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訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定前に
訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定前に
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

訪問看護の「医療DX」対応 総点検~2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に~

今回は、2024年度のトリプル改定(診療報酬改定、介護報酬改定、障害福祉サービス等報酬の同時改定)に向けた準備として、すでに導入が決定・実施されている「医療DX」のしくみについて取り上げます。新たなシステム導入が必要なケースもあるため、早期の準備が求められます。 医療DX(ディーエックス)とは 今回取り上げる改定事項の前提として、改革の大枠となる「医療DX」について簡単に説明しておきましょう。DXとは、「Digital Transformation*(デジタルトランスフォーメーション)」の略称で、デジタル技術によって社会や生活のしくみを変えることです。これを医療に適用する「医療DX」とは、保健、医療、介護などで発生するデータをデジタル化し、クラウド活用によって現場の業務効率化や医療の質の向上に向けた情報の利活用を進めていくというビジョンです。 *「Transformation」の「Trans」は「X」に省略され「X-formation」と表記されることもある。そのため「Digital Transformation」の略称は「DX」と表記される。 対応の義務化や稼働予定のシステムについて この医療DXに向け、2024年度の実施が決まっているのが、以下の2項目です。 (1)訪問看護レセプト(医療保険分)のオンライン請求の義務化(2024年5月から)(2)利用者情報のオンライン資格確認の開始(2024年4月から) また、すでにスタートしているしくみとして、以下があげられます。 (3)介護保険事業所の指定申請等にかかる電子申請・届出システム(2022年11月から順次実施)(4)介護保険におけるケアプランデータ連携システムの稼働(2023年4月から) いずれもオンライン対応のための端末やソフトが必要になるという点で、事業所としてシステム整備が必要です。中でも(1)は義務化が迫っており、事業所の対応は急務。そこで、まずはこの「オンライン請求の義務化」について取り上げます。 義務化される医科レセプトのオンライン請求 「医科レセプトのオンライン請求」は、2023年4月から原則義務化されていますが、訪問看護については義務化が先延ばしとなり、先に述べたように2024年5月(2024年4月診療分)から実施されます。ただし、介護保険分については、すでに2018年4月からオンライン請求が原則義務化(一定の要件を満たす場合には届出によって紙請求は可能)されています。 すでに介護保険分のオンライン請求を行っていれば、システム整備の土台はできていると思われますが、もう一度確認しましょう。 まずオンライン請求のシステム整備に必要なものは以下のとおりです。 【1】レセプト作成用の端末・ソフト【2】オンライン請求用の端末とネットワーク回線【3】電子証明書 導入に向けての作業としては、セキュリティ対策の実施、運用に向けたフロー・ルールの確認などが必要です。なお、【1】~【3】の準備の後は、システムベンダ(レセプトコンピュータシステム、医事会計システムの開発・導入事業者)が対応します。ベンダには、以下の「技術解説書」を示してください。 厚生労働省保険局「訪問看護レセプト(医療保険請求分)のオンライン請求開始に係るシステムベンダ向け技術解説書技術解説書案(最新)」(令和5年10月)https://shinryohoshu.mhlw.go.jp/shinryohoshu/file/spec/R04_insurance_claims_v1.7_231026.pdf 事業者側の準備で戸惑いがちなのは、【2】のネットワーク回線でしょう。これについては、介護保険請求の場合と異なるので注意してください。ネットワーク回線への接続には、「IP-VAN接続(閉域の環境を確保して接続する方法)」か「IPsec+IKEサービスの利用」が必要です。いずれも、高いセキュリティが確保できる方法です。基本的には、どのインターネットサービス・プロバイダでも接続可能ですが、念のため以下の接続可能事業者一覧を参照してください。 社会保険診療報酬支払基金「オンライン請求及びオンライン資格確認等システム接続可能回線・事業者一覧表」(2023年5月1日現在) https://www.ssk.or.jp/seikyushiharai/online/online_04.files/claimsys35.pdf オンライン資格確認への対応も同時に 医療レセプトのオンライン請求と同時期(2024年4月)にスタートするのが、「オンライン資格確認」です。これは、利用者の保険資格の情報や薬剤情報等をオンラインで確認できるしくみ。審査支払機関のシステムに接続することで、その場で利用者の保険資格が確認でき、資格過誤によるレセプトの返戻が減り、業務負担の軽減が図れます。 オンライン資格確認は、保険医療機関・薬局等は2023年4月から原則義務化(やむを得ない事情がある場合の経過措置あり)となりました。ただし、訪問看護は対象外で、2024年4月からのスタートも「活用の義務化」ではなく、あくまで「利用可能」になるというものです。 とはいえ、訪問看護でも「オンライン請求」と「オンライン資格確認」をセットで考えておきたい事情があります。 例えば、「オンライン請求」と「オンライン資格確認」は端末の兼用が可能です。また、端末をオンライン資格確認用として、あるいはオンライン請求とオンライン資格確認を同時に開始できるよう準備した場合に、前者で「端末の導入費用」、後者で「ネットワーク回線の敷設費用」などの補助に向けた調整が国で進められています。 オンライン請求の準備で、導入・設置に向けたコスト負担をどうするか悩んでいる場合、オンライン資格確認への対応も同時に進めることで、補助金による費用捻出が可能になるかもしれません。 ▼訪問看護レセプトの電子化に関する最新情報は下記サイトをご参照ください。厚生労働省Webサイト「訪問看護レセプト(医療保険請求分)の電子化」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190624_00002.html(2023/9/15閲覧) 介護関連の届出・申請のオンライン化 次に、すでにスタートしているしくみへの対応です。 まずは、「介護保険事業所の指定申請等にかかる電子申請・届出システム」です。これは、介護サービスの指定や加算にかかる申請届出について、介護サービス情報公表制度の機能拡張により、オンライン上で行うことができるしくみです。 2022年11月から自治体ごとに順次スタートしていて、厚労省による2023年5月12日時点の調査では「2023年度の上半期までの実施意向」を示した都道府県および市町村は126にのぼります1)。現行で事業所に電子申請等が義務づけられてはいませんが、国としては活用を強く推奨しています。 まずは、各種届出先となる自治体がシステムに対応しているかどうかを各自治体HPで確認しましょう。その上で、電子申請・届出の手順としては、介護サービス情報公表制度にログインし、メニュー選択を行った上で申請届出内容を入力します。 システムの画面イメージは以下のとおりです。厚生労働省「別添2_1 本システムの画面イメージ(事業者側)」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000908038.pdf その他Q&Aを含む総合資料は、以下のサイトを参照してください。 ▼厚生労働省「介護事業所の指定申請等のウェブ入力・電子申請の導入、文書標準化」https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-shinsei.html(2023/9/15閲覧) ケアプランデータ連携システムはすでに稼動 介護保険の訪問看護を提供する事業所として注目したいのが、2023年4月から運用がスタートしている、「ケアプランデータ連携システム」です。これは、居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作成する居宅サービス計画書(以下、ケアプラン)を、居宅サービス事業所(訪問看護事業所や訪問介護事業所、通所介護事業所など)とデジタルデータ(CSVファイル等)によってクラウド上で共有するしくみです。 これにより、ケアプラン1・2票の共有が図りやすくなるだけでなく、ケアプラン6・7票の提供票データをそのまま各事業所の介護ソフトに取り込むことが可能になります。居宅介護支援事業所にとっては、提供票の「実績」の転記が不要となるため、例えば転記ミスによる報酬請求の返戻を防ぐことができます。 同システムの詳細については、以下を参照してください。国民健康保険中央会「ケアプランデータ連携システムについて」(令和4年10月 Ver.2)https://www.kokuho.or.jp/system/care/careplan/lib/221125_5113_setumei.pdf ※本記事は、2023年9月15時点の情報をもとに記載しています。 執筆: 田中 元(介護福祉ジャーナリスト)編集協力: 株式会社照林社 【参考】1)厚生労働省「電子申請・届出システム 利用開始時期意向調査回答状況等について」(2023年5月12日時点)https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001099529.pdf (2023/9/15閲覧)

訪問看護の「完全義務化」総点検/2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に
訪問看護の「完全義務化」総点検/2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に
特集
2023年10月17日
2023年10月17日

訪問看護の「完全義務化」総点検~2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に~

2024年度には、医療・介護・障害福祉の3分野で診療報酬改定、介護報酬改定、障害福祉サービス等報酬の改定という「トリプル改定」が行われます。すべての分野がフィールドとなる訪問看護ステーションにとって、今回の改定による現場対応は山積みでしょう。 現時点での準備として心得たいのは、経過措置を経て法令上での完全義務化が迫っている実務や、すでに実施が決まっている・始まっている改革などへの対応です。今回は、前者の「完全義務化」の内容を確認し、準備が万全かどうかをチェックします。 2024年4月からの3つの「完全義務化」 訪問看護に関係する完全義務化は、大きく3つに分けられます。第一に「業務継続計画(BCP)の策定等」、第二に「感染症の発生およびまん延の防止」、第三に「高齢者および障害者の虐待防止」に関するそれぞれの取り組みです。 第一、第二、および第三のうちの介護保険上の規定については、2024年3月末までは努力義務にとどまる経過措置が設けられています(※)。経過措置が終了する2024年4月からは完全義務化となり、未対応の場合は行政処分の対象となる可能性もあります。 ※障害福祉分野の経過措置は2022年3月末で終了したため要注意 業務継続計画(BCP)の策定等の3つの規定 第一の「業務継続計画(BCP)の策定等」について、具体的には以下の取り組みが求められます。 (1)各事業所で感染症や非常災害の発生時を想定したBCPを策定すること(2)(1)を全従事者に周知すること(3)(1)の計画に沿った研修・訓練を実施すること 原則は各事業所で(1)~(3)の対応を行いますが、小規模事業所などの場合、他事業所と連携しながらの実施も差し支えありません。 (1)のBCPには、感染症や自然災害等が発生した場合でもサービスの提供を中断させないため、あるいは、非常時の体制で早期の業務再開を図るための準備に向けた項目を定めます。 例えば、自然災害の発生を想定した体制整備(指示命令系統や職員の参集基準などの明確化)に加え、災害発生時のライフラインが停止した場合の対策(電気・ガスなどでも使える代替品の準備、各種データのバックアップ方法など)の記載が必要です。 その上で、ハザードマップなどをもとに、事業所周辺の危険箇所や避難経路を確認して、災害発生時の職員の安全確保のための行動計画や利用者の安否確認の方法なども定めておきます。 その他の項目については、厚労省の業務継続ガイドライン(新型コロナウイルス感染症編および自然災害編)を参照してください。 ●新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/content/001073001.pdf ●自然災害発生時の業務継続ガイドラインhttps://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf BCPを策定したら、その周知も含めた研修を定期的に実施します。訪問看護の場合は年1回(入所系の介護施設では年2回)のペースに加え、従事者の新規採用時に別途行うことが推奨されています。実施した研修については、その内容の記録を残すことが求められます。 研修に加え、実際に感染症や自然災害が発生したことを想定した訓練(シミュレーション)も必要です。こちらも実施は年1回以上。訓練内容としては、非常時における役割分担の確認や、感染症および災害発生時のケアの演習等が想定されます。 なお、ここまで述べたBCP策定や研修、訓練の実施は、感染症と自然災害で別々に実施することが理想ですが、厚労省の告示によれば「一体的な実施」を妨げるものではないとしています。 感染症の発生およびまん延防止の3つの規定 第二の「感染症の発生およびまん延の防止」については、新型コロナウイルス感染症の拡大を契機として、介護・障害福祉分野の2021年度の運営基準の改定で、以下の3つが義務化されました。 (1)    感染対策を検討するための委員会の開催(2)    感染症対策のための指針の整備(3)    指針にもとづいた研修・訓練の実施 なお、こちらもBCP策定等と同様、他事業所との連携で行っても構いません。 (1)は、おおむね6ヵ月に1回以上の定期開催に加え、感染症が流行する時期を考慮した随時の開催が求められます。その際に、委員会の構成メンバーの責任および役割分担を明らかにすることが必要です。メンバーの中では、感染症対策を専任で担当する者(感染症対策担当者)を決めておかなければなりません。ちなみに、他の会議体で感染症対策について話し合う機会を設けている場合は、その会議体と一体的に設置・運営しても構いません。 (2)は、平常時の対応と感染症発生時の対応を規定します。平常時の対応は、事業所内の衛生管理やサービス提供時の標準的な予防策などを記したもの。感染症発生時の対応は、発生状況の把握や感染拡大の防止、行政等への報告、医療機関・保健所等との連携にかかる方法を記します。 (3)の研修および訓練(感染症発生を想定したシミュレーション)は、BCPと同じく、それぞれ年1回以上行うことが必要です。厚労省の介護現場における感染対策の手引き(最新版は2021年3月版)を参照しつつ、(1)の委員会で専門家のアドバイスを得ながらプログラムを立案したいものです。 高齢者・障害者への虐待防止に向けた5規定 第三の「高齢者および障害者への虐待防止」は、サービス利用者の尊厳の保持や人格の尊重の観点から、虐待(ネグレクト含む/以下同)の未然防止や早期発見、迅速かつ適切な対応を進める上で必要な対応を示したものです。ここでは、2021年度の介護保険の基準改定で定められた「利用者の虐待防止」に沿って説明します。 虐待防止のために、以下の項目が義務化されます。 (1)委員会の開催(2)指針の整備(3)従事者への研修(4)専任の担当者の配置(5)(1)~(4)の措置事項の運営規程への記載 (1)は、虐待の発生の防止や早期発見に加え、虐待が発生した場合の再発を着実に防ぐことを目的とした委員会です。管理職を含む幅広い職種で構成し、定期の開催が必要です。なお、この委員会についても、他の事業所と連携して行ったり、虐待防止のテーマを含む他の会議体と一体的に行ったりしても構いません。 (2)は、(1)の委員会での話し合いをもとに策定します。同指針には、事業所としての虐待防止にかかる基本的な考え方のほか、虐待が発生した場合の対応方法や相談・報告体制にかかる事項も含まれます。 (3)は、(1)で策定した研修プログラムに沿って実施します。頻度は年1回以上の定期開催のほか、やはり新規採用時の随時の開催も必要です。ここでも、研修内容を記録に残すことが求められます。 (4)は、具体的には、(1)の委員会の責任者と同一の従事者が務めることが望ましいとされています。 なお、すでに「完全義務化」が施行されている障害福祉分野では、(1)と(3)~(5)が介護保険の規定と同様です。(2)についても、もともと障害福祉分野では倫理綱領や行動指針の策定が必須となっているので、そこに含まれると考えていいでしょう。 【コラム】「安全運転管理者によるアルコールチェック義務化」の動向2022年4月より、訪問時に使用する白ナンバーの営業車5台以上、または定員11人以上の車両を1台以上保有している事業所には、安全運転管理者の選任が義務づけられました。また、同管理者が行う業務に、運転者の酒気帯びの有無の確認とともに、その確認内容の記録と保存も義務化されています。 この酒気帯びの有無の確認について、暫定的に目視等での確認でOKとした上で、2022年10月からアルコール検知器を用いることの義務化が予定されていたため、動向が気になっていた方も多いでしょう。 これについては、アルコール検知器の供給状況の問題から、義務化はいったん無期限で延期に。その後、警察庁のアルコール検知器協議会が安定した検知器の生産・供給が可能になったと確認し、改めて「2023年12月」から検知器を用いることが義務化されました。参考:警察庁「道路交通法に基づく自動車の使用者に対する是正措置命令等の基準について(通達)」丁交企発第202号(令和5年8月15日発出)https://www.npa.go.jp/laws/notification/koutuu/kouki/20230815zeseisochi.pdf ※本記事は、2023年9月15日時点の情報をもとに記載しています。 執筆: 田中 元(介護福祉ジャーナリスト)編集協力: 株式会社照林社

自転車の交通ルール
自転車の交通ルール
特集
2023年9月26日
2023年9月26日

訪問看護師が知っておきたい自転車の交通ルールは?道路交通法改正も解説

自転車も自動車やバイクと同じく死亡事故につながるリスクのある乗り物です。訪問看護師は自転車で移動することも多いため、ルールを改めて確認しておきましょう。本記事では、自転車の交通ルールや事故を起こしてしまったらどう行動すべきか、高額賠償事例などについて詳しく解説します。 自転車事故の件数は増加傾向にある 警視庁によると、2022年の自転車事故の件数は69,985件で、前年より291件増加しました。全交通事故に占める自転車事故の割合は、2016年以降増加傾向にあります。自転車は、訪問先へ行くときだけではなく、日常生活でスーパーやコンビニへの移動手段として利用する方も多いでしょう。使用頻度が高くなればなるほど事故のリスクが高まるため、普段から自転車を利用している方は、より一層の注意が必要です。 訪問看護師が交通事故を起こすとどうなる? 自転車事故を起こしてしまったときは、以下のような行動をとりましょう。 負傷者がいる場合は必要な救護を行う(場合によっては相手と相談の上119番に通報する)※交通の妨げになることによる二次的交通事故が起きないよう、道路上の安全を確保しながら対応負傷者がいる場合には警察に連絡する(負傷者がいない場合、警察を呼ぶかどうかは、相手と相談して決定する。なお、相手が何らか補償を求める意思を示す場合や相手と連絡先を交換するような場合は、必ず警察に連絡する)臨場した警察官に対して事故の状況や自身の名前、住所、連絡先等を伝える(相手との連絡先の交換は必ず警察を介して行う)損害保険に加入している場合は、必要に応じて保険会社に連絡する※業務中の場合には労働災害(労災)で処理することもあり得るので、その場合は職場において必要な手続をとる また、訪問看護師の場合、交通事故によって訪問ができなくなり、訪問先の利用者が医療を受けられなくなるトラブルも起こります。場合によっては急を要し、代わりの人員をすぐに向かわせなくてはいけないケースもあるでしょう。初期の事故対応を終えたら、所属先の訪問看護ステーションや利用者にも連絡をしましょう。 知っておきたい自転車事故による高額賠償事例 自転車事故は自動車事故と比べて、死亡や重度障害につながりにくいと思われがちですが、実際には自転車の被害者が死亡したり、重度障害が発生するという事故は起きています。このような場合に自転車側の運転者が任意保険に加入していないと、高額な損害金を全て自己負担しなければならなくなり、経済的に致命的なことにもなりかねません。もしも、訪問看護の業務で自転車を使用する場合には、必ず任意保険に加入するようにしましょう。 実際にあった自転車事故による高額賠償事例を3つ紹介します。 年月/裁判所    事故の内容結果損害賠償額   大阪地裁2007年4月     自転車が信号機のない三叉路の交差点を左折し、対向した70歳男性が運転する自転車と衝突70歳男性が植物状態となり1年4ヵ月後に死亡3,400万円東京地裁2007年4月成人男性が昼間、信号無視かつ高速で交差点に進入し、青信号で横断歩道を横断中の55歳女性と衝突女性は頭蓋内損傷等で11日後に死亡5,438万円神戸地裁2009年3月自転車が、信号のない交差点を徒歩で横断中の54歳女性と衝突女性は顔の骨や歯を折る重傷1,239万円出典:兵庫県「自転車事故による高額賠償事例」 自転車事故を防ぐために知っておきたいルール 自転車事故を防ぐためには、交通ルールを守る必要があります。飲酒は論外としても、数多くの細かなルールが存在します。今回は、つい見落としてしまいがちなルールをピックアップして紹介します。なお、自転車は道路交通法では車両扱いなので、違法行為があれば罰則の適用はあり得ます。現状では自転車の刑事的な取締は事実上ほとんどされていませんが、今後どうなるかはわかりませんし、刑事責任が生じなくても、民事責任を問われる可能性もあるため、道路交通法を守った運転が大切です。 自転車は車道の左側を走る 自転車は、車道の左側を走りましょう。道路交通法では、自転車は軽車両の扱いです。そのため、歩道と車道がある場所では、車道の左側を走る必要があります。歩道を通行できるのは、「自転車通行可」や「普通自転車通行指定部分」などの表示がある場合です。ただし、歩道の中でも車道寄りを徐行し、歩行者の通行を妨げる場合は一時停止しなければなりません(道路交通法17条、17条の2、18条等)。 道路標識と信号を守る 当然のことではありますが、信号機のある交差点では信号が青になってから安全を確認し、横断しましょう。自転車は車ではないという理由で信号を守る意識が薄くなりがちです。また、一時停止の標識がある交差点では必ず一時停止をしてください。一時停止をしなければ事故にあうリスクが高い場所に標識がついているため、信号を守るのと同じぐらい意識しましょう。 夜間はライトを点ける 進行方向の障害物や人を早期に見つけるためだけではなく、相手がこちらを認識しやすくするためにも夜間はライトを点ける必要があります。また、薄暗くなってきた夕方も必ずライトを点けましょう。 イヤホンやスマートフォンは使用しない 自転車の運転中にイヤホンで音楽を聴いたり、スマートフォンを使用したりしてはいけません。たとえ訪問看護関連の連絡があったとしても、必ず自転車を止めてから対応しましょう。イヤホンを使用すると音で周りの状況を把握できず、スマートフォンを使用していると周りが見えなくなります。 ヘルメットを着用する 2022年4月27日に公布された「道路交通法の一部を改正する法律」により、全年齢の自転車利用者に対し、ヘルメットの着用の努力義務が課されました。施行日は2023年4月1日です。 自転車の運転者が死亡する事故は頭部損傷によるものが多く、ヘルメットの着用は運転者が死亡する事故のリスク減少につながると考えられています。実際に、ヘルメットを着用していない場合の死亡率は、着用している場合の約2.1倍です。これは相手を怪我させないためにではなくて、自身の身を守るためのものとして、積極的に検討するべきです。また、事業者が業務で従業員に自転車を使用させる場合には、従業員に対する安全配慮義務の一環としてヘルメットの着用を指示するべきでしょう。 自転車事故を防ぐための対策 自転車事故は不注意だけではなく、整備不良によっても起きる可能性があります。自転車事故を防ぐために、次のように対策しましょう。 毎回点検する 自転車の整備不良が原因の事故を防ぐために、乗る前に以下のポイントを毎回点検しましょう。 ブレーキの前輪と後輪の両方に問題がないかタイヤに空気が十分に入っているかタイヤにすり減りやひび割れがないかハンドルの変形やガタつきがないかサドルの高さは自分に合っているかライトは点灯するか反射材が割れていないかベルは鳴るか 時間に余裕を持って行動する 自転車で移動するときは、時間に余裕を持つことも大切です。慌てると、いつもできていたことができなくなり事故につながります。また、法令遵守の意識も薄れやすいため、信号や一時停止標識の無視も発生しやすくなるでしょう。 自転車事故は、想像以上に死亡や重度障害につながるリスクがあります。訪問看護ステーションが加入している保険について確認しておくのはもちろん、交通ルールを守って運転することが大切です。また、日々の点検や時間に余裕を持った行動など、事故のリスクを抑えるための対策を日々徹底しましょう。 執筆・編集:加藤 良大監修:梅澤 康二弁護士弁護士法人プラム綜合法律事務所アンダーソン・毛利・友常法律事務所を経て2014年8月にプラム綜合法律事務所を設立。企業法務から一般民事、刑事事件まで総合的なリーガルサービスを提供している。【 経歴 】2006年10月:司法試験合格2007年03月:東京大学法学部 卒業2008年09月:最高裁判所司法研修所 修了2008年09月:アンダーソン・毛利・友常法律事務所 入所2014年08月:プラム綜合法律事務所 設立 【参考】〇兵庫県「自転車事故による高額賠償事例」https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk15/documents/kougakubaisyo.pdf2023/6/8閲覧〇警察庁「自転車は車のなかま~自転車はルールを守って安全運転~」https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/info.html2023/6/8閲覧〇警視庁「頭部の保護が重要です~自転車用ヘルメットと頭部保護帽~」https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/anzen/toubuhogo.html2023/9/4閲覧〇内閣府「自転車の安全利用の促進について」https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/bicycle/bicycle_r04.html2023/6/8閲覧

訪問看護に医療保険が適用される条件は?介護保険との違いも解説
訪問看護に医療保険が適用される条件は?介護保険との違いも解説
特集
2023年9月19日
2023年9月19日

訪問看護に医療保険が適用される条件は?介護保険との違いも解説

訪問看護で適用される保険は、医療保険と介護保険です。医療保険は、病気やけがをしたときにかかる治療費の一部をカバーしてくれる保険で、介護保険は介護の費用負担を軽減してくれる保険です。 訪問看護の場合、利用者さんの年齢や状態などによって適用される保険が変わってきます。改めて医療保険と介護保険との違いや、それぞれの保険が適用される際の条件を確認しましょう。 医療保険と介護保険の適用条件 医療保険と介護保険の適用条件の違いをまとめると、以下のようになります。 それぞれ、もう少し詳しく見ていきましょう。 医療保険の場合 医療保険では、以下の年齢や条件で区分を設けています。 40歳未満(0~39歳)の方40歳以上~65歳未満で16特定疾病(※1)以外の方40歳以上~65歳未満で介護保険第2号被保険者(※2)ではない方65歳以上で要支援・要介護の認定を受けていない方 ※1 厚生労働省「特定疾病の選定基準の考え方」※2 介護保険第2号被保険者…40歳以上65歳未満の健保組合、全国健康保険協会、市町村国保などの医療保険加入者 医師によって訪問看護の必要があると判断された40歳未満の方や、16特定疾病以外の40歳以上65歳未満の方、要支援・要介護の認定を受けていない65歳以上の方が、基本的に医療保険の適用となります。ただし、要支援・要介護の認定を受けていても、「厚生労働大臣が定める疾患等」(19の疾病と1つの状態)に該当する場合は、医療保険の適用です。また、特別訪問看護指示書が出た場合も医療保険を利用できます。 介護保険の場合 介護保険の年齢区分も、医療保険と同様に40歳以上65歳未満、65歳以上となっていますが、介護保険の適用条件は次のとおりです。 40歳以上~65歳未満の第2号被保険者で16特定疾病の方65歳以上の第1号被保険者で要支援・要介護認定を受けている方(第1号被保険者) 原則として、医療保険と介護保険を併用することはできません。厚生労働大臣が定める「厚生労働大臣が定める疾患等」に当てはまる場合や、特別訪問看護指示書が出た場合は医療保険になります。 訪問看護で医療保険が優先されるケースは? 先述したように、厚生労働大臣が定める19の疾病と1つの状態に当てはまった場合や、特別訪問看護指示書が出た場合は医療保険が優先されます。仮に要支援や要介護の認定を受けている場合でも、医療保険が優先になるため注意しましょう。 「厚生労働大臣が定める19の疾病と1つの状態」 末期の悪性腫瘍多発性硬化症重症筋無力症スモン筋萎縮性側索硬化症脊髄小脳変性症ハンチントン病進行性筋ジストロフィー症パーキンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、パーキンソン病(ホーエン・ヤールの重症度分類がステージ三以上であって生活機能障害度がⅡ度又はⅢ度のものに限る。))多系統萎縮症(線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症及びシャイ・ドレーガー症候群)プリオン病亜急性硬化性全脳炎ライソゾーム病副腎白質ジストロフィー脊髄性筋萎縮症球脊髄性筋萎縮症慢性炎症性脱髄性多発神経炎後天性免疫不全症候群頸髄損傷人工呼吸器を使用している状態 医療保険と介護保険の利用条件と保険料 利用条件の違い 医療保険と介護保険では、以下のとおり利用条件の違いがあります。 ■医療保険と介護保険の利用条件の違い  医療保険介護保険支給限度額上限なし上限あり利用回数週3回まで制限なし利用時間1回30~90分20分未満、30分未満、30分以上60分未満、60分以上90分未満の中から選べる 大きな違いは、「月の支給限度額」の有無でしょう。医療保険には限度額が設定されていませんが、利用し放題にならないよう、次の条件で利用する決まりになっています。 医師に必要性を認められれば、1日1回30~90分、週3回まで利用可能厚生労働大臣が定める19の疾病と1つの状態に該当した場合や、特別訪問看護指示書が出た場合は、1日2~3回、かつ週4日以上利用可能 介護保険で訪問看護を利用する場合は、利用回数に制限はありません。ただし、支給限度額に上限があるため、限度額の範囲内で収まるように訪問看護を利用する必要があるのです。訪問看護以外にも介護保険を使ったサービスを利用するケースが多いため、結果的に訪問看護の利用は週1~2回に抑えられることが多いでしょう。 保険料の算出方法の違い また、保険料の算出方法も異なります。 医療保険の場合、以下の合計により報酬単位を算出します。1単位当たりの料金は、全国一律で10円です。 訪問看護基本療養費(週当たりの訪問日数に応じて変動)訪問看護管理療養費(月の初日と2日目以降で金額が異なる)各種加算(緊急訪問看護加算、難病等複数回訪問看護加算、長時間訪問加算 など) 介護保険の場合、介護度や訪問時間、各種加算(退院時共同指導加算、夜間・早朝加算、サービス提供体制強化加算など)により報酬単位数を算出します。1単位当たりの料金は、地域区分によって変動します。 訪問に入るまでの流れの違い 医療保険の場合、主治医や近くの訪問看護ステーションに相談し、必要性が認められれば訪問看護の利用が可能です。しかし、介護保険の場合はまず要介護の認定を受ける必要があるため、要介護認定の申請をしなければなりません。すでに要介護の認定を受けている場合は、担当のケアマネジャーに相談します。 その後は、医療保険・介護保険のどちらも主治医から訪問看護指示書により指示を受けます。医療保険の場合は、訪問看護ステーションやかかりつけ医などに相談するケースが多く、介護保険の場合は担当のケアマネジャーがコーディネートするケースが多いです。 * * * 訪問看護の利用において、医療保険と介護保険のどちらが適用されるかは、利用者さんの状況によって異なります。改めてそれぞれの基本的な適用条件を確認しましょう。 また、利用者さんの病状や状況、年齢は変化するため、変化に応じて保険の見直しが必要になります。質問されることもあるので、きちんと理解しておくことが大切です。 執筆:柿野 俊弥監修:川島 峻監修者プロフィール:医師、医学博士。横浜市立大学医学部、東京大学大学院医学系研究科卒業。虎の門病院、東大病院心臓呼吸器外科などで勤務ののち、Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital留学。帰国後、新宿アイランド内科クリニック院長として幅広い世代に対して内科疾患、予防医療を中心に診療している。呼吸器専門医、胸部外科専門医会員、呼吸器外科専門医、外科専門医、がん治療認定医。編集:株式会社パンタグラフ 【参考】○厚生労働省「訪問看護のしくみ」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000123638.pdf(2023/6/20閲覧)〇公益財団法人 日本訪問看護財団「厚生労働大臣が定める疾病等について」https://www.jvnf.or.jp/shippei100420.pdf(2023/6/20閲覧) ■「みんなの訪問看護アワード」エピソード募集中!(~2025/1/24)今回で3回目となるNsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」では、2025年1月24日(金)17:00まで「つたえたい訪問看護の話」を募集中です! 訪問看護にかかわる方であれば、誰もが共有したいエピソードがひとつはあると思います。皆さまのエピソードをお待ちしています!

訪問看護計画書の書き方
訪問看護計画書の書き方
特集
2023年8月22日
2023年8月22日

訪問看護計画書の書き方は? 記入例や注意点も紹介

新卒訪問看護師の方や、病棟から訪問看護へ転職した方は、訪問看護計画書の書き方で悩むケースが多いでしょう。本記事では、これから訪問看護に従事する方に向けて、訪問看護計画書の書き方について解説します。記入例や注意点も解説しているので、ぜひ参考にしてください。 訪問看護計画書とは 訪問看護計画書とは、訪問看護サービスを提供するにあたり、療養上の目標や具体的なサービス内容を利用者ごとに記載する書類です。訪問看護指示書の交付による主治医の指示を受けた上での作成が必要になります。訪問看護計画書の作成は「利用者の健康状態の評価」「ケアプランの立案と目標設定」「コミュニケ-ションと連携の促進」の3つが主な目的で、利用者に質の高い訪問看護サービスを提供するために作成します。 作成後は、利用者やご家族・支援者に内容の説明を行い、同意を得なければなりません。また、すでにケアマネジャーや利用者などが居宅サービス計画書を作成している場合、その計画内容に沿った作成が必要です。ちなみに居宅サービス計画書は、基本的にケアマネジャーが作成しますが、まれに利用者やご家族が作成することもあります。しかし、手続きや事業所との連携および調整まで行う必要があるため、一般的には利用者やご家族にとっては難易度が高いです。 訪問看護計画書の書き方 訪問看護計画書を書く際のポイントは、以下のとおりです。 主語は看護師側ではなく利用者側にする目標は利用者主体で記載する挙がった問題には優先順位をつける(いのちや生活に影響するものは優先順位が高い)優先順位を付けるために「#(ナンバー)」の記号で#1、#2とナンバリングするコピー&ペースト(同じ文章の使いまわし)はなるべくしないようにする義務として医師への定期的な提出が必要であり、ケアマネジャー・連携している訪問看護ステーションや医療機関にも提出する場合があるため、分かりやすく丁寧に記載する これらの基本的なポイントを押さえた上で、各項目の記入例と詳細内容を見ていきましょう。 訪問看護計画書 記入例 訪問看護計画書は、標準とする様式に準ずる必要があり、厚生労働省によって以下の7つの項目を記載するよう定められています。順にみていきましょう。 (1)利用者の基本情報 利用者の氏名や生年月日、要介護認定の状況、住所を記載します。電子カルテを使用している訪問看護ステーションでは登録したIDを入れることで自動的に入力されます。 (2)看護・リハビリテーションの目標 訪問看護計画書では、主治医の指示、利用者の希望、利用者の状態を考慮し、看護・リハビリテーションの目標を設定します。ケアプラン(居宅サービス計画書)や訪問看護指示書の内容を参考にしながら、利用者がどのような生活を送りたいのかを理解し、目標を具体的に立てることが大切です。 (3)年月日/問題点・解決策/評価 訪問看護計画書では、計画を作成した日付や修正した日付を記載します。毎月、計画書の見直しをしている場合は、見直しで修正を行った日付を記載してください。問題点・解決策の項目では、目標とリンクした内容を記載します。具体的な問題点やそれに対する解決策、必要な看護や支援、ケアの内容を具体的に記載します。また、評価の項目では、実際に提供したサービスの評価や問題の改善状況、引き続き計画を実施するかどうかの判断を記載する必要があります。 (4)衛生材料等が必要な処置の有無 脱脂綿やガーゼ、絆創膏など、衛生材料が必要な処置の有無では、はじめに「有」または「無」のどちらか該当する方に丸をつけます。必要な処置がある場合は、処置の内容、衛生材料の種類、サイズ、必要量などを具体的に記載しましょう。「無」の場合は記載する必要はありません。 訪問看護で使用する衛生材料の具体例としては、次のものがあります。 使い捨て手袋:感染予防や処置時の衛生を保つために使用注射器・注射針:採血や薬の注射などに使用カテーテル:膀胱留置カテーテルや胃ろうカテーテルなど、体液の排出や栄養剤の投与に使用絆創膏:創傷部位の保護に使用テープ:包帯の固定に使用ガーゼや脱脂綿:傷口や皮膚の保護に使用消毒薬:処置前の手指消毒や器具の消毒に使用生理食塩水:創傷や口腔内の洗浄に使用尿バッグ(ウロバッグ)やドレーンバッグ:体液の管理に使用 使用する衛生材料はすべて記載しましょう。 (5)備考 備考には、各項目に書ききれない留意事項や特記事項を記載します。利用者やご家族からの情報や注意事項、連絡事項などを必要に応じて追記し、訪問看護師同士や関係者間で情報共有を円滑に行えるようにします。 また、すでに老人保健法及び健康保険法等の指定訪問看護を実施している場合、備考欄に要介護認定の状況を記載しましょう。 (6)作成者名 計画書を作成した人の氏名を記載します。訪問看護計画書は、訪問看護に携わる医療従事者が同じ目標に向かってケアプランを共有し、作成しています。そのため、訪問看護師以外にも、リハビリ職や保健師なども記載した場合は、全員の氏名を明記し、計画の責任者を明確にすることが必要です。 (7)年月日/事業所名/管理者氏名 最後に、計画書を作成した日付、事業所名、管理者の氏名を記載します。こちらも責任の所在を明確にするために必ず記載しましょう。加えて、管理者の捺印が必要になるので、主治医に提出する前には押してもらっておきます。 訪問看護計画書を作成する際のQ&A 訪問看護計画書を作成する際に疑問点として挙げられやすい内容についても、Q&A形式で解説します。 誤った内容を記載してしまったらどうなる? 前提として、訪問看護計画書は必要に応じて情報開示を求められることもあるため、偽りのない内容を記載するべきです。しかし、誤って記載してしまうこともあるでしょう。その際は、気付いた時点ですぐに該当箇所を修正する必要があります。修正前の内容、修正した箇所、修正した日時が分かるようにして、改ざんの疑いや誤解を防ぐことが大切です。もし、看護記録の改ざんを行った場合、刑法により「証拠隠滅」「文章偽造」の罪に問われ、処罰の対象となる可能性があります。 どれくらい保管しないといけないの? 訪問看護計画書は、訪問看護終了日から2年間の保存が必要だと法的に定められています。保管期間中は、いつでも復元できる状態にしておく必要があります。保管の方法として、訪問看護計画書は、電子媒体と紙媒体のどちらでも問題ありません。紙媒体で作成した訪問看護計画書を、電子媒体に保存しておくことも可能です。 どれくらい具体的に書くべき? 具体性の程度に関しては、明確に定められていません。しかし、どのような目標に対して、どのようなサービスを行ってきたかを第三者が見ても分かるよう、曖昧な表現を避け、具体的な情報を記載することが大切です。 例えば、衛生材料等が必要な処置の有無の項目では、処置の内容や衛生材料について具体的に記入し、次の1ヵ月に必要な量を明記しましょう。ただ、訪問看護計画書は、利用者やご家族の方も見る書類です。専門用語の多用や問題点、評価などの書き方には配慮が必要になります。 訪問看護計画書はいつ作成する? 訪問看護計画書に提出期限はありません。しかし、適切な指定訪問看護を提供するためには、定期的に提出する必要があります。 一般的には、毎月提出するところが多いです。例えば、月末に報告書・計画書を作成して、利用者やご家族の同意を得た後、翌初月に主治医へ提出します。そして、翌月の頭には、次の計画書を作成するといった流れになります。事業所によって、訪問看護計画書の提出時期は異なるため確認しておくとよいでしょう。また、利用者の状態に変化があった際や訪問看護指示書に変更があった場合は、修正するか別途作成が必要です。 訪問看護計画書を修正するタイミングとしては、次のような場合です。 保険が切り替わったとき区分の変更があったとき主治医からの指示が変更されたとき利用者の状態が変化したとき居宅サービス計画書が変更されたとき 提供する訪問看護サービスと訪問看護計画書の記載内容に相違がないよう作成しましょう。 初回訪問後の計画書作成は初回加算できる? 一定の条件に該当した場合、初回加算することができます。条件については、次のとおりです。 同月内に複数訪問看護事業所がそれぞれ新規に訪問看護計画書を作成した場合訪問看護を2ヵ月以上休止し、再開した場合要支援の状態で介護予防訪問看護を実施した後、要介護状態になり、訪問看護へ移行する場合(逆に訪問看護から介護予防訪問看護に移行する場合や継続の場合も同様)初回もしくは初回訪問看護を行った日の属する月に指定訪問看護を行った場合(暦月で1月のみ) 介護保険の訪問看護において、退院共同指導加算を算定する場合は、初回加算の算定はできません。また、医療保険による訪問看護の利用から介護保険の利用に変更した場合でも算定はできないので、注意が必要です。 訪問看護計画書は利用者の意向に沿って作成 訪問看護計画書は、利用者により質の高い訪問看護サービスを提供するために作成します。医療従事者の考えだけで計画書を作成するのではなく、あくまで利用者主体で作成することが大切です。利用者が満足できるケアの提供を念頭に置いた上で、本記事でご紹介した書き方や記入例、注意点を参考にして訪問看護計画書を記載していきましょう。 執筆:柿野 俊弥監修:川島 峻監修者プロフィール:医師、医学博士。横浜市立大学医学部、東京大学大学院医学系研究科卒業。虎の門病院、東大病院心臓呼吸器外科などで勤務ののち、Harvard Medical School, Brigham and Women’s Hospital留学。帰国後、新宿アイランド内科クリニック院長として幅広い世代に対して内科疾患、予防医療を中心に診療している。呼吸器専門医、胸部外科専門医会員、呼吸器外科専門医、外科専門医、がん治療認定医。編集:株式会社パンタグラフ 【参考】○厚生労働省「訪問看護計画書及び訪問看護報告書等の取扱いについて」https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00ta4396&dataType=1&pageNo=1(2023/6/15閲覧)○公益社団法人 日本看護協会「看護記録に関する指針」https://www.nurse.or.jp/nursing/home/publication/pdf/guideline/nursing_record.pdf(2023/6/15閲覧)○厚生労働省「指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準」https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=84aa0500&dataType=0&pageNo=1(2023/6/15閲覧)○厚生労働省「訪問看護計画書等の記載要領等について」https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000613544.pdf(2023/6/15閲覧)○一般社団法人 大阪府訪問看護ステーション協会「訪問看護記録の管理方法について」https://daihoukan.or.jp/記録に関する事項/(2023/6/15閲覧)○社団法人 全国訪問看護事業協会「訪問看護に係る看護消耗品、看護用器具等に関する現状調査」https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/H11-2-1.pdf(2023/6/15閲覧)

運営指導(実地指導)体験談
運営指導(実地指導)体験談
特集
2023年5月23日
2023年5月23日

運営指導(実地指導)体験談 大切なのは日々の業務を基本に忠実に行うこと

「運営指導で準備することは何?」「当日はどんなふうに進行するの?」運営指導に関してこんな疑問を抱いている管理者は多いのではないでしょうか。今回は、大阪市住吉区にある医療法人ハートフリーやすらぎの訪問看護ステーション管理者の田端さんに、2022年に受けたばかりという運営指導の体験談を教えていただきました。事前準備のノウハウはもちろん、運営指導を受けて再認識したことなど、盛りだくさんの内容でお届けします。 約2週間前に運営指導の実施通知が届く 介護事業を行っていれば、いつかは必ずやってくる運営指導。わかってはいるものの、いざ実施通知が届くとびっくりするものです。 通知には、「介護保険サービスの質の確保および保険給付の適正化を図ることを目的に、実地指導を実施します」の文言とともに、実施日時や当日訪問予定の大阪市福祉局の担当職員2名の名前に加え、膨大な数の準備書類が記載されていました。 当事業所で実施通知を受け取ったのは、実施日の約2週間前。介護給付費に関する書類も準備しなければなりません。これは大変なことになったぞと思い、急いで準備に取り掛かりました。 書類は独自リストを活用し効率よく準備 運営指導では、介護サービスの実施状況と運営体制の構築について必要書類に基づき確認されます。必要な書類や確認内容はサービス種別によって変わってきます。具体的には、「介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月)」の別添資料「確認項目及び確認文書」にまとめられているので、ぜひご覧になってみてください。 今回、準備書類で苦労したのは、サービス提供実施記録や居宅サービス計画書、サービス担当者会議の記録など、サービスに関する書類です。当事業所には約300名の利用者さんがいらっしゃいます。管理者だけでは手に負える数ではないため、主任やスタッフにも協力してもらい、事業所全体で準備を進めました。 運営指導の実施時間は3時間。その時間で全利用者さんの書類が確認されるわけではありませんが、どの書類が選ばれるかは当日にならないとわかりません。どの利用者さんのどの書類が選ばれても問題ないように、全員分のすべての書類をそろえておく必要があります。 スタッフには、確認の抜けや漏れがないように、必要な書類とそれぞれのチェックポイントをまとめたリストを配布しました。例えば、「訪問看護計画書」のチェックポイントは以下のとおりです。 訪問看護計画書 ・利用者さんの氏名、生年月日、要介護度、住所等の基本情報が記入できているか。・目標に、利用者さん、ご家族の希望を取り入れているか。・主治医の指示と相違がないか。・ケアマネジャーが作成するケアプラン(居宅サービス計画書)と相違がないか。・「利用者の状態に変化があった時」、「指示書に変更点があった場合」、「ケアプランに変更があった場合」は、必ず利用者さん、ご家族に説明し、サインをもらっているか。・変更がなくても、最低6ヵ月に1回のタイミングで、利用者さんに説明し、サインをもらっているか。・「衛生材料等が必要な処置の有無」「処置の内容」「衛生材料等」「必要量」の欄について⇒衛生材料等が必要になる処置の有無について○を付けているか。また、衛生材料等が必要になる処置がある場合、「処置の内容」と「衛生材料等」について具体的に記入し、「必要量」については1ヵ月間に必要となる量を記入しているか。・「訪問予定の職種」の欄について、訪問予定の職種とその訪問日について、利用者さんに分かるように記載しているか。・内容がずっと一緒のコピーになっていないか。状態の変化やプラン変更の記載ができているか。・複数名訪問加算を算定している利用者さんの場合、計画書にその理由が記載できているか。・目標の達成状況が記録されているか、その状況に基づき計画を変更修正しているか。 この内容に沿って、受け持ちの利用者さんのカルテを確認してもらいました。 特に注意したのは、介護保険証の有効期間と、サービス担当者会議の記録、居宅サービス計画書、看護計画書がきちんと連動しているかということです。オリジナルの連動チェック表を作成し、各書類を横断的に確認できるようにしました。 報酬請求状況は必ず確認されます! 介護サービスの実施状況と運営体制の確認以外にも、運営指導には大切な目的があります。それは、報酬請求状況の確認です。特に各種加算に関してきちんと算定要件を満たし、適正に介護報酬の請求が行われているかどうかが重点的に確認されます。 そこで、請求状況についても当事業所で算定している加算をリスト化し、それぞれの算定基準から必要な項目を整理しました。このリストに沿って、スタッフに利用者さんのカルテを見直してもらい、準備を進めました。例えば、「ターミナルケア加算」では以下の項目を洗い出してまとめました。 ターミナルケア加算 ・主治医との連携のもと、ターミナルケアに係る計画、支援体制について利用者さん、ご家族に説明を行い、同意を得てターミナルケアを行っているか。・24時間連絡が取れる体制を確保・整備しているか。・ターミナルケアの提供について、利用者さんの身体状況の変化等、必要な事項が適切に記録されているか。・療養や死別に関する利用者さん、ご家族の精神的な状態やその変化、それに対するケアの記録があるか。・利用者さん、ご家族の意向に基づく、アセスメントや対応の記録があるか。 運営指導では請求書を見てカルテを選定 当日は事前通知どおり2名の担当職員が訪問されました。こちらは管理者の私と事務員の2名で対応しました。 簡単な挨拶の後、最初に「請求書を見せてください」と言われました。請求書の確認後、数名の利用者さんの名前がピックアップされ、カルテを見せてほしいと依頼されました。その後、事前に準備した書類とカルテの確認に入られました。 書類確認中はずっと立ち会うわけではなく、通常業務をしていても問題はありませんでしたが、たまに「この書類はどこにありますか?」と聞かれ、対応しました。なお、書類は、一覧表の順番通りに並べ、一覧表と同じ番号を記載した付箋を貼っておきました。担当職員から「〇〇の書類を見せてください」と急に言われても、さっと取り出せたので、これはやってよかった工夫のひとつです。 「口頭指導」を受けました 運営指導の指導方法には、文書指導、口頭指導、助言の3つがあります。今回、当事業所が受けたのは、口頭指導でした。口頭指導は、法令や通知等で規定された事項に違反しているものの、その程度が軽微な場合、または文書指導を行わなくても改善が見込まれる場合に行われます。改善報告が必要なレベルの重大な違反がなくて、本当に安心しました。口頭指導で、いくつか指摘された中から、みなさんの事業所でも参考になりそうなものを紹介します。 運営規定と重要事項説明書との整合性 運営規定と重要事項説明書との記載内容は、同じである必要があります。当事業所では、夏季休暇について運営規程では「8月14日、15日」、重要事項説明書では「盆休み」と記載していたため、この記載を合わせるように指摘を受けました。 勤務表の管理 職種(訪問看護師/理学療法士/作業療法士等)や勤務形態(常勤/非常勤)がわかるように項目を追加し、管理するように指摘を受けました。 加算の算定要件の詳細を再確認 当事業所では、サービス提供体制強化加算を取得しています。この加算では、職員の一定の勤続年数や研修計画に基づく研修の開催、利用者さんに関する留意事項の伝達や技術指導を目的とした会議を実施するといったことが主な算定要件です。 要件はクリアしているものの、スタッフごとに研修を計画し目標がわかるようにしておくことや、職種や勤務形態を問わず、すべてのスタッフが研修を受けられるように計画するよう指摘を受けました。 日々の業務管理こそ運営指導対策の王道 必要書類の準備から当日の指摘事項を振り返ってみて、あらためて感じたのは「基本に忠実に」日々の業務を遂行することの大切さです。法令や条例、規則等を遵守しながら、利用者さんへのサービスの質を確保し、日々着実に仕事をすること、これに勝る運営指導対策はないと思います。 利用者さんの介護保険証の有効期間を確認する、利用者さんの状態が変わったら必ずサービス担当者会議を行って記録を残す、看護計画を更新したら利用者さんにきちんと説明し同意を得てサインをもらう、等々。これらはどれも当たり前のことです。 ただし、どんな仕事でも必ずイレギュラーが発生します。例えば、利用者さんのサインがもらえなかったときにどうするか。重要なのは、そのままで済ませない、イレギュラーのままで終わらせないことです。運営指導の通知が届いてから準備していては、必ず何かが抜けてしまいます。常日頃から、スタッフ一人ひとりが各書類の目的を理解し、きちんと整備できる意識の醸成、しくみづくりが不可欠と感じました。 最後にもう1点、事業所の郵便受けは毎日必ず見るようにしてください。実施通知は郵送で届きます。しかも、いつ届くかわかりません。ポストを確認する習慣がなく、実施当日に通知に気づいた…という笑えない話を聞いたことがあります。みなさん、ぜひご注意ください。 執筆:田端 支普医療法人ハートフリーやすらぎ 訪問看護ステーション 管理者●プロフィール1997年看護学校卒業後、総合病院に8年間勤務。小児科・産婦人科病棟を含む混合病棟を経て、2006年訪問看護ステーション ハートフリーやすらぎに入職。2020年より現職。2012年訪問看護認定看護師資格取得。2019年特定行為研修終了。2021年在宅ケア認定看護師へ移行手続き終了。

心肺停止時の蘇生の方針
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2023年5月16日
2023年5月16日

「救急車は呼ばないで」と言われたら?―多職種連携で適切な対応を

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回は利用者さんからDNARの意向が示されたときの対応や、そもそもDNARとは何か、終末期医療、ACPの違いなどについても解説します。 事例 お子さんと同居する利用者Iさん(70代女性)。間質性肺炎を患っており、在宅酸素療法を導入しています。最近は呼吸が苦しそうなときが目立ってきました。 そんな中、訪問看護師のJさんは、Iさんから次のように言われました。「これ以上、みんなの世話になりながら生き続けたいと思えなくなった。そろそろ私も潮時ということだと思う。もし、明日私の呼吸が止まったとして、救急車を呼んで一命をとりとめたとしても、意識がないまま生かされ続けるようなことはごめんだ。だから、呼吸が止まっても、救急車を呼ばないでほしい。そのときが来たら無駄なあがきはせず、死を受け入れたい。」  これまで前向きに在宅での療養生活を送り、芯の強い人と思っていただけに、Iさんの言葉に動揺するJさん。「救急車を呼ばない」とは? もし、自分の目の前でIさんが心肺停止したとき、亡くなっていく様子をただ見ていなければいけないの? それって罪に問われないの? と急に不安が襲ってきました。 追い打ちをかけるように、Iさんの発した次の言葉はJさんの頭を真っ白にさせました。「家族には今の話は言わないでほしい。余計な心配をかけたくないし、このことを知ったら、きっともっと生きてほしいと説得されるだけだから。」 さて、困ったことになりました。同居のお子さんに搬送拒否の希望を知らせないとは……。いざというとき大混乱に陥ってしまうことは明白です。Jさんは一体、どのように対応すればよいでしょうか。 対応例 まずはIさんの話を傾聴し、Iさんがどうしたいのかをよく確認します。その後、ステーションの管理者や同僚に情報共有し、必要時、カンファレンスを行います。そして、IさんがDNARを希望されていることを医師に伝え、インフォームド・コンセント(IC)を行ってもらえるように調整。訪問診療のタイミングでもよいですが、Iさんご本人と医師が話をできる機会をつくります。 また、Iさんが「家族に話したくない」と言う段階では、ご家族には話しません。なぜ話したくないのかを傾聴し、リスクやデメリットを説明しつつ、医師を巻き込みながら、なるべくご本人が自発的にご家族と話すことを選べるように支援することが大切です。 DNARは心肺停止時の蘇生の方針を定めるもの みなさんは、DNARという言葉をご存知でしょうか。これは「Do Not Attempt Resuscitation」の略で、「心肺停止時に、患者本人または家族の希望により、成功する可能性が乏しい状況下での心肺蘇生を行わない」ことを意味します。 まさに今回の事例に合致する場面ですね。まずは「Iさんは、DNARを希望されているのだ」と認識しましょう。 また、Jさんが感じた「もし自分の目の前で心肺停止したとき、亡くなっていく様子をただ見ていなければいけないの? それって罪に問われないの?」という疑問については、まさにその点を関係者間で協議する必要があるわけです。 DNARの場合、基本的には心肺停止状態の利用者さんを発見したら、訪問看護師は主治医に連絡し、指示を待つことになります。その間、少しでも苦痛が取り除かれるよう手を握ったり、背中を擦ったりすることは可能です。 ただし、それを超えて心臓マッサージや人工呼吸といった心肺蘇生措置をしてしまうと、DNARに反することになってしまいます。ご本人の意思に沿った対応をとるためにも、ご本人やご家族の同意書とともに、緊急時の対応マニュアルを文章化しておくとよいでしょう。そして、いつでも誰でもが参照できるよう枕元に備えておくと安心です。 蘇生措置を行わないことが犯罪に相当するかという点については、刑法上「業務上過失致死罪」に当たる可能性はあります。しかし、ご本人の意思であることが確認できれば違法性が阻却され、罪に問われることはありません。 もっとも、最終的にその事実を確認するには、何らかの証拠となるものが必要です。そのためにも、ご本人の同意書を取ることは必須といえます。他に、医療機関を交えたカンファレンスの記録やケアマネジャーの支援経過記録なども証拠になり得ます。 まずは関係者で話し合いの場を設ける 利用者さんからDNARの意向が示されたら、訪問看護師としてどのように対応すればよいでしょうか。 日々のケアの中で、利用者さんからふと気がかりなことや願いなど、何らかの思いが表出されるときがあります。そのようなとき、まずは、ご本人の思いを聴き取る機会と捉えて、傾聴をすることが大切です。そして、対応例のとおり、ステーションの管理者や同僚に報告するとともに、ご家族とご本人、また主治医やケアマネジャー、ヘルパーなども交えて対応を協議することが必要です。 極端な話、出入りするヘルパー1人でもIさんのDNARの希望を知らなければ、そのヘルパーの訪問時に容態が急変することで救急車を呼んでしまい、Iさんの希望が叶えられない…という事態になりかねないからです。これを回避するには、すべての関係者がDNARの事実を把握し、いざというときに適切に対応できなければなりません。 そのため、すべての関係者と情報共有する必要性についてIさんに十分説明した上で、理解を得た後に本格的な協議を開始します。 ACPを行い人生の最期に向けて話し合う このように、ご本人とご家族、医療・ケアチームが、将来の医療およびケアについて、ご本人の価値観や人生の目標などをもとに話し合いを行い、ご本人の意思決定を支援するプロセスをACP、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)といいます。ACPは別名「人生会議」とも呼ばれ、その人の人生全般について対応を検討することが目的です。 その中でも、今回の事例のように、心肺停止時に限局された場面でどう対応するのか、その方針を決定するのがDNARです。また、人生の終末期に向け、残された時間を平穏に過ごし、身体的・精神的苦痛を取り除くための措置を終末期医療(ターミナルケア)といいます。 DNARも、終末期医療も、看取りも、すべてACPで話し合うべき重要なテーマなのです。 ACPは、人生のどのステージでも始めることができます。病状や療養環境などの変化に応じて、何度も繰り返し実施することが大切です。 ACPについては厚生労働省発出の「人生の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドライン」(改訂 平成30年3月)に詳しくまとめられています。在宅や介護の現場でも活用できるように作成されているので、ぜひご参照ください。 「大ごとにしたくない」と言われたら? もし、IさんがACPに対して乗り気でない場合、どうすべきでしょうか。法的な立場からいうと、現状DNARに関して法令による明確な定めはなく、ACPを経ずともDNAR対応することは可能です。 「とにかく大ごとにしたくない。紙に書いておけばいいんでしょ。あなたたちは医療のプロなんだから、なんとかして」とおっしゃった場合はどう対応すべきでしょう。 Iさんの意思尊重の観点からは判断が難しいところですが、ご家族に何も伝えずDNARを進めることは現実的に不可能です。いざとうときにご本人の意に反した結果にならないためにも、ご家族や近しい人たちと十分に話し合っておくことが大切です。 もし、Iさんとご家族の意向が異なったとしても、原理原則論としてはご本人の意向が優先されます。しかし、ご家族に何も伝えずDNARが実行されてしまうと、「これは母の意思ではなかった」と主張され、刑事告訴されてしまうかもしれません。 どうしてもIさんの望みどおりDNARを遂行したいのであれば、極論すると関わる事業所数を減らし、限られたメンバーだけで日々のケアを行っていく必要があるでしょう。いずれにせよ、救命に関することですから最低限、医師は把握する必要があります。 Iさんに対しては「在宅であってもチームケアでなければ利用者さんを支えることはできず、一事業所や一人の医師が単独で決定し、運営できるものではない」ことを繰り返し伝え、話し合いを重ねる他ないかと思います。それでも同意いただけない場合、「うちではDNARの対応はできない」とお断りせざるを得ないでしょう。 DNARを含め、ACPという概念がより世間一般に拡がることが期待されます。 家族の意向よりご本人の意思が優先される法的根拠 先ほど「刑事告訴」と言いましたが、この言葉にどきっとされた方もいらっしゃると思います。訴訟を回避する方法も知っておきたいところです。ご家族の意向よりご本人の意思が優先される法的な根拠を確認しておきましょう。 法的根拠としては、憲法第13条の幸福追求権が挙げられます。当然のことですが、ご本人の人生はご本人が主役であり、ご本人に決定権があるものです。このことは「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」にも明記されています。 ただし、ご本人の判断力が何らかの理由で著しく落ちている場合や、精神的に不安定な状況下では、冷静な判断ができないものとして、ご家族の意向が重要となってきます。先のガイドラインには「家族等が本人の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする。」1)と記されています。 ACPの内容は必ず記録しよう いずれにせよ、最終的にものをいうのは「証拠」です。できるだけ多くの場面におけるやり取りの経過を丁寧に記録していくことが大切です。Iさんとの最初のやり取りから医療・ケアチームとの話し合い、ACPでの協議内容など、多職種間での情報共有のためにもACPのプロセスで話し合った内容は必ず記録してください。 また、「言った、言わない」にならないよう、録音することも一法です。DNARという概念はまだまだ未整備の部分が多く、平穏死までもっていくことは実は険しい道のりかもしれません。ですが、いかなる場合でも「同意」と「記録」、そして「連携」の重要性を頭に入れておきましょう。 執筆:外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 編集:株式会社照林社 【引用】1) 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(改訂 平成30年3月),p.2.https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf2023/1/25閲覧 【参考】〇日本集中治療医学会倫理委員会「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の考え方」(日集中医誌 2017;24:210-215)〇日本老年医学会 倫理委員会「エンドオブライフに関する小委員会」編「ACP推進に関する提言」,2019.〇AMED 長寿・障害総合研究事業 長寿科学研究開発事業「アドバンス・ケア・プランニング支援ガイド 在宅療養の場で呼吸不全を有する患者さんに対応するために」,2022.

運営指導 制度解説
運営指導 制度解説
特集
2023年5月9日
2023年5月9日

運営指導(実地指導)制度解説 名称変更で何が変わったの?

2022年度から「実地指導」は「運営指導」に名称が変更されました。この変更によって何が変わったのでしょうか。この記事では、訪問看護事業に関わる方のために変更ポイントだけでなく、行政機関による運営指導の意味や内容、向き合い方についてお伝えします。 「運営指導」とは事業所を正しい方向へ導く制度 「運営指導」とは介護保険法に基づき、行政機関が事業所に対し、適正な事業運営が実施されているか指導するものです。もともと「実地指導」と呼ばれていましたが、2022年度から、指導に際しオンライン会議ツールの活用が明記され、指導場所が必ずしも「実地」ではなくなることから名称が「運営指導」に改められました。 なお、ここでいう行政機関とは、利用者が介護サービスを受けた場合にその費用を支払う「保険者」でもあり、介護サービスを行う事業所に対し、指定または許可した事業所を所管する「指定等権者」としての立場にあります。 いうまでもなく介護保険事業は、保険料と公費で賄われる公益性の高いサービスです。介護保険法(以下「法」とします)の第1条には、その目的として介護や看護、医療が必要な人の「尊厳の保持」、および「自立した日常生活の支援」が謳われています。したがって、サービスの担い手である事業所は、利用者さんに対し、この目的を果たすよう適切にサービスを行わなくてはなりません。 そして、行政機関は、各事業所がこうした責任を果たし、適正にサービスを行うことができるよう指導・支援する必要があります。そのため、行政は定期的に指導に入り、事業所を正しい方向に導いているのです。 「運営指導」と「監査」はまったく違う 行政機関が行う指導には、運営指導とは別に「監査」と呼ばれるものがあります。言葉がよく似ているので混同されるケースがあるようですが、まったく違います。ここで、介護保険制度における指導監督の全体像について確認しておきましょう。 厚生労働省による「介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月)」を見ると、指導監督について次のように説明されています。「介護保険制度の健全かつ適正な運営及び法令に基づく適正な事業実施の確保のため、法第23条又は法第24条に規定する権限(中略)に基づき行う介護保険施設等に対する『指導』、不正等の疑いが認められる場合に行う法第76条等の権限(中略)に基づき行う『監査』により行われます」1)。ここで言う「指導」とは運営指導を含みます。 指導と監査の違いについて具体的に説明しましょう。 (1)指導 指導には、集団指導と運営指導があります。 ■集団指導集団指導は事業所を1ヵ所に集めて開催されます。現場において対応が必要な法改正や留意点等、事業運営について必須の情報を伝達・共有することで、介護保険サービスの質の確保と保険給付の適正化を目的としています。 ■運営指導一方、運営指導は事業所ごとに行われます。先述のとおり、介護サービスの質、運営体制、介護報酬請求の実施状況などの確認のために実施するもので、契約書や計画書・記録等の文書提示の求めや質問によって行われます。 (2)監査 監査とは、事業所に運営基準違反や介護報酬の不正請求等が認められる場合、またそのおそれがある場合に行われる「強制調査」です。行政は違反や不正等の事実関係を明確にした上で、それらが認められる場合、勧告または指定取消等の行政処分を行います。 * 指導は、あくまで事業所側の任意の協力によるものですが、監査には強制力がある点が最大の違いです。立入検査の権限も監査に含まれます。運営指導で違反や不正等の疑いがあった場合、運営指導では立入検査ができないため、途中で監査に切り替えて事実確認が行われるケースもあります。 「運営指導」に移行し「効率化」が強化 「運営指導」に変更するに伴い強化されたこと、それは「効率化」です2)。ポイントは次の3つ。冒頭で述べた「オンラインの活用」、そして「ローカルルールの是正」と「実施頻度の明記と推進」です。 (1)オンラインの活用 運営指導は基本的に実地で行うことが想定されていますが、最低基準等運営体制指導や報酬請求指導については、実地でなくとも確認できる内容であるため、オンライン等の活用が可能であることが明記されました。 (2)ローカルルールの是正 効果的、効率的な指導を推進するため、自治体ごとの異なる指導ルール(いわゆるローカルルール)について是正が図られました。具体的には次のようなことが明記されました。 ・標準的な確認項目や確認文書(※)以外の項目は原則として確認しないこと※厚生労働省「介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月)」の別添資料「確認項目及び確認文書」にサービス種別ごとの確認項目と確認文書がまとめられています。例えば、訪問看護における「サービス提供記録」であれば「訪問看護計画にある目標を達成するための具体的なサービスの内容が記載されているか」、「日々のサービスについて、具体的な内容や利用者の心身の状況等を記録しているか」が確認項目として挙げられています。・1回の指導にかかる時間をできる限り短縮すること・提出を求める書類の写しは1部とすること・自治体がすでに保有している文書は再提出を求めないこと (3)実施頻度の明記と推進 運営指導の実施頻度は、原則、指定または許可の有効期間(6年)内に少なくとも1回以上と定められました。 運営指導は業務改善のチャンス 運営指導と聞くと、どうしても身構えてしまい、指導通知が来ると「運が悪い」と感じたり、慌ててしまったりすることがあるかもしれません。ですが、これまで解説してきたとおり、運営指導は正しく質の高いサービスをしっかり利用者さんに提供できているかどうかを外部の目で点検してくれる機会です。「業務の確認や改善のチャンス」とプラスに受け止められるとよいでしょう。 もし、運営指導で法令違反があった場合、軽微なものであれば口頭、あるいは後日書面で改善点が指摘されます。また、不正請求ではなく、単なる請求上の誤りがあった場合は、過誤調整(報酬返還)を要することもあります。いずれにせよ、これらに速やかに対応し改善すれば、運営指導の段階ではそこで終了です。指定取消といった厳しい処分に進むことはまずないため、安心してください。 「運営指導対策」という言葉を見聞きしますが、手を抜いたり、即席で対策が完了したりといった楽ができるような方法は存在しません。真に有効であり、唯一の対策は「普段からきちんとやる」ことにほかならないのです。それは、利用者さんとの契約や同意の書面を忘れずに取り交わす、利用者さんごとに計画をしっかり協議し立案する、計画に沿ったケアを提供するといった当たり前のことであり、これらを丁寧に記録化していく作業が大切です。日々の業務をきちんとこなすことが運営指導の準備につながります。 また、運営指導にリニューアルしたことで効率化の観点からチェックするポイントが絞られ明確化されました。各自治体から配布されている自己点検票が役に立ちます。問われるポイントが絞られたことから、事業所側としてはより対応しやすくなったといえるでしょう。 執筆:外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 編集:株式会社照林社 【参考・引用】1)厚生労働省.「介護保険施設等運営指導マニュアル 令和4年3月」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000949269.pdf2023/3/20閲覧 2)厚生労働省.「介護保険施設等指導指針」(2022年3月31日)

高齢者虐待
高齢者虐待
特集
2023年4月18日
2023年4月18日

もしかしてネグレクト? 訪問看護師は虐待疑いにどう対応すべきか

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは利用者さんが虐待を受けているのではないかと思われる状況での対応についてご説明します。 事例 夫と二人暮らしのご利用者Gさん(80代女性、要介護度3)。息子夫婦が近所に、娘夫婦が遠方に住んでいます。 がんばって在宅生活を続けてきましたが、最近夫が外出先で転倒・骨折してしまい、一気に在宅生活の継続が困難になってしまいました。結局、介護施設を探すことになり、当面の間は近所に住む長男の妻が食事を定期的に運ぶようになりました。 ただ、長男の妻はあまり義父母の介護には関わりたくないらしく、介護サービスの契約の立ち合いや施設探しには積極的に協力してくれないようです。 ある日、訪問看護師のHさんは、Gさんからこのような相談を受けました。 「別居の娘が食事を運んでくるけれど、最近食べ物がどれも腐っているの。変な味がするから捨てていて…。そのせいで食べるものがないのよ。」 「『別居の娘』さん? 近所に住んでいる長男の妻では?」と違和感を持ったHさんがもう少し詳しく話を聞いてみると、どうやらGさんは長男の妻と自分の娘を間違えているようです。「認知症が始まってしまったのかも」と思いましたが、実際に長男の妻が差し入れたタッパーを開けさせてもらうと、腐ったような酸っぱい臭いがします。 「この煮物は、確かに悪くなっているようですね。お腹を壊すといけないから食べないほうがよいでしょう。何日前のものですか?」とGさんに尋ねると、「今朝、娘が持ってきた」と答えます。臭いの原因を長男の妻に尋ねたのかと聞くと、「関係がよくないから黙って置いていくのよ。もうずっと顔も合わせていないわ」とのこと。Gさんの体調には大きな変化はなく、ほかに変わった様子はありません。このような状況で、訪問看護師のHさんは、どのような対応をとることが望ましいでしょうか。今回はいつもと趣向を変えて、クイズ形式でみなさんに質問します。以下の3つの選択肢の中から適切な対応を選んでください。A:自分は訪問看護師として関わっているに過ぎないので、Gさんの体調に問題がなければ何もしなくてよい。B:虐待(ネグレクト)に当たる可能性があるので、直ちに行政へ通報する。C:担当のケアマネジャーに報告し、問題意識を伝える。いかがでしょうか。 本シリーズをここまでお読みいただいた読者は、Aを選ぶことはないかと思いますので、BとCのどちらかを選ぶことになるでしょう。「わざと腐ったものを出したのだから、虐待では?」と思った人や、逆に「この程度のことで虐待にはならないでしょう。Gさんは認知症で何か誤解しているのかもしれないし」と思った人もいるかもしれません。 Bでも間違いとはいい切れないのですが、ここでの正解はCとしたいと思います。これからその理由を解説します。今回は、「虐待」について適切に対応できるよう基礎知識を確認していきましょう。 まず押さえる虐待防止法と虐待の5つの定義 高齢者虐待防止法(正式名称:高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)という法律があります。これは、自らの身を守り、SOSの声を上げることができない高齢者を虐待から守るための法律です。 当たり前ですが、まずは「こういう法律があるのだ」ということを押さえてください。ほかにも障害者虐待防止法、児童虐待防止法があり、「虐待」は法律で明確に定められており、「法律を踏まえて対応する必要がある」と理解することが重要なポイントです。 高齢者虐待防止法では、虐待を5つに分類し、それぞれ以下のとおり定義しています。この法律を理解するためには、この定義の理解が非常に重要です。 身体的虐待 高齢者の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること 心理的虐待 高齢者に対する著しい暴言または著しく拒絶的な対応、そのほかの高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと 性的虐待 高齢者にわいせつな行為をすること、または高齢者にわいせつな行為をさせること ネグレクト 高齢者を衰弱させるような著しい減食、または長時間の放置、養護を著しく怠ること 経済的虐待 高齢者の財産を不当に処分すること、そのほか高齢者から不当に財産上の利益を得ること 訪問看護師にも通報義務がある 高齢者虐待防止法は「虐待を受けたと思われる利用者を発見した場合は、速やかにその事実を市町村に通報しなければならない」と定めています。この義務は、訪問看護をする看護師にも当然課せられています。 通報を受けた市町村や地域包括支援センターは、調査を行い、虐待を認定した場合、行政権限で利用者を措置処分により隔離することができます。緊急ショートステイや特別養護老人ホームへの入所を速やかに行うことで利用者を虐待者から引き離すのです。 「どの虐待に当たるか?」から出発する 先ほど「法律を踏まえて対応する」と書きました。現場の訪問看護師が具体的にすべきことは、虐待ではないかと思われたときに5つの虐待のどれに当てはまるかを考えることから始めます。 今回のGさんの事例では、「高齢者を衰弱させるような著しい減食、または長時間の放置、養護を著しく怠ること」、すなわちネグレクトが成立する可能性があります。そして、法律では「虐待を受けたと思われる利用者を発見した場合」に通報すべきとしているわけですから、ネグレクトの可能性がある以上通報をしなければならない、つまりBを選択する考えも十分成り立ちます。 しかし、現段階で直ちに通報することは時期尚早のような気もします。なぜなら、虐待容疑をかけられている長男の妻からは聞き取りをしていないからです。「なぜ、差し入れた食べ物が腐っていたのか」と聞けば、夏場で腐りやすかったり、Gさんが冷蔵庫に入れなかったりしたことが原因だったと分かるかもしれません。 一方、高齢者の権利擁護の観点からは、「そんな悠長なことをしていては、いつエスカレートするかわからない。腐っていたことは事実であり、認知症であれば食べてしまう危険もある。緊急性は高いのだから、行政に速やかに通報すべきだ」といった意見も考えられるところです。 もちろん暴力を受けていることが明らかであれば悩まず通報すればよいのですが、虐待の内容によっては突き詰めて考えていくと、結局何をすればよいかがわからなくなるという難しいケースが実は多いといえます。この点、虐待防止法は具体的にどこまで調査をした上で通報に踏み切るべき、ということまで定めてはいません。そのため、現場ではケースごとに判断せざるを得ないのです。 他職種と連携し必要な対応を検討する こうしたことを踏まえた上で、今回は正解をCとしました。その主な理由は、暴力や暴言といった緊急性を認めがたく、Gさんには認知症の疑いがあり何らかの誤解が生じている可能性が考えられるからです。 そもそも、日々の食事については宅配弁当といった別の方法も考えられ、身内に頼らなければならないものでもありません。また、長男の妻に介護負担がかかっていることが推測されます。ケアマネジャーに、そもそもこの状況を把握しているかをさっそく確認し、情報共有することが無難でしょう。訪問看護師が自分で直接長男の妻にヒアリングすることもできますが、その後どのようなケアプランを組み立てるかはケアマネジャーの管轄です。連携先としては、ケアマネジャーが適任といえます。 虐待の疑いありとして、直ちに市町村や地域包括支援センターに通報することも間違いではありませんが、ケアマネジャーに報告したとしても、利用者の安全確認や事実確認、情報収集などが行われることになります。ですから、まずはケアマネジャーに託す選択肢も十分考えられるのです。 もし、ケアマネジャーがまったく対処せず、状況が改善しないようであれば、そのときは迷わず通報をすればよいでしょう。 さて、最後に今回の回答例を示しますが、これはあくまで一例です。利用者さん本人に「あなたは虐待されている可能性があります」と言うこともできますが、現実的とはいいがたいです。どのような対応がベストか、ぜひ職場のみなさんで話し合ってみてください。 回答例 「食べ物がないと困りますね。ただ、息子さんの奥様もわざと腐ったものを出しているわけではないかもしれませんので、さっそく担当のケアマネジャーにこのことを伝えてみますね。」 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka編集:株式会社照林社

法制度「生活保護」
法制度「生活保護」
特集
2023年3月14日
2023年3月14日

知っておきたい生活保護の基礎知識ー「生活保護を受けたい」と相談されたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは「生活保護」です。 事例 独居の利用者Eさん(70代男性)。タクシーの運転手を自営業で細々と営んできましたが、引退後は貯金を切り崩して生活してきました。年金は、納付期間が短かったため、月4万円程度しか受給できていません。 ある日、訪問した看護師のFさんは、思い詰めた表情のEさんからこう打ち明けられました。 「お恥ずかしい話だが、もうお金がありません。ついては、生活保護を受給したいのだが、ここに現金で10万円ある。これだけは私の葬儀代として別にとっておきたい。でも、所持金が完全にゼロにならないと生活保護は受けられないのですか。もしそうなら、あなたに預かってもらって、私が死んだら葬儀代に充ててほしい。」 Eさんは目立った浪費癖もなく、堅実に生活しているかに見えましたが、よくよく話を聞いてみると、昔ギャンブルにはまっていたそうです。そのころに作った借金の支払いにずっと追われており、返済は今でも100万円ほど残っていると言います。 相談を受けたFさんとしては、「役所へどうぞ」と言えば済みそうですが、それだけではさすがに冷たい対応と言われてしまいそうです。10万円を預かる話も断るべきことはわかりますが、どのような言い方をすればよいのでしょうか。 回答例 「生活保護を受給されたいのですね。その場合、福祉事務所にご相談いただく必要があります。生活保護は、国が定めた「最低生活費」に満たない収入しか得られない人を保護するための制度です。ご自身の経済状況を正直に申告することが大前提となりますし、そもそも看護職員は利用者様の金銭をお預かりできる立場にはなく、お金をお預かりすることはできません。生活保護にはいくつか種類があり、葬儀の補助もあるそうですので、葬儀代のことはそれほどご心配なさる必要はないかと思います。そうしたことも含めて、福祉事務所の生活保護担当の方にご相談されてみてはいかがでしょうか。」 今回は、利用者さんが生活保護を受給する場合の支援機関へのつなげ方はもちろん、生活保護の受給条件や申請の流れ、扶助の内容なども確認していきましょう。制度について知っておくことで、適切な対応につながると思います。 生活保護とはどんな制度か 生活保護とは、病気で働けない、失業で収入がないといった理由で生活費が足りない方に、その不足の程度に応じて、最低限の生活保護費(以下、保護費)を国から支給される制度です。日本国憲法第25条ではすべての国民に生存権を認めており、1項には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定められています。この権利を実現するための施策が生活保護です。 なお、生活保護の申請件数は年々増加傾向にあります。特に新型コロナ以降は急増しました。2022年10月時点の調査結果では、生活保護を受給する世帯は約164万世帯あり、そのうちの約半数が単身の高齢者世帯となっています1)。 生活保護を受けるための要件 厚生労働省は、生活保護を受けるための要件を「生活保護は世帯単位で行い、世帯員全員が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが前提であり、また、扶養義務者の扶養は、生活保護法による保護に優先します。」と説明しています2)。 つまり、生活保護を申請する前に以下のことが求められているのです。・預貯金や土地、生命保険、自動車といった資産があれば、それらを売却して生活費に充てる・世帯の中で働くことが可能な人がいれば、その能力に応じて働く・年金や雇用保険、健康保険、児童扶養手当など、他の制度で給付を受けることができる場合は、まずはそれらを生活費に充てる・配偶者や両親、祖父母、きょうだいといった3親等以内の親族から援助が受けられる場合は援助を受ける その上でもなお毎月の世帯収入が「最低生活費」に満たない場合、生活保護を受けることができます。 支給される保護費は「最低生活費―世帯収入」で決まる 最低生活費とは「生活扶助」と「住宅扶助」の合計金額のこと。生活扶助と住宅扶助の金額は、居住する地域や家族構成、生活態様などによって大きく異なります。世帯収入がこの額に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた額が保護費として支給されます。 例えば、Eさんの居住地を東京都八王子市と仮定した場合、70代の単身世帯の生活扶助は74,220円、住宅扶助は53,700円です。これを合計すると最低生活費は127,920円です。Eさんの収入は、毎月支払われる年金が相当しますので、あくまで概算ですが「127,920円-40,000円=87,920円」程度の保護費を受けられることになります。 生活保護には8種類の扶助がある 一口に生活保護といっても、実は8種類に分類されます。表1に種類と内容をまとめましたので、ご覧ください。 表1 生活保護の種類と内容 これらの中から申請者の生活に必要な扶助が、福祉事務所の審議に基づき、単体で、あるいは組み合わせて支給されます。Eさんの場合、生活扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、葬祭扶助の5つが受けられそうです。 なお、生活保護を受給している場合も訪問看護の利用は可能です。Eさんのケースであれば、事前に福祉事務所に介護扶助、あるいは医療扶助の申請を行い、福祉事務所の指示に従い必要な手続きをします。 生活保護受給までの流れ 相談・申請 まずは、居住する市町村の福祉事務所の生活保護相談窓口に行きます。そして、ケースワーカーと呼ばれる生活保護担当者に、制度や申請について詳しい説明を聞きます。 その際、先ほどご説明したように、生活保護以外の方法を活用できないか確認されます。もしあれば指示に従いますが、それでも生活保護が必要であれば申請の手続きを行います。 持参する物 収入を申告する書類や資産状況を示す通帳や生命保険の証書、本人確認書類として健康保険証や運転免許証などを用意します。初回の相談で完璧にそろえる必要はないので、ケースワーカーに聞いて準備すれば十分です。 結果通知 申請後2週間から1ヵ月の間に自宅に「保護決定通知書」が届きます。生活保護が却下された場合、却下理由に不服があれば、行政不服審査法に基づく再審請求を行うことが可能です。 生活保護受給後は制限や義務があることも知っておく 生活保護のメリットは、言うまでもなく、働けない状態でも最低限の生活費を受給できる点です。Eさんのように訪問看護を利用しているのであれば、介護費や医療費が現物支給されるのは大きなメリットでしょう。他に、住民税、国民年金保険料なども免除されます。 ただし、さまざまな制限や義務が生じることも知っておきたいポイントです。 特に確認したいのは、申請時点で所有ができる財産が制限されることです。基本的に、車や高級腕時計といった贅沢品の所有は認められません。ローンやクレジットカードも利用できません。ただし、預貯金は最低生活費の半額以下であれば、所有が認められます。Eさんの場合、10万円の所持金がありましたから、ゼロにする必要はないですが、3~4万円は使ってからでないと認められない可能性が高いでしょう。 そのほか、年に2~3回程度、ケースワーカーによる家庭訪問を受けることが義務づけられます。また、福祉事務所に毎月収入状況を申告しなければなりません。 受給後の生活において、収入の申告は非常に重要です。申請時よりも収入や財産が増えた場合、必ず報告しなければなりません。報告せずに保護費を受給し続けると、不正受給とみなされ、返還しなければならなくなります。悪質と判断されて逮捕に至る場合もあるので、収入を得たらすぐに報告します。 扶養照会の運用は大幅に見直された 従来、生活保護申請者にとって大きな心理的負担となっていた親族への扶養照会は、2021年に出された厚生労働省の通知により運用が改められました。DVや虐待がある場合、一定期間音信不通が続いている(例えば10年程度)、相続をめぐり対立している、といった事情がある場合は、扶養照会を行わなくてよくなりました。 また同年、福祉事務所職員の実務マニュアルも改正されました。生活保護の申請者が扶養照会を拒んだ場合、その理由を丁寧に聞き取り、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針が新たに示されました。加えて、扶養義務の履行が期待できる者に限る、という点も明確になりました。 もし、利用者さんが「家族に知られたくない」と思い、申請に踏み切れないケースがあれば、この点を伝えてあげることで安心されるかもしれません。 ワンポイントメモ 借金があっても生活保護の申請はできるの? 事例のEさんのように借金がある場合でも生活保護の申請は可能です。ただし、受給後に、支払い督促に応じて弁済してしまうと不正受給と見なさるので注意が必要です。なぜなら、保護費は借金返済のために支給されるものではないからです。 では、どうすればよいかというと、債務整理が有効です。裁判所を介する「自己破産」の制度が別にあるので検討するとよいでしょう。まずは、経済的にお困りの方が無料で弁護士に相談できる「法テラス」といった機関を利用し、相談してみてはどうか、というアドバイスが可能と思います。 ▼「法テラス」ホームページttps://www.houterasu.or.jp/ 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【引用】1)厚生労働省「被保護者調査(令和4年10月分概数)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2022/dl/10-01.pdf2023/1/16閲覧2)厚生労働省「生活保護制度」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html 2023/1/16閲覧

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