2021年6月8日
この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。
訪問看護事業は、医療の在宅化が進んだことで重要性が高まる一方で、経営が安定しない、スタッフの確保が難しいなど、多くの課題を抱えています。第1回の対談では、新幹線の清掃会社であるテッセイと訪問看護ステーションに共通する経営課題についてお話いただきました。
ビジネス界で注目されるテッセイと訪問看護の共通点
芳賀:
テッセイはビジネス界では知られた存在です。アメリカのハーバード・ビジネス・スクールのMBA(経営学修士)でも教材として取り上げられており、私たち経営学者もよく参考にしています。
テッセイは、親会社であるJR東日本から新幹線の清掃業務を受託している、典型的な子会社です。お客様からの苦情や従業員のミスが多く、離職率も高い状態で、JR東日本グループのなかでも評判があまりよくない企業でした。
改革を行った矢部氏はテッセイの親会社であるJR東日本の上級管理職でした。最悪な状態の清掃会社を立て直すという使命を持ってテッセイに入り、そして見事に業務を立て直しました。
ただ、テッセイの仕事は難易度が高いもので、改善は簡単ではありませんでした。
新幹線の車内清掃は、新幹線が終着駅に着き再出発するまでの12分間で済ませる必要があります。しかもその12分にはお客様の乗降に必要な5分間も含まれているので、実質的には7分で全車両のシート・テーブル・床・トイレを清掃しなければなりません。
テッセイの清掃員たちの業務量は、ボーイングの大型飛行機1機分の清掃の半分の時間で、6機分清掃するのと同じといわれています。
そのような大変な業務でありながら、経営もサービスの質も、人の働き方も劇的に変えたことで、成功事例として取り上げられるようになったのです。
この点を踏まえて、訪問看護事業とテッセイの共通点、異なる点を考えていきたいと思います。
矢部氏は、テッセイに入って最初にすべての事業所を回り、従業員からヒアリングをしました。そして、従業員一人ひとりは真面目な人が多く、個人の資質のせいでこのような業績になっているわけではない、ということを発見しました。それであれば、やり方を変えればうまくいくと確信したのです。
訪問看護ステーションで働いている看護師さんたちは、そもそも看護師をやろうと志した段階で、高い職業意識を持っているはずです。個人の資質が一定レベル以上にあることは、テッセイと訪問看護の共通点といえます。
異なる点は、その仕事をやりたいと思って選んだかどうかではないでしょうか。看護師は、看護師の仕事をやりたくてなった人が多いと思います。一方、かつてのテッセイの従業員には、どんな仕事をやってもダメで、仕事がなくてここに入ったという人が少なくありませんでした。
大河原社長はこの本を読んで、働いている人たちの気質についてどのように感じましたか。
大河原:
おっしゃるとおり、真面目で個人の資質が高い人が多いところは訪問看護と共通していますね。
そのほかにも、新幹線の車内清掃と訪問看護はまったくかけ離れた業種ですが、意外に共通点があると感じました。
実は看護業界のなかでは、訪問看護はまだ人気があるとはいえない仕事です。国内には100万人以上の看護師がいますが、訪問看護師はそのうちのわずか4、5万人(※2)で、病院に比べるとまだ地位が確立されていない状況です。そのような中、真面目な従業員にやりがいを持って働いてもらうにはどうしたらよいか、という課題はテッセイと同じだと思いました。
また、新幹線の車内清掃に7分という時間制限があるように、訪問看護でも1件30分とか60分といった時間制限があります。テッセイも訪問看護も、限られた時間内で最大限パフォーマンスを発揮しなければならないというところが、似ていると思います。
【テッセイの改革】
清掃の仕事は3K(きつい・汚い・危険)と呼ばれて敬遠されがちな職業であり、テッセイも希望の企業に就職できなかった人や失業した人が、最後にしかたなく応募するような会社でした。そんなテッセイで矢部氏は、社員たちに『誇り』と『生きがい』を持たせることに成功し、改革を成し遂げました。どのようにして、現場スタッフの意識を変えたのでしょうか。
矢部氏は、現場のポテンシャルを下げている原因が『本社の管理体制』と『仕事に対する世間のイメージ』であることを突き止め、制服を変え、本社の体制も変え、社員のやる気を引き出す戦略を一つひとつ実践していきました。そして、かつては『いわれたことだけ』をこなしていたような社員を、新しいサービスを自分たちで考え提案するまでに変身させたのです。
今後の訪問看護事業に求められる組織的な運営へのシフト
大河原:
訪問看護事業所の6割以上は5名以下の小規模事業所です(※3)。それだけ企業規模が小さいと、経営者も従業員も手弁当でやることが少なくありませんが、手弁当ではいつか限界がやってきます。年間1,000近い事業所が生まれて1,000近い事業所が撤退する、これが訪問看護業界の実態です(※4)。
しかし、訪問看護事業も大規模化していかないと効率化できません。そして業務を効率化しないと、経営資源を人に集中させることができない。訪問看護は人が主役の事業であり、時間で動く業務なので、今後、効率化は大きな課題になっていくと思います。
芳賀:
テッセイは矢部氏の改革によって、現場スタッフが誇りと生きがいを持って働けるしくみをつくることに成功しました。訪問看護業界は、まだそうしたしくみができあがっていない状況ということですね。
政府や厚生労働省は、医療保険制度と介護保険制度のなかで、ある程度の企業規模を持つ訪問看護事業者を想定した動きをしているように見えます。訪問看護も、組織化して一定の業務効率を持ちながらサービスの質を上げていかなければならない時期に来ているのかもしれません。
組織としてどう運営していくかという視点が必要になってくるでしょう。その意味でも、テッセイの業務改革は参考になる部分が多いと思います。
ただし、テッセイの改革は、最悪の状況、マイナスからのスタートでした。リカバリーはまだ設立7年ですし、訪問看護も業界としてまだ確立されていない、いわばこれからの業界です。今の訪問看護事業は無から有をつくる段階であり、そこは大きく違うといえます。
大河原社長をはじめ、訪問看護ステーションの経営者の方々には、新しい考え方にも前向きに取り組んでいっていただきたいと思います。
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名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授
芳賀 裕子
【略歴】
慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。
Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師
大河原 峻
【略歴】
看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。
【参考書籍】
※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社
【参考資料】
※2 厚生労働省 平成30年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況 就業保健師・助産師・看護師・准看護師 結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/18/dl/kekka1.pdf
※3 厚生労働省 アフターサービス推進室活動報告書(Vol.15:2014年3月~6月)平成26年6月30日
https:/www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol15/dl/after-service-vol15.pdf
※4 一般社団法人 全国訪問看護事業協会 令和2年度 訪問看護ステーション数 調査結果
https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/r2-research.pdf