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インタビュー
2021年8月13日
2021年8月13日

オーストラリアで出会った訪問看護の魅力/海外訪問看護

オーストラリアでは訪問看護師特有の業務形態により、長年従事する看護師が多いため、求人の空きがなかなかないそうです。また、急性期、慢性期に分業されているため高いスキルが求められます。今回お話を伺った本田一馬さんは、オーストラリアで看護師資格を取得し、さまざまな経験を経て急性期の訪問看護師になりました。これまでの経緯や働き方、日本との違いについてご紹介します。 オーストラリアで訪問看護師になるまで Q 訪問看護師を目指したきっかけとは 高校卒業後に語学留学のために中国へ渡りました。その後、オーストラリアに移動したので、看護師資格を取得したのは27歳のときです。当時、オーストラリアでボランティアをしていて、そのなかで「看護師になってみてはどう?」と声をかけていただいたことがきっかけとなり、看護の道に進みました。 学生最後の実習で訪問看護を経験し、今までのクリティカルな領域とは大きな違いを感じました。患者さんと関わる中で、医学的な治療よりも住み慣れた家や家具、愛するパートナーやペットたちに囲まれた環境で、話を聴いてもらうことが一番の特効薬になり、大きな力が生まれることに気が付いたんです。 卒後はすぐにでも訪問看護師として働きたいと懇願しましたが、スタッフは経験8年以上のベテランばかり。師長からは「経験を積んできなさい」と諭されてしまいました。その言葉通り、救急外来や集中治療部、研究や老人ホーム勤務などの経験を積みました。その後も訪問看護の魅力が忘れられず、採用枠が空くのを待ちました。そしてある時、奇跡的にも1つポジションに空きが出たことで、念願だった急性期訪問看護師チームの一員になることができました。急性期訪問看護チームはなかなか求人情報が出ないこともあり、私の働いている医療機関ではゴールデンジョブと呼ばれることがあります。 急性期の訪問看護師の仕事 Q 急性期に特化した訪問看護とは オーストラリアの訪問看護は急性期と慢性期に分かれており、急性期では、1日3~4人の患者さんを訪問しています。1人当たり、約1~2時間かけて看護ケアを提供しています。また、日本でいうオンコールのような夜間対応はなく、必要があれば速やかに救急外来の受診をすすめています。 おもな仕事は、蜂窩織炎、骨髄炎、肺炎などを患った患者さんに在宅で抗生物質の投与を行うことがメインとなります。ほかには乳房摘出術後のドレーン管理などです。オーストラリアでは、ドレーンの抜去や抜糸なども看護師が行います。 急性期訪問看護チームの役割は、患者さんをできるだけ地域で看ることによって病院への入院を防ぐことです。そして容態が安定していても継続した点滴管理が必要な患者さんを、私たちのチームで受けることによって早期退院を目指し実現させることです。 患者さんの紹介は個人医院や病院からの紹介になりますが、入院されている患者さんが在宅でケアすることが可能かどうか退院前に確認し、難しそうであれば医師に対して意見することもあります。在宅では1人でケアすることになり、責任もありますからね。実際に働いてみて、やはり高い知識と技術、判断力が必要だなと感じます。経験や場数を踏んでいく必要があるという考えの方が多いですね。医療アシストを呼ぶことができない状況の中、とっさの判断を迫られたときに、いろいろな経験がとても役立ちます。 訪問看護ならではのかかわり Q 訪問看護師としてのやりがいとは 乳房摘出後のケアは男性看護師が介入しにくい部分ではありますが、まずは、患者さんと患者さんを取り囲む家族の皆さんと信頼関係を築くことだと思います。在宅なので、旦那さんが同席するケースが多くあります。一般的に女性としてのシンボルとして認識されている体の一部を失ってしまった妻を、少し離れたところから心配そうに見つめる旦那さん、そして、その妻に対して「どのように接していけばいいのか。」と悩む旦那さんは少なくありません。そういった家族の気持ちも含めたケアを行います。男性だから話せることがあったり、言いづらいことを引き出したり、家族全体のケアをいかにホリスティックに見ていくのかが大切ですね。 ただ、コミュニケーションが英語なので、細かいニュアンスが伝わりにくいことはあります。オーストラリアは多文化なので、患者さんの文化背景によって話し方やアプローチのしかたを考慮し、その患者さんに合った看護ケアを提供するよう心掛けています。もし、言葉が通じなくても、「自分のことを気にかけてくれている。」という姿勢が患者さんに伝わると信頼関係の構築につながり、コミュニケーションや看護ケアの提供がスムーズになるという経験をたくさんしています。そこがやりがいにもつながっていますね。 急性期の訪問看護は、一人ひとりにケアをする時間が長く取れることが魅力の一つだと感じます。もちろん、医師とも意見の交換をしますし、患者さんのために常に疑問を持って問いかけるようにしています。医師の言ったことがすべてとは捉えずに、納得できなかったことはとことん話し合います。看護師主体で率先して動けるので、ここもやりがいの一つですね。 日本とオーストラリアの懸け橋に Q 今後のビジョンについて 今は色々な意味で自分の視野や可能性を広げるために、大学院で修士課程(プライマリーヘルスケア看護)の勉強をしています。このまま学業に励み、博士課程まで勉強できればと思っています。博士課程取得後には、オーストラリアと日本のさらなる共同看護研究の発展や看護技術のエクスチェンジプログラムなどに加担する事で、お互いの科学的な看護実践の質を高め、より一層、患者のニーズに沿った安全で高度な看護ケアの提供につながればと考えています。日本からオーストラリアに留学や短期プログラムに参加する学生にも、グローバルな視点が身につくように色々な経験ができるような支援もしていきたいですね。お互いの文化を大切にしながら良いアイディアを取り込んでいくことで、良い変化が生まれ、最終的には患者さん、そしてコミュニティーの健康へつながると信じています。 また、知り合いの同僚が日本に行った時の感想を聞くと、とても親切であり、素晴らしい国だと言ってくれます。そんな自分の国を誇りに思います。日本の先輩や後輩の方々に、少しでも役に立つことができるよう精進していくことが最優先だと思っています。 ** Registered Nurse Nurse Immuniser Central Coast Local Health District Acute Post Acute Care Team (急性期訪問看護所属) 本田一馬 【略歴】 2010年 ニューカッスル大学 (オーストラリア) 医学部看護学科卒業 2011年 オーストラリア連邦内閣総理大臣賞を受賞し、山口大学へ客員研究員非常勤講師として赴任 2014年 主任看護師Aurrum Erina (高齢者介護施設) 2015年 正看護師 急性期内科 (Gosford Hospital, Australia) 2018年 急性期訪問看護師 Acute Post Acute Care Team, Gosford Hospital 2020年 シドニー大学 医学部保健学科修士課程 Master of Primary Health Care Nursing 入学 2021年 Nurse Immuniser として急性期訪問看護の傍、ワクチン接種業務に従事 Facebook:https://www.facebook.com/KazyAus Twitter:@KazumaHonda Instagram:kazuma_honda_aus

コラム
2021年8月10日
2021年8月10日

訪問看護師に必要なスキル・知識のまとめ

前回は医療制度・介護制度、礼節・礼儀などについてお話ししました。 第6回は、本コラム連載の最終回として訪問看護師に必要なスキル・知識の総括についてお話ししたいと思います。 訪問看護師に必要なスキル・知識のまとめ 今回を含めて、これまで全6回にわたり訪問看護師に必要なスキルを私なりにまとめさせていただきました。最後にこれらをもう一度、訪問看護の実際の業務フローに落とし込み、可視化したいと思います。 下図は、訪問看護業務フローと8つのスキル・知識の関係図です。見方としては、図・左下の「患者・利用者」から始まり、反時計回りで、患者・利用者→アセスメント→必要な看護の提供となります。 【訪問看護の業務フローにおける各スキルの位置づけ】 ➀患者・利用者の意向・状態変化 ここでは、「本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル」、「本人・家族の平時の生活を想像するスキル」が必要なスキルとなります。特に本人の思いの吸い上げは、最も重要であり、看護方針の基盤となるだけでなく、さまざまな判断の軸となります。 また本人のリアルな状態変化をしっかり見極め、看護に反映させるため、平時の本人の状態を想像するスキルが必要となります。詳しくは、下記をご参照ください。 第1回 思いを吸い上げるスキル・想像するスキル ②アセスメントと他職種との連携 次にご本人の意向などをもとにアセスメントを実施し、さまざまな看護プランを立てることになりますが、ここでは「マネジメントスキル(チームマネジメント)」、「コミュニケーションスキル」、が必要となります。 アセスメントをもとにし、設定された目標に対してどういった職種にどのように動いてもらうかを考え、さらに円滑に動いてもらうために、マネジメントスキルが必要となります。その際に、在宅現場においては、ひとつの職種で利用者さんの療養を支えることは難しいため、医師を含めた他職種とのコミュニケーションスキルが非常に重要となります。 コミュニケーションを取る時には、相手の職種・役割・所属組織の方針などを考慮にいれた俯瞰力を持って臨むことで、より円滑な連携が生まれ、マネジメントも良質なものとなります。また、特に医師に対しては、SBARを改めて実践することで、より良好な関係性を目指していただければと思います。詳しくは下記をご参照ください。 第2回 医師・他職種とのコミュニケーションスキル 第3回 コミュニケーションスキル(訪問看護指示書)とマネジメントスキル ③在宅現場での必要な看護の提供 最後に在宅現場での必要な看護の提供段階となりますが、ここではより良い看護を提供するために「医師のいない場で医療的判断を行うスキル」、「在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)」、「医療制度・介護制度などに関しての知識」、「礼節・礼儀などを実践できる素養」が必要となります。 まず医師がいない場で、訪問看護師が医療的判断を行うことはさまざまな不安があると思いますが、その不安は何をどこまで実践してよいか明確になっていないことが原因であることが多いです。そのため、ご本人の意向を知り、かつ医師からの包括的指示をもらうことで、その不安は払拭することが可能となります。 次に在宅療養中の利用者さんに起こりやすい疾患などに対しての看護スキルについては、「看護は芸術である」という観点のもと、それぞれの利用者さんに対して、みなさんが持っている看護技術を生かして、彩られた療養環境を作り出してみてください。 制度面については、訪問看護は医療保険と介護保険の2つの制度で成り立っており、さらに疾患などにより訪問回数なども決まっています。そのため、制度を知らないと看護プランを立てられないことがあるので、しっかりと理解することが重要です。 礼節・礼儀については前回コラムのとおりです。 これらのスキル・知識をもって、在宅現場でより良い訪問看護を実践していただきたいと思います。詳しくは下記をご参照ください。 第4回 医師のいない場で医療的判断を行うスキルと在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力) 第5回 医療制度・介護制度などに関しての知識と礼節・礼儀などを実践できる素養 本コラム最終回として、訪問看護師に必要なスキル・知識の総括についてお話しさせていただきました。 これまで8つのスキル・知識をまとめてきましたが、豊富な訪問看護経験がある方にとって、本連載の内容は当たり前のことも多かったと思います。一方で、連載を通じて、さまざまな気付きをもらえた、という非常にありがたいご意見もいただきました。 患者・利用者さんのQOLの向上のために、今回の8つのスキル・知識が少しでもみなさんのお役に立てば幸いです。 おわりに、本連載を読んでいただいた方、また本連載に関わっていただいた関係者の方々に感謝を申し上げます。 ** 医療法人プラタナス 松原アーバンクリニック 訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士 久富護 東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。

特集
2021年8月10日
2021年8月10日

重症筋無力症(MG)

「難病を知る」シリーズ、第2回は、近年、有病率が増えている重症筋無力症(MG)です。 病態 重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう:MG)は、筋力の低下を主な症状とする自己免疫疾患です。遺伝性ではありません。 骨格筋の収縮は、アセチルコリン(ACh)の働きが関与しています。神経と筋とのつなぎ目の部分で、AChが神経終末から放出され、筋肉側にあるACh受容体にAChが結合することで、筋収縮が起こります。 MGでは、ACh受容体などを攻撃する異常な自己抗体が生じます。その抗体がAChの結合などを阻害し、筋収縮が妨げられる結果、筋力低下につながります。 なぜ、そのような自己抗体が作られるのか、原因はよくわかっていません。ACh受容体抗体のある人では胸腺腫などの合併も多く、胸腺のかかわりも疑われています。 疫学  2018年の全国疫学調査では患者数は約2.9万人で、人口10万人あたりの有病率は23.1人でした。2006年の調査結果と比べると、有病率は約2倍に増えています(難病情報センター調べ)。 男性よりも女性に多い疾患です(男女比1:1.7)。好発年齢は5歳未満と、女性では30~50歳代、男性では50~60歳代です。近年は高齢での発症(後期発症)が増加しています。 症状・予後 運動の継続ですぐに力が入らなくなり(易疲労性)、休息することで回復するのが特徴です。症状は日内変動し、夕方に症状が悪化しがちです。 初期には、まぶたが下がる(眼瞼下垂)、ものが二重に見える(複視)といった、眼症状の出現がよくみられます。 力が入らず持ったものをよく落とす、階段を上るときに脚がだるい、頸が前に下がるなど四肢や頸部の筋力低下、発語の障害(構音障害)や嚥下障害、咀嚼障害、また顔面筋力の低下や呼吸困難などがみられることもあります。 症状の出かたにより、眼瞼下垂や複視など眼症状のみが現れるタイプ(眼筋型)と、四肢の筋力にも症状が及ぶ(全身型)に分類されることがあります。重症度を示す指標であるMGFA分類では、眼筋型はⅠ、全身型はⅡ~Ⅴです。眼筋型から全身型に移行することもあります。 全身型では、急激な呼吸状態の悪化(クリーゼ)に注意が必要です。クリーゼの誘因は、感染症や手術、薬物、疲労などです。重篤な場合は人工呼吸器が必要になりますが、生命予後には影響はありません。 MGの長期予後は、免疫療法の普及により大きく改善しました。寛解率は2割未満ですが、生活や仕事に支障がない程度まで改善する例が5割以上に達しています。その一方で、あまり改善がみられないケースも1割ほどあります。 治療法 MGは自己免疫疾患なので、ステロイドや免疫抑制薬を用いた免疫療法が基本です。特に全身型の治療では免疫療法が中心となります。ただ、免疫療法でステロイド剤の長期投与は副作用がQOLを悪化させるため、早期からの免疫療法で生活に支障をきたす症状は短期間で改善させ、維持量を少量に抑えることが目指されます。 そのほか対症療法として、神経筋接合部のAChの濃度を高めることで神経から筋肉の信号量を増やす、コリンエステラーゼ阻害薬が補助的に用いられます。胸腺腫の合併のある人などでは、手術で胸腺を摘出することもあります。全身型で、これらの治療法で効果がみられない場合は、抗体製剤が用いられることもあります。 一方、症状が重篤な場合や、急激な増悪時は、自己抗体を除去する血液浄化療法や、免疫グロブリンを大量に投与する方法なども用いられます。 看護の観察ポイント ●筋力低下や眼症状など症状の変化 ●日常生活やセルフケアの実施に支障をきたしていないか ●転倒していないか ●構音障害によりコミュニケーションに問題が生じていないか ●嚥下障害や食事動作による筋疲労で、食事内容・量に影響が出ていないか ●適切に服薬ができているか ●口から唾があふれる、頭を支えられず首が垂れる、呼吸時に分泌物でごろごろと音がするなどの症状がないか ●患者さん、家族が不安やストレスを抱えていないか 次回は脊髄性筋萎縮症について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ・難病情報センター『重症筋無力症(指定難病11) 病気の解説(一般利用者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/120 ・日本神経学会『重症筋無力症診療2014』 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/mg.html ・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程 第3版』,医学書院

特集
2021年8月10日
2021年8月10日

第2回 理念作成と事業計画/[その2]基本方針―やりたいことを表現する

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。[その2]のテーマは“基本方針”です。基本方針は事業所の理念を実現するために明確に示すことが大切です。基本方針の役割やつくり方をご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。 ●ここがポイント!・基本方針とは理念を達成するための事業所の基本的な姿勢や考え方を示すものである。・基本方針を明確にすることで、事業所のめざすべき方向性が明らかになる。・基本方針の作成は、3つの顧客の視点で考え、理念と結びつけることが必要。 基本方針とは 「基本方針」とは、理念([その1]参照)を達成するための事業所の基本的な姿勢や考え方を示すものです。皆さんがやりたいことや実現したいことに対して、どういう考え方や方向性で達成するのかを基本方針によって明確にします。 事業を運営していくうえで必要となる基本方針は、利用者(療養者)の視点だけでなく、訪問看護サービスを提供する自施設の職員、事業所の活動を支える医療機関やほかの事業所、地域とのかかわりなど多様な視点から考えていくことが求められます。 基本方針の役割 基本方針の大きな役割は、理念を達成することです。よって、基本方針は理念がなければつくることができません。また基本方針は事業所の活動指針となるものです。つまり、基本方針を定めることで、理念達成に向けた具体的な計画を打ち出すことが可能になります。このように基本方針は非常に重要な役割を担っています(図1) 図1 基本方針の役割 基本方針があると、理念に向かっていく方向が明確になる。一方、基本方針がないと向かっていく方向が曖昧になり迷ってしまう。 基本方針の作成ステップ 基本方針を作成するために必要なのは次の2つのステップです。順に説明していきます。  Step1 顧客の視点で考えるStep2 理念と基本方針をつなげる Step1 顧客の視点で考える   “経営学の父”と呼ばれるピーター・F・ドラッカーは、その著書『マネジメント』の中で顧客についてこのように述べています。「企業の目的とミッションを定義するとき、そのような焦点となるものは一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。」(上田惇生訳:マネジメント【上】-課題、責任、実践.ダイヤモンド社,2008:99.より引用) ここで言う「顧客」には、大きく3つの視点があると考えられます。第1の視点は、訪問看護サービスの利用者(療養者)。つまり、訪問看護サービス事業の「活動対象」としての顧客です。第2の視点は、職員、開業医、ケアマネジャー、委託先など「パートナー」としての顧客です。第3の視点は、業界や地域社会など事業を取り巻く「環境」としての顧客です。 基本方針を「理念を実現するための事業所の基本姿勢・考え方」と捉え、これら3つの顧客のそれぞれの視点で「事業所の基本姿勢・考え方」を明確にしましょう。 Step2 理念と基本方針をつなげる 次に3つの顧客の視点から整理した基本方針をつなげて1つのストーリーにします。そうるすと、次のような表現が考えられます。 理念と基本方針の例   <理 念>地域医療の向上と在宅療養の生活の質向上を図ることで、療養者様と地域に愛され、全職員の幸せを実現する。   <基本方針>療養者が可能な限り自立し、安心して日常生活を営むことができるよう【活動対象の視点】、地域の医療機関、主治医、各事業所との連携を密にし【パートナーの視点】、療養者の在宅療養に必要なネットワークサービスが提供できるよう支援します。地域で必要とされ、なくてはならない事業所【環境の視点】をめざしながら、全職員の成長と夢を実現する事業所にします【パートナーの視点】。   このように3つの顧客の視点を含むことで、理念の実現に結びつく具体的な方法が基本方針に示されます(図2)。 理念や基本方針は、事業所の運営を考えるうえでなくてはならないものです。理念や基本方針が明示され徹底されれば、職員たちの働く姿勢(仕事に対する考え方やかかわり方)がそろいます。めざすベクトルが1つになることで、事業所の風土、職員の意識は飛躍的にレベルアップしていくことでしょう。 図2 3つの顧客の視点を組み込み基本方針をより強固なものにする 1本の矢では折れやすいが、3本にまとまると・・・・・ また、理念や基本方針を正しく理解した職員の行動は、事業所のブランド構築にも貢献します。ブランド構築とは、利用者とその家族や地域の住民などが事業所に対して抱くイメージを、事業所が認識してほしいイメージに近づける活動をいいます。 図3に示すように、ブランド構築は、事業所の理念と基本方針に沿った従業員の行動や態度、そして事業所が作成するパンフレットやウェブサイトなどのコミュニケーションツールによって構成されます。事業所のブランド構築には、理念や基本方針に対する従業員の理解がとても重要なのです。まずは理念と基本方針をしっかりと整え、職員たちに事業所の基本姿勢や考え方を示していきましょう。 図3 ブランド・ビルディング(ブランド構築)の考え方 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社

インタビュー
2021年8月3日
2021年8月3日

大学関係機関のメリットを生かし、 経営を超え、地域のために訪問看護を広く支援したい

看護学科のある大学直営の訪問看護ステーションを立ち上げた棚橋さつきさん。今回は、学びの場としての研修と、報酬請求などあらゆる業務をだれもができるようになることの重要性について語っていただきました。 研修機会の提供とスタッフ育成のために 2015年に開設した高崎健康福祉大学立の訪問看護ステーションでは、地域貢献のため、研修機会の提供に積極的に取り組んでいます。研修内容は、褥瘡、ストーマ、排泄ケア、難病、リハビリテーションなど多岐にわたります。現場で本当に困っていることを解決できるよう、専門的かつ実践的な研修にすることを心がけています。また、個人でも参加しやすいよう、参加費は1人2000円程度としています。 当初、研修の内容企画は、私と管理者が中心になって考えていました。しかし、私自身が息切れしてきたことや内容が偏る傾向も見えてきたことから、色々な分野を強みとするスタッフに考えてもらうことにしました。自分自身がどういう研修を受けたいか。講師は誰に頼むか。どういう形式で行うか。参加者は何人にするか。そうしたことを考え、計画を出してもらうことにしたのです。 私や管理者が立てた研修をただ手伝うのと、自分で企画運営するのとでは、経験から得られるものはまったく違います。地域包括ケアを考えたとき、訪問看護師として研修の企画運営をしていくのも必要な能力だと考えました。 任せてみると、それぞれの関心によって異なる内容の研修を提案してきます。私が考えるよりバラエティに富んだ内容になり、スタッフに任せて良かったと感じています。 スタッフに任せるということでは、月1回、管理者が行っていた診療報酬請求の際の書類の入力も、常勤スタッフに交代で担当してもらうことにしました。医療保険における利用者の疾患情報の入力です。 自分の担当以外の利用者も含め、その月1カ月の状態の変化などについて記録を読み込み、コンパクトにまとめて入力する。これが、スタッフにとっていいトレーニングになると考えたからです。こうした作業が診療報酬請求上、必要であると知っておいてほしいという気持ちもありました。 訪問看護に長く携わっていても、ステーションの運営や事務作業、労務管理などについて学ぶ機会はなかなかありません。当ステーションで長く勤めてくれているスタッフには、いずれ独立したとき、管理者になっても困らないようにしたい。そう考えて、このほか時間外勤務の計算なども、交代で任せるようにしています。 研修で変わる退院支援看護師の意識 地域貢献としては、このほか、訪問看護ステーションの立ち上げ支援や、退院支援についての勉強会「退院支援を考える会」(事務局は在宅看護領域)も行っています。 ステーションの立ち上げ支援は、当初、一つのパッケージをイメージしていました。ところが始めてみると、受講希望者のニーズは実に多種多様。「開設のための提出資料がわからない」「記録をどう整備すればいいかがわからない」など、一人ひとり違うのです。今はその人に合わせてオーダーメイドで対応しています。 申し込みは毎年3~4件ですが、受講後、管理者になった人が相談に訪れることもあります。こうした支援によって、県内の訪問看護ステーションの立ち上げには、かなり貢献できたと考えています。 「退院支援を考える会」は、もともとは当大学の学内事業として始めました。もう10年になりますが、定期的に研修会を開催しています。今は研修の一部を当ステーションで担当していますが、場所やパソコンの機材などは、大学の教室などを無償で借りて実施しています。大学関係機関で実施するメリットですね。 「退院支援教育研修」では、病院の退院支援担当のソ-シャルワーカーや訪問看護師が講義を行い、その後実習へ行き、最後に事例検討を行います。対象は病院の退院支援看護師で、25人が定員ですが、毎回、参加希望者が多く、すぐ定員になります。 この研修会で、退院支援のすべてを伝えることができるわけではありません。しかし、参加者は看護師ですから、現場を見ればどのような支援が必要か、ある程度イメージはできます。「車いすの練習を一生懸命やっていたが、こんな広い廊下なんて在宅にはない」など、実習のあと、参加者はさまざまな気づきを口にします。たとえ小さな気づきであっても、発想はそこから変わっていきます。そうすると、退院していく患者さんへの声かけも違ってくると思うのです。この研修では、そんな“訪問看護の入口”の部分の意識変革だけでもできればと考えています。 昨年からの新型コロナウイルス感染症のまん延で、在宅では感染についての知識が圧倒的に不足していることを痛感しました。当大学では2022年4月から、感染管理認定看護師課程を開設し教育研修に取り組む予定です。それを前に、今年は感染管理認定看護師に、1年間だけ当ステーションに来てもらい、在宅での感染対策のマニュアル作成を進めています。それをたたき台にして多くのステーションに対して発信し、活用してもらいたい。大学立の訪問看護ステーションとして、経営を超え、今後も訪問看護を広く支援する活動に取り組んでいきたいと考えています。 ** 棚橋さつき 高崎健康福祉大学 保健医療学部 在宅看護学 教授・ 高崎健康福祉大学訪問看護ステーション統括マネジャー 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年8月3日
2021年8月3日

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

在宅で暮らす指定難病の方の支援は、訪問看護の重要な使命の一つです。今回から、訪問看護が必要とされることの多い難病について、最低限知っておきたい病態・疫学と、看護のポイントを解説します。第1回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)です。 病態 筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう:ALS)は、運動ニューロンが障害されることで起こる、進行性の疾患です。随意筋への指令伝達が障害されるため、全身の筋肉(上肢・下肢、舌、のど、呼吸筋など)が徐々にやせ、筋力が衰えていきます。 運動ニューロンのうち、上位運動ニューロンは、大脳皮質運動野から出た指令を脳幹や脊髄に伝えます。下位運動ニューロンは、脳幹や脊髄に伝わった指令を、末端の筋肉に伝達します。 ALSでは、上位と下位、両方の運動ニューロンが変性・消失し、指令が伝わらなくなることで、筋力低下や筋萎縮が進みます。原因はまだ解明されていません。 疫学 2019年度末時点でのALSの受給者証所持者数は1万人弱です。中年以降で発症が増加し、60〜70歳代が最多です(※1)。男性に多く、女性の1.3~1.4倍の有病率です。 ALSは多くの場合は遺伝しません。ただし、全体の5~10%で家族内での発症があります(家族性ALS)。 症状・予後 手足の筋力低下や、筋萎縮、球麻痺による言語障害・嚥下障害、呼吸筋麻痺による呼吸障害などが、進行性で現れます。 初期症状では手指を動かしにくい、腕の力が弱くなる、足がつっぱる、転倒しやすくなるといった四肢の症状が主体で、そこから全身に広がっていくパターンが典型的です。しかし、最初に進行性球麻痺(構音障害や嚥下障害など)がみられる例や、呼吸障害が出る例、認知症を伴う例などもあり、発症パターンはさまざまです。 全身の筋肉に比較的速く症状が広がり、最終的には呼吸筋麻痺が生じ、人工呼吸器を使わない場合の生命予後は発症後2~5年です。一方、人工呼吸器を用いない状態で発症から10年以上の生存例もあり、経過も個人差の大きい疾患です。 なお、病状が進んでも、視力や聴力、体の感覚などは比較的保たれる傾向があります。眼球運動は残りやすいため、眼球の動きを通じたコミュニケーション方法が活用できることも多いです。 治療・管理など ALSに対しては、神経細胞の障害を抑制し、進行を遅らせる薬が用いられますが、根本的な治療法はありません。そのため、対症療法が主体となります。 対症療法では、機能維持や障害を補う動作訓練などリハビリテーションと、リハビリテーションを実施できる栄養状態を評価する「リハビリテーション栄養」の考えかたに基づく介入が推奨されます。 栄養状態は、代謝亢進が目立つ初期には体重減少をできるだけ抑え、エネルギー消費が減少していく進行期にはエネルギー過剰とならないよう計画します。嚥下機能などに伴い、食形態の見直しや栄養療法の導入なども必要になります。 どんな病態でも同様ですが、消化管瘻や人工呼吸器の導入に際しては、基本的には本人の意思が優先されます。早期から多職種がかかわり、意思決定を支援する必要があります。 嚥下障害 残存機能を生かすリハビリや摂食方法、食形態の工夫などを行います。病態の進行をよく観察し、状況により、経管栄養法(消化管瘻や経鼻栄養など)が検討される場合があります。 呼吸障害 呼吸筋の訓練や排痰法の指導などを行うことがあります。呼吸障害が進んだ場合、人工呼吸療法による呼吸管理を検討します。人工呼吸療法には、マスクを用いる非侵襲的陽圧換気(NPPV)と、気管切開下陽圧換気(TPPV)があります。 コミュニケーション障害 発声や構音などが障害されると、コミュニケーションも阻害されます。とくに、コミュニケーションの阻害は、意思決定に際して困難を生じることが予想されるので、早い時点から検討と具体化を進める必要があります。残された機能を生かし、筆談や指文字、文字盤のほか、自分で動かせる部位を利用した意思伝達装置が用いられます。 リハビリのポイント ●早期からの関節拘縮や筋萎縮などによる痛みの予防・改善などに、ストレッチや、関節可動域を維持するリハビリが有効 ●軽度~中等度の筋力低下では、筋疲労をきたさない適度の負荷量で、筋力増強訓練も可能(月単位・週単位で筋力が低下していく病態を適切にとらえながら継続実行していくことは容易ではなく、とても重要なポイント) ●病状の進行に伴い、体位変換や、車いすでの座位保持など、生活の支援内容やその方法を随時変更・検討する ●福祉用具や補助具の導入などでは、本人の状態や生活への希望をふまえることはもちろん、刻々と変わる状態に合わせ、タイムリーな選定を支援する ●嚥下障害や呼吸障害、構音障害に対するリハビリ、動作のアドバイスを行う など 看護の観察ポイント 訪問時の「現在」で観察すべきこと、週〜月単位で把握すべきことがあることに留意しましょう。今の状態だけでなく、変化の有無とその様子を継続してみていけることは、訪問看護の強みといえます。 ●日常生活に支障をきたしていないか ●転倒しやすくなっていないか ●目立った体重減少がないか ●食事や水分が十分摂取できているか ●排便コントロールができているか ●むせや飲み込みにくさなど嚥下障害を疑わせる症状が出ていないか ●構音や発声などでコミュニケーションが阻害されていないか ●ふさぎ込む、不安を訴えるなど精神状態に変化がないか ●不眠の症状が出ていないか ●家族の身体的・精神的負担の程度 など 次回は重症筋無力症について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 厚生労働省『令和元年度衛生行政報告例 統計表 年度報 難病・小児慢性特定疾病』2021-03-01 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450027&tstat=000001031469&cycle=8&tclass1=000001148807&tclass2=000001148808&tclass3=000001148810&stat_infid=000032045204&tclass4val=0 ・日本神経学会『筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013』 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/als2013_index.html ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 病気の解説(一般利用者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/52 ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 診断・治療指針(医療従事者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/214 ・一般社団法人日本ALS協会『治療の進め方』 http://alsjapan.org/how_to_cure-summary/ ・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程 第3版』,医学書院

特集
2021年8月3日
2021年8月3日

第2回 理念作成と事業計画/[その1]理念の作成―社会の“不”を満たす

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。 [その1]のテーマは“理念”です。理念は、事業の運営を行ううえで必要不可欠とされ、事業所の意思決定の判断基準や職員の行動の拠り所となる重要な役割を担っています。あらためて理念の意味や定める目的を押さえ、よい理念のつくり方を確認していきましょう。 ●ここがポイント! ・理念は組織の方向性を定めるとても大切な“言葉”である。 ・理念はバリュー、ミッション、ビジョンから構成される。 ・自分自身を振り返り、問いかけ、見つめ直すことで理念を作成する。 “理念”は事業の起爆剤! 事業を始めるにあたって、どの起業本を読んでも、どんな経営コンサルタントに話を聞いても「理念」を作成することはとても大事といわれます。それは、理念が、皆さんの行っている事業の「根底にある根本的な考え方」を表わすものだからです。言い方を変えると、理念は、事業への「熱意」と「動機」が表現されている大切な“言葉”なのです。 どのような業種でも、起業するときは自分の好きなことを仕事にし、毎日ワクワクしながら働けるような成功のイメージを描けることが必要です。 ワクワクする想いをしっかりと言葉に表し、多くの人に伝えることが大切です。共感を得られれば協力者が現れ、さまざまな化学反応を起こし、多くのチャンスや成長の機会を得ることができます。 このように理念とは事業をよりよくする“起爆剤”の要素をもっています。 理念を構成するもの 理念についてもう少し詳しく見ていきましょう。理念を因数分解すると、「バリュー」、「ミッション」、「ビジョン」の3つの要素に分解することができます(図1)。 図1 理念の構成要素 バリューとは「顧客に対する価値」を意味します。そしてミッションとは事業所が「果たすべき使命」を表現したものです。ビジョンは「実現をめざす未来」を示します。理念を定めるには、これら3つの要素についてしっかりと考え、明文化していく作業が必要です。 理念のつくり方 ではバリュー、ミッション、ビジョンについてどのように考えればよいのか、そのポイントを順にご紹介します。 バリュー あなたの顧客は誰でしょうか。バリューを考えるにあたり、価値を提供する相手、つまり顧客が誰かを考えることが大切です。あなたが行う事業の内容によって、顧客は利用者やその家族だけではなく、開業医やケアマネジャー、事業所の職員も考えられます。地域全体が顧客になる場合もあるでしょう。このように、顧客とは皆さんが事業活動を行うことで影響を受ける関係者を指します。 さて、皆さんの顧客は何を価値あるものと考えているのでしょうか? それを考えるのが次のステップ、ミッションです。 ミッション 皆さんは、なぜその顧客に対し事業を行うのでしょうか。その事業にはどんな意味があるのでしょうか。この問いに対する答えは、「顧客の“不”を探す」視点で考えていきます。 例えば、顧客を「独居・要介護高齢者」とした場合、以下のような“不”が挙げられます。 不便 → 足が不自由ななかでの遠方の病院への通院 不満 → 病院での長い待ち時間 不安 → 自宅での1人暮らし など “不”の付くところに顧客のニーズが隠されています。顧客の“不”(ニーズ)をくみ取り、ニーズを満たすことで、皆さんの事業に意味が生まれるのです。 ここで、バリューに関する問いを示します。 ・皆さんは、顧客にどのような価値を提供しますか。 ・それは顧客のニーズにマッチしていますか。 ・マッチしていると考える理由を説明できますか。 ・5年後、10年後、顧客のニーズはどのように変化すると考えますか。 ・これからも顧客のニーズの変化に対して提供する価値はマッチし続けるでしょうか。 ・マッチすると考える理由を説明できますか。 これらの問いは、顧客のニーズに対して、皆さんがもつ経営資源(人、モノ、金、情報)をどのように活かして価値に変えていくのか、または不足しているものをどのように補っていくかを考えるためのものです。 ビジョン 最後にビジョンについて考えます。ビジョンは次の問いかけから始めましょう。 「あなたが考える事業の成果とは何か」 皆さんが顧客に対し価値を提供した結果として、どのような成果を得たいか表現してみてください。成果は一つだけでなく、複数あってもよいです。また数字や言葉だけでなく、絵などのイメージを用いて表現してもよいです。 もし「成果」という問いが難しいと感じたならば、次の問いについて考えてみてください。 「あなたは顧客に何によって覚えられたいですか」 この問いは、顧客にどう見られたいかということではなく、皆さんの事業の存在意義を根幹から問い直すものです。価値の提供をとおして、どのような存在として顧客に認識されたいか、すなわちそれが事業に対する価値観や大切にしたいことに結びつきます。 それは自分自身の強みを探求することにもつながり、仕事に取り組む気持ちや姿勢に大きな刺激を与えてくれるはずです。自分自身を振り返り、問いかけ、見つめ直すことで理念を作成してみてください。 ** 齋藤 暁 株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長 中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部 https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社

コラム
2021年8月3日
2021年8月3日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 内部体制に関する方針 パート1~

第9回は「内部体制に関する方針」についてのパート1をお伝えします。 内部体制とは?と思う方もいるかと思いますが、ソフィアメディ創業者の水谷氏は、「内部統制」や「コーポレートガバナンス」といったものを、現場スタッフから管理職に至るまで、同じ言語を用いて、わかりやすく明示しました。 内部体制に関する方針 会社の内部には成果はありません 机上で企画や管理ばかりに終始しているスタッフへは、容赦なく叱咤しました。営業・渉外を担当していない人事や総務スタッフなどへも同様で、とにかく自社拠点事業所を回って、現場スタッフとの交流を深めることを促し、時間を作って営業マンと連携事業所への挨拶回りをすることを大事にしていました。 基本姿勢 ①成果はすべてお客様から得られます。会社の内部はすべて費用でしかありません。赤字会社の社長は、いつでも内部管理に終始しますが、本末転倒です。 ②正しい組織とは、職務・職責・権限にこだわらず、お客様指向の組織であり、お客様の要求の変化・市場の変化に、迅速に対応できる組織です。 ・・・半年に1回など、定期的に社長以下、各部署管理職が、訪問看護の現場の同行訪問を実施したり、連携事業所へ営業マンと挨拶回りをしたりなど、お客様の要求の変化・市場の変化を多角的に確認し続けられるよう網を張り続けます。当然、同行や挨拶回りをすることで現場の苦労を管理職が身を持って知ることも重要です。 ③組織はおせっかい・お人好しの原則で運営しますが、和気あいあいの楽しいだけの職場では、厳しい市場競争には勝てません。厳しく苦しい仕事も必ずやり遂げる体質にし、やり遂げてこそ得られる真の喜びを目指します。 ④報告・連絡・相談を通して問題点、課題を顕在化させ各部署、事業所ですべてが見えるようにします。報・連・相の遅れはクレームとなり、お客様や関係者にご迷惑をかけ会社の損失にも繋がります。報・連・相はスピードが命です。 ⑤報告の重要事項は、悪い事ほど早く。事後報告はトラブルを招きます。報告すべき人間を間違えない。報告は一に結論、二に経過。報告の不必要な業務はありません。報告は仕事のけじめ、次へのスタートです。 ⑥連絡の重要事項は、ちょっとした連絡がトラブルを無くします。手間でも文書化を心がけます。まめな連絡が信頼を得る。事前連絡が有効です。内容は5W2Hで。 ⑦相談の重要事項は、早めの相談が事を解決します。行き詰ったらまず相談する。相談上手は仕事上手。相談はTPOを考えて。相談される人になりましょう。 ⑧お客様、仕事に関することは適時ミーティングをして共通認識化する。ミーティング上手は仕事をスムーズにして誤解をなくし、準備と段取りもよくなります。 ⑨上下、仲間、お客様を中心とした周辺関係への根回し上手は、協力者ができて結果仕事が早くなります。継続すると人気を得て存在価値も高まります。 ⑩来客時は、お客様が社内に入ってこられたら、誰彼を問わず明るく大きな声で、「いらっしゃいませ」と挨拶をすること。いつでも、何処でも元気な挨拶が好印象を与えます。 ⑪電話は呼び出し3回以内に必ずとる。1本の電話からご縁が始まります。また、お客様のご紹介・人材の応募も電話が最初です。ご縁を活かせるか・無くすかの瀬戸際です。ぜひ目の前の仕事から切り替えて、親切・丁寧・心配りをして対応してください。「お電話ありがとうございます、○○訪問看護ステーションでございます」が基本です。 ・・・電話が鳴りっぱなし、ぶっきらぼうな電話対応、していませんか? 私(上原)はそんな訪問看護事業所の対応を沢山経験してきました。 ⑫相手本位に徹していきます。医療・介護だからと市場やお客様は許しません。電話で気分を害して大切な機会を失う。挨拶ができなくて嫌われる。活き活きしていなくて暗いからよそを使う。など自己本位では通用しません。 ⑬よい組織とは、一言でいうと優れたお客様サービスができ、競合他社と戦って勝てる組織です。それには、業界・仕事環境の変化に敏感であることです。変化に気付かない、気付いても報告・連絡・相談をしない、動かない、ではどんどん衰退に向かい、報酬・処遇も下げざるをえなくなります。 ⑭タコ壺社会とは、がん細胞と一緒。健康な細胞同士は情報交換を行いますが、がん細胞はそれを無視して、健康な細胞を侵していきます。やがて組織を自滅させます。会社や団体でもいたるところで不平分子や背任思考者が出てきますが、タコ壺から締めだしていきます。 ・・・閉鎖的な事業所、専門職の縦割り思考的な事業所、外部との関係が雑な事業所、高圧的な上司(管理者)の居る事業所や組織に対して、この例えを水谷氏はよく使います。暖かく居心地の良い壺にタコは集まるが、最終的には中で共食いさえするというタコの習性を例えたものです。 いかがでしょう。さほど特別な内容ではなく、社会人としてはごく一般的な価値観に関する内容ではないでしょうか? ただし、常識の範囲は人それぞれ。あえて当たり前のこともわかりやすくすべて文章に書き出し、全社員に配布して毎朝の読み合わせで周知徹底させるのが水谷氏流です。そこまでやることによって、理念浸透(健全経営)が進むわけですが、一方では理念拒絶者や危険因子の炙り出し・問題の早期解決に繋がります。 パート2へ続きます。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫  【略歴】 2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。 2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

インタビュー
2021年7月27日
2021年7月27日

大学立の訪問看護ステーションとして看護学生、新卒看護師の教育・育成に取り組む

看護学を教える教授でありながら、自ら総括マネジャーを務める訪問看護ステーションを立ち上げた高崎健康福祉大学の棚橋さつきさん。若い実習生を積極的に受け入れ、経営・運営の安定化にも力を入れています。その奮闘ぶりをお聞きしました。 スタッフにも意味がある学生実習受け入れ 高崎健康福祉大学が地域医療、看護を強化することを目的に訪問看護ステーションを開設して、丸6年が過ぎました。公的機能を持つ教育・研究拠点とすることで、地域貢献が可能になると考えて設立した、独立型の訪問看護ステーションです。 当時、大学立のステーションはまだ珍しく、この新しい取り組みに共感した専門性の高い訪問看護師、病院師長経験者などが集まりました。ステーションはベテランのスタッフを中心に、看護実践、教育、研究を三本柱として、2015年4月に運営を開始しました。 訪問看護ステーションは、地域によってはがんや小児など、専門特化型で経営が成り立つところもあります。しかし、群馬県内ではそう多くはありません。どのような疾患にも対応できるスタッフが多ければ、それだけ早く収支を安定させることができます。スタッフの頑張りのおかげで、開設3年目には、当初の計画通り単年度での黒字化を達成しました。 教育の拠点として、開設2年目から大学の在宅看護実習を受け入れることも、当初から計画していました。そのため、実習先の確保も考慮し、開設後の1年間で利用者数を50人まで増やす必要があったのです。これも計画どおり、2年目から開始することができました。 以来、学生実習は、4~5人を1グループとして2週間ずつ、年間5~6グループを受け入れています。今は、新型コロナウイルスへの感染を恐れ、学生実習の受け入れは控えたいという利用者もいます。そのため、訪問件数は減らしていますが、実習生の受け入れ自体は感染予防に留意しながら継続しています。 学生実習を受け入れると、スタッフには負担がかかります。開設2年目に初めて学生実習を受け入れたとき、スタッフからは「学生は何もわかっていない」「何もできない」と訴える声が上がりました。そこで私は、スタッフに大学の在宅看護の講義や演習を見学に行かせました。 数回だけの見学でも、大学教育でできる範囲で精一杯教えていること、それでも学生には十分理解しきれないことがあることを理解してもらいました。学生や大学の教育を批判しても何も始まりません。学びの途上にある学生に、現場実習の中で理解を進めてもらうにはどうすればいいのか。スタッフも、徐々にそれを考えてくれるようになっていきました。学生実習の受け入れは、スタッフにとっても意味があると感じています。 新卒訪問看護師も年度末には月50件を訪問 在宅看護実習を経験し、当ステーションへの就職を選択した学生もいます。残念ながら、多くの訪問看護ステーションは、今も新卒採用には消極的です。当ステーションが新卒者の採用を計画したときも、大学側から、新卒者を採用して育成しながら運営していけるのかという指摘がありました。 確かに、新卒者は研修期間中、一人で訪問できず収益には貢献できません。しかし、当ステーションではしっかりとした研修プログラムの実施により、入職1年目の終わりころには、新卒者も月約50件の訪問を担当できるようになりました。もちろん、訪問先の選定は必要ですが、件数だけを見ればほかの看護師と同等です。新卒でも自分の給料分をきちんと稼ぎ、収益を上げてくれる存在となったのです。それと同時に大きな成果はスタッフの教育への意識が変わったことでした。教育することで自分たちに何が不足しているのか、どのような教育をしたらいいのかを考える良いきっかけとなりました。当ステーションとしても、開設3年目に新卒看護師を常勤で採用しながら、前述のとおり、単年度の黒字化を実現しました。 新卒看護師育成の研修プログラムは、外部の病院の新人研修プログラムの受講、緩和ケアや介護現場の見学、当大学の栄養、小児、社会福祉関連講義の受講などで構成しています。 研修プログラムは2年で終了し、その後はほかの看護師と同様の研修に移行します。4年間で2名の新卒看護師を育成したことで、研修プログラムを整備できれば、訪問看護ステーションでの新卒者受け入れに問題はないと感じています。そうした理解が、多くの訪問ステーションに広まり、新卒の訪問看護師が増えていくことを願っています。 (後編へ続く) ** 棚橋さつき 高崎健康福祉大学 保健医療学部 在宅看護学 教授・ 高崎健康福祉大学訪問看護ステーション 統括マネジャー 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年7月27日
2021年7月27日

自立支援医療/小児慢性特定疾病/公費の併用

訪問看護師のための難病医療費助成の知識、最終回は、難病(54)以外で難病患者が利用することがある助成制度として、自立支援医療と小児慢性特定疾病について解説します。 加えて、訪問看護師からの質問が多い、公費の併用がある場合についても解説します。 自立支援医療(15更生医療、16育成医療) 障害者総合支援法(旧 障害者自立支援法)による医療費助成の制度です。 対象 15更生医療は18歳以上、16育成医療は18歳未満で、身体障害者手帳を持つ人のうち、福祉事務所の認定を受けた患者が助成対象です。身体障害者手帳を持っている人が公費の対象とは限りませんので、注意してください。 指定医療機関 54難病と同様に、15・16も「指定自立支援医療機関」で受けた医療のみが助成対象です。54は自治体の管轄内の指定医療機関であれば特定医療を提供できることが多いですが、15・16は医療受給者証の「指定医療機関名」欄に記載された事業所でなければ、基本的には公費を使えません。 しかし、2020(令和2)年3月以降当面の間は、新型コロナウイルス感染症をめぐる情勢から、記載の医療機関でなくとも適用できる時限的措置が施行されています。 自己負担 患者自己負担が原則1割になります。さらに、月の自己負担累積額が、設定された自己負担上限額をこえると、全額公費負担になります。 訪問看護提供時に確認すること 被保険者証類に加え、医療受給者証と自己負担上限額管理票を確認します。 なお15・16では、自治体によっては、月の自己負担上限額が「0円」の場合などに自己負担上限額管理票が発行されないケースもあります。 小児慢性特定疾病医療(52) 対象 対象疾患は、国が指定した16疾患群762疾病(2021年6月現在)です。(※1) これらの慢性疾病で18歳未満の患者のうち、都道府県の認定を受けた患者が助成対象です。18歳になる前から認定を受けていて、引き続き治療が必要と認められる場合には、20歳に到達するまで対象とされます。 指定医療機関 公費52も、都道府県の指定を受けた医療機関(訪問看護ステーション、保険薬局も含む医療機関であれば)で提供された医療だけが助成対象です。 こちらも現在、時限的措置として、医療受給者証に記載の指定医療機関以外でも指定医療機関であれば医療を提供し、公費として請求することが臨時的に認められています。 自己負担 患者自己負担額が2割に軽減されます。さらに、定められた自己負担上限額を超えると、その月の自己負担はなくなり、全額公費負担になります。 公費の併用 公費にはさまざまな種類がありますが、主保険(国保や社保、後期高齢者医療、介護保険など)との優先順位が、公費によって異なります。これまでの記事でもいくつか登場してきましたが、もう一度おさらいしてみましょう。 公費のパターン ①全額公費 主保険よりも公費が優先されるものです。レセプトは公費単独になります。このタイプは、原爆被爆者の認定疾病(18)など、一部のみです。 ②主保険優先の公費 まず主保険に、7~9割を請求します。そして自己負担分のうち、その公費で定められた額を公費に請求します。レセプトは主保険と公費の併用になります。 ③主保険がない 生活保護(12)の場合は、主保険がないことが多く、①と同様に単独レセプトになります。 ただし、生活保護(12)が優先されて単独レセプトになるわけではないことを知っておいてください。生活保護の方でも、主保険がある場合は、主保険が優先です。 難病(54)や自立支援(15)(16)、小児慢性特定疾患(52)は、②のタイプで、主保険に7〜9割請求した後の部分への適用になります。自治体の公費も②のタイプです。 優先順位 自治体の公費はすべて②、国の公費も多くは②のタイプです。ただし、②のタイプどうしでも優先順位が決まっています。 ②のタイプでは必ず、主保険→保険優先の公費→自治体の公費の順になります。 レセプトでは、「公費負担者番号」「受給者番号」の欄を、優先順に記載することに注意してください(優先されるものを上に記載)。 国の公費どうしの場合は、優先順位は下の表のとおりです。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医院。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 小児慢性特定疾病情報センター 「疾患群別一覧」 https://www.shouman.jp/disease/search/group/

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