アセスメントに関する記事

認知症のある患者さんとのコミュニケーション
認知症のある患者さんとのコミュニケーション
特集
2022年6月14日
2022年6月14日

ケアを拒否する場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第11回は、清拭の前に布団を外すと殴ろうとする患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。以前からアルツハイマー病との診断を受け、行動障害がみられていたが暴力行為はなかった。何度も同じことを繰り返し話すが、こちらの質問には答えていた。ある日訪問して、説明後、全身清拭を始めようと布団を外すと「なんでそんなことするの、痛いでしょ!」と叫び、看護師を殴ろうとしてきた。 なぜ患者さんは殴りかかってきたのか? この患者さんは、ふだんから何度も同じことを繰り返し話しています。このことから、記憶障害が出ていることが推測できます。認知症による記憶障害のために、自分が話した内容を覚えておらず、同じ話を繰り返していると思われます。 また、「清拭のために」「布団を外す必要がある」という事柄の関連づけができていないことが推測されます。「ゼンシンセイシキ」(全身清拭)という言葉も耳慣れない表現だったのかもしれません。それらの理由から、「布団を外されて、何かされるのではないか」という恐怖心を抱いたのでしょう。 布団を外されると「痛い」と訴えていることから、痛みが恐怖につながっていると思われます。また、過去に「布団を外されると痛いことをされる」という、痛みの体験と結びつく記憶があるのかもしれません。 患者さんをどう理解する? 認知症の患者さんから拒否があった場合は、心配や苦痛などの理由があると推測し、相手の意思を尊重する姿勢を示しましょう1)。 この患者さんは、記憶を保持する時間がとても短いと思われますので、ケアをするときには、すべての行為動作における促しを、「これから○○しますね」など、あたかも実況中継をするかのように誘導するといった声掛けが必要でしょう。認知症の方は、これから何が起こるかを予測する力が低下していることがあり、こういった声掛けがより効果的です。 また、日常生活では「ゼンシンセイシキ」(全身清拭)という言葉は使わないので、意味を理解しないまま返事をしていたのかもしれません。 こんな対応はDo not! × 日常生活で使われない言葉を使用する× 認知症の患者さんの記憶障害や理解力に対する配慮不足× BPSDの出現を予測したかかわりへの配慮不足 こんな対応をしてみよう! ふだん使っている平易な言葉を使うよう心掛けることで、伝わりやすくなります。 また、認知症の特徴である記憶障害の程度に合わせた声掛けのタイミングも重要です。一つ一つの動作に合わせ、促しの言葉掛けが必要な場合もあります。 患者さんが暴力的になる背景には、過去に恐怖につながる経験があるのかもしれません。家族に聞くと、ケアのヒントが見つかるかもしれません。もし、暴力的になった場合は、感情を汲み取り「怖がらせてごめんなさい」などの声掛けをして、その場で清拭することにこだわらず、日を改めてもよいでしょう。 執筆関 千代子(せき・ちよこ)つくば国際大学医療保健学部 看護学科教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)中島紀恵子ほか編.『認知症高齢者の看護』東京,医歯薬出版,2007,170p.

特集
2022年6月7日
2022年6月7日

【管理栄養士のアドバイスvol.6】便秘を予防する食事

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第6回は、便秘を改善したいときの食事の工夫を紹介します。 はじめに 高齢者は、日々の運動量の低下や、食事の変化による食物繊維摂取量の減少、また腸内環境の変化により便秘を引き起こしやすいといわれています。今回は、便秘を改善する食品をいくつかご紹介いたします。 腸を元気にしよう 腸内フローラ 私たちの腸の中には、たくさんの細菌が生息しています。その数は約1,000種類ともいわれています。顕微鏡で腸を覗いたときに、まさにお花畑のように見えることから、「腸内フローラ」と呼ばれるようになりました。 この腸内フローラは、▷善玉菌 ▷悪玉菌 ▷日和見菌 ── の三種類に大きく分けられます。 健康な腸内では、体に良い働きをするビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌が多いのですが、悪玉菌が優勢になると、悪玉菌が作り出す有害物質の影響により、便秘や下痢などお腹の不調を引き起こします。 日和見菌は、善玉菌と悪玉菌のうち、優勢な菌と同じ働きをします。すなわち、悪玉菌が優勢の環境下では、日和見菌が悪玉菌と同様の働きをし、さらに腸内環境が悪化してしまうのです。 さて、善玉菌の代表格であるビフィズス菌は、加齢変化とともに菌数が減少することがわかっています1)。高齢期に腸内環境が悪化しやすいのは、このような要因もあるといわれています。 プロバイオティクス 加齢により減ってしまう腸内の善玉菌を経口摂取することで、善玉菌の数自体を増やそう! このプロバイオティクスの代表的なものは、乳酸菌やビフィズス菌です。なんと、これらの細菌は、消化酵素によって死んでしまうことがなく、生きたまま腸に到達し、腸管内で増殖が可能なのです。 プロバイオティクスは、「腸内フローラのバランスを改善することによって、宿主の健康に好影響を与える生きた微生物」2)と定義されています。 プレバイオティクス 善玉菌のエサとなる食品を摂取する事により、善玉菌を元気にして腸内環境を改善しよう! プレバイオティクスの主な種類は、オリゴ糖や食物繊維などです。オリゴ糖にはビフィズス菌の増殖作用があり、食物繊維には腸内細菌の活性化作用があります。 プレバイオティクスは、「大腸の有用菌の増殖を選択的に促進し、宿主の健康を増進する難消化性食品」3)と定義されています。 シンバイオティクス プロバイオティクスとプレバイオティクス。この二つを組み合わせることで、さらなる相乗効果を目指すものが、シンバイオティクスです。すなわち、「善玉菌を腸に届けて、さらに善玉菌を元気に育てよう」ということです。 簡単に応用できる料理例はこちらです。 シンバイオティクス     プロバイオティクス     プレバイオティクス バナナヨーグルトヨーグルト(ビフィズス菌)バナナ(オリゴ糖)はちみつ(オリゴ糖)タマネギのみそ汁味噌(乳酸菌)ワカメ(水溶性食物繊維) タマネギ(水溶性食物繊維)ネバネバ納豆納豆(納豆菌)オクラ(水溶性食物繊維) メカブ(水溶性食物繊維)野菜たっぷり豚キムチ炒めキムチ(乳酸菌)キャベツ(オリゴ糖) シイタケ(水溶性食物繊維) 良い便をつくろう 腸が元気でも、便の原料が不足していると便秘になってしまいます。便は、水分が約70%です。残りは食べ物のカス、腸粘膜、腸内細菌の死骸によって構成されています。この食べ物のカスはすなわち、食物繊維です。食物繊維をしっかりととって、良い便をつくりましょう。 食物繊維は水に溶ける水溶性食物繊維と、水に溶けにくい不溶性食物繊維の、ニ種類に大別されます。 水溶性食物繊維 水溶性食物繊維には、水分を保持してゲル状になり、便をやわらかくする働きがあります。 水溶性食物繊維を多く含む食べ物は、バナナなどの果物や、オクラやなめこ、山芋などのネバネバ食材、ワカメやメカブなどの海藻類です。 過剰に摂取すると、便がやわらかくなりすぎることや、下痢を引き起こすことがあります。サプリメントなどを使用する場合は、排便状況をみながら少しずつ量を増やしましょう。 不溶性食物繊維 一方で、不溶性食物繊維は、便の量を増やし、腸の蠕動運動を刺激して排便を促す働きがあります。 ゴボウやレンコンなど繊維が固い野菜や、キノコ類、黄粉や大豆などの豆類にも、不溶性食物繊維が多く含まれています。 不溶性食物繊維も、過剰に摂取すると便が固くなりすぎて、逆に便秘を引き起こすこともあります。サプリメントなどの使用は注意が必要です。 おわりに 高齢者には便秘の悩みはつきものですが、原因も体の状態にも個人差があるため、「これを食べたらみんな良くなる!」という万能食材はなかなかありません。だからこそ、ひとつずつ試してみて、変化を観察しながら気長に取り組んでいくことが重要です。 排便状態の変化に気づくためには、排便日記をつけてもらうこともよいですね。ぜひ、活用してみてください。 排便状態の把握に役立てられる「排便日誌」を【お役立ちツール】に掲載しておりますので日頃のケアにお役立てください。 ー第7回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)光岡知足.『腸内菌叢研究の歩み』腸内細菌学雑誌.25,2011,113-24.2)Fuller,R.『Probiotics in man and animals』J.Appl.Bacteriol. 66(5),1989,365-78.3)Gibson,GR.et al. 『Dietary modulation of the human colonic microbiota:introducing the concept of prebiotics』J.Nutr.125,1995,1401-12.4)清水健太郎ほか.『プロバイオティクス・プロバイオティクス』日本静脈経腸栄養学会雑誌.31(3),2016,797-802.5)福村智恵.『便秘と食習慣』厚生労働省e-ヘルスケアネット.https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-02-010.html 2022年4月15日閲覧

特集
2022年6月7日
2022年6月7日

褥瘡のせいでムセる? 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、口腔機能には大きな問題がないのに、ムセがみられた事例を紹介します。 褥瘡による食生活への影響 娘さんの手料理とお孫さんの訪問を楽しみにしていた96歳の女性が、褥瘡を発症しました(DESIGN-R® 10点)。皮膚科医師による治療や管理栄養士による対応により改善したものの、さらなる問題が発生。チーム医療の連携によって健康な食生活を取り戻した事例を紹介します。 初診時は重篤な嚥下障害なし 事例 Gさん、96歳女性。要介護5、難聴、軽度認知症の疑い。常時寝たきりで褥瘡あり。残存歯数20本。 部分義歯の緩みのため、内科からの紹介があり、初回訪問となりました。まずは、歯科医師が部分義歯の緩みを調整しました。 嚥下評価は、緊張感と難聴のため、すぐには反応がないこともしばしば。ベッド上での嚥下評価(スクリーニング検査)は、オーラルデイアドコキネシス(ODK)注1は不明瞭。しかし、反復唾液嚥下テスト(RSST)注2や改訂水飲みテスト注3は、年齢的にはそれほどの問題もなく、おおむね準備期から咽頭期(連載第3回を参照)まで、特に重篤な嚥下障害は認められませんでした。 初診時の嚥下評価 RSST注22回/30秒ODKパ2回/秒、タ0.8回/秒、カ0回/秒改訂水飲みテスト注34点 頸部聴診音清明頬の膨らまし左右 十分できる食べこぼしなし 口腔衛生面では、口腔乾燥と、舌に軽度の舌苔付着がみられ、家族の協力も得られたので居宅療養管理指導にて月1回の訪問となりました。 間接訓練は、ブローイング(シャボン玉吹き)、パタカラ発声、口舌のストレッチを指導するのみで、しばらくはこのまま安定した状態が続くかと思われました。しかし、褥瘡が大きくなってきたと、訪問看護師からの情報提供がありました。 皮膚科治療と栄養指導で褥瘡が改善 内科から、皮膚科と管理栄養士の介入の要請がありました。 すぐに皮膚科医が診察し、デブリードマン(壊死組織に対する切除洗浄ほか)が行われました。そして、表皮形成促進作用のある噴霧剤が処方され、訪問看護師と連携し、創面の洗浄などに使用するよう対応をしました。 褥瘡治癒の過程には栄養が必須であり、低栄養では治癒が遷延します。Gさんの場合は、管理栄養士によると「摂取している総エネルギー量は600kcal/日で、全体的に低栄養の疑いがある」とのことでした。 さまざまな栄養補助食品の提案をしましたが、家族の意向で一般の食品の中からアイスクリームやプリン、おしるこを追加することになりました。褥瘡への対応として、アルギニン注4や亜鉛等が配合された栄養補助飲料を紹介すると、毎日欠かさずに飲むようになったそうです。 3か月ほどで、訪問看護師から、創面の表皮の形成がみられてきたと報告がありました。 今度はムセが頻発 ところが、Gさん宅から戻った管理栄養士から、再度の嚥下評価の依頼がありました。今度はムセが頻発するようになったのです。 再評価をしたところ、点数は前回の評価とあまり変化はなく、SpO2も94~96%と安定していました。 ただ、前回は車いす上で食事をしていたが、最近は、褥瘡への負担を心配してベッド上(セミファーラー位15~30度)での食事をしているとのことでした。食形態を確認すると煮魚や軟飯など、咀嚼できることを意識した、UDF区分の「容易にかめる」に近いことがわかりました。 ムセは咽頭期の症状ですが、臥床に近い姿勢が、準備期での咀嚼機能と口腔期の送り込みに影響して飲み込むときにムセが生じた、つまり食形態と姿勢がうまく適合していなかった可能性が十分に考えられました。 食事の姿勢でムセやすくなる 口腔機能に問題がないのにムセがみられる場合に、注意することは、姿勢です。 ムセにくい安全な食事時の姿勢は、起座位です。下にずり落ちやすい場合は、膝の下と足の裏をクッションなどで補正します。さらに、顎はあげずに、引くようにして食べてもらいます。しかし、Gさんの場合のように、仙骨に負担をかけまいと臥床に近い姿勢を優先するのであれば、舌などの飲み込みに重要な役割を担う口腔周囲筋群が重力の影響を受けます。 幸い、Gさんはその後、褥瘡の改善で、起座位に近い姿勢(60~90度)が可能になりました。それによってムセずに食事ができるようになりました。 96歳という年齢でも、内科・皮膚科・栄養・歯科にわたる、各チームの専門性が生かされた連携が奏功し、半年後には褥瘡もほとんど治癒するまで回復された事例でした。 次回は、脳血管障害後の胃瘻の方に、食事時の姿勢調整などで経口へ導いた事例を紹介します。 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする注2 反復唾液嚥下テスト(RSST):65歳以上では、3回/30秒で正常注3 改訂水飲みテスト:3mLの冷水を飲み、呼吸や嚥下の状態を評価する。4点以上でほぼ正常注4 アルギニン1):アミノ酸の一種。創傷治癒時に優先的に消費され、「条件付き必須アミノ酸」といわれる 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 【参考】 1)田村佳奈美.アルギニン.『Nutrition Care』9(7),2016,32-3.

特集
2022年5月31日
2022年5月31日

「昨日の夜から排尿がない場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第11回は、ふだんは朝に排尿があるのに、昨夜から今朝まで排尿がない患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 おむつを使用して排泄している90歳男性。ふだんは朝に排尿があるにもかかわらず、昨日の夜から、朝までおむつに排尿がみられません。 あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 尿が出ていない場合は、①尿の生成量が少なく、膀胱に尿がほとんど貯留していない(乏尿・無尿) ②尿の生成ができていて膀胱に貯留していても排出できない(尿閉) ── が考えられます。 ①乏尿では、▷脱水や嘔吐、発熱、心臓のポンプ能力の低下などで腎血流量が減少して尿の生成ができない ▷腎機能そのものに障害がある ▷尿路結石や腫瘍の浸潤により尿管が閉塞し、膀胱に尿がたまらない状態 ── などが考えられます。 ②尿閉は、膀胱よりも下位の障害、神経因性膀胱や前立腺肥大、尿道狭窄により起こるものです。患者さんの苦痛が大きく、放置しておくと尿貯留が上行性に広がり、水腎症や腎盂腎炎などを引き起こす恐れがあります。 乏尿(無尿)と尿閉では対処方法がまったく違いますので、これらが区別できるような情報を収集し、報告しましょう。 ここに注目! ●乏尿(無尿)により排尿がないのではないか?●尿閉により排尿がないのではないか? 乏尿(無尿)のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・尿路結石や腫瘍による激しい疼痛、腰部や背部に放散するような痛み・乏尿の原因となる循環血流量の減少を招く心不全のアセスメント、脱水の症状を確認する 乏尿(無尿)のアセスメント②客観的情報の収集 排尿量・性状・排尿行動に関する問診・観察 乏尿の基準は400mL/日以下とされています。一回排尿量が150mLとすると、排尿回数では3回/日以下では注意が必要となります。最終排尿からの時間で換算すると、単純計算では8時間以上間隔が空くと要注意です。 ただし、ホルモンや血流量の関係で、日中は排尿間隔が長く、夜間には短くなるので、いつもの排尿時刻や回数と比較してください。 腎機能が保たれているのに尿量が少ない場合は、尿が濃くなります。最終排尿の色や臭気、いつもとの違いを確認してください。 脈拍・血圧測定 腎臓への血液循環が低下している状態では乏尿になりますので、血圧の低下、脈拍の低下がないかを確認します。 体温測定 高体温になると、不感蒸泄の増加で脱水状態となり、乏尿をきたす可能性があります。 身体への水分貯留のアセスメント 循環障害や腎障害では、全身性の浮腫があらわれます。顔面や全身の腫脹、重力がかかる部位の圧痕を確認します。水分出納を計算し、できれば体重もチェックできるとよいでしょう。 尿閉のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・尿閉の症状(尿意、激しい尿意、腹部膨満感、腹痛、強い焦燥感や不安感、冷汗、など)・尿閉の原因(前立腺肥大、尿線が細い、残尿がある、脳血管疾患や脊髄疾患等、神経因性膀胱となる要因、など) 尿閉のアセスメント②客観的情報の収集 排尿量・性状・排尿行動に関する問診・観察 最終排尿時刻を確認し、どれくらいの時間出ていないのか、排泄できずに貯留している尿量を見積もります。また、ふだんの排尿時に、尿線が細い、排尿に時間がかかる、出きらない感覚がなかったかを確認します。 脈拍・血圧測定 痛みや尿が排出できない苦痛で、血圧や脈拍が上昇することがあります。意識レベルの低い高齢者や認知症の患者さんの場合には、苦痛の有無をバイタルサインから推測してください。 膀胱内の尿貯留の確認 膀胱は、正常であれば充満しても恥骨結合内部にとどまり、腹壁から視診・触診することはできません。 尿閉などで貯留量が多くなった場合は、下腹部が膨満し、硬く触れます。打診すると濁音が聞かれます。 腎臓の叩打診 背部の肋骨の下縁くらいに手を置き、その手の上を叩きます。両側行います。 尿路結石や尿路の狭窄では、叩打診をした場合に響くような痛みを感じることがあります。 カテーテルを挿入しての尿排出の確認 医師の指示を得て行いましょう。カテーテルを挿入する経路に狭窄や閉塞がある可能性があるので、なるべく細いカテーテルを用いること、違和感があった場合は速やかに挿入をやめて、医師に相談することが必要です。 報告のポイント ・最終排尿時刻と尿の性状、本人の訴え・乏尿または、尿閉の可能性があると判断したアセスメント結果 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年5月31日
2022年5月31日

排泄の失敗がある場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第10回は、オムツを外してシーツに失禁する患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代男性。10年前に脳梗塞を発症、2年前に脳血管性認知症の診断を受け、行動障害もみられている。会話は通じず、意味不明の言葉を発することもある。便意・尿意が不明なため、オムツを使用している。オムツを外してシーツに失禁することを繰り返し、シーツ交換してオムツをしようとすると抵抗する。看護師が「オムツはお嫌ですか?」と尋ねると、「そんなことない」と答えるが、いつもシーツが濡れている。 なぜ患者さんはオムツを外してしまうのか? 「オムツはお嫌ですか?」と看護師が尋ねていますが、患者さんはそもそも、問われている意味がわかっていないのかもしれません。脳血管性認知症で行動障害もみられており、認知症の特徴である失行・失認が背景にあると考えられます。 オムツを外す理由は二つ考えられます。 一つは、排泄するために下着を脱ぐように、排尿前にオムツを外している可能性です。そもそもオムツをしていると思っていない患者さんにとっては、下着(オムツ)を外すことは排尿時の当然の動作であり、「排尿もできてすっきり!」という気分と思われます。 もう一つは、オムツをしていること自体に不快感があるため、不快なものは除去したい本能から無意識に外している可能性です。説明してオムツをしても、患者さんには失認があり、オムツの目的を理解していません。自分が失禁してシーツを汚してしまったことを、まったく把握していないと考えられます。 患者さんをどう理解する? 認知症の患者さんとのやりとりで、質問に対して的確なあいづちや返事が返ってくることがあります。そんなとき、話が通じていると思いがちですが、実際はまったく通じていないことも少なくありません。 この患者さんは失禁を繰り返しているため、失禁が患者さんに及ぼす影響と、排泄への援助を考えていきましょう。 失禁が患者さんに及ぼす影響 ・皮膚の汚染は、皮膚の損傷に結びつく・失禁後の不快な状況から逃れようと次の行動をとることもあるため危険防止が必要・部屋に尿臭が漂い、周囲へ不快感を与えることにもなる・排尿の量が多いこともあるため、尿失禁への対応は早いほうがよい 尿失禁に至る疾患はさまざまありますが、この患者さんは、認知症によって、膀胱内に尿が貯留したという情報が脳に伝わっても正しく判断できず、その後の指令や行動がとれない状況だと思われます。 一般的な認知症患者さんにおける排泄問題への対応 認識の低下による場合 「トイレの場所がわからない」「膀胱内に尿がたまっていることがわからない」「尿意があっても脱衣の方法がわからない」「トイレや便器の認識ができない」などの状況で排泄がうまく行えず失禁してしまいます。トイレの位置がわからない場合は、目印になるものをつけ、夜間はなるべく明るさを確保できるように照明を工夫しましょう。 尿意がある場合 じっとしていられず、うろうろしたり、独り言をつぶやきながら動き回ったり、下着を下ろそうとしたり、下着に手を伸ばしたりといった動作をとる患者さんがいます。これらの行動は、排泄をしたいサインであることが多いです。その人特有のサインもあります。サインを見逃さず、トイレへ誘導しましょう。 尿意がない場合 患者さんの一日の水分・食事摂取量を観察し、一定の時間間隔をあけてトイレに誘導しましょう。 失禁後の対応 失禁後には、寝衣やシーツの交換など、介助者が慌ただしく動きます。患者さんは、その状況から、自分の存在が歓迎されていないと感じ取ります。失禁に対し迅速な対応は必要ですが、患者さんが存在を否定された気分にならないようなかかわりが必要です。言葉の意味はわからなくても、介助者の表情や口調から感じ取れるため、穏やかな口調で、目を合わせ、にこやかに接しましょう。 脳血管性認知症 脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害がもとになって発症する認知症です。急激に認知症が発症することもありますし、小さな脳血管障害を繰り返し少しずつ認知症が進むこともあります。出現する症状は、脳の障害部位によって異なります。 脳血管性認知症の特徴は、次の六つです。・脳血管が障害を受けた部位の働きは悪くなるが、障害を受けていない部位の機能は保持されていることが多い。・脳の障害によって、症状の変動や悪化がある。・注意力の低下よりも、意欲の低下(アパシー)が目立つ場合が多い。・感情のコントロールが困難で、急に泣いたり怒ったり、感情の起伏が激しくなる。・手足の麻痺、歩行障害、言語障害、排尿障害(頻尿、尿失禁など)など、日常生活に支障が起きる。・脳血管障害による高次脳機能障害がある(失行、失語、失認、注意障害など)。 こんな対応はDo not! × 患者さんを問い詰める× 寝衣交換をせかす× 患者さんの目の前で慌ただしくシーツ交換をする こんな対応をしてみよう! シーツや寝衣類の交換時には、必ず声を掛け、患者さんの意識が向けられるように行いましょう。「濡れていて気持ち悪いですね。大丈夫ですよ。すぐに交換しましょうね」と目を合わせ肩などに手を触れ、穏やかに話し掛けましょう。 オムツの使用が必要な場合には、患者さんの体型や体質、オムツの肌触りなどを考慮して、個々人に合わせて、できるだけ快適なものを選択することが大切です。また、夜間に心地良い睡眠がとれるような身体的準備や、環境を整えましょう。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省.『認知症施策』https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html

特集
2022年5月24日
2022年5月24日

【管理栄養士のアドバイスvol.5】栄養補助食品の選びかた

この連載では、在宅訪問栄養指導の経験豊富な管理栄養士の稲山さんから、在宅患者さんに接する機会が多い訪問看護師だからこそできる、観察・アドバイスの視点をお伝えします。第5回は、栄養補助食品の活用法を紹介します。 はじめに 前回は、低栄養のスクリーニング方法と、手軽にできる低栄養予防策をお伝えしました。今回は、栄養補助食品を活用した低栄養対策を、より詳しく考えていきたいと思います。 料理へのちょい足し 出来上がった料理に少し工夫ができるようでしたら、ちょい足しがおすすめです! オイルでエネルギー補給 食が細くエネルギー量が大幅に不足している場合は、油脂を活用すると、効率的にエネルギー補給を行えます。脂質は1gあたりのエネルギー量が約9kcalです。糖質やタンパク質は1gあたり約4kcalですから、それらと比べて少量高カロリーです。 卓上にMCT(中鎖脂肪酸)オイルやオリーブオイルの小瓶を置いて、おかずや味噌汁に少量垂らすだけで、食事の量を増やすことなくエネルギー補給が可能です。 タンパク質強化の補助食品 筋肉量が減少傾向であったり、タンパク質も不足している場合には、既製品のタンパクパウダーや、エネルギーとタンパク質を一度に強化できる補助食品がおすすめです。味噌汁や飲み物に溶かしたり、ご飯や粥に混ぜたりして、摂取してもらいます。 補助食品を活用しよう! 一人暮らしで食事管理が自分では難しい人などは、既製品の栄養補助食品を活用するのもよい方法です。栄養補助食品にはたくさんの種類がありますので、嗜好や嚥下状態に合わせて選定しましょう。 嚥下状態に合わせた形状を 栄養補助食品でいちばん一般的なのは、ドリンクタイプでしょうか。紙パックにストローが付いていてそのまま飲める補助食品は、最近ではドラックストアでも販売されています。 1.6kcal/mLの商品が多いですが、さらに少量高カロリータイプ2.0kcal/mLの商品もあり、100mLでご飯1杯分(200kcal)の強化が可能です。 ドリンクタイプの栄養補助食品は手軽に購入できる一方で、流動性が高いため、嚥下障害がある人には誤嚥のリスクがあります。水分にとろみをつけなければならない人であれば、半固形タイプやヨーグルト状の栄養補助食品を選びましょう。 甘いものが苦手なら…… 「栄養補助食品は甘くて苦手」という人もいます。最近は、甘くない栄養補助食品もありますので、嗜好に合った種類を探してみましょう。 佃煮のようにご飯にのせる高栄養ソースや、おかずの一品にもなる茶碗蒸しや胡麻豆腐風味の補助食品もあります。 ミキサー食は栄養価が減ってしまう? ミキサー食やソフト食の人は、もしかしたら食事自体の栄養価が下がってしまっているかもしれません。 ミキサー食は、食材をミキサーにかけて滑らかに加工していますが、水分量が少ない食材は滑らかになりにくいので、だし汁や水を加えてミキサーにかけます。その結果として、完成品では、重量あたりの栄養価が半減してしまうことになります。 不足したエネルギー量を補助食品で補おうとすると、全体量が増えてしまうので、ミキサー食自体の栄養価を上げる工夫をしましょう。 加水量はなるべく少なく! 水分を加えるときには、なるべく少量から、仕上がりの状態をみながら少しずつ水分を増やしましょう。 水分を加える代わりに粥ゼリーを活用する 水やだしの代わりに、粥ゼリー(お粥用のゲル化剤でゼリー状に固めたお粥、第3回参照)を入れる方法もあります。粥ゼリーを使うことで、水分に比べて栄養価は上がりますし、食事として一緒に食べるものなので、味の変化も少ないです。 また、本来食事としてとるはずの粥ゼリーを使えば、食事全体の量が増えてしまうこともありません。 水分の代わりに牛乳を活用する 前述したように、水を使うと栄養が薄まってしまうので、代わりに牛乳を使う方法もあります。牛乳はタンパク質やミネラルも含まれていて、栄養もしっかりとれます。 ただし、料理の種類によっては味が変わってしまうこともありますので、味見をしながら試してみましょう。 栄養補助食品の選びかた おわりに 栄養を強化する方法はさまざまありますが、認知症の一人暮らしで食事への工夫が難しい、経済的な問題により補助食品を購入できないなど、在宅高齢者の栄養強化は一筋縄ではいきません。 対応が難しい困難なケースの際は、訪問管理栄養士にサポートを依頼する方法もありますので、ぜひご活用ください。 当記事に掲載している「栄養補助食品の選びかた」をまとめた利用者さん向け資料を【お役立ちツール】に掲載しておりますのでご参照ください。 ー第6回へ続く 執筆稲山未来Kery栄養パーク 代表管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、健康咀嚼指導士新宿食支援研究会認定栄養ケアステーション管理者、東京都栄養士会新宿支部役員在宅訪問管理栄養士として訪問栄養指導を行う傍ら、フレイル予防講座や栄養講座など地域の高齢者に向けた栄養普及活動も行っている。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1) 国立長寿医療研究センター.『在宅療養患者の摂食状況・栄養状態の把握に関する調査研究報告書』平成 24年度老人保健健康増進等事業,2013, [記事協力]株式会社明治キユーピー株式会社ネスレ日本株式会社ヘルシーフード株式会社株式会社クリニコハウス食品株式会社ホリカフーズ株式会社大塚製薬株式会社ニュートリー株式会社

特集
2022年5月17日
2022年5月17日

「昨夜、倒れて一時意識を失っていた」場合 【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第10回は、「昨夜、倒れて一時意識を失っていた」と家族から知らせがあった患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 86歳女性。 家族から「昨日の夜、トイレに行こうとしたら崩れ落ちるように倒れて、一時、意識がなくなったように見えました。でも、すぐに戻ったので様子をみていました」と言われました。   あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 一過性かつ短時間の意識障害であり、脳への血液供給が急に減少して起こる失神状態であると思われます。 失神は原因がわからないものも多いですが、不整脈や心血管の障害で循環に問題がある場合や、てんかんの場合は要注意です。 てんかんとは、大脳の神経細胞が発作性に興奮し、異常に大きな電気信号が起こることで、痙攣や一過性の意識障害を起こすことをいいます。高齢者では、脳血管障害に伴って、てんかん発作を起こす、または脳血管障害後に起こしやすくなることがあります。このまま様子をみてよいかを判断するために、多側面からのアセスメントをしていきます。 ここに注目! ● 一過性かつ短時間の意識障害であり失神と考えられるが、てんかん発作の可能性もある。● 失神の原因は何か? 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・倒れたときの状況(倒れた場所、時刻、倒れたときの環境、飲酒や入浴、体位の変化などの直前の行動、意識復活までにかかった時間、過去にもあったか、など)・倒れる前の前駆症状(冷汗、顔面蒼白、嘔気、欠伸、目のかすみや見えかたの変化、動悸、頻脈の自覚、など)・倒れた後の精神状態や身体状況(痙攣、意識レベルの低下や混濁、尿失禁)・倒れた理由について(心血管系障害の既往、脳神経系疾患の既往、服用している薬剤、など)・ADLへの影響 客観的情報の収集 脈拍測定 脈拍を測定することで、心臓の拍出量や不整脈の有無を確認することができます。不整脈(房室ブロックによる徐脈、心室頻拍や心房細動からの頻脈)により、心原性の失神を起こした可能性があります。 方法は、撓骨動脈を押さえて、数と性状を測定します。不整がある場合や心臓疾患の既往がある場合は、1分間測定することが原則です。自動血圧計やパルスオキシメーターの脈拍で代用することは避けてください。 現在は落ち着いている可能性があるので、発作時に測定できるようにご家族に脈拍測定の方法を指導するとよいでしょう。 血圧測定 立位になった際に失神している場合は、起立性の低血圧の可能性があります。仰臥位時・座位時・立位時で血圧を測定し、比較してください。 立位時に20mmHg以上低下するようなら要注意です。低血圧のために失神する場合もあります。 降圧薬を服用している際には、コントロール不良で低血圧や徐脈になっていないかを確認します。 てんかん発作の確認 てんかん発作は、昼夜を問わず、体位に無関係に起こり、全身の硬直や震えがみられることがあります(これらがない場合もあります)。顔色の変化や前駆症状がなく、意識の回復が遅延することが多く、尿失禁を伴うことがあります。このような状態であれば、原因が脳にあると判断し、報告・対処してください。 報告のポイント ・一過性の意識消失を起こしたこと、意識消失のきっかけや前駆症状、意識が戻るまでの時間・現在のバイタルサインの異常・てんかん発作の可能性・心原性の不整脈による意識消失の可能性 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年5月17日
2022年5月17日

意欲障害がある場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第9回は、日常生活に対する意欲が低下した患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代女性、アルツハイマー型認知症の患者さん。もともと身だしなみに気を使う人であった。1か月前から日常生活に対する意欲低下がみられ、ベッドから離れることが少なくなった。身だしなみや歯磨きなど、自分でできそうなことを本人からは行わず、勧めても「そうですね……」とわずかに反応はあるが、ほとんど行動化されない。 なぜ患者さんは、自分でできそうな行動をしないのか? アルツハイマー型認知症では、見当識障害、遂行機能障害、視空間障害のほか、アパシーや抑うつ症状、取り繕い反応などがみられます。 アパシー(意欲障害)とは、「自発的な行動の欠如で特徴づけられ、刺激に対する反応の減弱した状態」です1)。自分の身の回りのことにも無頓着になり、行動ができません。アルツハイマー型認知症ではアパシーが約60%に認められ、頻度の高い症状です。 この患者さんには、看護師の話す内容は伝わっています。自分の身の回りのことを自分でするほうがよいとわかってもいます。しかし、歯磨きや身支度などをすすめられても、しようという気持ちが湧きません。自発性が欠如しているので、行動に移すこともできません。そして、できないことが苦にならない状態です。 アパシー(意欲障害)とうつ アパシーは、うつとは別の症候群です。活動性低下や活気のなさは共通していますが、アパシーでは、自責感・希死念慮などはありません。気分の落ち込みや絶望・苦痛が明らかなうつとは異なり、本人の苦悩が希薄です。 アパシーに対して誤って抗うつ薬などが投与されると、ふらつきや転倒などを起こし、さらに活動低下が進み、認知症の悪化にもつながります。抑うつとアパシーの違いを考慮した対応が必要です。 それまでの生活習慣が乱れ、あらゆる物事に対して無気力・無頓着になり、行動しなくなるのがアパシーです。それまでしっかりと身だしなみを整えることを習慣としていた人が、事例の患者さんのように、促されても整容をしなくなります。治療として、抗うつ薬の効果は乏しく、抗認知症薬で改善することもあります。 こんな対応はDo not! × 「今までは自分でできていたのに、なぜできないんですか」と相手を責める× 「やればできるはずですから、やりましょう」と無理強いしたり、脅かしたりする×  医療者のペースで物事を進める こんな対応をしてみよう! 「快」の刺激を与える(患者さんの好むこと・得意なことを取り入れる) アパシーを放置すると、「動かなくなる」「話さなくなる」状態になります。廃用症候群が進み、さらに認知機能低下が進み認知症も進行していき、悪循環となります。 患者さんが行動をしなくても、行動するきっかけや機会をつくることが必要です。 まず、刺激に反応できるように、患者さんが「心地良い」「楽しい」と感じる「快」の刺激を与えていくことが大切です。 患者さんにとって「快」の刺激となるものは何かを考えていきます。家族や多職種からの情報をもとに、何を楽しみとして生活していたかを探し、試します。 「快」の刺激は、患者さんの気持ちを安定させ、穏やかにします。反応がなくても、日常生活で繰り返し「快」の刺激を与えつづけながら、患者さんの反応や変化を待つことが大切です。 患者さんのペースに合わせながらかかわる 患者さんの視界に入る位置から体に触れ、笑顔で声を掛け、こちらを向いたら顔を見て目を合わせて話をします。 見当識が不十分なこともありますので、生活リズムに合わせて、活動の促しや提案をします(洗面や歯磨き、身だしなみを整えることなど)。そして、患者さんの意欲に合わせて援助内容と方法を選択します。 患者さんの行動がなく、歯磨きや洗面などすべて介助者が援助したときでも、「きれいになりましたね。すっきりしましたね」などと肯定的な表現を返し、やったことが患者さんにとって心地良い感覚であることを伝えていきます。 患者さんに行動する意欲がみられてきたら、「一緒に○○してみませんか?」「○○するのはどうですか?」と提案していきます。焦らず、見守りながら、行動する機会をつくっていきます。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)山口修平.「アパシーとは:神経内科の立場から」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,11-8.2)加藤元一郎.「アパシーとは:精神科の立場から」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,19-26.3)新保太樹ほか.「アルツハイマー型認知症におけるアパシーの治療」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,166-73.4)小畔美弥子ほか.「アルツハイマー型認知症におけるアパシー」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,83-90.5)藤瀬昇ほか.「うつ病と認知症との関連について」『精神神経』114(3),2012,276-82.6)鈴木みずえ監.『認知症の人の気持ちがよくわかる聞き方・話し方』東京,池田書店,2018,176-8.7)中島健二ほか.『アルツハイマー病による認知症の新しい診断基準と鑑別診断』最新医学68(4),2013,789-93.8)鈴木みずえ監.『認知症の看護・介護に役立つよくわかるパーソン・センタード・ケア』東京,池田書店,2020,140-2.9)服部英幸.「BPSDの治療と介護」『認知症の予防と治療』長寿科学振興財団平成18年度業績集,2006,191-9.10)厚生労働省.「認知症」『みんなのメンタルヘルス総合サイト』https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html

特集
2022年5月10日
2022年5月10日

[6]どうされていますか? エンゼルケア時のならわしへの対応

お顔に白い布をかけたり、着物を左前で着付けるなど、亡くなった人に対して従来より行われてきたならわし。エンゼルケアの場面では、こうしたならわしについてどう考えればよいでしょうか。今回は、そもそもならわしとは何かをご紹介するとともに対応について考えます。 ならわしについて検討する際のポイント ならわしは、人々の思いと時代や地域の文化などがかかわってできあがったもので、時とともに移ろいながら私たちの暮らしの中にさまざまに存在しています。 医療の現場ではどうでしょう。例えば、病棟の病室に4号室や9号室を設置するかどうか。「死」をイメージする4、「苦」をイメージする9を避ける人がいるため、設置していなかった病院が少なくなく、増築や改築の際に議論になることがあります。 また、霊安室のありようもさまざまです。仏教をイメージするような設えやマリア像のあるお部屋、逆に宗教色のない控室的なつくりなどがあります。霊安室はならわしによる雰囲気づくりがなされたエリアといってよいでしょう。検討の結果、霊安室をなくした病院もあります。 看護時に長らく行われてきたならわしは、亡くなった人の整え方のいくつかです。それをどうとらえて、どうすればよいのか。ならわしを行うこと、行わないことに善し悪しはなく、考え方次第です。いずれにしても大事なのは、事業所としての考え方を整理し、スタッフ間で共有しておき、必要なときに説明できることです。 見えてきた、ならわしの背景 死後処置では、主にa~dのならわしが行われてきました。a手を組ませるb胴紐を縦結びにするc顔に四角い白い布をかけるd和服を逆さあわせにする(いわゆる左前) 葬儀文化に詳しい方への取材や関係書を読み検討を重ねる中で、これらのならわしが死や遺体に対するおそれの感覚や生きている人と区別するための印づけとしての必要性があったのだろうと考えるようになりました。 ①ご遺体へのおそれの感覚 昔は埋葬するまでご遺体を身近に置いていたこともあり、ご遺体の鼻や口から悪い存在が入り、荒ぶれて動き出したりしないかといったおそれの感覚が生じたようです。そのために、動かないように縛ったり、鼻や口の穴を塞いだりして封印をするようになったのではないか、そして、その名残がaの手を組ませる行為やcの顔に四角い白い布をかける行為なのではないか、と考えられていることが多いとわかりました。 ②「あの世の人」になったことの印づけ また、昔は死んだら「この世」から「あの世」(この世とは逆さの世界になっていると考えられている世界)へ行くと信じる感覚がありました。かつては看取りから葬儀まで自宅で執り行われることが多く、近所の人や親戚の人たちが自宅にたくさん集まりました。その中でご遺体が布団の上に横たわっているわけです。こうした状況において「この人はあの世の人になったのだ」と周囲に表明する、生きている人と区別する必要があったと思われます。 医師による死亡診断と告知があるわけではない時代には、亡くなったと決めたことを表明する必要もあったのではないかと想像します。その表明のしかたとして「逆さの世界の人」として、普段とは逆の方法にする逆さ事が行われてきたのでしょう。 逆さ事には、例えば「逆さ屏風」や「逆さ水」があります。「逆さ屏風」は、ご遺体の枕もとに屏風があれば、絵柄を逆さにして立てることを言います。「逆さ水」とは、ご遺体を拭くときに使用するお湯のつくり方を言います。通常、お湯に水を足して温度を調整しますが、その逆、水にお湯を足して温度を調整します。 先ほどご紹介したbの胴紐を縦結びにしたり、dの和服を左前にあわせることも逆さ事のひとつとして行われたのでしょう。胴紐は通常、横に結びますが、その逆として縦に結んだと考えられます。なお、縦結びは解けにくい結び方であり、「もう、あの世から戻れないですよ」という本人へのメッセージだと考えるむきもあります。 エンゼルケア時に、ならわしは基本的に行わなくてよい エンゼルケアは、ご家族が心豊かに看取りの場面を過ごしていただくことが目的のケアです。その段階において「ご遺体へのおそれの感覚が由来したならわし」は必要ない、また、周囲に亡くなった人であることを表明するための「印づけ」も必要ない、と考えています。 連載[2]のコミュニケーションの回で述べたとおり、生きているときのようにご遺体を気遣うご家族が多いのですから、死者らしくするならわしは行わない方針がご家族の感覚にもフィットします。 また、ならわしは後になってからいつでも行うことができますから、わざわざエンゼルケアの時点であわてて行う必要はありません。ただ、ご家族の希望があればそれに添う対応を検討してください。 社会状況の変化をキャッチしておきましょう 全体に死という出来事やご遺体を目立たないようにしたいという人々の思いが、死を取り巻く状況に反映されている印象です。例えば、以前は派手な装飾で目立つ存在だった霊柩車は、現在は目立たないものにとって変わり、葬儀も簡略化が急激に進んでいます。看取りや、葬儀の担い手となる子供の人数が少なくなり、その負担も増えている現在、簡略化は自然な方向性かもしれません。 そのような状況であることを含み、エンゼルケアではできるだけ、連載の[4]で述べた「でも」と思える場面づくりを意識するといったことが必要なのかもしれません。 ならわしはとなりの町でも流儀が異なる場合もあり、考え方や行い方に地域差が見られることも少なくありません。担当地域の自治体や葬儀社などから葬送の現状について情報を得ておくことも、エンゼルケアの内容を考えるうえで参考になると思います。 ワンポイントメモ宮家準氏が執筆された『日本の民俗宗教』(講談社学術文庫)中に掲載されていた次の図を知り、その内容にたいへん感動しました(図1)。 図1 生と死の儀礼の構造宮家準(1994)『日本の民俗宗教』(講談社)、124ページより引用 図の上半分にこの世の儀礼が並んでおり、下半分にあの世の儀礼が並んでいます。このように儀礼を対比すると、この世とあの世で儀礼の類似性があり、結婚式と三十三周忌までは儀礼のペースがほぼ同様です。先人らは、あの世に行った霊に対しても節目節目で儀礼を行い、この世で生きている人と同じくらい大切に思いながら過ごしたわけです。図では、あの世の儀礼にある「十三周忌」に対応するこの世の儀礼がありませんが、私の出身地である茨城県の一部では13歳のときに十三参りという儀礼を行います。 また、この図を縦半分にして左右を見てみると、右半分は神社、左半分はお寺で儀礼が行われます。他にも感動ポイントがいろいろとあるのですが、ここでは割愛します。昔の人たちは、このように一つひとつの儀礼を進めていくことがグリーフワークになっていただろうことを読み取ることができます。最近では、初七日は葬儀と一緒に済ませるなど、儀礼が省略されることも少なくありません。今後の社会では、これらを簡略化した分の穴埋めについて考えなければならないのではないかと思うのです。 皆さんの担当地区に伝わるならわしや、担当している利用者さんの出身地のならわしを聴取し、民俗学や文化人類学の書物を参考に、ぜひ検討してみてほしいです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年5月10日
2022年5月10日

蓄尿バッグに尿がたまっていない場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第9回は、膀胱留置カテーテル交換後、蓄尿バッグに尿がたまっていない患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 87歳男性。膀胱留置カテーテルを使用して排尿しています。カテーテルの入れ替えを行い、その後、家族から「尿がたまっていない」と電話がありました。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 膀胱留置カテーテル交換後に排尿が確認できない事例です。 まず大前提として、カテーテル交換の際は、カテーテルが膀胱に正しく挿入されていることの確認が必須です。具体的には、尿が流出されることを確認してから固定します。 カテーテル交換時には尿が流出することを確認できている場合は、乏尿(無尿)を疑ってアセスメントを行います。 もしも万が一、カテーテル交換をした時、蓄尿バッグやチューブ内へ尿が流出することを確認できていなかったのであれば、カテーテル位置が不良(膀胱まで至っておらず、尿道に留置されている)で、尿閉になっていることが考えられます。その際は、すぐに固定を解除する必要があるので、早急に報告し、対応してください。 ここに注目! ●カテーテル留置不良による尿閉の可能性がある●カテーテル留置に問題がない場合、乏尿(無尿)の可能性がある カテーテル留置状態のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・留置カテーテル交換からの経過時間、交換時の違和感や疼痛・苦痛の訴え・バッグ内・チューブ内に尿がわずかでもあるか・亀頭部からの尿漏れはないか・陰部や下腹部の疼痛・苦痛の訴え・尿閉の症状(尿意、激しい尿意、腹部膨満感、腹痛、強い焦燥感や不安感、冷汗、など) カテーテル留置状態のアセスメント②客観的情報の収集 脈拍・血圧測定 痛みや尿が排出できない苦痛で、脈拍や血圧が上昇することがあります。意識レベルの低い高齢者や認知症のかたでは、苦痛の有無を適切に伝えることが難しいため、バイタルサインから推測します。 膀胱内の尿貯留のアセスメント 膀胱は、正常であれば充満しても恥骨結合内部にとどまり、腹壁から視診・触診することはできません。 尿閉で貯留量が多くなった場合は、下腹部が膨満し、硬く触れます。打診すると濁音が聞かれます。 陰茎や陰嚢の観察 膀胱留置カテーテルのバルーンが周辺組織を圧迫し、血流障害を起こす可能性があります。組織は炎症を起こし、最終的には壊死に至ります。 陰茎や陰嚢の視診・触診を行い、発赤・腫脹・熱感、潰瘍や壊死を疑わせる皮膚の変化がないかを観察します。 乏尿(無尿)のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・尿路結石や腫瘍による激しい疼痛、腰部や背部に放散するような痛み・乏尿の原因となる循環血流量の減少を招く心不全のアセスメント、脱水の症状を確認する 乏尿(無尿)のアセスメント②客観的情報の収集 排尿量・性状・排尿行動に関する問診・観察 乏尿の基準は400mL/日以下とされています。 脈拍・血圧測定 腎臓への血液循環が低下している状態では乏尿になりますので、血圧の低下、脈拍の低下がないかを確認します。 身体への水分貯留のアセスメント 循環障害や腎障害では、全身性の浮腫があらわれます。顔面や全身の腫脹、重力がかかる部位の圧痕を確認します。水分出納を計算し、できれば体重もチェックできるとよいでしょう。 報告のポイント ・膀胱留置カテーテル交換後、蓄尿バッグ内に尿が確認できないこと・カテーテルの尿道への留置の可能性と、陰部組織に与えた影響・乏尿(無尿)の可能性 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ)青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授記事編集:株式会社メディカ出版

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