要 実習でお世話になっている訪問看護ステーションは、小規模のステーションが多く、受け入れていただける学生の人数が限られています。そのため多くのステーションに学生を受け入れていただいているので、実習中教員は複数のステーションを巡回指導することになります。 このような状況なので、いざ実習が始まってしまうと、なかなか実習指導担当者や学生との連絡が取りづらく、すれ違いになってしまう場合があります。まったく連絡が取れないと、教員、実習指導担当者ともに不安になると思うので、私は、必ず実習が始まる前に時間調整し、情報共有を図る機会を設けていただけるように訪問看護ステーションにお願いをしています。 実習中は直接会えないことも多いので、電話やFAX、メールを活用しています。話し合う必要がある場合、Web会議を設定することもあります。なるべく連携不足を解消できるような手段を講じていくことが大切ではないかと思っています。 また、これまでの経験から、実習前のほうが実習指導担当者とも連絡が取りやすいので、実習が始まるまでの間に、効率よく、かつ十分な情報共有を行う取り組みを行っています。 具体的には、訪問看護ステーションの基本情報の確認、実習の目的・目標・実施方法の共有を行っています。具体的な内容を順に説明していきます。 訪問看護ステーションの基本情報の確認 実習先の情報を学生にも把握してもらうため、訪問看護ステーションの基本情報をシートに記載しまとめています。図1に実際に使用しているシートをお示しします。 図1 実習時に活用している訪問看護ステーションの基本情報シート 青字は記載例。訪問看護ステーションの名称、所在地・行き方、実習指導に関わるメンバーの名前と連絡先、特記事項、服装、持ち物なども記載しています。このシートを見れば基本的なことは何でもわかるようにしています。 実習の目的・目標・実施方法の共有 学校側で定めた実習の目的や目標を訪問看護ステーションの実習指導担当者と共有します。そして、実習目標に到達できる実習方法をステーションの特徴に合わせて検討します。 実習の実施方法を具体的に検討することで、実習指導に必要な情報が見えてきますので、よりスムーズに実習を進めることができます。また、学校のほうで実習指導に活用してもらえる内容をまとめたファイルを作成し、訪問看護ステーションにお渡ししています。このファイルについては次の項目で詳しくご紹介します。 訪問看護ステーションに『学校発の実習ファイル』を設置 実習指導担当者からある時、指導する学生さんについてもっと知りたいという要望を受けたことがありました。実習に出るまでにどういったことを学んできているのか、学習への取り組み姿勢など、実習指導に活かせる情報を共有してほしいと言われました。 そこで、私の学校では『学校発の実習ファイル』を作成し、実習期間中ステーション内に置かせてもらっています(図2)。ファイルには、教員の連絡網や学生の実習配置表(どの学生がどこの実習先に行っているかをまとめた表)、実習要綱、学生の評価方法をまとめた資料に加えて、学生が実習までに取り組んできた課題やレポートなどを綴じています。他に、学生のアレルギー情報を記載した資料も入れています。 こういった資料を通して、学生のことを少しでも知ってもらいたいと考えていますし、実習への考え方を伝えることができればと思っています。 図2 実習ファイル このファイルには学生のアレルギー情報も記載しています。動物を飼っている利用者さんもいらっしゃるので、動物アレルギーの有無は事前にお伝えしています。なお、ファイルは実習終了後に回収します。 学校側はこんなことを知りたいと思っています 最後に、学校側から訪問看護ステーションの方へのお願いとして2つあります。 連絡の取りやすい時間帯を教えてください 実習指導担当者は、訪問看護業務のためステーション内にいらっしゃらない時間や申し送り、定例会議の時間帯があるかと思います。そういった時間を避けて、比較的連絡がつながりやすい日時を教えていただければ、タイミングのよいときにこちらからご連絡します。カンファレンスの日程調整や実習指導のお打ち合わせもスムーズに進むと思いますので、ぜひ学校側に遠慮なく『この時間なら空いているよ!』と声をかけていただけるとうれしいです。 訪問看護ステーションのスタッフの方からも実習に対するご意見を伺いたいです 我々教員は、管理者や実習指導担当者とお話しする機会は多いのですが、他の訪問看護師やリハビリテーションのスタッフとは、実習開始後の巡回指導のとき以外、交流する機会がほとんどありません。限られた時間しかお会いできませんが、実習指導に関して日ごろ感じていらっしゃることなどを気軽に話していただけると幸いです。教員の多くは、スタッフのみなさんとも交流を深め、指導に関する助言や考えに触れたいと思っているのではないでしょうか。 実習以外の交流も進めています! 私の大学ではちょうど実習が始まる前の時期に在宅看護の実際をテーマにした講義を実習先の訪問看護師の方にお願いしています。 学生にとっては現場の訪問看護師から直接話を聞ける機会であり、訪問看護師さんにとっては実習前に学生の雰囲気を感じてもらうよい機会になっています。また、実習が始まれば、講義で一度会っているので、共通の話題もあり、コミュニケーションを図りやすいそうです。 講義を引き受けてくださった「訪問看護ステーション彩」の管理者・上野朋子さんは、授業の資料準備は大変だけれど、準備の過程で日々実践している訪問看護の振り返りができ、学生に伝えたいことを整理するチャンスになっていると話してくれました。 「ニーズ訪問看護・リハビリステーション西大宮」の所長・金子孝奈さんは、大学での講義について、看護の実践や経験などを後輩に聞いてもらえることをうれしく思うと話してくれました。 * 今回、この記事の執筆をきっかけに日ごろお世話になっている訪問看護ステーションの管理者や実習指導担当者に、訪問看護実習の受け入れについてじっくりとお話を伺うことができました。 みなさん、未来を担う訪問看護師の育成に少しでも貢献したいという気持ちで受け入れてくださっていることがわかり、学生を送り出す側として感謝の気持ちでいっぱいになりました。 この記事を通して訪問看護実習の受け入れについて、読者の皆様に少しでも関心を持っていただければ幸いです。 ■取材協力者(登場順)訪問看護ステーション彩~いろどり~管理者 上野 朋子さんhttps://tact-company.com/ ニーズ訪問看護・リハビリステーション 西大宮所長 金子 孝奈さんhttps://www.needs-houmonkango.com/ 執筆 王 麗華大東文化大学 スポーツ・健康科学部 看護学科 教授 ●プロフィール1999年、国際医療福祉大学保健学部看護学科を卒業。看護師と保健師資格取得後、地域の病院と訪問看護ステーションでの勤務を経験。その後、国際医療福祉大学看護学科准教授などを経て、2018年より現職。 記事編集:株式会社照林社

コラム
2022年9月27日
2022年9月27日

在宅医療はおもしろい! 〜全員主役の理想的なチーム医療〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は在宅医療を支える、ドーナツ型のチーム医療のお話です。 医療現場のチームの形 一言で「医療現場」といっても、さまざまな医療現場があります。高度な医療を必要とする患者さんを診る大病院、地域の医療を支える中~小規模の病院、長期療養型の病院や、在宅医療など、それぞれで、求められる医療形態は異なります。 従来型の医療現場は、医師を頂点にした「ピラミッド型」によく例えられます。これは、医師が治療方針を決めて、看護師をはじめとした医療スタッフに指示を出して治療を進めていくものです。シンプルで、比較的少ない医療スタッフで多くの患者さんを診ることができ、効率的な方法です。一方で、他職種の意見や、何よりも患者本人からの細かい声が医療現場に届きにくいデメリットがあります。 最近では、疾患にもよりますが、患者さんの治療とともに、その後のリハビリテーションや社会復帰を共通のゴールとして、医師を中心に看護師や理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などのリハビリスタッフ、薬剤師、社会福祉士など、多職種が協力・連携する「チーム医療」が主流になっています。 そんなチーム医療のなかでも、理想的な形が在宅医療だと私は思います。 在宅医療現場でも、もちろん医師が治療方針を決めるのですが、生活の基盤をつくるのはヘルパーさん・看護師さん・リハスタッフさんたちです。皆それぞれ自分にしかできない役割を果たしながら、強い横のつながりでチーム一丸となって私を支えてくれています。 私の家の場合 ~ドーナツ型の医療体制 医師は毎週往診に来て、薬剤の調整や、気管カニューレ・胃瘻カテーテル交換などの必要な医療処置を行い、一週間の経過や今後の注意点などを総括して、各訪問看護ステーションや訪問介護事業所に連絡してくれます。 看護師さんはそれをもとに、毎日の体調管理や人工呼吸器の管理などの医療的なケアから、筋肉や関節の拘縮予防のマッサージや入浴介助など、日々の生活に必要なさまざまなケアをしてくれます。 理学療法士さんはLICトレーナー(肺を膨らませた状態を維持して、肺や胸郭の柔軟性を保つ道具。後々紹介します。 ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を用いた呼吸理学療法や、拘縮予防のストレッチ全般を行なってくれます。また、私の所に来てくれている理学療法士さんは作業療法士さんの役割も兼任してくれており、タブレットを操作するスイッチの調整など日常生活に必須な機械類の整備をしてくれます。 言語聴覚士さんは、私に合った食事方法を食材ごとに考え、食事介助をし、それらをまとめてレシピノートを作成して、ヘルパーさんに伝達してくれます。この連載第3回( 在宅療養開始 ~スーパー理学療法士(PT)現る!~ 参照)で最後の食事の話を書きましたが、その後気管切開+声門閉鎖手術を受け誤嚥のリスクがなくなり、再び食べることができるようになりました。ただ、舌はほとんど動かせず、飲み込む力もかなり弱いため、食事形態や食べ方には工夫が必要です(後々紹介します。「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!参照)。 薬剤師さんは、医師の処方箋をもとに薬剤を自宅まで届けてくれ、「お薬カレンダー」に朝・昼・夕・就寝前の薬剤をセットして日々の薬の管理をしてくれます。 そしてヘルパーさんは、口腔内・気管内の吸引や、カフアシスト(強制的に咳を出す機械。後々紹介します。ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を使った排痰ケアや、食事介助や口腔ケア、入浴介助、細かい体位変換や、天井走行リフトを使ってトイレや車いすに移乗したりと、日常生活のほとんどすべてをサポートしてくれます。また2人介助で毎週外出もしています。 皆さんとても思いやりのある細やかなケアをしてくれます。 このように、それぞれの職種の人たちがお互いに情報を共有しながら、多面的に私を支えてくれています。これはまさに、患者を中心とした「ドーナツ型」の医療体制であり、理想的なチーム医療の型だと思います。 わが家のクリスマス会 コロナの第5波が落ち着いて、東京都の感染者数が二桁になった2021年12月上旬に、感染対策もしっかり行ないながら、わが家でクリスマス会を開催しました。 主治医はもちろん、看護師・理学療法士・言語聴覚士・ヘルパーさんなど多職種の人たちが集まってくれました。私も言語聴覚士さんに介助してもらいながら、皆さんが持ち寄ってくれたおいしいお酒や食事を味わいながら談笑したり、その横で、22歳の若いヘルパーさんと主治医が将来の在宅医療や介護士不足の問題について熱く語り合っていたりと、とても楽しくて居心地の良い時間でした。 ただの食事会ですが、そこには何の上下関係もなく、皆が横の絆でつながっている、理想的なチーム医療の縮図を見たような気がしました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

特集 会員限定
2022年9月20日
2022年9月20日

【セミナーレポート】vol.2 具体的なBCP策定手順 前編/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~

2022年6月24日(金)、NsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~」を開催しました。講師は、厚生労省の「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」のメンバーであり、訪問看護ステーションの所長として現場でも活躍する、WyL株式会社 代表取締役の岩本大希さん。セミナーレポート第2回となる今回は、セミナーで紹介された全8STEPのBCPの策定方法のうち、STEP1〜3(平時の備え〜リスク発生直後)までをまとめます。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】岩本 大希さんWyL株式会社 代表取締役/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長/看護師・保健師・在宅看護専門看護師2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営(2020年12月現在)。訪問看護現場におけるBCPの重要性にいち早く着目し、2021年には厚生労働省が推進する研究事業(厚生労働科学特別研究事業)「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」に参画。 目次▶ 【STEP 1】BCP策定の目的や方針、体制の決定▶ 【STEP 2】リスクの分析・評価 ・リソースを確認する ・リスクを抽出し、マッピングする ・リスクごとにシナリオを作成する ・各シナリオのリスク値を算定し、優先度を整理する ・対策の検討体制を決める▶ 【STEP 3】緊急・初期対応の整備 ・アクションカード ・マネジメントカード --> ▶ 【STEP 1】BCP策定の目的や方針、体制の決定 まずはBCP策定の目的と基本方針を明らかにするとともに、検討チームの体制を整えます。誰がルールづくりを主導、あるいは見直すのか。有事の際に「BCPを発動します」と宣言する発動者は誰か。また、その担当者が何らかの事情で機能しないとき、次点は誰か。そこまで考えておけると安心です。なお、体制の構築においては、管理者や意思決定者だけでなく現場のスタッフまで巻き込むことがポイント。みんなでつくることで、いざ発動したときの実行可能性を高められるでしょう。 ▶ 【STEP 2】リスクの分析・評価 続いて、以下の手順で事業所が抱える現状の課題を把握していきましょう。 リソースを確認する まずは、事業所のリソースを整理することから始めます。例えば、有事の際にどれくらいの人員がすぐに対応できるのかを考えてみましょう。歩いて事務所に来られる距離に住んでいるのは誰か。育児や介護などの制限がなく、夜間でも動きやすいのは誰か。プライバシーに配慮しつつ、可能な範囲でお互いの状況を理解しておくことが大切です。 リスクを抽出し、マッピングする 次に、天災や事故、人災など、起こりうるリスクを抽出し、マッピングしていきます。『人命や事業の継続に対する影響』を縦軸にして大きいものほど上に、『頻度』を横軸にして高いものほど右にリスクを配置していきましょう。つまり、右上に位置するリスクほど警戒しなければならないということになりますね。 なお、土砂崩れや水害が起こりやすい地域や地盤が弱い地域など、立地によって特徴が異なるため、このマッピングの結果はさまざま。事業所の環境などを改めて確認し、反映してください。マッピングが完了したら、その結果を「リスクアセスメントサマリー」として、簡単な文章にまとめます。「●●は頻度が高いので確実に備えが必要」「●●(大地震など)は頻度こそ低いが起こったとき影響が極めて大きく、長期的な備えが必要」などといった形です。 リスクごとにシナリオを作成する 抽出したリスクごとに、「ヒト」「モノ」「カネ」「ライフライン」「情報」5つの観点でシナリオを作成します。どんな『最悪の事態』が起こるかを具体的に想定する作業です。例えば、地震が起きたときのことを少し考えてみましょう。「ヒト」に発生する悪いシナリオとしては、安否確認ができない、交通網が断絶あるいは運行していない時間帯で参集できない、訪問先で被災した、などといったことが挙げられます。そうやって整理していくと、さまざまなリスクに共通する要素、つまりは早急に対応すべき課題が見えてきます。 各シナリオのリスク値を算定し、優先度を整理する シナリオを作成したら、それぞれの「リスク値」を計算しましょう。以下の基準でシナリオの影響度を1〜3点、脆弱性を1〜4点で評価し、「脆弱性×影響度」で算出します。 <影響度→シナリオが起こったときの影響の大きさ>1点:あまり/ほとんど影響がない2点:影響はあるが、業務中断には至らない3点:影響は極めて深刻<脆弱性→シナリオについて対策がどれくらいとられているか>1点:十分な対策がとられており、定期的に点検もしている2点:対策はとられているが、たまにしか点検していない3点:対策はとられているが、まったく点検していない4点:まったく/ほとんど対策がとられていない/わからない 『リスク値が高いシナリオ=優先して対策を練るべきシナリオ』となります。とくに9点以上になるものは早急に着手しなければなりません。 対策の検討体制を決める 対策を立てるべきシナリオが明確になったら、優先度が高いものから検討体制を決めていきましょう。誰がいつまでにやるのかを明確にし、放置されないようにしてください。 ▶ 【STEP 3】緊急・初期対応の整備 続いて、緊急・初期対応を考えていきます。基本的には既存の災害対策マニュアルを使用してもらえれば問題ないかと思いますが、以下のツールも用意し、状況に合わせて活用するといいでしょう。 アクションカード 何らかのリスクが発生した際に配る『やることリスト』が記載されたカードです。例えば病院なら、「●●号室の電気を確認する」「自動ドアを開ける」などと書かれたカードを師長が配布し、スタッフはそのとおりに行動します。 ただし訪問看護ステーションの場合は、リスク発生時にスタッフが事務所にいるとは限りません。そのため、起こすべき行動を訪問先や移動中、事務所、自宅など、場所ごとに分けて記載する必要があります。さらに、どこにいてもカードを見られるようにすることもポイント。印刷してラミネートしたものを携帯させたり、PDFデータにして配布、もしくは電子カルテに取り込んだりして、全員が必ず取り出せるようにしておきましょう。 また、カードには「自分の安全確保を最優先にし、帰宅できる場合は自宅に戻ってほしい」など大原則となる方針を記載し、全員で意識を合わせておくのがおすすめです。スタッフが自身を犠牲にして業務にあたってしまう可能性を排除できます。 マネジメントカード マネジメントカードは、予兆がある、すなわち準備する時間があるリスクへの備えとして使います。例えば台風なら、自治体が発出する警報のレベルに合わせて対応を記載。安否確認や避難誘導、土嚢を積むなど、いつまでに何をすべきかをまとめておけば、それに沿って的確に行動できるでしょう。そのリストを一枚のカードにまとめておくと、実行可能性が高まります。 また、上記のようなツールを準備するとともに、緊急指揮命令系統と安否確認の手順の取り決めもしておいてください。安否確認については、利用者の疾患や家族構成などを基準にあらかじめカテゴリー分けしておき、カテゴリーごとに担当スタッフを決めておくとスムーズです。 次回は「vol.3 具体的なBCP策定手順 後編」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年9月20日
2022年9月20日

[3]実習の負担軽減は準備次第! 受け入れ時に役立つ工夫・ノウハウ

この連載では、大変そう…と思われがちな訪問看護実習の受け入れについて意外とそうじゃないかも、と思ってもらえるようなあれこれをご紹介します。今回は、実習を受け入れる場合、訪問看護ステーションの側でどういった準備を行えばよいかご紹介します。 実習受け入れ前の準備が大切 実習を受け入れることになった場合、実習受け入れ前の準備がとても大切です。訪問看護ステーションで行う実習前の主な準備としては次のようなことがあります。 ・施設オリエンテーションの準備 ・実習内容の確認 ・学生を受け入れるにあたってのルールづくり ・同行訪問可能なご家庭の選定 ・カルテの取り扱い(電子カルテではあれば学生専用のID・パスワードの設定など) ・実習指導担当者の受け持ち利用者さんの調整 ・実習費に関連する書類の作成 など今回は、ステーションの管理者の方からどうすればよいか質問を受けることの多い、学生を受け入れるにあたってのルールづくりと同行訪問可能なご家庭の選定について準備のコツをご紹介します。 実習に関する取り決めはスタッフとも共有 学生の受け入れにあたっては、ステーション内で主に以下のことを取り決めておくとよいでしょう。 ・学生の待機場所や休憩場所、持ち物の置き場 ・実習の集合時間 ・学生の服装 ・学生の持ち物 ・学生がカルテを閲覧するときの方法 など 「集合時間」は、学生が訪問看護ステーションに入室可能な時間にするとよいです。ステーションが開く前に学生が着いてしまうと、病院や施設と異なり、外で待機することになります。特に住宅街にあるステーションでは、近所の住民の方のご迷惑になることもあります。ですので、確実に学生が入室できる時間に設定し、学生には時間厳守であることを伝えます。なお、ビル内にあるステーションの場合、呼び出し方なども取り決めておきます。 また「持ち物」では、季節に応じて訪問先への移動時に必要となる防寒・防暑対策など細やかな指示が必要です。冬季であれば耳当てやカイロ、夏季であればサンバイザーなどを各自で用意するように伝える訪問看護ステーションもあります。自転車や徒歩で訪問する場合には必須の注意事項ですね。 「カルテを閲覧するときの方法」は、第1回でも触れましたが、個人情報保護の観点から学生専用のID・パスワードを用意しておきます。また、スタッフには、スタッフがいつも使用しているID・パスワードは、学生に教えないように伝えておきます。 こうした取り決めは、オリエンテーション用の資料にまとめておき、学生だけでなく、スタッフも閲覧できるようにしておくとよいでしょう。実習指導担当以外のスタッフが学生から質問を受けたときに、スムーズに対応できます。 受け入れ家庭選定のポイント 実習の受け入れ準備の中でとても大切なのが、実習を受け入れていただけるご家庭の選定です。受け入れ家庭の選定は、利用者さんの状況、利用者さんと学生の両方の立場、訪問看護師の業務の状況などをふまえて行います。利用者さんの状態によっては、学生の同行が負担になる場合もあるので、基本的には次のような条件を満たすご家庭を選定するとよいでしょう。 ・病状や精神状態が安定している ・週に1回以上の訪問を受けている ・学生の同行訪問に同意している 受け入れ可能なご家庭を選んだら、学校の教員と実習指導担当者で打ち合わせをし、学生が受け持つ利用者さんを具体的に決めていきます。 決め方としては、学生が希望する疾病や日常生活動作(ADL)の程度に合わせて決める場合もあれば、利用者さんの状況やスタッフのマンパワーをふまえて、訪問看護ステーション側で対象となる候補をリストアップする方法もあります。他に、小児の訪問看護が多いステーションでは、学生が小児の在宅看護を学べる機会と考え、ステーションの特徴を活かした候補を挙げてくださる場合もあります。 そして、実習の開始前に、学生の同行訪問について利用者さんとご家族に同意を得ます。実習が始まる数ヵ月前に同意を得るステーションもあれば、訪問看護契約時に同意を得るステーションもあります。 契約時の場合、例えば、施設紹介の際に「学生の実習を受け入れることがあります」と説明し、看護教育に携わっていることをあらかじめ伝えておくと理解が得られやすいです。また、契約書に学生の同行訪問について意思確認できるチェック項目を設けることで、候補のリストアップもしやすくなりますね。 このように同意の取得にあたっては、利用者さんやご家族に対して、訪問看護実習へのご協力の同意が得られていることを確認できるしくみづくりが必要です。 電子カルテの画像情報を活かした実習準備 ここで日ごろの訪問看護業務を行いながら、電子カルテのシステムを活用し、学生の実習準備をしてくださっているステーションをご紹介します。 「訪問看護ステーション彩」の管理者である上野朋子さんは、利用者さんとご家族から許可を得て、普段から利用者さんの療養環境や使用中の医療機器の写真を撮っています。そして、画像をカルテに保存し、学生との情報共有に活用されています。 このコロナ禍で実習時の同行訪問が難しいケースもあるため、なかなか現場に行けない学生にとって写真が貴重な情報源になっているそうです。在宅酸素療法や点滴、吸引などが在宅でどのように行われているのか、写真を通して情報収集でき、利用者さんに実施しているケアや利用している医療機器についても理解しやすくなります。 また、学生だけでなく、スタッフにとっても担当以外の利用者さんの状態がよくわかるため、ステーション内の情報共有にも役立っているとのことでした。 ■取材協力者訪問看護ステーション彩~いろどり~管理者 上野 朋子さんhttps://tact-company.com/ 執筆 王 麗華大東文化大学 スポーツ・健康科学部 看護学科 教授 ●プロフィール1999年、国際医療福祉大学保健学部看護学科を卒業。看護師と保健師資格取得後、地域の病院と訪問看護ステーションでの勤務を経験。その後、国際医療福祉大学看護学科准教授などを経て、2018年より現職。 記事編集:株式会社照林社

特集
2022年9月20日
2022年9月20日

安心感をどう作るか③ 心理的安全性が安心して働ける職場を作る

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。今回は、岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山の野崎加世子さんです。 お話野崎 加世子岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山 管理者 2020年1月、新型コロナウイルス感染症がまだまだ遠い所の出来事だったころ、職員の一人に「利用者さんに感染者が出たら、訪問するのですか?」と尋ねられました。 今までとは違う怖さ 職員の質問に、管理者の私は「いつもどおりの感染対策で」と答えられませんでした。以前のSARSやMERSとは何かが違う感じがありました。看護師になって43年、訪問看護を続けて30年、私自身の看護師歴のなかで、初めて味わう怖さでした。 特に流行初期のころ、新型コロナウイルス感染症はその正体がわからず、得体の知れない不気味さがありました。 感染対策チームを立ち上げる 感染拡大が避けられないものになりはじめた2020年3月、「新型コロナウイルス感染対策チーム」を立ち上げました。 私たちのステーションは、利用者が500人を超える大規模事業所です。居宅介護支援事業所、重度の方を対象としたナーシングデイなどを併設し、60人の職員がいます。感染対策チームは、当初管理者だけがメンバーとなりましたが、現場の声を反映させるために、各事業所の代表も加わりました。 主な活動は、国や自治体などからの通達の確認や最新情報の収集です。また、感染管理認定看護師を招いて、全事業所の感染対策について具体的な意見をもらいました。 最新情報を全職員に届ける そうした情報を感染対策チームは、「新型コロナウイルスニュース」として全職員向けに発行。職員は、各自に配布されたタブレット端末ですぐに確認することができます(タブレットは情報発信、周知のツールとして非常に有効でした)。 ニュースには、ほかの感染症との違い、濃厚接触者の新定義、訪問時や職場での感染対策、PPE(個人防護具)の正しい装着法などの最新情報を掲載しました。これにより、「正しく恐れる」ことができるようになりました。また、法人の考えかたや、濃厚接触者に対する処遇方針などを掲載することで、「組織は、職員の安全を最優先に考えてくれる」という安心感を届けることもできました。 不安の中身を知る 一口に「不安」といっても、その種類や度合いは、職員一人ひとりで違います。そこで、日本赤十字社の「COVID-19対応者のためのストレスチェックリスト」を活用し、「不安の見える化」を行いました。すると、「怖い、怖い」と口に出している職員よりも、黙って仕事をしている職員のほうが、多くのストレスを抱えていることがわかりました。 自分の素直な気持ちを口に出せない職場は、「心理的安全性」の低い職場です。それは、私たちの目指す職場ではありません。職員の本当の気持ちを知るために、全職員と1対1の面談を行いました。一人あたり20〜30分。面接時の距離、換気、時間など感染対策を行いながら、1対1で行った面接には、とても意義があったと感じています。 「訪問したくない」と言える雰囲気 面談で配慮したのは、「訪問したくない」「とても怖い」など、自分の気持ちをオープンにしてもいいんだという雰囲気づくりです。 訪問したくない理由は、人それぞれです。家族に小さい子どもがいる、年老いた親の介護をしているなど、はっきりした理由もあれば、漠然と「怖い」と思う人もいます。感染したくない、感染させたくない……。看護師だって人間です。「看護師だから『怖い』と言ってはいけない」ということはありません。 「発熱など感染の疑いのある利用者宅に訪問したくないと職員が言った場合は、私たちが訪問しよう」と管理職どうしで合意していました。その覚悟のうえで職員の言葉に耳を傾けたから、職員は胸の内を話せたのだと思います。 「心理的安全性」の高い職場 不安や恐怖心は、変化します。身近な人が感染すれば、他人事ではなくなります。「看護師さんがいる家だから」と、地域で差別的な扱いを受ける職員も出てきました。 ストレスチェック、個人面談、さらには、アンケートを繰り返しながら、いつでも不安な気持ちを口にすることができる雰囲気、まさに、「心理的安全性」の高い職場づくりを心がけていきました。 そんなある日、一人の看護師が訪問で濃厚接触者となりました。そのころは2週間の自宅待機です。その職員は、「みんなに迷惑をかけて申し訳ない」と言います。でも、「謝る必要なんかない」とほかの職員たちは思っています。 私は、ほかのチームに応援を要請したことや、その職員が担当していた利用者さんの様子を電話で伝えるとともに、地元で評判の饅頭を自宅玄関先にそっと置きました。 チームの仲間も、代わる代わる買い物を代行するなどして自宅待機を支えました。その姿を見て、ほかのチームも心強い仲間の存在を感じたことと思います。安心して働くことができる、そんな職場風土は、私たちにとって、かけがえのない財産になりました。 ―第5回に続く  記事編集:株式会社メディカ出版

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