経営者に関する記事

特集
2021年9月14日
2021年9月14日

第3回 計画的な人材採用と育成/[その1]ほしい人材が集まる魅力的な「求人情報のつくり方」 

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第3回目では[その1]~[その4]にわたり訪問看護ステーションにおける人材採用と育成について解説していきます。今回のテーマは“求人情報の作成”です。「求人を出したけれど、応募がまったく来ない……」。このような悩みを抱える事業所は多いのではないでしょうか。今回は少しでも多くの応募につながる求人情報作成のポイントを具体的にご紹介します。 ●ここがポイント!・求人情報の作成では、事業所が必要とする人物像を定めて、その人物に事業所の魅力と働くメリットを伝えることが大切。・さらに、求職者が事業所を選ぶ際に重視するポイントを意識し、求職者の視点に立って情報を整理することも重要。・求人情報を作成したら、自分以外の視点で最終チェックする。 訪問看護ステーションの職員確保はまさに“争奪戦”! 日本看護協会が公表した「2019年度ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人・就職に関する分析」によると、ナース全体の求人倍率が2.34倍を示すなか、訪問看護ステーションは3.10倍で、施設種類別で最も高い倍率でした(図1)。具体的には求人数15,367人(1事業所あたり4.5人の求人)に対して、訪問看護ステーションを希望する求職者の数は4,962人にとどまっており、需給ギャップの大きさが伺えます。つまり、訪問看護ステーションにとっての採用活動はまさに“人材争奪戦”ともいえる状況なのです。 図1 施設種類別の求人倍率、求人数、求職者数 日本看護協会広報部: ニュースリリース 2019年度「ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果, p.3. より引用https://www.nurse.or.jp/up_pdf/20210217131441_f.pdf(2021/8/10アクセス) 訪問看護ステーションの求人倍率は、2016年度以降高水準を示しており、2016年度は3.69倍、2017年度は3.78倍、2018年度は2.91倍、2019年度は先述のとおり3.10倍でした(図2)。この数字からも訪問看護ステーションにおける人手不足が大きな課題の1つであることがわかります。 訪問看護ステーションの人材採用を阻む需給ギャップ。これを乗り越えるために、求める人材に興味をもってもらえる求人情報を作成したいところです。 図2 訪問看護ステーションの求人数、求人施設数、求職者数の推移 日本看護協会広報部: ニュースリリース 2019年度「ナースセンター登録データに基づく看護職の求職・求人・就職に関する分析」 結果, p.4. より引用https://www.nurse.or.jp/up_pdf/20210217131441_f.pdf(2021/8/10アクセス) 求人情報の作成には緻密な準備が必要! 採用活動において求職者を採用するのは意中の人を口説くのと同じです。例えばラブレターであれば、意中の人を決めて、その人に向けて自分のアピールポイントをしっかり伝えますよね。求人情報も事業所が必要とする人物像を定めて、その人物に事業所の魅力と働くメリットを伝えることがとても大切なのです。 応募が期待できるよい求人情報を作成するために、以下の内容を整理しておきましょう。 求める人物像を設定する どんな人と一緒に働きたいのか、まずは採用側の「求める人物像」を設定します。どんな仕事をしてほしいのか、その仕事をするうえで必要となるスキル・資格・経験、適性のある性格・特性を決めていきます。 自分たちのアピールポイント(魅力)を整理する 求人情報では、労働条件や待遇、仕事内容などを整理し、求職者が実際の働き方をイメージしやすいように具体的かつ詳細に示します。また、職場の理念や雰囲気など、自分たちがアピールできるポイントも整理します。求職者に「一緒に働きたい!」と思わせる、魅力的に感じる内容をリストアップしていきます。 求職者の視点に立って情報を整理する 求人情報を作成するうえで注意したい点についてもご紹介します。 以下の項目は、求職者が事業所を選ぶ際に重視するポイントです。書き方によっては、応募を避ける要因になってしまうこともあるので注意しましょう。①現在の利用者人数と看護師の人数②1日および月あたりの平均的な残業時間③オンコール体制④利用者の傾向(多い疾患、年齢層など)⑤教育・研修制度 残業の少なさや休暇の確実な取得、ワークライフバランスなどを重視する求職者であれば、①や②は特に気をつけたいと思う項目です。訪問看護師の人数と比べて利用者が多すぎると、残業や休日出勤などをしている可能性が非常に高いと判断されます。そのため、職員2人1組で利用者を受け持つペアリング体制方式を取り入れているなど、訪問看護の安全性・効率性・機能性を高める体制づくりを整理しておきます。 ③のオンコール体制は、求職者が事業所を選ぶときに必ず確認しておきたいポイントではないでしょうか。“あり”の場合は、月にどのくらいオンコールを担当するのか、希望の日にちのみ担当するという働き方が可能か、手当てはあるのか、オンコール対応で出勤した場合の労働時間の考え方などを整理しておきます。 利用者の病態ごとに提供する看護ケアは異なります。そのため、自分の経験を活かせるように、④の利用者の傾向を知りたいと考える求職者もいます。終末期ケアに特化している、医療ケア児が多いなど、自分の事業所の特色をふまえて整理します。 ⑤は、特に訪問看護未経験のナースにとっては重要なポイントです。事業所で実施しているプログラムがある場合は、積極的にアピールしてください。 最後に、自分以外の視点でチェック! 求人情報を書き終えたら、以下の3点を見直し、内容の正確性と信頼性、アピール度を高めます。・誤字・脱字がなく、文書のつながりに違和感がない・コンパクトにまとまり、誰が読んでも内容が理解できる・信頼できる事業所であるというイメージ、親しみやすさを伝えられているこれらが確認できたら、最後にもう一度、自分以外の人にチェックしてもらいます。誤りがないことはもちろんですが、客観的な視点で魅力が十分にアピールされているか確かめてから求人広告を出しましょう。 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社    

インタビュー
2021年9月14日
2021年9月14日

病院以外の看護を形にした先達者だからこそ、今言えること

トップランナーから現場へのエール 訪問看護のパイオニアの一人として活躍した宮崎和加子さん。 今回は、訪問看護の夜明けから現在までのご自身の活動をお話ししていただきました。 病院以外の看護を事業として形にしたころ 私が看護師になった1970年代は、看護学校を卒業して病院に入職し、実践を積みながら看護の面白さに気がつくことが多かったと思います。でも私は学生のころから、休みを使って全国のさまざまな地域での看護の実態を見て歩くうち、病院以外の看護の形があることを知りました。当時、日本の高齢者はまだ10%足らずでしたが、日本のこれからの医療や福祉をどうするかという議論が活発になされるなか、私は在宅訪問看護という新しい分野の仕事をつくり上げていきたいと思っていました。 そういうことが実践できる場と仲間がいると知り、学校卒業後は東京都足立区にある医療法人財団健和会の柳原病院に入職しました。当時は訪問看護という制度はなく、医療機関や自治体での試みが少しなされているだけでしたが、柳原病院には、現実を見すえて、地域医療を実践している医師や看護師が多数いました。 そのうち、医療保険で訪問看護が1回1,000円で認められるようになり、やっと訪問看護ステーションの原型ができはじめました。そして1992年、柳原病院の看護師3人で、北千住訪問看護ステーションを開設しました。このステーションは東京都指定第一号となり、数年後には、私は13か所の訪問看護ステーションを束ねる統括所長に就任しました。こうした動きは全国でも広がりをみせ、訪問看護ステーションが全国に誕生していった時期でした。 複数の訪問看護ステーションを束ねるうち、「訪問看護ステーションは必要とされている。やりたいと考えている看護師も多い」と確信を持ちました。それにもかかわらず、全国のステーションの開設数はなかなか増えていきませんでした。なぜかというと、実際には報酬が低くて経営していくことが困難だったからです。そこで私は、現場の仲間たちと全国の訪問看護事業所を調査し、訪問看護が事業として成り立っていくよう、国に意見を出しながら仕事を続けました。 介護保険の誕生が可能にした多様な在宅看護の形 2000年の介護保険法施行と同時に、訪問看護事業は、株式会社など営利企業でも設立できるようになりました。看護師が独立して、自分で株式会社やNPO法人を立ち上げてやっていける時代になったことは、訪問看護の普及に大きく貢献しました。 気がつけば、私の周囲の看護師たちも独立し、自分でステーションを立ち上げる人が増えていました。それも訪問看護だけでなく、ホームホスピスのようなものを含め多様なサービスを提供できる形を整えて、地域で看護を提供しています。2011年には在宅ケアのさまざまなサービスと訪問看護を一体化した「複合型サービス」が誕生し、14年には「看護小規模多機能型居宅介護」と名称を変え、訪問だけではない在宅看護が、制度に位置づけられました。 私は、全国の訪問看護ステーションを訪ね歩いて現場の看護師の声を聞き、それを本にしたり講演活動のなかで紹介したりしてきました。2010年、全国訪問看護事業協会で訪問看護ステーションの普及・整備にかかわるようになり、なかなか増えなかった訪問看護ステーションの開設数を増やすべく、介護保険法改定時の報酬をプラスにするような活動も続けてきました。 本当にやりたいことは何? 還暦からのスタート そうしたなか、私自身は次第に、再び直接患者さんに寄り添って、一緒に喜んだり悲しんだりしたいと思うようになりました。そして60歳の定年を契機に、八ヶ岳南麓の山梨県北杜市に移り住み、一般社団法人だんだん会を設立しました。還暦からの出発です。 ずっと東京で活動してきたのに「なぜ山梨に?」と多くの人から聞かれました。理由は明快です。自然環境が抜群で、山々に囲まれ、水が豊かで夏でも扇風機が要らない。素晴らしいところに住み、年を重ねたいと思ったからです。しかしそこに住みつづけるためには、地域のサービスの種類と量が不足していました。そこで、訪問看護だけでなく、不足しているサービスを立ち上げ、運営することにしました。 それは、私が長年訪問看護事業の普及に奔走していたころから感じていた「訪問看護だけでは地域はよくならない。看護職がもっと力を発揮できる場はほかにもある」という信念から生まれたものでもあります。 だんだん会は、地域で暮らす看護を必要としている人に直接的なケアを提供するだけでなく、認知症になっても穏やかに暮らせるグループホームや、要介護度・入居期間を問わないシェアハウスなどを運営しています。地域の皆さんにも積極的にかかわっていただき、収益事業ではない認知症カフェなど、誰もがともにいられる居場所づくりにも力を入れています。 だんだん会の一連の事業は、ステーションを運営している管理者が、将来自分たちもこのような「地域の居場所」を作りたいと思えるようなモデルになればという側面もあります。介護保険法施行後、自らステーションを設立して頑張ってきた人の多くは、中高年の方が多いと思いますが、地域のニーズをしっかり見極め、事業を起こすタイミングを見逃さず、ぜひ訪問看護だけでない地域看護の素晴らしさを広めていただきたいと思います。 (後編へつづく) ** 宮崎和加子一般社団法人だんだん会理事長 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年9月7日
2021年9月7日

第2回 理念作成と事業計画/[その4]進捗管理―大事なことを“見える化”する

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。[その4]のテーマは“進捗管理”です。事業運営をしっかりバックアップするしくみが進捗管理です。ここでは進捗管理の重要性と効果的な進め方、具体的な進捗管理方法についてご紹介します。 ●ここがポイント!・進捗管理とは事業の進み具合を把握し、計画とのズレを修正することである。・事業所として成功するためには、効果的な「進捗管理」を行うしくみをもつべきである。・事業計画で設定した目標を細分化し、小目標をタスク化して進捗管理することが大切である。 進捗管理とは 「進捗管理」とは事業計画という目標設定に対し、どのくらい事業が進んでいるのかを把握し、計画とのズレを修正することです。 せっかくすばらしい事業計画を立てても、進捗管理を行わなければ、目標に対する達成率や計画の進み具合が不透明になってしまいます。また、進捗管理を行うしくみがなければ、事業所の生産性が大きく下がってしまいます。 さらに個々の職員にも深刻な影響があります。職員の目標をめざす意識が低くなるため、目標達成に必要となる現状分析、問題や課題の発見、解決能力といったスキルの向上が期待できなくなります。職員のレベルアップや事業所として成功するためには、効果的な「進捗管理」を行うしくみをつくることが不可欠です。 進捗管理を効果的に進めるポイント 進捗管理を効果的に進めるポイントは4つあります。順に説明していきます。 ①目標の細分化 進捗管理を効果的に進めるには、事業計画の工程を細分化し、最終的に達成する大きな目標(大目標)に向けて、小目標を設定することが大切です。大目標達成に必要なルートを作成し、中間地点にいくつかの小目標を立てるイメージです。 ②タスクの管理 目標を細分化し小目標を立てたら、次に小目標の達成に向けた行動目標と作業をひとまとめ、つまりタスク化して管理します。そして、タスクが完了したら、小目標が達成されたかを検証します(図1)。 検証の結果、小目標が達成されていれば次の小目標の達成に向けて進めていきます。未達成であればタスクを見直し、新たな行動目標と作業を設定し行動します。なお、タスクの変更は、担当者が勝手に変更するのではなく、職場内で協議をしたうえで変更するといったルールを設ける必要があります。 図1 タスクの管理方法 ③担当者の設定 ときにタスクの担当者が曖昧になることがあります。当然のことですが、担当者が不在では、タスクは完了しません。タスクごとに担当者を設定し、責任の所在を明確にすれば、進捗管理も容易になるでしょう。 ④タスクやスケジュールの共有 タスクやスケジュールの進捗状況を“見える化”し、職員全員で共有することも必要です。1つのタスクの遅れが後に続く小目標に影響することがわかれば、安易にスケジュールを遅らせることもなくなり、計画どおりに進む可能性が高まるでしょう。 1日15分! 進捗管理の手法 進捗管理にはいくつかの手法があります。ここでは付箋を活用する方法をご紹介します。この方法は、次の3つのステップに沿って1週間サイクルで行います。 Step1 週はじめに週次計画を“見える化”する 週はじめに各職員のタスクに対する1週間の週次計画を貼りだします。タスクは半日から2時間程度に分解して計画し、付箋に書き出し、タスクボードに貼り付けます(図2)。 週次計画のタスクを明確にする目的は次の2つです。 ・各自の作業の細分化 ・負荷を考慮した担当・段取りの検討 図2 タスクボードの例 タスクボードには、その週の予定タスクを貼る「To-Do」欄、本日実施するタスクを貼る「Doing」欄、完了したタスクを貼る「Done」欄を設定する。タスクボードの目的は、メンバーの状況を開示すること、そしてタスク進捗の共有を超えた“見える化”である。 Step2 タスクボードをもとに短時間ミーティングを行う 次にタスクボードをもとに作業タスクの確認・共有をするために、毎朝15分程度の短い時間でミーティングを行います(図3)。 短時間ミーティングの目的は以下の2つです。 ・前日のタスクの進捗報告 ・当日のタスクの実施宣言 各職員のタスクを毎日のミーティングで共有することで、マルチタスクも含め、職場内のタスクの状況を把握し、必要なサポートを適切なタイミングで提供できるようになります。 図3 短時間ミーティングで効率よく進捗管理を行う Step3 週末に振り返る 週末にタスクの状況や問題点・課題を職場内で共有します。振り返りの目的は、メンバーの知恵を借りて以下を行うことにあります。 ・問題、課題の発見 ・タイムリーな対策案の検討 付箋を活用した進捗管理では、タスクごとの進行具合が一目で確認することができ、タスクの割り振りや不必要なタスクの削除といった、計画の調整が可能です。この方法によって「職場内でのタスクの見える化と共有の習慣化」が得られます。ぜひ実践してみてください。 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社   

インタビュー
2021年9月7日
2021年9月7日

自分自身を癒す時間も持ち、在宅での看取りを支えてほしい

トップランナーから現場へのエール 訪問看護の道を切り開いてきたトップランナーにお話を伺うシリーズ第2回、秋山正子さんの後編をお届けします。 「ただ医療処置をする人」ではない訪問看護師 コロナ禍で、在宅での看取りが見直されています。今、在宅を選ぶ方には、本人の意思も確認し、家族も残り少ない命なら家でみようと連れて帰る方が多くなっています。不安ながらも覚悟を決めている方が多く、訪問看護としてはケアに入りやすくなりました。 コロナ以前はというと、家には帰ってきたものの、本当は病院の方が安心という方が多く見られました。そうした方を担当する訪問看護師は、まず気持ちを解きほぐし、最期の日々をともに過ごしていく関係を築く必要があります。 特にがん末期の方には細やかな配慮が求められます。がんの最期は、元気そうに見えても急カーブで病状が悪化していきます。「治療はできなくてもまだ半年くらい余裕はあるだろう。」本人や家族がそう考えていても、実際には月単位、週単位の状態ということもあります。この先の病状の加速をどのように理解し、受け止めているのか。訪問看護師は丁寧に聞き取り、時には修正していくことが大切になります。 病気が見つかったとき。治療が始まったとき。医師から受けた要所要所での説明を、その方がどう受け止めてきたかを確かめます。そして、病気になったつらさや厳しい治療の日々に思いを致しつつ、必要であれば、残された時間に限りがあることにもあえて触れていきます。 そうしたやりとりは、決して「せねばならぬ」ことでも、「手順」として行うことでもありません。最期の時間をよりよく過ごしてもらうため、本人や家族の反応、受け止め方に応じ、丁寧な対話の中でなされていくものなのです。 その対話の中では、本人や家族に対し、訪問看護師として最期まで支えていく意思表明をすることも必要です。それがきちんとできていないと、人生最期の難しい時間をとも共に過ごし、支え切ることはできません。看取りを支える訪問看護師は、「死にゆくまでの医療処置をするために来ている人」であってはならないのです。 看取りを振り返り、意義を再確認する このコロナ禍はいつまで続くか、まだ先が見通せません。訪問看護の現場は、これからも緊張が続くでしょう。少しでもリラックスできる時間を持てればよいのですが、現状ではなかなかそれもかないません。そんな中、一つの支えになるのが『振り返り』の時間です。気になった事例をチームで振り返って話し合い、行ったケアの意義や価値を再確認するのです。 私たちが新宿区で運営する医療や介護、生活についてのよろず相談所、「暮らしの保健室」では、月1回、看取りを振り返る勉強会を開催しています。先日は、人工呼吸器を付けて在宅復帰した、脳腫瘍末期の30代の方の看取りを取り上げました。自宅で過ごせたのはわずか11日という方でした。 残された日がわずかであることを承知してケアにあたった訪問看護師ですが、振り返ると、もっとこうすれば良かったと、さまざまな思いがあふれます。その一方で、本人のすぐ傍らに母親と妹がいて、看護師に足をさすられながら、母親が「○○ちゃん」と娘さんに話しかけていた様子など、在宅ならではのよさも思い起こします。やがて、担当した看護師からは、「あの方は最期までよく頑張ってくれたと思う」という言葉があふれました。 自分自身では、提供したケアも看取った過程もきちんと受け止めていたつもりだった。でも、それを皆に伝え、共有することが必要だった。その看護師はそう語りました。振り返りのプロセスによって、グリーフケアが進んだことを実感できたのだと思います。 こうした振り返りは、共有したチームみなにとってのグリーフケアにもなります。このときも、「いろいろなことがあるけれど、もう少し頑張っていこうと思えた」「元気をもらえた」といった感想が聞かれました。 先日、「暮らしの保健室」では、オンラインで誰でも参加できる振り返りのカンファレンスを開催しました。コロナ禍の今、対面での振り返りが難しかったり、開催する余裕がなかったりするというステーションも多いかもしれません。ぜひオンライン開催なども検討し、少しでも現場の訪問看護師がリラックスしたり、元気を取り戻せたりする時間を持ってもらえればと思います。 ** 秋山正子株式会社ケアーズ 白十字訪問看護ステーション・白十字ヘルパーステーション統括所長、暮らしの保健室室長/認定NPOマギーズ東京センター長   取材・文/宮下公美子(介護ライター) 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年8月31日
2021年8月31日

第2回 理念作成と事業計画/[その3]事業計画―夢を実現するストーリー

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。[その3]のテーマは“事業計画”です。事業計画には人に理解してもらい、納得してもらえるストーリー性が求められます。めざすべき方向性や将来像を明確にし、相手に伝わる、共感してもらえる事業計画に仕上げていくことが大切です。 ●ここがポイント!・事業計画とは事業所の存在意義と進むべき方向性を示すもの。・理念達成のための中間目標や基本方針が明確になっていると、事業計画は立てやすくなる。・事業計画を立てたあとはもう一度見直すことが大切である。 理念と基本方針だけでうまくいくの? 理念や基本方針は概念的、抽象的であるため、定めることによる成果が見えにくいかもしれません。事業者の中には「理念や基本方針を作成することでいくら儲かるの? どんな効果があるの?」とダイレクトに訊ねる方もいらっしゃいます。 理念と基本方針は、事業所と職員の一体感を醸成しブランド構築に寄与しますが、即効性のあるものではなく、時間をかけて育んでいくものです。しかし、事業者としてはいち早く収入が安定し、資金や職員確保の心配から解放されたいのが心情でしょう。そこで必要となるのが「事業計画」です。 事業計画とは 事業計画とは、事業所の存在意義と進むべき方向性を示すものです。いわば、理念を実現するためのストーリーを表現したものといえるでしょう。相手が理解でき、納得できるような話の流れをつくる必要があります。 ここで、私の体験をお話ししたいと思います。コロナ禍の前、私は仕事に追われ、忙しくて休みが取れない状況が数年続いていました。 そんなある日、ひょんなことから社員旅行として4泊6日のハワイ(オワフ島)旅行に行くことが決まりました。会社の行事とはいえ、初日のウェルカムパーティー以外は団体行動の必要がなく、2日目以降は完全自由行動です。 今回の社員旅行では日中は1人で過ごし、夜は気心の知れた仲間と食事をしたいと考え、以下のような計画を立てました。 ●初日チェックイン後ワイキキでおいしいスイーツを食べる。その後はワイキキやアラモアナでショッピングをして、夜はウェルカムパーティー。●2~3日目日中は、スキューバダイビングのライセンスを取得できる講習を受けて、夜はステーキ、ロコモコがおいしい店に行く。●4日目日帰りでハワイ島に移動し、火山観光をする。 そして、さっそくお店のリサーチです。ワイキキで楽しむスイーツは、世界一おいしい朝食が食べられると評判のレストランのパンケーキに決めました。ステーキはホテルからも近く、港の夜景が臨めるレストランで、ロコモコはハワイフード・ロコモコ部門で第1位に選ばれたことのあるレストランに決定です! 夕食を共にしたい同僚に声をかけ、ダイビング、ハワイ島ツアーの予約もして、準備万全の計画を立てることができました。 果たして、旅行では素晴らしい体験や思い出がたくさんできました。想定外のトラブルもありましたが、それも含めてよい旅行になりました。 さて、ここまでに私がお話しした体験を、理念や基本方針、事業計画に置き換えてみると、このようになります。 ●私の夢(=理念) 1人でのびのびと過ごしたい●旅行中の過ごし方(=基本方針) 日中は1人で思い出になることをする 夜は気心の知れた仲間と食事をする●旅程(=事業計画) 初日はスイーツとショッピング、ウェルカムパーティー、2~3日目の日中はダイビングライセンス講習と、夜は仲間と夕食、4日目は火山ツアー 「1人でのびのびと過ごす」ために、それを実現する方針とその方針に沿った計画を立て、実行することで満足度の高い旅行になったというわけです。 事業計画には目標が必要 「将来ありたい姿」を理念として描き、それを達成するための道程に中間的・段階的な目標(中間目標)を設定します。基本方針は、中間目標を達成するための考え方や方向性を示したものです。理念達成のための中間目標や基本方針が明確になっていると、事業計画は立てやすくなります。 事業計画が具体的になると、ワクワクしてきます。なぜならその段階になれば、目標の実現が確定するからです。そのワクワクは人に伝わりやすく、共感してくれる人も表れ、協力してくれる人もでてきます。計画はより具体的になればなるほど相手に伝わるものです。「いつまでに」、「どこで」、「何を」、「誰と」、「どのように」、「どのくらいの予算が必要か」の視点で計画を立てるとよいでしょう。 最後に、計画を立てたら「なぜそれをするのか?」という視点で、もう一度見直してみることが大切です。本当に必要な計画か、ワクワクする計画かなど、自問自答してみましょう。もし腑に落ちない部分があれば、もう一度、理念や基本方針に立ち戻って考え直します。そこにきっとモヤモヤの答えがあるはずです。 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社  

インタビュー
2021年8月31日
2021年8月31日

現場を苦しめる新型コロナが共に支え合う地域連携を進展させた

トップランナーから現場へのエール 今回より6回シリーズで訪問看護のレジェンドともいえる方々3人にご登場いただきます。第1回前編は、訪問看護ステーションのみならず多方面でご活躍の秋山正子さんに、コロナ禍での訪問看護ステーションの実情についてうかがいました。 陽性者対応だけでない新型コロナ問題 新型コロナウイルス感染症のまん延は、訪問看護の現場にもさまざまな影響を及ぼしています。一つには、運営のあり方です。自宅待機の新型コロナ陽性者を訪問するなど、最前線で利用者を支えている訪問看護ステーションがある一方で、発熱や咳のある利用者の訪問を極力控えているステーションもあります。 訪問看護ステーションはだいぶ大規模化が進んできましたが、それでもやはり看護師5~6人のステーションが中心です。もし職員に感染者や濃厚接触者が一人でも出れば、たちまち訪問が滞ります。小規模ステーションであれば、運営自体に大きな影響が出ます。そうなれば利用者にも迷惑をかけることになりますから、自分たちの身を守ることも大切です。ここは難しいところですね。 職員の家族の発熱への対応も悩ましい問題です。私が統括所長を務める白十字訪問看護ステーションでも、この春、職員の子どもが通う保育園でクラスターが発生し、職員が出勤できなくなりました。休むことになった職員の訪問を、誰がどうカバーするかなどの対応が必要になりましたが、慌ててもしかたがありません。そういうときは淡々と対処していくしかないですね。 職員のやりくりに苦心する一方で、感染の影響による新規の依頼もあります。クラスターが発生してデイサービスが休業したから、臨時で訪問看護を利用したい。入院した病院の面会制限が厳しいので在宅で看取りたいから訪問看護に来てほしい。そんな依頼です。 陽性者にどう対応するかだけでなく、その周辺も含めたさまざまな影響が今、訪問看護に出ていると思います。 この難局を地域で連携して乗り越える とはいえ、悪いことばかりではありません。新型コロナへの対応を通して、地域でさまざまな連携や新しい取組が生まれてきています。 例えば、白十字訪問看護ステーションのある東京都新宿区は、一時期、夜の町での感染拡大がセンセーショナルに取り上げられました。これに対応するため、新宿区医師会が動きました。区内の複数の大病院が重症者対応に注力できるよう、開業医の先生方が発熱外来を運用したり、訪問でPCR検査をしたり、後方支援に取り組んだのです。たとえ陽性者数が増加しても、重症者や死者を増やさない。今ではそんな意識がかなり徹底されています。 訪問看護も、事業所同士の連携が進んでいます。感染拡大初期、病院に比べて在宅では、防護服などの感染予防の医療用品が手に入りにくい時期がありました。そこで、連絡会として行政に訴えるなど解決に動いたことをきっかけに、連絡会による横の連携が活発になりました。一つの事業所だけで悩むのではなく、一緒に考えましょうという意識が強まったのです。今では、防護服などの行政からの支援物資は、少し広い事業所がまとめて備蓄し、そこから不足している事業所に出すというしくみがつくられました。 また、医師会の先生方と月1回情報交換するなど、医療職同士の連携も進みました。そのおかげで、PCR検査の実施方法、感染初期の対応など、今ではさまざまな情報共有が速やかに行われるようになっています。 定期巡回・随時対応型訪問介護看護(以下、定期巡回)でも、事業所同士の連携が進んでいます。訪問看護同様、限られた人数で訪問介護を提供している事業所では、感染者や濃厚接触者が一人出れば、やはり欠員となった職員をどうカバーするかが問題になります。 あるとき、一人暮らしの利用者を支える定期巡回の事業所で、夜間帯を担当していた介護職が濃厚接触者になり、訪問できる介護職がいなくなったことがありました。そのときには、事情を知った他の訪問介護事業所がカバーし、何とか利用者を守り抜いたのです。 新型コロナの感染拡大は、これまでに誰も経験したことのない危機的状況です。だからこそ、地域の中で他の事業所とのチームワークが芽生え、互いに支え合っていこうという意識が強くなったとも言えます。この難局は、そうしたいい面も引き出しているのではないかと思います。 (後編へつづく) ** 秋山正子株式会社ケアーズ 白十字訪問看護ステーション・白十字ヘルパーステーション統括所長、暮らしの保健室室長/認定NPOマギーズ東京センター長   取材・文/宮下公美子(介護ライター) 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年8月10日
2021年8月10日

第2回 理念作成と事業計画/[その2]基本方針―やりたいことを表現する

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。[その2]のテーマは“基本方針”です。基本方針は事業所の理念を実現するために明確に示すことが大切です。基本方針の役割やつくり方をご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。 ●ここがポイント!・基本方針とは理念を達成するための事業所の基本的な姿勢や考え方を示すものである。・基本方針を明確にすることで、事業所のめざすべき方向性が明らかになる。・基本方針の作成は、3つの顧客の視点で考え、理念と結びつけることが必要。 基本方針とは 「基本方針」とは、理念([その1]参照)を達成するための事業所の基本的な姿勢や考え方を示すものです。皆さんがやりたいことや実現したいことに対して、どういう考え方や方向性で達成するのかを基本方針によって明確にします。 事業を運営していくうえで必要となる基本方針は、利用者(療養者)の視点だけでなく、訪問看護サービスを提供する自施設の職員、事業所の活動を支える医療機関やほかの事業所、地域とのかかわりなど多様な視点から考えていくことが求められます。 基本方針の役割 基本方針の大きな役割は、理念を達成することです。よって、基本方針は理念がなければつくることができません。また基本方針は事業所の活動指針となるものです。つまり、基本方針を定めることで、理念達成に向けた具体的な計画を打ち出すことが可能になります。このように基本方針は非常に重要な役割を担っています(図1) 図1 基本方針の役割 基本方針があると、理念に向かっていく方向が明確になる。一方、基本方針がないと向かっていく方向が曖昧になり迷ってしまう。 基本方針の作成ステップ 基本方針を作成するために必要なのは次の2つのステップです。順に説明していきます。  Step1 顧客の視点で考えるStep2 理念と基本方針をつなげる Step1 顧客の視点で考える   “経営学の父”と呼ばれるピーター・F・ドラッカーは、その著書『マネジメント』の中で顧客についてこのように述べています。「企業の目的とミッションを定義するとき、そのような焦点となるものは一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。」(上田惇生訳:マネジメント【上】-課題、責任、実践.ダイヤモンド社,2008:99.より引用) ここで言う「顧客」には、大きく3つの視点があると考えられます。第1の視点は、訪問看護サービスの利用者(療養者)。つまり、訪問看護サービス事業の「活動対象」としての顧客です。第2の視点は、職員、開業医、ケアマネジャー、委託先など「パートナー」としての顧客です。第3の視点は、業界や地域社会など事業を取り巻く「環境」としての顧客です。 基本方針を「理念を実現するための事業所の基本姿勢・考え方」と捉え、これら3つの顧客のそれぞれの視点で「事業所の基本姿勢・考え方」を明確にしましょう。 Step2 理念と基本方針をつなげる 次に3つの顧客の視点から整理した基本方針をつなげて1つのストーリーにします。そうるすと、次のような表現が考えられます。 理念と基本方針の例   <理 念>地域医療の向上と在宅療養の生活の質向上を図ることで、療養者様と地域に愛され、全職員の幸せを実現する。   <基本方針>療養者が可能な限り自立し、安心して日常生活を営むことができるよう【活動対象の視点】、地域の医療機関、主治医、各事業所との連携を密にし【パートナーの視点】、療養者の在宅療養に必要なネットワークサービスが提供できるよう支援します。地域で必要とされ、なくてはならない事業所【環境の視点】をめざしながら、全職員の成長と夢を実現する事業所にします【パートナーの視点】。   このように3つの顧客の視点を含むことで、理念の実現に結びつく具体的な方法が基本方針に示されます(図2)。 理念や基本方針は、事業所の運営を考えるうえでなくてはならないものです。理念や基本方針が明示され徹底されれば、職員たちの働く姿勢(仕事に対する考え方やかかわり方)がそろいます。めざすベクトルが1つになることで、事業所の風土、職員の意識は飛躍的にレベルアップしていくことでしょう。 図2 3つの顧客の視点を組み込み基本方針をより強固なものにする 1本の矢では折れやすいが、3本にまとまると・・・・・ また、理念や基本方針を正しく理解した職員の行動は、事業所のブランド構築にも貢献します。ブランド構築とは、利用者とその家族や地域の住民などが事業所に対して抱くイメージを、事業所が認識してほしいイメージに近づける活動をいいます。 図3に示すように、ブランド構築は、事業所の理念と基本方針に沿った従業員の行動や態度、そして事業所が作成するパンフレットやウェブサイトなどのコミュニケーションツールによって構成されます。事業所のブランド構築には、理念や基本方針に対する従業員の理解がとても重要なのです。まずは理念と基本方針をしっかりと整え、職員たちに事業所の基本姿勢や考え方を示していきましょう。 図3 ブランド・ビルディング(ブランド構築)の考え方 ** 齋藤 暁株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社

インタビュー
2021年8月3日
2021年8月3日

大学関係機関のメリットを生かし、 経営を超え、地域のために訪問看護を広く支援したい

看護学科のある大学直営の訪問看護ステーションを立ち上げた棚橋さつきさん。今回は、学びの場としての研修と、報酬請求などあらゆる業務をだれもができるようになることの重要性について語っていただきました。 研修機会の提供とスタッフ育成のために 2015年に開設した高崎健康福祉大学立の訪問看護ステーションでは、地域貢献のため、研修機会の提供に積極的に取り組んでいます。研修内容は、褥瘡、ストーマ、排泄ケア、難病、リハビリテーションなど多岐にわたります。現場で本当に困っていることを解決できるよう、専門的かつ実践的な研修にすることを心がけています。また、個人でも参加しやすいよう、参加費は1人2000円程度としています。 当初、研修の内容企画は、私と管理者が中心になって考えていました。しかし、私自身が息切れしてきたことや内容が偏る傾向も見えてきたことから、色々な分野を強みとするスタッフに考えてもらうことにしました。自分自身がどういう研修を受けたいか。講師は誰に頼むか。どういう形式で行うか。参加者は何人にするか。そうしたことを考え、計画を出してもらうことにしたのです。 私や管理者が立てた研修をただ手伝うのと、自分で企画運営するのとでは、経験から得られるものはまったく違います。地域包括ケアを考えたとき、訪問看護師として研修の企画運営をしていくのも必要な能力だと考えました。 任せてみると、それぞれの関心によって異なる内容の研修を提案してきます。私が考えるよりバラエティに富んだ内容になり、スタッフに任せて良かったと感じています。 スタッフに任せるということでは、月1回、管理者が行っていた診療報酬請求の際の書類の入力も、常勤スタッフに交代で担当してもらうことにしました。医療保険における利用者の疾患情報の入力です。 自分の担当以外の利用者も含め、その月1カ月の状態の変化などについて記録を読み込み、コンパクトにまとめて入力する。これが、スタッフにとっていいトレーニングになると考えたからです。こうした作業が診療報酬請求上、必要であると知っておいてほしいという気持ちもありました。 訪問看護に長く携わっていても、ステーションの運営や事務作業、労務管理などについて学ぶ機会はなかなかありません。当ステーションで長く勤めてくれているスタッフには、いずれ独立したとき、管理者になっても困らないようにしたい。そう考えて、このほか時間外勤務の計算なども、交代で任せるようにしています。 研修で変わる退院支援看護師の意識 地域貢献としては、このほか、訪問看護ステーションの立ち上げ支援や、退院支援についての勉強会「退院支援を考える会」(事務局は在宅看護領域)も行っています。 ステーションの立ち上げ支援は、当初、一つのパッケージをイメージしていました。ところが始めてみると、受講希望者のニーズは実に多種多様。「開設のための提出資料がわからない」「記録をどう整備すればいいかがわからない」など、一人ひとり違うのです。今はその人に合わせてオーダーメイドで対応しています。 申し込みは毎年3~4件ですが、受講後、管理者になった人が相談に訪れることもあります。こうした支援によって、県内の訪問看護ステーションの立ち上げには、かなり貢献できたと考えています。 「退院支援を考える会」は、もともとは当大学の学内事業として始めました。もう10年になりますが、定期的に研修会を開催しています。今は研修の一部を当ステーションで担当していますが、場所やパソコンの機材などは、大学の教室などを無償で借りて実施しています。大学関係機関で実施するメリットですね。 「退院支援教育研修」では、病院の退院支援担当のソ-シャルワーカーや訪問看護師が講義を行い、その後実習へ行き、最後に事例検討を行います。対象は病院の退院支援看護師で、25人が定員ですが、毎回、参加希望者が多く、すぐ定員になります。 この研修会で、退院支援のすべてを伝えることができるわけではありません。しかし、参加者は看護師ですから、現場を見ればどのような支援が必要か、ある程度イメージはできます。「車いすの練習を一生懸命やっていたが、こんな広い廊下なんて在宅にはない」など、実習のあと、参加者はさまざまな気づきを口にします。たとえ小さな気づきであっても、発想はそこから変わっていきます。そうすると、退院していく患者さんへの声かけも違ってくると思うのです。この研修では、そんな“訪問看護の入口”の部分の意識変革だけでもできればと考えています。 昨年からの新型コロナウイルス感染症のまん延で、在宅では感染についての知識が圧倒的に不足していることを痛感しました。当大学では2022年4月から、感染管理認定看護師課程を開設し教育研修に取り組む予定です。それを前に、今年は感染管理認定看護師に、1年間だけ当ステーションに来てもらい、在宅での感染対策のマニュアル作成を進めています。それをたたき台にして多くのステーションに対して発信し、活用してもらいたい。大学立の訪問看護ステーションとして、経営を超え、今後も訪問看護を広く支援する活動に取り組んでいきたいと考えています。 ** 棚橋さつき 高崎健康福祉大学 保健医療学部 在宅看護学 教授・ 高崎健康福祉大学訪問看護ステーション統括マネジャー 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年8月3日
2021年8月3日

第2回 理念作成と事業計画/[その1]理念の作成―社会の“不”を満たす

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 連載第2回目では[その1~4]にわたり訪問看護ステーションの運営に必要な理念と事業計画について解説していきます。 [その1]のテーマは“理念”です。理念は、事業の運営を行ううえで必要不可欠とされ、事業所の意思決定の判断基準や職員の行動の拠り所となる重要な役割を担っています。あらためて理念の意味や定める目的を押さえ、よい理念のつくり方を確認していきましょう。 ●ここがポイント! ・理念は組織の方向性を定めるとても大切な“言葉”である。 ・理念はバリュー、ミッション、ビジョンから構成される。 ・自分自身を振り返り、問いかけ、見つめ直すことで理念を作成する。 “理念”は事業の起爆剤! 事業を始めるにあたって、どの起業本を読んでも、どんな経営コンサルタントに話を聞いても「理念」を作成することはとても大事といわれます。それは、理念が、皆さんの行っている事業の「根底にある根本的な考え方」を表わすものだからです。言い方を変えると、理念は、事業への「熱意」と「動機」が表現されている大切な“言葉”なのです。 どのような業種でも、起業するときは自分の好きなことを仕事にし、毎日ワクワクしながら働けるような成功のイメージを描けることが必要です。 ワクワクする想いをしっかりと言葉に表し、多くの人に伝えることが大切です。共感を得られれば協力者が現れ、さまざまな化学反応を起こし、多くのチャンスや成長の機会を得ることができます。 このように理念とは事業をよりよくする“起爆剤”の要素をもっています。 理念を構成するもの 理念についてもう少し詳しく見ていきましょう。理念を因数分解すると、「バリュー」、「ミッション」、「ビジョン」の3つの要素に分解することができます(図1)。 図1 理念の構成要素 バリューとは「顧客に対する価値」を意味します。そしてミッションとは事業所が「果たすべき使命」を表現したものです。ビジョンは「実現をめざす未来」を示します。理念を定めるには、これら3つの要素についてしっかりと考え、明文化していく作業が必要です。 理念のつくり方 ではバリュー、ミッション、ビジョンについてどのように考えればよいのか、そのポイントを順にご紹介します。 バリュー あなたの顧客は誰でしょうか。バリューを考えるにあたり、価値を提供する相手、つまり顧客が誰かを考えることが大切です。あなたが行う事業の内容によって、顧客は利用者やその家族だけではなく、開業医やケアマネジャー、事業所の職員も考えられます。地域全体が顧客になる場合もあるでしょう。このように、顧客とは皆さんが事業活動を行うことで影響を受ける関係者を指します。 さて、皆さんの顧客は何を価値あるものと考えているのでしょうか? それを考えるのが次のステップ、ミッションです。 ミッション 皆さんは、なぜその顧客に対し事業を行うのでしょうか。その事業にはどんな意味があるのでしょうか。この問いに対する答えは、「顧客の“不”を探す」視点で考えていきます。 例えば、顧客を「独居・要介護高齢者」とした場合、以下のような“不”が挙げられます。 不便 → 足が不自由ななかでの遠方の病院への通院 不満 → 病院での長い待ち時間 不安 → 自宅での1人暮らし など “不”の付くところに顧客のニーズが隠されています。顧客の“不”(ニーズ)をくみ取り、ニーズを満たすことで、皆さんの事業に意味が生まれるのです。 ここで、バリューに関する問いを示します。 ・皆さんは、顧客にどのような価値を提供しますか。 ・それは顧客のニーズにマッチしていますか。 ・マッチしていると考える理由を説明できますか。 ・5年後、10年後、顧客のニーズはどのように変化すると考えますか。 ・これからも顧客のニーズの変化に対して提供する価値はマッチし続けるでしょうか。 ・マッチすると考える理由を説明できますか。 これらの問いは、顧客のニーズに対して、皆さんがもつ経営資源(人、モノ、金、情報)をどのように活かして価値に変えていくのか、または不足しているものをどのように補っていくかを考えるためのものです。 ビジョン 最後にビジョンについて考えます。ビジョンは次の問いかけから始めましょう。 「あなたが考える事業の成果とは何か」 皆さんが顧客に対し価値を提供した結果として、どのような成果を得たいか表現してみてください。成果は一つだけでなく、複数あってもよいです。また数字や言葉だけでなく、絵などのイメージを用いて表現してもよいです。 もし「成果」という問いが難しいと感じたならば、次の問いについて考えてみてください。 「あなたは顧客に何によって覚えられたいですか」 この問いは、顧客にどう見られたいかということではなく、皆さんの事業の存在意義を根幹から問い直すものです。価値の提供をとおして、どのような存在として顧客に認識されたいか、すなわちそれが事業に対する価値観や大切にしたいことに結びつきます。 それは自分自身の強みを探求することにもつながり、仕事に取り組む気持ちや姿勢に大きな刺激を与えてくれるはずです。自分自身を振り返り、問いかけ、見つめ直すことで理念を作成してみてください。 ** 齋藤 暁 株式会社ムトウ コンサルティング統括部 部長 中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント 医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。 ▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部 https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 編集協力:株式会社照林社

コラム
2021年8月3日
2021年8月3日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 内部体制に関する方針 パート1~

第9回は「内部体制に関する方針」についてのパート1をお伝えします。 内部体制とは?と思う方もいるかと思いますが、ソフィアメディ創業者の水谷氏は、「内部統制」や「コーポレートガバナンス」といったものを、現場スタッフから管理職に至るまで、同じ言語を用いて、わかりやすく明示しました。 内部体制に関する方針 会社の内部には成果はありません 机上で企画や管理ばかりに終始しているスタッフへは、容赦なく叱咤しました。営業・渉外を担当していない人事や総務スタッフなどへも同様で、とにかく自社拠点事業所を回って、現場スタッフとの交流を深めることを促し、時間を作って営業マンと連携事業所への挨拶回りをすることを大事にしていました。 基本姿勢 ①成果はすべてお客様から得られます。会社の内部はすべて費用でしかありません。赤字会社の社長は、いつでも内部管理に終始しますが、本末転倒です。 ②正しい組織とは、職務・職責・権限にこだわらず、お客様指向の組織であり、お客様の要求の変化・市場の変化に、迅速に対応できる組織です。 ・・・半年に1回など、定期的に社長以下、各部署管理職が、訪問看護の現場の同行訪問を実施したり、連携事業所へ営業マンと挨拶回りをしたりなど、お客様の要求の変化・市場の変化を多角的に確認し続けられるよう網を張り続けます。当然、同行や挨拶回りをすることで現場の苦労を管理職が身を持って知ることも重要です。 ③組織はおせっかい・お人好しの原則で運営しますが、和気あいあいの楽しいだけの職場では、厳しい市場競争には勝てません。厳しく苦しい仕事も必ずやり遂げる体質にし、やり遂げてこそ得られる真の喜びを目指します。 ④報告・連絡・相談を通して問題点、課題を顕在化させ各部署、事業所ですべてが見えるようにします。報・連・相の遅れはクレームとなり、お客様や関係者にご迷惑をかけ会社の損失にも繋がります。報・連・相はスピードが命です。 ⑤報告の重要事項は、悪い事ほど早く。事後報告はトラブルを招きます。報告すべき人間を間違えない。報告は一に結論、二に経過。報告の不必要な業務はありません。報告は仕事のけじめ、次へのスタートです。 ⑥連絡の重要事項は、ちょっとした連絡がトラブルを無くします。手間でも文書化を心がけます。まめな連絡が信頼を得る。事前連絡が有効です。内容は5W2Hで。 ⑦相談の重要事項は、早めの相談が事を解決します。行き詰ったらまず相談する。相談上手は仕事上手。相談はTPOを考えて。相談される人になりましょう。 ⑧お客様、仕事に関することは適時ミーティングをして共通認識化する。ミーティング上手は仕事をスムーズにして誤解をなくし、準備と段取りもよくなります。 ⑨上下、仲間、お客様を中心とした周辺関係への根回し上手は、協力者ができて結果仕事が早くなります。継続すると人気を得て存在価値も高まります。 ⑩来客時は、お客様が社内に入ってこられたら、誰彼を問わず明るく大きな声で、「いらっしゃいませ」と挨拶をすること。いつでも、何処でも元気な挨拶が好印象を与えます。 ⑪電話は呼び出し3回以内に必ずとる。1本の電話からご縁が始まります。また、お客様のご紹介・人材の応募も電話が最初です。ご縁を活かせるか・無くすかの瀬戸際です。ぜひ目の前の仕事から切り替えて、親切・丁寧・心配りをして対応してください。「お電話ありがとうございます、○○訪問看護ステーションでございます」が基本です。 ・・・電話が鳴りっぱなし、ぶっきらぼうな電話対応、していませんか? 私(上原)はそんな訪問看護事業所の対応を沢山経験してきました。 ⑫相手本位に徹していきます。医療・介護だからと市場やお客様は許しません。電話で気分を害して大切な機会を失う。挨拶ができなくて嫌われる。活き活きしていなくて暗いからよそを使う。など自己本位では通用しません。 ⑬よい組織とは、一言でいうと優れたお客様サービスができ、競合他社と戦って勝てる組織です。それには、業界・仕事環境の変化に敏感であることです。変化に気付かない、気付いても報告・連絡・相談をしない、動かない、ではどんどん衰退に向かい、報酬・処遇も下げざるをえなくなります。 ⑭タコ壺社会とは、がん細胞と一緒。健康な細胞同士は情報交換を行いますが、がん細胞はそれを無視して、健康な細胞を侵していきます。やがて組織を自滅させます。会社や団体でもいたるところで不平分子や背任思考者が出てきますが、タコ壺から締めだしていきます。 ・・・閉鎖的な事業所、専門職の縦割り思考的な事業所、外部との関係が雑な事業所、高圧的な上司(管理者)の居る事業所や組織に対して、この例えを水谷氏はよく使います。暖かく居心地の良い壺にタコは集まるが、最終的には中で共食いさえするというタコの習性を例えたものです。 いかがでしょう。さほど特別な内容ではなく、社会人としてはごく一般的な価値観に関する内容ではないでしょうか? ただし、常識の範囲は人それぞれ。あえて当たり前のこともわかりやすくすべて文章に書き出し、全社員に配布して毎朝の読み合わせで周知徹底させるのが水谷氏流です。そこまでやることによって、理念浸透(健全経営)が進むわけですが、一方では理念拒絶者や危険因子の炙り出し・問題の早期解決に繋がります。 パート2へ続きます。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫  【略歴】 2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。 2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

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