2022年1月6日
第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その1]知りたい、BCP(事業継続計画)対策!基本的知識と策定手順をわかりやすく解説
イメージしてください。皆さまの地域で東日本大震災と同じような規模の地震が発生したり、新型コロナウイルスのような感染症が蔓延したらどのように対応しますか? そして、スタッフや利用者さんの安全をどのように守りますか? 事業所を継続的に運営するうえで、さまざまなリスクを想定した対策が必要です。今回は、安全配慮義務や自然災害対策としてBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)について考えていきます。
介護事業所ではBCP(事業継続計画)の策定が義務化されました。介護事業者との連携も多いなかで、訪問看護ステーションでもBCPの策定に取り組んだほうがよいのでしょうか。ぜひ取り組んでみてください。緊急事態にしっかりと対応できる、強い事業所づくりに必要な計画です。また、BCPの体制がしっかりできていないと、災害時に安全配慮義務違反に問われる場合があります。
安全配慮義務とは
会社等組織は、従業員や顧客が生命、身体等の安全を確保するために必要な配慮をする法律上の義務を負います。これを安全配慮義務といいます。
この安全配慮義務は、大規模な自然災害に対しても適応されます。東日本大震災による津波被害をきっかけとした多くの津波犠牲者訴訟では、従業員や顧客に対する企業の安全配慮義務が大きく取り上げられました。
これは、訪問看護ステーションでも同様です。スタッフや利用者さんの生命や健康に被害があり、それが事業所側の安全配慮義務違反によるということになれば、損害賠償責任を負うこととなります。さらに、事業所としてのマイナス評価による信用損失など被害はさらに甚大となります。
安全配慮義務に違反しないためのポイント
裁判例から「安全配慮義務違反」になるかどうかのポイントには2つあります。
第1のポイントは「自然災害発生後の情報収集体制が構築できているか」という点です。管理者は情報収集行動を行う担当者を決め、収集した情報を判断権者へ報告するしくみを構築する必要があります。具体的には判断する管理者が不在でも、責任権限が自動移譲される体制などをマニュアルへ記述することや、マニュアルの内容を従業員に対し教育・訓練で周知することです。
第2のポイントは「報告を受けた情報にもとづき適切な判断と行動がとれるか」という点です。情報を受けた判断権者ができる限り最善の判断ができるよう、最悪のシナリオなどを想定した訓練を平時から行っておく必要があります。
管理者がこうしたしくみや対策を講じていなければ安全配慮義務違反に問われる可能性があります。また、このポイントを押さえたBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)を策定する必要があります。
BCPとは
自然災害に起因した安全配慮義務に対応したBCPを策定するにあたっては、BCPの定義や概念などの基礎的な内容をしっかりと理解する必要があります。
内閣府による「事業継続ガイドライン」では、BCPは「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不側の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」と定義されています。つまり、BCPとは自然災害だけではなく、経営に重大な影響を及ぼすようなリスクをすべて対象としています。
また、BCPは災害が発生した緊急時のみを対象としていません。BCPは緊急事態を乗り切った、その後、重要事業復旧までどのようにしてたどり着くかがテーマとなっています。そのため、重要事業復旧を順調に進めるために、事前に準備しておく必要があるのです。要するに、BCPは事前準備から重要業務再開までの取り組みということになります(図1)。
図1 BCPの範囲
BCP策定の手順
BCP策定の基本的な手順は次の①~⑩のとおりです。①基本方針の策定②対象とする災害リスクの特定③重要業務の決定④目標復旧時間の設定⑤重要な経営資源と対応策⑥財務状況の診断⑦BCP発動フロー⑧緊急対策本部の編成⑨教育・訓練の実施計画⑩見直し・更新
BCPの策定がゴールではなく、平時から教育や訓練を行いBCPの実効性を高め、新しい知識をふまえた定期的な見直しと更新も手順にしっかりと組み込むことが大切です。ここでは紙面の関係上、特に重要な①~③の項目についてポイントを解説します。
①基本方針の策定BCP策定に取り組む目的を明確にします。何のために策定するのか、事業所の理念や基本方針との整合性を考えながら表現を工夫しましょう。例えば、次の3つの視点で目的を検討し、事業所の姿勢を関係者に知ってもらいます。・スタッフの視点 スタッフとその家族の安全と生活を守る。・利用者の視点 利用者さんの健康・身体・生命を守る。・地域社会の視点 地域の人々と協力しながら復興に貢献する。
②対象とする災害リスクの特定地震、風水害、火災・爆発、広域停電、テロ、集団感染など考えられるリスクを洗いだし、そのリスクがどのくらい起こりやすいのか、そのリスクが起こったとき業務にどのくらい影響するのかを評価し、優先すべきリスクを特定します。リスクを評価する際には地域のハザードマップなどを参考にするとよいでしょう。
③重要業務の決定リスクが発生した場合、どの業務を優先して守るか、どの業務から復旧するかの視点で、業務の優先順位を決めます。重要業務を決めるにあたっては、通常の業務と緊急時に発生する業務を抽出し、その業務が停止した場合の影響を考えていきます。表1には、通常の業務と緊急時に発生する業務の例と、業務停止による影響および緊急度を示しましたので参考にしてください。
表1 通常の業務と緊急時に発生する業務の例
【緊急度基準】SA:間断なく継続、A:数時間~24時間以内に開始、B:1~3日以内に開始
そして、重要業務が決定すれば、それをいつまでに復旧し、復旧するための経営資源をどのように確保するか、また、リスク発生時に取るべき具体的な行動を検討していきます。
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BCPの策定にあたっては、介護施設・事業所を対象としていますが、厚生労働省ホームページの「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」が参考になります。スタッフや利用者さん、そして地域に安心を与えられる事業所をめざし、ぜひBCPを作成してみてください。
・緊急時における事業の安全配慮義務の観点からもBCPの策定は必要です。・BCPの定義や概念などの基礎的な内容を理解し、基本的な手順に則りBCPを策定してみましょう。
齋藤 暁株式会社ムトウ 執行役員 コンサルティング統括部 部長・CPS事業部 部長 ●プロフィール中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/記事編集:株式会社照林社