ターミナルケアに関する記事

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月29日
2023年8月29日

悪性腹水の原因と対応【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)。痛みも落ち着き、倦怠感も以前ほどではなくなりました。しばらくは症状がうまくコントロールでき安定していましたが、最近、腹部の膨満感が出現するようになりました。在宅主治医によると、膵臓がんが腹膜に播種したがん性腹膜炎による腹水であろうとのこと。今回はがんの影響によって生じる腹水の緩和ケアについて解説していきます。 悪性腹水のメカニズムと緩和ケア 悪性腹水は進行がん患者においてしばしば見られる症状です。たまった腹水が少量であれば自覚症状はあまりありませんが、大量にたまると外観の変化やさまざまな自覚症状が出現します。主な症状は腹部膨満感や腹痛、胸やけ、悪心・嘔吐、食欲不振などです。 腹水がたまる原因には、滲出性と漏出性の2つがあるといわれています。例えば、がん性腹膜炎で腹水がたまるのは滲出性によるものです。腹膜上にがん細胞が拡散すると、それぞれのがん細胞の周囲で、がん細胞と戦うため炎症が起こります。この炎症の結果、滲出液と呼ばれる液体が出てきて腹腔内に蓄積されていきます。 漏出性の代表例は肝硬変やネフローゼです。腹膜自体に異常はなく、血液中のタンパク質濃度が低下することによって浸透圧が低下し、血管から水分が漏れ出し、腹腔内にたまってしまう状態です。この場合、利尿薬を使用して水分貯留を改善させることが少なくありません。 しかし、がん緩和ケアの現場では、どちらか一方のみが原因というよりは、これら2つが重なりあって腹水が生じるといわれています。どちらの原因が主体なのかはケース・バイ・ケースです。抗炎症薬としてのステロイドで症状が軽快するケースもあれば、利尿薬が有効なケースもあり、両者を組み合わせることもあります。 さて、訪問看護師であるあなたは、今日は在宅主治医に同行し、Aさんのご自宅に訪問しています。在宅主治医はAさんの腹部の状態を確認し、悪性腹水であることを確信したようです。 在宅主治医: 触診でも波動を感じますので、ほぼ腹水で間違いないと思います。次回は携帯型の腹部エコーを持参して詳しく検査してみましょう。 Aさん: 腹水ですか……。次から次へとおかしなことが起こるので不安です。どのようにすればよいのでしょうか? あなた: 確かに次から次に嫌なことが起こりますよね。それでもAさんはこれまで一つひとつ、乗り越えてこられたと思います。Aさんのつらさが少しでも楽になるように私たちが協力しますので、つらいときは遠慮なく教えてください。 Aさん: はい、ありがとうございます。  症状に応じて利尿薬の投与、腹腔穿刺を行う 在宅主治医: Aさん、まずはお腹に水がたまりにくくなるように利尿薬を使用しましょう。それでも水がたまり、苦痛が強いようであれば、お腹に針を刺して水を抜く治療もあります。腹部膨満感がすみやかに解消されるので、楽になる方は多いですよ。(利尿薬の使用については【ワンポイントメモ】「利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?」参照) Aさん: そうなんですね。少し安心しました。今はそれほどつらくはないのですが、悪化したときにどうなるのかが不安でした。 あなた: 利尿薬が開始されるとトイレに行く回数が増えると思います。Aさん、トイレに行くのは大変ではないですか? Aさん: 自分で歩いて行けるのですがよろけることがあるので、トイレにも手すりがあればいいのにと思うことはあります。 あなた: 確かにそうですね。ケアマネジャーさんに連絡して、手すりの設置を相談しましょう。ベッドの近くにトイレを置くこともできますが、それはいかがでしょうか? Aさん: 手すりはお願いしたいのですが、ベッド脇のトイレはまだ必要ないと思います。 あなた: わかりました。 Aさんの自覚症状の程度や環境整備への要望を確認したところで、あなたと在宅主治医はAさんのお宅を後にしました。帰り道の途中で、あなたは気になっていた腹腔穿刺について医師にたずねました。 あなた: 先生、腹腔穿刺は在宅でも可能なのですか? 在宅主治医: もちろん可能です。腹部エコーで腹水がたまっている場所を確認してから、局所麻酔を行い、血管留置用のプラスチック留置針を用いて穿刺します。量が多いときには2Lほど抜けることもあります。 あなた: 処置のとき、私たちがお手伝いできることはありますか? 在宅主治医: 通常、腹腔穿刺は1時間程度かけて行います。最初の30分くらいは私たちも患者さんを観察していますが、それ以上の時間になるとほかの訪問診療があるので、ずっと付き添うことは厳しいのです。急激な腹腔穿刺中に血圧が下がることもありますので、患者さんの苦痛の確認とバイタルサインのチェックを行っていただくと助かります。訪問看護ステーションによっては、排液がなくなったことを確認し、留置針を抜いて消毒し、創処置をしてくれます。 あなた: 私たちも管理者と相談して、お手伝いしたいと思います。先生、もう1つ教えてください。抜いた腹水を処理して、体内に戻す治療があると聞いたことがあるのですが……。 CARTや腹腔静脈シャントについても知っておこう 在宅主治医: CART(cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)、腹水濾過濃縮再静注法のことですね。腹水を抜けるだけ抜いて、がん細胞や細菌などを取り除き、タンパク質(アルブミンやグロブリンなど)の有用成分を濃縮して体内に戻す治療です。一般には在宅ではできないので、通常は病院で1泊から2泊入院して行います。点滴をしながら腹水をできるだけたくさん抜きます。腹水のたまるスピードが速く、何回も穿刺が必要になるならAさんと相談してもよいかもしれませんね。 あなた: CARTはすべての病院が対応してくれるわけではありませんよね? 在宅主治医: それぞれの病院ごとに異なるのが実情ですが、一生懸命情熱を持ってCARTに取り組んでいる先生もいらっしゃいます。そんなドクターのことを知っておくことも大事かもしれませんね。 あなた: はい、わかりました。先生、いろいろと教えていただきありがとうございました。お引き止めして申し訳ありませんでした。 あなたはステーションに帰り、がん看護専門看護師の先輩Bさんにもう1つ気になる治療法があったので質問してみました。 あなた: 先輩、最近Aさんに腹水がたまるようになってきたのです。以前、何かの本で読んだことがあるのですが、お腹にカテーテルを埋め込んで静脈に戻すポンプのようなものがあるようなのです。この治療法について何かご存知ですか? Bさん: それは腹腔静脈シャント、別名「Denver(デンバー)シャント」のことね。手術を行って、腹腔内と鎖骨下静脈を直接つなぐ特殊なカテーテルを埋め込むの。そのカテーテルには逆流防止弁が付いていて、腹水が静脈内へ流れるようになっているのよ。腹壁に固定した小さな風船状のポンプがあって、それを患者さん自身が何回も押し込むことで腹水がくみ上げられて静脈の中に押し込まれるの。 あなた: 大きな手術が必要になるのですね。 Bさん: そうなの。Aさんの今の状態では手術を行うことは難しいかもしれないわね。症例数も少ないから、がん性腹膜炎に対してこの治療を行うことに対してまだ評価が定まっていないのよ。がん細胞も静脈の中に入る可能性があるし、心臓にも負担がかかるかもしれない。 あなた: そう簡単にはできないことがよくわかりました。 苦痛症状の緩和には看護ケアの力を Bさん: そうね。でもあなたがAさんに寄り添い、彼を支援することはまだまだできるはずよ。徐々に症状が進んできて、Aさんは不安を感じているはず。なるべく腹部膨満感が強くならないような食支援を行ったり、腹部が張っていても安楽に過ごせるような環境を整えたり、Aさんが少しでも安心して過ごせるように私たちにできることはたくさんあるわ。おそらくご家族もすごく不安を感じているのではないかしら。ご家族のケアをしっかりやっていくこともとても大切よ。 あなた: そうですね。Bさん、ありがとうございます。まだまだやれることがありますよね。もっとAさんとご家族に寄り添って1日1日が生活しやすいように援助していきます。 * その後、Aさんは腹腔穿刺を数回行いました。全身の衰弱が進み、約1ヵ月後にご自宅で旅立たれました。オピオイド投与もうまくいき、大きな苦痛を感じることなく過ごされたことが、ご家族にとっての救いになっていたように思われました。担当訪問看護師であるあなたにとってもよい仕事ができ、大きな学びがあったケースとなりました。 【ワンポイントメモ】 利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?確かに少し脱水気味になります。だからといって大量の輸液を行うと、逆に腹水が増えてしまうとの報告があります。また、がん緩和期では患者さんが乾いた状態(ドライサイド)で管理したほうが、より苦痛が少なくなるといわれています。ほかに胸水や気道分泌物が多い場合も輸液が多いと悪化すると指摘されています。その意味からも輸液を最小限にして、ドライサイドにしたほうが苦痛の軽減につながると考えられているのです。強い脱水や電解質異常で患者さんが苦しまないように、採血を行い、その程度を評価し、投薬量や投薬内容を調整します。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月22日
2023年8月22日

がん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】

あなたが担当する末期膵臓がん患者のAさんは、近頃、体重減少と食欲不振がみられ、がん悪液質の状態にあるようです。Aさんの症状緩和について先輩訪問看護師に相談したところ、治療薬「アナモレリン」について教えてもらいました。あなたは治療に関してさらに詳しく知りたいと思い、在宅主治医に相談してみることにしました。 >>前回の記事はこちらがん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】 がん悪液質の薬物的治療 あなた: 先生、Aさんのことで相談があります。最近、Aさんにがん悪液質と思われる体重減少や体動困難が見られるようになり、横になっていることが多くなりました。せっかく痛みがよくなっているので、家族との思い出づくりもしていただきたいのですが、それもできず、食欲も低下しています。そこで調べたのですが、「アナモレリン」という薬が食欲改善に有効と聞きました。先生、Aさんにこの薬を投与してみるのはどうでしょう。 在宅主治医: よく勉強しましたね。私もその薬をそろそろ使うべき時期と考えていました。使用してみましょう。それ以外にも有効とされる薬剤があるので、アナモレリンの効果を見ながら試してみるとよいかもしれません。 あなた: 先生、「それ以外の薬剤」には、どのような薬剤があるのですか? 在宅主治医: まずはステロイドです。炎症性サイトカインの放出ががん悪液質の原因の一つという話は聞いたことがありますね。ステロイドは炎症性サイトカインの放出を抑制し、炎症反応を減少させることでがん悪液質の全身倦怠感、食欲不振といった症状を改善させてくれます。 あなた: ステロイドには糖尿病や骨粗鬆症といった副作用がありますが、Aさんに投与しても問題ないのでしょうか? 在宅主治医: Aさんに残された時間はそれほど多くありません。長期間の投与になるわけではないので、副作用も限られるでしょう。血糖値が上昇すれば対応しますが、厳密なコントロールは必要ありません。高血糖で昏睡に陥るようなことにならなければよいのです。 あなた: ひどい高血糖にならないように、私たちも血糖チェックを行うことにしますね。先生、ほかにはどのような薬剤が使用されているのでしょうか? 在宅主治医: アナモレリンとステロイドも含め、がん悪液質に有効とされる薬剤を整理してみましょう(表1)。 表1 がん悪液質に有効とされる薬剤 あなた: 漢方も使用されているのですね。とても勉強になりました。ところで先生、Aさんは現在もリハビリテーションを継続していますが、体力的に問題はないのでしょうか。どうも無理をさせているような気がするのです。  がん悪液質の非薬物的治療 あなたはリハビリテーションがAさんの体力をさらに消耗させているのではないかと心配しています。ところが、在宅主治医の見解はまったく異なるものでした。 在宅主治医: 本人がリハビリテーションをやめたいと言っているのであれば、やめてもよいのですが、私は継続するほうがよいと思っています。もちろん、筋肉減少がリハビリテーションだけで解決できるわけではありません。運動療法以外にも、先ほど説明した薬剤の投与や栄養対策を行って、がん悪液質の進行をできるだけ抑えることが重要だと考えています。それに、リハビリテーションはAさんの「自分でトイレもいけなくなった」といった人生への無意味感につながるスピリチュアルペインを和らげてくれる可能性もありますよね。 あなた: なるほど、そうだったのですね。教えていただきありがとうございます。リハビリテーションはこのまま続けたほうがよさそうですね。先生、栄養対策のお話がありましたが、栄養対策としてはどのようなことを行えばよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね。十分量のエネルギーとタンパク質の摂取が必要ですが、進行したがん患者さんは味覚も低下します。味のはっきりした食事のほうが食べやすいこともあるので、さまざまな味の栄養剤を併用したり、甘いアイスやプリン、ゼリーといった食材を追加したりする方法もあります。タンパク質であれば、料理に加えるだけで手軽に補給できる市販品を試してみるのもよいでしょう。 また、口の中のことも考える必要があります。歯の調子が悪くて食べられなかったり、ステロイド投与中に口腔カンジダが発症して食事量が低下したりすることもあります。歯科医や歯科衛生士との連携も大切だと思いますよ。 あなた: なるほど。栄養士さんの栄養指導も必要そうですね。ありがとうございます。Aさんやケアマネジャーさんとも話し合ってみます。 * がん悪液質の非薬物的治療において、栄養療法単独の介入ではあまり有効性は指摘されていません。運動療法では身体機能やQOLの改善が得られたとの報告はあるものの、エビデンスが得られたリハビリテーションプログラムは週に2~3回、1回60~90分の運動であるため、高い脱落率が問題と考えられています1),2),3)。現在、栄養療法、運動療法を同時に介入させる試験が進行中です。 がん悪液質には集学的治療が必要 がん悪液質は進行すると治療に反応しにくくなります。在宅で療養する患者さんの場合、かなり進行した状態であることが多いですが、治療に反応することも少なくありません。がん悪液質にはステージ分類があり、EPCRC(European Palliative Care Research Collaborative:欧州緩和ケア共同研究)によって前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つに分類されています4)。前悪液質と悪液質のステージでは早期介入が求められる段階で、不応性悪液質のステージでは緩和的治療がメインになります。この分類でいうとAさんは悪液質から不応性悪液質の状態ですので、治療による症状改善が期待できる状況です。 がん細胞による炎症は全身のさまざまな臓器に影響を及ぼします。脳に働き食欲を抑制したり、骨格筋の分解を促進し筋量を減少させたりします。肝代謝にも影響し、栄養成分の代謝が不良になります。また、脂肪が非効率的に消費され、急速に減少します。そこに高齢や併存疾患、抗がん剤の治療毒性、廃用症候群といった要素が加わるため、臨床像は一人ひとり異なります。そのため、がん悪液質の治療には、薬物療法や栄養療法、運動療法などを含めた集学的な治療が必要とされています。 したがって、その治療には医師、看護師、栄養士、理学療法士、臨床心理士、歯科医、歯科衛生士などの多職種によるチーム連携が必須であり、これらを在宅で機能させることが重要です。その中でも訪問看護師の役割は大きく、それぞれの職種を結びつける役割が期待されています。また、患者さんの揺れ動く思いに寄り添い、失った機能に対する落胆にも寄り添い、共感し、ときには励まし、一緒に歩む姿勢も求められているといえます。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】1)Oldervoll LM, et al. Physical exercise for cancer patients with advanced disease: a randomized controlled trial. Oncologist 16(11), 2011, 1649-1657.2)Adamsen L, et al. Effect of a multimodal high intensity exercise intervention in cancer patients undergoing chemotherapy: randomised controlled trial. BMJ. 2009; 339: b3410. doi: 10.1136/bmj.b3410.3)Rummans TA, et al. Impacting quality of life for patients with advanced cancer with a structured multidisciplinary intervention: a randomized controlled trial. J Clin Oncol. 24(4), 2006, 635-642. 4)Fearon K, et al:Definition and classification of cancer cachexia:an international consensus. Lancet Oncology. 12(5), 2011, 489-495.

緩和ケア 悪液質
緩和ケア 悪液質
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

がん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)、病院での治療を終え、現在は在宅で療養生活を送られています。訪問看護師であるあなたはAさんの担当です。退院直後のAさんの問題は疼痛コントロールでした。オピオイドの処方を調整し、Aさんの痛みはだいぶ緩和されてきたのですが、また新たな問題が。今回からはがん患者さんにみられる疼痛以外の症状を取り上げ、緩和ケアについて解説していきます。 食欲がなく体重も減ってしまったAさん オピオイドの増量後、Aさんは夜間痛みのために目が覚めることはなくなり、体を動かしてもそれほど痛くはなくなってきたそうです。たまに背部にしびれるような感覚があるものの、特段つらくはないとのこと。疼痛管理がうまくいっているようです。 ところが、最近Aさんから「だいぶ痩せた」「体力がなくなった」との訴えが聞かれるようになりました。確かに、この半年の間に63kgあった体重が5kgも落ち、現在は58kg。食事量も減り、以前に比べると半分の量も食べられず、好きだった肉料理も残すことが増えているようです。体力面では、主に下肢の筋力維持を目的に、週1回1時間の訪問リハビリテーションを継続していますが、室内を歩く速度が遅くなり、ふらつくことも増えてきました。 「何かできることはないのかなぁ……」、訪問から戻ってきたあなたはステーションでため息をつきました。そのため息を聞いた訪問看護師のBさんが「どうしたの?」と聞いてくれました。Bさんは、がん看護専門看護師の資格を持つ、ステーションのみんなが最も頼りにしている先輩です。 あなた: Aさんのことで悩んでいます。痛みはよくなったのですが、最近だるさを訴えています。元気がなくて、痩せて弱ってきているように思えるのです。何かできることはないのでしょうか……。 Bさん: Aさんといえば肝転移もあって、治療が終了した方ね。痩せてきているということはがん悪液質かもしれないわね。 あなた: 「悪液質」ですか? がん悪液質発生のメカニズム がん悪液質とは、がんの進行に伴う筋肉減少によって引き起こされる食欲不振や体重減少、体力の低下、倦怠感などを含む症候群のことをいいます。体重減少の要因には低栄養状態も考えられますが、それとは異なり、がん悪液質の場合、安静時の代謝の亢進や筋肉の分解を伴うことが大きな特徴です。老年領域でよく聞かれるフレイルも筋肉減少症(これをサルコペニアと呼びます)を伴いますが、代謝異常や筋肉分解は起こらないことが多いです。 では、どうしてがん患者さんはがん悪液質の状態に陥るのでしょうか。そのメカニズムはすべて解明されているわけではありませんが、がん細胞から分泌される炎症性サイトカインが代謝の異常や食欲不振を引き起こすと考えられています。 「アナモレリン」が症状緩和に期待 あなたは、体重が減少し、筋肉が減っているのであれば、筋肉を作れるようにすればよいのでは、と考えました。そこでBさんに「タンパク質の摂取をすすめるのはどうか」とたずねてみました。 Bさん: それはそのとおり。でも食欲が落ちて、好きだった肉料理もあまり食べられない今のAさんに、無理矢理食べさせるのは簡単なことじゃないわ。 あなた: 確かに……。「食べたくても食べられない」、そんなAさんにどのようにアプローチすればよいのでしょうか。 Bさん: そうね、できることはまだあると思う。「グレリン」というホルモンのことは聞いたことがある? あなた: はい。確か、食欲を引き起こすホルモンだったような。 Bさん: 正解。グレリンは胃から分泌されるホルモンで、摂食亢進作用や成長ホルモンの分泌促進作用があるといわれているの。このホルモンが分泌されることで食欲が刺激され、さらに成長ホルモンが代謝異常を改善させる可能性も指摘されているのよ。 あなた: どうすればグレリンの分泌を促せるのでしょうか? Bさん: 「アナモレリン」という薬剤が治療薬として使われているわ。アナモレリンがグレリンの分泌を促進するといわれているの。 あなた: それはすごい! アナモレリンを処方してもらうのがよさそうですね。さっそく在宅主治医の先生に相談してみます。 Bさん: ちょっと待って。薬だけですべて解決されるわけではなく、これはあくまで一つの方法。アナモレリンの処方によって逆に調子が悪くなる人もいるから、ケース・バイ・ケースで考えてみてね。 あなた: わかりました。いつもありがとうございます。 Aさんの症状緩和に希望を感じたあなた。いつも穏やかに話を聞いてくれる在宅主治医にさっそく連絡してみることにしました。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回の記事はこちらがん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

漫画「人生最高のラブレター」
漫画「人生最高のラブレター」
特集
2023年7月19日
2023年7月19日

受賞作品漫画「人生最高のラブレター<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、高倉 陽子さん(帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木/神奈川県)の入賞エピソード「人生最高のラブレター」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「人生最高のラブレター」前回までのあらすじ 間質性肺炎を患い、在宅酸素療法を行っていた利用者の中川さん。奥様は、ご自身の病気がありながらも献身的に介護をしていました。次第に中川さんの症状は悪化し、余命3ヶ月と宣告…。悩みながらも在宅で最期を迎えることを選択しました。 >>前編はこちら受賞作品漫画「人生最高のラブレター<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 人生最高のラブレター<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:高倉 陽子(たかくら ようこ)さん帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木(神奈川県)受賞のご連絡をいただいたとき、たまたまその場に同僚たちがいる状況だったので、みんなで一緒に驚き、喜びました。エピソードを書くにあたっても、内容や表現について所長や同僚に相談し、たくさんのアドバイスをもらったので、みんなでとった賞だと思っています。また、漫画化していただいたことで、色々な方々にこのエピソードを知っていただけることになり、とてもうれしく思っています。 [no_toc]

漫画「人生最高のラブレター」
漫画「人生最高のラブレター」
特集
2023年7月18日
2023年7月18日

受賞作品漫画「人生最高のラブレター<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、高倉 陽子さん(帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木/神奈川県)の入賞エピソード「人生最高のラブレター」の漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 人生最高のラブレター<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「人生最高のラブレター<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:高倉 陽子(たかくら ようこ)さん帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木(神奈川県) [no_toc]

がん身体症状の緩和ケア
がん身体症状の緩和ケア
特集
2023年7月4日
2023年7月4日

オピオイドスイッチングとタイトレーションとは【がん身体症状の緩和ケア】

前回に引き続き、Aさんを交えた投薬内容を見直すカンファレンスからスタートです。Aさんは膵臓がんで、つらい痛みが続いています。Aさんの鎮痛効果を高めるために何ができるのか、一緒に考えていきましょう。オピオイドスイッチング、タイトレーションについても解説します。 前回までのあらすじ 痛みのコントロールがうまくいっていないAさん。その状況を在宅主治医に伝えたところ、主治医からカンファレンス開催の提案がありました。早速、訪問看護師であるあなた、薬剤師、ケアマネジャー、在宅主治医がAさんの自宅に集まり、Aさんの投薬内容を見直す話し合いがスタートしました。 まずはオピオイドの量を増やし、便秘症状を緩和するためオピオイド誘発性便秘症治療薬であるナルデメジンの併用が決まりました。さて、カンファレンスの続きはどうなったでしょうか。 >>前回の記事はこちら鎮痛薬使用の4原則とWHOの三段階除痛ラダーとは【がん身体症状の緩和ケア】 カンファレンスメンバー 画像素材:PIXTA あなた: 先生、痛くなったときの対応はどうしたらよいでしょう。処方されているロキソプロフェンナトリウムではあまり効果がないように感じます。 在宅主治医: 確かにあまり効果はなさそうですね。膵臓がんの場合、腹腔神経叢への浸潤を多く認めるため、侵害受容性疼痛だけではなく、神経障害性疼痛も混ざっている可能性があります。ロキソプロフェンナトリウムから神経障害性疼痛にも有効といわれているオキシコドン速放性製剤に切り替えましょうか。Aさん、突然起こる痛みのときは、かなり強い痛みだったのではないですか? Aさん: はい、みぞおちあたりとその反対側の背中がじくじくと痛くなり、急に耐えられなくなるほど痛くなることがあります。その痛みが20~30分ほど続くことが1日に数回あります。 在宅主治医: 今回、徐放性製剤の量を倍の20mgに増やすので、その反応を見きわめましょう。増量は、通常1日投与量の30~50%量が目安ですが、これにあまりこだわる必要はないでしょう。そして、疼痛時にオキシコドン速放性製剤を10mg服用してみてはいかがでしょうか。まずはAさんの痛みを何とかしましょう。 薬剤師: オキシコドンは神経痛にも効果があるといわれていますので、私もオキシコドン速放性製剤の併用に賛成です。 あなた: 神経障害性疼痛には鎮痛補助薬と呼ばれる神経痛に効く薬があると聞きました。それを使うのはどうでしょうか? 薬剤師: では、ミロガバリンベシル酸塩を使用してはいかがでしょうか。鎮痛補助薬は比較的ゆっくり効いてくるお薬です。痛くなってから服用するよりも、定期的に服用していただいて、急な神経痛が出にくくなるように調整したほうがよいでしょう。 ケアマネジャー: Aさんの痛みが抑えられたとして、リハビリテーションは可能でしょうか? Aさんは少しでも歩いてご自身でトイレに行きたいと希望されているのですが、最近足もとがおぼつかない様子です。廊下に手すりを設置しているのですが、トイレに行くときもつらそうで…。 在宅主治医: リハビリテーションは大歓迎です。痛みをコントロールしながら、ご自身でトイレに行けるよう、可能な範囲で歩行や起立訓練を行いましょう。 Aさん: 足腰が弱ってきて、自分でトイレに行けなくなるのはつらいなと感じていました。リハビリテーション、楽しみです。ぜひお願いします。 あなた: 腹水も少し増えているようですが、腹水が増えて苦しくなったときはどうすればよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね、自宅で腹水を抜く処置が可能です。ほかには、腹水が増えすぎないように、定期薬の中で利尿薬やステロイドを使用してみてもよいかもしれません。当院では困難ですが、抜いた腹水をろ過濃縮して体に戻す治療もあります。Aさんがご希望なら、1~2泊の入院で対処できる病院を紹介できますよ。 Aさん: 皆さんがまとまって私をサポートしてくれるのですね。こんなに心強いことはありません。 あなた: Aさん、これからお薬が少しずつ変わっていきます。その中で不愉快な症状が出てくるようであれば教えてください。例えば、食欲不振や眠気、吐き気、便秘、痛みがまだ残っているかどうかなどです。Aさんの症状やご希望を伺って、できるだけ早く解決できるようにしていきます。よろしくお願いします。 * こうして、投薬内容を見直すカンファレンスは終了しました。では、何がどう変わったのか、詳しく解説していきます。 Aさんの処方はどう変わったのか? カンファレンス前とカンファレンス後のAさんの処方内容を比較してみましょう(図1)。 図1 Aさんのカンファレンス前とカンファレンス後の処方内容 (赤字は追加・変更された薬剤および投与量を示す) オピオイドの増やし方 オキシコドンを10mgから20mgに増量しました。服用する時間もある程度指定しました。これは通過点かもしれず、Aさんの痛みの状態に応じてもう少し量を増やす必要があるかもしれません。 Aさんのケースのように、鎮痛効果と副作用の出方を観察しながら、患者さんにあった投与量を調節し、至適用量を決めることをタイトレーションといいます。薬剤を変更するときにも行われます。痛みを和らげるオピオイドの量は患者さんによって異なるということを意識しましょう。 増量方法について教科書的には、定期投与されていたオピオイドの量を30~50%増やすことが推奨されています。しかし、Aさんのケースではかなり強い痛みが存在しており、もともとの投与量自体も少なかったので、今回は10mgから20mgへと100%増やしています。 これで痛みのコントロールが不良な場合、オキシコドンの量をさらに30mgに増やし(50%増量)、その後40mg(25%増量)としても問題ないと考えられます。 オキシコドンの副作用である便秘への対策 ここではナルデメジンを使用しました。酸化マグネシウムは継続していますが、下痢や軟便が問題になるのであれば中止します。ナルデメジンと酸化マグネシウムを併用しても便秘が改善されない場合は、Aさんのようにセンノシドといった刺激性下剤を使用します。 オキシコドンの副作用である嘔気への対策 プロクロルペラジンマレイン酸塩という向精神薬を使用しました。悪心や嘔吐への対策としては、ほかに非定型向精神薬やハロペリドールが用いられることが多く、中枢性制吐薬の方がより有効です。 鎮痛補助薬 今回はミロガバリンベシル酸塩を使用しました。神経伝導路における神経興奮を抑える薬です。鎮痛補助薬にはほかにも種類がありますが、下降抑制系と呼ばれる、中枢を介して痛みの広がりを抑えるデュロキセチンも推奨薬として知られています。 利尿薬 腹水のコントロール目的で使用しました。全例に有効というわけではありませんが、腹水が増えるスピードを和らげる可能性があります。 ステロイド ステロイドは、通常、がん終末期の食欲低下や倦怠感の緩和を行う目的で処方されています。糖尿病を悪化させる可能性もあるので、全例というわけではありませんが、しばしば中等量が処方されます。 オピオイドスイッチング 患者さんの中には、投薬ではコントロールできない強い嘔気が出現してしまい、オピオイドを服用できない人や、別のオピオイドが持つ効果を求めて、その薬にシフトしたり、併用したりする人がいます。このように、投与中のオピオイドから別のオピオイドへ変更することをオピオイドスイッチングといいます。 オピオイドスイッチングを行う際、オピオイド導入時と同様に少量から投与して調整すると、患者さんの痛みがぶり返したり、逆に効き過ぎて呼吸抑制が生じたりする可能性も。そのため、変更後の投与量にはある程度の目安があります。ここで「がん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは」のところでも紹介した「オピオイド換算の目安」を再度示しておきましょう(図2)。以下の換算方法は、覚えておいて損はありません。 図2 オピオイド換算の目安 例えば、Aさんが40mg/日のオキシコドンを服用していたとします。がん性胸膜炎により、酸素投与していても呼吸困難がつらい場合、呼吸困難改善作用のあるヒドロモルフォン12mg/日に切り替えます。そうすると、痛みの緩和を同程度に行え、呼吸困難も改善できる可能性が出てきます。 痛みに対する対処だけでなく安心感を与えるケアを がんの痛みに対するオピオイドの使用は大切です。しかし、それ以上に、どのような人が、どのような人生を経て、どのように病気と闘い、今ここにいるのか。その人が、今何ができて、何ができないのか。それらに寄り添いながら、穏やかな笑顔で、少しでも安心していただけることが何よりも大切です。看護の力はこの時期の患者さんにとって大きな支えとなり得ます。これからの皆さんの支援に大きな期待を寄せています。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん疼痛
緩和ケア がん疼痛
特集
2023年6月13日
2023年6月13日

WHOの三段階除痛ラダーと鎮痛薬使用の4原則とは【がん身体症状の緩和ケア】

退院後、痛みがうまくコントロールできていない様子のAさん。処方されている鎮痛薬の種類や量は適切なのでしょうか。また、ほかにできることはないのでしょうか。今回は、鎮痛薬の選択と使用に関する基礎知識を中心に解説していきます。 >>前回の記事はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 WHOの「三段階除痛ラダー」(図1) 「三段階除痛ラダー」とは、軽度の痛みにはオピオイド以外の鎮痛薬を使用し、軽度から中等度の痛みには弱いオピオイドを併用、そして中等度から高度の痛みには強いオピオイドの追加を段階的に行う方法です。つまり、強い痛みには強い薬を使用し、弱い痛みには弱い薬を使用するという考え方です。 2018年に改訂された「WHOがん疼痛治療ガイドライン」からはなくなりましたが、がん疼痛の緩和においてとても重要な考え方だと思いますので解説します。 しばしば、副作用のある強いオピオイドは最後の手段と捉えられ、その前段階の軽い薬で痛みを解決しようとすることが少なくありません。しかし、がん緩和ケアでは、強い痛みであると判断したならば、はじめから強いオピオイドを投与してもよいとされています。むしろ、弱い薬でいつまでも痛みがコントロールできない状態は、患者さんの生活の質(quality of life:QOL)を大きく妨げてしまうと考えられているのです。もちろんNSAIDs(非ステロイド性鎮痛薬)や鎮痛補助薬は併用しても問題ありません。 ラダーそのものが弱い薬からの使用を推奨しているようにも見えるために、ラダーの考えは削除されました。しかし、「強い痛みには強いオピオイドを使用する」という本質はまったく変わっていません。 図1 WHOの三段階除痛ラダー World Health Organization. 『WHO guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents』. 2018.を参考に作成 鎮痛薬使用の4原則 「WHOがん疼痛治療ガイドライン」のがん疼痛マネジメントの1つ、「鎮痛薬使用の4原則」も重要ですので確認しておきましょう。 (1)「経口で」 オピオイドには注射を含めてさまざまな投与経路があるなかで、最も簡便で多くの国、多くの場面で利用できる経口投与が推奨されています。例えば消化管閉塞の合併等の事情で経口的にオピオイドが服用できない場合には、経皮投与や持続注射など別の方法を検討します。 (2)「時間を決めて」 時間を決めて鎮痛薬を使用します。WHO方式のがん疼痛治療法が登場する前は、原則として痛みが出てから鎮痛薬を使用していました。ところが、予防的に鎮痛薬を使用すれば、より効果的に痛みを緩和できることが発見されました。痛みが出る前に時間を決めて鎮痛薬を使用する、これは非常に画期的で大変重要な要素です。 (3)「患者ごとに」 患者さんの痛みに応じて、鎮痛薬の投与量や投薬内容を調整します。同じがんといっても病態はさまさまで、治療方法も変わってきます。痛みの感じ方も異なり、副作用の出方もそれぞれです。患者さんごとに評価を行い、投与量や投薬内容を調整します。 (4)「その上で細かい配慮を」 配慮とは、オピオイドの副作用や患者さんの症状や状態に合わせて、オピオイド以外の薬剤の投薬内容を調整することです。例えば、便秘や嘔気の症状があれば、オピオイド誘発性便秘症治療薬や制吐薬などを使用します。骨転移による強い痛みがあれば、ジクロフェナクナトリウムやメフェナム酸などNSAIDsの併用も有効です。時には、ステロイドが症状緩和に役立つケースもあります。一人ひとりの患者さんに応じて、その人が少しでも生活しやすくなるように、投薬内容を細かく調整していきます。 もちろん患者さんとご家族の不安を軽減するために、薬物療法のレジメンについて理解できるよう十分な説明も必要です。 Aさんの投薬内容をどう調整するか ここまで除痛ラダーや鎮痛薬使用の原則について説明してきました。その内容を踏まえて、Aさんの投薬内容の調整について考えてみたいと思います。 ある日、あなたの訪問看護中にAさんは背中の強い痛みを訴えました。指示されていたロキソプロフェンナトリウムを服用してもらいましたが、あまり効果がないようです。10分経ってもAさんはベッドの上でうめき声をあげています。 20分ほど背中をさすっていたら、少し痛みが落ち着いたので、あなたはステーションに戻りました。戻ってすぐに、まずは在宅主治医に今日のAさんの様子を連絡。すると、主治医からすぐにカンファレンス開催の提案がありました。 翌日、訪問看護師であるあなた、薬剤師、ケアマネジャー、在宅主治医がAさんの家に集まりました。 画像素材:PIXTA あなた: 膵臓がんのAさん、痛みが退院したときより強まっているようです。お薬の調整をした方がよいと考え、みなさんにご相談します。ご意見を聞かせてください。 在宅主治医: 膵臓の真ん中に4cmの腫瘍を認め、肝臓に多数の転移が見られます。腹水も少し増えているように思います。痛みが出るのは当然かもしれませんね。オキシコドン徐放性製剤を増量した方がよいと思います。 Aさん: 薬を増やすのは副作用や体に悪い影響があるのではないか心配です。今飲んでいる薬は麻薬と聞いていますので…。大丈夫でしょうか? あなた: Aさん、確かに心配ですよね。お気持ち、よく分かります。今使用している薬は確かに医療用麻薬と呼ばれていますが、この薬は、慢性的な痛みを感じている人が痛みを和らげるために使用する場合、依存症や精神障害にならないことがわかっています。なぜなら、体の中で痛みを感じているときと、感じていないときに使用する場合では別の効き方をするためです(参照:ワンポイントメモ)。そうですよね、先生。 在宅主治医: そのとおりです。今こうして痛みを感じているAさんが服用する量を増やしたとしても、依存症状のご心配はいりませんよ。医療用麻薬には吐き気や便秘などの副作用がありますが、きちんと対策を立てておけば乗り越えることが可能です。その上でAさんが生活しやすいように、痛みや呼吸困難などのつらい症状を最小限度に抑えましょう。少し薬の量を増やしてみるとよりよいと思いますよ。 Aさん: そうなんですね、やめられなくなるのではないかと心配していました。痛みの治療に使用していれば依存症にはならないのですね。 在宅主治医: まずは現在のオキシコドン10mgの量を20mgに増やしてみましょう。30~40mgが目標です。痛みが残るのであれば、また少しずつ増やしていきます。 薬剤師: Aさん、便秘気味ではないですか? Aさん: そういえば、退院してからまだ一度も便が出ていません。 薬剤師: それならオピオイド誘発性便秘症治療薬であるナルデメジンを併用するのはいかがでしょう。 在宅主治医: 確かにそれはよいアイデアですね。オピオイドを服用していると便秘は必ず発生しますので、ぜひ使用しましょう。それと、吐き気止めもあった方がよいと思います。 * カンファレンスはまだ続きます。この続きは次回に。 >>次回の記事はこちらオピオイドスイッチングとタイトレーションとは【がん身体症状の緩和ケア】 【ワンポイントメモ】 なぜ医療用麻薬は依存症にならない?痛みのない人が医療用麻薬を服用すると、脳からはドーパミンと呼ばれる物質が放出され、興奮状態となり快楽を感じます。このドーパミンが放出されている状態が繰り返されると、依存症になるといわれています。しかし、痛みのある人が医療用麻薬を服用しても、すでに脳内には疼痛を抑制する物質、すなわち内因性オピオイドが放出されており、ドーパミンの放出は起こりません。このため、がん性疼痛を訴える人が医療用麻薬を服用しても依存症にはならないのです。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

がん身体症状の緩和ケア
がん身体症状の緩和ケア
特集
2023年5月23日
2023年5月23日

がん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】

がん患者さんにどのように寄り添い、症状を緩和していくか。痛みの種類について理解したら、次はその痛みをどう緩和していくのか。今回は疼痛緩和法を学ぶ際に必ず必要となる知識を解説していきます。 >>前回の記事はこちらがん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】 Aさんのこれまでの経緯 膵臓がんのAさん、病院を退院して自宅に帰ってから痛みが強くなってきました。初回訪問時、痛みをアセスメントして、Aさんの痛みには内臓痛、体性痛、神経障害性疼痛が混合している可能性が高いと考えられました。 がん疼痛がコントロールできていないAさんについて>>がん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】参照 ここでもう一度、Aさんが退院時に処方された薬剤を図1に示します。どのような薬剤がどのくらい処方されているのか、詳しく見ていきましょう。 図1 退院時に処方された薬剤 Aさんにはどのような薬がどのくらい投与されている? Aさんには、オキシコドンというオピオイド(医療用麻薬)が投与されています。問題は、オキシコドンの投与量です。1日量10mg(5mg錠を1日2回服用)という投与量は、投与できる範囲で最小量です。Aさんからは痛みの訴えがあるので、この投与量を増やしていく必要性があるとアセスメントできると思います 緩和ケアに携わる医療者にとって、オピオイドの投与量が多い、少ないというのは、経口モルヒネ量に換算して考えることが多いです。さまざまな医療用麻薬が使えるようになったためです。オピオイドの換算にはある程度の目安が存在します(図2)。この目安をもとにオピオイドの投与量を計算してみると、オキシコドン10mgは経口モルヒネの15mgに相当します。 図2 オピオイド換算の目安 さらに、セレコキシブというNSAIDs(非ステロイド性消炎・鎮痛薬)も処方されています。これは、胃粘膜障害の出現頻度が少ないことが特徴です。さらに、便秘対策として酸化マグネシウムとセンノシドが投与されていますが、Aさんは「この5日ほど排便がない」と話していました。実際、酸化マグネシウムとセンノシドを服用していても便秘になってしまうことは少なくありません。何か対策が必要かもしれません。 また、ラベプラゾールナトリウムという胃酸を抑えて胃粘膜を守る薬も処方されていますが、Aさんに食欲はあまりなく、一日数口程度の摂取量です。Aさんは腹水も指摘されているので、これも食欲不振の原因になり得ます。 以上のことから、投薬内容について医師、薬剤師、ほかの専門職と相談し、痛みや不快な症状がコントロールできるよう、より適切な方法を考えることが必要でしょう。カンファレンスの開催を急いだほうがよさそうですが、その前に、ケアチーム全体でがん疼痛コントロールに取り組むときに必ず知っておいてほしいWHOがん疼痛治療ガイドラインについて最新の知識を交えて説明します。 WHOがん疼痛治療ガイドラインとは 「WHOがん疼痛治療ガイドライン」(WHO Guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents)は、世界保健機関(World Health Organization:WHO)から1906年に公表されました。世界各国でがん疼痛治療の基本となっている指針です。 ここで、WHOがん疼痛治療ガイドラインにまとめられている、7つのがん疼痛マネジメントの基本方針を紹介します1)。2018年に改訂されたので、最新の内容を反映させて解説も記載しました。もしかすると、以前勉強された方は少し変わっていると感じるかもしれません。 がん疼痛マネジメント基本方針1) (1)痛みの最適なマネジメントの目標は、許容できるレベルまで痛みを軽減し、生活の質(quality of life:QOL)を維持できるようにすること ■解説当初、がん疼痛は患者の痛みがゼロになるところを目標にするべきであるとの考え方が主流でした。しかし、実際には痛みが完全になくなる人は一部で、多少の痛みが残存するケースが多かったのです。この残存する痛みを取り去ろうとすると、眠気といったオピオイドの副作用が患者さんを逆に苦しめることも少なくありませんでした。このため、今回のような表現となったのです。 (2)患者の全体的な評価が治療の指針となるべきであり、人によって痛みの感じ方や表現のしかたが違うことを理解する ■解説日本人のオピオイド使用量が他の国に比べて少ないことが長らく問題となっていました。しかし、日本人は比較的少ない量で痛みのマネジメントができるケースが多いと感じています。その一方で、痛みに対してトラウマをもち痛みをより感じやすくなってしまう方もいます。痛みの感じ方は人それぞれです。このことを踏まえて痛みのマネジメントを行っていくことが大切です。 (3)患者、介護者、医療従事者、地域社会、社会の安全を確保する ■解説患者に対して使用したオピオイドがほかに流通し、ほかの目的で使用されることや、意図せず子どもが服用してしまうようなリスクをできるだけ避けるべきです。これは処方を行う医師のみならず、薬剤師を含めた地域社会全体で確立すべきことでしょう。 (4)がん疼痛のマネジメント計画には薬物療法が含まれ、心理社会的およびスピリチュアルなケアが含まれることもある ■解説全人的な痛みのマネジメントが必要です。時には福祉との連携が必要になることもあります。スピリチュアルペインへの対応も必須であると考えられますし、心理的な抑うつや病的な不安への対応も重要になると考えられます。 (5)オピオイドを含む鎮痛薬は入手可能かつ安価でなければならない ■解説世界の中では、オピオイドの入手が困難な国がまだまだたくさんあります。そのことを踏まえた上での項目です。 (6)鎮痛薬の投与は「経口で」「時間を決めて」「患者ごとに」「その上で細かい配慮を」 ■解説今回の改訂で除痛ラダーという有名な考え方がガイドラインから外されました。このため、以前は5つの原則と呼ばれていたものが、「ラダーに沿って」という項目がなくなり、4つになっています。痛みが生じる前に定期的にオピオイドを経口服薬し、痛みをできるだけ抑えることが大切です。なお、今までは症状が出てから薬を使うことが一般的でしたので、痛みが出る前に薬を使う考え方は当時革新的でした。 (7)がん疼痛マネジメントはがん治療の一部として統合されるべきである ■解説今でも緩和ケアはがん治療が終了したときに行われるものという理解が日本でもあるように感じることがあります。そうではなく、がん疼痛マネジメントはがん治療の一部として、がんと診断された後、いつでも提供できるものと指摘しています。 >>次回の記事はこちらWHOの三段階除痛ラダーと鎮痛薬使用の4原則とは【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ、在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【 1),(1)~(7)の引用】○World Health Organization. 『WHO guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents』. 2018, p.21-24.(筆者翻訳)

緩和ケア がん疼痛
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特集
2023年4月25日
2023年4月25日

がん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】

最近は多くの病院からがん末期の患者さんがご自宅に退院されます。中には強い痛みやオピオイド(医療用麻薬)の副作用に悩む患者さんがいらっしゃいます。そのような患者さんにどのように寄り添い、症状を緩和していくか。この連載では、ときに基礎的な話も織り込みながら、がんの疼痛緩和について解説を進めていくことにしましょう。 がん疼痛がコントロールできていないAさん Aさん49歳。膵臓がんの方です。がんが発見されたときには、すでに肝臓全体に転移していました。妻と子ども2人(小学生と高校生)と生活していましたが、入院して、抗がん剤治療を行うことになりました。 しかし、抗がん剤の効果はあまりありませんでした。2種類目の抗がん剤を使用しても、病変はむしろ拡大し、がん性腹膜炎も発症。医師からこれ以上の治療は意味がないと退院をすすめられました。 Aさんは自宅療養を選択し、ご自宅に帰られました。歩いて外出するのは困難であったため、訪問看護と訪問診療を導入し、介護保険を申請。ケアマネジャーも紹介されました。 Aさんが退院時に処方された薬剤は図1のとおりです。 図1 退院時に処方された薬剤 Aさんの痛みや状態をアセスメントする Aさんの退院時、まず訪問看護師であるあなたが訪問しました。Aさんが実際にどのような痛みを感じているのか、詳しく伺うことにしました。Aさんに、痛みの部位や痛みの経過、痛みの強さやパターン、性状について確認してみると、自宅に帰る数日前から、心窩部から背部のじわじわした痛みに悩まされるようになったとのこと。入院中はそれほど痛くなかったものの、退院してから1日中じくじくと痛むようになったそうです。場所はだいたい同じ位置です。また、時々強い背中の痛みが生じ、ベッドに横になることしかできなくなってしまうとの訴えもありました。 食欲もあまりなく、好物のステーキも2口程度しか食べられません。便秘に対する薬を服用していますが、この5日ほど排便がありません。腹部も張っているので常に苦しい感じがあるとのことでした。 このようなケースをどう考え、解決し、看護していくか。一緒に考えてみましょう。 痛みの原因を探る がん疼痛は「侵害受容性疼痛」と「神経障害性疼痛」に分けられます。まずは、Aさんの痛みがどのような痛みなのか、痛みの種類を整理しましょう。痛みの種類が分かれば、治療法の検討に役立ちます。 侵害受容性疼痛 侵害受容性疼痛とは、体の組織の損傷による痛みです。組織には痛みを感じる侵害受容器があり、それが刺激されることによって痛みが生じます。切り傷、骨折、擦り傷などの痛みも含まれます。がんの場合は、がんが内臓に浸潤したり、転移して臓器が傷ついたりすることで痛みが生じます。 障害受容性疼痛は、「体性痛」と「内臓痛」に分けられます。 ■体性痛体性痛は、比較的太い神経線維で伝えられる痛みです。そのため、骨や皮膚、筋肉、結合組織といった「体性組織」への刺激が原因となることが多いです。腹腔内臓器でも、被膜や腹膜まで達した炎症で生じる場合はこの痛みとなることがあります。例えば、虫垂炎や腹膜炎の痛みです。太い線維で伝えられる痛みなので、局在がはっきりしていること、体動時に悪化することが特徴です。痛みが体動で悪化する際のレスキューがポイントになります。 ■内臓痛内臓痛は、比較的細い線維で伝えられる痛みです。局在がはっきりせず、鈍い痛みとして感じられます。例えば、膵臓がんの痛みも上腹部全体、背部(胃の裏側辺り)の痛みとして感じ、その局在は比較的広くなります。 神経障害性疼痛 神経障害性疼痛は、神経そのものが障害されたり、刺激されたりすることによって起こる疼痛です。しびれや異常感覚を伴うことがあります。代表的な神経障害性疼痛の異常感覚は、痛む部分を少しだけ刺激することによって強い痛みを誘発する「アロディニア」という現象です。 * がん疼痛は、体性痛、内臓痛、神経障害性疼痛の3種の痛みが時には混合して疼痛として感じられることがあります。例えば、膵臓がんでは、膵被膜に浸潤する痛みや腹膜に転移して生じる痛みは体性痛、膵臓がんによって膵液の流出が妨げられ、膵内圧が高まった痛みは内臓痛にあたります。さらに、膵臓がんは腹腔神経叢へ浸潤することもありますので、浸潤した痛みは神経障害性疼痛に分類されます。このとき、強い腹痛や背部痛が出現します。オピオイド(医療用麻薬)ではコントロールしにくくなり、腹腔神経叢ブロックが必要になることがあります。 Aさんの痛みの特徴を理解する Aさんの痛みの訴えをもとに、痛みの種類を考えてみましょう。 まず、Aさんの痛みは、じわじわした境界不明瞭な痛みです。何となくこのあたりが痛い、言われてみれば心窩部や背中が痛い、というものです。これは内臓痛の成分が強いと思われます。また、時々起こる強い背部痛は、痛い場所がはっきりしているので、内臓痛に加えて、体性痛を合併している可能性が高く、侵害受容性疼痛とも判断でき、神経障害性疼痛の可能性も否定できません。先述のとおり、膵臓がんの場合、腹腔神経叢に浸潤し、神経障害性疼痛を起こしやすいことが知られています。 Aさんの痛みの特徴を理解したら、次はその痛みをどのように緩和していくのかを考えていきましょう。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 執筆 鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ、在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】 〇日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編 『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)』 東京,金原出版株式会社,2020.

特集 会員限定
2022年2月15日
2022年2月15日

【セミナーレポート】看取りの作法~事例検討と質疑応答編~

2021年12月17日(金)、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナーを行いました。講師に田中公孝先生をお迎えした今回のテーマは、2021年11月開催セミナーから引き続き「看取りの作法」。リアルな看取りの実例を通し『医療者が看取りに向き合う』ときに意識したい点について、田中先生のご経験をふまえながらお話いただきました。今日の訪問看護からすぐに取り入れられるエッセンスをピックアップしてお届けします。 2021年11月12(金)開催「看取りの作法」セミナーレポートはこちら≫ 【講師】田中 公孝先生杉並PARK在宅クリニック院長。家庭医療専門医。経歴:2009年滋賀医科大学医学部卒。家庭医療専門医。2017年東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに参画。2021年春東京都杉並区西荻窪で開業。医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、区や医師会のICT推進事業にも関わる。 「看取り」を見据えた医療者のかかわり方 サービス開始時、利用者の方の情報を分析し、医療の視点からみなさん計画を立てると思います。もちろん決めつけすぎるのは良くありませんが、計画段階で『どこまでを見据えるか』という点は重要です。看護計画に主眼を置きすぎると見落としてしまいがちな「本人はどうしたいのだろう」という視点。この視点もバランス良く持ちながら患者さんとかかわっていく必要があると考えていて、私の場合は「最期をどういうふうに迎えたいか」という点も注視します。・最期について、家族とどうやって話し合うのか・専門職としてどのような意志決定の支援ができるかというところまで思考を拡張させながら、医学アセスメント、家族関係や希望を含め、計画を立てていきます。 家族間の問題が表出したとき、医療者はクッションになり得る 終末期になると家族の問題や関係性が集約されてきます。これまで関係性が希薄だった家族が集合してコミュニケーションをとり始めると、ギクシャクしてしまうことも多い。そういった場面で、専門職はクッションになれる可能性がある。その点についても意識しながら、看護計画を立てていくと良いのかなと考えています。 利用者の方の日々の生活から読み取る観察眼 利用者の方のことを知るために、私が意識しているのは次の2つです。まずひとつは利用者の方に「具体的な質問をする」こと。たとえば「食事のあとはなにをして過ごしますか?」と漠然と聞くのではなく、「新聞は読みますか?」「テレビは観ますか?」など1歩踏み込んで尋ねることで初めて返ってくる答えがあります。もうひとつは「観察する」ことです。利用者の方の身の周りに置いてあるものや日常でよく使うもの、飾っているもの。そういったもののなかに、大切にしたい思い出や誇りを持っていることが隠れている。そこに目配りをすることでコミュニケーションのきっかけができるだけでなく、短期間でも心の距離を縮めやすくなり、心を開いてもらうことにつながります。これは利用者本人だけでなく、家族に対しても同じことが言えます。 グリーフケアのコーディネート 会いたい人に会えるように 看取りの際、私たちの行為にはグリーフケアをコーディネートするという側面が含まれます。ご家族からも話を聞くことは、利用者本人のことを知るだけでなく、ご家族に対する死前のグリーフケアにもなるんです。死前に「悲嘆を共有できる専門職」として家族に認めてもらうことで、死後のグリーフケアもスムーズになります。 グリーフケアの基本についてはこちら≫ また、やりたいことを叶えていくことで、本人はもちろんご家族も「良かった」と思える。死前のグリーフケアという意味も含めて本人に「やりたいことはないですか?」「会いたい人はいますか?」と聞いたり、「会いたい人には会った方が良いですよ」と促したりします。 そして心構えを伝えることも重要です。私たち医療者は事例を見ているので看取りへ向かう経過のイメージができますが、ご家族には難しい。だから事前に「これから1カ月でこうなります」「1週間でこうなります」という変化を専門家として提示することで心構えを促します。そうすると「じゃあ、あれをやらなくちゃ」と家族の行動が変わる。そこをコーディネートするのがすごく重要かなと考えています。 Q&Aセッション 短期間で関係性を構築するためのアドバイスいただけますか? Q 最近は介入後に数週間で旅立たれることが多いです。関係性や信頼関係に中途感があります。短期間で関係性を構築するためのアドバイスをいただけますか? A 事前にどれだけ看取りに向けてのシナリオを描けるかというのが鍵となります。準備無しで行き当たりばったりだと、絶対に中途半端になってしまう。これまでの治療で患者さんや家族が抱えた気持ちのモヤモヤを解きほぐして、家族に看取りへの心構えや経過を説明して、家族関係のコーディネートをして…ということができれば中途感はぬぐえるかなと思います。このとき、ひとりでパンクしないために看取りのためのベストチームを形成しておくことも重要です。同じような価値観で組める医師に依頼して、看取り経験が豊富な看護師、ケアマネージャーともトライアングルチームを組んで、家族のグリーフケアもケアマネージャーにフォローしてもらって、というようなプロデュースをしてチームで手分けできると、かかわる時間が短く自分たちがあまり時間を割けないなかでも、上手くいくように思います。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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