スタッフ支援に関する記事

大規模事業所の人材マネジメント
大規模事業所の人材マネジメント
インタビュー
2024年7月2日
2024年7月2日

大規模事業所の人材マネジメント~次世代に繫ぐために~

兵庫県の西宮市訪問看護センターの管理者を長年務めた山﨑 和代さんへのインタビュー記事を、3回に渡ってご紹介。最終回は、大規模事業所の人材マネジメントや新たなチャレンジなどを伺いました。 >>これまでの記事はこちら訪問看護師は政策・制度検討の場に参画を~訪問看護のパイオニアとして~阪神・淡路大震災とコロナ禍を経て~ICT化とトリアージ~ 山﨑 和代(やまさき かずよ)さん保健師・看護師・養護教諭1級、経営学修士、日本看護協会認定看護管理者。大阪医科大学付属病院を経て、1995年に西宮市社会福祉事業団に入団。2001年~2024年3月まで西宮市訪問看護センターで管理者を務め、2024年4月に「株式会社医療・介護を受ける人と担う人のナーシングカンパニー」を起業。兵庫県訪問看護ステーション連絡協議会 副会長、兵庫県 訪問看護師・訪問介護員離職防止対策検討会議委員、兵庫県 訪問看護推進会議委員。 規模ありきでなく、成長の結果としての規模 ─西宮市訪問看護センターでは当初から大規模化を目指していたのでしょうか? いえ、最初から規模を大きくしようとしてしたわけではありません。地域のニーズに対して、スタッフが真摯にスピーディに応じてくれて、人の入れ替わりがありつつも、新たに仲間になってくれるスタッフが途切れなかったことで、結果的に大規模化につながりました。 これまで理念を掲げて長年突っ走ってきましたが、スタッフのみんなが理念を理解して、良質なサービスを提供しようと大変な努力をしながらやってきてくれました。本当に感謝しています。 ─採用に苦しんでいる事業所も多いと思いますが、西宮市訪問看護センターではどんな取り組みをされていたのでしょうか。 ホームページ、ナースセンター、ハローワークを活用しており、「訪問看護ブログ」を過去に掲載していました。ブログをご覧になった方からお問い合わせいただくケースが多かったですね。 また、西宮市訪問看護センターでは兵庫県で初めて新卒採用を行い、2023年度末までに6名を採用しています。新卒採用をきっかけに、「新卒を受け入れているなら、経験年数が短くても受け入れてもらえるのでは」という思考が働いたようで、副次的に既卒の20~30代の看護師確保もしやすくなりました。若手が増えたことで、ステーションの長期的な継続を見据えた準備ができるようにもなりました。 ─大規模な事業所の管理者に求められることを教えてください。 地域や制度の動向を見据えて組織をデザインし、どのように経営・運営するかを決めて実践していく。大規模事業所の管理者には、こうしたスキルやセンスが求められると思います。 また、リソース配分も重要です。常によりよい方法を模索していますが、例えば事務員に新規契約や連携における書類作成、簡便な連絡などを担ってもらい、管理職の負担軽減をするなど、今いる人員でいかに効率的に運営していくかということを考えています。 事業費の約1%はスタッフ教育へ ─次世代の育成にも大変力を入れていらっしゃると思います。具体的にどのようなことをされているか教えてください。 はい。スタッフの教育は良質なサービスを提供するにあたって欠かせませんので、事業費の約1%は研修教育費として使っています。例えば、月1回業務時間内に行っている集合研修、ポータブルエコーの購入、ウェブコンテンツの契約更新、特定行為研修への2名(年間)の派遣などに充てています。 チームリーダー業務を通じて次世代のリーダーも育成しています。次の管理者については、日本看護協会の認定看護管理者課程のファースト、セカンドレベルを済ませ、2024年度にサードレベルを受けて春に認定看護管理者の試験を受けることになっています。とても心強く、なにも心配していません。 傾聴を通じて知った今後の課題 ─人数が多い事業所ではコミュニケーションが課題になることも多いと思います。前回、情報共有アプリでのコミュニケーションのお話もありましたが、普段心がけていることを教えてください。 「傾聴」に力を入れています。実は、私は以前もっとも信頼していたスタッフをバイク事故で亡くした経験があります。この件に関しては私が一番精神的にダメージを受けて、みんなに支えてもらいました。そのことがきっかけで、メンタルケアをしてくれるカウンセラーの先生を探したという経緯があります。 その先生に、「山﨑さんの目指す事業所運営には傾聴が必要」と教えていただいたんです。傾聴というと、「ただ耳を傾けて聴く」というイメージを持つ方が多いかもしれませんが、実は高度なテクニック。スタッフとともにグループ講座を受講したところ、いかに自分たちに足りていない能力だったかを実感しました。 特に多かった例は、「この人はこう考えるに違いない」と決めつけ、思い込んでしまう「ブロッキング」。つまり、先入観ですね。傾聴とは、自分の先入観を認識し、それを打ち消し、相手の話を芯から理解しようとすることなんです。 また、相手の言葉をそのまま返す「ミラーリング」という手法を実践してみて、その効果がよくわかりました。実際にミラーリングをしてもらうと、「この人、私のことをわかってくれているんだな」と感じるんです。翻って、普段私を含む管理職たちはアドバイスばかりしていたことに気付きました。 傾聴のスキルは、スタッフ同士はもちろん、利用者さんや自分の家族とのやりとりにも活かせます。自身の在り方を振り返り、ラクになることを実感しました。ただし、ちょっとトレーニングしただけではこれまで染みついたやり方はなかなか抜けません。すぐに思い込みや独りよがりで話してしまいますし、よかれと思ってアドバイスしてしまうんです。折に触れてお互いに確認し合い、気を付けなければ、と思っています。 次世代にバトンを渡し、新たな挑戦へ ─山﨑さんは、2024年4月より新たに訪問看護ステーションを立ち上げるとのことですが、立ち上げ経緯を教えてください。 想いを引き継いでくれる後進も育ったことですし、新たなチャレンジをしたいと思ったのがきっかけです。いざ準備を始めてみたら、やりたいことがいっぱい出てきて、絞るのに苦労するくらいでした。会社名は、「株式会社医療・介護を受ける人と担う人のナーシングカンパニー」。訪問看護師だけでなく、ヘルパー、ケアマネジャーなど、「担う人」すべてを応援したいという気持ちで名付けました。 担い手は誰しも他人には真摯に向き合うのに、自分自身のケアはおろそかになりがちです。そうした人たちに「また明日からがんばろう」と前向きになってもらいたいので、訪問看護をはじめとした「受ける人」向けのサービスだけではなく、「担う人」向けの講座や相談・支援、リラクゼーションも用意しています。 長年の訪問看護ステーション運営で培ったノウハウを活かし、訪問看護のみならず介護事業の運営や経営で困っている人の相談支援や、ライフワークである暴力ハラスメント対策の研修も、より充実させていきたいと思っています。 2024年3月末に行われた送別会でのひとコマ。左の画像は、管理者を引き継いだ吉田さんとのツーショット。右の画像は趣味のヴァイオリンを披露する山﨑さん ─訪問看護ステーションではどのような取り組みをされるのでしょうか。 訪問看護ステーション(足とリンパとおなかの悩み訪問看護)は、通常の訪問看護はもちろん、それに付随してフットケアとリンパ浮腫のケアやそれに関連する処置。そして、浣腸摘便ではなく腸内環境や生活習慣に着目して排便コントロールをしていきたい方に向けた支援をします。これまでなかなか解決が難しい分野だと感じてきたからこそ、チャレンジしたいと思っています。 訪問看護が好きだからこそ、改革を続けていく ─訪問看護師として数多くの改革に取り組んでこられましたが、何がモチベーションになっているのでしょうか。 何でしょう…。「訪問看護が大好き」というのも大きいと思いますし、私が勝ち気だからかもしれません(笑)。 ─今後の訪問看護がどうなっていくべきか、お考えをお聞かせください。 「訪問看護でできること」の認知度を、もっと上げなければいけないと考えています。 本来であれば在宅療養開始に向けて、アセスメントシートを作成して医療機関とケアマネジャーが協議する時点で、「訪問看護」によるアプローチを始められるといいのですが、それができていないことは課題だと思います。訪問看護師が医療と生活の視点でその人の状態を評価し、退院直後に集中して支援できれば、当面の療養生活の見通しが立ち、救急搬送のリスクも低減させることができます。また、そのタイミングで訪問看護師の介入があると、ケアマネジャーと医療機関、双方にメリットがあると思います。 西宮市訪問看護センターでは、急性期病院の地域医療連携部署と一緒に病棟のカンファレンスに参加していますが、そうしたしくみが全国的に広がり、きちんと評価されるようになれば、医療・介護の連携が進み、病院と在宅の垣根が低くなっていくと思います。なにより利用者さんに大きなメリットがあるのではないでしょうか。 ─本当に学びの多いお話をありがとうございました。最後に、看護職の皆さまへのメッセージをお願いします。 もし訪問看護をやるかどうか迷っている人がいたら、魅力ある仕事なのでまずは飛び込んで経験してほしいと思います。また、看看連携はインセンティブがあまりつきませんが、支援の要です! 気軽に病院と訪問看護ステーションが話せる場を一緒につくってほしいです。 ─ありがとうございました! ※本記事は、2024年3月時点の情報をもとに記載しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace編集部

訪問看護認定看護師トークセッション 人材育成編
訪問看護認定看護師トークセッション 人材育成編
インタビュー 会員限定
2024年6月4日
2024年6月4日

訪問看護認定看護師トークセッション 人材育成編【セミナーレポート前編】

2024年2月3日に実施した、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナー「訪問看護認定看護師によるトークセッション〜人材育成と地域連携の実例紹介~」。訪問看護認定看護師の野崎加世子さん、富岡里江さんをスピーカーにお迎えし、トークセッション形式で、訪問看護が抱える課題や解決方法を考えました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、訪問看護師や新任管理者の教育についての議論をまとめます。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】野崎 加世子さん初代訪問看護認定看護師協議会代表理事、現監事。「これからの在宅医療看護介護を考える会」代表。富岡 里江さん訪問看護ステーションはーと勤務。POOマスター、「渡辺式」家族看護認定インストラクター。東京都訪問看護教育ステーション事業における研修の企画・運営も担当。【ファシリテーター】中村 優子さんフリーアナウンサー・インタビュアー。著名人のYouTubeチャンネル運営他、著者インタビューを多数手掛ける。 ※本文中敬称略 人材不足の現場における教育の難しさ 中村: 訪問看護師の人材不足についてはよく耳にしますが、実際のところはいかがでしょうか? 富岡: 看護師のみなさんは、訪問看護に対して「緊急時にひとりで対応できるか不安」「オンコール対応の負担が大きいのでは」といった懸念を抱くようです。確かに、訪問看護はあらゆる年齢層や疾患、障害をお持ちの利用者さんを看ます。豊富なスキルや経験が必要だと考えて、不安ゆえになかなかチャレンジできない気持ちもわかります。 また、訪問看護師の中にも勤務時間を限定する雇用形態を選ぶ方は多いため、現場ではオンコール当番を含めてスタッフの確保に苦労していると思います。 中村: そのような厳しい状況下で、教育面ではどのような課題がありますか? 富岡: 全国の訪問看護ステーションにおける看護職の平均在籍人数は、わずか5人程度。看護職の人数が少ない小規模な訪問看護ステーションでは、OJT、OFF -JTを行おうにも限界があるのが現状です。 たとえば新任者教育のために同行訪問を行うにしても、得られる訪問料はひとり分なのに対し、ステーションは2人の訪問看護師を派遣した分の負担を背負うことになります。また、スタッフを外部研修に参加させると、訪問の計画を組むのが難しくなるでしょう。 中村: 人手不足な中で、収益や日程調整などの課題があるのですね。 富岡: そうですね。それに利用者さんが置かれている状況は実にさまざまで、同じケースは一例もなく、学びには終わりがありません。これも訪問看護の難しさではないかと思います。 新任管理者に対する教育の重要性 中村: 新任管理者の教育にも大きな課題があると伺っています。 富岡: はい。最近は訪問看護未経験のまま管理者になる方が増えていて。訪問看護に関する制度や適切な運営方法、利用者さんやご家族との適切な関わり方などがわからないまま管理業務に当たらなければならず、悩む新任管理者さんが多いようです。 野崎: 2023年4月時点で、全国の訪問看護ステーションは1万5,000ヵ所を超え、新設数は1年間で約1,800に上ります。一方で1年間に700〜800の事業所は閉鎖、もしくは休止してしまうんです。 その主な原因は、富岡さんがおっしゃったように、管理者に訪問看護ステーションをきちんと運営する知識やノウハウが不足していること。せっかく「訪問看護をやりたい」と情熱をもった新任管理者さんが行動を起こしても、在宅特有のレセプト業務や地域連携といった難しい壁にぶつかり疲弊してしまいます。こうした問題をなんとか解決すべく、私たちも研修を行っているんです。 中村: どのような研修なんですか? 野崎: たとえば、岐阜県では訪問看護認定看護師協議会に所属する15人の訪問看護認定看護師が集まって、地域の新任管理者や着任3年以内の訪問看護師が悩みを打ち明け、解消できる場を提供しています。管理者同士、新人同士でお互い悩みを話し合ってもらうんです。 こうした研修会は、日本訪問看護財団や事業協会が全国で行っています。新任管理者、新人訪問看護師の育成のためには、研修会やステーション内のケアカンファレンスなどを頻回に行うのが重要だと考えています。 富岡: 私が所属する事業所にも、新任管理者の方が体験研修にいらっしゃり、その後も引き続き相談を受けるケースは多いです。ただ、時間がないために相談先を探せず、ひとりで問題を抱え込んでしまう方も少なくないと思います。 >>関連記事日本訪問看護認定看護師協議会や訪問看護認定看護師の取り組みについてはこちら「訪問看護認定看護師」シリーズ一覧https://www.ns-pace.com/series/certification-nurse/ 訪問看護師、新任管理者の相談先 中村: 今問題を抱えている方は、どちらに相談するのがよいでしょうか? 野崎: 各都道府県にある訪問看護ステーション連絡協議会や、訪問看護支援センターが相談に乗ってくれますよ。私たちのような訪問看護認定看護師や在宅ケア認定看護師も頼ってほしいです。訪問看護認定看護師は全都道府県にいるので、訪問看護ステーション連絡協議会ホームページを参照し、ぜひお近くの者にご連絡ください。 また、連絡協議会では、コンサルテーション事業やメール相談も行っています。実際にたくさんの管理者さんから相談を受けているので、みなさまも遠慮なく活用してください。あとは、経験豊富な訪問看護師からアドバイスをもらうのも手だと思います。 中村: ありがとうございます。 >>後編はこちら訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

新卒採用の意義&スタッフとのコミュニケーションで心がけていること
新卒採用の意義&スタッフとのコミュニケーションで心がけていること
インタビュー
2024年5月28日
2024年5月28日

新卒採用の意義&スタッフとのコミュニケーションで心がけていること

新卒訪問看護師を積極的に受け入れている「医療法人ハートフリーやすらぎ」。常務理事で統括管理責任者の大橋 奈美さんに、新卒採用をすることの意義や経営・運営面で気を付けていることなどを伺いました。 大橋 奈美(おおはし なみ)さん医療法人ハートフリーやすらぎ 常務理事、統括管理責任者。看護学校卒業後、総合病院等に勤務。2004年に医療法人ハートフリーやすらぎに入職。自身も現役の訪問看護師。日本訪問看護認定看護師協議会 代表理事。医療法人ハートフリーやすらぎ:https://www.heartfree.or.jp/ デイサービスや診療所で経験値を積む意義 ─医療法人ハートフリーやすらぎでは、新卒採用を積極的に行われています。新卒で入職した方は訪問看護・デイサービス・診療所など複数の事業所を経験されるそうですが、その意図を教えてください。訪問看護の場合はご家族の目もありますし、新卒をはじめ入職したばかりのスタッフにとって安心・安全にケアできる場所ではないと思います。ですから、デイサービスで吸引、沐浴、浣腸などの場数を踏むことや、診療所で医師の診療を間近でみること、採血などの経験を積むことが、とにかく大事なんです。経験を積んで熟練すれば、訪問先でも「いつものようにやればいい」と、安心してケアができるようになる。それが大きなメリットのひとつですね。 また、ただでさえ若い方はまだボキャブラリーも限られていますし、やらなければならないケアがたくさんあるなかで、利用者さんやご家族と上手に喋るのは難しいです。でも、デイサービスで働くことで話術に長けてきて、訪問先でご家族とお話しできることも増えてきます。利用者さんのことがわかってくるので、「おうちではこんな顔するんですね。デイサービスのときは…」と話題を広げることや、浣腸して「この後大体3分ぐらいで出ますよね」とお伝えする、といったことができるようになります。 看護師側のメリットだけではなく、利用者さんやご家族にとってのメリットもあります。やっぱり馴染みのある「いつもの看護師」だとご家族・利用者さんにとっても安心感があり、いつもデイサービスで顔を合わせている看護師が通学支援や訪問看護に来ると、喜ばれますね。 ─デイサービスでは、ご家族にお子様の様子を写真付きで毎日ご報告されているとのこと。こうした対応も丁寧にされているんですね。 ええ、毎日送っています。「こんなふうにお風呂に入れています」とか「一緒に寝ています」といった写真を見るだけで、「自分の子が一人にされていない」と安心できますし、充実した時間を過ごせていることが伝わると思います。保護者の皆さまも「写真が全部かわいい」って喜んでくださいます。 また、入職したばかりのスタッフがいても、写真を通じてきちんと優しく丁寧にケアしていることが伝われば、ご家族に安心いただけますよね。訪問看護でご自宅にお邪魔するときにも、「知らない人」ではなくなります。「新しいスタッフをよろしくお願いします」という意味合いも込めて送っているんです。 ─先輩看護師が若手看護師に訪問看護の同行を頼むケースもあると伺いました。 うちではよくありますね。例えば訪問先のお子さんが大藪くん担当だと、先輩看護師が「大藪くんにも来てほしい」と言います。新卒かどうかなんて関係なく、大藪くんは「その子について一番詳しく知っている看護師」だからです。 「その子にとって快適か」はデイサービスで担当している看護師のほうがよく把握していますし、ちょっとした変化に気づくことができます。経験や技術は先輩のほうが上でも、その子特有の傾向や好みはわかりませんし、先輩といえども個別のケースすべてに対応できるわけではなく、不安なものは不安なんです。大藪くんはデイサービスでサチュレーション(酸素飽和度)が下がる急変にも立ち会ったことがあり、身構えることなく冷静に対応でき、先輩のフォローができます。 こういった様子をみていると、「入社してもらってよかったな」と思いますね。新卒スタッフたちの成長は本当に早くて、私たちが教えてもらうことも多くあります。 >>関連記事・ハートフリーやすらぎ 大藪さんのインタビューはこちら言葉以外からも読み取れる感情 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護・ハートフリーやすらぎ 石川さんのインタビューはこちら自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護 「その子を一番知る看護師」に任せる ─大藪さんも石川さんも、インタビュー時に「信頼されて任されることが嬉しい」とおっしゃっていました。 それはよかったです。入職当初は大藪くんも石川さんも当然ぎこちなかったのですが、今では「みんなと歌って、リズムをとって楽しそうでしたよ」「お風呂が気持ちよくて『もう一回』と言うので、もう一回入りましたよ」といったことをデイサービス後に自然にご家族にお伝えしています。こういった他愛のない会話が、ご家族にとってはすごく嬉しいものですし、そういった様子をみていて、安心して任せられると思っています。 私も、「したいことができない環境」にいた時期があったので、できるだけ利用者さんをよく知る看護師たちに判断を任せたいという思いがあるんです。 ―差支えない範囲で、「したいことができなかった」ご経験について教えてください。 病棟時代、末期がんの患者さんたちの大部屋を担当していたことがあるのですが、患者さんのご希望もあって、みんなで楽しく合唱したことがあるんです。そうしたら、次の日に患者さんが別の看護師に「昨日の看護師さんを呼んで」とおっしゃいました。その看護師は面白くなかったようで、師長に「歌を歌うのが看護なんですか」と言い、私は師長から「歌手じゃないねんから、やめなさい」と注意されました。 たった3分の歌を、余命いくばくもない方々と合唱することは、してはいけないことでしょうか。私はそうは思いません。あの時間は、その人の生きる力、輝く力を引き出した時間だったんじゃないかと思っています。私は、そのときの患者さんに、ベストだと思う手段を使って寄り添うことが大切だと思うんです。 新卒スタッフは「見て学ぶ存在」と認識する ─新卒採用について、経営的な観点でどうお考えかについても教えてください。 新卒スタッフの初年度の給与(約400万円)はマイナスで計上していて、元から採算ラインには乗せていません。訪問看護のほうで利益が出ていますし、あくまで新卒スタッフは「働くなかで見て学んでいく存在」として捉えているんです。1~2年経てば活躍してくれますし、3年経てば病院に負けない立派な看護師になりますから、1年目がゼロでもまったく問題ありません。 新卒スタッフは、ここにいてくれるだけでいい。利用者さんの体を支えてくれるだけでもありがたいです。「だって新卒だもん。できるわけがないやん。できちゃったらうちらはどうすんのよ」っていう考えですね。最初から採算だけを考えると、なかなか新卒採用に手を出せないかもしれません。 また、例えば診療所に通院されている地域のご高齢の患者さんたちは、新卒で入った看護師の成長の「役に立ちたい」とおっしゃってくださり、採血に失敗しても「この子にやらせてあげて」と私に手を出させないくらいです(笑)。本当にありがたいことですね。その看護師が成長してその方のところに訪問看護で伺うと、「立派になったね」と言ってくださったり、看護師のほうも当時の思い出を語れたりするわけです。こうした地域での素晴らしい関係性がつくれているということも、大きなメリットだと思っています。 安心感と自信をもたらす雰囲気づくりが大切 ─皆さん本当に生き生きと働いていらっしゃる様子が伝わってきますが、職場の雰囲気をよくするために意識されていることはありますか? そうですね、雰囲気づくりは一番意識していますし、努力している部分です。だからみんな明るいですよね。みんなに「ここにいていい」と思える安全な場を提供したいと常日頃から思っています。 ただ、私が安全な場を作っているつもりでも、みんなが本当に安全な場だと感じられなければ意味がありません。なので、「ありがとう」を意識的にたくさん伝えることで、「ここにいていいんだよ」というメッセージや、相手の存在を認めるメッセージを出すようにしています。 ─ハートフリーやすらぎにはプリセプター制度がありませんが、それも雰囲気づくりとつながっているのでしょうか。 そうですね。決まった教育係などいなくても、その都度聞きやすい人に聞けばいいですし、聞きにくい人には聞かなくていいと思うんです。「合う人」というのは人によって違うわけですから。 私自身、病院のプリセプター制度で合わない方と組むことになり、我慢をしていた時期がありました。「すべてプリセプターを通す」ことで生まれる非効率さや不合理さもあって、例えば質問をして1週間待ってOKと言われたことが、後で別の指導者からNGだと言われることもあったんです。そんなやり方がいいとは、どうしても思えない。だからここではプリセプター制度を採用していません。 その上で、所長や管理職、先輩方にお願いしてるのは、何か聞かれたときに「前も言ったやろ」「3回目やで」などとは絶対に言わないでほしいということです。繰り返し聞くことで叱られるのなら、もう聞かないでおこうと思うようになって当然です。その結果、医療ミスが発生する…といった悪循環を、病院でも見てきました。確認されたことに対しては「偉いやんか。さすがやな」といった言葉で迎える。理由を聞く際は「なんで?」と攻撃的に聞くのではなく、優しく事実を確認する。そういう文化が定着するようお願いしています。 ─意識して文化を醸成されているんですね。 そうですね。あとは、新卒スタッフに対して「プロセスを言語化する」ことも意識していて、近くに新卒スタッフがいるときは、「今何をしているのか」「どうしてこうしているのか」というのをしっかり声に出して伝えるようにしているんです。みんな丁寧にやってくれていますね。 新卒スタッフは「いっぱしの看護師」ではなく、「みんなで教育する人」であり、逆に「私から教わってくれてありがとう」「覚えてくれてありがとう」と感謝する姿勢が大事だと思っています。この「ありがとうの文化」を作っていけば、「ここにいていいんだ」と思ってもらえると信じています。 ―ありがとうございました! ※本記事は、2024年2月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace 編集部

漫画「役割を求めて」訪問看護アワード
漫画「役割を求めて」訪問看護アワード
特集
2024年4月23日
2024年4月23日

大賞エピソード漫画化!「役割を求めて」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第2回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。大賞を受賞したのは、訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府)の岡川 修士さんの投稿エピソード、「役割を求めて」です。 今回は、大賞エピソードを『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』著者の広田奈都美先生に、全11ページの漫画にしていただきました。ぜひご覧ください! >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。 >>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者:岡川 修士(おかがわ しゅうじ)訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府)「役割を求めて」は、私一人でやったことではなく、加東さんの想いがあり、社長の井上の判断があり、ポジティブに受け入れてくれる仲間がいることで生まれたエピソードです。みんなでやってきたことを認めてもらったので、嬉しいの一言に尽きます。社長の井上からも「岡川さんがセンサーを働かせて相談してきてくれたことや、加東さんの雇用に関して反対するメンバーが一人もおらず、みんな心から喜んでくれたことでこのエピソードが生まれました。本当に会社をつくってよかったと思いましたし、人に恵まれて幸せです。そして、一つの結果としてこういった素晴らしい賞をいただけて、とても嬉しく思っています」というコメントをもらいました。ステーション一同、感謝の気持ちでいっぱいです。利用者さんの背景や状況は多岐にわたりますが、仲間と一生懸命頭をひねって知恵を出し合う時間は、とても尊いものだと思います。これからも頑張っていきたいと思います。 * * * 次回、「第3回 みんなの訪問看護アワード」の「つたえたい訪問看護の話」エピソードは、2024年秋から応募開始予定です。 [no_toc]

【学会レポート】第13回日本在宅看護学会学術集会
【学会レポート】第13回日本在宅看護学会学術集会
特集
2024年3月26日
2024年3月26日

【学会レポート】第13回日本在宅看護学会学術集会 「在宅看護、すぐそばに在る」

2023年11月18・19日と2日間にわたり、クロス・ウェーブ船橋(千葉県船橋市)にて「第13回日本在宅看護学会学術集会」が対面・オンラインのハイブリットで開催されました。学術集会長は、東京医療保健大学教授・清水準一氏。学術集会テーマは「在宅看護、すぐそばに在る」です。聴講したNsPace(ナースペース)編集部が学会の模様をレポートします。 テーマは在宅看護へのアクセシビリティ 学会冒頭の学術集会長講演の中で清水氏が訴えたのは、在宅看護へのアクセシビリティの重要性。いまだに在宅看護にアクセスできない方は多く、地理情報システム(GIS)活用の有効性や、地理的関係を考慮した需要の分析・把握していく必要性、若い世代が離脱せず、シニア世代がアクティブに働ける環境づくりの重要性などが語られました。 シンポジウム・教育講演報告 数多くの演目がありましたが、シンポジウム(公開討論会)と教育講演について、編集部がピックアップしてレポートします。 『在宅看護専門看護師の誕生、役割の充実から今後の展望を考える』 座長:鹿内あずさ氏、長内さゆり氏 シンポジスト:河原加代子氏、長内さゆり氏、岩本大希氏 高齢者の医療・介護の需要が増大し、在宅看護への社会的ニーズが高まる中、2012年に誕生した在宅看護専門看護師の役割が重要になってきています。在宅看護専門看護師に求められる6つの役割は「実践・相談・調整・倫理調整・教育・研究」とのこと。これに加え、地域住民や関連業界から信頼を得るためのPR(Public Relations)や、「最期まで安心して暮らせるまちづくり」への取り組みの必要性にも言及されました。地域共生社会の段階で住民同士が気にかけ合う関係性づくりや、その仕掛けをつくることも期待されており、在宅看護専門看護師は今後の社会において不可欠な存在であると感じました。(編集部I) 『看護師として「遊ぶように働く」ための業務効率化とテクノロジー活用』 座長:吉江悟氏 シンポジスト:藤野泰平氏、宮武晋治氏、大田章子氏 少子高齢化社会において訪問看護のニーズが増加する一方、その担い手が減少していることの解決策を追求すべく、業務効率化、テクノロジー化の必要性について議論されました。効率化が現実となれば、ケアを届けること、磨くことに時間をかけられます。また、アウトソーシングの需要が高まり、外部のリソースやノウハウを活用する動きについても注目。生成AIの活用事例が挙げられ、テクノロジーを活用しながら「遊ぶように働く」ことが、担い手の負担軽減につながる可能性があるのだと学ぶことができました。(編集部I) 『離島・過疎地域におけるICTを利用した遠隔死亡診断と看護』 講師:尾崎章子氏、座長:吉原由美子氏 医療にアクセスしづらい地域における遠隔死亡診断に関する教育講演でした。講演内では、「最期は島の土にかえりたい」と希望する島民は少なくないということ。しかし、本土の病院に移って最期を迎える方が多く、その願いは叶えられにくい現状にあることが共有されました。離島では、円滑に死亡診断書を交付できないことが理由で、火葬できなくなるおそれもあるとのこと。このような状況を踏まえて策定されたのが「ICTを利用した死亡診断書等ガイドライン」。このガイドラインを正しく運用するためには、医師の死亡診断をサポートする看護師が制度について正しく理解することが重要とのことでした。(編集部I) 交流集会報告 続いて、交流集会についてもピックアップしてご紹介します。 『難病療養者の災害の備えについて 防災用品を実際に体験してみよう!』 企画:今福恵子氏 ほか 本集会では、災害への備えに関する調査結果や実践内容の共有、防災用品の体験等が行われました。災害対策用のマニュアル作りや訓練が重要であること。そして、日々利用者のアセスメントを行う看護師は、災害時に状況を推測して適切な対応を行う能力を持つ重要な存在であることが示唆されました。防災グッズの体験については、「意外に力がいる」「大きな音がする」など、試さなければわからない気づきが多くありました。参加者の方々も、自身の事業所の災害対策に活かそうと熱心に体験する様子がみられました。(編集部N) 『BCP―作った?使った?よかった?』 企画:日本在宅看護学会 業務委員会 BCPを策定した日本在宅看護学会 業務委員会の方々より、各事業所のシミュレーションや訓練の実例が発表されました。備蓄の量やそれにかかる経費など、具体的な話に踏み込んで情報共有されました。災害を経験された方からは、「持ち運び可能なマニュアル」が必要というお話も。こうした場で知見が共有されることで、災害時の状況や対応を具体的に想定でき、「自分事」として捉えやすくなる貴重な場だと感じました。(編集部N) 『訪問看護事業所におけるBCP(事業継続計画)とBCM(事業継続マネジメント)』 企画:石田千絵氏 ほか NsPaceの記事([1]そもそもBCPって何だろう?)でご執筆いただいた石田千絵氏をはじめ、訪問看護BCP研究会によるBCP・BCM策定に関するノウハウが発表されました。BCPのみならず、BCMも作る必要があること、具体的なフォーマットや地理情報システムの使い方などにも言及。2024年4月の義務化に向けての実践的な解説がありました。今後特に注目すべき課題であることもあり、参加者の方々は熱心に聞き入っていました。(編集部F) 『新卒訪問看護師を「活かし・育てる」人材育成を考える』 企画:岡田理沙氏 ほか 訪問看護師の人材育成の研究をされている中村順子氏による講演や、参加者との意見交換などが行われました。課題が多いと言われている新卒訪問看護師の人材育成。「教育」を意識するよりも「面白さを分かち合える仲間になる」という気持ちを強く持つことで、結果的によい人材育成に繋がるという示唆がありました。参加者の新卒訪問看護師さんからは、「次は自分が先輩として寄り添いたい」という声も聞かれました。(編集部F) 参加者・受賞者・学術集会長のコメント 学会の参加者、主催者等のコメントもご紹介します。 情報交換会 参加者の声 1日目の終わりに行われた「情報交換会」では、登壇者や聴講していた訪問看護師・企業など、多様な方々によって情報交換が行われました。参加者の中には、訪問看護ステーションの立ち上げを考えている若手看護師も。「登壇者や参加者には若い訪問看護ステーション管理者の方もいて、勇気づけられました。情報交換会も有意義で、2日目にも情報交換会がほしいくらいですね」との感想コメントをいただきました。 学術集会賞 受賞者コメント 閉会式では、一般演題(口演・示説)からの表彰も行われました。「学術集会長賞」を受賞したのは、野口麻衣子(東京医科歯科大学)氏、山花令子氏、砂田純子氏の「専門性の高い看護職による訪問看護師への遠隔相談の試行と実用可能性の検討」でした。野口氏のコメントをご紹介します。 学術集会長賞をいただき、本当に嬉しく思っています。専門性の高い看護職による訪問看護師への遠隔相談、その思考と実用可能性の検討について発表し、その後も耳を傾けてくださった皆さまとお話する機会を持つことができました。遠隔相談の試行時には皮膚・排泄ケア認定看護師さんとがん看護専門看護師さんにご協力いただいたのですが、ニーズが多い精神科・小児科などでの実施や自治体とのコラボレーションについての示唆もいただきました。この領域への「期待」として受け取っています。 学術集会長コメント 最後に、学術集会長・清水準一氏(東京医療保健大学)のコメントをご紹介します。 学会に集まった皆さまは、現場においてさまざまな悩みを抱えているかと思います。今回の学会を通じて、共感することや、新たなアイデアを得ることがあったはず。それこそ学会の原点となるものです。研究と研究を戦わせ、自分のやり方を洗練させていくという流れこそ、ひとつの大きな醍醐味といえるのではないでしょうか。そして、若い方々の新しい発想・取り組みが多いことに感激しました。コロナ禍での停滞を乗り超え、今後大きく発展していくという期待を持ちました。 また、コーディネーターとして秋山正子さんをお招きし、故 村上紀美子さんの追悼ができたことも、研究とは異なる意味合いで印象的でした。ひとつの場所に集まることで、想いを共有できることを実感しました。 * * * 本学会では、多くの方々が集まって積極的に議論を交わし、在宅看護の課題に向き合う場となっていました。最新の実践状況や取り組みも共有し、新たな気づきを得た方も多かったようです。2024年の第14回日本在宅看護学会学術集会のテーマは「可能性がインフィニティ(∞)在宅看護」。次の学会にも注目していきましょう。 取材・編集:NsPace編集部執筆:倉持 鎮子

yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
インタビュー
2024年3月19日
2024年3月19日

自分らしく楽しく働ける組織にするために。スタッフを応援する制度&風土

岡山市を中心に、訪問看護ステーション、定期巡回型随時対応型訪問介護看護、居宅介護支援事業所、デイサービスなどを展開するエール。今回は、立ち上げ後に印象に残っているエピソードや、スタッフの教育や自身の学び直し、そして今後の展望について経営者の平田さんに伺いました。 >>これまでの記事はこちら訪問看護ステーション併設の定期巡回・随時対応サービスのメリットとはニーズに応じて事業を拡大。限られた社会資源で地域の幸福度を上げるために 平田 晶奈さんエール 代表取締役社長国立病院機構岡山医療センター小児病棟、岡山県精神科医療センター児童思春期病棟での勤務を経て、在宅支援の必要性を感じ訪問看護師へ転身。地域で在宅療養支援をする中で、地域包括ケアシステム構築のためには、24時間365日の在宅サービスが必須であると確信し、2015年に訪問看護ステーション エールを設立。定期巡回随時対応型訪問介護看護「ケアステップ エール」、介護サービスを利用したい方のケアマネジメントを行う居宅介護支援事業所「ケアメイト エール」、医療ケアが必要な重症心身障がい児・者のデイサービス「すくすく エール」を展開。https://yell-oka.com/ 利用者さんのために主体的に考え、動く姿勢 ―2015年にエールを立ち上げてから、特に印象に残っているうれしかったエピソードについて教えてください。 たくさんありますが、2つご紹介します。 まずは、スタッフにまつわるエピソードとして、一度エールを去った方が再び戻って来てくれたことはとてもうれしかったですね。ほかの施設で働いたことで、「エールが大切にしている利用者さんに対する想いや寄り添い方、社内体制の素晴らしさが改めて分かり、こういう環境で働けることが幸せだったと気づいた」と話してくれました。 利用者さんのエピソードとしては、NICU(新生児集中治療室)の退院後からエールの訪問看護でサポートしている5歳の男の子の利用者さん、Aくんについてご紹介します。Aくんは人工呼吸器を装着しており、退院してから基本的にご自宅、もしくは病院で過ごされていました。でも、2022年にエールがデイサービスを開始したとき、保護者の方から「エールが運営するなら安心して任せられる」というありがたい言葉をいただいて。デイサービスを利用していただくことで、Aくんは初めて「地域デビュー」することができたんです。 また、Aくんには小学生のお兄ちゃんもいます。医療的ケア児がいるご家族は長時間の外出や旅行が難しい傾向にあり、そのお兄ちゃんもかなりの我慢をしていたと思います。なので、ご両親がAくんをショートステイに預けて、お兄ちゃんが行きたかったテーマパークへ夏休みにご家族で遊びに行くという計画を立てていたんですね。ところが、コロナ禍に突入して、残念ながらショートステイが利用できなくなり、その計画が中止に。 訪問看護でお家にお邪魔したスタッフが、落ち込んでいるお兄ちゃんの姿を見て事情を伺い、「何とかしたい!」と私に相談してきたので、「それは何とかしなきゃ!」と検討しました。そして、深夜の2~3時頃にAくんをデイサービスで預かり、ご家族は車でテーマパークへ。日中は目いっぱい遊んで、お父さんとお兄ちゃんだけホテルに泊まり、お母さんは終電で戻ってきていただきました。お母さんは大変だったのですが、なんとかお兄ちゃんに夏休みの思い出をつくってあげることができた、と喜んでいただけました。 今お話ししたエピソードは本当に一例で、人工呼吸器を装着する利用者さんが成人式に出席したり、七五三の写真を撮影したり、ご要望の場所にお出かけしたりと、スタッフが主体的に提案して実現している場面がたくさんあります。利用者さんの喜ぶ顔をみるのもうれしいですし、利用者さんに寄り添ってスタッフたちが主体的に提案・行動してくれることが、経営者として本当にうれしく思います。 ―ありがとうございます。逆に、苦しかったエピソードも教えていただけますか? スタッフと対面でのコミュニケーションが取れなくなったコロナ禍は苦しかったですね。ママさんスタッフの中には、子どもの預け先がなくて仕事を継続できなくなった方もいて、人数が減ったことで組織が不安定な状態に陥ったこともありました。 でもそのとき、「組織が未熟だから、コロナという荒波で船が転覆しそうになったのだ」と気づけました。どんな困難に遭遇しても、自分たちで立ち上がり、対処できる組織にしていかなければいけないと思ったんです。そこから、社員教育にさらに力を入れるようになりました。これまでのスキルアップや資格取得の研修に加え、人間関係やチームビルディング、自らの価値観を知るといった研修も取り入れています。 同時に、スタッフが増えて組織が成長していく中で、私ひとりだけが情報を発信する体制では難しいと考え、組織内での情報共有のしくみ化も重要視しました。管理職の育成に注力し、2020年頃からは月1回の管理職研修も導入しています。この研修では、経営戦略や訪問看護に関するスキルアップだけでなく、管理職としてのあり方やスタッフと向き合う姿勢、理念に基づいた組織運営も意識しています。 デイサービスが小児のケアを学ぶ場に ―エールのスタッフさんの数は増加しているとのことでしたが、採用時にはどのようなポイントを重視されていますか? エールの理念に共感していただけるかどうかですね。経験は重視していないので、新卒の看護師もいます。在宅看護の現場こそ若い人たちの力で盛り上げていかなければいけないと思っていますし、地域医療でしっかり看護について学べる環境を整えたいとも思っています。現在平均年齢が38歳なので、比較的若手が多いと思います。 ―エールでは0歳児から高齢者まで幅広くケアされていますが、当然小児に関するケアが未経験の看護師さんもいるということですよね。どのように教育されているのでしょう。 そうですね、小児科経験のあるスタッフは1割程度です。現在は、2022年に開設したデイサービスが1つの教育機関としての役割を担っています。訪問看護の現場では、医療的ケア児のケアを看護師1人でしなければならず、相当なプレッシャーがかかります。でもデイサービスであれば、まわりのスタッフと一緒に利用者さんを看ることができ、わからなければ質問もできる。訪問看護に比べて利用者さんと長い時間触れ合えるので、慣れるのが早いことも大きなメリットですね。 また、訪問看護の看護師がデイサービスにもいるというのは、医療的ケア児の保護者の皆さまにとっても「いつもの看護師さんが看てくれる」と安心材料になるようで、とても喜んでいただいています。社員教育ができて、ご家族にも喜ばれて、デイサービスをつくったことで「Win-Win」な状態になったと思っています。 もちろんそれだけではなく、訪問看護の現場でも、小児看護未経験の看護師に対しては、ほかのスタッフがしっかり同行しています。「1回、2回同行してOK」ではなく、4回でも5回でも、大丈夫と思えるまで同行し、丁寧に引き継ぐことを大切にしています。 あとは、小児のケア内容は本当に個人差が大きいので、「ケアの見える化」を高齢者以上に大事にしていますね。終礼や引き継ぎなどでは実施したケアの内容を共有し、「なぜそれをやるのか」「次に何をすべきなのか」などをしっかり見える化して、トラブルが起こるリスクを下げています。 ―さきほど、コロナ禍を経てより研修に力を入れるようになったというお話もありましたが、その他の教育制度や取り組みについても教えてください。 「利用者アンケート」を年1回実施し、この結果をもとに、日々の業務に何を入れ、どう改善していくかということを、各部署に考えてもらっています。入社時には、自身の強みが数値化されて導き出される「ストレングスファインダー」というテストも受けてもらっていますね。エールの経営理念は「人の可能性を信じ、応援する。」なので、自分の強みを組織や利用者さんにどう活かしていくかを大事にしてもらっています。また、それぞれの強みをオープンにしてスタッフ同士がお互いの強みを理解し合うことで、協力体制が生まれやすくなるよう心掛けていますね。 なので、私はスタッフに対して「突出している人がチームにいないようにしてほしい」と伝えています。1人だけ抜きん出た人がいたら、「ノウハウを共有してチーム全体のレベルを引き上げる」ことで抜きん出ていない状態にしてほしいと思っているんです。また、エールは一人でも多くの利用者さんに最高のケアやサービスを届けたいという目標があるので、自分たちが倒れては元も子もありません。75%~80%の労力で100%~120%の成果が出せるように、みんなで考えてやっていこうということも言い続けています。 ―社員を応援するための取り組みについて、表彰制度や資格取得応援の制度もあると伺っています。 はい。毎月、輝いているスタッフにスポットを当てるMVPを選出しています。「頑張っている人が報われる」組織でありたいので、頑張っている人を見逃さないように、スポットライトを当てることを大切にしているんです。私は投票権を持っておらず、管理職やスタッフがそれぞれの視点で候補者を挙げ、MVPを決めているのも1つの特徴です。最近では、異職種間の連携に注力して頑張ってくれた看護師が選ばれました。 スタッフの資格取得応援に関しては、取得した資格が目の前の利用者さんや地域、そして一緒に働く仲間たちにとってプラスになる場合、キャリア手当として給与に還元されるしくみも導入しています。スタッフは自己成長や達成感を得られますし、会社としても社員のスキルの向上になるので、Win-Winだと思います。 また、「やりたいことを見つけたら、先行して実行している施設にぜひ見学をお願いしてみて」とも言っています。自分たちで学ぶ場を企画・実行するといったことも、主体的にやってもらっていますね。 ―例えば、スタッフの皆さんはどんな資格取得にチャレンジされているんですか? 介護士だと喀痰吸引と経管栄養の注入ができる資格、看護師であれば遺品整理士や終末期ケア専門士の資格を取得したケースもありました。利用者さんのニーズを見つけて、それに応えるためにチャレンジする人を評価していますね。 訪問看護だと「認定看護師」「専門看護師」「特定行為」が突出して評価されがちな印象があり、もちろんこれらも大事ですが、本当に利用者さんのケアに活かせているかが大事だと私は思っています。遺品整理や終末期ケアの専門知識も、利用者さんにとっておおいに価値があると思うんです。 経営者こそ学び続ける必要がある ―平田さんは、社会人向け専門職大学院で事業構想を学ばれたり、経営学や看護管理学などを教える勝原私塾で学ばれたりもしています。学び続ける理由を教えてください。 経営者は誰かに怒られたり、注意されたりすることが減っていくので、「勘違い」が始まるんです。学びの世界に足を踏み入れると、自分がいかに無知で、至らない部分があるのかを思い知らされるので、経営者こそ学び続けることが大事だと思っています。 スタッフの前では、夢や理想論はいくらでも語れます。実際に実現に向けて努力していますが、多くの困っている人々をサポートするためには、「エールだけがケアできる」という状態ではダメだとも思うんです。だから、自分に問いかけます。「この施設でできることが、ほかの施設でもできるの?」「私のことを誰も知らない場所で、私は同じことを語れるの?」と。そこで「できる」と言えたら本物ですが、そうでないなら、それは本物ではない。だから、どんな場所でも説得力を持って「できる」と言えるように、学び続けています。 実際、学び場ではこれでもかというぐらい指摘・批判される経験をします(笑)。そうすると、注意されて成長しているスタッフを見て「頑張っているんだな」と思えるし、尊敬もできる。学ぶことで自分の視野が広がり、「こうすべき」という固定観念に縛られた発言をしたり、スタッフの意見を受け入れなくなったりすることも減っていくと思います。 事業拡大で若手がチャレンジできる場を ―最後に、エールの今後の展望について教えてください。 まずは管理職も育ってきた今、サービスの提供エリアを広げて、1人でも多く、地域で安心して暮らせる方が増えるように尽力していきたいです。エリアを拡大すれば新しいニーズが見つかるかもしれないし、ニーズ自体が変わっていくかもしれません。また、事業所が増えれば役職も増えるので、若手社員がチャレンジできる機会が増え、キャリアアップの目標にもつながります。「人の可能性を信じ、応援する。」という当社の理念にもマッチします。これからも、会社もスタッフも私自身も、成長できるように努力したいと思います。 ―ありがとうございました! ※本記事は、2023年12月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

ノーリフティングケアのコスト&導入法
ノーリフティングケアのコスト&導入法
インタビュー
2023年11月14日
2023年11月14日

在宅の介護・医療に導入が難しい…は誤解? ノーリフティングケアのコスト&導入法

前編では、介護側の腰痛を防ぐ「ノーリフティングケア」の普及に努める理学療法士の下元 佳子さんに、リフトを導入するメリットについて伺いました。今回は、ノーリフティングケアの導入を悩んでいる要介護者やご家族への説明のしかたや、訪問看護ステーションの管理職がやるべきこと、そして、下元さんが考える今後の課題や展望などについて伺いました。 >>前編はこちら知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 ノーリフティングケアの導入コストの考え方 ―「在宅介護ではノーリフティングケアは無理」と考える利用者やそのご家族もいるかと思います。そう思われている方には、どのように説明されているのでしょう。 下元: 私が携わる訪問看護ステーションでは、2割強の方がリフト利用者です。導入を職員が当たり前のように考えており、介護士や看護師がリフトを必要だと判断すれば、事業所のノーリフティングのリーダーである理学療法士に伝え、一緒に要介護者の自宅に訪問します。そこでメリットや使い方を説明した上で、リフト導入につなげる、といった連携ができています。 要介護者やそのご家族が、在宅での導入は難しいと思う理由はいろいろあります。1つは、「コストがかかる」と思われる点です。確かに福祉用具を購入すると導入時に一定料金がかかりますが、訪問介護をはじめとした人的ケアになると、回数を重ねるごとにお金がかかります。週3回、2人のヘルパーが訪問するよりも、リフトの導入と1人のヘルパーが訪問するほうがかかる費用は安いのです。 ただし、障害児者の場合は、地域によって負担金が異なります。行政から福祉用具の費用が支給される県もありますが、高知県はあまり条件がよくありません。例えば浴室と寝室用にリフトを購入すると、自費負担額が200万円ほどかかるケースも多くあります。でも、実際に導入したご家庭のお母さんに話を聞くと、「介護する自分の腰痛が酷くなって病院やマッサージに通うのなら、早く購入したほうがいい」とおっしゃっていて、お金の使い方は考え方次第だなと感じました。また、厚生労働省による生活福祉資金貸付制度もあり、こうした制度を活用すれば、ほぼ利子がかかることなくお金を借りることができます。 ―老々介護など、介護されるご家族には高齢者の方もいて、操作が難しそうと思う人もいるかと思いますが、どのように説明されていますか。 下元: 基本の使い方を覚えれば、力もいらず、テクニックやコツも要らないのがリフトのいい点です。上・下のボタンしかないので、テレビのリモコンよりも操作は簡単。「シートを体に装着するのが難しそう」とおっしゃる人には、「おむつ交換やお洋服の着替えよりはるかに簡単ですよ」とお伝えします。すると、無理だと思う理由がなくなって試してくださる。ご家族にも乗っていただくと「わ~、気持ちいい」とおっしゃって、導入につながりやすくなります。 話すだけではイメージが湧かないので、リフト利用者に許可をいただき、実際の利用風景の動画を撮影して、導入に悩む方に見せるようにもしています。その際、可能な限り、同年代や同じ疾患がある要介護者の動画を選んで見せるようにしています。そうすると、「これなら活用できるかも」と思ってもらいやすくなるんです。 「部屋のこの辺りにリフトがあると困る」「このくらいの姿勢しか取れないから、吊ることができないと思う」など、要介護者一人ひとり異なる事情に耳を傾け、一緒に解決していく姿勢が大事だと思います。「使えない」「無理そう」という壁は、本人や家族自身が作られているように思うので、その壁を取っ払っていくことが大切ですね。 なお、リフト以外の福祉用具についても、それとなく興味をもっていただけるように工夫しています。要介護者を動かしやすくなるベッドシートや、するっと滑ってラクに動かせる安価なグローブを使って動かす、といったことを、あえてご家族がいらっしゃる場で行うと、「それは何ですか?」とあちらから興味を持って聞いてくださる。「これなら簡単かも」と思ってもらえます。 独自の介護が子どもに悪影響を及ぼすことも ―医療的ケア児の場合には、ご高齢の利用者とはまたコミュニケーションの取り方が変わってくるように思います。アドバイスいただけますか。 下元: 医療的ケア児の保護者の中には、介護士や看護師に対し、「こんな風にやってください!」と強い口調でおっしゃる方もいらっしゃいます。お子さんを誰よりも長く介護されているので、「この向きで抱っこして、こうやってご飯を食べさせてほしい」など、自分流の介護方法を介護士などに求めていらっしゃるんですね。でも、専門家から見れば、「側弯や股関節の脱臼など課題や本人の今後を考えると、介護方法を変えた方が良いかな」と思うことも少なくありません。 でも、そのように頑なになられる理由は、「自分が頑張らなきゃ」という状況に追い込まれ、孤独感を抱えながら試行錯誤してこられたからですよね。この状況を解消するためには、もっと早い段階から専門職である我々が、正しい介護知識をお伝えすべきなのだと思っています。私自身、高知県内の支援学校はほぼすべて周り、「こうした抱っこのしかたは筋肉を緊張させるんですよ」などと知識を伝えています。 看護師や介護士は、プロとして親と一緒に子どもにとってベストな介護方法を考え、実践していくことが大事だと考えています。その方法の1つとして、「リフトの活用が子どもの安定した介護になる」という認識につながればいいと思いますね。 ―実際に導入された人は、どんな風に活用されているのでしょう。 下元: うちの施設でリフトを導入された方の介護者の最高齢は80代の女性で、杖を突いて歩かれる要介護1の方でした。98歳のお母様を102歳の寿命を全うされるまで在宅で介護。トイレ、浴室、居室もすべてリフトを設置し、入浴もトイレも介助できていました。ティルト・リクライニング車いすや介護用ベッド、玄関に昇降機を導入するなど、たくさんの福祉用具を積極的に活用され、介護ヘルパーは不要とおっしゃるほどで、介護保険が余っている状態だったのです。人的サービスから介護プランを組んで福祉用具を導入すると、介護保険料が足りなくなるケースがありますが、福祉用具の活用から介護の方法を考えるというのも1つの手だと思います。 ―リフト利用者やそのご家族の現状を伺いましたが、「在宅だから導入が難しい」と考えている訪問看護師さんも多いかと思います。下元先生の考えや取り組み、訪問看護師さんへのアドバイスをお願いいたします。 下元: リフトのような大きな福祉用具になると、訪問看護側に経験がないと、どのリフト会社を選べばいいのか分からないというところでつまずきます。導入までの意思決定は難しいと思うので、福祉用具の企業のリフトに関する知識がある人に相談し、アドバイスをもらうといいと思います。 また、リフトの導入実績がある福祉用具のレンタル会社を探して相談するのもいいでしょう。1ヵ月だけ利用して、合わなければやめることもできます。 管理者は腰痛予防の体制を整えることが大事 ―訪問看護ステーションの管理者がノーリフティングケアを導入しようと考えたとき、何から始めてどんな流れで進めばいいのか、アドバイスをいただけますでしょうか。 下元: いきなりリフトの導入に取り組むのではなく、管理者がまずやるべきことは、腰痛予防の体制を整備することです。リフトは介護の手段に過ぎません。目的は、介護する人たちの腰痛を防ぐこと。つまり「リスクマネジメント」が重要になります。 例えば、スタッフに「負担になっている業務をあげてほしい」と伝え、心身の負担になっていることを出してもらいます。「要介護者のAさんの移乗がとても厳しく、いつ一緒に倒れてしまうか分からない」「人工呼吸器を装着しているBさんの家はとても狭くて、吸引するときの姿勢がとてもつらい」など、出してもらった負担はすべてヒヤリハットになるので、それを一つひとつ解決する方法やしくみを考えます。現場の人たちだけで解決するのが難しいときは、ケアマネジャーに伝えて担当者会議の議題に挙げられるような組織の体制を整えることが大事です。 リスクマネジメントにつながる「教育」も大事になります。リフトやシート、グローブといったアイテムの使い方を教えるだけではなく、「今の時代は、要介護者を抱え上げてはいけない」ということを、スタッフがきちんと理解するまで教育する必要があります。 看護師や介護士という職業はその道のプロであり、お手本にならなければいけません。誰が見ても「この人たちがやっていることなら、マネしても健康を損なうことはない。大丈夫」と思っていただく必要がある。そのためにも、介護における体の使い方に関するトリセツのような教材をつくればいいと思います。うちの施設でも、新入社員が入ってきたら、つくった教材を使って2時間ほどかけてリーダーが説明します。それを受講してから現場へ入っていくルールになっています。 また、厚生労働省が出している腰痛予防の指針に、要介護者を持ち上げるための重量制限について記載されています。例えば、60kgの男性だったら抱えていいのは24kgまで。女性だったら14kgなので、要介護者が子どもであっても抱えてはいけない場合があります。 参考: 〇厚労省の職場における腰痛予防対策指針及び解説https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000034et4-att/2r98520000034mtc_1.pdf また、リフトもトランスファーボートも、使える対象者の基準があります。こうした基準に沿って管理者はルール化し、リスクマネジメントを心がけることが必須だと思います。 ―今後の課題や展望を教えてください。 下元: 年々、介護現場では人材不足が深刻になっています。特に高知県は高齢化率が全国で2番目に高く、人口は3番目に少なく、国が危機感を持っている2040年代の状態に片足を突っ込んでいる状況です。そうした人材不足の危機感もあって、先立ってノーリフティングケアを実行しています。施設には9割近く導入されましたが、訪問看護はまだ進んでおらず、広げていきたいと思っています。 いずれにしろ、高知県が先がけてやっていても、全国的にノーリフティングケアが当たり前になっていかない限りは、いつまでたっても保険衛生現場の状況は変わりません。ぜひ、ノーリフティングケアの必要性を知り、訪問看護の場でも広げていただきたいと思います。 ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

漫画「新任訪問看護師からの学び」
漫画「新任訪問看護師からの学び」
特集
2023年8月30日
2023年8月30日

受賞作品漫画「新任訪問看護師からの学び<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、佐藤 理恵さん(一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション/神奈川県)の入賞エピソード「新任訪問看護師からの学び」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「新任訪問看護師からの学び」前回までのあらすじ佐藤さんが働く訪問看護ステーションの看護師は、50代がメイン。そこに、貴重な30代の新任訪問看護師 三上さんが入職しました。糖尿病・フットケアが得意分野で、小さな子どもたちを抱えながらも意欲にあふれる三上さん。教育担当の佐藤さんは、自身の経験も踏まえながら、負担をかけすぎず、でもしっかりスキルを生かせるように…と検討していきました。 >>前編はこちら受賞作品漫画「新任訪問看護師からの学び<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 新任訪問看護師からの学び<後編> 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師/訪問看護ステーション管理者。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1) エピソード投稿:佐藤 理恵(さとう りえ)一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県) 受賞のお知らせを聞いたときは「本当に?」と驚きましたが、漫画に登場する三上さんも、一緒に喜んでくれました。今回エピソードを投稿してみて、日々行っていることを言語化することは非常に大事なことだと思いましたし、言語化する過程で、「あのとき自分はどう考えたんだろう」と改めて振り返り、気づきを得る良い機会になりました。本当にありがとうございました。

漫画「新任訪問看護師からの学び」
漫画「新任訪問看護師からの学び」
特集
2023年8月29日
2023年8月29日

受賞作品漫画「新任訪問看護師からの学び<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、佐藤 理恵さん(一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション/神奈川県)の入賞エピソード「新任訪問看護師からの学び」の漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 新任訪問看護師からの学び<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「新任訪問看護師からの学び<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師/訪問看護ステーション管理者。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1) エピソード投稿:佐藤 理恵(さとう りえ)一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県)

ラダー&評価制度
ラダー&評価制度
インタビュー
2023年8月29日
2023年8月29日

訪問看護のラダー&評価制度 マネジメント層教育に残る課題への取り組み

訪問看護スタッフや管理者に対する評価制度としてラダーを採用しているソフィアメディ株式会社。今回は、特に「マネジメントラダー」における課題や、業界全体に求められる教育制度に関して、前回と同じくQM(クオリティマネジメント)推進グループの篠田 耕造さん、田中 麻奈美さん、福島 圭輔さんに、お話を伺いました。 >>前編はこちら訪問看護のラダー&評価制度 キャリアパスを「見える化」する意義 篠田 耕造さん/CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディ株式会社CQOに就任。田中 麻奈美さん作業療法士歴21年、ソフィアメディに在籍して13年目となる。訪問看護ステーションで従事していたが、産休・育休を機にキャリアチェンジし、バックオフィスの仕事も兼務。2020年よりQM推進グループに所属。スタッフ全般の育成プログラム作成、ラダー体制の整備などを行う。福島 圭輔さん理学療法士歴20年ほど。ソフィアメディには2013年に入社し、東京都大田区ステーション池上にてセラピストとして勤務。2016年分室であるステーション西馬込の主任セラピストとなる。2020年にバックオフィスへ異動。2020年から1年間採用担当、2021年からQM推進グループに所属し、管理者や主任など、マネジメント層に対しての育成、研修などを担当。※本文中敬称略 ※本記事は、2023年5月の取材時点の情報をもとに制作しています。 課題となるマネジメントラダーの作成 ─管理者に対する教育「マネジメントラダー」について教えてください。 福島: 現在QM推進グループでは、マネジメントラダーの作成も進めています。本来は全領域を網羅したラダーを一気に作成できるといいのですが、非常に難易度が高いため、段階的に作成しています。まずは、新任管理者を対象としたものから着手しました。先輩管理者から受けるOJTと、我々が作成するOff-JTが横軸で支援し、管理者を育成していきます。 また、弊社のビジョン、ミッションを達成するため、「管理者としてあるべき姿」の要件を挙げています。その要件を満たすための「6つの能力」を設定しています。「6つの能力」については、日本看護協会の病院看護管理者のマネジメントラダーを参考にし、そこから到達目標や具体的な基準と項目を加え、マネジメントラダーとして構築しました。 篠田:20代後半から30代前半の経験の浅い若手管理者がスタッフの育成や評価を行うのは、やはりハードルが高いものです。しかし、指定訪問看護事業所として、管理者が従業員の資質向上や研修の機会を確保する必要があり、新任管理者であっても育成・評価から事故・苦情対応まで幅広い役割が求められます。ですから、まずは新任管理者層を重視して育成し、プログラムについても現在作成している最中です。管理者育成の全体最適化はこれからですね。 QM推進グループ 打ち合わせの様子 縦軸と横軸でフォローを充実させていく ─Off-JTとOJTとも関わりがあるのですね。 篠田: はい、もちろん。QM推進グループではステーション支援の機能も持っており直接的なサポートも併せて行っています。マネジメントスキルの高い管理者が寄り添って行うOJT体制を推進しています。それらを「縦軸」とし、バックオフィスは、マニュアルを充実させる・研修を行う・システムを整えるといった「横軸」のフォローを行って、組織全体で新人管理者を支えるしくみを充実していきたいと考えています。いまが本格的に動き出した、というタイミングですね。 「QM推進グループで経験値の高い管理者を地域に派遣する」という支援方法もありますが、我々が目指しているのはそのようなかたちではありません。限られた人材でまわしていくのではなく、あくまでもステーションがあるそれぞれの地域に近い指導者が活躍してくれるのが理想ではないかと考えています。地域の特性や属性などを理解している人材を活かし、地域に根差すステーションをつくる、というところを目指したいんです。 全国的に訪問看護ステーションの量と質の拡大が求められる中で、一番の課題となるのは管理者不足と、その育成にあります。とはいえ、弊社は既に「管理者をやったことがないからできない」という言い訳ができる規模ではありません。全国にステーションを持つブランドとしてやるべきことは、そういった弱点といえる部分を放置せず、しっかりと支えて育成すること、リードタイムを短くしていくことではないかと考えています。もちろん、管理者以外のスタッフ育成やケアの質保証や向上に向けても整えていく予定です。 田中: たとえば、セラピストに関しても日本看護協会のラダーを参考にしながらラダーを作成しています。ただ、やはり全国を見てもセラピストにラダーを導入している実例がないので、なかなか苦戦しています……。運用して、現場の声を集めながら進めていきたいと考えています。「訪問看護にマッチするセラピストとは」といった面についてもこれから追求していく必要がありますね。 業界の大きな課題に立ち向かう先駆者 ─ここまでお話を伺って、業界全体の課題もあるように思いました。 篠田: はい。まさにこれからというところであり、いま粛々と、着実に進めているところです。課題感は大きいですね。ただ、高齢化社会の中で本当に生活を支えていく訪問看護はなくてはならないものであり、我々の課題は業界全体の課題でもあるといえます。弊社がある意味先駆的に物差しと価値を示していき、経営基盤を活かしてできることに取り組み責任を果たしていくことが必要、とも思うんです。 訪問看護は社会的インフラとしてニーズが高まっている一方、経営は難しい実態があります。人員確保はするものの、教育については「おいてけぼり」になっているのが今の状態です。実務に追われ、手が回らないんですね。このような事態を招かないためにも、弊社も、体系的な教育プログラムと併せて、大規模ステーションでの研修体制など、地域の教育ネットワークを構築することも、ソフィアメディだからこそできることではないかと。地域のステーションや施設へ、部分的にプログラムを提供することも視野に活動を推進していきたいですね。 ─訪問看護には独特の教育が必要ですね。 篠田: そうです。病院とは異なり、訪問看護は「人の生活の場」に入って行くので、そこで看護を行うにあたっての「意思決定支援」と、その意思決定を支えるための「協働する力」がより重要になります。お客様の状況や家庭に合わせて調整する力が高く求められます。また、訪問看護は継続的な日常の療養支援が必要であり、在宅療養者のニーズに応じて、医療や介護を包括的に提供できるよう調整することが求められます。当然、一律な介入はあり得ませんので、事例を通して経験し、確実に次に繋げていくチームでの経験学習が大切になりますね。 そこが、ある意味では訪問看護の「醍醐味」ともいえます。本当の意味での「お客様本位」を考え、それが達成できる喜びも感じられる。そのぶん負担もありますが、それを支えていけるだけの教育システムをつくっていきたいと考えています。 ─ありがとうございました! 執筆: 倉持 鎮子取材・編集: NsPace編集部

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