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コラム
2022年3月29日
2022年3月29日

父親の背中

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、梶浦さんの「いちばんの治療薬」のお話。 将来はお医者さんになる 私の家には、私が講義をしている大学の看護学部の学生たちが、何人もヘルパーとして働きに来ています。その学生たちに、なぜ看護師になろうと思ったのか聞いてみたら、「キッザニアの職業体験で興味を持ったから」「助産師になりたかったから」「災害看護に興味があったから」などさまざまな意見がありました。いちばん多かったのは、「親が看護師や医師などの医療職だったので、その影響を受けた」というものでした。 実は私も、父親が医師(外科医)です。祖父も医師で叔父たちも医師という、医師家系で育ちました。周りに医師以外の職業がいなかったので、物心ついたころから、自分も将来医師になるんだろうと思っていました。 今でも覚えていますが、小学校受験のときのことです。 面接官に「将来何になりたいですか?」と聞かれ、「お医者さんになりたいです」。「なぜお医者さんになりたいんですか?」と聞かれて、「お腹を切りたいからです」と答えました。その小学校には落ちたらしい……(笑)。 カッコよかった父親の姿 そんな感じで、何となく、幼稚園児のころから医師という職業に興味を持っていましたが、小学校低学年でそれが確信に変わりました。 小学校1年生のある日、それまで元気いっぱいだったのに、急に血尿を出して倒れました。急いで父親の勤務先の病院に行って検査すると急性糸球体腎炎という病気で、そのまま一か月間入院しました。 そこで初めて父親の白衣姿を見ました。 ふだん家では、お酒を飲みながらテレビを見てぐーたらしている父親が、いろいろな人に「先生」と呼ばれて慕われていました。その姿が、とてもカッコ良く、誇らしかった。 そのときに、自分も将来お医者さんになろうと強く思いました。 「いいなあ、パパは」 自分にも息子ができて一人の父親になりました。私は息子が2歳のときにALSになったので、息子は病気になってからの私しか覚えていません。 もし病気になっていなかったら、たくさん一緒に遊んで、休みの日はサーフィンやバスケ(私は小学校から大学までずっとバスケ部だったので)を教えたり、勉強を教えたり、とにかく大好きな息子と一緒にいろいろなことをしたかった。そしてバリバリ働く父親の背中を見せてあげたかった。 今の息子には父親はどう映っているのだろうか。そんなことを何となく考えていたある日、息子にこんなことを言われました。 「いいなぁパパは、毎日寝ながらテレビを見てて楽しそうで。宿題もないしさー」 息子には寝ながらテレビを見ている父親として映っているのか!?と思いつつ、楽しそうに映ってくれているのであればいいかと思い、少し安堵しました。 いちばんの治療薬だ 息子も今では8歳になります。 息子には「パパはALSっていう、全身の筋肉がだんだん動かせなくなっていく病気なんだよ」と、小さいころから、病名や症状を包み隠さず伝えています。そのため、息子も幼いながら私の病気を何となく理解してくれています。そして、毎年七夕やお正月などの行事のたびに「パパの病気が早く治りますように」とお願いごとをしてくれます。 そんな息子の気持ちに後押しされて、「どんな状態になっても今できることを最大限頑張ろう。そしていつまでも息子にとって尊敬できるカッコいい父親でいたい」という前向きな気持ちになれます。どんな治療薬よりも、息子の存在がいちばんの治療薬だ! 息子よ、いつもありがとう!! 宇宙一のお医者さん そんな息子が最近、「将来は宇宙一のお医者さんになる!」と言いはじめました。 宇宙に医師はいるのか!?と心の中でツッコミつつ、スケールの大きい夢をキラキラした目で語ってくれる息子を微笑ましく見ていました。 私の家は医師家系ですが、親に「医師になりなさい」と言われたことは一度もありません。私も息子には好きな仕事についてほしいと思っています。 ただ、ベッドにへばり付いているこんな父親の背中が、少しでも息子に影響を与えられているのであれば、素直に嬉しいなぁと思うのです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

訪問看護あるある座談会 vol.11 オンコール編

訪問看護では付き物のオンコール。いつ電話が鳴るかドキドキ…という体験があるのではないでしょうか。今回は訪問看護師さん3名にお集まりいただき、訪問看護でのオンコールのあるあるトークをしていただきました。 ■座談会に参加してくれた看護師さんプロフィール かずもともとヘルパーとして働いていたが、訪問介護先で出会った訪問看護師の仕事に魅力を感じて看護師になる。現在は訪問看護師2年目。 けん家族の在宅看取りの経験から訪問看護師を志す。急性期病院で2年働いたのち、地方の訪問看護ステーションに就職。訪問看護師4年目。 みほ訪問看護の実習で暮らしが見える面白さを感じ、新卒から訪問看護師になる。オンコールやプリセプターもしている中堅ナース。訪問看護師6年目。 ドキドキだけどやりがいもあるオンコール担当 空耳だけど聞こえてくる着信音 かず:オンコールは3ヶ月くらい前から始めたばかりです。 みほ:オンコールは初めての経験かと思うのですが、電話持っていてドキドキしませんか? かず:いや、もうそれはドキドキしますよ。夜はいつかかってくるか分からないので、お風呂もいつ入ろうかタイミングが分からなくて。 けん:あるある! かず:やっぱりあるあるなんですね。(笑)持って最初に鳴った電話が、なんと間違い電話だったんですよ。訪問している方やよく電話が来る方ならまだいいのですが、あまり知らない利用者さんからの電話が来たらどうしようと思いますね。 みほ:何の疾患で何のお薬飲んでいるかとかの基本情報から確認が必要なこと、あるあるですね。 けん:ちなみに、夜中に起きては携帯をパカパカ開いちゃうんですけど、ありますか? かず:それはもちろんあります。中途覚醒がすごくて…。 けん:そうそう。寝落ちした時に「やばい!」って起きてパッと電話開いて、着信来てないとホッとします。病院の心電図モニターみたいに「あれ、電話鳴ってる?」ってなります。 かず:僕はまだ大丈夫なんですけど、他の先輩はよく空耳があるって言っていますね。 けん:僕は始めたばかりのころは週2〜3回くらいオンコールを持っていたので慣れるのも早かったんですけど、週1回だと慣れるのが大変そうですね。 かず:まだ慣れないですね。新規の利用者さんも来ますし、ある程度は情報収集しているんですけど、1週間で状態も変わりますし。先輩の緊急訪問の記録を見て、これが自分だったらどんな対応ができていたかな、って考えることもありますね。 みほ:救急搬送とかも最初は焦りますよね。 かず:そうですね。私はまだ1人で決めることはないのですが、でも緊急性が高くて迅速な対応をしなくてはならない場合に、もちろん先輩や医師に相談するし、でも現場に向かわなきゃならないし、一人前になるのは本当に大変です。それはもう繰り返しやるしかないんだろうな、と思います。 けん:一人前ってよく言われますけど、僕もまだわからないこともあるし、その時は所長に電話して聞いちゃいますし、訪問の独り立ちって定義が難しいなと思いますね。 みほ:独り立ちとは言われているけれど、私も全然聞いていますね。相談できる環境があるのがベストだと思っていて、一人で訪問はするけど、一人で抱え込まなくていいのかなと。 ドラマよりドラマティックな体験も けん:かずさんはオンコール持ち始めて、緊急訪問はしましたか? かず:今まで3回は訪問しましたね。1回は「もう息をしてない」って連絡があって、着いたらもう心音も停止していて、息もしていなくて。それが最初の緊急訪問でしたね。 けん:最初からお看取りだったんですね。 かず:そうなんです。その方はがんのターミナル期だったんですが、あと1週間とか1ヶ月とかそういう状況ではなくて、ゆくゆくは自宅でお看取りという話だったんです。私が担当していた利用者さんで、その前の週も訪問して「また来週も来ますね」って話していたところだったんです。奥様が起きたら亡くなっていたそうで、急変した、というか、安らかに息を引き取られましたね。 みほ:かずさんが担当していた利用者さんだったからこそ、かずさんのオンコールのタイミングのご逝去だったのかもしれないですね。 かず:同行した先輩も同じようにおっしゃっていました。先輩も契約の時に一緒に訪問してくれていたので、そういうタイミングだったのかもしれません。奥様が後悔はなくやり切ったとおっしゃっていて、そのときに自分が看護師になって本当によかったなって思いました。緊急電話を持たないとできない体験だったかもしれません。 みほ:突然のご逝去ってオンコールを持っていないと立ち会えない場合が多くて、運命的な何かがあるのではないかと思います。けんさんは同じような経験とかありますか? けん:そうですね。僕が訪問していた利用者さんで、結構お元気な方だったんですけど、週末に「最近寝ている時間が増えた」って奥さんからコールがあったんです。大きく体調は変わりなかったので経過観察になっていたんです。週明けに僕が訪問して挨拶したら、「ああ」って言って手を挙げてくれたんですが、そのタイミングで息が止まっちゃって。僕もびっくりして「〇〇さん!」って大きい声で呼んだり、奥さんにも「急なことだけど大丈夫ですか」って声かけたりして。何度もご逝去時の訪問はしていたので慣れているつもりだったんですけど、呼吸が止まる瞬間に立ち会うのはその時が初めてで、今思うと相当テンパっていましたね。自宅にいたいと話していたので、最後まで家で過ごせたのは良かったんじゃないかと思います。それが最近あった、びっくりしたお看取りでしたね。 みほ:待っていたんですかね。 けん:みんなにそう言われます。長く担当していた利用者さんで、今は奥さんのところに訪問させてもらっています。ドラマよりドラマティックですよね。人生の少しだけしか関わってないけど、人生を見せていただくありがたみとか、やりがいや幸せを分けてもらっているところもありますよね。記事編集:NsPace

インタビュー
2022年3月22日
2022年3月22日

精神科訪問看護師は利用者を孤立させない

精神科訪問看護に特化するN・フィールド。今回は精神科訪問看護で求められていることについて、取締役の郷田泰宏さん、看護師の中村創さん、精神保健福祉士の谷所敦史さんに語っていただきました。(以下敬称略) お話郷田泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師谷所敦史 株式会社N・フィールド 精神保健福祉士 精神病床でも在院期間が年々短縮化 [郷田]精神疾患も含め、病気の治療は基本的には病院で行われるものです。しかし入院治療をみると、医療費適正化政策によって入院期間は年々短縮化が進められています。 2010年には18.2日だった一般病床の平均在院(入院)日数は2019年には16.0日に。精神病床においても、2010年に301.0日だった在院期間が2019年には265.8日に短縮されています。 一般診療科も精神科も、病院での治療が終わったら、リハビリテーションなども含めたフォローは在宅で。今、日本の医療はそうした方針で動いているのです。 治療継続と孤立防止 [郷田]そこで、私たち精神科訪問看護が担うのは、治療の継続です。 精神疾患は、病院での治療が終わればそれで完治というものではありません。慢性疾患に近い側面があり、病院で集中的な治療を受けた後の継続的な治療において、当社のような訪問看護の役割があると考えています。 一方で、精神科訪問看護では、利用者さんを「疾患や障がいのある人」としてみるだけでなく、「地域で暮らす生活者」としてみる視点も必要です。 社会資源と結びつけることで終わらずに [郷田]精神の疾患や障がいを持つ人は、いろいろな症状の影響で、どうしても孤立しがちです。そこを、私たち訪問看護師が、デイサービスや就労移行支援事業所など、地域の社会資源との間に入って調整する、孤立させないようにする。 疾患や障がいがある人も、自分たちの居場所を求めています。そういう人々に、居場所や役割を提供していくこと。そして、単に社会資源と結びつけるだけでなく、利用者さんが今どういう状態にあるかという情報提供をすることも、訪問看護師の大事な役割だと考えています。 何かあったときに、利用者さんがすぐに相談できる存在として、私たち訪問看護師がいる。 訪問看護師は、在宅医療の一つのパーツにすぎません。利用者さんを中心に、地域のサポート資源全体で支えていく。そのために、私たち精神科訪問看護を上手に使ってもらえればと考えています。 生活を自分で成り立たせるサポート [中村]当社の利用者さんは、約4割が統合失調症系の疾患のある人です。次いで、依存症系、うつなどの感情障害系、パーソナリティ障害系の人が多い傾向にあります。実際に訪問すると、案外、自分で生活できている人が多い印象です。そこで私たちが果たす役割は、生活をご自分で成り立たせることへのサポートだと考えています。 実際に在宅で利用者さんを支援していると、精神科訪問看護に対する医師からの要望は、主に二つあります。一つは、利用者さんが在宅で安定して生活できているかどうかの確認。もう一つは内服状況の確認です。 精神疾患のある人は、ある程度生活ができていても、ちょっとしたことでつまずき、そこから生活がガタガタと崩れてしまうことがあります。私たちはそうならないよう、対処法を一緒に考えたり、部分的に手をお貸ししたりするわけですが、かといってできないことを肩代わりしてもいけない。この調整が、実はいちばん難しいと考えています。 看護師とは異なる側面からの支援 [谷所]当社では、看護師だけでなく、ソーシャルワーカーや作業療法士も参画し、多職種チームで利用者さんをサポートしています。私はソーシャルワーカーとして、看護師とは異なる側面から、在宅生活を円滑に送れるよう支援しています。 利用者さんには、偏食や過食がある、生活リズムが一定しない、金銭管理ができないなど、生活障害を抱える人も多くいらっしゃいます。経済的支援や地域サービスによる支援が必要でも、それをご自分で見つけるのが苦手な人もいらっしゃいます。そうした人と、支援制度や支援機関などの社会資源とをつないでいくのが、私たちソーシャルワーカーの役割です。 最近は、外来患者のソーシャルワーク担当制を採用していない病院が少なからずあり、そうした病院から「外来患者の障害年金の申請を手伝ってほしい」といった依頼が来ることもあります。 病院と連携して、病院では手が回らないところを請け負い、調整しながら利用者さんの生活を支えていく。地域でそうした役割を担うことも増えてきました。 医療だけでは支えきれない部分を、ソーシャルワーカーがカバーしていく。さらには、ゴミの出しかたや洗濯機の使いかたがわからないなど、小さいようで本人にとっては大きな悩みに、作業療法士が対応し生活の底上げを図っていく。 各職種が強みを生かし、多角的な支援を行うことによって、精神疾患のある人の在宅生活を支えているのです。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)厚生労働省.「平均在院日数」『平成22年(2010)医療施設(動態)調査・病院報告の概況』2010,22.2)厚生労働省.「平均在院日数」『令和元年(2019)医療施設(動態)調査・病院報告の概況』2019,21.

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

クローン病

クローン病は、長期にわたる栄養療法が必要となる場合が多く、QOLへの影響が大きい内部障害の一つです。 病態 クローン病は、潰瘍や線維化を伴う炎症が、消化管に生じる疾患です。口腔から肛門までの消化管のあらゆる部位で起こる可能性があります。小腸と大腸、なかでも小腸末端部で好発します。特徴的なのは病変の分布で、病変部と病変部の間には正常な部分がみられます。 クローン病の原因は諸説あり、遺伝的要因に、ウイルスや細菌などの感染や腸内細菌叢の変化、食事中の成分を抗原とする反応など環境要因が複雑に絡みあった結果の、免疫系の異常反応と考えられています。 クローン病は、炎症性腸疾患(大腸や小腸の粘膜に、慢性的な潰瘍や炎症が起こる疾患)に分類されます。他には潰瘍性大腸炎も炎症性腸疾患です。どちらも難病に指定されています。 潰瘍性大腸炎は、炎症が生じる部位が大腸粘膜に限られていて、クローン病とは発症年齢や男女比なども異なります。 疫学 クローン病が好発するのは10歳代~20歳代の若年者で、男女比は約2対1と男性に多い疾患です。最多発症年齢は男性で20~24歳、女性では15~19歳です。クローン病は先進国で多い疾患で、特に北米やヨーロッパでの発症率が高く、環境衛生や食生活が大きく影響していると考えられています。動物性脂肪やたんぱく質の摂取量が多く、生活水準が高いほど発病しやすいと考えられています。喫煙も発病リスクの一つとされています。 欧米ほど発症頻度は高くありませんが、日本でも近年患者数は右肩上がりです。 2019年度末時点のクローン病での受給者証所持者数は、約4.5万人に上ります。患者数のピークは30~40歳代で、年齢が高くなるにつれ減っていきますが、75歳以上の患者もいます。 症状・予後 症状は、患者によっても、またどの部位に病変があるか(小腸型、小腸・大腸型、大腸型)によっても異なり多様です。主な症状は下痢、腹痛ですが、発熱、下血、体重減少や全身倦怠感、貧血などもよくみられ、痔瘻などの肛門病変もしばしば伴います。 狭窄や穿孔、瘻孔を合併することがあります。また、関節炎や虹彩炎、結節性紅斑などの皮膚症状、成長障害など消化管外の合併症も多く、症状には個人差があります。長期経過例では下部消化管悪性腫瘍のリスクが高まることも知られています。 治療法 薬物療法と栄養療法が基本です。消化管狭窄・穿孔、膿瘍などの合併症に対しては、手術も適応になります。各種治療を組み合わせて、活動期は疾患の活動性を制御し、栄養状態を維持しつつ、寛解期は炎症の再燃・再発を予防が治療の目標になります。 近年の薬物療法の進歩により、多くの患者で寛解状態に至ることが可能になっていて、将来は手術の必要な患者は減っていくと予想されています。ただし、症状が小康状態でも病状は進行すると考えられているため、治療の継続や定期的な検査が大切です。 薬物療法 症状がある活動期には、5-アミノサリチル酸(ASA)製剤、ステロイド、免疫調節薬などが用いられます。5-ASA製剤や免疫調節薬は、症状改善後も再燃予防の目的で継続的に使用します。これらの治療法では効果が十分でない場合は、分子標的治療薬(抗TNFα受容体拮抗薬)が用いられます。血球成分除去療法が適応になる場合もあります。 栄養療法 栄養療法の目的として、栄養状態の改善に加え、腸管の安静維持や食事からの刺激の回避などによる症状改善も重要です。栄養療法には、経腸栄養法(成分栄養)と中心静脈栄養があります。経腸栄養法は長期の管理となることから、脂肪製剤の静脈投与などが必要になります。 短腸症候群などで経腸栄養ができない場合には、中心静脈栄養の絶対的適応です。近年、TPN管理下でのセレン欠乏が報告されているため、セレン欠乏症による諸症状(心筋障害など)も知っておくとよいでしょう。 一般の食事に関しても、低脂肪・低残渣の食事が推奨されていますが、病変部位や消化吸収機能によっても異なるため、主治医や管理栄養士と相談して病態上許容可能な食品を探します。 看護の観察ポイント 経口摂取や消化吸収の不良により栄養状態が悪化しやすいため、定期的に採血データのアルブミン値やBMI値を把握し、大きな体重変動は医師と情報共有することが大切です。下痢により体液量や電解質バランスが崩れることがあるため、排泄状況などの確認も重要です。再燃・再発予防のための服薬も適切に行われているか、把握しておきましょう。経腸栄養法や中心静脈栄養を利用している患者には、栄養状態のほか、その管理方法にも目を配り、必要ならば使用法を助言します。 監修あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『クローン病(指定難病96)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/219〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『クローン病(指定難病96)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/81〇「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(久松班).『大腸炎・クローン病診断基準・治療指針』厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業.令和2年度分担研究報告書.2021.〇厚生労働省.『難病・小児慢性特定疾病』令和元年度衛生行政報告例.2021-03-01.

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

【短期記憶障害】認知症患者が同じ話を繰り返す原因&対応を解説

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第5回は、同じ話を繰り返し、説明したことを守ってくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。つじつまの合わない言動がみられ、同じ話を何度も繰り返している。レビー小体型認知症があり、下肢の筋力低下もあり、歩行時にふらつきがみられる。 本人はもともと自立心高く活動的である。転倒リスクのため、移動したいときは一人で動かず、介助者を呼ぶように伝えているが、決して人を呼ばない。これまでも転倒を繰り返し、出血斑が多数ある。 なぜ患者さんは、同じ話を何度も繰り返すのか? 認知症の症状の一つに、記憶障害があります。 記憶は、▷覚える(記銘) ▷保存する(保持) ▷必要なときに思い出す(再生) ── の、三段階から成り立っています。そして記憶障害には、短期記憶障害と長期記憶障害の二種類があります。 短期記憶障害 数分前に起こったことなど、新しい事柄を覚えることができない長期記憶障害昔からしてきたこと・知っていたことを忘れる ・エピソード記憶・意味記憶・手続き記憶 認知症では、数分前に起こったことを思い出せない短期記憶障害と、自分が体験したことなどを忘れてしまうエピソード記憶障害がみられることがあります。 また、多くの情報を一度に処理できません。自分の言いたいことや頭に浮かんだことを繰り返して話をしていると思われます。 なぜ患者さんは説明を無視して一人で動くのか? 短期記憶障害のため、そもそものコミュニケーションがとりにくい状態です。「どこかに行かれる際は、手伝うので、人を呼んでくださいね」と説明していても、そのこと自体を忘れてしまっている状況だと考えましょう。また、患者さんはもともと自立心が高く、活動的な人です。「一人で動ける」と思っています。 繰り返す言動への対応 患者さんの行動の理由 患者さんは、記憶障害のために、聞いたことや言ったことを忘れてしまい、同じ話を繰り返していると考えられます。そして、繰り返し聞いてくる内容は、患者さんが気になっている・困っている・不安に思っていることなどの場合もあります。さらに、一度に多くの情報が処理できないので、自分の言いたいことだけに注意が向いてしまう場合があります。 対応の一つとして、訴えている理由や気持ちをしっかり聞いて、安心できるようにすることや、原因を推測しながら対応を重ねていくことも大切です。 同じことをあまりにも繰り返す場合は、「テレビを見ますか?」などと声を掛けて、別の物や場所へ興味・関心が向くように接してみるのもよいかもしれません。 患者さんを不安にさせない対応 患者さんと話がかみ合わず、看護師もイライラやストレスを感じることがあるかと思います。また、つい感情的になって強い口調で対応してしまったり、いい加減な対応をしてしまうかもしれません。 しかし、そんな対応をとられると、患者さんはプライドを傷つけられ、不安に感じます。看護師には、「患者さんは初めて話しているんだ」と思って対応する態度が求められます。 転倒の危険性 加齢の変化とともに、転倒や転落といった事故に遭遇するリスクは高くなりますが、認知症を患うことで危険の察知や予測、的確な判断を下す能力の低下などにより、そのリスクはさらに高くなります。 レビー小体型認知症の症状 レビー小体型認知症は、認知機能障害だけでなく、パーキンソン病のような運動機能障害があるのが特徴的で、幻視もみられます。初期には記憶量が軽度であることが多いですが、日によって認知機能も変化します。 レビー小体型認知症では、パーキンソン症状による運動機能の低下、認知機能障害、注意障害が原因となって転倒を繰り返すことがあります。さらに、自律神経障害をきたすことがあり、起立性低血圧からも転倒を起こす危険性があります。 患者さんの行動パターンから予測する 生活パターンの把握や排泄行動を観察することで、患者さんの行動を予測しながら支援することも大切です。患者さんがそわそわしたり、物音がしたり、何らかの身体的サインがみられる場合は、「何か用事はありませんか?」「そろそろ、トイレに一緒に行ってみませんか?」と、排泄パターンに合わせて声を掛けてみるのも効果的です。 一人で行動する背景には何らかの理由があると考え、その理由を、行動や発言から把握することです。 こんな対応はDo not! × 何度も聞いた話なので無視したり、いい加減な返事をする× 「この前も説明しましたよ」と指摘し、責める× 「なぜ一人で歩いたんですか!」「危ないでしょ」と叱る 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)飯干紀代子.『今日から実践認知症の人々とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2011,142p.6)鈴木みずえ編.『急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア』東京,日本看護協会出版会,2013,232p.7)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.9)本間昭監.『認知症のある患者さんのアセスメントとケア』ナツメ社.2018,142-3.

インタビュー
2022年3月15日
2022年3月15日

ソーシャルワーカーが地域での受け入れ体制を支援

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。実際のサービス提供は、一般の訪問看護とどう違うのだろう。今回は同社の看護師・中村創さんと、精神保健福祉士・谷所敦史さんに、現場で感じる感覚について語っていただきました。(以下敬称略) お話中村 創 株式会社N・フィールド 看護師谷所 敦史 株式会社N・フィールド 精神保健福祉士 精神科病院ができることには限界がある [中村]精神科病院を受診する患者数は、年々増加しています。2002年には約224万人だった外来患者数は、2017年には約389万人まで増加(注1)。現在は400万人を超えているのではといわれています。 一方で、指定訪問看護ステーション数は、2021年6月現在、全国で約1万3000拠点(注2)。患者数に比べて圧倒的に少ないうえ、すべてのステーションが精神科訪問看護に対応しているわけではありません。 この圧倒的な数の不足が、訪問看護、なかでも精神科訪問看護の難しさだと思います。しかしだからこそ、これからどんどん変化が出てくるところにやりがいを感じています。 訪問看護に注力すると、病棟で看護していたときより、患者さんの変化に気づくことができるようになります。それを目の当たりにした看護師もまた変わっていきます。 精神科訪問看護はまだ試行錯誤のなかにあると思いますが、そういう相互作用の繰り返しが変革をもたらすところに、やりがいも、おもしろさもあると思っています。 [谷所]私は触法障がい者(注3)を支援する病棟で勤務していた経験があるのですが、そういう方たちの退院を支援するには、地域とのつながりが必須となります。しかし病院では、できることに限界があります。だから私は地域で活動したいと考え、N・フィールドに入社しました。 現実には、訪問看護ステーションに勤務するソーシャルワーカーはまだまだ少数です。しかしだからこそ、この先、もっと道がひらけていくと考えています。 10年、20年入院している方を病院が退院させるのが難しいなら、地域のほうで働きかけ病院から外に出ていただこうと思っていて。「私たちが地域で支えていくので退院させてください」と言えたらいいですよね。 地域の理解が社会復帰の潤滑油に [谷所]地域での受け入れ体制を整備するため、N・フィールドでは「住宅支援サービス」も行っています。 「住宅支援サービス」とは、精神疾患があるなどさまざまな理由によって、地域での住居探しが困難な人に住居を見つけ、入居後も訪問看護師と連携しながら生活をサポートしていくサービスです。 このサービスも含め、国の政策の一つでもある長期入院の解消を進めるにはどういう活動ができるかを考えていく。そこが面白いのです。社会的入院からの社会復帰は以前よりは増えてきていますが、まだ十分とはいえませんから。 [中村]そこには、地域での精神疾患のある人への理解度が大きく影響していると思います。 ある町内会では、地域の清掃活動に精神科の外来患者さんも加わり、住民と一緒に清掃をしています。清掃が終われば、住民が精神疾患のある人にもごく自然に「参加してくれてありがとう」と声を掛けてくれる。そういう地域と、人里離れた山の上に精神科病院があって精神疾患のある人と出会ったこともない地域とでは、精神疾患に対する受け止めはまったく違います。 ソーシャルワーカーがいることの意味 [谷所]地域で何か事件を起こした人に精神科受診歴があると、それによっても空気が変わります。そうした報道があると、精神疾患がある人の地域復帰のハードルは一気に高くなってしまいます。 事件に至る人は非常に特異なケースです。しかし、そうした人も地域で支える何かがあれば違っていたのではないかと感じます。その「何か」の一つが、精神科訪問看護でありたい。 そういう意味で、地域でもっと訪問看護を知ってもらいたいですし、もっとうまく活用してほしい。地域で医療につながっていない方も、私たちソーシャルワーカーが動くことでつなげていければと考えています。 実際、保健所などからの依頼で、契約していない人の家に同行訪問することもあります。そうした社会貢献も当社のソーシャルワーカーの役割です。 ソーシャルワークに出会えていない人に支援を届けていくことで、訪問看護を知ってもらえますし、地域のメンタルヘルスケアにも貢献できます。全国規模の会社ですから、そこを丁寧にやっていきたいと考えています。 [中村]精神疾患を持ち、つらい思いをした時期があってもそこから立ち直り、しっかり生活できている。それを、医師や支援者ではなく、経験した本人が語るほうが、よほど説得力があります。北欧では、先行く先輩としてそうした人たちを「経験専門家」と呼んでいます。経験を語る場の提供に、当社もかかわれたらと考えています。 注1 厚生労働省.『精神疾患を有する外来患者数の推移(疾病別内訳)』『精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築のための手引き(2020年度版)』2021,5.注2 一般社団法人全国訪問看護事業協会.『令和3年度訪問看護ステーション数調査結果』注3 触法障がい者とは、法に触れる行為をしてしまった知的障がい者・精神障がい者をいいます。 記事編集:株式会社メディカ出版

特集 会員限定
2022年3月15日
2022年3月15日

【セミナーレポート】精神訪問看護 みんなが楽になるコツ

2022年1月21日に実施されたNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「精神訪問看護 みんなが楽になるコツ」。訪問看護ステーションの統括所長である精神科認定看護師の小瀬古伸幸さんを講師にお迎えし、精神科訪問看護とはなにか、現場では具体的にどんなサポートが求められているかなどを教えていただきました。地域の精神病看護における実践的なノウハウがつまった貴重なセミナーの一部をご紹介します。 【講師】小瀬古 伸幸さん訪問看護ステーションみのり 統括所長、精神科認定看護師、WRAPファシリテーター、Family Work Practitioner経歴:精神科単科病院勤務後、2014年に訪問看護ステーションみのりに入職。2016年には同組織の奈良事業所を開設し、所長に就任。2019年より現職。精神病の利用者さんに対する訪問看護の実践はもちろん、近年はその家族の支援にも注力する。著書に「精神疾患をもつ人を、病院でない所で支援するときにまず読む本」(医学書院)がある。 精神科訪問看護で起こりがちな失敗と基本的な考え方 精神科訪問看護では、利用者さんが「自分らしく生きる」ための方法を本人と一緒に考え、自己決定をサポートします。私が所属する訪問看護ステーションでは、「精神症状と付き合いながら、生活を組み立てていくサポートをしている」と説明しています。重要なポイントは、こちらの考えを押しつけるのではなく、利用者さんの自己決定を支援するという点です。精神科訪問看護に携わりはじめたのころの私は、これができていませんでした。無意識のうちに利用者さんを説得しようとしたり、不安を煽ってしまったりしていたんです。例えば「薬を飲まないと症状が再燃して入院になりますよ。だから薬を飲むべきだと思いますが、どう思いますか?」といった具合です。結果的に、たくさんの利用者さんから拒否されてしまい、「脅しや尋問を受けている感覚になる」という言葉をいただくこともありました。私としては、「どう思いますか?」と意見を聞いているので、なぜ拒否されるのかわからなかったのですが……。このままではいけないとコミュニケーションの術を学び、改めて自身の発言を振り返ることで、私の対応は、利用者さんにとって脅威になっていると気づいたんです。現在では「利用者さんが自分らしい生き方を叶えるサポートをする」のが精神科訪問看護だと考えています。 常に利用者さんの真意を探りながら自己決定をサポートする 先にお話ししたとおり、精神科看護の大前提は自己決定を支援することです。では、自己決定とはなにか。さまざまな事象について主体性をもって自ら選択、決定し、その後も自身の判断に関与していくことをいいます。そして看護師には、決定後の関与の部分までサポートすることが求められます。例えば、アルコール依存症の方がお酒を断つと決めたとしましょう。しかし、スリップを繰り返す様子を見ると、私たちはつい「この人は嘘つきだ、意志が弱い」といったレッテルを貼ってしまいがち。しかし、スリップの背景には必ず理由があるものです。「どんな気持ちだったか」「どんな経緯があったか」「その判断、選択の理由はなにか」といった問いかけをし、その理由、ひいては『その人らしさ』を知ることが必要になります。 「精神科訪問看護の基本の型」を理解し、フェーズに合った支援を では、自己決定の支援だけをすればいいのかというと、もちろん違います。そこは大前提として、精神科訪問看護の軸は、「早期警告サイン(症状が再燃していく兆候)を同定し、対処法を一緒に考えること」にあります。そのためには、「精神科訪問看護の基本の型」を理解したうえでサポートしていくのがいいでしょう。まず、症状の度合いを「普段の生活」「調子の変化」「生活の支障」「破綻の危機」の4段階に分けて考えます。各段階は以下のような状態を指します。 ・普段の生活「いい感じだ」と思える状態。一般的にイメージされる健康的な生活ではなく、本人が充実していると感じられる生活を送っている状態。・調子の変化「いい感じの自分ではない」と感じるタイミングが少しずつ増えている状態。・生活の支障症状が明確に現れはじめ、就業できなくなるなど、日常生活がままならなくなる状態。・破綻の危機症状が活発になり、入院も視野に入れなければならない状態。 例えば、音楽が好きな利用者さんが、曲を聴かなくなったとします。その理由が「疲れているからあえて聴かなかった」のであれば、対処しているとして経過を観察してもいいかもしれません。しかし「自分でも理由はわからないけれど、なぜか聴いていなかった」なら、調子の変化のフェーズに入っている可能性があるため、対処法を検討すべきでしょう。また、破綻の危機のフェーズまで進んでしまった場合は、薬の投与や入院など打てる手は限られます。なお、訪問看護の現場では、生活の支障と破綻の危機の間の段階で対応するケースが多くなっているのが現状です。もっと前の段階で対処し、普段の生活に戻していくことが求められています。 対話時の「自分の位置」を意識し、利用者さんの言葉を引き出す 病気の改善に向け、利用者さんと対話していくなかでは、まず本人の欲求をヒアリングしてみましょう。利用者さんはどんな状態になりたいのか、今なにが不足しているかを聞き、その答えから目指すべきゴールを明確にします。そして、確実にゴールに近づけるようにサポートしていくのです。 このときに気をつけたいのが、対話をする際の「自分の位置」。人と人とが対話を始める際、多くの場合社交辞令から入ります。そこは問題ありませんが、多くの支援者が失敗してしまうのは、社交辞令のあとの流れです。「支援者本位」の話をしてしまい、利用者さんが心を閉ざすという流れはよく耳にします。大事なのは、上の図の「ここから開始」の部分。社交辞令のあとは「相手が話したいこと」に移行することです。その対話のなかで肯定的な反応を引き出せるようになれば、自然と支援者が聞きたいことも話してくれるようになります。対話のなかで、利用者さんから「でも」や「だって」などといった否定的なニュアンスの言葉が聞かれるようになったら、要注意。支援者本位になっている可能性大です。 精神科訪問看護ではなによりもまず利用者さんの気持ちに寄り添って 幻聴や妄想といった症状は、対話だけで解消するのは難しいでしょう。私は、精神科訪問看護でまず目指すべきは、利用者さんの気持ちに寄り添うことだと考えます。幻聴や妄想の根底には、怒りや不安などの感情があるもの。そうした感情が脳のフィルターをとおり、症状として現れるのです。そんなつらさ、先の見えない不安な気持ちに寄り添うことが、私たちには求められます。利用者さんから症状についての説明を聞いて、まずは「それはつらいですね」と共感の声をかける。そうやって寄り添うことで、薬物療法も功を奏すものです。 Q&Aセッション 幻想や妄想について聞いても良いものでしょうか? ぜひ聞いてください。利用者さんのなかには、周りの人に症状について話しても信じてもらえなかったり、うんざりされたりといった経験をしている方が少なくありません。そんな経験をするうちにだんだんと話さなくなり、ひとりで抱え込み、症状が悪化、または固定化していってしまいます。私の経験を振り返っても、関係性ができてきたころに「こんなふうに話を聞いてもらったのは初めて」とおっしゃる方はとても多いです。じっくり話を聞き、寄り添ってあげてください。 ●小瀬古さんからのお知らせ●日々の忙しさのなか、隙間時間を利用して、いつでもどこでも、短時間で精神科訪問看護について学べるようにYouTube「TOKINOチャンネル」を開設しました。お見逃しのないよう、ぜひ、チャンネル登録をよろしくお願いします! 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年3月15日
2022年3月15日

かぶれ?褥瘡?臀部が広範囲に赤くなっている場合のアセスメント

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第6回は、3日間下痢便が続き、臀部が広範囲に赤くなっている患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 98歳女性。 おむつで排泄しています。ここ3日間下痢便が続き、まったくベッドから出ない生活になってしまいました。臀部が広範囲に赤くなっているようです。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 臀部の発赤がみられる事例です。 皮膚のびらんの原因は、下痢便であることは確かだと思われます。発赤が紅斑化していれば、末梢血管がすでに損傷を受けていると判断されます。 ベッドから出ない生活、皮膚の浸軟、下痢による栄養状態の悪化・脱水から、褥瘡を生じている可能性も高いです。 どちらも、早期に適切な皮膚ケアを行うことで悪化を防ぐ必要があります。 ここに注目! ●下痢便による、びらんの可能性がある。●皮膚のびらんだけでなく、褥瘡を生じている可能性がある。 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・皮膚トラブルについて(時期、範囲、経過、疼痛・瘙痒感などの随伴症状)・下痢の原因・頻度と経過・おむつ交換の回数と、陰部・臀部の皮膚の清潔ケアの方法と頻度 客観的情報の収集 かぶれ かぶれとは、化学的刺激への接触により皮膚炎を生じた状態です。紅斑や丘疹から始まり、びらんとなります。 便によるかぶれであれば、肛門部を中心に、下痢で汚染される範囲にみられます。真菌感染等を併発することもあるため、難治性の場合は速やかに報告する必要があります。 皮膚の清潔度 肛門部・臀部・陰部の清潔度合いを観察してください。きれいにできておらず便が残っていると、便による化学的刺激が除去されていないため、皮膚症状は改善しません。 また、きれいにしようとこすることによって、その摩擦により皮膚トラブルが悪化することもよくあります。清潔度とともに、どのようなケアを家庭で行っているかを確認するとよいでしょう。 褥瘡  褥瘡の好発部である、体圧が集中する仙骨部の皮膚を観察します。周囲のかぶれとの違いを観察し、赤みが強い場合は、紅斑化している可能性が高いので、一時的な発赤なのか、紅斑化した初期の褥瘡かを、判別することが重要です。 紅斑化した初期の褥瘡では、出血や滲出液がみられないため、視診した際には単に「赤くなっている」という印象しかありません。褥瘡好発部位に発赤を発見した場合は、それが紅斑化していないかを必ず確認してください。 紅斑化している場合は、押しても白くならず赤いまま、または、赤みが戻るスピードが速くなります1)。これは、毛細血管に障害があって血流が妨げられているサインです。Ⅰ度の褥瘡になっていると考えられる状態です。これを見逃さず、早めの対処をしましょう。早期発見は早期治癒への近道です。 さらに、水疱があり、滲出液が出ている場合はⅡ度と判定されます。早めに褥瘡・皮膚ケアの専門家に状況を伝えて、相談してください。 報告のポイント ・皮膚トラブルの部位、範囲、湿疹の種類、分布の特徴、随伴症状・褥瘡の有無とリスク・下痢の原因と経過 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)日本褥瘡学会学術教育委員会ガイドライン改訂委員会.褥瘡予防・管理ガイドライン.第3版.http://www.jspu.org/jpn/info/pdf/guideline3.pdf

特集
2022年3月15日
2022年3月15日

[2]一方的に進めない! エンゼルケアでもコミュニケーションが重要

日ごろより、コミュニケーションに留意していることと思いますが、エンゼルケアでもご家族とのコミュニケーションがとても大切です。ケアする側からの一方的なケアになってしまう部分がないよう、適切な声かけや説明、相談を行いましょう。看取りの場では、ご家族の意向を最優先するという心構えが必要です。 これまでの「死後処置」を見直す 北は網走から南は奄美大島まで、全国各所にエンゼルケアの講演や研修会に伺いました。それで見えてきたことの1つは、長らく行われてきた「死後処置」の内容は全国的におおむね標準化されていたということ。実施の流れだけでなく、お顔用の、充実しているとは言い難い化粧品類がお菓子の缶などに入れてある、といったことまで多くの現場で一致しており、そのことに驚きました。 「こうするもの」と伝えられてきたこの死後処置を、看護師の皆さんは真摯にていねいに実践してきたことと思います。 しかし、ご家族の希望や意向をしっかり伺うようになり、それまでの実施には一方的な面があったことがわかってきました。 例えば、亡くなった方の口が開いている場合、これまでは当然閉じることがベストだと考えた対応が行われてきましたが・・・・・・。 あるケースではこんなやりとりがありました。 看護師「開いているお口ですが、いくつか閉じる方法がありますので、これからご説明します」ご家族(亡くなった男性の妻)「いえ、無理に閉じなくていいです。亡くなったときに口が開いていたなら、それが楽なのかもしれないから。もう、夫には微塵も頑張らせたくないんです」 亡くなった男性は白血病で何度目かの化学療法にトライしていました。闘病生活を支えてきたご家族だからこそ「これ以上はがんばらせたくない」と感じたのだと思います。 また、幅広の包帯を顎下にぐるりと回して頭頂部で結び、顎を引き上げて口を閉じる対応がなされた方のご家族は、そのときの思いをこう話しました。 「縛られて、苦しそうで、痛そうで、つらかったけれど、そうしなければいけないのかと思い、口に出せませんでした。それからずいぶん経ちますが、つらい記憶として今も残っています」 ケアする側がよかれと思って実施することでも、ご家族は希望しない場合があります。十分にコミュニケーションを取りながら、ご家族の希望や意向にできる範囲で対応することが大切です。 ご家族の希望に柔軟に対応するための留意点 さまざまなご家族の希望に柔軟に対応するためにも、コミュニケーションを取る際は以下の2つのことに留意します。 ①ご家族はご遺体を生きているときと同様に気遣うことが多い、予想を超える希望も少なくない、と含んでおく 死亡告知を受けており、頭では死亡したことを理解していても、ご家族はご遺体を生きているときと同様に気遣っていることが多いです。これは、さまざまなケースからわかってきました。 前出のケースのように、口が開いていたほうが楽かもしれないから閉じないでほしい、縛られて苦しそう、という思いもその例ですね。 他にも「痛み止めの坐薬を入れてほしい」と希望したり、顔に四角い白い布をかけるかどうかの問いに対して「夫はまだ心臓が止まっただけだから、亡くなった人みたいにしないで」と応えたり、冷却の説明に対して「冷たくて寒そう」と応えたケースもあります。 ある在宅での看取りの場面では、ご遺体を「一度起立させてほしい」との希望があり、担当の看護師がサポートして実現したこともあります。 ②ご家族の承諾は不可欠 第1回でもふれましたが、エンゼルケアの場面では、ご家族の承諾を得て進めることがポイントです。 また、ご家族に判断して承諾していただくためには、それをなぜ行うのか、どんなふうに行うのか、など実施内容についての適切な説明と提案をし、希望や意向を伺うことが必要です。 入浴についてのコミュニケーション例 では、具体的にどのようなコミュニケーションを行えばよいでしょうか。ここでは入浴を実施する場合を例にご説明します。 看護師「それでは、よろしかったら、これから○○さんにお風呂に入っていただきませんか? 介助する人数としても可能な状況ですので。お身体の今後の変化のことを配慮し、ぬるま湯でシャワー浴の形で。いかがでしょう?」 エンゼルメイクの入浴では、身体をあたため腐敗を助長する恐れがあるため湯船につかることは避け、ぬる湯によるシャワー浴が望ましいのです。 ご家族「えー!? お風呂はうれしいけれど。おじいちゃんは湯船につかるのが何よりも好きだったんです。最近ずっと湯船に入れていなかったんだから、最後くらい入れてあげたいわ。絶対、入れてあげたいです!」 この希望を受けて、あらためてご遺体の状況や気温から腐敗リスクを評価し、この後の葬儀社による冷却が始まる時間も合わせて検討し、次のように提案します。 看護師「それでは、短時間になりますが湯船に入っていただきましょう。そして、お風呂から出られたらすぐに胸とお腹を冷やしましょう。そうすれば、その後のお身体の変化をかなり抑えられると思います。いかがでしょうか?」 この提案に対し、ご家族が承諾したなら、入浴を実施してすぐに冷却を行います。ご家族が承諾せず、「ゆっくり湯船に入れてあげたい」と希望されたなら、腐敗現象による漏液など、つらい事態について理解されていないかもしれないと考え、あらためて説明し、承諾を得られるようにします。 ご家族への説明や提案は簡潔にわかりやすく ご家族は、エンゼルケアの場面について何もご存じではないことが多いのですが、死後の身体の変化のことなどから一つひとつ説明することは現実には時間的に限界があります。 そのため、エンゼルメイクを始める前に、 看護師「これから清拭や着替え、お顔のスキンケアやお顔色のカバーなどを始めたいと思います。ご質問や気になる点、また『こういうふうにしてほしい』といったご希望がありましたら、遠慮なく仰ってください。では、始めてよろしいでしょうか?」 というようにおおまかに説明し、承諾を得てから実施します。そして、ケアを行いながら可能な範囲でご家族への声かけと説明を行うとよいでしょう。 適宜簡略化しながら説明や提案を行うためにも、ご家族に渡す文書の作成がポイントとなります。文書を受け取ったご家族もたいへん安心されるのでおすすめします。文書の活用については連載の第8回で詳しくご紹介します。 ワンポイントメモ同席していただく際の声かけは「お願いします」がおすすめ声かけでは「ご家族に同席していただかなければエンゼルケアを行えない」という状況を伝える表現が必要です。例えば、次のような声かけがおすすめです。「これから、○○さんらしく身だしなみを整えたいと思いますので、(ご家族の)どなたかにご同席をお願いします(or どなたかに、付き添っていていただきたいです)」 ある緩和ケア病棟では、声かけを「ご一緒になさいませんか?」から「同室をお願いします」に変更したところ、ほぼ皆さんが同室されるようになったとのことです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年3月15日
2022年3月15日

網膜色素変性症

網膜色素変性症は、網膜にある細胞が障害され、次第に視力が衰えていく遺伝性の疾患です。患者数は60歳代にピークがありますが、先天盲の原因にもなっています。 病態 目の奥にある網膜には、外から入った光を感知して信号に変換する細胞や、信号を脳に伝える視神経線維などが存在し、眼球に入った光を脳に伝えます。 網膜色素変性症は、この網膜の働きに進行性の異常を生じる疾患です。 視神経には、桿体細胞と錐体細胞の、二種類の細胞があります。桿体細胞は、中心窩以外の網膜全体に存在します。主に暗所で働き、明暗を判別します。視野にも関連します。錐体細胞は、明所でおもに働き、色を判別します。黄斑部に多く存在します。 網膜色素変性症は、桿体細胞の障害が主体です。暗所で物が見えにくい(夜盲)、視野が狭くなるといった症状が最初に出現し、病状の進行とともに視力が低下していきます。 網膜色素変性症は遺伝子異常によって起こり、多くは単一の遺伝子の異常が原因です。ただし、原因となる遺伝子異常の種類は多く、それぞれに応じてタイプがあるため、それも症状などの多彩さの一因になっています。 なお、親からの遺伝が明らかに認められる患者は全体の5割程度です。 疫学 日本における有病率は4,000~8,000人に1人の割合とされています。2019年度末時点の網膜色素変性症での受給者証所持者数は、約2.3万人です。ピークは60歳代で、75歳以上の人が4割弱と高齢者での受給が目立ちます。一方、小児の受給例もあり、一定程度の障害を持つ人は幅広い年代に分布しています。 症状・予後 夜盲が特徴的です。夜盲と視野狭窄が、初期に自覚されやすい症状です。 病状の進行に伴って、視力低下や色覚異常、羞明(まぶしく見える)、光視症(光が視野の一部に走って見える)などが生じます。これらの症状は、すべて両眼で進行します。 網膜色素変性症は、途中失明の原因にもなり、早ければ40歳代で失明状態に至ります。ただし、光が感知できず視野が真っ暗になるような例(医学的失明)はあまり多くはありません。 同じ病名、遺伝子異常でも重症度や進行スピードが違う例も報告されているため、病状の見通しなどは専門医に確認してください。 白内障や黄斑浮腫を合併する場合があります。これらの合併症に対しては、通常の治療を行います。 治療・管理・リハビリなど 確立された治療法はありません。対症療法として、βカロテンの一種やビタミンA、ビタミンE、網膜の血液循環を改善する薬などがありますが、効果については明確な結論は出ていません。現在、遺伝子治療や網膜移植、人工網膜などの研究が進められている段階です。 ロービジョンケアの観点から、視覚を補うための用具を活用することも、生活支援につながります。コントラストのはっきりした食器や調理器具、ルーペ、書見台など簡単な補助具や、百円ショップで入手できる代用品でも、QOLの向上が見込めることが多くあります。ロービジョンケアに理解のある眼科医など、専門家につなぐことが重要です。 最近の技術革新は目覚ましく、視覚障害者がパソコンやスマートフォンを操作できる音声ソフトなどもあります。白杖や、羞明のための遮光眼鏡、夜盲のための暗所視支援眼鏡といった専門的な補助具もあり、専門家のアドバイスを求めることがとても有効です。 一定程度以上の視覚障害は、身体障害者手帳の対象です。症状の程度に応じて社会福祉制度を利用することも推奨されます。 看護の観察ポイント 視力低下や視野狭窄のため、周囲にある物に気づきにくく、衝突や転倒の原因になります。医師やケアマネジャーなど多職種とともに、患者の生活習慣をふまえ、室内環境や外出時のサポート体制などを整えることが大切です。 障害の程度に応じて補助具を活用するとともに、後の視機能の低下に備え、症状が進行する前から操作に慣れてもらうことも推奨されます。 白内障などの合併症もあるため、症状の進行が疑われる場合は、そのつど医師に情報提供し受診につなげます。 ●視力低下や視野狭窄などの症状が進行していないか●日常生活に支障が出ていないか●転倒などがないか●視機能低下に対する補助具を使用できているか●必要な社会福祉制度に橋渡しされているか●視力視野の低下に対して患者の不安や焦りなどが大きくなっていないかなど 監修あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班網膜色素変性診療ガイドライン作成ワーキングクループ.『網膜色素変性診療ガイドライン』日本眼科学会雑誌.121(12),2016,846-961.〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『網膜色素変性症(指定難病90)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/196〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『網膜色素変性症(指定難病90)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/337〇厚生労働省.『難病・小児慢性特定疾病』令和元年度衛生行政報告例.2021-03-01.

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