アセスメントに関する記事

特集
2022年4月5日
2022年4月5日

在宅復帰後の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、自宅への退院後、胃瘻栄養を離脱し、常食摂取が可能になった事例を紹介します。 経管栄養の離脱を目指す 患者さんが病院を退院して自宅や施設に戻られる際、経管栄養管理下での退院となる場合があります。 退院後すぐには経口摂取が困難で、胃瘻栄養を選択した場合でも、諦めず、無理のない範囲でのリハビリテーションが必要と考えます。 義歯の方の場合は、義歯装着と、発声練習や舌のストレッチなどのリハビリを日々継続すると、どこにどのような障害があるのか問題が整理されてくることもあります。 胃瘻から早く元の食生活に戻りたい 事例 Eさん、76歳男性。要介護5、左脳梗塞後に誤嚥性肺炎、胃瘻造設、前立腺肥大と心筋梗塞の既往あり。 Eさんは脳梗塞のため入院。退院し自宅へ戻った時点では胃瘻管理でした。自宅は、数人の従業員を抱える自営業の、店舗兼住宅です。4年前に心筋梗塞の既往があり、尿道カテーテルも留置しています。 妻は訪問看護師から指導を受け、胃瘻と尿道カテーテルのケアを手際良く行っています。しかし退院後、家族と従業員とが一緒に囲んでいた賑やかな食卓風景はなくなりました。食べられないEさんに食べているところを見せたくないと、お孫さんたちは隠れるように食事をしたからです。 この時点で、Eさんとご家族の「早く元の食生活に戻りたい」というゴールは、はっきりしていました。 いつの間にかバナナを完食! Eさんは入院中、義歯を装着していなかったということです。初回の嚥下評価で、言葉の巧緻性をみるオーラルディアドコキネシス(ODK)注1は、1秒間に「パ」が1回弱でした。しかも、「パ」が「ファ」に聞こえ、発声するたびに義歯が外れました。 そこで、基本的な機能的口腔ケアを指導すると、2週間後には笑顔で「お腹が空いた」との発語もあり、義歯装着もしっかりしてきました。 ところが、翌週に事件が起きました。 寝たきりのはずのEさんは、いつの間にかベッドから起き上がり、仏壇のお供えのバナナを1本完食していたのです。本人が白状されたそうで、家族も、連絡をもらった私も、何事もなくてよかったと胸をなでおろしました。義歯装着効果か、室内を歩く程度の距離を自立歩行できていたのにも驚きです。 VFでは経口摂取はまだ無理 今回は幸運にも無事でしたが、2回目もそうとはかぎりません。歯科医の判断で、Eさんは歯学部付属病院の専門外来で放射線嚥下造影検査(VF)注2を受けることになりました。 VFの結果、Eさんの嚥下には、少量の誤嚥と、喉頭蓋谷(こうとうがいこく)に多量の残留が認められました(図)。準備期-咽頭期のリハビリ対応が必要な状態です。とろみ使用の水分摂取は許可されたものの、経口摂取はまだ無理な状況でした。 図 喉頭蓋谷に多量の残留が認められる 1か月半後の再評価 VF後は、従来の口腔ケアに加え、嚥下障害の専門医の指導で、腹筋を鍛える足上げ運動や頭部挙上訓練が加わりました。痰の吐き出しや窒息時に備えるためです。歯科衛生士と訪問看護師が、Eさんにリハビリを行うことになりました。 1か月半後、VF再評価を行いました。 再VFでは、試料が喉頭蓋谷に残留することなく食道へと運ばれていき、嚥下機能が改善。専門医からも直接訓練(食物を使う訓練)の許可が出ました。 Eさんは、段階的摂食訓練を開始し、介入から約5か月で、ほぼ入院前の食生活に戻ることができました。 専門医の診断で納得を得る この事例のポイントは、「さあこれからお口の訓練を頑張りましょう!」から、バナナ事件で「おじいちゃんお口から食べられるよ」という方向に一気に傾いてしまいました。たまたま無事でしたが、誤嚥性肺炎の既往がある方なので、経口移行するならそれなりの嚥下評価と裏付けが必要です。ここからの立て直しが必要な事例でした。 バナナを食べている時の目撃者はいませんが、喉に詰まりそうな怖い状況を想像します。今回は早急に専門医の診断を求め、Eさんの訓練続行に、本人、家族、かかりつけ医を含めたチーム全員の、納得を得ることができました。 このことが、要介護5から3へと要介護度改善にもつながりました。 Eさんの食支援介入前後の評価  初診(退院後1か月半)介入後(退院後約5か月)食形態経管経口(常食)ODK(発語)パ1.2回/秒、不明瞭 パ5.4回/秒、会話が可能VF誤嚥あり、喉頭蓋谷残留あり誤嚥なし、喉頭蓋谷残留なし摂食状況レベル  レベル1(嚥下訓練なし)レベル9(三食経口摂取)介護度要介護5要介護3 間接訓練から直接訓練へ移行するポイント 間接訓練から直接訓練に移行する場合は、まず、嚥下評価で直接訓練が可能となることが前提です。そして、嚥下評価に加えて、以下の項目にも注意したいものです。 ・呼吸(SpO2 96%以上)や血圧の医学的安定・食欲がある・咳や痰の喀出、発声ができる・姿勢調整ができる ほか これらは、すべてが揃わなければならないわけではありませんが、なかでも「食欲」は重要です。長期間の経管栄養管理が継続されていると、嚥下評価上では経口摂取が可能でも、食欲を押し殺している人もいます。心理的なサポートが必要となります。 ー第5回へ続く 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする。 注2 嚥下造影検査(VF)造影剤を含む試料を使用する放射線下の精密検査で、歯科大学病院や耳鼻科で対応可能。地域の歯科医師会の在宅歯科医療地域連携室、嚥下障害の窓口などに相談するとよいです。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年4月5日
2022年4月5日

妄想・幻覚を訴える場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第6回は、妄想・幻覚を訴える患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。4年前に認知症を発症し、症状が進行している。日ごろから「医師と嫁がグルになって私を毒殺する」「死んだ息子が帰ってくる」などと妄想・幻覚を訴えている。嫁に世話されることを拒否し、日々心安らぐことなく過ごしている。 なぜ患者さんに、幻覚や妄想が起こっているのか? 高齢になると、物や人など、大事な、よりどころの喪失体験が増えます。そして、「喪失するのではないか」という不安も増大します。認知症に伴い判断力が低下し、現実検討能力注1もなくなります。このようなことが重なって、妄想が生じます。 自分を援助してくれる家族を含めた周囲との人間関係や、今後の生活への不安などを背景に出現するため、身近な家族や近所の人などが妄想の対象になることがあります。 妄想が出現しやすい要因は、疑い深い性格的特徴や、不適切な人間関係や環境(援助する人が、患者さんを尊重しておらず無視するなど)があります。 この患者さんが訴える「息子が帰ってくる」などのように、本人の強い願望がそのまま妄想となることもあります。このような場合は、寂しさや不安なども背景にあると考えられます。 BPSDの分類 認知症の進行に伴って出現する、周囲が対応困難な言動をBPSDといいます。認知症の中核症状(記憶障害、認知機能低下など)による生活のしづらさに、その他の要因(疾患や身体状態の悪化、本人の性格特徴、環境の変化、人間関係など)が複合的に関連して出現する症状を指します。 下の表は、国際老年精神医学会が、対処の困難さの観点から分類したBPSDです。 BPSDのなかでも、心理症状である幻覚・妄想は、厄介で対処が難しい症状に分類されています。また不穏や攻撃性の背景に妄想があることもあります。 患者さんをどう理解する? 「嫁が医者とグルになって私を殺そうとしている」ことが現実であれば、こんなに怖いことはありません。自分の身近で生活している嫁と信頼しているはずの医師が、一緒になって自分を殺そうとしているのですから、一刻も早く逃げ去りたいと思うのは当然です。「いつ嫁に殺されるかわからない」という妄想があれば、嫁の援助を断るというのも理解できるでしょう。このような状況下では次のような対応が必要です。 妄想を否定しない 妄想とは「現実にはない事柄を一定期間、他者の説得によっても揺るがない仕方で強く確信する誤った判断ないし観念」2)のことです。現実にありえないことであっても、事実と思い込み、修正不能な思考ですので、他人に否定されても考えが変わることはありません。患者さんにとっては妄想イコール現実であると看護師はすべてを受け入れ、その妄想が起こる心理や、妄想による感情に視点を当てることが必要です。 身体的なアセスメントをする 睡眠や食事がうまくとれていない状態や、身体的な不調は、BPSDを悪化させます。気分が不安定な場合に、身体的なアセスメントと援助も必要です。 孤独感や不安感に寄り添う 「息子が帰ってくる」と話していることから、孤独感や不安感が背景にあると考えられます。患者さんの家族関係などの背景を知ることが援助につながります。そして患者さんに安心感を与えられる援助が必要です。ゆっくりと話を聴き、体に触れ、そばにいる時間を増やします。 また、お嫁さん以外の信頼できる家族の来訪をすすめることも必要です。 妄想の裏にある患者さんの欲求を知るために、日ごろからよく声を掛け、関係性を築いておくことが大切です。 妄想・幻覚への対応 患者さんが妄想を訴えはじめたら、まず、妄想の内容ではなく、妄想によって起こる気持ちや感情を全面的に受け止めることです。患者さんの気持ちに共感し、「今とてもつらい状況なのですね」「怖くて、いてもたってもいられない気持ちなのですね」と受け入れて聞くことです。 その後、患者さんが落ち着いたら現実的な行動をとれるように誘導します。たとえば「窓の外を一緒に眺めてみませんか」「喉が渇きましたね。一緒にお茶をいれに行きましょう」など、場所や行動を変えることで気分(感情)が切り替えられるようにしていきます。 こんな対応はDo not! × 患者さんが訴える妄想を否定する× 「それは妄想だから」と言って、患者さんの訴えを取り合わない× 身体的なアセスメントを怠る 注1 現実検討能力客観的に自分の考えをとらえ、その分析ができる能力。自分の考えと自分を取り囲む現実とを照合する力。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)国際老年精神医学会.『臨床的な問題』『痴呆の行動と心理症状』日本老年精神医学会監訳.東京,アルタ出版,2005,27-49.2)橋本衛.『認知症の妄想』老年期認知症研究会誌.19(1),2012,1-3.

特集
2022年3月29日
2022年3月29日

「朝、起きたら左足だけが腫れていた」場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第7回は、朝起きたら片足だけが腫れていた患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 83歳女性。「朝起きたら左足だけが腫れていて、もったりとして気になる。昨日は何ともなかったのに……」と言っています。   あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 足が腫れているという訴えであるため、まずは、足の皮膚や皮下組織、筋肉や骨に炎症が生じ、腫脹が起こっていることが考えられます。 また、リンパや静脈系の循環障害による浮腫の疑いがあります。 リンパ浮腫とは、リンパ管の狭窄や閉塞のためにリンパ液が滲み出して浮腫となったものです。手術侵襲や、がんの浸潤により起こることが多いです。 静脈系の循環障害による浮腫は、静脈の閉塞や狭窄により静脈圧が上昇することで血漿成分が滲み出して起こります。深部静脈血栓症の場合、脳梗塞や肺梗塞など生命にかかわる疾患を引き起こす場合があり、発見したら速やかに医療につなげる必要があります。 ここに注目! ● 足が腫れているという訴えは、浮腫によるものか、局所の炎症による腫脹か?● 局所性の浮腫が考えられる場合、静脈系の循環障害か、リンパの還流障害か? まずは、炎症による可能性を念頭に置いてアセスメントします。そのうえで浮腫による可能性が高いと考えられる場合は、浮腫が静脈性なのかリンパ性なのかをアセスメントします。 局所炎症のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・炎症の症状(痛み、しびれ、熱感、腫脹)・原因・誘因となったこと(転倒や転落、打撲、外傷、虫刺され、など)・ADLへの影響 局所炎症のアセスメント②客観的情報の収集 体温測定 炎症が起きている場合、免疫反応として、発熱が起こる可能性があります。高体温になっていないかどうかを確認します。 浮腫の確認 浮腫の部位と程度を確認します。 外傷などによって起こる局所の炎症による浮腫は、脚全体ではなく障害のある部位にみられますので、左右差を比べながら確認します。 痛みに注意しながら触れ、圧痕がみられるかどうかを確認し、レベルを判定します。圧迫時間は5~20秒、指が沈み終わったら離し、その深さで判定します。 炎症徴候の確認 皮膚の傷や、骨折を思わせる症状がないかを確認します。骨折がある場合は、関節が不自然に曲がっていたり、発赤や強い腫脹がみられ、圧痛と熱感があります。 炎症の徴候を確認するために、発赤と熱感を確認します。熱感については、熱に敏感な手背を使って確認します。人の皮膚温はさまざまなので、症状を訴えている側だけでなく、左右同時に触れてその差を確認します。 関節可動域 関節を動かせるかどうかを確認します。炎症がある場合は、動かすことで痛みが生じる可能性が高いので、確認しながら行います。どの程度の可動域制限があるかを、左右比較して観察します。 静脈系・リンパ系の循環障害のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・静脈系末梢循環障害の症状(張るような痛み、重苦しさ、浮腫の日内変動、動かしにくさ、など)・リンパ系循環障害の原因・誘因(がんや手術の既往、など)・静脈系末梢循環障害の原因・誘因(急な臥床安静、歩行制限、下肢運動量の減少、下肢の圧迫、など)・ADLへの影響 静脈系・リンパ系の循環障害のアセスメント②客観的情報の収集 浮腫の確認 浮腫の部位と程度を確認します。 循環障害による浮腫は、血管の閉塞・狭窄の位置より下部に生じますが、皮下組織への水分の貯留が進むと足全体に生じることも多いです。 圧痕がみられるかどうかを確認し、レベルを判定します。圧痕がみられない腫脹の場合は、周囲径を計測することで、客観的な観察ができます。周囲径を計測する際は、体位および測定部位の関節からの距離を記録しておきましょう。 末梢循環の確認 静脈系の末梢循環障害では、皮膚色の変化はみられないことが多く、静脈瘤や慢性の炎症がある場合は赤茶色の変色がみられることがあります。動脈系の障害ではないので、皮膚温は保たれ、足背動脈などの末梢の脈も触知できます。 皮膚の視診・触診 リンパ浮腫では蜂窩織炎となっている場合もあります。蜂窩織炎では広範囲に発赤があり、腫脹し、熱感や痛みがあります。放置すると組織の壊死をきたしますので、速やかな治療が必要です。 報告のポイント ・浮腫の部位と程度、左右差がみられること、全身性の浮腫ではないこと・外傷や骨折などの筋骨格系の障害によるものか、その判断理由・静脈・リンパ系の循環障害によるものか、その判断理由 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

【短期記憶障害】認知症患者が同じ話を繰り返す原因&対応を解説

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第5回は、同じ話を繰り返し、説明したことを守ってくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。つじつまの合わない言動がみられ、同じ話を何度も繰り返している。レビー小体型認知症があり、下肢の筋力低下もあり、歩行時にふらつきがみられる。 本人はもともと自立心高く活動的である。転倒リスクのため、移動したいときは一人で動かず、介助者を呼ぶように伝えているが、決して人を呼ばない。これまでも転倒を繰り返し、出血斑が多数ある。 なぜ患者さんは、同じ話を何度も繰り返すのか? 認知症の症状の一つに、記憶障害があります。 記憶は、▷覚える(記銘) ▷保存する(保持) ▷必要なときに思い出す(再生) ── の、三段階から成り立っています。そして記憶障害には、短期記憶障害と長期記憶障害の二種類があります。 短期記憶障害 数分前に起こったことなど、新しい事柄を覚えることができない長期記憶障害昔からしてきたこと・知っていたことを忘れる ・エピソード記憶・意味記憶・手続き記憶 認知症では、数分前に起こったことを思い出せない短期記憶障害と、自分が体験したことなどを忘れてしまうエピソード記憶障害がみられることがあります。 また、多くの情報を一度に処理できません。自分の言いたいことや頭に浮かんだことを繰り返して話をしていると思われます。 なぜ患者さんは説明を無視して一人で動くのか? 短期記憶障害のため、そもそものコミュニケーションがとりにくい状態です。「どこかに行かれる際は、手伝うので、人を呼んでくださいね」と説明していても、そのこと自体を忘れてしまっている状況だと考えましょう。また、患者さんはもともと自立心が高く、活動的な人です。「一人で動ける」と思っています。 繰り返す言動への対応 患者さんの行動の理由 患者さんは、記憶障害のために、聞いたことや言ったことを忘れてしまい、同じ話を繰り返していると考えられます。そして、繰り返し聞いてくる内容は、患者さんが気になっている・困っている・不安に思っていることなどの場合もあります。さらに、一度に多くの情報が処理できないので、自分の言いたいことだけに注意が向いてしまう場合があります。 対応の一つとして、訴えている理由や気持ちをしっかり聞いて、安心できるようにすることや、原因を推測しながら対応を重ねていくことも大切です。 同じことをあまりにも繰り返す場合は、「テレビを見ますか?」などと声を掛けて、別の物や場所へ興味・関心が向くように接してみるのもよいかもしれません。 患者さんを不安にさせない対応 患者さんと話がかみ合わず、看護師もイライラやストレスを感じることがあるかと思います。また、つい感情的になって強い口調で対応してしまったり、いい加減な対応をしてしまうかもしれません。 しかし、そんな対応をとられると、患者さんはプライドを傷つけられ、不安に感じます。看護師には、「患者さんは初めて話しているんだ」と思って対応する態度が求められます。 転倒の危険性 加齢の変化とともに、転倒や転落といった事故に遭遇するリスクは高くなりますが、認知症を患うことで危険の察知や予測、的確な判断を下す能力の低下などにより、そのリスクはさらに高くなります。 レビー小体型認知症の症状 レビー小体型認知症は、認知機能障害だけでなく、パーキンソン病のような運動機能障害があるのが特徴的で、幻視もみられます。初期には記憶量が軽度であることが多いですが、日によって認知機能も変化します。 レビー小体型認知症では、パーキンソン症状による運動機能の低下、認知機能障害、注意障害が原因となって転倒を繰り返すことがあります。さらに、自律神経障害をきたすことがあり、起立性低血圧からも転倒を起こす危険性があります。 患者さんの行動パターンから予測する 生活パターンの把握や排泄行動を観察することで、患者さんの行動を予測しながら支援することも大切です。患者さんがそわそわしたり、物音がしたり、何らかの身体的サインがみられる場合は、「何か用事はありませんか?」「そろそろ、トイレに一緒に行ってみませんか?」と、排泄パターンに合わせて声を掛けてみるのも効果的です。 一人で行動する背景には何らかの理由があると考え、その理由を、行動や発言から把握することです。 こんな対応はDo not! × 何度も聞いた話なので無視したり、いい加減な返事をする× 「この前も説明しましたよ」と指摘し、責める× 「なぜ一人で歩いたんですか!」「危ないでしょ」と叱る 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)飯干紀代子.『今日から実践認知症の人々とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2011,142p.6)鈴木みずえ編.『急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア』東京,日本看護協会出版会,2013,232p.7)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.9)本間昭監.『認知症のある患者さんのアセスメントとケア』ナツメ社.2018,142-3.

特集
2022年3月15日
2022年3月15日

かぶれ?褥瘡?臀部が広範囲に赤くなっている場合のアセスメント

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第6回は、3日間下痢便が続き、臀部が広範囲に赤くなっている患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 98歳女性。 おむつで排泄しています。ここ3日間下痢便が続き、まったくベッドから出ない生活になってしまいました。臀部が広範囲に赤くなっているようです。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 臀部の発赤がみられる事例です。 皮膚のびらんの原因は、下痢便であることは確かだと思われます。発赤が紅斑化していれば、末梢血管がすでに損傷を受けていると判断されます。 ベッドから出ない生活、皮膚の浸軟、下痢による栄養状態の悪化・脱水から、褥瘡を生じている可能性も高いです。 どちらも、早期に適切な皮膚ケアを行うことで悪化を防ぐ必要があります。 ここに注目! ●下痢便による、びらんの可能性がある。●皮膚のびらんだけでなく、褥瘡を生じている可能性がある。 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・皮膚トラブルについて(時期、範囲、経過、疼痛・瘙痒感などの随伴症状)・下痢の原因・頻度と経過・おむつ交換の回数と、陰部・臀部の皮膚の清潔ケアの方法と頻度 客観的情報の収集 かぶれ かぶれとは、化学的刺激への接触により皮膚炎を生じた状態です。紅斑や丘疹から始まり、びらんとなります。 便によるかぶれであれば、肛門部を中心に、下痢で汚染される範囲にみられます。真菌感染等を併発することもあるため、難治性の場合は速やかに報告する必要があります。 皮膚の清潔度 肛門部・臀部・陰部の清潔度合いを観察してください。きれいにできておらず便が残っていると、便による化学的刺激が除去されていないため、皮膚症状は改善しません。 また、きれいにしようとこすることによって、その摩擦により皮膚トラブルが悪化することもよくあります。清潔度とともに、どのようなケアを家庭で行っているかを確認するとよいでしょう。 褥瘡  褥瘡の好発部である、体圧が集中する仙骨部の皮膚を観察します。周囲のかぶれとの違いを観察し、赤みが強い場合は、紅斑化している可能性が高いので、一時的な発赤なのか、紅斑化した初期の褥瘡かを、判別することが重要です。 紅斑化した初期の褥瘡では、出血や滲出液がみられないため、視診した際には単に「赤くなっている」という印象しかありません。褥瘡好発部位に発赤を発見した場合は、それが紅斑化していないかを必ず確認してください。 紅斑化している場合は、押しても白くならず赤いまま、または、赤みが戻るスピードが速くなります1)。これは、毛細血管に障害があって血流が妨げられているサインです。Ⅰ度の褥瘡になっていると考えられる状態です。これを見逃さず、早めの対処をしましょう。早期発見は早期治癒への近道です。 さらに、水疱があり、滲出液が出ている場合はⅡ度と判定されます。早めに褥瘡・皮膚ケアの専門家に状況を伝えて、相談してください。 報告のポイント ・皮膚トラブルの部位、範囲、湿疹の種類、分布の特徴、随伴症状・褥瘡の有無とリスク・下痢の原因と経過 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)日本褥瘡学会学術教育委員会ガイドライン改訂委員会.褥瘡予防・管理ガイドライン.第3版.http://www.jspu.org/jpn/info/pdf/guideline3.pdf

特集
2022年3月8日
2022年3月8日

在宅復帰後の摂食嚥下リハビリテーション①

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、摂食嚥下リハビリにより食形態が向上し、介護負担の軽減につながった事例を紹介します。 摂食嚥下のメカニズム 食物を口に入れ飲み込むまでの一連の機能を、摂食嚥下機能と呼びます。摂食嚥下のメカニズムは、五つの段階に分けて考えます。 5期モデル1) 1.先行期   口に入れる前、色や形、においなどから、食物を認識し、どのように食べるか判断する2.準備期味覚や舌触りなどの情報を得るとともに、食物を咀嚼して唾液と混ぜ合わせ、飲み込みやすい食塊を作る3.口腔期舌の動きなどによって、食塊を口腔内から咽頭に運ぶ4.咽頭期食塊が咽頭付近に到達すると、嚥下反射が起こる(軟口蓋が閉じ、喉頭蓋が反転し気管の入り口を塞ぐ)。このとき、0.3秒ほど呼吸が停止する5.食道期食塊が、食道の蠕動運動によって胃に運ばれる この考えかたが、嚥下障害を改善に導くリハビリテーションへの指標となります。 神経疾患や筋疾患、認知症といった重篤な全身疾患や心理的な問題は、上記の5期それぞれにも影響を与えます。ADL低下にとどまらず、誤嚥や窒息など、生命の危機にもつながります。 重篤になるほど、本人の苦痛だけでなく、家族や介護者に大きな負担ともなります。 摂食嚥下機能のリハビリテーションは、間接訓練(食物を使わない訓練)だけでは進みません。食べられるようになるためには、5期のどこに・どのような障害が・どの程度あるのかを適切にアセスメントし、その後、直接訓練(食物を使う食べる訓練)が必要となります。 口腔ケアと摂食嚥下リハビリにより介護負担の軽減へ 今回は、2回の脳出血後、摂食嚥下リハビリにより食形態が向上し、介護負担の軽減につながった事例を紹介します。 事例 Dさん、45歳男性、要介護5。左側に麻痺、脳出血後高次脳機能障害ほか既往あり。2回目の脳出血での入院時に、一時経鼻胃管栄養管理となったが、カテーテルを自己抜去。OT・STによる懸命なリハビリ後、経口摂取が可能となり退院した。しかし退院後もDさんは寝たきりで、毎回の食事介助に1時間以上かかる。妻は、嚥下食の準備や、子ども2人を育てる生活と不安から疲弊し、「せめて家族の食形態に近い食事ができるようになってほしい」と強い希望を持ち、歯科に依頼した。 Dさんには誤嚥性肺炎の既往もあり、歯科大学附属病院の摂食嚥下専門外来と連携して対応することにしました。 嚥下機能評価をもとに訓練計画を立てる 専門医により嚥下内視鏡検査(VE)注1評価を実施し、咽頭期の問題は比較的軽度であり、準備期・口腔期に訓練が必要とわかりました。 ▷段階的摂食訓練で段階的に食形態を上げていく ▷口唇・舌のストレッチや舌口外法で主に舌の後方の力をつける ▷舌口内法で舌全体の力をつける ── などを短期目標としました。 そして、麻痺のある左側に残渣が確認されていました。妻には、日々の口腔ケアに、とろみ茶との交互嚥下を行うことをお願いしました。交互嚥下とは、形態が異なる食材を交互に食べることです。そうすることで、口の中や咽頭の残留を防ぐことができます。 歯科専門職の居宅療養管理指導は2~4回/月が上限です。そのため、Dさんの口腔衛生面の対応について、他職種にも積極的に情報共有しました。情報を共有することで、歯科専門職が訪問しないときでも、他職種が口腔や摂食嚥下の状況を観察し、サポートしてくれます。質の高い口腔ケアの提供が可能になり、私の背中を押してくれました。 Dさんのリハビリ経緯 直接訓練は、急がずあわてず、呼吸や医学的安定が大前提です。VE評価後、約4か月をかけ、ペースト食から軟飯へと進みました。 そのころ、Dさんは鰻が好物だと聞き、フワフワのオムレツの中に、よく刻んだ鰻を仕込み、持参しました。「よく噛んでくださいね、中からお好きなものが出てきますよ」と声掛けしたところ、鰻入りオムレツ約100gを、5分で完食されました。 麻痺のある左側に確認されていた残渣は、毎日のケアで一掃されました。咀嚼も向上しました。 ゴールは、「家族の食形態に近い食事」でした。ご飯の炊飯時、水を多くして軟飯とします。おかずは、刻んだりほぐしたりで細かくした後、片栗粉などでまとめます。約半年で、希望に近い地点に辿り着くことができました。 結果  介入前介入後(約半年後)食形態学会分類 2-1.2-2UDF 容易に噛める食事時間1時間30~40分MWST注244兵藤スコア1-1-1-1―BMI17.518.5 おわりに 病院を退院し在宅療養に入ると、摂食嚥下機能の再評価もないまま、病院での食形態をそのまま継続している患者も多いと聞きます。本事例では、早期から専門医との連携により嚥下評価を受けることができました。そして、妻や他職種との協力により、食形態の向上と食事時間の短縮がかない、介護負担の軽減を得ることができました。 次回は、在宅復帰後、胃瘻栄養を離脱し、常食摂取が可能になった事例を紹介します。 注1 嚥下内視鏡検査(VE):兵頭スコア(鼻腔~喉頭の内視鏡像を、主に4つの視点から評価する)で評価する。合計点7点を超えると経口摂取が困難となるが、今回の症例は事前の評価が比較的軽度だったので、事後の評価は省略となった。 注2 MWST(改訂水飲みテスト):嚥下スクリーニング法として一般的に使用されている評価法。冷水3mLを嚥下し、嚥下前後の呼吸やむせの有無、頸部聴診音などで評価する。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)山田あつみ.『介護現場で今日から始める口腔ケア』大阪,メディカ出版,2014,60-1.

特集
2022年3月8日
2022年3月8日

言葉が理解できない場合【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第4回は、痛みを訴えない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代男性。がんの多臓器転移で、緩和治療に移行。家族の「家で過ごさせたい」との意向から、自宅に戻り、訪問診療・訪問看護を開始した。以前から認知症もある。訪問時、家族に様子をうかがうと、昼夜問わず落ち着かない様子があり、ベッド上をぐるぐる回ったり、服を脱ぎだしたりするという。ときおり腹部をさする様子はあるが、看護師が痛みやそのほかの症状を聞いても返答がない。 なぜ患者さんは問いかけに答えないのか? この患者さんは認知症が進行して、失語がみられています。 認知症が進行すると、言葉を見つけることや、理解することが難しくなります。そのため自分の言いたいことを相手に伝えることができず、また、相手が話している内容が理解できなくなります。この患者さんも、問われている内容が理解できず、痛みを感じていても「痛い」という言葉が見つけられず、表現できないでいる可能性が考えられます。 また、認知症が進行すると、注意を集中することが難しくなります。そのため、自分に向けて問い掛けられていることに、気づいていないのかもしれません。 認知症の初期では、同じことを何度も言う、つじつまの合わない会話をするなどから、周囲から冷たい対応をされがちです。そのため認知症患者はとても傷つき、人とかかわる意欲が削がれてしまうことがあるのです。人とコミュニケーションをとらないと言語機能はいっそう速く低下しますし、顎関節の拘縮や声帯の萎縮、肺活量の低下を引き起こし、ますます発語が困難になります。 さらにこの患者さんの場合、がんの進行や転移により、疼痛や倦怠感、悪心などで、体力や意欲を消耗していると考えられます。このような身体的苦痛により、発語に対する意欲も低下し、問い掛けに答えない状態と考えられます。 失語への対応 話し掛けるときの環境を整える この患者さんは、認知症のため集中力が低下しています。また、加齢により、視力や聴力も低下している可能性があります。 そこで、言葉が聞き取りやすいよう、周囲の雑音、動くものなど、患者さんの集中力の妨げになるものを取りのぞき、より静かで落ち着いた環境を提供する必要があります。 当然のことですが、看護師は患者さんが話し掛けやすい態度で接することが重要です。 自己紹介をする 認知症が進行すると、人物の見当識障害が出現します。また記憶障害のために、病気や治療、訪問看護のことを、覚えていることができません。そのため、自分に話し掛けている人が看護師であることを理解することが難しくなります。 まず、自分(看護師)が誰であるのか、名札を示しながら自己紹介し、「苦痛を伝えてもよい人」と認識してもらう必要があります。 ゆっくり落ち着いて、短くはっきり伝える。なるべく簡単に「はい」「いいえ」で答えられるような質問をする 認知症が進行すると、言語の理解力も低下します。そのため、なるべくわかりやすい言葉で伝える必要があります。患者さんがふだん使用している言葉や、方言などで話しかけることが有効な場合もあります。 また、失語による喚語困難から自分の伝えたい言葉が出てこない場合があるので、痛みなどの重要な質問では「はい」「いいえ」で答えられるように問うとよいでしょう。 表情・しぐさ・動作などの非言語的コミュニケーションで伝える 知覚は、認知症が進行しても最後まで残る能力だといわれます。そのため、話し掛ける際には肩に手を置くなど、患者さんの注目を得られるような動作が有効です。 顔の表情や声の調子など、メリハリをつけて話し掛けることで反応がみられる場合もあります。 また、痛みについて聞く際も、腹部をさすり、顔をしかめる動作が通じることもあります。看護師が行ったジェスチャーを、認知症の患者さんが真似した場合、痛みのサインの可能性が考えられます。 痛みのサインを見きわめ、共有する これらのコミュニケーションをとっても、発語が望めないことも考えられます。その際は、患者さんの表情や行動から、痛みのサインを見きわめなければなりません。 顔をしかめる、痛みが出現する部位をさするなどは、一般的な痛みのサインです。脱衣や落ち着かない様子は、痛みが強く身の置き所がないため生じている可能性があります。 他にも、痛みの行動や反応として、閉眼している、口をかたく結ぶ、うめく、体を丸めて臥床する、介助への抵抗をするなどがみられます。 これら痛みのサインを、多職種チームとご家族とで共通認識することが重要です。 こんな対応をしてみよう! この患者さんの場合、落ち着かず、ベッドから起き上がって服を脱いだり、ベッド上をぐるぐる回ったりする行動がみられています。ご家族と相談し、こんな行動を見かけたら、医師の指示のもとレスキューを使用してみましょう。しばらく行動がおさまるようであればレスキューの効果があったと考えてよいと思います。 どんな状態のときにレスキューを使用し、どんな反応がみられたか、ご家族の協力も得てしばらく重点的に観察してもらい、その情報から、痛みのサインやレスキューの効果について把握できると思います。そこから得た情報を家族指導に生かせると、療養生活がスムーズに送れるでしょう。 こんな対応はDo not! × 「痛いなら痛いってちゃんと言ってください」と患者さんを叱責する× 「何も訴えがないなら、痛みや苦痛はない」と考えて放置する× ベッド上で動くと転倒・転落の危険があるため身体拘束を行う 執筆梅﨑かおり(うめさき・かおり)帝京科学大学 医療科学部 看護学科 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇三村將ほか.『認知症のコミュニケーション障害:その評価と支援』三村將ほか編著.東京,医歯薬出版,2013,180p.〇北川公子.『認知機能低下のある高齢患者の痛みの評価:患者の痛み行動・反応に対する看護師の着目点』老年精神医学雑誌.23(8),2012,967-77.

特集
2022年3月1日
2022年3月1日

Spo2(サチュレーション)が低いが「苦しくない」と答える患者への確認ポイント5つ

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第5回は、SpO2が平常時は95%あるのに、90%になっている患者さん。呼吸困難感を尋ねると本人は「苦しくない」……。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 ベッド上で全介助の82歳男性。バイタルサイン測定時にSpO2が90%でした。ふだんは95%ぐらいあり、呼吸困難感について尋ねたのですが、「苦しくない」と言っています。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 SpO2が90%であり、低酸素状態が疑われます。高齢者では呼吸困難の自覚が乏しいことがあるので、客観的データを十分に収集する必要があります。低酸素状態は、▷肺や呼吸の問題 ▷循環の問題 ── が考えられます。 一方、全身的な低酸素状態ではないのに、測定部位の循環障害でSpO2値が低く出る場合があるので、まずは正しく測定できているかの確認から始めましょう。 ここに注目! ●SpO2値でみると、低酸素状態であり、呼吸障害や全身の循環不全が考えられるのでは?●症状がほとんどないことから、末梢のみの循環障害か? 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・低酸素に伴う症状(呼吸困難、胸が苦しい感じ、頭痛、頭が重い感じ、ぼーっとする感じ、目の見えにくさ、声の出にくさ、言葉の出ない感じ、不安感、焦燥感、傾眠傾向、など)・肺の感染徴候の確認(のどの痛み、咳、痰、喘鳴、など)・生活への影響(食欲・食事摂取量の低下、活動量・活気の減少) 客観的情報の収集 SpO2測定部位の末梢循環 SpO2が低く出たときの測定部位の指先について、冷感、皮膚の色、圧迫されていないかを確認します。 SpO2を簡便に測定することができるパルスオキシメーターのしくみは、手または足の指にプローブを装着することで、血液の色を検知し、酸素と結びついたヘモグロビンがどの程度存在するかを計算します。循環障害のない(皮膚色の変化のない)指で測定しなければ、正しい値が出ないことがあります。 SpO2が低く出た測定部位が一時的な循環不全だった可能性があれば、加温やマッサージ後に、もう一度測定します。また、ほかの手指、足指で測定してみて値が回復するようなら、全身的な低酸素状態ではないと確認できます。 チアノーゼと冷汗 全身性のチアノーゼ、じっとりとした冷たい汗をかいている場合は、全身の循環障害(ショック状態)が強く疑われます。速やかな対応が必要です。 呼吸数・胸郭拡張の確認 もし低酸素状態であれば、頻呼吸となり、浅速呼吸や努力呼吸になっていることがあります。 平均的な呼吸数は12~20回/分です。必ず呼吸数を確認し、報告しましょう。 胸郭の視診・触診で、呼吸運動が十分に行われているかを確認します。ただし、COPDなど閉塞性の肺疾患のある人は、もともと胸郭が動きにくいので、胸鎖乳突筋や腹筋などの呼吸補助筋の緊張が高まっていないかをチェックすることが役立ちます。 肺音の聴取 努力呼吸のときには呼吸音は増大します。大きく聞こえているからといって、酸素を十分に取り込めているわけではないので注意してください。呼吸音の消失や減弱、代償性の増強、肺胞音が聞かれるべき部位で気管支呼吸音のような強い音が聞かれる気管支呼吸音化をチェックします。 副雑音は正常では聞かれない音です。副雑音があるようなら、肺胞や気管支に何らかの異常があると判断できます。 脈拍・血圧測定 呼吸機能が原因の低酸素の場合、末梢へ酸素供給を行うために脈拍が速くなり、血圧は高くなります。低酸素状態が悪化すると血圧は低下します。 報告のポイント ・正しく測定したSpO2の値とその経過・バイタルサイン・呼吸形態や肺音聴取の結果から、呼吸器障害の推測・全身の循環障害の徴候 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年2月22日
2022年2月22日

言葉による返事がない(運動性失語)認知症患者さんとのコミュニケーション方法

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第3回は、話し掛けてもうなずくだけで、言葉を発してくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代男性。認知症の診断を受けている。半年前くらいから、動作が鈍くなり話もしなくなってきた。あいさつするとうなずくが、話し掛けても発語はない。問い掛けにも、「あー」という声だけ。すべての日常生活行為で、声を掛けても反応がないし、話もしてもらえない。 なぜ患者さんは発語がないのか? 失語とは 認知症の症状のうち、記憶障害、見当識障害、失認、失行、失語、判断力・実行機能の低下などは、中核症状と呼ばれます。これらは、脳障害そのものが引き起こす症状です。 この患者さんは、この中核症状が引き起こす「失語」の状態と考えられます。 失語では、「言葉を話すこと」だけでなく、▷言葉を聞いて理解すること ▷文字を理解すること ▷文字を書くこと ▷復唱すること ── などすべての言語機能が、程度の差こそありますが、同時に障害されます。 失語症の種類 脳の左前頭葉には言語に関するブローカ野とウェルニッケ野があり、その障害部位により症状が異なります。 失語症の種類 運動性失語 (ブローカ野/運動領域の近くの障害)構音(発声)は保たれているが、喋ることが困難で、まとまった意味を流暢に表出することができない感覚性失語 (ウェルニッケ野聴覚領域の近くの障害)相手の言う言葉は音として聞こえるが、意味が全く理解できない この患者さんの場合、話し掛けてもほとんど言葉による返答がないことから、運動性失語があると考えられます。 運動性失語の患者さんは、自分の思いや、食事や排泄など日常的な欲求も、他者にうまく伝えることができません。自分の状況を他者に伝えることができなければ、支援を受けることも困難です。単に言葉を失うだけではなく、他者との関係性をも失って、孤独になっていくと予測できます。 患者さんをどう理解する? 看護師には、「患者さんの思いを知りたい」気持ちを持つことと、コミュニケーションの工夫が必要になります。 「患者さんの思いを知りたい」気持ちと患者さんの体調の把握 患者さんの状態は日によって異なり、意思疎通がとれる日とまったくとれない日があります。意思疎通を体調のバロメーターとし、患者さんに活動をすすめたり、休息を促したりしていきましょう。 コミュニケーションの工夫 ・患者さんの名前を呼び、覚醒を促し、看護師側に注意が向くようにする。・顔を見て、目線を合わせて話をする。・自分の存在を知らせ、ゆったりと患者さんを尊重した態度で接する。・一つの文で伝えるのは一つの内容だけにし、平易な言葉を選択する。・「はい」「いいえ」で意思表示ができる会話文も取り入れる。患者さんのペースで話してもらい、看護師は言葉を補っていく。・予測される本人の欲求を絵などで見せる(食事、飲水、排泄など)。・タッチングなど、非言語的コミュニケーションを活用し、安心感を与える。・会話に集中できる環境を作り、会話する機会を多く持ち発話を促していく。 話し掛けても返答がない患者さんの場合、患者さんが何も感じていないかのように思えてしまい、看護師が話し掛けることも、発語がある人に比べて少なくなりがちです。上のような工夫を取り入れて、積極的にかかわっていきましょう。 こんな対応はDo not! × 医療者・看護者側のペースで物事を進める× テレビがついたままなど、騒然とした環境下で話をする× 一度にたくさんの事柄を話す× 命令的な表現、相手を見下した言葉を使用する× 子どもに対するような言い回しで話し掛ける× 無理に言い聞かせようと、患者さんの言い分や行動を否定する 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇松田実.『症候学から見た認知症疾患の鑑別診断』最新医学.68(4),2013,761-6.

特集 会員限定
2022年2月15日
2022年2月15日

【セミナーレポート】看取りの作法~事例検討と質疑応答編~

2021年12月17日(金)、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナーを行いました。講師に田中公孝先生をお迎えした今回のテーマは、2021年11月開催セミナーから引き続き「看取りの作法」。リアルな看取りの実例を通し『医療者が看取りに向き合う』ときに意識したい点について、田中先生のご経験をふまえながらお話いただきました。今日の訪問看護からすぐに取り入れられるエッセンスをピックアップしてお届けします。 2021年11月12(金)開催「看取りの作法」セミナーレポートはこちら≫ 【講師】田中 公孝先生杉並PARK在宅クリニック院長。家庭医療専門医。経歴:2009年滋賀医科大学医学部卒。家庭医療専門医。2017年東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに参画。2021年春東京都杉並区西荻窪で開業。医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、区や医師会のICT推進事業にも関わる。 「看取り」を見据えた医療者のかかわり方 サービス開始時、利用者の方の情報を分析し、医療の視点からみなさん計画を立てると思います。もちろん決めつけすぎるのは良くありませんが、計画段階で『どこまでを見据えるか』という点は重要です。看護計画に主眼を置きすぎると見落としてしまいがちな「本人はどうしたいのだろう」という視点。この視点もバランス良く持ちながら患者さんとかかわっていく必要があると考えていて、私の場合は「最期をどういうふうに迎えたいか」という点も注視します。・最期について、家族とどうやって話し合うのか・専門職としてどのような意志決定の支援ができるかというところまで思考を拡張させながら、医学アセスメント、家族関係や希望を含め、計画を立てていきます。 家族間の問題が表出したとき、医療者はクッションになり得る 終末期になると家族の問題や関係性が集約されてきます。これまで関係性が希薄だった家族が集合してコミュニケーションをとり始めると、ギクシャクしてしまうことも多い。そういった場面で、専門職はクッションになれる可能性がある。その点についても意識しながら、看護計画を立てていくと良いのかなと考えています。 利用者の方の日々の生活から読み取る観察眼 利用者の方のことを知るために、私が意識しているのは次の2つです。まずひとつは利用者の方に「具体的な質問をする」こと。たとえば「食事のあとはなにをして過ごしますか?」と漠然と聞くのではなく、「新聞は読みますか?」「テレビは観ますか?」など1歩踏み込んで尋ねることで初めて返ってくる答えがあります。もうひとつは「観察する」ことです。利用者の方の身の周りに置いてあるものや日常でよく使うもの、飾っているもの。そういったもののなかに、大切にしたい思い出や誇りを持っていることが隠れている。そこに目配りをすることでコミュニケーションのきっかけができるだけでなく、短期間でも心の距離を縮めやすくなり、心を開いてもらうことにつながります。これは利用者本人だけでなく、家族に対しても同じことが言えます。 グリーフケアのコーディネート 会いたい人に会えるように 看取りの際、私たちの行為にはグリーフケアをコーディネートするという側面が含まれます。ご家族からも話を聞くことは、利用者本人のことを知るだけでなく、ご家族に対する死前のグリーフケアにもなるんです。死前に「悲嘆を共有できる専門職」として家族に認めてもらうことで、死後のグリーフケアもスムーズになります。 グリーフケアの基本についてはこちら≫ また、やりたいことを叶えていくことで、本人はもちろんご家族も「良かった」と思える。死前のグリーフケアという意味も含めて本人に「やりたいことはないですか?」「会いたい人はいますか?」と聞いたり、「会いたい人には会った方が良いですよ」と促したりします。 そして心構えを伝えることも重要です。私たち医療者は事例を見ているので看取りへ向かう経過のイメージができますが、ご家族には難しい。だから事前に「これから1カ月でこうなります」「1週間でこうなります」という変化を専門家として提示することで心構えを促します。そうすると「じゃあ、あれをやらなくちゃ」と家族の行動が変わる。そこをコーディネートするのがすごく重要かなと考えています。 Q&Aセッション 短期間で関係性を構築するためのアドバイスいただけますか? Q 最近は介入後に数週間で旅立たれることが多いです。関係性や信頼関係に中途感があります。短期間で関係性を構築するためのアドバイスをいただけますか? A 事前にどれだけ看取りに向けてのシナリオを描けるかというのが鍵となります。準備無しで行き当たりばったりだと、絶対に中途半端になってしまう。これまでの治療で患者さんや家族が抱えた気持ちのモヤモヤを解きほぐして、家族に看取りへの心構えや経過を説明して、家族関係のコーディネートをして…ということができれば中途感はぬぐえるかなと思います。このとき、ひとりでパンクしないために看取りのためのベストチームを形成しておくことも重要です。同じような価値観で組める医師に依頼して、看取り経験が豊富な看護師、ケアマネージャーともトライアングルチームを組んで、家族のグリーフケアもケアマネージャーにフォローしてもらって、というようなプロデュースをしてチームで手分けできると、かかわる時間が短く自分たちがあまり時間を割けないなかでも、上手くいくように思います。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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