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2022年5月17日
2022年5月17日

自費の訪問看護

訪問看護師は保険外のサービスを提供することもあります。このシリーズでは、そんな保険外サービスとして、在宅治験と自費訪問看護を取り上げます。前回は、保険の枠外、利用者自己負担で提供する訪問看護です。 保険外で訪問看護を提供するには 医療保険・介護保険の制度のもとでは、皆さまもよくご存じのとおり、訪問回数の上限や利用限度額が決まっていて、本人が強く希望しても、保険制度が認める対象外であれば訪問看護を利用することはできません。 一方、保険制度の範囲を超えて、自己負担利用での訪問看護も提供している事業所も多くあります。 たとえば、24時間在宅看護が必要な人で夜間のケアに手が足りない、制度内の訪問看護だけではご家族の負担が大きすぎる場合や、旅行や家族の結婚式参列への付き添いなどに、自費サービスが威力を発揮します。 医師による訪問看護指示書 保険外で提供する看護であっても、主治医に訪問看護指示書を書いてもらうことは必須です。これは医療保険・介護保険での訪問看護と同様です。 たとえ医療行為の提供はなく、外出や旅行の付き添いなど療養上のケアだけであっても、医師の指示書は必要です。保険での訪問看護も利用されたうえで自費の訪問看護を利用される場合は、保険の分の指示書と自費の分の指示書を別々に発行してもらいます。 他に注意することとしては、保険での訪問看護と連続した時間で、自費枠の訪問看護を提供してはいけないといった決まりがあります。 旅をしたいご希望をかなえる支援 自費サービスならではの仕事の一つに、旅行への同行があります。 旅行同行の相談を受けると、その方が車いすか、自立歩行がどれくらい可能かを見きわめ、行く先々の交通機関やバリアフリーマップを手に入れることから始まります。 介護タクシーの手配や病院への連絡が特に重要です。万一、救急車に搬送されたときにすぐ診てもらえるよう、かかりつけ医の指示書、旅行先での対応可能な病院への紹介状も書いてもらいます。ご家族にも旅行に行くことで急変することもあると伝え、リスク説明はより慎重に行います。 最近は、バリアフリー、介護に対応しているホテルや旅館も増え、以前より旅行はしやすくなりました。「要介護になっても旅行に行きたい」というニーズは今後も増えそうです。 自費訪問看護のよさ 自費サービスと通常の訪問看護の大きな違いは、患者さん・利用者さんと接することができる時間の長さです。一緒に過ごす時間が長いことで、本人のご要望や、どういうリズムで生活しているのか、ふだんはどんなものを食べているのかなど、保険での提供では見えなかったものを把握することができます。 事業所と利用者さんの契約によりますが、訪問看護師という専門職の仕事ではないとされているような、たとえば車いすでのお散歩、買い物への同行、ご家族の話し相手になったり悩みを伺ったりも、保険外だからこそご希望に応えることができます。 自費訪問看護の料金設定 自費サービスは診療報酬とは違い、独自に価格を設定できますが、診療報酬よりも低い価格設定としている事業所が大半です。 保険制度では、患者・利用者さん本人はかかった金額の一部しか負担せず、残りは保険から支払われます。公費対象の人では全額公費負担のこともあります。保険で訪問看護を利用することは、自己負担分以外は保険から支払われるので、「あなたが利用できるのはここまで」という縛りがあります。 これが、自費で利用する場合は、全額自己負担になります。つまり、1割負担の人であれば、診療報酬と同額の自費サービスを利用すると、「同じ時間なのに10倍高い」ととらえられてしまいます。 保険内で安く訪問看護サービスを利用しなれている人に、いきなり10倍の値段を提示することはなかなか難しいため、自費サービスは、診療報酬よりも低い価格設定にせざるを得ないのだと考えられます。 また、保険診療では、事業所の収入は自己負担+保険からの支払です。看護師の給料もそこから出ます。自費サービスでは、もちろん保険からの支払はなく、患者・利用者さんからの自己負担だけです。入ってくるお金が少なければ、訪問した看護師が受け取る報酬も高くできないのが現状です。 ただ自費サービスは、認められたことしかできない保険サービスとは違い、事業所が価格やサービス内容を設計できる自由度があります。患者・利用者さんのニーズをうまくとらえたサービス提供によって、利益拡大、従業員への還元、地域でのブランド確立など、成功を収めている事業所も少なくありません。 記事編集:株式会社メディカ出版

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2022年5月17日
2022年5月17日

「昨夜、倒れて一時意識を失っていた」場合 【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第10回は、「昨夜、倒れて一時意識を失っていた」と家族から知らせがあった患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 86歳女性。 家族から「昨日の夜、トイレに行こうとしたら崩れ落ちるように倒れて、一時、意識がなくなったように見えました。でも、すぐに戻ったので様子をみていました」と言われました。   あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 一過性かつ短時間の意識障害であり、脳への血液供給が急に減少して起こる失神状態であると思われます。 失神は原因がわからないものも多いですが、不整脈や心血管の障害で循環に問題がある場合や、てんかんの場合は要注意です。 てんかんとは、大脳の神経細胞が発作性に興奮し、異常に大きな電気信号が起こることで、痙攣や一過性の意識障害を起こすことをいいます。高齢者では、脳血管障害に伴って、てんかん発作を起こす、または脳血管障害後に起こしやすくなることがあります。このまま様子をみてよいかを判断するために、多側面からのアセスメントをしていきます。 ここに注目! ● 一過性かつ短時間の意識障害であり失神と考えられるが、てんかん発作の可能性もある。● 失神の原因は何か? 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・倒れたときの状況(倒れた場所、時刻、倒れたときの環境、飲酒や入浴、体位の変化などの直前の行動、意識復活までにかかった時間、過去にもあったか、など)・倒れる前の前駆症状(冷汗、顔面蒼白、嘔気、欠伸、目のかすみや見えかたの変化、動悸、頻脈の自覚、など)・倒れた後の精神状態や身体状況(痙攣、意識レベルの低下や混濁、尿失禁)・倒れた理由について(心血管系障害の既往、脳神経系疾患の既往、服用している薬剤、など)・ADLへの影響 客観的情報の収集 脈拍測定 脈拍を測定することで、心臓の拍出量や不整脈の有無を確認することができます。不整脈(房室ブロックによる徐脈、心室頻拍や心房細動からの頻脈)により、心原性の失神を起こした可能性があります。 方法は、撓骨動脈を押さえて、数と性状を測定します。不整がある場合や心臓疾患の既往がある場合は、1分間測定することが原則です。自動血圧計やパルスオキシメーターの脈拍で代用することは避けてください。 現在は落ち着いている可能性があるので、発作時に測定できるようにご家族に脈拍測定の方法を指導するとよいでしょう。 血圧測定 立位になった際に失神している場合は、起立性の低血圧の可能性があります。仰臥位時・座位時・立位時で血圧を測定し、比較してください。 立位時に20mmHg以上低下するようなら要注意です。低血圧のために失神する場合もあります。 降圧薬を服用している際には、コントロール不良で低血圧や徐脈になっていないかを確認します。 てんかん発作の確認 てんかん発作は、昼夜を問わず、体位に無関係に起こり、全身の硬直や震えがみられることがあります(これらがない場合もあります)。顔色の変化や前駆症状がなく、意識の回復が遅延することが多く、尿失禁を伴うことがあります。このような状態であれば、原因が脳にあると判断し、報告・対処してください。 報告のポイント ・一過性の意識消失を起こしたこと、意識消失のきっかけや前駆症状、意識が戻るまでの時間・現在のバイタルサインの異常・てんかん発作の可能性・心原性の不整脈による意識消失の可能性 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

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2022年5月17日
2022年5月17日

意欲障害がある場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第9回は、日常生活に対する意欲が低下した患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代女性、アルツハイマー型認知症の患者さん。もともと身だしなみに気を使う人であった。1か月前から日常生活に対する意欲低下がみられ、ベッドから離れることが少なくなった。身だしなみや歯磨きなど、自分でできそうなことを本人からは行わず、勧めても「そうですね……」とわずかに反応はあるが、ほとんど行動化されない。 なぜ患者さんは、自分でできそうな行動をしないのか? アルツハイマー型認知症では、見当識障害、遂行機能障害、視空間障害のほか、アパシーや抑うつ症状、取り繕い反応などがみられます。 アパシー(意欲障害)とは、「自発的な行動の欠如で特徴づけられ、刺激に対する反応の減弱した状態」です1)。自分の身の回りのことにも無頓着になり、行動ができません。アルツハイマー型認知症ではアパシーが約60%に認められ、頻度の高い症状です。 この患者さんには、看護師の話す内容は伝わっています。自分の身の回りのことを自分でするほうがよいとわかってもいます。しかし、歯磨きや身支度などをすすめられても、しようという気持ちが湧きません。自発性が欠如しているので、行動に移すこともできません。そして、できないことが苦にならない状態です。 アパシー(意欲障害)とうつ アパシーは、うつとは別の症候群です。活動性低下や活気のなさは共通していますが、アパシーでは、自責感・希死念慮などはありません。気分の落ち込みや絶望・苦痛が明らかなうつとは異なり、本人の苦悩が希薄です。 アパシーに対して誤って抗うつ薬などが投与されると、ふらつきや転倒などを起こし、さらに活動低下が進み、認知症の悪化にもつながります。抑うつとアパシーの違いを考慮した対応が必要です。 それまでの生活習慣が乱れ、あらゆる物事に対して無気力・無頓着になり、行動しなくなるのがアパシーです。それまでしっかりと身だしなみを整えることを習慣としていた人が、事例の患者さんのように、促されても整容をしなくなります。治療として、抗うつ薬の効果は乏しく、抗認知症薬で改善することもあります。 こんな対応はDo not! × 「今までは自分でできていたのに、なぜできないんですか」と相手を責める× 「やればできるはずですから、やりましょう」と無理強いしたり、脅かしたりする×  医療者のペースで物事を進める こんな対応をしてみよう! 「快」の刺激を与える(患者さんの好むこと・得意なことを取り入れる) アパシーを放置すると、「動かなくなる」「話さなくなる」状態になります。廃用症候群が進み、さらに認知機能低下が進み認知症も進行していき、悪循環となります。 患者さんが行動をしなくても、行動するきっかけや機会をつくることが必要です。 まず、刺激に反応できるように、患者さんが「心地良い」「楽しい」と感じる「快」の刺激を与えていくことが大切です。 患者さんにとって「快」の刺激となるものは何かを考えていきます。家族や多職種からの情報をもとに、何を楽しみとして生活していたかを探し、試します。 「快」の刺激は、患者さんの気持ちを安定させ、穏やかにします。反応がなくても、日常生活で繰り返し「快」の刺激を与えつづけながら、患者さんの反応や変化を待つことが大切です。 患者さんのペースに合わせながらかかわる 患者さんの視界に入る位置から体に触れ、笑顔で声を掛け、こちらを向いたら顔を見て目を合わせて話をします。 見当識が不十分なこともありますので、生活リズムに合わせて、活動の促しや提案をします(洗面や歯磨き、身だしなみを整えることなど)。そして、患者さんの意欲に合わせて援助内容と方法を選択します。 患者さんの行動がなく、歯磨きや洗面などすべて介助者が援助したときでも、「きれいになりましたね。すっきりしましたね」などと肯定的な表現を返し、やったことが患者さんにとって心地良い感覚であることを伝えていきます。 患者さんに行動する意欲がみられてきたら、「一緒に○○してみませんか?」「○○するのはどうですか?」と提案していきます。焦らず、見守りながら、行動する機会をつくっていきます。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)山口修平.「アパシーとは:神経内科の立場から」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,11-8.2)加藤元一郎.「アパシーとは:精神科の立場から」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,19-26.3)新保太樹ほか.「アルツハイマー型認知症におけるアパシーの治療」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,166-73.4)小畔美弥子ほか.「アルツハイマー型認知症におけるアパシー」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,83-90.5)藤瀬昇ほか.「うつ病と認知症との関連について」『精神神経』114(3),2012,276-82.6)鈴木みずえ監.『認知症の人の気持ちがよくわかる聞き方・話し方』東京,池田書店,2018,176-8.7)中島健二ほか.『アルツハイマー病による認知症の新しい診断基準と鑑別診断』最新医学68(4),2013,789-93.8)鈴木みずえ監.『認知症の看護・介護に役立つよくわかるパーソン・センタード・ケア』東京,池田書店,2020,140-2.9)服部英幸.「BPSDの治療と介護」『認知症の予防と治療』長寿科学振興財団平成18年度業績集,2006,191-9.10)厚生労働省.「認知症」『みんなのメンタルヘルス総合サイト』https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html

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2022年5月10日
2022年5月10日

[6]どうされていますか? エンゼルケア時のならわしへの対応

お顔に白い布をかけたり、着物を左前で着付けるなど、亡くなった人に対して従来より行われてきたならわし。エンゼルケアの場面では、こうしたならわしについてどう考えればよいでしょうか。今回は、そもそもならわしとは何かをご紹介するとともに対応について考えます。 ならわしについて検討する際のポイント ならわしは、人々の思いと時代や地域の文化などがかかわってできあがったもので、時とともに移ろいながら私たちの暮らしの中にさまざまに存在しています。 医療の現場ではどうでしょう。例えば、病棟の病室に4号室や9号室を設置するかどうか。「死」をイメージする4、「苦」をイメージする9を避ける人がいるため、設置していなかった病院が少なくなく、増築や改築の際に議論になることがあります。 また、霊安室のありようもさまざまです。仏教をイメージするような設えやマリア像のあるお部屋、逆に宗教色のない控室的なつくりなどがあります。霊安室はならわしによる雰囲気づくりがなされたエリアといってよいでしょう。検討の結果、霊安室をなくした病院もあります。 看護時に長らく行われてきたならわしは、亡くなった人の整え方のいくつかです。それをどうとらえて、どうすればよいのか。ならわしを行うこと、行わないことに善し悪しはなく、考え方次第です。いずれにしても大事なのは、事業所としての考え方を整理し、スタッフ間で共有しておき、必要なときに説明できることです。 見えてきた、ならわしの背景 死後処置では、主にa~dのならわしが行われてきました。a手を組ませるb胴紐を縦結びにするc顔に四角い白い布をかけるd和服を逆さあわせにする(いわゆる左前) 葬儀文化に詳しい方への取材や関係書を読み検討を重ねる中で、これらのならわしが死や遺体に対するおそれの感覚や生きている人と区別するための印づけとしての必要性があったのだろうと考えるようになりました。 ①ご遺体へのおそれの感覚 昔は埋葬するまでご遺体を身近に置いていたこともあり、ご遺体の鼻や口から悪い存在が入り、荒ぶれて動き出したりしないかといったおそれの感覚が生じたようです。そのために、動かないように縛ったり、鼻や口の穴を塞いだりして封印をするようになったのではないか、そして、その名残がaの手を組ませる行為やcの顔に四角い白い布をかける行為なのではないか、と考えられていることが多いとわかりました。 ②「あの世の人」になったことの印づけ また、昔は死んだら「この世」から「あの世」(この世とは逆さの世界になっていると考えられている世界)へ行くと信じる感覚がありました。かつては看取りから葬儀まで自宅で執り行われることが多く、近所の人や親戚の人たちが自宅にたくさん集まりました。その中でご遺体が布団の上に横たわっているわけです。こうした状況において「この人はあの世の人になったのだ」と周囲に表明する、生きている人と区別する必要があったと思われます。 医師による死亡診断と告知があるわけではない時代には、亡くなったと決めたことを表明する必要もあったのではないかと想像します。その表明のしかたとして「逆さの世界の人」として、普段とは逆の方法にする逆さ事が行われてきたのでしょう。 逆さ事には、例えば「逆さ屏風」や「逆さ水」があります。「逆さ屏風」は、ご遺体の枕もとに屏風があれば、絵柄を逆さにして立てることを言います。「逆さ水」とは、ご遺体を拭くときに使用するお湯のつくり方を言います。通常、お湯に水を足して温度を調整しますが、その逆、水にお湯を足して温度を調整します。 先ほどご紹介したbの胴紐を縦結びにしたり、dの和服を左前にあわせることも逆さ事のひとつとして行われたのでしょう。胴紐は通常、横に結びますが、その逆として縦に結んだと考えられます。なお、縦結びは解けにくい結び方であり、「もう、あの世から戻れないですよ」という本人へのメッセージだと考えるむきもあります。 エンゼルケア時に、ならわしは基本的に行わなくてよい エンゼルケアは、ご家族が心豊かに看取りの場面を過ごしていただくことが目的のケアです。その段階において「ご遺体へのおそれの感覚が由来したならわし」は必要ない、また、周囲に亡くなった人であることを表明するための「印づけ」も必要ない、と考えています。 連載[2]のコミュニケーションの回で述べたとおり、生きているときのようにご遺体を気遣うご家族が多いのですから、死者らしくするならわしは行わない方針がご家族の感覚にもフィットします。 また、ならわしは後になってからいつでも行うことができますから、わざわざエンゼルケアの時点であわてて行う必要はありません。ただ、ご家族の希望があればそれに添う対応を検討してください。 社会状況の変化をキャッチしておきましょう 全体に死という出来事やご遺体を目立たないようにしたいという人々の思いが、死を取り巻く状況に反映されている印象です。例えば、以前は派手な装飾で目立つ存在だった霊柩車は、現在は目立たないものにとって変わり、葬儀も簡略化が急激に進んでいます。看取りや、葬儀の担い手となる子供の人数が少なくなり、その負担も増えている現在、簡略化は自然な方向性かもしれません。 そのような状況であることを含み、エンゼルケアではできるだけ、連載の[4]で述べた「でも」と思える場面づくりを意識するといったことが必要なのかもしれません。 ならわしはとなりの町でも流儀が異なる場合もあり、考え方や行い方に地域差が見られることも少なくありません。担当地域の自治体や葬儀社などから葬送の現状について情報を得ておくことも、エンゼルケアの内容を考えるうえで参考になると思います。 ワンポイントメモ宮家準氏が執筆された『日本の民俗宗教』(講談社学術文庫)中に掲載されていた次の図を知り、その内容にたいへん感動しました(図1)。 図1 生と死の儀礼の構造宮家準(1994)『日本の民俗宗教』(講談社)、124ページより引用 図の上半分にこの世の儀礼が並んでおり、下半分にあの世の儀礼が並んでいます。このように儀礼を対比すると、この世とあの世で儀礼の類似性があり、結婚式と三十三周忌までは儀礼のペースがほぼ同様です。先人らは、あの世に行った霊に対しても節目節目で儀礼を行い、この世で生きている人と同じくらい大切に思いながら過ごしたわけです。図では、あの世の儀礼にある「十三周忌」に対応するこの世の儀礼がありませんが、私の出身地である茨城県の一部では13歳のときに十三参りという儀礼を行います。 また、この図を縦半分にして左右を見てみると、右半分は神社、左半分はお寺で儀礼が行われます。他にも感動ポイントがいろいろとあるのですが、ここでは割愛します。昔の人たちは、このように一つひとつの儀礼を進めていくことがグリーフワークになっていただろうことを読み取ることができます。最近では、初七日は葬儀と一緒に済ませるなど、儀礼が省略されることも少なくありません。今後の社会では、これらを簡略化した分の穴埋めについて考えなければならないのではないかと思うのです。 皆さんの担当地区に伝わるならわしや、担当している利用者さんの出身地のならわしを聴取し、民俗学や文化人類学の書物を参考に、ぜひ検討してみてほしいです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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2022年5月10日
2022年5月10日

蓄尿バッグに尿がたまっていない場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第9回は、膀胱留置カテーテル交換後、蓄尿バッグに尿がたまっていない患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 87歳男性。膀胱留置カテーテルを使用して排尿しています。カテーテルの入れ替えを行い、その後、家族から「尿がたまっていない」と電話がありました。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 膀胱留置カテーテル交換後に排尿が確認できない事例です。 まず大前提として、カテーテル交換の際は、カテーテルが膀胱に正しく挿入されていることの確認が必須です。具体的には、尿が流出されることを確認してから固定します。 カテーテル交換時には尿が流出することを確認できている場合は、乏尿(無尿)を疑ってアセスメントを行います。 もしも万が一、カテーテル交換をした時、蓄尿バッグやチューブ内へ尿が流出することを確認できていなかったのであれば、カテーテル位置が不良(膀胱まで至っておらず、尿道に留置されている)で、尿閉になっていることが考えられます。その際は、すぐに固定を解除する必要があるので、早急に報告し、対応してください。 ここに注目! ●カテーテル留置不良による尿閉の可能性がある●カテーテル留置に問題がない場合、乏尿(無尿)の可能性がある カテーテル留置状態のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・留置カテーテル交換からの経過時間、交換時の違和感や疼痛・苦痛の訴え・バッグ内・チューブ内に尿がわずかでもあるか・亀頭部からの尿漏れはないか・陰部や下腹部の疼痛・苦痛の訴え・尿閉の症状(尿意、激しい尿意、腹部膨満感、腹痛、強い焦燥感や不安感、冷汗、など) カテーテル留置状態のアセスメント②客観的情報の収集 脈拍・血圧測定 痛みや尿が排出できない苦痛で、脈拍や血圧が上昇することがあります。意識レベルの低い高齢者や認知症のかたでは、苦痛の有無を適切に伝えることが難しいため、バイタルサインから推測します。 膀胱内の尿貯留のアセスメント 膀胱は、正常であれば充満しても恥骨結合内部にとどまり、腹壁から視診・触診することはできません。 尿閉で貯留量が多くなった場合は、下腹部が膨満し、硬く触れます。打診すると濁音が聞かれます。 陰茎や陰嚢の観察 膀胱留置カテーテルのバルーンが周辺組織を圧迫し、血流障害を起こす可能性があります。組織は炎症を起こし、最終的には壊死に至ります。 陰茎や陰嚢の視診・触診を行い、発赤・腫脹・熱感、潰瘍や壊死を疑わせる皮膚の変化がないかを観察します。 乏尿(無尿)のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・尿路結石や腫瘍による激しい疼痛、腰部や背部に放散するような痛み・乏尿の原因となる循環血流量の減少を招く心不全のアセスメント、脱水の症状を確認する 乏尿(無尿)のアセスメント②客観的情報の収集 排尿量・性状・排尿行動に関する問診・観察 乏尿の基準は400mL/日以下とされています。 脈拍・血圧測定 腎臓への血液循環が低下している状態では乏尿になりますので、血圧の低下、脈拍の低下がないかを確認します。 身体への水分貯留のアセスメント 循環障害や腎障害では、全身性の浮腫があらわれます。顔面や全身の腫脹、重力がかかる部位の圧痕を確認します。水分出納を計算し、できれば体重もチェックできるとよいでしょう。 報告のポイント ・膀胱留置カテーテル交換後、蓄尿バッグ内に尿が確認できないこと・カテーテルの尿道への留置の可能性と、陰部組織に与えた影響・乏尿(無尿)の可能性 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ)青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授記事編集:株式会社メディカ出版 ■「みんなの訪問看護アワード」エピソード募集中!(~2025/1/24)今回で3回目となるNsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」では、2025年1月24日(金)17:00まで「つたえたい訪問看護の話」を募集中です! 訪問看護にかかわる方であれば、誰もが共有したいエピソードがひとつはあると思います。皆さまのエピソードをお待ちしています!

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2022年5月10日
2022年5月10日

【管理栄養士のアドバイスvol.4】低栄養のスクリーニングと予防

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第4回は、低栄養を早期に見つける・低栄養にさせないためのポイントを紹介します。 はじめに 皆さんご存じのように、高齢期の低栄養はその後の生活機能低下や障害、合併症の増加、生活の質悪化を伴い生命予後短縮につながります。 厚生労働省「令和元年国民健康・栄養調査の概要」1)によると、65歳以上の低栄養傾向の者(BMI≦20㎏/m2)は男性で12.4%、女性で20.7%であり、要介護高齢者においては20~40%が低栄養であるともいわれています。 低栄養から生活機能低下につながる前に、リスクを早期に発見し、栄養状態の改善に取り組むことが重要です。 低栄養のスクリーニング はじめに、ふだん皆さんがかかわっている患者さんに、低栄養のリスクがないかを確認してみましょう。 低栄養のスクリーニングは、低栄養のリスク者(低栄養かもしれない人)を見つける段階で、管理栄養士でなくてもできますのでぜひ覚えておきましょう。 スクリーニングツールとしては、MNA®-SFが在宅でも手軽に使え、多く活用されています。MNA®-SFは、65歳以上の高齢者向きで、体重減少、食事摂取量、歩行能力、急性疾患の影響、認知症やうつの有無、やせ(BMI)をそれぞれ点数化し、点数に応じて低栄養リスクを評価します。低栄養、もしくは低栄養のリスクのおそれありと評価が付いた方は、特に栄養状態改善の取り組みが必要です。 ここではまず、低栄養を予防する食事術についてお伝えします。 バランスよく栄養をとるために…… 手ばかり栄養法 これは、一日にどのくらいの食事を摂取すればよいかを、とても簡単に伝えるツールです。 まずは、食品を「赤」「黄」「緑」のグループに分けます。 赤色は、筋肉のもとになる、たんぱく質が多い食品です。黄色は、エネルギーの素となる、炭水化物や脂質が多く含まれる食品。緑色は、体のバランスを整える、ビタミンやミネラルの多い野菜や海藻類です。 この三色それぞれを、どのくらいの量食べるとバランスが良いのかを、手の大きさを基準にお伝えします。 赤色のグループは、一食あたり片手にのる程度。たとえば、魚の切り身ならひと切れ程度を、1食で摂取しましょう。 黄色のグループは1食あたり、ご飯茶碗1杯程度です。 そして緑色のグループは生の状態で1食あたり手のひら2枚分程度です。 これが理想的な食事の量です。この伝えかたなら、とても簡単でわかりやすいので、高齢者への指導にも使えますね。 10食品群チェック ご自身で調理をされている人であれば、こちらの指導ツールも有効です。以下の10食品群のうち、毎日最低でも4種類以上、できれば7種類以上を食べることを目指しましょう! 10食品群の覚えかたは、「さあにぎやか(に)いただく」です。注1 10食品チェック表をお渡しするだけでも、いろんな種類の食品を意識して摂取してくれますので、気になる方にはぜひお渡ししてみましょう。 手軽にいろいろな食品を摂取する工夫 「いろいろ食べなきゃいけないのはわかるけど、一人暮らしだから野菜を買っても余ってしまう」「わざわざ、いろんなおかずを作るのは大変」という人に、おすすめのワンポイントテクニックです。 野菜類 野菜はたくさん買っても余らせてしまう、切るのが面倒……などのお悩みには、冷凍野菜や乾燥野菜がおすすめです。 最近は、コンビニやスーパーの冷凍コーナーに、さまざまな種類の冷凍野菜が売られています。冷凍なので保存がききますし、すでにカットしてあるので調理の手間が省けます。 スーパーの乾物コーナーを覗くと、みそ汁に入れる具材ミックスが売られていることもあります。青菜やネギ、ワカメなどがミックスで入っているので、みそ汁だけでなくスープにも使えますよ。 魚 「魚の調理は手間がかかる」という人には、缶詰がおすすめです。 長期保存もできますし、すでに加熱調理されており、味付けされている商品もあるので、ちょっとアレンジすれば主菜に早変わりします。ネギをのせて焼くだけでも十分主菜になります。野菜の煮物に加えれば、一品で野菜と魚の両方をとることができます。 高齢期には、活動量の低下や味覚の変化などで、気づかないうちに食事量が減っていることがあります。自覚していない人も多いので、かかわる専門職が気づくことが大事です。そして、なるべく簡単に、バランスよく栄養がとれるように、ちょっとした工夫をぜひお伝えしましょう。 次回はさらに低栄養を掘り下げて、少量しか食事をとれない人の、栄養補給や補助食品の選びかたについてお伝えしていきます。 当記事に掲載している「10食品チェック表」「手ばかり栄養法」をまとめた利用者さん向け資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第5回へ続く 注1 「さあにぎやかにいただく」は、東京都健康長寿医療センター研究所が開発した食品摂取多様性スコアを構成する10 の食品群の頭文字をとったもので、ロコモチャレンジ!推進協議会が考案した合言葉です。 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用】1)厚生労働省.『令和元年国民健康・栄養調査結果の概要』2020.【参考】〇若林秀隆編.『フレイル高齢者これからどう診る?』.Gノート.7(6,増刊号),2020,227p.

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2022年5月2日
2022年5月2日

気切でも声が聴きたい! 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、気管切開・胃瘻でも、味を楽しみ、声を出すことができた事例を紹介します。  楽しみのトップは「食事」 歯科医、加藤順吉郎氏の研究に、介護施設の入所者や病院の長期入院患者に「楽しみは何ですか」と尋ねたアンケート調査があります。結果は、いずれの施設でも楽しみのトップは、家族の訪問やテレビを抜いて「食事」でした1)。 数年前に私が歯科専門職向けに行ったアンケート調査でも、利用者・患者に設定する長期目標について問うと、やはり「食事を楽しみたい」が1位という結果となりました。 【事例】気管切開・胃瘻でも、口から食べてほしい、声を聞きたい Fさん、男性、81歳。要介護5。施設介護中のJCS=200。クモ膜下出血で気管切開、胃瘻造設。失語。常時寝たきりで残存歯は下に2本のみ、義歯なし。 Fさんは、以前は会社を経営していました。クモ膜下出血で重篤な状態となりましたが、命を取りとめ、リハビリテーション病院を退院後、施設入所となりました。 入所当時から施設で紹介された歯科専門職の口腔ケアの介入もありました。しかしFさんの妻は、信頼している内科医に、ある想いを吐露しました。入所から3年経ったころでした。 「歯医者さんに3年もかかっているのに、夫はアイスクリームの一口も食べられませんし、私は夫の声をもう聞けないのでしょうか?」 どれほど重篤であっても、楽しみ程度の経口摂取と、できればFさんの声が聞きたいという妻の願いでした。家族として当然のそんな願いを叶えるべく、それまでの歯科と交代し、私は、管理栄養士・歯科医師とともに、Fさんにかかわることになりました。 スピーチカニューレ変更とPAP作製 初診時のFさんは、急性期病院で装着された気管カニューレのままで、眉間に皺を寄せた表情でベッドに横たわっていました。胃瘻に気管切開。精密検査はできなくても嚥下機能に重篤な影響があることは確かです。 早速、内科医の指導を受け、それまでのカニューレを卒業し、いつでもFさんの声が聞けるようにスピーチカニューレへと変更しました。 気管カニューレは、呼吸経路を確保し痰や誤嚥物の吸引のために装着するものです。スピーチカニューレでは、発声のための発声バブル(茶色)が付いていて、従来のカニューレよりコンパクトになっています。 また歯科医師には、人工歯を付けた舌接触補助床(PAP注1)を作製してもらいました。PAPとは、舌の力の弱い人の嚥下や発声を補助する装置です。 多職種によるさまざまな介入 Fさんは、退院後の3年間は積極的な嚥下リハビリテーションが実施されていなかったため、直接訓練の前に、準備期から咽頭期までの間接訓練が必要でした。 アイスマッサージや頭部挙上などの咽頭期の訓練に加えて、棒付き飴を使ったストレッチ、顔面のマッサージ、首肩や胸鎖乳突筋などのマッサージも実施し、ときには1時間近くに及ぶこともありました。 管理栄養士の介入により、注入する栄養剤のエネルギー量が900kcal/日から1,200kcal/日へと増えました。Fさんは、体重も筋肉量も増加し、声かけによく反応し、満面の笑顔がみられるようになりました。 気管切開孔から貯留物を自力で吐き出すことも、さかんになりました。PAP装着も手伝って、直接訓練時の嚥下反射発動までの時間も短縮してきました。 歯科医師による丁寧な吸引を受けながら、食形態は訓練食から調整食2-1までに改善しました。 ついに大きな声が聞けた 私たちが介入して半年が経ったころ、Fさんが可愛がっていた姪御さんや、会社の部下が面会に来た際に、Fさんの「うおー!」という叫びのような声があり、握手を求めるかのように左上腕が高く上がることもあったそうです。 ときには、発熱や痰量の増加のために、施設から直接訓練の中止を求められることもありました。そのつど施設看護師や介護職員と連携し、訓練を見学してもらうことで理解を得られ、Fさんの体調の安定を待って訓練を継続することができました。 現在、発病から約6年、介入から約3年以上が経過しました。 施設でも、妻にも見守られながら、元気だったころに好きだったカレーやすき焼きといった味を、嚥下調整食の形態で楽しんでいます。ー第6回へ続く 注1 PAP(舌接触補助床)歯科医師の指導に従って歯科技工士が作製します。医療保険適用。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)加藤順吉郎.『福祉施設及び老人病院等における住民利用者(入所者・入院患者)の意識実態調査分析結果』愛知医報.1434,1998,2-14.

特集
2022年5月2日
2022年5月2日

物盗られ妄想がある場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

療養者の言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第8回は、物を盗まれたと訴える療養者の行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。訪問看護と訪問介護サービスも利用している。以前から物忘れの症状はみられたが、周囲に気遣いができるなど日常生活に大きな問題はなく、家族や介護者との関係も良好であった。ある日、看護師が訪問すると「しまっておいた10万円がなくなった」「誰かに盗まれた」「あのヘルパーじゃないか」と訴えがあり、「本当にしまわれていましたか」「勘違いではないですか」となだめようとすると、「あんたが盗ったんだね」と騒ぎ出した。 なぜ「盗られた」と思い込んだのか? 物盗られ妄想 物盗られ妄想とは、根拠が薄弱であるにもかかわらず、誰かが自分の物を盗んだと非常に強く誤った思い込みをしてしまうことです。認知症との関連は深く、認知機能が比較的保たれている時期に生じることもあります。 さまざまな要因が考えられ、五感の低下や記憶障害、せん妄もその一因と考えられています。 この物盗られ妄想では、「盗まれた」という怒りから、他人への攻撃性がみられ、その矛先が、身近にいる家族や看護者・介助者に向かってしまうケースが多いです。そのことによる対人関係の悪化から、信頼関係の崩れにつながってしまうこともあるので注意が必要です。 物盗られ妄想への対応 対応としては、盗まれたことを頭から否定せず、まず訴えをよく聞き、「盗られた物」を一緒に探すなど、共感を態度で示すことが大事です。そうすることで、自分の訴えが聞き入れられたと安心し、落ち着く場合もありますので、たとえその場しのぎの対応だとしても、本人なりの納得が得られればよしとし、その時をやり過ごしましょう。 逆に、訴えを否定した場合、「どうしてわかってくれないんだ。やっぱり、この人が盗ったんだ」などと思い込み、症状の悪化を引き起こす危険性があります。説得しようと自分の意見ばかり伝えるなど、相手の話を聞こうとしない姿勢はとってはいけません。 療養者の気持ちが落ち着いたら、興味を別の話題に向け、「盗られた物」から気持ちをそらすようにするのもよいでしょう。 こうした症状は繰り返す傾向もあるため、症状のないときに本人とともに、身の回りを整理し探しやすい環境にしておきましょう。 また、妄想が特定の対象へ生じている場合は、本人を保護することも必要です。特に症状が激しいときは、薬物投与の検討も必要となります。 身近で援助している看護師も、攻撃を受けることは多くあります。そういった場合、むしろ、看護師を身近な存在と思っているために起こる行動といえます。自分の立場や状況をある程度判断する力が残っているからと考えて、それは看護者自身の責任と思わないようにしましょう。 こんな対応はDo not! × 訴えを聞かない× 言い分を頭から否定する× 無理に説得しようとする× 話を聞こうとせず、無視する こんな対応をしてみよう! まずは落ち着いたトーンで話し掛け、療養者の訴えをうなずきながら聞きましょう。 そして、なくなった物を一緒に探します。そのときは必ず、本人が探している場所と同じところを探すようにします。違うところを探すと「隠した」と疑われる場合があるためです。 探しながらどこに何があるかを確認し、種類別にわかりやすく整理をしていきましょう。 その際「○○さん、ここには何を置きますか?」「○○さん、ここには△△を置いておきましょうか」などと、物が混在しないよう促しながら作業を進めます。そして「○○さんはきれいに片づけるんですね。これは何ですか」などと、本人が探している物と違う話をするなど、療養者の気持ちが「盗られた物」に注意が向かなくなるように働きかけましょう。 執筆上原朋子(うえはら・ともこ)土浦協同病院附属看護専門学校教務副部長 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)上島国利ほか編.『全科に必要な精神的ケアQ&A:これでトラブル解決!』東京,総合医学社,2006,260p.2)遠藤英俊監.『痴呆性高齢者のクリニカルパス』愛知,日総研出版,2004,152p.3)服部英幸編.『BPSD初期対応ガイドライン』東京,ライフ・サイエンス,2012,171p.4)清水裕子編著.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)金川克子ほか監.『個別性を重視した痴呆性高齢者のケア:痴呆の基礎知識と痴呆性高齢者の日常生活・周辺症状への具体的な援助方法』東京,医学芸術社,2002,127p.

特集
2022年5月2日
2022年5月2日

退院前カンファレンスってどんなことするの?

退院前カンファレンスに参加されたことがありますか?参加したことがある人は気づいているかもしれませんが、退院前カンファレンスは、それぞれの医療機関や対象患者様、参加する構成メンバーによって内容が様々です。 そのため、スタンダードな退院前カンファレンスはどんなものなのか、感覚が掴みづらいという人も多いのではないでしょうか。 退院前カンファレンスを開催する目的や大まかな進行内容は基本的には同じです。ここでは退院前カンファレンスの基本的な概要にご説明します。 ポイントを掴んで、退院前カンファレンスで有益な情報を得ることができるようにしましょう。 退院前カンファレンスの目的とは? 退院前カンファレンスは、退院予定の患者様で、自宅での療養に在宅サービスを利用する必要のある場合に開催します。カンファレンスを開催する目的として、2つ挙げることができます。 一つ目は、入院医療機関が持っている患者様の情報を、直接在宅サービスの担当者へ情報提供することです。自宅にて訪問看護などの在宅サービスを利用する際に必要な情報について、直接顔を合わせて情報交換することができます。顔の見える連携が取れると、退院後にわからないことがあった場合でも、直接問い合わせがしやすくなります。 2つ目の目的としては、患者様、家族への安心感の提供です。事前に病院に来て、医療機関から訪問看護の担当者を紹介することで、患者様、家族が安心するということがあります。会ったことがない人に自宅で初めて会うというのは誰でも抵抗感があることです。 また、スタッフ同士が連携している様子を患者様、家族に見てもらうことにより、しっかりと情報交換ができて連携ができているのだと実感してもらえます。それが患者様、家族と在宅サービス担当者との信頼関係の構築と在宅療養への安心感に繋がります。 誰が参加するの?主催は? ほとんどの場合、退院前カンファレンスを主催するのは、入院している医療機関の医療ソーシャルワーカーです。医療ソーシャルワーカーが院内の関係職種や在宅サービスの担当者へ連絡し、カンファレンスの日程調整をします。 院内の関係職種については、対象となる患者様を担当している医師、病棟看護師、リハビリスタッフ、薬剤師、栄養士、地域連携関係部署の退院調整看護師、医療ソーシャルワーカーといったメンバーです。 在宅サービスからのメンバーとしては、在宅医、訪問看護師、ケアマネージャー、調剤薬局の薬剤師、歯科医師、歯科衛生士、訪問リハビリスタッフ、訪問ヘルパーなどです。必要に応じて、利用するデイケアやデイサービスの担当者や福祉用具業者、医療機器業者なども参加することもあります。 また、患者様、家族がカンファレンスに参加してもらい、希望や意見を聞いたり、医療機関側と在宅サービス関係者の連携の様子を見てもらったりします。 退院までの間に、これだけの人数を集めてカンファレンスをするには、日程調整が難しい場合もあり、すべてのメンバーが集められないこともあります。その時には、記録を作成し、患者様、家族に了解を取った上で、記録を各担当者へ送り情報共有を図ります。 退院前カンファレンスの内容は? 退院前カンファレンスの内容は、病気や治療、症状のコントロールに関すること、病棟での看護状況、リハビリの内容、処方内容や服薬の仕方、社会保障制度の活用状況、利用予定の在宅サービスの内容等について、情報共有とディスカッションをします。 入院中の管理を在宅でそのまま行うわけではありませんので、入院中に在宅に合わせた管理に移行するために打ち合わせをします。 また、患者様、家族の希望や意見、心配事などについても話をしてもらい、カンファレンスで検討します。 進行は、患者様、家族の話を聞きながら進めることもあれば、職種ごとに一通り基本情報のプレゼンを先に行うなど、患者様、家族のキャラクターやその場の雰囲気で司会進行する人が判断するでしょう。それぞれの担当者が情報をまとめた資料等を配布することもあります。 退院前カンファレンスでの収益計算 退院前カンファレンスに参加することは、担当する患者様が退院する前に多くの情報を得ることができますのでとても有益なことです。 しかし、参加するとなったら、医療機関まで赴く手間と時間とお金がかかりますよね。訪問の時間を削ってスタッフをカンファレンスに派遣するわけですから、在宅サービス事業者にとっては、退院前カンファレンスに参加して収益が出るのかは気になるところだと思います。 訪問看護ステーションの看護師が退院前カンファレンスに参加した場合には、退院時共同指導加算を算定することができます。 ただ、退院前カンファレンスに参加するメンバーや患者様の状態、複数の訪問看護ステーションの参加などの条件によっては算定できない場合もあります。算定要件には細かな規定があるため、算定する際は確認が必要です。 おわりに ここでは、退院前カンファレンスに関する基本的な概要についてご紹介しました。 在宅サービスを利用する退院予定の患者様の全てを対象に退院前カンファレンスを実施できれば良いのですが、急な退院決定により実施できなかったり、医療スタッフへの過剰な業務負担により開催が難しかったりし、全ての患者様に退院前カンファレンスを提供することができていないのが現状です。 しかし、退院前カンファレンスができないケースであっても、医療機関側と在宅サービス担当者が電話や文書による密な連携を図り、在宅療養を開始する患者様、家族の安心、安全のために努力する必要があります。退院前カンファレンスは情報共有の一つの方法です。上手に活用して、在宅療養サポートの充実につなげたいですね。 記事提供:株式会社3Sunny(スリーサニー)

特集
2022年4月26日
2022年4月26日

【管理栄養士のアドバイスvol.3】嚥下調整食ってどうやって作るの?

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第3回は、嚥下調整食準備のポイントを紹介します。 はじめに 摂食嚥下機能が低下した人のための食事作りは、介護家族にとって悩みの種であることが多くあります。安全においしく食事を楽しんでいただくために、家族ができる嚥下調整食準備のポイントを、実際の事例をもとに確認していきましょう。 この食事形態、何が問題? 訪問栄養指導を実施した利用者さんに、このような方がいらっしゃいました。 90代男性で、加齢とサルコペニアにより嚥下機能が低下、年に数回は誤嚥性肺炎で入院をされていました。訪問歯科医が簡易嚥下検査を行ったところ、食塊形成能力、嚥下クリアランス、嚥下のタイミングのそれぞれに、中等度の障害が認められました。家族と同居しており、調理は娘さんが行っています。 ある日の食事内容 訪問栄養指導では、当日、ふだんどおりの食事を用意していただきます。実際の食事を一緒に見ながら、食事形態の指導を行います。 その日の昼食は、①ミキサー粥 ②冷凍のソフト食おかずセット(主菜1品、副菜2品) ③手作りの煮物をミキサーにかけたもの ④温泉卵 ── でした。 一見すると、嚥下機能に配慮された適切な食事のように思えますが、実はいくつか改善すべき点があります。 では、一品ずつ確認していきましょう。 ①主食:ミキサー粥 ミキサー粥はデンプン分解酵素入りのゲル化剤を使うこと! 実際に用意されたミキサー粥を見ると、ベタベタと、スプーンにくっついてしまうような状態でした。 実はご飯にはデンプン質が多く含まれているため、ミキサーにかけると糊のようにベタベタしてしまいます。ベタベタと付着性が増したミキサー粥は、喉に張り付き、飲み込みがさらに困難になってしまいます。 対策としては、お粥用のゲル化剤を使用することです。 お粥用のゲル化剤(図1)は、通常のゲル化剤と異なり、「デンプン分解酵素」が含まれています。これを使用すれば、べた付きのもとであるデンプン質を分解し、同時にゲル化剤の作用でゼリー状に固めることができます。 図1 お粥用のゲル化剤 糊状だったミキサー粥が、フルーチェのようにつるんとした形状にまとまり、付着性が抑えられます。 詳しい使用方法は、パッケージをしっかりと確認しましょう。ゲル化剤の選びかたは、管理栄養士に相談すると、いろいろと教えてくれますよ。 ②主菜:冷凍のソフト食おかずセット 介護食品はユニバーサルデザインフードを活用しよう! 市販されている介護食品の多くは、パッケージに、ユニバーサルデザインフード(UDF)のマークがついています。 UDFには、摂食嚥下障害がより重度から順に、「かまなくてよい」「舌でつぶせる」「歯ぐきでつぶせる」「容易にかめる」の分類があります。 この利用者さんの食事は、UDF区分で「舌でつぶせる」の商品でした。UDFの「舌でつぶせる」は「学会分類2021」の3~4に該当します。 「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類 2021」より抜粋。文献1または 日本摂食嚥下リハ学会ウェブサイト「嚥下調整食学会分類2021」を必ずご参照ください。表の理解にあたっては、「嚥下調整食学会分類2021」の本文をお読みください。 家庭での調理が困難で、市販の介護食品を購入する場合は、この分類を確認し、適切な食べやすさの介護食品を購入することをおすすめしましょう。 どの基準の食品がよいかがわからなければ、歯科医師や言語聴覚士に嚥下検査を依頼し、適切な学会分類コードについて指導をしてもらいましょう。 ③副菜:手作りのミキサー食 手作りミキサー食は「まとまり」を意識! この方が召し上がっていた手作りのミキサー食は、食材の粒が少し残った状態で、特にゲル化剤やとろみ剤は使用されておらず、ただミキサーにかけただけの状態でした。 ここで注意するのは「まとまり=凝集性」です。 舌の動きが緩慢な人には、口に入れた際に、食材の粒がバラバラとばらけてしまうような食事は、誤嚥のリスクとなります。上手に食塊形成することができずに、口腔内に散在した食材の粒が、意図しないタイミングで喉頭に侵入することがあるからです。 そのような場合は、調理加工の段階で、まとまりやすく調整する必要があります。ゲル化剤を使用して、まとまりを付けるのがベストです。簡易的な方法としては、食材をミキサーにかけるタイミングでトロミ剤を少し加えることでも、まとまりが付きます。 実際の指導は? この利用者さんでは、歯科医師より「学会分類コード『2-2』~『3』の食事形態が望ましい」と指示がありましたので、その情報をふまえた指導を行いました。 指導は、家族の習得度に合わせ、数回に分けて実施します。食事を嚥下機能に合わせることはもちろんですが、本人の生活や嗜好を考慮することも重要です。 皆さんもぜひ、利用者さんがどのようなものを召し上がっているか、そしてその食事は嚥下機能に合っているのかという視点で、観察をしてみてください。 そして、指導が必要な場合は管理栄養士につなげるという選択肢も、ぜひ覚えておいてくださいね。 当記事に掲載している「学会分類2021(食事)とUDF区分」をまとめた資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第4回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食委員会.日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021.『日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌』25(2),2021,135-49.2)日本介護食品協議会.『わかるUFD』https://www.udf.jp/consumers/index.html3)江頭文江.『おうちで食べる!飲み込みが困難な人のための食事づくりQ&A』東京,三輪書店,2019,156p. 記事協力日本介護食品協議会ニュートリー株式会社株式会社フードケアヘルシーフード株式会社ヘルシーネットワーク https://www.healthynetwork.co.jp/

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