2021年5月25日
医師のいない場で医療的判断を行うスキルと在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)
第3回ではマネジメントスキルなどについてお話をさせていただきました。今回は、医師のいない場で医療的判断を行うスキルや在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)についての考え方をお話したいと思います。
訪問看護師に必要な8つのスキル・知識
①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル
②本人・家族の平時の生活を想像するスキル
③他職種とコミュニケーションを取るスキル
④マネジメントスキル
⑤医師のいない場で医療的判断を行うスキル
⑥在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)
⑦医療制度・介護制度などに関しての知識
⑧礼節・礼儀などを実践できる素養
訪問先での不安感
病院や外来診療所に勤務されている看護師さんは、医師がいない場で医療的判断を行うことに心的ハードルを感じられることが多いと思います。私自身、いくつかの病院で在宅医療部の立ち上げの支援をさせていただきましたが、その際に在宅医療部に配属となる看護師さんを決めるステップの時に、かなり時間を要することがありました。やはり在宅医療という未知の分野に入ることに対しての不安感や、自身のスキルに対して不安に思うことなどが影響していると考えています。
また、実際に配属の看護師さんが決まっても、訪問看護師ではなく同行看護師として業務を開始することが多いです。少し複雑ですが、同行看護師は訪問診療の際に医師に同行する看護師であり、一人で患家には訪問しません(在宅患者訪問看護指導料など、医療機関からの訪問看護に関する算定は発生しないモデル)。そういった同行看護師さんに伺うと、一人で患家に訪問することに対してのハードルとしては、
1.何かあった時にひとりで対応できるか不安である。
2.患家で医療的判断を本人・家族から求められたとしても、それは医師の仕事だと思うので困る。
と、おおよそ上記2点に集約されました。
1.何かあった時にひとりで対応できるか不安
「慣れ」の話になるかもしれないですが、病棟勤務や外来勤務といった基本的に医師が傍にいる状況、もしくは院内PHSなどで緊急時に医師にすぐに連絡がつく環境での勤務経験が長いことに起因すると思われます。
しかし、詳しく話を伺うと、病院勤務であれ、外来勤務であれ、何かあった時にひとりで対応した経験がある看護師さんは非常に多いことがわかりました。よく考えれば、これは医療有資格者として普通のこととも言えますが、訪問看護というもののイメージ沸かず、これまでと違った環境での業務が、その不安を助長させている可能性を示唆しています。
2.医療的判断を本人・家族から求められたとしても、それは医師の仕事だと思うので困る
1の不安感に繋がる部分もあると思いますが、医療の方針などをご本人やご家族に説明するのは医師、という考えを強く持たれていることが要因と考えられます。医療的判断における看取り方針の確認や、薬剤の使用判断などについての判断は、通常医師が行いますが、より療養に近いレベルでの判断は、病院でも実際は看護師さんが実施しています。例えばバイタルのチェック回数やタイミング、食事介助方法、発熱患者さんへの水分摂取促進などがそれにあたります。これらももちろん医療的判断ですが、そのすべてに対して医師の指示があるわけではありません。
つまり、訪問先で求められる医療的判断の階層レベルの不明瞭さにより、こういった考えに至るものと思われます。とはいえ、こういった不安や考えを持たれていることは事実であり、現に訪問看護師として働かれている方も、このような気持ちをもって働かれている方もいらっしゃると聞きます。これらの訪問先での不安などを解決するために必要な考え方やスキルをお話したいと思います。
医師のいない場で医療的判断を行うスキル
医療的判断を行うスキルについて、ここではどういった症状に対して、どういった医療的判断を行えばよいか、といった具体的な疾患・症候別の話ではなく、どういった考え方に基づいて、訪問看護師として医療的判断を行うかをお話します。
その考え方は基本的に、訪問看護師さんが訪問先で医療的判断を行う範囲を決める作業と、急変時の対処方法を確認する作業の整理となります。具体的には、これまで何度もお話していることではありますが、まずはご本人やご家族への方針確認の際に望んでいること、やってほしくないことを吸い上げることから始まり、そこに本人の病態やADLなどに合わせて、医師から医療的・日常療養的包括的指示を受けます。これにより、訪問看護師が実施できる枠組みが決まり、この枠組みの中で訪問看護師として医療的判断を実践することになります。
この時に、医師からの包括的指示のみでは、訪問看護業務が本人や家族の意向に沿うものかどうかがわからなくなるため、必ずこの意向確認が必要となります。また、急変時の家族不在時の連絡方法や搬送基準なども、本人・家族や主治医とともに決定されていれば、医師がいない場での医療的判断について、訪問看護師として困ることや不安に感じることは大幅に減ることと思います。
前述の「何かあった時にひとりで対応できるか不安」や「患家で医療的判断を本人・家族から求められたとしても、それは医師の仕事だと思うので困る」といった思いについては、この枠組みが決まっていない、もしくは枠組みが見えていないことに起因すると思われ、訪問看護師として何をどこまで行ってよいのか、またどこまで判断してよいのかが不明瞭になっている事が非常に多いことが要因と思われます。
まとめると、医師のいない場で医療的判断を行うスキルというのは、本人や家族の意向と医師から包括的指示の確認+緊急時の対応方法の確認、これらを確認するスキルと言えます。ただし、日常業務が忙しい中で、利用者さん全員の具体的な意向や、搬送基準などの吸い上げが難しい場合もあると思います。その際は、独居の方、重症度が高い方、看取り目的で在宅療養を開始した方をまずは優先し、実施してみてください。
いずれにせよ、やはり重要になるのは第1回目に述べた「本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル」となります。
在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)
「看護は芸術である」というナイチンゲールの言葉があります。おそらくこれにはさまざまな意味合いがあると思いますが、ここでは、利用者さんの疾患やADLに対しての療養環境を、どういった考え方のもと、みなさんが持っている看護技術を用いて整えていくか、という視点でお話したいと思います。
以前、「本人・家族の平時の生活を想像するスキル」の回で「探偵力」という単語を使い、利用者さんの日常の療養生活を想像するためのスキルについてお話しましたが、今回は療養環境を整えるための「工夫力」についてです。
療養環境の整備には、ご本人やご家族の思いを吸い上げた上で、それを達成するため、またはそれに少しでも近づけるために、看護師さんならではの視点・感覚が必要となりますが、この環境整備のためのスキルを工夫力と捉えています。重要なことは、「おそらく○○だろう」といった自身の主観をもとにした判断でアプローチしないことです。
たとえば、分かりやすい例としては、排尿行動による転倒に対しての療養生活の整備です。転倒を減らすには、ポータブルトイレの設置による動線管理や、オムツの使用、膀胱留置カテーテル挿入といった動線自体をゼロにする方法があります。この方法により転倒は減ると思われますが、ポータブルトイレの設置が「転倒は危ないから」といった判断材料のみであった場合、前述した「ご本人・家族の思いを吸い上げ、それを達成できるか」の検討が無いことになり、主に介護者視点でのリスク管理的な療養環境の整備となってしまいます。ご存じのように、排泄は本人の自尊と強く関係するため、排泄方法の変更の際は、まずご本人がどうしたいか?家族としてはどうあって欲しいか?といった意向を確認してから、トイレまでの動線確認およびその改善、移動をサポートする方法の提案、夜間のみのポータブルトイレ利用といった看護師さんだからこそ気付く工夫力を発揮していただきたいです。
ただし、認知症の方などの場合、転倒リスクを低下させることが優先になることもあります。ここで注意していただきたいのは、認知症の方はこれまでの行動が刷り込まれていることが多く、排泄方法をトイレからポータブルトイレに変更する場合、ポータブルトイレが排泄する場であると認識するのが難しいことがあるということです。そのため、例えばご本人にインプットされているトイレまでの動線上にポータブルトイレを置き(場合により、動線を塞ぐ形で)、少しずつそれが排泄する場であると認識できるように誘導する、といった工夫もあると思います。他に褥瘡の処置などでも、ご本人の状況や意向で、どの程度まで改善を目指すのかを確認し、それに対して工夫力を生かす、といったことも同様の考え方です。
ここでは非常にわかりやすい例として、排泄による転倒に対しての療養環境の整備を挙げさせていただきましたが、さまざまな療養下にある利用者さんの意向に沿う形で、みなさんの「工夫力」を発揮し、ご本人・ご家族と一緒に「看護は芸術」として、その療養環境を作り上げていってください。
本コラム第4回目として、医師のいない場で医療的判断を行うスキルと在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキルついて述べさせていただきました。次回は、医療制度・介護制度などに関しての知識ついてお話したいと思います。
医療法人プラタナス松原アーバンクリニック訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士
久富護
東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。