経営者に関する記事

インタビュー
2021年7月6日
2021年7月6日

訪問看護業界が次のステージへ進むために

この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」という)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。 奇跡的な業務改善を成し遂げたテッセイをテーマに行ってきた対談も最終回となります。今回は、企業経営で最も重要となる人材について、そして今後訪問看護事業が拡大していくために必要な改善点について、テッセイの改革から学ぶべきポイントをお話しいただきました。 会社が求める人材を採用し、育てるためには 大河原: 当社に限らず、業界全体で人材確保は大きな課題です。現状では、看護師の就業先は病院が大多数で、当社に限らず業界全体として訪問看護師が不足しています。 面接に行けば合格が当たり前。採用面接は勤務条件などの要望が合うかどうかの確認のみで終わってしまいがちです。そのせいか、採用してもすぐに辞めるとか、採用した人が向いてなかったというケースもあります。 芳賀: 社員の育成や教育は企業経営で一番の要になりますね。まずは、求めている人材をどう採用していくか考えていく必要があります。 教育についても、今の訪問看護師さんはスキルの種類もレベルもバラバラだと思いますので研修内容が大変ですね。 大河原: 教育について、なかなか業界のスタンダードがないのが現状です。 当社ではOJTのほかに、eラーニングを活用しスキルや職種に合わせた教育を実施しています。ステーションの所長については毎週、会議と研修をセットで実施していますが、管理職用のカリキュラムはまだできおらず、不十分だと感じています。 採用や教育について、改善に向けての事例などがあったら教えていただけますか? 芳賀: 私は採用も教育も、本人に考えてもらうことがすごく重要だと思っています。 採用であれば、訪問看護師が遭遇するような場面をケースにして、「あなただったら、どうしますか?」「なぜそのようにすると考えましたか?」と質問するのは効果的です。その人がどのような視点で判断をしているかがわかると思います。また、それを理論的に説明できることが重要で、「前の職場でそうしていたから」というような答えだと、自分で考えない人だということが予測できます。 これは看護師だけではなく、理学療法士や作業療法士でも同じです。企業や介護の分野ではこうした方法を取り入れているところがありますね。 大河原: なるほど。当社であれば、理念である利用者さんの療養生活を支えるという視点を持っているかいないかを、採用時に確認するのは非常に重要だなと感じました。 【テッセイの改革】 テッセイは人材こそが企業の命であると考え、社員採用にはかなり力を入れています。社員比率を増やすことでスタッフに働く意欲が芽生え、仕事のクオリティが上がり、お客様満足度もアップしたのです。 1年以上のパート経験者は誰でも社員採用試験を受けられますが、全受験者に筆記試験と個人面接が行われます。面接では、「会社の目指す目標に対して、自分はどう考え行動しているか」「現在の職場の課題は何か、その解決方法をどう考えるか」といった質問を行い、改善に向けて努力を続けてくれる人材を発掘し育てることを重視しています。 大河原: 看護師は仕事がすぐに見つかるため、転職も多いです。そのせいか会社への帰属意識が低く、経営理念も気にしない人が多い業界です。 当社では、経営層と現場スタッフが同じ目標を目指して進んでいくために、私の想いや理念を口が酸っぱくなるほど伝えていますが、中には理解しないで退職してしまう人もいます。 経営層とスタッフが同じ理念のもと、より良いサービスを提供できるようになるには、どのような教育が必要でしょうか。 芳賀: リカバリーさんであれば、利用者さんの生活を支えるというミッションについて、自分がするべきことは何なのかを徹底的に自ら考えてもらうことにつきるのかなと思います。 言葉で理念を伝えられても、それを自分ごとに置き換えて考えられない人もいると思うので、自分の具体的な行動に結びつけて考える機会を与えることが必要です。 大河原: 会社の考えや理念を、経営側から一方的に発信するだけではなく、社員からも理念についての考えを発信してもらうことが重要なのですね。そうすることによって、この会社で働くことの意義を理解し、帰属意識も生まれてくる。 会社の理念を覚えるとか、理解するとか、一緒に考えるとか、この業界にはそうした習慣がないので、まずはそこから改善していかなければならないですね。 芳賀: 理念が本当の意味で浸透すれば、それがいろいろな形で表れてくると思います。前回お話しした自分を褒めるとか、ほかの人を褒めるというのも、「看護の技術があがった」とかではなくて、「こんなことで利用者さんの大きな生活の支えになった」というように、褒め方にも理念が表れるようになることが理想だと思います。 今回の対談を終えて 大河原: 私は本格的に経営を勉強したことはありません。どうしたら医療従事者が働きやすくなるか、利用者さんが相談しやすくなるかを考えた結果、あえて独自の方針で経営してきました。本社での事務作業の一括管理、経費や問題点も含めた業務の見える化など、さまざまな試みを行っています。 ですので、お話をうかがって、今実践していることが間違っていなかったと感じてホッとしています。 トップダウンとボトムアップという意味でも、従業員や役職者の意見を聞く機会は作っています。ただしこれは、当社が120人ぐらいの規模だからできるのかもしれません。規模が変わってもコミュニケーションを継続していけるしくみをつくらなければいけないと感じました。 そして、テッセイが実践している改革で、最も感銘を受けたのが「働いている仲間のいいところを見つけて認めあう」ということです。 訪問看護業界には「褒め合う文化」が足りないということを改めて認識しました。これまでなかった文化なのでハードルは高いですが、当社もミーティングの中で褒め合う時間を作るなどして、取り組んでいきたいです。これが実践できれば、生きがいとか、モチベーションを持って仕事ができる環境になり、訪問看護師が増えない状況が少しは改善されるのではと思いました。 芳賀: 今回お話ししたことは、一般企業ができていて医療業界ができていないということではありません。それぞれの事業で模索しているのが現実で、さまざまな業界共通のチャレンジだと思っています。 訪問看護は、日本の医療制度で重要な役割を担っており、社会から求められていることは間違いありません。これから業界が発展していくためには、大手事業者も新規参入者も、違う分野からも経営を学ぶ姿勢が必要だと思います。 大河原社長にはその先導役として、これからもぜひ頑張っていただきたいです。 大河原: 訪問看護は、まだまだこれからの業界です。うちは無理だなとか違うなと思わず、意識を変えて、成功事例を真似したり、新しいことにチャレンジしたりするべきだと思います。 私がいつも思っているのは、まず業界自体が拡大しないと、世の中における訪問看護の認知度があがらないということです。今回のような良い情報はどんどん共有し、訪問看護ステーションが増え、訪問看護師が増えるような流れになってほしいと強く思っています。 今回は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。 【テッセイの改革】 矢部氏は、テッセイがビジネス界で注目されている理由は、テッセイの「スタッフに対するおもてなしの考え方と実践の仕方」、そして「組織のマネジメント方法」だと言っています。これからの経営には、管理やコントロールだけで組織を動かすのではなく、テッセイのように「会社はスタッフの努力をいつも見ている」という姿勢を持ち、会社とスタッフが信頼関係を結ぶことが重要だと考えられているからです。 テッセイのやる気革命は、どの会社でも実現しうることです。それぞれの会社にふさわしい方法で、スタッフのやる気を引き起こすしくみを作っていくことで、会社とスタッフが共創する経営を実現するのです。 ** 名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授 芳賀 裕子   【略歴】 慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。 Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師 大河原 峻  【略歴】 看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。  【参考書籍】 ※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社

コラム
2021年7月6日
2021年7月6日

適切な人材を「選考」して「入職」に繋げる

採用したい人材を取りそこねたり、間違った選考で良くない人材を採用してしまったり…といった経験はないでしょうか。適切な人材を採用する力である『採用力』の構成要素の1つである「採用オペレーション」とは、募集→応募→面接→選考→内諾→入職といった一連のプロセスの効率性を上げていく取り組みです。第5回では、限られた応募者の中から適切な人材を「選考」して「入職」に繋げるまでの具体的な取り組みを紹介します。 優れた選考手法は「ワークサンプル」×「構造化面接」 ●サッカー選手を面接で採るクラブはない。サッカー選手であれば、ゲームや練習を通したトライアウトで選ぶもの。 (出典:髙橋潔著『就活イノベーション~脱・母集団形成と面接重視~』オンライン書籍,2016) 選考について、最初に紹介したいのがこの「サッカー選手を面接で採るクラブはない」という視点です。選考の目的は「仕事をやらせてみたら成果を出せる」人材を採るために採用前にそれを見極めることです。もし、サッカー選手を選考するのであれば、ゲームや練習を通したトライアウトで選ぶのであって、面接だけで選考することはありません。サッカーなどのスポーツ選手に限らず、ほかの職種でも面接中心の選考プロセス自体を考え直す必要があることがわかります。 これは実際の研究結果でも証明されているのですが、応募者の採用後の業績予測について最も優れているのは「ワークサンプル」、つまり実際の仕事内容に従事させ、その優秀さを評価するという方法です。その次に優れているのが後述する「構造化面接」という面接手法です。そして、一つの選考手法よりも複数の選抜手法を組み合わせた方が、選考の精度が上がることが研究でわかっています。       (出典:服部泰宏著『採用学』新潮社,2016) 実際の選考プロセスの中で仕事をしてもらうことは難しいですから、当事業所ではこの視点を取り入れた「面接時の同行見学」を行っています。 応募者には半日以上の訪問看護の同行見学を行い、その後に面接を行うという方法です。拘束時間が長くなることで応募のハードルが上がるというデメリットはありますが、応募者に仕事のイメージを持ってもらうと同時に、訪問時の患者宅での立ち振る舞いがわかり、同行見学で実際に見た患者さんについての感想を聞くことで応募者について理解が進みます。「同行見学」以外にも、応募者と一緒に模擬カンファレンスを行ってもよいかもしれません。応募者の能力やパーソナリティをより知ることができるでしょう。 医療事務職の採用であれば、診療報酬算定の筆記テストを行うこともできます。PCスキルや文書作成能力を確認するのであれば、面接の後でPCを貸与して、その場で志望動機を作成してもらえば、それらの能力についてもよくわかります。 「構造化面接」の一例 2番目に優れた選考方法である「構造化面接」とは、あらかじめ評価基準や質問項目を決めておき、手順通りに実施していく手法で、臨床心理学におけるアセスメントのアプローチとして古くからある面接手法です。面接官による評価のバラつきを抑えて、採用基準となる指標を漏れなくヒヤリングできます。構造化されていない面接(非構造化面接)よりも、将来の業績をより正確に予測することができると言われています。 ここでは私が行っている「構造化面接」の例を紹介します。それぞれの組織の「求める人物像」を見極めるための質問を考え、組織に合った「構造化面接」を設計してみてください。 質問の回答で出たエピソードは、より具体的に深掘りしていきます。私が面接で重要にしているのは「一定期間一緒に働いた応募者の姿」をイメージできるようになることです。もし、一定期間働いた後に選考することができたら、採用するべき人かどうか確信をもって判断できるでしょう。ですから、そのイメージが掴めるまで質問を重ねていきます。 2名以上の面接者で1時間くらい面接します。面接の目的は相互理解なので、応募者と面接官で話す割合は6:4程度を心がけます。必要に応じて2次面接も行います。 面接の意味合いは「見抜く」と「口説く」 面接などの選考ステップ意味合いは、応募者を評価し「見抜く」という側面以外に、惹きつけて「口説く」という側面があります。これは、面接官の大切な役割なのですが、実際にそれをできている面接官は多くありません。応募者からは必ずほかの事業所と比較して見られていると思っていてください。競合に負けないくらいに職場の雰囲気は良く、面接官は魅力的でなければなりません。本当に採用したい応募者であれば、事業所内のエース級人材を面接に同席させるくらいに力を入れましょう。 面接では「雇用条件」の確認も 給与などの条件面の合意は非常に重要ですので、応募者本人のためにも避けずに話をするようにします。具体的には、「前職の月給(額面)」、「賞与は年に何ヶ月分か」、「月あたり残業は何時間か」「コール手当などが付いているか」を聞いて、その場で計算して「年収(額面)は○○万円くらいですか?」と認識に違いがないか確認します。「希望する年収は?」「同水準でも大丈夫か?」など応募者の期待と差異がないかを確認し、例えば「年収は少し低くなるが、評価が良ければ1年以内に同水準になる」など、評価・昇給制度の説明とともに今後の見通しの話もします。 その後、応募者に採否の結果を通知するわけですが、基本的に面接から1週間以内に何らかの回答をします。採用の場合は採用の決め手となったポイントを伝え、応募者が必要な人材であることを具体的に伝えます。そして、入職する日まで油断せずに向き合っていきます。 事業所全体で「採用・定着」に取り組む 「まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不的確な人をバスから降ろし、つぎにどこに向かうべきか決めている。」 (出典:ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一(翻訳)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP,2001) 連載の1回目に紹介したビジョナリー・カンパニー2に書かれているように、適切な人材の採用は組織が発展していく上での最重要課題の一つです。 適切な人材採用には『採用力』を上げる取り組みが必要で、今回の連載の中で紹介してきたノウハウを実践すれば、これまで以上の人材を採用できるようになるでしょう。ポイントは、事業所全体で「採用・定着」に取り組むことです。 採用と定着を改善することは事業所にとっても、またそこで働く医療従事者、サービスを受ける患者・利用者にとっても素晴らしい成果を生み出すことになります。貴事業所がほかの医療機関に先駆けて、適切な人材を採用し続けることができる組織になれることを願っています。 ** 株式会社メディヴァ コンサルティング事業部 シニアマネージャー/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 事務長 村上典由  【略歴】 兵庫県出身。甲南大学経営学部卒業。広告代理店での勤務を経て、阪神大震災を機に親族の経営する商社、不動産管理会社などの経営再建と清算業務に従事。2001年からMBOにより飲食店運営会社を設立し副社長を務める。2009年より株式会社メディヴァに参画。「質の高い医療サービスの提供」を目指して在宅医療の分野を中心に医療機関・企業・自治体などの支援を行なっている。医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニックの事務長を兼務。2015年度政策研究大学院大学医療政策短期特別研修修了。   【参考書籍】 服部泰宏著(2016)『採用学』新潮社 髙橋潔著(2016)『就活イノベーション~脱・母集団形成と面接重視~』オンライン書籍 ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一 翻訳(2001)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP

インタビュー
2021年6月29日
2021年6月29日

訪問看護業界にはない「褒める文化」がカギとなる

この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」という)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。 テッセイでは、お互いの良いところを見つけて仲間を認め合い、褒める「エンジェルリポート」の存在が、スタッフのモチベーションを高め、現場力を高める大きな要因となっています。第4回の対談では、どうしたら医療業界にはない「褒める文化」を取り入れることができるのか、お話しいただきました。 褒めることも褒められることも苦手な看護師 大河原: 我々医療職は、服薬のミス、転倒防止、災時の対応など、まずリスクを排除することから考えます。 これは仕事をする上で大事なことですし、学校の勉強でも病院でもこのリスクの洗い出しは徹底的にやり、同僚同士でもチェックします。 その結果、同僚の行動に対してもミスはなかったか、もっと利用者さんのためにできることはなかったか、という視点で見てしまいがちです。テッセイのような良かったことを探して褒めるという文化はまったくないのが実情です。また、個人を表彰するような制度も稀です。 テッセイのようなスタッフ同士が認め合う文化を作るにはどうしたらよいでしょうか。 芳賀: リスクマネジメントの視点が優先して、人の悪い所を見つけることが習慣になっているのですね。 清掃は人に見られる仕事ではありませんので、改革前のテッセイも従業員が適切に評価されていませんでした。しかし、自分が働いている姿を仲間が見てくれる、そしてきちんと評価してもらえるとわかったことで、従業員のモチベーションが上がっていきました。 訪問看護の場合は基本1人行動ですから、自分の仕事ぶりを見てもらえないし、同僚の良いところも探しづらいので、まずは自分自身を褒めていくことから始めてはどうでしょうか。 大河原: 一緒に訪問していなくてもカルテや記録ノートを読むことで、ある程度利用者さんの声を知ることはできますが、自分が褒められたことを知らせるという習慣はありませんね。 自分で自分を褒める文化ができれば、仕事にもっと喜びを感じてもらえそうなのですが…。難しい部分もあると思います。真面目だからだとは思いますが、看護師は自己評価がとても低い人が多いので。 芳賀: 確かに自分で自分のことを褒めるというのは、看護師だけではなく普通の人もあまり慣れていないと思います。 よく会社の研修などでやるのは、グループごとの研修で、今日の研修中に右の隣の人の良かったことを必ず1つ言わせるということ。自分の良かったことだと言うのを躊躇してしまうかもしれませんが、隣の人の良いことだったら必死で探しますよね。 最初は人を褒めることや、人を評価するということに慣れていない人が多いので、研修で言葉にして言わせるという方法は効果があると思います。まずは、こうした地道な訓練から始めてみてください。 褒め合う文化の利点は、気づきです。テッセイの社員たちも、自分たちのやっていることが付加価値になっているとは思っていませんでした。訪問看護でも、人から褒められることで、普段当たり前に行っていたことが実は利用者さんの付加価値となっていたことに改めて気づく場合があります。 それに気づくことは経営的にも成果になると思います。褒められた行為こそ、その組織が重視する価値だからです。 リカバリーでは、現場の声を拾うしくみはできあがっているようなので、後はお互いに褒めるしくみを考えてはいかがでしょうか。 大河原: 経営的に見れば、従業員の満足度が上がることで、ひいては退職率が下がる、などの結果につながる可能性もあるということですね。 私自身、テッセイの「働いている仲間のいいところを見つけて認めあう」という行為が、この本で最も感銘を受けた個所であり、今後の課題だと思いました。ぜひ、見習いたいと思います。 【テッセイの改革】 一般的にサービス業は、99%成功しても1%失敗すると全部ダメになるという「100-1=ゼロの法則」で考えます。しかしテッセイは、1人のミスを恐れる以上に残り99人の地道な努力を大事にし、そこに光を当てようとしました。その具体的な取り組みが「エンジェルリポート」です。主任の中から30人をエンジェルリポーターに任命し、スタッフのよいところをみつけて報告してもらい、会社はそれを全従業員に知らせます。さらには褒められた人、褒めた人の両方を表彰する制度も設定しました。 このような取り組みによって「褒め合う習慣、認め合う文化」、従業員の共有と共感を作り出したのです。 訪問看護師の仕事に対する意識を変えるには 大河原: 訪問看護は、病院と違い業務が多岐に渡ります。事務的な作業も利用者さんの生活を支えるためには必要なものですが、看護師のなかには医療処置以外の仕事を「雑用」と考える人もいます。 このような訪問看護師の仕事に対する意識を変える方法について、アドバイスいただけますか? 芳賀: ほかの業界でも同じような悩みを抱えています。よく理念を書いたカードを社員に持たせたりしますが、理念の文面を覚えるということではなく、その理念を達成するために自分がどうすることが必要なのか、自分のどのような行動で理念を達成できるのか、自分自身で考えてもらうことが重要です。 企業でよく行うのは、顧客への価値最大化のために自分の仕事で何ができるのかを、他部門も交えてグループで検証することです。そうすると、自分の業務の前後の工程も知ることができ、お互いの仕事がどうつながっているのか理解しないと顧客の価値創造は無理だと気がつくのです。 例えば訪問看護なら、利用者さんが請求書の内容が理解できないとき、それをわかりやすく説明することもサービスの一環ですよね。医療的な技術だけでは完結しないわけです。 看護師だけではなく、本社の経理や総務、すべての社員の行動が何らかの形で理念に関係しています。社内の連携だとか、他部門の仕事を知ることで、利用者さんの生活を支えるということは、幅広い側面があると気づくと思います。 大河原: 訪問看護ステーションの場合、小規模だと事務作業もすべて看護師がやることが当たり前になっていますが、その目的意識を理解しないままやっているのがいけないということですね。 ご指摘のように、利用者さんの生活を支えるためとか、利用者さんのニーズに応えるためということをきちんと伝えるのは重要だと感じました。 芳賀: リカバリーさんの理念である「療養生活を支える」ということを、社員に徹底していくことに尽きると思います。すべてが理念を達成させるための使命だと理解できると、仕事への意識変革が起きるのではないでしょうか。 【テッセイの改革】 エンジェルリポートを開始した当初は、集まりは良くありませんでした。コツコツやるのは仕事だから当たり前で、なぜそれを褒める必要があるのかという考えがあったからです。 テッセイでは、「当たり前のことこそきちんと褒める」という考え方を浸透させることで、現場で地道に働く人たちに目的意識を持たせることに成功しました。従業員が自分たちの仕事の価値に気づいたことでリポートの数が増え、スタッフ間でお互いに褒め合い、サポートし合う習慣を身につけていったのです。その結果、スタッフ同士の信頼関係も強固になっていきました。 ** 名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授 芳賀 裕子  【略歴】 慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。 Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師 大河原 峻  【略歴】 看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。 【参考書籍】 ※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社

コラム
2021年6月29日
2021年6月29日

採用力を上げる「求人パンフレット作成」のすすめ

第4回は、引き続き組織の『採用力』を上げるために取り組むべき「採用デザイン力」について紹介していきます。前回も書きましたが、この「採用デザイン力」はどんな組織でも注力すれば最も効果が出やすい要素です。今、採用について課題を感じているのであれば、ぜひ参考にして取り組んでみてください。 求人パンフレット作成のすすめ まず、応募者側の立場に立って就職(転職)活動を考えてみます。 一般的には、いくつかの求人広告サイトから職種や地域などの条件で絞って検索し、出てきたリストを上から順に見ていきます。ヘッドコピーや写真、事業所名などから、少し興味を持ったところは詳細情報に入ってみていく・・・。さらに興味を持ったところは、事業所のサイトも検索してみていく。そんな中で、自分に合っている職場かを吟味して、1~5事業所に絞って面接などの応募行為へと移っていきます。あるいは、紹介会社に登録して、担当者に希望条件を伝え、提案を受けたいくつかの事業所から応募先を選んでいきます。つまり、まずは数ある求人広告の中から面接候補先として選ばれることが重要で、そこに選ばれなければ適切な人材に巡り合うこともありません。 そこで提案したいのが、採用活動のコンセプトブック的な「求人パンフレット」を作っておくことです。求人パンフレットとは、事業所のビジョン、仕事内容、給与などの条件、職場環境などの情報をA4用紙5~10枚程度にまとめた小冊子です。求人広告サイトや紹介会社が提供する求人情報では、情報量が限られていたり、魅力が伝承されなかったりして、自事業所の情報が正しく求職者に伝わらない可能性があります。競合他社との優位性を訴求すること、関心を持ってくれた応募候補者に、伝えきれていなかった情報を過不足なく伝えることが目的です。 先に述べたとおり、応募者は複数の候補先から選定しますので、この段階で何らかの魅力を訴求して、他の事業所より頭一つ抜けることができれば応募者数が増加します。また、求人パンフレットを作っておけば、求人広告サイトの登録ごとに考えないといけないメッセージや情報の素材として活用できるので、メッセージや情報を一から作らなくてよいですし、作成者によるメッセージのブレを無くすこともできます。紹介会社には求人パンフレットを渡すだけで、紹介会社に作成してもらうこともできますし、自事業所のサイトにそのまま掲載することもできます。 訴求力のある求人パンフレットの作り方 自事業所のビジョン・特長は何か?入職したらどんな仕事で、どんな1日か?どんなスキルが得られるか?勤務時間や給与などの条件は?どんな職場環境で、どんな仲間か?などの具体的な情報を応募者に伝えて、実際に働いたときのイメージを伝えることがこのパンフレットの目的です。他にも、仕事で得られるスキル、1日のスケジュール、研修制度、給与などの条件、スタッフの紹介、よくある質問をQ&A形式で紹介しておくこともお薦めです。応募者にPDFファイルで送ったり、面接時に渡したり、さまざまな場面で活用することができます。 私が事務長を務める訪問看護ステーションの求人パンフレットを下記のQRコード・URLからダウンロードできるので、以下に紹介する作成のポイントも参考にして、自事業所オリジナルの求人パンフレットを作ってみてください。   求人パンフレットサンプル https://bit.ly/3pURpPa 求人パンフレット作成のための10のポイント ①他の訪問看護ステーションの求人原稿を参考にする 数多くの事業所の求人広告の中から惹かれる求人広告を5ヶ所くらい選んで参考にしながら作ることをお薦めします。共感するフレーズを参考にしたり、日頃から管理者自身が口にしている言葉などに置き換えたりして、自事業所を紹介する文章を作っていきましょう。 ②『裏付け』のある表現に努める 一般的な求人原稿は「患者さんに寄り添い」や「スタッフ同士は仲良く」といった美辞麗句が並びがちですが、それでは求職者の心には届きません。例えば「毎週○曜日はケースカンファレンスを行って……」や「○○の専門医による直接の指導……」と言った具合に、文章の中に具体的な『裏付け』を表現するように努めれば、ぐっと伝わる良い文章になります。「ママさんナース3名在籍」などの数字で表現するのも良いでしょう。 ③読みやすさとデザイン、写真の質を上げていく デザインなどに過度に凝る必要は無いですが、読み手となる応募者の気持ちを考えた適切な文量やレイアウト、職場やスタッフの写真を掲載して雰囲気を伝えようとする姿勢は、必ず読み手に伝わります。作ってはスタッフや色々な人に見てもらい、アドバイスをもらってさらに修正して、ということを繰り返して求人パンフレットを磨き上げていきましょう。 ④求職者が魅力に感じるポイントを載せる ビジョンも重要ですが、「衛生要因」的な押さえどころも重要です。応募者がどんな点を重視しているかを理解して発信しましょう。ちなみに当院の選定理由は、①医師がいる(往診同行から始められる、医師と相談できる)、②学べる環境、③職場の雰囲気、④ワークライフバランスという順です。自事業所の魅力を理解しておき、求人パンフレットにも盛り込みましょう。 ⑤学べる環境を謳う 真面目な人を採用したい場合は、学べる環境であることが条件になります。これは医療業界の一つの法則です。逆の見方をすると、学べる環境をつくることができれば、真面目な人材を採用しやすくなるでしょう。制度になっていなくても、学びにつながる要素を丁寧に集めて発信することを検討してみてください。 ⑥歓迎感を伝える 文章で歓迎していることを表現することも良いですが、それ以外にも歓迎感を伝える方法がいろいろあります。スタッフ何名かで職場について話し合っている座談会の様子を掲載したり、新人さんの感想を載せたりすることもよいでしょう。 採用パンフレットは、組織的な協力が有るかないかで完成度は大きく異なります。組織的に協力体制がある職場の求人パンフレットは見るだけで歓迎感が伝わるでしょう。 ⑦良いことも悪いことも事実を伝える 自事業所の魅力や特長を発掘して、少しだけ背伸びした程度の表現が良いでしょう。過度に装飾することは逆に信頼を失います。良いことも悪いこともフラットに伝え、悪いことは改善に向けて実際に行動に移すこと、行動に移していることを伝えることが重要です。 ⑧地域の医療機関・訪問看護ステーションに負けない条件を検討する 医療機関の求人は、地域内での人材の取り合いといった側面がありますので、自事業所の特長や給与などの条件は、地域のほかの事業所よりも魅力的になるように、できるだけ多くの地域の競合他社の求人情報と比較しながら負けない条件を検討しましょう。 ⑨条件は具体的に、わかりやすい表記に 給与などの条件表記はいろいろな書き方がありますが、基本情報や手当の詳細に加えて、「入職2年目の年収例○○万円……」などのように、年収表記もすることが望ましいです。評価制度や昇給の有無についても記載しましょう。 ⑩デザインのプロに依頼する 原稿作りは自身で行ったとしても、求人パンフレットのデザインによって見え方が大きく異なります。コンテンツがある程度そろったら、デザインをうまくまとめてくれるプロのデザイナーに依頼するのもよいでしょう。クラウドワークス(https://crowdworks.jp/)などを使えば5~10万円できれいにまとめてくれます。 魅力的な組織づくりが優れた採用活動につながる 「事業所の魅力を伝える」というニュアンスで書いてきましたが、それは過度に装飾することではありません。自事業所のビジョンを語り、魅力や特長を発掘して、少しだけ背伸びした程度の姿を応募者に伝えるという意味です。採用活動とは、事業所と応募者が双方理解する活動です。望ましいのはお互いが正しく理解した相思相愛であって、現実と異なる過度の装飾によって誘引し、無理につなぎとめることではありません。未熟で発展途上の訪問看護ステーションであれば、注力すべきは本当に良くして行くために行動に移すことです。 今回の求人パンフレットの作成をする中で、自事業所の良いところと、悪いところに気づくこともあるでしょう。最も優れた採用活動の根っこは、真に魅力的な組織になることであることを忘れないでください。 株式会社メディヴァ コンサルティング事業部 シニアマネージャー/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 事務長 村上典由  【略歴】 兵庫県出身。甲南大学経営学部卒業。広告代理店での勤務を経て、阪神大震災を機に親族の経営する商社、不動産管理会社などの経営再建と清算業務に従事。2001年からMBOにより飲食店運営会社を設立し副社長を務める。2009年より株式会社メディヴァに参画。「質の高い医療サービスの提供」を目指して在宅医療の分野を中心に医療機関・企業・自治体などの支援を行なっている。医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニックの事務長を兼務。2015年度政策研究大学院大学医療政策短期特別研修修了。

インタビュー
2021年6月22日
2021年6月22日

信頼関係を築く本物のコミュニケーション

この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」という)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。 テッセイの改革は、揺るぎないチームワークとボトムアップを引き出すしくみが、成功のポイントになっています。組織内のタテ・ヨコのコミュニケーションが円滑に行われることで、社員のやる気を高め、サービスの向上にもつながっています。第3回の対談では、訪問看護事業におけるコミュニケーションの課題についてお話いただきました。 報告・連絡以外のコミュニケーションの必要性 大河原: 訪問看護ステーションは本社と離れている所に点在しているため、各ステーションの従業員と頻繁に会うことができません。 当社は、訪問看護ステーションとしてはコミュニケ-ションを重視している方だと思います。管理者とは週に1回のウェブミーティングで情報を共有しており、現場からの意見は管理者を経由して集めるしくみになっています。そのため直接声を聞く機会として、地方の従業員とはウェブで面談をし、都内に関しては行けるところは私が回るようにしています。 しかし他のステーションの話を聞くと、現場のことは管理者に任せっきりで週に1回も話さないとか、話すときには経営側が一方的に話すという声も聞いています。経営側の現場のことはわからないというスタンスが、管理者の疎外感を生み、衝突してしまうのかもしれません。 私も外部から相談を受けることがあるのですが、経営側と中間管理職である管理者が意思疎通をうまく図るためには、どうすればよいでしょうか。 芳賀: 経営側と管理者がお互いあまり理解できていないから、衝突が起こるということですかね。 おそらく今は、経営側と現場の管理者のコミュニケーションは会議という形でやっていて、現場からの報告と経営側からのお知らせで終わっているのだと思います。これは他の業界でもあることですが、会議以外で、本当に言いたいことが言い合えるコミュニケーションの時間を作る必要があるのではないでしょうか。 話をするときには、一緒に考える、寄り添うという姿勢が大切です。管理者の課題に対して、どうしてそうなったのかを聞き、改善策について経営側も管理者と一緒に考える。解決策は他の管理者とも共有する。こうした過程を共有していくことが重要です。 大河原: 当社の会議では、経営側が一方的に話をするのではなく、管理者からの報告をしっかり聞くよう心がけてはいます。ただ、事業所ごとで抱えている問題や管理者の性格も違うため、経営側もそれぞれに合わせた柔軟な対応が求められるとは感じていました。 芳賀: 個別にどうしたらいいか考えるのは、今のリカバリーさんの規模だからできるのだと思います。もっと規模が大きくなると今の対応では難しくなるので、変えていかなければいけない。 例えばFCで展開している飲食業などは、エリアマネージャーがエリア内の店舗を頻繁に訪問して、店長さんたちの話を細かく聞くような方法を取っています。訪問看護ステーションはそこまで数は多くないと思いますが、経営との間に個別のヒアリングができるエリアの統括を置くとか、規模によって最適なやり方を考える必要はありますね。 【テッセイの改革】 テッセイでは現場の教育を専門に行うインストラクターを増員し、優秀なリーダーを育てていきました。現場の課題をよく知り、解決策をスタッフに実践でき、成功過程を一緒に喜べるリーダーの存在が、スタッフのやる気を引き出すことにつながっています。リーダーや会社側が「現場をいつも見ています」という姿勢を示すことが重要です。 ボトムアップを行うために管理者の意識改革を 大河原: 現在の訪問看護ステーションは、病院で働いていた看護師が管理職になることが多いです。訪問看護ステーションでは管理者が大きな権限を持っていますが、病院は完全なトップダウン体制で、上からの指示で仕事をすることが多いため、さまざまな判断を行った経験がありません。 ボトムアップを進めていくためにも、自律的に判断できる管理者を育てるヒントがあれば教えていただきたいと思います。 芳賀: テッセイはトップダウンとボトムアップの両方がバランスよく機能することで改革を実現しました。 そのためにテッセイが大事にした基準の1つが『規律の中の自由』です。活動資金を与えるなど、自分たちで自由に決められる枠を与えることからスタートしたのですね。 訪問看護ステーションの場合は、予算的な自由と利用者さんへの対応の自由、2つの自由があると思います。例えば予算については、リカバリーさんではどうされていますか。 大河原: 当社では、事業所の予算についての判断は管理者に任せています。基本的には、「もう一人のあたたかい家族」という会社の理念に基づいて、事業所や利用者さんためになることに使うようにと伝えています。 ただ、管理者だけで決めるのが難しい場合は、本社が一緒に決めるような方法を取っています。 他のステーションでは、管理者に予算や権限をどこまで与えるか決まっていない所も多くあると思います。私は経営と現場の両方をやっているのでわかる所もあるのですが、現場が必要というものが経営的な目線で見ると必要ないということもあり、その価値観の違いが管理者の悩みや不満につながっているという話はよく聞きます。 芳賀: 予算の決定権を与えられた時、管理者には「利用者さんへの付加価値につながっているか」と「経営にどのような影響を及ぼすのか」の2つのバランスを考える意識が必要だと思います。事業所単位の収支のような狭い視点ではなく、会社の理念から考えたときにどうなのか、という視点ですね。 そのためには理念を理解してもらうと同時に、意識をもたせるしくみを作ることも必要です。 私が理事を務めている法人では、社会福祉法人・医療法人を含めた全グループで、医師や看護師などすべてのスタッフからコスト改善の提案を本社にあげてもらっています。そして良い提案は、全事業所で共有し、表彰もしています。もちろん、提案はサービスの質を下げることがないコスト改善です。 コスト改善は、必ずしも利用者さんの付加価値を下げることばかりではないと思います。例えば、ケアに使う物を利用者さんのお宅にある物で代用したら、付加価値は下がらずに利用者さんの経済的負担を軽減できたとか、そうしたケースもありました。 費用の適正化と利用者さんへの付加価値の両方を達成する、ということを自分たちで考え、提案する機会を与えることで、より意識も高まってくると思います。 大河原: 自分たちで考えさせることで、コストや経営的な意識が高まるということですね。 管理職に予算とそれに合わせた権限を与えることの重要性を改めて感じました。そして、理念という判断基準が明確になれば、どの管理者も迷うことが少なくなる。ここでも理念の必要性を実感しました。 【テッセイの改革】 テッセイでは、良いサービスを提供するためには、会社の明確な「トップダウン」とともに、現場スタッフからの「ボトムアップ」が同時に必要であると考えています。 各チームが1日1回以上、1分以上をルールにスタッフ同士気軽に話し合う「スモールミーティング」、改善したいテーマごとにチームを作って話し合う「みんなのプロジェクト」などを行い、現場から出た改善策や新しいアイディアを確実に実行しています。会社側が現場の課題や改善策を一番理解しているスタッフの提案を否定せず、実践させることで、スタッフから自然と意見が出てくる環境が整ったのです。 ** 名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授 芳賀 裕子   【略歴】 慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。 Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師 大河原 峻   【略歴】 看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。   【参考書籍】 ※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社

コラム
2021年6月22日
2021年6月22日

適切な人材を集めるための「採用デザイン力」を上げる

前回は、適切な人材を継続的に採用していく力をその組織の『採用力』として、その『採用力』は4つの要素からできていることを紹介しました。(①有形採用リソース、②無形採用リソース、③採用デザイン力、④採用オペレーション) その中で、まず訪問看護ステーションが注力すべきは即効性のある2つ、採用のやり方を工夫する「採用デザイン力」と、応募から入職までの効率性を高める「採用オペレーション」です。第3回では、そのうちの「採用デザイン力」を向上させるノウハウを紹介していきます。 1.求める人物像を見直す 一般企業に毎年行われている人材採用についての調査で「選考時にどんな要素を重視するか」というアンケートがありますが、その1位は16年連続で「コミュニケーション能力(82%)」、2位が10年連続で「主体性(61%)」となっています(※1)。これを見るだけでも採用基準が非常に均質化しているのがわかります。 「採用のやり方(デザイン)」を変えるための第一歩として、まずは求める人物像を再考するところから始めます。求める人物像を明確にすることで、求人広告で謳うメッセージが明確になります。なんの工夫もなく求人広告を出して、大手と同じような人材を求めても、訪問看護ステーションに「良い人材」が応募してくる確率は低いからです。以下の3つのポイントから、求める人物像をもう一度考え直してみてください。 ①必要条件を盛り込みすぎない すべてを兼ね備えた人材など、世の中にはいません。必要な要件を盛り込みすぎると対象者は限定され、採用の自由度を狭めます。引き算で考えて、本当に必要な要件は何かをもう一度考えてみましょう。社内の評価制度を基準の延長線上でよいと思えば、イメージが湧きやすくなるかもしれません。 ②後天的要素ではなく、先天的要素で絞る ある組織心理学の研究者によれば、私たちが持っている能力は「極めて簡単に変わるもの」と、「非常に変わりにくいもの」の2つがあるとのことです(※2)。「簡単に変わるもの」は、仕事や研修などを通じて育成可能な後天的要素ですので採用基準にする必要はありません。「非常に変わりにくい」とされている能力や性格、志向などの人物特性は、入社後の育成が難しい先天的要素ですので、採用基準としてきちんと見ておかなければなりません。 ③スキルフィットよりカルチャーフィットを どうしても訪問看護の経験やスキルを求めてしまいがちです。しかし、スキルは高いけど組織の雰囲気に合わない(カルチャーフィットしない)人は採用しない方が良いでしょう。組織が小さいほどそう思います。経験が少なくても、時間をかけたら習得できることであれば目を瞑って、いまの組織の状況でぎりぎりの採用基準を考えてみましょう。最終的には選考のタイミングであらためて皆で検討すれば良いので、求める人物像は「カルチャーフィット」を中心に考えます。 ちなみに、私が務めている訪問看護ステーションで最も重要視している採用基準は、①スキルや経験はなくても向上心があること、②個人よりもチーム重視で行動できること、この2つだけに絞っています。 2.媒体選定 Push型マーケティングをうまく使う さて、求める人物像が決まったら、次は求人広告の方法についてです。自組織が求人していることを求職者に知ってもらわなければ始まりません。大手であれば自社サイトに求人広告を出していれば一定の応募者は集まりますが、多くの訪問看護ステーションはその存在も知られていない可能性があるために、応募者が来るのを受け身で待っていても集まりません。費用は多少かかってしまいますが、適切な場所に情報を発信して求職者に知ってもらわなければなりません。 マーケティング(ここでは求人広告)の基本は、「Push」と「Pull」で広告媒体を使い分けることです。採用力が低い組織の場合は、Push型をうまく使う必要があります。 ①求人媒体を利用する(ほとんどが有料) ハローワーク、有料求人広告、チラシのポスティング、紹介会社の利用などは、効果を見ながら積極的に活用しましょう。数ある有料の求人広告の中で何を利用するかは、その地域、その職種で利用されている1位、2位の求人媒体を中心に検討する必要があります。上位の求人媒体が何かわからない場合は、求人広告の営業マンや紹介会社の担当者、実際の応募者との会話から探っていくのが良いでしょう。 ②紹介会社(エージェント)を利用する 紹介会社を利用するか否かは色々な意見がありますが、私が務める訪問看護ステーションでは紹介会社を活用しています。多くの紹介会社は成果報酬型なので、採用するまでは費用はかかりません。適切な人材であれば、組織にも貢献し、長く務めてくれる可能性も高くなりますので、紹介手数料以上の効果が得られると考えています。とにかく、一人でも多くの求職者に自組織の求人情報を届けることを優先して考えています。 ③ある程度の期間をとって募集する 一般企業と異なり、医療業界の特性やマッチングの問題から、常に潤沢な求職者が存在するわけではありません。ある時期に集中して、複数の有料求人媒体に掲載しても、巡り合わない可能性があるので、期間を長めにとって採用活動するほうが良いと考えています。 ④さまざまなチャネルで発信する 連載の第2回で紹介しましたが、求人広告だけに頼るのではなく、考えられる方法はとにかく色々と試してみましょう。 私が事務長を務める訪問看護ステーションでは、在宅医療や訪問看護に興味のある方に1年中同行見学を受け付けています。今は病院に勤務にしているものの訪問看護に興味を持っている看護師さんなども見学に来てくれます。見学から私たちのステーションを気に入っていただき入職にいたった看護師さんも少なくありません。 またあるときは、「訪問看護1日研修」というイベントを連携する病院に案内したこともあります。目的はリクルートではなく純粋に在宅医療の啓発だったのですが、在宅医療や訪問看護を実際に見たことのない多くの病棟看護師さんが研修に来くださり、大変好評でした。その中で、訪問看護や私たちの訪問看護ステーションに興味を持っていただけた方もいらっしゃいました。 よい人材獲得のために常にアンテナを張っておき、知恵を結集してチャレンジングな取り組みをしていくことを考えていきましょう。 今回は、①求める人物像、②媒体選定について紹介してきましたが、その上で重要なのは、自組織の情報と魅力・独自性をしっかりと表現することです。次回は、採用活動のコンセプトブックとなる「求人パンフレット」の作り方と活用方法について紹介していきます。 ** 株式会社メディヴァ コンサルティング事業部 シニアマネージャー/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 事務長 村上典由   【略歴】 兵庫県出身。甲南大学経営学部卒業。広告代理店での勤務を経て、阪神大震災を機に親族の経営する商社、不動産管理会社などの経営再建と清算業務に従事。2001年からMBOにより飲食店運営会社を設立し副社長を務める。2009年より株式会社メディヴァに参画。「質の高い医療サービスの提供」を目指して在宅医療の分野を中心に医療機関・企業・自治体などの支援を行なっている。医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニックの事務長を兼務。2015年度政策研究大学院大学医療政策短期特別研修修了。   【参考】 ※1 一般社団法人 日本経済団体連合会 2018年度新卒採用に関するアンケート調査結果 https://www.keidanren.or.jp/policy/2018/110.pdf ※2 ブラッド・D・スマート著(2005)『Topgrading』Portfolio社

インタビュー
2021年6月15日
2021年6月15日

チームで共有すべき訪問看護の提供価値とは

この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」という)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。 テッセイは、まず現場スタッフ自ら提供する商品と価値について考え、答えを出すことで、自分たちの仕事に新しい価値観を見出すことができました。新しい価値観を皆で共有できたことが、改革の大きな原動力になっています。第2回の対談では、病院とは異なる訪問看護事業の価値についてお話しいただきました。 自分たちの提供価値を定める意義 大河原: 訪問看護ステーションを見て感じるのは、看護師たちの価値観の違いに起因するいざこざが多いということです。私も経験がありますが、病院の看護師は先輩に言われたことに従わなければならない状況が多くあります。訪問看護ステーションでも、先輩看護師や管理職看護師が自分のやり方を押しつけている状況があると思います。 訪問看護は、1人の利用者さんをチームで看ています。本来は、チーム全員が同じ価値をもって連携することが理想だと思いますが、看護師以外にリハビリ職もいるため、職種によって看る観点が違ったり、看護師同士でもキャリアが違ったりして、意見が違ってしまうことがあります。 カンファレンスで担当者が集まる機会はあるのですが、みなさん忙しいので、タイムリーに行われているかというと難しいのが実情です。ウェブ会議が浸透するとよいのですが、医療や介護の領域はITリテラシーが意外と高くないのです。 当社でも、みんなが同じ1つの価値を持っているというレベルにはまだ達していないと思います。 芳賀: 提供する価値が何なのか、みんなが共通の認識を持っていれば、職種は違ってもそれを判断基準に考えることができると思います。 以前のテッセイの従業員は、新幹線の車内を掃除することが仕事だと思っていました。しかし業務改善後のテッセイは、従業員に「あなたの仕事はなんですか」と尋ねると、「お客様の旅の思い出づくり」と答えるようになりました。 これと似た話があります。墓石に名前を彫っている職人に「あなたの仕事はなんですか」と尋ねると、ある職人は「名前を彫ることだ」と言い、別の職人は「この人のお墓をつくっている」と答えました。 この2つのエピソードは、自分の仕事がどういう価値を生み出しているのかを、その人がどう認識しているかで、最終的にはお客様に提供する価値が大きく変わってしまうことを表わしています。 つまり、一人ひとりの考え方が社内でバラバラだと提供価値も変わってしまい、会社が本来目指している目的が達成できなくなるということです。 【テッセイの改革】 改革を行った矢部氏は、「新しいトータルサービスを目指す」という目標を掲げ、自分自身とスタッフたちに「私たちの商品は何なのか」と問い続けました。もちろんテッセイの仕事は、新幹線を快適に利用できるように車内を整えることです。では、なぜきれいな車内が必要なのでしょうか。それは新幹線の旅を楽しんでもらいたいからです。では、清掃員が「自分の仕事は清掃だけ」と考え、駅構内でお客様から道を尋ねられても無視したら、お客様は新幹線の旅を楽しめるでしょうか。 スタッフたちは、そのように考えていった結果、自分たちの商品(提供価値)が「お客様に旅のよい思い出を持ち帰ってもらうこと」であると気づいたのです。またこの新しい価値観を全員に理解してもらうために、新しい制服の導入、伝道師となる役職者の任命、新たな標語の設定など、スタッフの意識を変える改革を行っていきました。 関係者全員が同じ価値を共有することが理想 大河原: 当社は、それぞれがやりたい看護への想いを大事にしていますが、一つ強く言っていることがあります。それは「療養上の世話」を重視するということです。 一般的に看護師には、療養上の世話と診療の補助という二つの責務があります。病院は患者さんの病気を治す所なので、病院の看護師は診療の補助が重要な仕事だと思います。 しかし訪問看護は、療養上の世話だと思っています。なぜなら、在宅の方は病気を治したくて家にいるわけではなくて、家で生活したくて病気と向き合っているからです。 例えば、糖尿病をわずらっていて、自宅でお菓子やジュースを飲食していたらどうするか。病院なら禁止しますが、訪問看護の場合は、それが良くないとわかっていても完全に取り上げるのが利用者さんにとって一番良いとは限らないよね、というのが当社の考え方です。 リカバリーの場合、こうした価値観を『もう1人のあたたかい家族」という理念として掲げ、自分の家族だったらどう看るか、ということを医療職として考えることを大事にしています。 理念を浸透させる方法として、今は各事業所で毎日朝礼を行っています。その利用者さんが自分の家族だったらどう対応するか、理念に基づいた気づきを毎朝誰かが発信していくことで、療養上の世話という方向へみんなの意思を統一していくようにしています。 とはいえ、現在の理念にしたのは半年前なので、まだまだこれからですね。 ただ、訪問看護業界を見渡すと、価値観を示す理念を掲げている会社は多くありません。こうした点も訪問看護業界の課題といえます。 芳賀: 理念として、全社員に『もう1人のあたたかい家族」という考え方を示しているのは素晴らしいですね。また、朝礼でスタッフ自らメッセージを発信していく取り組みは、テッセイでも行なっています。理念や価値をみんなで共有していくプロセスとしては需要なことだと思います。 ただその理念は、大河原社長たち経営陣が作ったものだと思います。 テッセイの改革は、全員が同じ価値観を持つことができるようになって、初めて成果が出ました。しかも、最も大切な提供価値である「旅の思い出づくり」というコンセプトは、本社や社長が考えたのではありません。社員たちにものすごく議論をさせて、自分たちで考えさせました。 また、旅の思い出づくりは1社でできることではありません。そこで社員の要望で、車内販売の販売員や車掌などとも連携するために、他の会社や職種の人たちとも話し合いを重ねていきました。 在宅医療も同じですね。場合によっては組織も異なるさまざまな専門職の人がサービスを提供しますが、相手は1人の利用者さんです。だから、すべての関係者が同じ価値観を持っていたほうがよく、組織間の連携も欠かせません。 訪問看護ステーションでも、自分たちが提供する利用者さんへの価値とは何なのかを、社員の方々にとことん話し合ってもらってはいかがでしょうか。 ** 名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授 芳賀 裕子  【略歴】 慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。 Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師 大河原 峻  【略歴】 看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。  【参考書籍】 ※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社

コラム
2021年6月15日
2021年6月15日

なぜ、あの組織には良い人が集まるのか?

まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不的確な人をバスから降ろし、つぎにどこに向かうべきか決める。 (出典:ジェームズ・C・コリンズ 著、山岡洋一 翻訳『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP,2001) これは前回取り上げた、偉大な組織に共通する人事についての考え方ですが、どんな組織でも優秀な人材が採用できるわけではありません。どんなに費用をかけても、優秀な人材が集まらない組織もあれば、外から見ていても「なぜ、あの組織は優秀な人が集まるのか?」と思うほど優秀な人材を採用できている組織もあります。 このような、優秀な人材を継続的に採用し続ける力をその組織の『採用力』と考えて、第2回は、その『採用力』について解説していきます。 『採用力』を決める4つの要素 一般的には、業界大手、地域No.1の病院などは人が集まりやすいと考えられますが、業界大手や地域No.1病院でも、職場環境が悪かったり、給与条件が悪かったりすれば人は集まりにくくなるでしょう。一方、ベンチャー企業や小さな組織でも仕事のやりがい、良い職場環境、ユニークな働き方や評価制度を取り入れるなどの方法で人材をうまく引きつけている組織もあります。組織の大小に関わらず人材を採用する力には差があります。これが『採用力』です。人材こそがすべての源泉である医療・介護業界では、もっとこの『採用力』を重要視し、その向上に注力する必要があると常々感じています。 この『採用力』は4つの要素からできていると考えています。1つ目が「有形採用リソース」、2つ目が「無形採用リソース」、3つ目が「採用デザイン力」、4つ目が「採用オペレーション」です。(出典:服部泰宏著『採用学(新潮選書)』新潮社、2016) 以下、その一つ一つについて解説していきます。 ①有形採用リソース 1つ目の「有形採用リソース」とは、都心部の大病院や地域No.1の病院などのように、好立地で有名な医療機関であったり、給与条件が良かったり、採用活動に潤沢な予算があったりと、その組織自体が有しているハード面で有利なリソース(資源)を言います。一般的に知名度が低く小規模な訪問看護ステーションは、この「有形採用リソース」はかなり弱いので、これ以外の要素を強化していかなければなりません。 ②無形採用リソース 2つ目の「無形採用リソース」とは、「従業員のための訴求価値(EVP:employee value proposition)」というものです。例えば、最先端の取り組みをしていること、社会貢献に繋がっていること、また、ワーク・ライフ・バランスの取れた働きやすさ、学べる組織や、自分のやりたいことが実現できる組織、仲の良い組織など、「人材が、この組織で働きたい」という魅力・価値のことを言います。優秀な人材獲得が、組織の業績に大きな影響を与えることから、近年非常に注目されています。 訪問看護ステーションで考えてみると、ターミナルケアや小児看護などに特化して、そこでしかできない仕事であったり、職場のチームワークが抜群に良い組織であったり、研修など学べる環境をとことん重視している風土、働いた分だけ給与に反映される報酬制度がある組織なども「従業員のための訴求価値(EVP)」を持っていると言えます。 いくら良い業績を上げて、多くの職員を採用したとしても、このEVPが低ければ離職者は絶えることがなく、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けることと同じで、いずれ業績にも悪い影響を与えることになるでしょう。 「従業員のための訴求価値(EVP)」は、短期的には変わりにくいものの、時間をかければ改善していくことができます。私はこのEVPを向上させることこそが、経営者が力を注ぎ込むべき対象であると思っています。持続的な「良い人材」の獲得のためにも、このEVPの向上に取り組んでいくことが重要です。 ③採用デザイン力 3つ目の「採用デザイン力」とは、「採用のやり方(=デザイン)」を変えることです。具体的には、求める人物像や採用基準の独自性を高めたり、求人広告媒体を工夫したり、その広告デザインに力を入れたりすることです。 「採用デザイン力」について具体的にイメージできるように、Apple創業者の故スティーブ・ジョブズ氏が会社創業期に参考にしたと言われる、人材採用の『教え』を紹介します。  第1条 :職場を「広告」にしてしまいなさい。自分たちの仕事に自信があって、それを外にうまく伝えられていないなら、 職場そのものを広告すればいい。  第3条 :求人広告こそが勝負だ。それがクリエイティブでなかったら、誰がクリエイティブになってくれるのか。  第4条 :採用基準は「情熱」である。  第7条 :できる社員にはそれなりの人脈がある。その人脈を使うといい。それが人材登用のビジネスというものだ。  第15条:逸材はどこにでもいる。レジや洋品店やウェイトレスに目を配りなさい。  第17条:ときどきはおもしろい会やコミュニティに顔を出すべきだ。 (出典:ノーラン・ブッシュネル&ジーン・ストーン 著、井口 耕二 翻訳『ぼくがジョブズに教えたこと 才能が集まる会社をつくる51条』飛鳥新社、2014) 採用の過程で応募者は、一度は職場を見る機会があるでしょう。その職場で働く職員がイキイキと働いていれば、それは一番説得力のある広告になるということ、求人広告を妥協せずに最高のものにすること、採用の基準をスキルや経験ではなく「情熱」のような独自の基準にすることなど、一般的に知られている採用活動とは一味違った内容が書かれています。このような「採用のやり方」を「採用デザイン力」として考えます。どんな組織でも知名度が低い時期は人材の獲得に苦戦しますが、そんな中でも優秀な経営者は人材獲得のため、「採用デザイン力」に知恵を結集し、執念を燃やしている姿勢がよくわかります。 ④採用オペレーション 4つ目の「採用オペレーション」とは、募集→応募→面接→選考→内諾→入職といった一連のプロセスの効率性を指します。せっかく求める人物像を設定し、採用活動をして応募者を集めても、選考プロセスである「採用オペレーション」を非効率なものにしてしまうと入職につながらず、すべてが水の泡になってしまいます。この内容についても、この連載の中で具体的な取組方法などを紹介していきます。 以上、『採用力』を構成する4つの要素を紹介しましたが、訪問看護ステーションがまず取り組むべきは、即効性のある3つ目の「採用デザイン力」と、4つ目の「採用オペレーション」の向上です。次回以降は、これらについてすぐにでも取り組める具体的なノウハウを紹介していきます。 ** 株式会社メディヴァ コンサルティング事業部 シニアマネージャー/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 事務長 村上典由   【略歴】 兵庫県出身。甲南大学経営学部卒業。広告代理店での勤務を経て、阪神大震災を機に親族の経営する商社、不動産管理会社などの経営再建と清算業務に従事。2001年からMBOにより飲食店運営会社を設立し副社長を務める。2009年より株式会社メディヴァに参画。「質の高い医療サービスの提供」を目指して在宅医療の分野を中心に医療機関・企業・自治体などの支援を行なっている。医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニックの事務長を兼務。2015年度政策研究大学院大学医療政策短期特別研修修了。   【参考書籍】 ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一 翻訳(2001)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP 服部泰宏著(2016)『採用学(新潮選書)』新潮社 ノーラン・ブッシュネル&ジーン・ストーン 著、井口 耕二 翻訳(2014)『ぼくがジョブズに教えたこと 才能が集まる会社をつくる51条』飛鳥新社

インタビュー
2021年6月8日
2021年6月8日

テッセイ改革で訪問看護に化学反応を引き起こす

この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。 訪問看護事業は、医療の在宅化が進んだことで重要性が高まる一方で、経営が安定しない、スタッフの確保が難しいなど、多くの課題を抱えています。第1回の対談では、新幹線の清掃会社であるテッセイと訪問看護ステーションに共通する経営課題についてお話いただきました。 ビジネス界で注目されるテッセイと訪問看護の共通点 芳賀: テッセイはビジネス界では知られた存在です。アメリカのハーバード・ビジネス・スクールのMBA(経営学修士)でも教材として取り上げられており、私たち経営学者もよく参考にしています。 テッセイは、親会社であるJR東日本から新幹線の清掃業務を受託している、典型的な子会社です。お客様からの苦情や従業員のミスが多く、離職率も高い状態で、JR東日本グループのなかでも評判があまりよくない企業でした。 改革を行った矢部氏はテッセイの親会社であるJR東日本の上級管理職でした。最悪な状態の清掃会社を立て直すという使命を持ってテッセイに入り、そして見事に業務を立て直しました。 ただ、テッセイの仕事は難易度が高いもので、改善は簡単ではありませんでした。 新幹線の車内清掃は、新幹線が終着駅に着き再出発するまでの12分間で済ませる必要があります。しかもその12分にはお客様の乗降に必要な5分間も含まれているので、実質的には7分で全車両のシート・テーブル・床・トイレを清掃しなければなりません。 テッセイの清掃員たちの業務量は、ボーイングの大型飛行機1機分の清掃の半分の時間で、6機分清掃するのと同じといわれています。 そのような大変な業務でありながら、経営もサービスの質も、人の働き方も劇的に変えたことで、成功事例として取り上げられるようになったのです。 この点を踏まえて、訪問看護事業とテッセイの共通点、異なる点を考えていきたいと思います。 矢部氏は、テッセイに入って最初にすべての事業所を回り、従業員からヒアリングをしました。そして、従業員一人ひとりは真面目な人が多く、個人の資質のせいでこのような業績になっているわけではない、ということを発見しました。それであれば、やり方を変えればうまくいくと確信したのです。 訪問看護ステーションで働いている看護師さんたちは、そもそも看護師をやろうと志した段階で、高い職業意識を持っているはずです。個人の資質が一定レベル以上にあることは、テッセイと訪問看護の共通点といえます。 異なる点は、その仕事をやりたいと思って選んだかどうかではないでしょうか。看護師は、看護師の仕事をやりたくてなった人が多いと思います。一方、かつてのテッセイの従業員には、どんな仕事をやってもダメで、仕事がなくてここに入ったという人が少なくありませんでした。 大河原社長はこの本を読んで、働いている人たちの気質についてどのように感じましたか。 大河原: おっしゃるとおり、真面目で個人の資質が高い人が多いところは訪問看護と共通していますね。 そのほかにも、新幹線の車内清掃と訪問看護はまったくかけ離れた業種ですが、意外に共通点があると感じました。 実は看護業界のなかでは、訪問看護はまだ人気があるとはいえない仕事です。国内には100万人以上の看護師がいますが、訪問看護師はそのうちのわずか4、5万人(※2)で、病院に比べるとまだ地位が確立されていない状況です。そのような中、真面目な従業員にやりがいを持って働いてもらうにはどうしたらよいか、という課題はテッセイと同じだと思いました。 また、新幹線の車内清掃に7分という時間制限があるように、訪問看護でも1件30分とか60分といった時間制限があります。テッセイも訪問看護も、限られた時間内で最大限パフォーマンスを発揮しなければならないというところが、似ていると思います。 【テッセイの改革】 清掃の仕事は3K(きつい・汚い・危険)と呼ばれて敬遠されがちな職業であり、テッセイも希望の企業に就職できなかった人や失業した人が、最後にしかたなく応募するような会社でした。そんなテッセイで矢部氏は、社員たちに『誇り』と『生きがい』を持たせることに成功し、改革を成し遂げました。どのようにして、現場スタッフの意識を変えたのでしょうか。 矢部氏は、現場のポテンシャルを下げている原因が『本社の管理体制』と『仕事に対する世間のイメージ』であることを突き止め、制服を変え、本社の体制も変え、社員のやる気を引き出す戦略を一つひとつ実践していきました。そして、かつては『いわれたことだけ』をこなしていたような社員を、新しいサービスを自分たちで考え提案するまでに変身させたのです。 今後の訪問看護事業に求められる組織的な運営へのシフト 大河原: 訪問看護事業所の6割以上は5名以下の小規模事業所です(※3)。それだけ企業規模が小さいと、経営者も従業員も手弁当でやることが少なくありませんが、手弁当ではいつか限界がやってきます。年間1,000近い事業所が生まれて1,000近い事業所が撤退する、これが訪問看護業界の実態です(※4)。 しかし、訪問看護事業も大規模化していかないと効率化できません。そして業務を効率化しないと、経営資源を人に集中させることができない。訪問看護は人が主役の事業であり、時間で動く業務なので、今後、効率化は大きな課題になっていくと思います。 芳賀: テッセイは矢部氏の改革によって、現場スタッフが誇りと生きがいを持って働けるしくみをつくることに成功しました。訪問看護業界は、まだそうしたしくみができあがっていない状況ということですね。 政府や厚生労働省は、医療保険制度と介護保険制度のなかで、ある程度の企業規模を持つ訪問看護事業者を想定した動きをしているように見えます。訪問看護も、組織化して一定の業務効率を持ちながらサービスの質を上げていかなければならない時期に来ているのかもしれません。 組織としてどう運営していくかという視点が必要になってくるでしょう。その意味でも、テッセイの業務改革は参考になる部分が多いと思います。 ただし、テッセイの改革は、最悪の状況、マイナスからのスタートでした。リカバリーはまだ設立7年ですし、訪問看護も業界としてまだ確立されていない、いわばこれからの業界です。今の訪問看護事業は無から有をつくる段階であり、そこは大きく違うといえます。 大河原社長をはじめ、訪問看護ステーションの経営者の方々には、新しい考え方にも前向きに取り組んでいっていただきたいと思います。 ** 名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授 芳賀 裕子 【略歴】 慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。 Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師 大河原 峻  【略歴】 看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。  【参考書籍】 ※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社  【参考資料】 ※2 厚生労働省 平成30年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況 就業保健師・助産師・看護師・准看護師 結果の概要 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/18/dl/kekka1.pdf ※3 厚生労働省 アフターサービス推進室活動報告書(Vol.15:2014年3月~6月)平成26年6月30日 https:/www.mhlw.go.jp/iken/after-service-vol15/dl/after-service-vol15.pdf ※4 一般社団法人 全国訪問看護事業協会 令和2年度 訪問看護ステーション数 調査結果 https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/r2-research.pdf

コラム
2021年6月8日
2021年6月8日

ステーションにとっての「人材採用のゴール」とは

医療機関における採用と定着の問題は、過去から続く医療機関にとっての大きな問題です。そもそも診療報酬で縛られた医療機関、そして採用の対象となる医療従事者も資格職であるために差別化が難しく、地域の有力な医療機関以外は非常に劣勢であり、優秀な人材を獲得することが難しい環境が続いてきました。これからさらに少子高齢化で働き手が減少し、医療ニーズも変化あるいは縮小していく中で、医療人材の採用と定着の取り組みはますます重要になっていきます。特に、訪問看護は2045年ころまでニーズは増え続ける見込みではあるものの、地域の人材は圧倒的に不足しています。 近年、一般企業における採用活動は、インターネットの普及や採用ツールの開発、研究によって近年大きな進化を遂げていますが、一方で医療機関の採用活動はまだその進化が及んでいないと言えるでしょう。 私は医療コンサルタントと並行して、東京都世田谷区で在宅療養支援診療所と訪問看護ステーションを運営している組織の事務長として採用業務を10年間以上担当してきました。この採用活動の経験と、進化した一般企業の採用活動を参考にして、採用と定着のための具体的なノウハウをお伝えしていきます。 不利な環境にある訪問看護ステーション 毎年、日本看護協会から「正規雇用看護師の離職率」が公表されていて、2018年度の離職率は10.7%と横ばいでした(※1)。離職率とは、年間の総退職者数を平均職員数で割った値で、1年間に何%の人員が入れ替わったかを把握することができる指標です。値が高いほど悪いことを意味します。 産業別にも公表されていて、離職率の低い産業としては、建設業9.2%、製造業9.6%。医療・福祉業界は14.4%と全業界の中でも高い(悪い)水準です(※2)。 医療業界の中で、正規雇用看護師の離職率を見てみると、病床規模別では病床数が多い程離職率は低く(500床以上で10.4%)、病床数が少なくなるほど高くなります(99床以下は11.5%、病床数無回答で12.4%)。設置主体別に見てみると、公立病院が最も低く7.8%、訪問看護ステーションによく見られる個人事業では14.1%と高くなっています(※1)。つまり、このデータからも分かる通り、病床がなく、個人事業主に近い小規模事業所である訪問看護ステーションはもともと不利な環境にあると言えます。 重要なのは「適切な人材の採用」 ビジネス書としては大ベストセラーの『ビジョナリー・カンパニー』という書籍があります。マッキンゼー出身のジェームズ・C・コリンズなどによって書かれたもので、「永続」している会社がどんな特徴を持っているのか?という謎の解明に挑んだ書籍で、企業の大半の経営者が読んでいると言われる名著です。その中でも「だれをバスに乗せるか」という採用にまつわる章があり、以下のような表現でその重要性について説いています。 ・まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不的確な人をバスから降ろし、つぎにどこに向かうべきか決めている。この原則を厳格に一貫して適用する。人材は重要な資産ではない。適切な人材こそが重要な資産なのだ。 ・偉大な組織への飛躍には、人事の決定に極端なまでの厳格さが必要なことがあげられる。成長の最大のボトルネックは何よりも、適切な人びとを採用し維持する能力である。 (出典:ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一(翻訳)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP,2001) ここで注目すべきは、戦略の決定の前に「適切な人の採用が重要」であり、その採用に極端に厳格であるという姿勢です。「優秀な人材」ではなく「適切な人材」と書かれているのは、スキル重視ではなく、組織のカルチャーを重視する姿勢です。カルチャーに合うか、合わないかという面は、優秀であるか否かよりも重視されていることがわかります。このカルチャーフィットの視点は、この連載の中でも詳しくとりあげます。 レベル4以上の人材を集めることを目指す もう一つ、人材を見極める上で重要な視点を紹介します。ゲイリー・ハメル教授という最も影響力のある経営思想家トップ50にも選出された研究者で、コンサルタントでもある彼が提唱している考え方です。彼は、人材には6つのレベルがあり、レベル4以上の人材を集めなければ組織は衰退すると言っています。 ・企業が繁栄するかどうかは、あらゆる階層の社員の主体性、想像力、情熱を引き出せるかどうかにかかっている。そしてそのためには、全員が自分の仕事、勤務先やその使命と精神面で強くつながっていることが欠かせない。 ・レベル1から3は、世界のどこでも雇うことができるので、社員から従順さ、勤勉さ、知識だけしか引き出せないなら、あなたの会社はいずれ経営が傾くということである。 (出典:ゲイリー・ハメル著 有賀裕子(翻訳)『経営は何をすべきか』 ダイヤモンド社,2013) ゲイリー・ハメルが言うレベル4以上の人材を集めることの重要性は、経営者・マネージャー経験者であれば、感覚的にもわかることだと思います。 スキル重視ではなく、カルチャーフィットであり、主体性、創造性、情熱を持ったレベル4以上の人材を集めることを「採用活動のゴール」と考えて一歩目を踏み出しましょう。 訪問看護ステーションの人材採用 在宅医療と訪問看護のニーズは、多くの地域で今後ますます伸びていき、ほとんどの都心部では2045年がニーズのピークにあたります。ますます増えるニーズへの対応のためにも、人材採用の重要性は高まっていきます。また、訪問看護に欠かせない24時間対応の負担を軽くするためにも、ある程度人員を確保して、大きな組織を目指したほうが安定するでしょう。また、カルチャーフィットした良い人材が採用できれば、実践するケアの質や組織のチームワーク向上、他の職員への相乗効果などポジティブなスパイラルが形成されます。しかしながら、組織に合わない不適切な人材を採用してしまえば、逆に組織全体が悪いスパイラルに陥ってしまうという重大な分岐点でもあります。 採用と定着を改善することは、医療機関にとっても、またそこで働く医療従事者、サービスを受ける患者・利用者にとっても素晴らしい成果を生み出すことになります。他の医療機関に先駆けて、採用と定着に真剣に取り組む医療機関が1つでも多く誕生することを願っています。 次回以降、採用面では不利な立場にある訪問看護ステーションが、病院などに対峙して良い人材を採用するためにはどうすればよいのか、採用活動について改めて考え直すとともに、すぐに取り組める具体的な採用ノウハウを紹介していきます。 ** 株式会社メディヴァ コンサルティング事業部 シニアマネージャー/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 事務長 村上典由  【略歴】 兵庫県出身。甲南大学経営学部卒業。広告代理店での勤務を経て、阪神大震災を機に親族の経営する商社、不動産管理会社などの経営再建と清算業務に従事。2001年からMBOにより飲食店運営会社を設立し副社長を務める。2009年より株式会社メディヴァに参画。「質の高い医療サービスの提供」を目指して在宅医療の分野を中心に医療機関・企業・自治体などの支援を行なっている。医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニックの事務長を兼務。2015年度政策研究大学院大学医療政策短期特別研修修了。   【参考】 ※1 日本看護協会 2019年 病院看護実態調調査 https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/research/95.pdf ※2 厚生労働省 -2019年(令和元年)雇用動向調査結果の概況- https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/20-2/dl/gaikyou.pdf   【参考書籍】 ゲイリー・ハメル著 有賀裕子 翻訳(2013)『経営は何をすべきか』 ダイヤモンド社 ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一 翻訳(2001)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP

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