アセスメントに関する記事

褥瘡エコーの活用
褥瘡エコーの活用
特集
2023年9月5日
2023年9月5日

褥瘡エコー 深部損傷褥瘡の鑑別・程度を評価 活用の実際

褥瘡エコーは皮膚表面の観察だけでは分からない皮膚内部の観察が可能です。そのため、発赤・深達度の評価やDTI(深部損傷褥瘡)、ポケットの評価に有用です。とくにDTIは、急速に深い褥瘡に進行するリスクがあるため、ポータブルエコーでいち早く発見することで創部の悪化を防ぐことができます。 今回は東葛クリニック病院の皮膚・排泄ケア特定認定看護師の浦田 克美氏と、臨床検査技師の佐野 由美氏に、褥瘡へのポータブルエコー使用のポイントと活用についてうかがいました。 正常な皮膚構造と正常な画像を覚える 褥瘡エコーを正しく扱うには、正常な組織と損傷を受けた組織を見極める必要があります。そのため、皮膚構造の解剖学を知っておくことが大前提になります。皮膚は外側から表皮、真皮、皮下組織(脂肪組織・筋組織)で構成されています。その構造を、画像でも見慣れておく必要があるでしょう(図1)。表皮や真皮の損傷は肉眼でも評価することができますが、皮下組織である脂肪組織、筋肉組織の損傷の観察は肉眼で見ることは難しく、ポータブルエコーを用いることで正確に判断することができます(写真1)。 図1 「画像から見る皮膚の構造」(提供:浦田 克美氏) 写真1 「ポータブルエコーで褥瘡を観察」(提供:浦田 克美氏) 利用者さんの褥瘡を画像として描出する前に、まずは正常な皮膚の部位から観察していきます。そこからプローブの位置を褥瘡部に近づけながら進めていくと、皮下の組織損傷部位が境界明瞭な黒い領域として現れてきます(図2)。必ずしも発赤の直下にあるわけではないので、どの部位から組織が崩れ始めているのかを意識しながら観察していきましょう。皮下脂肪の厚さ、皮膚構造には個人差があるため、対象となる患者さんの正常組織を把握しておくことも重要です。 図2 「仙骨部の褥瘡」(提供:浦田 克美氏) ずれ・たるみの周囲を定期的に観察 褥瘡は、創部だけを観察するのではなく、褥瘡周辺の外力によって起こるずれとたるみの周囲も必ずチェックしておきましょう。なぜなら、褥瘡の発生要因は摩擦とずれの影響も大きいためです。引っ張られている組織は変化が起こりやすく、皮下損傷に陥りやすくなります。このような部位は黒い低エコーの所見が見られ、黒い部分がどこまであるかをモニタリングすることで、DTIの拡がりや悪化の程度が分かります。そのため、ポータブルエコーで観察する際は、損傷部位の経過を定期的に見ることが重要です。初回時に褥瘡を認めた位置にマーキングをして、一週間後にどのように変化しているのか評価するために、同じ条件で経時的に観察できるようにしておきましょう。 また判断に迷う場合は、対側部位も観察してみましょう。例えば、踵外側部の発赤の皮下にDTI疑いの低エコー所見が観察できたら反対側の左足にも同じ所見があるかどうか比較します。同じ所見があれば褥瘡ではないことが分かります。 ポケット褥瘡への対処や緊急性の判断も ポケット褥瘡の壊死組織を認めた場合、完成したポケットの範囲がどこまであるのか、治療のためにどこまで切開する必要があるのかを判断する際にもポータブルエコーは有用です。ポケットの内部には空気が入っているので、白い高エコーが連続した所見を探します。 近年ポータブルエコーの性能は著しく進化しているため、エコー技術の熟達レベルに関わらず、皮下や筋肉組織の結合の弱い部分を観察できるようになってきました。組織の結合が弱い部分は、DTIやポケット拡大のリスクが高いという予測がつき、ポジショニングや体圧分散など、早期での治療や予防ケアにつなげることができます。 さらに、緊急性の判断にもポータブルエコーが役立ちます。黒色壊死組織で覆われた褥瘡で感染の判断がつかない場合でもエコーで観察することで、膿の貯留の有無を確認できます。直ちに受診し切開排膿が必要なのか、次の受診日まで待っていいのかという、重症化の判断をしやすくなるのではないかと思います。 創傷の正しい判断とケアのために 以前は、DTIがあったら必ず悪化すると感じていましたが、褥瘡エコーによる観察に基づき、ポジショニングを工夫して除圧を徹底すると悪化せずに吸収され、治癒に至るケースがあることを体験しました。褥瘡は予防が最大の治療と言われますが、ポータブルエコーによる皮膚の深部までの観察で、褥瘡をいかに予防できるかを実感しています。 また、末梢動脈疾患(PAD)による虚血潰瘍なのか、褥瘡なのかという見極めにもポータブルエコーは有効です。例えば踵部の褥瘡にDTI疑いの低エコー所見(図3)がある場合は、治療方針を検討するために血流のアセスメントが必要です。 まずはポータブルエコーや触診で、足背・後脛骨の動脈の血流評価をしましょう。血流の確認ができなければ虚血性潰瘍の可能性が高いため医師やご本人と共に血行再建術の検討をします。もしくは積極的治療やデブリードマンなどをせずに保存療法となります。血流が確認できれば褥瘡です。除圧の徹底と必要時デブリードマンを実施して、完全治癒を目指します。 図3 「踵部の褥瘡DTI疑い」(提供:浦田 克美氏) 取材協力・監修:浦田 克美氏(皮膚・排泄ケア特定認定看護師)佐野 由美氏(臨床検査技師)編集:メディバンクス株式会社

家族看護 事例
家族看護 事例
特集
2023年8月29日
2023年8月29日

訪問看護師の家族看護 療養者のセルフケア&家族との関わり【事例紹介】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、子どもに対する心配が大きく、過干渉になってしまう家族が登場します。訪問看護師はどう対処すればよいか困惑しますが、支援者である自分自身を深く見つめなおすことで状況が変化していきます。 事例紹介 Aさん(10代後半、女性) 有名進学高校に在籍していましたが、友人関係のトラブルが引き金となり、幻覚や妄想などの症状が出現し、統合失調症と診断されました。 数ヵ月の入院生活を経て、現在は休学し自宅療養中。全般的に意欲や自発性の低下が見られるものの、母親の送迎により週2回デイケアに通所しています。母親は日中仕事で不在のため、Aさん一人ではインターホンの対応ができず心配だとして、祖母に来てもらっています。 Aさんは携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいと母親に訴えますが、発症前にSNSでの友人とのやりとりで落ち込むことがあったことを理由に、母親は携帯電話を持つことやSNSの利用を禁止しています。Aさんは残念そうではありますが、母親とぶつかることはなく、漫画を読んだり、テレビを見たりして、ほかのことで気を紛らせています。訪問看護師がAさんへ問いかければ、そつなく返事が返ってきますが、Aさんから積極的に話すことはありません。 家族構成 同居家族は、Aさんの父(50代、会社員)、母(50代、教員)、弟(高校生)の4人。近隣に住む母方の祖母が支援してくれています。母親は管理職のため多忙ですが、仕事の調整をしながらなんとかAさんの送迎を行っています。 訪問看護師の悩み(直面している課題) Aさんが携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいと訴えても認めず、一人で留守番することにも難色を示す母親が、かえってAさんの自立を阻害しているように感じ、違和感を持っています。Aさんの力量をアセスメントして、母親にAさんの自立に向けた方法を提案したいと思いますが、母親がAさんの行動を強く統制しているためそれもできません。 そして、訪問看護師に対する母親の対応が威圧的に感じられ、母親にどのように関わったらよいのか糸口が見いだせず困っています。まだ訪問を始めて日が浅く、結局のところ、「心配だからダメ」という母親の話を一方的に聞くばかりで、深くは踏み込めないままに訪問が続いています。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 Aさんの願いを聞き入れもせず、Aさんを一人で留守番させることもしない母親。そんな母親に対して、訪問看護師は違和感を持っていました。どのように関わったらよいのか訪問看護師が困惑していた、この時期を取り上げて、Aさん、母親、訪問看護師に何が起こっていたのか検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師はAさんの自発性を大切にし、Aさんの希望を叶えたいと思っていましたが、結局、母親の話を一方的に聞くという対処に終わっていました。背景にあったのは、Aさんの実際の力量がアセスメントできず、母親を説得する具体的な材料を持っていなかったこと、また母親の言動から考えを曲げようとしない頑なさに圧迫感を覚えていたことが挙げられます。 ■母親母親は、Aさんが携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいという願いに困惑し、娘の願いを聞き入れず、自己のコントロール下に置くという対処をとったと考えます。その背景には、発症の引き金になったのが友人関係のトラブルであり、また同じことが起こるのではないかという不安や、何としても再発だけは避けたい、親として自分が娘を守らなければという使命感があったと思われます。 ■AさんAさんは母親から携帯電話を持つことやSNSの利用を禁止され、仲のよい友人に連絡できないことに困っていました。しかしAさんは、母親に強く不満を訴えることもなく、母親の判断に身を委ね、漫画を読んだり、テレビを見たりして、ほかのことで気を紛らわせています。その背景には、元々反抗期を経ておらず、母親の意見に従ってきた母子関係がありました。また、薬の鎮静効果による眠気や陰性症状による意欲低下があること、「母親が自分のことを心配してくれていることもわからないではない」という気持ちがあったと考えられます。 それぞれの関係性 次に母親、Aさん、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 ■母親とAさん母親はAさんをコントロールし、Aさんはそれに身を任せています。このままでは変化は起こらず、悪循環といえるでしょう。 ■Aさんと訪問看護師訪問看護師は、Aさんの気持ちを引き出そうと問いかけますが、Aさんはそつなく合わせるような対応です。対立や葛藤関係にあるわけではないですが、このままでは関係はなかなか深まらないと思われます。 ■母親と訪問看護師母親は、訪問看護師に対して期待はあるものの、何をどこまで期待できるのかが分からない状況です。再発への不安からとにかく今は自分の考えを通したいと主張しています。 まだ訪問を開始してから日も浅く、母親に対して関わりにくさを感じている訪問看護師は、母親に深く踏み込むことはせず、話を聞きながらAさんの主張に対してしかたなく応じています。訪問看護師は母親へのアプローチの方法を探っている状態だと思われます。 図1 Aさん、長女、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 ここでは、母親と訪問看護師を取り上げて考えてみます(図2)。 母親の言動に圧迫感や関わりにくさを抱いていた訪問看護師のパワーは低くなっていたと思われます。一方、再発への不安が強く、何としても娘を守らなければという強い使命感に駆られていた母親のパワーは高いと考えられます。 両者の心理的距離はどうでしょう。お互いに関心を寄せていますが、娘を守りたい母親は境界を越えて訪問看護師へ迫っており、ベクトルもやや太くなっています。訪問看護師の方は、母親に対し何とか関わりの糸口を見つけようと、母親へ関心を向けながらもとどまっています。 図2 母親と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える まずは、看護師のパワーを上げる必要があります。そのために、経験豊かなスタッフとの同行訪問を実施しました。これまでは母親に圧迫感を抱いていましたが、ベテランのスタッフとともにいることで安心感が得られ、落ち着いて母親の思いをじっくり聴き、話し合うことができました。 訪問看護師は、「友人関係で失敗してそれが再発につながるのが怖い」と訴える母親の気持ちを十分に受け止めるように努めました。そして、折に触れて「失敗はむしろ成功へのヒントになること」を伝え、訪問看護師として「失敗から学んで成長につなげることができるように支援すること」を保証しました。 また、母親に対し、Aさんの状況や母親の役割について繰り返し丁寧に説明しました。つまり、Aさんは病気を抱えつつも親からの自立という大切な発達段階を歩んでいる途上にあること、母親は自分自身の不安に圧倒されるのではなく、娘であるAさんを見守り自立を応援する段階にあることを伝えたのです。 Aさんに対しては、Aさんが自分の意思を尊重できるように「どうしたいのか?」と問いかけることを大切にしながら関わりました。 こうした支援により、母親は徐々にAさんの自立を見守れるように変わってきました。現在Aさんはデイケアに一人で通い、留守番もできるようになりました。一定のルールのもと携帯電話も使いこなしています。母親は過干渉になることもなく、Aさんとの距離感も良好なものとなっています。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●過干渉にならざるを得ない母親の不安の強さをアセスメントし、十分受け止めたこと●母親に苦手意識を感じる自分自身を認め、ほかのスタッフに応援を求めたこと●母親に、失敗は成功のヒントになること、またたとえ失敗しても成長につなげられるように支援すると保証したこと●母親に自立を促す役割の大切さを強調し続けたこと 執筆:株崎 雅子地方独立行政法人埼玉県立病院機構埼玉県立循環器・呼吸器病センター ●プロフィール2010年より「渡辺式」家族看護を学び、2023年「渡辺式」家族看護認定インストラクターを取得。現在は「渡辺式」の普及を目指し、急性期病院での活用や看護管理者への活用に向けて奮闘中です。 執筆:堤 真紀訪問看護ステーションみのり東京支店 所長 ●プロフィール2023年「渡辺式」家族看護認定インストラクターを取得し、現在は臨床だけでなく、家族看護の講義や執筆を行うなど実績を積み重ねています。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月29日
2023年8月29日

悪性腹水の原因と対応【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)。痛みも落ち着き、倦怠感も以前ほどではなくなりました。しばらくは症状がうまくコントロールでき安定していましたが、最近、腹部の膨満感が出現するようになりました。在宅主治医によると、膵臓がんが腹膜に播種したがん性腹膜炎による腹水であろうとのこと。今回はがんの影響によって生じる腹水の緩和ケアについて解説していきます。 悪性腹水のメカニズムと緩和ケア 悪性腹水は進行がん患者においてしばしば見られる症状です。たまった腹水が少量であれば自覚症状はあまりありませんが、大量にたまると外観の変化やさまざまな自覚症状が出現します。主な症状は腹部膨満感や腹痛、胸やけ、悪心・嘔吐、食欲不振などです。 腹水がたまる原因には、滲出性と漏出性の2つがあるといわれています。例えば、がん性腹膜炎で腹水がたまるのは滲出性によるものです。腹膜上にがん細胞が拡散すると、それぞれのがん細胞の周囲で、がん細胞と戦うため炎症が起こります。この炎症の結果、滲出液と呼ばれる液体が出てきて腹腔内に蓄積されていきます。 漏出性の代表例は肝硬変やネフローゼです。腹膜自体に異常はなく、血液中のタンパク質濃度が低下することによって浸透圧が低下し、血管から水分が漏れ出し、腹腔内にたまってしまう状態です。この場合、利尿薬を使用して水分貯留を改善させることが少なくありません。 しかし、がん緩和ケアの現場では、どちらか一方のみが原因というよりは、これら2つが重なりあって腹水が生じるといわれています。どちらの原因が主体なのかはケース・バイ・ケースです。抗炎症薬としてのステロイドで症状が軽快するケースもあれば、利尿薬が有効なケースもあり、両者を組み合わせることもあります。 さて、訪問看護師であるあなたは、今日は在宅主治医に同行し、Aさんのご自宅に訪問しています。在宅主治医はAさんの腹部の状態を確認し、悪性腹水であることを確信したようです。 在宅主治医: 触診でも波動を感じますので、ほぼ腹水で間違いないと思います。次回は携帯型の腹部エコーを持参して詳しく検査してみましょう。 Aさん: 腹水ですか……。次から次へとおかしなことが起こるので不安です。どのようにすればよいのでしょうか? あなた: 確かに次から次に嫌なことが起こりますよね。それでもAさんはこれまで一つひとつ、乗り越えてこられたと思います。Aさんのつらさが少しでも楽になるように私たちが協力しますので、つらいときは遠慮なく教えてください。 Aさん: はい、ありがとうございます。  症状に応じて利尿薬の投与、腹腔穿刺を行う 在宅主治医: Aさん、まずはお腹に水がたまりにくくなるように利尿薬を使用しましょう。それでも水がたまり、苦痛が強いようであれば、お腹に針を刺して水を抜く治療もあります。腹部膨満感がすみやかに解消されるので、楽になる方は多いですよ。(利尿薬の使用については【ワンポイントメモ】「利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?」参照) Aさん: そうなんですね。少し安心しました。今はそれほどつらくはないのですが、悪化したときにどうなるのかが不安でした。 あなた: 利尿薬が開始されるとトイレに行く回数が増えると思います。Aさん、トイレに行くのは大変ではないですか? Aさん: 自分で歩いて行けるのですがよろけることがあるので、トイレにも手すりがあればいいのにと思うことはあります。 あなた: 確かにそうですね。ケアマネジャーさんに連絡して、手すりの設置を相談しましょう。ベッドの近くにトイレを置くこともできますが、それはいかがでしょうか? Aさん: 手すりはお願いしたいのですが、ベッド脇のトイレはまだ必要ないと思います。 あなた: わかりました。 Aさんの自覚症状の程度や環境整備への要望を確認したところで、あなたと在宅主治医はAさんのお宅を後にしました。帰り道の途中で、あなたは気になっていた腹腔穿刺について医師にたずねました。 あなた: 先生、腹腔穿刺は在宅でも可能なのですか? 在宅主治医: もちろん可能です。腹部エコーで腹水がたまっている場所を確認してから、局所麻酔を行い、血管留置用のプラスチック留置針を用いて穿刺します。量が多いときには2Lほど抜けることもあります。 あなた: 処置のとき、私たちがお手伝いできることはありますか? 在宅主治医: 通常、腹腔穿刺は1時間程度かけて行います。最初の30分くらいは私たちも患者さんを観察していますが、それ以上の時間になるとほかの訪問診療があるので、ずっと付き添うことは厳しいのです。急激な腹腔穿刺中に血圧が下がることもありますので、患者さんの苦痛の確認とバイタルサインのチェックを行っていただくと助かります。訪問看護ステーションによっては、排液がなくなったことを確認し、留置針を抜いて消毒し、創処置をしてくれます。 あなた: 私たちも管理者と相談して、お手伝いしたいと思います。先生、もう1つ教えてください。抜いた腹水を処理して、体内に戻す治療があると聞いたことがあるのですが……。 CARTや腹腔静脈シャントについても知っておこう 在宅主治医: CART(cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)、腹水濾過濃縮再静注法のことですね。腹水を抜けるだけ抜いて、がん細胞や細菌などを取り除き、タンパク質(アルブミンやグロブリンなど)の有用成分を濃縮して体内に戻す治療です。一般には在宅ではできないので、通常は病院で1泊から2泊入院して行います。点滴をしながら腹水をできるだけたくさん抜きます。腹水のたまるスピードが速く、何回も穿刺が必要になるならAさんと相談してもよいかもしれませんね。 あなた: CARTはすべての病院が対応してくれるわけではありませんよね? 在宅主治医: それぞれの病院ごとに異なるのが実情ですが、一生懸命情熱を持ってCARTに取り組んでいる先生もいらっしゃいます。そんなドクターのことを知っておくことも大事かもしれませんね。 あなた: はい、わかりました。先生、いろいろと教えていただきありがとうございました。お引き止めして申し訳ありませんでした。 あなたはステーションに帰り、がん看護専門看護師の先輩Bさんにもう1つ気になる治療法があったので質問してみました。 あなた: 先輩、最近Aさんに腹水がたまるようになってきたのです。以前、何かの本で読んだことがあるのですが、お腹にカテーテルを埋め込んで静脈に戻すポンプのようなものがあるようなのです。この治療法について何かご存知ですか? Bさん: それは腹腔静脈シャント、別名「Denver(デンバー)シャント」のことね。手術を行って、腹腔内と鎖骨下静脈を直接つなぐ特殊なカテーテルを埋め込むの。そのカテーテルには逆流防止弁が付いていて、腹水が静脈内へ流れるようになっているのよ。腹壁に固定した小さな風船状のポンプがあって、それを患者さん自身が何回も押し込むことで腹水がくみ上げられて静脈の中に押し込まれるの。 あなた: 大きな手術が必要になるのですね。 Bさん: そうなの。Aさんの今の状態では手術を行うことは難しいかもしれないわね。症例数も少ないから、がん性腹膜炎に対してこの治療を行うことに対してまだ評価が定まっていないのよ。がん細胞も静脈の中に入る可能性があるし、心臓にも負担がかかるかもしれない。 あなた: そう簡単にはできないことがよくわかりました。 苦痛症状の緩和には看護ケアの力を Bさん: そうね。でもあなたがAさんに寄り添い、彼を支援することはまだまだできるはずよ。徐々に症状が進んできて、Aさんは不安を感じているはず。なるべく腹部膨満感が強くならないような食支援を行ったり、腹部が張っていても安楽に過ごせるような環境を整えたり、Aさんが少しでも安心して過ごせるように私たちにできることはたくさんあるわ。おそらくご家族もすごく不安を感じているのではないかしら。ご家族のケアをしっかりやっていくこともとても大切よ。 あなた: そうですね。Bさん、ありがとうございます。まだまだやれることがありますよね。もっとAさんとご家族に寄り添って1日1日が生活しやすいように援助していきます。 * その後、Aさんは腹腔穿刺を数回行いました。全身の衰弱が進み、約1ヵ月後にご自宅で旅立たれました。オピオイド投与もうまくいき、大きな苦痛を感じることなく過ごされたことが、ご家族にとっての救いになっていたように思われました。担当訪問看護師であるあなたにとってもよい仕事ができ、大きな学びがあったケースとなりました。 【ワンポイントメモ】 利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?確かに少し脱水気味になります。だからといって大量の輸液を行うと、逆に腹水が増えてしまうとの報告があります。また、がん緩和期では患者さんが乾いた状態(ドライサイド)で管理したほうが、より苦痛が少なくなるといわれています。ほかに胸水や気道分泌物が多い場合も輸液が多いと悪化すると指摘されています。その意味からも輸液を最小限にして、ドライサイドにしたほうが苦痛の軽減につながると考えられているのです。強い脱水や電解質異常で患者さんが苦しまないように、採血を行い、その程度を評価し、投薬量や投薬内容を調整します。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月22日
2023年8月22日

がん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】

あなたが担当する末期膵臓がん患者のAさんは、近頃、体重減少と食欲不振がみられ、がん悪液質の状態にあるようです。Aさんの症状緩和について先輩訪問看護師に相談したところ、治療薬「アナモレリン」について教えてもらいました。あなたは治療に関してさらに詳しく知りたいと思い、在宅主治医に相談してみることにしました。 >>前回の記事はこちらがん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】 がん悪液質の薬物的治療 あなた: 先生、Aさんのことで相談があります。最近、Aさんにがん悪液質と思われる体重減少や体動困難が見られるようになり、横になっていることが多くなりました。せっかく痛みがよくなっているので、家族との思い出づくりもしていただきたいのですが、それもできず、食欲も低下しています。そこで調べたのですが、「アナモレリン」という薬が食欲改善に有効と聞きました。先生、Aさんにこの薬を投与してみるのはどうでしょう。 在宅主治医: よく勉強しましたね。私もその薬をそろそろ使うべき時期と考えていました。使用してみましょう。それ以外にも有効とされる薬剤があるので、アナモレリンの効果を見ながら試してみるとよいかもしれません。 あなた: 先生、「それ以外の薬剤」には、どのような薬剤があるのですか? 在宅主治医: まずはステロイドです。炎症性サイトカインの放出ががん悪液質の原因の一つという話は聞いたことがありますね。ステロイドは炎症性サイトカインの放出を抑制し、炎症反応を減少させることでがん悪液質の全身倦怠感、食欲不振といった症状を改善させてくれます。 あなた: ステロイドには糖尿病や骨粗鬆症といった副作用がありますが、Aさんに投与しても問題ないのでしょうか? 在宅主治医: Aさんに残された時間はそれほど多くありません。長期間の投与になるわけではないので、副作用も限られるでしょう。血糖値が上昇すれば対応しますが、厳密なコントロールは必要ありません。高血糖で昏睡に陥るようなことにならなければよいのです。 あなた: ひどい高血糖にならないように、私たちも血糖チェックを行うことにしますね。先生、ほかにはどのような薬剤が使用されているのでしょうか? 在宅主治医: アナモレリンとステロイドも含め、がん悪液質に有効とされる薬剤を整理してみましょう(表1)。 表1 がん悪液質に有効とされる薬剤 あなた: 漢方も使用されているのですね。とても勉強になりました。ところで先生、Aさんは現在もリハビリテーションを継続していますが、体力的に問題はないのでしょうか。どうも無理をさせているような気がするのです。  がん悪液質の非薬物的治療 あなたはリハビリテーションがAさんの体力をさらに消耗させているのではないかと心配しています。ところが、在宅主治医の見解はまったく異なるものでした。 在宅主治医: 本人がリハビリテーションをやめたいと言っているのであれば、やめてもよいのですが、私は継続するほうがよいと思っています。もちろん、筋肉減少がリハビリテーションだけで解決できるわけではありません。運動療法以外にも、先ほど説明した薬剤の投与や栄養対策を行って、がん悪液質の進行をできるだけ抑えることが重要だと考えています。それに、リハビリテーションはAさんの「自分でトイレもいけなくなった」といった人生への無意味感につながるスピリチュアルペインを和らげてくれる可能性もありますよね。 あなた: なるほど、そうだったのですね。教えていただきありがとうございます。リハビリテーションはこのまま続けたほうがよさそうですね。先生、栄養対策のお話がありましたが、栄養対策としてはどのようなことを行えばよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね。十分量のエネルギーとタンパク質の摂取が必要ですが、進行したがん患者さんは味覚も低下します。味のはっきりした食事のほうが食べやすいこともあるので、さまざまな味の栄養剤を併用したり、甘いアイスやプリン、ゼリーといった食材を追加したりする方法もあります。タンパク質であれば、料理に加えるだけで手軽に補給できる市販品を試してみるのもよいでしょう。 また、口の中のことも考える必要があります。歯の調子が悪くて食べられなかったり、ステロイド投与中に口腔カンジダが発症して食事量が低下したりすることもあります。歯科医や歯科衛生士との連携も大切だと思いますよ。 あなた: なるほど。栄養士さんの栄養指導も必要そうですね。ありがとうございます。Aさんやケアマネジャーさんとも話し合ってみます。 * がん悪液質の非薬物的治療において、栄養療法単独の介入ではあまり有効性は指摘されていません。運動療法では身体機能やQOLの改善が得られたとの報告はあるものの、エビデンスが得られたリハビリテーションプログラムは週に2~3回、1回60~90分の運動であるため、高い脱落率が問題と考えられています1),2),3)。現在、栄養療法、運動療法を同時に介入させる試験が進行中です。 がん悪液質には集学的治療が必要 がん悪液質は進行すると治療に反応しにくくなります。在宅で療養する患者さんの場合、かなり進行した状態であることが多いですが、治療に反応することも少なくありません。がん悪液質にはステージ分類があり、EPCRC(European Palliative Care Research Collaborative:欧州緩和ケア共同研究)によって前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つに分類されています4)。前悪液質と悪液質のステージでは早期介入が求められる段階で、不応性悪液質のステージでは緩和的治療がメインになります。この分類でいうとAさんは悪液質から不応性悪液質の状態ですので、治療による症状改善が期待できる状況です。 がん細胞による炎症は全身のさまざまな臓器に影響を及ぼします。脳に働き食欲を抑制したり、骨格筋の分解を促進し筋量を減少させたりします。肝代謝にも影響し、栄養成分の代謝が不良になります。また、脂肪が非効率的に消費され、急速に減少します。そこに高齢や併存疾患、抗がん剤の治療毒性、廃用症候群といった要素が加わるため、臨床像は一人ひとり異なります。そのため、がん悪液質の治療には、薬物療法や栄養療法、運動療法などを含めた集学的な治療が必要とされています。 したがって、その治療には医師、看護師、栄養士、理学療法士、臨床心理士、歯科医、歯科衛生士などの多職種によるチーム連携が必須であり、これらを在宅で機能させることが重要です。その中でも訪問看護師の役割は大きく、それぞれの職種を結びつける役割が期待されています。また、患者さんの揺れ動く思いに寄り添い、失った機能に対する落胆にも寄り添い、共感し、ときには励まし、一緒に歩む姿勢も求められているといえます。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】1)Oldervoll LM, et al. Physical exercise for cancer patients with advanced disease: a randomized controlled trial. Oncologist 16(11), 2011, 1649-1657.2)Adamsen L, et al. Effect of a multimodal high intensity exercise intervention in cancer patients undergoing chemotherapy: randomised controlled trial. BMJ. 2009; 339: b3410. doi: 10.1136/bmj.b3410.3)Rummans TA, et al. Impacting quality of life for patients with advanced cancer with a structured multidisciplinary intervention: a randomized controlled trial. J Clin Oncol. 24(4), 2006, 635-642. 4)Fearon K, et al:Definition and classification of cancer cachexia:an international consensus. Lancet Oncology. 12(5), 2011, 489-495.

自律神経の不調
自律神経の不調
特集
2023年8月8日
2023年8月8日

自律神経の不調の原因とセルフケアについて

自律神経は人体の恒常性(ホメオスタシス)を維持するために重要な役割を担っていますが、この自律神経に不調をきたすと、心身ともにさまざまな影響が出てきます。この記事では自律神経に不調をきたしうる要因を復習しつつ、セルフケアの方法や受診の目安についてもご紹介します。 自律神経に不調をきたす原因は? 自律神経は交感神経と副交感神経の2つの神経からなります。交感神経は血圧や心拍数、体温を上げ、体を興奮状態にするよう作用します。一方で副交感神経には血圧や心拍数、体温を下げ、体をリラックスさせようとする働きがあります。 自律神経は体の状態のバランスを維持するため、ひいては生命を維持するため、常に相互に作用しあっている神経です。自律神経のバランスが崩れると、「だるい、眠れない、疲れがとれない」「頭痛、動悸、めまい、のぼせ、冷え、下痢、便秘」「情緒不安定、イライラ、不安感、抑うつ」など、体にさまざまな不調をきたします。 自律神経のバランスが乱れる4つの原因を見ていきましょう。ご自身にあてはまるものがないかどうか、ぜひチェックしてみてくださいね。 原因1:女性ホルモンの分泌量の変化 月経前症候群(PMS)や更年期での自律神経の不調には、女性ホルモンが関係していると考えられます。PMSの場合は卵巣から分泌されるエストロゲンやプロゲステロンの分泌量が変動することで、更年期の場合はエストロゲンの分泌量が減少していくことで、さまざまな体調不良を引き起こします。生理前や更年期にイライラしてしまい円滑な人間関係に支障が出たり、体調が悪く普段と同じような生活が送れなくなったりすることも。そういった状態にお悩み方は、一度婦人科で相談してみることをおすすめします。 原因2:生活環境の変化やストレス 仕事・人間関係のストレス、過労、生活環境の急激な変化などは、自律神経に不調をきたす原因となりえます。これらは自分の力だけでコントロールするのは難しい側面もありますが、可能な範囲でストレスの原因から距離を置くことが大切です。 原因3:生活習慣 睡眠不足や偏った食事、不規則な生活、喫煙、過度な運動、カフェインやアルコールの摂りすぎも、自律神経に不調をきたす原因となります。夜勤がある看護師の方の場合、夜勤による睡眠サイクルの乱れも不調の原因となりえます。生活習慣を見直す、あるいは勤務を調整することで、症状が改善することもあります。 原因4:基礎疾患の存在 持病として糖尿病や高血圧、甲状腺疾患、パーキンソン病などの神経疾患、うつ病がある方は、自律神経の不調が出やすいと考えられます。すでに診断を受けている方は、セルフケアにもチャレンジしつつ医師の指導のもとで治療をしっかり受けていただくことが大切です。 また、持病がない方も職場や自治体などでの健康診断や人間ドックを定期的に受けて自分の健康状態を把握するようにしましょう。「自律神経の不調と思っていたら、健診でほかに原因が見つかった」というケースも想定されます。疾患を放置すると自律神経の不調だけでなくさまざまな合併症を引き起こす恐れがありますので、日々の勤務に追われて忙しいとは思いますが、自分の健康にも気を配る時間を作りましょう。 自律神経のバランスを整えるセルフケア 原因を確認したところで、改めて自律神経のバランスを整えるためのセルフケアの方法を6つご紹介します。ご自身の生活習慣と見比べてみてください。 【1】規則正しい生活 バランスのとれた食生活、7~8時間程度の適切な睡眠時間の確保、適度な有酸素運動の習慣を身に着けるなど、規則正しい生活をこころがけましょう。 【2】禁煙 喫煙者の方は、禁煙を検討してみましょう。タバコに含まれるニコチンは必要以上に交感神経を刺激し、自律神経のバランスに悪影響を及ぼします。また、タバコはさまざまながんのリスクを上昇させるほか、脳、心臓、呼吸器にも悪影響を及ぼします。 【3】カフェイン・お酒の摂取量減 カフェイン入りの飲み物やお酒が好きな方は、摂取量を少し減らしてみることをおすすめします。カフェインやアルコールは交感神経を刺激して、休むべきときでも体が興奮状態になってしまいがちです。カフェイン摂取量の目安としては、ホットコーヒーであればマグカップで1日3杯程度です。お酒は純アルコール1日20g以下の摂取をこころがけましょう。純アルコール20gとは、ビール中瓶1本(500ml)、日本酒1合(180ml)、チューハイ1缶(350ml、度数7%)、ワインはグラス2杯(200ml)、ウイスキーはダブル1杯(60ml)に含まれる量です。 【4】リラックス 自分がリラックスできる方法を見つけ、普段の生活に取り入れる習慣をつけましょう。ストレッチやマッサージ、軽い運動、アロマテラピー、ぬるめのお風呂でゆっくり過ごす、不安やストレスに効くツボを押すなどがおすすめです。 【5】太陽の光を浴びる 眠れない、途中で覚醒してしまうなど、睡眠に関する不調がある方は、朝起きたら太陽の光を浴びる習慣をつけましょう。また、日中はなるべく昼寝をしないことも夜よく眠るためのコツです。 【6】定期的な健康診断 職場や人間ドックなどで、定期的に健康診断を受けましょう。自分の体の状態を知ることが、その不調の解決の一歩になるかもしれません。 こんな時は病院へ 日常生活に支障が出るほどの不調があるときや、症状が少しずつ悪化するときは、忙しくても病院を受診しましょう。 女性の方で生理前に自律神経の不調が出る方は、月経前症候群(PMS)や月経前不快気分障害(PMDD)の可能性があります。また、40~50代の女性の方では更年期障害の可能性があります。いずれも婦人科で治療の方針について選択肢を提示できますので、お気軽にご相談ください。PMSの場合は漢方薬や低用量ピルをはじめとしたホルモン治療など、更年期に関連する症状の場合は漢方薬やホルモン補充療法を、個人の症状に応じて選択し治療に臨むことができます。 自律神経の不調との付き合い方を知ろう 今回は、自律神経の不調と原因、自分でできるケアや病院受診の目安についてご紹介しました。自律神経の不調は健康な方でも一時的に起こることがあり、自律神経の不調すべてが病院で治療しなければならないものではありません。しかし、自律神経の不調に関連する症状を知り、その原因についての考察やセルフケアをできるようになれば、今よりもう少し自分自身と上手に付き合うことができるようになるかもしれません。あなたが元気になることで、患者さんのケアもより一層充実させることができるでしょう。お悩み解決の糸口が見つかれば幸いです。 執筆:島袋 朋乃(しまぶくろ ともの)産婦人科医師。平成28年に旭川医科大学医学部を卒業後、函館五稜郭病院、釧路赤十字病院を経て、現在は産婦人科専門医として総合病院やクリニックで産科、婦人科、生殖医療に幅広く携わる。日本医師会認定産業医。日本産科婦人科学会認定専門医、日本産科婦人科内視鏡学会、日本生殖医学会所属。 編集:合同会社ヘルメース

排便エコーの活用法
排便エコーの活用法
特集
2023年8月8日
2023年8月8日

便秘・下痢のアセスメントも 訪問看護の排便エコー活用法【画像で解説】

訪問看護でも活用され始めているポータブルエコーは、ニーズの高い排泄ケア分野での取り組みが注目されています。なかでも排便エコーでは、便貯留の状態や便性状の確認ができるため、正確な排便ケアにつなげることが可能です。また、利用者さんの苦痛を最小限にし、尊厳ある排泄行動を目指すことができます。 今回は、東葛クリニック病院の皮膚・排泄ケア特定認定看護師の浦田 克美氏と、同院臨床検査技師の佐野 由美氏に、排便エコーのポイントと実際に改善に至った事例についてお話を伺いました。 正確な便秘評価が可能に 日常生活を援助する上で、排便ケアは欠かすことができません。とくに訪問看護のなかでも便秘に起因する排便トラブルは少なくないでしょう。例えば、数日間排便が見られず自覚症状があったとしても、自然排便が難しい場合、薬剤の使用を検討したり、摘便や浣腸を行ったりする便秘対策が行われます。しかし、利用者さんにとっては不快であり、苦痛を伴う行為です。ときには、不必要に薬剤の増加を検討したり、無理な摘便や浣腸を行うことで直腸壁の損傷や裂孔を生じたりする恐れもあります。 ポータブルエコーを使用すると、今まで見えなかった腸内を直接観察でき、便の位置、便の性状を把握することができます。それにより、便秘のタイプが正しく評価されたり、直腸まで便が下りてきていないことを確認できたりすることで、不必要な便の排出を行うケースが減ります。 排便エコー観察のポイント ポータブルエコーで直腸内の便を観察するアプローチ法には、下腹部にプローブを当てる経腹アプローチ走査法と、経臀裂アプローチ走査法があります(図1)。 図1 「アプローチ法のちがい」(提供:佐野 由美氏) 経腹アプローチ走査法は膀胱を同時に観察することができ、男性の場合は前立腺も描出されるため、直腸と間違えないように注意しましょう。直腸を見る場合、プローブを恥骨結合上縁に当てます。ポイントはやや強めに押し込むように当てることです(図2)。 図2 「経腹アプローチ走査法」(提供:浦田 克美氏) 一方、経臀裂アプローチ⾛査法は、左側臥位になり臀部を出した姿勢で行います。肛門部にプローブを当てて見ることで、膀胱や周囲の臓器に影響されることなく、腸内を描出することが可能です。プローブを当てるとまず肛門があり、直腸下部が見え、直腸前壁と直腸後壁があります(図3)。ポータブルエコーを学び始めたばかりでも、直腸内の便の有無が観察しやすい走査法です。 図3 「直腸の見え方」(提供:佐野 由美氏) 便の見え方についてですが、硬便は直腸下部に白くゴツゴツした岩のような形に見えます(図4)。有形便は、少しふわふわと綿飴が積もっているような形です(図5)。泥状便や水様便では、うっすらとムースみたいに見えます(図6)。泥状便の場合、便が指に引っ掛からないので、「摘便しない」と判断することが可能です。一方、びっしり詰まった硬便だと、浣腸のチューブ先端が便に突き刺さり、浣腸液が浸透しにくかったりします。これらの画像の特徴を先に見ることで、便性状の評価ができ、その後のケアにつなげていくことができるでしょう。 図4 「硬便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 図5 「有形便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 図6 「泥状便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 便秘だけでなく下痢の評価も 排便エコーは便秘の評価だけではなく、下痢の時にも活用できます。例えば、高齢者によく見られる溢流性便失禁は便秘と下痢が同時に起こっている状態です。直腸内に便の塊がびっしりと詰まり、便が排出できない場合があります。その状況下で下剤を服用すると、下剤の効いた緩い便が便塊の隙間から漏れ出てしまい、オムツを開ける度に便が付着しているという事があります。このような場合でもポータブルエコーを使えば、直腸内の便塊を確認することが可能になるので、不必要な肛門診(摘便)を避ける事ができ、適切なケア、薬剤選択につなげる事ができます。 また、排泄ケア後の評価として、残便確認を行います。残便がある場合は、食後の胃結腸反射がある時にトイレ誘導を促したり、便対応のオムツの当て方をしたり、継続的な看護につなげていくことが可能です。 排便のコントロールとトイレ排便を実現 当院は透析患者さんが多く、便秘傾向で悩まれている方も少なくありません。その原因として、カリウム摂取制限による食物繊維の不足や水分制限、便秘しやすい薬剤の使用など、さまざまあります。 以前、浣腸や摘便に強い拒否があり、下剤使用に依存的な患者さんがいました。透析中の便意や便失禁を心配されているため、オムツを使用。安心して透析を受けてもらうためにも、ポータブルエコーで排便パターンを評価していきながら、下剤内服のタイミングを検討しました。試行錯誤を重ねた結果、透析終了後に内服、非透析日に計画的に排便を促すという答えにたどり着きました。 さらに、管理栄養士の介入によって腸内環境を整えると言われているシンバイオティクスを摂取してみたところ、相乗効果で下痢を発生させてしまい、下剤内服を止めて、シンバイオティクスのみで便性状をコントロールすることに成功。また、当初の目標にはありませんでしたが、作業療法士の介入によってオムツ使用からトイレでの排泄を実現することができました。 ポータブルエコーで便秘の評価をすることができたおかげで、チームによる介入の力を発揮し、望外の成果を得ることができました。従来は3日~2週間の排便日誌を分析して排便パターンを予測し、オムツ交換時に便性状を観察してケアプランを立てていきます。しかし、それでは、患者さんが苦痛を訴えた時にタイムリーにケアを提供することはできません。多職種とともに便の状態をエコーで共有できると、全体としての作業効率の向上が期待できるでしょう。 取材協力・監修:浦田 克美氏(皮膚・排泄ケア特定認定看護師)佐野 由美氏(臨床検査技師)編集:メディバンクス株式会社

小児感染症 手足口病
小児感染症 手足口病
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

手足口病の症状・原因・治療法を解説 大人がかかるとどうなるの?

手や足、口腔内などに発疹が現れた場合、手足口病が疑われます。手足口病は、子どもの病気のイメージが強いものの大人も罹患する場合があります。しかも、子どもと比べて症状が強く現れる傾向があるため、抵抗力が低い高齢者と関わることが多い訪問看護師は特に注意が必要です。本記事では、手足口病の症状や原因、治療法、大人が罹患した場合の症状などについて詳しく解説します。 手足口病とは 手足口病(HFMD:hand, foot and mouth disease)は、口腔粘膜や手足などに水疱性の発疹が現れる感染症です。日本では1967年頃に存在が明らかになりました。必ずしも発熱するとは限らないことから感染に気づかずに周囲の子どもと接触し、感染を拡げてしまうケースもあります。 手足口病の症状 手足口病は、3~5日の潜伏期間を経て口腔粘膜や手のひら、足底、足背といった四肢の末端部分に2~3mm程度の水疱が現れます。ただし、肘や膝、臀部などに現れる場合もあるなど個人差があります。口腔粘膜は時間が経つと小さな潰瘍が形成されることもあるため、必要に応じて観察することが大切です。 発熱は1/3程度に見られますが、38℃以下の軽度であることがほとんどです。症状が改善するまでにかかる期間は3~7日程度で、水疱はかさぶたが形成されません。主症状は重篤なものではないものの、まれに髄膜炎や脳炎、小脳失調症などの合併症を引き起こすことがあるため注意が必要です。また、治療後1~2ヵ月頃に手足の爪が剥がれる爪変形・爪甲脱落症が起きる場合があることが報告されています。 手足口病が流行する時期 例年、4歳頃までの子どもを中心に夏季に流行します。また、半数を2歳以下の子どもが占めますが、学童期の子どもの間で流行することもあります。なお、手足口病は5類感染症定点把握疾患に定められた病気です。 手足口病の原因 手足口病は、主にコクサッキーウイルスA6・A16やエンテロウイルス71による感染で発症しますが、まれにコクサッキーウイルスA10が原因となります。主に咽頭からウイルスが排出され、飛沫感染でうつります。また、水疱内容物による接触感染にも注意が必要です。そのほか、症状が消失してから2~4週間も便にウイルスが排出されるため、子どものトイレやおむつ換えの後は必ず手洗いや消毒を行いましょう。 手足口病を引き起こすウイルスは複数あるため、一度罹患しても再び手足口病に罹患する可能性があります。 手足口病の検査方法・診断 医療機関では、水疱の性状と分布をはじめとする臨床症状のみで診断されることが一般的です。また、季節や流行状況なども診断材料の1つになります。確定診断には、咽頭拭い液や水疱内容物、便などの検体を用いたウイルス分離かウイルス検出が必要です。 手足口病の治療法 手足口病の原因となるウイルスに有効な抗ウイルス薬は存在しません。また、ウイルスには抗生剤の投与も効果がありません。発熱や水疱のほかに治療が必要な症状が現れることは少ないため、対症療法すら不要な場合もあります。まれに発疹にかゆみを伴うため、必要に応じて抗ヒスタミンの外用薬を使用します。なお、通常は炎症を抑えることを目的に副腎皮質ステロイド外用薬を使用することはありません。 口腔粘膜に生じた水疱に対しても、柔らかくて薄味の食べ物が推奨されている程度であり、特別な治療法がなく、基本的には経過観察します。食欲不振がある場合は脱水が懸念されるため、水分を少量ずつ頻回に与える必要があります。 元気がない、吐き気や頭痛、高熱、発熱の2日以上の持続などの症状がある場合は髄膜炎や脳炎への進展が懸念されるため、早急に医療機関を受診することが重要です。 手足口病は大人がかかったらどうなる? 大人が手足口病に罹患した場合、子どもと比べて発疹の痛みが強く現れる傾向があります。足裏にひどく現れた場合は、痛みで歩けなくなることも懸念されます。そのほか、インフルエンザの発症前のような全身倦怠感や関節痛、筋肉痛、悪寒などが現れることもあります。 手足口病の予防法 手足口病は、症状が消失してからも長期間にわたりウイルスが便から排出される場合があります。また、無症状でウイルスを排出するケースもあるため、流行期に患者との接触を避けるだけでは感染を完全に防ぐことは困難です。 一般的な感染対策として、外出先から帰ってきたときの手洗いやうがい、排泄物の適切な処理などを徹底しましょう。 * * * 手足口病は、口腔粘膜や手足などに水疱が現れる病気です。発熱するケースは約1/3と少ないものの、脳炎や髄膜炎に進展する可能性が否定できないため、発熱に伴って頭痛、嘔吐、意識の混濁、ひきつけなどの症状が現れていないか注意深く観察する必要があります。なお、大人が感染すると子どもの場合と比べて重い症状が現れやすいため注意が必要です。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇NIID国立感染症研究所「手足口病とは」(2014年10月17日改訂)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/441-hfmd.html2023/6/26閲覧〇厚生労働省「手足口病に関するQ&A(2013年8月)」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/hfmd.html2023/6/26閲覧

家族看護 事例
家族看護 事例
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

自己流の介護を続ける家族への関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、体調不良を抱えながら認知症の母親を一人で介護する家族のケースです。さまざまなストレスを抱える中で、支援者の提案や要望を受け入れることができず、自己流の介護を続ける家族への関わりを考えてみたいと思います。 事例紹介 Aさん(80代、女性) 5年前にアルツハイマー型認知症と診断。 現在は体調管理をメインに週1回の訪問看護を利用、緊急時の対応も契約しています。最近、食に対する意欲がなくなり、食べないために痩せが目立つようになってきました。水分摂取も忘れがちで、冬場に脱水症状を起こしたことがあります。そのときは、意識がもうろうとなったところを、訪問看護師がオンコール対応を行いました。 家族構成 Aさんの夫は10年前に他界。娘が2人いますが、主に介護を担うのは同居している独身の長女(60代)です。次女は他県へ嫁ぎ、ほとんど介護に関わることはありません。 訪問看護師の悩み(直面している課題) 長女は昔から体が弱く、両親から大事に育てられてきました。家事はあまり得意ではなさそうで、食事は出来合いの総菜を購入し並べるだけです。掃除や洗濯なども滞りがちになっていました。 訪問看護師は、せめてAさんが十分な栄養を摂れるように栄養剤の購入や水分摂取の声かけなどを訪問のたびに長女にお願いしますが、状況はなかなか改善されません。それどころか「母はこれしか食べてくれないから」と、食卓にはあんパンが山のように積まれるだけになってしまいました。 長女はそのうち看護師が訪問する時間になると自室に引きこもるようになってしまいました。声をかけても「体調が悪い」と言って部屋から出てこようとしません。訪問看護師は、このままでは再びAさんが脱水症状を起こしたり、栄養状態の悪化で体調を壊したりするのではないかと困っています。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 「長女が看護師の提案や要望を聞き流し、自己流の介護を続けている場面」を分析してみましょう。登場人物は、訪問看護師、長女、Aさんですが、ここでは訪問看護師と長女のストーリーを考えてみます。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、長女がAさんに適切な食事の準備や介護をしないためにAさんが体調を崩すかもしれないことを心配していました。 訪問看護師には「Aさんを守りたい」という責任感や、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべきだ」という思いがあります。また、長女の大変さを理解できるからこそ、「介護や家事の負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という役割意識もありました。 これらの背景から訪問看護師は、長女に必要な介護方法や手立てを提案し、取り組むことを要望するという対処をとっていました。 ■長女一方、長女は今まで自分をかばってくれていた母親が、以前の母親でなくなってしまったという喪失感を抱えていたと思われます。他県に居住し、ほとんど介護に関わらない妹に対する不公平感も抱いていたことでしょう。そして何より、母親の介護や家事に関して次々に訪問看護師から提案されたり、求められたりすることに対し困っていたと考えられます。 長女は、「自分も体がつらく、いろいろ言われてもできない」、「どう対応してよいかわからない」と感じていたと想像されます。また、これまで体が弱く、家族から守られてきた存在であった長女は、困った時には、結局誰かが何とかしてくれていたという過去の体験がありました。今回も長女は、自己流の介護を続けたまま引きこもり、提案や要望を聞き流すという対処をとっていたのだと思われます。 それぞれの関係性 次にAさん、長女、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 訪問看護師は、Aさんを「守る」ために長女に対しさまざまな提案や要望を繰り返し、回答を迫っています。それに対し、長女は「聞き流す」ことでわが身を守っています。訪問看護師が迫れば迫るほど、長女は「聞き流す」という対処を強化し、両者は悪循環にあると考えられます。 図1  Aさん、長女、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 長女と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 訪問看護師は現状を変えようとパワーをかなり高くして、長女に提案と要望を行っています。また、Aさんを守ろうと境界を超えて長女に迫っているようです。 疲れて体調がよくない長女はパワーも低く、気持ちも訪問看護師には向いていません。これ以上迫られるのを避けようと、壁を立てて何とかしのいでいるようです。 図2 長女と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 両者ともにパワーの適正なライン(点線)に対して大きく高低差が付いてしまっている。 アセスメントをもとに支援の方策を考える ここまでのアセスメントをもとに、次の2つの支援の柱を考えました。 (1)看護師のパワーを下げる 訪問看護師には、長女に「負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という意識と、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべき」という価値観がありました。高くなっているパワーを下げるために、まずは支援者がこの「役割意識」から一旦離れ、いつの間にか陥りやすい「価値観を手放す」ことが大事になってきます。 そして、Aさん自身へのアプローチ、すなわち認知機能の悪化による気分障害(うつ状態や意欲・自発性の低下)に対し、在宅医との連携でアプローチの方法を再検討します。 (2)長女のパワーを上げる 低くなっている長女のパワーを上げるために、長女が抱える「母親がもはや以前とは同じではなくなってしまった」という深い喪失感に寄り添います。まずは長女が十分に癒され、周囲の支援を実感できるようにすることが不可欠でしょう。一人で介護する長女が、気持ちを吐き出せるようなアプローチを大切にしたいものです。 さらには、体調が悪いと感じている長女が、身体的精神的にも落ち着いた状態でいられるよう、長女自身の体調管理のサポートも重要です。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●支援者(訪問看護師)の中にいつの間にか醸成されている価値観や役割意識が相手を追い詰めていることがある。支援はそれを手放すことから始める●支援者が不十分に感じる介護も、家族にとっては自分なりにできる精一杯の対応の場合もある。不用意に迫ることは避ける●家族はそれまでと違う療養者の姿に深い喪失感を抱えることがある。家族が変化を起こす前に癒しといたわりを必要としていることがある 執筆:茶谷 妙子訪問看護ステーションひなた ●プロフィール訪問看護認定看護師「渡辺式」家族看護認定インストラクター、個別セッションファシリテーターとして活動。現在は訪問看護師向けの相談業務に従事。 編集:株式会社照林社 

疾患学び直し 喘息
疾患学び直し 喘息
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

【在宅医が解説】「喘息」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は喘息について、訪問看護師に求められる知識や注意点を、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶこと 1980年代末ごろから著しく喘息の病態の解明が進み、治療法は近年めざましい発展を遂げています。 気道上皮細胞は単なるバリアではなく、多彩なサイトカインを分泌し、気道炎症を起こすものであることが判明。抗原受容体を持たない2型自然リンパ球も発見され、ステロイド抵抗性に関与1)し、吸入ステロイド薬をはじめとした今までの治療ではコントロールできない人への新しい治療法が確立されてきました。また、喘息の調子がよくても、軽い発作が起こるだけでリモデリング(気道の基底膜に肥厚や線維化が起こり、気道平滑筋層の肥厚、分泌構造の増加、血管新生が生じる)が起こることがわかり、ふだん調子がよくても気道の炎症を指標に、それを抑えるよう、治療を行なっていく必要があります。 喘息の病態が解明されてきた 「気道炎症」と「気管支平滑筋の収縮」が、喘息のマクロな病態です。さらに、上皮の環境因子に応じて上皮サイトカインが分泌され、気道炎症を起こすという、ミクロな病態の解明が進みました。 1980年代までは、アレルゲン(ダニやハウスダストなど)の吸入により起こる1型アレルギーが喘息であると信じられてきました。しかし、上皮の環境因子であるウイルス感染、細菌感染、タバコや大気汚染、寒冷刺激などでも、サイトカインが分泌され、気道炎症は起こります。 このように、(1)気道上皮から分泌されるサイトカイン、受容体を介した刺激などを受け、IgEが関与するアレルギー性好酸球性炎症(2)(非アレルギー性)好酸球性炎症(3)好中球が関与した炎症(4)気道の構造変化による過敏性が、喘息の病態といわれます。 アレルギー素因がなくとも、ウイルス感染後に咳喘息を呈します。また、鼻も気管も同じひとつの道であり、アレルギー性鼻炎の合併は、喘息の増悪に関与します。 基本の治療法とステロイド抵抗性への治療 気道炎症/気管支平滑筋収縮に対する薬 治療は、気道の炎症を抑えることと、収縮した気管支平滑筋を弛緩させることです。前者には、吸入ステロイド薬(ICS)、ロイコトリエン受容体拮抗薬、テオフィリン製剤が含まれます。後者には、長時間作用型β2刺激薬(LABA)と長時間作用型ムスカリニック受容体拮抗薬(LAMA)、テオフィリン製剤があり、これらがコントローラー(長期管理薬)です。 急性増悪時の治療薬 喘息の急性増悪が起これば、さらに、経口ステロイド薬を使用します。一時的な発作は、短時間作用型β2刺激薬(SABA)の吸入で回復することもあります。急性増悪を繰り返し、全身性ステロイド薬の内服が繰り返し必要になる場合には、さらなる治療を検討します。 初診時は、急性増悪を呈して受診されることが多いため、コントローラーに加え、必要な際には最初から経口ステロイド薬を処方し、状態をみながら治療のステップダウンを行ないます。 ステロイド抵抗性の病態も解明されつつある 2型自然リンパ球(ILC2)がステロイド抵抗性に関与します1)。コントローラー+経口ステロイド薬だけでは喘息のコントロールに難渋するケースには、バイオ製剤を使用し、ILC2以降のIL(インターロイキン)や、IgE、さらにもっと上流の上皮サイトカインであるTSLPの抑制を図ります。 現在バイオ製剤には、抗IgE抗体、抗IL-5抗体、抗IL-5受容体抗体、抗IL-4/13 抗体、抗TSLP抗体があります。末梢血好酸球数やIgE RIST、呼気NO濃度などバイオマーカーを測定し、薬剤の選択を行ないます。薬によって、2週間ごと、1ヵ月ごと、2ヵ月ごとに注射を行ないます。 訪問看護でのポイント 治療薬のなかでいちばん重要なのは、吸入薬です。有効な吸入ができるように、かつ、吸入回数を遵守できるように援助してください。 また、急性増悪を早期発見し、早期介入する必要があります。コントローラーを使用中に喘鳴まで聴取するような状態は、早期発見できずに放置され、重症化した状態です。そうなる前に発見し(夜間・朝方の咳で)、介入しなければなりません。 上・下気道感染を生じると、喘息の急性増悪を起こしやすく、注意が必要です。花粉症の時期に喘息の急性増悪を起こすケースも多く、花粉症のコントロールとともに、喘息のコントロールをステップアップする必要があります。 訪問看護師のさらなる役割 ダニやハウスダスト、真菌など、喘息発作を起こすアレルゲンをなるべく減らす環境整備が重要です。 ● 掃除の回数を増やす ● カーペットやぬいぐるみを避ける ● ほこりやダニが発生しやすい布団には、ほこりやダニを通さないシーツをかぶせるなどが有効です。 寒冷刺激や運動により喘息発作が誘発される場合には、その前にSABAの吸入をすること、気道感染に十分注意することも重要です。医師と相談して急性増悪時のアクションプランを立て、あらかじめ処方して手持ち薬として備えておく必要があります。 トピックス 喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など気道が狭くなる肺の疾患があると、呼吸機能低下や血流変化が生じ、心血管系のイベントが起こりやすいといえます。急性増悪が起こると気道が狭くなるため、急性増悪を起こさず、正常な呼吸機能を保って心血管リスクを減らす必要があります。 執筆:武知 由佳子医療法人社団愛友会いきいきクリニック 理事長/院長 編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1) Kabata,H.et al.「Thymic stromal lymphopoietin induced corticosteroid resistance in natural helper cells during airway inflammation」Nat.Commun.4,2013,2675. doi:10.1038/ncomms3675.

緩和ケア 悪液質
緩和ケア 悪液質
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

がん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)、病院での治療を終え、現在は在宅で療養生活を送られています。訪問看護師であるあなたはAさんの担当です。退院直後のAさんの問題は疼痛コントロールでした。オピオイドの処方を調整し、Aさんの痛みはだいぶ緩和されてきたのですが、また新たな問題が。今回からはがん患者さんにみられる疼痛以外の症状を取り上げ、緩和ケアについて解説していきます。 食欲がなく体重も減ってしまったAさん オピオイドの増量後、Aさんは夜間痛みのために目が覚めることはなくなり、体を動かしてもそれほど痛くはなくなってきたそうです。たまに背部にしびれるような感覚があるものの、特段つらくはないとのこと。疼痛管理がうまくいっているようです。 ところが、最近Aさんから「だいぶ痩せた」「体力がなくなった」との訴えが聞かれるようになりました。確かに、この半年の間に63kgあった体重が5kgも落ち、現在は58kg。食事量も減り、以前に比べると半分の量も食べられず、好きだった肉料理も残すことが増えているようです。体力面では、主に下肢の筋力維持を目的に、週1回1時間の訪問リハビリテーションを継続していますが、室内を歩く速度が遅くなり、ふらつくことも増えてきました。 「何かできることはないのかなぁ……」、訪問から戻ってきたあなたはステーションでため息をつきました。そのため息を聞いた訪問看護師のBさんが「どうしたの?」と聞いてくれました。Bさんは、がん看護専門看護師の資格を持つ、ステーションのみんなが最も頼りにしている先輩です。 あなた: Aさんのことで悩んでいます。痛みはよくなったのですが、最近だるさを訴えています。元気がなくて、痩せて弱ってきているように思えるのです。何かできることはないのでしょうか……。 Bさん: Aさんといえば肝転移もあって、治療が終了した方ね。痩せてきているということはがん悪液質かもしれないわね。 あなた: 「悪液質」ですか? がん悪液質発生のメカニズム がん悪液質とは、がんの進行に伴う筋肉減少によって引き起こされる食欲不振や体重減少、体力の低下、倦怠感などを含む症候群のことをいいます。体重減少の要因には低栄養状態も考えられますが、それとは異なり、がん悪液質の場合、安静時の代謝の亢進や筋肉の分解を伴うことが大きな特徴です。老年領域でよく聞かれるフレイルも筋肉減少症(これをサルコペニアと呼びます)を伴いますが、代謝異常や筋肉分解は起こらないことが多いです。 では、どうしてがん患者さんはがん悪液質の状態に陥るのでしょうか。そのメカニズムはすべて解明されているわけではありませんが、がん細胞から分泌される炎症性サイトカインが代謝の異常や食欲不振を引き起こすと考えられています。 「アナモレリン」が症状緩和に期待 あなたは、体重が減少し、筋肉が減っているのであれば、筋肉を作れるようにすればよいのでは、と考えました。そこでBさんに「タンパク質の摂取をすすめるのはどうか」とたずねてみました。 Bさん: それはそのとおり。でも食欲が落ちて、好きだった肉料理もあまり食べられない今のAさんに、無理矢理食べさせるのは簡単なことじゃないわ。 あなた: 確かに……。「食べたくても食べられない」、そんなAさんにどのようにアプローチすればよいのでしょうか。 Bさん: そうね、できることはまだあると思う。「グレリン」というホルモンのことは聞いたことがある? あなた: はい。確か、食欲を引き起こすホルモンだったような。 Bさん: 正解。グレリンは胃から分泌されるホルモンで、摂食亢進作用や成長ホルモンの分泌促進作用があるといわれているの。このホルモンが分泌されることで食欲が刺激され、さらに成長ホルモンが代謝異常を改善させる可能性も指摘されているのよ。 あなた: どうすればグレリンの分泌を促せるのでしょうか? Bさん: 「アナモレリン」という薬剤が治療薬として使われているわ。アナモレリンがグレリンの分泌を促進するといわれているの。 あなた: それはすごい! アナモレリンを処方してもらうのがよさそうですね。さっそく在宅主治医の先生に相談してみます。 Bさん: ちょっと待って。薬だけですべて解決されるわけではなく、これはあくまで一つの方法。アナモレリンの処方によって逆に調子が悪くなる人もいるから、ケース・バイ・ケースで考えてみてね。 あなた: わかりました。いつもありがとうございます。 Aさんの症状緩和に希望を感じたあなた。いつも穏やかに話を聞いてくれる在宅主治医にさっそく連絡してみることにしました。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回の記事はこちらがん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

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