コミュニケーションに関する記事

インタビュー
2022年4月5日
2022年4月5日

どうすればいい? 利用者さんからの拒否

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。今回は、訪問看護のサービス利用に強い拒否感がある利用者への対応などについて、引き続き精神看護専門看護師の中村創さんに話をうかがいました。(以下敬称略) お話中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師 サービス受け入れ拒否の背景 [中村]介護サービスなどでもしばしばみられるように、精神科訪問看護でも、周囲が必要と考えても利用者さんがサービス受け入れを拒否するケースがあります。 具体的な背景には、医療者への不信感が強い、たとえば、特にコロナ禍といった状況では、利用者さん自身が悪いウイルスを持っていると思い込み「来てほしくない」との連絡があるケースや、本人は訪問看護を不要と思っており、理由を尋ねると「『退院をしたければ訪問看護を受けること』と主治医に言われたから」というケースなどがあります。 初回訪問がとても大切 [中村]「拒否があるから、何もしない」ということはありません。外来受診ができているか、電気メーターはいつもと変わらずに回っているかといった「生存確認」など、最低限からでも、できる支援を模索します。 「自分自身にウイルスがある」と思って「来てほしくない」と言う人は、それだけ不安が強い状態だということです。電話でご様子を確認しながら、訪問できるタイミングを計ります。訪問できたら、少し受け入れるキャパシティが広がってきたのだなと、アセスメント項目として、みさせていただくわけです。 このように、サービス利用に強い拒否感のある利用者さんへの対応においては、初回訪問がとても大切だと思っています。 「来てほしくない」と思われているのに、最初から看護師の専門性を前面に出してしまうと、訪問拒否につながることもあります。心がけているのは、ご本人にとって不快ではない時間を作っていくことです。 役割意識で利用者を『尋問』していないか [中村]「安心」「快適」という感覚は、利用者さんの主観によるものです。それをこちらが、「私が来たから安心でしょう」と押しつけてはダメですよね。最初に「私はあなたの敵ではないし、危険な存在でもないですよ」と、いかにして認識してもらうかが、何よりも大切です。 私たちは、気をつけていてもつい、訪問看護師としての専門性を発揮しよう、役割を遂行しようと力が入りすぎて、利用者さんの「安心」や「快適」を引き下げてしまうことがあります。 「薬を飲めていますか」「朝起きられていますか」と言うことは、利用者さんからすると尋問です。そうした医療者視点からのアプローチでは、利用者さんは疲れてしまいます。そうではなく、その人の生活にこちらがいかに乗っていけるか。それが、「安心」「快適」を感じていただける最低ラインの専門性であり、スキルだと考えています。 看護は対人関係のプロセスそのもの [中村]そもそも、訪問看護師は利用者に対して「訪問したからには専門職として何かしなくてはいけない」と考えがちではないかと私は考えています。 そうした意識を、実は利用者さんのほうが鋭く感じ取り、プレッシャーを受けていることもあります。 そうならないよう私が心がけているのは、「まず顔見知りになる」です。私は看護理論のなかで「看護は対人関係のプロセス」1)という言葉をとても大切にしています。 見知らぬ看護師である私の訪問を受け入れた利用者さんは、最初、とても緊張しています。それが、氷が溶けるように少しずつ心を開いていってくれる。その感覚を味わうことが、看護師にとっての醍醐味だと思っています。そして、心の氷が溶けるような体験は、利用者さんにとっては、対人関係上のトレーニングでもあるのです。 知的障害や発達障害のある人は、他者とのコミュニケーションに強い苦手意識を持っていることもあります。うまくコミュニケーションをとれなかった体験の累積で、自己肯定感がどんどん低下していることが多いのです。しかし、訪問看護師を受け入れたことで、「あれ? 私、今、人がいても大丈夫だ」と気づく。この体験がとても大切なのです。 何もしないでそっとそばにいる [中村]精神科看護には、「ただそばにいること」の意味を示した「シュヴィング的接近」というかかわりかたがあります。これは、何か月も病室で毛布にくるまり、他者とのかかわりを一切持とうとしなかった少女のベッドサイドに、看護師が毎日同じ時刻、静かに30分間座ることで起きた変化を、看護師のシュヴィングが伝えたことに由来します。 数日後、少女は毛布から顔を出して看護師を見ますが、看護師は変わらず静かに座り続けます。それに安心した少女は、起き上がって看護師をじっと見て、翌日には少女のほうから話しかけてきた、というのです。 傷ついてきた人には、まず何も働きかけずに、そっとそばにいる。これが基本ではないかと思うのです。相手に、「そばにいてもいい」と受け入れられはじめる、少しずつ関係ができる。そしてようやく、その人の抱える生きづらさを軽減する方策を考えるお手伝いができるようになります。 専門職にとって「何もしないでそばにいる」というのはとても難しい。しかし、とても大切なことだと思っています。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Travelbee,J.『人間対人間の看護』長谷川浩ほか訳.医学書院,1974.

特集
2022年4月5日
2022年4月5日

妄想・幻覚を訴える場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第6回は、妄想・幻覚を訴える患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。4年前に認知症を発症し、症状が進行している。日ごろから「医師と嫁がグルになって私を毒殺する」「死んだ息子が帰ってくる」などと妄想・幻覚を訴えている。嫁に世話されることを拒否し、日々心安らぐことなく過ごしている。 なぜ患者さんに、幻覚や妄想が起こっているのか? 高齢になると、物や人など、大事な、よりどころの喪失体験が増えます。そして、「喪失するのではないか」という不安も増大します。認知症に伴い判断力が低下し、現実検討能力注1もなくなります。このようなことが重なって、妄想が生じます。 自分を援助してくれる家族を含めた周囲との人間関係や、今後の生活への不安などを背景に出現するため、身近な家族や近所の人などが妄想の対象になることがあります。 妄想が出現しやすい要因は、疑い深い性格的特徴や、不適切な人間関係や環境(援助する人が、患者さんを尊重しておらず無視するなど)があります。 この患者さんが訴える「息子が帰ってくる」などのように、本人の強い願望がそのまま妄想となることもあります。このような場合は、寂しさや不安なども背景にあると考えられます。 BPSDの分類 認知症の進行に伴って出現する、周囲が対応困難な言動をBPSDといいます。認知症の中核症状(記憶障害、認知機能低下など)による生活のしづらさに、その他の要因(疾患や身体状態の悪化、本人の性格特徴、環境の変化、人間関係など)が複合的に関連して出現する症状を指します。 下の表は、国際老年精神医学会が、対処の困難さの観点から分類したBPSDです。 BPSDのなかでも、心理症状である幻覚・妄想は、厄介で対処が難しい症状に分類されています。また不穏や攻撃性の背景に妄想があることもあります。 患者さんをどう理解する? 「嫁が医者とグルになって私を殺そうとしている」ことが現実であれば、こんなに怖いことはありません。自分の身近で生活している嫁と信頼しているはずの医師が、一緒になって自分を殺そうとしているのですから、一刻も早く逃げ去りたいと思うのは当然です。「いつ嫁に殺されるかわからない」という妄想があれば、嫁の援助を断るというのも理解できるでしょう。このような状況下では次のような対応が必要です。 妄想を否定しない 妄想とは「現実にはない事柄を一定期間、他者の説得によっても揺るがない仕方で強く確信する誤った判断ないし観念」2)のことです。現実にありえないことであっても、事実と思い込み、修正不能な思考ですので、他人に否定されても考えが変わることはありません。患者さんにとっては妄想イコール現実であると看護師はすべてを受け入れ、その妄想が起こる心理や、妄想による感情に視点を当てることが必要です。 身体的なアセスメントをする 睡眠や食事がうまくとれていない状態や、身体的な不調は、BPSDを悪化させます。気分が不安定な場合に、身体的なアセスメントと援助も必要です。 孤独感や不安感に寄り添う 「息子が帰ってくる」と話していることから、孤独感や不安感が背景にあると考えられます。患者さんの家族関係などの背景を知ることが援助につながります。そして患者さんに安心感を与えられる援助が必要です。ゆっくりと話を聴き、体に触れ、そばにいる時間を増やします。 また、お嫁さん以外の信頼できる家族の来訪をすすめることも必要です。 妄想の裏にある患者さんの欲求を知るために、日ごろからよく声を掛け、関係性を築いておくことが大切です。 妄想・幻覚への対応 患者さんが妄想を訴えはじめたら、まず、妄想の内容ではなく、妄想によって起こる気持ちや感情を全面的に受け止めることです。患者さんの気持ちに共感し、「今とてもつらい状況なのですね」「怖くて、いてもたってもいられない気持ちなのですね」と受け入れて聞くことです。 その後、患者さんが落ち着いたら現実的な行動をとれるように誘導します。たとえば「窓の外を一緒に眺めてみませんか」「喉が渇きましたね。一緒にお茶をいれに行きましょう」など、場所や行動を変えることで気分(感情)が切り替えられるようにしていきます。 こんな対応はDo not! × 患者さんが訴える妄想を否定する× 「それは妄想だから」と言って、患者さんの訴えを取り合わない× 身体的なアセスメントを怠る 注1 現実検討能力客観的に自分の考えをとらえ、その分析ができる能力。自分の考えと自分を取り囲む現実とを照合する力。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)国際老年精神医学会.『臨床的な問題』『痴呆の行動と心理症状』日本老年精神医学会監訳.東京,アルタ出版,2005,27-49.2)橋本衛.『認知症の妄想』老年期認知症研究会誌.19(1),2012,1-3.

特集
2022年3月29日
2022年3月29日

[3]身体の死後変化はエンゼルケアの必須知識!

死後のご遺体の変化に驚かれるご家族が少なくありません。ご家族にきちんと説明できるためにも、死後の身体変化に関する情報をしっかりと押さえておきましょう。また、どういった変化が生じるのか把握しておくことで、変化を最小限に抑える対処が可能ですし、さまざまな身体変化に遭遇しても冷静に対応することができます。 亡くなった高齢女性Aさんのご家族から困惑した声音で、担当だった看護師に電話がありました。 「おばあちゃんの口のまわりに灰色の輪がくっきりと浮き出てきたんです。不吉なことなんじゃないかって言う人もいて・・・・・・。一体、何なんでしょう、これ」 Aさんは黄疸が出ていたために、その死後変化として皮膚に変色が起こったのです。黄疸をもたらしているビリルビン色素の酸化亢進などによって時間とともに変色が起こります。毛根部が変色の生じやすい部位で、髪の生え際や眉、ひげ(あるいは口まわり、女性も口周囲にうぶ毛があるため)などに注意が必要です。 Aさんのご家族はそれを知らなかったため驚かれたのですね。看護師は異常事態ではないことを伝え、対処法などを次のように説明し安心していただきます。 「黄疸が出ていた方は、お口のまわりがくすんで輪のように見えることもあります。自然な変化ですから、ご心配はいりません。気になるようでしたら、その部分をファンデーションでカバーしていただいて問題ありません」 そして、必要に応じてファンデーションを使用したカバー方法なども説明します。 望ましいのは、黄疸のある肌は時間の経過とともに皮膚に変色が生じると思われることを、あらかじめエンゼルケアのときに説明できることです。さらに、最も望ましいのは、そのことを含めて死後変化のことなどが書いてある文書をお渡しすることです。文書については、連載の最終回でふれる予定ですので参考になさってください。 身体の死後変化の知識を得ておくことは、エンゼルケアを行ううえで必須です。亡くなった人のそれまでの身体の状態を把握している看護師は、例えば前出の黄疸の出ている方のように、変化についてのさまざまな配慮・対応が可能なためです。 知っておきたい身体の死後変化の特徴 では、ここで「身体の主な死後変化」を図1に示します。 図1 身体の主な死後変化 ( )内は、変化が始まる目安の時間を示す。変化の強度や速度には個人差がある。各項目の詳細については以下を参照。筋の硬直(死後硬直)(1時間~)筋弛緩後、下顎(1~3時間)、全身(3~6時間)へと硬直が進む。循環停止により酸素供給が停止することなどによる。死後半日から1日の間に硬直のピークを迎え、その後、解けはじめる。死の直前まで筋肉を使用していたり(急死)、高齢ではない場合などは硬直が強く表れる。体表面の乾燥(3時間~)循環停止によって内部から体表面への水分補給がなくなり、自力で保湿できなくなり乾燥する。特に外気にふれている頭部(その中でも口唇)は乾燥が急激に進む。表皮が失われている箇所や開放性の創部も乾燥しやすい。また、乾燥とともに皮膚の脆弱化も進む。水分量の多い乳児・小児は、成人よりも乾燥傾向が強い。顔の扁平化(直後~)重力の影響による。蒼白化(30分~)重力の影響を受け、比重の重い赤血球が沈下することで、皮膚の血色が失われる。全身の上面に生じるが、露出している顔面が特に目立つ。顔のうっ血(3時間~)急性の心疾患で亡くなった方に生じることが多い。腐敗(6時間~)恒常性の消失で細菌バランスが崩壊し、細菌群(中温菌)が異常繁殖することによって生じる。腹腔内からはじまり胸腔内、そして全身に広がる。身体の状態(水分が多い、栄養が多い、温かいなど)によって腐敗の進行度が変わる。体温低下(直後~)恒常性の消失で、気温の影響をまともに受ける。上下肢の末端部や外気にふれる顔面などから低下する。体幹部は下がりにくい。止血しづらくなる血液の凝固因子が大量に消費されることなどから、止血しづらい状態になる。黄疸の方の皮膚色の変化(24時間~)黄疸をもたらしている色素の酸化亢進などによって生じる。黄色→淡緑色→淡緑灰色に変化する。 さまざまな変化を図1で把握するとともに、全体的な変化の特徴として次の4点も押さえておくとよいでしょう。各タイミングでの判断に役立ちます。 ①死後の身体は「不可逆的に変化する」 図1に示した変化をはじめとして、死後変化のすべては不可逆的に進行します。つまり、変化する一方で、元の状態に戻ることはありません。生きているときのように、維持しよう、回復しようと身体は機能しません。 例えば、口唇は粘膜のため特に乾燥しやすい部分です。時間とともに乾燥が進み、表面が茶褐色に変色してしまったり、口唇全体の厚みが減ってしまったりし、それらが元の状態に戻ることはありません。ですから、早い段階で油分を塗布するなど、乾燥防止を行う必要があるのです。 ちなみに、葬儀社の方から看護師に対して「とにかく唇だけでも早めに油分を付けておいてほしい」と言われることがあります。葬儀社の方が担当する段には、すでに口唇の乾燥が極まってしまっていることがあるからのようです。 エンゼルメイクを含むエンゼルケアの時点で何をしておくべきなのかを判断し、実施することがポイントになってきます。 ②死後の身体変化は「予測しきれない面がある」 どんな死後変化がどの程度、どんな速さで起こるのか、エンゼルケアの時点ではその後を予測しきれない面があります。その大きな理由として、次の2点が挙げられます。 ・個体差を厳密には予測できない死後の身体変化は、死に至ったときの身体状態により個体差があります。例えば、体内の水分量が多く、さらに亡くなるまで高熱が続いていた場合は腐敗が早く強く出るかもしれないというようにおよその予想はできますが、厳密な予想はできません。 ・管理状況に左右されるご遺体は、身体の状態を一定に保つ機能は働いていないので、気温、湿度など身体を取り巻く環境の影響をまともに受けます。皆さんの手が離れた後、例えば暑い日などに適切な冷却がなされなければ急激に腐敗が進み、体液が漏れ出たりします。 身体の変化に困惑したご家族から問い合わせや相談の連絡があったなら、まず「お身体はいろいろな変化が出るのが自然のことです。異常事態ではないので心配はいりませんよ」と応対し、具体的な対応方法を説明するとよいでしょう。 ③死後の身体は「傷みやすい」 死後の身体変化が生じているイメージをつかんでほしいと思い、あえて「傷む」という表現を使います。 例えはあまりよくありませんが、釣ってきた魚を暖かい日に冷却もせず、ラップもかけずにテーブルの上に放置してしまうと、魚は急激に傷んでいきますね。人の身体も何もしなければ同じように傷んでいきます。 冷却や乾燥防止対策を行い、なるべく変化を抑えますが、抑えきれないケースも少なくありません。ただ現在は、亡くなった人との対面時には、衣類や花などでカバーされて目にふれないような配慮がされており、私たちは「傷む」という自然現象を忘れがちです。このことを含んでおいて、必要なときに「ご遺体は傷みやすいですよ」とご家族に説明します。 ④死後の身体は「重力の影響を受ける」 図1に示した「蒼白化」や「顔の扁平化」は重力に抗えなくなった結果、起こる変化です。他にも、身体の後面に開放性の創部(褥瘡など)がある場合は滲出液が漏れ出やすいので、あらかじめ対応をしておくといった判断ができます。 また、図1に示したように血液は止血しづらい状態になるため、鼻出血などがあると長く出続けることがあります。その場合は枕の高さを変えたり顔の向きを変えるなどし、重力の働く方向を変えることで、体外への出血量を減らせることがあります。 ご家族がご遺体を「起立させてほしい」と希望した例では、担当の看護師は便漏れなどがないように、重力の影響を考えながら希望に応じたとのことでした。 ワンポイントメモ臭気の話死後の早い段階で、気になる臭いが発生しやすい場所は、口腔内と瞼内です。 下顎が、早ければ死後1時間程度で硬くなるため、臭気防止のために口腔内だけは早めにケアを行います。マウスケア用のスポンジやガーゼなどで汚れを拭ったり、可能であれば歯磨きもします。瞼内のケアでは、眼脂に注意します。眼脂などの分泌物からも臭気発生の恐れがあるため、綿棒で拭うなど可能な範囲で除去しておきます。 腐敗による臭気もその後発生します。エンゼルケアの段階で行う臭気対策は、第4回で解説する冷却が有効です。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社 ■「みんなの訪問看護アワード」エピソード募集中!(~2025/1/24)今回で3回目となるNsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」では、2025年1月24日(金)17:00まで「つたえたい訪問看護の話」を募集中です! 訪問看護にかかわる方であれば、誰もが共有したいエピソードがひとつはあると思います。皆さまのエピソードをお待ちしています!

インタビュー
2022年3月29日
2022年3月29日

専門性を押しつけない支援で利用者を支える

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。今回は訪問先での主要な仕事の一つでもある服薬について、取締役の郷田泰宏さん、精神看護専門看護師の中村創さんにお話をうかがいました。(以下敬称略) お話郷田泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師 服薬中断という現実 [郷田]私たちは、精神疾患のある人を、病院から地域へと定着させる役割を担っています。サービスに入らせていただき徐々に利用者さんの地域での生活が落ち着いてきたと思っていたら、デイサービスなどへの通所が滞りがちになることがあります。その背景には、多くの場合、服薬の中断という現実があります。 調子が悪くなったとき、その変化を訪問看護師がいち早くキャッチし、医療との橋渡しをすることが大切です。薬の調整ですむ場合もありますし、入院になったとしても重症化する前に入院できれば、早期退院につながります。 早期対応によって調子を取り戻し、早く元の生活に戻っていただけるよう支援する役割を、訪問看護師は担っていると思います。 [中村]実際に訪問していても、病院で薬を処方されても、症状が治まるとつい服用を忘れてしまう。あるいは自己判断でやめてしまう利用者さんは、実は多いです。一般診療科でも、服薬の継続はしばしば課題になりますよね。高齢者や認知症の人も同様です。 向精神薬には副反応が強く出たり、期待する効果が出るまでの服薬継続に努力を要したりするものもあり、どうしても在宅ではご自身で管理しきれず、服薬の中断が起こりがちなのです。 「吐き気が出るから飲みたくない」ケース [中村]利用者さんに、「この薬は飲みたくない」と言われたことがありました。吐き気が強く出る抗うつ薬でした。 まず利用者さんに、その薬の作用を聞いているかお尋ねしました。「セロトニンをためておく作用があると聞いた」と答えてくださいました。そこで、「セロトニンは、たくさんたまると嘔吐中枢のスイッチを押す場合もあるんです」と伝えました。「それは知らなかった。医者から言われたかもしれないけれど、忘れていた」ともおっしゃいました。 専門性を引き出しに備えておく [中村]それから、脳の機能について説明しました。薬で増えたセロトニンの量を、脳が『これぐらいが一定なのか、じゃあ、もう吐かなくてもいいや』と学習するのに、2~4週間かかるんですよ、という説明です。その利用者さんは、飲みはじめて1週間でした。 さらに、「あまり吐き気がつらいようなら吐き気止めを処方してもらえるよう主治医に連絡しましょうか」と提案しました。制吐薬の処方により、実際吐き気が治まったことで、利用者さんは納得し、服用を継続することができました。 セロトニンについての情報提供のような、医療職としての専門性は、いつも引き出しには用意しておきます。でもいつも出すわけじゃない。あなたの必要に応じて発揮しますよ、というスタンスがいいのではないかと考えています。 「大丈夫かと思って飲まなかった」ケース [中村]もう一つは、利用者さんが「死ね」「消えろ」という声がしてとてもつらい、と訴えてきたケースです。そのとき私は、「それはいつからなのでしょうか。お薬も飲めているのにおかしいなぁ……」と、あえて独り言のように返しました。 すると、その利用者さんは「実は、大丈夫かなと思って、薬を飲まなかったんだよね」とポツリ。このような場合、服薬中断をとがめたり責めたりは絶対にしません。 私は「薬を飲んでいたときと、やめてみたときで何が変わりましたか」と尋ねました。「症状がなくなったから大丈夫と思って薬をやめたら、また症状が出てきた」と答える利用者さんに、「なるほど。ご自分では、そのことについてどう思いますか?」と問いかけました。 「症状が出たのは薬を飲まなかったからでしょ」というのは、こちらの考えの押しつけです。そうではなく、ご自分でそこに気づいてほしいわけです。 利用者自身が気づき、腑に落ちることが大切 [中村]この方は「じゃあ、ちょっと飲んだほうがいいかな」とおっしゃいました。そこで、服薬を続けるほうが症状は落ち着くし、自己判断で薬をやめて入院になる人も多いかな、という『一般論』を伝えます。ご本人が腑に落ちることが大切なのです。 自分の生活がうまくいっていることと、薬の効果が、実は関係がある。利用者さん自身がそう実感できて初めて、服薬は継続できるものです。その説明を抜きにして「ただ処方されているから飲んでください」ではうまくいかないですね。 重要なのは、薬を飲むか飲まないかではなく、利用者さん自身の生活の充足が実現されること。「生活の充足」というゴールに、薬を使ってたどり着く選択をするかどうかは、その人しだいです。私はそう考えて、「利用者さん自身が自分で気づき、選択するための支援」を行っています。 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

訪問看護あるある座談会 vol.11 オンコール編

訪問看護では付き物のオンコール。いつ電話が鳴るかドキドキ…という体験があるのではないでしょうか。今回は訪問看護師さん3名にお集まりいただき、訪問看護でのオンコールのあるあるトークをしていただきました。 ■座談会に参加してくれた看護師さんプロフィール かずもともとヘルパーとして働いていたが、訪問介護先で出会った訪問看護師の仕事に魅力を感じて看護師になる。現在は訪問看護師2年目。 けん家族の在宅看取りの経験から訪問看護師を志す。急性期病院で2年働いたのち、地方の訪問看護ステーションに就職。訪問看護師4年目。 みほ訪問看護の実習で暮らしが見える面白さを感じ、新卒から訪問看護師になる。オンコールやプリセプターもしている中堅ナース。訪問看護師6年目。 ドキドキだけどやりがいもあるオンコール担当 空耳だけど聞こえてくる着信音 かず:オンコールは3ヶ月くらい前から始めたばかりです。 みほ:オンコールは初めての経験かと思うのですが、電話持っていてドキドキしませんか? かず:いや、もうそれはドキドキしますよ。夜はいつかかってくるか分からないので、お風呂もいつ入ろうかタイミングが分からなくて。 けん:あるある! かず:やっぱりあるあるなんですね。(笑)持って最初に鳴った電話が、なんと間違い電話だったんですよ。訪問している方やよく電話が来る方ならまだいいのですが、あまり知らない利用者さんからの電話が来たらどうしようと思いますね。 みほ:何の疾患で何のお薬飲んでいるかとかの基本情報から確認が必要なこと、あるあるですね。 けん:ちなみに、夜中に起きては携帯をパカパカ開いちゃうんですけど、ありますか? かず:それはもちろんあります。中途覚醒がすごくて…。 けん:そうそう。寝落ちした時に「やばい!」って起きてパッと電話開いて、着信来てないとホッとします。病院の心電図モニターみたいに「あれ、電話鳴ってる?」ってなります。 かず:僕はまだ大丈夫なんですけど、他の先輩はよく空耳があるって言っていますね。 けん:僕は始めたばかりのころは週2〜3回くらいオンコールを持っていたので慣れるのも早かったんですけど、週1回だと慣れるのが大変そうですね。 かず:まだ慣れないですね。新規の利用者さんも来ますし、ある程度は情報収集しているんですけど、1週間で状態も変わりますし。先輩の緊急訪問の記録を見て、これが自分だったらどんな対応ができていたかな、って考えることもありますね。 みほ:救急搬送とかも最初は焦りますよね。 かず:そうですね。私はまだ1人で決めることはないのですが、でも緊急性が高くて迅速な対応をしなくてはならない場合に、もちろん先輩や医師に相談するし、でも現場に向かわなきゃならないし、一人前になるのは本当に大変です。それはもう繰り返しやるしかないんだろうな、と思います。 けん:一人前ってよく言われますけど、僕もまだわからないこともあるし、その時は所長に電話して聞いちゃいますし、訪問の独り立ちって定義が難しいなと思いますね。 みほ:独り立ちとは言われているけれど、私も全然聞いていますね。相談できる環境があるのがベストだと思っていて、一人で訪問はするけど、一人で抱え込まなくていいのかなと。 ドラマよりドラマティックな体験も けん:かずさんはオンコール持ち始めて、緊急訪問はしましたか? かず:今まで3回は訪問しましたね。1回は「もう息をしてない」って連絡があって、着いたらもう心音も停止していて、息もしていなくて。それが最初の緊急訪問でしたね。 けん:最初からお看取りだったんですね。 かず:そうなんです。その方はがんのターミナル期だったんですが、あと1週間とか1ヶ月とかそういう状況ではなくて、ゆくゆくは自宅でお看取りという話だったんです。私が担当していた利用者さんで、その前の週も訪問して「また来週も来ますね」って話していたところだったんです。奥様が起きたら亡くなっていたそうで、急変した、というか、安らかに息を引き取られましたね。 みほ:かずさんが担当していた利用者さんだったからこそ、かずさんのオンコールのタイミングのご逝去だったのかもしれないですね。 かず:同行した先輩も同じようにおっしゃっていました。先輩も契約の時に一緒に訪問してくれていたので、そういうタイミングだったのかもしれません。奥様が後悔はなくやり切ったとおっしゃっていて、そのときに自分が看護師になって本当によかったなって思いました。緊急電話を持たないとできない体験だったかもしれません。 みほ:突然のご逝去ってオンコールを持っていないと立ち会えない場合が多くて、運命的な何かがあるのではないかと思います。けんさんは同じような経験とかありますか? けん:そうですね。僕が訪問していた利用者さんで、結構お元気な方だったんですけど、週末に「最近寝ている時間が増えた」って奥さんからコールがあったんです。大きく体調は変わりなかったので経過観察になっていたんです。週明けに僕が訪問して挨拶したら、「ああ」って言って手を挙げてくれたんですが、そのタイミングで息が止まっちゃって。僕もびっくりして「〇〇さん!」って大きい声で呼んだり、奥さんにも「急なことだけど大丈夫ですか」って声かけたりして。何度もご逝去時の訪問はしていたので慣れているつもりだったんですけど、呼吸が止まる瞬間に立ち会うのはその時が初めてで、今思うと相当テンパっていましたね。自宅にいたいと話していたので、最後まで家で過ごせたのは良かったんじゃないかと思います。それが最近あった、びっくりしたお看取りでしたね。 みほ:待っていたんですかね。 けん:みんなにそう言われます。長く担当していた利用者さんで、今は奥さんのところに訪問させてもらっています。ドラマよりドラマティックですよね。人生の少しだけしか関わってないけど、人生を見せていただくありがたみとか、やりがいや幸せを分けてもらっているところもありますよね。記事編集:NsPace

インタビュー
2022年3月22日
2022年3月22日

精神科訪問看護師は利用者を孤立させない

精神科訪問看護に特化するN・フィールド。今回は精神科訪問看護で求められていることについて、取締役の郷田泰宏さん、看護師の中村創さん、精神保健福祉士の谷所敦史さんに語っていただきました。(以下敬称略) お話郷田泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師谷所敦史 株式会社N・フィールド 精神保健福祉士 精神病床でも在院期間が年々短縮化 [郷田]精神疾患も含め、病気の治療は基本的には病院で行われるものです。しかし入院治療をみると、医療費適正化政策によって入院期間は年々短縮化が進められています。 2010年には18.2日だった一般病床の平均在院(入院)日数は2019年には16.0日に。精神病床においても、2010年に301.0日だった在院期間が2019年には265.8日に短縮されています。 一般診療科も精神科も、病院での治療が終わったら、リハビリテーションなども含めたフォローは在宅で。今、日本の医療はそうした方針で動いているのです。 治療継続と孤立防止 [郷田]そこで、私たち精神科訪問看護が担うのは、治療の継続です。 精神疾患は、病院での治療が終わればそれで完治というものではありません。慢性疾患に近い側面があり、病院で集中的な治療を受けた後の継続的な治療において、当社のような訪問看護の役割があると考えています。 一方で、精神科訪問看護では、利用者さんを「疾患や障がいのある人」としてみるだけでなく、「地域で暮らす生活者」としてみる視点も必要です。 社会資源と結びつけることで終わらずに [郷田]精神の疾患や障がいを持つ人は、いろいろな症状の影響で、どうしても孤立しがちです。そこを、私たち訪問看護師が、デイサービスや就労移行支援事業所など、地域の社会資源との間に入って調整する、孤立させないようにする。 疾患や障がいがある人も、自分たちの居場所を求めています。そういう人々に、居場所や役割を提供していくこと。そして、単に社会資源と結びつけるだけでなく、利用者さんが今どういう状態にあるかという情報提供をすることも、訪問看護師の大事な役割だと考えています。 何かあったときに、利用者さんがすぐに相談できる存在として、私たち訪問看護師がいる。 訪問看護師は、在宅医療の一つのパーツにすぎません。利用者さんを中心に、地域のサポート資源全体で支えていく。そのために、私たち精神科訪問看護を上手に使ってもらえればと考えています。 生活を自分で成り立たせるサポート [中村]当社の利用者さんは、約4割が統合失調症系の疾患のある人です。次いで、依存症系、うつなどの感情障害系、パーソナリティ障害系の人が多い傾向にあります。実際に訪問すると、案外、自分で生活できている人が多い印象です。そこで私たちが果たす役割は、生活をご自分で成り立たせることへのサポートだと考えています。 実際に在宅で利用者さんを支援していると、精神科訪問看護に対する医師からの要望は、主に二つあります。一つは、利用者さんが在宅で安定して生活できているかどうかの確認。もう一つは内服状況の確認です。 精神疾患のある人は、ある程度生活ができていても、ちょっとしたことでつまずき、そこから生活がガタガタと崩れてしまうことがあります。私たちはそうならないよう、対処法を一緒に考えたり、部分的に手をお貸ししたりするわけですが、かといってできないことを肩代わりしてもいけない。この調整が、実はいちばん難しいと考えています。 看護師とは異なる側面からの支援 [谷所]当社では、看護師だけでなく、ソーシャルワーカーや作業療法士も参画し、多職種チームで利用者さんをサポートしています。私はソーシャルワーカーとして、看護師とは異なる側面から、在宅生活を円滑に送れるよう支援しています。 利用者さんには、偏食や過食がある、生活リズムが一定しない、金銭管理ができないなど、生活障害を抱える人も多くいらっしゃいます。経済的支援や地域サービスによる支援が必要でも、それをご自分で見つけるのが苦手な人もいらっしゃいます。そうした人と、支援制度や支援機関などの社会資源とをつないでいくのが、私たちソーシャルワーカーの役割です。 最近は、外来患者のソーシャルワーク担当制を採用していない病院が少なからずあり、そうした病院から「外来患者の障害年金の申請を手伝ってほしい」といった依頼が来ることもあります。 病院と連携して、病院では手が回らないところを請け負い、調整しながら利用者さんの生活を支えていく。地域でそうした役割を担うことも増えてきました。 医療だけでは支えきれない部分を、ソーシャルワーカーがカバーしていく。さらには、ゴミの出しかたや洗濯機の使いかたがわからないなど、小さいようで本人にとっては大きな悩みに、作業療法士が対応し生活の底上げを図っていく。 各職種が強みを生かし、多角的な支援を行うことによって、精神疾患のある人の在宅生活を支えているのです。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)厚生労働省.「平均在院日数」『平成22年(2010)医療施設(動態)調査・病院報告の概況』2010,22.2)厚生労働省.「平均在院日数」『令和元年(2019)医療施設(動態)調査・病院報告の概況』2019,21.

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

【短期記憶障害】認知症患者が同じ話を繰り返す原因&対応を解説

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第5回は、同じ話を繰り返し、説明したことを守ってくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。つじつまの合わない言動がみられ、同じ話を何度も繰り返している。レビー小体型認知症があり、下肢の筋力低下もあり、歩行時にふらつきがみられる。 本人はもともと自立心高く活動的である。転倒リスクのため、移動したいときは一人で動かず、介助者を呼ぶように伝えているが、決して人を呼ばない。これまでも転倒を繰り返し、出血斑が多数ある。 なぜ患者さんは、同じ話を何度も繰り返すのか? 認知症の症状の一つに、記憶障害があります。 記憶は、▷覚える(記銘) ▷保存する(保持) ▷必要なときに思い出す(再生) ── の、三段階から成り立っています。そして記憶障害には、短期記憶障害と長期記憶障害の二種類があります。 短期記憶障害 数分前に起こったことなど、新しい事柄を覚えることができない長期記憶障害昔からしてきたこと・知っていたことを忘れる ・エピソード記憶・意味記憶・手続き記憶 認知症では、数分前に起こったことを思い出せない短期記憶障害と、自分が体験したことなどを忘れてしまうエピソード記憶障害がみられることがあります。 また、多くの情報を一度に処理できません。自分の言いたいことや頭に浮かんだことを繰り返して話をしていると思われます。 なぜ患者さんは説明を無視して一人で動くのか? 短期記憶障害のため、そもそものコミュニケーションがとりにくい状態です。「どこかに行かれる際は、手伝うので、人を呼んでくださいね」と説明していても、そのこと自体を忘れてしまっている状況だと考えましょう。また、患者さんはもともと自立心が高く、活動的な人です。「一人で動ける」と思っています。 繰り返す言動への対応 患者さんの行動の理由 患者さんは、記憶障害のために、聞いたことや言ったことを忘れてしまい、同じ話を繰り返していると考えられます。そして、繰り返し聞いてくる内容は、患者さんが気になっている・困っている・不安に思っていることなどの場合もあります。さらに、一度に多くの情報が処理できないので、自分の言いたいことだけに注意が向いてしまう場合があります。 対応の一つとして、訴えている理由や気持ちをしっかり聞いて、安心できるようにすることや、原因を推測しながら対応を重ねていくことも大切です。 同じことをあまりにも繰り返す場合は、「テレビを見ますか?」などと声を掛けて、別の物や場所へ興味・関心が向くように接してみるのもよいかもしれません。 患者さんを不安にさせない対応 患者さんと話がかみ合わず、看護師もイライラやストレスを感じることがあるかと思います。また、つい感情的になって強い口調で対応してしまったり、いい加減な対応をしてしまうかもしれません。 しかし、そんな対応をとられると、患者さんはプライドを傷つけられ、不安に感じます。看護師には、「患者さんは初めて話しているんだ」と思って対応する態度が求められます。 転倒の危険性 加齢の変化とともに、転倒や転落といった事故に遭遇するリスクは高くなりますが、認知症を患うことで危険の察知や予測、的確な判断を下す能力の低下などにより、そのリスクはさらに高くなります。 レビー小体型認知症の症状 レビー小体型認知症は、認知機能障害だけでなく、パーキンソン病のような運動機能障害があるのが特徴的で、幻視もみられます。初期には記憶量が軽度であることが多いですが、日によって認知機能も変化します。 レビー小体型認知症では、パーキンソン症状による運動機能の低下、認知機能障害、注意障害が原因となって転倒を繰り返すことがあります。さらに、自律神経障害をきたすことがあり、起立性低血圧からも転倒を起こす危険性があります。 患者さんの行動パターンから予測する 生活パターンの把握や排泄行動を観察することで、患者さんの行動を予測しながら支援することも大切です。患者さんがそわそわしたり、物音がしたり、何らかの身体的サインがみられる場合は、「何か用事はありませんか?」「そろそろ、トイレに一緒に行ってみませんか?」と、排泄パターンに合わせて声を掛けてみるのも効果的です。 一人で行動する背景には何らかの理由があると考え、その理由を、行動や発言から把握することです。 こんな対応はDo not! × 何度も聞いた話なので無視したり、いい加減な返事をする× 「この前も説明しましたよ」と指摘し、責める× 「なぜ一人で歩いたんですか!」「危ないでしょ」と叱る 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)飯干紀代子.『今日から実践認知症の人々とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2011,142p.6)鈴木みずえ編.『急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア』東京,日本看護協会出版会,2013,232p.7)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.9)本間昭監.『認知症のある患者さんのアセスメントとケア』ナツメ社.2018,142-3.

特集
2022年3月15日
2022年3月15日

[2]一方的に進めない! エンゼルケアでもコミュニケーションが重要

日ごろより、コミュニケーションに留意していることと思いますが、エンゼルケアでもご家族とのコミュニケーションがとても大切です。ケアする側からの一方的なケアになってしまう部分がないよう、適切な声かけや説明、相談を行いましょう。看取りの場では、ご家族の意向を最優先するという心構えが必要です。 これまでの「死後処置」を見直す 北は網走から南は奄美大島まで、全国各所にエンゼルケアの講演や研修会に伺いました。それで見えてきたことの1つは、長らく行われてきた「死後処置」の内容は全国的におおむね標準化されていたということ。実施の流れだけでなく、お顔用の、充実しているとは言い難い化粧品類がお菓子の缶などに入れてある、といったことまで多くの現場で一致しており、そのことに驚きました。 「こうするもの」と伝えられてきたこの死後処置を、看護師の皆さんは真摯にていねいに実践してきたことと思います。 しかし、ご家族の希望や意向をしっかり伺うようになり、それまでの実施には一方的な面があったことがわかってきました。 例えば、亡くなった方の口が開いている場合、これまでは当然閉じることがベストだと考えた対応が行われてきましたが・・・・・・。 あるケースではこんなやりとりがありました。 看護師「開いているお口ですが、いくつか閉じる方法がありますので、これからご説明します」ご家族(亡くなった男性の妻)「いえ、無理に閉じなくていいです。亡くなったときに口が開いていたなら、それが楽なのかもしれないから。もう、夫には微塵も頑張らせたくないんです」 亡くなった男性は白血病で何度目かの化学療法にトライしていました。闘病生活を支えてきたご家族だからこそ「これ以上はがんばらせたくない」と感じたのだと思います。 また、幅広の包帯を顎下にぐるりと回して頭頂部で結び、顎を引き上げて口を閉じる対応がなされた方のご家族は、そのときの思いをこう話しました。 「縛られて、苦しそうで、痛そうで、つらかったけれど、そうしなければいけないのかと思い、口に出せませんでした。それからずいぶん経ちますが、つらい記憶として今も残っています」 ケアする側がよかれと思って実施することでも、ご家族は希望しない場合があります。十分にコミュニケーションを取りながら、ご家族の希望や意向にできる範囲で対応することが大切です。 ご家族の希望に柔軟に対応するための留意点 さまざまなご家族の希望に柔軟に対応するためにも、コミュニケーションを取る際は以下の2つのことに留意します。 ①ご家族はご遺体を生きているときと同様に気遣うことが多い、予想を超える希望も少なくない、と含んでおく 死亡告知を受けており、頭では死亡したことを理解していても、ご家族はご遺体を生きているときと同様に気遣っていることが多いです。これは、さまざまなケースからわかってきました。 前出のケースのように、口が開いていたほうが楽かもしれないから閉じないでほしい、縛られて苦しそう、という思いもその例ですね。 他にも「痛み止めの坐薬を入れてほしい」と希望したり、顔に四角い白い布をかけるかどうかの問いに対して「夫はまだ心臓が止まっただけだから、亡くなった人みたいにしないで」と応えたり、冷却の説明に対して「冷たくて寒そう」と応えたケースもあります。 ある在宅での看取りの場面では、ご遺体を「一度起立させてほしい」との希望があり、担当の看護師がサポートして実現したこともあります。 ②ご家族の承諾は不可欠 第1回でもふれましたが、エンゼルケアの場面では、ご家族の承諾を得て進めることがポイントです。 また、ご家族に判断して承諾していただくためには、それをなぜ行うのか、どんなふうに行うのか、など実施内容についての適切な説明と提案をし、希望や意向を伺うことが必要です。 入浴についてのコミュニケーション例 では、具体的にどのようなコミュニケーションを行えばよいでしょうか。ここでは入浴を実施する場合を例にご説明します。 看護師「それでは、よろしかったら、これから○○さんにお風呂に入っていただきませんか? 介助する人数としても可能な状況ですので。お身体の今後の変化のことを配慮し、ぬるま湯でシャワー浴の形で。いかがでしょう?」 エンゼルメイクの入浴では、身体をあたため腐敗を助長する恐れがあるため湯船につかることは避け、ぬる湯によるシャワー浴が望ましいのです。 ご家族「えー!? お風呂はうれしいけれど。おじいちゃんは湯船につかるのが何よりも好きだったんです。最近ずっと湯船に入れていなかったんだから、最後くらい入れてあげたいわ。絶対、入れてあげたいです!」 この希望を受けて、あらためてご遺体の状況や気温から腐敗リスクを評価し、この後の葬儀社による冷却が始まる時間も合わせて検討し、次のように提案します。 看護師「それでは、短時間になりますが湯船に入っていただきましょう。そして、お風呂から出られたらすぐに胸とお腹を冷やしましょう。そうすれば、その後のお身体の変化をかなり抑えられると思います。いかがでしょうか?」 この提案に対し、ご家族が承諾したなら、入浴を実施してすぐに冷却を行います。ご家族が承諾せず、「ゆっくり湯船に入れてあげたい」と希望されたなら、腐敗現象による漏液など、つらい事態について理解されていないかもしれないと考え、あらためて説明し、承諾を得られるようにします。 ご家族への説明や提案は簡潔にわかりやすく ご家族は、エンゼルケアの場面について何もご存じではないことが多いのですが、死後の身体の変化のことなどから一つひとつ説明することは現実には時間的に限界があります。 そのため、エンゼルメイクを始める前に、 看護師「これから清拭や着替え、お顔のスキンケアやお顔色のカバーなどを始めたいと思います。ご質問や気になる点、また『こういうふうにしてほしい』といったご希望がありましたら、遠慮なく仰ってください。では、始めてよろしいでしょうか?」 というようにおおまかに説明し、承諾を得てから実施します。そして、ケアを行いながら可能な範囲でご家族への声かけと説明を行うとよいでしょう。 適宜簡略化しながら説明や提案を行うためにも、ご家族に渡す文書の作成がポイントとなります。文書を受け取ったご家族もたいへん安心されるのでおすすめします。文書の活用については連載の第8回で詳しくご紹介します。 ワンポイントメモ同席していただく際の声かけは「お願いします」がおすすめ声かけでは「ご家族に同席していただかなければエンゼルケアを行えない」という状況を伝える表現が必要です。例えば、次のような声かけがおすすめです。「これから、○○さんらしく身だしなみを整えたいと思いますので、(ご家族の)どなたかにご同席をお願いします(or どなたかに、付き添っていていただきたいです)」 ある緩和ケア病棟では、声かけを「ご一緒になさいませんか?」から「同室をお願いします」に変更したところ、ほぼ皆さんが同室されるようになったとのことです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年3月8日
2022年3月8日

言葉が理解できない場合【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第4回は、痛みを訴えない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代男性。がんの多臓器転移で、緩和治療に移行。家族の「家で過ごさせたい」との意向から、自宅に戻り、訪問診療・訪問看護を開始した。以前から認知症もある。訪問時、家族に様子をうかがうと、昼夜問わず落ち着かない様子があり、ベッド上をぐるぐる回ったり、服を脱ぎだしたりするという。ときおり腹部をさする様子はあるが、看護師が痛みやそのほかの症状を聞いても返答がない。 なぜ患者さんは問いかけに答えないのか? この患者さんは認知症が進行して、失語がみられています。 認知症が進行すると、言葉を見つけることや、理解することが難しくなります。そのため自分の言いたいことを相手に伝えることができず、また、相手が話している内容が理解できなくなります。この患者さんも、問われている内容が理解できず、痛みを感じていても「痛い」という言葉が見つけられず、表現できないでいる可能性が考えられます。 また、認知症が進行すると、注意を集中することが難しくなります。そのため、自分に向けて問い掛けられていることに、気づいていないのかもしれません。 認知症の初期では、同じことを何度も言う、つじつまの合わない会話をするなどから、周囲から冷たい対応をされがちです。そのため認知症患者はとても傷つき、人とかかわる意欲が削がれてしまうことがあるのです。人とコミュニケーションをとらないと言語機能はいっそう速く低下しますし、顎関節の拘縮や声帯の萎縮、肺活量の低下を引き起こし、ますます発語が困難になります。 さらにこの患者さんの場合、がんの進行や転移により、疼痛や倦怠感、悪心などで、体力や意欲を消耗していると考えられます。このような身体的苦痛により、発語に対する意欲も低下し、問い掛けに答えない状態と考えられます。 失語への対応 話し掛けるときの環境を整える この患者さんは、認知症のため集中力が低下しています。また、加齢により、視力や聴力も低下している可能性があります。 そこで、言葉が聞き取りやすいよう、周囲の雑音、動くものなど、患者さんの集中力の妨げになるものを取りのぞき、より静かで落ち着いた環境を提供する必要があります。 当然のことですが、看護師は患者さんが話し掛けやすい態度で接することが重要です。 自己紹介をする 認知症が進行すると、人物の見当識障害が出現します。また記憶障害のために、病気や治療、訪問看護のことを、覚えていることができません。そのため、自分に話し掛けている人が看護師であることを理解することが難しくなります。 まず、自分(看護師)が誰であるのか、名札を示しながら自己紹介し、「苦痛を伝えてもよい人」と認識してもらう必要があります。 ゆっくり落ち着いて、短くはっきり伝える。なるべく簡単に「はい」「いいえ」で答えられるような質問をする 認知症が進行すると、言語の理解力も低下します。そのため、なるべくわかりやすい言葉で伝える必要があります。患者さんがふだん使用している言葉や、方言などで話しかけることが有効な場合もあります。 また、失語による喚語困難から自分の伝えたい言葉が出てこない場合があるので、痛みなどの重要な質問では「はい」「いいえ」で答えられるように問うとよいでしょう。 表情・しぐさ・動作などの非言語的コミュニケーションで伝える 知覚は、認知症が進行しても最後まで残る能力だといわれます。そのため、話し掛ける際には肩に手を置くなど、患者さんの注目を得られるような動作が有効です。 顔の表情や声の調子など、メリハリをつけて話し掛けることで反応がみられる場合もあります。 また、痛みについて聞く際も、腹部をさすり、顔をしかめる動作が通じることもあります。看護師が行ったジェスチャーを、認知症の患者さんが真似した場合、痛みのサインの可能性が考えられます。 痛みのサインを見きわめ、共有する これらのコミュニケーションをとっても、発語が望めないことも考えられます。その際は、患者さんの表情や行動から、痛みのサインを見きわめなければなりません。 顔をしかめる、痛みが出現する部位をさするなどは、一般的な痛みのサインです。脱衣や落ち着かない様子は、痛みが強く身の置き所がないため生じている可能性があります。 他にも、痛みの行動や反応として、閉眼している、口をかたく結ぶ、うめく、体を丸めて臥床する、介助への抵抗をするなどがみられます。 これら痛みのサインを、多職種チームとご家族とで共通認識することが重要です。 こんな対応をしてみよう! この患者さんの場合、落ち着かず、ベッドから起き上がって服を脱いだり、ベッド上をぐるぐる回ったりする行動がみられています。ご家族と相談し、こんな行動を見かけたら、医師の指示のもとレスキューを使用してみましょう。しばらく行動がおさまるようであればレスキューの効果があったと考えてよいと思います。 どんな状態のときにレスキューを使用し、どんな反応がみられたか、ご家族の協力も得てしばらく重点的に観察してもらい、その情報から、痛みのサインやレスキューの効果について把握できると思います。そこから得た情報を家族指導に生かせると、療養生活がスムーズに送れるでしょう。 こんな対応はDo not! × 「痛いなら痛いってちゃんと言ってください」と患者さんを叱責する× 「何も訴えがないなら、痛みや苦痛はない」と考えて放置する× ベッド上で動くと転倒・転落の危険があるため身体拘束を行う 執筆梅﨑かおり(うめさき・かおり)帝京科学大学 医療科学部 看護学科 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇三村將ほか.『認知症のコミュニケーション障害:その評価と支援』三村將ほか編著.東京,医歯薬出版,2013,180p.〇北川公子.『認知機能低下のある高齢患者の痛みの評価:患者の痛み行動・反応に対する看護師の着目点』老年精神医学雑誌.23(8),2012,967-77.

特集
2022年3月1日
2022年3月1日

[1]エンゼルケアの基本姿勢をキーワード化して共有しよう

人間の貴重な営みの1つである「看取り」。その場面の充実をめざして、ケアする立場の看護師などがお手伝いをする、それがエンゼルケアです。今回は、訪問看護ならではのエンゼルケアとは何かをご紹介するとともに、事業所としてぜひ取り組んでほしい基本姿勢の整理と共有について解説していきます。 その場の調整役・助言役としてのサポートも大切 高齢の男性Fさんのケース。ご家族は、Fさんを在宅で看取ると決めました。死に至るまでの身体の変化やその対処法、そしてもしもの時が訪れたときの流れなどについて、何度も深くうなずきながら説明を受け、落ち着いて介護をしている印象でした。 やがてその時が来て、訪問看護師の2人がエンゼルメイクを始めさせていただく声かけをしようとしたら、その家族らの姿がありません。家(一戸建て)の中を探し始めると、裏庭でFさんの長男と三男がつかみあいのけんかを始めており、Fさんと同居し介護を中心的に担っていた長女は台所の隅で糠床をかきまぜ始めていました。さらに、離れにいた大学生の孫は古いオーディオを押入れから持ち出し、大音量でレコードを聴きはじめます。そうこうしているうちに葬儀社の方がやってきて(二男があわててすぐに来てくれと電話していたことがのちに判明)、Fさんが横たわる隣室でトンテンカンと設えをし始めたのです。 この光景もFさんのご家族らしい看取りの一場面だとも言えます。 しかし、亡くなったその人と改めて対面したり、エンゼルメイクを行う様子を見たり、できる部分で手を出したりした記憶が、グリーフワークにおいて大きなプラスとなることを知っている看護職は、その場の一時的な調整役・助言役として声かけや行動をすることが重要になってきます。 葬儀社の方にはいったんお引き取りいただき、Fさんのご家族は看護師の声かけで手浴を行うなどじっくりエンゼルメイクの時を過ごしたとのことです。 エンゼルケアの「目的」や「キーワード」の共有が大切 エンゼルケアには次のような特徴があります。●最終決断はご家族が行う●ご家族の意向や希望の内容には幅がある例えばご遺体の冷却について、ご家族が腐敗の進行を理解したうえで冷却を拒否した場合には、それに従う方向で対応します。必要だからとケアする側が冷却を強行した場合、悪ければ訴訟という言葉が聞かれる事態となる可能性があります。 また、「(ご遺体を)一度立たせて(起立させて)ほしい」、「あと30分くらい点滴を入れたままにしておいてほしい」、「床ずれがどれくらいのものだったか、見せてほしい」など、ご家族の意向や希望は予想外の場合もあります。 エンゼルケアにはこのような特徴があるため、看護師にはその場で柔軟な対応が求められることが少なくありません。柔軟な対応がエンゼルケアの肝と言ってもよいのです。 ただ、対応する際に「これでいいだろうか」、「あとで私の判断を(同僚や上司から)批判されるのではないか」といった不安を覚えながらの対応になってしまうこともあるかもしれません。 そうならないように・・・・・・。まず、エンゼルケアの目的をはじめとして所属先の事業所におけるスタンスを確認し、基本姿勢をキーワード化して職場のみんなで共有します。 次に、現場で対応する看護師に全面的に判断を一任する、という方針にします。 そして、担当の訪問看護師は実践の際に共有しているキーワードを頭に浮かべながらどうするか判断します。みんなに支持してもらえる、という安心感とともに自信をもって対応ができることでしょう。 そこで、各事業所でエンゼルケアの目的を整理し、キーワードを見出して共有していただくことをおすすめします。私が代表を務めるエンゼルメイク研究会の考えを参考として次に記します。 エンゼルケアの目的:「亡くなった方のセルフケアの代理」 ご本人の代わりにエンゼルメイク(身だしなみの整え)を行う、ご本人の代わりに腐敗を抑える冷却を行う、と考えます。この発想に基づき、何をどの程度行うのか、その加減を判断しやすく、一緒に行うご家族に「○○さん、身体からにおいが出てしまうの、うれしくないでしょうからね。少し冷たいけれど冷却をしましょう」という自然な声かけが可能になると考えます。 キーワード:「その人らしく」 その人らしさは、家族の記憶の中にあります。ご家族は亡くなった人が元気に活躍していたころをイメージすることが多く、担当看護師はそのころの様子を知らないことが多いですね。 キーワード:「エンゼルメイクは看取りの手段」 お顔のみならず、爪切りや手浴などさまざまなエンゼルメイクの場面は、そのプロセスをご覧いただくだけでなく、ご家族が行うことで実感のある看取りの手段になります。可能な範囲でよいので行っていただきましょう。 キーワード:「ご家族の得心のために」 十分に納得する、気持ちがおさまる、といった意味で使われる「得心が行く」という言葉は、ご家族の希望に応じる際の理由としてフィットします。予想外の希望に添う対応をした際に「ご家族の得心につながると考え、希望どおりに実施」というふうに引き継ぎや記録ができます。 キーワード:「遺族ではなく家族」 生前から出会ってケアを行ってきた立場として、ご本人が亡くなった後も、ご家族はご家族に変わりなく、引き続き「ご家族」と呼ぶのが自然です。声かけの際にも役立つキーワードです。 ワンポイントメモこの連載では、エンゼルメイク、エンゼルケアを次の意味で使用しています。エンゼルメイク医療行為による侵襲や病状などによって失われた生前の面影を、可能な範囲で取り戻すための顔の造作を整える作業や保清を含んだ、「ケアの一環としての死化粧」である。また、グリーフケアの意味合いも併せもつ行為であり、最期の顔を大切なものと考えたうえで、その人らしい容貌・装いに整えるケア全般のことである。→外見・身だしなみの整えエンゼルケア患者さんが亡くなられて以降、看護師(あるいは他のケアの立場の人)の手から離れるまでの、エンゼルメイクを含むすべての死後ケアを指す。次の用語は、葬儀関係業者のサービスに関する用語です。他にもさまざまありますが、サービスの内容やおよその料金などを把握しておくと、ご家族から質問されたときに助言することもできますね。湯灌(納棺)サービス主に儀式として洗体や着付け、納棺などを行う。家族は同席可能。エンバーミング遺体の消毒や防腐処理、外見修復などを、日本遺体衛生保全協会の自主基準に則って、技術者が行う。家族は同席しない。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。 記事編集:株式会社照林社

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