ケア知識に関する記事

特集
2022年1月18日
2022年1月18日

副腎白質ジストロフィー

副腎白質ジストロフィーは、中枢神経系と副腎に障害を起こす難病です。脱髄に起因する症状と、副腎機能不全による症状があります。 病態 副腎白質ジストロフィーは、中枢神経系と副腎に障害を起こす、主に男性にみられる遺伝性疾患です。中枢神経系の障害としては性格変化や知能低下など、副腎の機能不全では、無気力、体重減少、低血圧、色素沈着などの症状が起こります。 小児大脳型、思春期大脳型、副腎脊髄ニューロパチー(AMN)、成人大脳型などの病型があり、発症年齢や症状、経過、予後は異なります。いずれの病型でも、全身の組織で「極長鎖脂肪酸」と呼ばれる特殊な脂肪酸が増加することが特徴です。特定の遺伝子(ABCD1遺伝子)の変異が原因であることはわかっていますが、遺伝子変異と病型、発症年齢との相関がみられず、他の要因の関連も考えられています。 病因となる遺伝子は、性染色体のX染色体上にあります。男性はX染色体を1つ、女性は2つ持っています。病因遺伝子があると、男性はX染色体が1つしかないため発症しやすく、女性では1つのX染色体に病因遺伝子があっても、もう1つX染色体があるため、多くは症状が出現せず、保因者となります。保因者の女性から病因遺伝子が子どもに伝わる確率は2分の1です。 疫学 男性2~3万人に1人程度の割合で発症し、それとほぼ同数の女性の保因者がいると考えられています。発症年齢は病型によって異なりますが、2歳~成人期で報告されています。小児慢性特定疾病と指定難病の対象です。 症状・予後 主な症状 小児大脳型最も多い病型。3~10歳に発症。注意欠陥多動障害や心身症に似た性格・行動変化がみられ、視野狭窄や斜視など視力や聴力の低下、知能障害、下肢がつっぱる痙性対麻痺などの歩行障害などがみられる。数年で植物状態に至ることが多い。思春期大脳型発症年齢は11~21歳。症状や経過は小児大脳型とほぼ同じ。副腎脊髄ニューロパチー(AMN)10歳代後半~成人で発症。痙性対麻痺で発症し、ゆっくり進行する。軽い感覚障害があることが多く、ほかに軽度の末梢神経障害、膀胱直腸障害、陰萎(インポテンツ)を伴う場合もある。成人大脳型性格変化、認知症、社会性の欠如や精神病に類似した症状で発症し、急速に進行して植物状態に至る。小脳・脳幹型歩行障害や四肢協調運動障害などの小脳失調、下肢のつっぱりなど、脊髄小脳変性症に似た症状がみられる。アジソン型副腎不全症状のみが出現し、神経症状はない。無気力、食欲不振、体重減少、皮膚の色素沈着など。女性発症者女性保因者の一部では、AMNに似た症状がみられることがある。 小児大脳型、思春期大脳型、成人大脳型は治療しない場合、多くは急速に進行して1~2年で寝たきり状態になります。他の病型から大脳型に移行し、急速に病状が進むことがあります(女性発症者を除く)。女性の保因者では普通は症状が出ませんが、一部では加齢とともに軽度の歩行障害などを伴うこともあります。 治療法 小児大脳型や思春期大脳型の発症早期で、造血幹細胞移植の有効性が報告されています。ただ、症状が進行していると増悪することがあり、移植に伴う合併症リスクもふまえて慎重な適応が求められます。 ロレンツォオイル(オレイン酸:エルカ酸=4:1)投与と低脂肪食の服用で、極長鎖脂肪酸を正常化することがわかっていますが、発症した神経症状を抑える効果は乏しいと報告されています。 AMNや女性発症者の下肢の痙性対麻痺症状には、抗痙縮薬の服用や理学療法が早期に開始されます。 副腎不全は生命予後にもかかわるため、定期的な副腎機能検査と、必要に応じてステロイド補充療法が行われます。 リハビリのポイント ●AMNや女性発症者の下肢の痙性対麻痺には、リハビリも有効とされている●歩行障害に対するバランスや歩行の訓練、寝たきり状態の関節可動域の訓練など状態に応じたリハビリを行う 看護の観察ポイント 医師と連携して病型に応じて予後を予測し、適切なタイミングで介入することが求められます。一般的に手厚い介護が必要となるため、家族の介護負担への配慮、介護を支える社会資源の紹介、レスパイトケアへの橋渡しなどの支援も大切です。 ●症状の状態・程度の変化●本人・家族の日常生活での支障●体を動かすなど、残された機能を維持する対応●家族の介護負担など 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『副腎白質ジストロフィー(指定難病20)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/186〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『副腎白質ジストロフィー(指定難病20)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/329〇日本先天代謝異常学会.『副腎白質ジストロフィー(ALD)診療ガイドライン2019』東京,診断と治療社,2019,51p.

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2022年1月11日
2022年1月11日

【セミナーレポート】訪問看護師の悩みに回答! 浮腫ケアについてのQ&A

2021年10月21日に開催されたセミナー「浮腫のアセスメントとケア」において、ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者の岩橋 知美さんに『浮腫』についての基本から、具体的なケアを解説いただきました。 セミナーの様子を全3回に分けてお伝えします。最終回の今回は、Q&Aセッションの内容を一部公開します。 >>今までの記事はこちら【セミナーレポート】浮腫のアセスメントとケア -原因とアセスメントについて-【セミナーレポート】浮腫のアセスメントとケア-在宅看護で行う浮腫ケアの基本- 【講師】岩橋 知美ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者、メディカル アロマセラピスト、メンタル心理士、リンパ浮腫外来顧問(聖マリア病院、福井県立病院)1988年に看護師資格を取得後、病院にて勤務。2005年にメディカルアロマを学び「アロマセラピスト・アロマ講師」の資格を取得。産婦人科などでアロマケアに携わる。その後、新古賀病院にて「アロマ外来」を開設し、2009年にはICAAを設立。厚生労働省委託事業「リンパ腫専門医療者の育成」主任講師としても活躍。 Q1 水疱ができた場合の対策について 【質問】水疱ができた場合の対策について教えてください。ドレッシング剤で保護した場合、内腔の浸出液は自然吸収を待つ方が良いでしょうか? 【回答】水疱に対してはドレッシング剤貼付後、低圧での圧迫をします。内腔の浸出液は自然のままにしています。医師から酸化亜鉛を含む軟膏を処方されることもあります。水疱が破れてしまった場合は、蜂窩織炎などの感染に注意が必要です。リンパ漏になってしまったら軟膏を塗り、ドレッシング剤で保護したあとオムツで圧迫をしています。 Q2 静脈性潰瘍でリンパ漏がある場合の痒みについて 【質問】静脈性潰瘍でリンパ漏あり。筒状包帯を使用していますが、痒みがでてしまいます。何か対策はないでしょうか? 【回答】静脈性潰瘍はもともと痒みを伴うことが多いです。うっ滞性の皮膚炎かもしれないので、まずは、主治医や皮膚科医に診てもらう方がよいかと思います。 下肢全体の痒みの原因として筒状包帯が肌に合っていない可能性も考えられます。パイル地の筒状包帯を試してみてください。 Q3 蜂窩織炎が治っても浮腫がひどい場合、足浴は効果的? 【質問】リンパ浮腫から蜂窩織炎になった方を担当しています。蜂窩織炎が治ったあとも浮腫がひどい場合、足浴は効果があるのでしょうか? 【回答】蜂窩織炎を起こしたことで浮腫がひどくなったのだと思います。炎症が起きているときにドレナージなどのマッサージは禁忌ですが、低圧の筒状包帯は良いと言われています。炎症反応が落ち着いたら圧迫を開始してください。 足浴は、清潔を保持して白癬による蜂窩織炎の再発を防ぐためには有効です。 Q4 低アルブミン血症で肥満、自己管理意欲も低いケース 【質問】左麻痺があり、両下肢浮腫がひどく、水疱・潰瘍ができている方の傷洗浄を担当しています。低アルブミン血症ですが、体重は83kgで肥満もあります。自己管理意欲も低い状態。食事指導は何からしたらいいのでしょうか。 【回答】低タンパクだと筋肉も減少しますから、タンパク質を摂取して糖質を減らす食事が考えられます。豆類はいいと思います。あと、最近はオートミールをおかゆ状にしたものもおすすめしています。低糖質で、タンパク質・鉄分。食物繊維などをバランス良く摂れるのでおすすめです。 意欲の低さについては、左麻痺があることが影響しているのかもしれませんね。麻痺・低アルブミン・肥満という状態ですから、なかなか浮腫のサイズダウンは難しいかもしれませんが、低圧での圧迫をしてみて、少しでも浮腫が改善されれば意欲がでるかもしれません。 以前、アドヒアランスの悪い患者さんのケースで、浮腫に対して圧迫とマッサージをすることで少し下肢の浮腫サイズがダウンし、それ以来積極的に浮腫ケアをされるようになった経験があります。 浮腫そのものに関しては創傷の処置の上から筒状包帯を使用して圧迫をされるといいと思います。 Q5 筒状包帯などを使用したドレナージ実施時間の目安 【質問】筒状包帯などを使用したドレナージ実施時間の目安を教えてください。 【回答】低圧の筒状包帯は、入浴のとき以外24時間装着していてかまいません。ドレナージを実施する場合は、病院の外来では皮膚硬化部をほぐす工程を含めて40分くらい行いますが、訪問においては20分程度になるかと思います。 Q6 リンパ浮腫の改善を促す内服薬はある? 利尿剤は使う? 【質問】リンパ浮腫の改善を促す内服薬はありますか? 利尿剤は効果的でしょうか? 【回答】リンパ浮腫に有効な薬はありません。全身の浮腫ではないので利尿剤も使用することはありませんが、リンパ浮腫と全身性との混合浮腫ならば有効かもしれません。 Q7 ガードルショーツ着用が習慣化している硬性浮腫の女性のケース 【質問】90代認知症の女性で、昔からガードルショーツを着用するのが習慣です。両下肢に硬性浮腫があるため着用しないほうがよいと思うのですが、なかなか理解が得られない場合、なにか対処方法はありますでしょうか? 【回答】患者さんの多くは、浮腫がひどくなりサイズが大きくなっていくとは思っていないものです。そういった方には、リンパ浮腫がひどくなった下肢状態の写真を見てもらうと少し治療に前向きになられます。 ご相談者の場合は認知症もあるので、ガードル着用を完全にやめることは不可能かもしれません。ショーツと緩めのガードル(大腿への締めつけがなく、下腹部は圧迫してくれるもの)などに変えるように誘導してみはどうでしょうか。また、皮膚硬化がある浮腫の場合は垂直圧がかかるものがいいので、平編みの筒状包帯を装着したうえで、緩めのガードルを着用するなど試してみてください。 Q8 アロマオイル使用にあたって、主治医の許可は必要? 【質問】アロマオイル使用に関しては、主治医に使用許可を得ていますか? 指示書にも記入いただいていますか? 【回答】医師の許可はもらいますが、指示書への記入はありません。本人もしくは家族に、アロマセラピーは補完代替医療であるということを説明し、同意書をいただいて導入しています。 *** 今回は「浮腫のアセスメントとケア」セミナーの様子をお届けしました。岩橋さんには多数のご質問にも回答いただき、翌日から役立つ内容が盛り沢山だったのではないでしょうか。  次回のセミナーレポートでは11月12日開催の「看取りの作法」の様子を公開します。お楽しみに!  記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年1月11日
2022年1月11日

【セミナーレポート】浮腫のアセスメントとケア-在宅看護で行う浮腫ケアの基本-

2021年10月21日に開催されたセミナー「浮腫のアセスメントとケア」において、ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者の岩橋 知美さんに『浮腫』についての基本から、具体的なケアを解説いただきました。 セミナーの様子を全3回に分けてお伝えします。第2回となる今回は、浮腫への具体的なアプローチについてご紹介します。 【講師】岩橋 知美ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者、メディカル アロマセラピスト、メンタル心理士、リンパ浮腫外来顧問(聖マリア病院、福井県立病院)1988年に看護師資格を取得後、病院にて勤務。2005年にメディカルアロマを学び「アロマセラピスト・アロマ講師」の資格を取得。産婦人科などでアロマケアに携わる。その後、新古賀病院にて「アロマ外来」を開設し、2009年にはICAAを設立。厚生労働省委託事業「リンパ腫専門医療者の育成」主任講師としても活躍。 まずは「優先順位」を考える 在宅医療で浮腫のケアを行う前提として、もっとも気をつける必要があるのは「血栓」です。血栓がある場合は命にかかわるので、浮腫ケアを始める前に必ずD-ダイマーを確認するようにしてください。在宅ケアでは、優先順位を考えることが大変重要になります。 浮腫のケアで目指すことと、具体的なアプローチ 「QOLが維持でき、心地よく浮腫改善ができる」ことが目標。私が日常的に意識しているのは次の3点です。 浮腫による違和感や疼痛の緩和皮膚損傷や感染の防止継続可能で苦痛を伴わないケア 具体的なアプローチとしては「複合的治療」を行います。すべて事前に医師の許可を得る必要があります。 スキンケアによる創傷・感染予防MLD(用手的リンパドレナージ)浮腫状態に合わせた圧迫療法圧迫下の運動療法(他動運動)QOLを維持し浮腫悪化を防ぐための日常生活指導 1~5について、それぞれどんなことを行うのかについて簡単にご説明します。 スキンケアによる創傷・感染予防 浮腫の皮膚は脆弱で乾燥しやすく、見えない傷が多い傾向にあります。傷つけない・擦らないことを意識して泡で洗浄し、保湿にはアルコール分の低いローションタイプのアイテムを使用します。利用者の方から「市販品ではなにが良いですか?」と聞かれた場合には、乾燥性敏感肌向けのスキンケアや、処方薬と同じ成分が配合されている保湿剤をおすすめしています。清潔の保持を目的とする場合はこれで十分です。 浮腫がひどくなってリンパ小胞やリンパ漏ができた場合は、皮膚障害を拡大させないために感染予防を行います。患部に撥水性の軟膏を塗る→非固着性ガーゼで覆う→オムツで圧迫する、という対応をすることが多いです。 MLD(用手的リンパドレナージ) ドレナージを行っても、浮腫の改善効果としては軽度です。すぐ元の状態に戻りますが、直接患肢に触れるという点で「安心感」や「気持ちよさ」を生みます。 ドレナージを行う際にはぐいぐいと圧をかけることはせず、柔らかくタッチングしてください。台所用スポンジのナミナミした面を平らにするくらいの力加減がベスト。末端から中枢に向かって行います。 浮腫増大が進み皮膚硬化が起こっている場合には、少し強めの力でほぐすこともあります。また、リンパドレナージを行うにあたっての不要な体位変換は避けてください。 浮腫状態に合わせた圧迫療法 圧迫療法を行うには圧の勾配を作って弾性包帯を巻く必要があり、技術習得が必要なため、在宅看護での圧迫療法は難しい傾向です。 導入しやすいのは、インジケーター付きの弾性包帯や、低圧のチューブ包帯。皮膚が弱い方のために、内側がタオル地になっている製品もあります。皮膚の硬化が進んでいる場合には平編みタイプのチューブ包帯や、マジックテープ付きのタイプが管理しやすいです。 圧迫療法を行う際には以下の点に注意します。 皮膚に痒みや湿疹がないか手先、足先の循環障害がないか(ABI 0.7未満)末梢神経障害がないか食い込みやシワによる疼痛を感じていないか胸水、腹水貯留の場合は体液還流に注意 とくに、食い込みやシワが起こると浮腫が悪化したり、傷ができたりすることもあるので注意が必要です。食い込みを予防するために、パッティング材を使用することもあります。 圧迫下の運動療法(他動運動) 筋肉の収縮と弛緩によるポンプ作用で、リンパの流れが促進されます。ここで重要なのは疼痛を与えないこと。そのために、可動域を考えながらの他動運動が有効です。具体的には上半身であれば、手指屈伸・手関節底背屈・肘屈伸・肩関節回旋などを行います。下半身であれば、足関節底背屈・膝関節屈伸・股関節回旋などが中心。私たちがサポートを行い、関節を動かしていきます。 また、深呼吸をすることでもリンパの流れが促進されます。利用者の方ご本人でできることとして、深呼吸をおすすめしています。 QOLを維持し浮腫悪化を防ぐための日常生活指導 利用者の方や利用者家族の方に、次のようなポイントに注意するよう指導しています。 安楽な体位の工夫 患肢を10cm~15cmほど挙上することをすすめています。包帯が食い込まない体位を保つ長時間の下肢下垂は避ける感染防止のため皮膚を傷つけない熱を持って赤くなってきたら炎症の可能性があることも伝えます。着衣による締め付けを避けるとくに、下着、パジャマ、オムツなどのゴムによる圧迫に注意が必要です。低栄養状態/肥満への注意安全な移動浮腫増大により関節可動域が制限されるため、転倒の危険があります。環境調整疲労を避ける 総括 もっとも重要なのは、一人ひとりに合わせたケアを行うことです。標準的な治療が現実的でない利用者さんであれば、浮腫軽減だけを目的とするのではなく、心身の状態を把握して、安全で緩和的なケアを中心に行うのが良いと思います。心に寄り添いながら浮腫による違和感や皮膚の張り感などの緩和を行うことで、心身の快適性を改善し、QOLの向上につなげてあげてください。 *** 次回はQ&Aセッションの内容を一部公開します。>>【セミナーレポート】訪問看護師の悩みに回答! 浮腫ケアについてのQ&A 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年1月11日
2022年1月11日

口腔ケアと全身の関連

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。第1回は、口腔の衛生・機能への介入が全身状態を改善させた事例です。 歯科衛生士は口腔管理のプロフェッショナル 私は現在、歯科衛生専門学校の講師として「チーム医療演習」「口腔リハビリテーション」を教えるかたわら、東京都世田谷区の多機能型クリニック歯科室「さくら中央クリニック」に非常勤で勤務し、要介護者の歯科治療や摂食嚥下リハビリテーションに従事しています。このシリーズでは、口腔ケアの大切さとその手法などについて、実例を紹介しながら解説していきます。 「歯科衛生士という仕事は何か?」と患者さんや看護師に尋ねると、「歯磨き(口腔ケア)を教えてくれるプロ」「歯石を取る仕事」などが返ってきます。でも、口腔ケアにも種類があります。 一般に、歯科医師・歯科衛生士が行うケアは、専門的口腔ケア。患者本人や看護師・介護職が行う口腔ケアは日常的口腔ケアと、区別されます。 専門的な口腔ケアには、口腔の周囲にある筋肉へのアプローチなど、安全な食へ導くためのケア(摂食嚥下リハビリテーションを含む機能的口腔ケア)も含まれます。つまり、歯科衛生士はリハビリテーションにかかわる職種なのです。 私が所属している一般社団法人日本摂食嚥下リハビリテーション学会は、学会員の約2割が歯科衛生士です。同学会では学会指定の研修を受講後、入会後2年以上を経過すると学会認定士受験資格が得られます。私も受験し、摂食嚥下リハビリテーション認定士を取得しました。 このように、歯科衛生士の仕事は、口腔衛生と口腔機能、両面からの口腔管理なのです。 肺炎が約半数に激減! 命を守る口腔ケア 口腔ケアをないがしろにすると全身状態に影響を及ぼすことは、訪問看護師の皆さまもご存じかと思います。 なかでも歯周病菌群は、嫌気性菌であることと、血管を詰まらせてしまうという特徴から、糖尿病と歯周病との相互関連をはじめ、狭心症など重篤な疾患の原因菌であると認識されています1)。 米山武義先生の研究2)では、週に1回、2年間、歯科専門職が全国の介護施設に赴いて専門的口腔ケアを行ったグループと、日常的口腔ケアのみのグループとを比較したところ、前者の発熱発症率、肺炎罹患率、肺炎死亡率が、すべて約半数だったことがわかりました。高齢者の死因の常に上位にある肺炎を、専門的口腔ケアが予防する。つまり、口腔ケアが命を守ることに関与できることの、裏づけとなる研究でした。 また、飯島勝矢医師(東京大学高齢社会研究機構)は、「オーラルフレイル(飲み込みづらいなど、口腔機能の軽度の衰え)と、口腔や歯に対する意識低下が放置されると、全身のフレイルや要介護状態につながりかねない」とする知見を述べています。 このように近年、要介護高齢者の口の健康の大切さがいっそう叫ばれるようになったのは、たいへん喜ばしいことです。 このような多くの先行研究に支えられ、私は居宅療養管理指導の一員として、長年要介護者の口腔ケアにたずさわってきました。今回は最後に、そのなかでも記憶に残る症例を紹介します。 【事例】胃瘻でも口腔リハで咳嗽反射が改善 Aさん、女性、80歳。介護度5。胃瘻、心筋梗塞ほか既往あり。自宅で家族の手厚い介護を受けていたが、心臓発作を起こし救急搬送。無事に手術を終え、回復期病院で退院を心待ちにしていた。しかし発熱が続いたため退院は延期に。娘さんが、入院中も口腔ケアの存続を望まれ、かかりつけ歯科医への依頼となった。 入院前からAさんの口腔ケアに訪問していた私は、かかりつけ歯科医師とともに病院へ向かいました。 胃瘻であっても口腔ケアは欠かせません。私はAさんに、歯磨きと、経口摂取へ導くための摂食嚥下リハビリテーションを、20分ほど行いました。 Aさんの口腔ケア・口腔リハビリ前後の表情の変化 口腔ケア・口腔リハビリ前 口腔ケア・口腔リハビリ後 口がしっかり開き、頬が紅潮しているのがわかります。 その夜、娘さんから電話がありました。 「山田さん、今日も母のところへ行ってくださったのよね。でも母の口の中に、びっくりするくらい痰がたまっていました」 それは、口腔のリハビリやケアでの刺激によって、咳嗽反射が改善し、喉の奥の汚れが口へと出てきた結果でした。ご自分で痰を吐き出せるようになったのはよいことです。 やがてAさんは熱も下がり、数日後に無事に退院されました。もちろん体調によっては、すぐにこのような反応がみられないことや、熱が下がりにくいこともあるでしょう。しかしAさんの場合、歯科衛生士や娘さん、介護職がふだんから口腔ケアを行い、その重要性を認識しており、娘さんが病院での歯科の介入を強く要望したことが奏効したと思います。 次回のテーマは、「義歯」です。 注:居宅療養管理指導では病院に訪問することは通常できません。しかし入院した回復期病院に歯科医は不在で、娘さんが自宅で行っていた専門的口腔ケアを強く望まれたことで実現しました。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)山田あつみ.『介護現場で今日からはじめる口腔ケア』飯田良平監.大阪,メディカ出版,2014,71-5. 2)米山武義ほか.『要介護高齢者に対する口腔衛生の誤嚥性肺炎予防効果に関する研究』『日本歯科医学会誌』20,2001,58-68.

特集
2022年1月6日
2022年1月6日

前頭側頭葉変性症

前頭側頭葉変性症は、人格変化をきたすことが多い難病です。記憶障害など認知症に特徴的な症状がある場合は、前頭側頭葉型認知症ともいわれます。 病態 前頭側頭葉変性症は、認知症の原因疾患の一つとしても知られます。名前のとおり、大脳の前頭葉や側頭葉の神経細胞が変性し、失われていく疾患です。 前頭葉は、情報の整理・判断、理性や行動抑制にかかわる脳の司令塔です。側頭葉は、感情と、視覚・聴覚・言語機能にかかわります。前頭側頭葉変性症では前頭葉と側頭葉が萎縮するため、認知機能障害をはじめ、人格変化や行動障害、失語症、運動障害などの、広範囲の症状がみられます。 神経細胞の変性は、異常なたんぱく質の細胞内への蓄積によるものとされていますが、なぜそうした現象が起こるのかはわかっていません。 欧米では前頭側頭葉変性症において3~5割の頻度で家族内の遺伝が認められていますが、日本ではほとんど確認されていません。 疫学 40歳から64歳までの若年期に発症することが多いのが特徴です。65歳未満に発症する若年性認知症のなかでは、前頭側頭葉変性症の割合が高いことが知られています。 国内には1.2万人程度の患者がいると推定されていますが、診断が難しいこともあり、前頭側頭葉変性症と診断がついていない人も多いと考えられています。2019年度末時点での前頭側頭葉変性症での受給者証所持者数は1,000人程度です。年齢別にみると60歳代がピークです。 症状・予後 若年での発症が多く、人格変化・行動障害や言語障害が主な症状です。 人格変化・行動障害の症状例 ●社会的に不適切な行動をとる、礼儀やマナーが失われる、衝動的に行動するなど抑制がきかなくなる。そのため、万引きや盗み食いなどの反社会的行動をとることもある●周囲や自分への関心の低下、自発性の低下●共感や感情移入ができなくなる●同じ行動や言葉を繰り返す(常同行動)。いつも同じ時間に同じ行為を行う(時刻表的生活)、毎日必ず決まったコースを散歩する(常同的周遊)など●食事や嗜好の変化。過食になり、濃い味つけや甘いものを好むようになるなど 言語障害の症状例 ●富士山の写真を見ても、山であることはわかっても富士山と認識できない(意味記憶障害)●信号機を見ても「信号機」と呼称できないなど、言葉の意味や物の名前などの知識が失われる(意味性失語)など 認知機能障害もみられますが、発症年齢が若く、物忘れよりも上記の二大症状が主体になるため、認知症(前頭側頭葉認知症)とは気づかれず、診断が遅れることも少なくありません。 そのほかに、震え、動作緩慢、関節拘縮、易転倒性などのパーキンソン症状や、筋力低下、筋萎縮、四肢の突っ張りなどの運動ニューロン障害を伴うケースもあります。これらの症状は嚥下機能障害や寝たきりにもつながります。運動ニューロン障害では呼吸筋麻痺が出ることもあり、注意が必要です。症状はゆっくり進行し、報告によると発症からの平均寿命は行動障害型で約6~9年、意味性失語型では約12年です。 治療・管理 根本的な治療法はありません。治療は対症療法が中心です。行動障害には、抗うつ薬(SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が一部有用との報告があります。認知機能障害に対しては、アルツハイマー型認知症に使用されるコリンエステラーゼ阻害薬は、一部の症状を悪化させることもあるため、服用中は観察が必要です。行動異常に関しては、これまでの生活様式や維持されている機能を生かすことで軽減できる場合もあります。患者それぞれの症状への理解を深め、家族が適切な対応方法を学ぶことは負担軽減のうえでも有用です。 若年での発症が多いため、仕事や育児、経済面など、さまざまな部分に影響がおよびます。複数の社会資源の調整が必要で、行政も含め多職種との連携が重要です。 リハビリテーションのポイント ●筋力低下や転倒しやすさなどがある場合は、機能維持を目的としたリハビリも大切●転倒しやすい場合は、室内の物を片づける、家具などの角にカバーを付けるなど、けが予防策を講じる●嚥下機能障害には嚥下リハビリや食形態の工夫などが有効 看護の観察ポイント ●転倒しやすいなど運動障害の有無●転倒によるけがを防ぐ環境整備●症状の変化・新たな症状の出現●日常生活やセルフケアで本人や家族が必要としている支援●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状●家族の疾患に対する理解度●家族の介護負担など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4841〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4840〇「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会編.『前頭側頭葉変性症』『認知症診療ガイドライン2017』東京,医学書院,2017,263-80.〇祖父江元ほか監修.『前頭側頭葉変性症の療養の手引き』島根,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班,2017,71p.

特集
2021年12月28日
2021年12月28日

多系統萎縮症

多系統萎縮症とは、以前まで異なる名称で呼ばれていた三つの疾患が、進行すると症状が重複することからこの名前がつけられました。 病態 多系統萎縮症は、神経細胞や、神経軸索をカバーする髄鞘を支える細胞(オリゴデンドログリア)などに、αシヌクレインというたんぱく質が不溶化して凝集・蓄積し、細胞が死んでしまう進行性の疾患です。 以前は、初期症状が小脳性運動失調で始まるものはオリーブ橋小脳萎縮症、パーキンソン症状の場合は線条体黒質変性症、自律神経障害であるものはシャイ・ドレーガー症候群という病名がつけられていました。しかし、進行するとこれらの3つの症状が重複することなどから、「多系統萎縮症」という病名が提唱されるようになりました。 まれに家族からの遺伝例もありますが、ほとんどは単独での発症です。 なぜαシヌクレインが不溶化するのかなど、はっきりした原因はまだわかっていません。 疫学 多系統萎縮症は30歳以降、特に40歳以降に発症することが多いことで知られています。日本では小脳症状で発病するタイプが多いのに対し、欧米人ではパーキンソン症状が前面に出るタイプが多く、人種差もみられます。 2019年度末時点での、受給者証所持者数は約1.1万人です。最も多いのは60歳代です。 症状・予後 主な症状は、小脳症状、パーキンソン症状、自律神経障害です。発病からしばらくは一症状が主体になりますが、進行すると重複します。具体的には次のような症状がみられます。 小脳症状・歩行失調・声帯麻痺・構音障害・四肢の運動失調・小脳性眼球運動障害(眼振など) など               パーキンソン症状      ・筋剛直を伴う動作緩慢・姿勢保持障害・嚥下障害などパーキンソン病でよく生じる振戦などの不随意運動はまれで、進行が速いのが特徴 自律神経障害・排尿障害・便秘・勃起不全(男性の場合)・起立性低血圧・発汗の低下 ・睡眠時障害 など そのほかには、錐体外路症状、首下がり症状などの姿勢異常、ジストニア、睡眠障害、幻覚、失語、失認、失行、認知機能低下などがあります。脊髄小脳変性症やパーキンソン病よりも進行のスピードが速く、日本でのデータによると発症後は約3年で介助歩行になり、約5年で車いす使用、約8年で寝たきり状態になり、9年程度で死亡に至る(いずれも中央値)ケースが多いようです。 なお、多系統萎縮症では、呼吸障害や誤嚥による窒息での突然死がみられることがあります。睡眠中の突然死例が多く、TPPV(気管切開下陽圧換気)を行っていても防ぎきれないこともあります。 治療・管理 根本的な治療法はなく、それぞれの対症療法が中心となります。 パーキンソン症状がある場合は、抗パーキンソン病薬が初期にはある程度の効果が期待できます。ただ、パーキンソン病に比べると効果が出にくいという特徴もあります。 進行するとさまざまな症状が重なるため、全体的に状態は増悪していきます。残存機能を保つためのリハビリテーションも大切です。 嚥下障害が進んだ場合は胃瘻を利用します。睡眠呼吸障害が生じた場合は、CPAP(持続陽圧呼吸療法)が呼吸状態を改善させます。喉頭蓋軟化症などを伴う場合は、CPAPは気道閉塞を悪化させるリスクがあるため、注意が必要です。 呼吸障害がある場合は、NPPV(非侵襲的陽圧換気)導入などを検討します。ただ、多系統萎縮症で人工呼吸管理を選択する患者は、ALSと異なり実際にはとても少ないようです。 リハビリテーションのポイント ●歩行失調や姿勢保持障害など患者の症状に合わせて、転倒・外傷予防のための環境整備や福祉用具導入を検討する●多系統萎縮症に対する理学療法の効果についてのエビデンスはほとんどないが、パーキンソン症状、小脳症状に対応した運動療法を行う●基本動作訓練とADL訓練を組み合わせて集中的に介入する●構音障害には言語聴覚療法が行われる●嚥下障害では、食形態や摂食時の姿勢、食具の見直しなども含めた摂食嚥下リハビリを検討するなど 看護の観察ポイント 同じ病名でも初期症状などが異なるため、医師に症状の見通しや日常生活動作(ADL)への影響などを確認しておく。●転倒・外傷予防のための手すり取り付けや部屋の整理など、環境整備はできているか●転倒やバランスを崩す状況と発生頻度●日常生活やセルフケアに支障をきたしている症状●症状の程度の変化、新たな症状の出現状況●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状がないか●脱水や栄養状態低下の予防対策がとられているか●リハビリなど機能改善の訓練が取り入れられているか●患者・家族が不安やストレスを抱えていないか ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/59〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/221〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/60〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/222〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/61〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/223〇「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会編.『脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018』東京,南江堂,2018,298p.

特集
2021年12月14日
2021年12月14日

多発性硬化症

多発性硬化症とは、神経軸索を覆うカバーが壊れることによる、神経障害のさまざまな症状が生じる自己免疫疾患です。寛解と再発を繰り返すことが特徴です。 病態 多発性硬化症(たはつせいこうかしょう:MS)は、脱髄による神経傷害を繰り返す疾患です。 神経線維は、神経軸索という電線コードのような部分が、髄鞘というカバーに覆われています。髄鞘が傷害され内部の神経軸索がむき出しになることを脱髄といい、脱髄が起こると、神経の信号伝達が阻害されます。視力障害や運動麻痺、感覚障害など、伝達が阻害された神経部位に起因する症状としてあらわれます。 多発性硬化症では、脱髄が多発し、寛解と再発を繰り返します。 髄鞘は再生するため、しばらくすると症状は落ち着きますが、再発と寛解を繰り返します。病型により、機能障害が徐々に、または段階的に進行していく場合があります。 多発性硬化症は、免疫システムが髄鞘を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患の一種と考えられています。欧米の白人で発症頻度が高く、人種差などの遺伝的要因と、血清ビタミンD濃度、EBウイルス感染、喫煙などの環境的要因の関与が指摘されています。 疫学 日本での多発性硬化症の推定有病率は10万人あたり8~9人程度で、約1.2万人の患者がいると考えられています。 若年成人の発症が多く、平均発症年齢は30歳前後です。発症のピークは20歳代で、15歳以前の小児でもみられますが、5歳未満ではまれです。60歳以上の発症も少ないのですが、再発例はあります。 女性に多く、有病率は男性の2~3倍におよびます。 2019年度末時点での、「多発性硬化症/視神経脊髄炎」の受給者証所持者数は約2万人です。 症状・予後 症状は、神経のどこが障害されたかによって異なります。 主な症状には視力障害、複視(物が二重に見える)、小脳失調(手の震え、歩行のふらつきなど)、四肢の麻痺やしびれ、四肢感覚障害・運動障害、膀胱直腸障害(排尿・排便障害)のほか、脊髄障害の回復期にみられる四肢の突然のしびれや突っ張り(有痛性強直性痙攣)などがあります。 欧米では、注意散漫、集中力低下などの認知機能障害も初期から報告されています。 髄鞘の再生により症状は治まり寛解しますが、再発を繰り返します。頻度は人によって異なり、数年に1回の人もいれば、年に3~4回の人もいます。また、再発・寛解を繰り返してもほとんど障害が残らない人もいる反面、少しずつ後遺症が出てくる例や、寝たきりになるなど突然ADLが著しく低下する例などもあります。 多発性硬化症に特徴的な現象として、ウートフ徴候があります。ウートフ徴候は、一過性の症状で、視力低下や筋力低下、感覚障害、認知機能障害などがよくみられます。体温の上昇に伴って症状の出現や悪化がみられ、体温が下がると治まる特徴があります。 ウートフ徴候は、日本では多発性硬化症患者の4~5割で起こるという報告もあります。寛解期にも起こるため、症状が重く出やすい人は、夏は長時間屋外で過ごさない、冬の室内の暖房は適切な温度にする、運動時は適度に休憩をはさむ、熱いお風呂に長時間入ることは避けるなど、日常生活でも体温が高くなりすぎないように注意する必要があります。 治療・管理など 急性期には、ステロイド大量点滴静注療法(パルス療法)や、自己抗体、サイトカインなどを除去して免疫バランスを取り戻す血液浄化療法が行われます。また、それぞれの症状への対症療法薬も用いられます。リハビリテーションを実施することもあります。 根治療法はまだありませんが、難病のなかではパーキンソン病に次いで治療の進歩がある疾病であり、再発予防薬も認可されています。 多発性硬化症と診断された後は、早期に専門診療・治療を検討し、再発予防薬を用いることが勧められます。また、過労やストレス、感染症は再発の危険因子となるため、日ごろの体調管理も大切です。 リハビリのポイント ●身体障害に応じたリハビリを実施し、必要時は補助具の導入を提案する●急性期、回復期、安定期で、介入目標をそれぞれ適切に設定する●急性期では積極的な運動療法はしない。麻痺などで身体を動かせない場合は、関節運動や良肢位保持、体位変換などを行う●回復期には、障害に応じて軽度のリハビリを施行する●安定期には機能障害などの程度に応じて、軽度から中等度のリハビリを行い、体力やADL向上を目指す●ウートフ徴候予防のため、運動強度や運動量、運動環境(温度、湿度)などを調整する 看護の観察ポイント ●日常生活に支障をきたしていないか●身体機能や認知機能の変化●過労やストレスなどがたまっていないか●適切な室温管理や夏場の暑さ対策などができているか●水分や食事が十分摂取できているか(熱中症の予防)●体温が下がった後もウートフ徴候が長く続いていないか(なかなか治らない場合再発の疑いもある)●妊娠・出産を考えている患者さんの場合、専門医から適切な指導を受けられているか●妊娠期~授乳期の薬剤使用について、医師・薬剤師から適切な指導を受けられているか ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇厚生労働省『難病・小児慢性特定疾病.令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01.〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/3806〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/3807〇「多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン」作成委員会編『多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017』東京,医学書院,2017,352p.

特集 会員限定
2021年11月30日
2021年11月30日

【セミナーレポート】看取りの作法 Q&A≪特別先行公開≫

本記事は2021年11月12日に開催したオンラインセミナー「看取りの作法」のレポート≪特別先行公開≫です。 当日は、家庭医療専門医である、杉並PARK在宅クリニック院長の田中公孝先生にご講演いただき、セミナー中にたくさんのご質問をいただきました。今回は先生のご厚意で、時間内に答えきれなかったご質問からいくつか抜粋し、解説いただきました。 在宅医として看取りに向き合う心構えや、訪問看護師さんへの期待について、先生のお考えを記事にいたしましたので、セミナーに参加された方も参加出来なかった方も是非ご覧ください。 老衰の看取りのケース 老衰の看取りの場合、ゆっくり機能が低下していく経過となりますが、ご本人やご家族に、どのようにお話されますか? ご質問ありがとうございます。老衰については、癌末期と違って予後予測が延びたりすることはお話ししています。また、老衰でご本人に説明するというシーンはあまり無いのですが、もしご本人に聞かれたら「もう〇〇歳ですからね、病気も沢山ありますし、年齢による影響は否めないと思います」とやんわり伝えるイメージです。ご家族については、老衰の看取りを自宅で行う決意をされたことを支持することをお伝えし、「病院よりも自然な形で過ごせますしね」や「癌で痛みがある例などに比べると穏やかで寝ているような時間が増えますよ」と声掛けします。また、食事が摂れなくなってきても無理に口には入れず、お楽しみ程度に、数口試して難しければやめるという助言をします。途中、せん妄状態になる方がいることもお話することで、手足をバタバタする、などの状況を理解してもらうように早め早めに説明します。最後の1週間は、講義でもお話した看取りのパンフレットを説明してお渡しし、それに沿って経過が流れることを確認しながら往診します。老衰の看取りはしっかりとサポートするとご家族も満足度が高い印象です。ただ、食事水分がほとんどとれない高齢者が予後予測よりも1週間以上延びたことが経験上あるので、癌末期の事例よりも非癌の事例の方が難しい面があると以前在宅のエキスパートナースの方がおっしゃっていた話は、実感するところです。 ガン末期の方のお看取りの心構え 今まさに、亡くなりそうなガン末期の利用者様がおられます。呼吸が止まれば連絡をいただくようになっています。私自身とても緊張しています。心構えをお教えください。 私も経験がありますので、よくわかります。心構えとしては、呼吸が止まった時の連絡をいただいたとき、どういう声かけや対応するか、死後の対応や説明をどうするか、を想定して詰めておくと少しは不安が和らぐ印象です。 例えば、ご家族の安心と不安の違いを過去に分析して感じたことなのですが、「人間、漠然としたものをそのままにしていると不安が募る」ようです。なので、専門職でも後のことについて漠然としていると不安が募りやすい側面はあると思いますので、この後のことをしっかり具体的に想定しておくことが大事と思います。また、定期の訪問時によくご家族とコミュニケーションをとっておくことも夜間電話がかかってくるかどうかの際の不安軽減につながります。というのも電話しながら、ご家族の表情や感じが目に浮かぶようになれば、呼吸停止の電話でも面と向かって喋っているような感覚で落ち着いて対応できるのではないかなと思います。 普段のケアのコミュニケーションが、いざというときの助けになる、というところは、看取り直前だけではなく、急変の場面でもそうだと思いますので、我々訪問の専門職は日ごろからぜひ意識したいところです。 誤嚥性肺炎を繰り返す方の往診医との連携について 訪問看護師です。現在、誤嚥性肺炎を繰り返している利用者さんがいます。本人は自宅を希望しており、家族も本人の意向を尊重したいと思われています。ただ、妻が食事形態を理解できず普通食を提供することが続いています。自宅看取りの方向ですすんでいますが、往診医はリスク説明をして、何かあれば救急搬送するしかないと言われています。本人家族の意向を叶えつつ、往診医との連携をうまくとっていくのをどうすれば良いか悩んでいます。 それは難しい状況ですね。。往診医との連携についてですが、まずは往診医以外の他職種と相談して、根回しをしながら担当者会議を開くのが良い気がします。本人家族はもちろんのこと、他の職種がリスクを承知でも自宅看取りを支えたいと思っていることを皆で伝えれば、理解を示してもらえる可能性が出てくるやもしれません。 他の手段としては、往診クリニックのスタッフさん(看護師さん、相談員さんなど)で普段からコミュニケーションとっている方がいたら、まずはその方に相談するというのも1つです。もしかしたら伝え方のヒントや一緒に考えてくれるやもしれません。参考にしてみてください。 家族間の看取りの調整 家族での看取りの方法が一致しない場合、どの様に対応したらよいですか? これも難しい場面ですね。。私であれば、まずは家族全員の意見を聞き、家族間の話し合いを促します。ただそれでも難しい場面もあると思いますので、自宅看取りの場面で想定されること、病院への救急搬送を言われる場面など、この後の様々なシチュエーションを想定しておいて、都度都度の対処に臨む心構えを私はしています。 また、意見がそれぞれ違うご家族と一度は直接面談することも重要です。やはりキーパーソンだけ喋っていて、方針の違うご家族と直接しゃべらないとあまりうまくいかない印象で、私も過去にどんでん返しを受けた事例がありました。できる限り意見の違う家族とも会い、この後予想されるシナリオをいくつか想定しながら、集まった情報をもとに多職種で話し合い、ともに考えるといったプロセスが大事かなと思います。 ちなみに多職種で話し合うと別の視点や情報、アイデアなども出てきますので、なかなか担当者会議となると家族もいて目の前ではできないという場合は、点数などは発生しませんが専門職だけで会議することをお勧めします。 特化型ステーションに在宅医が求めること 病院併設の訪問看護ステーションで働いています。緩和ケア病棟から異動になり、終末期に特化したステーションにしたいと思ってます。在宅医が求める訪問看護師について、何を求めるか、何が必要か、教えて頂きたいです。また、先生が考える特化したステーションとは具体的にどのようなステーションか知りたいです。 あと、在宅では介護者の高齢化や子の介入不足、地域性からか子に頼れない親も多く、介護負担で疲弊してしまうケースも少なくありません。初めての待機当番で夜中にオムツ交換で呼ばれ、翌日、主治医や病院側が訪問看護師の負担を考慮して即緩和ケア病棟に入院させたケースもありました。終末期のバルーンカテーテル留置は積極的に行ってよいのか迷います。 もっと在宅医とうまく連携して家族に寄り添ってできたらと日々葛藤です。本人ばかりに注目せず、もっと家族に寄り添い、グリーフケアにつながる看護ができたらと思いますが、なかなかチームでとなると難しいです。 ご質問ありがとうございます。私が看取りに特化した訪問ステーションと呼ぶ訪問看護は、 ・今回お話した看取りの作法ができている・困難だった事例も多く経験していて、イレギュラーな末期事例でも対応できる・麻薬や鎮静薬の提案タイミングが卓越している・グリーフケアの声かけが非常にうまい・家族の療養方針の迷いにしっかり対峙し、アドバイスができる・時には主治医の迷いに対してもしっかり応えられる・ケアマネジャー/サービス担当責任者に報告・連携・フォローしながら進められる あたりができているところだと思います。 私自身、看取りに卓越した訪問看護ステーションと組むと毎回こちらも勉強させられます。それくらい、人の看取りにまつわる技法というものは、医学の知識をしっかり蓄えながら、コミュニケーションの技術も向上させ、経験、心構え、ご自身のあり方を深めることが必要なのだと思います。おっしゃる通り、本人だけのケアでは在宅の看取りケアとしては片手落ちで、家族のケアをしながら、多職種で目線を合わせて迷いや葛藤が現れる過程をしっかりと取り組めるということが大事だと思います。 エピローグ オンラインセミナー「看取りの作法」にご参加いただきました皆さま、ご質問をいただいた皆さま、誠にありがとうございました。 田中公孝 先生のご講演内容やQ&Aセッションの様子を後日、セミナーレポートとして全2回でお送りします。明日からの訪問看護にいきる内容となっておりますので、ぜひご覧ください。 <セミナーレポート前編につづく> ** セミナー講師:田中 公孝 2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。2017年4月東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げにかかわり、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、市や医師会のICT事業などにもかかわる。引き続き、その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指しながらも、新しいコンセプトのクリニック事業の立ち上げを決意。2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」開業。 杉並PARK在宅クリニックホームページhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:NsPace

特集
2021年11月24日
2021年11月24日

筋ジストロフィー

筋ジストロフィーとは、遺伝性の筋疾患です。単一の疾患名ではなく、原因の遺伝子変異による影響が共通する多くの疾患を、まとめて指す呼称です。 病態 筋ジストロフィーは、骨格筋の壊れやすさと再生されにくさを特徴とする、遺伝性の筋疾患の総称です。 筋肉の働きにはタンパク質が欠かせません。筋ジストロフィーでは、遺伝子変異により、タンパク質の生成や機能に異常が生じるために、筋肉細胞の変性・壊死、筋肉の萎縮・線維化をきたします。 その結果、筋力が低下してしまいます。運動機能だけでなく、さまざまな器官・臓器の機能が障害され、全身性疾患の側面もあります。 病型と遺伝形式 病型により原因遺伝子が異なり、発症年齢や症状、遺伝のしかたも異なります。 なお、疾患の原因となる遺伝子変異は、親から引き継がれるだけでなく、突然変異で発生することもあります。 疫学 正確な患者数の統計はありませんが、筋ジストロフィーの有病率は人口10万人あたり17~20人程度と推測されています。病型別ではジストロフィン異常症が人口10万人あたり4~5人、肢帯型は1.5~2人、先天性が0.4~0.8人、筋硬直性は9~10人程度です。 2019年度末時点での、筋ジストロフィーの受給者証所持者数は約4500人で、40〜50歳代が最多です。 症状・予後 主な症状は、骨格筋の機能障害による運動機能低下ですが、多様な器官・臓器の機能障害、合併症を伴います。 骨格筋での呼吸機能低下や嚥下障害、構音障害、心筋の障害による不整脈や心不全、平滑筋障害による便秘やイレウスなどの消化管障害などに加え、眼瞼下垂や眼球運動の障害などが生じることもあります。 一方、筋力低下と運動機能障害はゆっくりと進行し、関節の拘縮・変形を起こします。小児期に発症する疾患では、脊椎や胸郭の変形が生じることもあり、二次障害への早期対応も求められます。 これらの機能障害などは、病型により発症傾向が異なります。 ジストロフィン異常症、肢帯型ジストロフィー 初期症状として、あひる歩行(腰を上下に揺らして歩く動揺性歩行)、転びやすさなどの歩行障害が現れる 筋強直性ジストロフィー 初期症状として、筋強直現象、筋力低下、筋萎縮などがみられる合併症が多様。消化管症状やインスリン抵抗性、白内障なども生じることがある 福山型 知的発達障害やけいれん発作がみられる。網膜剥離など眼症状を伴うことがある 予後は病型により異なります。呼吸不全や心不全・不整脈、嚥下障害などの合併症が、生命予後に大きく影響します。 治療・管理など どの疾患も根本的な治療薬はまだありませんが、ジストロフィン異常症のうちデュシェンヌ型筋ジストロフィーで、遺伝情報の読み取りのメカニズムに作用し病状の進行を遅らせる薬が登場しました。 それ以外は、対症療法が中心になります。●リハビリテーションによる機能維持●嚥下障害に対する胃瘻造設●呼吸不全に対する補助呼吸管理●心不全に対してペースメーカーの植込みなど 特に、呼吸不全や心不全・不整脈、嚥下障害などは生命予後に影響するため、定期的に機能障害や合併症の有無、程度などを評価し、必要時に介入することが大切です。 リハビリのポイント 筋力トレーニングは、筋肉を痛めるリスクから推奨されません。適切な負荷の運動を行い、機能維持に努めます。●早い時期から関節可動域訓練を行い、関節の拘縮を防ぐ●手すり設置、室内の片付けなど、環境整備による転倒予防対策を伝える●病状の進行に合わせ下肢の装具や車いすなどを導入し、生活範囲の維持に努める●呼吸リハビリで肺機能維持を図る●非侵襲的陽圧換気(NPPV)導入後は呼吸管理法を指導する●嚥下機能低下がみられた場合は、嚥下機能訓練や、食形態の見直しを行うなど 看護の観察ポイント 疾患により臓器の障害、合併症などが異なるため、医師に今後の病状や機能障害・合併症の見通しを確認し、症状を継続的に観察することが必要です。なお、筋肉を疲労させない程度であれば、日常生活の制限は原則ないため、患者のQOLにも配慮します。●運動機能障害の状態と変化●心機能や呼吸機能など運動以外の機能障害、合併症徴候の有無と変化●運動機能障害による日常生活への支障●環境整備、転倒予防対策の様子●座位保持のときに息苦しさなどはないか●感染予防のためのワクチン接種を受けているか●呼吸器感染の徴候がないか(重篤化しやすいため、早めに医師につなぐ)●食事や水分は十分に摂取できているか●むせなど嚥下機能の低下がみられるか●家族の身体的・精神的負担の程度など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇厚生労働省『難病・小児慢性特定疾病.令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01.〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『筋ジストロフィー(指定難病113)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4522〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『筋ジストロフィー(指定難病113)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4523〇「筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン」作成委員会編.『筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン2020』東京,南江堂,2020,172p.〇「デュシェンヌ型筋ジストロフィー診療ガイドライン」作成委員会編.『デュシェンヌ型筋ジストロフィー診療ガイドライン2014』東京,南江堂,2014,216p.

特集
2021年11月16日
2021年11月16日

大脳皮質基底核変性症

神経系には多くの難病があり、その実態や症状が似通ったものが多く、確定診断が難しいといわれます。大脳皮質基底核変性症も、そうした難病の一つです。 病態 大脳皮質基底核変性症(だいのうひしつきていかくへんせいしょう:CBD)は、その名前のとおり、大脳皮質と、脳の深部にある基底核の神経細胞が壊死し徐々に減少していく疾患です。 そのため、大脳皮質の障害による症状と、筋肉の強張りなど、パーキンソン病に似た症状が一緒に現れます。大脳皮質の障害による症状は、思う通りに手足が動かせないなどです。大脳皮質には、運動を調節する機能があるためです。 また、症状に左右差があることも特徴です。 神経細胞内に、異常化したタウタンパク質が蓄積し、神経細胞の壊死をきたします。根本の発症原因は不明です。アルツハイマー病や進行性核上性麻痺などでも同様の現象がみられます。 近年の研究から、CBDの症状は非常に多彩であることがわかってきています。症状に左右差のないタイプ、進行性核上性麻痺のような症状がみられるタイプ、失語や認知機能障害が主体となるタイプなども報告されています。 疫学 正確な発症頻度はわかっていませんが、推定で人口10万人あたり2~8人程度と、ごくまれな疾患と考えられています。発症年齢は40~80歳代が中心で、平均は60歳代です。発症に男女差はありません。遺伝性も確認されていますがごく一部で、一般的には遺伝はしません。 症状・予後 大脳皮質基底核変性症でまず特徴的なのは、パーキンソン病に似た症状と、大脳皮質障害による症状を併発することです。 パーキンソン様症状 ●筋強剛●動きがゆっくりになる・少なくなる●ジストニア(手足の筋肉の緊張が持続して力が入ったままの状態になる)●手足の振戦(震え)●ミオクローヌス(手足がぴくつく)●進行すると、姿勢保持障害(体のバランスが取りにくく、転倒しやすい) 大脳皮質症状 ●肢節運動失行(単純な動作がスムーズにできず、ぎごちなくなる)●構成失行(描画、立方体の構成など空間的把握が困難になる)●高次脳機能障害(失語、半空間無視など)●他人の手徴候(片側の手が、他人の手のように勝手に動く)●把握反射(手に触れたものを反射的につかむ)●認知機能障害 初期に自覚しやすいのは、片側の手(または足)の動きがぎこちなくなることや、動きの緩慢さなどです。 加えて、症状に左右差がみられる点も特徴です。典型例では、まず片側の手が思うように動かせないなどの症状が出て、それが同じ側の足に広がり、反対側の手足にも進行していきます。画像でみると、大脳の萎縮の程度にも左右差があります。 進行すると、構音障害、嚥下障害、眼球運動障害がみられることもあります。 予後は悪く、発症から5~10年ほどで寝たきりになり、誤嚥性肺炎や、寝たきりに伴う全身衰弱が死因の多くを占めます。 治療・管理など 治療のポイントとしては、生命を脅かす重大な合併症、たとえば転倒・骨折や誤嚥性肺炎の予防や治療が中心となります。 在宅のCBD患者で特に注意したい点があります。CBDは、病期の早い段階から高次脳機能障害も進行し、認知症に近い位置づけとなります。そのために、胃瘻造設の適応になりづらい、といったことが課題になり得ます。 ですから、早期からの意思決定支援が、より重要だといえます。 リハビリテーションのポイント できるだけ長く身体機能やADLを維持できるように、症状に応じて行います。運動療法では、パーキンソン病や進行性核上性麻痺に準じてリハビリが計画されます。 ●筋力の維持のための運動●病状の進行につれ体が固くなるため、緩和するためのストレッチ●動きのぎこちなさを改善する目的での訓練●拘縮を防ぐための関節可動域訓練●嚥下機能低下がある場合は、嚥下機能訓練の検討や、食形態の見直しを考慮する●言語障害がある場合は、言語訓練を検討し、コミュニケーション方法を考慮する●転倒しやすいため、環境を観察し、手すりの設置など対策を検討する●けが防止の環境整備(家具の角を保護材で覆う、物を整理するなど)●左右の手足に症状の差があるため、補助具も有効 など 看護の観察ポイント ●ADLや身体機能の変化●日常生活への支障●転倒の頻度や状況などの確認●家庭環境の転倒リスク●嚥下機能の変化●ADLやコミュニケーション状態、精神状態の変化●半側空間無視の徴候(食卓上の同じ側の食べ物を必ず残すなど)の有無●家族や介護職とコミュニケーションがとれているか●認知症を疑う症状出現の有無●家族の身体的・精神的負担の程度 など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 ○難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『大脳皮質基底核変性症(指定難病7)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/142○難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け) 』『大脳皮質基底核変性症(指定難病7)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/291○「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会『大脳皮質基底核変性症』『認知症疾患診療ガイドライン2017』東京,医学書院,2017,289-94.

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