スタッフ支援に関する記事

ラダー&評価制度
ラダー&評価制度
インタビュー
2023年8月22日
2023年8月22日

訪問看護のラダー&評価制度 キャリアパスを「見える化」する意義

ソフィアメディ株式会社は、訪問看護スタッフや管理者に対する評価制度としてラダーを採用しています。随時改定を行いながら、スタッフの育成に効果をもたらすために模索を続けています。ソフィアメディの訪問看護において、ラダーはどのような価値を持つものなのでしょうか。QM(クオリティマネジメント)推進グループの篠田 耕造さん、田中 麻奈美さん、福島 圭輔さんにお話を伺いました。 篠田 耕造さん/CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディ株式会社CQOに就任。田中 麻奈美さん作業療法士歴21年、ソフィアメディに在籍して13年目となる。訪問看護ステーションで従事していたが、産休・育休を機にキャリアチェンジし、バックオフィスの仕事も兼務。2020年よりQM推進グループに所属。スタッフ全般の育成プログラム作成、ラダー体制の整備などを行う。福島 圭輔さん理学療法士歴20年ほど。ソフィアメディには2013年に入社し、東京都大田区ステーション池上にてセラピストとして勤務。2016年分室であるステーション西馬込の主任セラピストとなる。2020年にバックオフィスへ異動。2020年から1年間採用担当、2021年からQM推進グループに所属し、管理者や主任など、マネジメント層に対しての育成、研修などを担当。※本文中敬称略 ※本記事は、2023年5月の取材時点の情報をもとに制作しています。 ラダーの浸透が難しい訪問看護業界 ─病棟を含め、「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」(JNAラダー)を見たことがある看護師は多いと思いますが、2023年6月にはクリニカルラダーに代わる新しい指標も示されました。違いについて教えてください。 篠田: もともと2016年に日本看護協会がラダーを開発した目的は、病院と高齢者施設・訪問看護が地域完結型のシームレスな看看連携を目指す上で、双方に共通する基準をつくるということにありました。クリニカルラダーは看護師共通の評価システムで、実践能力を5レベルに分け、それぞれ習得すべき「4つの力」(意思決定を支える力/ニーズをとらえる力/協働する力/ケアする力)に分けて目標を設定していました。 2023年の改定後の指標は「生涯学習」をテーマにしており、変化する社会やニーズに合わせて、看護職が継続的な学習を主体的に取り組み、その能力の開発・維持・向上を図り続けるための羅針盤として公開されました。看護職一人ひとりが看護職として活躍し続けるためには、各自のライフイベントや価値観に応じて、仕事と生活の調和を図りながら自律的に学ぶことが求められています。キャリア視点が加わったというイメージです。 ■看護師のラダーについて 2012年: 日本看護協会「助産実践能力習熟段階(クリニカルラダー)」を公表2016年: 日本看護協会「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」を公表2019年: 日本看護協会「病院看護管理者のマネジメントラダー(日本看護協会版)」を公表2023年: 日本看護協会「看護師のまなびサポートブック」(看護師に求められる「看護実践能力」と、それに基づく学習項目、看護実践能力習熟段階も掲載)を公表※「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」に代わる指標参考:日本看護協会出版会「50年のあゆみ」(https://www.jnapc.co.jp/50th/chronology.html) ―訪問看護において、ラダーはどの程度導入されているのでしょうか。 篠田: 訪問看護のラダー導入率は全国的に見ても低く、協会は看護師間・施設間・地域間の切れ目のないケア提供を目指すためも、JNAラダーの浸透を推進していました。全国展開を目指す弊社においても、業界全体の流れと同じくラダーの定着が急務となったんです。 弊社がまずベースとしたのは、JNAラダーと滋賀県看護協会で出している訪問看護師向けのステップアップシートです。そこにソフィアメディの方針に基づいた調整・更新を随時行いながら、運用してきました。 そして、今回の日本看護協会の『看護師に求められる「看護実践能力」と、それに基づく学習項目、看護実践能力習熟段階』の公表に合わせて、我々も社内の評価システムをアップデートしているところです。 ─ありがとうございます。皆さんは評価制度の検討を担当されていると伺っていますが、もう少し担当されている業務の内容について教えてください。 福島: 私たちはQM推進グループに所属しており、そのグループが受け持つ業務のうちのひとつが、従来のラダーを含む評価制度についての検討・改善です。 振り返り面談の時だけに確認するような表面的な評価制度ではなく、日々の仕事に実際に活用できるか、といった点にも配慮しながら検討しています。現在は、研修をはじめとしたOff-JTだけでなく、どのようにして実践(OJT)にラダーや新人教育プログラムを組み込んでいくか、より実践的なものに仕上げられるか、ということを重点的に議論しています。周知内容・研修内容・コミュニケーションの方法など、施策の進行度合いやスタッフの反応も確認しながら進めています。 グループ内では進める施策ごとにチーム分けを行っているのですが、週1回のミーティングで全体進捗・部分進捗も確認しています。チーム内ではミーティング以外に1on1も行っており、体調管理や日々の小さな疑問点などを解決していく時間としています。 グループ内のオンラインミーティングの様子 新人をフォローする役割も持つ評価制度 ─評価システムの内容について、具体的に教えてください。 田中: これまで弊社では、クリニカルラダーにキャリアパス的要素を加えてアレンジし、「4つの力」ごとに採点が行われるような運用を行ってきました。カテゴリごとの到達度をパーセンテージで算出し、レーダーチャートで実践能力が可視化されるようなしくみを導入していました。現在は、もっと日々の実践の中でラダーを活用できるように、このようなしくみ自体を見直ししている最中です。 今回は、新たに導入した新人教育プログラムの一部である「クリニカルラダーレベル1」についてお話しできればと思います。こちらが実際のラダーの一部です。 日々の実践を反映させ、ラダー評価ができるように工夫しています。例えば、この表においては、4つの力にそれぞれ①から④の番号を振り、「①-1」「①-2」…と細分化して、各項目の実践内容を具体的に書いています。ここに実践した日付を記載していくことで、日々の実践の中でラダーの項目を振り返りながら進めていくということができるんです。 篠田: それぞれの力に必要なOJTの内容が表示されており、それを実践したことを「振り返りシート」に記入するという、ラダーと実践が紐づけられたしくみも採用しています。これまではこの結びつきが非常に弱く、ラダーにおいて自分が目標達成に向け日々の実践で何をすべきかがわかりにくいものでした。また、評価が人事考課で行われ、半年に一度という頻度だったため、やはり日々の実践との結びつきという意味では非常に弱かったため、そういった点を改善しました。 初期は毎日、3ヵ月を過ぎたら1週間ごとなど、入社歴が浅いほど評価の頻度は高くなっています。「安全でかつ安心な訪問看護を提供する」というフェーズにいち早く届くよう、より細かく、より丁寧に評価するようにしているんです。「スモール・サクセス」とでも言いますか、細かく達成感を得られるようにしているんです。 ─「レベル1」は、いわゆる「新人さん」のプログラムとのことですが、なぜレベル1の教育プログラム整備を優先されたのでしょうか。 訪問看護の1年以内の離職率は15~18%と、病院の離職率の11%前後と比べても高めです。病院とは違い、一人で目の前のお客様に対応する力が求められる訪問看護では、総合的な技術を持ち、調整を完結できるレベルだと思える「自己効力感」がなければ継続できる領域ではありません。新人さんがより早く裏付けのある自己効力感を持つためにも、やはり共通の物差しとして、評価制度を整備する必要があると考えました。JNAラダーはすべての看護師に必要な実践能力です。地域で求められる訪問看護の役割をキャッチアップしつつ、体系的な教育システムとして質の高いケア提供の実践に繋げていく事が重要だと考えています。 なお、弊社は教育体制として「チーム支援型」を採用しており、そのチームの中で指導に立つメンバーに対しての研修も当然重要視しています。指導者を通してチームメンバーの評価や状況把握を行うなど、直接評価を伝えていたときとは異なる体制を整えつつあります。また、現状は「経験を通しての教育」を行っている状況ですが、順次整備していく予定です。 ―試行錯誤しながらの整備・運用だと思いますが、どのような部分に課題を感じていますか? 評価の段階は現在のところ3段階ですが、なにをもって「1」とするか「3」とするかの評価基準はあっても、評価者の経験や尺度によって変わってしまうことが課題ととらえています。病院では目の前で実践の評価がしやすい環境ですが、訪問看護は同行しないと実践の状況が確認できない環境です。評価者間での評価のバラツキが生じやすいことが課題と捉えており、整備していきたいと考えています。 ただ、考え方として押さえておきたいのは、ラダーはいわゆる「ラベル付け」のための評価ではないということです。評価すること自体が目的ではなく、あくまでも自身の成長のため、実践能力の評価・自己研鑽のツールであり、共通の物差しとして活用していくものです。厳しすぎる評価は成長を止めてしまう危険性もある。そうではなく、キャリア学習の支援、成長を促進につながるような評価制度にしたいというのが我々の願いです。 やはり病院よりも訪問看護は個別性が強くなりますので、「なにをもって」というのはお客様視点だと思います。病院であればキュアの視点で判断しやすいのですが、訪問看護は「生活」の視点をふまえた幅広いケアの視点が必要です。その人らしさを総合的に看るヘルスアセスメントが重要となり、すべての看護師に高い能力が求められます。訪問看護の特性を踏まえた上で、目の前のお客様のためにできることは何かを、さらに追い求めていく必要がありますね。 実績や頑張りが「見える化」されたという声 ─看護に直接携わるスタッフは、こういった評価制度をどのように捉えているでしょうか? 田中: 見えなかった部分が「見える化」されたというのは、スタッフにとって非常に大きいようです。訪問看護は病院と異なり、非常に主観的な評価に頼らざるを得ない側面がありましたが、ラダーを元に指導者とスタッフが面談を行うことで、「どう伝えたらいいのかわからない」「共通の物差しがなかった」という悩みがある程度解決できたという意味に受け止めています。それまで「報われなかった部分」ともいえる頑張りや努力が、評価に繋がっているということではないかと。現在、管理者に対するマネジメントラダーの作成も開始されていますし、さらに改善していけるといいなと考えています。 * * * 後編では、マネジメント層の評価制度についてお伺いします。 >>後編はこちら訪問看護のラダー&評価制度 マネジメント層に残る課題への取り組み 執筆: 倉持 鎮子取材・編集: NsPace編集部

訪問看護師のためのウェルビーイング推進
訪問看護師のためのウェルビーイング推進
インタビュー
2023年6月27日
2023年6月27日

具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進

スタッフが笑顔で幸せに働くために、「ウェルビーイング推進グループ」を設置しているソフィアメディ。今回は、ウェルビーイング推進グループ マネジャーの宮地麻美さんに、活動内容の詳細や、グループ設置後のスタッフの反応などを伺っていきます。 >>前回の記事はこちらどうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 人と人をつなぎ、訪問看護の楽しさを共有 ―ソフィアメディのウェルビーイング推進グループは、従業員満足度(ES)の向上を目的に活動されていると伺いました。より具体的な業務内容について教えてください。 はい。私たちは「ありがとう」「いいね」がソフィアメディ全体に行き渡るようにしたいと考えています。そのため、スタッフ同士やスタッフと経営陣の気持ちをつなぐための活動や、やる気が上がり、不安が軽減するための取り組みを行っています。 ソフィアメディ内での呼び名も含まれますが、具体的な業務内容は以下のとおりです。 【ウェルビーイング推進グループの業務】・毎月の「ありがとうメール」配信・「ソフィアメディチャンネル」(月に一度の全社会)での「生きるを看る物語り」の発信・CEOとのステーション訪問・社内報のウェルビー記事・新入社スタッフのサポート・おせっかいお人好しの部屋・応援ナース 医療職流動化 ─気になる名称の活動が並んでいますが、まず「ありがとうメール」について教えてください。 働く環境や体調・メンタルなど、現在のコンディションを確認することを目的に、毎月全スタッフを対象にウェブアンケートをとっています。そのフリーコメント欄に、その月に感謝を伝えたい相手への「ありがとうメッセージ」を書けるようにしました。そのメッセージはウェルビーイング推進グループから相手の上長にメールで送り、上長から該当メンバーに共有されるようにしています。 ―直接ではなく、上長を介しているんですね。 はい、そのほうが一人のありがとうで完結せず、ありがとうがありがとうを生むしくみとしてやる気アップにつながると思いますので、あえてそうしています。コンディション確認のアンケートでは、スタッフからネガティブなコメントをもらうこともあるのですが、そのあとにしっかりと「ありがとうメッセージ」が書かれていることもあります。「ぜひありがとうを伝えたい」という強い意思をもったコメントも多く見られるようになりました。毎月のアンケートを回答するとき、今月は誰にメッセージをしようと考えるので、その月にお世話になった色々な人の顔を思い浮かべる時間になっているんです。 ─「ソフィアメディチャンネル」での「生きるを看る物語り」についても教えてください。 ソフィアメディチャンネルは、月に一度行われるソフィアメディの全社会なのですが、毎回時間をもらって、「生きるを看る物語り」を配信しています。日々の忙しさに身を任せながら訪問看護をしていると、「自分がどうありたいのか」「何のために何をしているのか」「何を実現したかったのか」を見失いがちです。それこそ、看護師になった理由や、何を期待し、何を実現したくて弊社に入社したのかも忘れかけてしまうことがあります。それらを振り返るきっかけとなるようなストーリーづくりを心がけています。 内容は幅広く、訪問看護のスタッフの人生を紹介するものやお客様へのインタビュー、お客様とスタッフの交流エピソード、看護・リハビリのあり方などを物語にまとめています。例えば、ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)を話題にしたときは、「死というものに向き合わなければならないとき、患者さんが最終的に伝えたいことは何か」「まだ心の準備ができていないご家族はどうこの時間を過ごせばいいか」といった内容を発信しました。動画ではなく、抽象的なシーンを紙芝居のように見せながら語る、という形式で、観ている方が自身に重ねたり、想像したりができるように余白のある作りこみを心がけています。 アンケートで、「そういう看護がしたかった!」「自分もそういった観点を心がけて看護をしている」といった意見をもらえると、うれしい気持ちになりますね。事務職のスタッフに「大事にしてきた想い」を尋ねた回に、それを聞いた別の事務担当から「事務業務をこんなふうに考えることができるんだと知り、やる気が出た」といった意見をもらったことも。多種多様なスタッフがいますので、それぞれが持つ琴線に触れられるよう、幅広い視点で発信を続けています。 ギャップに苦しみがちな新入社スタッフのサポート ─新入社スタッフに対しては、どのようなサポートを行っていますか? 年間100名以上の新入社スタッフを対象として、入社後のフォロー・サポートを行っています。実務のオリエンテーションは別の部署が行うので、ウェルビーイング推進グループが行うのは、主にコンディションのフォローですね。多くの新入社スタッフは、実際に仕事を始めると、ギャップや違和感に苦しんでしまうんです。 新入社といっても、ソフィアメディの場合「看護師として1年目」という人はいません。病棟勤務から、想いをもって訪問看護へ、というケースがほとんど。でも、訪問看護のお客様は、病棟とは異なり本当に多種多様です。また、医療設備や必要物品が整っていないことが多いお客様のご自宅で、臨機応変に判断・対応していくスキルが求められます。病棟と大きく価値観が異なるため、リアリティショック(理想と現実とのギャップによるショック)は避けられませんが、ショックをなるべく減らすよう新人看護師の声を聞いたり、私たちが目指す看護について改めて話したりしています。 最近始めたのが、「1ヵ月目のあなたへ」というメールの配信です。スタッフたちと同じ目線に立ち、「どうしても100点を目指してしまうものだけど、60点でも十分なんだよ。一人で頑張りすぎなくていいんだよ」ということを伝えています。気持ちが和らぐよう、表現やデザインも工夫しています。できないことはできないと声をあげてもらうことが重要で、できないものだとこちらが把握できれば、手助けも可能なんですね。メールを通じて、「まずは自分を大切にしてほしい」ということを第一に訴えています。 ありのままを受け入れる存在の重要性 ─新入社スタッフの方に限らず、訪問看護師さんたちとのコミュニケーションについてもう少し詳しく教えてください。普段の声掛けではどんな点に気を付けていますか? そうですね。看護師は「看護に関して何でもできてあたりまえ」が前提とされる世界にいます。できないことがあると、患者さんの状況悪化に直結してしまう。だから誰もが気を張っていて、お互いを褒め合うことはあまりありません。お客様から「ありがとう」と言われることはあっても、看護師同士では「できて当然」という空気感のため、なかなか声を掛け合うことがないんです。 そして、「できてあたりまえ」という世界だからこそ、「患者さんを助けられなかった」という事態に直面すると、大きなショックを受けてしまいます。私自身、看護師になって10年ほどは泣きながら帰ることも珍しくありませんでした。誠意をもって強い気持ちで取り組もうとするほど、自分を追い込んでしまうものなんですね。 でも、看護師ひとりがどんなに力を尽くそうが、どうにもならないことはいくらでもあります。自分の看護のあり方をそのまま受け止めてくれる存在がいたら、私もそこまで自分を追い詰めることはなかったのではないかと思うんです。あのとき、「今のままでいいよ」「ちゃんとがんばってるよ」「十分だよ」という一言をもらえていたら、違ったんじゃないかな、という気持ちが大きいんです。そんな体験をもとに、できるだけスタッフたちに寄り添う言葉を選んでいます。 ─なるほど。自分で自分を追い込んでいる方が、さらに他人から叱られたら、とてもつらい気持ちになってしまいそうですね。 そのとおりです。マネジャー側も必死ですし、できないことがあると強い言葉で注意してしまうこともあるかと思うのですが、誰かに叱られるとなかなか前向きになれないもの。頭のなかが「叱られたこと」だけでいっぱいになってしまいますよね。教わったはずのことも吹き飛んでしまうかもしません。私が関わる看護師には、そういう経験をしてほしくないと強く思っています。 看護師はどうしても自分を二の次にしてしまい、自分を大切にすることが得意ではありません。でも、人生は一度だけなんです。看護師という仕事を選び、続けているスタッフたちをとにかく応援したいですし、自分を大切にしてほしい。そんな気持ちがいまの私を動かしていると思います。 ─ウェルビーイング推進活動を通じて、スタッフの皆さんに変化はありましたか? はい。生き生きと働いている様子を聞くこともありますし、各自抱え込んでしまいがちなステーション業務の大変さを打ち明けてもらえることも増えました。 ―解決が難しいお悩みだった場合は、どのように対応しているのでしょうか。 2022年度には70名ほどの看護師たちとお話ししたのですが、悩みがあれば、話を聞いて「リフレーミング」をしていきます。リフレーミングとは、一定の枠組みで捉えている物事を、違う枠組みで捉えようとする心理学的アプローチです。 例えば管理者と考え方が合わない場合、別の捉え方ができないか検討していきます。それぞれの看護観、人間観や仕事観などが影響してくるのですべてが合うことは難しいと思います。でもその中で「自分がどう考えたら、動いたら少しでも良い関係が築けると思いますか?」とご自身に問い、ご自身の中での最適解をご自身で選んでもらうのです。悩んでいると視野が狭くなってしまうものですが、一緒に視点を変えて考えることで、別の方法に気づき、ポジティブな考え方ができるようになってくれればと思っています。「自分が幸せになれないのは、社会のしくみや環境のせいだ」と考えがちな人もいますが、「自分自身の考え方が変わることでその社会の見え方が大きく変わる」こともあるのだ、と知ることで楽になることが増えると思います。 もちろん、ステーションごとにコンディションも違いますし、それぞれの強い想いがあって簡単にはいかないこともあります。でも、私たちは他人をコントロールすることはできませんし、一人ひとり違うからこそ、人間は面白い。その人の強みを生かせるよう、私自身が一歩引きながら考えることを心がけています。難しいことなので、これは人生を通した課題ですね。 自分の存在を認め、大切にすることが肝心 ─他のステーションの管理者の皆さまに向けて、「ウェルビーイングな職場づくり」をするためのコツを教えてください。 いろいろなアプローチがあると思いますが、一番の肝の部分は、「相手の存在そのものを認めること」ではないでしょうか。存在を認めることは、その人の命や人生を大切にすることに繋がります。具体的にどうすればいいの?と思うかもしれませんが、難しいことではありません。「まずは挨拶から」でいいんです。良い関係でないと、挨拶もままならないものですよね。挨拶は相手の存在を認めていることを伝える一番簡単な手段と思っています。 無事戻ってこられるよう「いってらっしゃい」と声をかけること。帰ってきたときには「おかえり、帰ってきてくれて嬉しい」と言葉で伝えること。 次に重要なのが「失敗が言える関係」にステップアップしていくことです。失敗を自ら好んでする人はいません。でも人は失敗するものでもあると思います。なので失敗を自分だけでなんとか取り繕おうとしたり、隠そうとしたりするのではなく、そのままを報告できること。言い訳を考える時間は、本当に無駄です。私は、そんなことを看護師にさせたくありません。「報告さえしてもらえればちゃんと引き継げるよ」「フォローできるよ」という姿勢が重要だと考えています。対処したあとに一緒に振り返ることはもちろんしていきます。 また、当然のことですが、管理者からのダメ出しは、看護師たちに大きな影響をもたらします。最大限言葉を選んで、「これから学んでいこう」と思えるメッセージを伝えたいですよね。その人が次の一歩を踏み出せるような言葉を考えることが重要だと思います。チーム作りは時間がかかりますが、それぞれの自分らしさを大切にしながら、じっくりすすんでいきましょう。 ─ありがとうございました! ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

訪問看護師のためのウェルビーイング
訪問看護師のためのウェルビーイング
インタビュー
2023年6月20日
2023年6月20日

どうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進

訪問看護師が笑顔で幸せに働くためには、どうすればいいのか。多くの訪問看護ステーションが抱える課題でしょう。今回お話を伺ったのは、ソフィアメディ株式会社で「ウェルビーイング推進グループ」のマネジャーを担当する宮地麻美さん。管理者経験もある宮地さんに、「ウェルビーイング」とは何か、ウェルビーイング推進グループではどんな取り組みを行っているのか、などを伺いました。 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 体制変更やコロナ禍でスタッフが疲弊 ─まずは、宮地さんが訪問看護師になったきっかけをお教えください。 私は看護師になる以前、精神薄弱児施設に勤務していたのですが、気管内吸引をはじめとした医療的処置が必要な子や、多数の薬を飲んでいる子たちがいました。その子どもたちと関わるうちに医療の道に興味をもち、看護師を志すようになったんです。看護師になってからは、口腔ケアに興味を持ち、医学博士の紙屋克子先生や歯科医師の黒岩恭子先生のもとで学んだ後、摂食・嚥下障害看護認定看護師として病院で働いていました。 しかし、病院ではどうしても多数の患者さんをケアするために優先順位を考えて対応せざるを得ません。「もっと患者さん本位の看護をしたい」「在宅での看護をしたい」と思うようになったことが、訪問看護師になるきっかけですね。回復期リハビリテーション病院に転職して、在宅看護を目の当たりにしたということも大きいです。自分の身の回りに関するものも人間関係も、基本的には「家」が中心。家で治療・療養ができれば、より患者さんの心が満たされる看護ができるのではないかとも思いました。 ―在宅看護に夢を持って、ソフィアメディに転職されたのですね。 はい。2019年に転職し、「ソフィアメディ訪問看護ステーション元住吉」の管理者を任されました。「地域のみなさんに安心してもらえるようなステーションにしたい」「スタッフにも利用者様にもケアマネジャーさんたちにも笑顔になってほしい」と、夢や希望でいっぱいでした。 しかし、2019年はちょうど診療報酬の改定があり、ソフィアメディでも在宅で中重度のお客様を受け入れられるよう体制を整えはじめた大転換期。土日・夜間の対応強化による忙しさにスタッフたちは疲弊し、漠然とした不安がステーション内に広がり、管理者としてふがいなさを感じていました。さらに、2020年には新型コロナウイルス感染症の波が訪れ、課題は山積み…。スタッフたちの笑顔が少なくなっていきました。 このときに私は、「絶対にステーションを笑顔いっぱいする!」と決心したんです。 ウェルビーイング=「健康で幸せな状態」 ―管理者時代の経験が、現在の「ウェルビーイング推進」のお仕事につながっているのですね。では、そもそもウェルビーイングとは何なのか、定義から教えてください。 ウェルビーイング(Well-being)は、「ウェル」(良好な、健康な)と「ビーイング」(状態)をつなげた言葉で、「健康で幸せな状態」のことを指します。慶應義塾大学の前野隆司教授によれば、長続きしないお金や社会的地位などではなく、長続きする「社会的、身体的、精神的に良好な状態」がウェルビーイングです。日本は、社会的・身体的な部分については高水準だと言われていますが、「精神的」な部分が課題だと言われています。 ―ウェルビーイングは、単純に「うれしい」「楽しい」という状態ではないのですね。 そうですね。前野教授は、幸せを高める因子として、以下の4つを挙げていらっしゃいます。例えば、強みを生かして主体的に動けている状態や、他者と比べず「自分は自分」と思える状態も、ウェルビーイングに含まれるんです。私は、この4つの因子を参考にしながら、ステーション内を笑顔でいっぱいにすべく、動いていきました。 ■前野 隆司教授による幸せの4つの因子・「ありがとう!」因子(つながりと感謝)・「やってみよう!」因子(自己実現と成長)・「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ)・「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ―具体的に、訪問看護ステーション元住吉でどのような取り組みを行ったのでしょうか。 まずは、スタッフの心理を分析しました。訪問看護に携わる看護師・セラピストたちは、職種柄「自分がやらねば!」という責任感や正義感が強く、患者さんのために自分自身を犠牲にしたり、ミスをした際に過剰に自分を責めたりする傾向にあると思います。 ソフィアメディ 「スタッフの心理」セミナー資料より引用 こうした現状を踏まえて、「4つの因子」に当てはめて改善をしていきました。 ソフィアメディ 「幸せを高める4つの因子」セミナー資料より引用 例えば、以下のような行動です。 (1)「ありがとう!」因子(つながりと感謝) ・誰よりも早く大きな声で「おかえり」「いってらっしゃい」などの声をかける・日々スタッフの命が一番大事であることを伝える・マイナスな意見に対しても「改善のきっかけになった」と感謝する (2)「やってみよう!」因子(自己実現と成長) ・「理想の看護」について、スタッフ一人ひとりにヒアリングする・自分の意見を押し付けず、スタッフたちの意見に「いいね!」と伝える・難しい案件も断らず、必要に応じて管理者である自分自身が訪問して看護方針を策定 (3)「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ) ・会話を通じて、スタッフのコンディションを把握・プライベートの事情や趣味も把握し、応援し合う・「自分を犠牲にせず、自分が幸せになるやりかたを考えよう」と伝える (4)「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ・インシデント報告に対して「ありがとう」「大変だったね」と感謝・ねぎらいの言葉をかける・「寝坊しました!」とはっきり言えるくらい、相談しやすい雰囲気づくりをする・困りごとの解決策は、一緒に考える こうした動きをしていったことで、ステーション内の雰囲気が良くなり、年間で一人も離職者は出ませんでした。アンケートでのスタッフの従業員満足度(ES)も高くなりました。 「ありがとう」「いいね」が行き交う組織へ ─訪問看護ステーション元住吉での取り組みを経て、ソフィアメディ内でウェルビーイング推進グループを立ち上げ、取り組みを会社全体に広げているのですね。では、ウェルビーイング推進グループの立ち位置について教えてください。 はい。ウェルビーイング推進グループ設立の目的は、まさに全体の従業員満足度を高めていくことです。『「ありがとう」や「いいね」が行き交う組織にする』というヴィジョンを掲げて活動しています。4名という少数で活動しており、グループ内でなにか相談したいことがあれば、すぐに話し合っています。 ─ウェルビーイング推進と、ワークライフバランス推進は異なるものでしょうか? はい、そこは明確に異なります。「ワークライフバランス」という言葉は、「仕事とプライベートをしっかり切り分ける」といった意味合いが強いですよね。たしかに公私混同しないことは重要ですが、仕事をしているときの自分も、家に居るときの自分も、どちらも「自分」。切り分けることはできません。ウェルビーイングを推進する際は、その前提に立って考えています。 当たり前のことですが、家で嫌なことがあれば、仕事に気が乗りませんし、仕事でいいことがあれば、家でもずっといい気持ちでいられますよね。「仕事とプライベートは相互に影響し合うもの」「繋がっているもの」ということを意識して、両方大切にしていきたいというのがウェルビーイング推進グループの基本的な考え方です。仕事の時間は人生の多くを占めますので、楽しんでもらえるような環境・関係をつくりたいと思っています。 例えば、「今日は家族の具合が悪いから帰りたい」、「好きなアイドルのコンサートがあるから早帰りさせてほしい」。そんな一言が言いやすい環境がいいと思います。そういった発言が聞けると、「ご家族の調子がよくなくて大変なんだな」とか、「そんな趣味を持っているんだ」などと、スタッフたちの事情が見えてきますよね。事情がわかれば、互いに配慮し合えます。公私を完全に切り離すのでなく、どちらも「その人を形成するもの」として知り、自分のことも知ってもらう。そうすることで、円満な関係が生まれやすくなると思います。 ―ありがとうございます。次回はウェルビーイング推進グループの業務の詳細や、スタッフの皆さんの反応についてお話しいただきます。 >>続きはこちら具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

ケースメソッドで考える管理業務
ケースメソッドで考える管理業務
特集
2023年6月6日
2023年6月6日

CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか_その3:管理者としてどのような支援ができるか

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第12回は、CASE4「クレームを受けるスタッフをどうするのか」の議論のまとめです。 はじめに 前回(「その2:桐山さんが抱えている問題は何か」参照)は、桐山さんが抱えている問題を、桐山さんの状況と、その状況から生じている課題とに分けることで、管理者として何ができるかを検討しやすくしました。今回は、訪問看護管理者として桐山さんへどのような支援ができるのかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか 入職3ヵ月になるスタッフナースの桐山さんから、「利用者のJさんから『桐山さんには訪問に来ないでほしい』と言われた」と報告を受けた。 桐山さんは病院で3年、いくつかの介護施設で6年、他社訪問看護で1年の経験のある看護師。とても真面目な性格で、職場で冗談を言うこともなく、むしろ冗談を間に受けてしまう様子がある。何かを伝えると一語一句漏らさずに細かな字でメモをとるが、肝心なときにそのメモがどこにあるのかわからずミスをしてしまうのだ。 当ステーションは、管理者と桐山さんを除くと20歳代の看護師が2人。入職時期は2人のほうが早いが、年齢的にも看護師としての経験年数も桐山さんのほうが上である。ほかのスタッフと軽く雑談をすることも桐山さんには難しいようだ。そして他スタッフからは「桐山さんとは一緒に働きづらい」と相談を受けている。管理者として、どうすればよいだろうか? 設問もしあなたがケースに登場する管理者であれば、桐山さんやほかのスタッフに対してどのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 管理者として桐山さんにどのような支援ができるのか 講師これまでの議論から、中途採用者である桐山さんが抱えている課題が四つ出てきました。桐山さんがこの課題を解決するために、管理者としてどのような支援ができるでしょうか。 Aさん注2桐山さんが持っているスキルや知識を把握した上で、「こういうスキルや知識が必要だ」と伝えることはできると思います。ただこういったことは桐山さんだけに限らず、スタッフそれぞれの性格や技量などを把握しておかないといけませんね。 Bさん「前職で学んだ業務のやりかたではなく、この職場でのやりかたを覚えて実行してください」と言えるのは、やはり管理者だけですよね。 Cさん桐山さんに期待している役割を伝えられるのも管理者だけですよね。それにステーションの評価制度もちゃんと説明しておくべきです。どんなことをすると評価されるのかは、新入職者はわかりませんよ。 Dさん「誰に聞いていいかわからない」ような人脈に関することは、管理者だけが気をつけるだけではダメで、ほかのスタッフとのコミュニケーションも大事ですよね。 話しやすい職場の雰囲気を築くとか、そんな他スタッフへの働きかけも、管理者の役割として必要です。 「モニタリング&リフレクション」と「職場風土の構築」で桐山さんの課題解決を支援する 講師では、これまでの議論を受けて、CASE4のまとめです。 みなさんの意見から、●管理者として桐山さんの置かれている状況を把握する(モニタリング)●職場での仕事が円滑に進むように適切なフィードバックを適宜行う(リフレクション)ができそうだと見えてきました。 このモニタリングとリフレクションは、スキルや知識の獲得を促し、ステーションの評価基準や求められている役割を伝え、今の職場に合った行動を促すために以前の職場でのやりかたを修正することに有効であると思います。 しかし、管理者の直接的な介入のみでは桐山さんを真に支援することができないこともわかりました。他スタッフに働きかけてコミュニケーションをとりやすい職場風土をつくることで、桐山さんのような中途採用者がいち早くステーションに馴染み、本来の力を発揮するような支援が管理者としてできると思います。 DさんすでにSNSをステーションで運用していて、中途入職者には「疑問とかあれば、遠慮なく書き込んでいいんだよ」と伝えているのですが、そんな働きかけでは、もしかして新しい人は入ってきにくいのでしょうか? 講師そうですね、すでにいる人たちが心地よいSNSの場に、新しい人が遠慮なく書き込みをすることは、きわめて難しいと考えておいたほうがよいです。このことを念頭に、SNS上のコミュニケーションを活性化させるための取り組みをいろいろと考えて実行してみてください。 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆:鶴ケ谷 理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇中原淳.『経営学習論』東京,東京大学出版会,2012,155-184.

孤独な管理者を支える ステーション支援2
孤独な管理者を支える ステーション支援2
インタビュー
2023年5月30日
2023年5月30日

孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み 成果&スタッフの反応は?

ソフィアメディのステーション支援グループは、管理者と目線を一緒にして、ともに考える伴走型のサポートを行っています。今回は、CQOの篠田耕造さんとグループリーダーの村山忍さんに、ステーション支援グループが誕生したことによる変化や、スタッフの反応等についてお話しいただきます。 >>前編はこちらともに悩んで孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している。篠田耕造さん/最高品質責任者CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディCQOに就任。 村山忍さん/ステーション支援グループリーダー看護師経験25年。ソフィアメディに入社し15年目。総合病院や個人病院に勤務後、訪問看護に携わる。ソフィアメディ2号店の管理者や、新規立ち上げ事業所の管理者を経験した後、ステーション支援グループ リーダーへ。全国を飛び回り管理者をサポートしている。 ※文中敬称略 やるべきことがクリアになると不安が軽減 ―ステーション支援グループが誕生したことによる変化を教えてください。 村山: ステーション支援グループができて、管理者の離職率はかなり低下しました。従業員満足度評価の総合スコアも全体平均を上回って、ポジティブな結果を得られました。やはり、一人で抱え込まずにいつでも相談できる体制に加えて、指標やマニュアルで管理業務を細かく確認しながら進められる体制にしたことが良かったのではないかと思っています。これによって管理者は「具体的に何をするのか」「何を優先すべきか」ということが明確になったんです。見えない不安が減ったことで、結果的に離職率が低下したのではないでしょうか。 ―ステーション支援グループとして活動しているなかで、喜びを感じることや、課題を感じていることについて教えてください。 村山: 私は、サポートしたメンバーの前向きな声・表情を見ると幸せな気持ちになります。例えば、新規依頼にうまく対応できず落ち込んでいる管理者がいたので、一緒に考えてサポートしていたんです。次に会った時に「うまくいきました!」と報告を受けて「すごい!やればできるよね!」とほめる。その後、「今度はこれもやってみますね」と前向きな姿勢になってくれる…といった姿をみると、本当に嬉しくなります。 もうひとつ例をあげると、開設当初から「管理者はもう無理です。私にはやれません」と訴える管理者がいたんですが、地道に励まし、サポートしていきました。もちろん本人もとても頑張り、一年が経過。私が「一年経ったね!」と声をかけたら、その管理者は「私もやれました!」と感激していました。シンプルですが、一年間やり抜いてくれたこと、自分でもやれると自信をつけてくれたことがすごく嬉しかったです。 課題に感じていることは、管理者へのメンタルサポートですね。ステーション運営をしていると、当然良いことばかりではなく、変化が大きいんです。前週までは調子が良くても、例えばお客様からのクレーム1本で管理者がとても落ち込むこともありますよね。この大きなギャップをフォローするには、私自身のメンタルサポートの勉強が必要だと感じています。みんなをしっかりとサポートできるように、自己研鑽していこうと思っています。 篠田: 私はやはり、新規のお客様が入ったときに、我々がこれからどうケアしていくべきか、メンバーと一緒にプランを練っている時間が一番楽しいですね。逆に、在宅を希望されているお客様が再入院になってしまったときは悔しいです。どのステーションも同じだと思いますが、そういうときは事例を振り返ってレビューするようにしています。 もう少し視野を広げると、訪問看護の認知度がまだまだ低いことを日々感じていますね。訪問看護を全国にどう根付かせていくべきか、そのためにどのような教育をしてどう定着させていくべきか、ステーション支援をしながら常日頃考えています。また、地域包括ケアシステムの中での人材育成も課題です。これについては、施設や組織、地域の垣根を越えて柔軟に取り組んでいきたいですね。安全・感染管理、災害支援などもステーション支援グループのミッションのうちのひとつですが、一つひとつ着実に基準を確立していきたいと思っています。 地域の勉強会に参加して視野と人脈を広める ―社内でなかなかサポートを受けられない他のステーションの管理者がモチベーションを上げるには、どのような取り組みが効果的でしょうか。 篠田: 訪問看護ステーションは地域包括ケアシステムの中で大変重要ですが、経営的に不安定になりやすく、事業継続の難易度が高いと思います。そのため、国を挙げて大規模化が図られています。小規模なステーションでは、どうしても管理者に負荷が集中する傾向にあり、一人でできることには限界があるでしょう。そんな中でぜひ活用して欲しいのは、都道府県看護協会や訪問看護連絡協議会の活動です。私も以前、岐阜県看護協会の副会長をやっていましたが、サークル活動のようなことを行っているので、ぜひ参加してみると良いと思います。もちろん組織の中で解決しなければいけないこともあると思いますが、地域の中では、例えば小児医療や癌末期の連携についての勉強会なども結構あるんですよ。 そういった場にどんどん参加して自分たちの役割を伝え、困り事を一緒に考えてもらうのも良いのではないでしょうか。そういった場への訪問看護の出席率は低い傾向にありますが、地域の中での相互理解を深めるためにもおすすめしたいと思います。 また、これは社内でもいつも言っていることなのですが、地域包括ケアシステムの中で看護師はキーパーソンだと思っています。我々看護師は、コミュニティレベルを高くして、地域包括ケアシステムを自分たちで築いていくんだという意識をもつことが大切ではないでしょうか。 訪問看護の質向上にはベンチマークが必要 ―今後、訪問看護業界全体の質向上を図る上で、何が必要だと思いますか。また、今後の展望を教えて下さい。 篠田: 私は病院で25年間、在宅医療の分野では6年ほど働いていますが、在宅医療はまだ質のばらつきが大きいと感じています。病院は標準化されて品質が保証されてきていますが、在宅医療にはベンチマーク(基準)となるものがないことが課題だと思っています。ソフィアメディは全国展開しているので、特に地域によってやり方も課題も異なることを実感しているんです。 これまでの訪問看護は、「事業所数を増やす」という量的な部分に着目してきましたが、これからは「質」の部分に着目され、国を挙げてベンチマークが作られていくはず。そうした潮流の中で、私たちも全国展開の知見を活かし、業界の基準となる指標を提言できないか検討しています。まずは基準を満たしてから各事業所の特徴を押し出していくほうが、全体の質向上に繋がるのではないでしょうか。 ―ありがとうございました。 ※本記事は、2023年2月の取材時点の情報をもとに構成しています。 執筆・編集:NsPace編集部

孤独な管理者を支える ステーション支援1
孤独な管理者を支える ステーション支援1
インタビュー
2023年5月16日
2023年5月16日

ともに悩んで孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み

訪問看護ステーション数は年々増加し、ニーズの多様化に伴い管理者業務も多岐に渡っています。訪問看護の実務から運営まで、一人で何役もこなす管理者の負担は計り知れません。ソフィアメディでは、そんな管理者を組織でサポートする「ステーション支援グループ」を2020年に設立しました。グループ設立のきっかけや具体的な業務内容について、CQOの篠田耕造さんと、ステーション支援グループリーダーの村山忍さんにお話しいただきます。 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している。篠田耕造さん/最高品質責任者CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディCQOに就任。 村山忍さん/ステーション支援グループリーダー看護師経験25年。ソフィアメディに入社し15年目。総合病院や個人病院に勤務後、訪問看護に携わる。ソフィアメディ2号店の管理者や、新規立ち上げ事業所の管理者を経験した後、ステーション支援グループ リーダーへ。全国を飛び回り管理者をサポートしている。 ※文中敬称略 管理者と一緒に悩みながらサポート ―ステーション支援グループ設立の経緯や、具体的な活動内容について教えてください。 村山: ステーション支援グループは、管理者やスタッフからの「ステーションをサポートする体制が欲しい」という声から生まれました。私も管理者になったばかりのころ、新規の利用者様への対応や看護師としての対応はできても人事労務の対応ではわからないことが多く、その都度本部に相談していたので、このニーズはとてもよくわかります。 ステーション支援グループが行っている活動は、簡単に言うと「管理者のサポート」ですね。基本的には新任管理者や新規開設事業所のサポートの割合が高いです。事業所に行ってサポートすることもあれば、オンラインでサポートすることもありますね。 具体的には、新人ナースの同行訪問を含む業務サポート、管理業務のレクチャー、業務マニュアルの整備などを行っています。例えば、人手が足りない事業所に新人ナースを配属するケースが多いですが、人手が足りない事業所は管理者もフルで訪問にまわっていることが多く、新人ナースの育成にかけられるパワーが足りません。そういったところに私も入っていって、一緒に新人ナースを育成していきます。 ソフィアメディ株式会社「2022年 BEACON OF HOPE」より 篠田:まとめると上の5つが主な業務内容ですが、随時検討・改善を行っています。例えば、「03. 欠員時の業務代行」の活動は現状減っていますね。今はまだ試行しながら実装している段階ですが、病棟でよく行っているような、人員数や稼働率をモニターして稼働率が高いところに人員を充当するしくみを導入したんです。 「上から言う」のではなく一緒に悩む ―「ステーション支援グループ」は、ソフィアメディの中ではどういった立ち位置になるのでしょうか。人員構成についても教えてください。 篠田:ステーション支援グループは、クオリティマネジメント本部という部署に属していて、地域横断の「横軸」としてのサポートを行っています。「縦軸」として、訪問看護事業本部のエリアプロデューサーという存在もいます。地域連携や経営的なサポートについてはエリアプロデューサーが行っていて、我々はスタッフと同じ目線に立ちながらしっかり「お客様第一主義」というソフィアメディの行動指針を保証していく。QC(品質管理)からQA(品質保証)まで行っているイメージですね。 ステーション支援グループのメンバーは、延べ人数で8名です。私も含めて管理者経験者は5名で、専業は村山のみ。村山には全国の事業所を飛び回ってもらっていますが、他のメンバーは管理者やクオリティマネジメント本部の「教育研修グループ」「ウェルビーイング推進グループ」などと兼務しています。兼務者が多いのである程度ビジーにはなりますが、例えば教育研修グループの担当者がステーション支援に関わることで、教育・研修内容のブラッシュアップに繋がる。また、アップデートした教育システムが浸透しやすくなるといった相乗効果もありますね。 ―ステーション支援グループとして活動されている中で、どんなことを心がけていますか? 村山: 管理者の率直な気持ちを引き出せるよう、ざっくばらんに会話することを心がけています。例えば、何らかの事情でお客様のご希望に沿った支援が叶わないときや、運営がうまくいかないとき、人間関係のトラブルが起こったときなど、管理者には精神的に大きな負荷がかかります。私もその気持ちがよくわかるので、経験談を交えながら、同じ目線で一緒に悩み、考えてサポートしています。また、新人ナースの同行訪問では、ソフィアメディが大事にしている使命を伝えることも心がけています。 篠田: そうですね。本当に「一緒に悩み、考えること」ことは大切だと思っており、管理者のメンター的な役割として、村山や私、バックオフィスのメンバーが具体的な対応を一緒に検討しています。ソフィアメディの使命は「英知を尽くして『生きる』を看る」です。これを実現するには、高いところから指導をするような姿勢では伝わりません。何が起きて何に困っているのか、それを解決するためにはどうすればいいのか、一丸となって考える。それにより、我々の価値を発揮できると思っています。ステーション支援グループには管理者経験者が多いので、当事者意識をもちつつ、予測的に対応できるところが強みです。 また、管理者になったからこそ味わえるマネジメントの醍醐味ややりがいというものがあります。少しずつでも「自分にもやれた!」という達成感を得られると、「スタッフの育成を頑張ろう」「もう少し地域に根付いた活動をしよう」と、モチベーションアップに繋がっていくんですね。そうした達成感を味わえるようにサポートしています。一つひとつ積み上げながら成長していけば、非常に強い基盤を作れると思っています。 村山: 達成感は、本当に大事だと思います。私が管理者と関わるときも、どんな小さなことでも良い点を認め、伝えるようにしています。小さなことでも認められ、ほめられることを積み重ねていくと、「これでいいんだ」というお墨付きをもらった感じになるようです。 即実践できる知識を伝え、育成期間を短縮 ―管理者の人材育成プランに関して教えてください。 篠田: 人材育成はとかく時間がかかるものですが、管理者の育成期間をできるだけ短くするように努めています。訪問看護では高い調整能力が求められますが、説明するだけではそういったスキルは習得しづらいのが現実です。ですので、連携や調整方法、スケジュール管理に至るまで、日常的にある小さな疑問・悩み事を聞き、即実践できる知識を伝えています。これを繰り返すことで、管理者としての自立促進を高めていくんです。 また、現在3段階のマネジメントラダーを作成・考案しています。初めて管理者に着任するメンバーから地域をまとめるマネジャーまで、領域を分けてサポートする体制を目指しているんです。管理者未経験者が圧倒的に増えてきているので、そういったメンバーに対しては村山を中心に開設前からリードしています。 具体的には、全国訪問看護事業協会が作成した訪問看護のガイドライン(※)をベースとして、そこに弊社が必要だと考える項目を追加して使用しています。運営上の指標が145項目あり、それに関連するマニュアルも作っているんです。開設前後に関わらず、この指標を活用して「どこまでできて何が課題か」「何が不安なのか」を確認する流れになっています。はじめが肝心ですし、管理者も不安と緊張の連続だと思うので、開設から約1年間は手厚くサポートするようにしています。 ※訪問看護ステーションにおける事業所自己評価のガイドライン ―ありがとうございました。次回は、ステーション支援グループが誕生したことによる変化や、スタッフの反応について伺います。 >>後編はこちら孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み 成果&スタッフの反応は? ※本記事は、2023年2月の取材時点の情報をもとに構成しています。 執筆・編集:NsPace編集部

ピラティス×訪問看護
ピラティス×訪問看護
インタビュー
2023年5月2日
2023年5月2日

【ピラティス×訪問看護】初心者でもOK。気軽にできるピラティス基本動作

全国の主要都市などに100店舗以上のピラティス・ヨガスタジオを運営する株式会社ZEN PLACEは、ピラティスのノウハウを在宅医療へ導入するという新しい取り組みを行っています。今回は、ZEN PLACE訪問看護師の日高さんに、看護師がピラティスを行うメリットや今後の展望についてその熱い思いをお伺いするとともに、簡単にできるピラティスの動作をご紹介いただきました。 これまでの記事はこちら>>【ピラティス×訪問看護】病棟看護師から訪問看護師へ転職したきっかけ>>【ピラティス×訪問看護】ZEN PLACE のキャリアパス&訪問時のピラティス活用法 日高 優(ひだか ゆう)2008年より急性期病院での看護師(ICUや救急外来など)を経て、2020年よりZEN PLACE訪問看護ステーションにて勤務。病院勤務時代にピラティスのインストラクターコースを修了。カウンセリング技術を学び、SNSを通して看護師に自分と向き合うことの大切さを発信している。ZEN PLACE訪問看護ウェルビーイング創造のリーディングカンパニーであるZEN PLACEが運営する訪問看護ステーション。ピラティスの技術を医療や介護の場に用い、働くスタッフから利用者様すべての人が心身ともに健康で豊かな人生が歩めることを目指している。「したい看護をするのではなく利用者様とご家族が望む生活のサポートをすること」がモットー。 看護師がピラティスをするメリットとは? ―日高さんが「看護師自身がピラティスを行ったほうが良い」と思われる理由について教えてください。 ピラティスはやればやるほど身体が変わっていきます。利用者さんの心身に良いことはもちろん、自分自身のケアにも使えます。看護師は「大変」「つらい」というイメージがありますし、離職率も高いですよね。まずは自分が満たされないと、「サポートしたい」という気持ちは生まれづらくなると思うんです。「看護が楽しい」と思える人を増やすためのひとつの手段として、ピラティスはとても良いのではないかと思っています。 私も、ピラティスを始めてから自分を俯瞰して見られるようになり、余裕が出てきました。自分が感情的になっている時にすぐに気づき、落ち着いて対応ができるようになったと思います。「これは私個人の感情だな」「ここは対話が必要だな」「私はここができないけれど、ここはできている」という感じで。そうなってくると、利用者さんの表情や様子の変化も見落とさず、気づけるようにもなるんですよね。 ―時間に追われることも多い職業だと思いますが、焦ることやイライラしてしまうことはないのでしょうか。 そうですね。特に訪問看護師になってから、「やらないといけない」「できないとダメ」という自分自身の考えを押し付けないようになりました。 病院にいたときは、「医師に言われたらそれが絶対」「治療優先」という考えも強かったんです。そうなってくると、「○か×」あるいは「100か0」という考えに囚われやすいですし、命を預かっている以上、できない自分や周りの人たちを許せない。新人の看護師に対して「なんでできないの?」というネガティブな言葉を投げる人が多かったり、自分を責めて離職につながってしまったりします。患者さんに対してもそうですね。例えば、処方した薬を飲んでいなかったら、「薬は飲まないといけないものだから、ちゃんと飲んでくださいね!」とお伝えしていました。 でも、在宅医療では、利用者さんやご家族の意思や生活の質が大切になってきます。看護師は利用者さんの「生活」を支援する立場なので、さまざまな考えや価値観を尊重しやすいんですよね。薬が飲めていなくても、「〇〇さんはどうしたいですか?」と利用者さんの意思を確認できます。また、「歩きたいけど練習をさぼってしまって歩けない」ということでも、それも含めてその人。さぼりたいならさぼってもいいのかなと思っています。利用者さんご本人の意思を尊重し、かつその方の頑張れる範囲や現状を受け止めて、サポートするようにしています。 「できない=ダメ」ではない ―訪問看護とピラティスの理念との相性が良い、という側面があるのでしょうか。 そうですね。ピラティスの中にも「できないことは『ダメ』じゃない」という考え方があります。「できない自分」も今の自分として気付いて受け入れてあげるんですよね。 医療現場では、問題にフォーカスして原因を究明し、解決を図る考え方が必要になってきます。でも、そこには本来、人の感情や気持ちも存在していて、そこに気付き感じ取ることも大事だと思うんです。 利用者さんには「できない」ことを理由に落ち込んでほしくないですし、そうした自分の状態を受け止めてもらえるように声かけをしています。こういうピラティスの考え方は、とても訪問看護に活きているなと感じています。 ―看護師さんたちにも、そういったありのまま自分を受け入れてほしい、ということですね。 そうですね。私が看護師こそピラティスをして欲しいなと思っているのはまさにそこです。看護師も職場に対して安心感を求めているはずなんですよね。「できない自分やダメな自分もいて良いんだ」と思えれば気持ちが少し楽になると思っています。 仕事上つらい経験をすることもありますが、それに耐えて慣れていくのが当たり前という認識からか、自分のつらさに気付かず、心が疲弊していく方がたくさんいると感じています。また医療機関は閉鎖的で保守的、職種階級的な部分もあるので、内部で何か問題が発生しても解決できず、同じ悩みやストレスを持ち続けてしまうこともしばしばあります。 看護師がまず自分の状態に気付き、発散することで自分を整えて、心の余裕を持つことができれば、好循環ができます。自分だけではなく利用者さんやご家族、スタッフなど誰に対しても気持ちに余裕を持って接することができるはず。仕事もプライベートも良い方向に向きやすくなるのではないでしょうか。 だからこそ、医療従事者にもっとピラティスが広まってくれたら嬉しいですし、ピラティスを身近で楽しめる環境が増えればいいなと思っています。もちろん、私は自身のケアとしても引き続きピラティスを続け、利用者さんやご家族にも良い看護を提供し続けることを目標としていきたいと思います。 初めてでも気軽にできるピラティスの基本動作の紹介 ―ありがとうございます。では、ピラティスをやったことがない看護師さん向けに、気軽にできる基本動作を教えてください 今回は3つのエクササイズをご紹介します。(1)ピラティスの胸式呼吸(2)ピラティスの骨盤矯正(3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン ピラティスマットを使用しますが、なければヨガマットやバスタオルの上でも大丈夫です。 ベッド上だと身体が安定しにくいので、床の上で行うようにしましょう。 写真提供:ZEN PLACE (1)ピラティスの胸式呼吸 よく「腹式呼吸」という言葉は聞くと思いますが、ピラティスの呼吸法は「胸式呼吸法」といいます。胸式呼吸は交感神経を優位にさせ、全身に血液を送り出そうとして血管収縮が起こり、血圧も上昇し、脈や呼吸も速くなります。また頭が冴えてきて集中力や記憶力などが高まりやすくなるのも特徴的です。 床の上にあぐらをかいて、背筋を伸ばして顎を引いて座って行うのですが、このとき正しい姿勢になることが大事です。背筋が伸びておらず肩が内巻になっていると、心窩部や胸郭が広がりにくいので、胸を広げて肋骨を閉じましょう。 呼吸をする際には、両手を胸の下辺りに添えると胸の膨らみを意識しやすいです。息を吸うときは、胸の下辺りに当てた手が外側に開いていく感じを、吐く際は手が中心に寄っていく感覚を持ち、肋骨が開閉されているかチェックすることが大事です。 口から息を吐き出しながらお腹に力を入れへこませます。そのまま胸を膨らませるように鼻から息を吸い、そのまま口から息を吐きだしましょう。 (2)ピラティスの骨盤矯正 骨盤の位置を把握して正しい位置に戻すことを目的としています。 骨盤ニュートラル 特に女性には、反り腰の方が多いと言われています。脚を組む、バッグをいつも同じ肩に掛けるなど、身体の重心を片側にかけることで骨盤は歪んでしまうと考えられます。特に看護師の場合はベッドに向かってかがんで作業することもあるので、腰に負担がかかりやすく歪みも出やすいのでしょう。 骨盤の歪みは血行不良による身体の不調や痛みの原因にもなるため、まず行っていただきたい基本動作ですね。 反り腰の場合、骨盤が前傾しているので、それを後ろに倒して元に戻す動作を行います。骨盤を立てることでお尻が少し下がるイメージです。ピラティスでは寝ながら骨盤矯正を行います。 マット上で仰向けになり、膝を立てた状態になりましょう。肩の力みを抜きます。この時点で手を腰の下に入れ、手のひらが簡単に入るようであれば前傾、手のひらもまったく入らないようであれば後傾している状態です。 手のひらがぎりぎり入るくらいの状態だとピラティスでいう「ニュートラルポジション」となります。この状態で骨盤を前傾、後傾、戻すという動作を繰り返します。 ペルビックカール ピラティスには「ペルビックカール」という骨盤や腰椎を安定させるエクササイズがあります。 仰向けに寝て膝を曲げ、息を吐きながら骨盤を傾けるように上げて脊柱をマットから離し、息を吸って上でホールド。息を吐きながら、膝を曲げた仰向けの状態に戻るという動作を繰り返します。 (3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン 仰向けに寝て手は拳を向かい合わせにして頭の上に伸ばし、両脚は真っ直ぐ揃えたまま足の爪先まで伸ばします。 息を吸って腕を体の前方に向かって上げていき、腹筋をしめ息を吐きながら起き上がり股関節の上に肩がある姿勢で息を吸ってキープ(Cカール)。息を吐きながら体を倒していくという動作を繰り返します。 そして息をゆっくりと吐きながらお腹を引き締めて、腹筋の力で背中を丸めて足元まで起き上がっていきます。この時、はずみをつけないよう注意し、しっかりと腹筋と身体の軸を意識してゆっくり起き上がりましょう。 起き上がったら手順を逆に行い、元の体勢に戻ります。 * ピラティスは10回やると違いを感じ、20回やると見た目がかわり、30回やると身体のすべてがかわるといわれています。「ちょっと疲れているな」「ジムに行くのは大変だけど自宅で軽く運動をしたいな」という方はもちろん、日々の姿勢や体型を良くしたいという方でも気軽にスタートできるのがピラティスの魅力です。ぜひ一度試していただき、継続していただければいいなと思っています。皆様に少しでもピラティスの魅力が伝われば幸いです。 ―日高さん、どうもありがとうございました。 取材: NsPace編集部編集・執筆: 合同会社ヘルメース

ケースメソッドで考える管理業務
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特集
2023年5月2日
2023年5月2日

CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか_その2:桐山さんが抱えている問題は何か

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第11回は、このクレームをスタッフナースの成長支援の機会ととらえ、管理者として支援を行うために、まずは「桐山さんが抱えている問題」を考えます。 はじめに 前回(「その1:まずすべきことは何か」参照)は、利用者からのクレームがあったときの初動対応について、それぞれの考えを出しあいました。続く今回は、前回のCさんの発言を受け、桐山さんが抱えている問題に注目することで、どんな支援ができるかのヒントを明らかにしていきます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか 入職3ヵ月になるスタッフナースの桐山さんから、「利用者のJさんから『桐山さんには訪問に来ないでほしい』と言われた」と報告を受けた。 桐山さんは病院で3年、いくつかの介護施設で6年、他社訪問看護で1年の経験のある看護師。とても真面目な性格で、職場で冗談を言うこともなく、むしろ冗談を間に受けてしまう様子がある。何かを伝えると一語一句漏らさずに細かな字でメモをとるが、肝心なときにそのメモがどこにあるのかわからずミスをしてしまうのだ。 当ステーションは、管理者と桐山さんを除くと20歳代の看護師が2人。入職時期は2人のほうが早いが、年齢的にも看護師としての経験年数も桐山さんのほうが上である。ほかのスタッフと軽く雑談をすることも桐山さんには難しいようだ。そして他スタッフからは「桐山さんとは一緒に働きづらい」と相談を受けている。管理者として、どうすればよいだろうか? 設問もしあなたがケースに登場する管理者であれば、桐山さんやほかのスタッフに対してどのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 桐山さんが抱えている問題は何か 講師桐山さんはこのステーションで力を発揮しているとは言い切れないと思います。その原因はなんでしょうか。どんな問題を桐山さんは抱えていると考えますか。 Aさん注2入職3ヵ月とあるので、まだこのステーションには慣れていないと思います。しかも、すでにいるほかのスタッフよりも看護師経験は長く、即戦力というプレッシャーもあって、ほかのスタッフにSOSを出すのも難しいのではないでしょうか。 Bさん経歴をみてみると、以前働いていた訪問看護ステーションの経験が、今の仕事に悪影響を及ぼしているのかもしれません。ステーションごとに記録のしかたのような基本的なところでもいろいろ違いがあるでしょうし、そのほかにも暗黙の前提とかもよくありますよね。ステーションからどんな働きを期待されているかも、明確にされていなくてわからないですよね。 Cさん仕事をしていて疑問に思ったことを誰に聞いていいのかわからない可能性はありそうです。本人の性格もあるかもしれませんが、ほかのスタッフに気軽に聞ける状況ではなさそうです。 Dさん桐山さんの看護技術が劣っているとは思いませんが、もしかすると、クレームがあった利用者のケアには必要な知識やスキルが不足していたのかもしれませんね。 「桐山さんが抱えている問題は何か」の小括 桐山さんが抱えている問題はいくつもあることがみえてきました。ではこの問題についての理解をより深めるために、問題の前提となっている状況と、その状況をふまえた上で生じる課題についてみていきましょう。 桐山さんが置かれている状況の特徴 桐山さんを「中途採用で新しくステーションに入職した人」ととらえると、桐山さんが困難な状況に陥りやすい特徴が二つみえてきます。 1つ目は、即戦力とみられることから周囲のサポートが低くなり、それに伴い、社会的なプレッシャーにさらされることです。 2つ目は、前職で獲得した業務のやりかたや信念といったもののうち、新しい職場では通用しないものを捨て去る必要があることです。 桐山さんが抱えている課題 議論のなかで、桐山さんが抱えている課題が4つ出てきました。 ・ 今の職場だと通用しないことを捨て去る必要がある(学習棄却課題)・ 職場からどのような役割を期待されているのかわからない(役割学習課題)・誰に質問してよいかわからない(人脈学習課題)・必要なスキルが不足している(スキル課題) 次回は、このような状況や課題を理解し、管理者として桐山さんに対してどのような支援ができるのかについて考えていきます。 >>次回「その3:管理者としてどのような支援ができるか」はこちら 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇中原淳.『経営学習論』東京,東京大学出版会,2012,155-184.

管理業務への処方箋
管理業務への処方箋
特集
2023年4月4日
2023年4月4日

CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか_その1:まずすべきことは何か

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第10回は、クレームを受けたとの報告がスタッフからあったとき、管理者としてまず何をすべきかについて考えます。 はじめに 「利用者からのクレーム」は、ないに越したことはありません。しかし、クレームがあったときに、管理者として適切な対応ができるよう、事前に考えておくことは有用です。みなさんもセミナーに参加したつもりで、「自分だったらどうするだろう」と考えながらこの連載を読んでいただければと思います。 ケースと設問 CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか 入職3ヵ月になるスタッフナースの桐山さんから、「利用者のJさんから『桐山さんには訪問に来ないでほしい』と言われた」と報告を受けた。 桐山さんは病院で3年、いくつかの介護施設で6年、他社訪問看護で1年の経験のある看護師。とても真面目な性格で、職場で冗談を言うこともなく、むしろ冗談を間に受けてしまう様子がある。何かを伝えると一語一句漏らさずに細かな字でメモをとるが、肝心なときにそのメモがどこにあるのかわからずミスをしてしまうのだ。 当ステーションは、管理者と桐山さんを除くと20歳代の看護師が2人。入職時期は2人のほうが早いが、年齢的にも看護師としての経験年数も桐山さんのほうが上である。ほかのスタッフと軽く雑談をすることも桐山さんには難しいようだ。そして他スタッフからは「桐山さんとは一緒に働きづらい」と相談を受けている。管理者として、どうすればよいだろうか? 設問もしあなたがケースに登場する管理者であれば、桐山さんやほかのスタッフに対してどのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 管理者としてまずすべきことは何か 講師このケースで議論したいことは、CASEのタイトルにもあるようにクレームを受けるスタッフをどうするかです。まず管理者としてやるべきことは何でしょうか。 Aさん注2桐山さんとの面談が必要です。「訪問に来なくてもよい」と言われた状況を確認したいです。CASEに書かれた情報だけではわからないことが多いです。 Bさん桐山さんとの面談の後は、利用者や家族のところへ伺い、桐山さんからほかの看護師に変更してほしい理由を確認します。その内容から桐山さんと一緒に訪問内容を考えるなどして、解決できることかどうかを判断します。ルート組み替えの場合、誰に行ってもらえばいいか等も考えます。 Cさんルートの組み替えはほかのスタッフへの影響もありますし、桐山さんの今後も考えると、できることなら桐山さんに訪問を継続してもらいたいと私は思います。そのためにもまずは、桐山さんの利用者へのケアを同行訪問で確認したいです。そのときに、看護技術のチェックリストを用意しておいて、できるだけ主観的ではない指標で確認したいです。これができると桐山さんへのフィードバックもやりやすいです。 講師「クレームがあった」と報告を受けたときの、初動対応の案が出てきました。まずは事実確認が大事ですね。桐山さんと利用者、まずはこの二者からの事実確認が大切になります。そして看護技術についてチェックリストを使って確認するという意見も出ました。 クレームを発生させないために管理者ができることは何か 講師初動対応時にやるべきことがいくつか出ました。これとは別に、Cさんは桐山さんに訪問を継続してほしいという意見を持っていましたね。このことについてもう少し伺ってもいいですか。 Cさんクレームがあったときの初動対応としてはみなさんの発言のとおりだと思います。その上で、管理者は、ステーション全体としてクレームが生じないような取り組みもすべきだと思います。利用者から「訪問に来ないで」と桐山さんが言われたことは事実かもしれませんが、ケースの状況を考えてみると、クレームを受けた原因が桐山さんだけにあるとは思えません。桐山さんは入職して3ヵ月です。まだまだ支援が必要だと思います。 次回は、このクレームをスタッフナースの成長支援の機会ととらえ、管理者として支援を行うために、まずは「桐山さんが抱えている問題」について考えていきます。 >>次回「その2:桐山さんが抱えている問題は何か」はこちら 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com編集:株式会社メディカ出版

訪問看護事業所の休廃止を防ぐ
訪問看護事業所の休廃止を防ぐ
インタビュー
2023年3月14日
2023年3月14日

訪問看護事業所の休廃止を防ぐ~利益創出の理解と組織づくりの思考は看護と同じくらい大切~

訪問看護業界での人材戦略を考える特別トークセッション。最終回は、訪問看護事業所の休廃止を回避し維持するために、何が必要かを語り合いました。管理者自身が、お金の動きを理解できる力をつけること、組織マネジメントに必要な思考を身につけること。そのために、自分で抱え込む精神を捨てるアンラーニングが重要です。 第3回「訪問看護管理者が真にやるべきこと」はこちら>> 「看護+パッション」だけでは起業はできても維持が難しい 中原: 訪問看護で事業を始めようとするなら、もちろん看護のスキルも必要なんだけど、どれだけの入るお金があって、どれだけお金が出ていくのか。そこを理解できるスキルが絶対に必要。しかも最初から2.5人で、人数分の利益を上げなきゃならないでしょう。 その次に、私だったら組織づくりを考えるかなと思います。1人いなくなったら休止だから、とにかく離職を避けなくてはならない。 乾: そうなんですよね。個人商店ではない。2.5人必要で、もともと組織化されていますから。売上をあげて、いくらコストがかかって……に始まり、人を採用して定着させるところまで。 中原: それらと同じぐらい看護が大事ではあるんだけれど、ビジネスの理解やマネジメントスキルが必要だという認識をもって、覚悟をくくっておかないと、「看護+パッション=訪問看護」だけでは起業はできても維持が難しい。 学び直しの機会がなかった 乾: 病院に勤務してきて「やりたい看護がしたい」で訪問看護に飛び込む、一般的な看護師さんのキャリアパスでは、そういった視点を得る機会ってなさそうですよね。 中原: 訪問看護のマネジャーがど・はまりしてつまずいていくパターンや、どうマネジメントしていけばいいか、そんな研究や理論はあるんでしょうか。 落合: 看護師って、思いを馳せて患者さんをずっとみて育っていて。なので、マネジメントも「後輩を思いやって」という文化で、そこにマネジメントの根拠や理論はないことが多いんです。 たとえば「フィードバックってどうやるんだ?」ってときも、「中原先生の本にある、こういうフィードバックの方法に基づいて……」のような考えかたはせずに、ひたすら「思いやりを込めて……」とか、先輩から受けてきたフィードバックを後輩に同じようにする。だから、パターナリズムなフィードバックを受けてきた人は、ちゃんとパターナリズム的なフィードバックをしてしまう。そんなことがありがちだと思っています。 一方で患者さんに対しては、たとえば緩和ケアだと患者さんに寄り添うコミュニケーション技術が構築されていて、看護のスキルであれば学べといわれるし、学ぶんです。なのに、組織運営に関する技術は学んでこないんですね。 過去の先輩の知恵を大切にしつつ、マネジメントとか経営の技術は知るべきだよな、とはすごく思います。 中原: せっかく思いを持って立ち上げるんだから、その思いが無駄にならないような学び直しの機会があったら、先ほどの休廃止に至る典型的パターンが避けられるかもしれないですよね。 マネジメントの武器は、「聞く」「しゃべる」くらいしかない 中原: 訪問看護の管理者は、ソロプレイヤーでもありながらマネジメントもやって、かつ従業員側もみなくてはならないし、利用者側もみなくてはならない。そんな状況で、何から始めて、どういうふうにステップアップしていくのか。学び直す機会をどう持つかだと思います。 この業界に合った形のマネジメントの手法をどう実現するのか、そこから、知見を積み重ねることです。皆さんの領域の研究者が、皆さんのカルチャーや状況に合ったマネジメント手法や組織開発手法を、地道に研究したほうがいいのではないでしょうか。私の本なんか読まないでいいですから(笑)。地道に地道に、皆さん自身の領域で起こっていることを「探究」するとよいと思います。 乾: いえ、中原先生の本にある1on1だとかフィードバックだとか、一般的なマネジメントのスキルも、実際現場ではすごく必要とされているし、重要だと思います。私たちの支援先の事業所さんでも、「こうしたいけど、どうすればいいんだっけ」と知らなかったり経験不足だったりが現実にあるので。それは業界の特殊性以前に、土台として必要なことだと。 中原: なるほど、そうですね。どこの世界でもマネジメントって、起こったことを傾聴していきながら振り返って、じゃあ今後はどうしようと目標を設定していく、そういったことを地道にやるしかない。マネジメントって結局、そんなにたくさん武器はないんです。聞いてしゃべるくらいしかなくて、それを愚直にやっていくのがマネジメントですから。マネジメントは「ABC」ってよく言われます、絶望しますけど。「A:あたりまえのこと」を「B:ばかにせず」「C:ちゃんとやる」、これに尽きますね。 乾: その「どんな武器があるのか」や「武器の使いかた」を知ることが、現場で必要とされているのだと思います。 落合: そういうものだと私も思います。 管理者にこそアンラーニングが必要 落合: 訪問看護師的な感覚でいうと、思いだけでやるならたぶん、中原先生がおっしゃるみたいに1人でやるのが本当にいちばんいい。だけど制度上それは無理で、すると2.5人とか3人とか、5人までのいわゆる小規模でやるのがいいんでしょう。聞く・話すの能力だけで考えても、結果的に5人ぐらいまでが、管理者1人(優しい人で)が面倒をみることができる限界の人数なんだろうと。 そこに、「聞く」や「話す」をマネジメントの技術として実践できると、10人とか15人ぐらいの人を支えられるのかなと。そのために見える化のサービスが必要なのかもしれないし、中原先生の本を読むのがいいのかもしれないし、いわゆる業界理解をすると伝えかたが変わるのかもしれないし。 それは勉強が必要ではあるんだけど、自分で抱え込む精神をまず真っ先にアンラーニングして、いち管理者の努力で解決しようとせずに、うまく外部を活用して自分のものにしていったらいいんじゃないかな。 ─ 管理者としては、病院から訪問看護に入ってきた人へ学習機会を提供して、ゲームチェンジを理解させること。そして訪問看護は病院看護の延長ではない、異なる競技に挑んでいるんだという前提で、管理者自身にもアンラーニングの必要性があることに気づかされました。どうもありがとうございました。 落合実18歳から有床診療所、大学病院、訪問看護ステーションと、働く場所を移しつつ一貫して臨床看護に携わる。現在は、福岡にUターン移住し、ウィル訪問看護ステーション福岡の経営と現場を継続しながら、医療法人や社会福祉法人、ヘルステック系企業のコンサルティングも提供。ウィル株式会社は、訪問看護ステーション事業とフランチャイズ展開のほか、記録システムの開発・販売、採用支援、eラーニング開発・支援などを手掛けている。「スイミー」で小さな魚が集まって苦境を乗り越えられたように、皆で集まることでナレッジシェアができる組織を目指している。乾文良大手ITシステム会社、商社勤務を経て、2016年に株式会社エピグノを共同創業。エピグノで開発・販売している人材マネジメントシステムは、医療・介護領域に特化している日本初の製品であり、モチベーションやエンゲージメントを測定することが特長。エンゲージメントやモチベーション状態が具体的な指標にもとづいて測定され、その見える化を通し、組織と経営両面の健全化を図ることができる。中原淳「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発、組織開発について研究している。著書に、「職場学習論」「経営学習論」「人材開発研究大全」(東京大学出版会)、「組織開発の探究」(中村和彦氏との共著、ダイヤモンド社)、「研修開発入門」「『研修評価』の教科書」(ダイヤモンド社)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)、「残業学」(パーソル総合研究所との共著、光文社新書)、「フィードバック入門」「サーベイ・フィードバック入門」「話し合いの作法」(以上、PHP研究所)など多数。記事編集:株式会社メディカ出版

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