ケア知識に関する記事

特集 会員限定
2022年6月21日
2022年6月21日

【セミナーレポート】これだけは外せない! エンゼルケアの実践方法

2022年3月17日(木)に実施されたNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー『訪問看護のエンゼルケア』。「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さんを講師に招き、エンゼルケアの基本から現場で役立つノウハウまで教えていただきました。全3回のレポートのうち2回目となる今回は、とくに実践的なテクニックをご紹介します。※全90分間のセミナーのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001年には、看護師としての経験を活かして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 目次▶ 生体と同じ感覚で皮膚を扱ってはいけない▶ 「冷却」はマスト対応と心得て▶ エンゼルケア時に意識したいコミュニケーション▶ エンゼルメイクはご家族の大切な記憶になる▶ 「その人らしい」エンゼルメイクのポイント▶ 地域の「ならわし」についてのとらえ方 --> ▶ 生体と同じ感覚で皮膚を扱ってはいけない エンゼルメイクでまず気をつけるべきは、皮膚の扱いです。生体とご遺体とでは、肌の状態がまったく異なります。生体は常に循環しながら内側から肌表面を保湿しますが、ご遺体はそれができないため、どんどん乾燥していくのです。そのため、できるだけ速やかに肌を保湿してあげましょう。特に露出している頭部は乾きやすく、中でもまぶたが閉じていないため外気にふれている眼球の表面や唇は急激に乾燥が進むので注意が必要です。なお、体内に水分が多い子どもは、成人に比べてよりこの傾向が強くなります。 以前によく聞かれた失敗としては、「ひげ剃り」が挙げられます。死後、看護師がよかれと思ってひげを剃ったところ、その数時間後に皮膚の一部の色が変化して硬くなる、「革皮様化」という状態になってしまったというものです。これは、乾燥によって皮膚が脆弱になっており、カミソリの刺激で表面が削れることにより起こります。革皮様化を防ぐためには、シェービングクリームや低刺激性のカミソリを使うなどし、さらに剃った後にはたっぷり油分を塗布することが必要です。 ▶ 「冷却」はマスト対応と心得て ご遺体の冷却は、エンゼルケアにおいてマストの対応です。ご遺体の体内では、腹部の細菌バランスが急激に崩れ、腐敗をもたらす細菌群、中温菌が異常繁殖して腐敗が進みます。季節にもよりますが、少なくとも腹部と胸部は必ずすぐに冷却し、葬儀社の方の対応(ドライアイスや冷蔵庫での冷却)につなげるようにしてください。水分量の多い方、肥満で栄養が多い方、臨終時に熱の高かった方などは要注意。鼠蹊部や腋窩なども冷却したほうがいいでしょう。 なお、冷却には保冷剤や冷却まくら、水を入れたフリーザーバッグを平らにして凍らせたものなどがあてやすいです。製氷機にある氷を袋に詰めたものでも代用できます。これらを肌の上か下着と衣類の間に置いてください。 関連記事:[4]腐敗進行を抑えるために絶対に外せない対応、冷却について ▶ エンゼルケア時に意識したいコミュニケーション エンゼルケアを実践するにあたっては、ご家族とのコミュニケーションが大切になります。私たちの予想以上に、ご家族の希望は多岐にわたるもの。意に添わない場面とならないように「ご希望があればおっしゃってください」と声をかけながら進めることがおすすめです。 なお、ご家族との十分なコミュニケーションには、看護師側を守る意味合いもあります。コミュニケーション不足により「望んでいないことを勝手にされた」と考え、近年では訴訟という言葉が発せられたケースもあります。基本的には一つひとつの行動にご家族の承諾が不可欠と考え、こちらが「絶対にしたほうがいい」と判断したことでも、ご家族が了承しない限りは控えたほうがいいでしょう。大事な家族を亡くしたご家族は平静の心理状態ではない場合が多く、十分な配慮が求められます。 関連記事:[2]一方的に進めない! エンゼルケアでもコミュニケーションが重要 ▶ エンゼルメイクはご家族の大切な記憶になる エンゼルメイクは、ご家族にとって貴重な看取りの記憶をつくる機会でもあります。ご遺体に直接触れ、何かをしてあげる……そんな体験は心に残るものです。具体的にできることとしては、例えば手浴・足浴が挙げられるでしょう。温かいお湯を準備し、「ぜひ、ご一緒にお願いします」と声をかけてみてください。可能であればお湯に入浴剤やエッセンシャルオイルを入れるのもおすすめです。そのほかには、靴下や足袋を履かせたり、爪切りをしたりするのもいいですね。様子を見ながら、「これは息子さんにやっていただけますか?」「これなら小さなお孫さんもできるでしょうか」などと気を配ってあげると喜ばれると思います。 ▶ 「その人らしい」エンゼルメイクのポイント エンゼルメイクでその人らしさを表す方法はいくつかありますが、中でもポイントになるのは、やはりその人らしさが凝縮された顔の整えでしょう。顔の対応時には、ぜひご家族と「元気だったころはこんな眉の形でしたか?」などと話しながら進めてください。ご家族にとっての「その人らしさ」とは「元気だったときの様子」であることが多いので、看護師は知らない場合もあるからです。 顔のエンゼルメイクの方法の一部を、以下に挙げます。 乾燥防止策 先述のとおり、ご遺体の肌は強い乾燥傾向にあるため、乾燥防止策は必ず行いましょう。唇を含めた顔全体に、乳液やクリーム、ワセリンなどの油分をたっぷりと塗布してください。時間がとれる場合は、油分を塗布する前にクレンジングマッサージを行うのがおすすめです。クレンジング・マッサージクリームをたっぷり塗って優しくマッサージし、汚れと油分をティッシュでおさえ、次に蒸しタオルをあて、そのタオルを外して残りの油分をしずかに拭います。ご家族からも「気持ちがよさそう」「顔が穏やかになった」と喜ばれますよ。 血色を入れる 死後の体内では、重力の影響で赤血球が下方に移動し、体の上面が白くなります。特に顔は白さが目立つため、失われた血色を補ってあげてください。このとき、メイクアップにおけるチークの感覚で頬にだけ入れるのではなく、額やまぶた、顎先、耳などにも赤みを足します。そうすると一気に穏やかな印象になります。なお、可能であればクリームファンデーションとパウダーで肌を整えたうえで行うと、さらに血色が十分になります。ファンデーションはピンク系のものを選ぶといいでしょう。 眉を整える 眉はその人らしさが表れやすい重要な部分。ブラシで眉をとかして整え、毛が足りない部分はペンシルやパウダーで描き足していきます。ご家族に確認しながら眉の印象を調整してください。 ▶ 地域の「ならわし」についてのとらえ方 ご遺体の手を組ませる、顔に四角い白い布をかける、和服を逆さ合わせにするなどの「ならわし」については、エンゼルメイク研究会は行わなくていいという立場をとっています。そもそもこれらの慣習は、死やご遺体への恐れの感覚に由来している面があり、医療の段階では必要がないという判断です。また、後から対応することも可能なので、儀式の際に必要に応じて行ってもらうといいでしょう。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年6月14日
2022年6月14日

【セミナーレポート】調整役としても活躍する -訪問看護師によるエンゼルケア-

2022年3月17日(木)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー『訪問看護のエンゼルケア』を開催しました。講師は「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さん。エンゼルケア、エンゼルメイクの定義から、対応に当たる際に必要な知識や心構えなど教えていただいた内容を、全3回でお伝えします。本記事では、訪問看護におけるエンゼルケアの基本をご紹介します。※全90分間のセミナーのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001年には、看護師としての経験を活かして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 目次▶ エンゼルメイク・エンゼルケアとは▶ 病院と訪問看護での看取りの違い▶ 看取り後の葬送も急激に変化している▶ エンゼルケアには「死後変化」の知識とご家族への説明が必須▶ 流れは「死後変化」を見据えて組み立てて --> ▶ エンゼルメイク・エンゼルケアとは エンゼルメイクとは、「その人らしい装い」を表現すること全般を指します。その範囲はメイクアップによって顔を整えるだけでなく、衣装や香りへの配慮など、身だしなみを含めた外見すべてに及ぶのです。また、エンゼルケアとは看取りの場面でのケアすべてを指し、エンゼルメイクも内包した言葉です。例えば残されたご家族への対応も、エンゼルケアの一環と考えてください。 ▶ 病院と訪問看護での看取りの違い 病院と訪問看護での看取りでは、その環境に大きな違いがあります。自宅での看取りとなった場合、例えば訃報を受けて来客があったり、ご家族がご遺体の元を離れてしまって居場所を把握しにくかったりといった事象が起こりえます。 少し前までは、地域によっては冠婚葬祭を近所の方々で協力して執り行う習慣がありました。看取りの場面も、主に経験の豊富な年長者が中心になって「ご家族は〇〇さんから離れないで」「順番に体を拭いてあげましょう」などと声をかけて進められていたものです。しかし、現代ではご家族や少数の親戚のみで看取るのが一般的で、エンゼルメイクの必要性を理解しているのは看護師のみであることがほとんどです。訪問看護でエンゼルケアを行う看護師はそのことを念頭に置き、「一緒にお体やお顔を整えませんか? どうぞ〇〇さまの側におかけください」などと積極的にうながしていくことが求められます。 なお、看取りの現場で看護師が調整役として対応するには、事業所でエンゼルケアの目的やスタンスを明確にし、共有しておくことが重要になるでしょう。一定のコストをいただいてサービスを提供する、看取り加算の範囲内で現場の判断で実施する……エンゼルケアのやり方やスタンスには幅があり同じではないため、各事業所の方針を職員のみなさんで共有しておくことが大切です。 関連記事:[1]エンゼルケアの基本姿勢をキーワード化して共有しよう ▶ 看取り後の葬送も急激に変化している 担当する地域の葬送の状況について、日頃から情報収集しておくこともおすすめです。新型コロナウイルス流行の影響もあり、近年は葬送のあり方が急激に変化しています。具体的には、直葬(お通夜や告別式を行わない葬送)を選ぶ方が大幅に増えるなど、簡略化の傾向が強まっています。とはいえ、葬送の形式は地域や葬儀社によって異なるので、必要に応じて看護師からご家族に助言できるように備えておきましょう。ご家族は介護などで精一杯で、なかなか葬送の情報収集まで手が回っていないことが多いですから。 ▶ エンゼルケアには「死後変化」の知識とご家族への説明が必須 エンゼルケアを実践するにあたってまず重要になるのが、「死後変化」の知識を得ることです。例えばまぶたが開いたまま亡くなったケースでは、わずか数分でもそのまま放置しておくと、眼球が外気に触れてどんどん乾燥していきます。それも単にカサカサするだけではなく、その後、色も変化してしまい、見る人にとても辛い印象をもたらすことが予想されます。そうならないようにするには、眼球に油分を塗布したり、布類でカバーしたり、エアコンの風が当たらないように配慮したりといった対応などが必要です。 加えて、「ご家族は死後変化について基本的に何も知らない」という前提に立ち、細やかに説明しながら対応を進めていくようつとめることも大切です。多少知識がある場合でも、近しい人が亡くなったとき、多くの人は混乱してしまうもの。そのお気持ちに配慮し、ご遺体が今どんな状態で、何をすべきかを丁寧にわかりやすく伝えてあげましょう。 関連記事:[2]一方的に進めない! エンゼルケアでもコミュニケーションが重要 ▶ 流れは「死後変化」を見据えて組み立てて 死後、人の体にはさまざまな変化が起こります。まず知っておきたいのが、筋の硬直、つまり死後硬直です。硬直のスピード強度は、筋肉中のアデノシン三リン酸の量などの関係により個人差がありますが、ほとんどの方に起こります。平均的には、死後1〜3時間の間に下顎が硬くなり、その後頭から足、つまり上から下方向に徐々に進行していきます。 この変化を理解しておくことで、適切なタイミング、流れでエンゼルケアを進めることが可能になるのです。例えば、亡くなった際にお口が汚れていると、そこから臭気が発生します。しかし、下顎は死後早い段階で硬くなるもの。そのため、体のケアよりも先に、速やかに口腔ケアを行ってできる範囲できれいにすることが求められます。 関連記事:[3]身体の死後変化はエンゼルケアの必須知識! 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年6月7日
2022年6月7日

[8]ぜひ活用してほしい、ご家族向けの文書(またはパンフレット)

ご家族の心配が少しでも軽減されるよう、死後の身体変化や冷却の重要性などあらかじめご家族にお伝えしたいことは多くあります。限られた時間の中でもきちんと整理してお伝えできるように文書の活用をおすすめします。連載の最終回ではご家族向けの文書についてご紹介します。 訪問看護師Aさんの経験談 訪問看護師のAさんから伺ったお話です。Aさんが担当していた80代前半の女性Bさんは、彼女の夫Cさんが中心となって世話をし、在宅療養をされていました。やがてそのときが来て、Aさんはエンゼルメイクなどを行ってその日はBさんのお宅を辞したそうです。 翌朝、Bさんの娘さんからAさんに電話があり「急いで来てほしい」という依頼がありました。Aさんが何とかスケジュールを調整してBさんのお宅を訪れると、夫のCさんがしょげ返っていました。 集まっていた娘さんたちは、まるで子供が先生に言いつけるかのように、Aさんに出来事を話したそうです。 「父が母のそばに一晩中付き添っていたのですが、母の顎の下に挟んであるタオルを外したようなんです。そしたら母の口が開いて、父がその口に食べ物を入れて、噛んでもらうように顎を何度も押して、また食べ物を口に入れて顎を押すというのを夜中に繰り返したらしいのです。父がそんなことをしていたからでしょうか、顎のところがひどく変色してしまって、大変なことになったと思いまして。」 Aさんは、Bさんの顎の部分が何か所か変色しているのを確認しました。そして、口腔ケアをした後、念のため持参しておいたエンゼルメイク用のファンデーションを使って、変色した部分をカバーしました。Cさんが妻の食事介助を、やさしく声をかけながら行っていた場面を思い出しながら……。 Cさんや娘さんたちにAさんはこう伝えました。「Bさん、おいしかったかもですね。亡くなられた後は、どなたも肌が弱くなり、圧迫すると変色しやすくなります。ファンデーションでカバーしましたので、今後、もし色が気になるようでしたら上からカバーして差し上げてください。」Cさんも娘さんたちも、安心したようにうなずいたとのことです。 ご家族への説明に文書を活用 Bさんのご家族のケースでは、担当の訪問看護師であるAさんがすぐに駆けつけることができました。でも、もし看護師が訪ねることができなかったなら、ご家族の困惑は続き、ますます不安が膨らんだかもしれません。 エンゼルケア時には、・ご家族の心理状態が平静ではない・ご家族は心身ともに疲れている場合が多い・ケアの時間には限りがあるなどの理由で、必要なことを説明しきれない場合が多くあります。たとえ適切な説明ができてご家族がうなずいていたとしても、頭に入っていないこともあります。 このように口頭でのご家族への説明には限界があるわけです。そこで、後で確認ができたり、見返すことのできる、必要な説明をまとめた文書をお渡しすることをおすすめしています。そうすれば、エンゼルケア時には、思い出などを話す余裕も生まれます。 ぜひ、各事業所で作成し活用していただきたく、文書に盛り込みたい内容についてその項目を以下に記しましたので参考にしてください。 ・ご家族への挨拶文・死後の身体変化のとらえ方(変化は自然現象であり、異常ではないことも含めてまとめる)・冷却の重要性・主な死後変化への対応(出血や漏液、死後硬直など)・身だしなみの整えやならわしへの対応・ケース別の対応(黄疸のある方、ペースメーカーが入っている方、拘縮のある方など)・グリーフワークについてなど また、そのままご家族にお渡しできる文書もご用意しました。[お役立ちツール]からダウンロードできますので、よろしければお使いいただければと思います。皆さんの事業所でオリジナルの文書を作成されるときの原案としてもご活用ください。 ワンポイントメモマニュアルは継続的に検討し、刷新を重ねていく事業所のスタッフの皆さんが、その場の状況に応じて、柔軟に判断し、安心してエンゼルケアを行えるように、基本的なケアの流れや手技などをまとめたマニュアルを作成しておくとよいでしょう。ただし、エンゼルケアは、事業所のスタンスをはじめとして検討すべきことが多いです。また、看取りの在り方や家族のありようなどの変化に応じて、対応を調整していく必要もあります。そのため、マニュアルは暫定的なものとし、継続的に検討し、少しずつ刷新を重ねていくことをおすすめします。担当看護師のグリーフワークにもつながるデスカンファレンスデスカンファレンスは、臨終時やその前後のケアを中心に振り返り、ディスカッションをとおして今後のケアの質の向上を主な目的として行います。実施の規模やタイミングは事業所の考え方に応じて決めていただくとしても、これは必ず実施していただきたいと考えています。デスカンファレンスを行うことが、担当看護師ならではのグリーフワークの助けになることと思います。また、亡くなられた方にかかわった多職種によるデスカンファレンスの実施もその後の連携にプラスに働くのではないでしょうか。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年6月7日
2022年6月7日

褥瘡のせいでムセる? 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、口腔機能には大きな問題がないのに、ムセがみられた事例を紹介します。 褥瘡による食生活への影響 娘さんの手料理とお孫さんの訪問を楽しみにしていた96歳の女性が、褥瘡を発症しました(DESIGN-R® 10点)。皮膚科医師による治療や管理栄養士による対応により改善したものの、さらなる問題が発生。チーム医療の連携によって健康な食生活を取り戻した事例を紹介します。 初診時は重篤な嚥下障害なし 事例 Gさん、96歳女性。要介護5、難聴、軽度認知症の疑い。常時寝たきりで褥瘡あり。残存歯数20本。 部分義歯の緩みのため、内科からの紹介があり、初回訪問となりました。まずは、歯科医師が部分義歯の緩みを調整しました。 嚥下評価は、緊張感と難聴のため、すぐには反応がないこともしばしば。ベッド上での嚥下評価(スクリーニング検査)は、オーラルデイアドコキネシス(ODK)注1は不明瞭。しかし、反復唾液嚥下テスト(RSST)注2や改訂水飲みテスト注3は、年齢的にはそれほどの問題もなく、おおむね準備期から咽頭期(連載第3回を参照)まで、特に重篤な嚥下障害は認められませんでした。 初診時の嚥下評価 RSST注22回/30秒ODKパ2回/秒、タ0.8回/秒、カ0回/秒改訂水飲みテスト注34点 頸部聴診音清明頬の膨らまし左右 十分できる食べこぼしなし 口腔衛生面では、口腔乾燥と、舌に軽度の舌苔付着がみられ、家族の協力も得られたので居宅療養管理指導にて月1回の訪問となりました。 間接訓練は、ブローイング(シャボン玉吹き)、パタカラ発声、口舌のストレッチを指導するのみで、しばらくはこのまま安定した状態が続くかと思われました。しかし、褥瘡が大きくなってきたと、訪問看護師からの情報提供がありました。 皮膚科治療と栄養指導で褥瘡が改善 内科から、皮膚科と管理栄養士の介入の要請がありました。 すぐに皮膚科医が診察し、デブリードマン(壊死組織に対する切除洗浄ほか)が行われました。そして、表皮形成促進作用のある噴霧剤が処方され、訪問看護師と連携し、創面の洗浄などに使用するよう対応をしました。 褥瘡治癒の過程には栄養が必須であり、低栄養では治癒が遷延します。Gさんの場合は、管理栄養士によると「摂取している総エネルギー量は600kcal/日で、全体的に低栄養の疑いがある」とのことでした。 さまざまな栄養補助食品の提案をしましたが、家族の意向で一般の食品の中からアイスクリームやプリン、おしるこを追加することになりました。褥瘡への対応として、アルギニン注4や亜鉛等が配合された栄養補助飲料を紹介すると、毎日欠かさずに飲むようになったそうです。 3か月ほどで、訪問看護師から、創面の表皮の形成がみられてきたと報告がありました。 今度はムセが頻発 ところが、Gさん宅から戻った管理栄養士から、再度の嚥下評価の依頼がありました。今度はムセが頻発するようになったのです。 再評価をしたところ、点数は前回の評価とあまり変化はなく、SpO2も94~96%と安定していました。 ただ、前回は車いす上で食事をしていたが、最近は、褥瘡への負担を心配してベッド上(セミファーラー位15~30度)での食事をしているとのことでした。食形態を確認すると煮魚や軟飯など、咀嚼できることを意識した、UDF区分の「容易にかめる」に近いことがわかりました。 ムセは咽頭期の症状ですが、臥床に近い姿勢が、準備期での咀嚼機能と口腔期の送り込みに影響して飲み込むときにムセが生じた、つまり食形態と姿勢がうまく適合していなかった可能性が十分に考えられました。 食事の姿勢でムセやすくなる 口腔機能に問題がないのにムセがみられる場合に、注意することは、姿勢です。 ムセにくい安全な食事時の姿勢は、起座位です。下にずり落ちやすい場合は、膝の下と足の裏をクッションなどで補正します。さらに、顎はあげずに、引くようにして食べてもらいます。しかし、Gさんの場合のように、仙骨に負担をかけまいと臥床に近い姿勢を優先するのであれば、舌などの飲み込みに重要な役割を担う口腔周囲筋群が重力の影響を受けます。 幸い、Gさんはその後、褥瘡の改善で、起座位に近い姿勢(60~90度)が可能になりました。それによってムセずに食事ができるようになりました。 96歳という年齢でも、内科・皮膚科・栄養・歯科にわたる、各チームの専門性が生かされた連携が奏功し、半年後には褥瘡もほとんど治癒するまで回復された事例でした。 次回は、脳血管障害後の胃瘻の方に、食事時の姿勢調整などで経口へ導いた事例を紹介します。 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする注2 反復唾液嚥下テスト(RSST):65歳以上では、3回/30秒で正常注3 改訂水飲みテスト:3mLの冷水を飲み、呼吸や嚥下の状態を評価する。4点以上でほぼ正常注4 アルギニン1):アミノ酸の一種。創傷治癒時に優先的に消費され、「条件付き必須アミノ酸」といわれる 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 【参考】 1)田村佳奈美.アルギニン.『Nutrition Care』9(7),2016,32-3.

特集
2022年5月24日
2022年5月24日

[7]ここだけは押さえたい お顔のエンゼルメイク3つのポイント

亡くなった人のお顔が穏やかかどうか、お顔がその人らしいかどうかは、ご家族の心持ちを大きく左右します。お顔の印象を整えるケアはとても大切ですね。今回は、エンゼルメイクにおいてぜひ押さえてほしい3つのポイントについてご紹介します。 顔の印象を構成する3つのポイント 例えば、ご遺体の表情に穏やかさを感じなければ「つらいのだろうか、苦しいのだろうか」、「もっとできることがあったのではないか」といったネガティブな思いが膨らみます。一方、穏やかな表情であれば、悲しいながらも「安らかな顔だ」、「楽になったんだね」、「あっ、おばあちゃんのやさしい顔に戻った!」といった言葉が聞かれたりします。 ですから、できるだけ早く、穏やかにその人らしくお顔を整えて差し上げたいですね。しかし、時間に限りのある中、何をどこまで行うか迷う部分があるのではないでしょうか。 今回は、顔のエンゼルメイクで最優先したいプロセスについて、顔の印象を構成する「質感」「色」「形」の観点からご紹介します。使用する化粧品類はドラッグストアなどで調達できるもので十分です。 エンゼルメイクの一通りの基本手順をまとめた手順書もご用意しています。[お役立ちツール]からダウンロードできますので、よろしければご参照ください。 最も重要な乾燥対策 ご遺体の皮膚は乾燥が進みやすく、特に露出している頭部は乾燥が強いことをこの連載の[3]でお伝えしました。 顔面の乾燥が進むと図1に示したとおり「質感」「色」「形」ともに、穏やかさとは逆の印象をもたらす可能性が高くなります。 図1 乾燥がもたらす影響 このような乾燥は不可逆的に進行し、変化してしまったら元の状態に戻すことができないため、早い段階で次のような乾燥対策が求められます。 ポイント①顔、耳、首など露出している部分に、クリーム、乳液など油分をたっぷり塗布します。特に唇にはリップクリームやワセリンなどを多めに塗布しましょう。 時間がとれない場合は、清拭の後にポイント①を行うといいでしょう。 エンゼルケアに十分な時間がとれる場合は、皮膚の角質や汚れを取り除いてからポイント①を行います。手順書で詳しくご紹介していますが、まず、クレンジング・マッサージクリームを使って、お顔のマッサージを行います。マッサージ後、油分を拭き取り(ティッシュなどで押さえる程度)、蒸しタオルをあてて肌をやわらかくします。 その後にポイント①を行うことで、清拭や入浴ではとれなかった汚れを落とすことができ、すっきりとした質感が得られます。同時に、マッサージ効果によって「質感」「形」(この場合は表情)、ともに大幅にアップします。このプロセスは、男女ともに強くおすすめします。 また、クレンジング・マッサージや蒸しタオルのプロセスは、そばでご覧になるご家族が「気持ちよさ」「すっきり感」を想像できる貴重な場面にもなり得ます。 次のポイントは血色 「色」で重要なのは血色です。穏やかさと血色は直結しています。 まずは、連載の[3]でご紹介した蒼白化についてあらためて説明します。死後、体液の一部が重力の影響を受けて下方に移動します。特に血色を構成している比重の重い赤血球は下方に溜まるように移動するため、仰臥位の場合、顔面や身体の前面から血色が失われます(図2)。 エンゼルメイクでは、この蒼白化によって失われた血色を補うという考え方でメイクを行うことが、その人らしい穏やかな表情につながります。 図2 蒼白化が起こるしくみ 伊藤茂(2009)『“死後の処置に活かす”ご遺体の変化と管理』(照林社)、10ページより引用 ポイント②チークか口紅を手の甲にとり、それを指先で、あるいは太目のブラシで血色の補充として皮膚の各部(額、まぶた、頬、顎先、耳)になじませます(図3)。使う色は自然な血色に近い色で、また耳には油分の入ったクリームタイプ(練りチーク)がおすすめです。なければ、プレストパウダータイプでもよいです。 図3 血色を入れる部位額、まぶた、頬、顎先、耳になじませるように血色を補充する。 時間が十分にとれる場合は、まずはクリームファンデーションを塗布し、パウダーで整えます。このプロセスは、乾燥を抑える・顔色を整える目的で行います。そして、その上から血色を入れます。 あまり時間がとれない場合は、保湿用のクリームを塗布し乾燥対策をした皮膚の上に行います。さらに、時間がないけれども、少しでも穏やかな印象にして差し上げたいという場合は耳だけでもおすすめです。状況によってはご家族に耳に血色を入れていただくとよいでしょう。 また、指先なども蒼白化によって白さが目立つ場合は、血色を入れて差し上げます。若い女性が亡くなった際、彼女のお母様が「指先が白い」とつらそうにされているため、担当看護師は指先に口紅で血色を入れたケースがあります。その方の血色を補うという考え方で行うと、その場に応じた判断ができます。 そして、眉の「形」を整える 眉の様子は、穏やかさとその人らしさを同時に表します。 ポイント③眉に付着するクリームなどの油分を綿棒で拭い、眉ブラシで眉をとかし整えます。毛が足りないと思われる部分は、アイブロウペンシルでうっすらと描き足します。そして、その人らしさはご家族の記憶の中にあるので、ご家族に確認を取りながら眉の形を調整します。 部分的に眉が抜けてしまっている場合、細めのブラシにグレーやブラウンなど、眉に馴染みやすいパウダーカラー(アイシャドウでも可)をとり、その部位を埋めるように塗布すると自然に整います。 また、眉がほとんど抜けてしまっている方は、ブラシにパウダーカラーをとり、うっすらと形を描いてみて、その上にアイブロウペンシルで眉を一本一本植えるような感覚で描くとよいでしょう。 ワンポイントメモ準備した化粧品類は、必ず事前に性質をチェックするクリームやクレンジング・マッサージクリーム、カラーパウダー、チークなど、準備した化粧品類は、必ず事前に伸び方やつき方、つけた後の乾燥のしかた、発色の具合などを確認しておきましょう。試してみないとわからない場合が多いので、大切なポイントです。 看護師の皆さんにもおすすめの「耳に血色」実は私は、どなたかに会う場合は、必ず耳に血色を入れるようにしています。クリームチーク(ローズ系のにごったような色のもの)を指で、です。これを行うようになってから、俄然、元気そうだと言われることが多くなりました。この血色は、こちらから言わなければ誰も気づきません。自然に元気な印象をつくる方法としておすすめです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年5月2日
2022年5月2日

気切でも声が聴きたい! 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、気管切開・胃瘻でも、味を楽しみ、声を出すことができた事例を紹介します。  楽しみのトップは「食事」 歯科医、加藤順吉郎氏の研究に、介護施設の入所者や病院の長期入院患者に「楽しみは何ですか」と尋ねたアンケート調査があります。結果は、いずれの施設でも楽しみのトップは、家族の訪問やテレビを抜いて「食事」でした1)。 数年前に私が歯科専門職向けに行ったアンケート調査でも、利用者・患者に設定する長期目標について問うと、やはり「食事を楽しみたい」が1位という結果となりました。 【事例】気管切開・胃瘻でも、口から食べてほしい、声を聞きたい Fさん、男性、81歳。要介護5。施設介護中のJCS=200。クモ膜下出血で気管切開、胃瘻造設。失語。常時寝たきりで残存歯は下に2本のみ、義歯なし。 Fさんは、以前は会社を経営していました。クモ膜下出血で重篤な状態となりましたが、命を取りとめ、リハビリテーション病院を退院後、施設入所となりました。 入所当時から施設で紹介された歯科専門職の口腔ケアの介入もありました。しかしFさんの妻は、信頼している内科医に、ある想いを吐露しました。入所から3年経ったころでした。 「歯医者さんに3年もかかっているのに、夫はアイスクリームの一口も食べられませんし、私は夫の声をもう聞けないのでしょうか?」 どれほど重篤であっても、楽しみ程度の経口摂取と、できればFさんの声が聞きたいという妻の願いでした。家族として当然のそんな願いを叶えるべく、それまでの歯科と交代し、私は、管理栄養士・歯科医師とともに、Fさんにかかわることになりました。 スピーチカニューレ変更とPAP作製 初診時のFさんは、急性期病院で装着された気管カニューレのままで、眉間に皺を寄せた表情でベッドに横たわっていました。胃瘻に気管切開。精密検査はできなくても嚥下機能に重篤な影響があることは確かです。 早速、内科医の指導を受け、それまでのカニューレを卒業し、いつでもFさんの声が聞けるようにスピーチカニューレへと変更しました。 気管カニューレは、呼吸経路を確保し痰や誤嚥物の吸引のために装着するものです。スピーチカニューレでは、発声のための発声バブル(茶色)が付いていて、従来のカニューレよりコンパクトになっています。 また歯科医師には、人工歯を付けた舌接触補助床(PAP注1)を作製してもらいました。PAPとは、舌の力の弱い人の嚥下や発声を補助する装置です。 多職種によるさまざまな介入 Fさんは、退院後の3年間は積極的な嚥下リハビリテーションが実施されていなかったため、直接訓練の前に、準備期から咽頭期までの間接訓練が必要でした。 アイスマッサージや頭部挙上などの咽頭期の訓練に加えて、棒付き飴を使ったストレッチ、顔面のマッサージ、首肩や胸鎖乳突筋などのマッサージも実施し、ときには1時間近くに及ぶこともありました。 管理栄養士の介入により、注入する栄養剤のエネルギー量が900kcal/日から1,200kcal/日へと増えました。Fさんは、体重も筋肉量も増加し、声かけによく反応し、満面の笑顔がみられるようになりました。 気管切開孔から貯留物を自力で吐き出すことも、さかんになりました。PAP装着も手伝って、直接訓練時の嚥下反射発動までの時間も短縮してきました。 歯科医師による丁寧な吸引を受けながら、食形態は訓練食から調整食2-1までに改善しました。 ついに大きな声が聞けた 私たちが介入して半年が経ったころ、Fさんが可愛がっていた姪御さんや、会社の部下が面会に来た際に、Fさんの「うおー!」という叫びのような声があり、握手を求めるかのように左上腕が高く上がることもあったそうです。 ときには、発熱や痰量の増加のために、施設から直接訓練の中止を求められることもありました。そのつど施設看護師や介護職員と連携し、訓練を見学してもらうことで理解を得られ、Fさんの体調の安定を待って訓練を継続することができました。 現在、発病から約6年、介入から約3年以上が経過しました。 施設でも、妻にも見守られながら、元気だったころに好きだったカレーやすき焼きといった味を、嚥下調整食の形態で楽しんでいます。ー第6回へ続く 注1 PAP(舌接触補助床)歯科医師の指導に従って歯科技工士が作製します。医療保険適用。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)加藤順吉郎.『福祉施設及び老人病院等における住民利用者(入所者・入院患者)の意識実態調査分析結果』愛知医報.1434,1998,2-14.

特集
2022年4月26日
2022年4月26日

[5]身だしなみの整え――看取りの手段としてのエンゼルメイク

手浴や足浴、爪切りなど、エンゼルメイクではさまざまな方法でご遺体の身だしなみの整えを行います。これら一つひとつの場面が貴重な看取りの手段やグリーフワークの一助となります。できるだけご家族に実施していただけるよう、看護師がサポートできるとよいでしょう。 エンゼルメイクとグリーフワーク グリーフワーク。それは文字どおり、悲嘆の作業、心の大仕事ですね。喪失して間もない方や少し時間が経った方、年数を経た方などにお話しを伺うと、皆さんさまざまに、ドイツの哲学者アルフォンス・デーケン氏が示した「悲嘆のプロセス12段階」のいずれかの段階にあります(図1)。氏が記したとおり、順調に段階を踏んでおらず、ある段階を行きつ戻りつされている方もいらっしゃいました。 図1 悲嘆のプロセス12段階 アルフォンス・デーケン(1986)『死を看取る〈叢書〉死への準備教育第2巻』(メヂカルフレンド社)、261-265ページをもとに作成 また、後悔の念を口にする方も少なくありません。 「あのとき、もっとやさしい言葉を返せばよかった」、「あのとき、もっと話を聞けばよかった」、「あのとき、足をさすってやればよかった」などです。 ある人は「さまざまな後悔が湯水のように湧いてきて尽きないのよ」とお話しされました。後悔の念もグリーフワークとともに生じやすいようです。 これら心の作業を行っていくうえでポイントになるのが「でも」だと考えています。「でも、〇〇をやってあげることができた」という記憶、特に自身の手で行った実感の伴う記憶はグリーフワークにプラスに働くようです。さまざまなケースをとおしてそのことが見えてきました。その「でも」につながった可能性のあるエンゼルメイクの場面をいくつかご紹介します。 爪切りを行いながら 高齢の男性Aさんが息を引き取り、娘さんらは彼の顔のそばで悲しみを表しました。そんな中、ご長男だけは少し離れたところで棒立ちのままその様子を眺めていました。 「お父様の足の爪切りをお願いできませんか?」と、担当看護師が彼に声をかけました。「えー? 人の爪なんて切ったことないから」「私は女性のみなさまとお顔の整えを進めたいと思いますので、ぜひお願いします」「うーん。じゃあ」 彼は慣れない手つきでAさんの爪を切り始めました。やがてゆっくりとAさんの脛を撫で、何かしら話しかけながら爪切りを行いました。 手浴の思い出 高齢の男性Bさんが亡くなり、エンゼルメイクのときに娘さんがBさんの手浴を行いました。娘さんは、担当だった訪問看護師に会うたびに、何年経っても「あのとき、父の手を洗ってあげることができてよかった」と話します。 手浴の際にお湯に入浴剤を入れたことを「お風呂に入れてあげたみたいに思ったあの香りを嗅ぐと今も手を洗ってやれてよかったって思うんです」と。 ネクタイをきっかけに 高齢の男性Cさんのエンゼルメイクのとき、ご長男はCさんの足元のほうに立ち、腕組みをして笑顔で冗談を飛ばすなどしていました。Cさんに背広を着付けている途中で担当看護師は彼に声をかけました。ネクタイを差し出しながらです。 「よろしかったら、お父様にネクタイを付けていただけませんか?」「え? あー、ネクタイね。じゃあひとつ長男のオレがやってやるかぁ、どれどれ」 彼は、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といったふうにネクタイを受け取り、それを首元にかけるためにCさんに近づき、Cさんの顔を見ました。すると、両手でネクタイを持ったまま、身体が固まったように動かなくなりました。そして、その場で号泣。彼は泣きながらCさんにネクタイを締めてあげていました。 シャンプーをとおして 高齢の男性Dさんのエンゼルメイクで、ベッド上シャンプーを行ったときの場面です。担当看護師がDさんの首と後頭部を支え、娘さんがDさんの頭頂部や側頭部を洗います。洗髪しながら娘さんがこう言いました。 「まさか、最期に父の頭をこの手でこの指で洗ってあげられるなんて思っていなかったです」そして、次のように続けました。 「父の髪は白くはなりましたけど、量はずっと豊富なままで、本人はそれがちょっとした自慢でした。近所の方から、文豪の川端康成に似ている、なんて言われたこともあって。お風呂に入れていただく機会を逃してしまったところだったから、髪の汚れが気になっていたんです。父さん、かゆいところ、ないかしら」 実施した記憶がグリーフワークの一助となり得る エンゼルメイクを実施するのは息子さんや娘さんだけではありません。お孫さんが行う場合もあります。 例えば、次のようなケースです。・亡くなった高齢女性のマニキュアをお孫さんが片手ずつ担当して塗った。・お孫さんが靴下や足袋を履かせた。・お孫さんが交替でワイシャツのボタンをひとつずつ留めた。 上記のようなケースも含め、今回ご紹介したケースで共通するのは、行ったご家族から「やってよかった」という言葉が聞かれたり、そう伺える表情が見られたことです。また、これらの場面は看護師の声かけがきっかけとなっています。看護師の声かけがなければ、例えばAさんのご長男は遠巻きにお父様を眺めているだけで過ごし、Cさんのご長男は悲しみを表出するタイミングを得ることができなかったかもしれません。 もちろん無理強いは禁物ですが、ご家族の看取りの手段になり得ることを意識することがエンゼルメイクのポイントの1つです。手は出さずとも、間近でご覧いただくことで、その記憶がグリーフワークの一助になり得るととらえ、配慮することもよいのではないではしょうか。 *ご紹介したケースは個人を特定できないように編集したうえで掲載いたしました。 ワンポイントメモ衣類準備の声かけのタイミングについてエンゼルメイク時には、基本的に全身の保清後に着替えを行います。ご家族は落ち着いているように見えても、亡くなったときの衣類の準備までは気が回らない場合が少なくありません。そのため、あらかじめご家族に着替え用の衣類の準備をお願いし用意しておく必要があります。医師が、ご家族に間もなくかもしれないことを告げた際に、看護師から「つきましては、万が一のときにお召しになる衣類をご準備なさるとよいかもしれませんね」、あるいは「万が一のときのために、ご本人がご準備されている衣類はございますか?」などと声をかけるとよいでしょう。 着衣について例えば、ご家族が「これを着せてほしい」と和服一式を差し出されたとき、襦袢には袖を通していただき、着物や帯、帯締めなどは着付けずに、ふわりと上からかけておくだけにします。そして、「しっかりとした着付けをご希望の場合は、葬儀社の方にご相談なさってください」というふうに説明します。 衣類の着付けもしっかりと行うことが方針であれば別ですが、時間には限りがあるため着付けばかりに時間を割いてしまうと、保清などほかのエンゼルメイクを行う時間が足りなくなってしまいます。おすすめの「抱きうつし」(図2)エンゼルメイクの後、施設からご自宅など別の場所へ向かう場合に、ベッドからストレッチャーにご遺体を移すことをご家族に行っていただきます。在宅での看取りの場合では、ベッドから別のお布団へ、あるいはベッド上で身体の位置を整えるときに、ご家族にご遺体を抱いてもらい移していただきます。「抱きうつし」は、ご遺体を抱き抱えることで、その重さやぬくもりなどをご家族に実感していただくために行います。 図2 ご家族による抱きうつし 「抱きうつし」は鳥取県の「野の花診療所」で始まりました。エンゼルケアの一環としてご家族にご提案してみるのはいかがでしょうか。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年4月12日
2022年4月12日

[4]腐敗進行を抑えるために絶対に外せない対応、冷却について

ご遺体の死後変化の1つである腐敗は、適切な管理を行えば進行を抑えることが可能です。管理が十分でないと、腐敗が進んでしまい、告別式のころには棺の蓋に届くほど腹部が膨満してしまうケースもあります。それも自然現象ではありますが、腐敗は死後変化の中でもご家族につらい印象をもたらす要素が多いため、抑える対応はマストです。今回は腐敗とその対処法である冷却について解説していきます。 腐敗はなぜ起こる? 死亡により体内の細菌バランスが崩壊し、生前から存在していた細菌群(中温菌)の異常繁殖により腐敗します。腐敗は、死後6時間くらいから始まり、腹腔内から胸腔内へ、そして全身に広がります。 腐敗が進むと何が起こる? 腐敗の進行とともに水分とガスが生じるため、体腔内圧が高まり、鼻や口から体液が漏れ出たり、肛門から便が漏れたりします。腹部膨満も見られます。また、臭気が発生し、皮下にガスが溜まり、皮膚に水疱ができるといった現象も起こります。 腐敗進行にとっての好条件は「水分が多い、栄養が多い、温かい(死亡時に発熱していた)」です。この条件がそろうとご遺体は腐敗しやすい状態になります。夏場など、ご遺体を取り巻く気温が高いことも腐敗を助長します。 腐敗の抑制手段は「冷却」 腐敗を最小限に抑える手段が「冷却」です。冷却することによって、腐敗をもたらす中温菌が活動しづらい環境にすることができます。エンゼルケアにおける冷却は、葬儀社が対応するドライアイスや冷蔵庫冷却までのつなぎとして実施します。 実施するタイミングは、保清の後の着衣のときがよいでしょう。冷却物としては保冷剤やアイスパック、氷を使用します。それらがなければ、冷凍庫や冷蔵庫に入っており、身体にあてやすい平らな形状のもので代用します(腋窩部、鼠径部、前側頸部には円柱型やボトル型の形状のものも可)。 冷却効果が高いのは冷却物を直接皮膚にあてる方法ですが、ご家族が「冷たそう」と感じることもあります。そうした気持ちに配慮し、下着の上から冷却物をあてたり、和服など衣類によってはすべてを着付けた上からでもよいでしょう。 図1に冷却に使用する物品を、図2に冷却する部位を示します。 図1 冷却に使用する物品と冷却する部位 ご遺体や衣類が濡れることを避けるため、ビニール袋に入れて使用する 図2冷却する部位 通常の冷却 ❶胸部+❷腹部(腐敗が早く強く出ると予想される場合は、❶胸部+❷腹部+❸腋窩部+❹鼠径部+❺前側頸部を冷却する) ご家族への説明例 冷却を開始する際の声かけでは「お腹が膨らんだり、体液が鼻から出たり、臭いが強くなったりしないよう、お腹や胸に早めの冷却が大切です。これから行いますね」などと冷却の必要性を伝えます。 しかし、ご家族が「冷たそう」「寒そう」と話し、気が進まないようであれば、次のように説明します。 「さきほどお話したような変化が進んでしまうと、あとから元に戻すことができませんので、冷やすことはとても大事なんです」 それでも難色を示される場合、腐敗が進行することを理解されていないかもしれないと考え、「変化」ではなく「腐敗」という言葉を使って再度説明します。十分に説明したうえでも拒否される場合は無理には行いません。ご家族には、冷却を行っていないことを葬儀社の方に伝えていただくようにお話しします。 ワンポイントメモ綿詰めは必要ない?ご遺体の鼻や口、肛門などに綿を詰める行為はこれまで広く行われてきた行為の1つです。しかし、ここ数年の間に、綿は栓の役割を果たさないことがわかってきました。腐敗の進行で内圧が高まれば、綿で漏液や便漏れを阻むことはできません。鼻や口から漏液がある場合は、適宜拭います。肛門や膣には紙パッドや紙オムツをあてることがおすすめです。分泌物や便を含んだ綿の交換は難しいですが、紙パッドや紙オムツであれば交換も容易ですね。また、鼻や口への綿詰めは、家族がつらい印象をもつことが多いです。(なお、便漏れを防ぐために腹部を圧迫し、便を押し出す行為もおすすめできません。腐敗の進行とともに自己融解も始まり、内臓の脆弱化が急激に進んでいるため、圧迫により腸を損傷させる可能性があるためです。) 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

特集
2022年4月5日
2022年4月5日

在宅復帰後の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、自宅への退院後、胃瘻栄養を離脱し、常食摂取が可能になった事例を紹介します。 経管栄養の離脱を目指す 患者さんが病院を退院して自宅や施設に戻られる際、経管栄養管理下での退院となる場合があります。 退院後すぐには経口摂取が困難で、胃瘻栄養を選択した場合でも、諦めず、無理のない範囲でのリハビリテーションが必要と考えます。 義歯の方の場合は、義歯装着と、発声練習や舌のストレッチなどのリハビリを日々継続すると、どこにどのような障害があるのか問題が整理されてくることもあります。 胃瘻から早く元の食生活に戻りたい 事例 Eさん、76歳男性。要介護5、左脳梗塞後に誤嚥性肺炎、胃瘻造設、前立腺肥大と心筋梗塞の既往あり。 Eさんは脳梗塞のため入院。退院し自宅へ戻った時点では胃瘻管理でした。自宅は、数人の従業員を抱える自営業の、店舗兼住宅です。4年前に心筋梗塞の既往があり、尿道カテーテルも留置しています。 妻は訪問看護師から指導を受け、胃瘻と尿道カテーテルのケアを手際良く行っています。しかし退院後、家族と従業員とが一緒に囲んでいた賑やかな食卓風景はなくなりました。食べられないEさんに食べているところを見せたくないと、お孫さんたちは隠れるように食事をしたからです。 この時点で、Eさんとご家族の「早く元の食生活に戻りたい」というゴールは、はっきりしていました。 いつの間にかバナナを完食! Eさんは入院中、義歯を装着していなかったということです。初回の嚥下評価で、言葉の巧緻性をみるオーラルディアドコキネシス(ODK)注1は、1秒間に「パ」が1回弱でした。しかも、「パ」が「ファ」に聞こえ、発声するたびに義歯が外れました。 そこで、基本的な機能的口腔ケアを指導すると、2週間後には笑顔で「お腹が空いた」との発語もあり、義歯装着もしっかりしてきました。 ところが、翌週に事件が起きました。 寝たきりのはずのEさんは、いつの間にかベッドから起き上がり、仏壇のお供えのバナナを1本完食していたのです。本人が白状されたそうで、家族も、連絡をもらった私も、何事もなくてよかったと胸をなでおろしました。義歯装着効果か、室内を歩く程度の距離を自立歩行できていたのにも驚きです。 VFでは経口摂取はまだ無理 今回は幸運にも無事でしたが、2回目もそうとはかぎりません。歯科医の判断で、Eさんは歯学部付属病院の専門外来で放射線嚥下造影検査(VF)注2を受けることになりました。 VFの結果、Eさんの嚥下には、少量の誤嚥と、喉頭蓋谷(こうとうがいこく)に多量の残留が認められました(図)。準備期-咽頭期のリハビリ対応が必要な状態です。とろみ使用の水分摂取は許可されたものの、経口摂取はまだ無理な状況でした。 図 喉頭蓋谷に多量の残留が認められる 1か月半後の再評価 VF後は、従来の口腔ケアに加え、嚥下障害の専門医の指導で、腹筋を鍛える足上げ運動や頭部挙上訓練が加わりました。痰の吐き出しや窒息時に備えるためです。歯科衛生士と訪問看護師が、Eさんにリハビリを行うことになりました。 1か月半後、VF再評価を行いました。 再VFでは、試料が喉頭蓋谷に残留することなく食道へと運ばれていき、嚥下機能が改善。専門医からも直接訓練(食物を使う訓練)の許可が出ました。 Eさんは、段階的摂食訓練を開始し、介入から約5か月で、ほぼ入院前の食生活に戻ることができました。 専門医の診断で納得を得る この事例のポイントは、「さあこれからお口の訓練を頑張りましょう!」から、バナナ事件で「おじいちゃんお口から食べられるよ」という方向に一気に傾いてしまいました。たまたま無事でしたが、誤嚥性肺炎の既往がある方なので、経口移行するならそれなりの嚥下評価と裏付けが必要です。ここからの立て直しが必要な事例でした。 バナナを食べている時の目撃者はいませんが、喉に詰まりそうな怖い状況を想像します。今回は早急に専門医の診断を求め、Eさんの訓練続行に、本人、家族、かかりつけ医を含めたチーム全員の、納得を得ることができました。 このことが、要介護5から3へと要介護度改善にもつながりました。 Eさんの食支援介入前後の評価  初診(退院後1か月半)介入後(退院後約5か月)食形態経管経口(常食)ODK(発語)パ1.2回/秒、不明瞭 パ5.4回/秒、会話が可能VF誤嚥あり、喉頭蓋谷残留あり誤嚥なし、喉頭蓋谷残留なし摂食状況レベル  レベル1(嚥下訓練なし)レベル9(三食経口摂取)介護度要介護5要介護3 間接訓練から直接訓練へ移行するポイント 間接訓練から直接訓練に移行する場合は、まず、嚥下評価で直接訓練が可能となることが前提です。そして、嚥下評価に加えて、以下の項目にも注意したいものです。 ・呼吸(SpO2 96%以上)や血圧の医学的安定・食欲がある・咳や痰の喀出、発声ができる・姿勢調整ができる ほか これらは、すべてが揃わなければならないわけではありませんが、なかでも「食欲」は重要です。長期間の経管栄養管理が継続されていると、嚥下評価上では経口摂取が可能でも、食欲を押し殺している人もいます。心理的なサポートが必要となります。 ー第5回へ続く 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする。 注2 嚥下造影検査(VF)造影剤を含む試料を使用する放射線下の精密検査で、歯科大学病院や耳鼻科で対応可能。地域の歯科医師会の在宅歯科医療地域連携室、嚥下障害の窓口などに相談するとよいです。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年3月29日
2022年3月29日

[3]身体の死後変化はエンゼルケアの必須知識!

死後のご遺体の変化に驚かれるご家族が少なくありません。ご家族にきちんと説明できるためにも、死後の身体変化に関する情報をしっかりと押さえておきましょう。また、どういった変化が生じるのか把握しておくことで、変化を最小限に抑える対処が可能ですし、さまざまな身体変化に遭遇しても冷静に対応することができます。 亡くなった高齢女性Aさんのご家族から困惑した声音で、担当だった看護師に電話がありました。 「おばあちゃんの口のまわりに灰色の輪がくっきりと浮き出てきたんです。不吉なことなんじゃないかって言う人もいて・・・・・・。一体、何なんでしょう、これ」 Aさんは黄疸が出ていたために、その死後変化として皮膚に変色が起こったのです。黄疸をもたらしているビリルビン色素の酸化亢進などによって時間とともに変色が起こります。毛根部が変色の生じやすい部位で、髪の生え際や眉、ひげ(あるいは口まわり、女性も口周囲にうぶ毛があるため)などに注意が必要です。 Aさんのご家族はそれを知らなかったため驚かれたのですね。看護師は異常事態ではないことを伝え、対処法などを次のように説明し安心していただきます。 「黄疸が出ていた方は、お口のまわりがくすんで輪のように見えることもあります。自然な変化ですから、ご心配はいりません。気になるようでしたら、その部分をファンデーションでカバーしていただいて問題ありません」 そして、必要に応じてファンデーションを使用したカバー方法なども説明します。 望ましいのは、黄疸のある肌は時間の経過とともに皮膚に変色が生じると思われることを、あらかじめエンゼルケアのときに説明できることです。さらに、最も望ましいのは、そのことを含めて死後変化のことなどが書いてある文書をお渡しすることです。文書については、連載の最終回でふれる予定ですので参考になさってください。 身体の死後変化の知識を得ておくことは、エンゼルケアを行ううえで必須です。亡くなった人のそれまでの身体の状態を把握している看護師は、例えば前出の黄疸の出ている方のように、変化についてのさまざまな配慮・対応が可能なためです。 知っておきたい身体の死後変化の特徴 では、ここで「身体の主な死後変化」を図1に示します。 図1 身体の主な死後変化 ( )内は、変化が始まる目安の時間を示す。変化の強度や速度には個人差がある。各項目の詳細については以下を参照。筋の硬直(死後硬直)(1時間~)筋弛緩後、下顎(1~3時間)、全身(3~6時間)へと硬直が進む。循環停止により酸素供給が停止することなどによる。死後半日から1日の間に硬直のピークを迎え、その後、解けはじめる。死の直前まで筋肉を使用していたり(急死)、高齢ではない場合などは硬直が強く表れる。体表面の乾燥(3時間~)循環停止によって内部から体表面への水分補給がなくなり、自力で保湿できなくなり乾燥する。特に外気にふれている頭部(その中でも口唇)は乾燥が急激に進む。表皮が失われている箇所や開放性の創部も乾燥しやすい。また、乾燥とともに皮膚の脆弱化も進む。水分量の多い乳児・小児は、成人よりも乾燥傾向が強い。顔の扁平化(直後~)重力の影響による。蒼白化(30分~)重力の影響を受け、比重の重い赤血球が沈下することで、皮膚の血色が失われる。全身の上面に生じるが、露出している顔面が特に目立つ。顔のうっ血(3時間~)急性の心疾患で亡くなった方に生じることが多い。腐敗(6時間~)恒常性の消失で細菌バランスが崩壊し、細菌群(中温菌)が異常繁殖することによって生じる。腹腔内からはじまり胸腔内、そして全身に広がる。身体の状態(水分が多い、栄養が多い、温かいなど)によって腐敗の進行度が変わる。体温低下(直後~)恒常性の消失で、気温の影響をまともに受ける。上下肢の末端部や外気にふれる顔面などから低下する。体幹部は下がりにくい。止血しづらくなる血液の凝固因子が大量に消費されることなどから、止血しづらい状態になる。黄疸の方の皮膚色の変化(24時間~)黄疸をもたらしている色素の酸化亢進などによって生じる。黄色→淡緑色→淡緑灰色に変化する。 さまざまな変化を図1で把握するとともに、全体的な変化の特徴として次の4点も押さえておくとよいでしょう。各タイミングでの判断に役立ちます。 ①死後の身体は「不可逆的に変化する」 図1に示した変化をはじめとして、死後変化のすべては不可逆的に進行します。つまり、変化する一方で、元の状態に戻ることはありません。生きているときのように、維持しよう、回復しようと身体は機能しません。 例えば、口唇は粘膜のため特に乾燥しやすい部分です。時間とともに乾燥が進み、表面が茶褐色に変色してしまったり、口唇全体の厚みが減ってしまったりし、それらが元の状態に戻ることはありません。ですから、早い段階で油分を塗布するなど、乾燥防止を行う必要があるのです。 ちなみに、葬儀社の方から看護師に対して「とにかく唇だけでも早めに油分を付けておいてほしい」と言われることがあります。葬儀社の方が担当する段には、すでに口唇の乾燥が極まってしまっていることがあるからのようです。 エンゼルメイクを含むエンゼルケアの時点で何をしておくべきなのかを判断し、実施することがポイントになってきます。 ②死後の身体変化は「予測しきれない面がある」 どんな死後変化がどの程度、どんな速さで起こるのか、エンゼルケアの時点ではその後を予測しきれない面があります。その大きな理由として、次の2点が挙げられます。 ・個体差を厳密には予測できない死後の身体変化は、死に至ったときの身体状態により個体差があります。例えば、体内の水分量が多く、さらに亡くなるまで高熱が続いていた場合は腐敗が早く強く出るかもしれないというようにおよその予想はできますが、厳密な予想はできません。 ・管理状況に左右されるご遺体は、身体の状態を一定に保つ機能は働いていないので、気温、湿度など身体を取り巻く環境の影響をまともに受けます。皆さんの手が離れた後、例えば暑い日などに適切な冷却がなされなければ急激に腐敗が進み、体液が漏れ出たりします。 身体の変化に困惑したご家族から問い合わせや相談の連絡があったなら、まず「お身体はいろいろな変化が出るのが自然のことです。異常事態ではないので心配はいりませんよ」と応対し、具体的な対応方法を説明するとよいでしょう。 ③死後の身体は「傷みやすい」 死後の身体変化が生じているイメージをつかんでほしいと思い、あえて「傷む」という表現を使います。 例えはあまりよくありませんが、釣ってきた魚を暖かい日に冷却もせず、ラップもかけずにテーブルの上に放置してしまうと、魚は急激に傷んでいきますね。人の身体も何もしなければ同じように傷んでいきます。 冷却や乾燥防止対策を行い、なるべく変化を抑えますが、抑えきれないケースも少なくありません。ただ現在は、亡くなった人との対面時には、衣類や花などでカバーされて目にふれないような配慮がされており、私たちは「傷む」という自然現象を忘れがちです。このことを含んでおいて、必要なときに「ご遺体は傷みやすいですよ」とご家族に説明します。 ④死後の身体は「重力の影響を受ける」 図1に示した「蒼白化」や「顔の扁平化」は重力に抗えなくなった結果、起こる変化です。他にも、身体の後面に開放性の創部(褥瘡など)がある場合は滲出液が漏れ出やすいので、あらかじめ対応をしておくといった判断ができます。 また、図1に示したように血液は止血しづらい状態になるため、鼻出血などがあると長く出続けることがあります。その場合は枕の高さを変えたり顔の向きを変えるなどし、重力の働く方向を変えることで、体外への出血量を減らせることがあります。 ご家族がご遺体を「起立させてほしい」と希望した例では、担当の看護師は便漏れなどがないように、重力の影響を考えながら希望に応じたとのことでした。 ワンポイントメモ臭気の話死後の早い段階で、気になる臭いが発生しやすい場所は、口腔内と瞼内です。 下顎が、早ければ死後1時間程度で硬くなるため、臭気防止のために口腔内だけは早めにケアを行います。マウスケア用のスポンジやガーゼなどで汚れを拭ったり、可能であれば歯磨きもします。瞼内のケアでは、眼脂に注意します。眼脂などの分泌物からも臭気発生の恐れがあるため、綿棒で拭うなど可能な範囲で除去しておきます。 腐敗による臭気もその後発生します。エンゼルケアの段階で行う臭気対策は、第4回で解説する冷却が有効です。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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