アセスメントに関する記事

褥瘡の基礎知識 発生原因・予防的スキンケア
褥瘡の基礎知識 発生原因・予防的スキンケア
特集 会員限定
2023年11月21日
2023年11月21日

褥瘡の基礎知識 発生原因・予防的スキンケア・在宅療養生活でのポイント

褥瘡は、「身体に加わった外力は骨と皮膚表層の間にある軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り、褥瘡となる」と定義されています。 高齢療養者の多くは、自分で体位変換が行えない、長期間の寝たきり状態、栄養状態が悪い、皮膚が脆弱、などの状況にあります。そのような状況で皮膚に圧迫や摩擦、ずれなどの刺激が繰り返されると、褥瘡になるリスクが高まるため日々のケアが重要です。そこで今回は、皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表の岡部美保さんに、褥瘡の予防的スキンケアを中心に解説いただきます。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 褥瘡の発生要因〜マイクロクライメット〜 褥瘡の発生要因 褥瘡の発生には、圧迫やずれ、摩擦、低栄養などが複合的に影響しています。褥瘡は、寝たきり状態や脊髄損傷などの知覚障害による、筋肉の廃用性萎縮で骨突出部位などに生じる創傷です。自力で体位変換が行える、姿勢を変えることができる療養者は、傷んだ組織も修復されていきます。一方、基礎疾患の進行や体調不良による食事摂取量の減少、ストレスなどによる食欲低下によって栄養状態が低下すると、傷んだ組織は修復されず、次第に悪化して褥瘡を発症します。 在宅療養者:低栄養在宅療養者:関節拘縮 また、トイレや車椅子などへの移乗動作や姿勢の崩れ、ベッドの背上げ・背下げによって生じる姿勢の崩れ、体位変換やおむつ交換などの際には、臀部や仙骨部・背部に「ずれ力」が働きます。適切な姿勢保持や体位変換が行われないと、組織には持続的に圧力も加わり組織障害が進行します。 褥瘡は、主に圧迫により生じる創傷ですが、ずれや栄養障害などの要因が複合的に加わることで発症につながります。 仙骨部にポケット形成を伴う褥瘡仙骨部に感染を伴う褥瘡 さらに、褥瘡の発生や治癒にはマイクロクライメットが影響しているといわれています。マイクロクライメットとは、「皮膚局所の温度・湿度」と定義されています。 褥瘡発生要因の新たな概念:マイクロクライメット管理 褥瘡の予防や治癒の促進には、温度の上昇を予防して湿度を透過させることが重要であるという、マイクロクライメット管理を良好に行うケアが注目されています。 皮膚局所は、体温が高くなると代謝が亢進し、酸素や栄養が消費されて不足しがちになります。その状態で外力を受けると組織耐久性が低下し、わずかなずれや摩擦で皮膚を損傷し、褥瘡を発症しやすくなってしまうのです。また、温度が高くなると汗をかきやすくなります。発汗により皮膚は湿潤状態になり、バリア機能や組織耐久性が低下。さらに通常よりも摩擦力が高くなることにより、わずかなずれや摩擦によって褥瘡の発生リスクは高くなります。 湿度が上昇する要因は、発汗に限りません。失禁による皮膚の湿潤もあります。おむつを使用している皮膚は、高温多湿な環境にあります。おむつ交換の間隔が長くなると、尿はアルカリ性に変化し皮膚への刺激が強まります。また、便に含まれる消化酵素も皮膚を損傷するリスクを高めます。皮膚を健康な状態に保ち、バリア機能を高めるためにも、温度と湿度の管理は重要です。 マイクロクライメット管理には、マイクロクライメット機能が付いたエアマットレスの使用や、吸湿性の高いシーツなどを用いた寝床環境の調整、透湿性に優れたおむつの使用、定期的なおむつ交換などをおすすめします。 【マイクロクライメット管理の主なポイント】 居室内の温度と湿度の調整寝具、寝衣による体温の調整おむつや尿取りパッドの透湿性、適切な使用体圧分散マットレスの通気機能、柔らかさシーツや皮膚に接触するクッションカバーなどの素材 褥瘡予防のためのスキンケア 褥瘡のスキンケアは、褥瘡発生や治癒遅延の要因となる、摩擦、ずれ、湿潤から皮膚を護るケアが必要です。特に、ドライスキンの療養者は、皮膚のなめらかさや柔らかさが失われるため、摩擦やずれなどの外部の刺激によって皮膚が損傷しやすくなります。皮膚の乾燥を防ぐスキンケアを行いましょう。 脆弱な皮膚は、外力を加えないケアが大切です。洗浄の際は力や摩擦を与えないように優しく洗浄しましょう。保湿の際も、保湿剤の塗布時に摩擦やずれが加わる可能性が高くなります。保湿剤はローションタイプのものを使用して、一度にたくさん塗布せず、少量を両手に薄くのばし、擦らず優しくなでるように塗布します。摩擦やずれの予防には、保湿剤や皮膚皮膜剤、撥水性保護クリームを用いた、保護が大切です。排泄物による汚染が予測される部位には、あらかじめ撥水性保護クリームを用いて、排泄物の付着から皮膚を保護します。骨突出部の皮膚は毎日観察し、強い圧迫やマッサージを避けましょう。 摩擦やずれは、頭側挙上時や車いすへの移乗時、体位変換時など、すべての生活場面で生じます。頭側挙上では角度調整や背抜きを行い、できる限り皮膚の表面を損傷しないように留意することが大切です。それには、皮膚の表面を保護すること(「保護のスキンケア」)と、皮膚に何かを貼付して皮膚を覆うケアをおすすめします。皮膚に貼付するものは、安全なもの、スキントラブルをおこさないもの、皮膚の観察がしやすいもの、皮膚を圧迫しないもの、取り扱いしやすいものなどを、療養者の状態や生活に応じて選択します。 褥瘡の予防的なスキンケアはすべての療養者を対象とし、外部からの刺激に負けない健康な皮膚を保つための「基本的なスキンケアの継続」が極めて重要です。 褥瘡予防のケア〜療養生活でのポイント〜 褥瘡を予防するためには、外力(圧迫やずれ力)の大きさを減少させること、外力の持続時間を短縮することが原則です。褥瘡ケアというと局所のケアに目が向きがちですが、褥瘡の予防・治癒促進・再発予防、すべての時期において外力の除去が重要です。 圧迫・ずれ・摩擦   療養者に対する移動の介助は、皮膚への圧迫やずれ・摩擦が生じることによる褥瘡発生はもちろん、介護者の腰痛の原因にもなります。「引きずらない」「擦らない」「本人の動きに合わせる」介助や、リフトを活用した移乗などを実施しましょう。一人で身体介助を行う場合も少なくありません。療養者の身体や安全を守るためにも、トランスファーグローブやトランスファーシートなどの福祉用具の使用を検討することも必要です。 おむつや着衣の交換時、シーツ交換の際は、摩擦が生じやすくなります。おむつ交換の際、尿取りパッドを引き抜くと、仙骨部や尾骨部の皮膚には強い摩擦とずれが生じるため要注意です。また、排尿後に長時間おむつを着用していると皮膚は浸軟します。さらに排泄物を多量に吸収したおむつは、膨潤し硬くなります。そのような状態で座位姿勢になった場合、仙骨部や尾骨部には圧迫が加わりますし、ぬれて蒸れたおむつで過ごすことは不快なため姿勢も崩れやすくなり、ずれと摩擦も生じることに。排尿後は速やかにおむつ交換を行うことが大切です。同時に、療養者の排尿パターンや排尿回数・量にあったおむつを選択しましょう。 体位変換とポジショニング 褥瘡の発生や悪化を予防するために、体位を変えることで骨突出部の皮膚・組織に加わる外力を少なくし、外力の加わる時間を短くする方法が体位変換です。ポジショニングは、体位変換の基本を踏まえつつ、身体各部の相対的な位置関係を整え、身体を安定させてより快適な姿勢の保持を行う方法です。局所への圧迫を減少させ安楽な仰臥位をとるためには身体のねじりやゆがみを取り、できるだけ広い面積で身体を支える「体圧の分散」が重要です。 日頃より、褥瘡好発部位や骨突出部、過去に褥瘡を発症した部位、得手体位により常時マットレスと接している部位の皮膚は、注意深い観察と定期的なアセスメントを行いましょう。発赤を認めた場合は速やかに体圧分散ケアの見直しを行う必要があります。 また、療養者に家族が行う体圧分散ケアは、介護者が療養者に言葉を交わしながら触れること(タッチング)で、かけがえのない家族のぬくもりを感じ合う場でもあります。療養者にやすらぎや安心感を与え、心身の疼痛や苦痛を緩和するなど、褥瘡悪化や予防の観点以外にも大きな効果があると考えます。 栄養  療養者の栄養ケアは、低栄養になってから始めるのではなく、「日頃から低栄養を予防する」という意識をもって支援しましょう。在宅で低栄養状態にある療養者は、自立している高齢者にも見られます。ひとり暮らしで調理が面倒になる、歯の喪失により噛めない、食の嗜好の変化や病状により摂取栄養素が偏っている、などの原因で低栄養が生じている場合も。療養者の食生活は、テーブルの上に置かれている食べ物、ゴミ箱の中、冷蔵庫の中からも知ることができます。療養者の嗜好や嚥下状態、経済性などを考慮した上で栄養補助食品を活用し、偏った栄養素を補う、不足したエネルギーを補充することも必要です。 皮膚科医、WOCナースとの協働 皮膚科医や皮膚・排泄ケア認定看護師(WOCナース)の知識と技術の提供・協働によって、専門的な褥瘡ケアの視点を補完していくことも重要です。専門性の高い他職種の協力を得ることが、在宅における褥瘡ケア看護の質の向上と療養者・家族のQOLの向上につながります。 執筆: 岡部 美保皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表1995年より訪問看護ステーションに勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマ、排泄に関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。編集: NsPace編集部 【参考】〇岡部美保(編)『在宅療養者のスキンケア 健やかな皮膚を維持するために』日本看護協会出版会.2022.

高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】
高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2023年11月21日
2023年11月21日

高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】

2023年8月25日、9月8日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「超高齢社会における栄養ケアマネジメント~通所施設や在宅における低栄養への挑戦~」。ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーとの共催でお届けしました。登壇してくださったのは、高齢者の栄養管理を専門とする医師の吉田 貞夫先生。訪問看護師が知っておきたい利用者さんの食事、栄養摂取に関する知識を紹介いただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、低栄養が高齢者に与える影響や栄養管理の考え方、ノウハウをまとめます。 ※約45分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】吉田 貞夫先生ちゅうざん病院 副院長/沖縄大学 客員教授、金城大学 客員教授高齢者医療、高齢者の栄養管理、認知症ケアなどを専門とする医師・医学博士。日本静脈経腸栄養学会 認定医、日本病態栄養学会 専門医、日本臨床栄養学会 指導医をはじめ、数多くの資格を取得。栄養経営実践協会の理事も務める。医師として患者の診療にあたるかたわら、全国で年間80件以上の講演も行っている。 サルコペニア、フレイルと低栄養の関係性 超高齢社会を迎えた今、低栄養と高齢者のサルコペニア、フレイルとの関係がますます注目されています。最初に、サルコペニアとフレイルについて簡単にご説明しましょう。 サルコペニア筋力が落ち、筋肉量も減少して、日常生活に必要なさまざまな身体機能が低下した状態のことをいいます。「筋力の低下」「骨格筋量の減少」「身体機能の低下」という3つの要素があると覚えてください。サルコペニアになると、転倒や骨折、ADL低下、肺炎のリスクが高まります。フレイル運動能力が低下した虚弱な状態。転倒や骨折、ひいては入院、死亡リスクも高まります。 低栄養は、こうしたサルコペニア、フレイルにつながる可能性があり、早期発見することが重要です。しかし、筋肉量を測らずに低栄養の判定をすると、検出率が半分ほどに減ってしまうことがわかっています。 近年、GLIM(低栄養診断国際基準)でも、サルコペニアの判定をする上で、骨格筋量の評価がより重要視されています。そこで、血液検査の値(血清クレアチニンとシスタチンC)を使って骨格筋量を計算し、サルコペニアや低栄養をもっと簡単に測定*できるよう研究開発しました。 ただ、専用の機械がない訪問看護の現場で筋肉量を測るのはなかなか難しいもの。そんなときは、人間の体の中で最も筋肉の割合が多い部位である「ふくらはぎ」の周囲長を測ってみてください。周囲長が減っている場合は、全身の筋肉量が減っていると判断できます。この方法は、サルコペニアの可能性の有無を判断する場面でも活用できます。 ふくらはぎ測定基準 男性        女性        ふくらはぎ周囲長(cm)<33 <32 ※BMIが25~30(kg/m2)の場合は測定値から3㎝を引く。BMIが30(kg/m2)以上の場合は測定値から7㎝を引く。*参照元:Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients, Clinical Nutrition ESPENhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35331529/ 事例で考える栄養管理の方法 ここで具体的な事例を挙げて、栄養管理のアプローチについて考えてみましょう。60代後半の男性、Aさんの事例です。 モデルケース:Aさん脳梗塞を発症した60代後半の男性。現在の体重は52kg。リハビリテーションに取り組み、自宅に帰りたいと考えている。 Aさんに必要なエネルギー量 Aさんの1日に必要なエネルギー量は、1日安静にしていたとしても1,300kcalに上ります。リハビリテーションに取り組んだ場合はプラス250kcal、点滴で栄養を摂取していた期間に減ってしまった体重を戻そうとする場合はさらにプラス500kcalをとらなければなりません。つまり、1日あたり合計2,050kcalを摂取する必要があります。 Aさんが抱える栄養摂取の課題 しかし、Aさんはおかゆをはじめとした嚥下調整食を食べています。嚥下調整食は水分が多いため、その分容積が大きくなり、頑張って食べても1日に1,200kcalをとるのが限界です。このような低栄養の状態が続くと、サルコペニアが進行し、ADLは低下。嚥下機能もさらに悪化し、誤飲性肺炎を起こしたり、食事をとれなくなったりといったリスクも高まってしまいます。 Aさんへの栄養管理のアプローチ そこで、まずは2,050kcalから体重を戻す分のエネルギー量を引いた1,550kcalを最低でもとることを目指します。そのための方法としては、訓練をして食形態を上げること。食事の水分量が減れば、食べられる量が増えます。それから、ゼリーやドリンクなどの補助食品を使うのも効果的です。 食べる目的に応じて内容を変えて 栄養管理の内容は、その利用者さんの「食べる目的」をふまえて検討します。体調の改善を目指す方、現状を維持したい方、看取りフェーズに入っている方。食べる目的が異なれば、食事内容やリハビリテーションの実施の有無が変わってきます。 改善を目指す方先ほど挙げた事例のAさんのように、今より元気になりたい方は「摂取量>必要量」のバランスになるようエネルギーをとる必要があります。食形態を変えるリハビリテーションを継続し、栄養補助食品、MCT(中鎖脂肪酸)や粉末たんぱく質を併用しましょう。現状を維持したい方現在の体の状態をキープしたい方は、「摂取量≒必要量」になるようにエネルギーをとれれば問題ありません。ただし、体重が減少していないかこまめに観察してください。栄養補助食品を使うこともありますが、長く継続できるかどうか考えて提案しなければなりません。看取りフェーズの方エネルギー摂取の目標は「摂取量≒必要量」ですが、最も優先すべきは利用者さん、ご家族のご希望です。ニーズを見極め、また継続可能な栄養管理の方法を模索して提案します。 なお、栄養管理にぜひ活用してほしいのが、「中鎖脂肪酸」や上記でも触れている「栄養補助食品」です。 食欲改善効果が期待できる中鎖脂肪酸 中鎖脂肪酸は、近年人気が高まっているココナッツオイルの主成分で、低栄養の方にぜひ摂取してほしい成分です。理由は、食欲を亢進させる消化管ホルモン「グレリン」は中鎖脂肪酸と結合することで活性型になるため。つまり、中鎖脂肪酸をとれば、食欲を改善させられるかもしれません。 栄養補助食品を使う場合、1ヵ月は継続を 低栄養の方の栄養管理によく使われる栄養補助食品は、摂取期間に注意してください。「認知症患者の栄養に関するESPENガイドライン」によると、栄養補助食品の使用を開始したら、栄養状態に改善傾向が見られても1ヵ月間は続けたほうがよいとされています。「栄養状態が悪くなる前」の状態にまでしっかりと戻してから使用をストップしましょう。 ICTを活用した栄養指導 栄養指導は、管理栄養士が行うのが理想的です。しかし、管理栄養士が在籍していない訪問看護ステーションはまだまだ多く、専門家による栄養指導を受けられないケースは珍しくありません。そこで活躍するのが、「ICTを活用した遠隔栄養指導」です。私も、遠隔診療が始まる以前の2013年頃、沖縄県栄養士会が共同で「遠隔栄養指導のモデル事業」を実施しました。今後、全国で遠隔栄養指導のしくみがどんどん構築されていくことを願っています。 >>後編はこちら高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇Sadao Yoshida , Yuki Nakayama , Juri Nakayama , Nobumasa Chijiiwa & Takahiro Ogawa .(2022). Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients. Clin Nutr ESPEN , 48:456-463. DOI: 10.1016/j.clnesp.2021.12.027〇Dorothee Volkert , Michael Chourdakis , Gerd Faxen-Irving , Thomas Frühwald , Francesco Landi , Merja H Suominen 6,…&Stéphane M Schneider. (2015). ESPEN guidelines on nutrition in dementia. Practice Guideline, Clin Nutr. 2015 Dec;34(6):1052-73. DOI: 10.1016/j.clnu.2015.09.004

マインドフルネス
マインドフルネス
特集
2023年11月21日
2023年11月21日

マインドフルネスとは?効果や方法・医療現場での活用について解説

ストレス軽減や感情のコントロールを目的とし、自己認識力を高めるといわれる「マインドフルネス」は、近年ビジネスパーソンに取り入れられるケースが増えてきました。医療現場でも注目されはじめているほか、訪問看護の利用者さんが興味を持たれている可能性もあるため、訪問看護師の方は知っておくとよいでしょう。この記事では、マインドフルネスの効果や方法、医療現場での活用などについて詳しく解説します。 マインドフルネスとは マインドフルネスとは、「今この瞬間」の感情や状況などを受け入れ、過去や未来にとらわれない姿勢を持つこと、ありのままの自分の思考を観察することです。 例えば、何らかのトラブルが起きたときに、「どうしよう」「叱られるかもしれない」「以前にもこのようなことがあった」など、未来や過去につながる思考になることがあります。そうなれば強いストレスを感じる上に、トラブルへの対処が遅れたりミスを重ねたりするでしょう。マインドフルネスを実践することで、トラブルの深刻化や複雑化を防ぐとともに、精神的なストレスを軽減できる可能性があります。 また、脳の活性化や集中力の向上など、さまざまな効果が期待できるともいわれています。 マインドフルネスが医療に応用されるまでの経緯 マインドフルネスはストレス管理やメンタルヘルスの向上に効果があるとされているため、当初は主に「ストレス緩和」に焦点を当て、看護師や医師が受ける職業上のストレス管理に活用されていました。 また、近年はマインドフルネスが不安や抑うつの症状緩和やがん患者のメンタルヘルスの改善などに役立つ可能性があることを示す論文が報告されるようになり、医療現場でも活用されるようになってきました。 マインドフルネスの医療の現場での活用例 マインドフルネスは、医療の現場で次のように活用されています。 医療従事者のストレスの軽減 医療機関では、医師、看護師、カウンセラー、セラピストなどの医療従事者向けにマインドフルネスのアドバイスが行われることもあります。マインドフルネス瞑想、ストレス管理のアドバイスなどにより、長時間勤務、患者とのエモーショナルな接触(悲しみ、怒り、不安など、激しい感情の動きを伴うコミュニケーション)、大きな責任感に由来するストレスの軽減が期待できます。 睡眠の質向上 ストレスが大きい状況下では睡眠の質が低下し、医療の安全性に悪影響を及ぼす可能性があります。マインドフルネスは不眠症の症状を軽減するのに役立つことがあるため、ストレスで睡眠不足になっている場合は試してみましょう。 患者の病気に伴う精神的不調のケア 患者は病気や治療に伴ってしばしばストレスや不安を感じます。マインドフルネスは、患者がリラックスし、精神的な安定を維持するのに役立ちます。例えば、うつ病による精神的な落ち込み、難治性の疾患に罹患した際の精神的なショックなどのケアが可能です。 マインドフルネス瞑想のやり方 マインドフルネス瞑想は次の流れで行います。 座った状態で目を閉じますゆっくりと息を吸って吐くことに集中します途中で雑念が浮かんできたら、それをあるがままに観察します呼吸に意識を戻します これを1日15~25分を毎日行いましょう。雑念に対する観察においては、過去を振り返ったり未来のことを考えたりしてはいけません。今、この瞬間の思いだけを観察します。 マインドフルネスの注意点 アメリカの国立衛生研究所によると、マインドフルネスはリスクが少ないと考えられていますが、一部の人は不安や抑うつなどが生じる可能性があります。6,000例以上を対象とした研究においては、約8%の被験者がネガティブな経験を報告しています(※)。マインドフルネスが自身に合わないと感じたときは速やかに中止しましょう。 ※厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』「瞑想とマインドフルネスについて知っておくべき8つのこと」より ほかに知っておきたい心身のリラックス方法 ストレスを軽減するための取り組みは、マインドフルネスだけではありません。ほかにも次のような方法があります。 呼吸法 ストレスを受けているときは普段よりも呼吸が早くなり、酸素を十分に取り込めなくなります。次の呼吸法で呼吸を整えましょう。 「1・2・3」と数えながら鼻からゆっくりと息を吸い込みます。このとき、おなかも一緒にふくらませましょう「4」で息を軽く止めます「5・6・7・8・9・10」と数えながら口から息をゆっくりと吐きます。このとき、おなかも一緒にへこませましょう 漸進性筋弛緩法(ぜんしんせいきんしかんほう) ストレスを感じると無意識に体に力が入ります。漸進性筋弛緩法は、次のように動作することで体の緊張をほぐす方法です。 顔や手、肩などに力を入れて5秒程度キープしますストンと力を抜いて10~20秒ほどキープします 力を抜いた瞬間、筋肉が緩んで、温かさを感じれば成功です。 * * * マインドフルネスを実践することで、そのときに起きたトラブルへの対処が可能になるほか、ストレスを軽減できる可能性もあります。また、疾患に伴う精神的苦痛の緩和にも期待できます。今回、解説した内容をご自身のストレス管理や利用者さんへのアドバイスにぜひ役立ててください。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】〇国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 行動医学研究部「こころの健康を保つために大切なことhttps://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/anxiety/selfcare.pdf(2023/9/28閲覧)〇大阪府こころの健康総合センター「三つ折りリーフレット メンタルヘルス 気軽にリラックス」(2015年3月発行)https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/13282/00000000/relax2015.pdf(2023/9/28閲覧)〇Elizabeth A. Hoge, MD1; Eric Bui, MD, PhD2; Mihriye Mete, PhD3; et al(November 9, 2022)「Mindfulness-Based Stress Reduction vs Escitalopram for the Treatment of Adults With Anxiety Disorders: A Randomized Clinical Trial」2023;80(1):13-21. doi:10.1001/jamapsychiatry.2022.3679https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/2798510(2023/10/6閲覧)〇NCCIH「8 Things to Know About Meditation and Mindfulness」https://www.nccih.nih.gov/health/tips/8-things-to-know-about-meditation-and-mindfulness(2023/9/28閲覧)〇一般社団法人マインドフルネス瞑想協会「マインドフルネスとは?」https://mindfulness-association.com/mindfulness/(2023/9/28閲覧)〇川崎市.川崎市健康福祉局精神保健福祉センター「『からだ』と『こころ』のリラックス」(2021年改訂)https://www.city.kawasaki.jp/350/cmsfiles/contents/0000117/117031/singatakoronachirasi(kadadatokokonorelax).pdf(2023/9/28閲覧)

訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ
訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ
特集 会員限定
2023年11月14日
2023年11月14日

訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ【セミナーレポート後編】

2023年8月18日に開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護の夜間緊急対応~頭が痛い!待てる?待てない?~」。訪問看護の現場で活躍する診療看護師の坂本未希さんを講師に迎え、頭痛を訴える利用者さんのトリアージに必要な知識を、ケーススタディを交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、緊急コールを受けた際に活用すべきツールの紹介と、ケーススタディの内容をまとめました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】 【講師】坂本 未希さん看護師、保健師/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所属宮城大学 看護学部看護学科を卒業後、長崎県の病院での勤務を経て、訪問看護に携わるべくウィル訪問看護ステーション江戸川に入職する。訪問看護師として勤務する傍ら、国際医療福祉大学大学院に進学し、2019年3月には修士課程を修了。診療看護師の資格を取得した。 緊急コールを受けた際に使える3つのツール 緊急コールを受けた際の対応には、3つの選択肢があります。緊急度の高い順に、・救急車を呼ぶ・看護師が訪問して状態確認やケアをする・利用者さんやそのご家族に電話で対応方法を説明するです。選択においては、以下のツールを使って検討してください。 緊急性を判断する「ABCDE」アプローチ 緊急性、重症度を判断するにあたり、最初に「気道」「呼吸」「循環」「意識」「体表」の5つから成る「ABCDE」を聞いていきましょう。 各項目を電話口で確認する際のコツは以下のとおりです。 A(airway):気道「会話や呼吸はできますか」「顔色はどうですか」「胸の動きはどうですか」など、わかりやすい言葉で質問しましょう。 B(breathing):呼吸「呼吸のリズムは早いですか、遅いですか」「肩を上げて苦しそうな呼吸をしていないですか」など、わかりやすい言葉で質問しましょう。 C(circulation):循環血圧や脈拍を測れない場合も、末梢が冷たくなっていないか、チアノーゼがないかなどを確認します。 D(dysfunction of CNS):意識声かけに対しての反応の有無だけでなく、普段と比べてどうかも判断のポイントになります。 E(exposure):体表冷や汗をかいているか、体熱感があるかなど、すぐに確認できる変化を聞いてみましょう。 現病歴を確認する「OPQRST2」 「ABCDE」で目立った問題がない場合は、より詳しく問診していきます。このときに意識してほしいのが、「時間軸」と「症状経過」です。時間の経過に伴って症状が悪化している場合は注意が必要になります。 この時間軸と症状経過に関する情報を漏れなく聞くためには、「痛みのOPQRST2」という現病歴をチェックするためのツールを使うのがおすすめです。 前編(「訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~」参照)で説明した「見逃せない頭痛=二次性頭痛」の判断材料として、頭痛の発症様式は極めて重要な情報になります。例えば、くも膜下出血はハンマーで叩かれたような頭痛が突然起こり、発症後すぐにピークを迎えて、以降ずっと痛みが続くのが一般的。このほかにも、突然発症の頭痛は緊急性が高いケースが多いので、見逃さないでください。 一方、一次性頭痛に分類される片頭痛や緊張性頭痛、群発性頭痛は、痛みに波があることが多いです。 既往歴を確認する「AMPLES(アンプルズ)」 現病歴と併せて、基礎情報も確認しておきましょう。その際に使えるツールが「AMPLES」です。 アレルギーや内服薬、既往歴、社会歴に加え、カルテには載っていない最終の食事や月経も大切な問診項目です。「AMPLES」は、通常の初回訪問時にしっかりと調べておくよう心がけてください。 「OPQRST2」と「AMPLES」を使って得た情報をふまえて、鑑別疾患や、今現れている症状がこれからどういう経過をたどるかを考えていきます。ただし、利用者さんやご家族がパニックに陥っている場合、電話の問診で必要な情報をすべて聞けない時があります。その際は、より丁寧なやりとりを心がけてください。判断に迷う場合は出動しましょう。 ケーススタディ ここからは、ご紹介した知識やツールを使ってケーススタディをしていきます。頭痛を訴える利用者さんのアセスメントと対応について考えてみましょう。 電話での問診、および訪問による状況の確認 利用者さんの妻から、上記のような緊急コールが入りました。まずはカルテの記載を見つつ、AMPLESを使って既往歴をチェックします。 糖尿病や脂質異常症があること、18時頃に最後の食事をとったことなどがわかりました。 続いて、OPQRST2で現病歴を聞いていきます。 夕食後に急に頭痛を訴えはじめたそうですが、「急に」がどれくらい急なのかがよくわかりませんでした。ただ、突然発症の頭痛は緊急性が高く、また辛い痛みで臥床しているとのことで、出動を決めます。 そして、看護師が現場で確認したABCDEは以下のとおりです。 いつもよりぼんやりしていて、意識レベルはJCSI-3に分類されます。また、汗をびっしょりかいており、熱感もありました。 さらに、訪問後に改めて現病歴を問診すると、数日前に感冒症状があったことが新たにわかります。電話での問診ではわからなかった痛みの場所は頭部全体で、随伴症状は39℃の発熱。脈拍は100で頻脈、血圧はやや低下。項部硬直が見られ、頭痛は徐々に強くなり、意識レベルは少しずつ下がる傾向にありました。 アセスメント 以上の情報をふまえ、私が最初に鑑別疾患に挙げるのは髄膜炎です。眼痛があったり、ペンライト法で陽性だったりすれば緑内障も挙げますが、今のところは認められないので除外します。 このように、アセスメントではまず二次性頭痛を除外できないかを考えましょう。そして、除外しきれなければ一次性頭痛については考えず、二次性頭痛として報告を上げます。 「SBAR(エスバー)」を用いた報告 報告する際は「SBAR」というツールを利用します。 このケースは頭痛が主訴なので、診療所や病院には「◯◯さんから緊急連絡があり、訪問しました。頭痛の利用者さんです」と最初に伝えます。続いて、背景=現病歴について。バイタルサインで特に気になる点があれば報告します。今回であれば、体温や血圧、項部硬直ですね。その上で、評価と提案は「髄膜炎の可能性があるので報告しました。緊急搬送を考えていますが、いかがでしょうか?」と伝えるとよいでしょう。 なお、確認した所見をすべて報告する必要はありません。重視すべき所見をピックアップして端的に伝えましょう。もし不足があれば医師から質問があるので、それに回答し、一緒にアセスメントしていけば大丈夫です。 * * * 夜間待機を担当する際、「うまく情報を拾えないかもしれない」「正しい判断ができなかったらどうしよう」といった不安を抱えている方は多いのではないでしょうか。今回ご紹介したトリアージのノウハウが、みなさんの自信や安心につながることを願っています。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ノーリフティングケアのコスト&導入法
ノーリフティングケアのコスト&導入法
インタビュー
2023年11月14日
2023年11月14日

在宅の介護・医療に導入が難しい…は誤解? ノーリフティングケアのコスト&導入法

前編では、介護側の腰痛を防ぐ「ノーリフティングケア」の普及に努める理学療法士の下元 佳子さんに、リフトを導入するメリットについて伺いました。今回は、ノーリフティングケアの導入を悩んでいる要介護者やご家族への説明のしかたや、訪問看護ステーションの管理職がやるべきこと、そして、下元さんが考える今後の課題や展望などについて伺いました。 >>前編はこちら知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 ノーリフティングケアの導入コストの考え方 ―「在宅介護ではノーリフティングケアは無理」と考える利用者やそのご家族もいるかと思います。そう思われている方には、どのように説明されているのでしょう。 下元: 私が携わる訪問看護ステーションでは、2割強の方がリフト利用者です。導入を職員が当たり前のように考えており、介護士や看護師がリフトを必要だと判断すれば、事業所のノーリフティングのリーダーである理学療法士に伝え、一緒に要介護者の自宅に訪問します。そこでメリットや使い方を説明した上で、リフト導入につなげる、といった連携ができています。 要介護者やそのご家族が、在宅での導入は難しいと思う理由はいろいろあります。1つは、「コストがかかる」と思われる点です。確かに福祉用具を購入すると導入時に一定料金がかかりますが、訪問介護をはじめとした人的ケアになると、回数を重ねるごとにお金がかかります。週3回、2人のヘルパーが訪問するよりも、リフトの導入と1人のヘルパーが訪問するほうがかかる費用は安いのです。 ただし、障害児者の場合は、地域によって負担金が異なります。行政から福祉用具の費用が支給される県もありますが、高知県はあまり条件がよくありません。例えば浴室と寝室用にリフトを購入すると、自費負担額が200万円ほどかかるケースも多くあります。でも、実際に導入したご家庭のお母さんに話を聞くと、「介護する自分の腰痛が酷くなって病院やマッサージに通うのなら、早く購入したほうがいい」とおっしゃっていて、お金の使い方は考え方次第だなと感じました。また、厚生労働省による生活福祉資金貸付制度もあり、こうした制度を活用すれば、ほぼ利子がかかることなくお金を借りることができます。 ―老々介護など、介護されるご家族には高齢者の方もいて、操作が難しそうと思う人もいるかと思いますが、どのように説明されていますか。 下元: 基本の使い方を覚えれば、力もいらず、テクニックやコツも要らないのがリフトのいい点です。上・下のボタンしかないので、テレビのリモコンよりも操作は簡単。「シートを体に装着するのが難しそう」とおっしゃる人には、「おむつ交換やお洋服の着替えよりはるかに簡単ですよ」とお伝えします。すると、無理だと思う理由がなくなって試してくださる。ご家族にも乗っていただくと「わ~、気持ちいい」とおっしゃって、導入につながりやすくなります。 話すだけではイメージが湧かないので、リフト利用者に許可をいただき、実際の利用風景の動画を撮影して、導入に悩む方に見せるようにもしています。その際、可能な限り、同年代や同じ疾患がある要介護者の動画を選んで見せるようにしています。そうすると、「これなら活用できるかも」と思ってもらいやすくなるんです。 「部屋のこの辺りにリフトがあると困る」「このくらいの姿勢しか取れないから、吊ることができないと思う」など、要介護者一人ひとり異なる事情に耳を傾け、一緒に解決していく姿勢が大事だと思います。「使えない」「無理そう」という壁は、本人や家族自身が作られているように思うので、その壁を取っ払っていくことが大切ですね。 なお、リフト以外の福祉用具についても、それとなく興味をもっていただけるように工夫しています。要介護者を動かしやすくなるベッドシートや、するっと滑ってラクに動かせる安価なグローブを使って動かす、といったことを、あえてご家族がいらっしゃる場で行うと、「それは何ですか?」とあちらから興味を持って聞いてくださる。「これなら簡単かも」と思ってもらえます。 独自の介護が子どもに悪影響を及ぼすことも ―医療的ケア児の場合には、ご高齢の利用者とはまたコミュニケーションの取り方が変わってくるように思います。アドバイスいただけますか。 下元: 医療的ケア児の保護者の中には、介護士や看護師に対し、「こんな風にやってください!」と強い口調でおっしゃる方もいらっしゃいます。お子さんを誰よりも長く介護されているので、「この向きで抱っこして、こうやってご飯を食べさせてほしい」など、自分流の介護方法を介護士などに求めていらっしゃるんですね。でも、専門家から見れば、「側弯や股関節の脱臼など課題や本人の今後を考えると、介護方法を変えた方が良いかな」と思うことも少なくありません。 でも、そのように頑なになられる理由は、「自分が頑張らなきゃ」という状況に追い込まれ、孤独感を抱えながら試行錯誤してこられたからですよね。この状況を解消するためには、もっと早い段階から専門職である我々が、正しい介護知識をお伝えすべきなのだと思っています。私自身、高知県内の支援学校はほぼすべて周り、「こうした抱っこのしかたは筋肉を緊張させるんですよ」などと知識を伝えています。 看護師や介護士は、プロとして親と一緒に子どもにとってベストな介護方法を考え、実践していくことが大事だと考えています。その方法の1つとして、「リフトの活用が子どもの安定した介護になる」という認識につながればいいと思いますね。 ―実際に導入された人は、どんな風に活用されているのでしょう。 下元: うちの施設でリフトを導入された方の介護者の最高齢は80代の女性で、杖を突いて歩かれる要介護1の方でした。98歳のお母様を102歳の寿命を全うされるまで在宅で介護。トイレ、浴室、居室もすべてリフトを設置し、入浴もトイレも介助できていました。ティルト・リクライニング車いすや介護用ベッド、玄関に昇降機を導入するなど、たくさんの福祉用具を積極的に活用され、介護ヘルパーは不要とおっしゃるほどで、介護保険が余っている状態だったのです。人的サービスから介護プランを組んで福祉用具を導入すると、介護保険料が足りなくなるケースがありますが、福祉用具の活用から介護の方法を考えるというのも1つの手だと思います。 ―リフト利用者やそのご家族の現状を伺いましたが、「在宅だから導入が難しい」と考えている訪問看護師さんも多いかと思います。下元先生の考えや取り組み、訪問看護師さんへのアドバイスをお願いいたします。 下元: リフトのような大きな福祉用具になると、訪問看護側に経験がないと、どのリフト会社を選べばいいのか分からないというところでつまずきます。導入までの意思決定は難しいと思うので、福祉用具の企業のリフトに関する知識がある人に相談し、アドバイスをもらうといいと思います。 また、リフトの導入実績がある福祉用具のレンタル会社を探して相談するのもいいでしょう。1ヵ月だけ利用して、合わなければやめることもできます。 管理者は腰痛予防の体制を整えることが大事 ―訪問看護ステーションの管理者がノーリフティングケアを導入しようと考えたとき、何から始めてどんな流れで進めばいいのか、アドバイスをいただけますでしょうか。 下元: いきなりリフトの導入に取り組むのではなく、管理者がまずやるべきことは、腰痛予防の体制を整備することです。リフトは介護の手段に過ぎません。目的は、介護する人たちの腰痛を防ぐこと。つまり「リスクマネジメント」が重要になります。 例えば、スタッフに「負担になっている業務をあげてほしい」と伝え、心身の負担になっていることを出してもらいます。「要介護者のAさんの移乗がとても厳しく、いつ一緒に倒れてしまうか分からない」「人工呼吸器を装着しているBさんの家はとても狭くて、吸引するときの姿勢がとてもつらい」など、出してもらった負担はすべてヒヤリハットになるので、それを一つひとつ解決する方法やしくみを考えます。現場の人たちだけで解決するのが難しいときは、ケアマネジャーに伝えて担当者会議の議題に挙げられるような組織の体制を整えることが大事です。 リスクマネジメントにつながる「教育」も大事になります。リフトやシート、グローブといったアイテムの使い方を教えるだけではなく、「今の時代は、要介護者を抱え上げてはいけない」ということを、スタッフがきちんと理解するまで教育する必要があります。 看護師や介護士という職業はその道のプロであり、お手本にならなければいけません。誰が見ても「この人たちがやっていることなら、マネしても健康を損なうことはない。大丈夫」と思っていただく必要がある。そのためにも、介護における体の使い方に関するトリセツのような教材をつくればいいと思います。うちの施設でも、新入社員が入ってきたら、つくった教材を使って2時間ほどかけてリーダーが説明します。それを受講してから現場へ入っていくルールになっています。 また、厚生労働省が出している腰痛予防の指針に、要介護者を持ち上げるための重量制限について記載されています。例えば、60kgの男性だったら抱えていいのは24kgまで。女性だったら14kgなので、要介護者が子どもであっても抱えてはいけない場合があります。 参考: 〇厚労省の職場における腰痛予防対策指針及び解説https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000034et4-att/2r98520000034mtc_1.pdf また、リフトもトランスファーボートも、使える対象者の基準があります。こうした基準に沿って管理者はルール化し、リスクマネジメントを心がけることが必須だと思います。 ―今後の課題や展望を教えてください。 下元: 年々、介護現場では人材不足が深刻になっています。特に高知県は高齢化率が全国で2番目に高く、人口は3番目に少なく、国が危機感を持っている2040年代の状態に片足を突っ込んでいる状況です。そうした人材不足の危機感もあって、先立ってノーリフティングケアを実行しています。施設には9割近く導入されましたが、訪問看護はまだ進んでおらず、広げていきたいと思っています。 いずれにしろ、高知県が先がけてやっていても、全国的にノーリフティングケアが当たり前になっていかない限りは、いつまでたっても保険衛生現場の状況は変わりません。ぜひ、ノーリフティングケアの必要性を知り、訪問看護の場でも広げていただきたいと思います。 ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2023年11月7日
2023年11月7日

訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】

2023年8月18日に開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護の夜間緊急対応~頭が痛い!待てる?待てない?~」。訪問看護の現場で活躍する診療看護師の坂本未希さんを講師に迎え、頭痛を訴える利用者さんのトリアージに必要な知識を、ケーススタディを交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、訪問看護におけるトリアージの考え方や、頭痛の種類とその見分け方などをまとめました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】坂本 未希さん看護師、保健師/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所属宮城大学 看護学部看護学科を卒業後、長崎県の病院での勤務を経て、訪問看護に携わるべくウィル訪問看護ステーション江戸川に入職する。訪問看護師として勤務する傍ら、国際医療福祉大学大学院に進学し、2019年3月には修士課程を修了。診療看護師の資格を取得した。 訪問看護におけるトリアージとは トリアージとは、疾患の重症度や緊急度に基づいて治療の優先度を決定し、選別を行うことです。もう少し噛み砕いて説明すると、「患者さんに必要な医療を提供できる臨床スタッフに繋ぐ」ことを指します。 救急の現場では重症度や緊急度に応じて優先順位をつけることが重視されますが、訪問看護現場におけるトリアージでは、「ご家族で対応可能か」「自分たち看護師で対応可能か」「診療所や病院に対応してもらうべきか」を見極めることが大切です。 今回は、頭痛を訴える利用者さんのトリアージについて考えていきましょう。 頭痛の種類 利用者さんから頭痛を訴える連絡が入ったときは、まず「一次性頭痛」か「二次性頭痛」かを判断します。 一次性頭痛頭痛の原因となる疾患がないもので、具体的には片頭痛や緊張性頭痛、群発頭痛の3つがあります。二次性頭痛に比べて緊急性は低いです。 二次性頭痛何らかの疾患があり、その結果として起こる頭痛です。原因となる疾患はさまざまで、代表例としてはくも膜下出血や髄膜炎、急性緑内障が挙げられます。 続いて、上記2種類の頭痛の特徴についてより詳しくご紹介します。 二次性頭痛の特徴と見分け方 まず、緊急性の高い二次性頭痛からお伝えします。危険な疾患の症状として現れる二次性頭痛は、特に見逃せません。先に代表例として挙げたくも膜下出血や髄膜炎は、診断・治療の遅れが命に関わるため、早期発見・治療が必須。緑内障は死には至らないものの、失明する可能性があり、機能的予後が重篤な疾患です。 これらの頭痛は、いずれも「圧」がキーになります。くも膜下出血と髄膜炎は急激な頭蓋内圧の亢進が、緑内障では眼圧の亢進が痛みを引き起こすのが特徴です。 くも膜下出血、髄膜炎の判断基準 くも膜下出血と髄膜炎では、多くの場合「髄膜刺激徴候」が見られます。代表的なのが項部硬直で、首を支えて頭部を持ち上げようとしても、硬直しているため頭部を前屈させられません。硬直が強い場合は、頭を持ち上げると肩まで一緒に浮いてしまいます。 また「ケルニッヒ(kernig)徴候」といって、下肢を股関節で90度に曲げた状態で膝を130度以上伸ばそうとすると、抵抗や痛みが生じます。これらの身体所見を確認できた場合は、くも膜下出血や髄膜炎を強く疑いましょう。 そのほか、くも膜下出血は発症後すぐに頭痛のピークに達すること、髄膜炎は発熱や吐き気があり、必ずしも髄膜刺激徴候があるわけではないことも覚えておきたいポイントです。 緑内障の判断基準 緑内障の判断にはペンライト法が有効です。眼球の横からペンライトの光を当てると、正常な場合は虹彩全体が照らされます。しかし、緑内障を発症している場合は光が抜けず、反対側に影ができます。これは、眼圧が上がることで「虹彩」がせり出してくるためです。 二次性頭痛の判断に役立つ「SNNOOP10(スヌープテン)」 二次性頭痛の代表例としてくも膜下出血、髄膜炎、緑内障を挙げましたが、頭痛を主訴とする疾患はほかにもたくさんあります。「頭痛」というひとつの所見だけで危険度は判断できないので、随伴症状や経過、環境など、さまざまな角度からレッドフラッグがないかを調べて判断することが大切です。 そうした二次性頭痛のレッドフラッグをまとめた「SNNOOP10」というリストがあるので、ぜひ一度チェックしてください。 【SNNOOP10】・発熱を含む全身症状 S:Systemic symptoms including fever・新生物の既往 N:Neoplasm in history・神経脱落症状または機能不全 N:Neurologic deficit or dysfunction (including decreased consciousness)・急または突然に発症する頭痛 O:Onset of headache is sudden or abrupt・高齢(50歳以上) O:Older age (after 50 years)・頭痛パターンの変化または最近発症した新しい頭痛 P:Pattern change or recent onset of headache・姿勢によって変化する頭痛 P:Positional headache・くしゃみ、咳、または運動により誘発される頭痛 P:Precipitated by sneezing, coughing, or exercise・乳頭浮腫 P:Papilledema・進行性の頭痛、非典型的な頭痛 P:Progressive headache and atypical presentations・妊娠中または産褥期 P:Pregnancy or puerperium・自律神経症状を伴う頭痛 P:Painful eye with autonomic features・外傷後に発症した頭痛 P:Posttraumatic onset of headache・HIVをはじめとした免疫系病態を有する患者 P:Pathology of the immune system such as HIV・鎮痛剤使用過多もしくは薬剤新規使用に伴う頭痛 P:Painkiller overuse or new drug at onset of headache 上記すべての項目を暗記する必要はなく、一読して大体を頭に入れておくだけでも、トリアージを行う際に役立つはずです。 また、上記の「SNNOOP10」には含まれていませんが、利用者さんだけでなく同居人の方にも頭痛があったり、ガス器具の炎の色がオレンジだったり、換気すると頭痛が改善するといった場合、一酸化炭素中毒の疑いがあります。特に古い住居ではその可能性が高まると考えてください。 一次性頭痛の特徴と治療方法 次に、頭痛を訴えるケースで多い一次性頭痛についてお伝えします。判別において知っておきたいそれぞれの特徴としては以下が挙げられます。 片頭痛頭痛が起こる前、光に過敏になる、目がチカチカするといった前兆が見られます。緊張性頭痛随伴症状はありませんが、長時間同じ姿勢をとることが誘発因子となるため、仕事や生活スタイルに影響を受けている可能性が高いです。群発頭痛上記の2つよりも強い痛みが生じることが特徴で、くも膜下出血との判別が難しいケースがあります。頭痛が生じている箇所と同側の目の充血、涙が止まらないなどの随伴症状が判断のポイントになります。また、女性よりも男性に起こることが多いです。 なお、群発頭痛の有病率は0.1〜0.4%と低く、あまり見かけません。そのため、先にご紹介した二次性頭痛の可能性を除外できた際に「では、これはどんな頭痛か」と考えるにあたって、片頭痛と緊張生頭痛の可能性を念頭に置くといいでしょう。 一次性頭痛の治療 軽症の片頭痛と緊張性頭痛は、アセトアミノフェン含有の鎮痛剤を服用すると大体はよくなります。そのほか、片頭痛にはNSAIDsも効果的です。緊張性頭痛であれば、首をマッサージしたり、温めたりすると痛みが緩和することもあるでしょう。なお、鎮痛剤が効かない場合は、医師にほかの治療薬を検討してもらう必要があります。 群発頭痛の治療には酸素投与が有効と考えられているので、痛みがひどい場合は医師に連絡し、搬送すべきか指示を仰いでください。 >>後編はこちら訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ノーリフティングケア インタビュー
ノーリフティングケア インタビュー
インタビュー
2023年11月7日
2023年11月7日

知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も

看護や介護の現場では、人力で寝たきりの要介護者を移動させるため、腰痛発生率が高まり、離職率の増加につながっています。それを防ぐのが、欧州では主流の「ノーリフティングケア」です。リフトを活用して要介護者を動かすことで看護師や介護士の腰痛予防になるほか、リフトの活用そのものがリハビリとなり、利用者の拘縮緩和も期待できます。そこで、「ノーリフティングケア」の普及活動に奔走する理学療法士の下元 佳子さんに、国内外の現状やリフトを活用するメリットについて伺いました。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 オーストラリアでは看護師がリフト活用を推進 ―リフトの存在は知っていても活用していなかったり、「ノーリフティングケア」のメリットをきちんと理解していなかったりする看護や介護の現場がほとんどだと思います。ノーリフティングケアの状況やメリット、そして、医療・介護業界に広める活動をされている理由を教えてください。 下元: 「ノーリフティング」という言葉は、看護・介護・福祉の現場から職業病としての腰痛を予防する取り組みを指します。海外に視線を向けると、欧州では1980年代からリフトを使って看護や介護することが日常になっています。 オーストラリアでは看護師の身体疲労による腰痛訴え率が上がったため、1998年に国が腰痛予防策の義務化をし、積極的に取り組んできたのです。歴史は浅いですが、人力のみの移乗を禁止して福祉用具を活用しようと、看護や介護、福祉現場での常識が変わってきています。 現地で率先して活用を広めているのが、看護師です。私は2008年にオーストラリアの看護や介護現場を見学しましたが、「なぜ看護師がリフトの活用を広めているの?」と看護師に質問すると、「患者さんをサポートする役目の私たちが、自分の体を痛めて治療費を払うなんて、話にならないわよね」と答えてくれました。質の高い仕事をするために、ムダなことはしたくないと話していたことにも、プロ意識を感じました。 ―日本とは大きく状況が異なるのですね。なぜ、日本ではノーリフティングケアの導入がなかなか進まないのでしょうか。 日本では1970年代に「重量物取り扱いルール」が制定されましたが、建設業・輸送業など「物」を対象とする業界で実践されてきました。そのため、人に対しては何の対策も取られず、介護や看護に携わる人たちの腰痛が増え続けてしまったのです。2013年に国が「職場における腰痛予防対策指針」を出しましたが、現場が実際に変わるほどの効果はなかったように思います。昨年、厚生労働省による労働災害の防止の取り組み「従業員の幸せのSAFEコンソーシアム」や、今年の「第14次労働災害防止計画」の中に、「介護はノーリフティングケアでやりなさい」という内容が、ようやく明記され始めたのが現状です。 国をあげての問題になった今、看護師や介護士、そして長時間一緒に過ごされるご家族の体を守るために、私はノーリフティングケアの普及活動に力を入れています。 看護や介護職の人たちは、「自分が要介護者の手足を動かしてケアすること」こそ、本人やご家族に喜ばれると考え、それが目標や自身への評価にしがちです。しかし、大事なのは、ご家族を含めた介護するチーム全員が自分の体をしっかり守りながら、ケアを継続すること。看護・介護のプロとしても、腰痛予防のための「ノーリフティングケア」を取り入れるべきだと思います。 日本の要介護者が屈曲状態で拘縮する理由 ―下元さんは30年以上前にカナダの医療や介護の現場へ「ノーリフティングケア」の視察に行かれ、どこに行っても拘縮(関節が固まってしまう状態)の要介護者がいない事実に驚かれたとのこと。日本ではなぜ拘縮の人が多いのでしょうか。 下元: 私が理学療法士を目指して勉強していたころは、「寝たきりなどで体を動かさないから拘縮が起こる」と習いました。でも、実際に臨床現場で働くと、寝たきりなら関節が伸展した状態で拘縮するはずなのに、なぜか上肢は肘で大きく曲がり胸にくっつき、指も握ったまま、下肢も大きく曲がり踵がお尻にくっつきそうな人が多く、不思議に思いました。 セラピーの時間に手足を動かして「少し筋肉が緩んだかな?」と思っても、看護師さんに患者さんを病棟のベッドに移してもらった途端、セラピー前の固さに戻っていることもありました。吸引して拘縮が強くなっていることもあり、もしかしたら、筋肉が緊張する状態が続くと拘縮になるのではないかと思いました。 強い刺激や速い刺激を与えると、筋肉の緊張度合は上がります。例えば、横向きに寝るように体を動かし、股関節を開くといったおむつ交換の作業でも、乱暴に動かすと筋肉は緊張します。時間が経って緊張が少し緩んでも、また次の介護ケアで筋肉が緊張してしまう。私たちのようにふーっと息を吐くなど、要介護者は筋肉の緊張を緩めるようなコントロールができません。つまり、介護ケアの連続が、筋肉の緊張状態を継続させていたのです。これは、人によって「つくられた拘縮」ともいえます。 28歳で地域の高齢者病院に転職したときに驚いたのが、拘縮で手足が屈曲し固まっている患者さんが病室にたくさんいたことです。医師からは山のように「拘縮改善」のオーダーがありました。でも1日数十分体を動かすだけでは、固くなった体を改善することはできません。カナダのバングーバーの施設を視察したのはそのころ。もう30年前の話ですが、拘縮している要介護者はいませんでした。その後に行ったデンマークやオーストラリアでも、生活習慣による円背はあっても、日本でたくさん見るような拘縮した人はいなかった。つまり「ノーリフティングケア」を実践している国では、拘縮している要介護者がほとんどいないのです。 ―リフトの活用が拘縮を防ぐということでしょうか。逆に、筋肉が緊張しそうなイメージもあります。 下元: 吊り上げるときは、大腿後部と背中全体をシートで支えます。広い範囲でしっかり体重を支えながらゆっくり動かせば緊張するどころか、逆に緊張を緩めてくれるのです。だから我々は、「要介護者を抱え上げられないからリフトを使おう」ではなく、「筋肉の緊張を緩めるためにリフトを使いましょう」と在宅介護や医療現場で提案します。拘縮を改善する道具として使えることを、ぜひ多くの看護・介護・福祉の現場で働く人々に知っていただきたいです。 嬉しそうにリフトを利用している利用者さんの様子 ベッドからの移動にリフトを活用(左)。利用者さんのお母様の負担が軽減した。また、体幹トレーニング(中央)や、リラクゼーション(右)にもリフトが活用されている 私が活動する高知県では、全国に先駆けて「ノーリフティングケア」に取り組み、2015年からモデル施設をつくっています。8年経ちますが、拘縮の方が本当に減りました。県外から視察されに来た方を施設にお連れすると、ホールに座っている高齢者を見て、「高知県は特養介護度が低いのですか?」と皆さん同じことをおっしゃいます。日本には拘縮している高齢者が多いので、「自分で自由に動けない介護度が高い人=拘縮している」というイメージなのでしょうが、「ここにいる皆さんは要介護度5ですよ」と伝えると必ず驚かれます。 リハビリもやらなければと思う看護師たち ―先生は、訪問看護師を養成する県のプログラムで講師もされていると伺っています。受講される看護師は「ノーリフティングケア」についてどのようなイメージを持っているのでしょうか。 下元: 年2回、「在宅リハビリテーション」というテーマで1日研修の講師を担当しています。最初に「在宅リハビリテーションに、どんなイメージありますか?」と質問すると、「ベッド上の要介護者の手足を動かす」と看護師さんたちは答えます。私は「リハビリテーションとは、そういうことではない」ということから講義を始めるんです。 理学療法士や作業療法士が不在の介護現場では、「自分がリハビリの仕事をしなければ」と考える看護師さんが多いようです。「リハビリのやり方を教えてください」と看護師さんからよくお願いされますが、「要介護者の手足を動かすことが理学療法士や作業療法士の仕事ではない。週に一度や二度それを実施しても拘縮は予防できません。ケアを変える提案をする方が大事であり、成果が出ます」と伝えます。そして、「リフトで吊り上げてゆらゆら動かすと体の緊張が緩んできます。ベッドの上で要介護者の手足を動かすよりも拘縮予防になります」と説明すると看護師さんたちは驚かれ、「リフトを活用したい!」とおっしゃるのです。 ―リフトを実際に使っている方やそのご家族の様子を教えてください。 下元: リフト利用者やそのご家族は、活動的になる傾向があります。 玄関リフトや電動車いすなどを活用してお出かけをする利用者さん。「人に相談する」「福祉用具を使ってゆとりを作る」ことで、お母様の負担を減らしながら活動量を増やし、暮らしが豊かになった リフトは自費でレンタルできるので、ホテルに設置してもらって1泊2日で国内旅行に行く方もいます。私の勤務先のリフト利用者も、海外旅行を楽しんでいました。リフトの活用が進んでいる海外のほうが手配しやすいとも思います。その方は70代の男性で、難病が進行し、昨年、人工呼吸器を装着されました。在宅介護は厳しいかもと思いましたが、家に戻って来られたんです。「帰ってきたんですね」と言うと、「いやいや息ができなくなっただけでしょ?」とおっしゃる。病気の進行に合わせて補助器具を導入する生活を送り、リフトさえあれば在宅介護ができるんじゃないかという前向きな考えに至ったのだと思います。奥様もリフトとヘルパーさんの力を借りることで、仕事を辞めることなく在宅介護ができると判断されたようです。 リフトを活用している筋ジストロフィーのお子さんは、体が動かないので床に置かれるだけで大泣きする状態でしたが、今は移乗に使うだけでなく、吊り具を使って立ち上がり、1時間ぐらい遊んでいます。干している洗濯物を落として喜ぶなど、ちゃんといたずらができることも発達の表れです。 体調を崩して入院すると、「帰る、帰る」と言うそうです。「帰って何をするの?」と聞くと、ブランコに乗るようなしぐさをして「家でリフトに乗りたい」と主張する。動ける自由に楽しさを感じているのでしょう。 リフトを使えば起きたいときに起きられるし、ラクに車いすに乗れて移動できるようになるので、要介護者とご家族のQOLは確実に上がります。利用者の奥様に、「リフトはどんな存在ですか?」と尋ねたら、「相棒」とおっしゃっていました。「子どもたちに夫の移動を頼むと嫌がられるけれど、リフトは1回も嫌って言ったことがないのよ」と話されていたことも印象的でした。 >>後編はこちら在宅に「ノーリフティングケア」の導入が難しい…は誤解? ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

在宅の褥瘡・スキンケア (浸軟)
在宅の褥瘡・スキンケア (浸軟)
特集 会員限定
2023年11月7日
2023年11月7日

浸軟の基礎知識 予防的スキンケア&療養生活環境アセスメント

浸軟は、皮膚が水に浸漬することで角層の水分が増加し、一過性に体積が増えふやけることで生じる変化です。失禁関連皮膚炎(IAD)や褥瘡発生を防ぐためには、浸軟を予防すること、さらにはその前段階である湿潤を起こさないためのスキンケアが重要です。 今回は、皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表の岡部美保さんに、「浸軟」の基礎知識やスキンケア、アセスメントについて解説していただきます。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 皮膚の浸軟とは 皮膚は、長時間の入浴などで一時的に一定の水分保持能力を超えると、体内に水分が吸収されることにより膨潤し、見た目としては白くなります。この状態が一般的に「ふやけ」といわれる、浸軟です。 左:浸軟した皮膚 右:健常な皮膚 一時的な水分の浸漬によって皮膚が膨潤しても、時間の経過とともに角層に吸収されて元の状態に戻ります。角層には、水分を保つ能力(保水能)があり、適度に水分を含んだ角層は、柔らかく滑らかです。角層の持つ水分の保湿に関係するものは、天然保湿因子、皮脂膜、細胞間脂質で、水分保持能力は加齢に伴い変化をします。 健康な皮膚の場合、バリア機能が発揮されるため、細菌や化学物質などは、簡単に体内に入ることはできません。浸軟による角層の過剰な水分の存在は、角質細胞間脂質の流出や細胞同時をつなぐ分子の破綻、細胞間隔の拡大を招きます。それにより、体内の水分の喪失が増え、本来の健康な皮膚が持つバリア機能が障害されるのです。 失禁状態で常に排泄物が皮膚に付着している人、おむつを使用しており、おむつ内部が高温多湿な環境にある人、発汗量の多い人などは、皮膚が湿潤しやすい状況にあります。皮膚の湿潤が持続すると、皮膚のバリア機能が低下して浸軟をきたし、スキントラブルが起こりやすくなります。 浸軟を予防する毎日のスキンケア 洗浄方法&洗浄剤選びのポイント・注意点 洗浄の際は、皮膚の浸軟状態をよく観察しこれまでのスキンケアの評価を行います。浸軟の原因となる汗や排泄物などの汚れを取り除く際、皮膚を擦らないように注意しましょう。 失禁などで皮膚に浸軟を生じている場合、洗浄剤を用いた頻回な洗浄は、皮脂を過剰に取り除いてしまいます。さらに皮膚を擦るという機械的な刺激が加わることで皮膚の表面を損傷し、バリア機能がさらに低下。そこに排泄物の刺激が加わると、スキントラブルを起こす可能性がさらに高くなります。 IAD:臀裂部潰瘍周囲皮膚の浸軟 失禁状態の療養者のスキンケアは、おむつの交換毎に洗浄剤を用いた洗浄を行う必要はありません。洗浄剤の使用は1日1回として、皮膚を守る洗浄のスキンケアを行いましょう。洗浄剤をよく泡立ててから、泡で皮膚を覆い優しく撫でるように洗浄します。洗浄剤の成分を皮膚に残さないように、微温湯で十分に洗い流しましょう。この時も、擦らずに洗い流すことが大切です。洗浄剤は、低刺激性のもの、弱酸性のものを選びます。さらに脆弱な皮膚には、セラミド含有皮膚保護成分配合の洗浄剤を選択しましょう。また、便失禁による排泄物の拭き取りには肛門用清拭剤を用いて、ふき取り時に生じる皮膚への摩擦を軽減します。 保護のスキンケアのポイント&タイミング 浸軟の予防には、保湿剤を使用した保湿のスキンケアに加え、皮膚皮膜剤、撥水性保護クリームを用いた保護のスキンケアが大切です。排泄物による汚染が予測される部位には、あらかじめ撥水性保護クリームなどを用いて、排泄物の付着から皮膚を保護します。皮膚が脆弱で摩擦による皮膚の損傷の恐れがある場合、スプレータイプの皮膚皮膜剤を使用するとよいでしょう。 保護のスキンケアは、おむつ交換で排泄物を拭き取ったタイミングで行うと効果的です。撥水性保護クリームは皮膚に撥水性の皮膜を作るため、排泄物から皮膚を守り、摩擦を軽減することができます。 皮膚が密着している部位は、毎日意識的に観察を行いましょう。特に、皮膚と皮膚が密着している腋窩や臀裂部などは、常に皮膚が湿潤しやすい状態にあります。また、関節拘縮のある方は、身体同士の密着部の領域が増加し、前前腕部と前上腕部の密着面、後上腕部と前胸部の密着面や、麻痺側手指の拘縮による手掌部に、湿潤や浸軟を生じやすくなります。麻痺側手指にハンドロールを使用する場合は、通気性がよく硬すぎない材質のものを利用しましょう。 浸軟を生じる療養生活環境をアセスメント 室温・湿度 高温多湿な療養環境はじめとした、発汗に影響を及ぼす生活環境があるのかを確認しましょう。冬季の暖房器具(エアコン)調節下の室内では、こまめな換気や室温湿度の調整が行われず、療養者の発汗量が増加していることもあります。また、電気毛布や電気あんかを使用している場合、設定温度が発汗に影響していないか、定期的に評価を行い調節することが必要です。 寝衣・寝具 発汗により皮膚が湿潤する場合、皮膚のバリア機能が低下します。肌着や寝具などで汗を吸収し、熱放散により皮膚の浸潤を予防することが大切です。着用する肌着は、木綿素材で汗を吸収する柔らかいものがおすすめです。肌着や寝衣の重ね着、寝具の掛けすぎなどに留意し、室温、湿度にあった寝床環境を調整しましょう。 体圧分散マットレスやベッド上に防水シーツなどを使用している場合、吸水性のない製品は蒸れや発汗の原因になります。さらに、背部にバスタオルを敷いていると、温度が上昇して皮膚の湿潤の原因になりますので、吸湿性のあるシーツを使用することをおすすめします。体圧分散マットレスを使用している場合、身体はマットレスに沈み込むと熱がこもり、汗をかきやすくなります。特に、自力で寝返りができない、可動性や活動性が低下している方には、マイクロクライメット管理のできる体圧分散マットレスもあります。 医療用テープの使用 透湿性の低い医療用テープは皮膚への刺激が強く、浸軟が生じやすくなります。透湿性の高い低刺激性の医療用テープを用いることをおすすめします。 おむつの使用 おむつの交換頻度、使用しているおむつの種類や枚数、おむつ交換時のスキンケア方法を確認しましょう。尿漏れを予防しようと、何枚ものおむつを重ね付けしている場面を見かけます。おむつや尿取りパッドは、それぞれ機能や吸収量が異なります。療養者の排泄状況にあったおむつを使用しているのか、アセスメントを行うことが重要です。 おむつは、体格や排泄状態にあったおむつを選択しましょう。おむつの使用サイズは、テープタイプはヒップサイズ(最大腰回り)、パンツタイプはウエストサイズ(臍回り)が基本となります。大きめのサイズを使用すると隙間が生じ、尿が漏れやすくなります。一方、小さいサイズを使用すると皮膚への圧迫が強くなり、発赤や掻痒感、スキントラブルの要因になります。 また、おむつの重ね付けには、注意が必要です。おむつとパッドの重ね使いは、原則的にアウター(おむつ)1枚とインナー(パッド)1枚までです。インナーの外側は防水フィルムで覆われているため、下のパッドに尿は吸収されず複数枚重ねても吸収量は増えません。さらに、インナーを重ねることで、アウターの立体ギャザーの高さが低くなるため、尿が漏れる原因になります。おむつは、適切な使用方法によって、蒸れや漏れを予防することができるのです。 失禁のある療養者の場合、経済的な問題によって、おむつ交換間隔が長くなり、皮膚に浸軟を生じる場合もあります。各自治体には、さまざまなサービス(おむつ給付サービスや特殊尿器の福祉用具貸与など)があります。また、おむつ代の医療費控除をはじめとした助成制度(税金の控除)もあります。各家庭の経済力を把握し、地域の社会資源の活用を検討しましょう。 医師との連携 皮膚の浸軟が続くと真菌性疾患、失禁関連皮膚炎、褥瘡などを発症するリスクが高くなります。浸軟の原因を取り除き、正しいスキンケアを継続しても皮膚症状が改善しない、もしくは悪化をする場合は、速やかにかかりつけ医や皮膚科専門医へ報告、相談をしましょう。 執筆: 岡部 美保皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表1995年より訪問看護ステーションに勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマ、排泄に関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。編集: NsPace編集部 【参考】〇岡部美保(編)『在宅療養者のスキンケア 健やかな皮膚を維持するために』日本看護協会出版会.2022.

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年11月7日
2023年11月7日

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】

末期の肺がんを患う鈴木さん。自宅での療養を開始したものの、同居する娘さんから距離を置かれているように感じ、さみしさや自分を責める気持ちに苦しんでいます。それが呼吸困難の症状にも影響しているようです。訪問看護師として何ができるのか、今回も最善の策を考えていきます。 >>前編はこちら呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】 精神的なつらさが関係することも 訪問看護師のあなたの働きかけで、娘さんに主治医から病状説明してもらうことになりました。これから娘さんをどのようにサポートできるかも含め、話し合いを行います。 主治医: 本日はお忙しい中、時間をつくっていただきありがとうございます。主治医です。本日はお母様の病状についてお話しさせていただきたいと思います。よろしいでしょうか。 娘さん: お願いします。 主治医: お母様は肺がんで療養され、これ以上抗がん剤が効かないと判断されました。緩和ケア病棟に行く選択肢もありましたが、お母様の希望でご自宅に戻ることになりました。 主治医がさらに続けます。 主治医: お母様の両方の肺にはたくさんの転移がみられます。また、右肺には胸水と呼ばれる水もたまっているので、呼吸が苦しくなりやすい状態です。このため、お母様には鼻から酸素を吸っていただいています。こうしていただくことで、現在のところは十分な酸素を供給できています。 娘さん: でも父からときどき息苦しさの訴えがあると聞いています。それはなぜでしょうか? 主治医: 今は十分な深呼吸をしても、以前のようには酸素を体内に取り込めません。その少しの苦しさが増大してしまうと苦しくなってしまうのかもしれません。息が苦しいと感じることは「すぐに命がなくなってしまうかもしれない」という恐怖にもつながります。中にはパニックになってしまう方や過呼吸になってしまう方もいます。精神的なつらさが呼吸の苦しさにつながる方は多いです。 娘さん: 母もそのような精神的なつらさを抱えているということですね。 あなた: お母様にとって家は生きる場所です。それをご家族の皆さんに、そして娘さんに認めてもらえることで、安心してご自宅で生き抜くことができるのではないでしょうか。 娘さん: …わかりました。忙しさを理由に母を避けていたのかもしれません。きっと母を失うことを認めたくなかったのかもしれません。うまくできるかどうかわかりませんが、今日母と話してみます。ここにいてもいいんだよって…。 あなた: うまく話せなくてもよいのではないですか。娘さんの気持ちが伝われば…。きっと伝わりますよ。 娘さん: そうですね。いろいろと話してみます。 酸素療法中に配療すること 娘さんがご自宅に帰られた後、あなたはよい機会なので、今後の対応について主治医に聞いてみることにしました。 あなた: 先生ありがとうございました。また途中で出しゃばってすみません。 主治医: いえいえ、大丈夫ですよ。 あなた: ところで、今後、鈴木さんが呼吸困難を訴えた場合はどう対応すればよいでしょうか。 主治医: まず環境の整備ですね。気流や不快な匂いへの対処、一人にしないことなどでしょう。それでも息苦しさが改善しない場合、モルヒネ10mg/日を内服することにしましょう。さらに呼吸が苦しいときには酸素を3L/分まで増量するようにしてください。 CO2ナルコーシスのリスクを理解しておく あなた: 鈴木さんはそれほどひどい呼吸不全を起こしているわけではないですよね。酸素を増やすことに意味があるのでしょうか。CO2ナルコーシスの心配もあるのではないですか? 主治医: よく勉強されていますね。鈴木さんの場合、換気量がさほど減っているわけではないので、二酸化炭素が体内に著明にたまってしまう状態であるCO2ナルコーシスは起こしづらいと考えています。それでもCO2ナルコーシスを起こさないように、状態観察は必要ですね。もしCO2ナルコーシスを疑ったときには遠慮なく呼んでください。できるだけ早く往診します。 あなた: わかりました。ありがとうございます。先生、CO2ナルコーシスを起こすということは、呼吸不全が進行していることかと思います。その場合は看取りも近いと考えてよいのでしょうか。 主治医: そうなる可能性もあります。CO2ナルコーシスで意識が低下し、回復が困難と考える場合は看取りに備えた対応をするかもしれません。一方で回復可能と考える場合は、胸腔穿刺を行って胸水を排液し換気量を増やす、または高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula oxygen:HFNC)という加温・加湿された高流量の酸素を投与する方法もありますね。そのときの状況次第だと思います。 呼吸不全にはⅠ型とⅡ型がある あなた: 呼吸が苦しいとの訴えがあったとき、呼吸不全があるかどうかは、酸素飽和度や呼吸数などで判断してよいのでしょうか。 主治医: 呼吸不全は、動脈血中の酸素分圧(PaO2)が60mmHg以下のことです。酸素飽和度が90%未満の状態と考えればよいでしょう。それに加えて、動脈血中の二酸化炭素分圧(PaCO2)が45mmHg以下の場合(Ⅰ型呼吸不全)と、46mmHg以上の場合(Ⅱ型呼吸不全)に分けられます。CO2ナルコーシスは二酸化炭素がたまることで起こるので、Ⅱ型に相当します。 あなた: 二酸化炭素分圧を調べるには動脈血を採血して、血液ガス分析を行うしかないですよね。 主治医: そうですね。ただ、調べる機械を持っていない診療所も多いので、調べられるうちにどこかで一度調べておくとよいかもしれません。Ⅱ型ならCO2ナルコーシスに十分注意する必要があるというわけです。入院中の血液ガス分析結果では鈴木さんはⅠ型に相当しますので、ややナルコーシスになるリスクは少ないですが、意識レベルが低下していると感じたら連絡をお願いしますね。 あなた: わかりました。 呼吸困難が緩和され穏やかな最期に 娘さんが鈴木さんとお話しされてから、鈴木さんは不思議なほど呼吸困難を訴えることが少なくなりました。呼吸の状態(酸素飽和度)は徐々に悪くなっていきましたが、息苦しさを訴えることはありませんでした。娘さんは2週間ほど介護休暇をとり、ご主人よりもベッドサイドにいる時間が増えたそうです。さらにそこから2週間、鈴木さんは穏やかに過ごしておられましたが、ある日、状態が大きく変化しました。 朝から鈴木さんが強い息苦しさを訴えているとの連絡が入り、あなたは急いで鈴木さんのご自宅に駆けつけました。 鈴木さんは呼吸が浅く、呼吸数も頻回です。酸素飽和度78%、脈拍120回/分、呼吸数25回/分、血圧90/62mmHg。呼びかけると少しうなずきますが、意識レベルも低下しているようです。 あなたは酸素を3L/分に増量し、主治医に連絡しました。到着した主治医はまずモルヒネ10mgを皮下注射しました。その後、0.05mL/時(0.5mg/時)で持続皮下注射を開始しました。開始10分ほどで呼吸数は18回/分まで減ってきました。 あなたは鈴木さんに呼びかけます。 あなた: 鈴木さん、苦しくないですか? 鈴木さん: 少し楽になったわ…。 しかし、鈴木さんのお顔は真っ青です。 主治医: 酸素を増量しても、酸素飽和度が78%から上がらないですね。血圧も70mmHg台まで下がってきました。強い呼吸不全の状態です。このままの状態では長くは頑張れないので、ご家族にしっかりお別れをしてもらいましょう。 あなた: わかりました。 主治医は、呼吸の苦しさは可能な限り緩和していること、肺に酸素が入らない状態のため、長くは頑張れないことをご主人と娘さんに伝えました。あなた は鈴木さんの足をさすりながら、ご主人と娘さんに鈴木さんに付き添い話しかけてもらうようにしました。聴力は最後まで保たれることが多いためです。 2時間ほどそのままの状態で付き添ったところ、下顎呼吸が始まりました。ご主人と娘さんに最後の呼吸が始まっており、苦痛はすでにないことを伝え、手を握って話しかけるようにお願いしました。やがて呼吸が停止し、いったん診療所に戻っていた主治医に連絡し、死亡確認をしてもらいました。あなたはエンゼルケアを行い、鈴木さんにお別れを告げました。 エンゼルケアを終えた鈴木さんの表情は少し微笑んでいるように見えました。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】

呼吸困難とは呼吸時の不快な感覚のことをいいます。ご本人が「息苦しい」と感じる主観的な症状であるため、呼吸不全の病態と一致しないことも少なくありません。今回は末期の肺がんを患う鈴木さんのケースを通して、呼吸困難への対応を見ていきましょう。 在宅療養を始めたばかりの鈴木さん 鈴木さんは62歳の肺がん末期の利用者さんです。専業主婦として過ごしてこられましたが、2年前に肺がんが判明。抗がん剤治療を行っていましたが、効果がなくなり、自宅で過ごすことを選択されました。鈴木さんは両肺に多発転移、右胸に胸水貯留があるという状態です。 訪問看護師であるあなたと初めて会ったとき、鈴木さんは笑顔でした。1L/分で酸素が流れている経鼻酸素カニューレを手放せない状態ではありましたが、特に痛みもなく、息苦しさもないとのこと。酸素飽和度95%と呼吸状態もある程度保たれていました。 鈴木さんはご主人と娘さんの三人暮らしで、家事はすべてご主人がやってくれています。居間に置かれた介護用ベッドで療養されており、ときどきさみしそうな表情を浮かべることがあり、あなたはそれが少し気になっていました。 呼吸困難の訴えがあり夜間に訪問 退院翌日の夜10時、あなたが持っていたステーションの緊急用携帯電話が鳴りました。鈴木さんのご主人からです。 ご主人: 妻が1時間ほど前から息が苦しいと言っています。酸素の量を3L/分まで上げてもいいと言われていたので、酸素を増やして、背中をさすっていたのですがよくなりません。このまま息が止まってしまうのではないかと不安になり、電話をしました。 あなたはすぐに訪問する旨を伝えて、自転車で鈴木さんのご自宅に向かいました。訪問に向かう間、あなたはいろいろなことを考えていました。酸素飽和度が極端に低下していたら…、酸素を増やしても苦しいのだから主治医にすぐ連絡するべきなのだろうか…、そんなときに自分は何ができるのだろうか…。薄曇りの初夏の夜のことでした。 訪問してみると、居間のベッドで鈴木さんが座り込んでいました。起座呼吸の言葉が頭をよぎります。かなり状態がよくないのではないかと思い、鈴木さんに声をかけて、症状を聞きながら酸素飽和度と血圧を測定しました。鈴木さんの息はかなりハアハアしています。 鈴木さん: 胸の奥が何か締め付けられるような感じで、空気がうまく入っていかないの。このままだともっと苦しくなるような気がして…。 鈴木さんの酸素飽和度は98%(酸素投与量 3L/分)、血圧120/68mmHg、脈拍98回/分、呼吸数22回/分と大きな異常はありません。 リラックスを促し症状を緩和 まずあなたは、窓を開けて居間に風を呼び込むことにしました。窓を開けると幸いさわやかな風が吹き込んできました。次にベッドを45度程度にギャッジアップしました。クッションを集め、つらくない姿勢をとりました。右を下にしたほうが、少し楽になるようでした。 鈴木さんのように胸水が片側にたまっている患者さんの場合、側臥位をとると楽になったり、呼吸状態がよくなったりします。どちらの向きにするかは、胸水や酸素の状態によって違ってきますので、患者さんご本人の反応やSpO2などをみて調整するとよいでしょう。よくいわれているのは胸水がたまっているほうを上にすることですが、胸水の量が多いと健側の肺が胸水によって圧排され、かえって呼吸困難が強まることもあるので注意が必要です。 ベッドの脇には友人からの退院祝いである百合の花が置かれていました。匂いがきついと感じたあなたは、その花を隣室に移し、匂いがこもらないようにしました。 10分ほど背中をさすっていると「だいぶ楽になってきたわ」と鈴木さんが話されました。呼吸数も13回/分ほどまで改善している様子です。さらに30分ほど背中をさすり、当面状態が悪化する可能性は少ないことをご主人と鈴木さんに説明し、鈴木さんのお宅を後にしました。 薬物療法ではモルヒネや抗不安薬を使用 翌日、申し送りでそのことをスタッフに説明すると、ベテラン訪問看護師の西水さんから声をかけられました。 西水さん: よく対応したわね。私でもあなたと同じように対応したと思うわよ。特にあなたが窓を開けて空気の流れをつくったことはすごくいい工夫だと思ったわ。海外では携帯用のファンを持たせるように患者に指示して、苦しくなったら口元にファンで風を送り込むように指示している先生もいるそうよ。 あなた: そうなんですか。百合の花の匂いが少しきついなと思ったので風を送るようにしたのですが…。何とか楽になってくれてよかったです。でも、夜中にまた呼ばれたらどうしようとあまり寝られませんでした。 西水さん: そうね、先生たちはこんなときのため頓服の薬を出してくれているから、それを服用させるのも一つの手よね。たいてい抗不安薬であることが多いわ。でも緩和ケアの先生たちはモルヒネやヒドロモルフォンの速放性製剤を出してくれることが多いのよ。 あなた: 患者さんにとって呼吸が苦しいというのは、不安というか、恐怖だと思います。なので、抗不安薬が処方されるのは分かるのですが、医療用麻薬が処方されるはなぜですか? 西水さん: 医療用麻薬のうちモルヒネとヒドロモルフォンは呼吸困難を改善させる効果があるとされているの。その機序ははっきりと分かっていない部分もあるのだけど、呼吸中枢に働いて呼吸数を減らすといわれているわ。呼吸数が減るとずいぶん楽になるのよ。 あなた: そうなんですね。勉強になりました。ところで、西水さん、実は鈴木さんのことで気になることがあるのです。初回訪問の時、鈴木さんが少しさみしそうな表情をされているように思ったんです。鈴木さんの娘さんが同居されているのですが、昨日、今日とお会いしなかったことも少し気がかりで…。 西水さん: あなたがそう思うなら、お二人に聞いてみるのはどうかしら。 あなた: わかりました、聞いてみます。 どこかさみしそうだった本当の理由 翌日の定期訪問では、鈴木さんは息苦しさも改善して穏やかに過ごされていました。体のチェックでも胸水はさほど増えていないと思われ、酸素の投与量を医師の指示で1L/分に減らしても、酸素飽和度は95%と大きな問題はなさそうです。 ご主人もいらっしゃったので、あなたは思い切って鈴木さんご夫婦に切り出しました。 あなた: 素敵なご夫婦ですね。これだけご主人がかいがいしくお世話をされるご夫婦はそう多くはありませんよ。 鈴木さん: ありがとう。でもそんなによくはないのよ。 あなた: 確か娘さんもご一緒でしたよね。あまりお見かけしないなと思って…。 鈴木さん: 娘は…。 そう言いかけて、鈴木さんは途中でだまってしまいました。 あなた: 話したくないことでしたら、無理にお答えいただかなくても結構ですよ。 鈴木さん: そんなことはないの。でも、少し娘のことを考えると申し訳なくて…。 あなた: よかったら聞かせていただけませんか。 鈴木さん: 娘は会社でプロジェクトのリーダーを任されているのよ。毎日遅くまで仕事して、疲れ果てて帰ってくるの。この1年ほどは食事もほとんど一緒にとっていないわ。そんな生活だから、私が退院するとき、娘はそのまま緩和ケア病棟に入るように強くすすめてきたの。家に帰ってこられても、自分には私を世話できないって。それは無理のないことだとも思ったわ。でも、私はどうしても家に帰りたかった。味気ない病院の天井を見ているのはもう限界だとも思ったの。幸い主人が帰ってもいいよと言ってくれたので、こうして帰ることができたのだけど。娘は気分が悪いらしく、帰ってもほとんど会ってくれないの。夜遅く帰った後に夫が声をかけても「疲れたから寝る」と言って、ほとんど口も聞いていないのよ。娘にとって私は迷惑なのかもしれないわね。きっと主人にとっても迷惑なのよね。この前のようなことがまたあれば、緩和ケア病棟に入ったほうがいいかもしれないわね。 あなた: そうだったんですか。でも、鈴木さんは家で過ごしたいんですよね。 鈴木さん: できればだけど…。 娘さんに手紙を書いてみることに あなたはその日はそのままステーションに帰りました。ステーションに帰ると管理者の望月さんと先輩の西水さんに相談しました。また、主治医の先生にも報告し、まずは訪問看護のほうから娘さんにアプローチすることにしました。 あなたはまず娘さんに手紙を書いてみることにしました。書き出しは悩みましたが、鈴木さんが娘さんに引け目を感じていること、不安やさみしい気持ちがあるように見えること、つらい症状は精神的な要因から生じている可能性があることを記載しました。そして、最後にステーションに電話をもらえるようにお願いをしてみました。 手紙を渡した翌日の午後、娘さんから電話がありました。 娘さん: お手紙、ありがとうございました。母のこと気遣っていただき、感謝しています。正直なところ仕事も忙しく、母が自宅に戻ってきたことで私に何ができるのか、すごくモヤモヤしていたのです。私は緩和ケア病棟に行くように強くすすめたのですが、今の両親を見ていると、自宅に戻るのも悪くないかなって思うようになって…。でも、あれだけ自宅に戻ることを反対した手前、母の前に行きづらくて。ほとんど話すことも見つからないのです。上司は事情を知っていて、私にしばらく介護休暇を取るようにすすめてくれるのですが、この仕事を放り出すわけにも行かず、悩んでいました。 あなた: そうだったんですね。娘さんもつらい思いをされていたのですね。もしよかったら、忙しいとは思うのですが、一度、主治医から鈴木さんの病状について説明を受けていただくお時間をつくっていただけないでしょうか。私たちも同席し、娘さんをどのように応援できるのか相談させていただければと思うのです。 娘さん: ありがとうございます。分かりました、時間をつくってみます。 あなたは、主治医と管理者に娘さんと話した内容を伝え、彼女と相談する時間をつくってもらうようお願いしました。そしてご主人にはきちんとこのことを伝えておくようにしました。 >>後編はこちら呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

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