アセスメントに関する記事

家族看護総論【前編】
家族看護総論【前編】
特集
2023年5月9日
2023年5月9日

家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。総論前編となる今回は、このモデルの提唱者である渡辺先生に、そもそも家族看護とは何か、ご家族をケアする上で大切なことを教えていただきます。 「家族看護」を整理しよう 訪問看護師である皆さんは、きっとこれまでにどこかで一度は「家族看護」という言葉を聞いたことがあるでしょう。ただ、「家族看護」と一口にいっても、人によってその捉え方はさまざまです。最初に、家族看護とはいったい何なのかを整理したいと思います。 家族という集団を対象に看護する 「家族看護」の「家族」とは誰のことを指すのでしょうか? 多くの方は、「介護者」を思い浮かべるかもしれません。あるいは、療養者と最も近しい関係にある妻や夫、母親や父親などを挙げる方もいらっしゃるでしょう。 これらはいずれも誰か特定の個人を指していますね。実は、家族看護における「家族」とは、特定の個人を指すのではなく「家族」というひとつの集団を指しています。家族という集団、すなわちひとつのチームを対象とした看護が、家族看護なのです。 例えば、80代の片麻痺のAさんが、夫と2人で暮らす自宅に退院してきたとしましょう。近くに暮らす長女がしばらく通って介護や家事を手伝うことになりました。Aさんと夫、長女のこの3人のチームが、最高のパフォーマンスを発揮してさまざまな困難を乗り切っていけるよう支援することが「家族看護」です。 目的は家族のパフォーマンスを上げること 「チームとしてのパフォーマンスを最大のものにする」これが家族看護の目的です。学問的には、「家族のセルフケア機能を高める」といいます。 介護や病、看取りといった課題をもつチーム(家族)が最大のパフォーマンスを発揮するためには、一人ひとりの健康と日々の生活の質がある程度良好に保持されていることが大切です。そして、メンバー間の関係性も鍵になるでしょう。 例えば、Aさんの自宅での療養を支える訪問看護師は、Aさんの健康状態や生活だけでなく、夫や長女の健康状態や日々の生活にも目配り・気配りを欠かさず、介護役割の獲得に向けた支援を行います。さらに、3人の関係性がより良好であるように、少なくとも介護をめぐる緊張や対立が起こらないようアプローチすることでひとつの家族を看護します。 多様なアプローチを組み合わせ看護する それでは、あらためて家族というチームのパフォーマンスを上げるために必要なアプローチを整理してみましょう。 一人ひとりをターゲットにしたアプローチとしては、まずは挨拶をするところから始まります。挨拶を通して、徐々に顔見知りになり、関係を築きます。次に、労をねぎらい、話に耳を傾け、健康を気遣います。そして、上手な気分転換をすすめ、介護やお世話をしながらもその人らしい生活を送れるように支援します。さらに、病気や障害の理解を促し、この先起こり得ることとそれへの対処の方法を示します。 また、ご本人と家族メンバー間の関係性に働きかけることが必要なケースもあります。その場合、中心になるのは、コミュニケーションを円滑にする支援です。ご本人の思いをご家族に投げかけたり、また逆にご家族の思いをご本人に投げかけたり、あるいは話し合いの場を設けたりすることもあるでしょう。今後の療養や治療の方針に対する合意形成の支援などが含まれます。 加えて、ご家族が、周囲の社会に用意されているサポート資源を活用できるように支援することも家族看護の重要なアプローチです。 このような多様なアプローチを組み合わせながら、ひとつのチームの力を高めていくのです。 家族看護に求められる3つのポイント 最後に、家族看護に求められる3つの大切なポイントをご紹介します。 (1)中立性を保持する 例えば、ご本人の支援に一生懸命になるがあまり、協力的とはいえないご家族に苦手意識を持つことはありませんか? 反対に、ご家族の日々の苦労に深く共感し、家族に無理難題をつきつけるご本人に複雑な思いを抱くことはありませんか?  ひとつのチームを丸ごと支援するためには、誰かだけに深く「肩入れ」するというのではなく、等しくだれにも同じように「肩入れ」することが必要になります。つまり、中立性の保持が重要です。 (2)メタ認知を働かせる もし、家族の中の誰かと関わるのが苦手だと感じたら、ご自分の家族観を振り返ってみるのも役に立つかもしれません。 例えば、「妻というものは夫が病気になったら支えるものだ」という価値観が強いと、そうではない妻に寄り添うことが難しいと感じるでしょう。また、自分の母親が長年介護を続け、その苦労を間近に見てきたとしましょう。すると、訪問先で介護を続ける妻と自分の母親が重なって、妻に深く共感し、中立ではいられなくなるかもしれません。 こうしたことに気づくのは、冷静で客観的な判断をしてくれる「もうひとりの自分」がいればこそです。「もうひとりの自分」が、自分の認知や他者の認知について、考えたり理解したりすることを「メタ認知」といいます。中立性を保持するためには、このメタ認知がひとつの鍵になります。 (3)鳥の目と虫の目を使い分ける 家族というひとつのチームを看護するためには、個々を理解するだけではなく、チーム全体が果たしてうまく機能しているのかを把握することが必要です。「全体を把握する」ためには、まるで悠々と空を飛ぶ鳥のように、一段高いところからひとつの家族を見下ろし全体を把握する、つまり俯瞰するという頭の働きが必要になります。その一方で、療養者のケアをする場合には、物事を微細に診て変化に気づく虫の目が必要です。 療養者を含め、ひとつの家族を看護するためには、この虫の目と鳥の目の両者を適切に使い分けることも大切なポイントといえるでしょう。 >>後編はこちら家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】 執筆:渡辺 裕子NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長「渡辺式」家族看護研究会 副代表 ●プロフィール1982年千葉大学大学院看護研究科修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。長年、患者・家族、職場の人間関係に悩む看護職のサポートを行ってきた。 「NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「ケアが循環する社会の実現」を理念に掲げ、一般市民を対象とした「かぞくのがっこう」のほか、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」に関する各種セミナーを実施している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。編集:株式会社照林社 【参考】〇渡辺裕子著.「家族について学ぶ」,渡辺裕子監修.『家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.42-157.〇鈴木和子著.「家族看護学とは何か」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』,東京,日本看護協会出版会,2019,p.3-25.〇鈴木和子著.「看護学における家族の理解」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』,東京,日本看護協会出版会,2019,p.27-60.

これからの医療的ケア児と訪問看護
これからの医療的ケア児と訪問看護
インタビュー
2023年5月2日
2023年5月2日

親子の夢が広がる 医療的ケア児の就学支援事例 【長野県 小布施町】

清泉女学院大学の北村千章教授が主宰するNPO法人「親子の未来を支える会」では、学校への看護師をはじめとした医療的ケア児の就学支援を行っています。今回は、そんな「親子の未来を支える会」と自治体が連携を図り、医療的ケア児の就学支援に成功した事例をご紹介します。北村教授と長野県 小布施町教育委員会 関口氏にお話を聞きました。 >>前回の記事はこちら見落としがちな親視点 保護者に聞く&寄り添う看護-医療的ケア児と訪問看護 清泉女学院大学 小児期看護学北村 千章(きたむら ちあき)教授看護師・助産師。新潟県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。「全国心臓病の子どもを守る会」にボランティアとして参加したのをきっかけに、先天性心疾患および22q11.2欠失症候群の子どもたち、医療的ケアが必要な子どもたちを、地域ボランティアチームをつくってサポート。2019年、清泉女学院大学看護学部に小児期看護学准教授として着任。慢性疾患のある子どもたちが大人になったときに居場所を持ち、ひとり立ちできるための必要な支援や体制つくりについて研究している。同年、NPO法人「親子の未来を支える会」の協力を得て、医療的ケア児の就学サポートを開始。医療的ケアが必要な子どもが、教育を受ける機会が奪われないしくみづくりを目指す。2023年4月より、清泉女学院大学看護学部 小児期看護学 教授に就任。小布施町教育委員会関口 和人(せきぐち かずと)氏2002年長野県の小布施町役場に入職し、建設水道課、健康福祉課等を経て、2022年度より教育委員会子ども支援係の係長に就任。子ども支援係では、保育園・幼稚園~小・中学校までの支援を担当している。 ※本文中敬称略 行政との連携で子どもたちの自立をサポート ―小布施町教育委員会と、「親子の未来を支える会」との関係性について教えてください。 北村: 最初に、「親子の未来を支える会」と小布施町教育委員会とが連携したのは、胃ろうからの経管栄養が必要な医療的ケア児のAさん・Bさん(下記)の事例でした。このお二方は、看護師や学校の先生、自治体といった多職種の連携サポートによって小学校に通えるようになったあと、「胃ろうから自己注入ができるようになった」「経口摂取が可能になった」など、大きな成長が見られたんです。子どもたちには、我々には分からない未知数の「持っている力」があって、そうした力を引き出せるということが看護師にとっての一番の魅力であり、やりがいだと思います。一方、看護師だからできる医療的ケアもあるものの、当然学校の先生や教育委員会の方々との協力体制がなくてはサポートが実現できません。 関口: 教育委員会の者は、当然ながら医療従事者に比べてずっと医療的な知識が少なく、それまで医療的ケア児の就学支援を行った前例もありませんでした。各ご家庭のニーズ・状況に合わせて医療従事者に適宜質問しながら対応策を考え、行動するしかなかったんです。Aさん・Bさんの事例以降、マニュアルの作成や支援会議の開催などの準備段階から、その都度、北村先生にはご相談をしていて、助言のおかげで比較的スムーズで柔軟な対応ができていると思います。■小布施町教育委員会と親子の未来を支える会との連携事例 【事例】・医療的ケア内容:Aさん・Bさんともに「胃ろうからの経管栄養」 ・Aさん:町外の特別支援学校に通っていたが、小布施町の小学校に転入し、学校看護師を配置して通常級へ。 栄養剤からミキサー食に変更したほか、現在は中学校の通常級に通いながら、胃ろうからの自己注入も可能に。自立への道が開けた。 ・Bさん:Aさんの転入前は、訪問看護ステーションの協力を得ながら小布施町の小学校に通学。Aさんの転入に伴い、学校看護師によるBさんの医療的ケアが可能に。現在は給食の経口摂取をしている。 ―Bさんがもともと通っていた小学校にAさんが転入したことがきっかけで、小布施町との連携事例が始まったと伺っています。詳しく経緯を教えてください。 関口: もともとその小学校がBさんを受け入れることができていた理由は、主に2点あります。まずは、訪問看護ステーションの協力を得られ、学校に看護師を派遣してくださっていたこと。ふたつ目は、Bさんが常時医療的ケアが必要なお子さんではなく、給食を胃ろうから注入するケアのみで、サポートのハードルが低かったことです。 そこに、Aさんの転入を受け入れるお話があり、どうすればいいか検討していく過程で「親子の未来を支える会」と出会い、連携が始まりました。 北村: Aさんのご自宅から小学校までは徒歩5分。学習能力も十分にあるのに、胃ろうがあるために小学校に受け入れてもらえず、隣の市の支援学校に入学することになったんです。隣の市へ毎日送迎するお母さんは、とても大変なご様子でした。そんな中で、我々「親子の未来を支える会」に、小布施町の相談支援員さんからAさんの件でご相談をいただいて、関わらせてもらったのです。 その後、Aさんは小布施町の小学校に転入し、学校看護師を配置して通常学級へ通えるようになりました。総合栄養剤からミキサー食に変更したほか、転校から4年経った現在は、中学校の通常級に通いながらいろいろと学習され、自己注入もできるようになっています。「医療的ケア児」の定義から外れるまでに、Aさんが自分でできることが増えていったのです。 以前は「高校に通う」ことも想像できなかったかもしれませんが、今は家族も本人も高校に通う夢を叶えたいと思っていらっしゃると思います。 ―Bさんについてはいかがでしょう。 北村: 低体重で生まれて嚥下障害もあったBさんは、保育園や小学校の低学年のころは、訪問看護師さんが経管栄養の管理だけサポートしていました。その訪問看護師さんが介入していたことがとても大きくて、例えば、給食を注入しているときにBさんが欲しがるそぶりを見せた際、少し口から摂取できていたそうなんです。それを見ていた訪問看護師さんが、「口からも食べている」「もしかしたら、もうちょっと口から食べられるんじゃないか」といった情報を我々に提供してくださいました。また、通っていた放課後等デイサービスの看護師さんからも、「子どもたちが集まる場所だとBさんは口から食べようとするし、実際に少し食べている」という情報も得ることができた。こうした情報がなければ、ずっと注入だけを続けていたかもしれません。もちろん家でケアをする親御さんも、経口摂取を諦めず、チャレンジされていました。 ただ、学校側としては当然主治医の指示書通りにやらねばならず、給食を口から食べさせるチャレンジはできていませんでした。そこで私は、まず小布施町のかかりつけ医のところに行き、経口摂取へのチャレンジをすすめる意見書を書いていただけないか相談しました。その意見書や諸々の根拠・データ類を持ってBさんが通っていた小児専門の主治医に会いに行ったんです。最初は、「何言っているの?先天的に嚥下障害があるんだよ?」と言われました。でも、データを見せながらお話していくと、「少しだけなら食べさせてもいい」とおっしゃったんです。Bさんに以前から関わっている看護師さんたちのアセスメントも強い追い風になり、私たちは少しずつですが給食の経口摂取にチャレンジできるようになりました。現在のBさんは、注入しないで給食を食べられるまでになっています。 やはりBさんは、幼いころから専門性が高い訪問看護師のケアを受けていたことがとても大きかったと思います。そこで「食べられるかもしれない」と看護師が気づかなければ、我々がサポートしても、注入なしで給食を食べさせるといったチャレンジには到達できなかったでしょう。 ―AさんもBさんも、胃ろうによる経管栄養のケアをしているなかで、自立への道が広がったのですね。改めて、「食の自立」の重要性についても教えてください。 北村: まず、総合栄養剤とミキサー食では栄養がまったく異なりますし、ミキサー食のほうが当然ながら体重も増えます。 Bさんが「食べたい」と思ったのは、友達が給食を食べている様子を見たからではないかなとも思うんですね。みんなと同じ給食のメニューを、目の前に運んできます。「これをミキサーするね」と見せるんです。この時点で他のお友達と一緒のメニューだとBさんは分かります。おいしそうなごはんやみんなが食べる様子を見て、自分も食べたいという欲求が湧く。それに訪問看護師さんが気づいて、口から給食を食べるという支援につながっていきました。食べることは五感を使いますし、幸せなことです。五感を働かせる環境をつくることはとても大切だと思います。 子どもの「やりたい」「うれしい」が波及 ―通常学級で医療的ケア児を受け入れることのハードルの高さは感じますか? 北村: そうですね。全国的にもまだ難しいと思います。例えば、小布施町の事例ではないですが、15年ほど前に総合栄養食を使っていた福祉施設に疑問を感じて、ミキサー食を実施しようとしたのですが、「二回調理することになるからNG」と言われてしまいました。この施設に限らず、NGと言われるケースは結構多いと思います。そのときは、やる気のある施設長が「そんなことできるの?やってみよう!」と言ってくれたので、最終的にミキサー食を作ることができ、ご本人も親御さんも喜んでいました。でも基本的には、学校の教育現場でも調理現場でも「何かあったら困る」という考えになってしまいがちです。 初めて医療的ケア児を受け入れるのですから、先生たちが心配されるのは無理もありません。だから私たちは、Aさん・Bさんのケースでも先生たちが安心するまでは終日看護師がつかなければいけないと考え、それに賛同してくださった小布施町が予算をつけてくれたんです。看護師がケアする様子を実際に見て、学校の先生たちの不安も軽減していきました。「もう大丈夫だな」と思ったところで、看護師の派遣時間を減らしていきました。 ―多職種の連携によって、学校側も次第に安心して支援ができるようになっていったのですね。 北村: そうですね。例えばAさんの場合、地元のこども病院も協力してくださいました。たまたまAさんが入院することになったとき、訪問看護師さんや我々が作った自己注入のマニュアルを病院に持って行き、病院の看護師さん立ち会いのもと、Aさん主体で自己注入を実践しました。これが「見守りのもとなら自己注入ができる」という実績になりましたし、「これほどしっかり手技を取得できているのだから、学校でもできるよね」という考えが広がっていったのです。医療従事者や学校の先生、自治体などがひとつのチームになって連携すると、「安心」が増えていくのだと思います。 でも、やはり最も影響力があるのが、お子さん自身の「自分でできる」「できてうれしい」というメッセージですね。Aさんからは、「もう自分でいろんなことができるようになったから、そんなに看護師さんたちがケアしてくれなくてもいいよ」との言葉がありました。Aさんの成長やうれしそうにしている様子は、学校の先生や教育委員会の人たちへの最も強いメッセージになったんです。 ―子どもの自立をサポートしたい気持ちはひとつだからこそ、子どもからのメッセージは影響力があるんですね。関口さん、医療的ケア児の就学支援について、行政側が考える課題も教えてください。 関口: はい。そもそも自治体としてまだ医療的ケアが必要なお子さんを受け入れる体制が作れていない現実があります。やはり、自治体側の医療的ケア児に関する知識が根本的に足りないんです。例えば、医療的ケア児の保護者様から入園に関するご相談をいただく際も、ケア内容がケースバイケースですし、柔軟・スピーディに対応しきれていない状況なんです。 そのため、医療従事者を教育委員会内に入れたほうがよいと考えました。 教育委員会内で看護師を雇用 ―小布施町では、2023年度より教育委員会として看護師配置が決まったのですよね。 関口: はい、2023年4月以降、教育委員会内に看護師を配置しました。NPO法人「親子の未来を支える会」と契約しての連携も非常に良かったですが、契約によってどうしても業務内容が限られてしまい、やれることの限界があります。今後は保護者の相談をはじめとした初期対応や学校の先生・外部の医療従事者との連携など、フットワーク軽く柔軟な対応ができる体制に整えるようにしていきたいと思っています。 ―保健師さんがそういった動きを担うことは、やはり難しいものなのでしょうか。 関口: そうですね。そういったご質問をいただくこともあります。制度が変われば保健師が介入する道もあるかもしれません。ただ、現状保健師は母子保健のほうで手一杯で、実際に医療的ケア児やそのご家族と関われるのは、基本的に就学前だけなんです。 北村: その現状がありますね。その中で、小布施町教育委員会内の看護師配置は、今後につながるとても良い取り組みだと思います。これを機に、医療的ケア児や保護者の環境がより良くなっていくことを期待しています。 ―ありがとうございました。 ※本記事は2022年12月および2023年1月の取材内容をもとに構成しています。 執筆:高島三幸取材・編集:NsPace 編集部

ピラティス×訪問看護
ピラティス×訪問看護
インタビュー
2023年5月2日
2023年5月2日

【ピラティス×訪問看護】初心者でもOK。気軽にできるピラティス基本動作

全国の主要都市などに100店舗以上のピラティス・ヨガスタジオを運営する株式会社ZEN PLACEは、ピラティスのノウハウを在宅医療へ導入するという新しい取り組みを行っています。今回は、ZEN PLACE訪問看護師の日高さんに、看護師がピラティスを行うメリットや今後の展望についてその熱い思いをお伺いするとともに、簡単にできるピラティスの動作をご紹介いただきました。 これまでの記事はこちら>>【ピラティス×訪問看護】病棟看護師から訪問看護師へ転職したきっかけ>>【ピラティス×訪問看護】ZEN PLACE のキャリアパス&訪問時のピラティス活用法 日高 優(ひだか ゆう)2008年より急性期病院での看護師(ICUや救急外来など)を経て、2020年よりZEN PLACE訪問看護ステーションにて勤務。病院勤務時代にピラティスのインストラクターコースを修了。カウンセリング技術を学び、SNSを通して看護師に自分と向き合うことの大切さを発信している。ZEN PLACE訪問看護ウェルビーイング創造のリーディングカンパニーであるZEN PLACEが運営する訪問看護ステーション。ピラティスの技術を医療や介護の場に用い、働くスタッフから利用者様すべての人が心身ともに健康で豊かな人生が歩めることを目指している。「したい看護をするのではなく利用者様とご家族が望む生活のサポートをすること」がモットー。 看護師がピラティスをするメリットとは? ―日高さんが「看護師自身がピラティスを行ったほうが良い」と思われる理由について教えてください。 ピラティスはやればやるほど身体が変わっていきます。利用者さんの心身に良いことはもちろん、自分自身のケアにも使えます。看護師は「大変」「つらい」というイメージがありますし、離職率も高いですよね。まずは自分が満たされないと、「サポートしたい」という気持ちは生まれづらくなると思うんです。「看護が楽しい」と思える人を増やすためのひとつの手段として、ピラティスはとても良いのではないかと思っています。 私も、ピラティスを始めてから自分を俯瞰して見られるようになり、余裕が出てきました。自分が感情的になっている時にすぐに気づき、落ち着いて対応ができるようになったと思います。「これは私個人の感情だな」「ここは対話が必要だな」「私はここができないけれど、ここはできている」という感じで。そうなってくると、利用者さんの表情や様子の変化も見落とさず、気づけるようにもなるんですよね。 ―時間に追われることも多い職業だと思いますが、焦ることやイライラしてしまうことはないのでしょうか。 そうですね。特に訪問看護師になってから、「やらないといけない」「できないとダメ」という自分自身の考えを押し付けないようになりました。 病院にいたときは、「医師に言われたらそれが絶対」「治療優先」という考えも強かったんです。そうなってくると、「○か×」あるいは「100か0」という考えに囚われやすいですし、命を預かっている以上、できない自分や周りの人たちを許せない。新人の看護師に対して「なんでできないの?」というネガティブな言葉を投げる人が多かったり、自分を責めて離職につながってしまったりします。患者さんに対してもそうですね。例えば、処方した薬を飲んでいなかったら、「薬は飲まないといけないものだから、ちゃんと飲んでくださいね!」とお伝えしていました。 でも、在宅医療では、利用者さんやご家族の意思や生活の質が大切になってきます。看護師は利用者さんの「生活」を支援する立場なので、さまざまな考えや価値観を尊重しやすいんですよね。薬が飲めていなくても、「〇〇さんはどうしたいですか?」と利用者さんの意思を確認できます。また、「歩きたいけど練習をさぼってしまって歩けない」ということでも、それも含めてその人。さぼりたいならさぼってもいいのかなと思っています。利用者さんご本人の意思を尊重し、かつその方の頑張れる範囲や現状を受け止めて、サポートするようにしています。 「できない=ダメ」ではない ―訪問看護とピラティスの理念との相性が良い、という側面があるのでしょうか。 そうですね。ピラティスの中にも「できないことは『ダメ』じゃない」という考え方があります。「できない自分」も今の自分として気付いて受け入れてあげるんですよね。 医療現場では、問題にフォーカスして原因を究明し、解決を図る考え方が必要になってきます。でも、そこには本来、人の感情や気持ちも存在していて、そこに気付き感じ取ることも大事だと思うんです。 利用者さんには「できない」ことを理由に落ち込んでほしくないですし、そうした自分の状態を受け止めてもらえるように声かけをしています。こういうピラティスの考え方は、とても訪問看護に活きているなと感じています。 ―看護師さんたちにも、そういったありのまま自分を受け入れてほしい、ということですね。 そうですね。私が看護師こそピラティスをして欲しいなと思っているのはまさにそこです。看護師も職場に対して安心感を求めているはずなんですよね。「できない自分やダメな自分もいて良いんだ」と思えれば気持ちが少し楽になると思っています。 仕事上つらい経験をすることもありますが、それに耐えて慣れていくのが当たり前という認識からか、自分のつらさに気付かず、心が疲弊していく方がたくさんいると感じています。また医療機関は閉鎖的で保守的、職種階級的な部分もあるので、内部で何か問題が発生しても解決できず、同じ悩みやストレスを持ち続けてしまうこともしばしばあります。 看護師がまず自分の状態に気付き、発散することで自分を整えて、心の余裕を持つことができれば、好循環ができます。自分だけではなく利用者さんやご家族、スタッフなど誰に対しても気持ちに余裕を持って接することができるはず。仕事もプライベートも良い方向に向きやすくなるのではないでしょうか。 だからこそ、医療従事者にもっとピラティスが広まってくれたら嬉しいですし、ピラティスを身近で楽しめる環境が増えればいいなと思っています。もちろん、私は自身のケアとしても引き続きピラティスを続け、利用者さんやご家族にも良い看護を提供し続けることを目標としていきたいと思います。 初めてでも気軽にできるピラティスの基本動作の紹介 ―ありがとうございます。では、ピラティスをやったことがない看護師さん向けに、気軽にできる基本動作を教えてください 今回は3つのエクササイズをご紹介します。(1)ピラティスの胸式呼吸(2)ピラティスの骨盤矯正(3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン ピラティスマットを使用しますが、なければヨガマットやバスタオルの上でも大丈夫です。 ベッド上だと身体が安定しにくいので、床の上で行うようにしましょう。 写真提供:ZEN PLACE (1)ピラティスの胸式呼吸 よく「腹式呼吸」という言葉は聞くと思いますが、ピラティスの呼吸法は「胸式呼吸法」といいます。胸式呼吸は交感神経を優位にさせ、全身に血液を送り出そうとして血管収縮が起こり、血圧も上昇し、脈や呼吸も速くなります。また頭が冴えてきて集中力や記憶力などが高まりやすくなるのも特徴的です。 床の上にあぐらをかいて、背筋を伸ばして顎を引いて座って行うのですが、このとき正しい姿勢になることが大事です。背筋が伸びておらず肩が内巻になっていると、心窩部や胸郭が広がりにくいので、胸を広げて肋骨を閉じましょう。 呼吸をする際には、両手を胸の下辺りに添えると胸の膨らみを意識しやすいです。息を吸うときは、胸の下辺りに当てた手が外側に開いていく感じを、吐く際は手が中心に寄っていく感覚を持ち、肋骨が開閉されているかチェックすることが大事です。 口から息を吐き出しながらお腹に力を入れへこませます。そのまま胸を膨らませるように鼻から息を吸い、そのまま口から息を吐きだしましょう。 (2)ピラティスの骨盤矯正 骨盤の位置を把握して正しい位置に戻すことを目的としています。 骨盤ニュートラル 特に女性には、反り腰の方が多いと言われています。脚を組む、バッグをいつも同じ肩に掛けるなど、身体の重心を片側にかけることで骨盤は歪んでしまうと考えられます。特に看護師の場合はベッドに向かってかがんで作業することもあるので、腰に負担がかかりやすく歪みも出やすいのでしょう。 骨盤の歪みは血行不良による身体の不調や痛みの原因にもなるため、まず行っていただきたい基本動作ですね。 反り腰の場合、骨盤が前傾しているので、それを後ろに倒して元に戻す動作を行います。骨盤を立てることでお尻が少し下がるイメージです。ピラティスでは寝ながら骨盤矯正を行います。 マット上で仰向けになり、膝を立てた状態になりましょう。肩の力みを抜きます。この時点で手を腰の下に入れ、手のひらが簡単に入るようであれば前傾、手のひらもまったく入らないようであれば後傾している状態です。 手のひらがぎりぎり入るくらいの状態だとピラティスでいう「ニュートラルポジション」となります。この状態で骨盤を前傾、後傾、戻すという動作を繰り返します。 ペルビックカール ピラティスには「ペルビックカール」という骨盤や腰椎を安定させるエクササイズがあります。 仰向けに寝て膝を曲げ、息を吐きながら骨盤を傾けるように上げて脊柱をマットから離し、息を吸って上でホールド。息を吐きながら、膝を曲げた仰向けの状態に戻るという動作を繰り返します。 (3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン 仰向けに寝て手は拳を向かい合わせにして頭の上に伸ばし、両脚は真っ直ぐ揃えたまま足の爪先まで伸ばします。 息を吸って腕を体の前方に向かって上げていき、腹筋をしめ息を吐きながら起き上がり股関節の上に肩がある姿勢で息を吸ってキープ(Cカール)。息を吐きながら体を倒していくという動作を繰り返します。 そして息をゆっくりと吐きながらお腹を引き締めて、腹筋の力で背中を丸めて足元まで起き上がっていきます。この時、はずみをつけないよう注意し、しっかりと腹筋と身体の軸を意識してゆっくり起き上がりましょう。 起き上がったら手順を逆に行い、元の体勢に戻ります。 * ピラティスは10回やると違いを感じ、20回やると見た目がかわり、30回やると身体のすべてがかわるといわれています。「ちょっと疲れているな」「ジムに行くのは大変だけど自宅で軽く運動をしたいな」という方はもちろん、日々の姿勢や体型を良くしたいという方でも気軽にスタートできるのがピラティスの魅力です。ぜひ一度試していただき、継続していただければいいなと思っています。皆様に少しでもピラティスの魅力が伝われば幸いです。 ―日高さん、どうもありがとうございました。 取材: NsPace編集部編集・執筆: 合同会社ヘルメース

脳卒中 再発予防
脳卒中 再発予防
特集 会員限定
2023年4月25日
2023年4月25日

訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 後遺症「痙縮」【セミナーレポート後編】

2023年1月19日に開催したNsPace(ナースペース)主催オンラインセミナー「訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策」。近畿大学医学部 脳神経外科講師の内山卓也先生、近畿大学病院 脳卒中リハビリテーション看護認定看護師の林真由美さんを講師としてお迎えし、脳卒中を発症した利用者さんの看護にあたる上で役立つ疾患の情報や、どんなケアが求められるかなどを教えてもらいました。 本記事では、前後編に分けてセミナーの一部をご紹介。後編では、内山先生による「痙縮の特徴や治療法」についての講演内容をお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 基礎知識【セミナーレポート前編】>>Q&A特別先行公開はこちら先行公開!訪問看護師に知ってほしい脳卒中再発予防策 セミナーQ&A ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】内山 卓也先生近畿大学医学部 脳神経外科講師日本脳神経外科学会脳神経外科専門医、日本脳卒中学会脳卒中専門医。不随意運動症に対する脳深部電気刺激術、疼痛に対する脊髄硬膜外刺激療法、痙縮に対するバクロフェン髄腔内投与療法やボツリヌス療法について診療・研究を行っている。林 真由美さん近畿大学病院看護部 SCU主任脳卒中リハビリテーション看護認定看護師、脳卒中療法相談士。脳卒中患者の重篤化予防やリハビリテーション、生活再構築のための機能回復支援など、幅広いサポートに携わる。 脳卒中の後遺症「痙縮(けいしゅく)」とは みなさんは、「痙縮」をご存知でしょうか? 痙縮は「痙性麻痺」ともいわれ、簡単にいうと「硬い麻痺」、麻痺した筋肉が極度に緊張してしまう状態のことをいいます。内反尖足や、手を握り込んでしまって指が開かなくなる症状は、よくみる症状のひとつです。 この痙縮は、脳卒中を発症した患者さんの約25%に後遺症として現れ、またそのうち70%程度が疼痛を合併することがわかっています。 脳卒中になり、手足が思うように動かせなくなった。そして、その手足の筋肉が徐々に硬くなって、痛みやつっぱりといった症状が出てきた。そんな痙縮に悩む患者さんに対してできる治療についてお話ししていきます。 痙縮は当事者だけでなく介護者の負担も増やす 治療法についてご説明する前に、痙縮という症状がどのような問題につながるかを確認しておきましょう。まず、痙縮が起きて関節の可動域が制限されると、ADLが低下し、リハビリも滞ってしまいます。さらに、先ほどご説明した痛みや、睡眠障害の原因になることもあります。つまり、痙縮は患者さんにとって大きな苦痛とストレスを与える症状なのです。また、介護をする方の負担が非常に重くなるという問題もあります。 ボツリヌス療法、ITB療法の概要 そんな厄介な痙縮に対し、私たち脳神経外科医は、さまざまな方法で治療を行っています。その中でも今回は、代表的な治療方法である「ボツリヌス療法」と「ITB療法(バクロフェン髄注療法)」についてご紹介します。 ・ボツリヌス療法硬くなった筋肉にA型ボツリヌス毒素を注射し、緊張を和らげる治療法。外来で治療ができます。 ・ITB療法(バクロフェン髄注療法)脊髄の周りにある髄液にバクロフェンという薬を注入し、筋肉の緊張を和らげる治療法です。もう少し具体的に説明すると、バクロフェンを専用のポンプに入れ、ポンプを腹部の皮下に埋め込み、ポンプから髄液に薬を注入していきます。ITB療法は、両足や両手、体幹など、痙縮の範囲が広い症例で選択されることが多いです。 このように、痙縮には治療法があります。訪問看護の現場で痙縮に悩む利用者さんに出会ったら、かかりつけの医師や脳卒中相談窓口にぜひ相談していただき、そこから、上記のような治療を提供している施設につないでもらってください。 * ボツリヌス療法やITB療法により少しでも体の状態が改善すると、介護の負担が軽減し、患者さんの生活の質が向上する可能性があります。ぜひ訪問看護師のみなさんにも痙縮の症状や治療への理解をより深めていただき、積極的に患者さんや他職種への情報提供をお願いできればと思います。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

これからの医療的ケア児と訪問看護
これからの医療的ケア児と訪問看護
インタビュー
2023年4月25日
2023年4月25日

見落としがちな親視点 保護者に聞く&寄り添う看護-医療的ケア児と訪問看護

2021年に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行され、医療的ケア児への支援は「努力義務」ではなく「責務」となりました。そうした時代の流れの中で、訪問看護師が医療的ケア児のサポートに入るニーズが増加しています。しかし、技術的なハードルの高さや保護者との関係性に悩む看護師も多いようです。医療的ケア児の支援に造詣が深い、清泉女学院大学の北村千章教授にお話を伺いました。 >>前回の記事はこちら医療的ケア児にまつわる課題&あるべき支援-医療的ケア児と訪問看護 清泉女学院大学 小児期看護学北村 千章(きたむら ちあき)教授看護師・助産師。新潟県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。「全国心臓病の子どもを守る会」にボランティアとして参加したのをきっかけに、先天性心疾患および22q11.2欠失症候群の子どもたち、医療的ケアが必要な子どもたちを、地域ボランティアチームをつくってサポート。2019年、清泉女学院大学看護学部に小児期看護学准教授として着任。慢性疾患のある子どもたちが大人になったときに居場所を持ち、ひとり立ちできるための必要な支援や体制つくりについて研究している。同年、NPO法人「親子の未来を支える会」の協力を得て、医療的ケア児の就学サポートを開始。医療的ケアが必要な子どもが、教育を受ける機会が奪われないしくみづくりを目指す。2023年4月より、清泉女学院大学看護学部 小児期看護学 教授に就任。 技術的には医療的ケア児の支援は難しくない ―医療的ケア児のケアについて、「技術的に難しい」と感じている訪問看護師も多いようですが、北村先生はどのようにお考えでしょうか。 そうですね。訪問看護の利用者は、終末期を在宅で過ごしたい高齢者の割合が高いと思います。いきなり医療的ケア児の看護に入ることになったら、戸惑うでしょう。私も初めて医療的ケア児のサポートをしたときは、すでに研究の世界に身を置いて臨床から離れていたこともあり、不安でした。ですから皆さんの気持ちは分かります。 でも実は、技術的には終末期患者のケアのほうが大変なんです。医療機器の使い方さえ覚えれば、医療的ケア児のケアのハードルはそこまで高くありません。ベテランの看護師ならなおさら、技術的な部分に対して身構える必要はないと思います。 私が所属する「親子の未来を支える会のチーム」には、志が高い看護師ばかり集まっていますが、やはり技術面において「本当に対応できるのか」と、心配する声は多かったです。でもいざ現場に入ってみると、医療的ケア児の保護者に色々と教えていただきながら、しっかりサポートできています。保護者の皆さんは、ご自身で医療機器の使い方を調べながら、一生懸命お子さんのケアをされています。そんな方々の胸を借りるつもりで、サポートすればいいのではないかと思います。 保護者はずっと「がんばれ」と言われている ―「保護者の胸を借りる」というお話が出ましたが、保護者とうまく関係性を築けずに悩む訪問看護師も多いようです。北村先生は、どのように保護者と関係性を築かれているのでしょうか。 私の場合、あるお母さんとの出会いが大きな学びにつながりました。今から15年ほど前に遡りますが、私は大学院で勉強しながらフリーの看護師をするという、二足の草鞋を履いていました。そのころ出会った福祉施設の方に、「あるお母さんと、うまくコミュニケーションが取れる看護師がいないから困っている」と言われ、放課後等デイサービスで医療的ケア児と関わる機会をいただいたんです。私は、そのお母さんは看護師を信頼できないのかもしれないと思い、「話を聴くしかない」と考えました。 医療的ケア児のBさんは人工呼吸器をつけているのですが、ご自宅を訪問するとすぐに、「とても愛されて大切にされている」ことを肌で感じました。私もお母さんと同じ気持ちで大事にケアをしていきたいと思い、日々お母さんに寄り添いながら傾聴していったところ、最初は不安そうなお母さんの顔がだんだん和らいでいきました。 ひとつ忘れられないエピソードがあります。そのお母さんはとある男性歌手の大ファンだったのですが、Bさんを産んでから1回もライブに行けていませんでした。そんな彼女が、「地元でその男性歌手のコンサートがあるから行きたい」とおっしゃったんです。福祉施設の施設長から「行かせてあげたいから、帰宅するまで子どもを見てくれないか」と頼まれ、引き受けしました。緊急トラブルが起こったときのために、施設長にもサポートしてもらいました。 幸い何事もなく、20時ごろにお母さんは帰宅されたのですが、「本当にありがとう。とってもうれしかった」とものすごく感謝してくださったんです。障害のある子を産み育てていくと、「自分ががんばらなければ」「我慢しなければ」という気持ちになるんですね。その様子をみて、私は「コンサートにも行けなくなるのか」「普通の暮らしが難しくなるんだな」と、切なくなりました。 その後、心を開いてくだったお母さんから、「すごくがんばっているのに、看護師に『もうちょっとがんばりましょう』と言われると、『なんで!』と攻撃的になってしまうんです」と本音を聴くことができました。そのとき、それまで看護師とうまくいかなかった原因が初めて分かったんです。腹を割って話せたことで、お母さんとの距離はさらにぐっと縮まりました。医療的ケア児の保護者の気持ちを学ぶことができて、今でもBさんのお母さんとの出会いに感謝しています。今でもBさんのお母さんとは友達で、これまで技術的な面も含めてたくさんのことを教えていただきました。 ―そのような経験を経て、看護師の保護者との接し方について、どのようにお考えでしょうか。 医療的ケア児の保護者の皆さんは、毎日必死。それまで当たり前だった「日常」を過ごせなくなり、気持ちがずっと張り詰めたままがんばっています。自分を責めている人もたくさんいます。そうした保護者の背景を想像せずに、看護師が「もうちょっとがんばれ」と言ったら、誰でも攻撃的になってしまうでしょう。 私たち看護師は、そんな自責の念で苦しんでいる保護者の気持ちを理解し、忘れてはいけないと思います。また、保護者は常に困っているので、看護師が医療的ケア児をサポートすることは「必ず保護者の助けになる」ことも忘れてはいけません。保護者は「自分の話を聴いてもらいたい」という気持ちがあると思うので、まずは、寄り添って話を聴く。そして技術的なことについては怖がらずに、「どうすればいいですか? 教えてください」と素直に頼ればいいと思います。また、「笑顔がかわいくなったね」「今までと違う動きができるようになったね」「体重が増えてよかったね」などと、お子さんのことを褒められると保護者はうれしいものです。「この看護師さんは、子どもをよく見てくれて、丁寧に関わってもらえているな」と思ってくれると思います。 ―逆に気を付けたほうがよいポイントはありますか。 子どもにとってベストなケアを考えると、看護師は保護者に向かって「子どものためにもっとこうしたほうがいいですよ」というアドバイスをしてしまいます。直接的に「がんばれ」と言っていなくても、こうした発言は保護者の負担になっているケースが多いので、気をつけたほうがいいと思います。 私もNICUで働いていたときは、なかなか保護者の気持ちが理解できませんでした。お母さんの気持ちを理解したくて、助産師の資格を取った経緯もあります。そこからやっと、保護者の立場に立って考えられるようになりました。NICUの看護師の場合は「子どものケア」が中心になるため、「お母さん、母乳で授乳しましょう。おっぱいをあげることは、とてもいいんですよ」などと言ってしまいがちですよね。でも、出産後、赤ちゃんが重度の障害を持っていると言われたら、当然ですがショックが大きくて思考や母乳が止まってしまうお母さんもいます。がんばりたい気持ちがあってもがんばれない。そんな状況の人に対して、「子どものためにがんばって」と追い込むようなメッセージを無意識に発しているケースが多いんです。 少しでも保護者側の視点に立って、寄り添いながら話を聴いてケアをする。やはりそれが一番大切ではないでしょうか。「きちんと保護者の話を聴いて理解しているのか」と自問してみて、自信がない場合は気を付けたほうがいいと思います。 看護学校の教科書で、家族中心のケア(Family-Centered Care; FCC)について学んだと思います。知識はあっても、現場に入るとどうしても患者中心になりがちです。改めて家族にも尊厳と敬意を持ち、家族と十分なコミュニケーションを図って情報を共有すること。そして、家族が望むレベルと、ケアや意思決定への参加を推奨し、支持をして、家族と協働することが大事です。 保護者が持つ看護師のイメージ ―北村先生は、研究上さまざまな保護者の方にインタビューする機会があると伺っています。保護者側からはどんな声が聞こえてきますか? そうですね。話を聞くと、やはり子どもが急性期のときに関わるNICUで最初に出会った看護師に良いイメージ持っていない保護者が多いように感じます。障害がある子を抱えて大きなプレッシャーや不安を感じる中でも、本当は毎日子どもに会いにいきたい。でも、例えば体調が悪く行けないことがあると、「お母さんなんだからがんばってね」と看護師に言われる。それが一番つらくて、行こうとすると足がすくんで、子どもに会いに行けなくなる…。といった保護者の声も聞きました。 もっと「NICUの看護師さんによくしてもらった」「看護師さんが話を聴いてくれてありがたかった」という経験ができるようになればいいと思います。そうすれば、退院して子どもと自宅に戻って暮らし始めても、もっと訪問看護師に甘えられるはずですよね。NICU側も変わっていかなければならないですが、訪問看護師の皆さんには、まずはこうした現状を理解してもらえるとうれしいです。 ―医療的ケア児の保護者で、SNSやブログなどで積極的にコミュニティを作り、前向きに動いている方も多いようです。 本当にそのとおりなんです。LINE、ブログ、SNSなどの情報ツールの発達によって、医療的ケア児を育てる保護者同士のネットワークはすごく広がっていますね。皆さん、医療やケアに関するたくさんの情報を持っています。私も「22q11.2欠失症候群」という遺伝性疾患の会を主催していますが、最新の研究内容をお伝えしようとしたら、すでにその英語の論文を読まれていたという保護者もいらっしゃいました。「100円ショップで見つけたアイテムでこんな風にケアをしています」といった経済的に負担の少ない介護の工夫をされている方もいて、それを私が講演会で他の保護者の方々に紹介するケースもあります。 看護師は「患者やその家族にアドバイスしなければ」と思いがちですが、保護者の方々はそうした最新情報を収集して勉強され、日々実践されています。教えてもらうことのほうが多いので、そういったスタンスで接していくほうがうまくいくと思います。 ―悩みながら医療的ケア児のサポートをしている訪問看護師さんたちに向けて、メッセージをお願いします。 高齢者の訪問看護について、「高齢者が地域でどう暮らしていくか」を考えてケアをされていると思いますが、医療的ケア児もまったく同じです。加えて、彼ら・彼女らには何十年もの先の未来があり、サポート次第で大きく選択肢が広がります。そして、ずっと走り続けてつらい時間を過ごされている保護者の心身のケアをすることも、とても重要な役割です。 医療的ケア児やその保護者との接し方に悩むこともあるかもしれませんが、壁を乗り越えて「貢献できた」と感じられたら、大きなやりがい・喜びを感じられるようになると思います。 ―ありがとうございました。次回は、教育委員会との連携事例について伺います。 >>次回の記事はこちら親子の夢が広がる 医療的ケア児の就学支援事例 【長野県 小布施町】 ※本記事は2022年12月の取材内容をもとに構成しています。 執筆:高島三幸取材・編集:NsPace 編集部

緩和ケア がん疼痛
緩和ケア がん疼痛
特集
2023年4月25日
2023年4月25日

がん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】

最近は多くの病院からがん末期の患者さんがご自宅に退院されます。中には強い痛みやオピオイド(医療用麻薬)の副作用に悩む患者さんがいらっしゃいます。そのような患者さんにどのように寄り添い、症状を緩和していくか。この連載では、ときに基礎的な話も織り込みながら、がんの疼痛緩和について解説を進めていくことにしましょう。 がん疼痛がコントロールできていないAさん Aさん49歳。膵臓がんの方です。がんが発見されたときには、すでに肝臓全体に転移していました。妻と子ども2人(小学生と高校生)と生活していましたが、入院して、抗がん剤治療を行うことになりました。 しかし、抗がん剤の効果はあまりありませんでした。2種類目の抗がん剤を使用しても、病変はむしろ拡大し、がん性腹膜炎も発症。医師からこれ以上の治療は意味がないと退院をすすめられました。 Aさんは自宅療養を選択し、ご自宅に帰られました。歩いて外出するのは困難であったため、訪問看護と訪問診療を導入し、介護保険を申請。ケアマネジャーも紹介されました。 Aさんが退院時に処方された薬剤は図1のとおりです。 図1 退院時に処方された薬剤 Aさんの痛みや状態をアセスメントする Aさんの退院時、まず訪問看護師であるあなたが訪問しました。Aさんが実際にどのような痛みを感じているのか、詳しく伺うことにしました。Aさんに、痛みの部位や痛みの経過、痛みの強さやパターン、性状について確認してみると、自宅に帰る数日前から、心窩部から背部のじわじわした痛みに悩まされるようになったとのこと。入院中はそれほど痛くなかったものの、退院してから1日中じくじくと痛むようになったそうです。場所はだいたい同じ位置です。また、時々強い背中の痛みが生じ、ベッドに横になることしかできなくなってしまうとの訴えもありました。 食欲もあまりなく、好物のステーキも2口程度しか食べられません。便秘に対する薬を服用していますが、この5日ほど排便がありません。腹部も張っているので常に苦しい感じがあるとのことでした。 このようなケースをどう考え、解決し、看護していくか。一緒に考えてみましょう。 痛みの原因を探る がん疼痛は「侵害受容性疼痛」と「神経障害性疼痛」に分けられます。まずは、Aさんの痛みがどのような痛みなのか、痛みの種類を整理しましょう。痛みの種類が分かれば、治療法の検討に役立ちます。 侵害受容性疼痛 侵害受容性疼痛とは、体の組織の損傷による痛みです。組織には痛みを感じる侵害受容器があり、それが刺激されることによって痛みが生じます。切り傷、骨折、擦り傷などの痛みも含まれます。がんの場合は、がんが内臓に浸潤したり、転移して臓器が傷ついたりすることで痛みが生じます。 障害受容性疼痛は、「体性痛」と「内臓痛」に分けられます。 ■体性痛体性痛は、比較的太い神経線維で伝えられる痛みです。そのため、骨や皮膚、筋肉、結合組織といった「体性組織」への刺激が原因となることが多いです。腹腔内臓器でも、被膜や腹膜まで達した炎症で生じる場合はこの痛みとなることがあります。例えば、虫垂炎や腹膜炎の痛みです。太い線維で伝えられる痛みなので、局在がはっきりしていること、体動時に悪化することが特徴です。痛みが体動で悪化する際のレスキューがポイントになります。 ■内臓痛内臓痛は、比較的細い線維で伝えられる痛みです。局在がはっきりせず、鈍い痛みとして感じられます。例えば、膵臓がんの痛みも上腹部全体、背部(胃の裏側辺り)の痛みとして感じ、その局在は比較的広くなります。 神経障害性疼痛 神経障害性疼痛は、神経そのものが障害されたり、刺激されたりすることによって起こる疼痛です。しびれや異常感覚を伴うことがあります。代表的な神経障害性疼痛の異常感覚は、痛む部分を少しだけ刺激することによって強い痛みを誘発する「アロディニア」という現象です。 * がん疼痛は、体性痛、内臓痛、神経障害性疼痛の3種の痛みが時には混合して疼痛として感じられることがあります。例えば、膵臓がんでは、膵被膜に浸潤する痛みや腹膜に転移して生じる痛みは体性痛、膵臓がんによって膵液の流出が妨げられ、膵内圧が高まった痛みは内臓痛にあたります。さらに、膵臓がんは腹腔神経叢へ浸潤することもありますので、浸潤した痛みは神経障害性疼痛に分類されます。このとき、強い腹痛や背部痛が出現します。オピオイド(医療用麻薬)ではコントロールしにくくなり、腹腔神経叢ブロックが必要になることがあります。 Aさんの痛みの特徴を理解する Aさんの痛みの訴えをもとに、痛みの種類を考えてみましょう。 まず、Aさんの痛みは、じわじわした境界不明瞭な痛みです。何となくこのあたりが痛い、言われてみれば心窩部や背中が痛い、というものです。これは内臓痛の成分が強いと思われます。また、時々起こる強い背部痛は、痛い場所がはっきりしているので、内臓痛に加えて、体性痛を合併している可能性が高く、侵害受容性疼痛とも判断でき、神経障害性疼痛の可能性も否定できません。先述のとおり、膵臓がんの場合、腹腔神経叢に浸潤し、神経障害性疼痛を起こしやすいことが知られています。 Aさんの痛みの特徴を理解したら、次はその痛みをどのように緩和していくのかを考えていきましょう。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 執筆 鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ、在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】 〇日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編 『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)』 東京,金原出版株式会社,2020.

エンジョイALS
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コラム
2023年4月25日
2023年4月25日

ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~

ALSを発症して8年、42歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は実用編の第5弾。梶浦さんが実際に使用した道具や工夫を紹介します。ALSはもちろん、他の疾患等の方たちの生活にも参考にしてください。 のどの症状 ALSの初発症状として、上肢・下肢の次に多いのがのど・・の症状(球麻痺といって、延髄の運動神経核が障害されることにより、舌や咽頭や喉頭の筋肉が動かしにくくなっていく症状)です。 のど・・は、咽頭と喉頭の二つに大きく分けられます。 食べ物は口から入って、中咽頭、下咽頭を通り、食道、胃へと送られていきます。空気は口と鼻から入って、中咽頭、喉頭を通り、気管、肺へと送られていきます。健康な人では、食べ物が誤って気管に入ってむせ込むことがないようにしながら、気道(空気の通り道)を確保して、呼吸と発声を同時にできるように、のどの筋肉は絶妙なバランスをとりながら動いています。 しかし、のどの筋力が低下してしまうと、この三角関係のバランスが崩れてしまいます。 発声機能の低下 声が出せなくなっていくのは、非常につらいことです。腕が動かなくなることよりも、足が動かなくなることよりも、声が出せなくなることが、私には何よりつらいものでした。体が動かなくなっても声が出せれば、自分の意思や要望を周りの人に伝えることができます。しかし声が出せなくなってしまったら、伝えたいことが伝えられず、自分ひとりの世界に閉じ込められてしまう可能性があります。 なので、声が出せなくなる前に、ALSの患者さんは文字盤を使ったコミュニケーションを練習してください。文字盤にもいろいろ種類がありますので、自分の使いやすいものを選ぶのがおすすめです。詳しくは連載第10回(文字盤を使わない文字盤!? 〜エアーフリック式文字盤〜)をご参考ください。 また、ALSの症状が進むにつれて、声は出せるものの、鼻から息が漏れて音が抜けすぎるためにうまく発音できなくなることが、しばしばあります。これは開鼻声という症状で、軟口蓋の挙上がうまくできず、鼻咽腔が閉鎖できないことが原因です。そんなときは、鼻をつまんだり、クリップで鼻を挟んだりする(シンクロナイズドスイミングのイメージです)とうまく発音できることがあります。試してみてください。 声を残そう! そして、声が出せなくなる前に自分の声で人工音声を作っておくことを強くおすすめします。 声とは、「自分らしさ」を表現するためのとても大切な要素です。私はALSを発症して3年目ごろから徐々に声の出しづらさを自覚し、5年目ごろには、ほとんど声が出せなくなっていました。当時まだ幼稚園児だった息子に、父親の声を覚えていてほしい。いつまでも父親の声で話し掛けてあげたい。強くそう思っていました。 そんな思いでたどり着いたのが、都立神経病院の作業療法士の本間武蔵先生でした。本間先生は「マイボイス」というソフトウエアを開発し、ALS患者が声を失う前に声を残す活動をされています。気管切開する前に声を録音しておくことで、「マイボイス」を使って、その人の声で文章を読み上げることができます。声の問題以外にも、個々の生活環境に合った道具や工夫を、とても親身になって一緒に考えてくださいました。 「マイボイス」はパソコンにハーティーラダーという、文字を入力できるフリーソフトをインストールして簡単に使用することができます。ただ、「マイボイス」はパソコン専用のソフトで、タブレットでは使えません。ふだんタブレットを使っている私は「コエステーション」という無料のアプリを主に使っています。このアプリは自宅で簡単に声を録音することができて、かなり流暢に自分の声を再現することができます。声が出せるうちに、録音しておくことを強くおすすめします。私は息子や妻の誕生日や結婚記念日などの行事の時は、自分の気持ちを自分の声で伝えるようにしています。 嚥下機能の低下 嚥下機能が低下してきたら、一般的には食事の形態もできるかぎりペースト状にしたりトロミをつけたりするほうが嚥下はしやすくなります。また、嚥下をするときは、誤嚥を予防するために顎を引いたほうがよいです。頸部を後屈した姿勢で嚥下しようとすると誤嚥しやすくなるので、注意が必要です。 気管切開+誤嚥防止術を行なった場合は、工夫しだいで長い期間食事を楽しむことができます。詳しくは連載第16回( 気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!)をご参照ください。 呼吸機能の低下 呼吸機能の低下は、厳密にはのど・・の筋肉の低下よりも、肺を取り囲む骨と筋肉によってつくられる「胸郭」と横隔膜の筋力の低下による症状ですが、のどの機能とも密接にかかわっていますので、今回取り上げたいと思います。 LICトレーナー ALS患者さんは、病気の進行に伴い呼吸筋(呼吸をするのに必要な筋肉)の筋力も低下します。息を吸う力が弱くなっていくと、自分の力では深呼吸できず、徐々に胸郭や肺が硬くなってしまいます。そこで、その症状の予防・改善にとても有効なのが、LIC(lung insufflation capacity:肺強制吸気量)トレーナーという機器です。 LICトレーナーにアンビューバックを接続して、用手的に(手を用いて)肺へ強制的に空気を入れることで、一定時間深呼吸した状態をつくることができます。これによって胸郭や肺の柔軟性を保ち、拘縮を予防します。柔軟性を保つことで肺のコンプライアンスと予備能力を向上させて、無気肺や肺炎など呼吸器系合併症のリスクを減らすことにもなります。何よりも、深呼吸できる感覚が純粋に気持ちいいです。 カフアシスト カフアシストは文字どおり、カフ(cough:咳)をアシスト(assist:補助)する機械です。ALS患者さんは、呼吸機能の低下に伴い、自分の力で咳をして痰を出すことが難しくなります。カフアシストは、強制的に肺に空気を送り込み、送り込んだ空気を強制的に吸引します。つまり人工的に咳をしている状態を作り出します。排痰ケアにとても有効です。 通常は、「送気と吸引」を1セットとして数セット実施し、痰を出していきます。カフアシストでも胸郭や肺の伸展運動はできるため、胸郭や肺の拘縮を予防する効果もあります。 カフアシストはあくまでも痰を出すことを第一の目的とする機械であり、LICトレーナーとは違って深呼吸した状態を一定時間保つことはできません。LICトレーナーとカフアシストを用途別にうまく使い分けていけたらベストかと思います。ただ、今のところLICトレーナーは自費での購入になりますので、カフアシストで代用していくという選択肢もあるかと思います。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣【記事協力】本間武蔵(都立神経病院)ハーティーラダー・サポーターコエステ株式会社編集:株式会社メディカ出版

脳卒中再発予防セミナー
脳卒中再発予防セミナー
特集 会員限定
2023年4月18日
2023年4月18日

訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 基礎知識【セミナーレポート前編】

2023年1月19日に開催した、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナー「訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策」。近畿大学医学部から脳神経外科講師の内山卓也先生と、近畿大学病院 脳卒中リハビリテーション看護認定看護師の林真由美さんを講師としてお迎えし、脳卒中を発症した利用者さんの看護にあたる上で役立つ疾患の情報や、どんなケアが求められるかなどを教えてもらいました。 本記事では、前後編に分けてセミナーの一部をご紹介。前編では、林さんによる「脳卒中の基礎知識」や「訪問看護師のみなさんにぜひ実践してほしいサポート」についての講演をまとめます。 >>Q&A特別先行公開はこちら先行公開!訪問看護師に知ってほしい脳卒中再発予防策 セミナーQ&A ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】内山 卓也先生近畿大学医学部 脳神経外科講師日本脳神経外科学会脳神経外科専門医、日本脳卒中学会脳卒中専門医。不随意運動症に対する脳深部電気刺激術、疼痛に対する脊髄硬膜外刺激療法、痙縮に対するバクロフェン髄腔内投与療法やボツリヌス療法について診療・研究を行っている。林 真由美さん近畿大学病院 看護部 SCU主任脳卒中リハビリテーション看護認定看護師、脳卒中療法相談士。脳卒中患者の重篤化予防やリハビリテーション、生活再構築のための機能回復支援など、幅広いサポートに携わる。 脳卒中の特徴 脳卒中とは、頭の血管が破れる「脳出血」や「くも膜下出血」、血管が詰まる「脳梗塞」の3つの総称です。年間で約20万人以上が発症し、10年間で約半数の方が再発するため、決して珍しくない病気といえるでしょう。 そんな脳卒中の特徴は、発症すると、麻痺や失語、神経脱落症状などの後遺症が残るケースが多く、ADLの低下につながりやすいことです。重い後遺症に悩まされ、在宅でリハビリを続けなければならない方は少なくありません。また、再発するたびに重症化し、要介護5の認定を受ける要因の中で最も大きな割合を占めるともいわれています。その一方で、近年は急性期の治療が進歩し、退院して自宅に戻られる方も増えました。このように、脳卒中を発症された方のその後は実にさまざまです。 なお、脳神経細胞は一度壊死すると元には戻らないため、発症した場合はとにかく迅速に対応することが重要です。具体的には、8時間以内であれば脳の蘇生が可能とされています。 脳卒中予防の基本 日本脳卒中学会が発表している「脳卒中治療ガイドライン2021」では、脳卒中の発症を招く代表的な危険因子として、以下を挙げています。 ・高血圧(最大の危険因子といわれています)・糖尿病・脂質異常症・飲酒・喫煙・心疾患・肥満 これらの因子が関係し、体の中で動脈硬化をはじめとした不調が徐々に起こって、ある日突然に発症するケースがとても多いです。つまり、脳卒中は生活習慣の影響をとても受けやすい病気ということ。普段から血圧のコントロールや内服管理、食生活の見直し、運動を心がけることが予防の基本です。 症状出現時の対応 脳卒中を発症すると、顔の半分が垂れる、顔面麻痺が起きる、手足が動かしにくくなる、喋りにくくなるといった症状が見られます。これらのどれかひとつでも確認できた際は、60〜70%の確立で脳卒中を疑いましょう。 症状が現れたり消えたりしているうちは、まずは速やかにかかりつけの医師に相談してください。症状が30分以上続くときは、救急車要請の対象となります。 また、症状が最初に出たときの時間を覚えておくこともポイント。その後の治療選択にあたって重要な情報となります。 利用者さんに事前に伝えておくべきこと 先に触れたとおり、脳卒中の症状が出現したら、速やかに治療を受けることが重要です。しかし実際は、すぐに病院に来られない方が多くいます。例えば一人暮らしだったり、失語の症状が出て連絡しようにもできずにいたり、といったケースです。また、「誰に自分の危険を知らせたらいいかわからなかった」とおっしゃる方も少なくありません。そのため利用者さんには、「発症した際にどこにどのような方法で連絡すべきか」を案内しておくことが大切です。 情報提供のコツ 私が患者さんに情報を提供する上では、その方の「言葉」を大切にしています。例えば、入院患者さんの多くは「二度と入院したくない」とおっしゃいます。これは、今現在のことしか見えておらず、今後についてはまだ考えられていないサイン。この段階では、疾患や今後の生活についての基礎的な情報をお伝えします。 患者さんが「なぜ発症したのだろう」とおっしゃるときは、過去を振り返って原因を探っている段階と考えられるでしょう。こんなときは、今までの生活習慣についてヒアリングし、その方に必要な工夫についてお話しするようにしています。 また、「生活をこう変えてみよう」とおっしゃる方、つまり行動を起こそうとしている方に対しては、継続できる目標設定になっているかを確認するようにしています。 ACPを提案する重要性 脳卒中を発症して入院される患者さんの中には、意識障害が起きたり、認知機能が低下したりする方が多くいらっしゃいます。そして、その中で幸いにも状態が回復した方の多くは「今まで自身の生き方や最後の迎え方について考えたことがなかった」とおっしゃいます。 そこで、脳卒中を経験した利用者さんにみなさんからぜひ提案してほしいのが、5年後、10年後の生活をイメージするACP(アドバンスケアプランニング)です。 「今までどおり趣味を楽しみたい」「孫の顔を見たい」といった希望についてはもちろん、・もし再発した場合、延命措置や人工呼吸器の装着を選択するか・胸骨圧迫(心臓マッサージ)を実施するか・家族は保険や貯金について把握しているかという点を含めて、将来のことを身近な方と話すきっかけを提供してみましょう。それにより、利用者さんの今後の生活はよりよいものになるはずです。 脳卒中相談窓口の取り組み 2022年の5月から、一次脳卒中センターに「脳卒中相談窓口」が設置されています。循環器病対策推進計画の一環として始まった取り組みで、窓口では当事者への治療や再発予防に関する情報提供や生活の支援などはもちろん、訪問看護師やヘルパー、ケアマネジャーからの相談も受け付けています。当事者を支える専門職の職種連携を図ることも、脳卒中相談窓口が掲げる目的のひとつなので、ぜひ有効に活用してもらえたらと思います。 看護外来に寄せられる相談内容 看護外来に日々寄せられる相談の一部をご紹介します。まず、生活に関する相談としては、以下のような内容が挙げられます。 ・家族関係がうまくいっておらず、血圧が上がってしまう・家族から運動を止められる・経済的な問題で薬の継続に不安がある・多忙で自炊ができず、減塩が難しい 以下は、問診やトリアージが必要な相談にあたるでしょう。 ・血尿が止まらない・めまいがする・3日ぐらい食事がとれず、起き上がれない また、地域社会との連携や調整が必要な相談も多く寄せられます。 ・高次脳機能障害が残り、仕事に行くのが怖くなった。職場の人とうまくやっていけない・周りに頼れる人がいない・病気になったことを知られたくない 当事者が独力で生活習慣を改善し、維持していくのは難しいこと。訪問看護師のみなさんには、症状出現時だけでなく、ぜひ日々の暮らしについてもアドバイスやサポートをお願いします。また、利用者さんが大事にしている生き方や価値観を知り、ぜひ病院側にも情報提供をしていただきたいです。 >>後編はこちら訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 後遺症「痙縮」【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ポータブルエコーの基礎知識
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特集
2023年4月18日
2023年4月18日

手軽で便利…でも難しい? 訪問看護師が知っておきたいポータブルエコーの基礎知識

新たなアセスメントツールとして訪問看護でも採用され始め、最近話題のポータブルエコー。使ってみたいと思っても、基礎教育を受けていない看護師にとっては、難解な専門用語を前に、敷居が高いと感じる人も多いのではないでしょうか。東葛クリニック病院でエコー回診を担い、その技術と判断方法を看護師にも指導している臨床検査技師・佐野由美先生に、エコーのしくみと使うために必要な基礎知識を教えていただきました。 音の反射信号を画像化するエコー エコーは、人の耳には聞こえないほどの高い音(超音波)をプローブから出して臓器にあて、跳ね返ってくる信号をプローブが受信し、画像化します。患者にとって無侵襲で、レントゲンのように被曝がなく無害であるため繰り返し検査することができます。 また、レントゲンは撮影後すぐに見ることができませんが、エコーならばリアルタイムで見ることができます。エコーで見ることができるのは、実質の臓器(中身の詰まっている臓器:肝臓、腎臓、膵臓、脾臓など)。尿や血液も見られますが、空気、骨に対しては不向きです。難点は、エコー画像の判断が実施者の技量に大きく左右されるところです。 エコーは深さ・部位ごとに3つのプローブがある プローブは3種類あり、見る深さや部位によってプローブを替える必要があります(図1)。お腹のやや深い部分、例えば膀胱を見る場合は、周波数の低いコンベックス型プローブを使います。コンベックス型プローブは先端が丸くなっており、広い範囲を観察することができます。 褥瘡エコーは表皮に近いところですので、体表に近い部分(乳腺や甲状腺、血管など)を見る周波数の高いリニア型プローブを選択します。薄く小型のセクタ型プローブは心臓に特化したもので、肋骨の間から心臓を見ることができます。 図1:「プローブの種類と使い分け」(提供:佐野由美氏) プローブの持ち方・走査方法 まず、プローブにゼリーを塗り、親指と人差し指、中指でプローブを握り、薬指は肌に添えて固定します(図2)。 図2:「プローブの持ち方 良い例 悪い例」(提供:佐野由美氏) 握りしめたり、持つ位置が上になりすぎたりしないようにしましょう。初心者は、固定が不十分で、強く握りしめすぎるあまり、細やかな動きができなくなりがちです。 横断像は、体軸に対して垂直にプローブを置き、縦断像は、体軸に並行にプローブを置いて描出します。この時、プローブマークの位置が重要です(図3)。 図3:「プローブマークについて」(提供:佐野由美氏) プローブマークとは、プローブの横についている突起のことです。このマークを横断像では患者の左側に、縦断像では患者の足側に向けてプローブを持つことが基本です。横断像ではプローブを当てた部分で切った断面を下からみた画像、縦断像ではプローブを当てた部分を切った断面を右から見た画像がそれぞれ描出されます(図4、図5)。 図4:横断像 (提供:佐野由美氏) 図5:縦断像 (提供:佐野由美氏) そこで重要となるのが、人体の解剖についての知識です。「この断面だから、この臓器がこんな形で見られるはず」とイメージできるようにしておく必要があります。私がエコーを教える時は、実際の解剖図を照らし合わせながら、画像を見ています。 走査方法は2つあり、プローブの角度を変えずに平⾏にスライドさせる平行走査と、プローブ設置面を支点とし傾けながら扇状に動かす扇動走査があります(図6)。 図6:平行走査と扇動走査 (提供:佐野由美氏) エコー画像 調整・判断の知識 エコーを扱う際には、画像の調整(ゲイン、フォーカス、ダイナミックレンジなど)の知識が最低限必要になってきます。特に、ポータブルエコーでは、全体の明るさを調整するゲインの知識が重要です(図7、図8)。 図7:画像の調整(提供:佐野由美氏) 図8:明るさの調整 ゲイン (提供:佐野由美氏) また、画像の判断で最低限覚えてほしいのはエコーレベルです。エコーレベルには、真っ黒の無エコーから、真っ白の高エコーまであり、そのエコーレベルで画像を判断していきます。戻ってきたエコーの力が大きい(硬いもの)ほど、白で描出され、小さい(柔らかいもの)ほど、黒で描出されます。しかし、空気やガスは例外で、白く見えます。 図9:エコーレベル (提供:佐野由美氏) 膀胱は見えやすい方ですが、尿の貯留具合などで左右され、個人差があります。健診で来られる方々はきれいに見えることが多いですが、高齢者は便秘気味でガスが多く、見えにくくなりがちです。 そのほか、エコーには、アーチファクト(画像ノイズ)という、実際には存在しないのに映し出される虚像がつきものです。理解していないと誤診につながる場合や、画像判断の手がかりにできる場合もあり、知っておく必要があります(図10)。 【多重反射】強い反射面が体表面付近で並行に向き合っている場合、反射面の実像の後方に砂を敷いたような画像に見えることがある。 【サイドローブ】エコーはプローブからまっすぐ垂直の方向に放射されるメインローブによって画像が抽出されますが、斜めの方向に放射されるサイドローブによって実像とは異なる画像が抽出されてしまうことがある。 【音響陰影】エコーを強く反射または吸収する物質の後方は、エコーが減弱あるいは消失した領域となる。これを音響陰影という。 【後方エコー増強】音響陰影とは逆に周囲に比べて白く描出されます。画面上にある嚢胞の後方が輝度が高くみえている。 【鏡面現象】鏡に映りこんでいるものが、鏡の向こう側にもあるのと同様に、エコーでもその現象が起こることを鏡面現象という。エコーを強く反射する平面があると、鏡の役割を果たして起こる。 図10:アーチファクトの一例 (提供:佐野由美氏) ポータブルエコー 技術習得と機器選びがカギ エコーは、臨床検査技師でもまだまだ未熟な領域が多くあり、使う人の技術がカギを握ります。研修やアフターケアで質問を受け付ける教育機関があり、看護師は超音波検査士という資格の対象職種となっています。管理者は、ある程度一人が習熟してから次を育てる、というように長いスパンで教育プランを作成する必要があるでしょう。 また、ポータブルエコーは以前より低価格になったとはいえ、最低でも数十万円以上と、決して安くはありません。でも、安いものはどうしても画質が劣ります。画質が悪いエコーでは分かりにくいため、途中で諦めてしまったり、継続使用ができなくなったりするケースがあります。個人的には、初心者の方は、低価格のものより画像がきれいな機器を選んでほしいと思います。 取材協力佐野由美氏(臨床検査技師)編集:メディバンクス株式会社 【引用・参考】(1)田中宏治. 『ナースのためのポケットエコー実践ガイド』 医歯薬出版株式会社, 2020.(2)『超音波検査技術テキスト』 一般社団法人日本超音波検査学会, 2012.(3)真田弘美・藪中幸一・野村岳志(編集). 『役立つ!使える!看護のエコー』 照林社, 2019.

訪問看護師が使うメリット
訪問看護師が使うメリット
特集
2023年3月22日
2023年3月22日

利用者の負担軽減も。訪問看護師がポータブルエコーを使うメリット&課題

近年、手軽に利用できる低価格のポータブルエコーが、訪問看護の現場でもみられるようになりました。アセスメントツールのひとつとして医師への報告や多職種連携に活用され、ケアの質向上にも期待が高まっています。しかし、ポータブルエコー購入や技術習得にかかる経済的・時間的な負担が大きく、ハードルの高さを感じる方が多いのではないでしょうか? 今回は、看護師がポータブルエコーを使うメリットと課題について、褥瘡・排便ケアにポータブルエコーを活用する東葛クリニック病院の皮膚・排泄ケア特定認定看護師の浦田克美先生にお話を聞きました。 ポータブルエコーの主なメリット3つ ポータブルエコーのメリット(1)ケアの客観的な根拠にできる 看護師がポータブルエコーを使う第一のメリットは、画像をケアの根拠にできる点です。看護師にとってポータブルエコーは、さまざまな場面で役に立ちます(図1)。 図1:「ポータブルエコーが役立つ場面の一例」(提供:浦田克美氏) たとえば、褥瘡ケアの分野では、褥瘡の深さ、発赤、DTI(深部組織損傷)など、皮膚表面からの観察は看護師の経験値や知識レベルに左右されます。しかし、ポータブルエコーの使用によって、皮下脂肪や筋肉組織内に隠れている褥瘡を可視化できます。 排泄ケアの分野でも、通常、直腸まで便が下りてきているかどうか、看護師の経験や肛門診をした際の感覚で想像し、判断することが多くあります。そこでポータブルエコーを使えば、直腸に便が溜まっていることが可視化され、浣腸、摘便といったケアも明確な根拠のもと行うことができます。 ポータブルエコーのメリット(2)客観性のある画像で判断に自信が生まれる 第二に、客観性のあるポータブルエコー画像で、判断に自信が生まれます。五感による観察は、看護師として必要ですが、経験値の格差は少なからずあります。ポータブルエコーは、必要なケア方法を導くための補完的なツールとなる可能性を秘めています。一歩立ち止まって、果たしてこれでよいのかと考える時、ポータブルエコーの画像は大きな判断材料になるでしょう。 訪問看護の現場では、膀胱留置カテーテルからの尿流出がなくなった時、カテーテル交換で済むレベルなのか、急な受診を要するレベルなのか、判断を迫られる場面があると思います。カテーテルの閉塞・屈曲などのトラブルなのか、尿閉・乏尿などの問題なのかを一人で見極めなければなりません。 しかし、ポータブルエコーがあれば、より根拠を持って、直ちに見分けられます。画像でカテーテルは膀胱内にあるけれども、膀胱内に尿がたまっていないのを確認すれば、尿閉・乏尿で腎機能低下の可能性があるため、受診をすすめる根拠として画像提供できます。利用者さんやご家族にとって、急な受診は大きな負担となるため、救急車を呼ぶのか、明日の外来まで待てるか、それは大きな違いではないでしょうか。画像を撮影しておけば、医師が不在でも後で所見を聞き、利用者さん宅を出た後でも対応できます。 ポータブルエコーのメリット(3)多職種や利用者さんと現状を共有できる 第三のメリットは、医師や多職種、利用者さん、ご家族との情報共有による関係性の向上です。ポータブルエコー導入前から同僚や多職種との情報共有のメリットは予想していましたが、これは予想外のメリットでした。利用者さんやご家族など、医療の専門性に関わらず画像提示し、褥瘡の深さや便、尿の貯留部位を見せると納得が得られやすく、ケアに説得力が生まれます。 当院での事例ですが、「毎日便が出ないと気持ち悪い」と下剤に固執していたある患者さんは、食事摂取量が少なく、活動性も低いため、毎日便が出る状態ではありませんでした。そこで、ポータブルエコーを使い、その画像を患者さんと見ながら「便は今、ここにありますよ」と画像を共有しました。便は白くモコモコした雲のように画像化されるのでわかりやすく、患者さんも画像を見ることで「排便は今日じゃないな」というのを理解できるのです。 一方、排便がしばらくみられないことを心配した看護師が、患者さんの訴えがなくても浣腸や摘便を実施することがあります。 しかし、実際には直腸には便が溜まっていなかったり、摘便を実施したけど便が下りていない状態であったり、結果的に浣腸は不必要な排便ケアだった、というケースも多くあります。ポータブルエコーを用いることで、便が下りていないことが分かれば、患者さんは不必要な排便ケアを免れ、苦痛を回避することができます。また、直腸に便があれば浣腸や摘便、無ければ下剤と便秘の状態に合わせてケア方法を選択できます。例えば、「直腸に便が溜まってないから今日は浣腸しません」と伝えることができるので、訪問看護師にとっても業務の効率化に繋がるのではないでしょうか。 ポータブルエコーは、患者さんとの情報共有や信頼関係形成といった面でも、とても有益だと感じます。患者さん自身が排便の時期を予測できると、ポータブルエコーが患者さんのセルフケアに貢献できる部分もあります。 訪問看護師のポータブルエコー活用の課題 ポータブルエコー活用の課題(1)機材が身近にない 訪問看護師がポータブルエコーを使うケースも出てきましたが、大きな壁が2つあります。1つ目はポータブルエコーの機材そのものがないことです。最近、ポータブルエコーは手頃な価格のものも増えましたが、まだまだ浸透していません。やはり、血圧計やサチュレーションモニターのように、ポータブルエコーがもっと身近に判断できるツールとなればと思います。 ポータブルエコー活用の課題(2)技術習得までのサポートを得にくい 2つ目は、ポータブルエコーを学ぶ看護師の環境が十分に得られにくいことです。看護師にとって、基礎教育でまったく学ばなかったポータブルエコーの走査や画像の読み方を、一人で学ぶことは難しいと思います。質問したらすぐ答えてくれる指導者がいるといった、学びの環境を整えることが重要でしょう。 私たちの医療チームでは、褥瘡回診からポータブルエコーの使用を始めました。検査部がポータブルエコーを持って参加し、チームメンバーと一緒に画像を読影しています。その中で、プローブ走査のコツや持ち方、見やすく説得力のある画像の描出方法を教えてもらいます。気長に分かりやすく教えてくれる指導者がそばにいることが大きなカギになります。 ポータブルエコー活用で質の高いケアを提供する 訪問看護でポータブルエコーの活用をしていくためには、管理者が根拠を持ち、質の高いケアを行っていこうという風土を作ることも重要です。確かにポータブルエコーを活用しなくても質の高い看護は提供できます。多くの看護師は、使った事もないポータブルエコーをゼロから学ぶ時間も余力も無いと感じているでしょう。 しかし、褥瘡写真はどうでしょう。カメラの購入やカルテに貼り付ける手間があっても、以前に比べかなり一般化しました。 それは、ケア方法の統一や医師や家族と情報共有するメリットの方が大きく、診療報酬がつかなくても費用対効果が高いと感じているからです。 デジタル時代となり、医師と褥瘡の写真をやりとりするなどの情報共有が一般的になりつつあります。褥瘡を画像化する事で、ケアの統一や教育、家族指導にも活用できるようになりました。これからは、皮膚表面から見えない領域を、ポータブルエコーで見ることもできます。五感を使ったプロの技と客観的な画像を掛け合わせれば看護の質はもっと発展していくはずです。 また、ポータブルエコーの採用を検討している管理者の方には、ポータブルエコーでおこなったアセスメントとケアに対して、適宜フィードバックしてあげてください。上司からのフィードバックがあるだけで、ポータブルエコーを使ったアセスメントに自信を持ち、ケアする喜びにつながるはずです。 取材協力浦田克美氏(皮膚・排泄ケア特定認定看護師)編集:メディバンクス株式会社

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