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川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】
川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】
インタビュー
2024年1月23日
2024年1月23日

川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】

「看護小規模多機能型居宅介護」(以下、「看多機」(かんたき))は、医療依存度が高い高齢者や体調が不安定な障害を抱えている人などが、住み慣れた自宅で生活するための介護保険サービスです。特徴は、訪問介護や訪問看護が受けられ、事業所への通い(デイサービス)や宿泊も可能なこと。24時間365日、できるだけ介護者や家族の希望に沿った柔軟で包括的なサービスの提供ができます。 この看多機の先がけが、林田菜緒美さんが神奈川県川崎市麻生区で2013年に開設された「ナーシングホーム岡上」(現・ナーシングホームゆらりん)です。訪問看護ステーションを運営していた林田さんが、川崎市で初めて看多機を立ち上げたのは約10年前のこと。林田さんに、立ち上げ時のお話や現在の想いを伺いました。 「ゆらりん家」について神奈川県川崎市麻生区にある、通い・宿泊・訪問看護・介護の4つのサービスを24時間365日提供するサテライト型の看護小規模多機能型居宅介護施設。急な用事での送迎時間の変更や、泊まりにしたいなど迅速な対応が可能で、登録定員18名、泊まりの個室は5部屋を用意。児童発達支援や放課後等デイサービスも行う「KIDSゆらりん」が併設され、子ども食堂も運営。室内はオープンキッチンやテラスがあって明るく、檜風呂が自慢。毎週日曜日は地域に開放し、あらゆる層の人とつながれる居場所をつくっている。〇プロフィールリンデン代表取締役林田 菜緒美さん福岡県出身。RKB毎日放送で広告営業として勤務後、夫の転勤で神奈川県へ。都立の看護専門学校を卒業し、病院や訪問看護ステーションを経て、2011年にリンデンを設立。「赤ちゃんからお年寄りまでその人らしく生きていく」ためのサポートを目指し、川崎市麻生区で看護小規模多機能型居宅介護事業などを展開。高齢者への生活支援と介護予防の基盤整備を進める地域の調整機能を果たす生活支援コーディネーターとしても活動。2024年には、健やかな社会の実現と国民生活の質の向上を目指し、献身的に活動する人を表彰するヘルシー・ソサエティ賞の医療・看護・介護従事者部門を受賞。 地域のサロンのような場所でありたい —まずは「ゆらりん家」という施設の特徴と、何を目指して運営されているのかを教えてください。 始まりは、2011年4月に、神奈川県川崎市麻生区の岡上という地域に開設した小さな訪問看護ステーションの「ゆらりん」でした。2013年には、在宅で過ごしたいという人工呼吸器などを付けた医療的ケアが必要な方の希望に寄り添いたいと、 「ナーシングホーム岡上」(現・ナーシングホームゆらりん) を開設。その半年後に、ヘルパーステーションと居宅介護支援を併設しました。2016年には「ナーシングホーム岡上」から徒歩圏内に医療的ケア児の通所施設「KIDSゆらりん」を新設し、2018年には地域のあらゆる人々に活用してもらえるサテライト型「ゆらりん家」をスタートさせました。川崎市から小地域における生活支援体制等整備事業の委託を受け、日曜日は地域開放日にして、住民のためのお弁当作りや健康体操などを行っています。あらゆる層の方をサポートしたいと目の前の課題に一所懸命に取り組んでいたら、自然とサービスの幅が広がり事業も拡大していきました。 私たちの施設の特徴は、人工呼吸器や胃瘻といった高度な医療処置が必要な高齢者の看取りまでをサポートできるのはもちろんのこと、近所の方々にとってサロンのような場所であることも大切にしています。例えば、うちに通っている利用者さんに会いたくて、ご近所に住むご高齢者が「こんにちは、〇〇さんいらっしゃる?」とテラスからひょっこりと入ってくる。そんなご近所さんと利用者さんがコーヒーを飲みながらカフェタイムを楽しむサロンのようなイメージです。近くに住む認知症の方が間違って入ってきてもいいですし、小学生が学校帰りに遊びにきてもいい。「誰でも来ていいんだよ」という開かれた居場所をつくり地域のみなさんがつながることで、支え合えます。赤ちゃんから高齢者まで、その人らしく生きることに寄り添える場でありたいと考えています。 ふらっと遊びに来ていたご高齢者やこの職場で働いていた看護師や介護員が、自身の終末期のときにここで看取りのお世話になる可能性だってある。何かあったときに知らない施設よりも馴染みのある場所で過ごせるだけで安心感があると思います。頼れる場所が、小学校の学区内くらいの歩いて行ける場所にひとつあるだけで、自身や家族の介護・看護の不安が随分和らぐように思います。 週1~2回の訪問看護の限界を感じた —看多機を立ち上げた経緯を教えてください。 私は元々福岡でテレビ局に勤務していて、夫の転勤をきっかけに仕事を辞めて、この神奈川県川崎市に引っ越してきました。大病を患っている親戚のもとへお見舞いに行ったとき、患者さんに寄り添う看護師さんの姿を見てなんて素晴らしい仕事だと感動し、30歳で看護学校に入学して資格を取得したんです。訪問看護に興味があったので、県内の病院で経験を積んだ後、訪問看護ステーションの会社で管理者として6~7年働きました。 2011年に自分が住んでいる地域で訪問看護ステーションを始めようと独立し、自宅をリフォームして5人ほどのスタッフで開業しました。でも、胃瘻や吸引の必要があるご高齢の難病の方をサポートしていると、日に1~2時間の限られた時間での訪問看護だけでは限界があると感じました。例えば、胃瘻や吸引が必要なご主人を1人で一生懸命、介護されていた奥様がいらっしゃって、遠方に住むご兄弟が亡くなったときに、医療的ケアが必要なご主人の預け先が見つからず、お葬式に出席できなかったんです。 そんなケースが何件かあり、地域にレスパイト先(在宅介護や医療を受けている人や介護する家族の休養を目的とした短期入院)もない中で、介護する家族の負担も減らすために、高度な医療的ケアが必要な方が泊まれる場所をつくりたいと考えました。ちょうどそのころ、「複合型サービス」がスタートし、いいサービスだな、やってみたいなと思って土地探しを始めました。私のように「泊まれる場所がほしい」と考え、訪問看護ステーションから看多機へと移行し、開業する人は少なくないと思います。 —呼吸器などをつけている方は、デイサービスにも行けないですよね。 そうなんです。せめてデイサービスに行ければ、ご家族も自身の通院といった自分のための時間がつくれる…。訪問看護でできることは本当に限られています。吸引できるヘルパーさんを育てて、「3時間はご主人を診ていられるようにするから、その間にご自身の病院に行ってください!」といった苦肉の策で時間を伸ばすしかなかった。もう少し長く看られればという思いが強くなり、行動につながったと思います。 ―岡上(川崎市麻生区)で開業された理由についても教えてください。 私は福岡から引っ越してこの地で子育てしたので岡上に愛着があり、心が知れたママ友たちがいます。そして、岡上は麻生区でありながら、東京都町田市に囲まれている「飛び地」なんです。あまりバスは走っていないし、市役所や区役所に行くにも電車に乗らなければいけない。そんな不便な地域だからこそ、困ったときに頼れる看多機のような施設が必要だと思いました。 自転車で地主の家を回って土地探し —物件探しなど、事業所開設までのご苦労はありましたか。 訪問看護ステーションならアパートの一室でも始められますが、看多機は広さの規定があったり、スプリンクラーの設置が必要だったりとさまざまなルールがあります。また、川崎市から2000万円ほど助成金を受けましたが、それまで住宅ローンしか組んだことがなかったので(笑)、助成金の手続きのしかたや銀行から融資を受ける方法が分からず、お金に関する勉強もしました。 当時は看多機が川崎市になく申請も複雑だったので、市の担当者も進め方が分からずお互いに不慣れでしたね。4~5回ほど役所に通い、あとはメールや電話で相談しながら進めていきました。 さきほど申し上げた通り、場所は岡上と決めていたんですが、エリアによって建物の規制が結構あるため、なかなかいい土地が見つからなかったんです。ネットで調べても売り物件があまりなく、不動産屋に聞いても適した土地が見つかりにくいと考えたので、町内会長に相談したり、法務局に行って目ぼしい土地の持ち主情報を収集したりして、自転車で回りながら6~7件ほど地主さんの家を周りました。「こんなサービスの施設をつくりたいのですが、土地はないですか?」と直接かけあっていったんです。 「ナーシングホーム岡上」がある場所はもともと雑木林でしたが、規定の広さをクリアし、地主さんのご了承もいただいたので、土地を借りて施設を立てることにしました。不動産で探すのもひとつの手ですが、地域によっては地主さんとお話するほうが、最適な土地が見つかりやすいように思います。 —経営は最初から順調だったのでしょうか。 いえいえ。最初の利用者さんは、インスリン注射が必要な要介護1の車いすを使用している糖尿病のおじいさんが1人だけ。その状態が3~4ヵ月続き、毎日お金の計算ばかりしていて倒産するかもと思いました(笑)。訪問看護が2年目で黒字化してはいましたが、「あと〇ヵ月は大丈夫だな」「もう1回銀行でお金借りなきゃいけないかな」などと経営面ではいつも不安と隣り合わせでした。 当時、看多機の認知度は低かったので、病院のMSW(メディカルソーシャルワーカー)にご挨拶と施設の説明をしに行き、病院からの紹介で少しずつ利用者さんが増えてきました。ケアマネジャーさんにも説明しに行ったのですが、看多機を利用する場合、その施設専属のケアマネに変更する必要があるので、スムーズにいかないこともあって…。でも、一度サービスを受けていただいて実績ができると、ケアマネさんが「この事例なら、『看多機』がいいのでは」と提案してくださることが増え、口コミで広がっていきました。 —サテライトの「ゆらりん家」を開設して5年、看多機を始めてから10年経過されていますが、立ち上げ時以外にご苦労された点についても教えてください。 看多機の認知度をあげ、安定して利用者を確保することや、介護職員の求人などは難渋しましたね。コロナ禍では通いを減らして訪問中心に切り替える、といったこともしながら、事業所は休まずに継続しました。継続するのは大変ですが、それと同時に柔軟に通い・訪問・泊まりを切り替えられるのが看多機の強みだとも実感しました。 また、日曜の地域活動も同様で、休止するのは簡単ですが、要介護予備軍の人たちが孤独になって悪化する恐れもあります。 妻の在宅での看取りを叶えた大学教授 —看多機をやってよかったと思うエピソードはありますか。 難病の奥様を自宅で介護されてきたご主人のエピソードですね。訪問看護やデイサービス、訪問入浴を利用しながら、週1~2回の大学での授業を続けていましたが、病気の進行で入院、人工呼吸器装着となりました。病院からは施設への入居をすすめられたのですが、ご主人は「絶対に家に連れて帰る」とおっしゃって、看多機を利用されることになったのです。ご主人の仕事や用事のある日に、通いと泊まりを週に数回利用され、ご自宅にいらっしゃる日は訪問看護でケアに入り、最期はご自宅で看取られました。ご主人がレスパイトの時間を持てたことで介護疲弊を防げたことはもちろんですが、ご本人もお話しすることはできなかったものの、送迎車から外の景色を見ながら季節を感じたり、事業所のイベントを楽しまれたりと365日自宅のベッドで過ごすより充実した療養生活を送れたのではないかと思います。 今は毎週日曜にご主人がゆらりん家に来てくださって、ボランティアで床掃除をしてくださっています。「『看多機』のような素晴らしいサービスをなぜもっと広報しないんだ!」と応援してくださる。おそらく奥様の思い出話ができる看護師や介護員がいる場所であることも、通ってくださる理由ではないかと思います。グリーフケアにもつながっているのかもしれません。亡くなられた後にボランティアで参加してくださるご家族がいると、病院勤務時代には味わえなかったこの仕事のやりがいや醍醐味を感じます。 また、経鼻経管栄養の利用者さんで、医師からは経口摂取は禁止と言われて退院しましたが、ここで過ごしてケアを受けることで、お鼻の管が取れて最後は普通食を口にできたというご高齢の方もいました。認知症がありましたので、言葉でうまく感情を伝えられなかったのですが、明らかに笑顔が増えました。口から食事ができるって本当に素晴らしいことで、ご家族もうれしそうでした。 >>後編はこちら訪問看護から看多機・生活支援・定期巡回まで。人と地域をつなげるために ※本記事は、2023 年10月時点の情報をもとに構成しています。執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

社会的処方の課題&重要性
社会的処方の課題&重要性
特集
2024年1月16日
2024年1月16日

社会的処方の課題&重要性 誰がリンクワーカーを担うか

孤立・孤独対策でもある「社会的処方」の取り組みは、イギリスで生まれ、日本でも政策として取り入れられるようになりました。今後ますます重要性を増していくことが予想され、地域で働く訪問看護師にとっても知っておきたいトピックです。前回に引き続き、社会的処方の必要性や課題について見ていきましょう。 >>前回の記事はこちら政府も推進する「社会的処方」 定義&具体例。リンクワーカーは何をする? 日本が抱える課題と社会的処方の必要性 社会的処方は、孤立への対策や健康増進、生活の質(QOL)・ウェルビーイングの向上につながります。ここで、日本が抱えている課題を改めて確認しながら、社会的処方の必要性を確認していきましょう。 世界トップの高齢化率 孤立・孤独問題は先進国共通の課題となっていますが、日本の少子化・高齢化は深刻です。国が行った人口推計によると、2023年9月時点で高齢者人口の割合は29.1%と過去最高を更新。世界の200の国・地域の中でもトップです。高齢化に伴って社会保障給付費の増加も年々問題になってきています。疾病予防や健康増進により社会保障費の削減効果も期待できる社会的処方は、積極的に進めていきたい重要な政策のひとつといえるでしょう。 先進諸国最低の幸福度 国連の調査である「世界幸福度ランキング2023」の結果を見ると、日本は47位。前回よりランクを上げていますが、先進諸国の中では低めです。また、経済協力開発機構(OECD)の「幸福度白書2020(How’s Life?2020)」では、「仕事と生活のバランス」などの項目で他国の平均を大きく下回る結果が出ており、日本人は主観的に自分たちを幸福だと感じとれていないことがわかります。 ハーバード大学では84年にわたる調査・研究結果に基づき、健康で幸せな人生を送るためには「よい人間関係」がカギになると報告しています。元来、日本人は集団生活を営み、地域コミュニティに属する歴史をたどってきており、集団で個を支え合い助け合うという文化がありました。しかし、現代社会においては、核家族化やインターネットの普及が進み、地域との関わりが途絶えがち。社会的処方は、「人との交流」を取り戻すきっかけとなり、幸福度向上につながる取り組みともいえます。 社会的処方の課題 イギリスとは異なる制度 積極的に取り入れていきたい社会的処方ですが、イギリスのしくみをそのまま日本で実践することは難しいとされています。イギリスとの制度上の違いをみていきましょう。 イギリスと日本の医療の違い イギリスでは家庭医(General Practitioner:以下GP)というかかりつけ医が存在し、地域住民は疾患の疑いがある場合はGPに受診するしくみになっています。GPは患者に対して継続的な医療の提供を行うので、患者の生活や習慣に関わる機会が多く、生活における健康上の問題や悩みにも応じます。そのため、GPが地域住民の疾患予防や健康増進を図る司令塔としての役割を担い、リンクワーカーにつなげやすい構造ができているのです。また、医療報酬上、地域の患者が健康になればなるほど評価される基準(「評価ペイメント」)が存在していることも大きいでしょう。 一方、日本の医療制度では疾患の疑いがある時に任意の医療機関にかかります。継続的に医師と疾患や健康上の相談を行う人は多くないでしょう。また、診療報酬は出来高制であり数量評価がメイン。病院経営上なるべく短時間で多くの患者を診療するという傾向になりがちです。 社会的処方を医療や介護の場に導入し定着を図るのであれば、疾病の予防や健康の増進に対してどのように評価を行っていくか、また継続的に患者と関わり合いを持てる構造をどのように形成するかがひとつの課題になってきます。 誰がリンクワーカーになるか 社会的処方の重要な役割であるリンクワーカーを誰が担うか? という点も課題です。イギリスでは基本的に研修を受けた非医療職がリンクワーカーを担っていますが、日本でも同じような立場・職種をつくるのか、すでに存在する何らかの職種にリンクワーカー的役割を付与するのかなどを検討していく必要があります。現状では、どういった方法がよいか全国で試行されている状況です。 例えば、栃木県の宇都宮市医師会では、厚生労働省による「令和3年度 保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業(モデル事業)」の一環として、医療機関発の社会的処方の検証を行っています。日常診療の現場で課題に気付いたら、仮想リンクワーカーである地域包括支援センター、ケアマネジャー、社会福祉法人の相談窓口などにつなぐという取り組みをしています。 その他、社会的処方に関心の高い施設では独自にリンクワーカーを置いている民間団体もありますし、市民がリンクワーカー的な働きをするのがよいのではないか、という考えもあります。 川崎市の「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」を営む医師の西 智弘氏は、著書の中で以下のように述べています。 その一方で、孤立の問題が既に表面化しつつある現状において、これからリンクワーカーをいちから養成していき、その数を増やしていこうというのは、明らかに間に合わない。(中略)私たちは、リンクワーカーを「文化」にしていきたい。その方向で、日本に広めていきたい。まちにいる誰もが、つなげるときにつなげる範囲でつないでみる。まちのみんなが「リンクワーカー的」にはたらく社会だ。おせっかいおばさん、顔役おじさんウエルカム。というか地域が三顧の礼で迎えたい、求めてやまない大切な「地域人材」だ。西 智弘編著『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社) P.64 ~66より一部引用 地域ですでに社会的処方やそれに近しい取り組みを行っているコミュニティがあった場合には、そちらへの参加を検討するという手もあるでしょう。存在しなかったとしても、個々にできる範囲でリンクワーカー的な働きを担うことは可能です。 * * * 日本における社会的処方のしくみづくりはまだ発展途上ですが、利用者・相談者の生活を良くしようと行動できる方は、資格の有無に限らずリンクワーカー的な存在として活躍できる可能性が十分にあります。生活の質の向上を図ることを目標として利用者の生活に入り込み、支援や観察を行う訪問看護師も、当然リンクワーカーの候補です。 今後、社会的処方の重要性はさらに高まってくことが予想されます。いつでも「リンクワーカー的」な存在として動けるように、まずは地域の取り組みやコミュニティにアンテナを張るところから始めてみてはいかがでしょうか。 監修: 西 智弘(にし・ともひろ) 医師/一般社団法人プラスケア代表理事/川崎市立井田病院腫瘍内科 部長(化学療法センター、内科兼務) 2005年北海道大学卒。2012年から中原区在住。日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医。川崎市立井田病院で「早期からの緩和ケア外来」を立ち上げ。2017年、神奈川県川崎市に「医療者と市民とが気軽につながることができる場所」をつくりたいとの思いのもと、「一般社団法人プラスケア」を設立。、『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』など著書多数   一般社団法人プラスケア神奈川県川崎市での「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を行っている。「社会的処方研究所オンラインコミュニティ」では、国内外の情報をシェアするほか、イベント・講演を実施。URL:https://www.kosugipluscare.com/執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇西 智弘編著 『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(2020、学芸出版社)〇澤 憲明他 「英国における社会的処方 社会疫学に関連した取り組み・研究と総合診療」 https://www.orangecross.or.jp/project/socialprescribing/pdf/socialprescribing_1st_02.pdf〇World Happiness Report「世界幸福度報告書2020」https://worldhappiness.report/ed/2020/2023/11/24閲覧〇OECD「How's Life? 2020」https://www.oecd.org/statistics/Better-Life-Initiative-country-note-Japan-in-Japanese.pdf2023/11/24閲覧〇国立社会保障・人口問題研究所 人口統計資料(2022)「家族類型別一般世帯数および割合(1970~2020年)」https://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2022.asp?fname=T07-10.htm2023/11/24閲覧〇内閣官房「人々のつながりに関する基礎調査(令和3年) 調査結果概要」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodoku_koritsu_taisaku/zittai_tyosa/r3_zenkoku_tyosa/tyosakekka_gaiyo.pdf2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策の重点計画」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/juten_keikaku/r03/index.html2023/11/24閲覧〇厚生労働省「給付と負担について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21509.html2023/11/24閲覧〇総務省「統計からみた我が国の高齢者」https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics138.pdf2023/11/24閲覧〇ロバート・ウォールディンガー『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(2023、辰巳出版)〇厚生労働省「医療・介護の総合確保に向けた取組について」https://www.mhlw.go.jp/content/12403550/000841085.pdf2023/11/24閲覧

「社会的処方」 定義&具体例
「社会的処方」 定義&具体例
特集
2023年12月26日
2023年12月26日

政府も推進する「社会的処方」 定義&具体例 リンクワーカーは何をする?

「社会的処方」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? この言葉は、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」(「骨太方針」)でも使用され、学会や論文でも目にする機会が増えました。孤独・孤立対策推進法も成立し、今後ますます医療や介護の場、さらに市民活動の現場においても耳にする機会は増えていくでしょう。注目されている「社会的処方」について、定義や具体例・課題をご紹介します。 社会的処方の定義 社会的処方(social prescribing)とは 「処方」と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは薬の処方だと思われますが、社会的処方は医療的な処置ではありません。患者や相談者を地域社会の活動・人物などにつなげることで生活を支援し、健康増進や生活の質(QOL)・ウェルビーイングの向上を目指す取り組みを「社会的処方」といいます。従来は主に医療者が行うものとされてきましたが、最新の定義では医療者以外の市民同士が社会資源とのつながりを利用して人を元気にする取り組みも社会的処方と呼ぶようになってきています。 昨今、心身の健康は生物学的要因以外でも健康の社会的決定要因(SDH=Social Determinants Of Health)、例えば貧困や住環境、友人・家族関係、そして孤立によって影響を受けるという考え方が広まってきています。 孤立に対応する社会的処方に関連する活動は、日本においても民間団体や自治体レベルで行われてきましたが、政策に組み込まれ始めたのは「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太方針2020)のころです。骨太方針2020では、社会的処方について以下のように定義されています。 かかりつけ医等が患者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組81についてモデル事業を実施する。 81 いわゆる「社会的処方」と呼ばれる取組。 内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf)より抜粋 社会的処方 発祥の地はイギリス 社会的処方の発祥はイギリスです。1980年代から自主的な活動としてスタートしていましたが、2006年にはイギリス保健省もその活動を紹介。国全体に関心が広がっていきました。社会的処方が外来診察・入院等を減らしたという調査報告もあり、2018年には補助金も準備され、孤独対応の政策のひとつとなったのです。 その結果、イギリス国内では社会的処方のネットワークが構築されており、GP(一般医・家庭医)が必要だと判断したら、専門の研修を受けた「リンクワーカー」と呼ばれる職種につなぎます。そしてリンクワーカーが、患者や相談者を地域の人やコミュニティにつながる役割を担っているのです。 日本における社会的処方の取り組み 近年、少子高齢化、核家族化や晩婚化、インターネットの普及など、さまざまな原因で人と人とのつながりが希薄になっています。家族や地域のコミュニティとの接触がない「社会的孤立」状態の人は増えており、社会問題になっています。「地域包括ケアシステム」「地域共生社会」の達成を目指す日本政府は、健康づくりや疾病の重症化予防に効果がみられるイギリスの社会的処方に注目しました。 そして、新型コロナウイルス感染症の蔓延をきっかけに、2021年には内閣官房に「孤独・孤立担当大臣」および「孤独・孤立対策担当室」が設置され、いくつかの都道府県において社会的処方のモデル事業を開始。政策の一環として社会的処方の運用が始まりました。2023年6月には「孤独・孤立対策推進法」が成立しています。 社会的処方の具体例とその特徴について 社会的処方の具体例 では、社会的処方とはどのような取り組みなのでしょうか。イメージするために具体例をみてみましょう。 例: あなたは、「気力が湧かなくてつらい」と言っている50代女性Aさんに出会った。夫婦二人暮らしで、夫以外の他者と関わる機会は月に数回という状況である。 この事例の場合、「つらいようだったら精神科の受診を」というアドバイスのみで終わるケースが多いかもしれませんが、社会的処方でのアプローチを考えてみます。 イギリスで社会的処方を推進しているSocial Prescribing Networkは、社会的処方の基本理念に以下の3つを挙げています。 「人間中心性」:その人に合ったつなぎ先をみつけること「エンパワメント」:その人の持つ力を引き出すこと「共創」:その方に合う社会資源が地域コミュニティになくても、一緒に創っていこうという考えで動くこと まったく症状や原因が同じ場合、医療の現場であれば処置や薬の処方箋は同じになるかもしれませんが、「人間中心性」「エンパワメント」を考慮すると、対象者に応じて社会的処方は変わってきます。その人の持つ力はなんなのかを知るためにも、押しつけがましいつなぎ方をしないためにも、すぐに解決策を示すのではなく、掘り下げてお話を聴いていきます。 以下のようなお話を聴けたとしましょう。 原因・状況を深掘りするAさんは、子どもが全員巣立ったことをきっかけに、喪失感や空虚感を抱くようになっていた。子どもの成長とともに保護者同士の付き合いは減っており、ご近所付き合いは元々希薄。 子どもの教育費を稼ぐためにパートに出ていたが、更年期障害の症状が重かったことをきっかけに辞めている。教育費の負担が減ったため経済的には困窮しておらず、就労の希望はない。精神科を受診することに対しては抵抗感を持っており、「そこまでではない」と思っている。その人の好きなこと・興味のあることを知る 「私には何のとりえもない」とAさんは言っていたが、自宅には猫の写真が飾ってあり、猫の小物がいくつか置かれていた。 「猫、お好きなんですか?」と聞くと、過去に猫を飼っていたこと、かわいかった様子を話してくれた。今も猫は好きだが、夫の反対もあり再び飼うことは難しいとのこと。 次に、地域につなげられないかを考えていきます。「つなぎ先」は、人物、企業、行政、地域コミュニティなどさまざまで、現状は行われていない活動を提案するのもよいでしょう。この例では、「猫が好き」という点にピンときたあなたは、以下のような対応を取りました。 近所に保護猫カフェがあり、店番や猫のお世話をするボランティア募集の貼り紙があったことを思い出した。Aさんにそれとなくそのことを伝えてみると、興味がある様子。そのお店のオーナーに連絡をとり、Aさんを紹介。Aさんは無理なく週に1回からボランティアを始めた。楽しくやりがいある活動や人・動物との出会いを通じて、生き生きした様子になった。 * * * 地域で孤立する人が増えている中、訪問看護師が利用者さんやそのご家族から、疾患・ケア以外の部分で相談に乗る場面も多いでしょう。社会的処方の取り組みは、ぜひチェックしておきたいところです。次回は、リンクワーカーを誰が担うか?といった課題をはじめ、日本に社会的処方のしくみを導入する際の問題点をみていきます。 >>次回の記事はこちら社会的処方の課題&重要性 誰がリンクワーカーを担うか 監修: 西 智弘(にし・ともひろ)医師/一般社団法人プラスケア代表理事/川崎市立井田病院腫瘍内科 部長(化学療法センター、内科兼務)2005年北海道大学卒。2012年から中原区在住。日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医。川崎市立井田病院で「早期からの緩和ケア外来」を立ち上げ。2017年、神奈川県川崎市に「医療者と市民とが気軽につながることができる場所」をつくりたいとの思いのもと、「一般社団法人プラスケア」を設立。『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』など著書多数 一般社団法人プラスケア神奈川県川崎市での「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を行っている。「社会的処方研究所オンラインコミュニティ」では、国内外の情報をシェアするほか、イベント・講演を実施。URL:https://www.kosugipluscare.com/ 執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇西 智弘編著 『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(2020、学芸出版社)〇澤 憲明他 「英国における社会的処方 社会疫学に関連した取り組み・研究と総合診療」https://www.orangecross.or.jp/project/socialprescribing/pdf/socialprescribing_1st_02.pdf2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策の重点計画」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/juten_keikaku/r03/index.html2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策推進法」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/suisinhou/suisinhou.html2023/11/24閲覧〇内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf2023/11/24閲覧〇内閣府「経済財政運営と改革の基本方針 2021 日本の未来を拓く4つの原動力~グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策~」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2021/2021_basicpolicies_ja.pdf2023/11/24閲覧

訪問看護のBCP策定対応 情報まとめ
訪問看護のBCP策定対応 情報まとめ
特集 会員限定
2023年11月28日
2023年11月28日

まだ間に合う!訪問看護のBCP策定対応 情報まとめ【2024年4月~義務化!】

いよいよ2024年4月から義務化となる訪問看護のBCP(事業継続計画)策定。でも、「まだBCPをつくっていない…急がなきゃ!」「どこから手をつけたらいいんだろう…」と不安や焦りを抱えている訪問看護ステーション管理者の方もいるでしょう。NsPaceでは、BCPに関して基礎の解説から具体的な作成方法までご紹介しています。今回は、これまでに公開した記事の中から、BCP策定に役立つものをピックアップ。ポイントを交えながらご紹介します。 BCPってそもそも何? 厚労省の動画やひな形も 第1回 訪問看護ステーションの「働き方改革」/[その2]新型コロナウイルス感染症他の災害対策:事業継続のために令和3年度の介護報酬改定で義務化された「業務継続に向けた取り組み」の強化。「そもそもどうしてBCPをつくらないといけなくなったの?」「これまでにあった災害や守るべき資源とは?」といった今さら聞けないBCPの基礎を確認したい方は、こちらの記事をチェック! 厚生労働省の動画・ひな形についてもご紹介しています。 訪問看護の「完全義務化」総点検~2024年度診療報酬改定・介護報酬改定前に~BCP策定にあたっては、「3つの規定」があります。ルールをざっと確認したい方は、こちらをご覧ください。BCP策定以外にも、「感染症の発生およびまん延の防止」「高齢者および障害者の虐待防止」が2024年4月から義務化されます。本記事であわせて点検を。 どうやってBCPをつくる?ステップごとに確認 【セミナーレポート】vol.1 BCP策定の基礎知識/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~(会員限定)2022年6月のNsPaceセミナーでは、WyL株式会社 代表取締役の岩本大希さんがご登壇。BCP策定に関してご講演いただきました。ご講演いただいた内容を「セミナーレポート」としてご紹介しています。vol.1では、医療領域におけるBCP策定の重要性やBCPと災害対策マニュアルとの違い、外部組織と連携してつくるBCPなどについて。vol.2とvol.3では、BCPを策定する具体的な8ステップを紹介しています。 「BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~」シリーズ一覧https://www.ns-pace.com/series/step-to-formulate-bcp/ [1]そもそもBCPって何だろう?「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人で、日本赤十字看護大学の石田千絵先生にご執筆いただいた「訪問看護のBCP」シリーズ(全8記事)。BCPの基礎から厚生労働省、全国訪問看護事業協会が出している資料の読み解き方、優先業務やリソース、リスクに関する考え方・洗い出し方に至るまで、詳細に解説いただいています。 「訪問看護のBCP」シリーズ一覧https://www.ns-pace.com/series/visiting-nursing-bcp/ 他の事業所はどうしているの?実例紹介 「ウィズコロナ時代のスタッフマネジメント」シリーズでは、複数の訪問看護ステーション 管理者のみなさんにスタッフマネジメントをテーマにご執筆いただきました。今回は、シリーズの中でも感染症版BCP策定の参考になる2本をピックアップしてご紹介します。 スタッフの不安解消、安心できる仕事環境の整備は管理者の責務感染症によって事業所が休止になったらどうすればいいのか。東久留米白十字訪問看護ステーションでは、他の事業所を巻き込んでのBCP協働の取り組みを行っています。 安心感をどう作るか⑤ 感染症版BCPの作成感染症版BCPをどのように作るか。岐阜県看護協会立訪問看護ステーション高山での取り組み・シミュレーション内容や自然災害版BCPとの違いなどをご紹介いただいています。 * * * 期限は迫っていますが、BCP策定はまだ間に合います。ぜひNsPaceの記事で基礎事項や具体的な策定方法を確認いただき、2024年4月の義務化に備えてください。 執筆・編集: NsPace編集部

オンライン診療の現状
オンライン診療の現状
特集
2023年10月24日
2023年10月24日

オンライン診療の現状と訪問看護師として知っておきたいこと

新型コロナウイルス感染症が蔓延した後、よく耳にするようになった「オンライン診療」という言葉。ニュースでも取り上げられ、今ではオンライン診療用のアプリケーションも登場してきています。さまざまなデバイスを通じて展開されているオンライン診療について、その現状を見るとともに、訪問看護師として知っておきたいことをご紹介しましょう。 オンライン診療の定義や種類 そもそもオンライン診療とはどういったものを指すのでしょうか。2018年3月に厚生労働省が発表した「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を参考に、関連する言葉を見てみましょう。 遠隔医療 情報通信機器を活用した健康増進や医療に関する行為のこと。オンライン診療を含む総称的な言葉として位置づけられています。 オンライン診療 遠隔医療のうち、医師と患者間において情報通信機器を通して診察および診断を行い、診断結果の伝達や処方等の診療行為をリアルタイムで行うこと。さまざまな企業がオンライン診療のためのアプリケーションを開発し、医療機関と患者を結びつけるサービスを提供しています。 オンライン受診勧奨 遠隔医療のうち、医師と患者間において情報通信機器を通じ、心身の状態の情報収集を行うことで、疑われる疾患を判断し適切な診療科への受診をリアルタイムで推奨すること。一般用医薬品を用いた自宅療養や経過観察など非受診の勧奨を行うこともあります。ただし、診療ではないため治療方針を伝達することや処方等を行うことはできず、あくまで受診相談という位置づけとなります。現実的にはこの受診推奨のみ行う医療サービスは少なく、オンライン診療における診療前の問診あるいは診療前相談に相当しますが、医療機関によっては具体的な診療科へ受診相談を受け付けているケースも見られます。 遠隔健康医療相談 遠隔医療のうち、医師または医師以外の者と相談者間において、情報通信機器を通じて得られた情報により、一般的な医学的情報や助言の提供、一般的な受診勧奨を行うこと。 上記4つ以外にも、ICTを活用して医療機関または医師間で患者の医療情報の共有が行われることや、ICTによる業務支援システムを用いることも広義の遠隔医療に含まれます。また、オンライン診療や健康医療相談のサービスとは別に、処方薬の配送や血圧等の生体情報の遠隔モニタリングサービス等、遠隔医療を支援・拡充するサービスも展開されています。 オンライン診療の普及について 特定状況下のみ認められていた遠隔診療 オンライン診療は今でこそ普及しつつありますが、2020年頃まではあまり一般的ではありませんでした。その理由のひとつとして、厚生労働省は「診療とは医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療はあくまで対面診療を補完するもの」と位置づけ、特定の条件下でしか利用を認めていなかったことが挙げられます。離島やへき地など医師不足の地域での利用や、相当期間にわたって診療し病状が安定している慢性期疾患の患者から要請があった場合などの条件下だけでは、インフラの整備コストをかけてまで導入する医療機関は少なかったのでしょう。医療の質を確保しつつ、医師法第20条で定められる「無診察治療等の禁止」に抵触しないよう、遠隔医療については慎重に審議をされてきました。その審議を一気に加速させたきっかけが、新型コロナウイルス感染症の蔓延といえます。 きっかけは2020年のオンライン診療時限的緩和 2020年に入り厚生労働省は感染拡大防止策として電話や情報通信機器等を用いた診療について特例措置を出し、同年4月にはオンライン診療の要件や初診対面原則の時限的緩和が行われました。これを皮切りに、オンライン診療に対応できる医療機関側が増加するとともに、医療機関と患者を結ぶシステム構築に一般企業も参入してきたことで、現行のように普及し始めたといえるでしょう。実際に厚生労働省や総務省のデータを参考にすると、2019年7月時点でオンライン診療での算定を届け出た医療機関は約1,300施設と全体の1%程度でしたが、2020年4月以降は増加し約16,000施設と全体の15%程度まで増加しています。 オンライン診療の要件緩和は新型コロナウイルス感染症の感染対策として時限的な措置でしたが、その後厚生労働省より初診からのオンライン診療を恒久化する意向があり、2022年度の診療報酬改定でオンライン診療に係る新たな施設基準が設けられました。同時に、訪問診療における在宅時医学総合管理料にオンライン診療が組み込まれ、在宅医療でも情報通信機器を用いた場合の評価や基準が整備されました。 オンライン診療の課題と可能性 情報通信機器を用いた診療を行うには医療機関側も診療体制やインフラの整備など果たすべきことが多く、すべての医療機関で導入できるとは限らない点、またオンライン診療では対応が困難な疾患や病状等がある点を鑑みると、全般的に普及するというのは難しいかもしれません。しかし、内科や産婦人科、美容皮膚科など特定的な診療科を中心として活用する場面は今後増えてくると予測されます。 また、このオンライン診療は保険診療の枠内での話ですが、保険外診療(自費診療)として医療相談や健康増進等医療の周辺分野にも情報通信機器を用いたサービスが展開され始めています。会員登録し、毎月定額を支払っていれば医師にいつでも電話やチャットで健康相談ができるサービスはその一例です。今後情報通信機器やその技術の発展とともにさらに多様なサービスが展開されていく可能性が考えられます。 訪問看護師として知っておきたいこと 新型コロナウイルスがきっかけとなり、ここ数年で情報通信機器を用いた医療については制度や診療報酬等の整備が加速度的に進んできている中、訪問看護師にとっては今後どのようなことを気に留めておくと良いのでしょうか? 厚生労働省が通知している「オンライン診療の適切な実施に関する指針」では、患者が看護師といる場合のオンライン診療(「D to P with N」)について定めています。訪問看護師にも関係してくるため、オンライン診療に関わる遵守事項や提供体制等については最低限把握するとともに、オンライン診療を行うために使用する情報通信機器やアプリケーション等の基本操作ができる必要があるでしょう。 今後も外来・在宅医療ともに情報通信機器を用いる場面が増える可能性が十分に考えられます。まずは医療者として現状を把握するとともに、診療報酬の動向や遠隔医療に関わるサービス等も逐次確認していくことで、利用者へ適切に情報提供ができるように準備をしておくことが望まれるでしょう。 【参考】○厚生労働省「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(2023年3月一部改訂)https://www.mhlw.go.jp/content/001126064.pdf2023/3/3閲覧○総務省「情報通信白書(令和3年版):コロナ禍における公的分野のデジタル活用」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/n2200000.pdf2023/3/3閲覧 編集・執筆: 合同会社ヘルメース

オンライン施策
オンライン施策
インタビュー
2023年8月8日
2023年8月8日

訪問看護ステーションのオンライン施策 ~全国展開やコロナ禍での情報共有~

全国に多数の訪問看護事業所を持つソフィアメディ株式会社では、どのように情報共有を行っているのでしょうか。今回は、広報グループ・グループマネジャーの宇佐見 紘子さんに、コロナ禍で新たに行ったオンライン施策やコミュニケーションについての考え方などを伺いました。 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護やデイサービス、居宅介護支援など、在宅医療に特化したサービスを提供している。 宇佐見 紘子さん/広報グループ・グループマネジャー新卒でテレビ広告代理店に営業職として入社。その後、総務や経理などバックオフィス部門の経験を経て、ソフィアメディの親会社である株式会社シーユーシーに転職。採用アシスタント、採用担当、システム企画部署などを経て2021年にソフィアメディに転籍し、教育研修グループに所属。2022年4月より広報グループ・グループマネジャーとなる。 双方向のコミュニケーションを重視 ─広報グループで担当されている業務について教えてください。 はい。まず、社外に向けてはコーポレートサイトを通じて弊社の運営・経営情報、採用に関する情報などをお伝えしています。社内に対しては、VMS(ビジョン・ミッション・スピリッツ)を浸透させていくためのコミュニケーション施策や、経営方針の共有などに関する企画、運営を行っています。 ソフィアメディのビジョン・ミッション・スピリッツ(https://www.sophiamedi.co.jp/company/message/) 社内広報として行っていることは大きくわけて以下の4つです。 (1)経営方針共有会年に1回の経営方針共有会の企画・運営。コロナ禍でオンラインに移行。オンラインであっても双方向のコミュニケーションとなるようさまざまな施策を行う (2)社内報理念浸透を目的とし、社内のできごとや「人」について発信。紙にて掲示(外部で行われた研修や、各事業所における人事関連の告知も含む) (3)ソフィアメディチャンネルの配信月に1回のソフィアメディチャンネルでは、経営実績や課題の共有を行うほか、事業所独自の取り組みや、そこで働く人々の様子、生の声などをオンラインで発信(4)バックオフィスからの連絡メールとクリッピング配信週1回のメール配信(本社のある田町の地名を取り「田町通信」)では、バックオフィスからの業務連絡、研修や勉強会の告知を行う。また、同じく週1回、業界や世の中のトレンドニュースの共有を行っている オンライン施策が事業所同士の橋渡しに ─オンラインでの経営方針共有会はコロナ禍から開始されたそうですが、その経緯を教えてください。 従来の経営方針共有会は、会場を借り、土曜日に全社員が一堂に会して開催していました。しかし、重症度の高い方に対応できるよう24時間365日の運営体制への切り替えを行うとともに、展開地域も広がり、同じ日に全員が集まることが難しくなったため、各事業所がオンラインで参加する方法に。できる限り全スタッフが集まる方法を模索しました。「集まれないから」という理由で始まったオンライン化でしたが、リアル開催に比べて日程調整が少なく済み、スタッフが状況に応じて自宅から参加することも可能になりました。録画配信も簡単にできるようになったので、仕事やご家庭の都合で参加できなかった人は、後日録画視聴しています。 ―オンライン開催をするために、どのような準備をされましたか? 弊社の場合は大人数向けの配信となるため、事前に専門のパートナー企業を入れて配信環境を整え、ハウリングなどを防止するため全スタッフにイヤホンを配布。誰もが参加できる環境を整えました。「オンラインだから盛り上がりに欠けてしまう」といったことがないよう、双方向でコミュニケーションを取るための検討もしましたね。ズームのチャット機能、スタンプ機能などを活用し、外部パートナーの協力を得つつ、画面上で盛り上がる演出ができるようにも工夫しました。 オンラインでの経営方針共有会の様子 なお、この「チャット」も、新たに定着したといえることではないかと。社内のコミュニケーションツールであるGoogleChatを利用してテキストでのやりとりも頻繁に行うようになり、連絡手段として欠かせないものとなりました。 ―事業所がエリアごとに分類されているそうですが、エリア内でもオンライン交流会が実施されているそうですね。そのほかに、どんなシーンでオンラインツールを活用していますか? はい、エリアごとの交流会で親睦を深めているほか、例えばリファラル採用(社員からの紹介採用)についてもオンラインの打ち合わせを活用しました。バックオフィスの採用担当に加えて、訪問看護ステーションの有志スタッフも一緒になって採用を考える「リファラルメイト」を立ち上げました。どうすれば友人に紹介したくなるような会社にできるかを、オンラインミーティングやオンライン座談会などでディスカッションし、採用活動に活かしました。 遠方のスタッフとのやりとりや、拠点を越えたやりとりというのは、どうしてもハードルが高くなりますよね。でも、ほかの拠点で働く人々の顔が見える関係づくりというのはとても重要です。オンラインであればそのハードルはぐっと低くなるのではないでしょうか。 とはいえ、私たち広報グループが強いるという方法ではなかなか浸透しません。ソフィアメディにはやりたいと思ったスタッフが率先して始める空気感があるのですが、オンライン化に関しても自発的な取り組みが多く見られました。コロナ禍という危機的な状況を機に、働き方や社内コミュニケーションの幅は広がったとも捉えられますね。 ─経営方針共有会やソフィアメディチャンネルなどをオンライン開催したあとは、毎回事後アンケートも行っていると伺いました。アンケートではどのような意見が来ていますか? 最も多いのは、新たな取り組みに関する意見ですね。「もっと背景を知りたい・詳細まで丁寧に説明してほしい」といった内容です。また、ソフィアメディチャンネルについても、構成に対する希望などがありますね。感謝の言葉や理解が深まったなどの声も毎月いただいています。 ちょっと変わったところでは、今年度は「軽食を摂りながらオンライン経営方針共有会を行う」といった試みを行ったのですが、これもアンケートの意見から生まれたアイデアです。夜の時間帯に実施されるので、お腹が空いてしまうということで、各事業所に軽食を届けました。リラックス効果を狙ってのものでもありましたが、とても喜んでもらえました。こういったユニークな施策も含め、できることはどんどんやっていきたいです。 広報から全スタッフに向けて、常々「どんどん意見を言ってほしい」と伝えており、毎月200名前後の方からアンケートの回答が送られてきます。社内報やメール、動画についてもさまざまなフィードバックがありますが、このように多くのスタッフから意見してもらえば、さまざまな角度から検証が可能です。広報グループ内部だけでは到底思いつかないアイデアが集まります。 「選択肢のひとつ」としてオンラインを選ぶ ─今後も、オンラインのコミュニケーションが主になるのでしょうか。 さきほどの経営方針共有会のお話のように、オンラインでは移動時間のロスがなく、限られた時間を有効に使えるようになったという意味で、非常に大きなメリットがありました。会議やちょっとした相談、さらに発展してブレイクアウトセッションやグループワークなどの予定が気軽に組めるようになったんです。リアルで「何度も顔を合わせる」というのはとても難しいことなので、オンラインならではのことですよね。 ただし、リアルにはリアルのメリットがあります。訪問看護ステーションの管理者による月2回の管理者会議もオンラインで行っていましたが、「ぜひリアルで」という声が上がり、先の4月に行われた管理者会議は、実際に全事業所から集まって行われました。オンラインに比べると調整は大変で難易度は高かったのですが、リアルで実施した意味は十分にあったと思います。同じ場所にいることでのやりとりのスムーズさや、ニュアンスの通じやすさなどはやはりリアルが強いので。オンラインでのやりとりを通じ、リアルとの比較ができたことで、それぞれの位置付けが再確認できました。 最初は「リアルができなくなったからオンライン」という補助的な役割だったのかもしれませんが、今後は選択肢のひとつとして考えていきたいです。頻繁に行うものはオンライン、年に1度程度の頻度であればリアル、などと頻度で考えるという手もありますし、状況や伝える内容に合わせて適切な方法を選択していきたいと思います。 手段より考えるべきは「なにを伝えるか」 ─大規模事業所だからこそできた施策もあるかと思うのですが、小規模な事業所がオンライン施策を行う際の注意点やポイントはあるでしょうか。 オンライン施策自体に、事業所の規模はあまり関係ないかと思います。スマホやタブレットなどのデバイスと、インターネット環境があれば問題ありません。重要なのは「なにを伝えるか」ということかな、と。基本的なことですが、「事実を連絡する」だけがオンライン施策ではありません。 私たちのコミュニケーション活動は、ソフィアメディの「ぐるぐるモデル」の推進を目的としています。このモデルは2018年にVMS(ビジョン・ミッション・スピリッツ)を絵に描いた餅にせず、しっかりと実現させるために社内のしくみや制度を一気通貫させたものです。 【ぐるぐるモデル】 「ぐるぐるモデル」には、ビジョン実現のために必要と思われる道筋と、それぞれのステップを支え、成果を最大化するための施策が設定されています。育成、両立支援、評価、表彰、お客様満足、従業員満足、そして社外コミュニケーションと繋がるわけですが、社会にソフィアメディが知られると、そこから入社希望者が誕生するという大きな循環が描かれています。私たちは常に、「この取り組みはモデルにおいてどう機能するのか」というように照らし合わせを行い、ぐるぐるモデルのストーリーに基づいて伝えるようにしています。 どんな規模の事業所においても、経営理念に基づき、「なにを(なんのために)伝えるか」をはっきりさせてからコミュニケーションを取っていくことが重要なのではないかと思います。リアルで伝えるか、オンラインで伝えるかは、そのためにどちらが適しているかという手段でしかありません。 ─情報共有施策について、今後の展望を教えてください。 私自身はすでに「ソフィアメディで働けてよかった」と思っていて、スタッフの皆さんにも同じように感じてほしいと心から願っています。生活のため、経験のため…働く目的はさまざまなものがあるとしても、この会社を選んだことを後悔させないようなコミュニケーションを重ねたい。そこに「オンライン」という方法があったというだけで、今後も新たな手段があれば、どんどん組み込んでいこうと思います。 ─ありがとうございました! ※本記事は、2023年5月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

訪問看護師のためのウェルビーイング推進
訪問看護師のためのウェルビーイング推進
インタビュー
2023年6月27日
2023年6月27日

具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進

スタッフが笑顔で幸せに働くために、「ウェルビーイング推進グループ」を設置しているソフィアメディ。今回は、ウェルビーイング推進グループ マネジャーの宮地麻美さんに、活動内容の詳細や、グループ設置後のスタッフの反応などを伺っていきます。 >>前回の記事はこちらどうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 人と人をつなぎ、訪問看護の楽しさを共有 ―ソフィアメディのウェルビーイング推進グループは、従業員満足度(ES)の向上を目的に活動されていると伺いました。より具体的な業務内容について教えてください。 はい。私たちは「ありがとう」「いいね」がソフィアメディ全体に行き渡るようにしたいと考えています。そのため、スタッフ同士やスタッフと経営陣の気持ちをつなぐための活動や、やる気が上がり、不安が軽減するための取り組みを行っています。 ソフィアメディ内での呼び名も含まれますが、具体的な業務内容は以下のとおりです。 【ウェルビーイング推進グループの業務】・毎月の「ありがとうメール」配信・「ソフィアメディチャンネル」(月に一度の全社会)での「生きるを看る物語り」の発信・CEOとのステーション訪問・社内報のウェルビー記事・新入社スタッフのサポート・おせっかいお人好しの部屋・応援ナース 医療職流動化 ─気になる名称の活動が並んでいますが、まず「ありがとうメール」について教えてください。 働く環境や体調・メンタルなど、現在のコンディションを確認することを目的に、毎月全スタッフを対象にウェブアンケートをとっています。そのフリーコメント欄に、その月に感謝を伝えたい相手への「ありがとうメッセージ」を書けるようにしました。そのメッセージはウェルビーイング推進グループから相手の上長にメールで送り、上長から該当メンバーに共有されるようにしています。 ―直接ではなく、上長を介しているんですね。 はい、そのほうが一人のありがとうで完結せず、ありがとうがありがとうを生むしくみとしてやる気アップにつながると思いますので、あえてそうしています。コンディション確認のアンケートでは、スタッフからネガティブなコメントをもらうこともあるのですが、そのあとにしっかりと「ありがとうメッセージ」が書かれていることもあります。「ぜひありがとうを伝えたい」という強い意思をもったコメントも多く見られるようになりました。毎月のアンケートを回答するとき、今月は誰にメッセージをしようと考えるので、その月にお世話になった色々な人の顔を思い浮かべる時間になっているんです。 ─「ソフィアメディチャンネル」での「生きるを看る物語り」についても教えてください。 ソフィアメディチャンネルは、月に一度行われるソフィアメディの全社会なのですが、毎回時間をもらって、「生きるを看る物語り」を配信しています。日々の忙しさに身を任せながら訪問看護をしていると、「自分がどうありたいのか」「何のために何をしているのか」「何を実現したかったのか」を見失いがちです。それこそ、看護師になった理由や、何を期待し、何を実現したくて弊社に入社したのかも忘れかけてしまうことがあります。それらを振り返るきっかけとなるようなストーリーづくりを心がけています。 内容は幅広く、訪問看護のスタッフの人生を紹介するものやお客様へのインタビュー、お客様とスタッフの交流エピソード、看護・リハビリのあり方などを物語にまとめています。例えば、ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)を話題にしたときは、「死というものに向き合わなければならないとき、患者さんが最終的に伝えたいことは何か」「まだ心の準備ができていないご家族はどうこの時間を過ごせばいいか」といった内容を発信しました。動画ではなく、抽象的なシーンを紙芝居のように見せながら語る、という形式で、観ている方が自身に重ねたり、想像したりができるように余白のある作りこみを心がけています。 アンケートで、「そういう看護がしたかった!」「自分もそういった観点を心がけて看護をしている」といった意見をもらえると、うれしい気持ちになりますね。事務職のスタッフに「大事にしてきた想い」を尋ねた回に、それを聞いた別の事務担当から「事務業務をこんなふうに考えることができるんだと知り、やる気が出た」といった意見をもらったことも。多種多様なスタッフがいますので、それぞれが持つ琴線に触れられるよう、幅広い視点で発信を続けています。 ギャップに苦しみがちな新入社スタッフのサポート ─新入社スタッフに対しては、どのようなサポートを行っていますか? 年間100名以上の新入社スタッフを対象として、入社後のフォロー・サポートを行っています。実務のオリエンテーションは別の部署が行うので、ウェルビーイング推進グループが行うのは、主にコンディションのフォローですね。多くの新入社スタッフは、実際に仕事を始めると、ギャップや違和感に苦しんでしまうんです。 新入社といっても、ソフィアメディの場合「看護師として1年目」という人はいません。病棟勤務から、想いをもって訪問看護へ、というケースがほとんど。でも、訪問看護のお客様は、病棟とは異なり本当に多種多様です。また、医療設備や必要物品が整っていないことが多いお客様のご自宅で、臨機応変に判断・対応していくスキルが求められます。病棟と大きく価値観が異なるため、リアリティショック(理想と現実とのギャップによるショック)は避けられませんが、ショックをなるべく減らすよう新人看護師の声を聞いたり、私たちが目指す看護について改めて話したりしています。 最近始めたのが、「1ヵ月目のあなたへ」というメールの配信です。スタッフたちと同じ目線に立ち、「どうしても100点を目指してしまうものだけど、60点でも十分なんだよ。一人で頑張りすぎなくていいんだよ」ということを伝えています。気持ちが和らぐよう、表現やデザインも工夫しています。できないことはできないと声をあげてもらうことが重要で、できないものだとこちらが把握できれば、手助けも可能なんですね。メールを通じて、「まずは自分を大切にしてほしい」ということを第一に訴えています。 ありのままを受け入れる存在の重要性 ─新入社スタッフの方に限らず、訪問看護師さんたちとのコミュニケーションについてもう少し詳しく教えてください。普段の声掛けではどんな点に気を付けていますか? そうですね。看護師は「看護に関して何でもできてあたりまえ」が前提とされる世界にいます。できないことがあると、患者さんの状況悪化に直結してしまう。だから誰もが気を張っていて、お互いを褒め合うことはあまりありません。お客様から「ありがとう」と言われることはあっても、看護師同士では「できて当然」という空気感のため、なかなか声を掛け合うことがないんです。 そして、「できてあたりまえ」という世界だからこそ、「患者さんを助けられなかった」という事態に直面すると、大きなショックを受けてしまいます。私自身、看護師になって10年ほどは泣きながら帰ることも珍しくありませんでした。誠意をもって強い気持ちで取り組もうとするほど、自分を追い込んでしまうものなんですね。 でも、看護師ひとりがどんなに力を尽くそうが、どうにもならないことはいくらでもあります。自分の看護のあり方をそのまま受け止めてくれる存在がいたら、私もそこまで自分を追い詰めることはなかったのではないかと思うんです。あのとき、「今のままでいいよ」「ちゃんとがんばってるよ」「十分だよ」という一言をもらえていたら、違ったんじゃないかな、という気持ちが大きいんです。そんな体験をもとに、できるだけスタッフたちに寄り添う言葉を選んでいます。 ─なるほど。自分で自分を追い込んでいる方が、さらに他人から叱られたら、とてもつらい気持ちになってしまいそうですね。 そのとおりです。マネジャー側も必死ですし、できないことがあると強い言葉で注意してしまうこともあるかと思うのですが、誰かに叱られるとなかなか前向きになれないもの。頭のなかが「叱られたこと」だけでいっぱいになってしまいますよね。教わったはずのことも吹き飛んでしまうかもしません。私が関わる看護師には、そういう経験をしてほしくないと強く思っています。 看護師はどうしても自分を二の次にしてしまい、自分を大切にすることが得意ではありません。でも、人生は一度だけなんです。看護師という仕事を選び、続けているスタッフたちをとにかく応援したいですし、自分を大切にしてほしい。そんな気持ちがいまの私を動かしていると思います。 ─ウェルビーイング推進活動を通じて、スタッフの皆さんに変化はありましたか? はい。生き生きと働いている様子を聞くこともありますし、各自抱え込んでしまいがちなステーション業務の大変さを打ち明けてもらえることも増えました。 ―解決が難しいお悩みだった場合は、どのように対応しているのでしょうか。 2022年度には70名ほどの看護師たちとお話ししたのですが、悩みがあれば、話を聞いて「リフレーミング」をしていきます。リフレーミングとは、一定の枠組みで捉えている物事を、違う枠組みで捉えようとする心理学的アプローチです。 例えば管理者と考え方が合わない場合、別の捉え方ができないか検討していきます。それぞれの看護観、人間観や仕事観などが影響してくるのですべてが合うことは難しいと思います。でもその中で「自分がどう考えたら、動いたら少しでも良い関係が築けると思いますか?」とご自身に問い、ご自身の中での最適解をご自身で選んでもらうのです。悩んでいると視野が狭くなってしまうものですが、一緒に視点を変えて考えることで、別の方法に気づき、ポジティブな考え方ができるようになってくれればと思っています。「自分が幸せになれないのは、社会のしくみや環境のせいだ」と考えがちな人もいますが、「自分自身の考え方が変わることでその社会の見え方が大きく変わる」こともあるのだ、と知ることで楽になることが増えると思います。 もちろん、ステーションごとにコンディションも違いますし、それぞれの強い想いがあって簡単にはいかないこともあります。でも、私たちは他人をコントロールすることはできませんし、一人ひとり違うからこそ、人間は面白い。その人の強みを生かせるよう、私自身が一歩引きながら考えることを心がけています。難しいことなので、これは人生を通した課題ですね。 自分の存在を認め、大切にすることが肝心 ─他のステーションの管理者の皆さまに向けて、「ウェルビーイングな職場づくり」をするためのコツを教えてください。 いろいろなアプローチがあると思いますが、一番の肝の部分は、「相手の存在そのものを認めること」ではないでしょうか。存在を認めることは、その人の命や人生を大切にすることに繋がります。具体的にどうすればいいの?と思うかもしれませんが、難しいことではありません。「まずは挨拶から」でいいんです。良い関係でないと、挨拶もままならないものですよね。挨拶は相手の存在を認めていることを伝える一番簡単な手段と思っています。 無事戻ってこられるよう「いってらっしゃい」と声をかけること。帰ってきたときには「おかえり、帰ってきてくれて嬉しい」と言葉で伝えること。 次に重要なのが「失敗が言える関係」にステップアップしていくことです。失敗を自ら好んでする人はいません。でも人は失敗するものでもあると思います。なので失敗を自分だけでなんとか取り繕おうとしたり、隠そうとしたりするのではなく、そのままを報告できること。言い訳を考える時間は、本当に無駄です。私は、そんなことを看護師にさせたくありません。「報告さえしてもらえればちゃんと引き継げるよ」「フォローできるよ」という姿勢が重要だと考えています。対処したあとに一緒に振り返ることはもちろんしていきます。 また、当然のことですが、管理者からのダメ出しは、看護師たちに大きな影響をもたらします。最大限言葉を選んで、「これから学んでいこう」と思えるメッセージを伝えたいですよね。その人が次の一歩を踏み出せるような言葉を考えることが重要だと思います。チーム作りは時間がかかりますが、それぞれの自分らしさを大切にしながら、じっくりすすんでいきましょう。 ─ありがとうございました! ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

訪問看護師のためのウェルビーイング
訪問看護師のためのウェルビーイング
インタビュー
2023年6月20日
2023年6月20日

どうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進

訪問看護師が笑顔で幸せに働くためには、どうすればいいのか。多くの訪問看護ステーションが抱える課題でしょう。今回お話を伺ったのは、ソフィアメディ株式会社で「ウェルビーイング推進グループ」のマネジャーを担当する宮地麻美さん。管理者経験もある宮地さんに、「ウェルビーイング」とは何か、ウェルビーイング推進グループではどんな取り組みを行っているのか、などを伺いました。 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 体制変更やコロナ禍でスタッフが疲弊 ─まずは、宮地さんが訪問看護師になったきっかけをお教えください。 私は看護師になる以前、精神薄弱児施設に勤務していたのですが、気管内吸引をはじめとした医療的処置が必要な子や、多数の薬を飲んでいる子たちがいました。その子どもたちと関わるうちに医療の道に興味をもち、看護師を志すようになったんです。看護師になってからは、口腔ケアに興味を持ち、医学博士の紙屋克子先生や歯科医師の黒岩恭子先生のもとで学んだ後、摂食・嚥下障害看護認定看護師として病院で働いていました。 しかし、病院ではどうしても多数の患者さんをケアするために優先順位を考えて対応せざるを得ません。「もっと患者さん本位の看護をしたい」「在宅での看護をしたい」と思うようになったことが、訪問看護師になるきっかけですね。回復期リハビリテーション病院に転職して、在宅看護を目の当たりにしたということも大きいです。自分の身の回りに関するものも人間関係も、基本的には「家」が中心。家で治療・療養ができれば、より患者さんの心が満たされる看護ができるのではないかとも思いました。 ―在宅看護に夢を持って、ソフィアメディに転職されたのですね。 はい。2019年に転職し、「ソフィアメディ訪問看護ステーション元住吉」の管理者を任されました。「地域のみなさんに安心してもらえるようなステーションにしたい」「スタッフにも利用者様にもケアマネジャーさんたちにも笑顔になってほしい」と、夢や希望でいっぱいでした。 しかし、2019年はちょうど診療報酬の改定があり、ソフィアメディでも在宅で中重度のお客様を受け入れられるよう体制を整えはじめた大転換期。土日・夜間の対応強化による忙しさにスタッフたちは疲弊し、漠然とした不安がステーション内に広がり、管理者としてふがいなさを感じていました。さらに、2020年には新型コロナウイルス感染症の波が訪れ、課題は山積み…。スタッフたちの笑顔が少なくなっていきました。 このときに私は、「絶対にステーションを笑顔いっぱいする!」と決心したんです。 ウェルビーイング=「健康で幸せな状態」 ―管理者時代の経験が、現在の「ウェルビーイング推進」のお仕事につながっているのですね。では、そもそもウェルビーイングとは何なのか、定義から教えてください。 ウェルビーイング(Well-being)は、「ウェル」(良好な、健康な)と「ビーイング」(状態)をつなげた言葉で、「健康で幸せな状態」のことを指します。慶應義塾大学の前野隆司教授によれば、長続きしないお金や社会的地位などではなく、長続きする「社会的、身体的、精神的に良好な状態」がウェルビーイングです。日本は、社会的・身体的な部分については高水準だと言われていますが、「精神的」な部分が課題だと言われています。 ―ウェルビーイングは、単純に「うれしい」「楽しい」という状態ではないのですね。 そうですね。前野教授は、幸せを高める因子として、以下の4つを挙げていらっしゃいます。例えば、強みを生かして主体的に動けている状態や、他者と比べず「自分は自分」と思える状態も、ウェルビーイングに含まれるんです。私は、この4つの因子を参考にしながら、ステーション内を笑顔でいっぱいにすべく、動いていきました。 ■前野 隆司教授による幸せの4つの因子・「ありがとう!」因子(つながりと感謝)・「やってみよう!」因子(自己実現と成長)・「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ)・「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ―具体的に、訪問看護ステーション元住吉でどのような取り組みを行ったのでしょうか。 まずは、スタッフの心理を分析しました。訪問看護に携わる看護師・セラピストたちは、職種柄「自分がやらねば!」という責任感や正義感が強く、患者さんのために自分自身を犠牲にしたり、ミスをした際に過剰に自分を責めたりする傾向にあると思います。 ソフィアメディ 「スタッフの心理」セミナー資料より引用 こうした現状を踏まえて、「4つの因子」に当てはめて改善をしていきました。 ソフィアメディ 「幸せを高める4つの因子」セミナー資料より引用 例えば、以下のような行動です。 (1)「ありがとう!」因子(つながりと感謝) ・誰よりも早く大きな声で「おかえり」「いってらっしゃい」などの声をかける・日々スタッフの命が一番大事であることを伝える・マイナスな意見に対しても「改善のきっかけになった」と感謝する (2)「やってみよう!」因子(自己実現と成長) ・「理想の看護」について、スタッフ一人ひとりにヒアリングする・自分の意見を押し付けず、スタッフたちの意見に「いいね!」と伝える・難しい案件も断らず、必要に応じて管理者である自分自身が訪問して看護方針を策定 (3)「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ) ・会話を通じて、スタッフのコンディションを把握・プライベートの事情や趣味も把握し、応援し合う・「自分を犠牲にせず、自分が幸せになるやりかたを考えよう」と伝える (4)「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ・インシデント報告に対して「ありがとう」「大変だったね」と感謝・ねぎらいの言葉をかける・「寝坊しました!」とはっきり言えるくらい、相談しやすい雰囲気づくりをする・困りごとの解決策は、一緒に考える こうした動きをしていったことで、ステーション内の雰囲気が良くなり、年間で一人も離職者は出ませんでした。アンケートでのスタッフの従業員満足度(ES)も高くなりました。 「ありがとう」「いいね」が行き交う組織へ ─訪問看護ステーション元住吉での取り組みを経て、ソフィアメディ内でウェルビーイング推進グループを立ち上げ、取り組みを会社全体に広げているのですね。では、ウェルビーイング推進グループの立ち位置について教えてください。 はい。ウェルビーイング推進グループ設立の目的は、まさに全体の従業員満足度を高めていくことです。『「ありがとう」や「いいね」が行き交う組織にする』というヴィジョンを掲げて活動しています。4名という少数で活動しており、グループ内でなにか相談したいことがあれば、すぐに話し合っています。 ─ウェルビーイング推進と、ワークライフバランス推進は異なるものでしょうか? はい、そこは明確に異なります。「ワークライフバランス」という言葉は、「仕事とプライベートをしっかり切り分ける」といった意味合いが強いですよね。たしかに公私混同しないことは重要ですが、仕事をしているときの自分も、家に居るときの自分も、どちらも「自分」。切り分けることはできません。ウェルビーイングを推進する際は、その前提に立って考えています。 当たり前のことですが、家で嫌なことがあれば、仕事に気が乗りませんし、仕事でいいことがあれば、家でもずっといい気持ちでいられますよね。「仕事とプライベートは相互に影響し合うもの」「繋がっているもの」ということを意識して、両方大切にしていきたいというのがウェルビーイング推進グループの基本的な考え方です。仕事の時間は人生の多くを占めますので、楽しんでもらえるような環境・関係をつくりたいと思っています。 例えば、「今日は家族の具合が悪いから帰りたい」、「好きなアイドルのコンサートがあるから早帰りさせてほしい」。そんな一言が言いやすい環境がいいと思います。そういった発言が聞けると、「ご家族の調子がよくなくて大変なんだな」とか、「そんな趣味を持っているんだ」などと、スタッフたちの事情が見えてきますよね。事情がわかれば、互いに配慮し合えます。公私を完全に切り離すのでなく、どちらも「その人を形成するもの」として知り、自分のことも知ってもらう。そうすることで、円満な関係が生まれやすくなると思います。 ―ありがとうございます。次回はウェルビーイング推進グループの業務の詳細や、スタッフの皆さんの反応についてお話しいただきます。 >>続きはこちら具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

孤独な管理者を支える ステーション支援2
孤独な管理者を支える ステーション支援2
インタビュー
2023年5月30日
2023年5月30日

孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み 成果&スタッフの反応は?

ソフィアメディのステーション支援グループは、管理者と目線を一緒にして、ともに考える伴走型のサポートを行っています。今回は、CQOの篠田耕造さんとグループリーダーの村山忍さんに、ステーション支援グループが誕生したことによる変化や、スタッフの反応等についてお話しいただきます。 >>前編はこちらともに悩んで孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している。篠田耕造さん/最高品質責任者CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディCQOに就任。 村山忍さん/ステーション支援グループリーダー看護師経験25年。ソフィアメディに入社し15年目。総合病院や個人病院に勤務後、訪問看護に携わる。ソフィアメディ2号店の管理者や、新規立ち上げ事業所の管理者を経験した後、ステーション支援グループ リーダーへ。全国を飛び回り管理者をサポートしている。 ※文中敬称略 やるべきことがクリアになると不安が軽減 ―ステーション支援グループが誕生したことによる変化を教えてください。 村山: ステーション支援グループができて、管理者の離職率はかなり低下しました。従業員満足度評価の総合スコアも全体平均を上回って、ポジティブな結果を得られました。やはり、一人で抱え込まずにいつでも相談できる体制に加えて、指標やマニュアルで管理業務を細かく確認しながら進められる体制にしたことが良かったのではないかと思っています。これによって管理者は「具体的に何をするのか」「何を優先すべきか」ということが明確になったんです。見えない不安が減ったことで、結果的に離職率が低下したのではないでしょうか。 ―ステーション支援グループとして活動しているなかで、喜びを感じることや、課題を感じていることについて教えてください。 村山: 私は、サポートしたメンバーの前向きな声・表情を見ると幸せな気持ちになります。例えば、新規依頼にうまく対応できず落ち込んでいる管理者がいたので、一緒に考えてサポートしていたんです。次に会った時に「うまくいきました!」と報告を受けて「すごい!やればできるよね!」とほめる。その後、「今度はこれもやってみますね」と前向きな姿勢になってくれる…といった姿をみると、本当に嬉しくなります。 もうひとつ例をあげると、開設当初から「管理者はもう無理です。私にはやれません」と訴える管理者がいたんですが、地道に励まし、サポートしていきました。もちろん本人もとても頑張り、一年が経過。私が「一年経ったね!」と声をかけたら、その管理者は「私もやれました!」と感激していました。シンプルですが、一年間やり抜いてくれたこと、自分でもやれると自信をつけてくれたことがすごく嬉しかったです。 課題に感じていることは、管理者へのメンタルサポートですね。ステーション運営をしていると、当然良いことばかりではなく、変化が大きいんです。前週までは調子が良くても、例えばお客様からのクレーム1本で管理者がとても落ち込むこともありますよね。この大きなギャップをフォローするには、私自身のメンタルサポートの勉強が必要だと感じています。みんなをしっかりとサポートできるように、自己研鑽していこうと思っています。 篠田: 私はやはり、新規のお客様が入ったときに、我々がこれからどうケアしていくべきか、メンバーと一緒にプランを練っている時間が一番楽しいですね。逆に、在宅を希望されているお客様が再入院になってしまったときは悔しいです。どのステーションも同じだと思いますが、そういうときは事例を振り返ってレビューするようにしています。 もう少し視野を広げると、訪問看護の認知度がまだまだ低いことを日々感じていますね。訪問看護を全国にどう根付かせていくべきか、そのためにどのような教育をしてどう定着させていくべきか、ステーション支援をしながら常日頃考えています。また、地域包括ケアシステムの中での人材育成も課題です。これについては、施設や組織、地域の垣根を越えて柔軟に取り組んでいきたいですね。安全・感染管理、災害支援などもステーション支援グループのミッションのうちのひとつですが、一つひとつ着実に基準を確立していきたいと思っています。 地域の勉強会に参加して視野と人脈を広める ―社内でなかなかサポートを受けられない他のステーションの管理者がモチベーションを上げるには、どのような取り組みが効果的でしょうか。 篠田: 訪問看護ステーションは地域包括ケアシステムの中で大変重要ですが、経営的に不安定になりやすく、事業継続の難易度が高いと思います。そのため、国を挙げて大規模化が図られています。小規模なステーションでは、どうしても管理者に負荷が集中する傾向にあり、一人でできることには限界があるでしょう。そんな中でぜひ活用して欲しいのは、都道府県看護協会や訪問看護連絡協議会の活動です。私も以前、岐阜県看護協会の副会長をやっていましたが、サークル活動のようなことを行っているので、ぜひ参加してみると良いと思います。もちろん組織の中で解決しなければいけないこともあると思いますが、地域の中では、例えば小児医療や癌末期の連携についての勉強会なども結構あるんですよ。 そういった場にどんどん参加して自分たちの役割を伝え、困り事を一緒に考えてもらうのも良いのではないでしょうか。そういった場への訪問看護の出席率は低い傾向にありますが、地域の中での相互理解を深めるためにもおすすめしたいと思います。 また、これは社内でもいつも言っていることなのですが、地域包括ケアシステムの中で看護師はキーパーソンだと思っています。我々看護師は、コミュニティレベルを高くして、地域包括ケアシステムを自分たちで築いていくんだという意識をもつことが大切ではないでしょうか。 訪問看護の質向上にはベンチマークが必要 ―今後、訪問看護業界全体の質向上を図る上で、何が必要だと思いますか。また、今後の展望を教えて下さい。 篠田: 私は病院で25年間、在宅医療の分野では6年ほど働いていますが、在宅医療はまだ質のばらつきが大きいと感じています。病院は標準化されて品質が保証されてきていますが、在宅医療にはベンチマーク(基準)となるものがないことが課題だと思っています。ソフィアメディは全国展開しているので、特に地域によってやり方も課題も異なることを実感しているんです。 これまでの訪問看護は、「事業所数を増やす」という量的な部分に着目してきましたが、これからは「質」の部分に着目され、国を挙げてベンチマークが作られていくはず。そうした潮流の中で、私たちも全国展開の知見を活かし、業界の基準となる指標を提言できないか検討しています。まずは基準を満たしてから各事業所の特徴を押し出していくほうが、全体の質向上に繋がるのではないでしょうか。 ―ありがとうございました。 ※本記事は、2023年2月の取材時点の情報をもとに構成しています。 執筆・編集:NsPace編集部

運営指導(実地指導)体験談
運営指導(実地指導)体験談
特集
2023年5月23日
2023年5月23日

運営指導(実地指導)体験談 大切なのは日々の業務を基本に忠実に行うこと

「運営指導で準備することは何?」「当日はどんなふうに進行するの?」運営指導に関してこんな疑問を抱いている管理者は多いのではないでしょうか。今回は、大阪市住吉区にある医療法人ハートフリーやすらぎの訪問看護ステーション管理者の田端さんに、2022年に受けたばかりという運営指導の体験談を教えていただきました。事前準備のノウハウはもちろん、運営指導を受けて再認識したことなど、盛りだくさんの内容でお届けします。 約2週間前に運営指導の実施通知が届く 介護事業を行っていれば、いつかは必ずやってくる運営指導。わかってはいるものの、いざ実施通知が届くとびっくりするものです。 通知には、「介護保険サービスの質の確保および保険給付の適正化を図ることを目的に、実地指導を実施します」の文言とともに、実施日時や当日訪問予定の大阪市福祉局の担当職員2名の名前に加え、膨大な数の準備書類が記載されていました。 当事業所で実施通知を受け取ったのは、実施日の約2週間前。介護給付費に関する書類も準備しなければなりません。これは大変なことになったぞと思い、急いで準備に取り掛かりました。 書類は独自リストを活用し効率よく準備 運営指導では、介護サービスの実施状況と運営体制の構築について必要書類に基づき確認されます。必要な書類や確認内容はサービス種別によって変わってきます。具体的には、「介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月)」の別添資料「確認項目及び確認文書」にまとめられているので、ぜひご覧になってみてください。 今回、準備書類で苦労したのは、サービス提供実施記録や居宅サービス計画書、サービス担当者会議の記録など、サービスに関する書類です。当事業所には約300名の利用者さんがいらっしゃいます。管理者だけでは手に負える数ではないため、主任やスタッフにも協力してもらい、事業所全体で準備を進めました。 運営指導の実施時間は3時間。その時間で全利用者さんの書類が確認されるわけではありませんが、どの書類が選ばれるかは当日にならないとわかりません。どの利用者さんのどの書類が選ばれても問題ないように、全員分のすべての書類をそろえておく必要があります。 スタッフには、確認の抜けや漏れがないように、必要な書類とそれぞれのチェックポイントをまとめたリストを配布しました。例えば、「訪問看護計画書」のチェックポイントは以下のとおりです。 訪問看護計画書 ・利用者さんの氏名、生年月日、要介護度、住所等の基本情報が記入できているか。・目標に、利用者さん、ご家族の希望を取り入れているか。・主治医の指示と相違がないか。・ケアマネジャーが作成するケアプラン(居宅サービス計画書)と相違がないか。・「利用者の状態に変化があった時」、「指示書に変更点があった場合」、「ケアプランに変更があった場合」は、必ず利用者さん、ご家族に説明し、サインをもらっているか。・変更がなくても、最低6ヵ月に1回のタイミングで、利用者さんに説明し、サインをもらっているか。・「衛生材料等が必要な処置の有無」「処置の内容」「衛生材料等」「必要量」の欄について⇒衛生材料等が必要になる処置の有無について○を付けているか。また、衛生材料等が必要になる処置がある場合、「処置の内容」と「衛生材料等」について具体的に記入し、「必要量」については1ヵ月間に必要となる量を記入しているか。・「訪問予定の職種」の欄について、訪問予定の職種とその訪問日について、利用者さんに分かるように記載しているか。・内容がずっと一緒のコピーになっていないか。状態の変化やプラン変更の記載ができているか。・複数名訪問加算を算定している利用者さんの場合、計画書にその理由が記載できているか。・目標の達成状況が記録されているか、その状況に基づき計画を変更修正しているか。 この内容に沿って、受け持ちの利用者さんのカルテを確認してもらいました。 特に注意したのは、介護保険証の有効期間と、サービス担当者会議の記録、居宅サービス計画書、看護計画書がきちんと連動しているかということです。オリジナルの連動チェック表を作成し、各書類を横断的に確認できるようにしました。 報酬請求状況は必ず確認されます! 介護サービスの実施状況と運営体制の確認以外にも、運営指導には大切な目的があります。それは、報酬請求状況の確認です。特に各種加算に関してきちんと算定要件を満たし、適正に介護報酬の請求が行われているかどうかが重点的に確認されます。 そこで、請求状況についても当事業所で算定している加算をリスト化し、それぞれの算定基準から必要な項目を整理しました。このリストに沿って、スタッフに利用者さんのカルテを見直してもらい、準備を進めました。例えば、「ターミナルケア加算」では以下の項目を洗い出してまとめました。 ターミナルケア加算 ・主治医との連携のもと、ターミナルケアに係る計画、支援体制について利用者さん、ご家族に説明を行い、同意を得てターミナルケアを行っているか。・24時間連絡が取れる体制を確保・整備しているか。・ターミナルケアの提供について、利用者さんの身体状況の変化等、必要な事項が適切に記録されているか。・療養や死別に関する利用者さん、ご家族の精神的な状態やその変化、それに対するケアの記録があるか。・利用者さん、ご家族の意向に基づく、アセスメントや対応の記録があるか。 運営指導では請求書を見てカルテを選定 当日は事前通知どおり2名の担当職員が訪問されました。こちらは管理者の私と事務員の2名で対応しました。 簡単な挨拶の後、最初に「請求書を見せてください」と言われました。請求書の確認後、数名の利用者さんの名前がピックアップされ、カルテを見せてほしいと依頼されました。その後、事前に準備した書類とカルテの確認に入られました。 書類確認中はずっと立ち会うわけではなく、通常業務をしていても問題はありませんでしたが、たまに「この書類はどこにありますか?」と聞かれ、対応しました。なお、書類は、一覧表の順番通りに並べ、一覧表と同じ番号を記載した付箋を貼っておきました。担当職員から「〇〇の書類を見せてください」と急に言われても、さっと取り出せたので、これはやってよかった工夫のひとつです。 「口頭指導」を受けました 運営指導の指導方法には、文書指導、口頭指導、助言の3つがあります。今回、当事業所が受けたのは、口頭指導でした。口頭指導は、法令や通知等で規定された事項に違反しているものの、その程度が軽微な場合、または文書指導を行わなくても改善が見込まれる場合に行われます。改善報告が必要なレベルの重大な違反がなくて、本当に安心しました。口頭指導で、いくつか指摘された中から、みなさんの事業所でも参考になりそうなものを紹介します。 運営規定と重要事項説明書との整合性 運営規定と重要事項説明書との記載内容は、同じである必要があります。当事業所では、夏季休暇について運営規程では「8月14日、15日」、重要事項説明書では「盆休み」と記載していたため、この記載を合わせるように指摘を受けました。 勤務表の管理 職種(訪問看護師/理学療法士/作業療法士等)や勤務形態(常勤/非常勤)がわかるように項目を追加し、管理するように指摘を受けました。 加算の算定要件の詳細を再確認 当事業所では、サービス提供体制強化加算を取得しています。この加算では、職員の一定の勤続年数や研修計画に基づく研修の開催、利用者さんに関する留意事項の伝達や技術指導を目的とした会議を実施するといったことが主な算定要件です。 要件はクリアしているものの、スタッフごとに研修を計画し目標がわかるようにしておくことや、職種や勤務形態を問わず、すべてのスタッフが研修を受けられるように計画するよう指摘を受けました。 日々の業務管理こそ運営指導対策の王道 必要書類の準備から当日の指摘事項を振り返ってみて、あらためて感じたのは「基本に忠実に」日々の業務を遂行することの大切さです。法令や条例、規則等を遵守しながら、利用者さんへのサービスの質を確保し、日々着実に仕事をすること、これに勝る運営指導対策はないと思います。 利用者さんの介護保険証の有効期間を確認する、利用者さんの状態が変わったら必ずサービス担当者会議を行って記録を残す、看護計画を更新したら利用者さんにきちんと説明し同意を得てサインをもらう、等々。これらはどれも当たり前のことです。 ただし、どんな仕事でも必ずイレギュラーが発生します。例えば、利用者さんのサインがもらえなかったときにどうするか。重要なのは、そのままで済ませない、イレギュラーのままで終わらせないことです。運営指導の通知が届いてから準備していては、必ず何かが抜けてしまいます。常日頃から、スタッフ一人ひとりが各書類の目的を理解し、きちんと整備できる意識の醸成、しくみづくりが不可欠と感じました。 最後にもう1点、事業所の郵便受けは毎日必ず見るようにしてください。実施通知は郵送で届きます。しかも、いつ届くかわかりません。ポストを確認する習慣がなく、実施当日に通知に気づいた…という笑えない話を聞いたことがあります。みなさん、ぜひご注意ください。 執筆:田端 支普医療法人ハートフリーやすらぎ 訪問看護ステーション 管理者●プロフィール1997年看護学校卒業後、総合病院に8年間勤務。小児科・産婦人科病棟を含む混合病棟を経て、2006年訪問看護ステーション ハートフリーやすらぎに入職。2020年より現職。2012年訪問看護認定看護師資格取得。2019年特定行為研修終了。2021年在宅ケア認定看護師へ移行手続き終了。

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