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特集
2022年6月7日
2022年6月7日

[8]ぜひ活用してほしい、ご家族向けの文書(またはパンフレット)

ご家族の心配が少しでも軽減されるよう、死後の身体変化や冷却の重要性などあらかじめご家族にお伝えしたいことは多くあります。限られた時間の中でもきちんと整理してお伝えできるように文書の活用をおすすめします。連載の最終回ではご家族向けの文書についてご紹介します。 訪問看護師Aさんの経験談 訪問看護師のAさんから伺ったお話です。Aさんが担当していた80代前半の女性Bさんは、彼女の夫Cさんが中心となって世話をし、在宅療養をされていました。やがてそのときが来て、Aさんはエンゼルメイクなどを行ってその日はBさんのお宅を辞したそうです。 翌朝、Bさんの娘さんからAさんに電話があり「急いで来てほしい」という依頼がありました。Aさんが何とかスケジュールを調整してBさんのお宅を訪れると、夫のCさんがしょげ返っていました。 集まっていた娘さんたちは、まるで子供が先生に言いつけるかのように、Aさんに出来事を話したそうです。 「父が母のそばに一晩中付き添っていたのですが、母の顎の下に挟んであるタオルを外したようなんです。そしたら母の口が開いて、父がその口に食べ物を入れて、噛んでもらうように顎を何度も押して、また食べ物を口に入れて顎を押すというのを夜中に繰り返したらしいのです。父がそんなことをしていたからでしょうか、顎のところがひどく変色してしまって、大変なことになったと思いまして。」 Aさんは、Bさんの顎の部分が何か所か変色しているのを確認しました。そして、口腔ケアをした後、念のため持参しておいたエンゼルメイク用のファンデーションを使って、変色した部分をカバーしました。Cさんが妻の食事介助を、やさしく声をかけながら行っていた場面を思い出しながら……。 Cさんや娘さんたちにAさんはこう伝えました。「Bさん、おいしかったかもですね。亡くなられた後は、どなたも肌が弱くなり、圧迫すると変色しやすくなります。ファンデーションでカバーしましたので、今後、もし色が気になるようでしたら上からカバーして差し上げてください。」Cさんも娘さんたちも、安心したようにうなずいたとのことです。 ご家族への説明に文書を活用 Bさんのご家族のケースでは、担当の訪問看護師であるAさんがすぐに駆けつけることができました。でも、もし看護師が訪ねることができなかったなら、ご家族の困惑は続き、ますます不安が膨らんだかもしれません。 エンゼルケア時には、・ご家族の心理状態が平静ではない・ご家族は心身ともに疲れている場合が多い・ケアの時間には限りがあるなどの理由で、必要なことを説明しきれない場合が多くあります。たとえ適切な説明ができてご家族がうなずいていたとしても、頭に入っていないこともあります。 このように口頭でのご家族への説明には限界があるわけです。そこで、後で確認ができたり、見返すことのできる、必要な説明をまとめた文書をお渡しすることをおすすめしています。そうすれば、エンゼルケア時には、思い出などを話す余裕も生まれます。 ぜひ、各事業所で作成し活用していただきたく、文書に盛り込みたい内容についてその項目を以下に記しましたので参考にしてください。 ・ご家族への挨拶文・死後の身体変化のとらえ方(変化は自然現象であり、異常ではないことも含めてまとめる)・冷却の重要性・主な死後変化への対応(出血や漏液、死後硬直など)・身だしなみの整えやならわしへの対応・ケース別の対応(黄疸のある方、ペースメーカーが入っている方、拘縮のある方など)・グリーフワークについてなど また、そのままご家族にお渡しできる文書もご用意しました。[お役立ちツール]からダウンロードできますので、よろしければお使いいただければと思います。皆さんの事業所でオリジナルの文書を作成されるときの原案としてもご活用ください。 ワンポイントメモマニュアルは継続的に検討し、刷新を重ねていく事業所のスタッフの皆さんが、その場の状況に応じて、柔軟に判断し、安心してエンゼルケアを行えるように、基本的なケアの流れや手技などをまとめたマニュアルを作成しておくとよいでしょう。ただし、エンゼルケアは、事業所のスタンスをはじめとして検討すべきことが多いです。また、看取りの在り方や家族のありようなどの変化に応じて、対応を調整していく必要もあります。そのため、マニュアルは暫定的なものとし、継続的に検討し、少しずつ刷新を重ねていくことをおすすめします。担当看護師のグリーフワークにもつながるデスカンファレンスデスカンファレンスは、臨終時やその前後のケアを中心に振り返り、ディスカッションをとおして今後のケアの質の向上を主な目的として行います。実施の規模やタイミングは事業所の考え方に応じて決めていただくとしても、これは必ず実施していただきたいと考えています。デスカンファレンスを行うことが、担当看護師ならではのグリーフワークの助けになることと思います。また、亡くなられた方にかかわった多職種によるデスカンファレンスの実施もその後の連携にプラスに働くのではないでしょうか。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年6月7日
2022年6月7日

褥瘡のせいでムセる? 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、口腔機能には大きな問題がないのに、ムセがみられた事例を紹介します。 褥瘡による食生活への影響 娘さんの手料理とお孫さんの訪問を楽しみにしていた96歳の女性が、褥瘡を発症しました(DESIGN-R® 10点)。皮膚科医師による治療や管理栄養士による対応により改善したものの、さらなる問題が発生。チーム医療の連携によって健康な食生活を取り戻した事例を紹介します。 初診時は重篤な嚥下障害なし 事例 Gさん、96歳女性。要介護5、難聴、軽度認知症の疑い。常時寝たきりで褥瘡あり。残存歯数20本。 部分義歯の緩みのため、内科からの紹介があり、初回訪問となりました。まずは、歯科医師が部分義歯の緩みを調整しました。 嚥下評価は、緊張感と難聴のため、すぐには反応がないこともしばしば。ベッド上での嚥下評価(スクリーニング検査)は、オーラルデイアドコキネシス(ODK)注1は不明瞭。しかし、反復唾液嚥下テスト(RSST)注2や改訂水飲みテスト注3は、年齢的にはそれほどの問題もなく、おおむね準備期から咽頭期(連載第3回を参照)まで、特に重篤な嚥下障害は認められませんでした。 初診時の嚥下評価 RSST注22回/30秒ODKパ2回/秒、タ0.8回/秒、カ0回/秒改訂水飲みテスト注34点 頸部聴診音清明頬の膨らまし左右 十分できる食べこぼしなし 口腔衛生面では、口腔乾燥と、舌に軽度の舌苔付着がみられ、家族の協力も得られたので居宅療養管理指導にて月1回の訪問となりました。 間接訓練は、ブローイング(シャボン玉吹き)、パタカラ発声、口舌のストレッチを指導するのみで、しばらくはこのまま安定した状態が続くかと思われました。しかし、褥瘡が大きくなってきたと、訪問看護師からの情報提供がありました。 皮膚科治療と栄養指導で褥瘡が改善 内科から、皮膚科と管理栄養士の介入の要請がありました。 すぐに皮膚科医が診察し、デブリードマン(壊死組織に対する切除洗浄ほか)が行われました。そして、表皮形成促進作用のある噴霧剤が処方され、訪問看護師と連携し、創面の洗浄などに使用するよう対応をしました。 褥瘡治癒の過程には栄養が必須であり、低栄養では治癒が遷延します。Gさんの場合は、管理栄養士によると「摂取している総エネルギー量は600kcal/日で、全体的に低栄養の疑いがある」とのことでした。 さまざまな栄養補助食品の提案をしましたが、家族の意向で一般の食品の中からアイスクリームやプリン、おしるこを追加することになりました。褥瘡への対応として、アルギニン注4や亜鉛等が配合された栄養補助飲料を紹介すると、毎日欠かさずに飲むようになったそうです。 3か月ほどで、訪問看護師から、創面の表皮の形成がみられてきたと報告がありました。 今度はムセが頻発 ところが、Gさん宅から戻った管理栄養士から、再度の嚥下評価の依頼がありました。今度はムセが頻発するようになったのです。 再評価をしたところ、点数は前回の評価とあまり変化はなく、SpO2も94~96%と安定していました。 ただ、前回は車いす上で食事をしていたが、最近は、褥瘡への負担を心配してベッド上(セミファーラー位15~30度)での食事をしているとのことでした。食形態を確認すると煮魚や軟飯など、咀嚼できることを意識した、UDF区分の「容易にかめる」に近いことがわかりました。 ムセは咽頭期の症状ですが、臥床に近い姿勢が、準備期での咀嚼機能と口腔期の送り込みに影響して飲み込むときにムセが生じた、つまり食形態と姿勢がうまく適合していなかった可能性が十分に考えられました。 食事の姿勢でムセやすくなる 口腔機能に問題がないのにムセがみられる場合に、注意することは、姿勢です。 ムセにくい安全な食事時の姿勢は、起座位です。下にずり落ちやすい場合は、膝の下と足の裏をクッションなどで補正します。さらに、顎はあげずに、引くようにして食べてもらいます。しかし、Gさんの場合のように、仙骨に負担をかけまいと臥床に近い姿勢を優先するのであれば、舌などの飲み込みに重要な役割を担う口腔周囲筋群が重力の影響を受けます。 幸い、Gさんはその後、褥瘡の改善で、起座位に近い姿勢(60~90度)が可能になりました。それによってムセずに食事ができるようになりました。 96歳という年齢でも、内科・皮膚科・栄養・歯科にわたる、各チームの専門性が生かされた連携が奏功し、半年後には褥瘡もほとんど治癒するまで回復された事例でした。 次回は、脳血管障害後の胃瘻の方に、食事時の姿勢調整などで経口へ導いた事例を紹介します。 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする注2 反復唾液嚥下テスト(RSST):65歳以上では、3回/30秒で正常注3 改訂水飲みテスト:3mLの冷水を飲み、呼吸や嚥下の状態を評価する。4点以上でほぼ正常注4 アルギニン1):アミノ酸の一種。創傷治癒時に優先的に消費され、「条件付き必須アミノ酸」といわれる 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 【参考】 1)田村佳奈美.アルギニン.『Nutrition Care』9(7),2016,32-3.

インタビュー
2022年6月7日
2022年6月7日

vol.1 訪問看護サービスが株式上場するメリット/デメリット

2022年2月3日、リカバリーインターナショナル株式会社が東証マザーズに上場。訪問看護サービス事業を専門に行う会社として、唯一の上場企業(2022年3月現在)となりました。その代表取締役社長である大河原さんに、上場を決めた理由やそのメリット・デメリット、訪問看護業界の課題などについてうかがいました。全3回でお届けします。 Profile/リカバリーインターナショナル株式会社代表取締役社長/看護師大河原峻 看護師として9年間、手術室や救急外来・ICUなどで従事。27歳のとき参加した海外ボランティアを通して、アジア各国では在宅看護が当たり前であることを目の当たりにする。「在宅死を希望する方の願いを、地域に密着し、もうひとりの家族のような存在で叶えていく。そんな訪問看護ステーションを運営したい」という想いを抱き、帰国後2013年にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。現在18店舗を展開(2022年4月現在)。 目次▶ 株式上場を考えたきっかけ▶ 上場することのメリット/デメリット▶ 上場企業として求められる内部管理▶ 訪問看護業界が抱える課題と会社としての取り組み ▶ 株式上場を考えたきっかけ ――まず、なぜ株式上場を目指そうと思われたのでしょうか? 理由は二つあります。まず一つは自社を含め、「訪問看護サービスを提供する会社の信用性」を上げたいと考えたためです。きっかけは、当社で働いていた社員が住宅ローンの審査に落ちたこと。勤務先が病院であれば問題ないはずの条件での審査落ちでした。さらに、採用活動を進めるなかで「訪問看護という仕事はよくわからないから不安だと、親に就職を反対された」という理由で内定辞退を受けることが重なりました。この経験から、働く人や家族が安心できる会社になるためには、病院のようなしっかりとした経営環境を整える必要があると感じ、その手段として株式上場を検討するようになりましたね。 二つめの理由は、訪問看護サービスを広く社会に知ってもらうためです。訪問看護師の人数、利用者様への情報伝達、いずれも不十分だと感じています。それを打破するためになにができるかと考えたとき、株式上場はどちらの問題に対しても解決の一助になると感じました。 ▶ 上場することのメリット/デメリット ――自社のメリットはもちろん、訪問看護業界全体へのメリットを見据えた上場なのですね。 そのとおりです。2025年までに15万人の訪問看護師が必要だと言われていますが、現在、訪問看護師の数は約9万人。看護師資格を持っている人は約150万人いるはずにもかかわらず、訪問看護師の数はその10%にも満たない状況です。当社が上場することで社会に訪問看護師の存在を知ってもらい、さらに、安心して働ける仕事であることが認知されれば、訪問看護師の人数を増やすことにもつながると考えています。 また、事業を進めるなかで利用者様から「もっと早く訪問看護を知っていれば良かった」という声をよく耳にします。業界への信用性や認知度が上がることは、潜在的な利用者様にとってもメリットとなるはずです。 ――上場することで想定されたデメリットはありますか? 上場企業として求められる内部管理のレベルは高く、それをキープするためにはコストがかかります。働きやすい環境づくりにコストをかけるよりも、個人への利益還元を優先してほしいと考える社員にとっては、デメリットだととらえられているかもしれません。また、IRなどを通じて経営状況をはじめとした多くの内部情報を開示することになるため、「他社から真似されるリスクがある」という声は社内で上がっていました。この点について私自身は、業界が栄える=当社も伸びるという考えです。多くのステーション様と一緒に業界全体を伸ばしていきたいですね。 ▶ 上場企業として求められる内部管理 ――上場に際して、会社の就業規定は変更しましたか? ケガや病気のときなどに、休業補償を利用して安心して休めるよう変更しました。また、残業を事前申請制にするなど、勤怠管理を徹底することで労働環境が向上するように改定しました。事務作業のバックオフィス体制も整備して、働きやすい環境づくりを進めています。 ――社員の方からはどのような反応がありましたか? ポジティブな反応ばかりではなく、ネガティブな反応もありましたね。新しくルールをつくると、雇用される側は窮屈に感じたり、よく思わなかったりする人もいます。とくに理解してもらうのが難しかったのが、残業の事前申請。勤務管理を適切に行うことは上場する上で必要ですし、社員の健康管理の面からも重要ですが、現場では「残業はいくらでも好きなだけやっていい」という感覚が根強い。現在でも浸透しきっているとは言い難い状況ですが、各拠点の残業を「見える化」することで社員の意識が少しずつ変わってきている手応えがあります。 ▶ 訪問看護業界が抱える課題と会社としての取り組み ――業界全体に対して感じている課題と、それに対する御社の解決策を教えてください。 訪問看護業界に根付いている古い文化の一つに「紙文化」があります。業務の連絡にFAXを利用しているケースも多く見られますが、現代において最善とは言い難い。当社ではメールやWEBシステムの整備などのIT化を進め、事務作業や電話対応も本社で一括化することで経営の効率化を図っています。勤怠管理も、もちろんWEBで行っています。 また、訪問看護サービスでは「広範囲エリア対応」が当たり前になっていますが、長時間の自動車運転による事故や看護師の疲労など、さまざまなリスクが生じます。当社ではステーションごとに担当エリアを明確に定めることで看護師の心身の健康を守り、利用者様数が増えてもきちんとケアできる体制を構築しています。 ――利用者を増やすために、どのような営業活動を行っていますか? あえて営業部門などはおかず、看護師と地域連携機関との関係性を構築することで利用者様を増やしています。具体的には、「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)」の徹底です。もちろん、どの訪問看護ステーションでも、ホウレンソウは意識をされていると思います。ただ、多くの場合、リスクの高い利用者様や問題が発生したときにしか連絡をしていないのではないでしょうか。当社は、とくに大きな変化がなくても「今日も変わりなく元気です」という日々の連絡を徹底しています。たとえ問題がなくても、毎日連絡をするということはご家族の不安を解消するためにとても大切。また、医師やケアマネジャーなど連携している他社の方から見ても、わざわざ確認しなくても、日々の状態がいつも把握できていることで、安心して仕事ができます。 ご家族や地域連携機関との信頼関係をしっかり築けば、自ずと依頼が来ます。看護師が当たり前のことをきちんとやることで利用者様を獲得する、というのが当社の営業活動です。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

インタビュー
2022年5月31日
2022年5月31日

希少がんの治験にいつか訪問看護師の力が

全国から被験者を募る希少がんでの治験では、訪問看護に期待できるものとしてプレスクリーニング時のオンライン診療の場などが考えられます。今回は、がんの治験に関する訪問看護の親和性を四つの観点から考えます。 砂川優聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 はじめに 今回は、がんの治験に関する訪問看護の親和性を、①がん治験の重要性と困難性 ②治験業務に求められるもの ③訪問看護が関与するオンライン診療のイメージ ④がん患者へのメリット ── の四つの観点から考えます。さらに、DCT(Decentralized Clinical Trial)普及の壁と訪問看護への期待に言及します。 ①がん治験の重要性と困難性 がん治験の対象になるのは、主に進行がんで、余命が告げられた患者さんも少なくありません。訪問看護に従事する皆さんは、そのような患者さん・利用者さんを対象にして、ケアを提供されているのだと思います。 がん治療において、治験そのものが治療となります。従来の薬では症状の改善が見込めない患者さんが対象であり、治験への参加が患者さんの生きる望みとなる場合だってあるのです。 ただ、希少な遺伝子異常を有するがんの場合、治験の対象となる患者さんを見つけるためには、100人検査して1人いるかというレベルで遺伝子異常を探し出す作業を必要とします。 こうした作業を、医療機関への来院に依存する従来型の治験で実施した場合、症例の集積がきわめて困難です。全国的に広く治験の対象となる患者さんを見つける必要性からもDCTは有効であり、さらに、DCTが普及すれば、在宅にいる患者さんに、プレスクリーニング、スクリーニング、そして、治験を実施できる可能性が生まれます。 ②治験業務に求められるもの 治験業務には、決められたプロトコールがあります。高い精度の実施および報告水準が求められ、誰が行っても同じ結果になることが必須です。 看護師という資格のうえに、研修等で治験に必要なスキルを積み上げれば、治験が求める水準の診療補助行為を実施することができるはずです。 こうしたことから、DCTの普及の条件の一つに、治験に対応できる訪問看護師さんの登場があると考えます。 ③訪問看護が関与するDCTのイメージ 治験参加中の患者さんには、採血、採尿、バイタル測定などの検査および観察を実施し、体調の変化や病状の回復具合を調べます。そのようなデータ収集を担うのが訪問看護師さんだとイメージしています。 また、オンライン診療で医師が診察をする際に、患者さんの横に訪問看護師さんが寄り添い、バイタル測定や五感をフル動員して観察を行い、医師に報告するといったDCTへの関与のしかたもイメージできます。 訪問看護師さんがいることで、在宅治験の精度が上がるのだと思います。 ④がん患者へのメリット 自宅などに居ながら治験に参加するにあたって、プレスクリーニングやスクリーニングを含め、患者さんの最も近くにいる訪問看護師さんたちのサポートがあれば、患者さん自身も安心して治験に臨めます。つまり、訪問看護師さんたちがいることで、患者さんが全国のどこに住んでいても治験といった治療を享受できる可能性が生まれます。 たとえば、「治験を実施している医療機関が近くにない」「医療機関が遠くてとても通えない」などと治験を諦めていた患者さん。または、「自分の疾患が治験の対象になるかもしれないという情報すら知らなかった」といった患者さんに、DCTの普及と訪問看護師さんたちの存在は、大きなチャンスを贈ることができるのかもしれません。 DCT普及の壁と訪問看護への期待 日本におけるDCTへの取り組みは、始まったばかりです。オンライン診療の信頼性をどのように確保するか、治験に参加している患者さんの状態を正確に把握するためにはどうするか、得られたデータが治験の水準を満たすのか、拠点病院の設定基準はどのように定めるのか、治験業務を担ってくれる医師・CRC(治験コーディネーター)・看護師の連携はどのように行うのかなど、DCTのレギュレーションを確立するために、乗り越えなければならない壁の高さは決して低くはありません。コスト面に関してのさらなる検討も必要でしょう。 DCTは、そうした高い壁を乗り越えるだけのメリットを、医療側にも患者さん側にももたらすものだと確信しています。 DCTには、デジタルデバイスを含めたICTの発展も欠かせません。しかし、それだけでDCTの質を上げることはできません。臨床の現場にはすぐれた専門職が必要です。患者さんに直接触れ合うことができる訪問看護師さんの存在は、治験の質、日本の医療の質を高めてくれる可能性に満ちています。 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年5月31日
2022年5月31日

「昨日の夜から排尿がない場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第11回は、ふだんは朝に排尿があるのに、昨夜から今朝まで排尿がない患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 おむつを使用して排泄している90歳男性。ふだんは朝に排尿があるにもかかわらず、昨日の夜から、朝までおむつに排尿がみられません。 あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 尿が出ていない場合は、①尿の生成量が少なく、膀胱に尿がほとんど貯留していない(乏尿・無尿) ②尿の生成ができていて膀胱に貯留していても排出できない(尿閉) ── が考えられます。 ①乏尿では、▷脱水や嘔吐、発熱、心臓のポンプ能力の低下などで腎血流量が減少して尿の生成ができない ▷腎機能そのものに障害がある ▷尿路結石や腫瘍の浸潤により尿管が閉塞し、膀胱に尿がたまらない状態 ── などが考えられます。 ②尿閉は、膀胱よりも下位の障害、神経因性膀胱や前立腺肥大、尿道狭窄により起こるものです。患者さんの苦痛が大きく、放置しておくと尿貯留が上行性に広がり、水腎症や腎盂腎炎などを引き起こす恐れがあります。 乏尿(無尿)と尿閉では対処方法がまったく違いますので、これらが区別できるような情報を収集し、報告しましょう。 ここに注目! ●乏尿(無尿)により排尿がないのではないか?●尿閉により排尿がないのではないか? 乏尿(無尿)のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・尿路結石や腫瘍による激しい疼痛、腰部や背部に放散するような痛み・乏尿の原因となる循環血流量の減少を招く心不全のアセスメント、脱水の症状を確認する 乏尿(無尿)のアセスメント②客観的情報の収集 排尿量・性状・排尿行動に関する問診・観察 乏尿の基準は400mL/日以下とされています。一回排尿量が150mLとすると、排尿回数では3回/日以下では注意が必要となります。最終排尿からの時間で換算すると、単純計算では8時間以上間隔が空くと要注意です。 ただし、ホルモンや血流量の関係で、日中は排尿間隔が長く、夜間には短くなるので、いつもの排尿時刻や回数と比較してください。 腎機能が保たれているのに尿量が少ない場合は、尿が濃くなります。最終排尿の色や臭気、いつもとの違いを確認してください。 脈拍・血圧測定 腎臓への血液循環が低下している状態では乏尿になりますので、血圧の低下、脈拍の低下がないかを確認します。 体温測定 高体温になると、不感蒸泄の増加で脱水状態となり、乏尿をきたす可能性があります。 身体への水分貯留のアセスメント 循環障害や腎障害では、全身性の浮腫があらわれます。顔面や全身の腫脹、重力がかかる部位の圧痕を確認します。水分出納を計算し、できれば体重もチェックできるとよいでしょう。 尿閉のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・尿閉の症状(尿意、激しい尿意、腹部膨満感、腹痛、強い焦燥感や不安感、冷汗、など)・尿閉の原因(前立腺肥大、尿線が細い、残尿がある、脳血管疾患や脊髄疾患等、神経因性膀胱となる要因、など) 尿閉のアセスメント②客観的情報の収集 排尿量・性状・排尿行動に関する問診・観察 最終排尿時刻を確認し、どれくらいの時間出ていないのか、排泄できずに貯留している尿量を見積もります。また、ふだんの排尿時に、尿線が細い、排尿に時間がかかる、出きらない感覚がなかったかを確認します。 脈拍・血圧測定 痛みや尿が排出できない苦痛で、血圧や脈拍が上昇することがあります。意識レベルの低い高齢者や認知症の患者さんの場合には、苦痛の有無をバイタルサインから推測してください。 膀胱内の尿貯留の確認 膀胱は、正常であれば充満しても恥骨結合内部にとどまり、腹壁から視診・触診することはできません。 尿閉などで貯留量が多くなった場合は、下腹部が膨満し、硬く触れます。打診すると濁音が聞かれます。 腎臓の叩打診 背部の肋骨の下縁くらいに手を置き、その手の上を叩きます。両側行います。 尿路結石や尿路の狭窄では、叩打診をした場合に響くような痛みを感じることがあります。 カテーテルを挿入しての尿排出の確認 医師の指示を得て行いましょう。カテーテルを挿入する経路に狭窄や閉塞がある可能性があるので、なるべく細いカテーテルを用いること、違和感があった場合は速やかに挿入をやめて、医師に相談することが必要です。 報告のポイント ・最終排尿時刻と尿の性状、本人の訴え・乏尿または、尿閉の可能性があると判断したアセスメント結果 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版 ■「みんなの訪問看護アワード」エピソード募集中!(~2025/1/24)今回で3回目となるNsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」では、2025年1月24日(金)17:00まで「つたえたい訪問看護の話」を募集中です! 訪問看護にかかわる方であれば、誰もが共有したいエピソードがひとつはあると思います。皆さまのエピソードをお待ちしています!

特集
2022年5月31日
2022年5月31日

排泄の失敗がある場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第10回は、オムツを外してシーツに失禁する患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代男性。10年前に脳梗塞を発症、2年前に脳血管性認知症の診断を受け、行動障害もみられている。会話は通じず、意味不明の言葉を発することもある。便意・尿意が不明なため、オムツを使用している。オムツを外してシーツに失禁することを繰り返し、シーツ交換してオムツをしようとすると抵抗する。看護師が「オムツはお嫌ですか?」と尋ねると、「そんなことない」と答えるが、いつもシーツが濡れている。 なぜ患者さんはオムツを外してしまうのか? 「オムツはお嫌ですか?」と看護師が尋ねていますが、患者さんはそもそも、問われている意味がわかっていないのかもしれません。脳血管性認知症で行動障害もみられており、認知症の特徴である失行・失認が背景にあると考えられます。 オムツを外す理由は二つ考えられます。 一つは、排泄するために下着を脱ぐように、排尿前にオムツを外している可能性です。そもそもオムツをしていると思っていない患者さんにとっては、下着(オムツ)を外すことは排尿時の当然の動作であり、「排尿もできてすっきり!」という気分と思われます。 もう一つは、オムツをしていること自体に不快感があるため、不快なものは除去したい本能から無意識に外している可能性です。説明してオムツをしても、患者さんには失認があり、オムツの目的を理解していません。自分が失禁してシーツを汚してしまったことを、まったく把握していないと考えられます。 患者さんをどう理解する? 認知症の患者さんとのやりとりで、質問に対して的確なあいづちや返事が返ってくることがあります。そんなとき、話が通じていると思いがちですが、実際はまったく通じていないことも少なくありません。 この患者さんは失禁を繰り返しているため、失禁が患者さんに及ぼす影響と、排泄への援助を考えていきましょう。 失禁が患者さんに及ぼす影響 ・皮膚の汚染は、皮膚の損傷に結びつく・失禁後の不快な状況から逃れようと次の行動をとることもあるため危険防止が必要・部屋に尿臭が漂い、周囲へ不快感を与えることにもなる・排尿の量が多いこともあるため、尿失禁への対応は早いほうがよい 尿失禁に至る疾患はさまざまありますが、この患者さんは、認知症によって、膀胱内に尿が貯留したという情報が脳に伝わっても正しく判断できず、その後の指令や行動がとれない状況だと思われます。 一般的な認知症患者さんにおける排泄問題への対応 認識の低下による場合 「トイレの場所がわからない」「膀胱内に尿がたまっていることがわからない」「尿意があっても脱衣の方法がわからない」「トイレや便器の認識ができない」などの状況で排泄がうまく行えず失禁してしまいます。トイレの位置がわからない場合は、目印になるものをつけ、夜間はなるべく明るさを確保できるように照明を工夫しましょう。 尿意がある場合 じっとしていられず、うろうろしたり、独り言をつぶやきながら動き回ったり、下着を下ろそうとしたり、下着に手を伸ばしたりといった動作をとる患者さんがいます。これらの行動は、排泄をしたいサインであることが多いです。その人特有のサインもあります。サインを見逃さず、トイレへ誘導しましょう。 尿意がない場合 患者さんの一日の水分・食事摂取量を観察し、一定の時間間隔をあけてトイレに誘導しましょう。 失禁後の対応 失禁後には、寝衣やシーツの交換など、介助者が慌ただしく動きます。患者さんは、その状況から、自分の存在が歓迎されていないと感じ取ります。失禁に対し迅速な対応は必要ですが、患者さんが存在を否定された気分にならないようなかかわりが必要です。言葉の意味はわからなくても、介助者の表情や口調から感じ取れるため、穏やかな口調で、目を合わせ、にこやかに接しましょう。 脳血管性認知症 脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害がもとになって発症する認知症です。急激に認知症が発症することもありますし、小さな脳血管障害を繰り返し少しずつ認知症が進むこともあります。出現する症状は、脳の障害部位によって異なります。 脳血管性認知症の特徴は、次の六つです。・脳血管が障害を受けた部位の働きは悪くなるが、障害を受けていない部位の機能は保持されていることが多い。・脳の障害によって、症状の変動や悪化がある。・注意力の低下よりも、意欲の低下(アパシー)が目立つ場合が多い。・感情のコントロールが困難で、急に泣いたり怒ったり、感情の起伏が激しくなる。・手足の麻痺、歩行障害、言語障害、排尿障害(頻尿、尿失禁など)など、日常生活に支障が起きる。・脳血管障害による高次脳機能障害がある(失行、失語、失認、注意障害など)。 こんな対応はDo not! × 患者さんを問い詰める× 寝衣交換をせかす× 患者さんの目の前で慌ただしくシーツ交換をする こんな対応をしてみよう! シーツや寝衣類の交換時には、必ず声を掛け、患者さんの意識が向けられるように行いましょう。「濡れていて気持ち悪いですね。大丈夫ですよ。すぐに交換しましょうね」と目を合わせ肩などに手を触れ、穏やかに話し掛けましょう。 オムツの使用が必要な場合には、患者さんの体型や体質、オムツの肌触りなどを考慮して、個々人に合わせて、できるだけ快適なものを選択することが大切です。また、夜間に心地良い睡眠がとれるような身体的準備や、環境を整えましょう。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省.『認知症施策』https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html

コラム
2022年5月31日
2022年5月31日

文字盤を使わない文字盤!? 〜エアーフリック式文字盤〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、梶浦さんのコミュニケーション方法をご紹介します。 文字盤でのコミュニケーション 今回は私の使っている、珍しいコミュニケーション方法をお伝えしたいと思います。 皆さんは、声が出せない人のコミュニケーション方法といえば、まず手話を思い浮かべるのではないでしょうか。では、声も出せず、手も動かすことができない人は、どうやってコミュニケーションをとると思いますか? 多くの人は、文字盤という、透明なアクリル板に「あいうえお表」が書かれたものを使ってコミュニケーションをとります。 これは、アクリル板ごしに、会話する相手と文字の上で目を合わせて、伝えたい文字を決定する方法であり、昔から広く使われています。ただ、「あいうえお表」をすべて一枚のアクリル板に書いているので、一文字が小さく、目を合わせにくいという欠点があります。 フリック入力方式の文字盤 スマートフォンが普及してフリック式の文字入力方法が出てきてからは、文字盤でも応用されるようになってきました。 「あかさたな……」の行が、文字盤に大きく書いてあります。まず、行に視線を合わせてどの行かを決めてから、視線を上下左右に動かして、行のなかのどの文字かを決定する方法です。 この方法のほうが、従来の「あいうえお表」の文字盤よりも、目を合わせやすくなりました。ですが、そもそも文字盤自体がないとコミュニケーションがとれない点は変わりません。 文字盤を使わない文字盤 そこでさらに応用されたのが「エアーフリック式文字盤」です(これは私が考えたのではなく、私がお世話になっている理学療法士さんに聞いた方法を、私なりに解釈した方法です。なのでオリジナルとは少し違うかもしれません)。 この文字盤の最大の特徴は、「や行」と「わ行」を合体させることで、「あかさたな……」の行を9マスに収めている点です。9マスに収めることで、文字盤がなくても空中にこのエアーフリック式文字盤があると仮定して、上下左右斜め方向に視線を動かすだけで文字を表現することができます。 私はこの文字盤を暗記しているので何も見ません。介助者は、文字の配置を覚えるまでは、介助者用の文字盤を確認しながら私の視線を読み取ります。介助者も覚えてしまえば、何も使わずにスムーズに会話ができます。 エアーフリック式文字盤を用いた私のコミュニケーション方法 まず大前提として、「YES」は軽いまばたき2回(たまに1回になってしまいます)、「NO」は目をギュッとつぶります。 1.目を合わせたら、会話を開始する合図です。 2.一回目の視線の動きで、行を示します。(1)一回目で、「あ」〜「ら」の行がある、上下左右斜め方向に視線を動かします(真ん中にある「な」行の場合は、正面を見てまばたきを1回します)。 介助者は、どの行かを読み取ってください。「な行」は、正面を見てまばたきを1回するだけですので、わかりにくいので意識しながら読んでください。 (2)どの行かを読み取ったら、「あ行」「か行」など声に出して伝えてください。合っていれば、3に進みます。間違っていたら目をギュッとつぶるので、やりなおしてください。 3.ニ回目の視線の動きで、行の中のどの字かを示します。視線を上下左右に動かしてそれぞれの「行」の文字の方向を注視します。真ん中の文字は、正面を見てまばたき1回です。 このように、一文字を表現するのに、視線を2回動かします。 慣れないうちは、「あ行のい」「さ行のす」など2段階で読んでいってください。慣れてくれば目を2回連続で動かすことで1段階で一文字を表現することができます。 「を」の文字はないので、「お」で代用します。小さい文字や濁音は、2回まばたきをします(「つ」の文字でまばたきを2回したときは、「っ」になります。「づ」は「ず」で代用します)。半濁音(「ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ」)は、まばたきを3回します。 以上が私のコミュニケーション方法になります。 何も使わないで会話ができるメリット このコミュニケーション方法の最大のメリットは、何も使わずにどこでも会話ができることです。何も必要ないので自然に会話することができますし、慣れてくればかなり速く会話することができます。 介助者も文字盤を持つ必要がないので、たとえば食事介助や入浴介助をしているときなど、介助者の手がふさがっていても会話ができます。口腔内吸引のときも、「奥」「右」など、吸引してもらいながら、どこを吸引してほしいかを伝えることができます。 また長い文章を話すときも、両手が空いているため、介助者が、紙とペンを持って書きとめることができます。私は長い文章を話すときは「メモ」と言って合図します。 文字盤を覚えていたほうが、このコミュニケーション方法の良さを最大限発揮できますが、覚えていなくても、通常の透明文字盤としても、シンプルでとても使いやすい方法です。覚えるまではお互いに文字盤を見ながら、ゆっくりとやればよいと思います。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年5月24日
2022年5月24日

希少がんの在宅治験の可能性

治験の最前線では、遺伝子解析による希少がんの臨床試験がさかんに実施されています。しかし該当するのは100人に1人以下ということも。ここでは、訪問看護師による希少がんの在宅治験業務の可能性を考えていきます。 砂川優聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 治験はがん治療の有力な選択肢 訪問看護師の在宅治験業務への参加は、DCT(Decentralized Clinical Trial:分散型臨床試験)の普及における鍵の一つとなるかもしれません。DCTが待ち望まれる理由を、私の専門領域であるがん治療の臨床視点で押さえるところから、話を始めたいと思います。 がんが生まれる主な原因は、遺伝子の異常だとされています。そこで、がん薬物治療の主流は、患者さんのがん組織にどのような異常が起こっているのかを調べ(遺伝子解析)、特定の遺伝子異常に対する薬を投与するという方向に向かっています。その薬は治験において投与されています。言い換えれば、現在は、治験そのものが、がんの治療の有力な選択肢となっています。 がん治験の現状 治験は、保険承認を得るための臨床試験です。がん治療における従来型の治験は、薬の効果がまだよくわからない段階で行うものでしたが、現在では、ある程度治療効果が予測できる薬を投与する治験が増えています。 その意味からも、患者さんにとって治療の選択肢として、治験への期待が高まっています。 ところが、日本の場合、がんの治験は首都圏や近畿圏の医療機関に集中しているのが現状です。それ以外の地域に住んでいる患者さんは、遠くまで出向かなければ治験が受けられないという、高いハードルがあります。 がん患者に恩恵をもたらすDCT DCTは、自宅などに居ながら治験に参加できる画期的な方法です。DCTが普及することによって、患者さんが全国どこにいても治験に参加できるというメリットが生まれます。がん患者さんにとってDCTは、治験による治療のチャンスを広げてくれる待望のしくみだといえます。 薬の開発への好影響 薬の開発面に視点を移せば、特に希少がんの場合、治験の対象となる患者さんが見つけにくいという現状があります。患者さんが見つからなければ治験ができず、結果として薬の開発が進みません。DCTの普及により、患者さん発見のアンテナを全国的に広げることができると、薬の開発の速度と精度が上がります。 治験の手続き面でのメリット 近年、治験の手続きがますます複雑化しています。DCTになれば、手続きの全プロセスが電子化され、たとえば、最初に入手した患者情報をそのまま転送できるので、手続きの煩雑さを大きく軽減することができます。 希少がんの治験 私が勤務する聖マリアンナ医科大学では、希少な遺伝子異常を有する固形がんを対象とした治験を行っています。 薬の標的となる遺伝子異常が全固形がんの1%に満たないものもあり、一般的な治験の手法では、症例の集積がきわめて困難です。 一般的な治験の手法とは、すなわち、治験の対象となるかもしれない患者さんに、治験を実施している医療機関に出向いてもらい、がんの遺伝子検査について説明し、同意を得た後に、腫瘍組織の遺伝子解析を行うという手順を必要とします。ところが前述したように治験対象となる合致率は少なく、多くの患者さんが無駄足となってしまいます。 オンライン診療を利用した治験のプレスクリーニング 聖マリアンナ医科大学病院腫瘍内科では、治験の対象となる遺伝子異常がある患者さんを探し出すプレスクリーニングに、オンライン診療を利用する取り組みを行っています。 これにより、候補被験者の紹介を全国レベルまで広げることができ、さらに、患者さんがわざわざお越しにならなくても、治験対象としての適格性があるか否かを判断できるようになりました。 2022年3月時点で10人の患者さんにオンライン診療による治験のプレスクリーニングを実施しました。希少な遺伝子異常であるためまだ異常を認める患者さんが見つかっておらず、治験に移行した患者さんはいませんが、希少がん治験の可能性を実感しています。 DCTの可能性 DCTが運用できれば、現在はプレスクリーニングにとどまっているオンライン診療を、治験の全工程に拡大することができます。その実現には、レギュレーションの整備、治験の質の担保、対費用効果など解決しなければならない壁がいくつかありますが、治験のDCT化は世界的な傾向でもあり、日本においてもDCTの普及に大きな期待が寄せられています。 ――後半へ続く。 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年5月24日
2022年5月24日

【管理栄養士のアドバイスvol.5】栄養補助食品の選びかた

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第5回は、栄養補助食品の活用法を紹介します。 はじめに 前回は、低栄養のスクリーニング方法と、手軽にできる低栄養予防策をお伝えしました。今回は、栄養補助食品を活用した低栄養対策を、より詳しく考えていきたいと思います。 料理へのちょい足し 出来上がった料理に少し工夫ができるようでしたら、ちょい足しがおすすめです! オイルでエネルギー補給 食が細くエネルギー量が大幅に不足している場合は、油脂を活用すると、効率的にエネルギー補給を行えます。脂質は1gあたりのエネルギー量が約9kcalです。糖質やタンパク質は1gあたり約4kcalですから、それらと比べて少量高カロリーです。 卓上にMCT(中鎖脂肪酸)オイルやオリーブオイルの小瓶を置いて、おかずや味噌汁に少量垂らすだけで、食事の量を増やすことなくエネルギー補給が可能です。 タンパク質強化の補助食品 筋肉量が減少傾向であったり、タンパク質も不足している場合には、既製品のタンパクパウダーや、エネルギーとタンパク質を一度に強化できる補助食品がおすすめです。味噌汁や飲み物に溶かしたり、ご飯や粥に混ぜたりして、摂取してもらいます。 補助食品を活用しよう! 一人暮らしで食事管理が自分では難しい人などは、既製品の栄養補助食品を活用するのもよい方法です。栄養補助食品にはたくさんの種類がありますので、嗜好や嚥下状態に合わせて選定しましょう。 嚥下状態に合わせた形状を 栄養補助食品でいちばん一般的なのは、ドリンクタイプでしょうか。紙パックにストローが付いていてそのまま飲める補助食品は、最近ではドラックストアでも販売されています。 1.6kcal/mLの商品が多いですが、さらに少量高カロリータイプ2.0kcal/mLの商品もあり、100mLでご飯1杯分(200kcal)の強化が可能です。 ドリンクタイプの栄養補助食品は手軽に購入できる一方で、流動性が高いため、嚥下障害がある人には誤嚥のリスクがあります。水分にとろみをつけなければならない人であれば、半固形タイプやヨーグルト状の栄養補助食品を選びましょう。 甘いものが苦手なら…… 「栄養補助食品は甘くて苦手」という人もいます。最近は、甘くない栄養補助食品もありますので、嗜好に合った種類を探してみましょう。 佃煮のようにご飯にのせる高栄養ソースや、おかずの一品にもなる茶碗蒸しや胡麻豆腐風味の補助食品もあります。 ミキサー食は栄養価が減ってしまう? ミキサー食やソフト食の人は、もしかしたら食事自体の栄養価が下がってしまっているかもしれません。 ミキサー食は、食材をミキサーにかけて滑らかに加工していますが、水分量が少ない食材は滑らかになりにくいので、だし汁や水を加えてミキサーにかけます。その結果として、完成品では、重量あたりの栄養価が半減してしまうことになります。 不足したエネルギー量を補助食品で補おうとすると、全体量が増えてしまうので、ミキサー食自体の栄養価を上げる工夫をしましょう。 加水量はなるべく少なく! 水分を加えるときには、なるべく少量から、仕上がりの状態をみながら少しずつ水分を増やしましょう。 水分を加える代わりに粥ゼリーを活用する 水やだしの代わりに、粥ゼリー(お粥用のゲル化剤でゼリー状に固めたお粥、第3回参照)を入れる方法もあります。粥ゼリーを使うことで、水分に比べて栄養価は上がりますし、食事として一緒に食べるものなので、味の変化も少ないです。 また、本来食事としてとるはずの粥ゼリーを使えば、食事全体の量が増えてしまうこともありません。 水分の代わりに牛乳を活用する 前述したように、水を使うと栄養が薄まってしまうので、代わりに牛乳を使う方法もあります。牛乳はタンパク質やミネラルも含まれていて、栄養もしっかりとれます。 ただし、料理の種類によっては味が変わってしまうこともありますので、味見をしながら試してみましょう。 栄養補助食品の選びかた おわりに 栄養を強化する方法はさまざまありますが、認知症の一人暮らしで食事への工夫が難しい、経済的な問題により補助食品を購入できないなど、在宅高齢者の栄養強化は一筋縄ではいきません。 対応が難しい困難なケースの際は、訪問管理栄養士にサポートを依頼する方法もありますので、ぜひご活用ください。 当記事に掲載している「栄養補助食品の選びかた」をまとめた利用者さん向け資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第6回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1) 国立長寿医療研究センター.『在宅療養患者の摂食状況・栄養状態の把握に関する調査研究報告書』平成 24年度老人保健健康増進等事業,2013, [記事協力]株式会社明治キユーピー株式会社ネスレ日本株式会社ヘルシーフード株式会社株式会社クリニコハウス食品株式会社ホリカフーズ株式会社大塚製薬株式会社ニュートリー株式会社

特集
2022年5月24日
2022年5月24日

[7]ここだけは押さえたい お顔のエンゼルメイク3つのポイント

亡くなった人のお顔が穏やかかどうか、お顔がその人らしいかどうかは、ご家族の心持ちを大きく左右します。お顔の印象を整えるケアはとても大切ですね。今回は、エンゼルメイクにおいてぜひ押さえてほしい3つのポイントについてご紹介します。 顔の印象を構成する3つのポイント 例えば、ご遺体の表情に穏やかさを感じなければ「つらいのだろうか、苦しいのだろうか」、「もっとできることがあったのではないか」といったネガティブな思いが膨らみます。一方、穏やかな表情であれば、悲しいながらも「安らかな顔だ」、「楽になったんだね」、「あっ、おばあちゃんのやさしい顔に戻った!」といった言葉が聞かれたりします。 ですから、できるだけ早く、穏やかにその人らしくお顔を整えて差し上げたいですね。しかし、時間に限りのある中、何をどこまで行うか迷う部分があるのではないでしょうか。 今回は、顔のエンゼルメイクで最優先したいプロセスについて、顔の印象を構成する「質感」「色」「形」の観点からご紹介します。使用する化粧品類はドラッグストアなどで調達できるもので十分です。 エンゼルメイクの一通りの基本手順をまとめた手順書もご用意しています。[お役立ちツール]からダウンロードできますので、よろしければご参照ください。 最も重要な乾燥対策 ご遺体の皮膚は乾燥が進みやすく、特に露出している頭部は乾燥が強いことをこの連載の[3]でお伝えしました。 顔面の乾燥が進むと図1に示したとおり「質感」「色」「形」ともに、穏やかさとは逆の印象をもたらす可能性が高くなります。 図1 乾燥がもたらす影響 このような乾燥は不可逆的に進行し、変化してしまったら元の状態に戻すことができないため、早い段階で次のような乾燥対策が求められます。 ポイント①顔、耳、首など露出している部分に、クリーム、乳液など油分をたっぷり塗布します。特に唇にはリップクリームやワセリンなどを多めに塗布しましょう。 時間がとれない場合は、清拭の後にポイント①を行うといいでしょう。 エンゼルケアに十分な時間がとれる場合は、皮膚の角質や汚れを取り除いてからポイント①を行います。手順書で詳しくご紹介していますが、まず、クレンジング・マッサージクリームを使って、お顔のマッサージを行います。マッサージ後、油分を拭き取り(ティッシュなどで押さえる程度)、蒸しタオルをあてて肌をやわらかくします。 その後にポイント①を行うことで、清拭や入浴ではとれなかった汚れを落とすことができ、すっきりとした質感が得られます。同時に、マッサージ効果によって「質感」「形」(この場合は表情)、ともに大幅にアップします。このプロセスは、男女ともに強くおすすめします。 また、クレンジング・マッサージや蒸しタオルのプロセスは、そばでご覧になるご家族が「気持ちよさ」「すっきり感」を想像できる貴重な場面にもなり得ます。 次のポイントは血色 「色」で重要なのは血色です。穏やかさと血色は直結しています。 まずは、連載の[3]でご紹介した蒼白化についてあらためて説明します。死後、体液の一部が重力の影響を受けて下方に移動します。特に血色を構成している比重の重い赤血球は下方に溜まるように移動するため、仰臥位の場合、顔面や身体の前面から血色が失われます(図2)。 エンゼルメイクでは、この蒼白化によって失われた血色を補うという考え方でメイクを行うことが、その人らしい穏やかな表情につながります。 図2 蒼白化が起こるしくみ 伊藤茂(2009)『“死後の処置に活かす”ご遺体の変化と管理』(照林社)、10ページより引用 ポイント②チークか口紅を手の甲にとり、それを指先で、あるいは太目のブラシで血色の補充として皮膚の各部(額、まぶた、頬、顎先、耳)になじませます(図3)。使う色は自然な血色に近い色で、また耳には油分の入ったクリームタイプ(練りチーク)がおすすめです。なければ、プレストパウダータイプでもよいです。 図3 血色を入れる部位額、まぶた、頬、顎先、耳になじませるように血色を補充する。 時間が十分にとれる場合は、まずはクリームファンデーションを塗布し、パウダーで整えます。このプロセスは、乾燥を抑える・顔色を整える目的で行います。そして、その上から血色を入れます。 あまり時間がとれない場合は、保湿用のクリームを塗布し乾燥対策をした皮膚の上に行います。さらに、時間がないけれども、少しでも穏やかな印象にして差し上げたいという場合は耳だけでもおすすめです。状況によってはご家族に耳に血色を入れていただくとよいでしょう。 また、指先なども蒼白化によって白さが目立つ場合は、血色を入れて差し上げます。若い女性が亡くなった際、彼女のお母様が「指先が白い」とつらそうにされているため、担当看護師は指先に口紅で血色を入れたケースがあります。その方の血色を補うという考え方で行うと、その場に応じた判断ができます。 そして、眉の「形」を整える 眉の様子は、穏やかさとその人らしさを同時に表します。 ポイント③眉に付着するクリームなどの油分を綿棒で拭い、眉ブラシで眉をとかし整えます。毛が足りないと思われる部分は、アイブロウペンシルでうっすらと描き足します。そして、その人らしさはご家族の記憶の中にあるので、ご家族に確認を取りながら眉の形を調整します。 部分的に眉が抜けてしまっている場合、細めのブラシにグレーやブラウンなど、眉に馴染みやすいパウダーカラー(アイシャドウでも可)をとり、その部位を埋めるように塗布すると自然に整います。 また、眉がほとんど抜けてしまっている方は、ブラシにパウダーカラーをとり、うっすらと形を描いてみて、その上にアイブロウペンシルで眉を一本一本植えるような感覚で描くとよいでしょう。 ワンポイントメモ準備した化粧品類は、必ず事前に性質をチェックするクリームやクレンジング・マッサージクリーム、カラーパウダー、チークなど、準備した化粧品類は、必ず事前に伸び方やつき方、つけた後の乾燥のしかた、発色の具合などを確認しておきましょう。試してみないとわからない場合が多いので、大切なポイントです。 看護師の皆さんにもおすすめの「耳に血色」実は私は、どなたかに会う場合は、必ず耳に血色を入れるようにしています。クリームチーク(ローズ系のにごったような色のもの)を指で、です。これを行うようになってから、俄然、元気そうだと言われることが多くなりました。この血色は、こちらから言わなければ誰も気づきません。自然に元気な印象をつくる方法としておすすめです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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