ターミナルケアに関する記事

緩和ケア がん疼痛
緩和ケア がん疼痛
特集
2023年4月25日
2023年4月25日

がん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】

最近は多くの病院からがん末期の患者さんがご自宅に退院されます。中には強い痛みやオピオイド(医療用麻薬)の副作用に悩む患者さんがいらっしゃいます。そのような患者さんにどのように寄り添い、症状を緩和していくか。この連載では、ときに基礎的な話も織り込みながら、がんの疼痛緩和について解説を進めていくことにしましょう。 がん疼痛がコントロールできていないAさん Aさん49歳。膵臓がんの方です。がんが発見されたときには、すでに肝臓全体に転移していました。妻と子ども2人(小学生と高校生)と生活していましたが、入院して、抗がん剤治療を行うことになりました。 しかし、抗がん剤の効果はあまりありませんでした。2種類目の抗がん剤を使用しても、病変はむしろ拡大し、がん性腹膜炎も発症。医師からこれ以上の治療は意味がないと退院をすすめられました。 Aさんは自宅療養を選択し、ご自宅に帰られました。歩いて外出するのは困難であったため、訪問看護と訪問診療を導入し、介護保険を申請。ケアマネジャーも紹介されました。 Aさんが退院時に処方された薬剤は図1のとおりです。 図1 退院時に処方された薬剤 Aさんの痛みや状態をアセスメントする Aさんの退院時、まず訪問看護師であるあなたが訪問しました。Aさんが実際にどのような痛みを感じているのか、詳しく伺うことにしました。Aさんに、痛みの部位や痛みの経過、痛みの強さやパターン、性状について確認してみると、自宅に帰る数日前から、心窩部から背部のじわじわした痛みに悩まされるようになったとのこと。入院中はそれほど痛くなかったものの、退院してから1日中じくじくと痛むようになったそうです。場所はだいたい同じ位置です。また、時々強い背中の痛みが生じ、ベッドに横になることしかできなくなってしまうとの訴えもありました。 食欲もあまりなく、好物のステーキも2口程度しか食べられません。便秘に対する薬を服用していますが、この5日ほど排便がありません。腹部も張っているので常に苦しい感じがあるとのことでした。 このようなケースをどう考え、解決し、看護していくか。一緒に考えてみましょう。 痛みの原因を探る がん疼痛は「侵害受容性疼痛」と「神経障害性疼痛」に分けられます。まずは、Aさんの痛みがどのような痛みなのか、痛みの種類を整理しましょう。痛みの種類が分かれば、治療法の検討に役立ちます。 侵害受容性疼痛 侵害受容性疼痛とは、体の組織の損傷による痛みです。組織には痛みを感じる侵害受容器があり、それが刺激されることによって痛みが生じます。切り傷、骨折、擦り傷などの痛みも含まれます。がんの場合は、がんが内臓に浸潤したり、転移して臓器が傷ついたりすることで痛みが生じます。 障害受容性疼痛は、「体性痛」と「内臓痛」に分けられます。 ■体性痛体性痛は、比較的太い神経線維で伝えられる痛みです。そのため、骨や皮膚、筋肉、結合組織といった「体性組織」への刺激が原因となることが多いです。腹腔内臓器でも、被膜や腹膜まで達した炎症で生じる場合はこの痛みとなることがあります。例えば、虫垂炎や腹膜炎の痛みです。太い線維で伝えられる痛みなので、局在がはっきりしていること、体動時に悪化することが特徴です。痛みが体動で悪化する際のレスキューがポイントになります。 ■内臓痛内臓痛は、比較的細い線維で伝えられる痛みです。局在がはっきりせず、鈍い痛みとして感じられます。例えば、膵臓がんの痛みも上腹部全体、背部(胃の裏側辺り)の痛みとして感じ、その局在は比較的広くなります。 神経障害性疼痛 神経障害性疼痛は、神経そのものが障害されたり、刺激されたりすることによって起こる疼痛です。しびれや異常感覚を伴うことがあります。代表的な神経障害性疼痛の異常感覚は、痛む部分を少しだけ刺激することによって強い痛みを誘発する「アロディニア」という現象です。 * がん疼痛は、体性痛、内臓痛、神経障害性疼痛の3種の痛みが時には混合して疼痛として感じられることがあります。例えば、膵臓がんでは、膵被膜に浸潤する痛みや腹膜に転移して生じる痛みは体性痛、膵臓がんによって膵液の流出が妨げられ、膵内圧が高まった痛みは内臓痛にあたります。さらに、膵臓がんは腹腔神経叢へ浸潤することもありますので、浸潤した痛みは神経障害性疼痛に分類されます。このとき、強い腹痛や背部痛が出現します。オピオイド(医療用麻薬)ではコントロールしにくくなり、腹腔神経叢ブロックが必要になることがあります。 Aさんの痛みの特徴を理解する Aさんの痛みの訴えをもとに、痛みの種類を考えてみましょう。 まず、Aさんの痛みは、じわじわした境界不明瞭な痛みです。何となくこのあたりが痛い、言われてみれば心窩部や背中が痛い、というものです。これは内臓痛の成分が強いと思われます。また、時々起こる強い背部痛は、痛い場所がはっきりしているので、内臓痛に加えて、体性痛を合併している可能性が高く、侵害受容性疼痛とも判断でき、神経障害性疼痛の可能性も否定できません。先述のとおり、膵臓がんの場合、腹腔神経叢に浸潤し、神経障害性疼痛を起こしやすいことが知られています。 Aさんの痛みの特徴を理解したら、次はその痛みをどのように緩和していくのかを考えていきましょう。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 執筆 鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ、在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】 〇日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編 『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)』 東京,金原出版株式会社,2020.

特集 会員限定
2022年2月15日
2022年2月15日

【セミナーレポート】看取りの作法~事例検討と質疑応答編~

2021年12月17日(金)、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナーを行いました。講師に田中公孝先生をお迎えした今回のテーマは、2021年11月開催セミナーから引き続き「看取りの作法」。リアルな看取りの実例を通し『医療者が看取りに向き合う』ときに意識したい点について、田中先生のご経験をふまえながらお話いただきました。今日の訪問看護からすぐに取り入れられるエッセンスをピックアップしてお届けします。 2021年11月12(金)開催「看取りの作法」セミナーレポートはこちら≫ 【講師】田中 公孝先生杉並PARK在宅クリニック院長。家庭医療専門医。経歴:2009年滋賀医科大学医学部卒。家庭医療専門医。2017年東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに参画。2021年春東京都杉並区西荻窪で開業。医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、区や医師会のICT推進事業にも関わる。 「看取り」を見据えた医療者のかかわり方 サービス開始時、利用者の方の情報を分析し、医療の視点からみなさん計画を立てると思います。もちろん決めつけすぎるのは良くありませんが、計画段階で『どこまでを見据えるか』という点は重要です。看護計画に主眼を置きすぎると見落としてしまいがちな「本人はどうしたいのだろう」という視点。この視点もバランス良く持ちながら患者さんとかかわっていく必要があると考えていて、私の場合は「最期をどういうふうに迎えたいか」という点も注視します。・最期について、家族とどうやって話し合うのか・専門職としてどのような意志決定の支援ができるかというところまで思考を拡張させながら、医学アセスメント、家族関係や希望を含め、計画を立てていきます。 家族間の問題が表出したとき、医療者はクッションになり得る 終末期になると家族の問題や関係性が集約されてきます。これまで関係性が希薄だった家族が集合してコミュニケーションをとり始めると、ギクシャクしてしまうことも多い。そういった場面で、専門職はクッションになれる可能性がある。その点についても意識しながら、看護計画を立てていくと良いのかなと考えています。 利用者の方の日々の生活から読み取る観察眼 利用者の方のことを知るために、私が意識しているのは次の2つです。まずひとつは利用者の方に「具体的な質問をする」こと。たとえば「食事のあとはなにをして過ごしますか?」と漠然と聞くのではなく、「新聞は読みますか?」「テレビは観ますか?」など1歩踏み込んで尋ねることで初めて返ってくる答えがあります。もうひとつは「観察する」ことです。利用者の方の身の周りに置いてあるものや日常でよく使うもの、飾っているもの。そういったもののなかに、大切にしたい思い出や誇りを持っていることが隠れている。そこに目配りをすることでコミュニケーションのきっかけができるだけでなく、短期間でも心の距離を縮めやすくなり、心を開いてもらうことにつながります。これは利用者本人だけでなく、家族に対しても同じことが言えます。 グリーフケアのコーディネート 会いたい人に会えるように 看取りの際、私たちの行為にはグリーフケアをコーディネートするという側面が含まれます。ご家族からも話を聞くことは、利用者本人のことを知るだけでなく、ご家族に対する死前のグリーフケアにもなるんです。死前に「悲嘆を共有できる専門職」として家族に認めてもらうことで、死後のグリーフケアもスムーズになります。 グリーフケアの基本についてはこちら≫ また、やりたいことを叶えていくことで、本人はもちろんご家族も「良かった」と思える。死前のグリーフケアという意味も含めて本人に「やりたいことはないですか?」「会いたい人はいますか?」と聞いたり、「会いたい人には会った方が良いですよ」と促したりします。 そして心構えを伝えることも重要です。私たち医療者は事例を見ているので看取りへ向かう経過のイメージができますが、ご家族には難しい。だから事前に「これから1カ月でこうなります」「1週間でこうなります」という変化を専門家として提示することで心構えを促します。そうすると「じゃあ、あれをやらなくちゃ」と家族の行動が変わる。そこをコーディネートするのがすごく重要かなと考えています。 Q&Aセッション 短期間で関係性を構築するためのアドバイスいただけますか? Q 最近は介入後に数週間で旅立たれることが多いです。関係性や信頼関係に中途感があります。短期間で関係性を構築するためのアドバイスをいただけますか? A 事前にどれだけ看取りに向けてのシナリオを描けるかというのが鍵となります。準備無しで行き当たりばったりだと、絶対に中途半端になってしまう。これまでの治療で患者さんや家族が抱えた気持ちのモヤモヤを解きほぐして、家族に看取りへの心構えや経過を説明して、家族関係のコーディネートをして…ということができれば中途感はぬぐえるかなと思います。このとき、ひとりでパンクしないために看取りのためのベストチームを形成しておくことも重要です。同じような価値観で組める医師に依頼して、看取り経験が豊富な看護師、ケアマネージャーともトライアングルチームを組んで、家族のグリーフケアもケアマネージャーにフォローしてもらって、というようなプロデュースをしてチームで手分けできると、かかわる時間が短く自分たちがあまり時間を割けないなかでも、上手くいくように思います。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

コラム
2022年2月8日
2022年2月8日

患者・家族の認識とグリーフケア

訪問特化型クリニックから、在宅緩和ケアのtipsを紹介する「家庭医が伝える在宅緩和ケア」。最終回は、在宅緩和ケアのなかでも難しさとやりがいが入り混ざる「患者・家族の認識とグリーフケア」について紹介します。 患者家族の受け入れ度合いはさまざま 終末期と一言でいっても、訪問診療や訪問看護に紹介されてくる患者さん・家族は、認識や受け入れの度合いがさまざまです。 在宅医療になって納得している人。納得していない人。前医の不平不満がある人。不安が強い人。現状を受け入れがたいと思っている人。 こうした患者さんとその家族に対して、皆さんはどのように考えて取り組んでいますか?私からは、一つ。エリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容プロセス」をふまえてアセスメントすることをおすすめします。 キューブラー=ロスの死の受容プロセス ① 否認と隔離② 怒り③ 取引④ 抑うつ⑤ 受容 キューブラー=ロスによれば、死に直面した人間の感情は、おおよそ、①から⑤へと順を追って経過するといいます。順番が前後することもあるといわれ、実際に経験としても実感があります。 それでは、私が遭遇してきた臨床場面を例に、具体的に考えていきましょう。 ②「怒り」の時期 いちばんよく出会うのは、前医への不満や怒りがある患者さんとその家族の場合です。これは、②「怒り」のステージの状態です。 この段階のときは、ひたすら傾聴して、ときには相槌や、これまで経験してきた他の事例などもお話に交えながら、ためているものを吐き出してもらいます。 ためているものをここで一定程度出していただかないと、次の受容段階に進みません。そして、これから緩和ケアを提供していくなかで、どんな声掛けが合っているのかがつかみにくい状況になってしまいます。 これまでの経過や感情を出してもらうことを最優先として、特に初回・2回目の訪問では、病状の変化ももちろん重要ですが、傾聴してこれまでの経緯や感情をとらえることを最優先事項にします。 できれば「在宅医療が入ってくれたから苦痛が緩和された」「食事や排泄の負担・不安が軽減された」と感じてもらえるアプローチも同時にできると、怒りの消化とともに、在宅医療への信頼感の熟成につながる印象です。 ③「取引」と④「抑うつ」の時期 この時期が他の段階と比べても悲嘆が強い印象で、これらの時期と判断した際は、ケアの合間やケアが終わった後に心情をお聞きして、相槌をうちながら傾聴するのが重要です。 特に本人や家族が不安として抱えていることについて、専門職が訪問するたびに吐き出してもらうことを意識します。 傾聴や、さまざまな質問に答えながらコミュニケーションを重ねることは、より受容を促します。「これから先どうなっていくのか」という不安を支えていくことが、この時期の専門職の重要な役目と思います。 ⑤「受容」に至った状態 「受容」に至ったと判断すれば、あとは、どんな最期になるかを説明したり、それに向けて準備をしてもらったりを促していきます。 特に最近、私自身が強く感じるのは、病状経過の説明だけでなく、銀行関係の話、葬式業者の話など、死後の社会的な手続きについても、少しでよいので言及することが大事だと考えています。それこそ、死後の処置としてエンゼルケアをするかどうか、といった話もあらかじめ具体的に詰めておくことが重要でしょう。また、お会いになりたい家族・親戚がいないか、いたら早めに会いに来てもらうよう勧めることも、ケア職の大事な役目です。 かかわりはじめからグリーフケアが始まっている 個人的な経験として、キューブラー=ロスの死の受容プロセスをしっかり通ると、死前のグリーフケアも非常にうまくいく印象です。このため、終末期にかかわる専門職は、「在宅緩和ケアでかかわった瞬間からグリーフケアが始まっている」という認識で臨むことが重要だといえるでしょう。 トータルペインの考えかたは前回お話ししましたが、かかわる時点でさまざまな側面の苦痛をアセスメントし、それぞれにアプローチしていくだけでも、かなり骨が折れる作業ではあります。ですが、今回の「患者・家族の認識とグリーフケア」のように、患者さんとその家族の感情面や葛藤にフォーカスした専門的アプローチも、相当重要な位置を占めると私は考えています。 事例から得る学びを糧にする 終末期の事例は、やること・意識することが非常に多いのですが、経験を重ねていくほど似た場面も経験します。まったく同じ事例はないのですが、それまでの経験を糧にして目の前の事例に応用できると、個人的経験からも思います。 ですので、一つ一つの終末期事例の経験を大事に、自らの糧にしていくよう心がけてください。特にデスカンファレンスなど他者と振り返る機会は、自分が気づかなかった視点を得られる重要な機会です。ぜひ、かかわった職種で振り返る機会をつくることをおすすめします。 私が好きな「コルブの経験学習サイクル」1)という考えかたがあります。簡単にいうと、経験を振り返って知恵を紡ぎ出し、明日に生かすという学びのサイクルです。 一つの終末期事例の経験をしたら、しっかり振り返ることで、概念化、いわゆる教訓や気づきを言語化し、次の事例に適応させていく。そんなサイクルを忙しい在宅の臨床業務のなかでもしっかり回していってもらえれば、徐々に終末期の対応力が上がっていくと思います。 連載のおわりに さて、看取りの作法について、全3回取り扱ってきましたが、いかがでしたでしょうか? 看取りの1週間前に今後起きることについて説明することも、トータルペインでアセスメントして多面的なアプローチをすることも、キューブラー=ロスの死の受容プロセスを活用することも、かなり実践的なものだと思って、本連載で紹介させていただきました。 皆様の明日からの臨床現場での参考にしてもらえれば幸いです。 著者田中 公孝2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。2017年4月東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げにかかわり、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、市や医師会のICT事業などにもかかわる。引き続き、その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指しながらも、新しいコンセプトのクリニック事業の立ち上げを決意。2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」開業。 杉並PARK在宅クリニックホームページhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)Kolb,DA.Experiential Learning:experience as the Source of Learning and Development.Englewood Cliffs,Prentice Hall,1984.

特集 会員限定
2022年1月25日
2022年1月25日

【セミナーレポート】看取りの作法 Q&Aセッション回答編

2021年11月12日(金)、NsPace(ナースペース)主催で行った「看取りの作法」についてのオンラインセミナーの内容を3回に分けてお伝えします。最終回の今回は、「QAセッション」の模様を一部ご紹介します。 【講師】田中 公孝先生杉並PARK在宅クリニック院長。家庭医療専門医。経歴:2009年滋賀医科大学医学部卒。家庭医療専門医。2017年東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに参画。2021年春東京都杉並区西荻窪で開業。医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、区や医師会のICT推進事業にも関わる。 Q1 訪問看護師がエンゼルケアをする事例はある? 私が組んでいる訪問看護ステーションの場合は、エンゼルケアまで行う事例が多いです。看護師さんの方からご家族に「訪問看護師にエンゼルケアをしてほしい」と思わせるような促しをすることも多い印象ですね。看取りにはご家族との細かいコミュニケーションが必要なので、エンゼルケアまでを含めて一つのパッケージとして提供しているところもあります。一方で、そこまでエンゼルケアというものがピンとこないご家族や、お金もかかるので葬儀屋さんでいいですとおっしゃる場合は、葬儀屋さんが担当なさいます。 Q2 誤嚥リスクが高くても飲食したいと言われた場合の工夫は? すごく細かくしてとろみをつける方法があります。そのままの固形物ではなく、味を体感できるように工夫してみてください。飲み込まなくても、少量を口に含んで味を楽しんでもらうというのも一手です。 Q3 予後が1日2日だと感じたとき、看護師から告知を行うのはアリ? 看護師さんの方が頻繁に患者さんを訪問するので、ギリギリの場面で今すぐ伝えなくてはと感じるケースもあるかと思うのですが、まずは医師とコミュニケーションをとることをおすすめします。ひと手間かかって大変だと感じるかもしれませんが、訪問クリニックに連絡して「私からご家族にここまでお伝えしておきますね」というところの確認するのが良いかと思います。最近は、MCSやバイタルリンクなどを使うことで情報をファクトとして共有できるようになったので、訪問クリニックと目線を合わせて実行してみてください。 Q4 本人は入院したくない、家族は入院してほしいケースはどうしたらいい? 結構多いケースですね。この場合、まず「家族はどうして入院してほしいと思っているのか」について深堀りして話を聞きます。働いているから看きれないというのであれば、訪問サービスで固める方法をご提案することもあります。もう一つ、「ご本人はどうして入院したくないのか」についても探ります。家族には素直に本音が言えないこともあるので、私たちが翻訳家や伝言役としてご本人と家族とをつなぐことも少なくありません。ここは多職種介入のミソだと思います。家族の話をたくさん聞き、本人の話もたくさん聞いて、向き合って妥協点を探ることをおすすめします。 Q5 グリーフケアやデスカンファの最適なタイミングは? グリーフケア、デスカンファ、ともにご本人が亡くなってから1カ月後をひとつの目安にしています。ご家族は葬儀でバタバタしたり、銀行をはじめ必要な手続きも多かったりするので、そのあたりのことが落ち着いた1カ月後くらいが目安になります。デスカンファも2カ月空けてしまうと記憶が薄れていることが少なくないので、行うのであれば、1カ月くらいが良いと思います。 Q6 リハ職として、亡くなる1カ月以内ではどんな関わりができますか? できる関わりは多々ありますが、最も重視してほしいのはご本人への「傾聴」です。どんなことを今ご心配されているんですか? とか、先生や看護師さんからどんな話がありました? とか。聞く姿勢をもってくれる人に話をすると患者さんはちょっとすっきりするので、傾聴の関わりをおすすめします。そこで聞いたことを医師や看護師に共有してみるのはどうでしょうか。 Q7 キーパーソンと他の家族の関係性が良くないケースではどうしたら? キーパーソンは他の家族に説明しなくていいと言うが、他の家族は知りたいと言うようなケースでは、まずは、キーパーソンに目線を合わせます。他のご家族との関係性をちゃんと見つめながらキーパーソンに寄り添ってしっかりお話を聞いて、もし他の家族に説明をしない場合は〇〇というトラブルが考えられますが大丈夫ですか?というところまで伝えます。ここで妥協点を引き出せることが多いですね。医療者が家族の間に立ってコーディネートすることで円滑にコミュニケーションがとれるようになる、というのは、後々にも感謝されることじゃないかなと思います。 Q8 怒りを表出している患者さんにどう言葉がけしていますか? 私に対して患者さんが表出する怒りは「前医への批判」であることが少なくありません。そういうときは、私自身は前医を批判しないようにしながら「これからは私に言ってください」という方向に話を運びます。結構きついんですが、割り切って怒りに向き合っていますね。もう1回目の往診はこれだと。私の1回目の治療はこれだというふうに心がけをして、サンドバックになります。このとき、相槌も重要です。合いの手を入れるとさらに話してくださるので、どこで合いの手を入れるかも意識します。これはみなさん抱えている悩みだと思うので、看護師さんどうしでぜひいろんな人の経験を聞いてみてください。 Q9 訪問看護ステーションとの連絡・連携方法で工夫している点は? 医療ICTには、MCS、バイタルリンク、カナミックなどあるかと思うのですが、これらを事前にチームで共有します。相手が読んでいるかどうかはまた別の問題になりますが、タイムリーな共有が可能です。私自身は、末期のときはチーム全員でICTを導入します。文字だけではニュアンスが伝わりにくいこともあるので、内容に疑問をもったときや目線を合わせた方が良いと感じたときは、電話でもコミュニケーションをとるようにしています。 ▶ 編集部まとめ 在宅医療にかかわる医療者にとって大きな課題のひとつでありながら、自分なりの正解を見出すことが難しいと感じている方が多い「看取り」というテーマ。より良い「看取り」とはなにか? という課題に真正面から向き合い、多職種での連携を行いつつ患者さんとそのご家族に真摯に寄り添う田中先生のお話に、セミナー開催後、編集部には参加者の方からたくさんの声が寄せられました。代表的なコメントを一部ご紹介します。 〇セミナー後に参加者の方から寄せられたコメント「看取りの現場の実際の話をたくさん聞けて大変勉強になりました」「在宅専門の先生目線での意見が聞けて勉強になりました」「これで良かったのかと反省しながらまた次にと、すすんでいたので心が楽になりました」 次回セミナーレポートでは、2021年12月17日(金)、引き続き田中公孝先生を講師にお招きして開催した「看取りの作法~事例検討と質疑応答編~」をお届けします。公開まで楽しみにお待ちください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年1月18日
2022年1月18日

【セミナーレポート】看取りの作法 -後編- 看取り直前の対応とグリーフケア

2021年11月12日(金)、NsPace(ナースペース)主催で行った「看取りの作法」についてのオンラインセミナーの内容を3回に分けてお伝えします。2回目の今回は、「看取り直前の対応とグリーフケア」についてご紹介します。※約60分間のセミナーのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【講師】田中 公孝先生杉並PARK在宅クリニック院長。家庭医療専門医。経歴:2009年滋賀医科大学医学部卒。家庭医療専門医。2017年東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに参画。2021年春東京都杉並区西荻窪で開業。医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、区や医師会のICT推進事業にも関わる。 看取り直前の経過をおさえる 看取りの自然経過として、そろそろ食欲がなくなってきた……というタイミングで、ご家族に1週間以内の話をします。そんなことまで伝えるの? と思う方もいるかもしれませんが、これから起こることを前もって知っていると人は冷静になれるので、必ず伝えるようにしています。具体的には、次のような内容をお話します。 死亡前1週間以内・トイレに行けなくなる・水分が飲めなくなる・ADLが落ちていく 死亡前48時間以内・手足が冷たくなる・尿が非常に少なくなる・血圧が脈でしか測れない(70くらい)・死前喘息(ゼーゼーという痰が絡むような音が聞こえる)・手足をバタバタさせる「せん妄」状態に陥る 死前喘息については、吸引しても引けない可能性があり、ご本人にとって吸引が苦痛になるので、ゼーゼー苦しそうに聞こえるからといって「これは引いてもらわないといけない」と思わない方が良いかもしれません、ということも伝えます。せん妄状態についても、結構手足をバタバタさせることを事前に知ってもらいつつ、どうしても辛そうな場合の処方薬を置いておくので様子をみてくださいねと、具体的な対応を含めてお話します。このとき、「看取りのパンフレット」もよく活用しています。 看取りのパンフレットについてはこちら≫ 死生観・グリーフケアを意識する 死というものをリアルに感じ始めると、多くの方は「じゃあ、ここからどうやって生きようか」ということを考えます。家族や友人・知人に会いたいとか、あれを食べたいとか、出てくるんです。死生観、つまり「死を認識したうえで、どう生きるか」というのは、ご本人はもちろん家族や私たち看取りを行う医療者にとっても重要な視点になります。そして、死生観というのは個別的なものなので、押し付けるものではないという基本を忘れないことも大切です。 また、私はグリーフケアを推奨しています。グリーフケアとはなにか? 簡単に言うと「悲嘆をケアすること」です。人は愛する人を失うと大きな悲しみを感じて、長期にわたって特別な精神状態の変化があります。これが「グリーフ(GRIEF/悲嘆)」です。残された家族が体験して乗り越えなければいけないことを「グリーフワーク」、そのケアをすることを「グリーフケア」と呼びます。看取りを通じて、生前からのグリーフケアを行っていきます。 グリーフケアで最も重要なのは「感情表出を手助けすること」。私たちはグリーフケアにおいては「涙を流してもらえる専門職」としてあるべきかなと思っています。ご家族が患者さんご本人の前では見せないようにしているもの・いたものを表出させて、心を軽くするための手助けをする専門職でありたいと思います。なかなかご自身だけ、その場だけで表出させることは難しいので、家族や親戚の方にも手伝ってもらえるようにお願いすることもあります。少し余談になるかもしれませんが、実は葬式は絶好のグリーフケアの場。みんなで集まって食事をしながら故人を偲ぶことでグリーフケアになっているんです。四十九日や三回忌なども同じですね。COVID-19流行の影響でなかなか人が集まれない状況が続いているので、医療者としてよりグリーフケアを意識してみてください。 そして、グリーフケアを通じて医療介護職自身のセルフケアにもなります。なぜなら、看取りには「本当にあれで良かったのかな」「もっと上手くやれたんじゃないかな」というモヤモヤがつきものだから。そういうときに他者からの一言で救われることもあるので、セルフケアという意味でも、ご家族のケアという意味でも、グリーフケアを推奨します。 在宅看取りについての私見 現状、在宅看取り数が少ない日本ではありますが、できるならしたいと思っているご家族がいたり、できるなら最期まで自宅にいたいと思っている患者さんがいたりします。看取りの回数を重ねると「あ、これは似たようなケースを経験したことがある。あのときは上手く看取れた」と、過去のケースと重ねられるように感じることも増えるのですが、類似ケースであっても同じ看取りはありません。 そして、どれだけ看取りのエキスパートになっていても、やっぱり見えていない点や家族の話で聞けていない点は絶対に出てきます。患者さんやご家族が、「看護師だから言うね」「先生(医師)だから話すね」「介護の人だから相談するね」とこそっと言うようなこともありますので。 だからこそ、今後、自宅での看取りを増やしていきたいというのはありつつも、私たち医療者の理想を、患者さんやそのご家族に押し付けることだけはしてはいけないと考えています。「完璧は絶対にない」というのを前提として、一つ一つの看取りに対して十分な配慮をすること、経過のなかで複数の関係者の視点でディスカッションをすることが必要です。看取りを終えてからも、どういうところが良かったのかな、今後改善できるとすればどういうところかな、という話ができるとなお良いですね。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年1月18日
2022年1月18日

【セミナーレポート】看取りの作法 -前編- 医師が考える看取りと向き合うポイント

2021年11月12日(金)、NsPace(ナースペース)主催で行った「看取りの作法」についてのオンラインセミナーの内容を3回に分けてお伝えします。1回目の今回は、「医師が考える看取りと向き合うポイント」についてご紹介します。※約60分間のセミナーのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【講師】田中 公孝先生杉並PARK在宅クリニック院長。家庭医療専門医。経歴:2009年滋賀医科大学医学部卒。家庭医療専門医。2017年東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げに参画。2021年春東京都杉並区西荻窪で開業。医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、区や医師会のICT推進事業にも関わる。 医療・介護専門職としての「看取り」と在宅看取り数の現状 私は家庭医療専門医として、在宅クリニックを開業しました。開業から半年、従業員は3名です(2021年11月現在)。訪問エリアは西荻窪を中心に半径6km以内(東京都の23区の西側、新宿より西側のエリア)を担当しています。クリニックのミッションは「医療を通して探求し、あるべき未来に挑戦する」こと。今後の地域包括ケアに貢献していきたいと考えています。そういった想いがある一方で、医療・介護の専門職として「看取り」という日常・仕事にどう向き合っていくか? というのは私にとって大きなテーマです。これはみなさんも同じように感じていらっしゃるのではないでしょうか。 私自身が看取りに向き合って、現在のクリニック開業前を含めて年間20名以上を看取った結果気づいたのは「看取りには一定のお作法がある」ということ。それを言語化したのが今回のセミナーです。どなたでも、きちんと向き合えば徐々にできるようになると確信していますので、ぜひ参考にしてもらえたらと思います。 まずは、現在の在宅看取り数について。こちらは厚生労働省「人口動態統計」で見た「場所別の死亡者数(2019年)」についての円グラフです。やはり病院が非常に多く、自宅での死亡者数は約14%。まだまだ少ない現状にあります。 医師が考える看取りと向き合う5つのポイント 医師という立場から看取りと向き合ったとき、ポイントになると考えているのが次の5つです。ここから順にお話していきます。 1 看取りの流れをおさえる2 死の直前の4つの苦痛をケアする3 患者・家族の認識に向き合う4 看取り直前の経過をおさえる5 死生観・グリーフケアを意識する※1~3については今回(前編)、4・5については次回(後編)にてお伝えします。 看取りの流れをおさえる 流れをおさえるための事例を一つご用意しました。こちらを見ると、看取りまでのだいたいの流れがイメージできるかと思います。 ■70代女性 膵癌末期2017年12月末~心窩部痛あり、2018年2月A病院受診。切除不能、局所進行膵頭部癌の診断。手術は不可、抗がん剤も服用してみたが副作用(食欲不振、便秘、発熱、皮膚搔痒など)のため中止。緩和ケアの方針で、当院訪問診療開始となった。 家族構成:本人、弟夫婦の3人暮らし当院介入後は、前医への不信感・強い悲嘆があり、経緯をお聞きし、今後は私たちと訪問看護師に相談しながら進めていきましょうとお話。 その後、自宅での生活に安心されていたが病状の進行が早く・癌性疼痛が週の単位で悪化。 麻薬を増量するが内服も飲みづらくなり貼るタイプの麻薬も処方・ご本人はもともと繊細な性格だったが、癌になって以降、感情失禁を出す状況。 抗不安薬の屯用で前週よりは対応できるように。・下肢浮腫が著明で利尿剤投与、弾性ストッキングおよび訪問マッサージを導入。・排便コントロールが難しくなり、下剤増量。臨時訪問で浣腸を2回施行。・入院のタイミングをご本人・ご家族と相談。 老老介護のため介護疲弊が限界にきていること、毎週のペースで麻薬を増量しており病状が悪化していることを説明し、緩和ケア病棟入院へ・しかし入院生活は思っていたものと違った、とご本人より話があり、早期退院。・最期はご家族が自宅看取りの覚悟を決められ、数週後看取りとなる。 死の直前の4つの苦痛をケアする 死の直前の苦痛には、主に次の4つがあります。すべてが重なって全人的苦痛(トータルペイン)となります。 ①身体的苦痛②精神的苦痛③スピリチュアルペイン④社会的苦痛 この4つの苦痛については、一つ一つのケースごとにフレームワークで整理して考えていきます。なぜフレームワークに当てはめるのか? というと、視点の偏りを防ぐためです。目の前のことだけに集中すると、たとえば「身体的苦痛」は看られているけれど、「社会的苦痛」への対応が遅れてしまう……というケースも少なくありません。後手にならないよう、フレームワークに当てはめて整理することをおすすめしています。 フレームワークについて詳しくはこちら≫ 患者・家族の認識に向き合う 終末期の現場で私がよく考えることの一つは、患者本人と家族の認識です。 本人の様子は、告知・未告知では、やはり違ってきます。未告知の場合は本人が「おかしい、おかしい」と思ったときに、どういうふうに対応するのか? という点について、家族と目線を合わせておく必要があります。仮に家族が未告知を選択した場合でも、本人の認知機能がしっかりとしていると隠しきれない可能性も高いので、そこも含めて検討してもらいます。 告知をする場合、本人は「腑に落ちた」とおっしゃることが多い印象です。このときポイントとなるのは「本人に予後は伝えない」こと。伝えなくてもうまくいくケースがほとんどです。ただ告知すると本人の感情が大きく揺れ動くので、ご家族にしっかり向き合ってもらえるようコーディネートする必要があります。ちなみに、家族にはきちんと予後を伝えます。残り1週間の気構えと準備、残り2・3日の気構えと準備は異なるためです。ここで伝える具体的な内容は後編でご紹介します。 本人の現在の心情を認識する 本人の受容段階について家族と認識を合わせるために役立つのが、キューブラーロスの「死の受容段階5段階モデル」です。これは私たち医療の専門職にとっても支えになります。 キューブラーロス「死の受容5段階モデル」①否認と隔離②怒り③取引④抑うつ⑤受容 なぜこれが私たちにとっても支えになるのかというと、私たちが向き合う患者さんのなかには、②怒りの段階の方が少なくないからです。医療者も、理不尽な怒りに直面するのはつらい。そういうときに「これは死に向かう過程で必要なプロセスなんだ」と、プロフェッショナルとして認識できていれば、その怒りがどんなに理不尽でも、まず受け止めようというメンタルになれると思います。そして、②怒りの段階から移行しない患者さんの場合、まず間違いなく、家族に言えていないことや、話し合えていないことを心のなかに抱えています。そこのファシリテーターというか、コーディネートをするのが、看取りに関わる専門職として大事な役割だと感じています。全人的苦痛と同じくらい、キューブラーロスについても意識してみてください。 家族の認識に向き合う 多くの家族が「在宅で看取りきれるか?」という点に不安を感じます。だからこそ、事前に家族の介護力や覚悟、緩和ケア病棟を利用する方針などをしっかりと検討することが必要です。最近はCOVID-19流行の影響で自宅看取りが増えてはいますが、「自宅看取りはすごくいいですよ」と押しすぎることは避けます。ここを見誤ると、自宅看取りが最適解ではない事例を無理やり看取ることになるので、フラットな目線を忘れないようにします。ご家族とご本人をしっかりアセスメントして考えることが重要です。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

インタビュー
2021年10月19日
2021年10月19日

『自分なりのこだわりを貫きたい』という思いに寄り添い、支えた38日間

数々のお看取りに寄り添ってきた望月さんが出会った印象的な方々。後編は、末期がんで在宅に戻り状態が厳しくなっても、自分なりの在り方・こだわりを貫こうとしたBさんの支援について語っていただきました。 自分のことは自分で 【患者Bさん】60歳男性。膵尾部がん末期、肝臓・骨への転移あり。化学療法を受けていた大学病院のソーシャルワーカーの勧めで、訪問看護を利用開始。2020年9月3日から10月10日まで担当。 初回訪問の時、すでにBさんは瘦せて腹水がたまり、厳しい様相でした。病院から勧められての訪問看護開始だったこともあり、Bさんは「別に必要ないから」という口ぶりでした。 すでに食べられない状態だったBさんは、「食べないと体力がつかないから」と、化学療法のために造設されていたポートからの高カロリー輸液を希望されました。訪問看護では、輸液の管理などを行うことになりました。 Bさんは、「とにかく自分のことは自分で」という人でした。訪問医が腹水を抜いたら5リットルも出るような状態だったのに、「お風呂も自分で入るから清潔ケアは必要ない」と言うのです。 一般的に、在宅療養する男性は、奥様に頼り切りになりがちです。ですが、Bさんは奥様にも手を出させないようで、初回訪問の時、奥様はひと言も発しませんでした。 高カロリー輸液も、自分で動けるよう点滴ポールではなく、携帯用バッグを使うことを希望されました。それも、看護師が用意した後に自分で確認して入れ直すなど、几帳面な人でした。 『這ってでもトイレに行く』という強い意志 高カロリー輸液を入れれば、どうしても腹水は増えるので、Bさんは苦しかったと思います。それに、間もなく消化管が閉塞して、イレウス症状が出てきたことも厳しい状況でした。消化液がたまると吐き気を催しますが、Bさんはとにかく寝床では吐きたくなかったのでしょう、輸液のバッグを持って、トイレに駆け込み、吐いていました。 どう見ても、Bさんにはサポートが必要な状態でした。しかしBさんは、サポートは受けたくない、ポータブルトイレを置くのも嫌、自分で這ってでもトイレに行こうとする人でした。訪問看護は1日おき、ないし連日訪問していましたが、最後まで訪問介護は利用しませんでした。 状態の厳しさを、Bさん自身もわかっていたと思います。しかし、それは決して口にされません。どうしたいのかを私たちに訴えてくることもありませんでした。Bさんは、看護師に必要な情報を尋ね、それを受け止めるというスタイルの人でした。 入院と再度の在宅療養 嘔吐症状はその後もどうにもならず、Bさんの希望で2020年9月21日に一度入院しています。そのときも、Bさんは「病院に行けば、どこで吐こうがスタッフにケアしてもらえるから」という言い方をされていました。救急車で行くように伝えたのですが、結局、ご自分でタクシーを拾って乗り込み、途中でドアを開けて吐いて、病院まで行ったようです。 このとき私たちは、「もう在宅療養に戻るのは無理かもしれない」と覚悟をしていました。しかしBさんは、10月2日に退院してきたのです。在宅でも一度イレウス管を試していて、入院中も試したが不快で苦しい、病院にいたところで状況は変わらない、ということに納得されたからでした。 Bさんは、それまでいつも病状説明を一人で聞いていました。しかしこのときは、奥様も一緒に話を聞き、そして、家に帰ることを決めて戻ってきました。痛みが強くなり、麻薬性鎮痛薬を使いはじめ、退院後は1日2回訪問するようになりました。 イレウスがある人は、本当に気の毒なのですが、嘔吐症状がとても強いのです。 Bさんは、家に戻ってからは、トイレに行かず、好きなときに好きなように吐く、と決めたのだと思います。それまで布団を敷いていた部屋に、「入れたくない」と言っていたベッドを入れて、ケアシーツをいっぱい敷きました。そして、飲みたいものを飲み、吐きたいときに吐く。Bさんのその決断に合わせて、奥様も下着をたくさん用意していました。体を起こしての着替えも大変になってきたので、下着が汚れたら切って脱がせて捨てるようになりました。 何回か緊急訪問もあって、亡くなる2日前の訪問で、奥様がこんなことを話してくれました。 「最初は何も手を出せない状態で、本人の好きにさせるしかありませんでした。でも、退院を機に、坐薬を入れたり、本人が欲しいものを飲ませたり、体をさすったり、着替えさせたりできるようになって。まとまった睡眠がとれないですけど、自分の手を出せるようになり、介護できて、何だか楽しくなってきました。」 もともと関係が悪いご夫婦ではなかったのです。私たちは再度の在宅療養はないかもしれないと思っていましたが、奥様は「絶対帰る」と思っておられたそうです。退院して、本人の鎧がようやく取れたのかなと思いました。 最後は、奥様から、「起きたときには心臓が止まっていました」と連絡をいただきました。「次に起きたら亡くなっているかも、と思ったが寝ました」とおっしゃっていました。奥様も覚悟の決まった人でした。 「訪問看護ノー」と言われず、最期まで寄り添えるように Bさんに対して、訪問をはじめたころ、提案を色々していました。たとえば、「息も絶え絶えになりながらシャワーを浴びなくても、清潔ケアをお手伝いできますよ」などです。しかし、答えはいつも「ノー」でした。 けれど、訪問看護はそれでいいと思うのです。 病院から家に帰れば、みなさん、自分のやり方・自分の好みを大切にする。それが当たり前です。体に影響があることであれば、タイミングをみて、より安全な方法を伝えていくことも考えますが、それもケースバイケースです。 患者を受け入れる病院とは違い、支援するこちらがご家庭を訪問し、ケアを受け入れていただくのが訪問看護です。頭ごなしに指導する・正しいやりかたを押しつけるようでは、訪問看護自体を「ノー」と言われてしまう可能性もあります。 最期まで介護者をサポートしながら寄り添うために、ご本人・ご家族が主体の療養生活を支えていくのが、訪問看護の役割だと思っています。 ※掲載の内容については、ご本人とご家族の了承を得て掲載させていただいております。 ** 望月葉子白十字訪問看護ステーション看護師 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2021年10月12日
2021年10月12日

トータルペインでとらえる

在宅緩和ケアのtipsを紹介します。第2回は、在宅緩和ケアのtipsのなかでも、基本となる「全人的苦痛(トータルペイン)」の概念について紹介します。 がん患者と家族の苦痛 杉並PARK在宅クリニック 院長の田中公孝と申します。 痛み、呼吸苦、食欲不振、うつ状態、精神的な不安、家族の不和の顕在化、遺産相続の悩み、……etc.がん末期の患者さんとその家族には、経過のなかで、さまざまな苦痛が訪れる事実。訪問看護師の皆さんには、イメージがつくところではないでしょうか。 がん末期の場合、病院から在宅医療に切り替わってからは、経過が速いことも多く、一つ一つのプロブレムに何とか対処しようと、目の前のことに精いっぱいになってしまいがちです。しかし、そんなときこそ、トータルペインの考えに立ち戻って、一度冷静になって整理することをおすすめしたいと思います。そして、プロブレムに対して多職種でどうアプローチしていくかを検討・相談するのです。 トータルペインとは 簡単に説明すると、患者の苦痛をトータルにとらえる考えかたです。 患者の苦痛は、 ●身体的苦痛●精神的苦痛●社会的苦痛●スピリチュアルペイン の四つに分類されます。 これらの苦痛は、密接に絡み合っています。たとえば、直接の訴えは「痛み」の場合でも、身体的要因だけをみるのではなく、すべての要因を考える必要があります。 身体的苦痛である「痛み」が強いと、精神的苦痛である「うつ状態」や「いらだち」につながります。逆も然りで、精神的苦痛は、身体的な痛みの増強要因でもあります。 終末期に経済的な問題を抱えているとサービスが十分に入れず、身体的苦痛への対処が後手後手になってしまう、という事例もときどき見かけます。こうした金銭面の問題があった場合、公的な援助を利用できないかと考えることも、身体的苦痛を先々取り除いていくために大事なアプローチといえるでしょう。 さらに、在宅で看取りをしていく以上、「家族の介護負担」という苦痛も出現します。これまで距離をとっていた家族が急遽介護に参加する、という場面もみられます。家族内の微妙な距離感や、意見の違いなども、あらかじめ聴取し、認識しておく必要があります。 プロブレムを正確にとらえる さて、以上のようにがん末期の事例では、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルといったそれぞれの苦痛が互いに関連します。まずは、目の前の患者さんとご家族のプロブレムがどれだけあって、それらが、四つの苦痛のどれに当てはまるか。それを考えることから始めるのがおすすめです。 具体的には、身体的苦痛は? 精神的苦痛は? 社会的苦痛は? スピリチュアルな苦痛は? ……と、順々に目の前の患者さんの状態を想起して、文字にして書き出してみるのです。 言語化することは大変ですが、このトレーニングを繰り返すことで、がん末期の患者さんとその家族に起きているプロブレムを、より正確にとらえることができるようになります。   複数の苦痛が絡み合った事例 それでは、トータルペインに沿ったプロブレムの列挙の方法について、より具体的にイメージしてもらえるように、私が経験した事例を挙げたいと思います。 【事例】70代女性、膵がん末期。20××年12月末から心窩部痛あり、20××+1年2月A病院受診。切除不能局所進行膵頭部がんの診断。手術は不可、抗がん剤を服用したが副作用(食欲不振、便秘、発熱、皮膚そう痒など)のため中止。緩和ケアの方針で、当院訪問診療となった。 【家族構成】ご本人と、弟夫婦の3人暮らし。 【経過】当院介入後は、前医への不信感・強い悲嘆があり、時間をかけて傾聴。今後は私たちと訪問看護と相談しながら一つ一つ進めていきましょうとお話しした。病状の進行が速く、がん疼痛が週単位で悪化。内服の麻薬は訪問のたびに増量、その後、貼付薬にオピオイドローテーション。もともと繊細な性格だったが、がんになって以降、感情失禁が多く、抗不安薬も適宜使用。下腿浮腫が著明だったことから利尿薬を追加し、弾性ストッキングおよび訪問マッサージを導入。徐々に排便コントロールも難しくなってきたことから、下剤を増量し、訪問看護の臨時訪問で適宜浣腸を施行。加えて、老老介護のためご家族の介護疲弊がかなりたまってきていること、毎週のペースで麻薬を増量しており、病状が悪化していることから、入院のタイミングをご本人・ご家族・多職種で相談し、緩和ケア病棟入院へ。しかし、「入院生活は思っていたものと違った」とご本人より話があり、早期退院。最期は弟夫婦も自宅看取りの覚悟を決められ、数週間後看取りとなった。 本事例の苦痛を整理していくと…… ・身体的苦痛:がん疼痛、便秘、下腿浮腫・精神的苦痛:前医への不信感、強い悲嘆、入院生活へのストレス・社会的苦痛:老老介護による家族の介護疲弊・スピリチュアルペイン:本人の計り知れない死生観に対する悩み、家族の自宅か病院か迷う最期の場の検討 ととらえました。(なお、スピリチュアルペインはこの字数で述べることは困難なので、今回は触れないでおきます。) それぞれのプロブレムに対して薬を用いたり、訪問看護と相談・対応したり、ご家族に現在感じていることを伺ったりと対応していきました。そして、ご本人の希望を尊重し、紆余曲折しながらも、自宅看取りまで進めていったという事例でした。 早期からの情報収集と整理が重要 この事例からもわかるように、がん末期の事例では常に、複数のプロブレムが起こります。 身体的苦痛 × 精神的苦痛 × 社会的苦痛 × スピリチュアルペイン ── といったコンボがきたとき、さまざまな薬、さまざまな把握、さまざまな説明が、現場では必要になってきます。そうなったとき慌てないよう、初回訪問の時点で(難しければ2回・3回の訪問までに)、四つの苦痛の概念を頭に浮かべて、きたるべき時に備えて情報収集をし、検討しておくことがとても重要です。 そして、自身で、プロブレムをトータルペインのどれにあたるかを整理できるようになってきたら、ぜひ医学的アプローチは医師に、社会的苦痛に関係することはケアマネジャーに、相談または提案をすることを実践していきましょう。緩和ケアを実践できる訪問看護師が、今後ますます増えていくことを期待しております。 ** 著者:田中 公孝 2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。2017年4月東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げにかかわり、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、市や医師会のICT事業などにもかかわる。引き続き、その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指しながらも、新しいコンセプトのクリニック事業の立ち上げを決意。2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」開業。 杉並PARK在宅クリニックホームページhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年10月5日
2021年10月5日

意思決定支援とは誰のため? 何のため? 「ややのいえ」の取り組みから考える

さまざまな人々が集い、出会い、語らう場として、看護から看取りまで「地域まるごとケア」を行う「ややのいえ」を運営する榊原千秋さん。今回は、「ややのいえ」の大切な理念とその実践、そこで出会ったある男性の最期について語っていただきました。 地域をまるごとケアする 「ややのいえ」の四つの理念 「ややのいえ」には、高齢者を中心とした出会いの場「ことぶきカフェ」、医療や介護相談「暮らしの保健室」、排泄の総合相談「おまかせうんチッチ」、産院+親子サポートを行う「ちひろ助産院」、訪問看護ステーションなど、さまざまな機能があります。住民は、「ややのいえ」とつながることで、新たな出会いやつながりが生まれます。ここは0歳から100歳を超える方々の「地域まるごとケア」の拠点であり、自分なりのありかた、生きかたを見つけていく「居場所」となっているのです。 「ややのいえ」には四つの理念があります。それは、前回お話しした義母のことも含め、私が三十余年、地域で出会った人たちから教えてもらったことがベースになっています。 一つめは、「とことん当事者」ということ。訪問看護でも、「今、いちばんしたいことは何?」と、家族ではなく本人の願いを聞きます。「星空が見たい」「猫と遊びたい」「お化粧をしたい」「『おしん』を最初から最後まで見たい」など、いろいろな望みが出てきます。願いを聞いたら、なぜそれを望むのかもたずねます。言葉にした「願い」だけではなく、「なぜそれを望むのか」が大事な場合もあるからです。それに、「なぜ」を聞くと、私たちもそれを実現したくなりますからね。 本当の願いがわかったら、ときにはチームを作り、それを実現します。そのプロセスが、「ややのいえ」のACP(アドバンス・ケア・プランニング)であり、意思決定支援の取り組みなのです。 大切にしていることの二つめは、専門職として出会う前に「人として出会う」こと。専門職として病気のこともきちんと診るけれど、最初にその人がいちばん大事にしているものを見る。気付く。そこから人と人としての関係を作っていくのです。 三つめに、「自分ごととして考える」。相手を人として知り、願いを知り、その願いへの思いを知る。そしてその願いをひとごとではなく、自分ごととして考えるのです。 一人の人を支えるには、医療職や介護職、制度だけでなく、いろいろな仲間の力が必要です。「ややのいえ」には文房具屋さんや不動産屋さんなど、地域のさまざまな仲間がいます。本人の願いをかなえるために必要なら、そうした仲間たちとチームを作ります。こうした、専門職だけでない支援、本人を取り巻く多くの人たちが一体となる「十位一体のネットワーク」の力が「ややのいえ」の理念の四つめであり、意思決定支援につながるものです。 ナラティブに出会い エビデンス的に人を看る 「ややのいえ」の訪問看護では、初回訪問から「ナラティブ」でその人と出会います。壁に表彰状がかかっていたら、「すごい、○○で賞を取ったんですか?」と聞いてみる。その人が大事にしていることを知ろうという目線で接していくのです。そうした目線は、「ややのいえ」として、「聞き書き」にずっと取り組んできた文化が影響していると思います。「エビデンス」的に人を看ながら、同時に、「ナラティブ」でも人を見る。そんな姿勢がスタッフに身についています。だから、専門職として出会う前に人として出会うことができるのです。 「聞き書き」は何も、構えて相手の話を聞き、書き留めるだけではありません。「あんたらの魂胆に乗せられてやるか」とか、「あーあ、俺はもうすぐ死ぬのか」とか、訪問したときに、ふと漏らした、その人らしいちょっとした独特な言葉があったとき、それをカルテに書き留めます。そんな「ひと言聞き書き」が、意思決定支援につながるACPの一部なのです。 それは、きちんと相手と向き合っているから、拾い上げることができる言葉です。「今日の血圧は」「足がむくんでいますね」と、体だけを看るかかわりだけでは、聞き逃してしまうかもしれません。 満足と幸せが残る意思決定支援とは 末期がんで在宅療養していたAさんは、あれこれ気遣われるのが煩わしく、心配する奥さんをも怒鳴りつける人でした。本人はまだ3~4年は生きられると思っていたのですが、いよいよ状態が厳しくなってきたとき、訪問看護師に「わしはどうなっていくのか」と聞いてきました。 そのとき訪問看護師は、「もともと生まれてきたところに帰って行くのですよ」と答えました。するとAさんはにこっと笑って、「母ちゃんを呼んでくれ。そして二人にしてくれ」と言いました。看護師が退出後、Aさんは奥さんの手を握り、二人でしかできない話をしたのだそうです。Aさんは、その日の深夜3時に亡くなりました。 Aさんが亡くなったあと、私たちはお通夜とお葬式に同席させていただき、ご親族と空気感を共有しました。グリーフケアですね。その後、四十九日までに弔問に訪れると、「あの時逝くとは思っていなかった。あの時間があってよかったよ」と奥さんはとてもいいお顔をされていました。 亡くなることを「旅立つ」という言葉で表現することがありますが、浄土真宗のさかんな北陸では「お浄土に帰る」と言います。看護師の「もともと生まれてきたところに帰って行くのですよ」という言葉は、Aさんの心に自然に受け止められたのだと思います。 意思決定支援はひとつの地域文化でもあると思います。同じ地域で暮らしているからこそ共有できるのだと。そして意思決定支援は、本人が亡くなられたあとのグリーフ期に真実が語られることがよくあります。はじめて出会ってからグリーフケアまで、本人にもご家族にも、ほがらかで穏やかな時間が持てますようにと願っています。   ** 榊原千秋コミュニティスペースややのいえ&とんとんひろば代表訪問看護ステーションややのいえ統括所長 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年9月28日
2021年9月28日

介護者、看護師、そして三男の嫁として 亡き義母の「意思」に触れた日々

保健師として地域で活動後、難病患者の在宅療養者の支援を経験した榊原千秋さんは、地域でさまざまな人々が集い、出会い、語らう場として「ややのいえ」(石川県小松市)を開設。訪問看護ステーション、助産院なども併設しています。今回は、夫の母を介護した経験から、身内の「意思決定支援」で強く考えさせられた事例について語っていただきました。 認知症があっても自分で居場所を決めた義母 「意思決定支援」という言い方、実は私、好きじゃないんです。ひと言で言えるような単純なものではないですし、一方向から見た真実にしかならないと思うからです。また、本人が本当の意思を表明するとは限りません。 93歳の時に、転倒による腰椎圧迫骨折で入院して寝たきりになった義母も、私たち親族には本音を言いませんでした。でも、知人を連れてお見舞いに行ったとき、会話の中でポロリと「家に帰りたい」と言ったのです。これが義母のACP(アドバンス・ケア・プランニング)に取り組んでいく、大きなきっかけとなりました。 同居していた長男夫婦は、「家では看られない」と私に施設入所の相談がありました。長男夫婦に初孫が産まれたこともあり、ひとまず介護老人保健施設(老健)に移りました。その直後に長男の妻が交通事故で入院し、面会に行けなくなりました。そこで義母は、「自分は捨てられた」と思い、ストレスからガリガリに痩せてしまったのです。 地方都市では、今も、親の介護は長男の嫁がするもの、という考えかたが根強くあります。本来なら、三男の嫁である私は、義母の介護に対して発言権もありません。しかし老健に義母を見舞いに行った際、夫が「このままにしておいていいのか」と私に言ったのです。 そこで、「ややのいえ」について親戚中を説明してまわり、私が「ややのいえ」に義母を引き取り、ケアすることが了解されました。 「今したいことは何?」と聞くのが、私の考えるACPの始まりです。 「ややのいえ」をお試しで訪れた義母の答えは、「鳴門金時(さつまいもの品種)を植えたい」でした。畑にうねを作ると、痩せ細った姿で、植えかたを指導してくれました。 そうして何回か「ややのいえ」で過ごしてもらううち、義母は自分から「ここに置いてくれやの」と言いました。認知症があっても、義母はちゃんと自分で自分の身の置き所を決めたのです。 すごいな、と思いました。これで、私も「ややのいえ」でともに暮らしながら義母をみていく覚悟が決まりました。 「迷惑をかけるから」の言葉の裏にあった思い 「ややのいえ」で暮らすようになった義母に、「どうしたい?」と聞くと、返ってくる答えは決まって、「最期の日までほがらかに楽しくおらせてくれやの」でした。老健にいたころには出なかった言葉です。 義母の望みどおり、畑仕事をし、梅干を漬け、洗濯物をたたみ、繕い物をする。隣のかき氷屋のかき氷をペロリと一人前食べたり、晩御飯を食べたのを忘れて私と半分こしてどら焼きを食べたり、義母は「ややのいえ」で自由にのびのびと過ごしていました。 義母とは1年半、「ややのいえ」で暮らしました。それが中断したのは、私が腎臓結石の手術のために入院することになったからです。やむなく、義母にはショートステイへ。しかし、その2泊目、義母は急性出血性大腸炎で緊急入院しました。 3か月たっても義母は回復せず、“いわゆるACP”として、胃瘻にするか、高カロリー輸液のポートをつくるかを聞かれました。 ショートステイ入所前日まで、お寿司をペロリと食べていた義母です。VF(嚥下造影検査)をしてもらうと、回復の見込みはあると言われました。 それなら、一時的に胃瘻を造設して栄養を確保し、嚥下のリハビリをお願いしようと考えました。 退院の時期が来たとき、胃瘻になり、痩せこけた義母に聞きました。「『ややのいえ』に戻らない? 帰ろうよ」と。すると義母は、「千秋さんに迷惑をかけるから行けない」と言うのです。 「迷惑をかける」とは、三男の嫁である私が再び義母をみることになったら、兄弟間で“もめる”、という意味で言っているのだと、私にはわかりました。認知症があっても、義母はちゃんと状況を理解していたし、家族のことを考えていたのです。 結局、義母は療養型病院に転院し、そこで亡くなりました。 「意思決定」のとらえかたは 立場によってさまざま 義母のお通夜の席で、米寿祝いの時作った義母のライフヒストリーを聞き書きでつづった冊子とアルバムとともに思い出が語られました。皆、それを見ながら話しているのに、義母が「ややのいえ」で過ごした日々のことは、まったく話題に上りませんでした。長男夫婦は私が義母の介護をすることをよしとせず、施設への入所を望んでいたこともあったからだと思われます。 一方、義母方の親族が言った「母は幸せやったよ」の一言には救われました。それぞれの立場や考えによって、本人の「意思決定」を取り巻く事実のとらえかたはまるで違うのです。 専門職として数多くの看取りにかかわってきた私ですら、「ややのいえ」での義母との1年を親族に語れない状況や、その時の感情は、今も大きなトラウマとなっています。 このように「意思決定支援」にかかわる当事者は多岐にわたり、その登場人物ごとに真実があります。支援者は、まずそのことを十分に認識しておく必要があると思います。 ** 榊原千秋 コミュニティスペースややのいえ&とんとんひろば代表 訪問看護ステーションややのいえ統括所長 編集協力:株式会社メディカ出版

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