2021年3月2日
漫画『ナースのチカラ 〜私たちにできること 訪問看護物語〜』に学ぶ、訪問看護という職業の魅力
『ナースのチカラ 〜私たちにできること 訪問看護物語〜』という漫画をご存知だろうか?
2020年4月に単行本第1巻が発売されたこの作品は、義母の介護をキッカケに50歳で新人訪問看護師となった主人公と、彼女を支える訪問看護ステーションの同僚たち、そして利用者や家族の奮闘を描いた物語だ。この漫画を通して、訪問看護という職業の魅力を紐解いていきたいと思う。
コラム執筆者: 株式会社メディヴァ/コンサルタント 内野宗治
事例集のような作品
この漫画は一話読み切りのエピソードで毎回、様々な病状や家庭環境、価値観を有する利用者や家族が登場し、訪問看護師たちが「どうサポートすべきか」と頭を悩ませる。
「自宅で最期を迎えたい」利用者や家族の希望を叶えるため、あの手この手でサポートする訪問看護師たちの姿には胸を打たれるが、美しい話ばかりではない。
80歳代の母親と50歳代の引きこもり息子が暮らす「ゴミ屋敷」をスリッパ持参で訪問したり、末期の乳がんを患う女性の夫が妻の介護に疲れてうっかり他の女性と浮気してしまったり、といった妙にリアリティあるエピソードも読み応えがある。
この漫画の作者、広田奈都美さんは、自身が病棟、訪問のいずれも経験している看護師であり、前作に当たる『おうちで死にたい 自然で穏やかな最後の日々』もやはり訪問看護を題材にした作品だ。
訪問看護に関する制度やお金についての専門的な話や、在宅療養において重要なACP(アドバンス・ケア・プランニング)の話などもあり、ストーリーを楽しみながらも訪問看護について多角的に学べる、よくできた事例集のような作品になっている。
「利用者や家族の「生活」や「人生」に寄り添うのが在宅」
これらの作品を通じて描かれているのは、訪問看護という仕事が単に患者の「病気」を見るのではなく、利用者や家族の「生活」や「人生」に寄り添い、支えるものであるということ。そして、利用者の数だけ異なるサポートの形があるということだ。
たとえば、末期癌を患った男性の妻が、夫の病状を心配する余裕もないほど、お金の不安で頭が一杯になってしまうというエピソードがある。
夫の治療費、子供たちの進学費用、微々たる貯金とパートタイムの仕事で得る給料・・・助成金や保険金をもらえるならもらいたいが、何がどうなっているのかよくわからない。そんな彼女を見かねた訪問看護師が、家にある「お金に関する書類」を全て集めるよう提言し、役所や保険会社にひとつひとつ問い合わせていく。その結果、「これだけ稼げば、何とかやっていける」という目処が立ち、ひと安心したところで女性は初めて涙を流す。
現実には、訪問看護師がここまで介入するケースは多くないかもしれないが、在宅療養者にとって比較的身近な存在である訪問看護師は、利用者や家族にとっての「相談窓口」的存在になることも多いだろう。いわゆる「看護」業務の枠を超えて、利用者や家族を多面的にサポートする仕事が多くなりやすいことは、訪問看護という仕事の大変さであり、同時に醍醐味であることが伺える。
「家族固有の問題」ではなく「社会全体の課題」
「在宅の基本は家族です。あくまで家族がお世話するのをお手伝いするのが在宅なんですよ」
このセリフは、作中に登場する訪問看護師が発するものだ。
もちろん、家族がいない独居者や、訳あって家族の支援を受けられない人もいるので、必ずしも「家族がお世話するのをお手伝いする」ことが訪問看護師に求められるわけではない。だが、病院の入院患者と比べ、在宅患者は家族と過ごす時間が長く、家族のサポートが必要となるケースが多いこともまた事実だ。
現状は、家族が主体でケアをしていることが多いので、その本人と家族のケアのやり方を尊重するのが大切だと、このセリフは教えてくれる。
介護保険制度が創設されるまで、介護を主に担ってきたのは家庭・家族だった。その後、「家庭・家族が担ってきた介護を社会共通の課題として認識し、実際の介護(ケア)を担う社会資源を、税と保険料を中心に拠出された財源によって社会全体が担っていくもの」という考えに基づく介護保険サービスが導入されたことによって、在宅医療を「家族固有の問題」ではなく「社会全体の課題」として捉え、社会全体で支える「介護の社会化」が進んだ。
このような背景から、在宅の主役は「在宅療養者・家族」であり、主役を支えサポートすることが訪問看護師や在宅療養に関わる専門職の役割なのだと言える。
『アンサング・シンデレラ』の次は訪問看護師?
訪問看護師の不足は、日本の訪問看護業界における主要な課題のひとつだ。
厚生労働省が2019年に推計(※1)したところによると、2025年に日本全国の看護職員は6〜27万人不足する見込みで、特に訪問看護師の不足が懸念されている。また、日本看護協会の発表(※2)によると、2018年における訪問看護ステーションの求人倍率は2.91倍で、病院や介護老人福祉施設(特養)を抑えて、最も求人倍率の高い(求人数に対して求職者が少ない)施設となっている。
訪問看護師の数を増やすには、適切な制度や教育、キャリアパスの設計に加えて、訪問看護師という職業の魅力が世の中で広く認知され、「訪問看護師になりたい」という人が増えていくことが重要だろう。もしかすると、『ナースのチカラ』や『おうちで死にたい』を読んで訪問看護師を目指す人も、今後出てくるかもしれない。
病院薬剤師が主人公の漫画『アンサング・シンデレラ』は今年、石原さとみの主演でテレビドラマ化されたが、訪問看護師が主役のドラマは生まれるだろうか?
株式会社メディヴァ コンサルタント
内野宗治東京都出身。国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。IT系コンサルティング会社勤務、ニュースサイト編集者、スポーツライター、通信社記者(マレーシア支局)等を経て現職。メディヴァでは、ヘルスケア関連企業の新規ビジネス開発や先進医療の普及・実用化に向けた戦略策定支援、自治体の地域医療拡充サポート、中央省庁の調査案件等に携わる。
【参考】
※1:医療従事者の需給に関する検討会 看護職員需給分科会 中間とりまとめ(概要)
※2:2018年度 「ナースセンター登録データに基づく 看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果