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第2回 みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?
第2回 みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?
インタビュー 会員限定
2024年5月7日
2024年5月7日

第2回みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは? 特別トークセッション 前編

2024年3月9日(金)に、銀座 伊東屋 HandShake Lounge(東京都中央区)にて開催した「第2回 みんなの訪問看護アワード」表彰式。エピソードを投稿された方をはじめとしたゲストの皆さまに全国からお越しいただき、表彰、特別トークセッション、懇親会などで盛り上がりました。ここでは、特別トークセッションの内容をピックアップしてお届けします。 ファシリテーターに東京医科歯科大学 国際健康推進医学 非常勤講師 長嶺由衣子さんを迎え、エピソードを投稿した背景や、訪問看護の領域で働くことを選んだ理由、この仕事の魅力などを、3人の受賞者の皆さまにお話しいただきました。前編では、エピソードを投稿したきっかけやその背景を深掘ります。 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師【登壇者】白﨑 翔平(しらさき しょうへい)さんいま訪問看護リハビリステーション(大阪府)「みんなの訪問看護アワード2024」入賞投稿エピソード「秋ひまわりプロジェクト:外出のきっかけづくり」新田 光里(にった あかり)さん@(あっと)訪問看護ステーション(東京都)「みんなの訪問看護アワード2024」入賞投稿エピソード「100年ぶりに入浴したU子さん」小野寺 志乃(おのでら しの)さん公益財団法人 宮城厚生協会 ケアステーション郡山「みんなの訪問看護アワード2024」入賞投稿エピソード「余命を伝えないということ。」 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2024年3月時点の情報をもとに構成しています。 宮城・東京・大阪の受賞者が登壇 長嶺: はじめまして、長嶺と申します。本日は皆さまにお話を伺えることを楽しみにしていました。いろいろと深掘りしていきたいのですが、まずは、訪問看護歴と簡単に自己紹介をお願いします。 小野寺: 「ケアステーション郡山」で働いている小野寺志乃と申します。郡山というと福島を思い浮かべる方が多いと思いますが、宮城県仙台市の郡山から参りました。1年8ヵ月ほど病棟で勤務したのち、早くから経験を積みたいと思って、組織内で異動して3年前から訪問看護師として働いています。本日はよろしくお願いします。 新田: 東京都立川市の「@(あっと)訪問看護ステーション」で働く新田光里です。看護師歴は20年ほどで、訪問看護師歴は14年を超えました。救急救命士として働きたいという思いもあったのですが、色々あって今は訪問看護師として、毎日自転車で利用者さんのお宅をまわっています。投稿エピソードに書ききれないほどの濃い日々を過ごし、利用者さんから学ばせていただいています。本日はよろしくお願いします。 白﨑: 大阪府の「いま訪問看護リハビリステーション」で作業療法士をしている白﨑翔平です。看護師である母の勧めで作業療法士の資格を取得し、現在13年目です。社会人1年目は三次救急に興味があったので病院で働き、ICUや病棟の看護師さんに色々と教えていただきました。20代半ばで外出介助のボランティア団体を立ち上げていて、こうした経験が今回のエピソードにもつながっていると思います。よろしくお願いします。 雑木林をひまわり畑に!利用者さんが外出するきっかけづくり 長嶺: ではまず、皆さんのエピソードをそれぞれ深掘りしていきましょう。白﨑さんから、このエピソードを投稿しようと思ったきっかけを教えてください。 白﨑: はい。今回の「秋ひまわりプロジェクト」でも協力してもらった同僚の訪問看護師さんに、「みんなの訪問看護アワード」の存在を教えてもらいました。本当は通院以外で外出しない利用者さんの外出するきっかけになればと思って「ひまわり喫茶」を企画していたんですが、残暑の影響でひまわりの開花が早く、実現できず残念に思っていたので…。そういった気持ちを昇華するためにもすすめてくれたんです。 長嶺: 白﨑さんが残念がっていたのが、きっかけだったのですか(笑)? 白﨑: そうですね(笑)。「ひまわり喫茶」をどうしてもやりたくて、企画書を書いて社長に提出し、予算もつけてもらっていたんです。ひまわり畑を作って、利用者さんにはひまわり畑を眺めながら担当の療法士や看護師との会話を楽しんでほしいと考えていました。テントを用意し、利用者さんへの招待状も全部送り終えていたんです…。準備万端だったので、中止になってとても残念でした。 長嶺: 雑木林をひまわり畑にされたんですよね。きっかけや経緯をもう少し詳しく教えていただけますか。 白﨑: きっかけは、一人の利用者さんとの出会いです。外出できるぐらい体調が落ち着かれたのですが、出かける目的がないから外出されていないとのこと。お花が好きな方だったので、お花畑があれば「お花を育てる役割」ができ、水やりをしに行くという外出目的が生まれると思ったんです。事務所の側にある雑木林をお花畑にしたいと思い、少しずつ整備していきました。 長嶺: お花畑を作ることが利用者さんの社会参加につながると考えたんですね。行動に移されたことが素晴らしいと思うのですが、一人で実行されたのでしょうか。 白﨑: 最初は、休日に雑木林へ一人で行って伐採していました。でも、土日担当の看護師さんに、徐々にバレ始めまして(笑)。そこから、その看護師さんが草刈りを手伝ってくれるようになり、他のスタッフもイベント企画に協力してくれるようになりました。 長嶺: 訪問看護ステーションが地域の資源や拠点となるんだと改めて教えてもらえるエピソードですね。純粋に、「すごいことをする人たちがいるんだな」と感動しました。ありがとうございます。 1年かけて信頼関係を築き、数年ぶりの入浴を実現 長嶺:続きまして、新田さんにエピソードを投稿したきっかけを教えていただきましょう。 新田:所長から回覧された昨年の受賞エピソード集を見たときに、今回のエピソードに登場するU子さんの笑顔が浮かんだんです。92歳で認知症があって、いろいろと看護は大変だったのですが、エピソードを書くことで、当時の気持ちをほかの看護師さんにも共有できる機会になると思いました。U子さんとのエピソードは本当にたくさんあるので、400字にまとめるのは大変でしたが、訪問看護のリアルさが伝わればいいなと思いながら書きました。 長嶺: 特にエピソードの最後の部分は臨場感が溢れていて、看護されているリアルな光景が思い浮びました。新田さんは、当初入浴を受け入れてくれない認知症のU子さんに憤りを感じていたということでしたが、憤りというのは、こうあるべしというイメージを今までの経験からあてはめてしまう専門職だからこそ沸き起こる感情だと思います。所長さんの助言が思考の転換になったんですよね。 新田: はい。以前の私の職場は救急部門で、当時は「ミッションをクリア」していくことが求められていました。その名残もあって、「皮膚トラブルを解消するために、どうしたら入浴してくれるか」と必死だったんです。しかし、一生懸命になればなるほど、U子さんには受け入れてもらえませんでした。まずは私の顔を認知してもらおうと、私の顔写真をお仏壇の隣に置いたり、低栄養で低ナトリウム血症があったので昼食を買っていってU子さんのお宅でランチしたり、いろいろとチャレンジしました。食事を一緒にすれば仲良くなれるかな、とも思ったんですよね。 こういった取り組みによってU子さんとの距離は近づいていきましたが、なかなかお風呂に入っていただくことはできませんでした。そんなとき所長から、「まず、あなたがU子さんを好きにならないとね」と助言をもらい、ハッとしたんです。入浴してくれないし、こだわりが強いし、私はU子さんを苦手になっているのかもしれない…と。それからは、U子さんの素敵なところに目を向け、U子さんの好きな「リンゴの唄」を一緒に歌ったり、戦時中の体験談を傾聴し労いの言葉をかけたり…といった関わり方を続けました。そして、1年ほど経ったころに、ようやく入浴につながったんです。所長は「利用者さんを大切に思いなさい」ということを、教えてくれたのだと思います。 長嶺: ありがとうございます。一緒に食事をして距離感が縮まるというのは、私も経験があります。入浴に成功した後、どうやって継続していくのかも大事であり、かつ難しい点だと思いますが、後日談はありますか? 新田: 「ピンクの服を着た新田が来ると、お風呂に入れる」という流れができて、しばらくは入ってくださっていたんです。ですが、長男が風邪をひいて私が仕事を休まないといけなくなって、別の看護師に行ってもらったら、それをきっかけに入浴されなくなって…。そのままご自宅で、お一人で旅立たれました。ルーティンが少しでもズレてしまうと、継続できなくなる認知症高齢者の難しさや厳しさについても、U子さんに教えていただきました。 長嶺: 同じ人じゃないと、継続できなかったということですね。受賞された時の周りの反応はいかがでしたか? 新田: 「よかったわね」と所長は喜んでくれましたし、受賞を報告した同僚の皆さんも「U子さんのお話を書いたなら賞をもらうよ。だって一生懸命頑張って関わっていたじゃん」と言って喜んでくれました。U子さんはうちのステーションの中でも名物おばあちゃんだったので、苦労も多かったですが皆に愛されていたのだなとも感じました。 3年前の3月11日に天国へ旅立ちましたが、U子さんはきっと、「私のおかげで受賞したのよ!」と言っていると思います(笑)。私も「U子さんのおかげでこんなに華々しいところに来れたよ!」と報告したいです。 長嶺: ありがとうございます。素敵なエピソードでした。 ご家族から「余命を伝えないでほしい」と頼まれたときのアプローチ 長嶺:続いて訪問看護歴3年目の小野寺さんです。エピソードを投稿しようと思ったきっかけを教えていただけますか。 小野寺: 施設内のスタッフへの連絡ボードを見て、投稿エピソードの募集の存在を知りました。「何か投稿しようかな」と思ったときに浮かんだのが、昨年の初夏に出会った60代で末期がんの男性利用者さんでした。「余命は伝えないでほしい」というご家族の要望がある中で、次第に具合が悪くなっていくご本人から「いつまで生きられるのか」と質問され、どう答えればいいのかわからず悩みました。訪問するたびに「帰りたい…」という気持ちになってしまって…。一番つらいのは利用者さんと支えるご家族なのに、私がこんな状態ではダメだと思いました。 そこで先輩の訪問看護師にどんなふうに声をかければいいのか相談したところ、「ただ話を聞いてあげるのも看護だよ」と助言をもらったんです。それ以降、模索しながら自分なりにコミュニケーションを取るようにしました。ご本人はつらかったと思いますが、そんな中でもご家族と温かい時間を過ごされていたのがとても印象的で、このエピソードを選んで投稿しました。 長嶺: 訪問看護歴に関わらずかもしれませんが、「余命を伝えない」という葛藤に皆さんも直面したことがあるのではないでしょうか。利用者さんが死期を悟り、「会いたい人がいる」と言われたことを知ったとき、何を思いましたか。 小野寺: 医師からあと2、3日が山になると言われた時から緊急コールが頻繁に鳴るようになり、「いよいよか」と心の準備をしていました。そして、利用者さんは家族・親戚に囲まれて息を引き取られました。翌日聞いた話では、亡くなる日の朝に「会いたい人に会わせてくれ」とおっしゃっていたそうです。余命は伝えなかったけれど、自分のことは自分が一番分かるんだろうなと思いました。自分で悟り、やりたいことをやりたいという気持ちになったんだろうなと。 長嶺: ありがとうございます。私は、ご本人の希望があれば余命を伝える派です。ただ、ご本人とご家族で伝えて欲しいかどうか意見が分かれることもあります。日本の場合、ご家族の意向を尊重する傾向があり、患者さんの意向なのに本人がなぜ知ることができないんだと思うこともあります。もちろん、ご家族から「余命を伝えないで欲しい」といわれれば尊重しますが、ただ、「ご本人が知りたいと言われたら、私は恐らく伝えると思います」とも言います。 絶対に伝えたいというわけではなく、本人の意思をどうすれば尊重できるのかという考えが根底にあるからです。私は、医師だから余命を伝えることができるケースがあるのですが、「余命を伝えないでほしい」とご家族から言われたとき、看護師の皆さんはどのようなアプローチをされているのでしょうか?手を挙げてくださった、受賞者の鳥居さんはいかがでしょう。 鳥居: 私も同じような経験があります。看護師は余命を言えません。その代わりに体の変化を伝えていくようにしています。「徐々に寝ている時間が増えてきますよ」「飲み物を飲めなくなってきますよ」といった体の変化を伝えていくと、ご自分で余命を悟られる方もいらっしゃいました。 長嶺: 言い方を変えながら、伝えていくということですか。 鳥居: そうですね。つい最近、お看取りした90代の方も同じような状況でした。ご本人は死期を悟っていたようで、「どうしてそのように(死期が近いと)思われるのですか?」と聞くと、「〇〇ができなくなってきたし、最近、俺、よく寝ているんだよな」と。「最期は苦しいのか?」「どんなふうになるんだ?」と私に質問されたので、「お休みになっているときはつらいですか」と聞き返したら、「いや。俺は寝ている時間に、そのまま逝くのかな」と話されていました。その後、吐血をするなど大変でしたが、ご家族にも死への準備教育をしていたので、「吐血をしたのですが、事前に聞いていたので慌てずに済みました」とおっしゃっていただき、最後までご自宅で介護され、看取ってくださいました。28年間訪問看護師をやっていると、余命を伝えないでとご家族から頼まれた経験はたくさんあります。でも、ほとんどの場合、ご本人はわかっていたように思います。 * * * 次回は、訪問看護の世界に身を置いた経緯や訪問看護の魅力を世の中に伝えるアイデアなどについて語り合います。>>後編はこちら第2回みんなの訪問看護アワード 訪問看護の魅力 特別トークセッション 後編 取材・執筆:高島 三幸編集:NsPace編集部

フットケア・爪切りのお悩み解決/ケーススタディ編
フットケア・爪切りのお悩み解決/ケーススタディ編
特集 会員限定
2024年5月7日
2024年5月7日

フットケア・爪切りのお悩み解決/ケーススタディ編【セミナーレポート後編】

2024年1月19日に開催した、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「フットケア~爪切りのお悩み解決!~」。これまで4,000人を超える方々にフットケアを提供してきた、「爪切りパチパチwako」代表の三浦和子さんに講師を務めていただきました。訪問看護の経験もある三浦さんに、フットケアの重要性や、在宅の現場でも実践できるテクニックを伺いました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、ケーススタディやフットケアを実践する際の心構えなどをまとめました。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちらフットケア・爪切りのお悩み解決/基礎知識編【セミナーレポート前編】 【講師】三浦 和子さん看護師/日本在宅フットケア普及協会 副理事長/爪切りパチパチwako 代表看護師として病院に勤務し、外来と訪問看護の両方を経験。同時にメディカルフットケアについて学び資格を取得。病院在籍中、延べ4,000名を超える患者さんに対し、爪切りを中心としたフットケアを実践。2023年に独立し、「爪切りパチパチwako」を設立。メディカルフットケア技術・ペディグラス巻き爪補正技術を活かし、病院や施設、在宅で足病予防のためのフットケアに取り組んでいる。 さまざまなケースにおける爪のケア ここからは、事例をもとにケーススタディを行います。 巻き爪、陥入爪の事例 【ケア前の状況】こちらの方は、爪が厚くて切れないという理由で長い間「三角切り」が習慣になっており、出血や化膿を繰り返していたそうです。足を拝見すると、親指の爪はストロー状に巻いていました。上記のケア前の写真はすでに一度爪切りを行った状態で、最初はもっと尖った爪でした。 また、爪の状態が悪いために親指で体重を支えられず、足の裏には500円玉くらいの胼胝(べんち)ができていました。かかとに体重をかけるため、かかとの角質もかなり多く認められました。 このような状態になってしまった原因は、巻き爪であるにも関わらず、窮屈な靴を長年履いていたこと。外反母趾により第二趾が母趾の爪を圧迫していたこと。そして、爪の三角切りによって巻き爪が重症化したことが挙げられます。 【ケアの内容と経過】角質除去や排膿、肥厚部を削るなどのフットケアを毎月実施。セルフケアを行う、足に合ったインソールを作成する、指の重なりを矯正するために「足指矯正の着圧靴下」を試すなどのアプローチも行いました。 ケアを始めてから爪の状態は徐々に改善が見られましたが、ときには巻き爪が戻ってしまうことも。そこで、不織布で除圧したり、巻き爪矯正プレートを使用したりしました。 10年以上フットケアを続け、現在は3ヵ月に1回ほどの頻度でケアをしていますが、状態はかなり改善しています(スライド右下の写真)。 角質増殖型の肥厚を伴う巻き爪の事例 【ケア前の状況】こちらの方は、角質増殖型の肥厚を伴う巻き爪にお悩みでした。原因は、「浮き指」で指に体重がかかっていないこと。爪は体重がかかったときに衝撃を吸収しながら広がるものなので、浮き指だと巻き爪が悪化します。 この方は、巻き爪で指に力を入れられないために運動不足になっており、足趾のトラブルが原因で膝や腰の痛みもありました。指に力を入れられないと、体重をうまく支えられず、バランス能力が低下し転倒リスクが高まる要因にもなります。 なお、巻き爪の原因は、爪の三角切り、きつい靴の着用、遺伝など複数考えられます。もともと爪の湾曲が強い方は、若いうちからの予防が重要です。巻き爪が悪化すると疼痛が出現する上、爪の陥入による炎症によって感染リスクが高まるので注意が必要です。 【ケアの内容と結果】この方の場合、爪甲の下で角質が増殖し、爪を押し上げて肥厚しているという特徴があったため、まずグラインダーで厚みを改善。その後、爪の下の角質をゾンデやグラインダーを使用して除去しました。そうして皮膚と爪を分けた上で、ニッパーで爪の中央にくさび状の切り目を入れ、そこから外に向かって少しずつカット。最後に、ヤスリをかけてなめらかにしています。 なお、この方には認められませんでしたが、異常な爪下の角質増殖や、増殖した角質の奥に赤や黒、茶褐色の点やくぼみが見られる場合は、イボの感染を疑います。その場合はケアをすぐに中止し、皮膚科を受診してください。 爪白癬、爪甲剥離の事例 【ケア前の状況】この方の爪には「爪白癬」が認められ、それに伴って表面の厚い部分が爪甲剥離しており、中爪は段差があってボロボロの状態でした。表面がなめらかでないために衣類や靴下が引っかかり、不快感や痛みが生じていました。 原因としては、夜間を含めて長時間靴下を履いていたことが挙げられます。処方された抗菌剤、軟膏を正しく塗布できていなかったことも悪化の理由でした。 【ケアの内容と結果】まずは爪の表面の段差をグラインダーでなめらかにし、インソールを作成しました。セルフケアとしては、入浴後に指の間や爪をキッチンペーパーで丁寧に押し拭きして水分をとり、軟膏を塗布してもらうように。そして、靴下を毎日交換してもらいました。 ケア後、爪表面がなめらかになって引っかかりが気にならなくなり、靴下を履かずに眠れるようになりました。 さらに、ケア開始から1年4ヵ月後には、親指の爪が指先を保護できるまでに伸びています。ご本人も「すごく歩きやすくなって、つまずくことも少なくなった」とお話しされていました。 足病変予防のためのポイント 冒頭でもお話ししたとおり、フットケアは足病の予防に効果的です。ぜひ以下のポイントを押さえて、在宅の現場で実践していただければと思います。 【フットケアで気をつけてほしいポイント】・爪と皮膚をしっかりと分け、爪切りで傷つけないよう注意する切るのが難しいときは無理をせず、応急処置としてヤスリをかけるのがおすすめです。・爪だけでなく、爪周囲の皮膚のケアも重要まずは、利用者さんに毎日足を見る習慣をつけてもらい、必要なケアをご自身でも少しずつ考えられるようサポートします。・足全体の環境を整えるためには保湿、保清、保護が必要 そして、ぜひ多職種で連携してケアプランを立て、みんなでケアを継続してほしいと考えています。誰かがひとりで頑張りすぎず、できることから始める。けれど、絶対に諦めない。チームでこれができれば、きっと利用者さんに喜んでもらえて、足病変を改善、予防できるフットケアを実現できると思います。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

フットケア・爪切りのお悩み解決/基礎知識編
フットケア・爪切りのお悩み解決/基礎知識編
特集 会員限定
2024年4月23日
2024年4月23日

フットケア・爪切りのお悩み解決/基礎知識編【セミナーレポート前編】

2024年1月19日、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「フットケア~爪切りのお悩み解決!~」を開催しました。講師を務めてくださったのは、これまで4,000人を超える方にフットケアを提供してきた、「爪切りパチパチwako」代表の三浦和子さん。訪問看護の経験もある三浦さんに、フットケアの重要性や、在宅の現場でも実践できるテクニックを伺いました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、フットケアの意義や目的、爪切りのやり方をまとめています。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】三浦 和子さん看護師/日本在宅フットケア普及協会 副理事長/爪切りパチパチwako 代表看護師として病院に勤務し、外来と訪問看護の両方を経験。同時にメディカルフットケアについて学び資格を取得。病院在籍中、延べ4,000名を超える患者さんに対し、爪切りを中心としたフットケアを実践。2023年に独立し、「爪切りパチパチwako」を設立。メディカルフットケア技術・ペディグラス巻き爪補正技術を活かし、病院や施設、在宅で足病予防のためのフットケアに取り組んでいる。 フットケアの利点と目的 フットケアは、足病変の改善や予防、転倒予防などに有効な身体ケアのひとつです。 私はこれまでに4,000名を超える方々の足をケアしてきましたが、ケアの後は多くの方が次のようなポジティブな変化を実感しています。 【フットケア後に寄せられた声の一例】・巻き爪が痛まなくなった、化膿しなくなった・靴下を脱いでも安心して眠れるようになった・足が軽くなった・つまずかなくなった・膝や腰が楽になった・外出が楽しくなり、気持ちが前向きになった 足の健康は体の健康であり、フットケアはQOLの向上や健康寿命の延伸、医療費の削減にも貢献できると考えています。フットケアとは、いつまでも歩き続けられるように足をねぎらうことなのです。 フットケアの基本 足の裏の皮膚には、毛根とセットの皮脂腺がなく、乾燥しやすいという特徴があります。さらに、高齢になると皮膚は脆弱になり、爪の乾燥傾向も顕著に。その上、靴や靴下を履くことで高温多湿の環境におかれ、菌も繁殖しやすくなります。また、靴や靴下が長時間密着することによって、足の裏にたくさんの汗をかくこともあるでしょう。その汗を靴下が吸うと、冷えや多湿による皮膚の浸軟にもつながります。 フットケアで最も大切なことは、まず足を毎日見ること。足の皮膚、爪の状態をこまめに確認し、保湿・保清を行い、環境を整える必要があります。 爪切りのポイント 爪は、指の先にかかる負担のバランスをとったり、体重を支えたり、転倒しそうになったときにはストッパーになったりと、いろいろな役割を担っています。そのため、フットケアの中でも爪切りはとくに重要だといえるでしょう。ここからは、爪切りのポイントをいくつかご紹介します。 なお、爪切りのやり方は必ずしもひとつの正解があるわけではなく、流派によってアプローチ方法が異なることも。今回ご紹介する方法はあくまで私が実践している一例として参考にしていただき、利用者さんお一人おひとりの爪に合った方法を検討してもらえたらと思います。 一度に全体を切る&三角切りはNG 爪は湾曲しているため、一度に全体を切ろうとすると負担がかかり、ひびが入ったり縦に割れたりしやすくなります。 それから、両端から中央に向けて斜めに爪切りを入れ、上から見ると爪の先端が「三角」になるように切る(三角切り)のもNGです。爪は3層構造になっており、そのうち表面(背爪)と皮膚に接する層(腹爪)は縦方向に繊維が走っています。さらに、爪は両端が内側に巻く習性もあるため、三角切りを続けていると、どんどん巻き爪になってしまいます。また、先端がとがっていると、体重をかけたときに皮膚が傷つく可能性もあるでしょう。 爪を切る際は、一度に全体を切ったり三角切りをしたりせず、指の湾曲に合わせて切ってください。 爪切り後&爪の状態に応じてヤスリをかける 爪を切った後は、必ずヤスリをかけて断面をなめらかにしてください。ヤスリのかけ方としては、両端から中央に向かい、力を入れずに「一方かけ(往復させずに同じ方向にかける)」をします。 また、爪の端が割れたり欠けたりしている場合、斜めに切って段差をなくそうとすると巻き爪の原因になります。そういうときは無理に切らず、ヤスリをかけてなめらかにし、切れる状態まで爪が伸びるのを待ってください。 事前準備と指の持ち方で痛みや事故を防ぐ 爪切りをする際は、必ず事前に角質を取り除き、爪と皮膚をしっかり分けてから切りましょう。これにより、誤って皮膚を傷つけてしまう事故を防げます。 ただし、注意していただきたいのが指の持ち方です。爪切りをする際、上の図のように指先の肉を下側へ引っ張る方が多く見られます。爪と皮膚を離そうとする気持ちはよくわかりますが、爪床と爪が離れると痛みが生じてしまいます。そこで私たちは、第1関節から指先に向かって皮膚を持ち上げ、指の皮膚を押すようにして持ちます。爪切りの際には、安定性・安全性の面からも利用者さんの指を正しく持つことが大切です。 変形爪の爪切り方法 続いて、変形が見られる爪の切り方をいくつかご紹介します。 肥厚した爪 肥厚した爪はとても硬いものですが、水を吸いやすい性質があり、水分を多く含むと柔らかくなります。そのため、入浴時や靴の中が蒸れている際は、ぐらついたり抜爪したりする可能性が高まるのです。そこに体重をかけると、爪内や爪周囲の皮膚を傷つけて出血する危険性もあります。 肥厚した爪にはまずヤスリをかけ、根本から爪先まで表面を平らにしてください。なお、肥厚した爪の表面をつまんでニッパーや爪切りで切る方もよく見られますが、その切り方だとさらに厚く成長してしまいます。また、肥厚した爪内に皮膚が盛り上がっている可能性があるため出血のリスクも。必ずヤスリで削りましょう。 かぶり爪、鬼爪 上記の写真のような「かぶり爪」や両端が角のように伸びた「鬼爪」のケアでは、まず足浴で爪を柔らかくし、ゾンデで角質を除去するところから始めてください。すると、爪と皮膚の間に少しすき間ができるので、そこから少しずつ時間をかけて切りましょう。無理に爪を持ち上げると痛みが出るため、切る前の準備を丁寧に行うのがポイントです。処置が難しい場合はフットケア外来や専門の医療機関の受診をご検討ください。 >>後編はこちらフットケア・爪切りのお悩み解決/ケーススタディ編【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【医師に聞く】地域医療と訪問看護~新宿で一歩先の在宅医療を提供~
【医師に聞く】地域医療と訪問看護~新宿で一歩先の在宅医療を提供~
インタビュー
2024年4月23日
2024年4月23日

【医師に聞く】地域医療と訪問看護~新宿で一歩先の在宅医療を提供~

東京23区を広くカバーする在宅医療を行っているあけぼの診療所院長の下山先生。開業する以前、循環器内科医として働いた経験が、現在に生きているとのこと。在宅医療を提供する上で、都心エリアは特殊な土地。応用と工夫が必要な在宅医療の現場で、訪問看護師に求められる心構えについてもうかがいました。 下山 祐人(しもやま ゆうじん)先生あけぼの診療所院長2004年東京医科大学医学部卒業後、湘南鎌倉総合病院にて初期研修を行い、2006年に東京女子医科大学病院循環器内科学教室入局。仙台循環器病センター循環器内科、立正佼成会付属佼成病院循環器内科、医療法人社団焔 やまと診療所を経て2015年に中央大学ビジネススクールにてMBA取得した上で2017年あけぼの診療所開業。新宿を拠点に、東京23区をほぼカバーする16km圏内を中心に訪問診療を行う。 医師としての成長は在宅医療の中にある ー開業前は循環器内科医としてご活躍だったとのこと。在宅に移行された経緯を教えていただけますでしょうか。 初期研修後に循環器内科に進み、総合病院でカテーテル治療などに従事していました。月5~6回の当直と10回程度のオンコールをこなす毎日です。そんな中、たまたま非常勤で在宅医療にかかわる機会があったんです。病院でも自宅でも、場所の違いを意識することなく、患者さんに対してできることを常に一生懸命考えることで、楽しんで在宅医療を始められました。循環器内科医として患者さんの予後予測をするというスキルの向上に加え、自分だったらその人生の時間をどのように使いたいかを考え、そのための医療を裁量をもって提供したいと考えた結果が自分で診療所を開設することでした。 在宅を学んだ診療所では在宅の患者さんたちを1日半ぐらい任せてもらったり、新規受け入れの電話対応をしたり。そういった仕事を通して、在宅なら患者さんとの距離が近く、安心して医療を受けてくれると感じました。また、工夫すればリソースが限られていても、病院ではなくとも医療は十分成立すると実感したんです。医師としての成長は、在宅医療の中にあるのではないかと感じ、在宅医療へ軸足を移しました。 私たちの医療は「病院診療からの発展形」 ー下山先生が目指す在宅医療についてお聞かせください。 在宅医療から1歩進んで、「医療を持ち運ぶ」「患者さんにとってよりわかりやすくする」ことを目指しています。数ある診療科の中の一つではなく、私たちの医療は病院診療からの発展形であるという認識です。 患者さんの予後を予測すると、そこまでの道のりで必要な医療や医療資材、人的資源などが見えてきます。そこで、ご本人の希望とどうすり合わせられるのか。在宅医療ではそれもケアの対象になります。 具体的にどういうことかというと、長年治療してきて、余命2ヵ月ほどの段階でおうちに帰ってきた患者さんがいらっしゃるとします。毎朝20錠ぐらい薬を飲んでいる場合、薬を一つひとつ見ていきます。10年後の病気発生率を下げるような薬が含まれていれば、「今必要なお薬だけ使えばいいですよ」と説明して減らしていきます。 こういった話を患者さんだけでなく、患者さんとかかわる訪問看護師さんはじめ医療者にも周知して、全員の納得を得てから先に進めています。非常に手間のかかることですが、チームで仕事をする上で重要なことです。 ーどのようなところにやりがいを感じていらっしゃいますか? 在宅医療の場合は最後の最後まで診なければいけません。患者さん・ご家族に信頼いただいて、「先生たちにお願いできてよかった。おかげでお母さん、お父さんをしっかり看取れた」と言っていただけることが私たちのやりがいになっていると思っています。 救急要請と変わらない早さでの医療提供 ー東京の在宅医療事情についてお聞かせください。 まず、細分化された多種多様な事業社さんたちが揃っているというところが特徴ではないでしょうか。 東京以外の訪問診療では直径32kmのエリア内に訪問看護ステーションも訪問ヘルパーステーションもない、ケアマネージャーさんも少なく、老人ホームもないことが珍しくありません。そういう場合、医療機関がワンストップでそれらをすべて揃えて運営していることが多いんです。 反対に東京はすでに全部揃っていますので、私たちは医療機関本体の事業に注力できます。そのぶん他の事業社さんたちとの濃密な連携が非常に重要になるため、私たちも丁寧に接することを心がけています。 ーあけぼの診療所は東京23区のほぼすべてが診療エリアだとうかがっています。都心ならではの事情や課題はありますか? よく患者さんから、「まわるのが大変なのでは?」「緊急のときすぐ来てもらえないのでは?」と言われますが、これらは誤解です。 まず、私たちは診療時に軽自動車などの小さい車両ではなく、ミニバンを使っています。走破性も優れていますし、スタッフも疲れにくい。さらに大量の物資を持っての移動が可能です。車内のバッテリーも充実しているので、輸血用の血液などを冷やしながら運べています。 ミニバンでの往診のようす そして、意外に思うかもしれませんが、緊急のとき医師に会えるまでの時間は、救急車を呼ぶ場合とあまり変わらないんです。今東京都で救急要請をした場合、病院到着までにかかる時間は50分ほど。さらに医師の診察を受けるまでに少し時間が必要なことをふまえると、自宅で救急要請をしてから医師に会えるまでの時間はおおよそ60分前後(東京消防庁『救急活動の現況 令和3年』より)。これは私たちが要請を受けて駆けつけるまでの時間とあまり変わりません。エリア内のどの場所から向かう場合でも同じことがいえます。 ー救急要請と変わりない時間で先生に診てもらえるというのは、在宅医療を選ぶ患者さんにとって大きな安心につながりますね。 そう思っていただけたらうれしいですね。信頼を築くため、往診の要請や「なんか調子が悪い…」といった連絡に対しても、必ず速やかにまめに対応するようにしています。結果として、想定外のタイミングでの往診依頼が減ることにもつながっています。 病院での輸血に比較して何ら劣らない ー先ほど輸血のお話がありました。「在宅医療では輸血が難しい」と思う方も多いと思いますが、あけぼの診療所はどんな方法で輸血をなさっているのですか? 通常の在宅輸血は、患者さんの家に行って点滴をつないで輸血を始め、最初の15~30分は医師がいて、その後、時間を合わせて来てもらった訪問看護師さんと交代。看護師さんが30分おきぐらいにチェックして、2~3時間かけて輸血をします。病院で行う輸血も同様のやり方です。 一方、当院の在宅輸血は、一般的な輸血より速いスピードで滴下しています。血小板なら15分、赤血球なら30分で落とします。というのも、3時間かけて輸血している病院でも、ICUや手術室では15分で落としているからです。当院では滴下の間医師と医療スタッフがずっと横について、何か問題が起きればすぐ対応します。 問題が起きる件数についても、輸血にかかわる合併症が起きる割合は4,000件に1件程度と言われています。当院では2017年の開院以来4,500件(2024年2月現在)の輸血を実施していますが、大きなトラブルは1件のみ。その1件も在宅でステロイドや酸素を使って乗り切っています。 この実績をふまえても、病院での輸血に比較して何ら劣るところはありません。工数や扱う人材など、コストはかかりますが、家だから輸血はできないという思い込みを減らし、一緒に挑戦していける診療所や病院を増やしていきたいものです。 広い視野で考え、患者さんに寄り添う医療を ー最後に、訪問看護師さんに向けて、メッセージをお願いいたします。 在宅医療の現場には、教科書に書いてある知識や病院の常識の外で工夫や応用が必要な場面がたくさんあります。そういうときにどんな工夫ができるか、マインドチェンジをしていくことが患者さんに寄り添うことにつながります。 必要な物品がない、あるいは保険算定上使えない物品があるような場合。今ある持ち物の中で、どうやって工夫してやっていくかの検討が必要になります。それから、患者さんの家の中に入れてもらうと、たくさんの情報を目にするでしょう。気にかかることがあったら、医療者としての立場にこだわり過ぎることなく、「これをすると患者さんは助かるのではないか」という意識をもって自発的に動いて、そのことを報告していただけるとうれしいですね。 そのためにも、私たち診療所も活発にコミュニケーションを取り合えるような関係でいたいと思います。患者さんのことを横でみて、よくわかっているのは他でもない看護師の皆さんです。 私自身いつも看護師さんには大切なことを教えてもらって診療に生かしています。患者さんの重要な局面に、看護師と医師がしっかりとした信頼関係で話ができる、伝えたことが伝わること、こういうことが患者さんにとって大きなメリットになります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 ※本記事は、2024年2月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】
ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】
特集
2024年4月9日
2024年4月9日

漫画「これだけは」ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

「当たり前」の生活を支える 訪問看護では、例えば「子どものお弁当を作りたい」など、利用者さんにとっての当たり前の生活や想いを支えることも大切だにゃ ニャースペース病棟看護経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

第2回 みんなの訪問看護アワード表彰式イベントレポート
第2回 みんなの訪問看護アワード表彰式イベントレポート
特集
2024年4月2日
2024年4月2日

第2回 みんなの訪問看護アワード表彰式イベントレポート【3月9日開催】

春の足音を感じる2024年3月9日(土)、銀座 伊東屋 「HandShake Lounge」(東京都中央区)で「第2回 みんなの訪問看護アワード」の表彰式を開催しました。訪問看護に携わる皆さまの日々の努力を世の中に認知してもらうことを目的に2023年度から始まった本イベント。表彰式では、全国各地からお越しいただいた受賞者の方々や審査員の先生方、協賛企業の皆さまとともに、表彰、特別トークセッション、懇親会などで盛り上がりました。表彰式当日の様子や、参加者の皆さまの感想をまとめたレポートをお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞 受賞者の皆さまへのトロフィー・記念品授与 まずは受賞者の皆さまへの表彰が執り行われました。入賞12名、協賛企業賞5名、審査員特別賞3名、ホープ賞1名、大賞1名の順にお一方ずつ審査員の先生方からトロフィーと記念品が授与されました。 贈呈されたトロフィー 入賞エピソード「笑顔の看取り」の投稿者の服部景子さん 栄えある大賞には、岡川修士さん(大阪府)が投稿されたエピソード「役割を求めて」が選ばれました。 大賞エピソード「役割を求めて」投稿者の岡川修士さん(左)と、特別審査員の高橋洋子さん(右) 岡川さんの受賞コメントを一部ご紹介します。「まずは、『パーキンソン病と闘う患者さんの励みになるなら』と、本名とご自身の病名をエピソードに使ってもいいと承諾してくださった同僚の加東さんにお礼を伝えたいです。私が所属する訪問看護ステーションは6人と小規模で、まだ開設して2年も経っていません。日々一緒に奮闘する仲間たちに受賞を報告すると、みんな私以上に喜んでくれました。当社は『ものがたりケア』をモットーにしています。私たちがケアに当たる利用者さんには、それぞれ今に至るまでの『ものがたり』があり、過去からつながる人生の一部なのだと念頭に置きながら、丁寧に接することを大切にしています。そんな私たちのケアがひとつのエピソードとして受賞したので、弊社代表もとても喜んでくれました。大賞をいただけて素直にうれしい気持ちでいっぱいです。ありがとうございました」 岡川さんの「役割について」を大賞作品に選出した理由について、特別審査員の高橋洋子さんからのコメントもご紹介します。「パーキンソン病で今までできたことができなくなるという悲嘆の中、利用者さんは自分の存在や役割について悩まれます。そんな利用者さんに対して何かしたいという岡川さんの真摯な姿勢が文章から伝わってきました。利用者さんができる役割を思いつき、それを後押しする社長さんや訪問看護ステーションの風土にも感銘を受けました。体が自由に動かなくなっても自分らしく生きたいと思われる利用者さんを、訪問看護のスタッフが支えていく。それが我々の目指すべき姿であることを教えてくださったエピソードだと思い、選出させていただきました」 「役割を求めて」の漫画を制作いただく広田奈都美さん(右) 会場では、制作中の漫画の下書きも披露されました。大賞の「役割を求めて」の漫画化をしていただく看護師・漫画家の広田奈都美さんからのコメントも一部ご紹介します。「このエピソードを読んだとき、何か哲学を教わっているような感覚になりました。漫画を描くにあたって岡川さんからお話を伺った際、『ものがたり』というキーワードが出てきて『なるほど』と共感しました。この利用者さんのものがたりすべてを描くことはできませんが、ものがたりの中の『一瞬』を精一杯、描かせていただきたいと思います」 エピソード・訪問看護に関するトークセッション 表彰後は、特別審査員の長嶺由衣子さんと受賞者3名(小野寺志乃さん/宮城県、新田光里さん/東京都、白﨑翔平さん/大阪府)による特別トークセッションが行われました。エピソードを投稿したきっかけや訪問看護の世界に身を置いた経緯、訪問看護の魅力を世の中に伝えるアイデアなど、幅広いテーマでのディスカッションが繰り広げられました。登壇者のお話にうなずき、時には驚きながら耳を傾けている受賞者や関係者のみなさんの姿が印象的でした。 例えば作業療法士の白﨑さんは、引きこもりがちな利用者さんの「外出する目的」をつくるため、ご本人が「お花好き」という点に着目。雑木林をひまわり畑にし、「お花の世話をする」という目的をつくり出そうとしたことが、今回の投稿エピソードにつながったと紹介。利用者さんの状態や気持ちに寄り添いながら、「自分たちに何ができるか」と真摯に考え、日々チャレンジし、奮闘されている様子が3人のお話から伝わってきたトークセッションでした。 すぐに打ち解けて話が尽きなかった懇親会 式典が終了した後は、軽食や飲み物を楽しみながら審査員の先生方、受賞者のみなさん、協賛企業のみなさんとの懇親会を開催。リラックスした雰囲気の中、同じ職種だからこそ話せる日々の悩みを相談する姿も。初対面の方々がほとんどの中、すぐに打ち解けて、記念撮影を楽しまれている姿も多く見られました。笑いが絶えずいつまでも話が尽きない中、みなさんお別れが名残惜しそうでした。 審査員の先生方・受賞者の皆さまのご感想 最後に、「みんなの訪問看護アワード」や表彰式について、特別審査員の先生や受賞者の皆さまに伺った感想をご紹介します。 高砂 裕子さん(一般社団法人全国訪問看護事業協会 副会長)こうしたイベントを開催することで、訪問看護の現場で頑張っているみなさんの声を世の中に届ける機会になるだけでなく、これから訪問看護師として働く方々にも、現場のイメージができて役立つ内容だと思います。全国各地から集まって意見交換をし、元気になってそれぞれの地域に戻る、という仕組みをつくっていただいたことはとても素晴らしいことだと思います。このイベントが今後も継続できるように、運営企業や協賛企業の皆さまのご支援をいただければ幸いです。 高橋 洋子さん(公益財団法日本訪問看護財団 事業部課長)審査員としてみなさんのエピソードを読ませていただき、利用者さん一人ひとりに素晴らしい人生ドラマがあり、そうした人たちを支えている訪問看護師は本当に素敵な仕事だと感じました。普段は一人で利用者さんのお宅をまわり、孤独でハードな仕事だと思います。でもこうしたイベントがあれば、ほかの訪問看護師さんの話を聞いて共感し、悩んでいるのは自分だけではなく全国に同じように頑張っている仲間がいるんだと思えます。現場に戻って働くための心の糧になるでしょう。そうした意味でも、素晴らしいイベントだと感じました。 山本 則子さん(東京大学大学院医学系研究科 教授)トークセッションが大変興味深く、投稿エピソードの背景にはどのようなお考えがあったのか、本来であれば全員のお話を掘り下げて伺いたいと感じたくらいです。なかなか表に出てこない訪問看護のエピソードが、「みんなの訪問看護アワード」によって日の目を見ることができるのは、とても意味のあることだと思います。利用者さんの背景も価値観も異なるので、十人十色のエピソードがあり、それが在宅ケアの特徴なのだと改めて感じました。 長嶺 由衣子さん(東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師)このイベントは訪問看護の世界で働く人々のネットワークを生むことはもちろん、訪問看護に携わるみなさんの感性を育てる場でもあると改めて思いました。エピソードを書くという場があることで、自身の仕事を振り返り、感じ、気づく機会になります。ぜひこのイベントを継続していただきたいです。今回はリハビリ職が利用者さんのやりがいにアプローチをして受賞したケースも複数あり、訪問看護が地域ではたす機能の可能性について思考する会になりました。ぜひ多職種が連携して訪問看護を盛り上げていただきたいと思います。 大石 佳能子さん(医療法人社団プラタナス/株式会社メディヴァ 代表取締役)訪問看護という忙しい仕事の中で、日々の経験を振り返って文章にすることはなかなかないと思います。こうしたきっかけがあれば言語化して振り返る機会となり、「自分はこんなことを大切にしていたんだ」という気づきを得られるはずです。報告書には書かれていない利用者さんやご家族、そして訪問看護師の心の軌跡のようなエピソードを所属先の仲間に共有すれば、普段から何を大切にして働いているのかといった価値観をみんなが知る機会となり、その訪問看護ステーションの強みになっていくのではないかと思います。 大日向 莉子さん(協賛企業賞受賞者/東京都/写真左)妹に誘われたのがきっかけで今回応募するに至りました。まさか姉妹で受賞できるとは思わず、本当に光栄です。私のエピソードはみなさんのように特別な、素敵なイベントを切り取ったものではなく、お看取りを経験する人なら誰もが抱えるジレンマなのではないかなと思っています。今回賞をいただいたことで、私の抱えるジレンマや感情が肯定されたように感じ、それが一番嬉しかったです。今回みなさんの素晴らしい看護のお話を聞き、多くの学びがありましたしもっと知りたいと思いました。このような場がこれからも増えますように。大日向 麻子さん(入賞者/東京都/写真右)受賞して会場に訪れ、みなさんのお話を伺えたことが何よりもうれしかったです。トークセッションでは、利用者さんやご家族が納得して看護やケアの方法を選択し、前に進めるかどうかを尊重する考え方もあると知り、感銘を受けました。また、私は看護の限界を決める必要はなく、アイデア次第で可能性が広がっていくと思っています。エピソードが入賞したことでそうした訪問看護の魅力を伝えられる機会を与えていただきました。ありがとうございます。 小林 奈美さん(協賛企業賞受賞者/広島県)「みんなの訪問看護アワード」の存在は、SNSで交流をしていた第1回の受賞者の方に教えていただいたんです。その方から「来年もあるから、一緒に受賞して銀座で会いましょう!」と言ってもらい、エピソードを投稿しました。その言葉通り、今日初めて対面でお会いすることができて、とてもうれしかったです。漫画家の広田奈都美先生にもお会いでき、広島から参加した甲斐がありました。 「第2回 みんなの訪問看護アワード」表彰式にご参加いただいた皆さまの集合写真 表彰式にご参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました。大賞作品の漫画は、2023年4月下旬にNsPace上で公開予定です。審査員特別賞・ホープ賞の漫画化や、表彰式のトークセッションのレポート記事の制作も予定しています。ぜひご覧ください。 取材・執筆:高島三幸編集:NsPace編集部

ニャースペース【訪問看護あるある】
ニャースペース【訪問看護あるある】
特集
2024年3月19日
2024年3月19日

漫画「話しすぎ注意」 ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

利用者さんについプライベートの話を… 利用者さんとお話しするのが楽しくて、ついつい自分のプライベートのこともお話ししてしまうにゃ。 「ここだけ」のつもりが、いつの間にか同僚に伝わっていることも…! ニャースペース病棟看護経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

高齢者の頭の体操10選 脳トレ
高齢者の頭の体操10選 脳トレ
特集
2024年3月19日
2024年3月19日

高齢者の頭の体操10選 脳トレに期待できる効果や方法について解説

頭の体操によって脳をトレーニング(脳トレ)することで、認知機能によい影響を与えられる可能性があります。多くの高齢者施設やデイサービス、訪問介護などで行われており、その効果を実感している高齢者の方も少なくありません。 本記事では、高齢者の頭の体操による脳トレの方法や期待できる効果などについて詳しく解説します。利用者さんに脳トレについて質問されたときに答えられるようにしておくことが大切です。また、訪問看護師から利用者さんに向けて、脳トレをおすすめするのもよいでしょう。 脳トレとは 脳トレとは、頭の体操によって脳を活性化させることです。高齢者は若年者ほどアクティブに活動したり考えたりする機会が少ないため、どうしても脳の働きが低下しがちです。脳トレは、体力が衰えている高齢者も心身に大きな負担をかけずに楽しめます。 高齢者に対する脳トレの効果 脳トレでは、複数の思考や動作を同時に行います。これにより認知機能の向上が期待できるため、認知症予防の一環としても行われています。 老化に伴って低下する記憶や注意力、問題解決能力などが改善されることで、高齢者の活動性や生活の質が向上する可能性があります。 高齢者が在宅でできる脳トレ 高齢者が自宅や施設などでできる脳トレの方法を紹介します。 簡単な計算問題を解く 簡単な計算問題を解くことは、頭の体操になります。紙と鉛筆を使うことで指先も刺激されるため、脳と体の両方のトレーニングが可能です。足し算やかけ算、割り算、九九など、いくつかのバリエーションを取り入れましょう。 なぞなぞを解く なぞなぞを解く際は、言葉の意味を考えたり風景をイメージしたりします。同時に複数のことを行うため、脳トレにつながります。 例えば、「辛くて食べられる椅子は?」というなぞなぞの答えは「カレーライス」です。このように、「椅子」と前文の意味を踏まえて柔軟に考える必要があります。 漢字の書き・読み 漢字の書き・読みでは、記憶を思い出す必要があるため、脳トレの1つとして効果が期待できます。簡単なものから難しいもの、四字熟語などさまざまなパターンの問題を出しましょう。 例えば、「秋刀魚(さんま)」「五月雨(さみだれ)」など、漢字自体は小学生で習うものの、少し難解な熟語を問題にするとよいでしょう。 制限付きしりとり 制限付きしりとりは、食べ物や家具などジャンルに制限をつけて行うしりとりです。制限なしのしりとりと比べて熟考が必要なため、脳をより強く活性化できるでしょう。 最初は「食べ物」のように大きなジャンルにし、慣れてきたら「果物」「野菜」など小さなジャンルで制限すると白熱するかもしれません。 間違い探し 2枚の絵を用意して間違い探しをする脳トレです。1枚の絵を見て記憶し、2枚目の絵との違いを見つける必要があるため、脳の活性化につながります。人によってレベルが異なるため、最初は簡単なものから始めましょう。 連想問題 連想問題は、スタートとゴールの言葉を設定し、連想を続けてゴールを目指すゲームです。例えば、スタートを「りんご」、ゴールを「椅子」として、「りんごといえば赤色」「赤色といえばトマト」のように連想してゴールを目指します。なお、スタートとゴールの言葉がかけ離れすぎてしまうと、なかなかゴールに辿り着かなくなってしまうため、注意しましょう。 高齢者が在宅でできるレクリエーション(脳トレ+運動) 脳トレに運動を加えたレクリエーションもご紹介します。在宅で利用者さんと訪問看護師の2人から実施可能ですが、車いすを利用している利用者さんや視覚・聴覚等に障害がある利用者さんに関しては、必要に応じてサポートしながら行いましょう。 数えながら指を曲げる体操 指を単に曲げるのではなく、数えながら曲げることで頭と体の両方を同時に使う脳トレです。体を大きく動かす必要がないため、体力が低下している方も行いやすいでしょう。 親指から小指まで、「1、2、3」と数えながら曲げていき、終わったらもう一方の手も同じように行います。 後出しじゃんけん 後出しじゃんけんは、相手が出した手に対して、勝つか負けるかの指示どおりの手を出すゲームです。例えば、相手に勝つ指示の場合、チョキを出されたらこちらはグーを出します。また、相手が口でチョキといい、こちらは手か足でグーを出すなど、手足や口を組み合わせるのもおすすめです。 足を使ったじゃんけん 足を使ったじゃんけんは、普段は手で行うじゃんけんを足でするゲームです。グーは両足を揃え、チョキは両足を前後に開き、パーは両足の間隔を大きく開けます。脳トレに加えて足の運動にもなります。 リズム体操 リズム体操は、音楽に合わせて体を動かす体操です。ふりつけは独自に考えてもよいですが、さまざまなリズム体操の動画がインターネット上で公開されているため、参考にするとよいでしょう。 マルチタスクトレーニング マルチタスクトレーニングは、合図によって動作を変更することで心身をトレーニングするゲームです。例えば、右手で鼻、左手で右の手首を持ち、合図とともに左手で鼻、右手で左の手首に持ち替える、といった具合に動作を変更します。 * * * 高齢者の脳トレは、認知機能の向上につながります。体を動かすレクリエーションであれば、身体機能の向上も期待できるでしょう。ただし、車いすを利用している、視覚・聴覚等に障害があるなど、利用者さんの状態を踏まえて脳トレやレクリエーションを選び、必要に応じてサポートすることが大切です。脳トレはどれも簡単にできるので、ぜひ参考にしてみてください。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表(入賞)
つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表(入賞)
特集
2024年3月12日
2024年3月12日

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞

NsPaceの特別イベント「第2回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。厳正な審査を経て、受賞作品が決定しました。本記事では、入賞エピソード12件をご紹介します! 大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞はこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞 「最後のお風呂」 投稿者: 小川 綾乃(おがわ あやの) さん ソフィアメディ訪問看護ステーション雪谷(東京都) A君は初対面の私に「背中撫でて、痛いの」と言って小さな背中を向けた。少しでもがんの痛みが和らげばとそっと手を当てる。泣きながら痛みと戦う小さな背中を撫でるだけの3日間。4日目のA君は座ってDVDを見ていた。「一緒に見よう」と笑顔で私を誘うA君は無邪気な5歳の男の子だった。翌朝A君が旅立ったと聞いて駆け付けた。「お風呂に入れてあげたかったな…ずっと入ってなかったから」お母さんがA君の頭を撫でながら呟く。「お風呂入りましょう」と声をかけて準備しご両親にA君をそっとお渡しする。ご両親と入る最後のお風呂。「気持ちいいね…」「ごめんね…」ご両親が涙ながらに声をかける。浴室の外で待つ私も涙が止まらない。お風呂から出て大好きなアンパンマンの洋服を着た穏やかな顔のA君を抱っこしながら「最後に家族みんなでお風呂に入れてよかった。5日間だったけど本当にありがとう」と話すお母さんの顔は泣きながらも笑顔だった。 2024年1月投稿 「スタッフの成長・管理者の涙」 投稿者: 西尾 まり子(にしお まりこ) さん 地域ケアステーション八千代・訪問看護ステーション(大阪府) 訪問看護ステーション管理者3年目に自分に自信をつけたいと思い訪問看護認定看護師養成学校の受講をした。管理者をしながらの週末の受講であった。2月になり感染症が流行し利用者の急変やスタッフの休みが増えシフトが回らない状況になりつつあった。私は悩んだが新幹線に乗った。しかし、スタッフに電話し「やっぱり大阪に帰るわ。これ以上みんなに迷惑かけられへん」と伝えた。するとスタッフから「帰ってこないでください!認定の学校に行きたいと言われた時、これくらい大変になる事くらいみんな予測してました。こんな時のために皆で無視しない助け合う約束をしています。だから頑張って来てください!何とかします!しっかり勉強して色々教えてくださいね」と言われ涙が止まらなかった。管理者となり、自分が一人で必死になりスタッフを支えているつもりでいたのが、本当は自分がみんなに支えてもらって管理者にしてもらっていたのだと深く感じました。 2023年12月投稿 「足の爪切りから始まる看護」 投稿者: 大慈 めぐみ(だいじ めぐみ) さん 訪問看護ステーション ナースであんしん湘南(神奈川県) 96歳男性。膀胱がん末期。「出来ることは自分でやりたい」という思いが強く、他者の介入が難しい状況。転倒を繰り返したり、入浴困難になり、ご家族とケアマネジャーは支援が必要な状態であると判断するが、受け入れず。ある日、足の爪切りだけは自分で出来ないと、訪問看護の依頼があった。まずは足の爪切りで訪問し、信頼関係を築くことに。お話をしながらさりげなくお困り事を聴き…。その結果、週2回の入浴介助、褥瘡処置、内服管理の支援が出来るようになった。1か月半が過ぎた頃、体調が急激に悪化…。最期は、施設スタッフのご協力もあり、住み慣れた場所でご家族に見守られ永眠された。病気による疼痛や倦怠感がある中でも、いつも奥様の体調を気遣う優しい言葉。入浴後は、「ありがとうねぇ」と、穏やかな声で言って下さったこと。髭剃りが難しく、上手に剃れなくても「すっきりしたよぉ」と気遣って下さったこと。関係機関の皆様との連携の大切さを改めて実感したりと、多くの事を学ばせていただきました。A様は、もと学校の先生。引退された後も、こうして私達に素敵な授業をして下さいました。 2024年1月投稿 「最期の友人」 投稿者: 日高 志州(ひだか しず) さん 訪問看護ステーションおはな(埼玉県) 70代の男性、お調子者で独居の大酒飲み。今にも崩れそうなボロ家で好き勝手暮らし、年金は近場のスナックで散財していた。大腸がんがみつかり、残り少ない余命宣告をされたが、家での最期を望み帰ってきた。もちろん生活指導など聴き入れず。何か真面目な話をするとすぐ「あんたがあと30年早く産まれてくれりゃ、結婚考えてやったのになぁ…」などと冗談で返答し、私も負けじと「私と結婚するならスナック通いは禁止です」と応戦した。しかし死期が近くなり、少しずつ体にガタが出始めると、ずいぶん弱気になってきた。トイレが近い、目がくらむ、もう1人で生活するのは心細いと話され、何度も話合った結果、施設への入所が決まった。入所の当日、一緒に荷物をまとめ、お迎えの車へ車椅子で向かった。乗り込む直前、私に握手を求めてきた。「あんたは最期の友人。忘れてもいいけどたまには思い出してよ」と冗談を言って笑顔で乗り込んだ。ずっと忘れない。 2024年1月投稿 「笑顔の看取り」 投稿者: 服部 景子(はっとり けいこ) さん 愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道) 訪問看護師となり8年が過ぎた頃、最愛の母が余命宣告されました。一人っ子の私にとって、親友や姉妹のような大切な存在だった母の願いは「もうすぐ死ぬなら旅行がしたい」でした。渋る先生を説得し沢山の医療品を持って、札幌から軽井沢、伊勢神宮、沖縄へと3回の家族旅行をする事が出来ました。「私のせいで大好きな仕事をやめる事になってごめんね。でも貴女がいつも側にいてくれて心強いし、毎日娘の顔を見られて本当に幸せ。出来れば最期までこの家に居たい」と母が涙した時、最後の願いを叶えてあげたいと家族で団結し、自宅での看取りを決めました。最期は父と、私の夫の手を握り「あ・り・が・と・う」と言って旅立った母。そこに涙はなく皆の穏やかな笑顔がありました。あれから4年。家族の苦悩を経験し、在宅看取りの素晴らしさを体験し復職した今、母のおかげで前より少し利用者さんとご家族の心にそっと寄り添えている様な気がしています。 2024年1月投稿 「余命を伝えないということ。」 投稿者: 小野寺 志乃(おのでら しの) さん 公益財団法人 宮城厚生協会 ケアステーション郡山(宮城県) 60代肺がん末期の男性の訪問看護が始まりました。往診から余命は3ヶ月と告げられたご家族からは本人には余命は伝えないでほしいと言われていました。しかし利用者本人も「自分の体だから分かる、いつまで生きられるんだ?」家族からは言わないように言われている、嘘もつきたくない、自分に訪問がつくたび何と声をかければ良いのか葛藤しながら訪問に向かいました。痛みや苦しさを家族に当たり散らした日には奥様が泣きながら話されることもありました。そして利用者様は家族親戚に囲まれて息を引き取られました。翌日聞いた話では亡くなる日の朝に「迎えがきた、会いたい人に会わせてくれ」と。ご家族もびっくりされていましたがとにかく連絡をして会いに来てもらっていました。最後に奥様に話される時「ラブラブな時間を奪わないでくれ」と娘様までも追い出したそうです。2人きりになるなり奥様の顔を手で包み「しわしわになったな、俺のせいか。これからも愛してるよ」と言って翌朝に亡くなられたそうです。余命を伝えなくても人生の終わりを迎える日が分かっていたんだと私自身も貴重な経験ができました。家族という存在も生きる原動力になると私は思いました。 2024年1月投稿 「思い出の淡路島」 投稿者: 池田 裕季(いけだ ゆうき) さん 社会医療法人社団正峰会 正峰会訪問看護ステーション(兵庫県) 今でも海を見ると思い出す利用者さんがいます。初回介入時点では交通機関を利用して単独外出が可能でしたが、1か月経過頃から床上生活を余儀なくされました。利用者さんはお洒落をして外出するのが趣味で、ご主人とはよく淡路島へドライブに行っていました。残された時間が少ないことは本人も感じており、涙ながらに「最期に淡路島に行きたい」と伝えてくれましたが、状態が悪く外出許可が下りませんでした。しかしステロイドの内服により活気が蘇り、この機を逃さないよう主治医から外出許可を取りました。家族との絆の深さ、関係各所の協力に支えられ、許可を得た週末に、家族全員での淡路島旅行を決行できました。時間としては移動も含めて2時間程度の旅行でしたが、「楽しかった~!」と笑顔で帰宅。その日は朝から雨が降っていましたが、家族写真には全員の眩しい笑顔と綺麗な青空が収められていました。帰宅から約6時間後、眠るように永眠されました。 2023年12月投稿 「ワンチームで叶える最後の願い」 投稿者: 坂下 聡美(さかした さとみ) さん 一般社団法人 在宅看護センター北九州訪問看護・リハビリステーション 在宅看護センター北九州(福岡県) 2023年10月、スリランカに嫁いだ娘が帰ってくると嬉しそうに語るY様。余命は、週単位となっていた。Y様家族は、実行したいリストなどを作成し、私たち訪問看護師に見せて下さる。私たち訪問看護師は、介入して間もなかったが、その温かいご家族の空気感の中、いつの間にかその家族の一員になっていくような感覚を覚えた。11月に入り、「菊花祭、見に行けるかな…」と呟くY様。娘様曰く、息子様が新車を購入したので交通安全祈願のついでに、家族みんなでお出かけしたいとのことであった。ちょうどその時、主治医がお見えになられ、勇気を振り絞り、「最後の家族外出をしたい」と、Y様が仰った。主治医は、深くうなずいて見守る私たち訪問看護師の目を見て、「ワンチームでその願い叶えましょう!」と、英断され、そこからが、このチームのすごいところ。訪問看護師の鶴の一声で、多職種各事業所の方も参加下さり、「最後の外出」を決行した。当日、天気にも恵まれ、神様もワンチームとなったその日から4日後に旅立たれた。菊を見たら、今でもその時の光景を思い出す。 2024年1月投稿 「感謝の気持ちと恩返し。」 投稿者: 鉾山 英美(ほこやま えみ) さん りゅうじん訪問看護ステーション枚方公園(大阪府) 病棟に5年勤め、訪問看護に携わり10年以上続けています。病棟では、環境の変化や人間関係から鬱病になり、一度看護師を辞めました。看護師を辞めて半年程すると、また看護師をしたいなぁと思い、知人の紹介で初めて訪問看護の世界に飛び込みました。まだ鬱病も治っていない状況で、私の中では社会復帰と思いながらまずは週2回の勤務から始めました。それでも、時々言いようのない不安や怖さに襲われ、事務所の最寄り駅に着いたら涙が溢れ、立ち竦むこともあり。出勤できない日もありました。それでもスタッフの皆が理解してくれ、温かく見守ってくれました。徐々に訪問を重ねる中で、利用者様から「また来てな」と声を掛けられたり、スタッフとも気兼ねなく話せるようになり、出勤日数も徐々に増やせました。移動中に見る景色、利用者様とのゆったりした時間。スタッフや家族のサポートがあり、鬱病を克服することができました。そして、ずっと訪問看護を続けています。あの時、訪問看護で働いていなければ、今の私はいません。私を救ってくれたこの仕事にいつも感謝し、恩返しの気持ちでいっぱいです。大好きな仕事です。これからも続けていきます!訪問看護ありがとう! 2024年1月投稿 「心に残る誕生日プレゼント」 投稿者: 大日向 麻子(おおひなた まこ) さん 訪問看護ステーションリカバリー 東村山事務所(東京都) 「誕生日を家で迎えさせてあげたい」電話口でのご家族の言葉でした。利用者様はある日ご自宅での転倒を機に入院、主疾患治療中に他疾患も併発してしまい、医師より余命や療養型病院への転院についてお話があったとの事でした。その言葉を聞いた後、私は関係各所と連絡をとり、改めてご家族へ在宅療養を提案してみる事にしました。ご家族は悩んだ末、在宅で過ごす決断をしてくださり、サービスを調整して年末に退院。徐々に全身状態低下は見られましたが年明けには待望のお誕生日を迎える事が出来ました。「ケーキのクリームを舌に乗せたら、にこっと笑った気がしたの!こっちがプレゼントもらった気分だよ…」とご家族からもニコニコで報告がありました。その1週間後、眠るように息を引き取られました。最期の時間をどう過ごすか、選択をする事は大変な事だと思いますが、その選択に意味があると感じます。これからも自分たちに出来る事を探し続けて行きたいです。 2024年1月投稿 「最期の洗髪」 投稿者: 安藤 あゆ美(あんどう あゆみ) さん 公益社団法人 新潟県看護協会 訪問看護ステーションつくし(新潟県) 癌末期のAさんは美人でいつも髪の毛をきれいにアップしている理容師さん。お姉さんと息子さんと理容室を営んでいてお姉さんが熱心に介護されていました。徐々にベッドで過ごす事が多くなり残された時間が短いと思われた頃、訪問看護師から息子さんに洗髪を提案。頭の下にオムツを敷いて「初めて母親の髪を洗いました」と言う息子さんの手つきはさすがプロ。「気持ちいいね」とAさん。数日後にご家族に見守られながら穏やかなお顔で旅立たれました。実はあの時、洗髪を息子さんにお願いしたのは理由がありました。息子さんが直接介護をする事が少なかったので、亡くなった後に後悔するのではと思ったのです。洗髪する事で息子さんが満足する看とりができるといいなと考えたのです。Aさんのお悔やみに伺った際、訪問看護への思いを聞いた時「最高でした」と笑顔で答えてくださいました。良かったなと思いました。 2024年1月投稿 「訪看だって泣いていいんだ。」 投稿者: 中島 絵理子(なかじま えりこ) さん 一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県) 急性期で働いていた頃、看取りは日常的だった。看護師は常に冷静で、涙を流す事など許されないと思っていた。訪問看護師として働き7年が過ぎた頃、あるご夫婦を担当することになった。ご主人Tさんは肺癌末期、奥様Sさんは心不全でお二人同時に介入をしていた。Tさんは癌性疼痛があってもSさんを気遣い、そう遠くない将来別れが来るのかと思うと、Tさんの笑顔を見る事を辛く感じる事もあった。半年が過ぎた頃、Tさんの容態が悪化し入院することになった。『僕はね、この家で死にたいんだ』といつも言っていたが、Sさんの負担になりたくないというご本人の希望だった。1人になったSさんを訪問すると私を見るなり『連れて帰りたい!私、頑張るから!私が見るから!』と泣きじゃくった。私は何と言って良いのか分からず、Sさんの肩を抱いて一緒に泣く事しかできなかった。数日後Tさんが亡くなった。Tさんの仏前に手を合わせる私にSさんは言ってくれた。『中島さん、一緒に泣いてくれてありがとう。これからも私の訪問に来てくれる?』今もSさんのお宅へ訪問に伺っている。Tさんの思い出話をするSさんの笑顔を1日でも長く見られる事を願っている。 2024年1月投稿 * * * 皆さま、おめでとうございます!今後、「みんなの訪問看護アワード」表彰式の様子をご紹介する記事や、大賞・審査員特別賞・ホープ賞を受賞したエピソードの漫画記事も順次公開予定です。ぜひご覧ください。 編集: NsPace編集部 [no_toc]

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表
つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表
特集
2024年3月12日
2024年3月12日

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞

NsPaceの特別イベント「第2回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。厳正な審査を経て、受賞作品が決定しました。本記事では、大賞1件、審査員特別賞3件、ホープ賞1件、協賛企業賞5件のエピソードをご紹介します! 「役割を求めて」 投稿者: 岡川 修士(おかがわ しゅうじ) さん 訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府) パーキンソン病に罹患して私達の訪問看護を利用することになった加東さん。彼女は元看護師で、まだまだ働く予定だったが、病気の影響で外出困難となり、退職を余儀なくされた。ある日、私が訪問すると「今は誰の役にも立ってない。まだ働きたい。欲しいのはお金じゃなく、役割なの」と話された。その表情は寂しそうだったが、働くことを諦めていない強い意志も感じた。聞くと、今もパソコンは使えるし看護師時代はサマリー等の事務作業も得意だったという。そこに可能性を感じた私は事務所に帰って社長に加東さんとのやり取りを説明した。すると社長は、「うちには事務員いないし、在宅で事務作業をしてもらおう!」と、雇用することを決めた。それを聞いて加東さんは大喜び。その後、初給料でお孫さんにクリスマスプレゼントを買ってあげた。加東さんは事務員という私達の事務所に欠かせない役割だけでなく、祖母としての役割も取り戻すことができた。 2024年1月投稿 ・関連記事大賞エピソード漫画化!「役割を求めて」【つたえたい訪問看護の話】 「100年ぶりに入浴したU子さん」 投稿者: 新田 光里(にった あかり) さん @(あっと)訪問看護ステーション(東京都) U子さんは92歳。認知症があり内服管理と入浴目的で訪問が開始になった。人嫌いな一面があり、入室を拒む事もしばしば。入浴は数年間していないと思われた。皮膚トラブルを心配した私は入浴させる事に必死になり受け入れてくれないU子さんに憤りを感じ始めていた。所長に相談すると「まず、あなたがU子さんを好きにならなくちゃ」と助言をいただき、訪問の度にU子さんの素敵な所を見つけるようにした。ケアにこだわらず仲良くなることを最優先として一緒に塗り絵をしたり、りんごの唄を熱唱したり、戦争体験談を聞いては労いの言葉をかけ続けた。担当になって1年が経過したある日「汗かいちゃったから一緒にシャワーどうですか?」と声をかけると「シャワーはダメ。お風呂にしなさい」と言われた。嫌々ながらも脱衣していたが浴槽に溜まった湯が自分好みの湯加減だと分かると自ら浴槽に入り「う~ん!気持ちいい!100年ぶり~!」と満面の笑みがこぼれ、タオルで腕を擦っていた。100年ぶりの入浴後の湯は白濁していた。以後、毎週入浴介助することができた。U子さんの笑顔と甘酒のようなお湯の思い出は一生忘れられないだろう。 2024年1月投稿 ・関連記事受賞作品漫画「100年ぶりに入浴したU子さん<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 「遠く離れていても」 投稿者: 鳥居 香織(とりい かおる) さん 医療法人社団亮仁会 さくら訪問看護ステーション(栃木県) 「肺気腫で在宅酸素をしている独居のAさん。奥様を亡くしてから、人との関わりを避け、いつ死んでも良いと言うの。トイレに行くだけで、肩呼吸をする程で、ヘルパーさんからは『介入するのが怖い』と言われて困って。会うだけ会ってくれないかしら」とケアマネさんからの電話。訪問するとAさんはベッドに座り、横を向いたまま私と目を合わせようとしません。ですが、テーブルにはカルピスが入ったコップが2つ並んでいました。(これがAさんの答えなのかな?)と思い、ゆっくり声をかけながら、背中のマッサージを始めると「気持ちが良いなあ。温かいなぁ。」とAさん。それから面白いように言葉が溢れ、若いころの話、奥様との馴れ初めの話、生前葬を決意した話などを語りました。人との関わりを避けていたAさんが訪問の度に笑顔になり、変化されていく様子はとても不思議な感じがしました。しかし、転倒を機に引っ越され、突然の訪問終了。どうされているか心配していたある日、葉書が届きました。「カーテンを閉めようと思って窓の外を見たら、お月様と目が合った。いつの間にか鳥居さんの顔に変わっていたよ。」と震える字で書かれていました。離れていても支えることが出来る事を学んだのです。 2024年1月投稿 ・関連記事受賞作品漫画「遠く離れていても<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 「幸せとは」 投稿者: 川上 加奈子(かわかみ かなこ) さん よつば訪問看護リハビリステーション(神奈川県) 「『幸せとは、体験するものではなく、あとから思い出して気づくものだ』ですって!深いですねー」87歳になられるTさんの訪問時には、毎回その日の名言カレンダーを読み上げ、暗唱し、それについて話し合う、ということを看護ケアの脳トレとして行なっていました。「Tさんの今まで生きてきた中で1番幸せだと思ったことは何ですか?」と私。すると少しの沈黙の後に「何もない」とTさん。「えーそんな寂しいこと言わないでくださいよ。一つ位ありませんか?」と私。するとまた「…何もない」とTさん。側にいて会話を聞かれていた息子さんにも何だか申し訳ない様な気持ちになっていたその時でした。「だって、ずっと幸せだから」とぽそりとTさんが言われたのです。一瞬、時が止まったような衝撃を受け、何故だか泣きそうになっている自分がいました。寝たきりになってもなお、愛する息子さん2人がいつも側にいて、大好きな餡子を食べさせてくれたり、たまに喧嘩をしながらもリハビリをしてくれていること。それこそがTさんにとって、過去ではなく現在進行形の幸せなのだと気付かされたのでした。『幸せとは…』私もいつか自分の人生を振り返った時には、Tさんの様に思えたらいいなと感じています。 2023年12月投稿 ・関連記事受賞作品漫画「幸せとは<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 ※訪問看護師歴3年未満の方対象 「最期のキッス」 投稿者: 大矢根 尚子(おおやね なおこ) さん 社会医療法人 三宝会 南港病院訪問看護ステーション(大阪府) O様 70歳女性 肺がん 脳転移にて終末期の方で心に残る経験をさせていただきました。口数の少ないご主人が1人で介護をされており訪問中も不安の表出や困りごとを口にされることなどがない方でした。ユマニチュードも取り入れながら、O様が大好きだった竹内まりやの「人生の扉」を流しながらケアを終えた時、ご主人が不意にO様の額にチュッとキッスをされたのです。意識も混濁していたO様ですが、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにしながらニッコリと微笑まれました。照れくさそうに笑うご主人とO様を見ていると死が差し迫っているから特別にキッスをしたわけではなく、この夫婦の日常なんだと心が温まりました。歌詞も重なり素敵な年輪を重ねて生きてこられたご夫婦の愛を感じ涙涙でした。ユマニチュードも実践することでご主人の緊張がとけ、一緒にO様を支えることができ生活史に寄り添うことができたと感じました。また、自分の人生と重ね、今まで以上に時間を大切にしようと思いました。 2024年1月投稿 ・関連記事受賞作品漫画「最期のキッス<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 「無人島に街を!」メディヴァ賞 協賛企業:株式会社メディヴァヘルスケア系コンサルティング&イノベーション・カンパニー。「無人島に街をつくる」開拓者のように、医療・介護界の発展を実現していきます。 「秋ひまわりプロジェクト:外出のきっかけづくり」 投稿者: 白﨑 翔平(しらさき しょうへい) さん いま訪問看護リハビリステーション(大阪府) ご利用者さんの多くは、通院以外では家からほとんど出られません。そこで、秋ひまわりプロジェクトとして、事業所の駐車場裏の小さな雑木林を8ヶ月かけて丁寧にひまわり畑に変えました。その過程の写真を訪問の度にご利用者様と共に確認し、行ってみたい場所になることを目指しました。そして、ひまわり畑が形を成す頃、ご利用者様が担当の療法士や看護師と会話を楽しむ外出の機会を作り出したいと考えていました。しかし、残暑の影響で早すぎる開花があり、イベント当日には花が枯れてしまうと予測されました。そこで、企画を「ヒマワリ喫茶」から「ヒマワリの花束のプレゼント」に変更しました。刈り取る前にヒマワリ畑を訪れてくれたご利用者さんもおられました。収穫したひまわりを美しくアレンジし、お届けした瞬間の笑顔は忘れられない思い出となりました。多くの方がその花束をお仏壇に飾り、感謝の言葉を伝えてくださいました。 2024年1月投稿 ぽけにゅー賞 協賛企業:株式会社大塚製薬工場臨床栄養関連の医薬品・OS-1などに加え、在宅療養者の食・栄養課題の抽出・解決を支援するWEBサービス「ぽけにゅー」を提供しています。 「1週間は母より長生きしたい」 投稿者: 井出 咲子(いで さきこ) さん 訪問看護ステーションほのか(長野県) 進行性の胃がんを患い、医師から告げられた余命よりもう3ヶ月頑張って生きていらっしゃる76歳男性Fさん。Fさんは自宅での生活が困難で有料老人ホームで生活しています。私達はそこへ訪問看護としてお伺いしています。Fさんには97歳のお母様がいらっしゃり、お母様は別の老人ホームで生活していました。Fさんがホームで暮らすようになって、お母様と一緒に過ごしたいと希望され、お母様も同じホームに入所されました。Fさんの願いはただ一つ『母より1週間は長く生きたい』その気持ちで治療を受け、倦怠感が強くても、食欲がない時も頑張って食べ物を口に運び、精一杯生きていらっしゃいます。Fさんとお母様は仲が良く、可能な限り一緒の時間を過ごされています。Fさんのお布団にお母様は足を入れて温まっていてその姿がとても微笑ましいです。ある日、ホームの管理者からFさん親子をお寿司屋さんに連れて行きたいと相談がありました。私達訪問看護も同行しお寿司屋さんへ行きました。Fさんは6皿召し上がり大変喜ばれました。これからも『母より1週間は長く生きたい』というFさんの気持ちに寄り添い続け看護をしていきたいです。 2024年1月投稿 Tomopiia賞 協賛企業:株式会社Tomopiiaがん罹患者の方々の不安や孤独な気持ちに、SNSを使って看護師が個別対話で寄り添う、SNS看護サービス「Tomopiia」を提供しています。 「みんなに贈る体調管理表」 投稿者: 小林 奈美(こばやし なみ) さん 株式会社不二ビルサービス ケア事業部訪問看護ステーションふじ川内(広島県) Mさんは前立腺癌末期。几帳面な方で体調管理表を自ら作成されていた。妻は介護に悩み涙を見せる事もあった。ある時発熱、肺炎症状があり入院され過ごされていたが、数日経ち妻から「もう時間がない、家で過ごさせてあげたい」という電話を受けた。訪看が介入し一時外出する事になった。モルヒネ皮下注射を受けながらも笑顔のMさんに私は「おかえりなさい!」と声をかけた。そこにはいつもの日常があった。家族がいて、テレビを観たりソファーで座ったり特別な事をしているわけではなく、Mさんを包み込むように当たり前の幸せがあった。夕方病院へ帰る介護タクシーを見送った。次の日の朝である。さっき息を引き取ったよ、家に連れて帰るね、と連絡があったのは…。「見て…」と妻から見せてもらった体調管理表には「みんなのおかげで私の人生楽しかった ありがとう」と少し震えた文字。私は涙があふれた。この言葉が家族、私たちみんなを救っていた。 2024年1月投稿 看護のアイちゃん:本物の看護がしたい賞 協賛企業:セントワークス株式会社訪問看護の特性を踏まえたアセスメント・業務支援システム「看護のアイちゃん」などを提供しています。 「走る理由」 投稿者: 大日向 莉子(おおひなた りこ) さん ソフィアメディ訪問看護ステーション小山(東京都) 「息をしていないようです」と震えた声。遠くから「お父さん、お父さん、返事してよ」と叫ぶ音。連絡があったのは、年明け間もない1月のことでした。山田さん70代、前立腺癌。年越しを迎えるのは難しいと、ご家族は本人にその事実を伝えず、決死の想いで在宅療養を選択しました。家族だけが抱える「余命宣告」。それでも本人が不安でないように、眠れない日々も不安な日々も、ご家族は笑顔でいました。「山田さん、本当によく頑張りました」と話しかけると、そこにいた全員から大粒の涙が溢れました。お客様との信頼を築き、人生の最期に立ち会い、お別れに一緒に涙を流す。医療職として、一緒に涙を浮かべるのはどうなのかと言う人もいるかもしれません。だけど、ひとりの人として、その人と関わった者として、涙を流すのに正解も不正解もないと信じています。「ネクタイ結んであげませんか」「髭剃りしませんか」と家族と行うエンゼルケアも、最期に着る服が生前よく着てたスーツなのも、在宅の醍醐味だと思うのです。ケアの最後には涙でなく、そこには笑顔がありました。みんなが悔いなく、幸せであるように、今日も自転車を走らせるのです。 2024年1月投稿 NTTデバイステクノ賞 協賛企業:NTTデバイステクノ株式会社訪問看護ステーション専用に設計された電子カルテ「モバカルナース」などを提供しています。 「生涯いい男」 投稿者: 佐藤 有紗(さとう ありさ) さん 医療法人社団愛友会 訪問看護ステーションブルーべル(埼玉県) 毎週木曜日、インターホンを押すと部屋の奥から「いらっしゃい!上がって上がって」と声がする。私が訪問看護ステーションで働き始めた時から変わらない元気な声でいつも迎えてくれていました。その方は癌末期。余命は長くないと言われながらも元気に前向きに生活していました。その方はいつも野球を見ていたので、野球がわからない私は勉強がてら野球をみて、少しでも話ができるように準備してから訪問するようにしていました。担当してから3ヶ月ほど経った金曜日、かかりつけ医から「食事がしばらく取れていない、点滴加療が必要」と連絡がありました。私は驚きました。昨日もいつもと変わらない元気な利用者さんをみていたから。そこから目でわかるほど痩せて行く姿をみて、初めての終末期の対応に動揺している私を見て、利用者さんは「昨日の野球みた?」といつもの笑顔でいつも通りの会話を始めました。段々会話もできなくなって、土日まで持つかどうかと言われていたが、木曜日は訪れました。いつもの優しい笑顔で迎えてくれたその数時間後、天国へ旅立ちました。弱い所を見せず、ずっと前向きだった利用者さんはずっといい男でした。 2024年1月投稿 皆さま、おめでとうございます! 入賞作品については、こちらの記事をご覧ください。つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞 編集: NsPace編集部 [no_toc]

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