多職種連携に関する記事

【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
特集 会員限定
2022年12月6日
2022年12月6日

【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-

2022年8月26日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護における生活期リハビリテーション」。刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科 部長の小口先生を座長に迎え、同課の理学療法士 仲村先生と作業療法士 日比先生に、それぞれの視点から訪問看護の現場で役立つ生活期リハの知識や具体的なテクニックを教えていただきました。 そんなセミナーの様子を、3回に分けてご紹介。第2回は、日比先生による「症例を通した日常生活動作の工夫」についての講演の前半をまとめます。 【講師】(座長)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科部長/リハビリテーション科専門医小口 和代 先生2000年より刈谷豊田総合病院勤務。2004年院内に回復期リハビリテーション病棟、2007年訪問リハビリテーション事業所を開設し、急性期から回復期、生活期まで幅広くリハビリテーション診療に携わっている。指導医として若手医師へのリハビリテーション教育やチーム医療の質の向上に取り組む。監修本:『Excelで効率化! リハビリテーション自主トレーニング指導パットレ!Pro.』医歯薬出版 2021年 (講演Ⅰ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科理学療法士仲村 我花奈 先生2002年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期(神経、整形、ICU)、介護老人保健施設を経験。現在は訪問リハビリテーションを担当している。利用者の社会参加やQOLの向上を目指し、前向きな生活が送れるよう取り組んでいる。 (講演Ⅱ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科作業療法士日比 健一 先生2004年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期、回復期、介護老人保健施設を経験。認知症サポートチーム、緩和ケアチーム、ICTワーキングの経験を活かし、訪問リハビリテーションでは横断的な専門的支援を提供している。 目次▶︎ 検討症例の基本情報:80歳・女性のAさん▶︎ 困りごと(1) 階段で転びそうになる ・段差があるところで利用できる福祉用具▶︎ 困りごと(2) 便座に座ると立ち上がるのに苦労する▶︎ 困りごと(3) 杖を持つ手や、先に踏み出す足がわからない▶︎ 困りごと(4) 廊下のマットで足を滑らせた▶︎ 困りごと(5) 脱臼が怖くて靴下を履くのが不安 ・脱臼を予防する道具の使用を習慣化するのもおすすめ▶︎ 困りごと(6) 滑るのが怖くて浴槽に入れない --> ▶︎ 検討症例の基本情報:80歳・女性のAさん 私の講演では、明日から訪問看護の現場で役立ててもらえる「生活動作へのアドバイス方法」について、2つの架空の症例を通してご紹介していきます。 1症例目は、80歳の女性Aさん。最初に、以下Aさんの基本情報をご確認ください。 1症例目:Aさん(80歳/女性)・独居。・2年前に転倒し、大腿骨頸部を骨折。人工股関節術を受けている。・ADL動作は自立。要介護認定は「要支援1」・杖を使えば歩けるが、最近転びやすくなってきたこともあり、外に出る気が起きなくなっている。 そんなAさんが日常で感じているさまざまな困りごとについて、具体的な解決策を考えていきたいと思います。 ▶︎ 困りごと(1) 階段で転びそうになる 最初の困りごとは、転倒のリスクです。Aさんは「新聞をとりに行こうとしたら、玄関の階段でつまずきそうになった」と話します。 そこでアドバイスしたいのが、正しい階段昇降の方法です。まず階段を上るときには、健康な足から踏み出し、続いて悪い足を上げます。健康な足で体を持ち上げましょう。逆に降りるときは、悪い足を先に下ろします。健康な足で体を支えながら踏み出すことで、動きが安定するためです。 この階段での足の動かし方は、「行き(上り)はよいよい(いい足)、帰り(降り)は怖い(悪い足)」と覚えてみてください。 段差があるところで利用できる福祉用具 福祉用具を導入するのも有効な手段です。今回は玄関の階段での転倒リスクが問題になっているため、段差昇降や立位のバランスを安定させる「踏み台」や「玄関用の手すり」が役立つ可能性があります。また、立って靴を履くのが難しいケースや、玄関の上がりかまちが低く、座って靴を履くと立てなくなってしまうケースには、「靴を履くときの椅子」の設置を提案してもいいでしょう。 ▶︎ 困りごと(2) 便座に座ると立ち上がるのに苦労する 続いての困りごとは、トイレでの動作です。Aさんは「便座に座ったら立ち上がるのに苦労した」と話します。 便座からの立ち上がりをラクにするには、便座の位置を高くすることが効果的です。以下のような便座を活用すれば、問題を解消できる可能性があります。 ・設置式洋式便座便座の形状を和式から洋式に変更できるもの・高座便座現状の便座の上に補高便座を設置するもの・昇降便座自動で便座が持ち上がり、立ち上がるときに「お辞儀の体制」をとりやすくしてくれるもの また、トイレでは便座だけでなく扉の種類もチェックしておくことがおすすめです。折戸の扉は開閉に必要なスペースが狭いため、利用者さんの姿勢の移動が少なく、また介助者が一緒に入る空間も確保しやすいです。一方、一般的な片開きドアは開閉スペースが広くなり、扉を開くときに後方へバランスを崩しやすくなったり、介助者が入りにくかったりします。 トイレ動作は日中、夜間ともに頻度がとても高いので、利用者さんがおかれている環境を確認してください。必要に応じて手すりをはじめとした福祉用具の設置や、動作練習をしておくとよいでしょう。 ▶︎ 困りごと(3) 杖を持つ手や、先に踏み出す足がわからない 続いての困りごとは、歩行についてです。Aさんから「杖を持つ手や先に出す足がどちらかわからなくなってしまう」と相談を受けました。 杖を持つのは、健康な足側の手です。そうすることで、健康な足への重心移動がスムーズになり、悪い足が前へ出やすくなります。また、先に踏み出すのは悪い足です。健康な足で重心移動すると踏み出しやすくなるためです。 ▶︎ 困りごと(4) 廊下のマットで足を滑らせた 続いてAさんから「廊下に敷いていたマットで足を滑らせてしまった」という相談がありました。自宅で転倒する代表的な要因としては、マットやスリッパの利用が挙げられます。マットはずれないように工夫する、もしくは取り外す。スリッパはやめて、滑り止めのついた靴下を履くなど、転倒しにくい環境づくりについてぜひアドバイスしてください。 また、コードに足を引っかけて転んでしまうケースもよく見られます。頻繁に移動する場所にはコードを設置しないようにするといいでしょう。 ▶︎ 困りごと(5) 脱臼が怖くて靴下を履くのが不安 次は、更衣動作に関する困りごとです。Aさんは「人工股関節術を受けてから足を深く曲げてはいけないといわれていて、靴下を履くのが怖い」と話します。Aさんのいうとおり、人工股関節術を受けた方は、特定の姿勢をとると脱臼しやすくなります。特に術後6ヵ月までは、筋力低下の影響もあり、脱臼リスクが高くなるので注意が必要です。 では、脱臼しやすい姿勢とは具体的にどんなものでしょうか? 術式によって異なります。 前方侵入法の場合:体をひねって後ろを振り向く姿勢後方侵入法の場合:体を深く曲げる姿勢、足を体の内側に向かってねじる姿勢 なお、利用者さんは自分がどの術式で手術を受けたかわからないことも多いです。そんなときは、手術の傷跡を見て確認しましょう。前方侵入法は大腿部側面に、後方侵入法は臀部に傷跡があります。 脱臼を予防する道具の使用を習慣化するのもおすすめ 利用者さんに脱臼しやすい姿勢をずっと覚えていてもらうことはなかなか難しいので、リスクの低減につながる道具の使用を習慣化することがおすすめです。 例えば、靴下を履くときはソックスエイドを、靴を履くときは長めの靴べらを使う習慣をつければ、体を深く曲げる姿勢を自然と避けられます。 ▶︎ 困りごと(6) 滑るのが怖くて浴槽に入れない 最後の困りごとは、入浴についてです。Aさんは「浴槽で滑るのが怖いので、シャワーで済ませている」と話します。 こうしたケースでは、浴室での立ち上がりを助けたり、転倒を予防したりする用具を提案してみましょう。具体的には以下のような選択肢があります。 ・シャワーチェアー一般的にお風呂で使われている椅子より座面が高く、また肘つきや背もたれがあるので、立ち上がりがラクになる。肘つきや背もたれは手すりがわりにもなる。・バスボード浴槽を座ってまたぐ動作を安全に行える。ただし、設置すると浴槽内が狭くなるため、浴槽に入ってから取り外さなければならない場合も。・すのこ浴室の床に設置することで、床と入り口や浴槽との段差を小さくできる。ただし、扉がすのこに当たって開閉できなくなることがあるので要注意。 また、ぜひアドバイスしてほしいのが浴槽のまたぎ動作についてです。立ってまたぐ場合は、股関節を深く曲げずに済みますが、バランスを崩しやすいというデメリットがあります。一方、座ってまたぐ場合は股関節を深く曲げることになるものの、立位よりバランスが安定しやすくなります。 利用者さんの立位の安定性と、浴室のどこに手すりがあるかといった環境に応じて、そのケースに合った動作を検討してください。 次回は、「vol.3 生活動作への具体的なアドバイス方法(2)」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-
【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-
特集 会員限定
2022年11月29日
2022年11月29日

【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-

2022年8月26日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護における生活期リハビリテーション」。刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科 部長の小口先生を座長に迎え、同課の理学療法士 仲村先生と作業療法士 日比先生に、それぞれの視点から訪問看護の現場で役立つ生活期リハビリの知識や具体的なテクニックを教えていただきました。 そのセミナーの様子を、3回に分けてご紹介。第1回は、仲村先生による「生活期リハビリのポイントや成果を出すコツ」「訪問看護師と療法士の連携」についての講演をまとめます。 【講師】(座長)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科部長/リハビリテーション科専門医小口 和代 先生2000年より刈谷豊田総合病院勤務。2004年院内に回復期リハビリテーション病棟、2007年訪問リハビリテーション事業所を開設し、急性期から回復期、生活期まで幅広くリハビリテーション診療に携わっている。指導医として若手医師へのリハビリテーション教育やチーム医療の質の向上に取り組む。監修本:『Excelで効率化! リハビリテーション自主トレーニング指導パットレ!Pro.』医歯薬出版 2021年 (講演Ⅰ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科理学療法士仲村 我花奈 先生2002年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期(神経、整形、ICU)、介護老人保健施設を経験。現在は訪問リハビリテーションを担当している。利用者の社会参加やQOLの向上を目指し、前向きな生活が送れるよう取り組んでいる。 (講演Ⅱ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科作業療法士日比 健一 先生2004年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期、回復期、介護老人保健施設を経験。認知症サポートチーム、緩和ケアチーム、ICTワーキングの経験を活かし、訪問リハビリテーションでは横断的な専門的支援を提供している。 目次▶︎ 「活動」と「参加」の問題へのアプローチが重要▶︎ 「できないこと」よりも「できること」に着目を ・活動・参加の内容の考え方▶︎ 生活期リハビリの具体的な流れとポイント ・ポイント1:活動・参加につながる目標を立てる ・ポイント2:リハビリは本人や家族だけでできる内容にする ・ポイント3:利用者さんの心を揺さぶる提示を意識 ・ポイント4:些細な変化を見逃さない&本人に伝える▶︎ 療法士が望む、生活期リハビリにおける訪問看護師との連携 --> ▶︎ 「活動」と「参加」の問題へのアプローチが重要 療法士が利用者さんの現在の状況を把握する際に使用する「ICF(国際生活機能分類)」の枠組みをご存じでしょうか。ICFとは、「(1)健康状態」「(2)生活機能(心身機能・身体構造/活動/参加)」「(3)背景因子(環境因子/個人因子)」という互いに関係し合う3つの観点から、対象者の生活機能と障害について分類するものです。 このなかの「(2)生活機能(心身機能・身体構造/活動/参加)」の視点から利用者さんの健康状態を整理すると、以下のような問題点が見えてきます。 ●「心身機能・身体構造(心体の動き)」の問題→麻痺、筋力低下など心身の機能や構造に問題がある状態●「活動」の問題→着替えや食事、排泄、家事動作など「生活に必要な行為」に支障がある状態●「参加」の問題→趣味や地域活動、労働など、本人がもつ「役割」を果たせない状態 「活動」は生活に必要な行為すべてを、「参加」は社会や家庭で役割を果たすことを指します。生活期リハビリを支援するにあたっては、この「活動」と「参加」の問題をいかに改善していくかを常に考えることが重要です。 ▶︎ 「できないこと」よりも「できること」に着目を 「活動」と「参加」にアプローチすることで、心身機能の向上を図ることもできます。なぜなら、心身機能と活動、参加は互いに影響を与え合うものだからです。 このときにポイントとなるのが、「できないこと」にばかり注目するのではなく、「できること」に目を向けること。支援する私たちも利用者さんも「できないこと」ばかりに意識が向いてしまいがちですが、それでは多くの場合うまくいきません。「心身機能に問題がある=実践できる活動や参加がない」ということは決してありません。「今できる活動・参加」を実践して成功体験を重ねれば、自己効力感が向上し、自信が回復してさまざまなことに能動的に挑戦できるようになるはず。そうして、心身機能の回復につながっていくことが期待できます。 活動・参加の内容の考え方 活動・参加に積極的に取り組んでもらうためには、利用者さんの希望に合った内容にすることが大切です。日頃から利用者さん中心のコミュニケーションを重ね、その人の価値観や生活背景を探り、それに基づいた内容を考えてみましょう。例えば「カメラが趣味だ」という利用者さんがいたとします。それだけ聞いて「撮影の練習をしましょう」と提案しても、その方が撮った写真を自慢することが好きだった場合、リハビリはうまくいきません。それよりも、今までに撮った写真について話せるコミュニティーへの参加を検討するほうが、きっと主体的に取り組んでくれるはずです。普段の会話のなかにひそむヒントをぜひ見つけてください。 ▶︎ 生活期リハビリの具体的な流れとポイント 続いて、生活期リハビリの具体的な流れに沿って、内容の決定や利用者さんへの提示などにおけるポイントをご紹介していきます。 ポイント1:活動・参加につながる目標を立てる まずは、利用者さんの課題や現状を整理し、本人が望む活動・参加につながる具体的な目標を立てましょう。例えば、「家族に食事を振る舞えるようにする」「孫を膝に乗せられるようにする」などです。 ポイント2:リハビリは本人や家族だけでできる内容にする そして次に、その目標を達成するためのリハビリ内容を考えていきます。このときのポイントは、療法士がいなくても本人や家族だけでもできるものにすることです。無理なく継続できるような内容にしましょう。 ポイント3:利用者さんの心を揺さぶる提示を意識 リハビリの提示をする際は、「心を揺さぶる伝え方」を意識してください。内容は同じでも、言い方ひとつで利用者さんのモチベーションは大きく変わるものです。 例えば、立ち上がり練習をしてもらいたいとき。「足の筋力が弱いので、立つ練習をしましょう」と伝えるよりも、「30秒つかまり立ちができれば、トイレや着替えがラクになりますよ。まずは10秒立つことから始めてみませんか?」と伝えたほうが、利用者さんのやる気を引き出しやすくなるはずです。 ポイント4:些細な変化を見逃さない&本人に伝える リハビリを継続してもらうには、効果を感じてもらえるようにすることが重要です。利用者さんの変化をよく観察し、言葉にして積極的に伝えましょう。また、療法士だけでなく看護師さんやご家族など、周りのみんなで伝えることもポイント。「前よりもよくなったね!」と声をかけられると、利用者さん本人も自身の変化を実感しやすくなります。 ▶︎ 療法士が望む、生活期リハビリにおける訪問看護師との連携 リハビリでは、PDCAサイクルを回して、常により効果的な形を模索していきます。訪問看護師のみなさんには、ぜひこのサイクルに参加してほしいと考えています。看護師さんの視点から、その方にあった活動と参加はどんなものか、その実現のためにはどんなリスクがあるのか、どんどん意見を出してほしい。また、リハビリの評価についてもぜひ話し合いたいです。そうやって、療法士と看護師さんとで一緒によりよいリハビリをつくっていければと思います。 次回は、日比先生による講演「vol.2 生活動作への具体的なアドバイス方法(1)」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

対話で変わる精神医療のありかた――オープンダイアローグとは何か
対話で変わる精神医療のありかた――オープンダイアローグとは何か
インタビュー
2022年11月29日
2022年11月29日

対話で変わる精神医療のありかた――オープンダイアローグとは何か

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第9回は、医療者・患者・家族が平等に語り合うフィンランド発祥の精神医療の新潮流、 オープンダイアローグについて語りあった。(内容は2018年1月当時のものです。) ゲスト:森川すいめいみどりの杜クリニック院長、精神科医、鍼灸師明治国際医療大学、日本大学医学部卒。国立病院機構久里浜医療センター勤務を経て、現在、医療法人社団翠会みどりの杜クリニック院長。ホームレス支援を行うNPO法人TENOHASI理事、認定NPO法人「世界の医療団」理事、同法人「東京プロジェクト」代表医師。著書に「漂流ホームレス社会」(朝日文庫)、「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」(青土社)などがある。 対話によって入院患者が40%に激減 川越●精神科治療の分野で注目されているオープンダイアローグについて教えてください。 森川●オープンダイアローグは1984年にフィンランドのケロプダス病院で生まれた、開かれた対話による精神医療形全体を総称したものです。ニーズを聞いて、それに対する包括的なケアをするという考えかたを基礎にしています。 それまでは本人や家族が不在のなかで、医療者によって治療方針が決まっていったのですが、意思決定の場に本人と家族を招き、まずは両者に「ご加減いかがですか」と聞きはじめたのだそうです。ただそれだけで、入院患者が40%に減るということが起こりました。いかにそれまで本人の声を聞かなかったか、家族の声がそこになかったかがわかったともいえます。 川越●それまでは「精神疾患の人は自分で意思決定できないだろう」と判断されていたということですね。認知症の人の場合も同じ状況だといえそうです。 森川●もう一つ、「一対一で会わない」という決めごとがあります。医療者と患者だけだと、どうしても力関係が生じて対等になりにくい。でも複数の参加者がいて、そこにいるすべての人の声が同等に大切にされるように工夫されていくと、互いの関係性が対等になりやすくなる。本人の困りごとを共有している人が同席するので、学校の先生や近所の人も参加できます。 病名よりもその人の困りごとが大事 川越●認知症専門医が「これはレビーだ」「アルツハイマーだ」と診断するより、その人が何に困っているのかに注目しなさいということですね。 森川●はい。生きていくことにおいて困っているときに、病名が役立つことはあまりありません。求められていることは、困りごとについて一緒に考え試行錯誤していくことです。 川越●オープンダイアローグを行うためには、どんなトレーニングが必要なんですか。 森川●人は誰でも赤ちゃんのころから、言葉だけじゃなく体でも対話しています。でも大人になって頭で考えるようになると、そのやりかたを忘れてしまう。頭で考えることを外していく作業です。 川越●言葉だけじゃない、体を使った対話というと、ユマニチュードなどもそうですね。 森川●「オープン」といっても何でも話すという意味ではなく、本人たちにとって開かれている場であるという意味です。また、ダイアローグという言葉には、ギリシャ語で「あなたとわたしは違う存在」という意味があります。互いに違う人間だと確信し、相手を知らないと知ることから対話が始まるんです。 川越●日本の精神医療は「来ない人は診ない、治す気がない人は診ない」というスタンスが一般的ですが、それでは認知症やセルフ・ネグレクトの人などは診ないことになります。引きこもりの人やアルコール依存の人など、医療を断固拒否する人はどうしますか。 森川●家に行くための時間がつくれないのが今の精神医療の現状ですが、それをオープンダイアローグでは上手にマネジメントして、医療チームが外に出られるようにしました。 人生にかかわる症状が対話により解消 川越●オープンダイアローグの手法は、日本でも広がっていますか。 森川●日本でも広がりつつあり、私のクリニックでも2年前から実践しています。まずは日本の制度を使って、どう工夫するか。対話の場には医師がいなくてもいいので、訪問看護の制度でもオープンダイアローグが成り立ちます。セラピストとしての訓練はしなければなりませんが、精神科訪問看護は2人訪問が可能なので。私の場合は訪問診療という形で、対話をしに行きます。 先日は、高齢で幻覚・妄想が強くなった方のところで対話をしました。薬も全然効かなかった人です。その人は、家に泥棒が入るという幻覚・妄想を、家族を巻き込んで警察にまで相談していました。そこでわれわれは幻覚の問題はいったん置いて、本人と家族の困りごとを聞いていきました。幻覚として人が家に入ってくるということ。そのことに対して警察も家族もまともに対応してくれない。病気扱いされてしまう。それがどれほど本人にとって悔しいことかも見えてきました。 川越●思いを大切にすることで、安心するんですね。 診断や薬を使う前にまず対話を 森川●本人の気持ちを丁寧に扱っていくことができた。それが、本人にとっても家族にとってもよいことだったようです。閉じこもっていた人だったのに、デイサービスにも行くようになりました。人生にかかわっている幻覚を、対話によってみんなで共有することで、もう一度、人生に寄り添えるようになる。目的は治療ではなく、対話ができたことなんです。 川越●オープンダイアローグの手法を使って、同じ価値観、同じ方法論で情報が共有できると、物事が全部つながって、見える世界が変わってくる気がします。医療はどうしてもヒエラルキーのある世界で長年積み上がってきているので、まずはその考えかたを変えることが必要ですね。 森川●薬を使わない療法だというと、反対する人が多いんです。伝えかたが難しい。「診断や薬を考える前にまずは何度も対話をして、困りごとが何かを考えていこう」ということであって、対話で治すとか、そういうものではありません。 川越●大切なのは、医療の枠にとらわれず本人のニーズを基として何をするかという、人生にかかわる話ですね。 森川●本当に思います。そう簡単には広がらないとは思いますが、オープンダイアローグ、丁寧に広めていきたいですね。 ー第10回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護Next」2018年1月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

訪問看護のBCP
訪問看護のBCP
特集
2022年11月15日
2022年11月15日

[7]連携の観点から事業所のリソース不足の解消方法を考えてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。今回は、自事業所のリソース(資源)をまかなう上で必要となる、地域における多職種・多機関との連携や平常時からの関わり・つながりに関する重要性について考えていきます。 【ここがポイント】・自事業所だけではリソース不足が解消できないものについては、外部リソースの観点から対応を検討するとよいです。・平常時の関わりやつながりは、大規模な災害や健康危機が起こった際に効果的な活動につながることがわかっていますので、平常時から他の訪問看護事業所や多職種・多機関と連携することが大切です。 地域・他組織との連携 まずは、全国訪問看護事業協会の「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」の「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」にある「4.地域・他組織との連携」の内容に沿って体制の構築・整備について見ていきましょう。 「4.地域・他組織との連携」は、「1)地域の連携体制の構築」と「2)受援体制の整備」の2項から構成されています。詳細は次のとおりです。 1)地域の連携体制の構築(1)地域多職種連携のネットワークの役割の確認とネットワークづくり(2)訪問看護部会・職能団体等の役割の確認とネットワークづくり(3)利用者をめぐる関係者の役割の確認とネットワークづくり(4)緊急時にネットワークを生かした対応2)受援体制の整備(1)事前準備(2)利用者情報の整理・職員情報の整理(3)地域への災害支援 地域の連携体制の構築 「1)地域の連携体制の構築」では、連携関係機関や行政機関などの役割を確認し、平常時から協力関係を構築すると記載されています。 具体的には、自治体・地域包括支援センターの保健師や福祉職、主任ケアマネジャー・ケアマネジャー、社会福祉士、ヘルパー、在宅酸素や腹膜透析に関わる業者、民生委員・児童委員や自治会役員などの地域の人々との連携があれば、それぞれの情報と連携内容を整理しておきます。また、訪問看護ステーション協議会や全国訪問看護事業協会などとの情報や連携内容、日頃から助け合える訪問看護事業所についても情報と連携内容を記しておきます。 自事業所だけではリソース不足が解消できないものについては、外部リソースという観点で対応を検討します。多職種や他の訪問看護事業所との協働を検討したり、新たなしくみを平常時から構築しておくとよいでしょう。 受援体制の整備 自事業所のリソース不足の中でもスタッフや物資が不足する場合、「受援」も検討していきます。特にスタッフの「受援」の場合、支援を受け入れるための手順や体制を定めた受援計画が必要です。同じ看護職でも訪問看護の経験がなければ任せることは難しいものですし、たとえベテランの訪問看護師であっても、すべての利用者や家族のもとに事前の情報提供をせずに依頼することはできません。 どのような対象の訪問であれば外部委託できるのか、そのためにどのような情報やモノを準備しておけばよいのか、誰が支援者をマネジメントするのかなどを検討します。「受援」のためにも「ヒト」「モノ」「情報」などが必要となりますが、被災時にこれらのしくみをつくることはできません。そのため「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」のひな形では、具体的な準備として利用者情報や職員情報を整理し、記しておくことが推奨されています。 地域への災害支援 「地域への災害支援」は、「4.地域・他組織との連携」において「受援体制の整備」の中に含まれていますが、「受援」の逆です。どのように地域へ支援を行うことが可能かをまとめておきます。 避難所支援、福祉避難所支援、他の訪問看護事業所への支援、地域住民への支援など、緊急時の派遣が可能か否か、可能であればどの範囲で支援をしていくかといったことについて、平常時から他(多)機関との話し合いを経て、検討したことを記しておくとよいでしょう。 自然災害と感染症BCPの違い この連載の第1回から第6回まで自然災害におけるBCPを策定してきましたが、リソースを中心に策定しておくと新型コロナウイルス感染症におけるBCPでも同様の考え方で概ね策定できるようになります。 ただし、利用者への対応や時間的経過の違いで内容が変わってきますので、違いを理解してBCPに活かすとよいでしょう。 例えば、感染症では感染症(疑い)の利用者へのサービス継続や対応で、特別な「リソース:モノ」が必要になったり、「リソース:ヒト」の配置でスタッフの選抜や心理的負担が増えることなどが挙げられます。また、大規模自然災害とパンデミックを引き起こす感染症とでは、図1のような時間的経過に伴う業務量の変化に違いがあります。 自然災害では災害サイクルに応じた変化の見通しが立ちますが、パンデミックですと収束した後にまた大きく感染者が増えるなど、見通しが立ちにくく、「支援」と「受援」が長期的な視点で必要になるという特徴もあります。そして、地域によっては、自然災害以上に保健所や医師会との協働も必要になる場合があります。 図1 災害と新型コロナウイルス感染症の発生後業務量の時間的経過に伴う変化 厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」,2020,p.6より引用(一部抜粋).https://www.mhlw.go.jp/content/000922077.pdf2022/8/25閲覧 自然災害が発生した場合、インフラ停止などによる通常業務の休止や、避難誘導・安否確認などによる災害時業務の発生のため、通常の業務量は急減する。一方、パンデミックを引き起こす感染症では、通常業務は縮小し、流行の程度によって変動することが想定される。 地域特性をふまえた地域連携 大規模自然災害でも地域の保健所が主に対応しますし、訪問看護事業所が平常時の活動を続けることで地域医療が守られてきた実績はありますが、国や自治体を主とする災害時保健医療福祉体制の中に訪問看護事業所の役割は明記されていません。一方、新型コロナウイルス感染症では、地域によっては保健所の役割の一部を医師会や訪問看護事業所が担うようなしくみがつくられ、協働が大規模に行われている自治体もあります。 訪問看護事業所のある地域ごとにしくみが異なるため、「4.地域・他組織との連携」については、大規模自然災害と感染症を分けて、自治体や医師会との連携を記しておくとよいでしょう。 平常時からの関わり・つながりが災害・感染症発生時に活かされた例 他の訪問看護事業所や多職種・多機関との連携で、平常時から顔の見える関わりや助け合うしくみを構築していたことにより、大規模自然災害や新型コロナウイルス感染症においても、大変有意義な協働や「受援」「支援」体制が整い、機能した例をご紹介します。 熊本県訪問看護ステーション協議会では、ペアステーションをつくり熊本地震の初動における安否確認や相互支援のしくみを動かしました。そのほか、市の保健師と協働し、訪問看護師が利用者宅へ食料を届けたり、平常時に実習を受け入れている看護系大学の学生から片づけのボランティアの支援を受けたりといった活動をしました1)。平常時から連携している多機関との協働で、この連載の第6回で述べたような増やす対策や活用する対策を行いリソース不足に対応したのです。 また、都内の例2)では、もともと新宿区内の訪問看護事業所でつくられていた「新宿区訪問看護ステーション協議会」というネットワークを活用し、情報の交換や事業所間の「支援」「受援」が行われていました。新型コロナウイルス感染症が流行し始めた当初から、既存のつながりを活かして、増やす対策と活用する対策が行われたのです。さらに、医療体制がひっ迫し重症リスクの高い陽性者が自宅療養を余儀なくされた際、保健所や区の医師会と協働し、健康観察のための電話対応や訪問を行うなど、平常時の関わり・つながりを活かして地域医療に貢献しました。 このように、平常時の関わりやつながりは大規模な災害やパンデミックなどによる健康危機が起こった際に効果的な活動につながることがわかっています。平常時から他の訪問看護事業所や多職種・多機関と連携することは大切です。関係機関で集まり、地域単位でBCPについて検討してみることをおすすめします。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)石田千絵著.「複数の危機対応を可能にした県内事業所の体制整備」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.113-122. 2)井口理著.「外部リソースの調達を可能にした他機関との連携」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.123-124.

社会的に孤立している人に「断らない福祉」を提供
社会的に孤立している人に「断らない福祉」を提供
インタビュー
2022年11月15日
2022年11月15日

社会的に孤立している人に「断らない福祉」を提供

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第8回は、コミュニティソーシャルワーカーの生みの親でもある勝部麗子さんと、引きこもりやごみ屋敷問題について話しあった。(内容は2019年7月当時のものです。) ゲスト:勝部麗子大阪府豊中市社会福祉協議会事務局長。1987年に豊中市社会福祉協議会に入職。2004年に地域福祉計画を市と共同で作成、全国で第1号のコミュニティソーシャルワーカーになる。地域住民の力を集めながら数々の先進的な取り組みに挑戦。その活動は府や国の地域福祉のモデルとして拡大展開されてきた。NHKドラマ「サイレント・プア」のモデルであり「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出演。著作に「ひとりぽっちをつくらない―コミュニティソーシャルワーカーの仕事」(全国社会福祉協議会)がある。 困っていてもSOSを出せない人たち 川越●豊中市社会福祉協議会(以下、「社協 」と称する)のコミュニティソーシャルワーカー(以下、「CSW 」と称する)は、その活動がテレビドラマにもなり、一躍全国に知られるようになりましたね。 勝部●豊中社協は制度のはざまに落ちている人のために、2004年、全国で初めてCSWを置き「断らない福祉」をやろうと始めました。当時、ごみ屋敷などの問題は、高齢者であれば高齢支援課が、障害があれば障害福祉課が、と、扱う部署が違いました。そして障害もなく高齢でもなければお手上げです。引きこもりの問題もいろいろな背景があるのに、外からでは事情がわかりません。 川越●背景に何らかの病理が存在している場合もあり、早めに医療が介入できれば出口が見つかるかもしれません。 勝部●ところが、家族は必ずしも医療が必要だと思っていません。CSWがアウトリーチを始めたのは、周りは困っているけど、本人は困っていない人たちに寄り添うためでした。 ごみ屋敷問題も、本人はごみと思ってなくて、違うことで困っている。発達障害の人も物を整理できなくて必要なものが見つからず、ずっと探しものをしながらいつも不安でいる。なので、私たちはまずは本人の困り感にアプローチしながら、だんだん心に近づいて行って、結果、医療や介護、経済的問題の解決へとつなげていきます。 川越●アウトリーチした人たちに一定の傾向などはありますか。 勝部●ほとんどは社会的に孤立している人たちです。相談する相手もいないし助言してくれる人もいない。結局どこにもSOSを出せない人でした。 ごみ屋敷問題では、敷地内に放し飼いの犬とごみを放置して問題になった人がいました。保健所が行っても解決せず、社協に依頼が来て私がピンポンしたら、70代の男性が壁を伝って出てきました。「お体どうされたんです?」と聞いたら「あんただけやな、体のこと聞いてきたのは」って。 川越●そういうことなんですよね。本当に。 勝部●聞くと3ヵ月に肺炎になって、犬の散歩に行けなくなって、敷地内で放し飼いにしたと。ごみも捨てに行けなくなって玄関に出していた。「困った人」ではなく「困っている人」だったんです。 住民参加の活動が地域の縁をつなぎなおす 川越●以前はそうした支援は保健師がやっていましたが、介護保険制度ができて、65歳以下で難病でもない人は、蚊帳の外になってしまいました。豊中では住民参加で見守り・見廻りをやっていると聞きましたが、どうやっているのですか。 勝部●CSWと民生委員だけでなく、地域住民にも研修を受けてもらっています。地震などの災害時に、部屋の家財が倒れても身近な人に助けを呼べず、停電が続いて集合住宅では水もエレベータも使えず大混乱でした。そこでみんなで考えてつくったのが「無事ですシート」。災害時に自分のところが無事だったら、「無事です」と書かれたマグネットシートをドアに貼ってもらい、「無事ですシート」が出ていないお宅には安否確認して回ります。人口40万の町でも、そんな地道な活動で地域の縁をつなぎなおすことができるんです。 困った息子には働けない事情がある 勝部●男性は定年後、社会とのつながりが切れて孤立してしまいます。何とかできないかと話していたら、土地を貸してくださる人が現れ、そこに男性を集めて農業を始めました。野菜は生産性がはっきりしていて、しかも毎日誰かが世話しないと育たたないので、皆さん能動的にかかわります。 川越●結果がはっきりしているから、仕事人間のお父さんをやる気にさせるのでしょうね。 勝部●最初20人くらいだった「豊中アグリカルチャー」は、今では120人くらいになり、4ヵ所の土地で野菜を作っています。参加者は仲間ができてストレスが発散できるだけでなく、1年も経つと血糖値や血圧が落ち着いてきて健康になってくる(笑)。今ではみなさん、かっこいいユニフォームを着て名刺を持って、収穫したサツマイモで芋焼酎を作ったり移動販売したりしています。 川越●楽しそうですね。まさに居場所づくりですね。CSWの活動がメディアで取り上げられたことで、何か変化はありますか。 勝部●引きこもり問題がクローズアップされたのは大きな進歩だと思っています。それまでは8050の子世代は「働かず親の年金を無心する困った人」という認識で、どうやって息子を隔離して親だけを救うかということをやっていました。でも息子のほうは不登校から始まっているし、発達障害かもしれないし、もっと年をとったら年金も当てにできずやがて共倒れです。CSWだけで解決できるものでもなく、今の制度の問題点や、サポートが足りないところをほかの専門職と連携して解決することも多いです。 成功体験の蓄積で 住民の力も上がる 川越●ごみ屋敷にしろ独居の見守りにしろ、豊中で、住民が問題解決に積極的に参加できるのはどうしてなんでしょう。 勝部●かかわる多職種も住民も、この人と連携したらうまくいったという経験を共有しているから、自分たちの問題として一緒に解決しようとします。もう十数年すごい件数をこなしてきたので、住民の力も上がっていくし、結果として地域包括ケアとなるんです。 川越●やはり成功体験の共有や経験の蓄積が住民の力になるのですね。 在宅医療の医師も、どうやったらこの人の生活の質を維持改善できるのかに関心を持っています。医療が担当すべき「診断」や「未来の臨床経過の予測」がわかっていないと、どうやって介護や福祉が介入すればいいか方針が立てられないことも多くありますから。今後ますます、福祉と医療が手を携えていく機会が多くなるでしょうね。 ー第9回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護Next」2019年7月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

予防と外来と訪問、すべてを管理栄養士のフィールドに
予防と外来と訪問、すべてを管理栄養士のフィールドに
インタビュー
2022年11月1日
2022年11月1日

予防と外来と訪問、すべてを管理栄養士のフィールドに

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第7回は、フリーランスで活動する管理栄養士の米山久美子さん。在宅高齢者の栄養問題と、訪問管理栄養士の活動について話を聞いた。(内容は2018年3月当時のものです。) ゲスト:米山久美子管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、在宅栄養専門管理栄養士 管理栄養士として病院に勤務後、イギリスへ留学。2010年、訪問栄養食事指導・居宅療養管理指導所「地域栄養サポート自由が丘」を開設。日本栄養士会認定栄養ケアステーション「eatcoco(イートココ)」主宰。日本在宅栄養管理学会、日本静脈経腸栄養学会、摂食嚥下リハビリテーション学会所属。 訪問管理栄養指導を必要とする人は 川越●今日は、在宅高齢者の栄養問題と、栄養のプロである訪問管理栄養士の活動について話を聞かせください。 米山●地域のクリニックに所属するかたちで、訪問栄養食事指導・居宅療養管理指導所を開設しています。10人の管理栄養士が在籍し、50人の栄養指導を行っています。一人につき、だいたい月1~2回程度訪問します。 川越●栄養指導を必要とする人はどんな人が多いですか。 米山●在宅で療養している高齢者がほとんどです。多くは認知症があって、腎臓病や糖尿病、腎臓病、摂食嚥下障害、低栄養の方で、認知症があったり骨折後に歩けなくなったりして通院できないような人たちです。がんの人も数人います。低栄養の人は、自分で食事を用意できないことも多く、ヘルパーさんの活用や買ってきたものでどうするかなど、今の環境のなかでできることを提案していきます。 川越●ただ「弱ってきたね」と言われるだけで、栄養に問題があることにすら気づかれない人も多いと思います。気づかないと介入が始まらない。医者は栄養学まで学んでいませんから、やはり専門職がいるといいですね。 実際の手技が少なく説明しにくい仕事 米山●管理栄養士は、診療報酬・介護報酬の制度上でもリハビリのようなわかりやすい手技が少ないので、医療者に対しても仕事内容を説明しづらいんです。 川越●たとえば栄養アセスメントでは、食形態や味、調理、お金のかからない工夫などの指導は、ご家族にもわかりやすい。あとは、疾患ごとにアプローチが異なる部分がありますね。 医師はカロリーのことは詳しくなくても、1ヵ月後に1kg太らせたいという指示は出せます。栄養状態が改善すれば肺炎のリスクも下がるし、サルコペニアは呼吸不全にもがんにも影響するので、筋肉を戻したいとか、そういう指示なら出せるかもしれません。 米山●漠然とした指示でも、私たちは患者さんの経済状態などを考えて介入していくので、先生たちは栄養士を上手に利用してほしいです。それに、「糖尿病になったらもう甘いものは食べられない」と考える人が多いのですが、私は食べたいものを食べながら、ほかの部分で調整して数値を下げるような指導を心掛けています。食と口腔のサポートでフレイルや低栄養が解決すると、車いすの人が杖をついて歩けるようになることもあります。 賞味期限切れが「見えていない」ことも 川越●月2回程度の介入で結果は出せますか。 米山●もちろん家族や本人、ヘルパーの協力があってこそですが、出せます。 食べたものを聞き取って、冷蔵庫の中を見てアセスメントできるのは、明確に数字を食品に置きかえられる管理栄養士だけだと思うんです。 川越●冷蔵庫の中を見て、朝昼晩何をどれくらい食べているかを聞けば、だいたいわかりますか。 米山●わかります。今日訪問してきた人も、最初は「冷蔵庫開けるの?」と抵抗していましたが、開けてみたら案の定、賞味期限が10年以上前の食品が出てきました(笑)。高齢者には食品パッケージの表示が見えていない人が多いんです。だから古いものがいつまでも冷蔵庫にしまわれている。 川越●それは盲点ですね。冷蔵庫だけじゃなくて、レトルト食品が多いとかお酒のびんが増えているとか、そんなところからも情報が得られますね。本人からの聞き取り以上に、よりリアルに食の実態がみえるんですね。 70歳を過ぎると食べかたが変わる 川越●たとえばリハの強度を上げようとすると、栄養も上げないといけない。それを医師がわかっていないので、低栄養の人がリハだけやっても筋肉はむしろ減っていくというような、本来あってはいけないことが行なわれている可能性があります。 米山●そういう例が実際ありました。早く私たちを呼んでくれればと思いました。 川越●たとえば骨粗鬆症なのに診断されていなくて、治療もしていない人はたくさんいると思います。骨折の既往歴があるだけでイエローカードなのに、診断名も薬の処方もされていない。 米山●そういう点からも、私は全国民が70歳になったら栄養チェックができないかと思っています。なぜなら70歳を過ぎると食べかたが変わってくるので、シニアの食事にシフトしないといけない。それを知ってもらうためにも、全員にアセスメントするくらいのほうがいいと思っています。 川越●シニアの食事とは? 米山●体内での栄養の吸収などが変化してくるので、食べかたも変えていかないといけない。なのにメタボな食事を気にしすぎて低栄養になっている人がたくさんいます。 川越●地域包括支援センターでスクリーニングをかけて、ハイリスクの人が洗い出せれば、そこに予防的に入ることができますね。管理栄養士の活躍が期待されます。 米山●在宅の栄養指導で結果を出すことで、管理栄養士が地域で必要とされる職種の一つにならなくてはと思っています。そして栄養ケア・ステーションとして、地域で啓発のための講話や料理教室などさまざまな取り組みをして、管理栄養士が独り立ちできるようにしていきたいです。 ー第8回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2018年3月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

特集 会員限定
2022年10月25日
2022年10月25日

【セミナーレポート】vol.3 上手な活用のポイント/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」を開催。田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。セミナーレポート最終回となる今回は、ICTをより有効活用するために意識したいポイントをご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ 【ポイント1】職種ならではの言葉を理解しようとする意識をもつ ・多職種連携を成功させるには『三方よし』の精神が必要▶ 【ポイント2】災害時にこそ、多職種でICTの積極的な活用を▶ 【ポイント3】ICTでの連絡頻度は、患者さんの状態によって判断 ・ICTでの連絡で訪問看護に期待されること▶ 【ポイント4】ICTを有効活用できるかどうかは関係性が左右する --> ▶︎ 【ポイント1】職種ならではの言葉を理解しようとする意識をもつ 多職種がICTを利用する体制を構築できると、『その職種ならではの言葉』を理解しやすくなります。たとえば、看護師さんからはよく「随伴症状」という言葉を聞きますが、介護職の方には伝わりづらいかもしれません。そんなふうにどの職種にもよく使われる専門用語があって、これがICT上で文字のコミュニケーションを重ねることで、徐々に理解できるようになる。すると、職種間の連携のハードルがどんどん下がっていきます。 また、ICTでこまめにやりとりをすることで、他職種の人の考え方やクセへの理解も深まるでしょう。個人的には、「文字化されることでお互いを理解しやすくなる構造」は、多職種連携を推進するための重要なポイントだと考えています。 多職種連携を成功させるには『三方よし』の精神が必要 近江商人の有名な理念に『三方よし』というものがあります。売り手と買い手だけでなく、世間にもいい影響を与える商売をしようという、私も大好きな考え方です。 この精神は、多職種連携にも通じるものです。具体的には、みなさんが売り手としてサービスを提供するとき、買い手である患者さんやご家族を満足させるだけでなく、他職種の人たちのことも意識してほしいという思いがあります。薬剤師やリハビリ職、ヘルパーなど、ケアに携わる全員がいいと思える形をつくることが、多職種連携を成功させるためには必要なんです。もちろん、ケアは常に利用者さん本意であるべきですが、職種間できちんと目線を合わせることも同じくらい重要なポイントだと思います。そしてそのためには、ICTを活用するなどして、ほかの職種が大事にしていることや背景を理解することが有効でしょう。 ▶︎ 【ポイント2】災害時にこそ、多職種でICTの積極的な活用を ICTを活用するなら、ぜひ災害時の備えになることも意識しておきたいですね。まず、電話以外に情報の入手・発信ができる手段があるという点だけでも大きな価値があります。そして、ICTを多職種で活用することで、お互いにほかの職種がもっている情報を入手できます。災害時は情報が勝負になるので、幅広い情報をタイムリーに入手できることはとても有益です。また、最近はBCPも業界で注目のテーマとなっていますが、その観点でもICTは活躍してくれます。利用者さんの情報を共有することで、より確実に、効率的に安否確認ができるでしょう。 ▶︎ 【ポイント3】ICTでの連絡頻度は、患者さんの状態によって判断 「ICTでの連絡はどれくらいの頻度でするのがいいですか?」という質問をよくいただきますが、そこは患者さんの状態に応じて判断するといいでしょう。病状が不安定な方や、介入してからまだ日が浅い方の場合は、比較的まめに情報を共有するべきです。一方で、生活が落ち着いている方の場合は、たまにでいいと思います。 頻回共有が必要なケースとしては、やはり終末期が挙げられます。お看取りの直前は、強い疼痛や不眠などが頻繁に見られる事例があり、その際はレスキュー、眠剤の使用も多くなりがち。少なくとも終末期の患者さんにはICTでやりとりができる訪問看護ステーションと連携できるとありがたいと思っています。すでに東京都では、医師に合わせてICTを導入している訪問看護ステーションが増えている状況なので、この動きがさまざまな地域にもぜひ広がってほしいですね。 ICTでの連絡で訪問看護に期待されること 訪問看護師のみなさんにまずお願いしたいこととしては、ご家族の発言や不安、臨時対応についての情報共有です。こちらは先にお伝えした連絡頻度の目安にかかわらず、ぜひ連絡してください。 また、ほかの職種より高頻度で訪問されている訪問看護師さんだからこそできる提案も積極的にしてほしいですね。例えば末期がんの患者さんなら、麻薬のベースアップや排便コントロールなど。それから、今後は独居の高齢者の見守りも増えていくと思うので、そうした情報も多職種に連携していただくことを期待しています。 ▶︎ 【ポイント4】ICTを有効活用できるかどうかは関係性が左右する ICTを効果的に活用するためには、メンバーの関係性が重要になります。「こんなこと聞いていいのかな」と思わない・思わせない関係がないと、ICTを導入したものの、情報がまったく共有されないという結果になってしまいます。つまり、『ICTが入るとチームの連携がよくなる』のではなく『日々コミュニケーションがとれている関係の中で、ICTがよりよく活きる』と考えるべきなんです。 また、ICTを導入した後も、それだけに頼ることはおすすめしません。ずっと文字だけでやりとりをしていると、どうしてもニュアンスがずれるなどの課題が生まれてしまいます。電話や対面でのコミュニケーションもしっかりとりながら、ICTを併用してもらえるといいと思います。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年10月18日
2022年10月18日

【セミナーレポート】vol.2 ICT活用の成功事例/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」を開催。田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。全3回に分けてお届けしているセミナーレポートのうち、第2回となる今回は、田中先生が実際に見てきたICT活用の事例と分析をご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ 【事例1】時間外対応の細かな内容把握が可能に ・緊急連絡にICTは基本的にNG。チーム内でルール確認を▶ 【事例2】終末期の情報共有における負担を軽減▶ 【事例3】独居見守りにおける、多職種での情報交換が迅速に▶ 【事例4】地域とのつながりが明らかになり、より行き届いたケアを実現 --> ▶︎ 【事例1】時間外対応の細かな内容把握が可能に 訪問看護ステーションで22時過ぎに患者さんから電話相談を受けた。相談内容について、看護師による回答を含めた詳細と、その後は患者さんからとくに連絡がなかった旨を、看護師がICTで報告。医師は翌日の朝に内容を確認。時間外対応の情報を無理なく報告することが可能になり、医師もこれまで把握できなかった情報を得られるようになった。 この事例からわかるのは、ICTを活用すれば、夜間や土日などの時間外対応の情報を関係者が無理なく把握できるということです。勤務時間外の患者さんの状況について、担当者以外はなかなか把握しにくい状態にありますよね。もちろん、緊急性が高いケースでは、電話で情報共有がされているでしょう。しかし、「電話をかけるほどではない」と判断された情報は、ほかの事業所に伝達されないケースも多いのではないでしょうか。ICTは、電話と違って受け手が無理のないタイミングで情報を確認できるため、緊急性が低い内容も報告しやすくなります。そうして多くの情報が入ってくることで、患者さんの状態の理解や今後の予測がしやすくなるのです。 緊急連絡にICTは基本的にNG。チーム内でルール確認を ただし、緊急対応にICTが適さないことは、チーム全員が理解しておく必要があります。「土日に書き込んだ情報を相手が見るのは、週明け月曜日になる可能性がある」という前提で使わないと、トラブルを招きかねません。ICTを導入する際は、最初にチーム内で『目線合わせ』をきちんと行うことが重要です。 ▶︎ 【事例2】終末期の情報共有における負担を軽減 終末期の患者さんのケアを行う際、訪問看護師が容態(意識レベルや排尿量、血圧、脈拍、SpO2など)やご家族の様子をICTにて都度報告。看取りの際は、医師が死亡診断と死亡時刻、およびその場の状況などをICTに報告。関係者の疲弊を防ぎながらスムーズなお看取りにつながった。 一日でダイナミックに状態が変わることも多い、つまり連絡頻度が極めて高くなる終末期の情報共有は、ICTが最も活躍するといっても過言ではない場面です。すべての報告を電話で行っていると、関係者はかなり疲弊してしまいますからね。電話で細かなニュアンスの確認をする機会はもちろん必要ですが、とくにお看取りが近いタイミングの報告には、ぜひともICTを活用したいところです。私の場合は、終末期の患者さんのケアには、ほぼすべてのケースで訪問看護師さんにICTを使っていただいています。私もお看取りの際には、ICTで死亡診断と死亡時刻などを必ず報告します。これをやっておくと、ターミナルケア加算の算定にも便利です。 ▶︎ 【事例3】独居見守りにおける、多職種での情報交換が迅速に 独居の方への訪問時、軽度の症状や日々のケアの中で気になったことなど、細かなことをICTで共有。服薬管理がうまくいっていないなどの課題を報告することで、多職種で迅速に改善方法を模索することも可能に。 こちらは、ICTの可能性を別の角度からお伝えするための事例です。独居の方のケアでは、職種間の連携が課題になるケースが多く見られます。たとえば服薬管理なら、看護師さんは「患者さんがうまく服薬できていないので、もっと工夫してほしい」と望んでいるものの、薬剤師側は「訪問回数などの兼ね合いで責任をもちきれない」と考えるなどといった具合ですね。 このような状況では、まず関係者全員が情報をこまめに把握できる状態をつくることが望まれます。ご自宅に連絡帳を置いて情報共有する方法もありますが、連絡帳を確認するには、現場に行かなければならないため、課題をタイムリーに認識することが難しい。場合によっては、一週間以上経って情報が伝わることもあるでしょう。しかしICTなら、訪問しなくても情報をキャッチすることが可能。質の高いケアを目指しやすくなるでしょう。 ▶︎ 【事例4】地域とのつながりが明らかになり、より行き届いたケアを実現 医師が訪問時、同じタイミングで地域の民生委員の方が訪問。患者さんがその方から生活のサポートを受けていることを把握。また、民生委員の方から「ゴミ出しがうまくできていない」「新聞を複数契約してしまっている」などといった情報を入手し、併せてICTで関係者に共有。情報を受け、ケアマネージャーが積極的に介入するようになった。 この事例から伝えたいのは、幅広い情報を共有しやすくなるというICTのメリットに加えて、『実は私たち専門職が見えている範囲は狭いかもしれない』ということです。みなさんの中には、患者さんだけでなく、そのご家族まで見ている方も多いでしょう。しかし、患者さんが独居や二人暮らしの場合は、地域の方々が深く関わっていることもある。そんなケースでは、家族以外との関係にも目を向けられるのがベストです。まさにこの事例では、民生委員さんとの連携が生まれ、日常生活の困りごとを専門職間で共有できたことで、よりケアの質が高まりました。 すべてのケースにおいて地域の方との関係を意識する必要はありませんが、「地域包括支援センターからケアマネージャーさんにサポートが切り替わると、地域とのつながりが途切れてしまうケースもある」という話は耳にするので、紹介しました。これから独居高齢者を支えていくためには、地域資源の存在を意識することがより必要になっていくのではないでしょうか。 次回は、「vol.3 ICTの上手な活用のために知っておきたいポイント」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年10月11日
2022年10月11日

【セミナーレポート】vol.1 現場で感じる3つのメリット/訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは

2022年7月22日(金)に行ったNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護ステーションにおけるICT導入のメリットとは」では、田中公孝先生を講師に迎え、医療・介護領域におけるICTの必要性や活用方法などを教えていただきました。その内容を3回に分けてレポート。第1回の今回は、ICTの基礎知識やもたらすメリットをご紹介します。 【講師】田中 公孝 先生杉並PARK在宅クリニック 院長日本プライマリ・ケア連合学会認定 家庭医療専門医/難病指定医2017年より東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに携わるかたわら、医療・介護分野におけるICTの普及活動に従事。市や医師会のICT事業にも参加する。2021年春には杉並PARK在宅クリニックを開業し、区内の医療現場でのICTによる多職種連携を牽引している。 目次▶ チャットツール感覚で便利に使える「ICT」 ・杉並区では「バイタルリンク」を導入▶ コロナ禍で多職種連携の質が低下 ・杉並区における多職種連携の継続、強化への取り組み▶ 【導入メリット1】職種間で目線を合わせやすくなる ・薬局や訪問入浴とのICT連携も視野に入れたい▶︎ 【導入メリット2】写真による状況把握ができる▶︎ 【導入メリット3】休みの間の状況を細かに把握できる --> ▶︎ チャットツール感覚で便利に使える「ICT」 ICTとは、「 Information and Communication Technology 」の略称で、日本語では情報通信技術と訳されます。要するに、インターネットを利用したコミュニケーションのことですね。具体的には、「チャットツール」をイメージしてもらえるといいと思います。コミュニケーションという観点では、形式こそ異なるものの、メールなどと変わりません。ただし、メールはアドレスを知らないと連絡できませんが、ICTならアカウントがあればアドレスを知らない人同士でも情報を共有できます。 そんなICTの位置づけは、「対面」と「電話・FAX」の中間と考えてください。対面でのやりとりでは、細かな情報を共有しやすいですよね。ICTも対面には及びませんが、電話やFAXよりも気軽に「緊急で報告するほどではないけれど伝えておきたい情報」を共有できます。とはいえ、電話もやはり必要です。ICTでは、相手が情報を確認するのが数時間後や翌日になってしまうこともあるので、緊急性が高い場合は電話がベストでしょう。 杉並区では「バイタルリンク」を導入 私のクリニックがある杉並区では、帝人ファーマ株式会社の医療・介護多職種連携情報共有システム「バイタルリンク」を使用しています。ICT導入にあたっては、やはりセキュリティの問題が気になるかと思いますが、「バイタルリンク」は厚生労働省がガイドラインで定めるセキュリティ基準をクリアしています。また、オンライン会議を簡単に開始できる機能(参加用のURLを共有する機能)が備わっているのも魅力。退院時カンファレンスや担当者会議などにも、もっと活用していくべきだと考えています。 ▶︎ コロナ禍で多職種連携の質が低下 近年、医療現場において多職種連携の強化は大きな課題です。しかし、新型コロナウイルスの流行により、その機会が減っているという危機的状況にあります。杉並区でもこの2〜3年は地域の連携会が非常に少なくなっていますし、おそらくどの市区町村でも同じ状況でしょう。 今や現場での連絡方法のメインは電話・FAXになり、対面のやりとりは激減しています。他職種の方との連携においても、緊急度が高いときや「ニュアンス」を確認するときにしか電話は使わず、FAXにいたっては、サインをもらうなどの用途がほとんど……という方も多いはず。つまり今、「対面」「電話・FAX」のコミュニケーション手段しか持っていない場合、多職種連携の質はコロナ前よりも低下している可能性が高いのです。 杉並区における多職種連携の継続、強化への取り組み 杉並区では、コロナ禍で多職種連携の質が低下するリスクを受け、昨年から地域福祉部委員会内にICT小委員会を設置。ICT普及に向けた取り組みを推し進め、連携の維持、強化を目指しています。また、多職種が参加するオンライン会議を実施し、感染状況が落ち着いたタイミングでは対面での会合開催も検討しています。なお、困難事例については、綿密に話し合いを行わないと職種ごとに目線がずれてしまいがち。オンライン会議を積極的に行ったり、短時間に収めるなど気をつけながら対面で打ち合わせをしたりといった工夫をしないと、連携の質が低下してしまう実感があります。 ▶ 【導入メリット1】職種間で目線を合わせやすくなる ICTの特徴は、職種を問わず、利用者さん全員に情報を一網打尽に流せること。これにより「情報を知らない人」をつくりにくくできます。この「情報を知らない人」には医師も含まれます。医師が2週間に1回しか訪問しないケースでは、前回の訪問時の最新情報がすでに古くなっていることもざらにあるので、訪問看護師さんにはぜひICTに最新情報を書き込んでほしいですね。 というのも、訪問看護師さんとご家族とで話し合った情報を医師が把握していないと、医療判断が「押しつけ」になってしまうケースが少なくありません。事情をよく知っている看護師さんが患者さんのご家族に「先生が来たら●●を伝えると良いですよ、▲▲してほしいと言ってくださいね」などとアドバイスをし、看護師さんから聞いたことをご家族が医師に伝える……という、『ご家族を通じての医師への情報伝達』を試みた経験がある方も多いかと思うのですが、これではニュアンスまで伝わらないことがほとんど。結果的に医師が、ご家族や担当看護師さんの思いに反する判断をしてしまうリスクがとても高いんです。今後はICTを活用して、クリニックと訪問看護が直接コミュニケーションを図るのが望ましいと考えます。また、訪問看護師さんからさまざまな情報が共有されることで、生活をベースにした医療提案を実現しやすくするというメリットもありますね。 訪問看護師さん側も、自分たちだけで抱えていていいものか迷う情報をICTに流し、そこに医師から「いいね」がつけば、自分たちだけが責任を負う状態ではないという安心感を得られるでしょう。 薬局や訪問入浴とのICT連携も視野に入れたい 薬局が最新の薬の処方状況や管理方法などの情報をICTに書き込んでくれれば、より連携の質が向上するはず。現段階ではこうした対応をしてくれる薬局はまだ少ないですが、引き続き薬局業界への啓発を行い、よりよい連携の形をつくっていければと思います。それから、訪問入浴やヘルパーの方々も、ぜひICTに入ってほしいところ。利用者さんの最新の状況を受け、医師や訪問看護師さんが「入浴は控えて清拭にしてください」などの指示を出せれば、関係者の負担を軽減できます。 ▶︎ 【導入メリット2】写真による状況把握ができる 訪問看護におけるICTのメリットとして、「写真による情報伝達」が挙げられます。ICTに写真や書類を添付すれば、情報共有の量、質ともに向上できます。例えば、私のようにクラウドカルテを利用していれば、その情報をコピーアンドペーストもしくはスクリーンショットすれば、迅速にデータを共有することが可能です。また、逆に訪問看護師さんからの写真報告を受けて、医師がフィジカルアセスメントをすることもできます。触診はできなくても「百聞は一見にしかず」で、遠隔での診断の質は確実に向上するでしょう。それから、利用者さんの居住環境の把握にも役立ちますね。「連絡帳はここ、薬はここに保管する」などといったルールも、ICTで写真を共有すれば確実に認識できます。これがFAXだと、「黒く塗りつぶされてしまって見えない」ということが起こりかねません。 ▶︎ 【導入メリット3】休みの間の状況を細かに把握できる 土日や夜間など、休みの間の利用者さんの状況を無理なく把握できることも、大きなメリットのひとつ。訪問看護ステーション内での情報共有に役立つのはもちろん、医師にとっても有益です。たとえば、訪問看護師さんから「(休みの間に)緊急で対応しましたが、様子を見ても問題ないと判断して退出しました。ご報告まで」などとICTに記録があれば、医師は「次回出勤時にフォローアップしておこう」と判断できます。自分が休んでいる間の利用者さんの状況はぜひとも知りたいですが、やはり電話は緊急のときのみにしてほしいもの。こういうシーンでも、ICT活用のメリットを実感しますね。 次回は、「vol.2 ICT活用の成功事例」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

安心感をどう作るか④ 地域の関係機関との連携

最初の発生から2年が過ぎても、いまだ終息の見えない新型コロナ。感染防止対策だけではなく、目には見えないスタッフの不安やメンタルヘルスへの対応もステーションの管理者には要求されます。ベテラン管理者のみなさんに、今必要とされるスタッフマネジメントについて語っていただきます。第5回は、前回に続き、岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山の野崎加世子さんです。 お話野崎加世子岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山 管理者 非常事態になってから「連携しましょう」と慌てても、うまくいくはずはありません。今回のコロナ禍において、それがよくわかりました。紆余曲折はありましたが、非常時における関係機関との連携は、日ごろからの関係が生きてきます。 コロナ禍以前の連携 私たちの訪問看護ステーションは、今から30年近く前の1994年に開設されました。行政の保健婦(当時)が、訪問指導に家々を回っていた時代で、一人で100人の患者さんを担当する人もいました。そんな保健婦たちが、「私たちだけでは手が回らない。これからは、地域の看護婦(当時)の手で、質の高い訪問看護を提供する必要がある」と声を挙げ開設に至りました。そんな経緯もあり、行政との連携は当初から良好でした。 やがて、介護保険制度が始まり、ケアマネジャーや介護サービスの事業者たちの連携が欠かせなくなりました。連携なしには訪問看護ステーションは営めません。そう感じていた私たちは、医療職だけではなく、介護職の人たちとの連携を大切に育ててきました。ところが、感染拡大が足元にひたひたと迫るにつれ、状況は変わります。 情報の枯渇や分断 私たちの地域では、施設感染から火がつきました。デイサービスなどは、次々に休止となります。感染者や濃厚接触者が出たことの情報連絡が遅れて入ってくることもありました。「感染対策をしっかり行なっていたのか?」「早くに連絡が欲しい」という陰口も聞こえます。まさに、お互いの信頼が薄れた状況にみえました。 情報の枯渇や分断は、偏見につながるばかりか、感染対策上もマイナスです。感染者が出た施設を、事実を知らされないままに利用していたら、その利用者さんが使っているほかのサービスに感染が及ぶ恐れがあります。このような状況を行政に伝えるとともに、現場から連携を取り戻していくことにしました。 一緒に訪問して、温度差を解消する たとえば、ヘルパーさんと看護師が訪問すると、感染対策に対する意識や方法にかなりの温度差があることがわかりました。「そんなに防護しなければならないんですか!」と驚いたヘルパーさんもいました。利用者さんにとっても、家に来る専門職の防護服に違いがあるのは不安です。そこで、ヘルパーさんと一緒に訪問し、利用者さんごとに感染対策の方法を揃えることから始めました。 利用者さんが発熱した場合、ヘルパーさんは訪問を控え、訪問看護師は完全防護で訪問するなどの差はあるものの、それぞれの事業所が、自分たちの感染対策のありかたを真剣に考えはじめたのは、大きな成果だと考えています。それを足がかりに、平常から重視してきた「連携」を回復していきました。 本気で「共通言語」を重視する コロナ禍において、右往左往しながらも連携を回復できたのは、何といっても、平常からの関係づくりが重要です。そのなかで、私たちが最も力を入れてきたのは、「共通言語」による情報交換です。 「介護職との共通言語づくりの大切さ」とは、よく耳にする言葉ですが、私たちは、「誰もがわかる言葉」で、「ゆっくりと丁寧」に、「具体的に話す」ことにこだわりました。 尿量が減少した利用者さんの情報をヘルパーさんから入手しようと思ったとします。「少なめになったら知らせてください」では曖昧すぎます。おむつを使用している利用者さんであれば、「濡れている面積がいつもの半分以下なら連絡してください」などと具体的にお願いします。 リスペクトと「感謝」が連携の秘訣 言葉遣いを丁寧にするのは、いうまでもありませんが、「多くのヘルパーさんは、自分たちよりも長い時間利用者さんにかかわっているのだ」とリスペクトすることが、連携の秘訣だと考えています。 そして、リスペクトの延長線上にあるのが「感謝」です。「ヘルパーさんがいち早く教えてくださったので、入院せずにすみました。ありがとうございます」などと感謝を必ず返します。 スタッフへの浸透と「正直」であること 重要なのは、そうした関係づくりをすべてのスタッフが体で覚えることです。私たちのステーションでは、新人教育を3ヵ月、その後はチーム内でのOJTで、連携の大切さと連携の相手に対する姿勢を徹底的に教えます。現場で実際に痛い目に遭うことで、「どうすればよかったか」を自分の体に染み込ませることができます。 もう一つ大事にしているのは、「正直に開示すること」です。スタッフレベルでいえば、「訪問の車両をこすった場合には正直に報告する」といったレベルから始まります。 正直さは、事業所運営でも同様です。スタッフや利用者さんに感染者や濃厚接触者が出た場合には、包み隠さず情報を開示します。そうした誠実さが事業所間の信頼につながり、信頼に基づく「強い連携」へと成長します。そして、お互いに信頼できる関係性は、過度に感染を恐れずに、スタッフが安心して働ける環境にもつながります。 ―第6回に続く 記事編集:株式会社メディカ出版

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら