コミュニケーションに関する記事

コミュニケーション力で教育や医療を変革し地域を創生する
コミュニケーション力で教育や医療を変革し地域を創生する
インタビュー
2023年1月17日
2023年1月17日

コミュニケーション力で教育や医療を変革し地域を創生する

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第13回は、演劇というツールを使いコミュニケーション教育に取り組んでいる劇作家・演出家の平田オリザさんと、医療や教育に必要なものについて話し合った。(内容は2018年7月当時のものです。) ゲスト:平田オリザ劇作家・演出家こまばアゴラ劇場芸術総監督・城崎国際アートセンター芸術監督。国際基督教大学教養学部卒業。1995年「東京ノート」で第39回岸田國士戯曲賞受賞。大阪大学COデザインセンター特任教授、東京藝術大学特任教授、四国学院大学客員教授・学長特別補佐、京都文教大学客員教授、(公財)舞台芸術財団演劇人会議理事長、埼玉県富士見市民文化会館キラリ☆ふじみマネージャー、日本演劇学会理事などを歴任。 医師の診療は患者との対話である 川越●平田さんは、劇作家、演出家としてだけでなく、教育の現場や自治体の依頼で演劇を用いたコミュニケーションデザインを教えていると伺いました。コミュニケーションをデザインするとは、どのようなことなんでしょう。 平田●たとえば「患者が医者に質問しにくいのは、医者が高圧的なのではなく、病院に来るまでに交通機関を乗り継いでへとへとになっているからかもしれない。それなら交通行政を変える必要があり、医療行政だけでは解決しない」というのがコミュニケーションデザインの考えかたです。 川越●がん治療中の人が、電車やバスを乗り継いで1時間以上かけて病院に来ても、外来で医師と話すのはせいぜい15分。医師がその時間で何もかも説明するのは難しく、ましてや患者さんが的確な質問をするのはより難しいでしょうね。 平田●あるセンテンスのなかで、本当に伝えたいこと以外の言葉がどれくらい入っているかを、冗長率といいます。家族との世間話がいちばん冗長率が高いように思えますが、ふだんの会話では、実は冗長率はそんなに高くならないんです。 川越●言いたいことだけを言っているわけですね。 平田●そうです。いちばん冗長率が低いのは、長年連れ添った夫婦間の「飯、風呂、新聞」という会話です(笑)。逆に冗長率が高くなるのは「会話」ではなく「対話」なんです。異なる価値観のすり合わせや新しいことを伝える瞬間なので、どうしても時間がかかってしまう。 川越●医者と患者の関係がまさにそうですね。医師の診察が「対話」だという認識はなかったです。どうしても問診をして、説明するという感じになっています。 平田●いわゆる家庭医、ファミリークリニックで実績のある方たちは、そこがうまい。 都会でも地方でも子どもの地域社会がない 川越●これだけコミュニケーションが大事といわれるのは、現代社会は人と人とのつながりが希薄になってきているからでしょうか。 平田●コミュニケーション能力とは本来、子どもがままごとやごっこ遊びで自然に身につけるものなんですが、少子化や核家族化、地域社会の崩壊などで、そういうことを経験していない子が増えています。特に小学校から私立だと、まず地域社会がない。 地方でも少子化で、隣の友だちの家まで1時間とか、学校の統廃合が進んでスクールバス通学になると、寄り道ができない。子どもにとって通学路ってとても大事なコミュニケーションの場所なんですが、社会が合理的になっていくと、どんどんコミュニケーションの機会が失われます。 川越●確かに電車通学だと、放課後一緒に遊べないですね。 平田●それに習い事などで忙しくて、同じ階層の子としか付き合わなくなってしまう。都心部だと7~8割が中学受験をするので、地域社会が完全に崩壊しているわけです。 川越●都心に住んでいても、遠くの大病院にわざわざ1時間かけて行くのと似ていますね。 平田●私は都内の国立大学でも教えているんですが、学生の8割が男子、7割が関東出身、6割が中高一貫校の出身で、ディスカッション型の授業をやっても、みな同じ意見になってしまう。「貧乏って何?」という感じで、実感としてわからないんですね。 川越●在宅医療はご自宅に行くので、さまざまな家庭があることを自然に経験できて、医療は画一的にはできないことを学ぶんですが、病院しか知らないと、ベッドの上の患者さんは生物としての対象になってしまうのと同じですね。 勉強はできても異性とちゃんと話せない 平田●ある進学校で演劇教育を取り入れているんですが、男子校なので、うちの劇団に「女性との付き合いに慣れさせたいので、そういう劇をやってほしい」というオーダーがくるんです。 それで行ったら、うちの女優が初対面の高校生にいきなり「バストいくつですか」と聞かれたことがあって、保護者会などでこの話をすると、さすがにお母さんたちも焦る。だってそういう子たちが弁護士や医者になるんですから(笑)。勉強はできても、異性とちゃんと話せないんですね。 川越●男性の生涯未婚率が23パーセント(注:2018年時点で最新のデータであった2015年数値)という現実もあり、均質化やコミュニケーション能力が乏しいことが少子化の原因の一つかもしれません。男女交際の話は、もう国家施策としてやったほうがいいかもしれませんね(笑)。でないと国が滅びます。 文化による社会包摂の機能が見直される 川越●これから都市部では孤独死などが増えていくと思いますが、あれはインフォーマルな見守り機能が崩壊しているからだと思うんです。 平田●あとは行政もなかなか手が出せないようなごみ屋敷の問題。あれも完全に社会と隔絶してしまった結果でしょうね。 川越●毎日、何らかのかたちで自然に社会とつながっていれば、そういうことは抑止されるかもしれないですね。 平田●最近、文化による社会包摂機能というものが見直されています。何でもいいから、とにかく社会とつながっていてもらいたいと。 川越●コミュニティとしてのつながりが増えないかぎり、包摂機能は尻すぼみになって、ごみ屋敷や孤独死として顕在化するのでしょうね。 今まで、学校は知識を与える場所、医療機関は医療を施す場所のように思われていましたが、そんな単純な話ではなくなっていて、これからは社会のあらゆるところにコミュニケーション教育をビルトインしていくことが求められているんですね。 >>次回「命まで責任を負う団地自治会のまちづくり」はこちら あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護Next」2018年7月発行より要約転載。本文中の数値は掲載当時のものです。

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか _その1:なぜ連携しにくいのか?
CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか _その1:なぜ連携しにくいのか?
特集
2023年1月17日
2023年1月17日

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その1:なぜ連携しにくいのか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第7回は、連携がしにくいと評判のドクターについて、なぜ連携がしづらいのかについて多角的に考えます。 はじめに 「ドクターをどう動かせばいいのか」という悩みは、看護管理者の方からよく聞くテーマです。みなさんもセミナーに参加したつもりで、「自分だったらどうするだろう」と考えながらこの連載を読んでいただければと思います。 ケースと設問 CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか   「K医師と連携がしにくい。どうしたらよいか」とスタッフナースから相談を受けている。K医師は、地域で在宅療養支援診療所を複数経営している大きな医療法人に所属している。K医師はふだん大学病院で働いており、在宅医療は初めてだそうだ。  K医師が担当する利用者の多くは内科疾患を持つ人だが、なかには認知症を疑わせる症状がある人や、専門的なリハビリが必要と思われる人もいる。訪問看護としては、それらの症状に対して専門の医師にもみてもらいたいと考えているが、K医師は取り合おうとしない。利用者本人や家族は、「他の医師にみてもらったとわかったら主治医であるK医師が怒るのではないか」と考えているようで、自ら他院を受診はできないと言っている。管理者としてどうしたらよいだろうか?   設問 あなたこの管理者であれば、連携がしにくいという評判があるK医師に対して、どのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 連携しにくいと評判の医師について 講師このケースで議論したいことは、「管理者として連携しにくいドクターをどのように動かすか」です。その前にまず、連携しにくいと評判のK医師の特徴や、そのK医師に関係する周囲の人々の状況について、皆さんはどのように考えますか? Aさん注2K医師はふだんは大学病院で働いていますし、在宅医療の経験があまりないので、訪問看護の状況をよくわかっていないと思います。こういうことってよくあるのではないでしょうか。 Bさんすごく対応のよい医師とそうでない医師の差が大きいですよね。もともとの性格などもあるかもしれませんが、医師の経験や価値観が、在宅医療へのかかわりに影響していそうだと個人的には思っています。ここは訪問看護としてはどうしようもないですが。 Cさん医師はどうしても治療に目が行きがちなのかもしれません。特に、病院勤務で、在宅の経験があまりないとその傾向が強い気がします。でも訪問看護の目的は、在宅生活の維持・向上です。私の経験上、ここが一致しないためになかなか話が進まないことがよくありました。 DさんK医師は、利用者の状況を、診察時点の「点」でしかみていないのではないかと思います。利用者やご家族のなかには、「医師に生活全体の状況や困っていることを率直に伝えられない」という人もいらっしゃいます。 「連携しにくいと評判の医師について」の小括 最初の議論は、「連携しにくいと評判のK医師の特徴やそのK医師に関係する周囲の人々の状況について」、それぞれの考えを出しあいました。 これらの発言は、①個人の特徴 ②多職種連携の際に生じる問題、の大きく二つに分類できます。 ①K医師の特徴・本業は病院の医師であり、かつ在宅医療の経験があまりない。・在宅医療への理解が不足しており、自己の価値観を優先している。②多職種連携の際に生じる問題・K医師は治療を、訪問看護は在宅生活の維持・向上を目指しており、目標が一致していない。・医師の立場では、看護師に比べて、利用者の細かな生活状況がわかりにくい。 発言をこのように分類してみると、管理者として働き掛けることができる部分は、②多職種連携の際に生じる問題であることが、参加者のみなさんには見えてきたようです。 次回は、「なぜ連携がうまくいかないのか」について、この二つの面から考えていきます。 >>次回「その2:なぜ連携がうまくいかないのか?」はこちら 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版

【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護
【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護
特集 会員限定
2023年1月10日
2023年1月10日

【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護

2022年9月30日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「『だから』が分かると腑に落ちる精神看護」。講師として登壇してくださったのは、精神看護専門看護師であり、現在は訪問看護事業を展開する株式会社N・フィールドで広報部長を務める中村創さんです。病院での勤務や「べてるの家」での生活経験をふまえ、訪問看護現場での精神疾患を抱える患者さんとの向き合い方、看護師にできることなどを教えてもらいました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】中村 創さん 株式会社N・フィールド 事業管理本部 広報部 部長/精神看護専門看護師/公認心理師精神看護専門看護師として、急性期病棟や閉鎖病棟を含む複数の病院に勤務。精神疾患を抱えた方々の地域活動拠点である「べてるの家」の一室で暮らし、当事者研究のイベント運営にも携わる中で、地域の受け入れ体制を整備する必要があると実感する。訪問看護にその可能性を感じ、2019年より株式会社N・フィールドで活動。 目次 ▶ 精神看護では患者さんとの関係構築が重要 ▶ 感情をぶつけられたらその裏側を想像しながら対応を ▶ 統合失調症の看護では「安心」を一緒につくる ▶ 自殺を考える人との対話では、自殺の話題から逃げない --> ▶ 精神看護では患者さんとの関係構築が重要 精神疾患の治療において、優れた臨床成績を出している療法を学び、実践することはもちろん大事です。しかし、患者さんと治療者との間に関係が構築されていなければ、どんな療法も効果が発揮されないと私は考えています。 また、私が病院、訪問の別なく看護の現場で何よりも重要だと実感しているのは、「患者さんの語り」に耳を傾けること、「この人になら話してみよう」と思ってもらえる関係を構築することです。安全が担保されている関係が構築されなければ、患者さんが語り始めることはありません。 ▶ 感情をぶつけられたらその裏側を想像しながら対応を 臨床で患者さんから怒りをぶつけられた経験がある方は少なくないと思います。そんなときは、「怒りの裏側」に思いを巡らせると、同じ場面が違って見えます。 人は、他者との関わりにおいて自己が傷つくのを防ぐため、つまり自己防衛のために怒りを手段として使うことがあります。もしくは、相手を支配し、自分が主導権を握りたいときにも怒りを用います。 このように、怒りの奥には何らかの思いが潜んでいます。そして、怒っている瞬間は心に余裕がなく、根底にある「自分が傷つけられそうになっている」「相手を思いどおりにしたい」「正しいのは私」といった思いを修正することはできません。 臨床で患者さんの強い怒りに触れたとき、そういった怒りの感情を無理に鎮めようとするのではなく、鎮まるのを待つほうがいいでしょう。精神看護においては、こうした「見えない部分」を想像しながら対応を考えていくことが重要になります。 ▶ 統合失調症の看護では「安心」を一緒につくる 統合失調症は、英語で「Schizophrenia」といいます。「schizo」は分裂、「phrenia」は連想という意味です。頭の中で情報をまとめる、統合することが難しくなる状態です。急性期では、自他の境界が分からなくなり、強い恐怖を感じています。怖くてしかたがないから眠れなくなり、さらに神経が過敏になって、症状も強くなります。 そんなときに私たち看護師ができるのは、「あなたは安全だから大丈夫」と説得することではなく、患者さんが安心できる環境を一緒につくること、相手の内側で何が起こっているかを想像し寄り添うことです。「説得は無理に抑えつけようとする行為である」と心に留める必要があります。 また、看護師自身が「この状態はいずれおさまる」と信じることも重要です。念じるだけでも構いません。看護師の回復への信頼は、患者さんにも伝わります。その信頼が伝わることで少しずつ気持ちが落ち着き、話ができるようになっていくのです。 ▶ 自殺を考える人との対話では、自殺の話題から逃げない 自殺の行動化で搬送される人の中には、周囲からみれば些細に思える動機を淡々と話される方もいます。例えば、「水たまりを踏んで靴下が濡れたので死のうと思いました」といった具合です。耳を疑ってしまいますが、これは、その人が行動を起こす瞬間に至るまでに、多くの荷物を背負ってきたからです。靴下が濡れた瞬間、積荷の重さが限界を超えてしまったということです。 そんな精神状態にある方は、視野が狭くなり、自殺という選択肢しか見えなくなります。「自殺が唯一の解決策」と考えるようになり、周囲にいるかもしれない家族や仲間、支援者が見えなくなっているのです。 そうした方と対話する際、私たちは誠実な態度で話を聴かなければなりません。自殺の話題から逃げず、はっきりと尋ねましょう。例えば、私は「今死にたいという気持ちはどのくらいでしょうか?」「『死なない』と私に一言いってもらえませんか?」などと伝えます。真正面から受け止める人が「そこにいる」ことが、自殺を思いとどまるひとつのファクターになります。 また私たち看護師は、一人で抱え込まないことも大切です。チームのメンバーに状況を共有し、個人ではなく、チームで対処するという姿勢で臨みましょう。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

困難事例は精神科の知識で対応 中堅訪問看護師のためのメンタルヘルスケア
困難事例は精神科の知識で対応 中堅訪問看護師のためのメンタルヘルスケア
特集
2023年1月10日
2023年1月10日

困難事例は精神科の知識で対応 中堅訪問看護師のためのメンタルヘルスケア

この連載では産業医学が専門の精神科医・西井重超先生に、訪問看護にまつわるキャリア別メンタルヘルスケアについて解説いただきます。今回は、中堅訪問看護師が出会いがちな困難事例を取り上げ、精神医学で解消できる部分をアドバイスしていきます。 対応困難例に生かす精神医学的アプローチ 今回の対象である中堅訪問看護師は、受け持ちの患者さんに難しいケースが多いため対応に苦慮するあまり、ご自身のメンタルヘルスに影響することも多いようです。そこで訪問看護師の精神的負担を少しでも軽減できるように、対応困難例への精神医学的アプローチの方法を紹介しましょう。 中堅の訪問看護師が直面する関わりの難しいケースの中には、精神医学で言う「パーソナリティ障害」や「発達障害」の方がいらっしゃるように思われます。特にパーソナリティ障害の患者さんの場合、ご本人は「普通のこと」「常識的なこと」と思い込んでいることが多くあります。そんなとき、「できないことはできません」とお断りすると、「裏切られた」と感じられてしまうこともあります。こうした反応は、訪問看護師にとってはとてもストレスフルで疲弊してしまいます。 そこで今回は、接し方が難しい患者さんへの対応に役立つ、精神科の知識をご紹介します。特に看護の現場で困ることの多い、「パーソナリティ障害」と「発達障害」を取り上げ、それぞれの疾患の特徴と対応をお伝えしますので、ぜひ現場でお役立てください。 パーソナリティ障害の患者さんの特徴と対応 まずは、クレーム対応の話でも話題に上がるパーソナリティ障害に比重を置いてお話しします。なお、パーソナリティ障害にはいくつか種類がありますが、ここでは「境界性パーソナリティ障害」を取り上げます。境界性パーソナリティ障害は期待感に関しての問題を持っています。自分の常識を世間の常識だと思い込み、自分の思いを相手がくみ取ってくれると過剰に期待して、断られるといった期待外れに直面すると激怒するのが特徴です。 「付かず離れず」で過剰な期待をさせない 対応方法としては期待をさせないことが大事です。具体的には「すべての要望に応えることはできない」と相手に伝えます。少しストレートで言葉が悪いように聞こえてしまうかもしれませんが、言い換えたフレーズとしては「ここまではできて、これ以上はできない」となります。一定の距離を保つということです。これは「付かず離れず」の関係であり、大きく距離を取ったり見捨てたりすることではありません。 境界性パーソナリティ障害の人は一度行ったサービスの基準を下げると「嫌われた」「見捨てられた」と思う傾向があります。こちらが親切心から一度だけした行為を「次回もまたしてくれるのでは」と思ってしまい、過剰な期待を寄せてしまうのです。この心理は思い当たる人も多いと思いますが、境界性パーソナリティ障害の人では期待外れのときの落ち込み具合や怒り具合が病的に強いのです。 例えば、パートナーからのクリスマスプレゼントで考えてみます。2年前は「3万円のネックレス」で、去年は「3万円の指輪」でした。そして、今年は「5千円のマフラー」でしたとなるとショックを受け、嫌われたのだろうか? 他に好きな人ができたのだろうか? と大きな不安を感じてしまうと思います。大概はそこで我慢するのですが、境界性パーソナリティ障害の場合、我慢ができず、大声を出したり、暴力をふるったりと、過剰な反応や行動に出てしまうのです。 いつもと変わらないケアをいつもと同じように提供する 大事なことは常に一定のサービスを提供し、それ以上の過大な期待を抱かせないことです。サービスという言葉から「いつもよりも喜ばしいことを相手に提供する」というニュアンスを抱きがちかもしれません。しかし、トラブルにならないサービスとは「いつもと変わらないものをいつものように提供すること」なのです。 私の診療は、境界性パーソナリティ障害の人に対してかなり淡々としていると診察を見学した研修医から言われたことがあります。「いつもの先生がいつものように診察をしてくれて、特別なこともせず見捨てることもせず、裏切らない世界が診察室にあるという安心感」が狙いなので、それでいいわけです。境界性パーソナリティ障害の人は、最初は愛想のよい人が多いので、こちらも気分をよくしてしまい特別扱いしてあげたくなるのですが、そこはぐっとがまんして常に同じ内容の看護を提供し続けてください。 チームで対応方法を情報共有する 境界性パーソナリティ障害の人に関しては情報共有も大事です。なぜなら自分だけが特別なことをしないように心がけていても、他の人がはみ出たことをやってしまうと「あの人はやってくれたのにあなたはやってくれないのか」ということになるからです。 他にもトラブルを起こしやすいパーソナリティ障害に「自己愛性パーソナリティ障害」と「反社会性パーソナリティ障害」があります。パーソナリティ障害のタイプの中でもいずれもトラブルを起こしやすいB群パーソナリティ障害に属しています。興味のある人は調べてみてください。 発達障害の患者さんの特徴と対応 主な発達障害に注意欠如・多動症(ADHD ※1)と自閉スペクトラム症(ASD ※2)がありますが、ASDの患者さんへの対応を知っておくとよいでしょう。 パーソナリティ障害もコミュニケーションがうまくいかないといった特徴がありますが、比較的社交的な人もいらっしゃり、コミュニケーションが巧みでこちらを操作してくるケースもあります。それに対し、ASDの人は人間関係やコミュニケーションが苦手でうまく意思疎通が図れません。 伝えたいことは口頭ではなくメモを活用 ASDの人は細かいことにこだわってしまい、全体的に大切なことを見渡すことができません。こだわりのあまり不安が強く、いろいろ訴える面倒な人と思われがちです。話をまとめることも下手なのでダラダラと話してしまい、何がポイントの会話であるかはっきりしません。想像力を働かせるのも苦手で、口で伝えたことが頭に入りにくい傾向があります。そのためメモに残したり、見える形で一つひとつ確認したりすることが重要になります。 障害の特徴を知って対応におけるストレスを減らす パーソナリティ障害や発達障害の特徴を知っておくと、訪問看護師としてストレスを抱えずに対応できるケースもあるでしょう。「普通では考えにくい独特な考え方をすることがある」「そういう不思議なところがある」と認識しておくだけでもこちらのストレスが大きく減ります。患者さんと向き合いつつ、自分の心の負担を少しでも軽くするために精神科のエッセンスを活用していただければ幸いです。 そのほか、知的障害の人も、説明をうまく理解することが難しいなど対応に困ることがあります。ただし、会話内容に裏表がなく揚げ足取りをするようなこともほぼないため、シンプルに短い文章で説明することが大事になってきます。一気に複数の指導をすると混乱しがちなので、「まずこれだけする」と1つのことに絞り、徐々にできるようになれば次の課題を促していくとよいでしょう。発達障害と同様に、ポイントを口頭で伝えず、文章で伝えることも有効です。 ※1 ADHD:attention-deficit hyperactivity disorder ※2 ASD:autism spectrum disorder 執筆 西井 重超はたらく人・学生のメンタルクリニック 院長 ●プロフィール日本精神神経学会専門医・指導医。元東京アカデミー看護師国家試験対策講座講師。奈良県立医科大学病院精神科を経て産業医科大学精神医学教室へ移り、在籍中に助教・教育医長を歴任。現在は大手企業の専属産業医・次長として勤務しながら、「はたらく人・学生のメンタルクリニック」の院長を務める。専門は医学教育、職場・学校のメンタルヘルス、成人期ADHD。著書に『精神疾患にかかわる人が最初に読む本』(照林社) がある。  記事編集:株式会社照林社

融通と雑談も大切 新人訪問看護師のためのメンタルヘルスケア
融通と雑談も大切 新人訪問看護師のためのメンタルヘルスケア
特集
2022年12月20日
2022年12月20日

融通と雑談も大切 新人訪問看護師のためのメンタルヘルスケア

この連載では産業医学が専門の精神科医・西井重超先生に、訪問看護にまつわるキャリア別メンタルヘルスケアについて解説いただきます。今回は、新人訪問看護師に必要な心構えや注意したいメンタルヘルスの症状をお伝えします。 要望ばかりでは心に負担も 「融通」も忘れずに 訪問看護の新人看護師は、どのくらいの臨床経験があるのでしょう。看護師国家試験を合格してすぐに訪問看護ステーションに就職する人はほとんどおらず、早くても5年程度の臨床経験を経てから訪問看護師になる人が多いのではないでしょうか。10年程度してから訪問看護師になる人も結構多く、訪問看護は年齢を気にせずに新しい世界にワクワクして入職できる分野かもしれません。 新しい世界はどんなことが待ち受けているかわかりません。想像するような仕事かどうかは、入職時にはある程度知っておきたいものです。もしあなたが入職前にこの記事を読んでいるのであれば、どういう仕事があるかは調べたりたずねたりしておきましょう。予想外の仕事が来た場合にメンタルを崩すことが減ります。 ただ、ここで大事なキーワードは「融通」です。ある程度の柔軟さは仕事をする上で大事ですし、人間関係のこじれを少なくすることもできます。働きだしてからの自分のためにも、要望ばかりにならないよう、与えられた仕事に対して臨機応変に処理することも大切です。自分の中で折り合いを付けられるように融通を利かせる許容範囲も考えておきましょう。 もうすでに入職している人は、職場でのキャリアプランやスキルアップについてはどこかの時点で上司に聞きつつ、自分のビジョンも伝えておくとよいでしょう。ギャップが少なければストレスが溜まりにくくなります。 焦りは禁物! 落ち着いた心持ちで働く 一方で、特に若い方は「医療は作業」という側面もあると改めて認識しておくとよいかもしれません。少しずつ自分のスキルや提供できる看護技術は上がっていきますが、月日を経て患者さんが変わりはすれども基本は同じような日々の繰り返しです。その中で自分の気持ちをどう安定させたり維持させたりできるかも大事になってきます。 さて「どうやって気持ちを維持させるか?」ですが、最初に意気込んでしまう人ほど慣れてくると意気消沈してしまうことがあります。また、まじめで責任感が強い人も、一生懸命がんばりすぎて気力を維持できなくなることもあります。 どちらの場合も「まずは急いでパワーアップしようと思わず、勤務を続けること」が大事です。最初の1~2ヵ月は言われたことを落ち着いた気持ちで遂行することを目標にしてください。ポイントは落ち着いた気持ちで仕事ができることです。 職場に相談できる人をつくる 気持ちがいっぱいいっぱいになったり、落ち込んできたりしたときは自分だけで抱え込まず職場の人に相談しましょう。訪問看護は1人業務になりやすい業態ですが、職場の中で話しやすい人を1人でよいので見つけておくとよいでしょう。職場に相談できる人がいるかどうかが、職場での気持ちの安定につながります。 とはいえ、入職後すぐは話しやすい人なんて誰もいない状態からスタートします。なるべく自ら話しかけることにトライしてみてください。話すきっかけとしては興味を持たれなくてもよいので雑談をしてみましょう。自分とまったく同じ人はいませんので、話したことすべてに興味を持ってもらえることはまずありません。 話題を考える時に参考になる有名なフレーズがあります。それは「木戸に立ちかけし衣食住」というものです。「季節(気象)」「道楽、趣味」「ニュース」「旅」「知人」「家庭」「健康」「仕事」の頭文字に「衣・食・住」を加えたフレーズで、これらの話題のうちどれかを選んで話すと雑談がしやすいと言われています。逆に、避けたほうがよいとされる「話題の3S」というものもあります。これは、話題にするとトラブルになる可能性がある「スポーツ」「政治」「宗教」のローマ字の頭文字Sを取った覚え方です。 うつを見抜くサイン こんな症状に気をつけて! 最後は、しんどくなったときに備え、知っておいてほしい内容をお伝えします。うつ病や適応障害によるうつ状態のときに出る症状は、気分の落ち込みや意欲の低下だけではありません。他にも注意してほしい症状があるのでご紹介します。同じ症状が見られる場合は早めに受診をしましょう。 不眠 代表的な症状が不眠です。寝られなくなったら何らかの精神的な不調が隠れている可能性を考えてください。少なくとも無理をしてしまっている可能性は大いにあります。 食欲低下 食欲低下は食べられないということ以外にも、おいしく感じなかったり、無理に食べている感覚が出たりします。 消化器症状や身体症状 うつ病の診断基準にはありませんが、下痢、便秘、胃痛、腹痛といった消化器症状、頭痛や動悸や呼吸困難感といった身体症状も出てくる場合があります。他に、涙が出る、仕事に行くのに足がすくんでしまうこともあります。 自責感・罪責感 自分で気づきにくい症状としては自責感・罪責感があります。自分を責めてしまう、迷惑をかけていると思ってしまう症状です。「今、休むと他の人に迷惑が掛かってしまう」。このセリフがよぎったときは危険信号だと思ってください。案外耳にしそうなセリフですが、精神的に追い込まれている状況でもこのセリフを言い続けて自分を責めてしまいます。 * 精神科に通院しながら働いている人は近年非常に増えており、受診を気に病む必要はありません。受診したことで何か冷たい扱いを受けるようであれば、逆にそういう職場であることを早めに知ることができて幸運だと思うくらいでよいかもしれません。 執筆 西井 重超はたらく人・学生のメンタルクリニック 院長 ●プロフィール日本精神神経学会専門医・指導医。元東京アカデミー看護師国家試験対策講座講師。奈良県立医科大学病院精神科を経て産業医科大学精神医学教室へ移り、在籍中に助教・教育医長を歴任。現在は大手企業の専属産業医・次長として勤務しながら、「はたらく人・学生のメンタルクリニック」の院長を務める。専門は医学教育、職場・学校のメンタルヘルス、成人期ADHD。著書に『精神疾患にかかわる人が最初に読む本』(照林社) がある。 記事編集:株式会社照林社

【セミナーレポート】vol.3 具体的なアドバイス方法(2) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
【セミナーレポート】vol.3 具体的なアドバイス方法(2) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
特集 会員限定
2022年12月13日
2022年12月13日

【セミナーレポート】vol.3 具体的なアドバイス方法(2) -訪問看護における生活期リハビリテーション-

2022年8月26日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護における生活期リハビリテーション」。刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科 部長の小口先生を座長に迎え、同課の理学療法士 仲村先生と作業療法士 日比先生に、それぞれの視点から訪問看護の現場で役立つ生活期リハの知識や具体的なテクニックを教えていただきました。 そんなセミナーの様子を、3回に分けてご紹介。第3回は、日比先生による「症例を通した日常生活動作の工夫」についての講演の後半をまとめます。 【講師】(座長)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科部長/リハビリテーション科専門医小口 和代 先生2000年より刈谷豊田総合病院勤務。2004年院内に回復期リハビリテーション病棟、2007年訪問リハビリテーション事業所を開設し、急性期から回復期、生活期まで幅広くリハビリテーション診療に携わっている。指導医として若手医師へのリハビリテーション教育やチーム医療の質の向上に取り組む。監修本:『Excelで効率化! リハビリテーション自主トレーニング指導パットレ!Pro.』医歯薬出版 2021年 (講演Ⅰ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科理学療法士仲村 我花奈 先生2002年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期(神経、整形、ICU)、介護老人保健施設を経験。現在は訪問リハビリテーションを担当している。利用者の社会参加やQOLの向上を目指し、前向きな生活が送れるよう取り組んでいる。 (講演Ⅱ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科作業療法士日比 健一 先生 2004年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期、回復期、介護老人保健施設を経験。認知症サポートチーム、緩和ケアチーム、ICTワーキングの経験を活かし、訪問リハビリテーションでは横断的な専門的支援を提供している。 目次▶︎ 検討症例の基本情報:90歳・男性のBさん▶︎ 困りごと(1) 起き上がりから車椅子への移乗が難しい ・移乗動作を助ける福祉用具 ・適切な車椅子を選んで移乗の負担の軽減を▶︎ 困りごと(2)食べるスピードが遅く、食事中ぼーっとする ・食具の種類と導入の注意点▶︎ 利用者さんの生活動作について助言する際のポイント --> ▶︎ 検討症例の基本情報:90歳・男性のBさん 90歳の男性Bさんの架空の症例を通して、具体的な生活動作へのアドバイス方法を考えていきましょう。最初にBさんの基本情報をご確認ください。 2症例目:Bさん(90歳/男性)・妻と二人暮らし。・4年前に脳梗塞を発症し、重度片麻痺の後遺症が残っている。・ADL動作は、食事以外は介助が必要。要介護認定は「要介護3」・移動は車椅子で全介助。ベッドで寝ていることが多く、外に出る気はまったく起きない。 そんなBさん、およびその妻が日常で感じているさまざまな困りごとについて順番に見ていきます。 1症例目はこちら>> ▶︎ 困りごと(1) 起き上がりから車椅子への移乗が難しい 最初の困りごとは、起き上がりから車椅子への移乗です。妻は「夫は体が大きいので介助が大変だ」と話し、Bさん本人も「車椅子に乗ると疲れるから、ベッドで寝ていればいい」といいます。寝たきりになるリスクが非常に高い状態ですね。 そこで、起き上がりと移乗の動作についてアドバイスします。それぞれ以下のような手順を踏むと、比較的スムーズに体を動かせるでしょう。 ※黄色のテープを巻いている足は、健康状態が悪い足を表現しています 【起き上がり動作の手順】STEP1:ギャッジアップ座位にするベットに頭を付けたままギャッジアップで上体を起こす。STEP2:高さ調整介助者の腰が深く曲がらないように、ベッドの高さを調整する。STEP3:足を降ろし、上体を起こす下肢を先に降ろし、上体を健康な足側の方向に起き上がらせる。 ※黄色のテープを巻いている足は、健康状態が悪い足を表現しています 【移乗動作の手順】STEP1:座面を上げる立ち上がりやすい高さ(目安は股関節が90度以上になる状態)までベッドを上げる。STEP2:上体を曲げ、臀部を上げるお辞儀をさせるように上体を曲げ、お尻が浮きやすい体勢にして立ち上がる。STEP3:悪い足を固定し、方向転換する悪い足を固定し、健康な足側に重心をかけて方向転換させる。 移乗動作を助ける福祉用具 併せて提案したいのが、移乗動作を助ける福祉用具です。利用者さんが臥位・座位・立位のどの状態から移乗するかによって選定してください。 立つことが可能であれば、L字手すりを設置し、立ち上がりをサポートします。座位の場合は、トランスファーボードや介助用ベルトを使用し、転倒予防や介助負担の軽減を図りましょう。そして座ることも難しい場合は、介助用リフトの導入を検討します。 適切な車椅子を選んで移乗の負担軽減を 移乗の負担を軽減するには、利用者さんに合った車椅子を選ぶことも重要になります。車椅子の選定ポイントは、車椅子の座位姿勢、使用目的、そして移乗動作の介助量です。選定基準を詳しく見ていきましょう。 ・普通型車椅子移乗の介助量が少なく、座位保持が可能な方向け。自走に適している。・モジュラー式車椅子移乗の介助量は中等度で、座位保持が可能な方向け。自走に適している。・リクライニング型車椅子移乗の介助量が大きく、座位保持が困難な方向け。介助用に適している。なお、リクライニング型車椅子はチルト機能があるものがおすすめ。座面から臀部がずれ落ちるのを軽減でき、転倒を予防できる。長い時間座位を保持する場合にも便利。 ▶︎ 困りごと(2) 食べるスピードが遅く、食事中ぼーっとする 続いての困りごとは、食事についてです。妻からは「食べるスピードが遅い。食事中にぼーっとしているのも気になる」と、本人からは「箸が使いにくくて疲れてしまう」という声が聞かれました。 食事動作へのアドバイスをする際には、まず先行期・準備期・口腔期・咽頭期・食道期のどの段階に問題があるかを見極めましょう。Bさんの場合は、先行期に問題があるケースになります。 次に、具体的な評価と改善案を考えていきます。例えば「食べるのが遅い」ことには、多くの場合疲労の問題が隠れています。肘つきのある椅子やリクライニング機能のある車椅子に変えたり、一回の食事時間を短くして回数を増やしたりといった工夫をしてみてください。また、「ぼーっとしている」のは傾眠傾向にある可能性があります。覚醒している時間に食事をとるようにすると、介助者の負担を軽減できるかもしれません。 食具の種類と導入の注意点 「普通箸が使いにくい」とお困りの場合には、食具の見直しがおすすめです。利用者さんがどのような動作を難しく感じているかを観察し、以下の基準を参照して合うものを選定してあげてください。 指の曲げ伸ばしが困難な場合 → 自助具箸握り・つまみ動作が困難な場合 → 万能スプーン握りが困難な場合 → 万能カフ 食具の提案で注意してほしいのは、本人が自力でできる動きまでサポートしてしまうものは選ばないこと。過剰に動作を助ける道具を使うと、残存機能を低下させてしまう可能性があります。 ▶︎ 利用者さんの生活動作について助言する際のポイント 私の講演では、疾患や介助量が異なる2つの症例を通して、日常の生活動作や環境設定へのアドバイス方法についてご説明してきました。今回ご紹介した症例に類似するケースに限定せず、助言する際のポイントは大きく3つあります。 1つ目は、生活動作については安全で、誰でも実践できて、かつ習慣化できる内容を提案すること。2つ目は、環境設定は、心身機能の状態に合わせて検討すること。そして3つ目は、福祉用具を選ぶ際は、残存機能を発揮できるものにすることです。 上記に基づいたアドバイスは、きっと利用者さんの社会参加の一歩につながります。ぜひ、明日からの現場で実践してみてください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-
特集 会員限定
2022年12月6日
2022年12月6日

【セミナーレポート】vol.2 具体的なアドバイス方法(1) -訪問看護における生活期リハビリテーション-

2022年8月26日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護における生活期リハビリテーション」。刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科 部長の小口先生を座長に迎え、同課の理学療法士 仲村先生と作業療法士 日比先生に、それぞれの視点から訪問看護の現場で役立つ生活期リハの知識や具体的なテクニックを教えていただきました。 そんなセミナーの様子を、3回に分けてご紹介。第2回は、日比先生による「症例を通した日常生活動作の工夫」についての講演の前半をまとめます。 【講師】(座長)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科部長/リハビリテーション科専門医小口 和代 先生2000年より刈谷豊田総合病院勤務。2004年院内に回復期リハビリテーション病棟、2007年訪問リハビリテーション事業所を開設し、急性期から回復期、生活期まで幅広くリハビリテーション診療に携わっている。指導医として若手医師へのリハビリテーション教育やチーム医療の質の向上に取り組む。監修本:『Excelで効率化! リハビリテーション自主トレーニング指導パットレ!Pro.』医歯薬出版 2021年 (講演Ⅰ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科理学療法士仲村 我花奈 先生2002年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期(神経、整形、ICU)、介護老人保健施設を経験。現在は訪問リハビリテーションを担当している。利用者の社会参加やQOLの向上を目指し、前向きな生活が送れるよう取り組んでいる。 (講演Ⅱ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科作業療法士日比 健一 先生2004年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期、回復期、介護老人保健施設を経験。認知症サポートチーム、緩和ケアチーム、ICTワーキングの経験を活かし、訪問リハビリテーションでは横断的な専門的支援を提供している。 目次▶︎ 検討症例の基本情報:80歳・女性のAさん▶︎ 困りごと(1) 階段で転びそうになる ・段差があるところで利用できる福祉用具▶︎ 困りごと(2) 便座に座ると立ち上がるのに苦労する▶︎ 困りごと(3) 杖を持つ手や、先に踏み出す足がわからない▶︎ 困りごと(4) 廊下のマットで足を滑らせた▶︎ 困りごと(5) 脱臼が怖くて靴下を履くのが不安 ・脱臼を予防する道具の使用を習慣化するのもおすすめ▶︎ 困りごと(6) 滑るのが怖くて浴槽に入れない --> ▶︎ 検討症例の基本情報:80歳・女性のAさん 私の講演では、明日から訪問看護の現場で役立ててもらえる「生活動作へのアドバイス方法」について、2つの架空の症例を通してご紹介していきます。 1症例目は、80歳の女性Aさん。最初に、以下Aさんの基本情報をご確認ください。 1症例目:Aさん(80歳/女性)・独居。・2年前に転倒し、大腿骨頸部を骨折。人工股関節術を受けている。・ADL動作は自立。要介護認定は「要支援1」・杖を使えば歩けるが、最近転びやすくなってきたこともあり、外に出る気が起きなくなっている。 そんなAさんが日常で感じているさまざまな困りごとについて、具体的な解決策を考えていきたいと思います。 ▶︎ 困りごと(1) 階段で転びそうになる 最初の困りごとは、転倒のリスクです。Aさんは「新聞をとりに行こうとしたら、玄関の階段でつまずきそうになった」と話します。 そこでアドバイスしたいのが、正しい階段昇降の方法です。まず階段を上るときには、健康な足から踏み出し、続いて悪い足を上げます。健康な足で体を持ち上げましょう。逆に降りるときは、悪い足を先に下ろします。健康な足で体を支えながら踏み出すことで、動きが安定するためです。 この階段での足の動かし方は、「行き(上り)はよいよい(いい足)、帰り(降り)は怖い(悪い足)」と覚えてみてください。 段差があるところで利用できる福祉用具 福祉用具を導入するのも有効な手段です。今回は玄関の階段での転倒リスクが問題になっているため、段差昇降や立位のバランスを安定させる「踏み台」や「玄関用の手すり」が役立つ可能性があります。また、立って靴を履くのが難しいケースや、玄関の上がりかまちが低く、座って靴を履くと立てなくなってしまうケースには、「靴を履くときの椅子」の設置を提案してもいいでしょう。 ▶︎ 困りごと(2) 便座に座ると立ち上がるのに苦労する 続いての困りごとは、トイレでの動作です。Aさんは「便座に座ったら立ち上がるのに苦労した」と話します。 便座からの立ち上がりをラクにするには、便座の位置を高くすることが効果的です。以下のような便座を活用すれば、問題を解消できる可能性があります。 ・設置式洋式便座便座の形状を和式から洋式に変更できるもの・高座便座現状の便座の上に補高便座を設置するもの・昇降便座自動で便座が持ち上がり、立ち上がるときに「お辞儀の体制」をとりやすくしてくれるもの また、トイレでは便座だけでなく扉の種類もチェックしておくことがおすすめです。折戸の扉は開閉に必要なスペースが狭いため、利用者さんの姿勢の移動が少なく、また介助者が一緒に入る空間も確保しやすいです。一方、一般的な片開きドアは開閉スペースが広くなり、扉を開くときに後方へバランスを崩しやすくなったり、介助者が入りにくかったりします。 トイレ動作は日中、夜間ともに頻度がとても高いので、利用者さんがおかれている環境を確認してください。必要に応じて手すりをはじめとした福祉用具の設置や、動作練習をしておくとよいでしょう。 ▶︎ 困りごと(3) 杖を持つ手や、先に踏み出す足がわからない 続いての困りごとは、歩行についてです。Aさんから「杖を持つ手や先に出す足がどちらかわからなくなってしまう」と相談を受けました。 杖を持つのは、健康な足側の手です。そうすることで、健康な足への重心移動がスムーズになり、悪い足が前へ出やすくなります。また、先に踏み出すのは悪い足です。健康な足で重心移動すると踏み出しやすくなるためです。 ▶︎ 困りごと(4) 廊下のマットで足を滑らせた 続いてAさんから「廊下に敷いていたマットで足を滑らせてしまった」という相談がありました。自宅で転倒する代表的な要因としては、マットやスリッパの利用が挙げられます。マットはずれないように工夫する、もしくは取り外す。スリッパはやめて、滑り止めのついた靴下を履くなど、転倒しにくい環境づくりについてぜひアドバイスしてください。 また、コードに足を引っかけて転んでしまうケースもよく見られます。頻繁に移動する場所にはコードを設置しないようにするといいでしょう。 ▶︎ 困りごと(5) 脱臼が怖くて靴下を履くのが不安 次は、更衣動作に関する困りごとです。Aさんは「人工股関節術を受けてから足を深く曲げてはいけないといわれていて、靴下を履くのが怖い」と話します。Aさんのいうとおり、人工股関節術を受けた方は、特定の姿勢をとると脱臼しやすくなります。特に術後6ヵ月までは、筋力低下の影響もあり、脱臼リスクが高くなるので注意が必要です。 では、脱臼しやすい姿勢とは具体的にどんなものでしょうか? 術式によって異なります。 前方侵入法の場合:体をひねって後ろを振り向く姿勢後方侵入法の場合:体を深く曲げる姿勢、足を体の内側に向かってねじる姿勢 なお、利用者さんは自分がどの術式で手術を受けたかわからないことも多いです。そんなときは、手術の傷跡を見て確認しましょう。前方侵入法は大腿部側面に、後方侵入法は臀部に傷跡があります。 脱臼を予防する道具の使用を習慣化するのもおすすめ 利用者さんに脱臼しやすい姿勢をずっと覚えていてもらうことはなかなか難しいので、リスクの低減につながる道具の使用を習慣化することがおすすめです。 例えば、靴下を履くときはソックスエイドを、靴を履くときは長めの靴べらを使う習慣をつければ、体を深く曲げる姿勢を自然と避けられます。 ▶︎ 困りごと(6) 滑るのが怖くて浴槽に入れない 最後の困りごとは、入浴についてです。Aさんは「浴槽で滑るのが怖いので、シャワーで済ませている」と話します。 こうしたケースでは、浴室での立ち上がりを助けたり、転倒を予防したりする用具を提案してみましょう。具体的には以下のような選択肢があります。 ・シャワーチェアー一般的にお風呂で使われている椅子より座面が高く、また肘つきや背もたれがあるので、立ち上がりがラクになる。肘つきや背もたれは手すりがわりにもなる。・バスボード浴槽を座ってまたぐ動作を安全に行える。ただし、設置すると浴槽内が狭くなるため、浴槽に入ってから取り外さなければならない場合も。・すのこ浴室の床に設置することで、床と入り口や浴槽との段差を小さくできる。ただし、扉がすのこに当たって開閉できなくなることがあるので要注意。 また、ぜひアドバイスしてほしいのが浴槽のまたぎ動作についてです。立ってまたぐ場合は、股関節を深く曲げずに済みますが、バランスを崩しやすいというデメリットがあります。一方、座ってまたぐ場合は股関節を深く曲げることになるものの、立位よりバランスが安定しやすくなります。 利用者さんの立位の安定性と、浴室のどこに手すりがあるかといった環境に応じて、そのケースに合った動作を検討してください。 次回は、「vol.3 生活動作への具体的なアドバイス方法(2)」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-
【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-
特集 会員限定
2022年11月29日
2022年11月29日

【セミナーレポート】vol.1 生活期リハビリの要点 -訪問看護における生活期リハビリテーション-

2022年8月26日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護における生活期リハビリテーション」。刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科 部長の小口先生を座長に迎え、同課の理学療法士 仲村先生と作業療法士 日比先生に、それぞれの視点から訪問看護の現場で役立つ生活期リハビリの知識や具体的なテクニックを教えていただきました。 そのセミナーの様子を、3回に分けてご紹介。第1回は、仲村先生による「生活期リハビリのポイントや成果を出すコツ」「訪問看護師と療法士の連携」についての講演をまとめます。 【講師】(座長)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科部長/リハビリテーション科専門医小口 和代 先生2000年より刈谷豊田総合病院勤務。2004年院内に回復期リハビリテーション病棟、2007年訪問リハビリテーション事業所を開設し、急性期から回復期、生活期まで幅広くリハビリテーション診療に携わっている。指導医として若手医師へのリハビリテーション教育やチーム医療の質の向上に取り組む。監修本:『Excelで効率化! リハビリテーション自主トレーニング指導パットレ!Pro.』医歯薬出版 2021年 (講演Ⅰ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科理学療法士仲村 我花奈 先生2002年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期(神経、整形、ICU)、介護老人保健施設を経験。現在は訪問リハビリテーションを担当している。利用者の社会参加やQOLの向上を目指し、前向きな生活が送れるよう取り組んでいる。 (講演Ⅱ:講師)刈谷豊田総合病院 リハビリテーション科作業療法士日比 健一 先生2004年より刈谷豊田総合病院勤務。急性期、回復期、介護老人保健施設を経験。認知症サポートチーム、緩和ケアチーム、ICTワーキングの経験を活かし、訪問リハビリテーションでは横断的な専門的支援を提供している。 目次▶︎ 「活動」と「参加」の問題へのアプローチが重要▶︎ 「できないこと」よりも「できること」に着目を ・活動・参加の内容の考え方▶︎ 生活期リハビリの具体的な流れとポイント ・ポイント1:活動・参加につながる目標を立てる ・ポイント2:リハビリは本人や家族だけでできる内容にする ・ポイント3:利用者さんの心を揺さぶる提示を意識 ・ポイント4:些細な変化を見逃さない&本人に伝える▶︎ 療法士が望む、生活期リハビリにおける訪問看護師との連携 --> ▶︎ 「活動」と「参加」の問題へのアプローチが重要 療法士が利用者さんの現在の状況を把握する際に使用する「ICF(国際生活機能分類)」の枠組みをご存じでしょうか。ICFとは、「(1)健康状態」「(2)生活機能(心身機能・身体構造/活動/参加)」「(3)背景因子(環境因子/個人因子)」という互いに関係し合う3つの観点から、対象者の生活機能と障害について分類するものです。 このなかの「(2)生活機能(心身機能・身体構造/活動/参加)」の視点から利用者さんの健康状態を整理すると、以下のような問題点が見えてきます。 ●「心身機能・身体構造(心体の動き)」の問題→麻痺、筋力低下など心身の機能や構造に問題がある状態●「活動」の問題→着替えや食事、排泄、家事動作など「生活に必要な行為」に支障がある状態●「参加」の問題→趣味や地域活動、労働など、本人がもつ「役割」を果たせない状態 「活動」は生活に必要な行為すべてを、「参加」は社会や家庭で役割を果たすことを指します。生活期リハビリを支援するにあたっては、この「活動」と「参加」の問題をいかに改善していくかを常に考えることが重要です。 ▶︎ 「できないこと」よりも「できること」に着目を 「活動」と「参加」にアプローチすることで、心身機能の向上を図ることもできます。なぜなら、心身機能と活動、参加は互いに影響を与え合うものだからです。 このときにポイントとなるのが、「できないこと」にばかり注目するのではなく、「できること」に目を向けること。支援する私たちも利用者さんも「できないこと」ばかりに意識が向いてしまいがちですが、それでは多くの場合うまくいきません。「心身機能に問題がある=実践できる活動や参加がない」ということは決してありません。「今できる活動・参加」を実践して成功体験を重ねれば、自己効力感が向上し、自信が回復してさまざまなことに能動的に挑戦できるようになるはず。そうして、心身機能の回復につながっていくことが期待できます。 活動・参加の内容の考え方 活動・参加に積極的に取り組んでもらうためには、利用者さんの希望に合った内容にすることが大切です。日頃から利用者さん中心のコミュニケーションを重ね、その人の価値観や生活背景を探り、それに基づいた内容を考えてみましょう。例えば「カメラが趣味だ」という利用者さんがいたとします。それだけ聞いて「撮影の練習をしましょう」と提案しても、その方が撮った写真を自慢することが好きだった場合、リハビリはうまくいきません。それよりも、今までに撮った写真について話せるコミュニティーへの参加を検討するほうが、きっと主体的に取り組んでくれるはずです。普段の会話のなかにひそむヒントをぜひ見つけてください。 ▶︎ 生活期リハビリの具体的な流れとポイント 続いて、生活期リハビリの具体的な流れに沿って、内容の決定や利用者さんへの提示などにおけるポイントをご紹介していきます。 ポイント1:活動・参加につながる目標を立てる まずは、利用者さんの課題や現状を整理し、本人が望む活動・参加につながる具体的な目標を立てましょう。例えば、「家族に食事を振る舞えるようにする」「孫を膝に乗せられるようにする」などです。 ポイント2:リハビリは本人や家族だけでできる内容にする そして次に、その目標を達成するためのリハビリ内容を考えていきます。このときのポイントは、療法士がいなくても本人や家族だけでもできるものにすることです。無理なく継続できるような内容にしましょう。 ポイント3:利用者さんの心を揺さぶる提示を意識 リハビリの提示をする際は、「心を揺さぶる伝え方」を意識してください。内容は同じでも、言い方ひとつで利用者さんのモチベーションは大きく変わるものです。 例えば、立ち上がり練習をしてもらいたいとき。「足の筋力が弱いので、立つ練習をしましょう」と伝えるよりも、「30秒つかまり立ちができれば、トイレや着替えがラクになりますよ。まずは10秒立つことから始めてみませんか?」と伝えたほうが、利用者さんのやる気を引き出しやすくなるはずです。 ポイント4:些細な変化を見逃さない&本人に伝える リハビリを継続してもらうには、効果を感じてもらえるようにすることが重要です。利用者さんの変化をよく観察し、言葉にして積極的に伝えましょう。また、療法士だけでなく看護師さんやご家族など、周りのみんなで伝えることもポイント。「前よりもよくなったね!」と声をかけられると、利用者さん本人も自身の変化を実感しやすくなります。 ▶︎ 療法士が望む、生活期リハビリにおける訪問看護師との連携 リハビリでは、PDCAサイクルを回して、常により効果的な形を模索していきます。訪問看護師のみなさんには、ぜひこのサイクルに参加してほしいと考えています。看護師さんの視点から、その方にあった活動と参加はどんなものか、その実現のためにはどんなリスクがあるのか、どんどん意見を出してほしい。また、リハビリの評価についてもぜひ話し合いたいです。そうやって、療法士と看護師さんとで一緒によりよいリハビリをつくっていければと思います。 次回は、日比先生による講演「vol.2 生活動作への具体的なアドバイス方法(1)」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
インタビュー
2022年11月15日
2022年11月15日

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと

前回「新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること」の記事で、新卒から訪問看護の世界に飛び込んだ3名の看護師の声をお伝えしました。今回は、その3名がキャリアを積んでから感じたこと、新卒者が訪問看護に携わることに対しての思いを取り上げます。 先輩になった今、後輩にしているサポートは? 職業を問わず、最初は新人であっても年月を経るにつれて経験を積み、次第に教える立場になっていきます。では、3名の新卒者は自分が先輩の立場となり、後輩をどう支えているのでしょうか?Aさん・訪問看護歴6年「最初は分からないこと自体が分からないと思うので、自分や歴代の新卒者さんがどのような勉強をしたかを伝え、誰もが同じようにできなかったところから乗り越えていることを伝えるようにしています」 Bさん・訪問看護歴6年「まずは相手の思いや考えを聞き、一旦受け止めます。そして、できていることは些細なことでも言葉にして伝えています」 Cさん・訪問看護歴7年「相手のできていないところばかりではなく、できているところはそのまま認めて、フィードバックすることを大切にしています。また、後輩の話を聞くときは、必ず手を止めて聞きますね。そして後輩が考えている時には待つ。答えをいわないようにして、後輩が自分自身で考えられるようにしています」 まずは後輩の思いや悩みを受け止める、という点は3名に共通しています。これには理由があり、自身の経験が少なかったころに「もう少し振り返りの時間がほしかった」(Bさん)、「自信を持てるような声かけ、フィードバックがほしかった」(Cさん)と感じたからだそうです。これから新卒者を迎える管理者、先輩看護師の方は、じっくり話を聞く時間を設けると良いかもしれません。 新卒を受け入れるために必要な環境、体制、心構えは? 未経験の人が訪問看護ステーションで働き、成長していくためには、何が必要なのでしょうか。大きく分けて、「新卒を受け入れる心構え」と「技術を学ぶ場」の2点が挙がりました。 Aさん「教育担当者や所長だけでは受け入れる側の負担も大きくなってしまうため、スタッフ全員で新卒を育てる気持ちが大切だと思います」 Bさん「看護技術・手技の勉強と復習を行いやすい環境が大切だと思います。受け入れる側の心構えとして、新卒でもできる、応援しているというスタンスが必要ではないでしょうか」 Cさん「受け入れる側の心構えとして『できなくて当然。時間がかかって当然』『新卒ウェルカム!』という余裕は必要だと思います。看護技術取得ができるような体制づくりも必要だと考えます」 新卒だからこそ、いち早く技術を習得して少しでも先輩方に追いつきたいもの。技術取得のための体制については、「大きめのステーションのほうが教育・体制面が整っている傾向にありそう」(Cさん)といった声も聞かれました。 「新卒からの訪問看護」にはどんなメリット・デメリットがある? 最後に、新卒者が訪問看護に携わるメリット・デメリットを聞いてみました。Aさん メリット・さまざまな先輩看護師と同行訪問することで、多様な看護観に触れられる。・一般常識が身につく(医療・介護物品などのコスト意識、訪問先のご自宅や外部連携でのマナーなど)。 デメリット・手技の獲得やひとりだちまで時間がかかり、ある程度自信をもって訪問できるまでは不安や劣等感を感じやすい。・事業所の教育体制によっては、ひとりで訪問する重圧、不安が大きい可能性がある。 Bさん メリット・利用者さんの生活や人生の一部に入り込むことができる。加えてもらえる。・医療者や支援者の知識が必ずしも正解ではないことを、利用者さんを通して気付ける。 デメリット・病院に就職した同期と比較してしまうと、スピード感の違いに落ち込む。・新卒訪問看護師への偏見がまだある印象がある。 Cさん メリット・夜勤がないため生活リズムが整いやすいこともあり、それによって『しんどいからやめたい』という看護師は少ないように思う。・キャリアが広がる印象がある(管理者、大学・大学院の教員、ケアマネ取得など)。 デメリット・スタッフのマンパワーが必要なケースが多い。・ステーションによって教育のしかたやスタッフの関わり方・雰囲気、利用者さんの受け入れ幅などが異なるが、新卒訪問看護師向けの情報が少ない。 「新卒からの訪問看護」は、乗り越えるべき課題がありますが、今回お話していただいたかつての新卒者の方々も、現在では一人前の訪問看護師として立派に仕事をこなしています。 新卒者を募る場合、訪問看護のメリットをアピールしつつ、ステーションとして新卒者の悩みや課題に向き合う姿勢を示してみてはいかがでしょうか。 記事編集:NsPace編集部

「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編
「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編
特集 会員限定
2022年11月8日
2022年11月8日

先行公開! 「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編【セミナーレポート】

2022年9月30日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー 『「だから」がわかると腑に落ちる精神看護』を開催いたしました。株式会社N・フィールドの中村 創さんを講師に迎え、精神看護について解説いただきました。 本記事では、セミナー時に皆さまからいただいた質問へのご回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーに参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【講師】中村 創さん 株式会社 N・フィールド/事業管理本部 広報部 部長 精神看護専門看護師 怒りを前にしたときは、「利用者さんは自分を守ろうとしている」と考えてみて <Q1>攻撃的な言動のある利用者さんについて、生活背景に「寂しさ」があるというお話がありました。しかし、その背景は周囲からは見えないため、怖さだけが際立ちます。どのような点に気を付けて接すると、隠れた寂しさなどに気付くことができますか? 確かに「攻撃性」「怒り」「他害的な言動」は怖さが際立ってしまい、「寂しさの可能性」まで気が回りません。ここで考えたいことは、「ポジティブな感情を抱いているときに怒りを表出することはあるだろうか?」ということです。多くの方が「それはない」と考えることと思います。 「攻撃的言動」「怒り」の目的は以下の(1)~(4)であるというお話を講演の中でさせていただきました。 (1)権利擁護(2)支配(3)主導権争い(4)正義感の発揮 臨床で遭遇する怒りの目的の多くは、(1)~(3)である印象があります。それぞれ、「自身の窮地を脱するため」「相手を思い通りにするため」「自身が有利になるため」と置き換えて考えたとき、どうしてそうする必要があるのでしょうか。「窮地にいると感じているから」「相手を支配しないと自分が怖いから」「常に自分が不利だと感じているから」という答えに行きつくでしょう。利用者さんは、不安や恐怖、脅威や自尊感情の欠落を怒りで払拭しようとしている状態なのだと推察できるわけです。 いずれにせよ、利用者さんが「自身を守るため」の攻撃性であるということは共通すると考えられます。怒りを前にしたとき、「何かから自分を守ろうとしてのものなのかもしれない」と考えてみると、看護師側も少し落ち着ける場合があります。そのように、自分の感情と思考に気を付けてみることをおすすめします。 ちなみに、「この場を何とかしなければ」と思えば思うほど何とかならないことが多いでしょう。できれば「この場を何とかしなければ」という思考自体を「何とか」していただくと(これもまた難しいのですが…)、少し冷静になれる場合があります。怒りに対して怒りで返したり、焦ったりすることは状況を悪化させることが大半です。まずは一息つける工夫を検討することをおすすめします。 重要なのは関係性構築。精神科受診を促す前に、困りごとを共有しよう <Q2> がんのため、介護保険で訪問看護している利用者さんがいます。「壁から音が聞こえる」などの幻聴があり精神科の受診歴がありますが、「治らなかった」とすぐに受診をやめてしまい、その後受診していません。再受診を促したいのですが、どのようにアプローチすればよいでしょうか? 熱心に訪問すればするほど、「受診すれば状況は変わるのに!」と思うでしょう。私も「なんとか受診を」と挑戦してはうまくいかない…ということが往々にしてありました。その都度「どうすればよかったのか」と考えてきました。そして、私の経験則から出せた結論は、「受診を促す前に、困りごとを共有する」ということです。 以前、母娘二人暮らしで、お母様が介護保険で訪問看護を利用されており、言動の辻褄が合わない未受診の娘さんがいらっしゃるご家庭を訪問していたことがあります。相当前から、「親戚に家具を盗まれた」とおっしゃるなど言動に辻褄が合わない内容が増え、親戚や地域から孤立していた娘さんでした。 訪問中は、娘さんがスタッフに「親戚が物を盗むのでどうしたらいいですか?」などとお話をし続けるため、お母様のお話がほとんど聞けないという状況。対処に行き詰まりを感じたステーションからご相談を受け、私も訪問に入らせていただきました。私が徹底したことは、「娘さんとの会話に時間を使う」ということ。複数名で訪問に入り、お母様のお話はもう一人の訪問スタッフがしっかりと聞くことにしました。 娘さんと話していくうちに、身体的な不調やお金のこと、お母様との関係、書類に関する不明点など、困りごとに関する話題も増えてきました。解決できる困りごとは一緒に対応していったところ、だんだんと信用していただけるようになりました。 あるとき娘さんから、「もう少し訪問時間が増えるといいんですけど」と要望をいただきました。そこで、「私たちは精神科医から指示書を書いてもらって訪問をしています。先日お疲れで眠れないと伺いましたが、そういう相談を含め精神科を受診していただけると、私たちはさらに時間をかけられます。可能でしょうか」と伺うと、「わかりました」と案外スッと承諾いただけました。 この経験から、私は「この人が言うのであれば受診もいいかな」と思っていただけるような関係の構築が重要ということを実感しました。これは受診に限らず、さまざまな生活範囲の拡大を促す場合にも言えることと考えています。「困っていることを確認して対応する」→「お互いが困りごとを解消できた実感を持つ」という流れを繰り返すことで、こちらの提案を受けていただきやすくなるということです。受診も提案の一つと捉えて臨んでいます。 利用者さんの主体性を伸ばすためには、「今ある主体性に気づく」ことから始めよう <Q3> 洗濯機を回せない利用者さんに対し、洗濯機にデコレーションをして解決に至ったエピソード、すごいと思いました。利用者さんの主体性を伸ばすアイデアの思考法や、考えるプロセスなどはあるでしょうか? お褒めにあずかり光栄です。「デコレーションをする」というアイデアは、ステーションで働く作業療法士の発案でした。「何とかしよう!」ではなく、「さらに良くするには?」という視点の変更がポイントになったと思います。 精神疾患に罹患した利用者さんは、ご自身が「自己決定」「主体性の発揮」から離れようとする場面が多いように感じられます。これは、自己決定を否定されてきた不全体験や、自身で決定をする前に周囲に決定されてきてしまった生活習慣などが影響していると考えられます。 自己決定ができずに生活していく過程で、自分の思考そのものが分からなくなったという方もいらっしゃいます。「あなたはどうしたいですか?」の問いに、「わからないです」と回答される方は案外多いと感じます。 私の経験則ですが、例えば入院が長かった方は病院で指示される、自身の言葉よりも周囲の言葉が優先されるという経験が長かったこともあり自身の判断に自信が持てない方が多いです。入院に限らず、幼少からの家庭環境の影響で自信を失った方もいらっしゃいます。 そういった方々の主体性を伸ばしていくには、現在ある自主性に私たちが気づくことから始めることが重要だと思っています。 そして、その気づいた自主性と行動に対して最大限労うことで、患者さんが「自主性とはこういうことなのか」と振り返ることができると、最終的に主体性を伸ばす支援になるでしょう。生活することは決断の連続ですから、まずは私たちがその決断の場面に気づくことから始めることが重要と考えています。 暴力に対しては、事業所としての方向性確認&安全確保の枠組み設定を優先 <Q4> 統合失調症、暴力行為のある方の訪問をしています。複数名でいくと恐怖を与えてしまうようで、単独訪問しています。しかし、毎回どこかしらを殴られてしまいます。訪問を止めることはできず、正しい対処法がわかりません。 大変な思いをしながら訪問をされているとのこと、ストレスも相当なものではないかと思います。 CVPPP(包括的暴力防止プログラム)やKYT(危険予知トレーニング)など、対応策・予防策はさまざまありますが、念頭に置いていただきたいのは、「ご自分が被害者にならない=患者さんを加害者にしない」ということです。 私がこれまでお会いした暴力被害に遭遇したことのある看護師さんは、その場を「何とかしよう」と考える、根が真面目な方が多いように思います。報告書などを読むと、不測の事態というよりも、徐々に緊張感が高まっていくなかで諫めようと尽力した結果、被害に遭ってしまったという経過を辿ったケースが多いことに気が付きます。「玄関に入って1分で被害に遭う」というよりは、徐々に段階を経ることが多いようです。 日本臨床救急医学会は、暴言・暴力の予兆として・時間を気にし始める・落ち着きがなくなる・語気が粗くなる・早口になる・急に言葉が少なくなる・目つきが変わる(鋭くなる)という兆候を上げています。 日本臨床救急医学会は、予兆を感じ取ったら積極的に傾聴する姿勢を示し、「自分の主張を理解してもらえる」と相手に感じてもらうように働きかけることをすすめています。できない要求まで理解して飲むということではなく、あくまで相手の背景を理解しようとする姿勢が大切です。 利用者さんの背景が詳細に分からないため、疑問にお答えできていないかもしれませんが、まずは「聴く」という姿勢を持つこと、予兆が出た場合も聴き続けること。「これ以上は無理」と思う2歩手前で引くということが大事だと思います。できれば、ご本人が落ち着いてお話ができるときに「これ以上は留まれない」という線を一緒に設定できるとよいでしょう。 また、「殴ることでコミュニケーションが成立する」という誤った学習は、将来ご本人の不利になります。そういったコミュニケーションをしているうちは引き、「また来ます」と言う。落ち着いて話ができたときは、「本当にうれしい」とご本人にお伝えすることも大切でしょう。しかし、これは本当に難しい対応で、なによりストレスフルです。事業所としての方向性と、対象となる方との安全を確保できる枠組みの設定を優先的にされることが重要だと考えます。 短時間の施設見学&リモート講義で精神科実習を行っている学校も <Q5> コロナ禍で精神科実習ができていません。学内実習で代替できることはないでしょうか? この大変な世情のなか、実習含めカリキュラムを組み立てるご苦労は相当なものと推察いたします。私がご依頼をいただく専門学校や大学では、「短時間の施設見学」+「現場のスタッフが講義」という形式をとっていました。私も現場のスタッフとして講義をしており、リモートと対面、どちらも対応しております。そのような事例があるということをお伝えさせていただきます。 うつ病の利用者さんには焦って安易な手段をとらず、回復を「一緒に待つ」姿勢で <Q6> うつ病の利用者さんとの接し方を教えてください。 うつ病で私が心がけていることは大きく「自殺防止」と「自然体でいること」の二つです。 質問者様がどのような場面でうつ病の方との関係性にお困りなのか、想像の域を出ませんが、これまでお会いしてきたうつ病と診断された方からは、「普通でいてくれた方がありがたい」という声が多く聞かれました。うつ病を発症する方は、「他者が気を遣っている」という感覚を必要以上に取り込んでしまう傾向にあるようです。「自分が迷惑をかけている」という意識が強くなるのだそうです。妙に明るい口調では疲れるようですし、かといって相手のトーンに合わせて自分が普段しないような落としすぎたトーンで接すると、それこそ「気を遣われている」と感じるようです。 まずは、あくまで自然体であることをおすすめします。その上で、無理に相手を動かそうとしないということを私は心がけています。 不思議なもので、それまで仕事一筋であった方が療養期間中にピアノを始めたり、同じような経緯の方がそれまで観たことのない映画にはまったり、空手を始めてみたり、という具合に回復の過程において、新しいものに興味を抱く方が一定数いらっしゃいました。共通しているのは、「活動とセット」ということでした。私は「興味の引き出しがどのくらいあるか」ということを、回復の目安にしています。 また、近年言われているうつ病の脳内炎症モデルを知ると、「抑うつはむしろ回復過程」と私は励まされる気持ちになります。なれなれしい自然体を嫌う患者さんも多いので、あくまでご自身の良識の範囲で関わっていくことがコツです。また、私は「うつ病は休息を身体が欲している」という状態であるということを念頭に入れ、回復を一緒に待つことを心がけています。間違っても「こうすれば改善する」といった安易な手段を取らず、忍耐をもってお話を伺うことが重要と考えています。 恋愛感情をもたれたら、「これ以上接近するといい関係を保てない」と伝えることも大切 <Q7> 3年以上担当していた統合失調症の男性に恋愛感情を持たれてしまいました。担当を外れても私にこだわってしまい、1ヵ月ほどで別の訪問看護事業所にお願いすることになりました。距離感を意識していたはずですが、難しいなと感じました。このようなご経験はありますか? 恋愛感情を持たれたとき、「自分の接し方に問題があったのではないか」と感じてしまう方もいらっしゃるでしょう。私も恋愛感情を持たれたことはあります。そのときも、「自分が最初にきちんと線引きをしていなかったからだ」と行動を戒めようしましたが、距離をとりすぎて、かえってよそよそしくなってしまいました。この辺りの線引きはとても難しいと思いますが、考えてみれば人間関係はそういった微妙なバランス感覚の上に成立していることが多いでしょう。 ところが精神科の臨床では、うまい距離感を保ち関係を維持する体験が少なく、「相手との距離感をとることが苦手」という方が一定数いらっしゃいます。そういう方の人間関係は、「大好きか大嫌いか」の二択に限定されてしまっています。生育環境において安定した人間関係を構築できなかった代償とも言えるでしょう。成育歴は、そういう観点から非常に大事であると思っています。 被虐待児にそういう傾向が顕著であることは有名でしょう。しかし、療育環境に問題がなさそうと思えても、塾や習い事をいくつも掛け持ちし、対等な人間関係を育まずに成長してきた患者さんがいらっしゃいました。 「看護とは対人関係のプロセスである」と知ってからの私は、「自身を媒体としてどういった関係が心地よいかを患者さんと一緒に考えることが看護師の役割の一つ」と認識を改めるようになりました。以来、「あなたとは良好な支援関係を崩したくない。これ以上接近してしまうと、いい関係を保つことは難しくなる」とはっきりお伝えするようにしています。また、「あなたが望むほど緊密ではないけれど、私はあなたとの関係は切らない」ということを、言葉でも態度でも表現するよう心掛けています。 もちろん、そうお伝えした上で「それならもういい」と言われたこともなかったわけではありませんが、案外その後も支援を継続できる方もいらっしゃいます。細くても切れない、支える糸の一本であるという気持ちで臨まれてはいかがでしょう。 ** 中村さんの豊富な経験に基づくご回答をお届けしました。明日からの精神訪問看護に生かせるヒントが、たくさん見つかったのではないでしょうか。 オンラインセミナー 『「だから」がわかると腑に落ちる精神看護』の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開しております。ぜひそちらもご覧ください。 【参考】〇岩井俊憲,宮本秀明,永藤かおる『アンガーマネジメント―怒りの感情をコントロールしよう』https://hrd.php.co.jp/hr-strategy/hrm/post-578.php(2015.1.13)2022/10/31閲覧〇Adler.A 著,岸見一郎 翻訳.『人生の意味の心理学(上)-アドラー・セレクション』p.49,アルテ,2010.〇Williams.E,Barlow.R 著.壁屋康洋,下里誠二,黒田治 翻訳.『軽装版 アンガーコントロールトレーニング』.p.34,星和書店,2012.〇衛藤暢明 著.日本臨床救急医学会 監修.『救急医療における精神症状評価と初期診療 PEECガイドブック』.p.77,へるす出版,2012. 記事編集:NsPace(ナースペース)

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