アセスメントに関する記事

特集
2022年4月26日
2022年4月26日

【管理栄養士のアドバイスvol.3】嚥下調整食ってどうやって作るの?

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第3回は、嚥下調整食準備のポイントを紹介します。 はじめに 摂食嚥下機能が低下した人のための食事作りは、介護家族にとって悩みの種であることが多くあります。安全においしく食事を楽しんでいただくために、家族ができる嚥下調整食準備のポイントを、実際の事例をもとに確認していきましょう。 この食事形態、何が問題? 訪問栄養指導を実施した利用者さんに、このような方がいらっしゃいました。 90代男性で、加齢とサルコペニアにより嚥下機能が低下、年に数回は誤嚥性肺炎で入院をされていました。訪問歯科医が簡易嚥下検査を行ったところ、食塊形成能力、嚥下クリアランス、嚥下のタイミングのそれぞれに、中等度の障害が認められました。家族と同居しており、調理は娘さんが行っています。 ある日の食事内容 訪問栄養指導では、当日、ふだんどおりの食事を用意していただきます。実際の食事を一緒に見ながら、食事形態の指導を行います。 その日の昼食は、①ミキサー粥 ②冷凍のソフト食おかずセット(主菜1品、副菜2品) ③手作りの煮物をミキサーにかけたもの ④温泉卵 ── でした。 一見すると、嚥下機能に配慮された適切な食事のように思えますが、実はいくつか改善すべき点があります。 では、一品ずつ確認していきましょう。 ①主食:ミキサー粥 ミキサー粥はデンプン分解酵素入りのゲル化剤を使うこと! 実際に用意されたミキサー粥を見ると、ベタベタと、スプーンにくっついてしまうような状態でした。 実はご飯にはデンプン質が多く含まれているため、ミキサーにかけると糊のようにベタベタしてしまいます。ベタベタと付着性が増したミキサー粥は、喉に張り付き、飲み込みがさらに困難になってしまいます。 対策としては、お粥用のゲル化剤を使用することです。 お粥用のゲル化剤(図1)は、通常のゲル化剤と異なり、「デンプン分解酵素」が含まれています。これを使用すれば、べた付きのもとであるデンプン質を分解し、同時にゲル化剤の作用でゼリー状に固めることができます。 図1 お粥用のゲル化剤 糊状だったミキサー粥が、フルーチェのようにつるんとした形状にまとまり、付着性が抑えられます。 詳しい使用方法は、パッケージをしっかりと確認しましょう。ゲル化剤の選びかたは、管理栄養士に相談すると、いろいろと教えてくれますよ。 ②主菜:冷凍のソフト食おかずセット 介護食品はユニバーサルデザインフードを活用しよう! 市販されている介護食品の多くは、パッケージに、ユニバーサルデザインフード(UDF)のマークがついています。 UDFには、摂食嚥下障害がより重度から順に、「かまなくてよい」「舌でつぶせる」「歯ぐきでつぶせる」「容易にかめる」の分類があります。 この利用者さんの食事は、UDF区分で「舌でつぶせる」の商品でした。UDFの「舌でつぶせる」は「学会分類2021」の3~4に該当します。 「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類 2021」より抜粋。文献1または 日本摂食嚥下リハ学会ウェブサイト「嚥下調整食学会分類2021」を必ずご参照ください。表の理解にあたっては、「嚥下調整食学会分類2021」の本文をお読みください。 家庭での調理が困難で、市販の介護食品を購入する場合は、この分類を確認し、適切な食べやすさの介護食品を購入することをおすすめしましょう。 どの基準の食品がよいかがわからなければ、歯科医師や言語聴覚士に嚥下検査を依頼し、適切な学会分類コードについて指導をしてもらいましょう。 ③副菜:手作りのミキサー食 手作りミキサー食は「まとまり」を意識! この方が召し上がっていた手作りのミキサー食は、食材の粒が少し残った状態で、特にゲル化剤やとろみ剤は使用されておらず、ただミキサーにかけただけの状態でした。 ここで注意するのは「まとまり=凝集性」です。 舌の動きが緩慢な人には、口に入れた際に、食材の粒がバラバラとばらけてしまうような食事は、誤嚥のリスクとなります。上手に食塊形成することができずに、口腔内に散在した食材の粒が、意図しないタイミングで喉頭に侵入することがあるからです。 そのような場合は、調理加工の段階で、まとまりやすく調整する必要があります。ゲル化剤を使用して、まとまりを付けるのがベストです。簡易的な方法としては、食材をミキサーにかけるタイミングでトロミ剤を少し加えることでも、まとまりが付きます。 実際の指導は? この利用者さんでは、歯科医師より「学会分類コード『2-2』~『3』の食事形態が望ましい」と指示がありましたので、その情報をふまえた指導を行いました。 指導は、家族の習得度に合わせ、数回に分けて実施します。食事を嚥下機能に合わせることはもちろんですが、本人の生活や嗜好を考慮することも重要です。 皆さんもぜひ、利用者さんがどのようなものを召し上がっているか、そしてその食事は嚥下機能に合っているのかという視点で、観察をしてみてください。 そして、指導が必要な場合は管理栄養士につなげるという選択肢も、ぜひ覚えておいてくださいね。 当記事に掲載している「学会分類2021(食事)とUDF区分」をまとめた資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第4回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食委員会.日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021.『日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌』25(2),2021,135-49.2)日本介護食品協議会.『わかるUFD』https://www.udf.jp/consumers/index.html3)江頭文江.『おうちで食べる!飲み込みが困難な人のための食事づくりQ&A』東京,三輪書店,2019,156p. 記事協力日本介護食品協議会ニュートリー株式会社株式会社フードケアヘルシーフード株式会社ヘルシーネットワーク https://www.healthynetwork.co.jp/

特集
2022年4月19日
2022年4月19日

性的行動がある場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第7回は、ひわいな言動がみられるようになった患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代男性。パーキンソン病と認知症があり、訪問看護を利用している。 先日、誤嚥性肺炎を発症し、入院となった。入院加療で肺炎は軽快したため、自宅へ戻り、訪問看護を再開。入院加療中から、ひわいな言動が目立つようになっており、訪問を再開した訪問看護師が、体を触られた。 なぜ患者さんは、ひわいな言動を繰り返すようになったのか? 認知症と性的脱抑制 認知症の患者さんは、ときに社会的な規範を脱して性的な行動を示すことがあります。ひわいなことを言ったり、異性の体を触ったり、性行為を迫るなどの行動がみられます(性的脱抑制)。 しかし、性的な言動は、性的な快楽だけを目的としたものとは限りません。人とのつながりやスキンシップを求め安心したい、自尊心を傷つけられたくないといった思いも背景にあります。 体調悪化や環境変化からくる不安やストレス、焦燥感などが、こういった言動としてあらわれる場合があります。 パーキンソン病と誤嚥性肺炎 パーキンソン病は、進行すると、嚥下障害を起こすリスクが高まります。パーキンソン病の症状、上肢の振戦・強剛、舌運動や咀嚼運動の障害、顎の強剛、流涎、口渇、嚥下反射の遅延、喉頭挙上の減弱、喉頭蓋谷や梨状窩への食物貯留、食道蠕動運動の減弱などが要因です。さらに、パーキンソン病のある高齢者は、誤嚥性肺炎を繰り返しやすくなります。食物が気道に誤って入り、あるいは、知らない間に細菌が唾液とともに肺に流れ込み、細菌が増殖しやすいためです。誤嚥性肺炎は、発熱、咳、喀痰、息苦しさなどの症状を呈します。しかし、特に高齢者の誤嚥性肺炎は、症状の訴えはなく、何となく元気がないなどのこともあります。 高齢者は予備力が低下しているため、容易に肺炎などによる低酸素状態に陥りやすく、身体的変化に不安を感じることがあります。 環境変化の影響 高齢者の生理的な変化として、環境などへの適応力が低下します。生活リズムや環境・人間関係が変化することで、不安な気持ちなどが心身に大きな変化をもたらすこともあります。この患者さんは慣れない入院生活を経験し、不安や不満が生じたとしても無理はないと思われます。 性的な行動の理由は患者さんによってさまざまです。この患者さんのように、相手の体に触ろうとする行為は、寂しさや不安、不満などから起こったと考えられます。 患者さんをどう理解する? 患者さんの言動に対して、看護師が強い口調で「いやらしい」「やめてください」などと言ってしまうと、本人のプライドを傷つけ、より言動が悪化する可能性があります。話題の方向を変えるなどプライドを傷つけないような配慮が必要です。看護師が騒いでしまうと、かえって本人を面白がらせる結果になりえます。 ただ、体を触るなどの行為がエスカレートする可能性がある場合は、あいまいな態度をとったり、聞き流したりせず、毅然とした態度で注意することが必要なときもあります。さりげなく短い言葉で注意することが効果的です。また、2名以上の職員でかかわり、個室内にて1人で対応することを避ける、男性看護師がケアにあたるのもよい対応です。 リラックスした雰囲気で、本人の昔の思い出、楽しかったことやつらかったことなどを聴くのもよいでしょう。時間を使ってじっくり話を聴くことは、大変なようですが、結果として本人の精神的安定にもつながり、性的な行動をとる原因が見つかる手がかりになることがあります。 そのほかの対策として、日中の運動量を増やして夜間ぐっすり眠れるようにする、趣味などの別の物事に打ち込ませることで性的欲求不満をそらすなども有効と思われます。 たとえば、今回の場合は「タッチして合図しなくても大丈夫ですよ、ご用があったら名前で呼んでくださいね」といったように、さりげなく話題の方向を変えて、プライドを傷つけないように配慮します。 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編著.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.6)三好春樹.『目からウロコ!間違いだらけの認知症ケア』東京,主婦の友社,2008,191p.7)服部英幸編.『BPSD初期対応ガイドライン』東京,ライフ・サイエンス,2012,171p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.

特集
2022年4月19日
2022年4月19日

【管理栄養士のアドバイスvol.2】嚥下機能が低下した方に必要なとろみ付けの技術

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第2回は、とろみ付けのポイントを紹介します。 はじめに 加齢や障害により嚥下機能が低下すると、「誤嚥をしないように水分にはとろみを付けましょう」と指導を受けることがあります。 このとろみ付けですが、飲料の種類によってはとろみが付きにくい、またダマになりやすいものがあることをご存じですか? 今回は、とろみの濃さの基準や、飲料ごとのとろみ付けポイントをご紹介いたします。 とろみの濃さの基準 「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021」1)によると、嚥下障害者のためのとろみ付き液体を「薄いとろみ」「中間のとろみ」「濃いとろみ」の3段階に分けて表示をしており、この段階に該当しない「薄すぎるとろみ」や「濃すぎるとろみ」は推奨しないとしています。 まずは、この3つの段階について確認をしておきましょう。 薄いとろみ(段階1) 薄いとろみとは、嚥下障害が軽度であり、中間のとろみほどのとろみの程度がなくても誤嚥しない人を対象としています。 中間のとろみ(段階2) 中間のとろみとは、嚥下障害の人へまず試されるとろみの程度を想定しています。 濃いとろみ(段階3) 濃いとろみとは、重度の嚥下障害の人を対象にしたとろみの程度であり、中間のとろみで誤嚥のリスクがある人でも、安全に飲める可能性があります。 「日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類 2021」より抜粋。参考1または 日本摂食嚥下リハ学会ウェブサイト「嚥下調整食学会分類2021」を必ずご参照ください。表の理解にあたっては、「嚥下調整食学会分類2021」の本文をお読みください。 とろみ付けのポイント まずはじめに気を付けなくてはいけないことは、とろみ調整食品は複数の食品メーカーが販売しており、販売元・種類ごとに使用量が異なるという点です。 それぞれの商品パッケージには、とろみを3段階に調整するために必要な使用量が記載されていますので、忘れずに確認をしましょう。 とろみが付きにくい飲料 では次に、とろみが付きにくい飲料と、とろみ付けの工夫を以下にまとめます。 冷たい飲み物 飲み物の温度によってとろみの付く速さが変わります。基本的には温かい物は速く、冷たい物はとろみがつくのに時間がかかります。ですが、最終的なとろみの状態は同じなので、とろみの付くスピードが遅いからといって、とろみ調整食品の使用量を増やしてしまうと、ダマになったりとろみが濃くなりすぎたりしてしまいます。 どの温度でも、おおむね10分くらい放置するととろみの濃さが安定しますので、早めに作ってとろみが安定するまでゆっくり待ちましょう。 ジュースやみそ汁 オレンジジュースなどの酸味が強い飲みもの、またみそ汁など塩分が含まれているものも、とろみが付きにくいです。温度変化によるものと同様に、とろみ調整食品の使用量を増やすのではなく、付け方を工夫しましょう。 ここでご紹介するのは「2度混ぜ法」です。1.とろみ調整食品を添加して30秒ほどよくかき混ぜます。2.そのまま5~10分放置します。3.最後にもう一度しっかりとかき混ぜます。 この2度混ぜ法をする事により、とろみの付きにくい飲料にも均一にとろみが付きダマにもなりません。 とろみが付きにくいランキング第1位? 濃厚流動食品 栄養強化のために飲むことの多い濃厚流動食品ですが、とろみが付きにくく、またダマにもなりやすいため、皆さまも頭を悩ませたことがあるのではないでしょうか。 そこで、濃厚流動食品用の専用とろみ剤をご紹介します。 濃厚流動食品用の専用とろみ剤は、「つるりんこ 牛乳・流動食用」(株式会社クリニコ)や、「リフラノン濃厚流動食専用」(ヘルシーフード)などの商品があります。特にリフラノンは、粉末ではなくとろみ剤そのものが液体なので、なめらかで均一にとろみをつけることができます。 炭酸飲料 炭酸飲料は、とろみ調整食品を添加すると飲料が泡立ってしまい混ぜにくく、一方、十分に混ぜると炭酸が抜けてしまうため、工夫が困難です。そこで、以下の方法をご紹介します。1.提供量の半量を別のコップに注ぎ分けます。2.取り分けた飲料に規定量のとろみ調整食品を加えてよく混ぜる。  全提供量に対して必要な量のとろみ調整食品を加えますので、この時点ではとろみは濃くなります。3.濃くついたとろみ付き飲料と、注ぎ分けておいたとろみなしの飲料を混ぜ合わせる。 この方法でとろみをつけると、炭酸が抜けてしまう事を最小限に防ぎ、ちょうどよいとろみ付き炭酸飲料を作ることが可能です。 おわりに 嚥下障害を抱える方が安心して水分を摂取するには、適切な濃さのとろみに調整する必要があります。 どのくらいのとろみの濃さが適切なのかは、その方の障害や機能に応じて変わりますので、歯科医師や言語聴覚士などの専門家と相談をしましょう。 当記事に掲載している「とろみづけの工夫」をまとめた利用者さん向け資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第3回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食委員会.日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021.『日本摂食嚥下リハビリテーション学会誌』25(2),2021,135-49.

特集
2022年4月12日
2022年4月12日

【管理栄養士のアドバイスvol.1】咀嚼機能が低下した方に必要な調理の工夫

食事や調理は、在宅療養の患者さん・ご家族にとって、つねに大きな関心事です。この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第1回は、「噛みにくい」人のための調理の工夫です。 はじめに 訪問看護師の皆さんは、患者さんのお口の中、そして食事の様子をしっかりとみていますか? 在宅高齢者には、虫歯や歯周病によって残存歯が少なくなった人、また入れ歯を使っているのに食べるときにカパカパと動いて上手に噛めていない人が多くいらっしゃいます。 噛むことに障害を抱える人は、普通に噛める人と比較すると、栄養素摂取の種類・量が減ってしまうことがわかっています。実際に、噛めないからという理由で野菜やお肉を食べずに、パンばかり召し上がるような人を私も多くみてきました。 しかし、いつまでも健康で長生きをするためには、「噛みにくいから食べない」のではなく、「噛めるように工夫して食べる」という考えかたが必要なのです。 虫歯や歯周病で歯の数が減ってしまうと…… 最新の研究では、歯の数が減ると、摂取する栄養素に偏りが出ることがわかっています。 栄養素別でみると、何とすべての栄養素において、噛める群よりも噛めない群のほうがより摂取量が少ないのです。 新開省二ほか.地域在住高齢者における栄養の特性と課題.地域高齢者等の健康支援を推進する配食事業の栄養管理の在り方検討会資料.平成28年12月2日,厚生労働省健康局,2016,43. この結果をみると、歯を失って噛むことが難しくなると、低栄養やフレイルにつながる危険性があることが、おわかりいただけるかと思います。 入れ歯があれば何でも食べられる? 歯がないと上手に食べ物を食べることができません。では、なくなった歯を部分入れ歯や総入れ歯で補った場合、何でも不自由なく食べることができるでしょうか。 残念なことに、これは「NO」です。 入れ歯では、健康な歯と比べると噛む力が3分の1程度に落ちてしまうともいわれています。噛むことはできても、十分に力をかけられないことになりえます。 入れ歯はあっても外れやすい人や、噛むと痛みがある人もいらっしゃいます。 「入れ歯が入っている=噛める」ではありません。不具合があれば歯科で入れ歯を調整する。そして、食べやすい食事の工夫も重要です。 ちゃんと噛めているかを確認しましょう! 歯を失った人、入れ歯にして噛む力が弱くなってしまった人、どちらにしても「噛みにくい」から、「噛めないから食べない」そして、結果として「栄養が不足する」事態になってしまいます。 オーラルフレイルがフレイルにつながるのは、まさにこのためです。 食材・調理の工夫 お肉 分厚いお肉は、特に噛むことに力が必要です。 トンカツなどは、しゃぶしゃぶ用の薄切り肉を重ねることで、柔らかく作ることができます。 酢豚やカレーなどは、角切り肉の代わりに、薄切り肉を端からクルクル巻いてから一口大に切ると、食べやすく、見た目を損なうこともありません。 それでも食べにくいときはひき肉を使いましょう。唐揚げなども、食べにくい場合はひき肉を丸めて肉団子にするのもよい方法です。 魚介類 お魚は、身がパサついて口の中でまとめることが難しい場合があります。パサつく魚はムニエルなど油を使ってしっとりさせる、あんかけにする、煮魚にして煮汁に片栗粉でとろみをつけることで、より食べやすくなります。 タコやイカは食べにくい食材の代表格ではないでしょうか。繊維がとても固いので、繊維を断ち切るように、表面に細かく隠し包丁(切り目)を入れましょう。 野菜 ほうれん草や白菜などの葉物野菜は柔らかい葉の部分を使うようにしましょう。また、そのままではペラペラと薄くて噛み切りにくいので、柔らかくゆでて端からクルクルと巻いて輪切りにするとさらに食べやすくなります。 トマトや茄子の皮など、繊維が固いところは皮をむいてから調理をしましょう。 セロリやごぼうなど繊維の多い野菜は、繊維を断ち切るように、繊維の流れと交差する向きで切ります。 きのこ えのきやエリンギはとても繊維が固く強いので、きのこを召し上がりたい場合は、しいたけやしめじ、まいたけがお勧めです。 椎茸を大きいまま使用する場合は、傘の部分に隠し包丁を入れるとさらに食べやすくなりますよ。 おわりに 「噛む」ことは、楽しく健康に毎日を過ごすためにとても大切です。 まずは、噛めるお口を作ること! そして、噛みにくい食材があったときは、諦めるのではなく、食べやすくなるように調理の工夫をしましょう。 それでも、なかなか食事が進まない、食事量が減って体重が落ちてきた、そんなときは地域の管理栄養士に相談をすることも検討してみてください。 当記事に掲載している「食材を食べやすくする工夫」をまとめた利用者さん向け資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第2回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)新開省二ほか.「地域在住高齢者における栄養の特性と課題」『地域高齢者等の健康支援を推進する配食事業の栄養管理の在り方検討会資料』厚生労働省健康局,平成28年12月2日,2016,43.2)本川圭子.「高齢期の生活を支える歯科と栄養の連携」『日本補綴歯科学会誌』12(1),2020,50-4.3)山田晴子ほか.『絵で見てわかる入れ歯のお悩み解決!』東京,女子栄養大学出版社,2014,112p.

大量嘔吐でイレウスが疑われる場合のアセスメント
大量嘔吐でイレウスが疑われる場合のアセスメント
特集
2022年4月12日
2022年4月12日

大学教授が解説!大量嘔吐でイレウスが疑われる場合のアセスメント

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第8回は、イレウスの既往があり、大量嘔吐がみられた患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 イレウスの既往のある81歳女性。認知症が進み、自分からは訴えられないのですが、食事をとらず、先ほど大量に嘔吐してしまいました。排便は4日前に普通便が中等量ありました。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 イレウスは、腸が狭窄する、または、運動しなくなることにより、腸の中に飲食物やガス、消化液などが貯留した状態です。絞扼性のイレウスでは、腸がねじれて壊死を起こし、重篤な腹膜炎になる可能性があります。また、嘔吐によって脱水を引き起こすことも、高齢者の場合には大きな問題になります。 腹部の手術を受けた方や高齢者ではイレウスを繰り返すことも多く、今回も最終排便からの日数が空いていることから、まずはイレウス状態でないかどうかを確認する必要があります。 イレウスが否定されれば、通常の便秘のアセスメントと排便を促すケアを行い、症状が軽減されるかどうかを見ます。認知症があって症状の訴えが難しい患者さんのようですので、客観的なデータをしっかりと整えて、報告・対処していく必要があります。 ここに注目! ●自らは訴えられないが、食事をとらないということから、消化器症状が存在する可能性がある。●イレウスの既往があることから、再発の可能性がある。 まずは、イレウス状態でないかどうかを確認する必要があります。 イレウスではないかの確認①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・イレウスの症状(嘔気、嘔吐、噴水様の嘔吐、吐物が緑色〈胆汁色〉で便臭がある、吐物の量、腹部の強い痛み、疝痛、腹部をかばう姿勢、腹部に触れるのを極端に嫌がる、腹部膨満感)・イレウスの要因(最終排便、通常の排便頻度、便の硬さ、最終の食事摂取時間、飲水量、繊維質の多い食事、海藻などの多量摂取、など) イレウスではないかの確認②客観的情報の収集 体温測定 腹膜炎に至っている場合は、発熱している可能性があります。 腹部の視診・打診 視診では腹部全体の膨満を認めます。打診では、ガスが貯留している場合は全体的な鼓音となり、音が高くよく響きます。 腸音の聴診 腸管が麻痺している麻痺性イレウスの場合は、蠕動がなくなるので無音となります。無音であるとはっきりと判定するためには、5分間の聴診が必要とされており、方法は下の図のとおりです。 がんや硬便の貯留による閉塞性イレウスや、腸がねじれてしまったことによる絞扼性イレウスの場合は、内容物を先に送ろうとして蠕動運動が亢進するので、キンキンという短い高音(金属音)や、波が押し寄せるような連続した強く高い音が聴取されます。 イレウスが否定されれば、通常の便秘のアセスメントを行います。(詳しくは「インフルエンザ後排便がない」を参照) 便秘のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・便秘の経過(ふだんの排便の頻度と性状、最終排便からの日数、最終排便の量・性状、排便困難、ふだんの下剤や浣腸の使用、など)・下剤や浣腸の使用状況、便秘の症状(腹部膨満感とこれに伴う苦痛、腹痛、腹部不快感、排ガス、便意、悪心、など)・便秘の要因について(食事摂取量、食事内容〈繊維質の量、ヨーグルトなどの乳酸菌食品の摂取〉、水分摂取量、水分出納、など) 便秘のアセスメント②客観的情報の収集 便の性状と回数 記録を参照し、これまでの排便、最終排便の状況を確認して、現在は腸にどれくらい便があるのかを推測します。 腹部の視診・触診・打診 視診・触診・打診で、便やガスの貯留量や場所を推測することができます。触診では、腹部の触れかたで便の性状もわかります。 腸音 腸音の聴取で、蠕動の性状がわかります。 報告のポイント ・激しい腹痛、嘔吐、腹部膨満という、イレウスを疑わせる症状・バイタルサイン、腹膜炎や脱水の可能性があるか・腸音と腹部膨満の状態 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年4月5日
2022年4月5日

在宅復帰後の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、自宅への退院後、胃瘻栄養を離脱し、常食摂取が可能になった事例を紹介します。 経管栄養の離脱を目指す 患者さんが病院を退院して自宅や施設に戻られる際、経管栄養管理下での退院となる場合があります。 退院後すぐには経口摂取が困難で、胃瘻栄養を選択した場合でも、諦めず、無理のない範囲でのリハビリテーションが必要と考えます。 義歯の方の場合は、義歯装着と、発声練習や舌のストレッチなどのリハビリを日々継続すると、どこにどのような障害があるのか問題が整理されてくることもあります。 胃瘻から早く元の食生活に戻りたい 事例 Eさん、76歳男性。要介護5、左脳梗塞後に誤嚥性肺炎、胃瘻造設、前立腺肥大と心筋梗塞の既往あり。 Eさんは脳梗塞のため入院。退院し自宅へ戻った時点では胃瘻管理でした。自宅は、数人の従業員を抱える自営業の、店舗兼住宅です。4年前に心筋梗塞の既往があり、尿道カテーテルも留置しています。 妻は訪問看護師から指導を受け、胃瘻と尿道カテーテルのケアを手際良く行っています。しかし退院後、家族と従業員とが一緒に囲んでいた賑やかな食卓風景はなくなりました。食べられないEさんに食べているところを見せたくないと、お孫さんたちは隠れるように食事をしたからです。 この時点で、Eさんとご家族の「早く元の食生活に戻りたい」というゴールは、はっきりしていました。 いつの間にかバナナを完食! Eさんは入院中、義歯を装着していなかったということです。初回の嚥下評価で、言葉の巧緻性をみるオーラルディアドコキネシス(ODK)注1は、1秒間に「パ」が1回弱でした。しかも、「パ」が「ファ」に聞こえ、発声するたびに義歯が外れました。 そこで、基本的な機能的口腔ケアを指導すると、2週間後には笑顔で「お腹が空いた」との発語もあり、義歯装着もしっかりしてきました。 ところが、翌週に事件が起きました。 寝たきりのはずのEさんは、いつの間にかベッドから起き上がり、仏壇のお供えのバナナを1本完食していたのです。本人が白状されたそうで、家族も、連絡をもらった私も、何事もなくてよかったと胸をなでおろしました。義歯装着効果か、室内を歩く程度の距離を自立歩行できていたのにも驚きです。 VFでは経口摂取はまだ無理 今回は幸運にも無事でしたが、2回目もそうとはかぎりません。歯科医の判断で、Eさんは歯学部付属病院の専門外来で放射線嚥下造影検査(VF)注2を受けることになりました。 VFの結果、Eさんの嚥下には、少量の誤嚥と、喉頭蓋谷(こうとうがいこく)に多量の残留が認められました(図)。準備期-咽頭期のリハビリ対応が必要な状態です。とろみ使用の水分摂取は許可されたものの、経口摂取はまだ無理な状況でした。 図 喉頭蓋谷に多量の残留が認められる 1か月半後の再評価 VF後は、従来の口腔ケアに加え、嚥下障害の専門医の指導で、腹筋を鍛える足上げ運動や頭部挙上訓練が加わりました。痰の吐き出しや窒息時に備えるためです。歯科衛生士と訪問看護師が、Eさんにリハビリを行うことになりました。 1か月半後、VF再評価を行いました。 再VFでは、試料が喉頭蓋谷に残留することなく食道へと運ばれていき、嚥下機能が改善。専門医からも直接訓練(食物を使う訓練)の許可が出ました。 Eさんは、段階的摂食訓練を開始し、介入から約5か月で、ほぼ入院前の食生活に戻ることができました。 専門医の診断で納得を得る この事例のポイントは、「さあこれからお口の訓練を頑張りましょう!」から、バナナ事件で「おじいちゃんお口から食べられるよ」という方向に一気に傾いてしまいました。たまたま無事でしたが、誤嚥性肺炎の既往がある方なので、経口移行するならそれなりの嚥下評価と裏付けが必要です。ここからの立て直しが必要な事例でした。 バナナを食べている時の目撃者はいませんが、喉に詰まりそうな怖い状況を想像します。今回は早急に専門医の診断を求め、Eさんの訓練続行に、本人、家族、かかりつけ医を含めたチーム全員の、納得を得ることができました。 このことが、要介護5から3へと要介護度改善にもつながりました。 Eさんの食支援介入前後の評価  初診(退院後1か月半)介入後(退院後約5か月)食形態経管経口(常食)ODK(発語)パ1.2回/秒、不明瞭 パ5.4回/秒、会話が可能VF誤嚥あり、喉頭蓋谷残留あり誤嚥なし、喉頭蓋谷残留なし摂食状況レベル  レベル1(嚥下訓練なし)レベル9(三食経口摂取)介護度要介護5要介護3 間接訓練から直接訓練へ移行するポイント 間接訓練から直接訓練に移行する場合は、まず、嚥下評価で直接訓練が可能となることが前提です。そして、嚥下評価に加えて、以下の項目にも注意したいものです。 ・呼吸(SpO2 96%以上)や血圧の医学的安定・食欲がある・咳や痰の喀出、発声ができる・姿勢調整ができる ほか これらは、すべてが揃わなければならないわけではありませんが、なかでも「食欲」は重要です。長期間の経管栄養管理が継続されていると、嚥下評価上では経口摂取が可能でも、食欲を押し殺している人もいます。心理的なサポートが必要となります。 ー第5回へ続く 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする。 注2 嚥下造影検査(VF)造影剤を含む試料を使用する放射線下の精密検査で、歯科大学病院や耳鼻科で対応可能。地域の歯科医師会の在宅歯科医療地域連携室、嚥下障害の窓口などに相談するとよいです。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年4月5日
2022年4月5日

妄想・幻覚を訴える場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第6回は、妄想・幻覚を訴える患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。4年前に認知症を発症し、症状が進行している。日ごろから「医師と嫁がグルになって私を毒殺する」「死んだ息子が帰ってくる」などと妄想・幻覚を訴えている。嫁に世話されることを拒否し、日々心安らぐことなく過ごしている。 なぜ患者さんに、幻覚や妄想が起こっているのか? 高齢になると、物や人など、大事な、よりどころの喪失体験が増えます。そして、「喪失するのではないか」という不安も増大します。認知症に伴い判断力が低下し、現実検討能力注1もなくなります。このようなことが重なって、妄想が生じます。 自分を援助してくれる家族を含めた周囲との人間関係や、今後の生活への不安などを背景に出現するため、身近な家族や近所の人などが妄想の対象になることがあります。 妄想が出現しやすい要因は、疑い深い性格的特徴や、不適切な人間関係や環境(援助する人が、患者さんを尊重しておらず無視するなど)があります。 この患者さんが訴える「息子が帰ってくる」などのように、本人の強い願望がそのまま妄想となることもあります。このような場合は、寂しさや不安なども背景にあると考えられます。 BPSDの分類 認知症の進行に伴って出現する、周囲が対応困難な言動をBPSDといいます。認知症の中核症状(記憶障害、認知機能低下など)による生活のしづらさに、その他の要因(疾患や身体状態の悪化、本人の性格特徴、環境の変化、人間関係など)が複合的に関連して出現する症状を指します。 下の表は、国際老年精神医学会が、対処の困難さの観点から分類したBPSDです。 BPSDのなかでも、心理症状である幻覚・妄想は、厄介で対処が難しい症状に分類されています。また不穏や攻撃性の背景に妄想があることもあります。 患者さんをどう理解する? 「嫁が医者とグルになって私を殺そうとしている」ことが現実であれば、こんなに怖いことはありません。自分の身近で生活している嫁と信頼しているはずの医師が、一緒になって自分を殺そうとしているのですから、一刻も早く逃げ去りたいと思うのは当然です。「いつ嫁に殺されるかわからない」という妄想があれば、嫁の援助を断るというのも理解できるでしょう。このような状況下では次のような対応が必要です。 妄想を否定しない 妄想とは「現実にはない事柄を一定期間、他者の説得によっても揺るがない仕方で強く確信する誤った判断ないし観念」2)のことです。現実にありえないことであっても、事実と思い込み、修正不能な思考ですので、他人に否定されても考えが変わることはありません。患者さんにとっては妄想イコール現実であると看護師はすべてを受け入れ、その妄想が起こる心理や、妄想による感情に視点を当てることが必要です。 身体的なアセスメントをする 睡眠や食事がうまくとれていない状態や、身体的な不調は、BPSDを悪化させます。気分が不安定な場合に、身体的なアセスメントと援助も必要です。 孤独感や不安感に寄り添う 「息子が帰ってくる」と話していることから、孤独感や不安感が背景にあると考えられます。患者さんの家族関係などの背景を知ることが援助につながります。そして患者さんに安心感を与えられる援助が必要です。ゆっくりと話を聴き、体に触れ、そばにいる時間を増やします。 また、お嫁さん以外の信頼できる家族の来訪をすすめることも必要です。 妄想の裏にある患者さんの欲求を知るために、日ごろからよく声を掛け、関係性を築いておくことが大切です。 妄想・幻覚への対応 患者さんが妄想を訴えはじめたら、まず、妄想の内容ではなく、妄想によって起こる気持ちや感情を全面的に受け止めることです。患者さんの気持ちに共感し、「今とてもつらい状況なのですね」「怖くて、いてもたってもいられない気持ちなのですね」と受け入れて聞くことです。 その後、患者さんが落ち着いたら現実的な行動をとれるように誘導します。たとえば「窓の外を一緒に眺めてみませんか」「喉が渇きましたね。一緒にお茶をいれに行きましょう」など、場所や行動を変えることで気分(感情)が切り替えられるようにしていきます。 こんな対応はDo not! × 患者さんが訴える妄想を否定する× 「それは妄想だから」と言って、患者さんの訴えを取り合わない× 身体的なアセスメントを怠る 注1 現実検討能力客観的に自分の考えをとらえ、その分析ができる能力。自分の考えと自分を取り囲む現実とを照合する力。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)国際老年精神医学会.『臨床的な問題』『痴呆の行動と心理症状』日本老年精神医学会監訳.東京,アルタ出版,2005,27-49.2)橋本衛.『認知症の妄想』老年期認知症研究会誌.19(1),2012,1-3.

特集
2022年3月29日
2022年3月29日

「朝、起きたら左足だけが腫れていた」場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第7回は、朝起きたら片足だけが腫れていた患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 83歳女性。「朝起きたら左足だけが腫れていて、もったりとして気になる。昨日は何ともなかったのに……」と言っています。   あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 足が腫れているという訴えであるため、まずは、足の皮膚や皮下組織、筋肉や骨に炎症が生じ、腫脹が起こっていることが考えられます。 また、リンパや静脈系の循環障害による浮腫の疑いがあります。 リンパ浮腫とは、リンパ管の狭窄や閉塞のためにリンパ液が滲み出して浮腫となったものです。手術侵襲や、がんの浸潤により起こることが多いです。 静脈系の循環障害による浮腫は、静脈の閉塞や狭窄により静脈圧が上昇することで血漿成分が滲み出して起こります。深部静脈血栓症の場合、脳梗塞や肺梗塞など生命にかかわる疾患を引き起こす場合があり、発見したら速やかに医療につなげる必要があります。 ここに注目! ● 足が腫れているという訴えは、浮腫によるものか、局所の炎症による腫脹か?● 局所性の浮腫が考えられる場合、静脈系の循環障害か、リンパの還流障害か? まずは、炎症による可能性を念頭に置いてアセスメントします。そのうえで浮腫による可能性が高いと考えられる場合は、浮腫が静脈性なのかリンパ性なのかをアセスメントします。 局所炎症のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・炎症の症状(痛み、しびれ、熱感、腫脹)・原因・誘因となったこと(転倒や転落、打撲、外傷、虫刺され、など)・ADLへの影響 局所炎症のアセスメント②客観的情報の収集 体温測定 炎症が起きている場合、免疫反応として、発熱が起こる可能性があります。高体温になっていないかどうかを確認します。 浮腫の確認 浮腫の部位と程度を確認します。 外傷などによって起こる局所の炎症による浮腫は、脚全体ではなく障害のある部位にみられますので、左右差を比べながら確認します。 痛みに注意しながら触れ、圧痕がみられるかどうかを確認し、レベルを判定します。圧迫時間は5~20秒、指が沈み終わったら離し、その深さで判定します。 炎症徴候の確認 皮膚の傷や、骨折を思わせる症状がないかを確認します。骨折がある場合は、関節が不自然に曲がっていたり、発赤や強い腫脹がみられ、圧痛と熱感があります。 炎症の徴候を確認するために、発赤と熱感を確認します。熱感については、熱に敏感な手背を使って確認します。人の皮膚温はさまざまなので、症状を訴えている側だけでなく、左右同時に触れてその差を確認します。 関節可動域 関節を動かせるかどうかを確認します。炎症がある場合は、動かすことで痛みが生じる可能性が高いので、確認しながら行います。どの程度の可動域制限があるかを、左右比較して観察します。 静脈系・リンパ系の循環障害のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・静脈系末梢循環障害の症状(張るような痛み、重苦しさ、浮腫の日内変動、動かしにくさ、など)・リンパ系循環障害の原因・誘因(がんや手術の既往、など)・静脈系末梢循環障害の原因・誘因(急な臥床安静、歩行制限、下肢運動量の減少、下肢の圧迫、など)・ADLへの影響 静脈系・リンパ系の循環障害のアセスメント②客観的情報の収集 浮腫の確認 浮腫の部位と程度を確認します。 循環障害による浮腫は、血管の閉塞・狭窄の位置より下部に生じますが、皮下組織への水分の貯留が進むと足全体に生じることも多いです。 圧痕がみられるかどうかを確認し、レベルを判定します。圧痕がみられない腫脹の場合は、周囲径を計測することで、客観的な観察ができます。周囲径を計測する際は、体位および測定部位の関節からの距離を記録しておきましょう。 末梢循環の確認 静脈系の末梢循環障害では、皮膚色の変化はみられないことが多く、静脈瘤や慢性の炎症がある場合は赤茶色の変色がみられることがあります。動脈系の障害ではないので、皮膚温は保たれ、足背動脈などの末梢の脈も触知できます。 皮膚の視診・触診 リンパ浮腫では蜂窩織炎となっている場合もあります。蜂窩織炎では広範囲に発赤があり、腫脹し、熱感や痛みがあります。放置すると組織の壊死をきたしますので、速やかな治療が必要です。 報告のポイント ・浮腫の部位と程度、左右差がみられること、全身性の浮腫ではないこと・外傷や骨折などの筋骨格系の障害によるものか、その判断理由・静脈・リンパ系の循環障害によるものか、その判断理由 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

【短期記憶障害】認知症患者が同じ話を繰り返す原因&対応を解説

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第5回は、同じ話を繰り返し、説明したことを守ってくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。つじつまの合わない言動がみられ、同じ話を何度も繰り返している。レビー小体型認知症があり、下肢の筋力低下もあり、歩行時にふらつきがみられる。 本人はもともと自立心高く活動的である。転倒リスクのため、移動したいときは一人で動かず、介助者を呼ぶように伝えているが、決して人を呼ばない。これまでも転倒を繰り返し、出血斑が多数ある。 なぜ患者さんは、同じ話を何度も繰り返すのか? 認知症の症状の一つに、記憶障害があります。 記憶は、▷覚える(記銘) ▷保存する(保持) ▷必要なときに思い出す(再生) ── の、三段階から成り立っています。そして記憶障害には、短期記憶障害と長期記憶障害の二種類があります。 短期記憶障害 数分前に起こったことなど、新しい事柄を覚えることができない長期記憶障害昔からしてきたこと・知っていたことを忘れる ・エピソード記憶・意味記憶・手続き記憶 認知症では、数分前に起こったことを思い出せない短期記憶障害と、自分が体験したことなどを忘れてしまうエピソード記憶障害がみられることがあります。 また、多くの情報を一度に処理できません。自分の言いたいことや頭に浮かんだことを繰り返して話をしていると思われます。 なぜ患者さんは説明を無視して一人で動くのか? 短期記憶障害のため、そもそものコミュニケーションがとりにくい状態です。「どこかに行かれる際は、手伝うので、人を呼んでくださいね」と説明していても、そのこと自体を忘れてしまっている状況だと考えましょう。また、患者さんはもともと自立心が高く、活動的な人です。「一人で動ける」と思っています。 繰り返す言動への対応 患者さんの行動の理由 患者さんは、記憶障害のために、聞いたことや言ったことを忘れてしまい、同じ話を繰り返していると考えられます。そして、繰り返し聞いてくる内容は、患者さんが気になっている・困っている・不安に思っていることなどの場合もあります。さらに、一度に多くの情報が処理できないので、自分の言いたいことだけに注意が向いてしまう場合があります。 対応の一つとして、訴えている理由や気持ちをしっかり聞いて、安心できるようにすることや、原因を推測しながら対応を重ねていくことも大切です。 同じことをあまりにも繰り返す場合は、「テレビを見ますか?」などと声を掛けて、別の物や場所へ興味・関心が向くように接してみるのもよいかもしれません。 患者さんを不安にさせない対応 患者さんと話がかみ合わず、看護師もイライラやストレスを感じることがあるかと思います。また、つい感情的になって強い口調で対応してしまったり、いい加減な対応をしてしまうかもしれません。 しかし、そんな対応をとられると、患者さんはプライドを傷つけられ、不安に感じます。看護師には、「患者さんは初めて話しているんだ」と思って対応する態度が求められます。 転倒の危険性 加齢の変化とともに、転倒や転落といった事故に遭遇するリスクは高くなりますが、認知症を患うことで危険の察知や予測、的確な判断を下す能力の低下などにより、そのリスクはさらに高くなります。 レビー小体型認知症の症状 レビー小体型認知症は、認知機能障害だけでなく、パーキンソン病のような運動機能障害があるのが特徴的で、幻視もみられます。初期には記憶量が軽度であることが多いですが、日によって認知機能も変化します。 レビー小体型認知症では、パーキンソン症状による運動機能の低下、認知機能障害、注意障害が原因となって転倒を繰り返すことがあります。さらに、自律神経障害をきたすことがあり、起立性低血圧からも転倒を起こす危険性があります。 患者さんの行動パターンから予測する 生活パターンの把握や排泄行動を観察することで、患者さんの行動を予測しながら支援することも大切です。患者さんがそわそわしたり、物音がしたり、何らかの身体的サインがみられる場合は、「何か用事はありませんか?」「そろそろ、トイレに一緒に行ってみませんか?」と、排泄パターンに合わせて声を掛けてみるのも効果的です。 一人で行動する背景には何らかの理由があると考え、その理由を、行動や発言から把握することです。 こんな対応はDo not! × 何度も聞いた話なので無視したり、いい加減な返事をする× 「この前も説明しましたよ」と指摘し、責める× 「なぜ一人で歩いたんですか!」「危ないでしょ」と叱る 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)飯干紀代子.『今日から実践認知症の人々とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2011,142p.6)鈴木みずえ編.『急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア』東京,日本看護協会出版会,2013,232p.7)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.9)本間昭監.『認知症のある患者さんのアセスメントとケア』ナツメ社.2018,142-3.

特集
2022年3月15日
2022年3月15日

かぶれ?褥瘡?臀部が広範囲に赤くなっている場合のアセスメント

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第6回は、3日間下痢便が続き、臀部が広範囲に赤くなっている患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 98歳女性。 おむつで排泄しています。ここ3日間下痢便が続き、まったくベッドから出ない生活になってしまいました。臀部が広範囲に赤くなっているようです。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 臀部の発赤がみられる事例です。 皮膚のびらんの原因は、下痢便であることは確かだと思われます。発赤が紅斑化していれば、末梢血管がすでに損傷を受けていると判断されます。 ベッドから出ない生活、皮膚の浸軟、下痢による栄養状態の悪化・脱水から、褥瘡を生じている可能性も高いです。 どちらも、早期に適切な皮膚ケアを行うことで悪化を防ぐ必要があります。 ここに注目! ●下痢便による、びらんの可能性がある。●皮膚のびらんだけでなく、褥瘡を生じている可能性がある。 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・皮膚トラブルについて(時期、範囲、経過、疼痛・瘙痒感などの随伴症状)・下痢の原因・頻度と経過・おむつ交換の回数と、陰部・臀部の皮膚の清潔ケアの方法と頻度 客観的情報の収集 かぶれ かぶれとは、化学的刺激への接触により皮膚炎を生じた状態です。紅斑や丘疹から始まり、びらんとなります。 便によるかぶれであれば、肛門部を中心に、下痢で汚染される範囲にみられます。真菌感染等を併発することもあるため、難治性の場合は速やかに報告する必要があります。 皮膚の清潔度 肛門部・臀部・陰部の清潔度合いを観察してください。きれいにできておらず便が残っていると、便による化学的刺激が除去されていないため、皮膚症状は改善しません。 また、きれいにしようとこすることによって、その摩擦により皮膚トラブルが悪化することもよくあります。清潔度とともに、どのようなケアを家庭で行っているかを確認するとよいでしょう。 褥瘡  褥瘡の好発部である、体圧が集中する仙骨部の皮膚を観察します。周囲のかぶれとの違いを観察し、赤みが強い場合は、紅斑化している可能性が高いので、一時的な発赤なのか、紅斑化した初期の褥瘡かを、判別することが重要です。 紅斑化した初期の褥瘡では、出血や滲出液がみられないため、視診した際には単に「赤くなっている」という印象しかありません。褥瘡好発部位に発赤を発見した場合は、それが紅斑化していないかを必ず確認してください。 紅斑化している場合は、押しても白くならず赤いまま、または、赤みが戻るスピードが速くなります1)。これは、毛細血管に障害があって血流が妨げられているサインです。Ⅰ度の褥瘡になっていると考えられる状態です。これを見逃さず、早めの対処をしましょう。早期発見は早期治癒への近道です。 さらに、水疱があり、滲出液が出ている場合はⅡ度と判定されます。早めに褥瘡・皮膚ケアの専門家に状況を伝えて、相談してください。 報告のポイント ・皮膚トラブルの部位、範囲、湿疹の種類、分布の特徴、随伴症状・褥瘡の有無とリスク・下痢の原因と経過 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)日本褥瘡学会学術教育委員会ガイドライン改訂委員会.褥瘡予防・管理ガイドライン.第3版.http://www.jspu.org/jpn/info/pdf/guideline3.pdf

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