アセスメントに関する記事

特集
2022年7月19日
2022年7月19日

【管理栄養士のアドバイスvol.9】高齢期の糖尿病管理

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第9回は、高齢期糖尿病管理の注意点と実際を紹介します。 最近歩けなくなってしまったんです…… あるとき、私のもとにこんな相談がやってきました。相談者は、80歳代のお母さまを介護する息子さんです。お母さまは、元気だったころから糖尿病を患っていました。要介護状態となり自分で食事の準備ができなくなった今は、息子さんが食事の管理をされています。 「最近歩けなくなってしまったんです」。相談内容は、お母さまの体力が落ちて、歩くのが困難になってしまったということでした。 「主治医の先生には、『糖尿病の数値は落ち着いていて、食事の管理がしっかりできている』ってほめられます。でも体力が落ちてきてしまって、どうしたら母は元気になるんでしょうか? 糖尿病だから好きなものを何でも食べさせるわけにはいかないし」 糖尿病だからたくさん食べてはいけない、でも体力をつけるためには栄養をとらなければいけない。こんなジレンマに悩まされていたのです。 これが、高齢期の糖尿病管理の難しさです。壮年期に行っていた厳しいエネルギー管理を継続することは、ときに、低栄養やサルコペニアの引き金になってしまう可能性があるのです。 高齢期糖尿病の管理方針 日本糖尿病学会の「糖尿病診療ガイドライン2019」1)には、高齢者の糖尿病について以下のように記載されています。 ・高齢者の低血糖は、自律神経症状である発汗、動悸、手のふるえなどの症状が減弱し、無自覚低血糖や重症低血糖を起こしやすい。低血糖の悪影響が出やすい。 ・厳格な血糖コントロールよりも、安全性を重視した適切な血糖コントロールを行う必要がある。 ・高齢者糖尿病の血糖コントロール目標は、(中略)「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」を参考にして、さらに心理状態、QOL、社会・経済状況、患者や家族の希望などを考慮しながら、個々の患者ごとに個別に設定する。 ガイドラインの記載からもわかるように、高齢期の糖尿病管理は血糖値やHb1Acの推移だけをみていてはいけなのです。周辺情報を確認しながら、ときには、厳しい食事制限を緩和し適切に「食べる」サポートをすることも重要です。 実際の指導 私が行った実際の指導方針は以下のとおりです。 コントロール目標の緩和 真面目な息子さんは、お母さまの病状が悪化しないように、HbA1c6.0%未満を維持するように食事管理をしていました。 そこで、・高齢期の血糖コントロールについては、生活機能を維持するという視点から目標を緩和して構わないこと・今は、糖尿病の病態だけでなく、生活機能をどう維持するかを考えなければならない時期であることをお伝えしました。 お母さまは、重症低血糖が危惧される薬剤の使用はなく、基本的ADL低下の状態であり、主治医と相談し、コントロール目標をHbA1c8.0%未満注1と設定しました。 注1「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」で、重症低血糖が危惧される薬剤の使用なし・基本的ADL低下の状態の高齢者では、目標値は8.0%未満とされている2、3) 具体的な食事のとりかた 糖尿病のコントロール目標を明確化したうえで、改めて食事のとりかた(お役立ちツールの「糖尿病食事管理のコツ」を参照)を指導しました。 ・ 食事全体の量:糖尿病の病態や年齢、ADLによって適正量が変わるので、主治医の先生や管理栄養士に確認しましょう。・ バランス良く:主食・主菜・副食を揃えて、バランス良く栄養をとりましょう。・ 食べる順番:野菜から先に食べることで血糖値の急な上昇を抑えることができます。 このような指導を行い、食欲の維持、また不足していたビタミンの摂取を目的として、それまで控えてきた果物の提供を再開することとなりました。 血糖測定時間の改善 息子さんがお母さまの血糖測定をご自宅で行っており、測定値がカレンダーに記載されていました。その血糖値ですが、食べている量やHbA1cを考慮するとどうも高いのです。 不思議に思って詳しく聞くと、食後2時間の血糖を測定するつもりが、食事開始から2時間後の血糖を測っていることが判明。そして、このお母さまは食事に約1時間かかっていたので、すなわち食後1時間の時点で血糖を測っていたのです。 食後1時間ではまた血糖が下がりきっていないので、測定値が高く出ていたというわけです。息子さんに、食事が終わってから2時間後に測定することを指導し、その後は正確な測定値の推移を知ることができました。 おわりに このように高齢者の糖尿病管理は、その方の生活や暮らし、ADLなど、多角的に判断をしながら食事療法を行う必要があります。皆さんの周りの糖尿病の方はどのような管理を行っているでしょうか? コントロールに苦慮する場合は、ぜひ訪問の管理栄養士に介入を依頼することも検討してみてください。 ー第10回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)日本糖尿病学会.『糖尿病診療ガイドライン2019』東京,南江堂,2019,319-28.2)日本老年医学会・日本糖尿病学会.『高齢者糖尿病診療ガイドライン2017』東京,南江堂,2017,46.3)日本糖尿病学会.『高齢者糖尿病の血糖コントロール目標について』http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?content_id=66 2022/06/22閲覧4)後藤昌義ほか.『新しい臨床栄養学』改訂第4版.東京,南江堂,2005,305p.

特集
2022年7月19日
2022年7月19日

地域食支援の実践

新宿区一帯で在宅ケアを提供している事業所の有志が集まった「新宿食支援研究会」。「最後まで口から食べる」をかなえるために、日々、多職種での支援を実践しています。本研究会から、各職種の活動の様子をリレー形式で紹介します。第2回は、前回に続いて本研究会代表の五島先生(歯科医)から、研究会の活動について紹介します。 歯科医の私でも想像すらしていなかった 「口から食べることが難しくなる」ということは、一般の人には想像しにくいことです。私自身、歯学部で学んだ6年間、卒業後に歯科医師として勤務していた5年間は、想像すらしていませんでした。もちろん、入れ歯の不調で食べられない人はいましたが、それは入れ歯の問題としてだけ考えていましたから。 ですから、訪問診療を開始して、噛めない人・飲み込めない人・食べようとしない人と初めて接したときは衝撃でした。そして、口から食べられない理由が多くあることも初めて知りました。 「口から食べられない」には多職種の関与が必要 口から食べられない理由は大きく3つ。環境、機能、認知の問題です。 環境面は、口の状況だけではなく、食べるときのいすやテーブル、食事姿勢、食具など、多岐にわたります。 機能面では咀嚼、嚥下、さらには胃腸の状態など全身状態も関与します。 認知面では、食事そのものの認知も含めて、食べる雰囲気づくりが必要になってきます。 そうなんです。口から食べられない問題は多岐にわたるので、歯科やSTだけでなく、多くの分野のプロフェッショナルの関与が必要になるのです。これが、多職種による食支援なのです。 新食研は小チームの集合体 そこで、2009年に新宿食支援研究会を立ち上げました。最初は15名ほどでスタートしましたが、10年以上の月日を経て、現在23職種、160名が所属しています。医療、介護の専門職のみならず、食品メーカーや車いすメーカーの方なども参加しています。 これだけの人数が、定例的に集まって何かをディスカッションしている……わけではありません。多いときは20以上のワーキンググループがあり、5~10人程度の小クラスで、それぞれテーマを持ってミーティングを開催してきました。 たとえば、食事姿勢を考えるチーム、食事動作を快適にする食具開発チーム、地域の宅配弁当サービスをより良くするチームなど。その集合体が、「新宿食支援研究会(新食研)」なのです。 他所属連携の試み 「地域食支援チーム」などというと、病院のように、医師・看護師・セラピスト・栄養士などが集う一つのチームがあり、そのチームで患者に相対するイメージが多くみられます。そのようなことは地域では不可能です。東京都新宿区では、在宅主治医が数百名単位、訪問看護ステーションが50か所、介護事業所が100か所以上あります。このような単位で、一つのチームづくりを考えるのはナンセンスです。 そこで重要なのは「他所属連携」です。 地域で多職種が集うケースでは、他所属が基本になります。所属も職種も違えば勤務時間も形態も異なります。さらには辞職や移動などもあります。このような状況で永続的なOne Teamを目指すことはできません。だからこそ、意識の高い専門職をその地域で多く作り出すことが不可欠になってきます。 新食研は、まさにそのような人材づくりの場なのです。 地域単位での多様な連携で結果を出す 「他職種連携」「多職種連携」という言葉があります。私は次のように定義しています。 他職種連携は、「各現場(患者)で、必要な職種が集い、連携をとりながら結果を生み出すこと」。 多職種連携とは「地域単位で多くの職種が交わり、多様な連携を行うことで多彩な結果を残していくこと」。 新食研はまさに多職種連携であり、その連携があるからこそ、各現場で「他」職種連携をして結果を出していけるのです。 モットーはMTK&H® 新食研の活動は、現在コロナ禍のため、オンラインやハイブリッドでワーキンググループを開催しています。このような体制になり、新食研はニ方向の大きな流れを作りました。一つは、知識・技術を高めていくこと。もう一つは地域(新宿)のネットワークづくりです。 知識・技術を高めるグループは、地域の垣根をつくることなく、新宿にこだわらずオープンな企画として開催しています。地域のネットワークづくりとして、社会福祉協議会や地元のボランティア団体とも交流を始めました。食支援が必要になったとき、一般市民と専門職とのマッチングができることを目標としています。 さて、このような地域の食支援を考えるとき重要なことは、必要な人に食支援を届け、結果を出すことです。そのためには「食や栄養に異常がある人を見つける人」「適切な支援者につなぐ人」そして「結果を出す人」を、地域でつくりつづけることです。そのために専門職は、食や栄養の知識・意識を、地域に広めていかなくてはなりません。 新食研では「見つける(M)、つなぐ(T)、結果を出す(K)、そして広める(H)」(MTK&H®)をモットーにして活動の根幹にしています。 訪問看護師が見つける、つなぐ、結果を出す、そして広める 新食研の活動のなかでも重要なポジションにあるのが、「訪問看護師による口腔ケアの実践」チームです。毎回、症例をみながら歯科関係者を交えてディスカッションを行っています。 在宅医療を受けるようになると、歯科に受診できないケースが多くなります。まだまだ訪問歯科は地域活動としてマイナーで、多くの人が受診できる体制はありません。この状況で、在宅医療の中心となる訪問看護師が、口の状況を確認し、口腔ケアを実践し、必要なときは訪問歯科につなげていく。まさにMTK&H®なのです。 残念ながら、在宅医療者は、食や栄養に対する意識が高いとはいえません。しかし、このような活動を通して早期に異常を見つけることで、回復する高齢者も多くなるでしょう。訪問看護は、在宅医療のみならず、地域食支援の核なのです。 ー第3回へ続く 五島朋幸ふれあい歯科ごとう新宿食支援研究会代表 新宿食支援研究会ポータルサイトhttps://shinshokuken.com/ 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年7月5日
2022年7月5日

【管理栄養士のアドバイスvol.8】塩分制限が必要な方への食事

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第8回は、心疾患や高血圧など、塩分制限が必要な人への食事の工夫を紹介します。 はじめに 日本人の死亡原因1)は、1位の悪性新生物(がん)に続き、2位は心疾患です。 心疾患のなかでも特に、虚血性心疾患が約4割と多くを占めています。虚血性心疾患は、冠動脈の動脈硬化により心筋血流の減少や途絶を生じる疾患であり、基礎疾患や生活習慣の影響を受けることがわかっています。日本循環器学会「虚血性心疾患の一次予防ガイドライン(2012年改訂版)」2)には危険因子として以下の内容が記載されています。 虚血性心疾患に関連する危険因子(虚血性心疾患の一次予防ガイドライン(2012年改訂版)) ・加齢・虚血性心疾患の家族歴・喫煙習慣・脂質異常症・高血圧・肥満・糖尿病あるいは境界型・メタボリックシンドローム・慢性腎臓病・精神的・肉体的ストレス これらをみると、虚血性心疾患の予防には、栄養バランス良く健康的な食生活が重要であることがわかります。 今回はこのなかでも高血圧に注目して、予防のために必要な簡単減塩ポイントをお伝えします。 塩分はどのくらい控えればよい? 「高血圧治療ガイドライン2019」3)によると、高血圧患者における減塩目標は6g/日未満としています。 一方で、「高齢者高血圧予防診療ガイドライン2017」4)では、 「味覚の低下がある高齢者の食事の味つけが減塩により極端に変化すると、食事摂取量の低下から低栄養をきたすことがあるため、全身状態の管理に留意が必要。6g/日未満を目標とするが、味覚や摂取量、栄養状態などを個別に判断し、過度の減塩にならないよう個別に減塩の指導をする。」 と記載されています。すなわち、高齢者においても減塩は行うべきだが、減塩により食事摂取量が低下しないように、全身的な観察が大事ということです。 簡単食生活チェック まずは、塩分摂取量が多くなりがちな食生活をしていないか、国立循環病研究センターの「かるしおチェック」5)で簡単に確認してみましょう。 □ みそ汁やスープを1日2回は飲む。または、ごはんにみそ汁は欠かせない。□ ちくわやかまぼこなどの練り製品、ハム、ウインナーなどの加工品が好き。□ ごはんの友(梅干しや佃煮、つけものなど)が好きで、常備している。□ 外食することが多い。または、外食が好き。□ ごはんよりおかずのほうが、食べる量が多い。□ 市販のおそうざいやインスタント食品を、よく利用する。□ うどん、そば、ラーメンなどめん類のスープは半分以上は飲む。□ すしやどんぶりものが大好き。□ 魚の干物や、明太子などの塩蔵品、よく利用する。□ おせんべいやスナック菓子をよく食べる。 一つでもチェックが付いたら、塩分のとりすぎにつながる食習慣があるということです。日常的に塩分摂取量が過剰であるという可能性がありますので、どんな食事を召し上がっているのか確認して、必要であれば減塩についてのアドバイスを行いましょう。 減塩の簡単ポイント 高血圧や心疾患予防のために減塩をしなくちゃ!と意気込んで塩分を控えるあまり、食事が味気なくなってしまうことがあります。いくら健康のためといっても、おいしくない料理を毎日食べることは苦痛ですし、それによって減塩対応を諦めてしまうこともあります。 無理なく毎日続けられるように、おいしく減塩するコツを覚えておきましょう。 ①酸味を利用しようお酢やかんきつ類などの酸味を活用すると、味にメリハリがつきます。 ②香辛料や香味野菜を使おうスパイスやハーブ、またニンニクやシソなど香味野菜を使うと、塩分控えめでも味にアクセントがつき、香りによって食欲増進効果も期待できます! ③汁物はだしを利かせて具材をたっぷりにだしの旨味で減塩効果、また具だくさんにすると相対的に汁の量が少なくなるので、おいしく減塩できます。 ④献立にはメリハリをすべての料理を薄味にすると、物足りなくて毎日続きません。どれか一品はしっかりと味つけをすることで、食事の満足感が上がります。 ⑤漬物や練り物を避ける漬物や練り物などの加工食品は食塩を多く含んでいるので、注意しましょう。 ⑥減塩調味料を使用減塩醤油や、減塩みそを使うと、手間をかけず、簡単に減塩をすることができます。 ⑦食べるものの表面に味をつけよう食べるときに舌に当たる部分に塩味がついていると、おいしさを感じます。下味は控えめにして、食材の表面に味をつけるようにしましょう。 ⑧汁物の汁は残そう特に麺類の汁は塩分が多く含まれていますので、なるべく汁は残すようにしましょう。 高齢者の減塩は要注意! 前述したように、高齢者における減塩対応は、食欲や食事摂取量を観察しながら進めることが大切です。 減塩にしたことでおいしさを感じずに食事量が激減して、低栄養につながることがありますし、一見して塩分過剰に見える食事でも、摂取できている総量が少ないために実際の摂取量は適正量である場合もあります。 また、長年の食習慣はなかなか変えることが難しいので、改善に苦慮する場合は訪問管理栄養士に介入を依頼することも、対策の一つとしてぜひ覚えておいてください。 当記事に掲載している「おいしく続ける減塩のコツ」について記載した資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第9回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省.『令和2年(2020)人口動態統計月報年計(概数)の概況』2021.2)日本循環器学会ほか.『虚血性心疾患の一次予防ガイドライン(2012年改訂版)』https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2012_shimamoto_h.pdf 2022/05/09閲覧3)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会.『高血圧治療ガイドライン2019』2019,282p.4)日本老年医学会.『高齢者高血圧予防診療ガイドライン2017』2017,63p.5)国立循環病研究センター.『減塩食について』https://www.ncvc.go.jp/hospital/pub/knowledge/diet/low-salt/ 2022/05/09閲覧

特集
2022年7月5日
2022年7月5日

胃瘻でも餃子が食べたい! 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション③

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、食事時の姿勢調整などで経口へ導いた事例です。 急性期・回復期・慢性期で嚥下障害は変化する 急性期では、重篤な嚥下反射遅延や誤嚥といった咽頭期(連載第3回を参照)の嚥下障害が発症し、経管栄養管理下に置かれることが、しばしばあります。回復期・慢性期になると体調が回復しますが、食べこぼす、噛みづらいなど、準備期(連載第3回を参照)の障害に変化するケースがあります。 急性期から回復期~慢性期へと、各々のステージで嚥下の再評価が必要です。その結果から、5期モデルのどこに障害があるのか、個々の回復の変化に応じて、適切な対応が可能になります。 事例 Hさん、69歳女性・要介護5。施設入所。脳梗塞発症後の左側片麻痺あり、歩行不能。 残存歯数が15本、重度歯周病と上下部分義歯不安定があることから、入所施設のケアマネジャーからの依頼で訪問となりました。 簡易検査はほぼ正常で、準備期の改善と姿勢の調整で、直接訓練が可能と判断しました。 初診時の嚥下評価 RSST注13回/30秒ODK注2パ3.2回/秒、タ2.8回/秒、カ2.0回/秒改訂水飲みテスト注34点 頸部聴診音清明頬の膨らまし左右 十分にできるうがい問題なくできる 間接訓練 準備期の主役は、歯や義歯です。「餅つき」に例えれば、歯はうす・・やきね・・です。 ときどき手水をつけた手で餅を返すことで、おいしい餅(食塊)になります。手水は唾液に相応し、返す手である舌や唇、頬の筋肉をうまく動かす間接訓練が、準備期にはとても大切です。 Hさんの間接訓練は順調に進み、早速、ベッド上の段階的摂食訓練を開始しました。 直接訓練 ファーラー位で右側を下にした側臥位に姿勢を調整しながら、「学会分類2021」の「0j」を試しました。1か月ほどで、「2-2」まで可能になりました。 ところがここで、義歯の装着が困難になるという問題が発生しました。 Hさんは、喫煙の影響から、歯周病(重度の骨吸収)がありました。義歯の内面調整後も、粉末やゼリータイプの義歯安定剤を使用しなければ咀嚼できない状況でした。さらに、装着時の鉤歯の動揺もあり、ときおり、義歯の装着を拒否することもありました。 そこで、食前に口腔ケアと間接訓練をすませ、義歯安定剤を貼付した義歯を装着するという条件を満たした場合にのみ食べる訓練(直接訓練)をしましょうと提案し、すぐに承諾していただきました。 姿勢を調整する Hさんは左側に麻痺があるので、体幹は自然に左へと傾斜します。重力の影響で水分などが麻痺側の左に流れて、ムセや誤嚥を発生させます。 まず、車いすにカットテーブルを装着しました。 患側の左側が下がってしまうことを防ぐために、患側の左手をカットテーブル上にのせます。さらに、背中にクッションを入れて患側の左側を高く、健側の右側を低く、勾配をつける姿勢に調整しました。これがうまくいき、ムセが軽減しました。 水分にはとろみ調整剤で交互嚥下法(連載第3回を参照)を取り入れ、UDF区分「舌でつぶせる」の、ソフト食が可能になりました。 餃子の自食をきっかけに その後看護師から、Hさんが、餃子を食べたがっていることを聞きました。 早速、市販の餃子を一口大にカットして提供しました。タレにはとろみを付け、まとめてかけます。おいしそうに自食され、これをきっかけに、一気に食上げが進みました。 介入から2年近く経過した現在は、姿勢調整することなく、UDF区分「容易にかめる」を自食されています。 食事介助に摂食嚥下リハを応用する 認知症の方などの食行動には、さまざまなパターンがあります。 ある人は、はがき一枚分の空間認識しかできない視野狭窄がありました。別の人は、口に食べ物が入れば咀嚼できるのに、認知症のために、食事に手をつけようとしませんでした。 このような場合、食事介助時に摂食嚥下リハビリテーションを応用すると、食支援につながる可能性があります。 認知症等の食行動に対応するためには、➀食に集中できる環境②おかずを目の前に多く置かない③患者の右側から介助する(右側嚥下法注4)──などの基本と、④食欲の低下には、食前に手のマッサージと口腔ケア⑤口が閉じにくい方は、口唇閉鎖訓練注5、「パ」の発声、口を閉じたり開けたりする口唇のストレッチ──も有効です。 認知症の食支援例 症状          対応法(例)食べ物に興味を示さない声掛け/食べ物の匂い/触感や味覚刺激を入れる/おにぎり早食い、かきこみ食べ一皿ずつ出す、小さいスプーン時間がかかるなるべく30~40分で切り上げる/間食で補う口の中に溜め込む食前に棒つき飴などで味覚刺激を入れるムセ、嗄声姿勢調整/食前に氷なめ/口唇閉鎖訓練 次回は、口腔粘膜疾患や衛生面での口腔ケアについてお話しします。 注1 RSST(反復唾液嚥下テスト):65歳以上では、3回/30秒で正常注2 ODK(オーラルディアドコキネシス):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする注3 改訂水飲みテスト:3mLの冷水を飲み、呼吸や嚥下の状態を評価する。4点以上でほぼ正常注4 右側嚥下法:食道は人体の左側で胃へつながっており、体が左側を向くと、食道入口部が閉まってしまう。この場合、30度ほど右側を向くと食道が開きやすくなり、物を飲み込みやすくなる注5 口唇閉鎖訓練の一例 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年6月28日
2022年6月28日

【専門家執筆&監修】認知症患者が異食を行う原因は?対応方法・NG行動を解説

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。最終回の第12回は、食べられないものを食べる患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代女性。食事はあっという間に食べてしまい、食べたことを覚えていない。家族が目を離すとティッシュペーパーをお茶に浸けて食べたり、消しゴムや煮ていない豆類を食べ、嘔吐や下痢をする。 なぜ患者さんは異物を食べるのか? 認知症が重度になると、食物とそうでないものとの区別がつかず、異食が起きることがあります。異食とは、食べられないものを口に入れることや、食べてしまうことです。 味覚がしっかりあれば、異食した場合にも吐き出すことができますが、味覚が障害されていると飲み込んでしまいます。 また、満腹中枢の鈍化も、異食や過食を招くことになります。心理的に、孤独感や満たされない欲求などの代償として、異食が起こることもあります。 患者さんをどう理解する? このような認知症患者さんへの対応としては、苦痛や不安な思いに寄り添い、患者さんの苦痛を取り除くと混乱がしずまるといわれています。 異食に遭遇したら 異食をしている場面に遭遇した場合は、患者さんを驚かせないように、落ち着いた対応が大切です。 まずは、異食の患者さんを見かけたら、大きな声を出さないようにしましょう。その声に驚いて患者さんが反射的に飲み込むことがあります。 異食をしたものをすぐに口外に出そうと、患者さんの口の中に無理やり手を入れようとすると、患者さんは驚いて口を開かなかったり、噛んだりすることがあります。 慌てずに、患者さんの名前をゆっくり呼び、体にそっと触れて注意を向けてから、患者さん自身に口を開けてもらうようにお願いし、吐き出せるように促していきます。 異食の例 異食するものには、実にさまざまなものがあります。 異食の例 ・新聞・ティッシュペーパー・花・草・土・洗剤・薬品・化粧品・電池・タバコ・ゴミ・自分の便・布類(タオル等)・紙オムツ・花瓶の花 命に危険が及ばないものの場合は、他の食品(たとえばお菓子など)を用意して交換する方法もあります。 薬品・電池など命に危険があるものを食べた場合には、各製品に添付されている応急処置(吐かせる・水を飲ませて薄めるなど)をすると同時に、医師による処置を受けます。 異食により命に危険がおよぶものは、見えないところや手の届かないところに片付けて、患者さんの生活する空間の環境整備を行います。ティッシュペーパーや布などのように窒息に結びつくものにも注意を払い、患者さんの安全を守ることが必要です。 こんな対応はDo not! × 異食を発見したときに、驚いて大きな声を出す× 異食した物を慌てて口から出そうとする こんな対応をしてみよう! 異食は食欲の異常ではなく、欲求不満に伴う反射的、衝動的な行為であることが多いので、まずは患者さんの周囲に危険なものを置かないようにしましょう。また、異食をしていないかどうか、患者さんが口を動かしているときなどに声を掛け、見守るようにするとよいでしょう。 栄養素として鉄やカルシウム不足などが異食の原因となることもありますので、認知症の症状と決めつけてしまわず、きちんと検査し原因を明らかにすることも必要です。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)諏訪さゆりほか.「認知症高齢者の看護計画」『医療依存度の高い認知症高齢者の治療と看護計画』諏訪さゆりほか編.愛知,日総研出版,2006,179-85.2)油野規代ほか.『認知症を伴う大腿骨頚部骨折患者に関わる整形外科看護師の対応困難な場面における臨床判断』金沢大学つるま保健学会誌.34(1),2010,91-9. 3)長嶋紀一.「認知症の人の医学知識」『認知症介護の基本』長嶋紀一編.東京,中央法規出版,2008,39-40.

特集
2022年6月21日
2022年6月21日

【管理栄養士のアドバイスvol.7】高齢者の下痢と食事

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。前回は高齢者の便秘について学びましたが、今回は「下痢」についてです。 下痢への対応 皆さんご存じのように、「下痢」とは、水分を多く含む、かたちのない糞便を排泄することです。前回のダウンロード資料でも取り上げたブリストルスケール1)で、便性状のアセスメントが可能です。 下痢をすると、食欲不振や脱水、また腸管での栄養吸収不良により、低栄養につながる可能性もあります。 今回は、管理栄養士の視点での原因や対策の方法をお知らせしますが、下痢の原因は消化器疾患によるものや薬剤によるものなど人それぞれですので、多職種連携をして原因究明と対策に取り組みましょう。 在宅療養者によくある下痢症状 1食中毒 夏場に向けて特に注意が必要な食中毒ですが、予防で大事なことは、細菌やウイルスを「付けない」「増やさない」「やっつける」です。 生のお肉などは食中毒の原因菌が多ので、生食をする野菜、または生食食品に触れる包丁やお皿に「付けない」ように、生のお肉の取り扱いには注意が必要です。 暖かい室内は、細菌にとっては居心地の良い環境です。細菌を「増やさない」ために、料理は常温放置しないようにしましょう。 最後は「やっつける」です。食中毒の原因になる病原体は、高温で加熱することで死滅します。しっかりと中心まで熱が通るように加熱しましょう。中心部がまだ赤いようなお肉は、加熱が十分でなく、食中毒のリスクが高いです。 高齢者では、腸管が弱くなっていて、少しの病原体に感染するだけで重症化することもありえるので、特に注意が必要です。 チェックポイント! 在宅療養者さんの台所を覗いてみましょう。出来上がった料理が常温に置かれている場合は、冷蔵庫に入れるように伝えましょう。定期的に介入するヘルパーさんがいれば、情報提供して、衛生管理に協力してもらいましょう。 在宅療養者によくある下痢症状 2牛乳や乳製品 高齢者だけではありませんが、牛乳や乳製品を飲むとお腹を下してしまう方がいます。これは乳糖不耐症で、小腸粘膜上皮の乳糖分解酵素「ラクターゼ」が欠如しており乳糖が分解されないことで起こります。 牛乳や乳製品だけでなく、経腸栄養剤や栄養補助食品には乳糖が含まれていることが多いので、下痢をする場合は成分を確認してみましょう。 乳糖不耐症の場合は牛乳や乳製品を避けることが解決策ですが、経腸栄養剤には乳糖不使用の製品が少ないので、どうしても乳糖含有の栄養剤を使用しなければならない場合は、乳糖分解酵素の処方を主治医の先生と相談してみてくださいね。 チェックポイント! 乳糖不耐症が疑われる場合は、本人や家族に「若い頃に牛乳を飲む習慣があったか」「乳製品でお腹を壊す事があったか」を聞いてみましょう。 在宅療養者によくある下痢症状 3経腸栄養剤の使用 経腸栄養剤や栄養補助食品の使用により下痢をしてしまう場合、前述のように、まずは乳糖不耐症を疑います。 そうではない場合は、高浸透圧性の下痢の可能性があります。胃瘻や経鼻経管栄養の投与速度が高いと下痢をすることはよく聞きますが、経口摂取の場合も同様の症状が出る場合があります。 浸透圧の高い経腸栄養剤を摂取すると、小腸上皮の毛細血管から腸管腔内に水分が移動して腸粘膜で水分の再吸収が起こります。それにより、腸蠕動が亢進し下痢が生じるのです。 そのため、特に浸透圧の高い経腸栄養剤の場合は少量ずつ時間をかけて飲んだり、紅茶やコーヒーなどで薄めて飲む、または浸透圧の低い製品に変更をすることをおすすめします。 チェックポイント! 経腸栄養剤による下痢が疑われる場合は、何をどのくらいの速度で摂取(注入)しているのかを確認しましょう。 経口摂取の場合は、「一日のうちで数回に分けて飲んでくださいね」とお伝えすることも、対策の一つです。 下痢をしているときの対応 下痢による弊害の一つに脱水があります。下痢により、体内の水分が排出されてしまうため、水分や電解質が不足してしまう状態です。 そのため、水分吸収が速やかに行われる適度な浸透圧である経口補水液がすすめられています。経口補水液では、ナトリウムやカリウムなどの電解質も補えます。 薬局で購入できる経口補水液としては、OS-1(大塚製薬工場)やアクアソリタ(味の素)、明治アクアサポート(明治)などがあります。 急な下痢症状で家に経口補水液がない場合は、手作りできる簡単なレシピ(ダウンロード資料)がありますので、参考にしてみてください。 おわりに 下痢の症状や原因はさまざまであり、適切なアセスメントが重要です。今回挙げた、食品が由来する下痢のほかにも、消化器疾患によるものや難治性の病状もあります。 放置すると低栄養や皮膚トラブルにもつながることもあり、早期対応が重要な一方で、排泄というデリケートな問題のため悩みを打ち明けてくださらない人もおり、排泄にかかわる問題の表出は氷山の一角であるともいわれています。 特に、療養者とのかかわりが深く医療的知識の豊富な訪問看護師が、気づくことがとても重要です。ぜひ、この機会に担当利用者様の排泄状況にも目を向けてみましょう。 ー第8回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)Lewis,SJ.et al.Stool form scale as a useful guide to intestinal transit time.Scand.J.Gastroenterol.32(9),1997,920-4.2)医療情報科学研究所.『病気がみえるVol.1消化器』第6版.東京,メディックメディア,2020.3)谷口英喜.「経口補水療法」『日本生気象学会雑誌』52(4),2015,151-64. 記事協力株式会社大塚製薬工場味の素株式会社株式会社明治

特集
2022年6月21日
2022年6月21日

うつ熱?感染?高齢者が発熱した場合のアセスメント

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。最終回は、急に高体温となった患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 89歳男性。寝たきりで在宅療養をしている患者さんで、高齢の妻が介護しています。訪問して体温を計測したところ、38.0℃ありました。   あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 急に高体温となっており、感染による発熱、またはうつ熱や熱中症の可能性があります。体温を正確に計測して鑑別を行います。感染徴候を確認し、重篤度と原因を推定し、敗血症の徴候がみられたら速やかに医療につなげる必要があります。 ここに注目! ●感染による発熱かどうか?●寝たきりだと自分で環境調整がしにくく、介護力も強くはないため、うつ熱の可能性もあるのでは? 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・高体温の経過(気づいた時刻、その後の処置と経過)・高体温に伴う症状(熱感、悪寒、発汗、頭痛、頭重感、だるさ、関節や皮膚の痛み、ふらつき、転倒)・うつ熱・熱中症のリスクとなる環境(高温多湿、掛け物の掛けすぎ、湯たんぽや電気毛布の使用、など)・感染徴候(疼痛、腫脹、発赤、熱感、分泌物の増加、のどの痛み、咳、痰、喘鳴、尿の混濁や浮遊物、血尿、尿の臭気の増加、下痢、不消化便、血便、など)・生活への影響(食欲と食事摂取量の低下、水分摂取量の減少、活動量の減少、ADLの低下) 客観的情報の収集 体温 体温を測定し、平熱との差を確かめます。 うつ熱では、体温放散を促すと体温が下がります。薄着にするなど、熱が放散されやすいようにしてしばらく様子をみて、体温を計測しなおしてください。すぐに低下すれば、うつ熱と判断してもよいでしょう。 感染による発熱の場合は、冷罨法では体温の低下は起こらず、悪寒を増強する可能性があります。悪寒戦慄と解熱の日内変動がみられることが多く、消炎鎮痛薬の使用で速やかに体温が下がりますが、原因となっている炎症が治まらないかぎり、薬の効果が切れると上昇します。 皮膚温 看護師の手背を使って皮膚の温度を確認しましょう。 手背で皮膚温を触診 うつ熱の場合は熱がこもった状態であるため、皮膚温も高いです。体温は高いのに末梢に冷感がある場合は、発熱前の悪寒と考えられ、感染の疑いが強くなります。 敗血症徴候 感染が全身に及ぶと、重篤な全身症状を引き起こす敗血症になります。発熱に加え、ショック状態(頻呼吸、頻脈、血圧低下、意識レベルの低下やせん妄)となり、播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation;DIC)を併発することがあります。 DICでは、紫斑がみられることがあり、口腔や陰部等の粘膜から出血することもあります。このような徴候がみられれば、速やかに医師に報告して対処が必要です。 感染部位の探索 特に高齢者が感染を起こしやすいのは、 ・褥瘡や外傷、医療機器刺入部等、皮膚の破綻がある部位・呼吸器系・尿路・消化器系・医療機器挿入によるもの です。これらの部位の皮膚や粘膜に、腫脹・発赤・熱感・疼痛・分泌物増加がないかを確認します。 中心静脈カテーテル等の医療機器が原因となる感染は、原因を取り除かないかぎり治まらず、敗血症になる可能性がありますので、注意深く観察してください。 報告のポイント ・高体温の経過・炎症の徴候、炎症の原因部位・敗血症の徴候 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

認知症のある患者さんとのコミュニケーション
認知症のある患者さんとのコミュニケーション
特集
2022年6月14日
2022年6月14日

ケアを拒否する場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第11回は、清拭の前に布団を外すと殴ろうとする患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。以前からアルツハイマー病との診断を受け、行動障害がみられていたが暴力行為はなかった。何度も同じことを繰り返し話すが、こちらの質問には答えていた。ある日訪問して、説明後、全身清拭を始めようと布団を外すと「なんでそんなことするの、痛いでしょ!」と叫び、看護師を殴ろうとしてきた。 なぜ患者さんは殴りかかってきたのか? この患者さんは、ふだんから何度も同じことを繰り返し話しています。このことから、記憶障害が出ていることが推測できます。認知症による記憶障害のために、自分が話した内容を覚えておらず、同じ話を繰り返していると思われます。 また、「清拭のために」「布団を外す必要がある」という事柄の関連づけができていないことが推測されます。「ゼンシンセイシキ」(全身清拭)という言葉も耳慣れない表現だったのかもしれません。それらの理由から、「布団を外されて、何かされるのではないか」という恐怖心を抱いたのでしょう。 布団を外されると「痛い」と訴えていることから、痛みが恐怖につながっていると思われます。また、過去に「布団を外されると痛いことをされる」という、痛みの体験と結びつく記憶があるのかもしれません。 患者さんをどう理解する? 認知症の患者さんから拒否があった場合は、心配や苦痛などの理由があると推測し、相手の意思を尊重する姿勢を示しましょう1)。 この患者さんは、記憶を保持する時間がとても短いと思われますので、ケアをするときには、すべての行為動作における促しを、「これから○○しますね」など、あたかも実況中継をするかのように誘導するといった声掛けが必要でしょう。認知症の方は、これから何が起こるかを予測する力が低下していることがあり、こういった声掛けがより効果的です。 また、日常生活では「ゼンシンセイシキ」(全身清拭)という言葉は使わないので、意味を理解しないまま返事をしていたのかもしれません。 こんな対応はDo not! × 日常生活で使われない言葉を使用する× 認知症の患者さんの記憶障害や理解力に対する配慮不足× BPSDの出現を予測したかかわりへの配慮不足 こんな対応をしてみよう! ふだん使っている平易な言葉を使うよう心掛けることで、伝わりやすくなります。 また、認知症の特徴である記憶障害の程度に合わせた声掛けのタイミングも重要です。一つ一つの動作に合わせ、促しの言葉掛けが必要な場合もあります。 患者さんが暴力的になる背景には、過去に恐怖につながる経験があるのかもしれません。家族に聞くと、ケアのヒントが見つかるかもしれません。もし、暴力的になった場合は、感情を汲み取り「怖がらせてごめんなさい」などの声掛けをして、その場で清拭することにこだわらず、日を改めてもよいでしょう。 執筆関 千代子(せき・ちよこ)つくば国際大学医療保健学部 看護学科教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)中島紀恵子ほか編.『認知症高齢者の看護』東京,医歯薬出版,2007,170p.

特集
2022年6月7日
2022年6月7日

【管理栄養士のアドバイスvol.6】便秘を予防する食事

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第6回は、便秘を改善したいときの食事の工夫を紹介します。 はじめに 高齢者は、日々の運動量の低下や、食事の変化による食物繊維摂取量の減少、また腸内環境の変化により便秘を引き起こしやすいといわれています。今回は、便秘を改善する食品をいくつかご紹介いたします。 腸を元気にしよう 腸内フローラ 私たちの腸の中には、たくさんの細菌が生息しています。その数は約1,000種類ともいわれています。顕微鏡で腸を覗いたときに、まさにお花畑のように見えることから、「腸内フローラ」と呼ばれるようになりました。 この腸内フローラは、▷善玉菌 ▷悪玉菌 ▷日和見菌 ── の三種類に大きく分けられます。 健康な腸内では、体に良い働きをするビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌が多いのですが、悪玉菌が優勢になると、悪玉菌が作り出す有害物質の影響により、便秘や下痢などお腹の不調を引き起こします。 日和見菌は、善玉菌と悪玉菌のうち、優勢な菌と同じ働きをします。すなわち、悪玉菌が優勢の環境下では、日和見菌が悪玉菌と同様の働きをし、さらに腸内環境が悪化してしまうのです。 さて、善玉菌の代表格であるビフィズス菌は、加齢変化とともに菌数が減少することがわかっています1)。高齢期に腸内環境が悪化しやすいのは、このような要因もあるといわれています。 プロバイオティクス 加齢により減ってしまう腸内の善玉菌を経口摂取することで、善玉菌の数自体を増やそう! このプロバイオティクスの代表的なものは、乳酸菌やビフィズス菌です。なんと、これらの細菌は、消化酵素によって死んでしまうことがなく、生きたまま腸に到達し、腸管内で増殖が可能なのです。 プロバイオティクスは、「腸内フローラのバランスを改善することによって、宿主の健康に好影響を与える生きた微生物」2)と定義されています。 プレバイオティクス 善玉菌のエサとなる食品を摂取する事により、善玉菌を元気にして腸内環境を改善しよう! プレバイオティクスの主な種類は、オリゴ糖や食物繊維などです。オリゴ糖にはビフィズス菌の増殖作用があり、食物繊維には腸内細菌の活性化作用があります。 プレバイオティクスは、「大腸の有用菌の増殖を選択的に促進し、宿主の健康を増進する難消化性食品」3)と定義されています。 シンバイオティクス プロバイオティクスとプレバイオティクス。この二つを組み合わせることで、さらなる相乗効果を目指すものが、シンバイオティクスです。すなわち、「善玉菌を腸に届けて、さらに善玉菌を元気に育てよう」ということです。 簡単に応用できる料理例はこちらです。 シンバイオティクス     プロバイオティクス     プレバイオティクス バナナヨーグルトヨーグルト(ビフィズス菌)バナナ(オリゴ糖)はちみつ(オリゴ糖)タマネギのみそ汁味噌(乳酸菌)ワカメ(水溶性食物繊維) タマネギ(水溶性食物繊維)ネバネバ納豆納豆(納豆菌)オクラ(水溶性食物繊維) メカブ(水溶性食物繊維)野菜たっぷり豚キムチ炒めキムチ(乳酸菌)キャベツ(オリゴ糖) シイタケ(水溶性食物繊維) 良い便をつくろう 腸が元気でも、便の原料が不足していると便秘になってしまいます。便は、水分が約70%です。残りは食べ物のカス、腸粘膜、腸内細菌の死骸によって構成されています。この食べ物のカスはすなわち、食物繊維です。食物繊維をしっかりととって、良い便をつくりましょう。 食物繊維は水に溶ける水溶性食物繊維と、水に溶けにくい不溶性食物繊維の、ニ種類に大別されます。 水溶性食物繊維 水溶性食物繊維には、水分を保持してゲル状になり、便をやわらかくする働きがあります。 水溶性食物繊維を多く含む食べ物は、バナナなどの果物や、オクラやなめこ、山芋などのネバネバ食材、ワカメやメカブなどの海藻類です。 過剰に摂取すると、便がやわらかくなりすぎることや、下痢を引き起こすことがあります。サプリメントなどを使用する場合は、排便状況をみながら少しずつ量を増やしましょう。 不溶性食物繊維 一方で、不溶性食物繊維は、便の量を増やし、腸の蠕動運動を刺激して排便を促す働きがあります。 ゴボウやレンコンなど繊維が固い野菜や、キノコ類、黄粉や大豆などの豆類にも、不溶性食物繊維が多く含まれています。 不溶性食物繊維も、過剰に摂取すると便が固くなりすぎて、逆に便秘を引き起こすこともあります。サプリメントなどの使用は注意が必要です。 おわりに 高齢者には便秘の悩みはつきものですが、原因も体の状態にも個人差があるため、「これを食べたらみんな良くなる!」という万能食材はなかなかありません。だからこそ、ひとつずつ試してみて、変化を観察しながら気長に取り組んでいくことが重要です。 排便状態の変化に気づくためには、排便日記をつけてもらうこともよいですね。ぜひ、活用してみてください。 排便状態の把握に役立てられる「排便日誌」を【お役立ちツール】に掲載しておりますので日頃のケアにお役立てください。 ー第7回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)光岡知足.『腸内菌叢研究の歩み』腸内細菌学雑誌.25,2011,113-24.2)Fuller,R.『Probiotics in man and animals』J.Appl.Bacteriol. 66(5),1989,365-78.3)Gibson,GR.et al. 『Dietary modulation of the human colonic microbiota:introducing the concept of prebiotics』J.Nutr.125,1995,1401-12.4)清水健太郎ほか.『プロバイオティクス・プロバイオティクス』日本静脈経腸栄養学会雑誌.31(3),2016,797-802.5)福村智恵.『便秘と食習慣』厚生労働省e-ヘルスケアネット.https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-02-010.html 2022年4月15日閲覧

特集
2022年6月7日
2022年6月7日

褥瘡のせいでムセる? 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、口腔機能には大きな問題がないのに、ムセがみられた事例を紹介します。 褥瘡による食生活への影響 娘さんの手料理とお孫さんの訪問を楽しみにしていた96歳の女性が、褥瘡を発症しました(DESIGN-R® 10点)。皮膚科医師による治療や管理栄養士による対応により改善したものの、さらなる問題が発生。チーム医療の連携によって健康な食生活を取り戻した事例を紹介します。 初診時は重篤な嚥下障害なし 事例 Gさん、96歳女性。要介護5、難聴、軽度認知症の疑い。常時寝たきりで褥瘡あり。残存歯数20本。 部分義歯の緩みのため、内科からの紹介があり、初回訪問となりました。まずは、歯科医師が部分義歯の緩みを調整しました。 嚥下評価は、緊張感と難聴のため、すぐには反応がないこともしばしば。ベッド上での嚥下評価(スクリーニング検査)は、オーラルデイアドコキネシス(ODK)注1は不明瞭。しかし、反復唾液嚥下テスト(RSST)注2や改訂水飲みテスト注3は、年齢的にはそれほどの問題もなく、おおむね準備期から咽頭期(連載第3回を参照)まで、特に重篤な嚥下障害は認められませんでした。 初診時の嚥下評価 RSST注22回/30秒ODKパ2回/秒、タ0.8回/秒、カ0回/秒改訂水飲みテスト注34点 頸部聴診音清明頬の膨らまし左右 十分できる食べこぼしなし 口腔衛生面では、口腔乾燥と、舌に軽度の舌苔付着がみられ、家族の協力も得られたので居宅療養管理指導にて月1回の訪問となりました。 間接訓練は、ブローイング(シャボン玉吹き)、パタカラ発声、口舌のストレッチを指導するのみで、しばらくはこのまま安定した状態が続くかと思われました。しかし、褥瘡が大きくなってきたと、訪問看護師からの情報提供がありました。 皮膚科治療と栄養指導で褥瘡が改善 内科から、皮膚科と管理栄養士の介入の要請がありました。 すぐに皮膚科医が診察し、デブリードマン(壊死組織に対する切除洗浄ほか)が行われました。そして、表皮形成促進作用のある噴霧剤が処方され、訪問看護師と連携し、創面の洗浄などに使用するよう対応をしました。 褥瘡治癒の過程には栄養が必須であり、低栄養では治癒が遷延します。Gさんの場合は、管理栄養士によると「摂取している総エネルギー量は600kcal/日で、全体的に低栄養の疑いがある」とのことでした。 さまざまな栄養補助食品の提案をしましたが、家族の意向で一般の食品の中からアイスクリームやプリン、おしるこを追加することになりました。褥瘡への対応として、アルギニン注4や亜鉛等が配合された栄養補助飲料を紹介すると、毎日欠かさずに飲むようになったそうです。 3か月ほどで、訪問看護師から、創面の表皮の形成がみられてきたと報告がありました。 今度はムセが頻発 ところが、Gさん宅から戻った管理栄養士から、再度の嚥下評価の依頼がありました。今度はムセが頻発するようになったのです。 再評価をしたところ、点数は前回の評価とあまり変化はなく、SpO2も94~96%と安定していました。 ただ、前回は車いす上で食事をしていたが、最近は、褥瘡への負担を心配してベッド上(セミファーラー位15~30度)での食事をしているとのことでした。食形態を確認すると煮魚や軟飯など、咀嚼できることを意識した、UDF区分の「容易にかめる」に近いことがわかりました。 ムセは咽頭期の症状ですが、臥床に近い姿勢が、準備期での咀嚼機能と口腔期の送り込みに影響して飲み込むときにムセが生じた、つまり食形態と姿勢がうまく適合していなかった可能性が十分に考えられました。 食事の姿勢でムセやすくなる 口腔機能に問題がないのにムセがみられる場合に、注意することは、姿勢です。 ムセにくい安全な食事時の姿勢は、起座位です。下にずり落ちやすい場合は、膝の下と足の裏をクッションなどで補正します。さらに、顎はあげずに、引くようにして食べてもらいます。しかし、Gさんの場合のように、仙骨に負担をかけまいと臥床に近い姿勢を優先するのであれば、舌などの飲み込みに重要な役割を担う口腔周囲筋群が重力の影響を受けます。 幸い、Gさんはその後、褥瘡の改善で、起座位に近い姿勢(60~90度)が可能になりました。それによってムセずに食事ができるようになりました。 96歳という年齢でも、内科・皮膚科・栄養・歯科にわたる、各チームの専門性が生かされた連携が奏功し、半年後には褥瘡もほとんど治癒するまで回復された事例でした。 次回は、脳血管障害後の胃瘻の方に、食事時の姿勢調整などで経口へ導いた事例を紹介します。 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする注2 反復唾液嚥下テスト(RSST):65歳以上では、3回/30秒で正常注3 改訂水飲みテスト:3mLの冷水を飲み、呼吸や嚥下の状態を評価する。4点以上でほぼ正常注4 アルギニン1):アミノ酸の一種。創傷治癒時に優先的に消費され、「条件付き必須アミノ酸」といわれる 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 【参考】 1)田村佳奈美.アルギニン.『Nutrition Care』9(7),2016,32-3.

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