ターミナルケアに関する記事

受賞作品漫画「最期のキッス」【つたえたい訪問看護の話】
受賞作品漫画「最期のキッス」【つたえたい訪問看護の話】
特集
2024年6月26日
2024年6月26日

受賞作品漫画「最期のキッス<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第2回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、大矢根 尚子さん(社会医療法人 三宝会 南港病院訪問看護ステーション/大阪府)のホープ賞エピソード「最期のキッス」をもとにした漫画の後編をお届けします。 ※エピソードに登場する人物名等は一部仮名です。  「最期のキッス」前回までのあらすじがん終末期の利用者 大野ゆみさんと夫のだいすけさんは、訪問看護に行っても「二人でできるから大丈夫」と言い、あまりケアができない状態でした。ユマニチュードを徹底することで少しずつ距離が近づき、思い出話も伺えるようになり、ゆみさんが好きな曲を流しながらケアするようにもなりました。しかし、だいすけさんはなかなか奥様の死を受け入れられないご様子で…。>>前編はこちら受賞作品漫画「最期のキッス<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 最期のキッス<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。エピソード投稿:大矢根 尚子(おおやね なおこ)社会医療法人 三宝会 南港病院訪問看護ステーション(大阪府)元々は訪問看護を続けられるかどうか不安を抱いていた私が、大野さんご夫婦(仮名)の訪問に入らせていただいたことで、「どう支えるのがベストか」を常に考えながらお仕事をするようになりました。ご自宅という利用者さんの生活の中に入らせていただき、その方の「人生の一部」にさせていただける訪問看護は本当に魅力的です。最初は紙袋を使っていた私も、お二方との関わりを機に、ちゃんと布バッグを新調しました(笑)。また、所属先の訪問看護ステーションの反応もすごく、受賞がわかったときはみんなで大盛り上がりだったので、建物が揺れたかと思うくらいでした(笑)。法人内にも受賞したことが共有され、「訪問看護の仕事が魅力的だということがよくわかり、勉強になった」「法人としても嬉しい」といった言葉ももらえました。本当にありがとうございました。 >>「第3回 みんなの訪問看護アワード」特設ページ [no_toc]

受賞作品漫画「最期のキッス」【つたえたい訪問看護の話】
受賞作品漫画「最期のキッス」【つたえたい訪問看護の話】
特集
2024年6月25日
2024年6月25日

受賞作品漫画「最期のキッス<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第2回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、大矢根 尚子さん(社会医療法人 三宝会 南港病院訪問看護ステーション/大阪府)のホープ賞エピソード「最期のキッス」をもとにした漫画をお届けします。>>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞 ※エピソードに登場する人物名等は一部仮名です。 最期のキッス<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「最期のキッス<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。エピソード投稿:大矢根 尚子(おおやね なおこ)社会医療法人 三宝会 南港病院訪問看護ステーション(大阪府) [no_toc]

緩和ケア スピリチュアルペイン1
緩和ケア スピリチュアルペイン1
特集
2024年6月18日
2024年6月18日

終末期にある患者さんのスピリチュアルペインを知る【スピリチュアルケア】

訪問看護の現場において、終末期にある患者さんから、「身体はちっともよくならない。こんな状態なら生きていても意味がない」「皆に迷惑かけるばかりでつらい。もう早く終わりにしたい」などの発言を聴くことは、決してまれなことではありません。患者さんがこのような言葉を発するとき、私たち看護師は、患者さんがそのような思いを打ち明けている大切なときであると捉え、患者さんの背景にある真の苦しみをしっかりと感じとり、その思いをあるがままに受けとめていく必要があります。患者さんが感じているスピリチュアルペインを認識し、看護師自身も自己に向き合いながら、最期まで患者さんと「ともにいる」ことの重要性について理解を深めていきましょう。 スピリチュアル/スピリチュアリティとは スピリチュアルペインについて説明する前に、まずは「スピリチュアル」や「スピリチュアリティ」とは何なのかを押さえておきましょう。 スピリチュアルやスピリチュアリティは明確に定められた概念ではなく、その意味する内容は多義に渡っています。 欧米のスピリチュアリティの定義は、人生の意味と目的、赦し、愛情と関係、希望、創造性、宗教的な信条など多様な要素が含まれます。河 正子氏1)は、スピリチュアリティについて「個人の生きる根源的エネルギーとなるものであり、存在の意味に関わる。スピリチュアリティは個人の身体的、心理的、社会的領域の基盤として各側面に影響を及ぼす」とし、個人の中のスピリチュアルな領域を、身体的領域、心理的領域、社会的領域、すべての領域の「核」として、その関係を示しています。 以下に、WHO2)の「スピリチュアル」の考え方を表記します。 ● スピリチュアルとは、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である● 多くの人々にとって、「生きていること」が持つスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、スピリチュアルは「宗教的」と同じ意味ではない● スピリチュアルな因子は身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の「生」の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念と関わっている場合が多い● 特に人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認などと関連していることが多い スピリチュアリティは、人の存在の土台や生きるよりどころに関わるものであるため、死が差し迫ったときや死を意識するとき、苦悩が生まれます。終末期にある患者さんは、身体症状の悪化や、身体機能の低下、日常生活の制約の増大、他者への依存の増大などを体験します。その結果として、自己の価値観の再吟味を迫られたり、生のあり方を深めることを求められたりするなど、精神的・心理的苦痛とは異なる次元における苦悩が生じます。このように、「どう生きるか」についての苦悩をスピリチュアルペインと呼んでいます。 スピリチュアルペイン トータルペイン(全人的苦痛)の概念を提唱したシシリー・ソンダース(Cicely Saunders)氏3)は、「人は身近に死を感じるようになると、最も大切なことをはじめなくてはという思いになるし、真実なもの、価値のあるものを求めるようになる。また、不可能なこと、無価値なことを見分ける感覚が出てくる。不条理な人生に深い怒りをもち、過ぎ去った多くのことに後悔し、深刻な虚無感にとらわれる。ここにスピリチュアルペインの本質がある」と述べ、スピリチュアルペインとそのケアの必要性について言及しています。 看護師は、常に、患者さんが全人的な存在であることを踏まえケアしていく必要があります。すなわち、身体的、精神的、社会的な側面と同様に、スピリチュアルな側面での安寧(spiritual well-being)が保たれているかに注目しケアにあたることが大切です。 村田 久行氏4)は、スピリチュアルペインとそのケアを論じる場合、その背後に存在し、患者さんの苦しみに大きな影響を与えるのが、「死」という主題であると述べています。そして、哲学の一領域である現象学を基盤としたスピリチュアルペインの考え方として、スピリチュアルペインを「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義します。さらに、この苦しみを、人間の存在の三つの側面から捉えて、「時間存在」「関係存在」「自律存在」として分類しています(表1)。 表1 哲学的な視点によるスピリチュアルペイン スピリチュアルペインのアセスメント・ツール スピリチュアリティのアセスメント・ツールとして、FICA*1やDT Question Protocol*2などがありますが、日本でスピリチュアルペインの評価法として開発されたものが、Spiritual Pain Assessment Sheet(以下、SpiPas:スピパス)です(図1)。この研究では、終末期がん患者さんのスピリチュアルペインを、村田氏の「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義し、スピリチュアルペインは死の接近によって人間の存在構造の本質的な要素を喪失する(他者との関係性の喪失、自律性の喪失、将来の喪失)ことで引き起こされる、という概念枠組みを適用しています。 *1 FICA(Faith,Importance/Influence,Community,Address)Spiritual History Tool:アメリカの精神科医プチャルスキ(Puchalski)ら(2000)によって開発されたアセスメント・ツール。がん患者さんに対して、標準的な病歴にスピリチュアリティに関する自由回答式の質問を統合する方法として紹介された。FICAはFaith:信仰または信念・意味、Importance/Influence:重要性と影響、Community:グループと仲間、Address:取り組みの4つの次元においてスピリチュアリティを探究するための11個の質問で構成される。 *2 DT(Dignity Therapy)Question Protocol:カナダの精神科医チョチノフ(Chochinov)ら(2005)によって作成された心理療法的アプローチに基づく質問票。患者さんが捉える尊厳を調査し、その結果明らかとなった7つの尊厳のテーマから9つの項目を含む質問で構成される。これらの質問をもとに、終末期にある患者さんがこれまでの人生を振り返り、自分にとって大切なことを明らかにしたり、周囲に伝え残しておきたいメッセージを文書として残したりすることができるようになる。 SpiPasは、患者さんのスピリチュアルの状態についてアセスメント(スクリーニング)を行い、特定の次元(関係性・自律性・時間性)において現れるスピリチュアルペインをアセスメントし、個々の患者さんが抱えるスピリチュアルペインへのケアを導き出します。 図1 SpiPas 文献5)より許諾を得て転載 次回から、SpiPasを使用したアセスメントについて事例を用いて解説していきます。 >>次回の記事はこちら事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】 執筆:前滝 栄子京都大学医学部附属病院 緩和ケアセンターがん看護専門看護師 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)河正子.わが国緩和ケア病棟入院中の終末期がん患者のスピリチュアルペイン.死生学研究.2005,5,p.48-82.2)世界保健機関編,武田文和訳.『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア―がん患者の生命へのよき支援のために』金原出版,1993,p.48-49.3)Saunders C:Hospice Future,Morgan J (Eds),Personal Care in an Impersonal world:A multidimensional look at bereavement,New York,Baywood,1993,p.247-251.4)村田久行.末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア:アセスメントとケアのための概念的枠組みの構築.緩和医療学.2003,5,p.157-165.5)田村恵子,森田達也,河正子編.『看護に活かすスピリチュアルケアの手引き』第2版,青海社,2017,p.145-146.

第2回 みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?
第2回 みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?
インタビュー 会員限定
2024年5月7日
2024年5月7日

第2回みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは? 特別トークセッション 前編

2024年3月9日(金)に、銀座 伊東屋 HandShake Lounge(東京都中央区)にて開催した「第2回 みんなの訪問看護アワード」表彰式。エピソードを投稿された方をはじめとしたゲストの皆さまに全国からお越しいただき、表彰、特別トークセッション、懇親会などで盛り上がりました。ここでは、特別トークセッションの内容をピックアップしてお届けします。 ファシリテーターに東京医科歯科大学 国際健康推進医学 非常勤講師 長嶺由衣子さんを迎え、エピソードを投稿した背景や、訪問看護の領域で働くことを選んだ理由、この仕事の魅力などを、3人の受賞者の皆さまにお話しいただきました。前編では、エピソードを投稿したきっかけやその背景を深掘ります。 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師【登壇者】白﨑 翔平(しらさき しょうへい)さんいま訪問看護リハビリステーション(大阪府)「みんなの訪問看護アワード2024」入賞投稿エピソード「秋ひまわりプロジェクト:外出のきっかけづくり」新田 光里(にった あかり)さん@(あっと)訪問看護ステーション(東京都)「みんなの訪問看護アワード2024」入賞投稿エピソード「100年ぶりに入浴したU子さん」小野寺 志乃(おのでら しの)さん公益財団法人 宮城厚生協会 ケアステーション郡山「みんなの訪問看護アワード2024」入賞投稿エピソード「余命を伝えないということ。」 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2024年3月時点の情報をもとに構成しています。 宮城・東京・大阪の受賞者が登壇 長嶺: はじめまして、長嶺と申します。本日は皆さまにお話を伺えることを楽しみにしていました。いろいろと深掘りしていきたいのですが、まずは、訪問看護歴と簡単に自己紹介をお願いします。 小野寺: 「ケアステーション郡山」で働いている小野寺志乃と申します。郡山というと福島を思い浮かべる方が多いと思いますが、宮城県仙台市の郡山から参りました。1年8ヵ月ほど病棟で勤務したのち、早くから経験を積みたいと思って、組織内で異動して3年前から訪問看護師として働いています。本日はよろしくお願いします。 新田: 東京都立川市の「@(あっと)訪問看護ステーション」で働く新田光里です。看護師歴は20年ほどで、訪問看護師歴は14年を超えました。救急救命士として働きたいという思いもあったのですが、色々あって今は訪問看護師として、毎日自転車で利用者さんのお宅をまわっています。投稿エピソードに書ききれないほどの濃い日々を過ごし、利用者さんから学ばせていただいています。本日はよろしくお願いします。 白﨑: 大阪府の「いま訪問看護リハビリステーション」で作業療法士をしている白﨑翔平です。看護師である母の勧めで作業療法士の資格を取得し、現在13年目です。社会人1年目は三次救急に興味があったので病院で働き、ICUや病棟の看護師さんに色々と教えていただきました。20代半ばで外出介助のボランティア団体を立ち上げていて、こうした経験が今回のエピソードにもつながっていると思います。よろしくお願いします。 雑木林をひまわり畑に!利用者さんが外出するきっかけづくり 長嶺: ではまず、皆さんのエピソードをそれぞれ深掘りしていきましょう。白﨑さんから、このエピソードを投稿しようと思ったきっかけを教えてください。 白﨑: はい。今回の「秋ひまわりプロジェクト」でも協力してもらった同僚の訪問看護師さんに、「みんなの訪問看護アワード」の存在を教えてもらいました。本当は通院以外で外出しない利用者さんの外出するきっかけになればと思って「ひまわり喫茶」を企画していたんですが、残暑の影響でひまわりの開花が早く、実現できず残念に思っていたので…。そういった気持ちを昇華するためにもすすめてくれたんです。 長嶺: 白﨑さんが残念がっていたのが、きっかけだったのですか(笑)? 白﨑: そうですね(笑)。「ひまわり喫茶」をどうしてもやりたくて、企画書を書いて社長に提出し、予算もつけてもらっていたんです。ひまわり畑を作って、利用者さんにはひまわり畑を眺めながら担当の療法士や看護師との会話を楽しんでほしいと考えていました。テントを用意し、利用者さんへの招待状も全部送り終えていたんです…。準備万端だったので、中止になってとても残念でした。 長嶺: 雑木林をひまわり畑にされたんですよね。きっかけや経緯をもう少し詳しく教えていただけますか。 白﨑: きっかけは、一人の利用者さんとの出会いです。外出できるぐらい体調が落ち着かれたのですが、出かける目的がないから外出されていないとのこと。お花が好きな方だったので、お花畑があれば「お花を育てる役割」ができ、水やりをしに行くという外出目的が生まれると思ったんです。事務所の側にある雑木林をお花畑にしたいと思い、少しずつ整備していきました。 長嶺: お花畑を作ることが利用者さんの社会参加につながると考えたんですね。行動に移されたことが素晴らしいと思うのですが、一人で実行されたのでしょうか。 白﨑: 最初は、休日に雑木林へ一人で行って伐採していました。でも、土日担当の看護師さんに、徐々にバレ始めまして(笑)。そこから、その看護師さんが草刈りを手伝ってくれるようになり、他のスタッフもイベント企画に協力してくれるようになりました。 長嶺: 訪問看護ステーションが地域の資源や拠点となるんだと改めて教えてもらえるエピソードですね。純粋に、「すごいことをする人たちがいるんだな」と感動しました。ありがとうございます。 1年かけて信頼関係を築き、数年ぶりの入浴を実現 長嶺:続きまして、新田さんにエピソードを投稿したきっかけを教えていただきましょう。 新田:所長から回覧された昨年の受賞エピソード集を見たときに、今回のエピソードに登場するU子さんの笑顔が浮かんだんです。92歳で認知症があって、いろいろと看護は大変だったのですが、エピソードを書くことで、当時の気持ちをほかの看護師さんにも共有できる機会になると思いました。U子さんとのエピソードは本当にたくさんあるので、400字にまとめるのは大変でしたが、訪問看護のリアルさが伝わればいいなと思いながら書きました。 長嶺: 特にエピソードの最後の部分は臨場感が溢れていて、看護されているリアルな光景が思い浮びました。新田さんは、当初入浴を受け入れてくれない認知症のU子さんに憤りを感じていたということでしたが、憤りというのは、こうあるべしというイメージを今までの経験からあてはめてしまう専門職だからこそ沸き起こる感情だと思います。所長さんの助言が思考の転換になったんですよね。 新田: はい。以前の私の職場は救急部門で、当時は「ミッションをクリア」していくことが求められていました。その名残もあって、「皮膚トラブルを解消するために、どうしたら入浴してくれるか」と必死だったんです。しかし、一生懸命になればなるほど、U子さんには受け入れてもらえませんでした。まずは私の顔を認知してもらおうと、私の顔写真をお仏壇の隣に置いたり、低栄養で低ナトリウム血症があったので昼食を買っていってU子さんのお宅でランチしたり、いろいろとチャレンジしました。食事を一緒にすれば仲良くなれるかな、とも思ったんですよね。 こういった取り組みによってU子さんとの距離は近づいていきましたが、なかなかお風呂に入っていただくことはできませんでした。そんなとき所長から、「まず、あなたがU子さんを好きにならないとね」と助言をもらい、ハッとしたんです。入浴してくれないし、こだわりが強いし、私はU子さんを苦手になっているのかもしれない…と。それからは、U子さんの素敵なところに目を向け、U子さんの好きな「リンゴの唄」を一緒に歌ったり、戦時中の体験談を傾聴し労いの言葉をかけたり…といった関わり方を続けました。そして、1年ほど経ったころに、ようやく入浴につながったんです。所長は「利用者さんを大切に思いなさい」ということを、教えてくれたのだと思います。 長嶺: ありがとうございます。一緒に食事をして距離感が縮まるというのは、私も経験があります。入浴に成功した後、どうやって継続していくのかも大事であり、かつ難しい点だと思いますが、後日談はありますか? 新田: 「ピンクの服を着た新田が来ると、お風呂に入れる」という流れができて、しばらくは入ってくださっていたんです。ですが、長男が風邪をひいて私が仕事を休まないといけなくなって、別の看護師に行ってもらったら、それをきっかけに入浴されなくなって…。そのままご自宅で、お一人で旅立たれました。ルーティンが少しでもズレてしまうと、継続できなくなる認知症高齢者の難しさや厳しさについても、U子さんに教えていただきました。 長嶺: 同じ人じゃないと、継続できなかったということですね。受賞された時の周りの反応はいかがでしたか? 新田: 「よかったわね」と所長は喜んでくれましたし、受賞を報告した同僚の皆さんも「U子さんのお話を書いたなら賞をもらうよ。だって一生懸命頑張って関わっていたじゃん」と言って喜んでくれました。U子さんはうちのステーションの中でも名物おばあちゃんだったので、苦労も多かったですが皆に愛されていたのだなとも感じました。 3年前の3月11日に天国へ旅立ちましたが、U子さんはきっと、「私のおかげで受賞したのよ!」と言っていると思います(笑)。私も「U子さんのおかげでこんなに華々しいところに来れたよ!」と報告したいです。 長嶺: ありがとうございます。素敵なエピソードでした。 ご家族から「余命を伝えないでほしい」と頼まれたときのアプローチ 長嶺:続いて訪問看護歴3年目の小野寺さんです。エピソードを投稿しようと思ったきっかけを教えていただけますか。 小野寺: 施設内のスタッフへの連絡ボードを見て、投稿エピソードの募集の存在を知りました。「何か投稿しようかな」と思ったときに浮かんだのが、昨年の初夏に出会った60代で末期がんの男性利用者さんでした。「余命は伝えないでほしい」というご家族の要望がある中で、次第に具合が悪くなっていくご本人から「いつまで生きられるのか」と質問され、どう答えればいいのかわからず悩みました。訪問するたびに「帰りたい…」という気持ちになってしまって…。一番つらいのは利用者さんと支えるご家族なのに、私がこんな状態ではダメだと思いました。 そこで先輩の訪問看護師にどんなふうに声をかければいいのか相談したところ、「ただ話を聞いてあげるのも看護だよ」と助言をもらったんです。それ以降、模索しながら自分なりにコミュニケーションを取るようにしました。ご本人はつらかったと思いますが、そんな中でもご家族と温かい時間を過ごされていたのがとても印象的で、このエピソードを選んで投稿しました。 長嶺: 訪問看護歴に関わらずかもしれませんが、「余命を伝えない」という葛藤に皆さんも直面したことがあるのではないでしょうか。利用者さんが死期を悟り、「会いたい人がいる」と言われたことを知ったとき、何を思いましたか。 小野寺: 医師からあと2、3日が山になると言われた時から緊急コールが頻繁に鳴るようになり、「いよいよか」と心の準備をしていました。そして、利用者さんは家族・親戚に囲まれて息を引き取られました。翌日聞いた話では、亡くなる日の朝に「会いたい人に会わせてくれ」とおっしゃっていたそうです。余命は伝えなかったけれど、自分のことは自分が一番分かるんだろうなと思いました。自分で悟り、やりたいことをやりたいという気持ちになったんだろうなと。 長嶺: ありがとうございます。私は、ご本人の希望があれば余命を伝える派です。ただ、ご本人とご家族で伝えて欲しいかどうか意見が分かれることもあります。日本の場合、ご家族の意向を尊重する傾向があり、患者さんの意向なのに本人がなぜ知ることができないんだと思うこともあります。もちろん、ご家族から「余命を伝えないで欲しい」といわれれば尊重しますが、ただ、「ご本人が知りたいと言われたら、私は恐らく伝えると思います」とも言います。 絶対に伝えたいというわけではなく、本人の意思をどうすれば尊重できるのかという考えが根底にあるからです。私は、医師だから余命を伝えることができるケースがあるのですが、「余命を伝えないでほしい」とご家族から言われたとき、看護師の皆さんはどのようなアプローチをされているのでしょうか?手を挙げてくださった、受賞者の鳥居さんはいかがでしょう。 鳥居: 私も同じような経験があります。看護師は余命を言えません。その代わりに体の変化を伝えていくようにしています。「徐々に寝ている時間が増えてきますよ」「飲み物を飲めなくなってきますよ」といった体の変化を伝えていくと、ご自分で余命を悟られる方もいらっしゃいました。 長嶺: 言い方を変えながら、伝えていくということですか。 鳥居: そうですね。つい最近、お看取りした90代の方も同じような状況でした。ご本人は死期を悟っていたようで、「どうしてそのように(死期が近いと)思われるのですか?」と聞くと、「〇〇ができなくなってきたし、最近、俺、よく寝ているんだよな」と。「最期は苦しいのか?」「どんなふうになるんだ?」と私に質問されたので、「お休みになっているときはつらいですか」と聞き返したら、「いや。俺は寝ている時間に、そのまま逝くのかな」と話されていました。その後、吐血をするなど大変でしたが、ご家族にも死への準備教育をしていたので、「吐血をしたのですが、事前に聞いていたので慌てずに済みました」とおっしゃっていただき、最後までご自宅で介護され、看取ってくださいました。28年間訪問看護師をやっていると、余命を伝えないでとご家族から頼まれた経験はたくさんあります。でも、ほとんどの場合、ご本人はわかっていたように思います。 * * * 次回は、訪問看護の世界に身を置いた経緯や訪問看護の魅力を世の中に伝えるアイデアなどについて語り合います。>>後編はこちら第2回みんなの訪問看護アワード 訪問看護の魅力 特別トークセッション 後編 取材・執筆:高島 三幸編集:NsPace編集部

最期・お看取りエピソード
最期・お看取りエピソード
特集
2024年2月27日
2024年2月27日

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】

訪問看護では利用者さんの最期に関わることも数多くあります。「みんなの訪問看護アワード2023」に投稿されたエピソードから、利用者さんやご家族の最期の希望に寄り添い支援した感慨深いエピソードを5つご紹介します。 「残された時間を一緒に」 最期を看取るという利用者さんの奥様の強い覚悟を受け止めて、無事支援しきったエピソードです。 残された時間がない療養者の在宅療養を受けることを伝え、在宅医に了承してもらった。医師は「明日帰れないかもしれない、ギリギリの状態だ」と話された。翌日、在宅医は民間救急の後ろを走行し、訪問看護師は自宅で準備をした。自宅につくと妻と初対面の挨拶を済ませ、ベッドに移送し酸素吸入、持続点滴等を実施し療養者のケアをした。妻は自宅療養に至った話をしてくれた。面会制限があり毎日電話で話していたが、数日で話せなくなった。最期は家で看取る決意で退院を希望したと話された。「義父母の最期も見送ってきた私の役目だ、その時まで一緒にいたい」と話され妻の強い決意を感じた。親しい人が「ひさしぶり」「カラオケいったなあ」と明るく笑顔で妻や孫を交えて過ごされた。その笑顔をみられてうれしく思った。深夜に「呼吸が止まった」と妻からコールがあり、医師の死亡確認のあと最期のケアをおこなった。妻は「最後に一緒に過ごせてよかった」と話された。 2022年12月投稿 「大切な時間」 残された時間の穏やかな日常をサポートできるのは、訪問看護の冥利なのかもしれません。 退院を機に自宅で最期まで過ごすと決められ、ご依頼をいただきました。優しい奥様と笑顔のご本人様。かわいい猫ちゃん。スタッフの前では、感じていたはずの「痛み・苦しみ・辛さ」マイナスの言葉は心の奥底に封印され、食べたいものを食べて、笑ってお話しされていました。入籍一周年を間近に控えられていたこともあり、「一緒にお祝いしましょうね。」と訪問看護チーム全員でお二人の時間をサポートさせていただきました。2ヵ月もないほどの時間。少しでも寄り添い、お二人の気持ちを穏やかにすることができていたならこれ程幸せなことはないと思います。ご本人様にとって、ご家族にとっていつ訪れるか分からない最期の時間は色々な思いがあふれ出す時間だと思います。「できる限りのことをする。」これがうちの管理者の考え方です。大切な時間を一緒に過ごさせていただいたことにスタッフ一同感謝しています。 2023年1月投稿 「よりみち」 望む最期を迎えられるよう、利用者さんとご家族の希望に寄り添ったからこそ贈られた感謝の言葉だったのだと胸打たれるエピソードです。 ステーションへの帰りによりみちすると、庭に人影があった。「ああ、お世話になりました、四十九日が終わったところです。」草むしりを再開しながら「今年は花が早く咲いているの。姉が早く見せてくれているみたい。」胃がんの末期。腹水コントロールができるなら家にとおっしゃり、ご家族の希望で未告知のまま在宅療養が始まった。「新しい時代が来ましたね。どうなるのか不安でしたが、こうやって自宅で過ごせることが分かって安心した感じです。」ナートした留置針と延長チューブを通り、腹水はペットボトルにドレナージされた。腹水がオレンジ色のころに「最期まで家に居させて。楽に逝かせてほしい。」赤くなったころ「もう長くないと思う。だったらなおさら家族に最期の時期をみてもらいたい。」希望通りに「気がついたら呼吸が止まっていて…」とステーションに電話があった。「姉の生活は見ていて理想でした。」別れ際に妹さんは言ってくれた。 2023年2月投稿 「初めての看取り」 利用者さんに寄り添い心情を汲み取った一言に、利用者さんの心が救われたことが分かるエピソードです。 訪問看護師になってもう13年が経ちますが、未だに1番初めに携わった末期癌の利用者様の看取りは忘れられません。その方はまだ65歳になられたお若い男性でした。その方には内縁の奥様がいて、利用者様の「家で死にたい」との思いを受けて、病院を退院されました。訳ありのお二人にはほかに家族はおられず。私達とケアマネが唯一の縁者でした。緊張の面持ちで家での生活が始まりました。お二人の生活は経済的に厳しい状況であったため、奥様はパートを休むことができず、その間は利用者様が一人になります。奥様のいない間、3回訪問を提案し、体調をみさせていただいていました。初めは緊張して何もお話ししてくれなかった利用者様が、緩和マッサージ行っていた時、奥様との馴れ初めや境遇をお話しくださり、涙を流して、もうすぐ奥様を残して旅立つ自分の情けなさと、独りになる奥様の心配を話してくださいました。「私たちがいますから、奥様は大丈夫です。」と思わずでた言葉に「ありがとう。」と微笑んでくださいました。数日後、奥様の膝枕で、微笑んだお顔で旅立たれました。今でも奥様は事務所に時々お顔を見せてくださっています。 2023年2月投稿 「最期の笑顔に寄り添って」 偶然の中に縁を感じるとともに、投稿者さんを看護師に導いてくれたお父様への感謝も感じられるエピソードです。 訪問看護師の仕事をして23年目。たくさんの出会いがあり、お別れもあった。ある日のこと、午前の訪問先と午後の訪問先は不思議なことに、お二人とも年齢は90代の男性。どちらも奥さんが介護されていた。そしてどちらも男性のお孫さんがそばにいた。手も足も指の色は紫色になり血圧も低く、血中酸素濃度は測定できない。それでも意識はしっかりされていた。午前の方は、お孫さんが子供の頃、学習塾へ送迎をされていたことを奥さんが思い出して話をされた。お孫さんはしっかりと手を握り、「おじいさんわかる?」と声をかけ涙を流された時、頭を持ち上げお孫さんの顔を見てにこりとされた。午後の方はギャッチアップして口腔ケアの後、「Mさん今日もかっこいいですね」と声かけ、すると微笑まれた。奥さん娘さんお孫さんとで記念撮影をした。お二人ともそれが最期の訪問となり、静かに旅立たれた。訪問看護師として人生の最期の時を伴走して、ゴールテープを切られるのを見届けた。2月1日の訪問看護。その日は、私に看護師になることを勧めてくれた父の命日だった。 2023年2月投稿 最期のお別れを共有する存在 看護師は人の生と死に立ち会うことのある職業です。今回は最期の別れのエピソードをご紹介しましたが、旅立つ方にはなるべく心安らかに、見送る方には後悔なく見送れることを願う看護師としての想いが伝わってくるようでした。最期の支援を家族とともにできる看護師の誇りを感じるとともに、別れの儚さや切なさなど、いろんな感情が入り交じる感慨深いエピソードです。 編集: 合同会社ヘルメース イラスト: 藤井 昌子 

心不全の在宅移行と緩和ケアの課題&展望
心不全の在宅移行と緩和ケアの課題&展望
インタビュー
2024年2月20日
2024年2月20日

心不全の在宅移行と緩和ケアの課題&展望/クリニック医師×訪問診療医師 対談

広島市内で連携を視野に交流している、循環器専門の開業医・上田健太郎先生と、循環器外科から訪問診療に転身した伊達修先生。お二人に、心不全の地域診療の将来についてお話しいただきました。後編のテーマは、心不全の患者さんが訪問診療へ移行するケースや、心不全における緩和ケア、今後の展望について。心不全の在宅療養において訪問看護師に意識してほしいことも含めてうかがいました。 >>前編はこちら心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性/クリニック医師×訪問診療医師 対談 ▼プロフィール上田 健太郎(うえだ・けんたろう)先生上田循環器八丁堀クリニック 院長1994年広島大学医学部卒業後、同大附属病院内科研修医、公立三次中央病院循環器科、広島市立安佐市民病院循環器内科副部長、JA尾道総合病院循環器科部長等を経て2015年より現職。循環器内科専門のクリニックとして、心臓リハビリテーションにも力を入れている。日本循環器学会認定循環器専門医、心臓リハビリテーション指導士、日本高血圧学会指導医。伊達 修(だて・おさむ)先生コールメディカルクリニック広島 副院長1994年広島大学医学部卒業後、県立広島病院、倉敷中央病院、北斗循環器病院、北海道循環器病院等で心臓血管外科医としてキャリアを積んだ後、2016年から地元の広島に戻り内科に転向。広島みなとクリニックを経て2020年より現職。訪問診療医として地域の患者さんに寄り添っている。日本循環器学会認定循環器専門医、日本脈管学会認定脈管専門医、日本外科学会外科専門医。※文中敬称略 終末期の患者さんを家で診るのは難しい ー現在、心不全の患者さんが訪問診療へ移行する一般的なケースを教えてください。 伊達:大きく分けて、2つのケースがあります。(1)終末期を自宅で過ごしたいと患者さんやそのご家族がおっしゃるケース(2)患者さんの高齢化により通院が難しくなるケース まずイメージしやすいのは終末期でしょう。基幹病院に入院していて退院が難しくなったり、入退院を繰り返して心身ともにつらさを感じるようになり「もう入院は嫌だ」とおっしゃる患者さんを基幹病院から紹介いただいたりするケースです。この場合は終末期緩和ケアを行うことになります。 訪問診療中の伊達先生 上田:ご本人や家族の強い希望が原動力となって訪問診療に移行するケースですね。 伊達:そのとおりです。(2)は、慢性心不全の患者さんが高齢になって通院が難しくなって在宅で受け入れるケース。上田先生が訪問診療との連携を考え始めたきっかけとしてお話しくださったようなケースですね。(前編を読む>>心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性)慢性心不全は入退院を繰り返す病気ともいわれていますが、在宅で慢性心不全の治療を行うことで再入院率を下げることができないかと思いながら日々診療しています。 上田:伊達先生は、(1)と(2)のどちらのケースがより難しいと感じますか? 伊達:(1)の終末期の患者さんです。循環器疾患の終末期の患者さんを家で診るのは非常に難しい。がん患者さんの場合は、緩和のステージに入った段階で在宅を選ぶことが増えていて制度的にも整っているし、紹介する側である基幹病院の先生方の意識も十分醸成されている。一方で循環器となるとまだまだ在宅で過ごすことは難しいというムードが、患者さんにもドクターにも強いのだと思います。 上田:患者さんご自身やそのご家族も、「循環器の病気は病院で最期を迎えるのが当然」だと考えている部分もあるのかもしれませんね。 しんどいと思ったときが、緩和ケア導入時期 ー先ほど、終末期の緩和ケアに触れていただきました。心不全における緩和ケアについて、具体的なケア方法や導入時期などお聞かせください。 伊達:心不全は病気の症状そのものがつらいので、治療それ自体が緩和ケアのひとつだと思います。私はかなり手前の段階から、直接の疾患の治療とは別に症状の苦痛を取ることを真剣に考える必要があると思っているので、導入時期は「患者さんがしんどいと思ったとき」だと考えています。 ちなみに心不全領域の緩和ケアの話題でいうと、心不全緩和ケアトレーニングコースである「HEPT(HEart failure Palliative care Training program for comprehensive care provider)」が、若い先生を中心に広まりつつあるのは、大変頼もしいことだと思います。 上田:終末期には鎮痛目的での緩和ケアも行うことはありますか? 伊達:もちろんあります。ニトログリセリンを一日何回も使っていた在宅の患者さんにオピオイドを処方したら、「これは楽になる」といって使ってくれたケースもありました。症状が軽いうちに利尿剤の量や血圧の値を調整する治療を行ったんですが、在宅診療において治療と並行して患者さんの苦痛を取るケアをしていく必要性を感じましたね。 心不全の在宅診療は成長段階 ー心不全に関して、地域診療で感じる課題について教えてください。 伊達:まず、循環器疾患の終末期の患者さんが訪問診療を受けているケース自体が少ないんです。そうすると、当然ながら訪問看護師さんも心疾患のある方の終末期看護の経験数が少ない。講習会などで知識を得ても、実務経験が足りないというのはひとつの課題だと思います。 上田:私も同じ課題感を持っています。心不全の終末期を在宅で診る体制は経験も人材もまだまだ足りておらず、心臓の病気は急変があるので医師も看護師も敬遠しがちです。「心不全が増悪する、不整脈が出て倒れる、そうなったら対応に困る」と思われている方も多いでしょうが、安定しているときは安定するし、悪いところをうまく処置すれば回復もします。 経験を積んでくると「こういうときに悪くなりやすい」ということが分かるようになるし、分かると対応できるようになって自信にもつながります。 ー医師も看護師も、まず在宅診療の経験を積む必要があるということですね。 上田:そうですね。私のクリニックで行っている心臓リハビリは看護師に任せていますが、入職の段階で心臓リハビリの経験がある看護師は一人もいませんでした。ほとんどが経験ゼロで、経験者にサポートしてもらいながらレベルアップしていったので、訪問診療についてもまず経験してもらう必要があると思っています。 上田循環器八丁堀クリニックの皆さん 伊達:課題はありますが、将来の展望は明るいと思いますよ。どの疾患も通って来た道で、今は家に帰ることが珍しくなくなったがん患者さんも、一昔前は家に帰れなかったわけですから。 ただ、循環器の疾患の場合、良くなったり悪くなったりする特徴があるので、家で全部ケアするのは難しいと思います。悪くなったらどうしても基幹病院などで治療しなければいけないので、今後は病院と訪問診療と、さらに上田先生のような専門のクリニックとのやり取りがスムーズにできるようになることが求められるのではないでしょうか。 私たちが診ている心不全の患者さんでも自宅と病院を行き来する方はいらっしゃいます。ただ、私たちが介入しなかったらもっと行き来が増えてしまうので、少しでも家で落ち着いて過ごせる時間を延ばして、入院回数と入院期間を少なくすることが目標です。 どんな小さな変化でも知らせてほしい ー心不全の患者さんが在宅で療養するにあたって、訪問看護師はどのようなことを意識すれば良いでしょうか。 上田:先ほどの話と重複しますが、慢性心不全は良くなったり悪くなったりを繰り返す特徴があります。そして悪くなるきっかけはさまざまです。風邪で調子を崩すとか、1週間で体重が2kg増えたとか、不整脈が増えてきているとか。寒くなると血圧が上がるので、季節的な影響も大きいですね。そういった、バイタルも含めた体調の変化を把握して、医師に知らせてもらえるとありがたい。ある程度予測することができれば、再入院を回避できる可能性は高くなります。そうはいってもなかなか難しく、私自身もうまくいかないことはありますけどね。 伊達:上田先生と同じく、小さなことでもぜひ共有してもらえたら助かります。ACPの話(前編を読む>>心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性)でもそうですが、看護師さんがご存じの患者さんの情報をどれだけ教えてもらえるかによって、医療の質が変わりますから。 とはいえ、「こんな小さなことで連絡するのは…」と共有を控えてしまう看護師さんもいらっしゃるだろうと思います。 上田:そうですね、医師へのいわゆる「報・連・相」に難しさを感じている訪問看護師さんが少なくないと思います。当院では患者さんに心不全手帳を持ってもらっていて、週1回リハビリに通っている患者さんに関しては非常に有効なツールだと感じています。そういうツールを介して医師とコミュニケーションを取ると仕事がしやすくなるのではないでしょうか。 伊達:看護師さんが医師に対して感じる壁を取り去るのは医師の責任だと思っています。当院では情報共有にメールを使っています。メールだと電話よりも報告しやすくなると思いますよ。医療用のSNSもありますが、まだ使いにくいところがあるので、もう少し使いやすくなるといいですね。 上田:私たち医師同士の連携だけでなく、医師と看護師との連携を進めていくことが、地域診療の可能性を広げるカギになると考えています。地域医療で心不全を診られる社会を、一緒に目指していきましょう。 ※本記事は、2023年11月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月6日
2024年2月6日

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「不眠」です。 不眠とは睡眠の開始と維持に関する問題があり、日中に倦怠感や思考低下、意欲低下、食欲低下といった不調が出現している状態。不眠は、入眠困難(寝つきが悪い)、中途覚醒(何度も目が覚める)、早期覚醒(早朝に目が覚める)などに分類される。 がん患者さんにみられる不眠 睡眠は疲れた心身を回復させ、体調を整えるために大切です。しかし、がん患者さんの30~50%が不眠を経験するといわれており1)、がんと診断された直後や治療中、治療終了後、緩和期などに不眠で悩む人は少なくありません。 事例:Cさん(80代、女性、独居) 肝臓がんの診断で手術を受け、経過に問題なく半年前に退院。近隣に住む息子夫婦が連れ添い、定期的に外来通院し検査を継続。薬剤管理や体調確認目的で訪問看護を利用しています。 退院直後は気が張っている様子で元気そうだったCさん。ところが、近頃あまり元気がありません。訪問看護師が問いかけてみると、「何だか夜眠れなくて。昼間にうとうとしてしまい、結局1日何もできない。こんな生活だと張り合いもないし、食欲もない」との返事がありました。 訪問時、がん患者さんから「以前に比べて疲れやすくなった」「よく眠れない」「眠りが浅い」という悩みを訴えられることが少なくありません。Cさんの場合、眠れないことに加えて、そのことが日中の生活に影響している様子もうかがえました。 不眠の状態を評価する DSM-5では、不眠の診断基準として入眠困難、中途覚醒、早期覚醒のうち1つ以上を伴い、日中の社会的、行動上などの生活機能障害が週3回以上あり、3ヵ月以上持続すると定義しています2)。 Cさんにどのように眠れていないのか詳しく聞くと、「寝ようと思って11時には布団に入るけれど1時過ぎまで眠れない。寝る時間は遅いのに朝5時には目が覚める」と話されました。これは入眠困難と早期覚醒に該当します。また、家にいるときだけでなく、デイサービスの間も眠気があり、こうした状態が3ヵ月以上も続いているとのことでした。 訪問看護師は、Cさんの不眠の原因を探ると同時に、まずは薬物療法以外の方法で、生活の中に取り入れやすい工夫を紹介することにしました。 睡眠を妨げる原因を把握する 不眠の原因には、がんの進行や治療による痛み、入退院による環境の変化、服用している薬剤の影響などがあります。さまざまな精神疾患の前駆症状や随伴症状である可能性もあります。患者さんの不眠の原因を見きわめ、適切な対応につなげることが大切です。 Cさんは、現段階では痛みや発熱など身体的な苦痛は感じていません。退院後の生活にも大きな変化はないため、それらが不眠の原因とは考えにくい状況です。そこで、不安や適応障害などの心理的な原因がないか確認してみることにしました。 すると、Cさんは「家に一人でいると、これから先どうなるのか、再発したらどうすればよいのかと、とりとめもなく考えてしまう」と話されました。Cさんの病状は一段落しており、子どもたちが家に来る機会もすっかり減っています。日々の困りごとは医師や看護師、家族に相談できているので、何も手につかないくらい不安な状況ではないそうですが、一人で過ごす時間が長くなり、そうしたことを考えてしまうようです。 睡眠習慣の見直しを中心に対応 不眠への対応のポイントは原因を取り除き、症状を緩和することです。訪問看護師はCさんの訴えから、不安の緩和、現在服用している薬剤の調整と睡眠に関する療養相談を行うことにしました。 不安の緩和 Cさんは漠然とした将来への不安を抱え、ストレスを感じているようです。まずはCさんの不安を緩和するために、十分な時間をとって話を聞くようにしました。 薬剤の調整 Cさんは通院している大学病院の肝胆膵科以外にも、内科や整形外科、泌尿器科、眼科、耳鼻科など多くのクリニックを受診し、さまざまな薬剤を処方してもらっています。そこで、かかりつけ薬局に相談し、薬剤調整と不眠の原因になる薬剤がないか確認してもらうことにしました。 また、医師にも相談し、不眠時の内服薬が開始されることに。Cさんは「薬に頼ると中毒みたいになってやめられないのでは」と心配されましたが、訪問看護師が医師の指示通り適切に服用することで依存状態にはならないと説明することで服用に納得されました。 なお、痛みや息苦しさといった苦痛症状が睡眠に影響している場合は、その症状を緩和する方法を医師や薬剤師に相談しましょう。 睡眠薬を使用する際は、非がん患者さんで呼吸不全症状があると、薬剤の呼吸抑制作用が強く出る場合があるため注意が必要です。また、肝不全や腎不全などの患者さんの場合、薬剤の代謝・排泄に影響するため、肝機能や腎機能の状態を確認しながら使用します。睡眠薬については医師や薬剤師と十分相談するようにしてください。 睡眠に関連する療養相談(非薬物療法) 非薬物療法として、夜間の睡眠のみに注目するのではなく、日々の生活リズムの見直しも大切です。またCさんからは「決まった時間に寝て、決まった時間に起きなければならない」との思いが強くあるような印象も受けました。そのため、これまでの睡眠習慣に固執せず、今の自分自身にあった睡眠習慣を身につけてもらえるようなサポートを行うことにしました。 具体的な対応は以下のとおりです。 [1]生活リズムの見直しをすすめる<具体策> 何時に寝て、何時に起きているかを確認し、希望する睡眠時間が年齢相応か確認する。加齢に伴い実際に眠れる時間は短くなる。「寝なくては」と必要以上にベッドで横にならず、患者さんの年齢に応じた睡眠時間を把握し、その時間、眠れるように工夫する。就寝時間をコントロールするのではなく、起床時間をコントロールする。寝る時間が短くなっても熟眠感が得られるような睡眠パターンに目を向けることが大切。日中に適度な運動を行い、朝食をしっかりと摂るようにする。眠たくなってからベッドに入るようにし、環境と入眠開始の関連づけを行う。午睡はしないほうがよいが、日中どうしても眠いときは、15時までに20~30分程度の短い午睡をとるようにする。 [2]眠れないときの対応を伝える<具体策> ベッドに入っても寝付けないときは、いったんベッドを離れ、眠たくなったら再びベッドに入るようにする。 [3]眠る前の注意事項を伝える<具体策> カフェインを摂取しないようにする。就寝前にリラックスできる習慣があれば取り入れる。 非がん患者さんにみられる不眠への対応 心不全や呼吸不全のような非がん疾患の場合は、上記の内容に加え、睡眠を障害する症状の緩和ケアが必要です。例えば、終末期心不全では、60~88%に呼吸困難、69~82%に全身倦怠感、35~78%に疼痛、70%前後に抑うつ症状があるといわれています3-5)。これらの症状に対応することが睡眠障害の改善につながります。がん患者さんとは異なり、「寝てしまうと、もう起きられないのではないか」というような漠然とした不安を訴える方も多い印象があるため、強い不安を認めた場合には不安に対する支援が大切です。 * * * 不眠は身体疾患や精神疾患と相互的な因果関係があるといわれています。不眠の原因への対応を念頭に置きつつも、不眠そのものに積極的な介入が推奨されています。このため、眠れないという訴えをおろそかにせず、しっかりと受け止め支援してほしいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)谷向 仁著.「不眠」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.311.2)American Psychiatric Association. 『Diagnostic and statistical manual of mental disorders(DSM-5®)』. Washington, DC, American Psychiatric Pub, 2013.3)Krumholz HM, et al. Resuscitation preferences among patients with severe congestive heart failure: results from the SUPPORT project. Study to Understand Prognoses and Preferences for Outcomes and Risks of Treatments. Circulation 1998; 98: 648–655.4)Levenson JW, et al. The last six months of life for patients with congestive heart failure. J Am Geriatr Soc 2000; 48: S101–109.5)Solano JP, et al. A comparison of symptom prevalence in far advanced cancer, AIDS, heart disease, chronic obstructive pulmonary disease and renal disease. J Pain Symptom Manage 2006; 31: 58–69. 【参考文献】〇 厚生労働省.健康づくりのための睡眠指針2014(平成26年 3月).https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf(2023/10/20閲覧)〇 国立がん研究センター.がん情報サービス「眠れない・不眠 もっと詳しく」.https://ganjoho.jp/public/support/condition/insomnia/ld01.html(2023/10/20閲覧)

地域住民の心身の健康のために【訪問看護認定看護師 活動記/東北ブロック】
地域住民の心身の健康のために【訪問看護認定看護師 活動記/東北ブロック】
コラム
2024年1月23日
2024年1月23日

地域住民の心身の健康のために【訪問看護認定看護師 活動記/東北ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 東北ブロック、戸崎 亜紀子さんのご登場です。訪問看護師になったきっかけや、東日本大震災のご経験、地域のニーズに向き合う活動、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の啓発活動などをご紹介いただきます。 執筆: 戸崎 亜紀子星総合病院 法人在宅事業部長/在宅ケア認定看護師総合病院で急性期看護を経験した後、育児・介護のため一時退職。クリニック勤務を経て星総合病院に入職し、精神科病棟を経験した後、訪問看護ステーションへ。訪問看護ステーション管理者、在宅事業部事務局長、法人看護部長を経て、現職。2009年~ ポラリス保健看護学院 非常勤講師(在宅看護論)2012年~2021年 福島県訪問看護連絡協議会 理事、副会長2015~2016年 福島県看護協会 施設・在宅看護師職能委員会2016年~ 郡山医師会 在宅医療介護連携推進特別委員会メンバー2021年~ 日本訪問看護認定看護師協議会 理事2022年~ 感染管理認定看護師教育課程開設準備 東北ならではの在宅看取り実践事例を紹介 まずは、訪問看護認定看護師協議会の東北ブロックについてご紹介します。東北ブロックの会員数は10名です(2024年1月現在)。少ない人数ですが、年に2回は仙台に集合して研修を行ってきました。近年はオンラインでのミーティングや研修もできるようになり、交通費や移動時間の心配がないぶん、より活動しやすくなっています。 2021年に、協議会では日本財団支援事業として全国 各ブロックで「在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成事業」に取り組みました。東北ブロックの私たちもオンラインでの打ち合わせを重ね、研修当日は東北の訪問看護師86名に対して、東北ならではの実践事例を紹介。それを踏まえたディスカッションも行うことができました。これは、認定看護師として力が発揮できたと実感でき、自信になる取り組みでした。 ※参考日本訪問看護認定看護師協議会「2021年度日本財団支援事業(遺贈基金) 在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成プロジェクト」 東北ブロック活動報告(PDF) ブロック活動では、悩みや境遇が近い認定看護師同士でディスカッションでき、刺激を受けることや励まされることが多くあります。今後もっと仲間が増えることを切に願っています。 「家に帰りたい」患者さんのために さて、ここからは私自身の経験や活動内容についてもお話ししていきたいと思います。 私が訪問看護を始めたきっかけは、当時ナースバンク(現福島県ナースセンター)からお知らせのあった「訪問看護婦養成講座」です。「ブランクの不安解消になるのでは」という安易な気持ちで参加したのですが、その講座で介護保険や訪問看護制度を知ったことが、私の転機になりました。 急性期病院で働いていたとき、「家に帰りたい」と言いながら病棟で息を引き取っていった終末期の患者さんたちを数多く看てきましたが、仕方のないことだと思っていました。それが「今の時代なら自宅に帰してあげられるんだ」と知り、衝撃を受けたのです。 「ぜひ訪問看護をしたい」と現在勤めている法人に就職し、病棟で精神科看護を経験したのち、訪問看護ステーションに異動となりました。精神科訪問看護や介護保険での高齢者の訪問、在宅看取りに携わりました。 3.11東日本大震災を経験。災害への想い 私が訪問看護認定看護師になったのは、訪問看護ステーションに勤めて4年目の2010年のこと。退院調整でがん性疼痛看護認定看護師と協働する機会があり、彼女に大きな刺激を受け、44歳で認定看護師になったのです。 学んだことを活かしてより深くアセスメントできるようになり、やりがいをもって活動していた矢先、2011年に東日本大震災と原子力発電所の事故が起きました。当地は津波こそない地域でしたが、震度6弱の揺れにより自宅が全壊判定となる被害を受け、余震と放射能の恐怖や先の見えない不安のなか、無我夢中で日々を送りました。 星総合病院 被災写真(2011年3月12日撮影)。スプリンクラーが作動し、二次被害も危惧されたため、300人以上の患者さんは全員避難。当日のうちに、法人の関連病院や地域の急性期病院に振り分けた そのような状況下で私が前を向くことができたのは、認定看護師教育課程の先生や同期の仲間、その他大勢の方々が心を寄せてくださったおかげです。そして、自分の看護を待っている方がいることも、大きな支えでした。突然病気や障害を抱えることになった患者さんの気持ちと、突然被災した自分を重ねることも度々ありました。被災者になってみて、看護のもつ力、例えばそばにいること、見通しに関する情報を提供すること、関心を寄せ続けることなどが大きな力になると実感し、この経験から数多くのことを学びました。 実は震災の2年前、「宮城県沖地震(1978年)が再来する確率80%以上」といわれていました。そのため、当時所属していた部署で阪神・淡路大震災や新潟県中越地震が起きた際の訪問看護ステーションの事例を読み合わせし、対策を検討する機会を持ちました。この会を通じて、電話がつながらなくなり安否確認に苦労した話や、波打った道路や崩れた塀などで夜間の訪問が危険になった話を知り、当時できることを検討して取り組みました。そのうちのいくつかは、東日本大震災の時に現実に。「念のため」と思って対策していたことが、まさかこれほど短期間のうちに役に立つとは、思いもよりませんでした。 近年は「想定外の災害」「命を守る行動を」といった言葉を、頻繁に耳にするようになりました。新型コロナウイルスのパンデミックも災害といえます。「大丈夫だろう」ではなく、「起きるかもしれない」と自分事として考えておくこと。そしてBCPを作成しておくこと。私はこれらの大切さを、身をもって実感しています。 今年度(2023年度)に日本訪問看護認定看護師協議会がBCP作成支援事業に取り組むことになり、私は担当理事になりました。BCP作成に対して億劫なイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、本当に役に立ちますし、必要なものです。参加した事業所のBCP作成をしっかりと支援すべく、委員一同本気で取り組んでいます。 地域のニーズに応え、幅広く活動 訪問看護ステーションに勤めている間に、所属する法人が「看護師特定行為研修機関」になり、私も研修を受講できました。地域で働く看護師こそ、これにより裁量権が増えて活躍できるのではと、心躍りました。 ※参考:公益社団法人 日本看護協会 「特定行為研修制度とは」 当時、当法人では「医療機関ではあるが、もっと地域のニーズを拾い、できることをしよう」と在宅事業部事務局を創設することになりました。そこに私が異動することになり、「法人の看護職がもっと地域のニーズに向き合い、看護の視野を広げ活躍できるように」という想いを抱きながら、法人在宅事業部事務局長に就任しました。総合病院に籍を置きながら、現在でも地域の方々と数多くの接点を持ち、「つながっていく」ための活動をしています。 「懸け橋メイトミーティング」 2019年、星ヶ丘福祉タウンでの懸け橋メイトミーティングの様子 市内地域の訪問看護ステーションや病院の退院調整担当者、そしてケアマネジャーを巻き込んで、多職種連携研修を行っており、「顔の見える」関係構築につながっています。 コロナ禍もオンラインやハイブリッド方式で継続し、年に3回程度実施しています。 「どこでもメディカルセミナー」 特別養護老人ホームにて演習付き講義を行った際の様子 地域の医療介護従事者に向けた出張型研修プログラム。地域との連携強化につながっています。申込者と職員とのマッチングをし、研修をコーディネートをしています。 「オレンジカフェ☆キラリ」 オレンジカフェにて人生会議に関する健康教室を開催した際の様子 認知症疾患医療センターと連携した認知症カフェの取り組みです。星総合病院の敷地内で、原則月に2回開催しています。 複数の専門職やボランティア、学生等が参加しており、健康体操、健康講座などのイベントをあわせて開催しています。 2019年のお花見ツアー企画 カフェ常連の認知症当事者の方と介護者・スタッフとで、お花見ツアーも行いました。 写真に写っている認知症当事者の方(右)の一言が発端で、お花見が実現しました。 コロナ禍で中断したものもありますが、これら以外にも精神科の患者さんやお子さんを対象としたイベントも含め、数多くの取り組みを行ってきました。 こうした活動を通して、地域住民の方がぽつりぽつりと健康相談・介護相談・認知症の相談をしてくださるようになりました。見知らぬ人同士が出会って、信頼関係ができ、いろんなつながりができる。訪問看護の経験が大きく活きる活動でした。 「あなたらしい生き方」を支えるために 最後に、私が注力してきたACP(アドバンス・ケア・プランニング)に関する活動もご紹介します。 これまで、たくさんの高齢者や終末期の利用者さん、そのご家族との出会いがありましたが、皆さんそれぞれに文化や思いがあります。こちらの常識で決めつけてはいけないということ、看護職が行う情報提供の必要性や、看護職だからこそできる情緒的なサポートの重要性、そして、看取り支援をするためには、ヘルパーやケアマネジャーと情報を共有し、チームで利用者さんとご家族を支えることがとても大切なのだと学びました。 患者さんや地域住民だけでなく、病院職員も含めたすべての人にACPの啓発活動をしていくべきとの思いから、2018年に法人内の事務職やセラピスト、医師も含めACPプロジェクトチームを創設しました。 ACPプロジェクトチームは少しずつ活動を広げ、今も法人各施設から多職種を委員として選出して定例会を実施しています。全職員向けの研修会、新入職員研修での「もしバナカードゲーム」を用いたACP啓発活動や、地域住民向けの出前講座なども行っています。2020年にはACP啓発ツール「未来への手紙」~ACPのすすめ~の作成と配布を開始しました。 参考: 公益財団法人 星総合病院 ACPプロジェクトチーム Webサイト(「未来の手紙」のダウンロードも可能) 2017年の職員向け「もしバナカードゲーム」体験会の様子 社会資源として、地域住民の健康を支える 色々と立場は変わってきましたが、私の活動の判断基準は常に「そのことが地域住民の心身の健康につながるか」です。 人生において「入院患者」としての期間はほんの一部分で、その前後は「生活者」です。私たちが提供する医療や看護は、その方のQOLを良くすることにつながらなければいけないと思っています。当法人は「病気を治療するだけでは人は健康に暮らすことができない。地域が必要とする救急医療・高度医療・専門医療並びに介護・福祉事業の提供をもって地域の公衆衛生の向上に資することを事業として行う」と掲げています。 認定看護師になったばかりの頃、所属法人の理事長から「あなたは社会資源となりなさい」という言葉をいただきました。今後も、自分の言葉、振舞い、活動が少しでも地域住民の健康に暮らすことの一助になるように、活動を続けていきたいと思います。 * * * 最後になりますが、この原稿の校正中に令和6年能登半島地震が発生しました。被災された方々に心からお見舞い申し上げます。当協議会ができる支援を考え続け、何らかの活動をしていきたいと考えています。少しでも安心と安寧の時間が増えていきますように。 ※本記事は、2024年1月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

訪問看護のケアで後悔・葛藤したエピソード【訪問看護のつたえたい話】
訪問看護のケアで後悔・葛藤したエピソード【訪問看護のつたえたい話】
特集
2024年1月16日
2024年1月16日

訪問看護のケアで後悔・葛藤したエピソード【訪問看護のつたえたい話】

訪問看護の仕事は、時に自分の力不足により迷惑をかけてしまうことや、適切な支援ができないこともあります。また何が正しいのか、どういう支援をするのが良いのか答えが出ず葛藤する場面に遭遇することもあるでしょう。「みんなの訪問看護アワード2023」から、そうした後悔や葛藤を感じたエピソードを5つご紹介します。 「終末期ケアで大切なもの」 「最適な看取り」とは何かを考えさせられるエピソードです。 訪問看護を始めて3年目のころ、乳がんの末期のOさんを受け持ちました。娘さんとは疎遠だったものの病気の悪化もあり、介護に協力してくれるようになりました。娘さんと過ごせることがOさんの喜びになっているのが、お話を聞くだけで伝わってきました。しかし、癌が悪化し、痛みが強くなってきたころ、入院をすすめられたOさんですが、「病院は嫌、家にいたい」という気持ちが強く麻薬を使いながら、訪問回数を最大限まで使い、自宅での生活を続けました。最初は娘さんも介護を頑張っていましたが、次第に疲労がたまり、変わりゆく母の姿が悲しくなってきていました。薬で意識が朦朧となる中、Oさんの目から涙が溢れたことが忘れられません。結局、娘さんの身体を考え、入院を選択し、Oさんは1週間後に病院で亡くなられました。私は看護師としてどうしたら1分1秒でも長く娘さんとの時間を過ごすことができたんだろう、自宅で娘さんの腕の中で最期を迎えることはできなかったのかと後悔が募ります。その人らしい看取りとはなんなのかということをOさんのケアを通して考え、まだ私の中ではっきりとした答えが出ていません、この答えを探すため、奮闘しています。 2023年1月投稿 「『みんなよく頑張りました。本当に楽しかったです。』と妻。」 末期の利用者さんを支えるご家族に寄り添う看護師の葛藤や感謝が綴られたエピソードです。 57歳、男性、脳腫瘍の末期で、訪問看護が導入された患者さん。余命宣告を受けてから1年経過、抗がん剤治療を受けながら、病院から在宅診療となりました。副作用のこともあり次の抗がん剤は希望されず経過を見ることとなりました。軽度の右麻痺や巧緻障害などがある中、妻は献身的にご主人を支えておられました。てんかんや吃逆など、長引きはしない症状もあり、いつ急変してもおかしくない状況で入浴介助を行い、状態観察をしていました。BSCの方向で、病院から紹介されていたのですが、在宅生活が2ヵ月以上安定した所、妻より、急変したら、病院に行き、最善のことをしてあげたいと言われ、奥様の意見に傾聴し、訪問医へ相談していました。末期の患者さんを支える家族の葛藤は計り知れず、看護師としての立場だけでは、どう寄り添っていけば良いのか、答えが見つからず、苦悩している矢先に、下血で急変しました。意識レベルが低下した状態で、止血剤、胃薬、補液の点滴で、意識が回復され、そこから、寝たきりの状態から数日経過し、コロナ禍の中、病院では難しい、親戚、友人との面会もでき、永眠。最後の妻の言葉がタイトル通りです。奥様に感謝です。 2023年1月投稿 「自分のエゴとの葛藤と1つの答え」 利用者さんと家族との希望が相違したとき、悩むケースは多いでしょう。その時々の状況や環境で判断することはもちろん大切ですが、「やりきることの大切さ」を学んだエピソードです。 訪問でのリハビリテーションの考え方を学ばせていただいた経験です。その方は難病を患いながらも自宅での生活を送られておりました。しかし徐々に病状は進行し、家族の手を借りる場面が増えていきました。本人の希望は「家にいたい」、家族の希望は「いずれは施設」。私自身としては、本人の希望をお手伝いしたく生活面や運動に対する指導を繰り返し行いましたが、いつまでも反映されず…。いつしか、熱の入った指導は自分のエゴなのでは?と思うことが増え、徐々に消極的な介入にシフトしていきました。その後も状況は好転せず、最終的に本人の希望しない施設入所が決まりました。サービス終了後、本人の理解が得られるまで戦い続けなかったことを強く反省しました。仮に将来的にも理解されないままだったとしても「こちら側が先に手を引くことは本当に後悔が残る」こと、また「人様と関われる時間は有限である」という認識を持つ大切さを学ばせていただきました。 2023年2月投稿 「辞めたい自分が出会えた看護のカタチ」 このまま看護師を続けるべきか…。葛藤を抱えていたからこそ、利用者さんが前向きになってくれたエピソードです。 「私は訪問看護師です。」とまだまだ自信を持って言えない半年くらいの話。私は病棟の看護師を2年くらいで辞めて、先輩の紹介で同世代の訪問看護ステーションに入社。うまく打ち解けられないし、仕事も慣れたけどなんだかやりがいも感じない。そんな日が続いていて。たくさん失敗もしてもう辞めてしまおうかなって思ってた。そんなときに出会った患者さん。高齢の旦那さんと二人暮らしだった。口癖は「もう私はいいんだ、いつ死んでも」。だからご飯もリハビリももう食べたくもやりたくないとベッドでずっと寝ながら話してた。褥瘡があったから、毎日訪問をした。その人はお店をやっていて、いつも行くとこのようなことを言いながら笑顔で迎え入れてくれた。逆にその方が私の話を聞きたいと言ってくれて話してるうちに色々な感情が溢れて泣いてしまった。たくさん聞いてくれた。その後から相手も少しずつ私に色々話してくれるようになり、「あなたのためにも頑張らないと!」とご飯も少しずつ進んで、歩く量も増えた。この時の行動は訪問看護師としては失格だと思う。だけどその時の自分でしか見つけられなかった患者さんの思いだなと感じた。 2023年1月投稿 「なんもできないけど」 新人訪問看護師として、どうすればいいかわからない。悩みながらも寄り添う努力を続けたエピソードです。 「お前なんかなんもできないんだから帰れ!」怒鳴られても側にいたい。そう思っていました。利用者さんは70才男性。膵癌末期。現役の造園業で職人気質。同居の孫は父親がなく、重度の知的障害児でした。自分が死ぬと残された家族はどうやって食べて行けばいいのか…体調を崩すと不安で焦慮し、訪問の際には予後予測の質問攻めでした。ある夜、陰嚢が腫れているから管を入れて水を抜いてほしいと連絡があり緊急訪問。管を入れても腫れはひかないことを再三説明しても納得されず、怒鳴られる始末。浮腫が全身に広がっており病態は悪化傾向。訪問看護を始めたばかりの私はどうしていいか分からず、涙をこらえてただ側にいることしかできませんでした。何もできないけど、側にいて体をさする毎日。そのうち私に笑顔をくれ、体を摩っている間は、穏やかに熟睡されるようになりました。未熟な私でも寄り添うことができていたのでしょうか…今でも思い出します。 2023年2月投稿 看護に絶対や正解はない 今回は、支援する中での葛藤や後悔したエピソードをご紹介させていただきました。実際に訪問看護をしていると、「こうすればよかった」「あのときこっちを選択していれば」「もっと自分に力があれば」と感じることがあるでしょう。しかし、看護には「絶対こうすれば成功する」「こうすることが正しい看護だ」という答えはありません。大切なのは利用者さんやご家族のニーズを捉え、どのように看護を提供していくことがいいのかを考えて、誠心誠意実践していくことなのかもしれません。どこか看護倫理の原点でもあるナイチンゲール誓詞を思い出すようなエピソード5つでした。 編集: 合同会社ヘルメースイラスト: 藤井 昌子 第2回「みんなの訪問看護アワード」エピソードの募集は終了いたしました。たくさんのご応募ありがとうございました。>>イベント詳細はこちらから第2回「みんなの訪問看護アワード つたえたい訪問看護の話」 特設ページ

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年1月9日
2024年1月9日

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。今回のテーマは「せん妄」です。在宅で特に問題となる「過活動型」の事例をもとに、訪問看護師ができる支援について考えたいと思います。 せん妄とは意識障害を主体としたさまざまな精神症状を呈する状態。不穏や興奮、落ち着きのなさがみられる過活動型と、傾眠や活動性の低下がみられる低活動型に分けられる。身体の不調や薬剤の使用などによって急速に発症するのが特徴。 がん患者さんにみられるせん妄 せん妄は終末期のがん患者さんにはよくみられる症状です。予後1ヵ月程度の場合には30~50%、予後数日から数時間では80%以上の方がせん妄を経験するといわれています1)。このことからも在宅でのがん患者さんの看取りにかかわる上でせん妄は避けては通れない問題であることが分かります。 事例:Bさん(80代、男性、妻と2人暮らし)  直腸がんでストーマを造設し、ご自身でストーマ管理を行ってきたBさん。術後に化学療法を受けてきましたが、病気の進行もあり、BSC(ベストサポーティブケア:積極的ながん治療は行わず、症状の苦痛緩和を主に行うこと)に移行。また、自宅での看取りを希望され、訪問診療と訪問看護が開始されました。 Bさんは倦怠感が強く、寝ていることが多いのですが、トイレとシャワーだけは「自分でやる」と家族の手伝いを断り、気丈に振る舞われています。ご家族はふらつくBさんを心配しながらも、Bさんの意思を優先し、見守っていました。 Bさんの異変 ある朝、「ベッドからBさんが滑り落ちてしまった。よくわからないことを言って、私の言うことも聞いてくれない」と妻から連絡が入りました。訪問看護師が急いで駆けつけると、Bさんは床に寝たままの状態で、視線も合わず、意識の混乱が見られます。訪問看護師は、Bさんに声をかけながら全身状態を確認し、外傷もないようなので全介助でベッドへ戻し、医師に臨時の往診を依頼しました。 妻に状況を詳しく聞くと、実は最近Bさんは日が暮れるころになるとおかしな発言をすることがあり、気になっていたと話されました。今日も、明け方にBさんがつじつまの合わない話をし始めたと思ったら、ベッドの上で立ち上がろうとして、おしりから滑り落ちたとのことでした。 訪問看護師は、Bさんの言動がいつもと異なることからせん妄を疑いました。症状のアセスメントを行い、今後の対策を考える必要がありそうです。 アセスメントツールでせん妄の有無を評価 せん妄かどうかの評価はアセスメントツールを活用するとよいでしょう。さまざまなツールがありますが、ここでは国立がん研究センター東病院で開発された「せん妄アセスメントシート」(図1)を紹介します。このアセスメントシートにはせん妄のリスク評価から予防ケア、せん妄症状のチェック、せん妄出現時の対応までがステップごとにまとめられています。順番にチェックしていくことでせん妄対策が行える有用なツールです。 図1 せん妄アセスメントシート 国立がん研究センター東病院「せん妄アセスメントシート」(先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野より許諾を得て転載)https://www.ncc.go.jp/jp/epoc/division/psycho_oncology/kashiwa/090/20171115095243.html(2023/9/15閲覧) 早速シートに沿ってBさんの症状を評価します。まず、「STEP1 せん妄のリスク」です。Bさんの場合、「70歳以上」の項目が該当しますので、そのまま「STEP2 せん妄症状のチェック」に進みます。Bさんの様子を観察すると、視線が合わずにキョロキョロしており、つじつまが合わない言動が見られます。時間を確認してみると「うるさい」の一言しか返ってきません。STEP2に記載されている項目に複数当てはまるため、そのまま「STEP3 せん妄対応」へと進み、介入策を検討することにしました。 せん妄の治療とケア 「STEP3 せん妄対応」にも記載されているとおり、せん妄が起こったときに大切なのはせん妄に関係する因子のアセスメントを行い、改善が可能な因子に積極的に介入することです。せん妄には「準備因子」「直接因子」「促進因子」があること(図2)を念頭に、改善や除去が可能な因子があるかアセスメントし、介入策を検討します。 それとともにせん妄を起こしている患者さんの苦痛に十分配慮し、積極的な薬剤の使用を医師や薬剤師に相談します。Bさんのケースでは臨時の往診の後、リスペリドンを処方してもらいました。 図2 せん妄の発症 Bさんの場合、直接因子としては薬剤の影響、促進因子としてはがんによる疼痛が考えられます。そこで、疼痛緩和目的でモルヒネを頓用で使用し、安定した疼痛コントロールを行うことに。同時に、家族が服薬で苦労しないように、鎮痛のベースをテープ剤に変更したり、Bさんが自分で剥がせない適切な貼付位置を妻に指導したりといったサポートを行いました。薬剤師にも相談し、Bさんの処方薬を見直し、服用する薬剤を極力減らすようにしてもらっています。 自宅の環境を生かした対応 Bさんはベッド上で起き上がったり、転倒の危険があるのに一人で動いたりしています。このようなせん妄の症状から万が一のことを考え、転倒してもけがをしないように、低床ベッドを導入し、ベッド横のフローリングには布団やクッション、マットなど自宅にある衝撃を吸収できるものを敷くことにしました。 また、Bさんは昼間に寝てしまい、明け方に症状が活発化し転倒したことから、昼夜のリズムを整えるケアも必要です。例えば、日中はテレビをつけっぱなしにして生活の中の音が途絶えないようにし、午睡を避ける対策をとりました。自分の家にいるという安心感を最大限活用しながら工夫できることを検討し、実践していきました。 家族が安心して介護できるようにサポート 在宅では家族の介護力を確認し、必要に応じてサポートすることも大切です。病院とは異なり、在宅ではせん妄の症状が起こったとき、家族が対応しなければなりません。Bさんがつじつまの合わない話をし始めたり、そわそわと落ち着きがなくなったりした場合にどう応じるのがよいのかを妻と時間をかけて話し合いました。 Bさんは終末期せん妄を発症していると思われ、それはお別れの時が近づいているサインでもあります。不可逆的なせん妄である可能性も伝えた上で、Bさんの発言に対応する具体的な方法を説明しました。例えば、理論的に答えを返すのではなく、「そうだね」と相づちを打って同意を示す、否定的な声かけはしない、低めの落ち着いた声でゆっくり話すほうがよいといったようなことです。 また、対応に疲れてしまったときは、病院や施設などの利用を検討することも大切であり、つらいときにはいつでも相談してほしいと伝えました。困ったときにサポートできることを保証するのも訪問看護師の大切な役割です。在宅におけるせん妄へのケアでは、ご家族の苦痛にも目を向け、支えていく態度が求められます。 その後、妻は「自分一人では夫の面倒を見られないけれど、夫は最期まで自宅にいたいと思うから」と話し、それまで消極的だったホームヘルパーを積極的に利用するように。娘とも連絡をとり、娘家族が頻繁に家に訪ねてくるようなりました。 Bさんはつじつまの合わない発言はあるものの、薬物療法を開始したこともあり、落ち着いて過ごせる日が多くなりました。そして、孫に氷を口に入れてもらって、家族に囲まれながら最期のひと時を過ごし永眠されました。 * * * 在宅におけるせん妄への対応は、自宅がもつ環境による癒しの効果を最大限に活用して行います。そこが病院での対応と大きく異なる点です。せん妄が出現したときに、寝ること、食べること、トイレに行くことなど、生活に必要な動作を安全に行うにはどのようなサポートが必要か。また、ご家族がどのように対応したいと思っているかを話し合いながら、できる限り今まで送られてきた日常生活の様子を壊さないような調整を心がけてみてください。せん妄の症状があっても、残された時間を穏やかに過ごせるようなアイデアをご家族と一緒に考えてみるのはいかがでしょうか。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】 1)小川朝生著.「せん妄」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.329.

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