地域包括ケアに関する記事

介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~
介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~
インタビュー
2024年4月9日
2024年4月9日

介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~

高校卒業後、臨床検査技師、介護ヘルパーを経て医学部医学科に編入した異色のキャリアを持つ医師・吉住直子先生。2022年、栃木県下野市で訪問診療・往診を中心に行う「れもん在宅クリニック」を開業するまでの歩みや想いについてうかがいました。 吉住 直子(よしずみ・なおこ)先生れもん在宅クリニック 院長訪問看護ふらみんご 代表取締役1982年 栃木県足利市に生まれる2005年 群馬大学医学部保健学科検査技術科学専攻卒業/臨床検査技師として自治医科大学附属病院検査部に就職2006年 介護ヘルパーの資格を取り、有料老人ホームに住み込みで働く2009年 群馬大学医学部医学科に編入2014年 群馬大学医学部医学科卒業/自治医科大学附属病院で初期臨床研修2016年 自治医科大学呼吸器内科医局入局2019年 JCHOうつのみや病院にて勤務/任意団体おおるり会を発足2022年 れもん在宅クリニック開業2023年 訪問看護ふらみんご開業 臨床検査技師から介護ヘルパーへの転身 ―まず、臨床検査技師から介護ヘルパーに転身された経緯についてお聞かせください。 学生時代は化学が好きで、手に職をつけたかったこともあって臨床検査技師になりました。医療の道を志したのは、肝臓がんを患っていた父の影響もあると思います。私が中学生のころから、父は入退院を繰り返していたんです。 病状が悪化してきたのが、私が自治医科大学附属病院の検査部に就職したころのこと。父の死を目の当たりにしたとき、「自分は医療従事者なのに直接的なことは何もできない」と強く感じました。身近な人が亡くなるのも初めての経験でしたから、「人はいつか死ぬ」という現実を突きつけられた気持ちでしたね。 これを機に、どんなに医療が進歩しても人が死なないようにできないなら、どう亡くなるのか、どう最期まで生きるのかに関わりたいと思うようになったんです。それで、お看取りを見据え、最期までその人らしく楽しく過ごすためのお手伝いができるのは高齢者介護だと考え、介護ヘルパーの資格を取りました。 往診中の吉住先生(2023年)。先生の家族である犬を同行することも(写真を一部加工しています) 介護ヘルパーは天職。大変だけど面白い ―ヘルパーステーションなどに就職なさったのですか? いえ、介護施設に住み込みで働くことにしました。というのも、臨床検査技師からヘルパーに転職すると母に話したら「せっかく大学も出て、資格もあるんだから臨床検査技師を続ければいいでしょ」と猛反対で。話が決裂してしまったので、当時、母と暮らしていた家を出たんです。 ―なんと…! 職種とともに生活環境も大きく変わられたのですね。 そうなんです。築100年くらいの古民家を使った介護施設で、利用者さんと一緒に暮らし始めました。認知症が進んでいて大きい施設では預かりきれないような方も含め、利用者さんは9人くらい。介護ヘルパーの在籍数も9名ほどの施設です。 利用者さんのお話を1日中聞いたり、徘徊に付き添っていたらスタッフ共々迷子になって迎えに来てもらったり、夜に大声を出す方につられて全員起きてカオスな状態になったり。そういうことを大変だと嘆くのではなく、面白エピソードとしてみんなで笑えるような雰囲気でしたね。大変だけど楽しい、面白いという感じでしょうか。 利用者さんの人生に触れ、深く関われることが楽しくて、一生やっていきたいなと思いました。入院患者さんの話を聞く暇もなく採血をしていた大学病院の臨床検査技師時代からは、毎日がガラリと変化しましたね。 ―利用者さんと介護ヘルパーのみなさんの笑顔が目に浮かぶようです。 利用者さんの数が少なく、一人ひとりに対して個別に対応できていたのがよかったのだと思います。胃瘻で経口摂取できない方にも通常の食事を用意して、においを味わっていただこうという考え方の施設でしたから。 よりよい介護と、医師の判断は切り離せない ―充実した毎日の中で、医師を目指そうと思われるにはなにかきっかけがあったのですか? ひとつは、その施設で出会った100歳のおばあさまとのことです。ご本人もご家族も施設を気に入って、ここで最期まで暮らせたらいいなとおっしゃっていました。少しずつ食事が摂れなくなってきて、みんな施設でお看取りをする心づもりをして、いよいよ呼吸が止まって…というとき。施設と連携していた病院が、外来診療外の時間だったんです。 事前に時間外の対応について明確な取り決めをしておらず、往診医に連絡すると「いま呼吸が止まっているなら、救急車を呼んで病院で死亡確認してもらってね」と。救急車で病院に運ばれて、本人も家族も望んでいない心臓マッサージをされている様子を見て、「これは誰のための何の行為なんだろう」と思いました。 往診に来て死亡確認するのが難しかったとしても、臨機応変に「数時間後、診療の時間に往診に行くからちょっと待っててね」と言ってくれればみんな安心して待てたかもしれない。施設でお看取りできたらみんな幸せだっただろうに。そういう気持ちがぬぐえませんでした。 ―医師でなければできない行為への課題感を持たれたのですね。 そうですね、すごくもどかしくて。それからもう一つ、腎臓に疾患のある90歳を過ぎたおばあさまが検査入院をすすめられて、1週間ほど入院したことがありました。杖をついて歩いて病院に行ったのに、退院したときは寝たきりになっていて、そのままあっという間に亡くなられたんです。腎臓のことだけを考えたら必要な検査入院だったかもしれないけれど、そのおばあさまの人生にとって本当に必要だったのかと考えてしまいましたね。 仮に介護ヘルパーが「検査入院はあまり重要ではないのでは」と提言したとしても、医師が必要だと言えば家族は疑いを持ちません。介護ヘルパーが日々どんなに頑張っても、月1回・2回来る医師によって、人生の終い方も治療方針も変わってしまう。そう思い知らされることが重なり、よりよい介護をするために理解ある医師を探そうと思いましたし、そういう医師がいないなら自分が医師にならなければと思ったんです。 長く生きるための医療と患者さんの願い ―吉住先生は介護ヘルパーの仕事を続けながら勉強し、医学部の編入試験に一度で合格されました。当時の想いを聞かせてください。 本気で認知症高齢者介護に関わっていくには、介護ヘルパーを何十年続けても力不足だろうと思っていました。何年かかったとしても医師にならなければという想いでしたね。 ―医学部での学びや大学病院での研修を通じて、お気持ちに変化はありましたか? まずは「1秒でも長く生きることにこだわる最先端の医療」を学ぶ必要があると考えるようになりました。そういう医療を知らないと、ご本人の希望をくみ取るような「引き算の医療」はできないと思ったので。 大学病院では「大学病院の医師」として、生きることにこだわる医療を提供していましたが、本人のQOLよりも救命を優先する医療現場で、思うことはたくさんありました。 とくに印象的なのは、間質性肺炎で胸腔ドレーンが入っているおじいさまとのこと。 急性増悪を起こしているものの、ご本人は家に帰りたいとおっしゃる。1秒でも長く生きることにこだわる医療者の立場からは「ドレーンが入っているし、急性増悪も起こしているから帰れません。せめてドレーンが抜けたら、外出外泊なども含めて家に帰ることを考えられますよ」としか言えないんです。でも、治療をしても容態は悪化していく。おじいさまは「CTなんて撮らなくていい」「とにかく家に帰してほしい」と繰り返す。そうして亡くなる数日前には「俺を家に帰さなかったことを、ずっと覚えていてね」と言われたんです。 こういう方を受け入れる医師にならなければと強く感じました。 「れもん在宅クリニック」の由来はレモンの花言葉「誠実な愛」と、先生が好きな米津玄師の曲「Lemon」にちなんでいる。訪問看護ふらみんごも、米津玄師の曲名から 医療依存度の高い患者さんを受け入れたい ―自治医科大学附属病院の近くにクリニックを構えたのには理由があったのでしょうか。 通常は在宅に切り替えるのが難しいような、医療依存度の高い患者さんを受け入れたいと思って、大学病院と密に連携できる立地にしました。胸腔ドレーンが入っている方も、輸血が必要な方も受け入れています。ご本人・ご家族に帰りたいという思いがあるなら、なるべく帰れる環境を整えたいというのがポリシーです。 また、私は現在も自治医大の呼吸器内科に非常勤医として籍を置いています。おやっと思うときは、専門の先生に相談させてもらうこともあります。 ―先生は、訪問看護ステーション「訪問看護ふらみんご」も運営していらっしゃいますよね。 はい、訪問看護ステーションを併設していることで、訪問看護師と密に交流できます。患者さんは、医師には自分の思いや状況を言えないけれど、看護師には言えるというケースがあります。結果としてより質が高く、満足度も高い医療が提供できるのではないかと考えているんです。 >>後編はこちら制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~ ※本記事は、2024年1月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【学会レポート】第13回日本在宅看護学会学術集会
【学会レポート】第13回日本在宅看護学会学術集会
特集
2024年3月26日
2024年3月26日

【学会レポート】第13回日本在宅看護学会学術集会 「在宅看護、すぐそばに在る」

2023年11月18・19日と2日間にわたり、クロス・ウェーブ船橋(千葉県船橋市)にて「第13回日本在宅看護学会学術集会」が対面・オンラインのハイブリットで開催されました。学術集会長は、東京医療保健大学教授・清水準一氏。学術集会テーマは「在宅看護、すぐそばに在る」です。聴講したNsPace(ナースペース)編集部が学会の模様をレポートします。 テーマは在宅看護へのアクセシビリティ 学会冒頭の学術集会長講演の中で清水氏が訴えたのは、在宅看護へのアクセシビリティの重要性。いまだに在宅看護にアクセスできない方は多く、地理情報システム(GIS)活用の有効性や、地理的関係を考慮した需要の分析・把握していく必要性、若い世代が離脱せず、シニア世代がアクティブに働ける環境づくりの重要性などが語られました。 シンポジウム・教育講演報告 数多くの演目がありましたが、シンポジウム(公開討論会)と教育講演について、編集部がピックアップしてレポートします。 『在宅看護専門看護師の誕生、役割の充実から今後の展望を考える』 座長:鹿内あずさ氏、長内さゆり氏 シンポジスト:河原加代子氏、長内さゆり氏、岩本大希氏 高齢者の医療・介護の需要が増大し、在宅看護への社会的ニーズが高まる中、2012年に誕生した在宅看護専門看護師の役割が重要になってきています。在宅看護専門看護師に求められる6つの役割は「実践・相談・調整・倫理調整・教育・研究」とのこと。これに加え、地域住民や関連業界から信頼を得るためのPR(Public Relations)や、「最期まで安心して暮らせるまちづくり」への取り組みの必要性にも言及されました。地域共生社会の段階で住民同士が気にかけ合う関係性づくりや、その仕掛けをつくることも期待されており、在宅看護専門看護師は今後の社会において不可欠な存在であると感じました。(編集部I) 『看護師として「遊ぶように働く」ための業務効率化とテクノロジー活用』 座長:吉江悟氏 シンポジスト:藤野泰平氏、宮武晋治氏、大田章子氏 少子高齢化社会において訪問看護のニーズが増加する一方、その担い手が減少していることの解決策を追求すべく、業務効率化、テクノロジー化の必要性について議論されました。効率化が現実となれば、ケアを届けること、磨くことに時間をかけられます。また、アウトソーシングの需要が高まり、外部のリソースやノウハウを活用する動きについても注目。生成AIの活用事例が挙げられ、テクノロジーを活用しながら「遊ぶように働く」ことが、担い手の負担軽減につながる可能性があるのだと学ぶことができました。(編集部I) 『離島・過疎地域におけるICTを利用した遠隔死亡診断と看護』 講師:尾崎章子氏、座長:吉原由美子氏 医療にアクセスしづらい地域における遠隔死亡診断に関する教育講演でした。講演内では、「最期は島の土にかえりたい」と希望する島民は少なくないということ。しかし、本土の病院に移って最期を迎える方が多く、その願いは叶えられにくい現状にあることが共有されました。離島では、円滑に死亡診断書を交付できないことが理由で、火葬できなくなるおそれもあるとのこと。このような状況を踏まえて策定されたのが「ICTを利用した死亡診断書等ガイドライン」。このガイドラインを正しく運用するためには、医師の死亡診断をサポートする看護師が制度について正しく理解することが重要とのことでした。(編集部I) 交流集会報告 続いて、交流集会についてもピックアップしてご紹介します。 『難病療養者の災害の備えについて 防災用品を実際に体験してみよう!』 企画:今福恵子氏 ほか 本集会では、災害への備えに関する調査結果や実践内容の共有、防災用品の体験等が行われました。災害対策用のマニュアル作りや訓練が重要であること。そして、日々利用者のアセスメントを行う看護師は、災害時に状況を推測して適切な対応を行う能力を持つ重要な存在であることが示唆されました。防災グッズの体験については、「意外に力がいる」「大きな音がする」など、試さなければわからない気づきが多くありました。参加者の方々も、自身の事業所の災害対策に活かそうと熱心に体験する様子がみられました。(編集部N) 『BCP―作った?使った?よかった?』 企画:日本在宅看護学会 業務委員会 BCPを策定した日本在宅看護学会 業務委員会の方々より、各事業所のシミュレーションや訓練の実例が発表されました。備蓄の量やそれにかかる経費など、具体的な話に踏み込んで情報共有されました。災害を経験された方からは、「持ち運び可能なマニュアル」が必要というお話も。こうした場で知見が共有されることで、災害時の状況や対応を具体的に想定でき、「自分事」として捉えやすくなる貴重な場だと感じました。(編集部N) 『訪問看護事業所におけるBCP(事業継続計画)とBCM(事業継続マネジメント)』 企画:石田千絵氏 ほか NsPaceの記事([1]そもそもBCPって何だろう?)でご執筆いただいた石田千絵氏をはじめ、訪問看護BCP研究会によるBCP・BCM策定に関するノウハウが発表されました。BCPのみならず、BCMも作る必要があること、具体的なフォーマットや地理情報システムの使い方などにも言及。2024年4月の義務化に向けての実践的な解説がありました。今後特に注目すべき課題であることもあり、参加者の方々は熱心に聞き入っていました。(編集部F) 『新卒訪問看護師を「活かし・育てる」人材育成を考える』 企画:岡田理沙氏 ほか 訪問看護師の人材育成の研究をされている中村順子氏による講演や、参加者との意見交換などが行われました。課題が多いと言われている新卒訪問看護師の人材育成。「教育」を意識するよりも「面白さを分かち合える仲間になる」という気持ちを強く持つことで、結果的によい人材育成に繋がるという示唆がありました。参加者の新卒訪問看護師さんからは、「次は自分が先輩として寄り添いたい」という声も聞かれました。(編集部F) 参加者・受賞者・学術集会長のコメント 学会の参加者、主催者等のコメントもご紹介します。 情報交換会 参加者の声 1日目の終わりに行われた「情報交換会」では、登壇者や聴講していた訪問看護師・企業など、多様な方々によって情報交換が行われました。参加者の中には、訪問看護ステーションの立ち上げを考えている若手看護師も。「登壇者や参加者には若い訪問看護ステーション管理者の方もいて、勇気づけられました。情報交換会も有意義で、2日目にも情報交換会がほしいくらいですね」との感想コメントをいただきました。 学術集会賞 受賞者コメント 閉会式では、一般演題(口演・示説)からの表彰も行われました。「学術集会長賞」を受賞したのは、野口麻衣子(東京医科歯科大学)氏、山花令子氏、砂田純子氏の「専門性の高い看護職による訪問看護師への遠隔相談の試行と実用可能性の検討」でした。野口氏のコメントをご紹介します。 学術集会長賞をいただき、本当に嬉しく思っています。専門性の高い看護職による訪問看護師への遠隔相談、その思考と実用可能性の検討について発表し、その後も耳を傾けてくださった皆さまとお話する機会を持つことができました。遠隔相談の試行時には皮膚・排泄ケア認定看護師さんとがん看護専門看護師さんにご協力いただいたのですが、ニーズが多い精神科・小児科などでの実施や自治体とのコラボレーションについての示唆もいただきました。この領域への「期待」として受け取っています。 学術集会長コメント 最後に、学術集会長・清水準一氏(東京医療保健大学)のコメントをご紹介します。 学会に集まった皆さまは、現場においてさまざまな悩みを抱えているかと思います。今回の学会を通じて、共感することや、新たなアイデアを得ることがあったはず。それこそ学会の原点となるものです。研究と研究を戦わせ、自分のやり方を洗練させていくという流れこそ、ひとつの大きな醍醐味といえるのではないでしょうか。そして、若い方々の新しい発想・取り組みが多いことに感激しました。コロナ禍での停滞を乗り超え、今後大きく発展していくという期待を持ちました。 また、コーディネーターとして秋山正子さんをお招きし、故 村上紀美子さんの追悼ができたことも、研究とは異なる意味合いで印象的でした。ひとつの場所に集まることで、想いを共有できることを実感しました。 * * * 本学会では、多くの方々が集まって積極的に議論を交わし、在宅看護の課題に向き合う場となっていました。最新の実践状況や取り組みも共有し、新たな気づきを得た方も多かったようです。2024年の第14回日本在宅看護学会学術集会のテーマは「可能性がインフィニティ(∞)在宅看護」。次の学会にも注目していきましょう。 取材・編集:NsPace編集部執筆:倉持 鎮子

yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
インタビュー
2024年3月19日
2024年3月19日

自分らしく楽しく働ける組織にするために。スタッフを応援する制度&風土

岡山市を中心に、訪問看護ステーション、定期巡回型随時対応型訪問介護看護、居宅介護支援事業所、デイサービスなどを展開するエール。今回は、立ち上げ後に印象に残っているエピソードや、スタッフの教育や自身の学び直し、そして今後の展望について経営者の平田さんに伺いました。 >>これまでの記事はこちら訪問看護ステーション併設の定期巡回・随時対応サービスのメリットとはニーズに応じて事業を拡大。限られた社会資源で地域の幸福度を上げるために 平田 晶奈さんエール 代表取締役社長国立病院機構岡山医療センター小児病棟、岡山県精神科医療センター児童思春期病棟での勤務を経て、在宅支援の必要性を感じ訪問看護師へ転身。地域で在宅療養支援をする中で、地域包括ケアシステム構築のためには、24時間365日の在宅サービスが必須であると確信し、2015年に訪問看護ステーション エールを設立。定期巡回随時対応型訪問介護看護「ケアステップ エール」、介護サービスを利用したい方のケアマネジメントを行う居宅介護支援事業所「ケアメイト エール」、医療ケアが必要な重症心身障がい児・者のデイサービス「すくすく エール」を展開。https://yell-oka.com/ 利用者さんのために主体的に考え、動く姿勢 ―2015年にエールを立ち上げてから、特に印象に残っているうれしかったエピソードについて教えてください。 たくさんありますが、2つご紹介します。 まずは、スタッフにまつわるエピソードとして、一度エールを去った方が再び戻って来てくれたことはとてもうれしかったですね。ほかの施設で働いたことで、「エールが大切にしている利用者さんに対する想いや寄り添い方、社内体制の素晴らしさが改めて分かり、こういう環境で働けることが幸せだったと気づいた」と話してくれました。 利用者さんのエピソードとしては、NICU(新生児集中治療室)の退院後からエールの訪問看護でサポートしている5歳の男の子の利用者さん、Aくんについてご紹介します。Aくんは人工呼吸器を装着しており、退院してから基本的にご自宅、もしくは病院で過ごされていました。でも、2022年にエールがデイサービスを開始したとき、保護者の方から「エールが運営するなら安心して任せられる」というありがたい言葉をいただいて。デイサービスを利用していただくことで、Aくんは初めて「地域デビュー」することができたんです。 また、Aくんには小学生のお兄ちゃんもいます。医療的ケア児がいるご家族は長時間の外出や旅行が難しい傾向にあり、そのお兄ちゃんもかなりの我慢をしていたと思います。なので、ご両親がAくんをショートステイに預けて、お兄ちゃんが行きたかったテーマパークへ夏休みにご家族で遊びに行くという計画を立てていたんですね。ところが、コロナ禍に突入して、残念ながらショートステイが利用できなくなり、その計画が中止に。 訪問看護でお家にお邪魔したスタッフが、落ち込んでいるお兄ちゃんの姿を見て事情を伺い、「何とかしたい!」と私に相談してきたので、「それは何とかしなきゃ!」と検討しました。そして、深夜の2~3時頃にAくんをデイサービスで預かり、ご家族は車でテーマパークへ。日中は目いっぱい遊んで、お父さんとお兄ちゃんだけホテルに泊まり、お母さんは終電で戻ってきていただきました。お母さんは大変だったのですが、なんとかお兄ちゃんに夏休みの思い出をつくってあげることができた、と喜んでいただけました。 今お話ししたエピソードは本当に一例で、人工呼吸器を装着する利用者さんが成人式に出席したり、七五三の写真を撮影したり、ご要望の場所にお出かけしたりと、スタッフが主体的に提案して実現している場面がたくさんあります。利用者さんの喜ぶ顔をみるのもうれしいですし、利用者さんに寄り添ってスタッフたちが主体的に提案・行動してくれることが、経営者として本当にうれしく思います。 ―ありがとうございます。逆に、苦しかったエピソードも教えていただけますか? スタッフと対面でのコミュニケーションが取れなくなったコロナ禍は苦しかったですね。ママさんスタッフの中には、子どもの預け先がなくて仕事を継続できなくなった方もいて、人数が減ったことで組織が不安定な状態に陥ったこともありました。 でもそのとき、「組織が未熟だから、コロナという荒波で船が転覆しそうになったのだ」と気づけました。どんな困難に遭遇しても、自分たちで立ち上がり、対処できる組織にしていかなければいけないと思ったんです。そこから、社員教育にさらに力を入れるようになりました。これまでのスキルアップや資格取得の研修に加え、人間関係やチームビルディング、自らの価値観を知るといった研修も取り入れています。 同時に、スタッフが増えて組織が成長していく中で、私ひとりだけが情報を発信する体制では難しいと考え、組織内での情報共有のしくみ化も重要視しました。管理職の育成に注力し、2020年頃からは月1回の管理職研修も導入しています。この研修では、経営戦略や訪問看護に関するスキルアップだけでなく、管理職としてのあり方やスタッフと向き合う姿勢、理念に基づいた組織運営も意識しています。 デイサービスが小児のケアを学ぶ場に ―エールのスタッフさんの数は増加しているとのことでしたが、採用時にはどのようなポイントを重視されていますか? エールの理念に共感していただけるかどうかですね。経験は重視していないので、新卒の看護師もいます。在宅看護の現場こそ若い人たちの力で盛り上げていかなければいけないと思っていますし、地域医療でしっかり看護について学べる環境を整えたいとも思っています。現在平均年齢が38歳なので、比較的若手が多いと思います。 ―エールでは0歳児から高齢者まで幅広くケアされていますが、当然小児に関するケアが未経験の看護師さんもいるということですよね。どのように教育されているのでしょう。 そうですね、小児科経験のあるスタッフは1割程度です。現在は、2022年に開設したデイサービスが1つの教育機関としての役割を担っています。訪問看護の現場では、医療的ケア児のケアを看護師1人でしなければならず、相当なプレッシャーがかかります。でもデイサービスであれば、まわりのスタッフと一緒に利用者さんを看ることができ、わからなければ質問もできる。訪問看護に比べて利用者さんと長い時間触れ合えるので、慣れるのが早いことも大きなメリットですね。 また、訪問看護の看護師がデイサービスにもいるというのは、医療的ケア児の保護者の皆さまにとっても「いつもの看護師さんが看てくれる」と安心材料になるようで、とても喜んでいただいています。社員教育ができて、ご家族にも喜ばれて、デイサービスをつくったことで「Win-Win」な状態になったと思っています。 もちろんそれだけではなく、訪問看護の現場でも、小児看護未経験の看護師に対しては、ほかのスタッフがしっかり同行しています。「1回、2回同行してOK」ではなく、4回でも5回でも、大丈夫と思えるまで同行し、丁寧に引き継ぐことを大切にしています。 あとは、小児のケア内容は本当に個人差が大きいので、「ケアの見える化」を高齢者以上に大事にしていますね。終礼や引き継ぎなどでは実施したケアの内容を共有し、「なぜそれをやるのか」「次に何をすべきなのか」などをしっかり見える化して、トラブルが起こるリスクを下げています。 ―さきほど、コロナ禍を経てより研修に力を入れるようになったというお話もありましたが、その他の教育制度や取り組みについても教えてください。 「利用者アンケート」を年1回実施し、この結果をもとに、日々の業務に何を入れ、どう改善していくかということを、各部署に考えてもらっています。入社時には、自身の強みが数値化されて導き出される「ストレングスファインダー」というテストも受けてもらっていますね。エールの経営理念は「人の可能性を信じ、応援する。」なので、自分の強みを組織や利用者さんにどう活かしていくかを大事にしてもらっています。また、それぞれの強みをオープンにしてスタッフ同士がお互いの強みを理解し合うことで、協力体制が生まれやすくなるよう心掛けていますね。 なので、私はスタッフに対して「突出している人がチームにいないようにしてほしい」と伝えています。1人だけ抜きん出た人がいたら、「ノウハウを共有してチーム全体のレベルを引き上げる」ことで抜きん出ていない状態にしてほしいと思っているんです。また、エールは一人でも多くの利用者さんに最高のケアやサービスを届けたいという目標があるので、自分たちが倒れては元も子もありません。75%~80%の労力で100%~120%の成果が出せるように、みんなで考えてやっていこうということも言い続けています。 ―社員を応援するための取り組みについて、表彰制度や資格取得応援の制度もあると伺っています。 はい。毎月、輝いているスタッフにスポットを当てるMVPを選出しています。「頑張っている人が報われる」組織でありたいので、頑張っている人を見逃さないように、スポットライトを当てることを大切にしているんです。私は投票権を持っておらず、管理職やスタッフがそれぞれの視点で候補者を挙げ、MVPを決めているのも1つの特徴です。最近では、異職種間の連携に注力して頑張ってくれた看護師が選ばれました。 スタッフの資格取得応援に関しては、取得した資格が目の前の利用者さんや地域、そして一緒に働く仲間たちにとってプラスになる場合、キャリア手当として給与に還元されるしくみも導入しています。スタッフは自己成長や達成感を得られますし、会社としても社員のスキルの向上になるので、Win-Winだと思います。 また、「やりたいことを見つけたら、先行して実行している施設にぜひ見学をお願いしてみて」とも言っています。自分たちで学ぶ場を企画・実行するといったことも、主体的にやってもらっていますね。 ―例えば、スタッフの皆さんはどんな資格取得にチャレンジされているんですか? 介護士だと喀痰吸引と経管栄養の注入ができる資格、看護師であれば遺品整理士や終末期ケア専門士の資格を取得したケースもありました。利用者さんのニーズを見つけて、それに応えるためにチャレンジする人を評価していますね。 訪問看護だと「認定看護師」「専門看護師」「特定行為」が突出して評価されがちな印象があり、もちろんこれらも大事ですが、本当に利用者さんのケアに活かせているかが大事だと私は思っています。遺品整理や終末期ケアの専門知識も、利用者さんにとっておおいに価値があると思うんです。 経営者こそ学び続ける必要がある ―平田さんは、社会人向け専門職大学院で事業構想を学ばれたり、経営学や看護管理学などを教える勝原私塾で学ばれたりもしています。学び続ける理由を教えてください。 経営者は誰かに怒られたり、注意されたりすることが減っていくので、「勘違い」が始まるんです。学びの世界に足を踏み入れると、自分がいかに無知で、至らない部分があるのかを思い知らされるので、経営者こそ学び続けることが大事だと思っています。 スタッフの前では、夢や理想論はいくらでも語れます。実際に実現に向けて努力していますが、多くの困っている人々をサポートするためには、「エールだけがケアできる」という状態ではダメだとも思うんです。だから、自分に問いかけます。「この施設でできることが、ほかの施設でもできるの?」「私のことを誰も知らない場所で、私は同じことを語れるの?」と。そこで「できる」と言えたら本物ですが、そうでないなら、それは本物ではない。だから、どんな場所でも説得力を持って「できる」と言えるように、学び続けています。 実際、学び場ではこれでもかというぐらい指摘・批判される経験をします(笑)。そうすると、注意されて成長しているスタッフを見て「頑張っているんだな」と思えるし、尊敬もできる。学ぶことで自分の視野が広がり、「こうすべき」という固定観念に縛られた発言をしたり、スタッフの意見を受け入れなくなったりすることも減っていくと思います。 事業拡大で若手がチャレンジできる場を ―最後に、エールの今後の展望について教えてください。 まずは管理職も育ってきた今、サービスの提供エリアを広げて、1人でも多く、地域で安心して暮らせる方が増えるように尽力していきたいです。エリアを拡大すれば新しいニーズが見つかるかもしれないし、ニーズ自体が変わっていくかもしれません。また、事業所が増えれば役職も増えるので、若手社員がチャレンジできる機会が増え、キャリアアップの目標にもつながります。「人の可能性を信じ、応援する。」という当社の理念にもマッチします。これからも、会社もスタッフも私自身も、成長できるように努力したいと思います。 ―ありがとうございました! ※本記事は、2023年12月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
インタビュー
2024年3月12日
2024年3月12日

ニーズに応じて事業を拡大。限られた社会資源で地域の幸福度を上げるために

岡山市を中心に、訪問看護ステーション、定期巡回型随時対応型訪問介護看護、居宅介護支援事業所、デイサービスなどを展開するエール。2回目の今回は、経営者の平田さんにエールを立ち上げた経緯や、複数事業を展開する理由についても伺いました。 >>前回の記事はこちら訪問看護ステーション併設の定期巡回・随時対応サービスのメリットとは 平田 晶奈さんエール 代表取締役社長国立病院機構岡山医療センター小児病棟、岡山県精神科医療センター児童思春期病棟での勤務を経て、在宅支援の必要性を感じ訪問看護師へ転身。地域で在宅療養支援をする中で、地域包括ケアシステム構築のためには、24時間365日の在宅サービスが必須であると確信し、2015年に訪問看護ステーション エールを設立。定期巡回随時対応型訪問介護看護「ケアステップ エール」、介護サービスを利用したい方のケアマネジメントを行う居宅介護支援事業所「ケアメイト エール」、医療ケアが必要な重症心身障がい児・者のデイサービス「すくすく エール」を展開。https://yell-oka.com/ 医療的ケア児の家族が抱える悩み ―そもそも、ご自身で事業所を立ち上げようと思われたきっかけについて教えてください。 看護学校を卒業後に病棟で働いたのですが、精神的にも身体的にも過酷だと思いました。違う職場を経験したり、他の職場で働く看護師に話を聞いたりもしましたが、やはり厳しくて過酷な状況に耐えている人ばかりだったんです。看護師は尊い職業なのに、なぜみんなが気持ちよく仕事できるような環境にならないのかなと疑問を持ちました。そして、「そういう組織がないんだったら、自分で作ろう」と思ったんです。 ―エールには小児から高齢者まで幅広い利用者さんがいらっしゃいますが、平田さんは「子どもと関わっていきたい」という想いを強くお持ちだと伺っています。そこに至るまでの背景も教えてください。 私は、岡山医療センターの小児科を経て教育学部で学び、その後、精神科医療センターの児童思春期病棟で5年ほど働きました。その過程で多くの子どもたちやご家族との出会いがあったことが大きいですね。最初の小児科病棟では、小児がんを患った子どもや、先天性の疾患がある子ども、重度の障害を持った子どもたちを看護しました。児童思春期病棟では、親から虐待を受けて保護されて入院している子、摂食障害や重度の自閉症、何かの依存症を抱えている子など、精神疾患や精神障害を抱えている子どもたちと多く接してきました。 これらの経験の中で、子どもたちの退院後に家庭で孤軍奮闘しながら育児をするのは、何か違うのではないか、と思うようになったんです。徐々に、「訪問看護師として退院後も子どもたちや保護者をサポートしたい」という気持ちが強くなっていっていきました。しかし、当時の訪問看護は介護保険で高齢者を中心にサポートする事業所ばかり。医療的ケアが必要な子どもや精神疾患がある子どもを24時間365日サポートする訪問看護はなかなかありませんでした。運営面でもスタッフの技術的にも難しいからです。 ここでも「だったら、自分でやるしかない」というスイッチが入って、私の強い想いに賛同してくれた3人のメンバーでエールを立ち上げました。想いを掲げて発信していくうちに、共感したスタッフが徐々に集まってきてくれて、今に至っています。 ―訪問看護ステーションとして開業後、他の事業を展開されるに至った理由について教えてください。経営的なメリットもあるのでしょうか。 訪問看護をしていく中で、改めて在宅で医療的ケア児の保護者の方々がお子さんにつきっきりになっている状況を目の当たりにしました。そして、例えば「きょうだいの子たちはとても我慢している」「お母さんが介護で眠れていない」などのご家族のつらさも耳にし、サポートしてほしいというニーズがあることを知ったんです。そのような状況があると知ったら、いても立ってもいられません。どうすれば支援やサポートができるかと考えた結果、必要な事業が増えていったという流れです。 なので、会社を大きくしたいとか、利益を増やしたいといった目的で始めたわけでありませんが、経営的なメリットはありますね。利用者さんが「本当に欲しい」と思っているサービスを展開しているので、当然ニーズがあります。新規事業を始めて3年もかからず黒字化し、軌道に乗るのが早かったと思います。 でも、やっぱり利用者さんに喜んでいただけることが、この仕事の一番のやりがいです。「本当に困っていた。応えてくれてありがとう」「次は何をやるの?」「こんなことをしてほしい!頼むよ」といったお声をいただくとうれしいですね。利用者さんと一緒に事業を育てている感じがします。 利用者さんやご家族の自立を妨げない ―地域包括ケアシステムの実現に向けてのお考えや、展望を教えてください。 国は、地域包括ケアシステムを2025年までに実現することを目標にしており、団塊ジュニア世代が65歳以上になることによって起こる2040年問題を見据えて、地域共生社会の実現を目指しています。これは、支援される側と支援する側といった枠組みから脱して、「地域全体が協力してともに生きる社会」へ移行することを意味しています。 ですから、地域の中の私たちは「支援する側」だけではなくて、されることもあると思うんですよね。その認識を忘れず、専門職も地域住民の一員だと思うことが大事。「イマカフェ」や「ル・リアン」などのイベントにも、有識者・専門家として参加しているつもりはなく、私たちも教えてもらうこと、助けてもらうことがたくさんあります。その地域で生活をする1人の人間として、どんな貢献や生活ができるのかを考えていきたいと常々思っています。 ―ありがとうございます。「訪問看護師として」という部分にフォーカスすると、どういったことを重視されていますか? そうですね。訪問看護師に限ったことではないのですが、私たち専門職は利用者さんやご家族が「自分たちで生活する」のが基本であることを忘れてはいけないと思っています。専門職が力を発揮するのは、利用者さんやご家族がご自身で対応できないことだけ。過剰・過保護になりすぎて、「できること」を奪ってはいけないと思います。これは、在宅での看取りでも同じことが言えると思います。専門職も含めた「地域の社会資源」が限られる中で、いかに利用者さんやご家族が納得感と幸福感を得ながら最期を迎えられるのか。「あれもこれもすべて必要」という考えではなく、私たちも含めた地域全体の最善を意識しながら関わっていきたいですね。 その際、各専門職が協力し、対話し合うためのしくみも必要だと思います。私たちの目的は、利用者さんが在宅で快適に生活できること。それに向けて必要な支援を実現するために、職種にこだわらず動いていくのが理想だと思っています。 利用者さんの生活にいかに柔軟に対応できるか ―具体的には、どのように動いていくのが理想的でしょうか。 考え方としては、「リハビリスタッフ/看護師が何曜日の何時に訪問」と決めて動くのではなく、「利用者さんが生活する中で、今日は○○と○○の支援が必要だよね。必要な支援内容とエールのリソースを鑑みて、今日は○○と○○が入ろうか」という流れになっていきたいんです。 ケアマネジャーが作ったプラン通りに行うことが、現状の地域包括ケアシステムが指定するサービスです。でも、人は毎日同じ時間に同じことをするわけではありません。通院する必要がある、体調に変動があるなどイレギュラーなことばかり起こります。利用者さんの生活に合わせて柔軟かつ迅速な対応ができることが、究極のケアやサービスではないかと思っていて、私たちはこういうサービスを利用者さんに届けたいんです。 しかし、さきほどもお話ししたとおり、私たちも限られた社会資源です。地域の皆さまに対して提供できるサービスの量には限界があり、一部の方に注力しすぎてしまうと、他の方にサービスを提供できなくなってしまいます。だからこそ、その場でケアにあたっている人が職種の枠をできるだけなくしてサービスを提供したほうが、結果的にみんなの負担が減ると思うんです。 もちろん、点滴や傷の処置といった看護師の専門分野を介護士や理学療法士が担うわけにはいきませんが、看護師が褥瘡のケアをするときに、介護士がオムツを交換したり、理学療法士がシーツを整えたりといった「処置しやすくする補助」はできる。それが本当の異職種の連携ではないでしょうか。みんなで集まってミーティングをするのは、本当の意味での「連携」ではなく、情報共有に留まるのではないかと私は思います。 もちろん、スタッフによってスキルや経験の差があるので、ケアの質を均一化するのは難しいですね。なかなか一筋縄ではいきませんが、理想的なチーム連携を実現するためにスタッフへの声掛けや研修、ミーティングなどを実施しています。 ―ありがとうございました。次回は、教育制度や今後の事業展開などについて伺います。 >>次回の記事はこちら自分らしく楽しく働ける組織にするために。スタッフを応援する制度&風土 ※本記事は、2023年12月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

yellインタビュー「ニーズに応じて事業を拡大。」
yellインタビュー「ニーズに応じて事業を拡大。」
インタビュー
2024年3月5日
2024年3月5日

訪問看護ステーション併設の定期巡回・随時対応サービスのメリットとは

岡山市を中心に、訪問看護ステーション、定期巡回型随時対応型訪問介護看護、居宅介護支援事業所、重症心身障がい児・者デイサービスなどを展開する「エール」。その名の通り、「人の可能性を信じ、応援する。」をコンセプトに、医療的ケアが必要な子どもたちから高齢者まで、地域の人たちのニーズに応える事業や取り組みを行っており、地域の福祉サポートの1つのロールモデルとして注目されています。エールを設立した平田晶奈さんに、訪問看護ステーション併設の定期巡回・随時対応サービスのメリットなどを伺いました。 平田 晶奈さんエール 代表取締役社長国立病院機構岡山医療センター小児病棟、岡山県精神科医療センター児童思春期病棟での勤務を経て、在宅支援の必要性を感じ訪問看護師へ転身。地域で在宅療養支援をする中で、地域包括ケアシステム構築のためには、24時間365日の在宅サービスが必須であると確信し、2015年に訪問看護ステーション エールを設立。定期巡回随時対応型訪問介護看護「ケアステップ エール」、介護サービスを利用したい方のケアマネジメントを行う居宅介護支援事業所「ケアメイト エール」、医療ケアが必要な重症心身障がい児・者のデイサービス「すくすく エール」を展開。https://yell-oka.com/ 重度の要介護者も地域でのサポートが可能に ―まずは事業展開について教えてください。エールでは定期巡回・随時対応型訪問介護看護(ケアステップエール)の一体型事業所として運営されていますが、その体制にするメリットは何でしょうか。 何よりも大きいのは、頻繁な吸引が必要だったり、脱水・転倒・肺炎を繰り返したり、認知症であったりといった重度要介護者を地域でサポート可能になることですね。定期的な頻回訪問で早期の発見や対応ができ、在宅介護の限界点を引き上げることができます。 また、事業運営面でもケアプラン実績管理の簡素化や収益の安定化、夜間勤務の実現によるスタッフのオンコール廃止や給与安定など、メリットは数多くあります。  地域の方々に開かれた開放的な事業所へ ―2021年に事務所を引っ越しされていますね。新事業所をつくる際にこだわったポイントなどを教えてください。 まずは「何のサービスを提供しているのか地元の人がひと目で分かるように」ということを意識しました。社用車や建物に社名や目立つロゴを設置して、見かけた方が「エールってなんだろう」と調べて、「訪問看護ステーションやデイサービスなどをやっているのか」と認識してもらえたらうれしいなと思って。ロゴは夜になればネオンで光るんですよ。 集中してオンラインミーティングが可能なスペースもコロナ禍に医療従事者を労い寄贈された絵画事務所はガラス張りで開放的事務所内のフリースペース また、エールを「地域の人々に向けたイベントを提供する場として定着させたい」という思いがあることも大きいです。以前の事務所でもイベントは開催していたのですが、事務所が狭かったため定期的な開催が難しかったんです。移転して広いフリースペースを作れたことで、月1回のペースでカフェイベントも定期的に開催しやすくなりましたね。 ―事務所内には、デジタル機器も数多くありますね。 そうですね。多機能な印刷機や、ビッグパッド(電子黒板)といったICT(情報通信技術)システムの導入にも投資しているので、よく驚かれます。 印刷機は、例えば最近は子ども向けイベントのチラシやポスター、パンフレットなどを内製しました。今まで1日かかっていたチラシの印刷作業が2時間ぐらいで終わり、しかもキレイに仕上がるので助かりますね。イラストの制作もスタッフやスタッフの子どもが手伝ってくれているんです。 ビッグパッド(電子黒板)は、訪問やリハビリのスケジュールや今月はどこからどんな依頼があって、今どんな進捗で動いているかが分かる利用者さんのリストを画面で一覧でき、誰が今どこにいるかのかがすぐに分かるようにしています。離れたデイサービスの事務所と、電子黒板を使ってオンラインミーティングをすることもありますね。 チャットをはじめとしたコミュニケーションツールを使ったり、定期巡回のスタッフの電話を自動的に録音する機能を導入してメモする必要をなくしたり、電話に出られない場合には外部のコールセンターにつながるようにしたり…といった取り組みもしています。 事務作業のスペースは、チームごとに分かれてはいますが、フリーアドレス制なので、それぞれ仕事のしやすい場所に座って作業しています。必要最低限のものだけ置くようにして、仕事が終わったら片付けて帰るスタイル。終業後はスッキリした状態になります。 ―ここまでICTシステムを導入している訪問看護ステーションはあまりないですよね。 そうですね。うちは事務スタッフがとても優秀で、「このソフトを使えばもっとスムーズに外部と連携できる」などアイデアを提案してくれるので、ICT化が進んできたということも大きいと思います。事務スタッフの人数が多く、4つの事業合わせて社員数が50人ですが、事務スタッフは常勤換算で7.1人。なるべくスタッフの負担を減らし、自身の役割に集中できるようにしたいという想いがあります。 地域貢献活動にも注力。保護者と行政が繋がる ―エールでは地域貢献事業にも注力されているとのこと。さきほどイベントに力を入れているというお話もありましたが、こうした取り組みの背景や内容について教えてください。 私はもともと小児科の看護師で、重度な障害を持つ医療的ケアが必要な子どもやそのお母さんと関わることが多かったんです。子どもが幼いほど手がかかり、ご家族は外出が難しくなるので、地域から孤立するケースを目にしてきました。困っている保護者の皆さんが子どもを連れて安心して集まり、気軽に相談できる場を提供したくて、交流会イベントとなる「イマカフェ」を2018年にスタートしたんです。 自分の親よりも先に子どもをお看取りしたご遺族など、共通の経験をされて悩まれている方たちにお声がけして集まってお話しいただいたのが始まりです。事務所が移転してフリースペースを作った2021年からは、コロナ禍も含めて月1回、定期的に開催してきました。 ―カフェイベントの開催でどのような反応がありましたか。 イベントをきっかけに地域に住む高齢者やご家族の方々が積極的に足を運んでくださり、「訪問看護をしていると聞いたんですが…」「実はうちの主人が要介護で…」などと声をかけてくださるようになりました。以前はケアマネジャーや病院のソーシャルワーカー経由でエールを知っていただくことが多かったのですが、直接ご依頼いただくケースが増えてきて、とてもうれしいです。 活動に刺激を受けた方が新たに活動団体を発足させる流れも生まれました。難病児・障がい児・医療的ケア児家族の絆を紡ぐ居場所である「ル・リアン/Le Lien」での取り組みもそうです。活動を応援したいという気持ちで、エールでは事務所のフリースペースを無償でお貸ししています。 ―ル・リアンの取り組み内容についても、もう少し詳しく教えてください。 ル・リアンは、エールの訪問看護を利用いただいた医療的ケア児の保護者の方々が運営しています。主な活動は、医療的ケア児のご家族が集まっての「お話し会」の開催。経験を共有し合うことで、難病や医療的ケア児のご家族が絆を築く場になっています。同じ日の午後に、イマカフェのイベントも開催しているんです。 24時間365日の介護をし、医療的ケア児を預ける場所がない保護者の方々は、介護と仕事の両立や、兄弟姉妹の授業参観日に行けないといったことで悩んでいます。当然自分自身の時間も取れず、これは社会全体の課題といえます。お話し会を開催することで、自分たちの悩みや思いを共有し合って孤独感から救われる、ピアカウンセリング的な役割を果たしているんです。 また、ル・リアンには地域の保健師や教育委員会の関係者なども参加しているので、行政と保護者が「一緒になんとかしていこう」と考える機会や相互理解を生んでいるのが、何よりの成果だと実感しています。医療的ケア児への支援や理解は高齢者向けのサービスほど進んでいない現状があり、予算も限られます。保護者が望むサービスが提供されていないため、どうしても「行政vs保護者」という構図になってしまいがち。でも、私は保護者の方々にご相談いただいた際は、「対立しちゃダメですよ」と言っています。行政側も、本当は力になりたくとも、予算が決まった公的機関だからこそ、曖昧で無責任なことは言えないわけです。対立関係ではなく、ル・リアンのような対話できるような機会をつくり、互いを知って前向きに考えていくことが大事ですよね。 ―ありがとうございました。次回は、エール設立の背景や、地域包括ケアシステムにまつわるお考えなどを伺います。 >>次回の記事はこちらニーズに応じて事業を拡大。限られた社会資源で地域の幸福度を上げるために ※本記事は、2023年12月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

訪問看護認定看護師 活動記/関東ブロック
訪問看護認定看護師 活動記/関東ブロック
コラム
2024年3月5日
2024年3月5日

地域がつながる「ケアの駅」【訪問看護認定看護師 活動記/関東ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。最終回となる今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 関東ブロック、山田 富恵さんの活動記です。コロナ禍での協議会の取り組み、地域住民や介護・医療職などをつなげる「ケアの駅」の設立、地域に向けたACP(アドバンス・ケア・プランニング)の啓蒙活動などについてご紹介いただきます。 執筆:山田 富恵看護学校卒業後、病棟勤務、脳外科急性期病院、クリニックのパート勤務などを経て、子育てをしながら医師会立訪問看護ステーションに勤務。子育て時間を優先し、ワークライフバランス重視で選んだだけのつもりが訪問看護の魅力にはまる。「在宅看護の現場で行われている看護判断や技術を系統立てて学びたい」「それを言語化するための学習がしたい」と感じ、2010年に訪問看護認定看護師資格取得。2014年に日本財団在宅看護センター 起業家育成事業を知って感銘を受け、第1期生として参加。修了後、2016年に起業し、現在アィルビー訪問看護ステーション管理者。2023年より日本訪問看護認定看護師協議会関東ブロック長。 役立つ知識の共有会や交流会を楽しく企画 私が所属している日本訪問看護認定看護師協議会の関東ブロックは、東京都と埼玉県を範囲としています。ブロック委員みんなで知恵を絞り、関心の高い話題について学びつつ、交流も兼ねた活動報告ができるよう、年に2回の研修会と交流会を開催しています。 他ブロックの地域に比べると住民人口が多く、訪問看護認定看護師の人数も一番多いのですが、都市部の特徴なのでしょうか。所属事業所を越えての認定看護師同士の交流は少ないように感じます。私も当初は関東ブロックの委員にお声掛けいただいたことがきっかけで研修会や交流会に参加するようになったのですが、最近の話題に触れたり、日頃の悩みを話せたりと、皆様とつながれることに安心感と刺激をもらえる場です。 私は2023年度からブロック長を拝命したばかりなので、まだ何もお役に立っていませんが、前年度までのブロック長さんたちが大事にしてきたことを繋げていけたらと思っています。 コロナ禍で繋がる訪問看護の力に救われる 認定看護師として事業所を運営していて「本当に良かった!」と思ったのは、コロナ禍で不足していた感染防護具を、地域の訪問看護ステーションや介護事業所へ届ける活動に協力ができたことです。 地域に届けた感染防護具 日本訪問看護認定看護師協議会を通じて日本訪問看護財団からの情報をいただき、有志の協力団体のひとつとして活動をしました。スタッフや利用者さんを守りたいのにマスクや手袋が手に入らなかった日々…。感染防護具をお届けした地域の事業所にも、大変喜んでいただけました。 この感染防護具を届けるプロジェクトの協力団体は、北海道から沖縄まで110ヵ所あまりになったと聞いています。日本全体が感染症への怖さで閉塞感、孤立感を感じていた中で、このような活動に一部でも参加できてつながれたことは、本当に涙が出るほどありがたいことでした。実のところ、地域に貢献するために活動していたというよりも、経営者として管理者として、ひとりぼっちで重圧を感じていた私自身が、この活動によって大きく救われていたのです。品物がある以上に「つながっている」という安心感をいただきました。 コロナ禍当時は大変過ぎて、記憶が飛んでしまっている部分も多くありますが、今思い出すのは、感染防護具の箱を手渡した時の他事業所のスタッフの笑顔、訪問苦労話でスタッフと笑いあった笑顔、「あの時は来てくれてありがとう」とおっしゃった利用者さんとご家族の笑顔です。 「道の駅」のように「ケアの駅」があったら 認定看護師の教育課程を受けるうち、私がやりたいと思うようになったのは地域活動です。訪問看護ステーションを立ち上げ、今の広めの場所に事務所を移転したことをきっかけに、地域住民の方や地域連携職が集まって情報発信ができる場を作りました。観光地への移動途中にひと休みしたり、その地域の情報を得たりできる「道の駅」のようになってほしいという願いから、「ケアの駅」と名付けました。このケアの駅は、地域を走り回るケア提供者や地域の方が、気軽に立ち寄って休息したり、介護・健康情報の共有や相談をしたりすることで、ゆるくつながれる場にしたいと思っています。 元々鰹節屋さんだった風情あるアィルビー訪問看護ステーション 実際には、現事務所に引っ越した約1ヵ月後に新型コロナウイルス感染症の流行が始まってしまったので、2024年2月時点ではまだ一般の方が立ち寄れるようにはなっていませんが、感染対策に気を付けながら情報発信の会は複数回開催しています。 例えば、以下のような内容です。 在宅歯科医師によるオーラルフレイルの講義管理栄養士や企業の調理師によるとろみ剤と調理の工夫に関する講義社会福祉協議会の担当者による後見人制度に関する講義在宅医師による意思決定支援や在宅医療についての講義 また、今年度は都立病院と共同して、地域にACP(アドバンス・ケア・プランニング)を拡げる看護研究実践を行っています。「『人生会議』をしませんか」と題して、カードゲームを体験しながら自分の大事だと思うことを話し合う会を開催しました。また、区民まつりにテントを出して、健康相談窓口をしながらACPの周知活動を行いました。 ACPのカードゲーム区民まつりの様子ケアの駅での在宅歯科医師をお呼びしての講座認知症カフェで出前講座をしている著者 このように書くと順調に進んでいるように思われるかもしれませんが、なかなか思い通りにいかないこともあります。クラウドファンディングに挑戦してもうまくいかなかったり、準備をした会の当日に新型コロナや悪天候の影響で中止したり、会の開催以外は「ケアの駅」スペースは閉めているので広いスペースが無駄になっていたり…。試行錯誤の連続です。でも、広いスペースがあるおかげで、前述の感染防護具の箱を地域の分も含めて多く備蓄することができたので、「どんな経験も無駄にはならない」と自分に言い聞かせています。 私自身も、スタッフに訪問を分担してもらいながら重症者への訪問や緊急時訪問に行っているのですが、管理者業務や土日祝の訪問、地域活動などを頑張れるのは、利用者さんやスタッフのおかげです。在宅療養やお看取りで利用者さんやそのご家族に「本当に良かった」と言っていただけることや、新しいスタッフが「訪問看護が楽しい」と言って働いてくれることなどが、私の栄養になっています。 訪問看護の役割はますます重要に 2023年の総務省の人口推計1)では80歳以上の割合が初めて10%を超え、10人に1人が80歳以上になったそうです。驚いてしまいますね。今後、地域において訪問看護はますます役割が重要になってくると思われます。今現在、訪問看護に従事している方も、これから挑戦してみたい方も、無理と思わず奥深い地域活動や在宅看護にぜひ飛び込んでみてください。また、訪問看護師は一人で訪問することが多いですが、決して一人ではありません。お近くの訪問看護認定看護師や在宅ケア看護師とつながっていただけると大きな力になるのではないかと思っています。 ※本記事は、2024年2月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部 【参考】1)総務省統計局.「統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-」統計トピックスNo.138(令和5年9月17日)https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1380.html2024/2/9閲覧

災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待
災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待
インタビュー
2024年2月27日
2024年2月27日

災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待/福永興壱先生インタビュー

在宅酸素療法(HOT)や在宅人工呼吸療法(HMV)の黎明期にかかわってこられた慶應義塾大学 福永興壱先生。今回は、HOT患者さんやHMV患者さんにとって不安の大きい大震災をはじめとした災害発生時において訪問看護師さんに期待することについてうかがいます。 >>前編はこちら在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現/福永興壱先生インタビュー 慶應義塾大学医学部 呼吸器内科 教授福永 興壱(ふくなが こういち)先生1994年に慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学大学病院研修医(内科学教室)、東京大学大学院生化学分子細胞生物学講座研究員、慶應義塾大学病院専修医(内科学教室)、独立行政法人国立病院機構南横浜病院医員、米国ハーバード大学医学部Brigham Women’s Hospital博士研究員、埼玉社会保険病院(現:埼玉メディカルセンター)内科医長、慶應義塾大学医学部呼吸器内科助教、専任講師、准教授を歴任。2019年6月に教授に就任し、2021年9月より同大学病院副病院長を兼任。2023年現在、日本で結成されたコロナ制圧タスクフォースの第二代研究統括責任者を務める。 東日本大震災発生時は患者さんの安否を確認 ―今年も新年早々、わが国では大きな震災に見舞われました。近年、毎年のように全国で自然災害が発生しています。在宅で酸素療法(HOT)や在宅人工呼吸療法(HMV)を受ける患者さんにとって災害は大きな不安要素ですが、例えば東日本大震災のとき、先生はどのような対応をされましたか。 患者さんにとってもっとも深刻なのは「停電」の問題です。HOTもHMVも電源の確保が必要不可欠です。電気の供給が止まってしまうと、生命に直結しますから。 東日本大震災が起こったときは、東北だけでなく、関東でも数時間にわたる停電が何度も起こりました。あのとき、当院では患者さん一人ひとりに電話をかけて、状況確認を行いました。当院の患者さんのすべてが在宅医療を受けているわけではないからです。特に心配だったのは、外来に月1回来られる患者さんたちのこと。電話をかけると、皆さん、すごく安心してくださいました。 また、物資面でも医療機器メーカーさんと連携して対応しました。当院の患者さんのリストを作成し、それをメーカーさんに渡したところ、酸素流量から必要な容量を計算して、患者さん一人ひとりに酸素ボンベを届けてくれたんです。心強かったですね。患者さんも、「メーカーの人が酸素ボンベを届けてくれるから」と伝えると安心されていました。 日ごろの病状把握が災害時のトリアージにつながる ―自然災害が発生したとき、在宅で療養されている患者さんに対して訪問看護師さんが果たせる役割や、日ごろから意識してかかわってほしいこと、期待することを教えてください。 先ほどお話しした患者さん一人ひとりへの電話での状況確認の際、月1回外来にいらっしゃる患者さんもその電話で安心してくださったのですが、訪問看護を利用している患者さんはより重症な方が多く、訪問看護師の皆さんはもっと密接に患者さんにかかわっていると思います。だからこそ、災害時に訪問看護師の皆さんとコンタクトをとれることが患者さんの安心感につながるはずです。災害時に迅速に患者さんとコンタクトをとる方法を日ごろから考えていただくことが重要なのかなと、あのときの経験で思いました。 また、HOTを受ける患者さんの状態にもレベルがあります。例えば、動かなければ何とかSpO₂ 90%以上を保てる方もいますよね。患者さんの病状が分かる訪問看護師さんであれば、コンタクトをとるときに「今はあまり動かないで静かにしていましょう」と安静を促すことができます。一方、高流量の酸素療法を受けている患者さんであれば、酸素は命綱ですから、いち早く酸素ボンベを持って行かないといけません。 訪問看護師さんは、われわれ以上に患者さんの病状を把握していると思います。担当患者さんが多くても、日々の病状によってトリアージすることが可能になるのではないでしょうか。既に実施されている方も多いと思いますが、日ごろから病状を把握していることが「緊急時のトリアージにつながる」、そういう観点で普段から備えていただけると、患者さんも安心されるのではないかと思います。 COVID-19で感じた大学の一体感 ―2020年には新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界規模で流行しました。先生はCOVID-19に対する診療チームのリーダーをされていたとうかがっています。そのときのことも教えてください。 COVID-19のときは、慶應義塾大学全体で、それこそ臨床と研究が協働してCOVID-19に立ち向かいました。診療チームでは、呼吸器内科が先頭に立って、内科、外科、救急科、麻酔科など、さまざまな診療科が連携して患者さんに対応できる体制を整えていきました。 振り返ってもすばらしかったと思うのは、精神科の先生たちが「心のケアチーム」をつくってくれたことです。今でこそ「心のケア」は当たり前のように普及していますが、患者さんだけでなく、看護師をはじめとする医療従事者に対しても専門家がしっかりと心のケアにあたってくれました。 有用な医療情報に積極的にアプローチを ―最後に訪問看護師さんに向けてメッセージをお願いします。 結核病棟を持っていた国立病院で働いていたころ、そこで初めて在宅医療や訪問看護に触れ、地域医療の重要性を実感しました。現在のようなシステム化されていない時代の肺がん患者さんを、その病院の医師や地域の訪問看護師さんは非常にきめ細かくケアされていて、疼痛コントロールや酸素量の調整など、最期の看取りまでかかわっていらっしゃいました。そのときに初心にかえったというか、やはり医療は一気通貫なんだ、こうして成り立つのだと感動した覚えがあります。 在宅での看護は、病院のように整った環境で行う看護以上の大変さがあると思っています。在宅には患者さんの「生活」があります。そのため、訪問看護師さんは患者さんの生活を理解できないといけない、そう考えています。その一方で、在宅酸素療法の指導や援助もそうですが、近年、訪問看護で実施される医療処置の件数は年々増加しています。在宅での看護力が高まっている証だと思いますが、新たに学ぶことも増えてきているのではないでしょうか。生活を支えるケアだけでなく、高度な医療的ケアを実践するには最新の知識と技術が必要だと思います。 近年、デジタル化が急速に進み、手軽にアクセスできるWeb情報も増えています。さまざまなところで発信されている有用な医療情報に積極的にアプローチし、現場での問題解決に活用していただきたいと思います。学び続けることで自分の心の負担も減らせるでしょうし、レベルアップにも役立つ。それが結果的には患者さんのケアにつながっていくはずですから。取材・執筆・編集:株式会社照林社

在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現
在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現
インタビュー
2024年2月20日
2024年2月20日

在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現/福永興壱先生インタビュー

呼吸器内科の最前線でご活躍されると同時に、コロナ制圧タスクフォースの研究統括責任者も務める慶應義塾大学 福永興壱先生に特別インタビューを実施。今回は、呼吸器内科医をめざされたきっかけや在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法を受ける患者さんとの思い出深いお話をうかがいました。 慶應義塾大学医学部 呼吸器内科 教授福永 興壱(ふくなが こういち)先生1994年に慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学大学病院研修医(内科学教室)、東京大学大学院生化学分子細胞生物学講座研究員、慶應義塾大学病院専修医(内科学教室)、独立行政法人国立病院機構南横浜病院医員、米国ハーバード大学医学部Brigham Women’s Hospital博士研究員、埼玉社会保険病院(現:埼玉メディカルセンター)内科医長、慶應義塾大学医学部呼吸器内科助教、専任講師、准教授を歴任。2019年6月に教授に就任し、2021年9月より同大学病院副病院長を兼任。2023年現在、日本で結成されたコロナ制圧タスクフォースの第二代研究統括責任者を務める。 呼吸器内科のエキスパートとして臨床・研究に邁進 ―まずは、先生が呼吸器内科に進まれたきっかけを教えてください。 元々は地域に根ざした医療を志して進んだ医学部でしたが、初期研修が始まり、最初に配属されたのが呼吸器内科でした。その際、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺がん、肺炎など幅広い疾患を経験でき、急性期から慢性期まで診られることにやりがいを感じたんです。また、当時は医局員の数も少なく、小規模ゆえにチームとしての一体感がありました。熱意ある先輩医師たちが、1人の患者さんに対して一生懸命ケアする姿を見て、呼吸器内科に進もうと決意しました。 ―東京大学やハーバード大学の研究室ではどのような研究をされていたのですか。 喘息をはじめとする炎症性肺疾患の病態解明や、新しい治療法の確立につながるようなテーマに取り組んでいました。 人間の体内では常に炎症が起こっていますが、生体内の恒常性の維持(ホメオスタシス)によって、炎症を起こした後、正常な状態に戻ります。炎症がそのまま継続すれば恒常性が破綻し、病気になってしまいます。ハーバード大学では、この恒常性を維持するしくみに関する研究に携わりました。人間は体内で「炎症を起こす物質」と「炎症を抑える物質」の両方をつくることができ、それらが生体内の恒常性のバランス保持に貢献していることが分かったのです。これはハーバード大学で得られた大きな成果だと思っています。 ―福永先生は、現在副院長として病院経営にも携わっていらっしゃいますが、最新のお取り組みについて教えてください。 病診連携の一環として、退院調整をいかにスムーズに行うか、というところに課題があります。最近では、IT化を検討し、株式会社3Sunny(スリーサニー)が提供するオンライン上で入退院の調整業務ができる「CAREBOOK」というシステムを導入しました。また、医師の働き方改善も急ピッチで進めていかねばなりません。私は院内の「医師の働き方改革プロジェクト」を担当しているのですが、医療・介護機関向けのマネジメントシステム事業を展開する株式会社エピグノとともに、現在医師シフト管理システムの共同開発を行っているところです。 HOT導入で患者さんの療養生活の変化を実感 ―先生はさまざまな呼吸器疾患の患者さんを診てこられたと思います。これまでの患者さんへの治療で印象に残っているケースを教えてください。 私がまだ指導医だったころの話です。間質性肺炎が重症化し、どんどん酸素の流量が上がってしまった患者さん(60代、男性)がいました。その方が「家に戻りたい」と希望され、私たちも何とかご自宅に帰れるようにサポートすべく、在宅酸素療法(HOT)を導入することに。この患者さんの場合、酸素機器1台では酸素流量が足りないという課題があり、最終的には2台接続して流量を上げ、ご自宅に戻っていただくことができたという思い出があります。 HOTが普及する前は、病院の中央配管から酸素を供給されている患者さんは「家に帰れないのが当たり前」と考えられていました。それが、HOTという治療法を導入すればご自宅に帰すことができる。患者さんのご家族にも喜んでいただき、病院ではなくご自宅で最期を過ごしてもらえたというのは、当時の私にとってHOTの意義を痛感した出来事でした。「自宅に帰りたい」と強く希望される患者さんにHOTは大きなメリットになると感じました。 現在はネーザルハイフローという高流量の酸素投与システムがあるので、今ならそちらを使用しますね。でも、高流量の酸素が必要な方でも在宅に切り替えることができたのは、当時としては画期的でした。 訪問診療や訪問看護の存在も大きいですね。患者さんのご要望を踏まえて「自宅に帰す」という選択肢を考えても、病状の急変を懸念して迷うこともあります。在宅医や訪問看護師さんたちがしっかりと患者さんをみてくれるという安心感があったからこそ、はじめて「自宅に帰す」という選択肢が生まれたと思います。 また、結核病棟のある国立病院で働いていたときには、当時登場したばかりのNPPVの効果に驚かされたこともあります。肺結核後遺症で二酸化炭素(CO₂)が体内に蓄積し、危険な状態に陥った患者さんにNPPVを導入したところ、CO₂の値がよくなり、一度はご自宅に戻っていただくことができました。その患者さんは気管挿管をしない方針だったので悩んだのですが、NPPVという新しい治療法の効果を目の当たりにして、人工呼吸療法の発展を実感しました。 HOT患者さんが地域で支援されていることを実感 ―昨今、地域包括ケアシステムの推進により、在宅医療の充実が図られていますが、先生が大学病院で診療を行う中で感じている変化を教えてください。 そうですね、大学病院で診るHOT患者さんの数が減っているのではないかと感じています。感覚的にですが、以前はかなり多くの患者さんが酸素を持って通院されている印象がありました。だからと言って在宅酸素療法を受けている患者さんの数が減っているわけでなく、実際は漸増傾向にあります。 その背景には、地域連携の基盤づくりが大きく進んだことがあるのではないでしょうか。わざわざ大学病院に行かなくても、在宅医の先生が月に一度訪問診療を行い、訪問看護師の皆さんが援助や指導をしっかり行っている実態があると考えています。まさに在宅医療の充実ですね。在宅酸素を管理する軸が、これまでは大学病院や基幹病院だったのが、患者さんの家の近くにある診療所やクリニックへとシフトしてきた。それを支えているのは現場の在宅医、訪問看護師さんたちの働きであり、その積み重ねで少しずつ患者さんの療養生活を地域で支えるシステムが構築されてきたのではないでしょうか。このことは、在宅酸素の40年近くの歴史における大きな成果であると実感しています。 ―ありがとうございました。次回は災害時において訪問看護師さんに期待することについてうかがいます。 >>後編はこちら災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待/福永興壱先生インタビュー取材・執筆・編集:株式会社照林社

心不全の在宅移行と緩和ケアの課題&展望
心不全の在宅移行と緩和ケアの課題&展望
インタビュー
2024年2月20日
2024年2月20日

心不全の在宅移行と緩和ケアの課題&展望/クリニック医師×訪問診療医師 対談

広島市内で連携を視野に交流している、循環器専門の開業医・上田健太郎先生と、循環器外科から訪問診療に転身した伊達修先生。お二人に、心不全の地域診療の将来についてお話しいただきました。後編のテーマは、心不全の患者さんが訪問診療へ移行するケースや、心不全における緩和ケア、今後の展望について。心不全の在宅療養において訪問看護師に意識してほしいことも含めてうかがいました。 >>前編はこちら心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性/クリニック医師×訪問診療医師 対談 ▼プロフィール上田 健太郎(うえだ・けんたろう)先生上田循環器八丁堀クリニック 院長1994年広島大学医学部卒業後、同大附属病院内科研修医、公立三次中央病院循環器科、広島市立安佐市民病院循環器内科副部長、JA尾道総合病院循環器科部長等を経て2015年より現職。循環器内科専門のクリニックとして、心臓リハビリテーションにも力を入れている。日本循環器学会認定循環器専門医、心臓リハビリテーション指導士、日本高血圧学会指導医。伊達 修(だて・おさむ)先生コールメディカルクリニック広島 副院長1994年広島大学医学部卒業後、県立広島病院、倉敷中央病院、北斗循環器病院、北海道循環器病院等で心臓血管外科医としてキャリアを積んだ後、2016年から地元の広島に戻り内科に転向。広島みなとクリニックを経て2020年より現職。訪問診療医として地域の患者さんに寄り添っている。日本循環器学会認定循環器専門医、日本脈管学会認定脈管専門医、日本外科学会外科専門医。※文中敬称略 終末期の患者さんを家で診るのは難しい ー現在、心不全の患者さんが訪問診療へ移行する一般的なケースを教えてください。 伊達:大きく分けて、2つのケースがあります。(1)終末期を自宅で過ごしたいと患者さんやそのご家族がおっしゃるケース(2)患者さんの高齢化により通院が難しくなるケース まずイメージしやすいのは終末期でしょう。基幹病院に入院していて退院が難しくなったり、入退院を繰り返して心身ともにつらさを感じるようになり「もう入院は嫌だ」とおっしゃる患者さんを基幹病院から紹介いただいたりするケースです。この場合は終末期緩和ケアを行うことになります。 訪問診療中の伊達先生 上田:ご本人や家族の強い希望が原動力となって訪問診療に移行するケースですね。 伊達:そのとおりです。(2)は、慢性心不全の患者さんが高齢になって通院が難しくなって在宅で受け入れるケース。上田先生が訪問診療との連携を考え始めたきっかけとしてお話しくださったようなケースですね。(前編を読む>>心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性)慢性心不全は入退院を繰り返す病気ともいわれていますが、在宅で慢性心不全の治療を行うことで再入院率を下げることができないかと思いながら日々診療しています。 上田:伊達先生は、(1)と(2)のどちらのケースがより難しいと感じますか? 伊達:(1)の終末期の患者さんです。循環器疾患の終末期の患者さんを家で診るのは非常に難しい。がん患者さんの場合は、緩和のステージに入った段階で在宅を選ぶことが増えていて制度的にも整っているし、紹介する側である基幹病院の先生方の意識も十分醸成されている。一方で循環器となるとまだまだ在宅で過ごすことは難しいというムードが、患者さんにもドクターにも強いのだと思います。 上田:患者さんご自身やそのご家族も、「循環器の病気は病院で最期を迎えるのが当然」だと考えている部分もあるのかもしれませんね。 しんどいと思ったときが、緩和ケア導入時期 ー先ほど、終末期の緩和ケアに触れていただきました。心不全における緩和ケアについて、具体的なケア方法や導入時期などお聞かせください。 伊達:心不全は病気の症状そのものがつらいので、治療それ自体が緩和ケアのひとつだと思います。私はかなり手前の段階から、直接の疾患の治療とは別に症状の苦痛を取ることを真剣に考える必要があると思っているので、導入時期は「患者さんがしんどいと思ったとき」だと考えています。 ちなみに心不全領域の緩和ケアの話題でいうと、心不全緩和ケアトレーニングコースである「HEPT(HEart failure Palliative care Training program for comprehensive care provider)」が、若い先生を中心に広まりつつあるのは、大変頼もしいことだと思います。 上田:終末期には鎮痛目的での緩和ケアも行うことはありますか? 伊達:もちろんあります。ニトログリセリンを一日何回も使っていた在宅の患者さんにオピオイドを処方したら、「これは楽になる」といって使ってくれたケースもありました。症状が軽いうちに利尿剤の量や血圧の値を調整する治療を行ったんですが、在宅診療において治療と並行して患者さんの苦痛を取るケアをしていく必要性を感じましたね。 心不全の在宅診療は成長段階 ー心不全に関して、地域診療で感じる課題について教えてください。 伊達:まず、循環器疾患の終末期の患者さんが訪問診療を受けているケース自体が少ないんです。そうすると、当然ながら訪問看護師さんも心疾患のある方の終末期看護の経験数が少ない。講習会などで知識を得ても、実務経験が足りないというのはひとつの課題だと思います。 上田:私も同じ課題感を持っています。心不全の終末期を在宅で診る体制は経験も人材もまだまだ足りておらず、心臓の病気は急変があるので医師も看護師も敬遠しがちです。「心不全が増悪する、不整脈が出て倒れる、そうなったら対応に困る」と思われている方も多いでしょうが、安定しているときは安定するし、悪いところをうまく処置すれば回復もします。 経験を積んでくると「こういうときに悪くなりやすい」ということが分かるようになるし、分かると対応できるようになって自信にもつながります。 ー医師も看護師も、まず在宅診療の経験を積む必要があるということですね。 上田:そうですね。私のクリニックで行っている心臓リハビリは看護師に任せていますが、入職の段階で心臓リハビリの経験がある看護師は一人もいませんでした。ほとんどが経験ゼロで、経験者にサポートしてもらいながらレベルアップしていったので、訪問診療についてもまず経験してもらう必要があると思っています。 上田循環器八丁堀クリニックの皆さん 伊達:課題はありますが、将来の展望は明るいと思いますよ。どの疾患も通って来た道で、今は家に帰ることが珍しくなくなったがん患者さんも、一昔前は家に帰れなかったわけですから。 ただ、循環器の疾患の場合、良くなったり悪くなったりする特徴があるので、家で全部ケアするのは難しいと思います。悪くなったらどうしても基幹病院などで治療しなければいけないので、今後は病院と訪問診療と、さらに上田先生のような専門のクリニックとのやり取りがスムーズにできるようになることが求められるのではないでしょうか。 私たちが診ている心不全の患者さんでも自宅と病院を行き来する方はいらっしゃいます。ただ、私たちが介入しなかったらもっと行き来が増えてしまうので、少しでも家で落ち着いて過ごせる時間を延ばして、入院回数と入院期間を少なくすることが目標です。 どんな小さな変化でも知らせてほしい ー心不全の患者さんが在宅で療養するにあたって、訪問看護師はどのようなことを意識すれば良いでしょうか。 上田:先ほどの話と重複しますが、慢性心不全は良くなったり悪くなったりを繰り返す特徴があります。そして悪くなるきっかけはさまざまです。風邪で調子を崩すとか、1週間で体重が2kg増えたとか、不整脈が増えてきているとか。寒くなると血圧が上がるので、季節的な影響も大きいですね。そういった、バイタルも含めた体調の変化を把握して、医師に知らせてもらえるとありがたい。ある程度予測することができれば、再入院を回避できる可能性は高くなります。そうはいってもなかなか難しく、私自身もうまくいかないことはありますけどね。 伊達:上田先生と同じく、小さなことでもぜひ共有してもらえたら助かります。ACPの話(前編を読む>>心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性)でもそうですが、看護師さんがご存じの患者さんの情報をどれだけ教えてもらえるかによって、医療の質が変わりますから。 とはいえ、「こんな小さなことで連絡するのは…」と共有を控えてしまう看護師さんもいらっしゃるだろうと思います。 上田:そうですね、医師へのいわゆる「報・連・相」に難しさを感じている訪問看護師さんが少なくないと思います。当院では患者さんに心不全手帳を持ってもらっていて、週1回リハビリに通っている患者さんに関しては非常に有効なツールだと感じています。そういうツールを介して医師とコミュニケーションを取ると仕事がしやすくなるのではないでしょうか。 伊達:看護師さんが医師に対して感じる壁を取り去るのは医師の責任だと思っています。当院では情報共有にメールを使っています。メールだと電話よりも報告しやすくなると思いますよ。医療用のSNSもありますが、まだ使いにくいところがあるので、もう少し使いやすくなるといいですね。 上田:私たち医師同士の連携だけでなく、医師と看護師との連携を進めていくことが、地域診療の可能性を広げるカギになると考えています。地域医療で心不全を診られる社会を、一緒に目指していきましょう。 ※本記事は、2023年11月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性
心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性
インタビュー
2024年2月13日
2024年2月13日

心不全の地域連携&心臓リハビリの重要性/クリニック医師×訪問診療医師 対談

心不全診療の質の向上を目指した体制づくりとして「心臓いきいき推進事業」が行われている広島県。その土地で連携を視野に交流をしているのが、広島大学医学部同期の医師であるお二人。循環器専門の開業医である上田健太郎先生と、循環器のバックグラウンドをもつ訪問診療医の伊達修先生です。今はまだ数が多くないものの、今後はより一般的になっていくであろう心不全の在宅療養。訪問看護師が知っておきたい心不全の地域診療について、前後編に分けてお伝えします。 前編の今回は、地域医療における医師同士の連携や、心臓リハビリの重要性、ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)などをテーマにお話しいただきました。 ▼プロフィール上田 健太郎(うえだ・けんたろう)先生上田循環器八丁堀クリニック 院長1994年広島大学医学部卒業後、同大附属病院内科研修医、公立三次中央病院循環器科、広島市立安佐市民病院循環器内科副部長、JA尾道総合病院循環器科部長等を経て2015年より現職。循環器内科専門のクリニックとして、心臓リハビリテーションにも力を入れている。日本循環器学会認定循環器専門医、心臓リハビリテーション指導士、日本高血圧学会指導医。伊達 修(だて・おさむ)先生コールメディカルクリニック広島 副院長1994年広島大学医学部卒業後、県立広島病院、倉敷中央病院、北斗循環器病院、北海道循環器病院等で心臓血管外科医としてキャリアを積んだ後、2016年から地元の広島に戻り内科に転向。広島みなとクリニックを経て2020年より現職。訪問診療医として地域の患者さんに寄り添っている。日本循環器学会認定循環器専門医、日本脈管学会認定脈管専門医、日本外科学会外科専門医。※文中敬称略 広島大学の同期が再会して地域を支える ーお二人は、大学の同期とのこと。まず、現在も含めて先生方のご関係について教えてください。 上田:大学時代はお互いに顔を知っている程度の関係でした。その後、伊達先生が心臓外科に進み、北海道で長く働いていたところから、広島に帰ってこられた。研究会で精力的にほかの先生と連携なさっている姿を見て、ぜひ自分も地域診療の未来を見据え、交流を深めていきたいと思ったんです。現在はまだ、飲み会での交流が中心ですが(笑)。 伊達:この前も交流しましたね(笑)。循環器内科の領域でいうと、上田先生は私の大先輩。外来の進め方や薬の使い方を教えてもらったり、地元の先生方を紹介していただいたり、とても心強い存在です。 ー伊達先生が、訪問診療へ軸足を移されたきっかけについても教えていただけますか? 伊達:札幌で心臓血管外科医として手術をする傍ら、地方の循環器系の医師がいないエリアの病院へ診療応援にも行っていたんです。そのとき、心不全の患者さんが家に帰れるようにするためには、循環器訪問診療が重要だと感じました。それで広島に戻り、手術室を離れて患者さんを診るようになったんです。 訪問診療車に乗る伊達先生 上田:通院メインのクリニックで診療を行っている私と、訪問診療を専門に行っている伊達先生とで、心不全の在宅診療推進に向けて連携をはかっていきたいと考えているところです。広島県全域でも、地域医療で心不全を診ていこうという動きがあります。 心不全の地域医療連携を広島市から ー広島県・広島市の地域全体でも、地域連携の機運が高まっているのでしょうか? 伊達:広島大学病院が中心となって、「地域連携・心臓いきいき推進事業」を行っています。講習会には訪問看護師さんや薬剤師さん、ケアマネジャーさん、訪問リハビリのセラピストさんなども積極的に参加なさっています。その影響もあって心不全の基本的な知識について興味をもっている人が多い印象ですね。心不全の地域医療を推進していく素地は整ってきているのではないでしょうか。 上田:それに加えて広島市はコンパクトな街ですので、住宅街から都市部への距離はそれほどありません。地理面からも連携をとりやすいと感じています。さらに県内の医学部は広島大学だけなので、広島市内でいえば医師同士、非常に連携しやすい。他大学出身の先生も広島大学の医局に入れば顔見知りになりますから。 理想は、クリニックと訪問診療の並走 ー上田先生が、訪問診療との連携を始めたいと考えるようになったきっかけについて教えてください。上田:私がクリニックを開業して8年が経ち(2023年11月現在)、患者さんも年齢を重ねてきています。なかには自力での通院が難しくなっている方や、コロナ禍を経て通院が途絶えている方もいらっしゃる。そうなるとADLも下がってくるし、心臓のコントロールもしにくくなってしまいます。 上田循環器八丁堀クリニック 当院は通院がメインのクリニックなので、今後はよりしっかりと往診専門の先生に連携をお願いする必要があると思っている段階ですね。伊達先生にもお願いができればと考えているところです。 ただ、いつも迷うのは「患者さんがどのような状態・タイミングのときに紹介するのが良いのか」という点。訪問診療医の視点から、どのように考えていますか? 伊達:ご配慮をいただいてありがとうございます。私としてはぜひ、早い段階から患者さんの情報を共有してもらえるといいなと感じています。もしかすると、専門クリニックから訪問診療医に「バトンタッチする」イメージかもしれないんですが、しばらくの間は「並走」できるのが理想ではないかと考えています。基本的な疾病管理は専門クリニックでしていただいて、日々の変化は私たちで診る、と役割分担できれば、患者さんの小さな変化にも気づきやすくなって、結果的に再入院の回避にもつながるのではないでしょうか。こんなふうに専門医もチームに引き入れて在宅診療を進めていきたいと思っています。 上田:なるほど。それなら、早々に連携をスタートした方が良いですね。あとで具体的な相談をさせてください。 伊達:ぜひお願いします。ところで、上田先生のクリニックでは開業時から心臓リハビリにもかなり力を入れておられますよね。強い想いがあって始められたのではと思っているのですが。 救命だけでなく、心臓リハビリも重要 上田:卒後5~6年目のとき、冠動脈2枝同時閉塞で夜間運ばれてきた30代の患者さんをなんとか救命しました。良かった、これで治った……と、思っていたのですが、1年後くらいに心不全で再来院なさった。そのとき「ステントを入れるだけでは駄目なんだ」ということを強烈に思い知らされたのが原点です。いくら救命しても、患者さん自身に「心筋梗塞はこんな病気です、薬は大切です、こんなことに気をつけましょう」というポイントを理解してもらわないと、心臓はもたないんだと痛感しましたね。 尾道総合病院時代の上田先生(左) その後、心臓リハビリに力を入れている総合病院に勤務することになり、患者さん同士がコミュニティを作ってオリエンテーションで交流をはかったり、勉強会を開いて自己研鑽なさったりしているのに驚きました。 伊達:そんなコミュニティがあるんですね。素晴らしい。 上田:そうなんですよ、驚きました。その経験があったので、自分が開業するときには心臓リハビリもできるクリニックにしたいと考えたんです。患者さん同士で「つらいのは自分一人じゃない」と共感し合えればいいなと思って始めました。 ー訪問診療に切り替える場合、心臓リハビリはどのようになさっていますか? 上田:過去に訪問診療に移行した患者さんのケースでは、訪問リハビリと情報連携して切り替えを行いました。運動療法はやめてしまうと効果ががくんと落ちるので、継続してもらえるやり方を模索していきたいですね。 伊達:心臓リハビリについても、私たちの連携によって叶えられることがありそうですね。 ACP(人生会議)の重要性を感じる機会が増えた 上田:私が伊達先生に聞きたいなと思っていたことのひとつが、ACPについてです。 伊達:訪問診療への移行とACPは切っても切り離せないテーマですね。 上田:私のクリニックでも高齢の患者さんが増えてきて、ACPの重要性を感じる機会が多くなりました。悪くなることを想定すると患者さんはなかなか頑張れない、でも心臓が限界を迎えるときは必ず来る。エンディングノートがメディアで取り上げられることも増えているので「自分はこうしたい」とはっきりおっしゃる患者さんもいて、そういう方は非常に助かります。でも、認知症が始まるとそれも難しいですよね。伊達先生はどんなタイミングでACPに必要な情報をヒアリングしておられますか? 伊達:在宅診療に移行するタイミングで私たちが介入するケースが多いので、初回、顔を合わせたときにお話をうかがうことが多いですね。できるだけ診療時間をとって、会話のなかで患者さんの価値観に触れられるよう対話を心がけています。それから、訪問看護師さんや訪問リハビリのセラピストさんたちに日常的な会話を通してさりげなくヒアリングしてもらい、フィードバックをお願いしています。看護師さんやセラピストさんは一定時間患者さんと一対一で話をしながらケアを行うので、患者さんも心を開きやすくACPにかかわる情報をたくさん開示してくれますね。 上田:ああ、とてもよくわかります。当院の心臓リハビリは看護師が担当しているんですが、短い診療時間では到底聞けないような話を患者さんから引き出してくれるんです。ACPを考える上で、本当に助かっていますね。 伊達:そうなんです。看護師さんやセラピストさんなしでは成り立たないと感じることが本当に多い。看護師さんやセラピストのみなさんが集めてきてくれた情報から患者さんの価値観・人生観が見えてきて、ACPを形作っていくイメージでしょうか。ただ、きちんとしたフォーマットで第三者が一目見てパッとわかる形にまとめるところまではできていないので、それは今後の課題だと思っています。 >>後編はこちら心不全の在宅移行と緩和ケアの課題&展望/クリニック医師×訪問診療医師 対談 ※本記事は、2023年11月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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